[6201] 日本政府解体 h20.12.23
日本国民にとっては日本国の法律が必要不可欠だから、日本政府の立法府と警察だけ残して他は全部捨てることにしよう。[税金が安くなるかもしれない。]
[6181]より神制がやれないから、日本神道は本来やれないことを無理矢理(矢は神武天皇の背中にしょっている矢のこと)やっている滅茶苦茶な組織だから、暴力団と同様になくすべきである。
[6202] 日本神道の信者は神の正体を知っているか? h20.12.23
もし日本神道の信者が、私が神とされているのが私の母親が見た錯覚のためだと知っていたら、あほらしくて宗教活動なんかしないつまり日本政府の指示で私にちょっかいを出したりはしないはずだ。
だから、日本神道の信者は、おそらく神の正体つまりどうして神武天皇や私が神とされたのかは知らないはずだ。
日本神道の信者は神の正体を知らずに日本政府の指示で動いているだけなのだ。
幼稚園の児[こ]のようにわけもわからずにただ先生の言いなりになっているだけなのだ。
[6203] 日本の建築 h20.12.23
今の日本の建築はどこもかしこも洋風だ。しかも、安っぽい洋風だ。
昔の『日本の味』を活かした建築のほうが日本らしさがあっていい。
いつの間に日本はヨーロッパ制やアメリカ制になったのだろうか?
[6204] 男女平等 h20.12.23
民主主義が、士農工商の職業による階級制を撤廃することであったように、
男女平等とは、古来より男の縄張りとされてきた家の外の仕事と女の縄張りとされてきた家の中の仕事の間の階級制を撤廃することである。
家の中の仕事が家の外の仕事よりも劣ると思っているのがまちがっている。
家の中の仕事は家の外の仕事を支えているのだから、家の外の仕事に劣らず大事である。
家の中の仕事が女の縄張りだから、女は家の中の仕事を一生懸命やればいい。[炊事掃除洗濯や育児だけでなく、亭主や子供の心の面倒まで見ることにすれば、やることはいくらでもある。退屈するならサービスを広げればいい。]
男の目から見れば、数学や物理学がよくできる女よりも家事がよくできる女のほうがいい。
幸せはお金では買えない。
家の中に女がいることが男にとっては[子供にとっても]幸せなのだ。
[6205] 職業選択の自由 h20.12.24
農業がつらいからといってみんなが農業をやめて他の仕事に移ったら、国が弱くなってしまう。
国としては最適の士農工商の配分があるはずだ。
だから、国の政府が農家の待遇をよくして個人の農業離れを防げばいい。
そうすれば、個人の職業選択の自由を保障しながら、国にとって都合のよい産業構造にすることができる。
[6206] 日本の人口 h20.12.24
日本は国土の狭い国だから、人口が多すぎると過密になって住みづらくなる。
それに、人口が多すぎると仕事に就けない者が増える。
だから、国の政府は子供が少ない家族の待遇をよくして、日本の人口増加を防げばいい。
そうすれば、個人の出産の自由を保障しながら、国にとって都合のいい人口にすることができる。
[6207] 過疎 h20.12.24
田舎から都会に人が移ってしまうと、都会が過密で住みにくくなり、田舎は過疎で住みにくくなる。
もっと、国土を全体的に有効利用しなければならない。
だから、国の政府は田舎の待遇をよくして、過疎を防げばいい。
そうすれば、個人の居住地選択の自由を保障しながら、国にとって都合のいい人口密度にすることができる。
[6208] 神制について h20.12.24
神制は、神がやったことは人間が何でもやってもいい制度、あるいは人によっては神の命令に人間が従わねばならない制度であるが、神がやらなかったからといって人間がやってはいけない制度ではない。
神がやらないことでも人間がやってもいいが、その場合にはやった者の自己責任になる。
だから、正しいことなら、たとえ神がやらなくても人間が自主的にやればいいのである。
[6181]よりそもそも神制自体がやれない制度だから、最初から神制を意識せずに自由にやればいいのである。
例えば、私は社会科が苦手で社会問題について考えることがほとんどないから、私の代わりに社会科の得意な者が考えてやってくれればいいのである。私が社会科が苦手だからといって、政府がわざとにまちがった政策をする必要はないのである。
[6209] 幸福量等分配の法則 h20.12.24
国の政府はつらい仕事や子供が少ない家族や田舎の待遇をよくして、つらい仕事や子供が少ない家族や田舎から楽な仕事や子供が多い家族や都会への人口の移動を抑えなければならない。
つまり、国の政府には国民の幸福量を等分配することによって国にとって都合のいい状態を維持する働きがある。
[6210] ハンサムな男 h20.12.24
ハンサムな男はお金儲けが目的で生きているのであって、真面目に考えて生きていない。
学者にハンサムな男がいないのがその証拠である。
ハンサムな男は五感だけの世界に逃避しているふざけた人間であって、実在の世界の中に生きている真面目な人間ではない。
身体が綺麗なのは女の動物的なふざけた才能であって、男は頭や筋肉を使って実在の中で生きるべきだ。
女が生まれつき活動度が低いのは、エネルギーを無駄にしないためである。
男と女の行動パターンを違えることによって、人間としての適応範囲を広げることができる。
女が科学や数学をやると嫌々気[いやいやげ]が漂うのは、本音ではやりたくないからである。[反対に、小児外科医が女でも務まるのは、女には愛情があるために、男が目をそむける対象でも女には直視できるからである。]
女は五感的現象的世界の中にいたいのであって、知覚的実在的世界の中にはいたくないのだ。
女が生まれつき活動度が低くて知覚がよく働かないバカだからこそ、女には男では見えない実在の五感的な部分がよく見えて、男と女でうまくやっていけるのだ。男が自分の頭の中ばかり見ようとするので、女が頭の外を見てやらなければならないのだ。世の中にはバカでなければやれない仕事もたくさんあるのだ。
女が子供の頃には男と変わらないが、大人になって男よりもバカになるのはそのためである。
しょせん女は動物的欲求を満足するためにいるのであって、男はそれ以外のことをするためにいるのだ。
[6211] 人間は一番優れた生物ではない。 h20.12.24
私は[6193]で、男が女よりもY染色体が1個多くあり染色体の種類が多いから男のほうが女よりも優れているといったが、染色体の数だけでは生物が優れていることにはならない。[たしか、人間よりも染色体の数が多い生物がいたはずである。]
染色体の数よりも、染色体に乗っている遺伝情報の量が多いことが大事なのだ。
はたして、人間は遺伝情報の量が多いのだろうか?…
人間が生物の中で一番優れているとは限らない。
今の地球が、たまたま頭でっかちの人間にとって都合のいい環境になっているから、人類が繁栄しているにすぎないのだ。
[6212] 私の母のいいところ(その2) h20.12.24
私の母は感覚波が使える。
私の母は感覚波を出して家族の心をなごませることができる。[母親が自分の気分を感覚波に乗せて周りの人に伝えているのだ。]
ただ、なごみすぎると考える気がしなくなるので、自分が考えたいときには母から離れて母の感覚波が届かないところまで避難しなければならない。
[6213] 神武天皇と私 h20.12.24
神武天皇は自分の心(所有欲)を満足するために「自分が神(超能力者)である」と嘘をついたが、私は真実のために(自分の正義心・知覚欲を満足するために)「自分が神(超能力者)ではない」[厳密には、「私が神(超能力者)である確率は私以外のものが神(超能力者)である確率と等しく、その確率は非常に小さい」]と本当のことを言った。
神武天皇にとっては知覚が心に従属するが、私にとっては心が知覚に従属する。
人間は知覚で実在を認識し、そうして得られた実在認識の上に心を働かすことによって自分の心を満足するのである。
人間の感情は大脳前頭葉にある脳細胞の神経興奮で発生する感覚にすぎないので、実在を否定するほど自分の心を肯定してはいけない。それでは、心が実在から離れてきちがいになる。それでは、私の哲学日記[4706]にあるように、人間は幸福に生きていけない。心が実在から離れると、心が実在の法則を犯して自分自身や他人を傷つけて自分自身や他人を不幸にする。[他人を傷つけて他人を不幸にすると、合理的な法律によって自分が罰せられて自分も不幸になる。]人間は心と実在が噛み合ってこそ幸福なのであって、心と実在が離れてしまっては不幸になるだけである。
[6214] キリストは自分を神だと思っていたか? h20.12.24
キリストが死んでから100年以上経ってから、本格的にキリスト教が始まった。
それは、キリストが生きているうちにキリスト教を始めると、キリストが神(超能力者)でないことがすぐにばれてしまうからである。
キリストは自分の周りの者が自分を神としているのを知って自分を神だと思っただろうが、キリストが生きている間に宗教を始めようとしても、キリストの母がキリストの頭の周りが光っているのを見ただけでそのほかは普通の人と変わらなかったのだから、それだけでは一般人にキリストを神だと思わせるには足らなかった。
むしろ、キリストが生きている間にキリストに宗教を始められると、キリストが普通の人間であることがばれてキリストにキリスト教をつぶされるので、宗教の者はキリストに宗教をやらせなかったはずである。[キリストを神とする者が、日本神道が神武天皇と組んだようにやらなかったら、誰もキリストを相手にしないので、キリストは宗教したくてもできなかったはずだ。]
キリストが死んでから、キリストを神とする者がキリストが自分(キリスト自身)を神だと思っていたことと3日後?に甦ると言って甦らなかったという嘘をついたことを利用して、キリストを神とする神制によって[キリストを神とする者が]キリストを神(超能力者)だと思っていろんな嘘の作り話を作ったのである。[キリストが磔[はりつけ]にされたのは、キリストが小規模のテロ活動をしたためだと思われる。それで、海外ではキリストを神とする者が今でもときどきテロ活動をするのである。]
キリストが死んでから100年も経てば、もはや宗教の者以外には誰もキリストのことを知っている者がいないので、それで100年前にいろんな超能力を使えるキリストという神(超能力者)がいたことにしてキリスト教を本格的に始めたのである。
つまり、キリストのもとの超能力は頭の周りが光って見えただけでたいしたことはないが、キリストを神とする者がキリストを神とする神制によってキリストをものすごい超能力者に仕立て上げてキリスト教を成功させたのである。
[6215] どうして釈迦は2人いるか!? h20.12.24
釈迦は輪廻転生を信じていた。
それで、釈迦を神とする者が釈迦の生まれ変わりの役を演じたので、釈迦は2人いるのである。
つまり、古い釈迦が本物の釈迦で、新しい釈迦が偽者の釈迦である。
[6216] なぜテレパシーやラップ音は超能力に入らないのか!? h20.12.25
それは、テレパシーやラップ音がすでに実在することが公認されていて珍しくないからである。
つまり、テレパシーやラップ音ぐらいのことは誰でもできることなので、いくらテレパシーやラップ音ができても超能力者つまり神には認定されないのである。
[6217] 文学について h20.12.25
文学とは喩[たと]えである。例えば、キリストを神とする者がキリストの経験をいろんなことに喩えて『聖書』を書いたし、セルバンテスが政治家を巨人に宗教家を風車に喩えて『ドンキホーテ』を書いたし、日本のアニメ作家が[宗教家の依頼で]私の経験をいろんなことに喩えて『ミンキーモモ』などのアニメを作った。[聖書にはキリストの超能力がたくさん出てくるが、日本のアニメには超能力があまり出てこない。子供の頃の私は、テレビでユリ・ゲラーや関口少年の超能力を見て超能力を信じていたが、大人になって信じなくなったのでとくに後期の魔法少女アニメには魔法が出てこないのである。]
上手な喩えを思い付くことが、文学者の腕前である。
[6218] 一言だけのメッセージ h20.12.25
その1)私が朝倉中学1年生のとき、英語の授業中に沢谷[さわたに]先生が「“不特定多数”という言葉を憶えておけ」とみんなに言ったが、それは私に『神制度では不思議な現象を起こした者を神としているが、そもそも不思議な現象の仕組みがわからないから、不思議な現象を起こした者は不特定多数と考えねばならないはずであり、神制度はやることができない』と伝えたかったのだろう。沢谷先生は若い頃アメリカに行ったことがあり、アメリカ人になるためにはみんなの前で大声でアメリカの国歌を歌わなければならなかったと話していた。
その2)私が九州大学理学部物理学科教養部2回生のとき、国際関係論の高田教授が講義中に「“脆弱”[ぜいじゃく]という言葉を憶えておけ」とみんなに言ったが、それは私に『神制度は合理的根拠のない脆弱な制度であり、したがって神制度を行う政府は脆弱な組織である』と訴えたかったのだろう。
沢谷先生も高田教授も日本政府から一言だけ自分の言いたいことを私に言ってもいいと許可をもらっていたのだろう。
その3)私が九州大学付属病院神経精神科で研修医をしていた頃、指導医の斉藤考由[さいとうたかよし]先生が毎週木曜午後のカンファレンス(研修医が集まって自分の受け持っている患者さんをみんなに紹介する会)のとき「カルテの病歴は過去形で書け」とみんなに注意したが、これは『私が神とされているのは、私の過去と関係がある。』ことを私に教えたかったのだろう。斉藤孝由先生の考由という名は、『理由を考えろ』と私に言っていたのである。
その4)私が小学2〜3年生の頃、母が「昔私らの家族が鴨部に住んでいたとき、夜中に突然ガラガラが回ったことがある。そんなことが2〜3べんあった。若草町に引越ししてからはなくなったけど。あれは、幽霊のいたずらやなかったろうか。」と私に話したことがある。
斉藤先生も私の母も、私が神とされているのは以前私の母が夜中に突然ガラガラが回ったのを見たことによると伝えたかったのだろう。
[6219] 日本政府とは何か? h20.12.25
日本政府は、神制や男女平等(女制)やヨーロッパ制などを使って世の中をメチャクチャにして喜んでいるだけのアホの集まりである。
日本政府は、もともと神武天皇が自分が神であると嘘をついて日本国民から財産を奪うために作った組織であり、政治家は神武天皇という詐欺師の手下だから、いかがわしいのは当然である。
現代においても、日本の政治家は神武天皇や私が神であることを使ってお金儲けをする詐欺師にすぎず、日本政府は詐欺師の団体だから、国民は政府にだまされて政府の言いなりになってはいけない。[国会生中継も国会討論会も政治家の記者会見も、みんな芝居にすぎない。政治家が裏でやっている神制こそが問題である。]
政治家は政[まつりごと]をする者すなわち神制を行う者だが、そもそも神制で国が治まるわけがないから、神制で国を乱すだけの不良にすぎず政乱家[せいらんか]と呼ばねばならない。
日本政府は神武天皇を神とする神制で国民の財産を奪い歴代天皇や私を神とする神制で悪いことをする詐欺師の集団だから、日本政府なんかないほうがいい。
[6220] セックスについて h20.12.25
いくらセックスしたことを秘密にしても、どうせ子供を産んだらみんなにセックスしたことがばれてしまう。
だから、セックスをしたかしないかが問題ではなく、セックスをどんなやり方でしたかが問題なのである。
人間が幸福に生きていくためには、心が実在から離れてはいけないから、セックスはあまり性欲を興奮させないやり方でやることが望ましい。[具体的な方法は、詳しい方にお任せする。]
[6221] 例えば、バクチの場合 h20.12.25
サイコロ賭博について考えてみる。
今、サイコロが壷に入れられて振られたとする。当然、周りの者にはサイコロの目はわからない。
そこに政治家が現れて、「自分は政治家だからサイコロの目を決める権利がある」と言ったら、周りのみんなが白けてしまってバクチをやめてしまう。
これでは、せっかく神武天皇が八咫烏[やたがらす]で占って進路を決めてくれたおかげで神制の国ではやることが許されている賭け事ゲームがやれなくなってしまう。
だから、いくら政治家でも、人間であるかぎりそこまで決める権利はない。
せめていかさまだけにしろ。
[6222] 男と女(その3) h20.12.25
女はやることがないと、いつまでもボーとして座っているだけである。
一方、男は常に何かしていないと気が治[おさ]まらない。[男は眠っているときでさえ、頭の中で考えている。だから、朝起きたときには自分の頭の中に考えができているから、あとはそれを字で書き表すだけである。]
男が原則的に活動する生き物であるのに対し、女は活動しない生き物である。
男と女では適応パターンが大きく違う。
男は活動することによって適応するが、女は活動しないことによって適応する。[雪山で山小屋の中に閉じ込められたとき、男は自分ひとりでなんとかしようとして動き回って早く死ぬが、女はじっと助けが来るのを待って助かると言う。女が応対が上手いのは、他人に仕事をさせるためである。]
だから、男と女がいっしょになると適応範囲が広がって、いろんな状況に適応して生きて行くことができるのだ。
[6223] なぜ仏典には超能力が書いていないのか? h20.12.26
キリストは自分を超能力者だと思ったから、聖書にはキリストの超能力に関する記述が多い。
しかし、釈迦は自分を超能力者と思わなかったから、仏典には釈迦の超能力に関する記述がないのだ。
つまり、神制は神がやったことは人間が何でもやっていい制度だが、釈迦は自分(つまり釈迦)を超能力者と思わなかったので、人間も釈迦を超能力者と思うことができず、釈迦を超能力者と思う者は自己責任でそうしなければならないので、誰も釈迦を超能力者とは思わないのである。
[6223] 私をアニメのキャラクターにすることはできない。 h20.12.26
私は子供の頃からアニメをよく見るが、私は自分(つまり私)がアニメのキャラクターになりたいつまり私が自分(私)をアニメのキャラクターにしたいと思ったことはない。アニメは面白ければそれでいい。
したがって、神制では神のやったことは人間は何でもやっていいのだが、私を神とする神制によっては人間が私をアニメのキャラクターにしたいと思うことはできないから神制によっては私をアニメのキャラクターにしたアニメを作ることはできず、自己責任でやらねばならないが、そうなると肖像権に障[さわ]るから、できないはずである。
[6224] 美とかわいさについての考察 h20.12.26
美は顔や身体の綺麗さだが、かわいさは演技力だ。
女は活動しない生き物だから[生まれつきそのようにできている]、かわいくなるより美しくなろうとして盛んに化粧したりファッションしたりするのである。
しかし、私の母は子供の頃によく男の子とけんかしたりして「男に負けるか」と思って生きてきたから[私に話して聞かせたことがある。]、普通の女よりも活動的で、家事を一生懸命やったりするからかわいいのである。
私は小さい頃から母親を見て育ったから、母親が活動的で男っぽく異性的だったので、私も母親を真似て異性的にしようとして、小中学生の頃に母親の口紅を塗ったりファンシーグッズを買ったりしたのである。
[6225] 中世ヨーロッパの政治について h20.12.26
中世のヨーロッパではキリスト教が盛んになり、国民の大半がキリスト教の信者になって、キリストがやったことは何をやっていいと考えて暮らしていた。
昔はまだ『神が生きていた』から、みんなが聖書で読んだキリストの超能力を信じていて、神であるキリストのほうが王様よりもずっと偉いと思っていたから、いくら王様が命令をしても、みんながキリストを神とする神制ばかりやって、王様の命令を聞かなかった。
頭にきた王様が、自分もキリストのしたことは何でもやっていいと考えて、キリストを神とする神制を使って政治をするようになった。すると、国民が納得して王様の命令を聞くようになった。要するに、王様も神であるキリストに従うようになったのである。
こうして、政治が宗教に飲み込まれる形で、政治と宗教が一体化してしまったのである。
[6226] どうしてヨーロッパでは政治と宗教が分離したのか? h20.12.26
ヨーロッパの教会は、キリスト教の布教活動をやっていたが副業として天動説の教育もやっていた。要するに、教会とは、昔の学校のことである。
ところが、天動説がガリレイやニュートンなどの科学者によって否定されてしまった。
そのために、教会がまちがったことを教えているという噂[うわさ]が広まり、教会の権威が失墜して、本業のキリスト教までも下火になってしまったのである。
そこで、国民はキリストのことを忘れてしまい、キリストから離れて暮らすようになった。
王様もいちいちキリストの神制を使って政治をするのが面倒になったので、宗教から離れて政治をするようになったのである。
[6227] 日本の場合 h20.12.26
日本の場合には、王であった神武天皇が神でもあったので、ヨーロッパの王のような不便さはなく、王であった神武天皇の命令がそのまま神の命令として国民に通用した。
昔はまだ『神が生きている』時代だったから、人類には神と人間の2種類がいると信じられていたので、宗教的権力者である神の権威は政治的権力者である人間の王よりもはるかに強く絶大であり、光の玉の話によって神だと信じられていた神武天皇の命令には国民は絶対的に服従した。つまり、神武天皇は国民から王としてよりも神として見られていたわけで、神武天皇が自分の政治を補佐するために作った組織は宗教団体としての性格を帯びていたのである。それが、日本神道である。[神武天皇は自分が花火を発明したことをみんなに黙っていたために、国民が光の玉の話を聞いて勝手に神武天皇を神だと思ったのだが、そこで神武天皇が「自分は神ではありません」と国民に本当のことを言わなかったのだから、神武天皇は国民をだましたことになる。神武天皇が紛らわしいことをして他人をだましたために、日本神道の者が神武天皇の神制を使って他人をだまして悪徳商法をしていたのだが、最近は日本神道が神武天皇の神制をやらなくなってきたので『JARO』ができたのである。]
しかし、日本神道の中では日本神道の者が神武天皇と毎日顔を会わせていて神武天皇の正体がただの人間であることを知っていたので神武天皇を神と思う者はいなかった。ただ、神武天皇は王でもあったので、日本神道の者は神武天皇の王としての命令にはおとなしく従っていたのである。
神武天皇の子孫には王としての才能がなかったので、日本神道は天皇の命令を無視して神武天皇の神制ばかりやるようになった。都合がいいことに神武天皇は王でもあったので、日本神道は神武天皇の神制によって政治団体としても活動でき、王制で国民から税金を取って神制で命令を作って王制で命令を出していたのである。[神制では神がやったことしか人間はできないから(つまり、神制で人間がやることが許されるのは神がやったことだけだから)、神が国民から税金を取ったり、神が国民に命令を出してそれに従わない者を罰することをしないかぎり、神制だけでは国民から税金を取ったり、国民に強制力のある命令を出すことはできない。だから、それらができるためには、神が王であることが必要なのである。]日本が朝鮮に出兵したのも、神武天皇が将軍であったことを使って日本神道が日本国民に戦争させたからである。
ただ、神武天皇が奇襲作戦が得意だったために日本神道軍は実力では徳川軍に及ばず、江戸時代には日本政府は徳川家に政治的実権を譲り活動を休止しなければならなかった。
明治維新で日本神道は復活したが、日本神道は最新の地動説を取り入れたので、ヨーロッパの教会の二の舞を避けることができた。
明治以降、軍人だった神武天皇の神制がエスカレートして第2次世界大戦に至ったわけだが、神制をとる日本は神制をとらない連合国軍に負けて大勢の日本神道の宗教家が戦犯として処刑されたが、それでも懲[こ]りずに戦後も日本神道は神制を続けている。戦争に負けた原因が神武天皇を神にしたせいだと考えて、神を神武天皇から私に乗り換えて依然として神制を続けているのだ。
もっとも、今は『神が死んだ』時代だから、日本神道は公[おおやけ]に神制をやるわけには行かず、表面的には民主制でカモフラージュして国民から神制が目立たないようにして密[ひそ]かにやっている。だから、日本神道が神制をやっていることに気付いていない国民も多い。[たぶん、勉強や仕事で忙[いそが]しくてそんなことを考える暇がないのだろう。だから、私が代わりに考えてやった。/日本神道が神としている者ですら『神が死んだ』と思う時代であり、日本神道の者は昔から神がただの人間であることを知っていて、地球上の誰も神がいると思っていないのだから、いっそのこと神制をやめてしまったほうがいい。]
つまり、日本では昔から、徳川時代以外には、神武天皇が生きている間も死んだ後にも日本神道が王であった神武天皇の神制を使って政治活動を行っていたのであり、日本ではヨーロッパとは逆に宗教が政治を飲み込む形で宗教団体が政治活動を行っていたのである。[昔のことをどうのこうの言ったところで過去は変えようがないから、これから先をどうするかを考えたほうがいい。]
[6228] どうして日本は集団主義なのか? h20.12.26
日本では個人主義は認められていない。
それは、日本の神である神武天皇が政治を行うために日本政府の組織を作って、日本政府の者といっしょになって政治をやったからである。[聖徳太子も似たことを言った。]
しかし、神制は神のやったことは人間は何でもやっていい制度であって、神のやったことを人間がやらねばならない制度ではないから、神武天皇が集団主義だったからといって、日本人が集団主義でなければならないことはない。ただ、集団主義でやると神武天皇の神制に適[かな]っていることになるので、日本政府によって若干有利にされる。それが、法人制である。
しかし、神制はそもそも根も葉もない(つまり、根拠もなければ実りもない)制度であるから、神制も法人制もやめねばならない。
[6229] どうして今の日本建築はヨーロッパ風なのか? h20.12.26
それは、今の日本建築が私の神制でやっていて、いわば川野風だからである。
私が川野延夫(かわののぶお)という名前で“ふ”が付いているから床がフローリングだし[高知学芸中学の同級生に大西ゆかという名前の子がいた。ロ“フ”トもそうである。]、家中が硬くて冷たい印象がするのは、私が固くて冷たい性格だからである。[私が畳の部屋に住んでいたとき、何度が畳の上に水をこぼして『しまった!』という思いをしたせいもある。]
日本の住居に関しては、私も昔の天皇制がいいと思う。
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←私が医学部生の頃に住んでいたけいあいビルを壊して新しく建てられたビル。家の外も内も硬く冷たい感じがして、外観は太っていて暗いが内観は明るい感じがする。PCゲーム『Battlefield2142』の建物を髣髴[ほうふつ]とさせる。こんな所に住んでも幸せになれるわけがない。日本の街並みが暗くなる。[今の『神が死んだ』時代に、人の気持ちに影響を与えるほど、神制を強くやってもいいのだろうか?!] アニメ『天地無用!』の征木天地[まさきてんち]の父の柾木信幸[まさきのぶゆき]が建築家であることを見てもわかるように、私が中学1年生のとき高知県の製図大会で2位を取ったから、とくに建築分野において私制が強く効いているのだ。 日本政府が建築家にこんなことをさせる暇があったら、もっと別のことをやれ! |
[6230] 自分は自分でしかない。 h20.12.26
『他人の芝生は緑に見える』という。
いくら他人がうらやましくても、自分は他人にはなれない。
だから、銘々が自分ができることをして喜ぶしかないのである。
[6231] なぜ政治家は天皇よりも私を神にしたがるか?☆ h20.12.27
神武天皇を神にすると、神武天皇が軍人であったために、第2次大戦のように結局戦争が起こって政治家が戦犯として殺されるからである。
政治家は自分が殺されるのが嫌なので、神武天皇を神にしたくないのである。
私は軍人ではないから、私を神にしても戦争は起こらない。
しかし、私は王ではないから、私を神にすると日本神道は法律を作れなくなる。
私を神にすると日本神道は政治組織ではなくなる。
つまり、日本政府は宗教団体でしかないのである。[日本政府は国民から賽銭を取っても税金は取れない。]
だから、日本は政治団体を日本政府とは別に設ける必要がある。
[6232] 日本政府はどうして税金を取っているか?☆ h20.12.27
日本神道が神武天皇を神とすれば、神武天皇は日本の王だったから、日本神道が日本政府となって国民から税金を取って政治をすることができる。
しかし、今は日本神道にとって私が神だから、私は王ではないので、日本神道が日本政府となることはできず国民から税金を取って政治をすることができない。
しかし、それでも日本神道は国民から税金を取って政治をしている。
それは、日本神道による神武天皇の神制の名残にすぎない。[名残にしては長すぎるが。]
[天皇は、日本の王だった神武天皇の子孫として飾りに置いているだけである。]
日本神道が神武天皇の神制をやめると、日本神道は国民から税金を取れなくなるから、日本神道が経営している政治家の物まね団体である日本政府もつぶれるのである。
日本神道が私の神制をやっても税収が得られないからつぶれるし[私は小学3年生のとき万引きしてスーパーの商品を盗んだことはあるがお金を盗んだことはない。(落ちている硬貨をネコババしたことは数回ある。)私は親の了承を得てお金をもらったことはあるが、了承を得ずにもらったことはない。だから、日本神道が私の神制で国民から税金を取るためには、まず国民の了承を得なければならない。しかし、私は日本神道が真面目な仕事をしたのを見たことがないから、私だったら日本神道が日本社会を乱すために自分のお金を使うことを了承しない。]、日本神道が神制をやめたら何もやることがないからつぶれるしかない。
だから、やはり日本は政治団体を日本神道とは別に設ける必要がある。
[6233] 結婚は女のためにある。 h20.12.27
男は活動する生き物である。女は活動しない生き物である。
だから、男は独りで生きていけるが、女は独りでは生きていけない。
したがって、女が生きていくためには男と組む必要がある。
そういう理解に立って、男は女と結婚していたのだ。
男には活動する才能があり、女には活動しない才能がある。
人間は考える者である以前に生きる物であり、生きる物にとっては活動しない才能も大事なのだ。[今の男性的な才能を女性的な才能よりも高く評価する男尊女卑制では、女性の活動しない才能が殺されてしまう。例えば、食事ごときのことをちまちまやれるのは女の才能であって男にはできないことなのだ。最近は男尊女卑になったために、これまで女がやっていた料理の才能を軽視するようになったので、食事の質が落ちたのだ。おいしいお米が食べれなくなったのも、そのせいだ。つまり、これまでは女がくだらない食事にこだわってくれたおかげで、男もおいしい食事ができたのだ。女にとっては食べることが生き甲斐なので、食事を精一杯おいしくしてくれたのだ。今の男女平等制の実体は、男性的な才能を女性的な才能よりも尊いと考える価値観を国民に押し付けて女性に無理やり適性のない男性的な仕事をさせることであって、生物全体男女全体としての立場から男性的な才能と女性的な才能を平等視することではない。ジョン=スチュアート=ミルは『太ったブタより痩せたソクラテスがいい』と言って、食欲だけで生きている[女みたいな]政治家や医者や会社の社長よりも知覚欲で生きている[男らしい]学者のほうがいいとしたが、社会全体がやっていくためには食欲みたいなくだらない欲求で生きている太ったブタも必要であって、学者が自分の知覚欲を満足して生きていくためにもブタは[見えないところで]役立っているのだから、ブタをあまり軽蔑すべきではなかったのだ。[食べること(食欲)で生きているのは女であり考えること(思考欲)で生きているのは男だから、つまりミルは『女よりも男がいい』と言っているのであり、一方ミルは男女平等と言ってもいるのだから、ミルの思想には矛盾がある。]荘子[そうし]も、役に立たない木ほど長生きして大きくなると言ったではないか。(役に立つか立たないかは個人の主観的な偏見にすぎず、大自然は人間を客観的に正しく見ていると言うこと。)]
人間には、男性ホルモンという覚醒剤(触媒)で活動性を高めた種族とそうでない種族がいる。
2種類いたほうが、生物全体としては行動が多様になり適応性が広がり安定して生きていけるのだ。
男には活動する喜びがあり、女には活動しない喜びがある。
男の喜びと女の喜びは質が違うのだから、銘々が自分の喜びを満足して生きていくしかない。
[もっとも、男女共通の真理もある。例えば、私の感覚論や精神病論は男女共用である。だから、いたずらに男女の違いを強調しなくてもいい。]
国の政府は男らしく生きている男や女らしく生きている女の待遇をよくして、女らしく生きている男や男らしく生きている女の増加を防げばいい。本当に才能がある者なら、たとえ政府が有利な待遇にしてくれなくてもその才能で有利に生きていけるし、職業選択の自由も保障されるからそれでいい。[私の目から見れば、女らしく生きている女のほうが利口であり、男らしく生きている女のほうが馬鹿だ。]格好だけの政治家なんか女らしく生きている男にすぎない。
[6234] 変なことほど面白い。 h20.12.27
ジョン=スチュアート=ミルが『男女平等にしよう』と言ったために、みんながそれを新しくて変わっていて面白いと思ったので、世界中のみんなが男女平等の世の中にしようとした。
しかし、その結果はうまく行かなかった。
変わっていて面白いと思っただけで、理由もわからずに実行してはいけない。
[6235] 音楽は原始的な言語体系である。 h20.12.28
音楽には音の高さと音の長さと音色の概念しかない。
音楽家は、そんな単純な言葉を使って自分の気持ちを表現する。
そんな単純な世界では、実在の世界の中に生きている人間の心が十分に表されない。だから、音楽とは別に言語の世界がある。
ともかく、人間が音の世界というものを発明して、その世界に従属する独特の心があることは事実である。
しかし、そういう気持ちは実在から浮いた気持ちであり、心が実在から離れることであって、人間にとってはいいことではない。
私の好きなアニメーションは、話の中に実在世界の道徳(社会的法則)が含まれているから、心が実在から離れず、人間にとってはむしろためになる。国語の勉強のようなものである。もっとも、人間が絵の世界を発明して、その世界に従属する独特の心があることもまた事実である。苦[にが]い実在世界の道徳を絵の味で楽しく見せてくれるからありがたいことだ。
[6236] 未来物理学 h20.12.28
私の哲学日記の始めの頃は今に比べたらチンプンカンプンである。
ニュートンの古典力学も相対性理論や量子力学などの現代物理学から見ればチンプンカンプンである。
現代物理学も未来物理学から見れば同じようにチンプンカンプンだろう。
最初から完全に正しくなければならないというのなら、何も考えられない。
だから、とにかくまちがっていてもいいから考えてみて、あとで自分の考えを論理を利かしながら少しずつ直して正しくしていくことが大切なのである。[私が中学生のとき、数学の試験を半分の時間で解いてあとで見直していたのと同じやり方である。]
[6237] 『自然に帰れ』 h20.12.28
『自然に帰れ』はジャン=ジャック=ルソーの有名な言葉だが、民主制が最も自然に近い人間社会の状態だということである。
神制度も王制度も偽りの人間社会であり、実在する人間社会がまだ正しく理解できていない頃に作られたまちがった制度(人間社会の法則)だったのである。
[6238] 男と女の関係 h20.12.28
女が男よりも活動しないからといって、女性に投票権や参政権を認めないというのではない。
男性の総理大臣と女性の総理大臣を立てて国会を男性議員と女性議員の二つのグループに分けてもいいし、最初から男性と女性をごちゃ混ぜにして女性が総理大臣になってもいい。
男と女は縄張り(得意とする分野)が違うのだから、男と女が共通のテーマで言い争う必要はあまりない。
男と女という活動性の高い種族と低い種族が、自分が得意とする分野でお互いに助け合いながら暮らしていけばいい。
つまり、人間社会は男主義でも女主義でもなく、男女両立主義でやっていけばいいのである。
[6239] 耳学問より眼学問 h20.12.28
昔は、一般の国民は神武天皇の光の玉の“話”しか知らなかったから、“話”だけ聞いて神武天皇を神だと思っていた。神武天皇が神だから、その子孫の天皇も神だと思っていた。日本神道の者しか天皇の“姿”を見ることができなかったから、日本神道の者しか天皇の正体がただの人間であることを知らなかった。だから、昔の日本では神武天皇や天皇の神制(神武天皇や天皇を神とする神制)が通用した。
しかし、今はテレビで天皇のことをしょっちゅう放送しているから、誰でもお茶の間で天皇の“姿”を自分の眼で見ることができ、誰でも天皇がただの人間だと知っている。テレビのおかげで、いまや日本や世界のみんなが昔の日本神道の者と同じ立場になったのだ。
だから、テレビ時代の今は地球上の誰も天皇を神とは思わないし、今の天皇が人間だから今の天皇の祖先の神武天皇もただの人間としか思わない。今の日本では神武天皇や天皇の神制はもはや通用しないのだ。
一方、私は今のところテレビで放送されていないし、日本神道の信者ですら私がどうして神とされているかも知らないようだから、私の正体を知らない者にとっては、私の神制(私を神とする神制)が通用するのである。
テレビに出ると誰でもただの人間になってしまうから、日本神道の宗教家は私をテレビに出さないようにして、私を人目につかない田舎に住ませて、私の神制をやりやすくしているのだ。
私の正体を知れば天皇と同じように私を神と思わなくなるから、日本や世界のみんなは私の正体を知るべきである。私がただの人間だとわかったら、もはや誰も私の神制をやらないはずである。[しかし、たとえ私の正体を知らなくても、私がすでに神制度の中枢を[6176]と[6181]と[6189]で壊してあるから、人類はもはや誰の神制(誰を神とする神制)もやれない。]
[6240] 科学する心 h20.12.28
最近は便利なテレビができて、何でも眼で見てわかるようになった。例えば、天皇が人間であることがわかるようになった。
しかし、眼で見ただけで終わりにしてはいけない。眼で見ただけで終わっては、眼で見える世界に逃避することになり、実在の世界から離れてしまう。
だから、眼で見たことに基づいて、さらに自分の頭で言葉を使って考えて物の実体を見るようにしなければならない。
物の実体は知覚のある人間にしか見ることができない。
そうして、はじめて人間は実在の世界の中で生きて行くことができる。
[6241] 神武天皇以前の神 h20.12.28
私が高校生のときに読んだ倫理社会の参考書『高校倫理一問一答』には、昔の日本の思想は清明心(清く明るい心)だったと書いてあった。[私は倫理社会については、この本と山川出版社の問題集の2冊ばかり勉強していた。]
神武天皇の神制では、神武天皇が奇策に長けたずる賢い性格だったので、清明心は似合わない。[神武天皇は自分が[花火の発明者であって]神ではないことを知っていたのに自分が他人から神だとされているのを知っても直そうとせず黙っていたので、本当の意味で頭がいい人ではない。]
だから、キリストの前にモーゼがいたように、神武天皇の前にも誰か別の神がいたのかもしれない。
その神は清く明るい心の持ち主だったにちがいない。
その心が今の日本人の論理的思考の支えになっているのかもしれない。
[6242] 宗教は詐欺グループ h20.12.28
宗教の者は、昔から神が変なことがあっただけでただの人間であることを知っていて、神制度を使って悪事を働いて金儲けをする悪人である。[表向きは善人のふりをしている。つまり、偽善者である。]
だから、私の場合も、日本神道が最初から私の母が見まちがいをしただけで私がただの人間であることを知っていて、私を神とする神制度を使って悪事を働いて金儲けをしたのである。[母親の話だけでは私が超能力者かどうかわからないが、実際に私を見れば私が超能力者ではなく、母親の見まちがいであったことがすぐにわかる。宗教の者は最初から私が超能力者でないことを知っていて、私を超能力者としていたのだから詐欺である。]
要するに、日本神道は詐欺グループである。世界の宗教はみなそうである。[日本神道は、神武天皇が花火を使って神のふりをした詐欺師だったので神武天皇の神制で詐欺をしているのではなく、もともと宗教が詐欺グループなので詐欺をしているのである。]
[6243] 男女問題 h20.12.29
女らしく生きることが地味で面白くないからといってみんなが女らしく生きることをやめて男らしく生きたら、国がうまく行かなくなる。[[6205] 職業選択の自由 h20.12.24を参照。]
女が男らしく生きると男の職場が女に奪われて男が仕事に就けなくなって困る。
男は活動する生き物であり女は活動しない生き物だから、どうせ女が男の仕事に就いても適性がないから大した仕事をしない。[キュリー夫人やコワレフスカヤはたしかに優れた科学者や数学者だったが天才とまでは言えず、代わりの男はいくらでもいる。人類にとってどうしても必要なのは天才だけであって、その他の人間はどうでもいい。(しかし、たとえどうでもいい人間であっても、自分の幸福は大事である。)]男が男の仕事に就いたほうが男の才能が活かせてもっといい仕事ができる。男は知覚的実在的であり、女は五感的現象的だから、各々[おのおの]が自分の適性をわきまえた仕事をするべきである。
女が家の外で仕事をすると、女が子供を産んで育てなくなるから、子供がいなくなって国が滅びる。女が家の外で仕事をすると、子育てが雑になるから、子供が非行化しやすくなっていい大人ができなくなる。
国としては男が男らしく女が女らしく生きたほうが国全体として幸せに生きていける。
だから、国の政府が女らしく生きる女の待遇をよくして、女が女らしく生きることから離れるのを防げばいい。[例えば、国が女の家事の才能を競うコンクールを開いて、優秀な成績を収めた者を表彰すればいい(没?)。女が育児学の学会を開催してよい育児の方法について話し合い、正しい育児の方法を全国に普及させることによって、子供の非行化を防ぎいい大人を安定に大量に生産できるようにする。]
そうすれば、本当に才能がある女はその実力で幸福に生きていけるし、男が男らしく女が女らしく生きたほうがみんなが幸福に生きていける。
つまり、『男らしさ』『女らしさ』という概念がやはり自然にはある。最近は女が派手な生活を求めて男らしく生きるようになったので男と女の境界が不明瞭になってきたが、そのために世の中が面白くなくなってきたので、昔のように男が男らしく女が女らしく生きているほうがいいと考える人が増えてきた。ただ、昔のままでは女がかわいそうなので、国の政府が女らしく生きている女の地位や待遇をよくして、女が男らしく生きていこうとするのを防がねばならない。
[6244] なぜ日本人は自分の人生を真剣に考えないのか? h20.12.29
世の中には、職業問題[6205]や人口問題[6206]や過疎問題[6207]や男女問題[6243]
などさまざまな問題がある。
人間がもっと自分の幸福に対して真剣であれば、それらの問題をどうでもいいことだと思ってほったらかしにしないはずである。
国民が自分の人生について真剣に考えようとしないのは、神道が余計な神制をやって国民をしらけさせているからである。
[6245] 私アニメを作ることができるか? h20.12.29
私アニメとは、私の個人情報を私に無断で勝手に使って作ったアニメのことである。
私アニメは私を神とする神制で作られている。[私の元祖魔法少女日記[789]などを参照。]
ところが、私は神武天皇とは違って王ではないから、私の神制では私の神制で作った命令を法律にすることはできない。[厳密に言えば、私は王ではないから、私の神制の下[もと]では国民から税金を取れないし、私の神制で作った命令を国民が守らねばならない法律にすることはできない。]
つまり、たとえ日本神道が私アニメを作れとアニメ会社に命令してもアニメ会社はその命令に従う必要はない。
だから、日本神道がアニメ会社に私アニメを作らせることはできないのが正解である。
しかし、実際には、作られている。
それは、アニメ会社が日本神道と組んで共犯だからである。
私アニメを作ることが“一般常識”においていけないこととされているなら[日本の法律は、日本神道が神武天皇の神制の下[もと]で作ったものだから、私の神制の下では全部無効である。だから、日本の法律を引き合いに出すことはできない。]、日本神道とアニメ会社の責任者の両方を罰しなければならない。
[そもそも、神制がやれない制度だから、やれないことをやった者はみな罰せられる。]
[6246] 日本神道はどうして税金を取っているか? h20.12.29
日本神道が神武天皇を神とする神制をやると、必ず日本が戦争をして日本が負けて日本神道の宗教家が罰せられる。日本神道の宗教家は自分が殺されるのが嫌だから、神武天皇を神にしない。
だから、今の日本神道の神は神武天皇ではなく私である。[日本神道が私と神武天皇の両方を神とすることは、日本神道にとって虫が良すぎるので、認められない。かつて全世界の神を神とするマニ教が滅んだのも、それでは宗教団体にとって有利になりすぎるので、他の国民が納得いかなかったためである。ただし、日本でクリスマスやお盆をやるように、軽く他の神制をやることは許されている。それは、それらは日本神道がやっていることではなく国民が自主的にやっているだけだから許されているのである。]
ところが、私は神武天皇とは違って王ではないから、私の神制の下[もと]では、王様がするように国民から税金を取ったり[私は税金を日本神道に取られても、取ったことはない。]、法律を出すことはできないつまり日本神道が作った命令を国民に罰則付きで守らせることはできない。
だから、今の日本神道は国民から税金を取らないのが正解である。[キリスト教国や仏教国でも、宗教団体が国民から税金を取ることはないと思う。]
それなのに実際に取っているのは、日本神道のまちがいである。[日本神道も人間だから、まちがえることはある。]
国民は日本神道に税金を払わなくていいし、たとえ税金を納めずに法律を犯したとしても罰せられることはない。
むしろ、私が神になってから現在までに日本神道に支払った税金を全額返してもらうべきである。
最近、脱税が増えているのは、王でない私が神になっているために税金を支払わなくてもいいと正しく理解している者が増えているからである。
そもそも神制がやれない制度とするなら、なくなるはずの日本神道がいつまでも日本政府ぶって政治活動を続けているのがまちがいなので、国民としては日本神道を無視するのが正しいはずである。自分が正しく生きたいなら、日本政府にペコペコしてはいけない。[ただし、医療保険は、医者の組合がやっている保険だから、日本神道とは無関係なので、国民が医療保険料を支払うのはまちがったことではない。]
[6247] オウム真理教はどうして罰せられたのか? h20.12.29
オウム真理教は、多少の無理があるとしても、一応私の神制で地下鉄サリン事件を起こした。[オウム真理教は、そもそも私の神制で作られた宗教団体だから、日本神道の下部組織である。だから、地下鉄サリン事件を起こしたのは本当は日本神道(日本政府)なのである。]
今の日本神道は私を神とする神制をやっている。
だから、たとえオウム真理教の行為が日本国憲法や刑法に違反していたとしても、日本国憲法や刑法は神武天皇の神制の下で作られたのであり[戦後一時的には日本はアメリカ制だったが、昭和50年頃から日本は再び神制に戻った。]、私の神制の下では無効だから、オウム真理教は無罪である。
だから、オウム真理教が無罪であるのが正解である。
しかし、かといってオウム真理教を無罪放免としたのでは、あからさまに日本政府(日本神道)が神制をやっているのが国民にばれてしまうから、日本政府(日本神道)が神制をやっていることを隠すために、自分の部下であるオウム真理教をあえて犠牲にしたのである。
[6248] 日本政府はどうして税金を取っているか(つづき)? h20.12.30
私は1年間だけ医者をやったことがある。その間は国民の医療保険費で食べていたことになる。医療保険費は税金とみなせるから、私が国民から税金を取っていたことになる。
それで、日本政府(日本神道)が国民から税金を取っているのである。
しかし、私は王ではないから、自分が法律(国民に対する強制力のある命令)を作ったことはない。
だから、日本政府(日本神道)は国民からお金は取れるが法律を作ることはできない。
私は学校で何べんか級長を務めたことがあり、高知学芸中学校では生徒会の副文化委員長をやったことがあり、いくどか生徒に命令を出したが、罰則の規定がなかったので、法律とはいえない。
私は子供の頃に弟とよくけんかをしたが、弟とのけんかは弟が私の気に食わないことをしたから私がカッと来て殴ったり蹴ったりしただけで、私が弟に命令を出したわけではない。
しかし、けんかを広義に解釈すれば、国民が日本政府の気に食わないことをすれば日本政府が暴行を加えることができるから、法律は作れそうである。[広義に解釈することは私も何べんかやったと思う。]
しかしながら、釈迦やキリストも男の子だから子供の頃にはけんかをしたはずだが、仏教やキリスト教では宗教的に法律を作っていないので[キリストは王ではないし、釈迦は王族を出家したから王ではない。]、それと同じように私の神制でも法律を作ることはできない。
だから、日本神道は国民から税金は取れるが、法律を作ることはできない。
しかし、もしかしたら、釈迦やキリストはけんかをしなかったかもしれないし、仏教やキリスト教では釈迦やキリストがけんかをしたことを使わなかっただけなのかもしれない。それなら、私がけんかをしたことを日本神道が使って法律を定めてもいいことになる。
やっぱり、[6181]の神制がやれないことを使うしかない。
日本神道が神制をやれなければ、日本神道は何もすることができないから、税金を取ることも法律を作ることも私アニメを作ることもできない。
日本は早く政治団体を設ける必要がある。
[6249] オウム真理教はなぜ罰せられたか(つづき)? h20.12.30
私は子供の頃から他人に自分の真似をされるのが嫌である。
オウム真理教は私の神制をやる宗教団体であり日本神道の真似だから、日本神道はオウム真理教に自分の真似をされるのが嫌だったので罰したのである。[しかし、実際には、オウム真理教は日本神道が作った団体だったので、嫌なわけがない。]
つまり、日本神道が民間の宗教団体に自分(日本神道)以外に私(川野神)の神制をするなという脅[おど]しだったのである。
[6250] 宗教とは何か?☆ h20.12.30
宗教とは神制がやれると思っている者の集まりである。
かつて教会が天動説を正しいとしていたように、宗教は‘神制がやれる説’を正しいとしているのだ。
しかし、[6181]で私が神制がやれないことを証明した。つまり、“神制がやれない説”が正しいのである。
だから、かつて教会が支持していた天動説がまちがっていたように、宗教が支持していた‘神制がやれる説’もまちがっていたのだ。
だから、今後は宗教のやることはない。
今の地球上に天動説をやる団体が存在しないように、神制をやる団体も存在しなくなる。
[6251] なぜ要点を赤字で書くか? h20.12.30
血を流している獲物は弱っているので、その獲物を攻撃したほうが効率よく獲物を倒すことができるからである。
人間は本能的に赤い物に注意が向くようにできているので、要点を赤字で書くのである。
[6252] キリスト教はやれない。 h20.12.30
たとえキリストの頭の周りが光っても、どうやって光ったかがわからない以上、キリストが光らせたとは限らない。
キリストの頭の周りの光は、誰が光らせたのかわからない。
誰が光らせたのかわからない以上、宗教をやることはできない。
[6253] どうして私は本を読むのをやめたのか? h20.12.30
ショペンハウエルの著書に『読書について』という本があり、その中でショペンハウエルは『本を読むとは自分が考えないことだ』と述べている。
私は自分が考えるのが好きだから、本を読むのをやめたのである。[他人がやったものを見るよりも、自分がやるほうが面白い。]
本を読むと眼ばかり使うので認識が視覚的になり、本を読むことはショペンハウエルの言う通り自分が考えずに著者の言いなりになることだから、本を読むと性格が女みたいになる。[だから、医者みたいに小さい子供の頃から本を読む勉強ばかりし続けているガリ勉野郎は性格が女染[おんなじ]みているのだ。]
[6254] どうして私はホームページを作るのか? h20.12.30
自分が考える喜びと、自分の考えを他人に伝える喜びとは別である。
私は自分が考えるのは好きだが、自分が考えたことを他人に伝えるのはそれほど好きではなく、かといって自分が考えたことを他人にまったく伝えないのもさびしく、ちょっとは他人に伝えたい。
だから私はホームページを作るのだ。
[6255] 男女の関係 h20.12.30
覚醒剤(男性ホルモンの喩え)を打って脳が興奮しているグループと覚醒剤を打たずに脳が興奮していないグループが同じ生き方で生きているとは考えにくい。だから、男と女は違う生き方で生きているとみなすべきである。
ただ、大人になったら、違う生き方で生きている男と女が結合してひとつの家族という分子(複合体)を形成して生きていくようになる。家族として成功するためには、互いの長所を相殺[そうさい]せず、互いの長所を活かすような男女の結合状態(いわばスピンが逆向き↑↓の状態)を確立しなければならない。
[6256] 超常現象について h20.12.30
1)心霊現象…私の実在哲学によれば、人間の脳から離れて感覚はありえず、したがって人間の死後に感覚だけが生き残った霊体というものは存在しない。だから、心霊現象はありえない。
2)超能力…超能力とはつまり原因がわからない現象である。現在の科学はまだ宇宙のすべてのことを理解できるほど完全ではないから、原因がわからない現象も残っているはずだ。
3)宇宙人…地球人がいるから宇宙人もいるだろう。宇宙の物理法則は場所によらず同じだから、外人と日本人が似ているように宇宙人は地球人と似ているだろう。ただ、太陽系間を飛行できる乗り物を作る技術を持っているほどの宇宙人なら、もはや文明の遅れた地球人なんかには用がないから、地球人を発見しても無視して素通りするだろう。[エジプトのピラミッドが現代の『物の原理』とは違う『神の原理』で建てられたように、宇宙人の行動を理解するためには現代の原理とは違うもっと進んだ原理で見なければならないのかもしれない。([6279]参照。)]
4)UMA…宇宙が広いように、地球も広いし、数が少ないためにいまだに発見されていない新種の生物はどこかにいるだろう。興味がある人は探せばいい。私は生物学者じゃないから、興味がない。どうせ発見されたところで、物珍しいだけで、それ以上の意義はない。メキシコで見つかったメテペック=モンスターのミイラは、私が子供の頃に高知の野村製菓の『メキシカン』(ピーナッツのお菓子)が大好きだったので、チュパ“カブ”ラと同じように、メキシコ人が私の神制でやったのだろう。昔も人間や他の動物のミイラをくっ付けて人魚やワニ人間などを作っていたのだから、今のフィギュアの技術をもってすればメテペック=モンスターぐらい作れるはずだ。
5)アポロは月に行ったか?…日本は戦後いっときはアメリカの支配下にあってアメリカ制だったが、今の日本はアメリカから独立したので、アメリカを馬鹿にするためにアポロ計画にケチをつけているのである。アポロが太陽神なので、神武天皇を馬鹿にする意味もある。
[6257] いい女とは何か?☆ h20.12.31
男は知覚的実在的であり、女は五感的現象的である。
だから、いい女とは、女としての才能に優れた女すなわち五感的現象的な才能が優れた女のことである。
いい女とは、五感的現象的な世界において有能な女のことである。
いい女とは、五感的現象的な世界、つまり眼で見たり耳で聞こえる現象の世界において優れている女のことである。
一方、いい男とは、知覚的実在的な世界、つまり頭で考える世界すなわち実在の世界において優れている男のことである。
よく考えなければわからない難しいことは女ではわからず男にしかわからないから、たとえ家事や子供に関することであっても、男が面倒を見てやらねばならない。つまり、男女の分担は対象で決まるのではなくて、見方で決まるのである。[女は知覚が弱いから簡単なことしかわからない。だから、難しいことは男が考えてやらねばならないのだ。]
女は五感的現象的な[知覚をあまり使わない]ことで頑張ればいい。[男のように知覚的実在的なことをしようとする女はかえって馬鹿に見える。それは、女が知覚的実在的なことが頭の中でわかっていなくてチンプンカンプンなのが見え見えだからである。(私が五感的現象的なことがわからなくてチンプンカンプンなのと同じである。)]
男は知覚的実在的なことで頑張ればいい。
そうやって分担すれば、男女の個性が活かせてうまく行く。
女がやっているのは眼作業か手作業であって、頭作業ではない。
しかし、そのバカさが女の長所なのだ。
[6258] 2階級特進 h20.12.31
神武天皇は死んだ後で偉くなったので、神武天皇を神とする者は死んだ後で偉くなれるのである。
もっとも、神武天皇は生きているときにもすでに超能力者として十分に偉かった。
つまり、“死んだ”というのは身体が死んだという意味ではなくて、知らない人にとってはという意味である。
神武天皇も見て知っている者にとっては、ただのオヤジだったのだ。
[6259] キリスト教はどうして成功したか?([6214]のつづき) h20.12.31
たとえキリストが自分を超能力者と考えなくても、キリストの母がキリストの頭の周りが光るのを見たことがありキリストが“大袈裟[おおげさ]な嘘をついた”ことを使えば、キリストの信者がキリストの神制を使ってキリストに関するいろんな嘘をつくことができる。例えば、キリストがすごい超能力者だったという嘘をつくことができる。だから、キリストが自分自身を超能力者と思っていたかどうかはわからない。
キリストがあらゆる超能力が使えるすごい超能力者にされたのは、キリスト教の信者がキリストの超能力を信じようが信じまいが、とにかくキリストの超能力を強くしたほうがキリストの権威が高くなってキリスト教の信者にとってキリストの神制が使いやすくなるからである。実際にはキリストはちょっと悪いことをしただけかもしれないが、キリストが“大袈裟な嘘をついた”ことを使ってキリストの神制によってキリストを十字架に磔にされて殺された極悪人にしたのも、そのほうがキリスト教の信者にとってありとあらゆる悪事ができてキリスト教の利用価値が高まるからである。[聖書におけるキリストの超能力に関する記述が嘘だったから、その他のキリストの言行に関する記述も嘘のはずである。つまり、キリストに関してはキリストの母がキリストの頭の周りがちょっと光ったのを見た以外は、すべて嘘なのである。]
キリスト教はキリストの神制を使って信者にとって大変有利な宗教に仕立て上げたので、世界中に信者が広がる世界最大の宗教となったのである。
[6260] 男女問題(つづき) h20.12.31
テレビが発明されてから、人間は自分の外見ばかり気にするようになった。
しかも、男女平等の意味を履き違えて、女が男らしくするようになったので、逆に男が女らしくするようになった。[私は、男女平等には賛成だが、その真意は女の地位や待遇を良くすることであって、なにも女が男らしくすることではないと思う。]
これでは、男と女が互いに相殺[そうさい]しあっているだけである。
やはり男らしさ女らしさというものがある。男は男らしく女は女らしく生きることを大切にすべきである。
政府は男らしく生きている男や女らしく生きている女の待遇をよくして、男女の相殺を防がねばならない。
[6261] テレビ法 h20.12.31
今のテレビ番組は、娯楽番組ばかりで教養番組がほとんどない。
国営放送が民間放送に追随[ついずい]するのではなく、民放も国営放送のように教養番組をやればいい。
国の政府が民放に対して一定時間以上教養番組を流さねばならない制度を設ければいい。[日本神道が神制で馬鹿馬鹿しいことをやるよりはいいと思わないか?]
そうしなければ、テレビを見ている日本人全員が馬鹿になる。
テレビを現実逃避の道具にするのではなく、反対に現実に向かう道具にすればいい。
CSの番組のようにテレビ局が視聴者からお金を取って放送するようにすれば、番組の内容の質が向上するのかもしれない。
せめて番組に“頭で考えながら見る感じ”を出してほしい。(女が見る番組とは分けて作ればいい。)
[6262] 考えるとは何か? h20.12.31
人間の知覚には、いくつかの命題から論理的に新しい命題を作る能力がある。
だから、考えるとは、知覚がすでに持っている命題を素[もと]にして新しい命題を作り出すことである。
考える能力は、私が『哲学日記』を書くように、毎日練習していれば自然に強くなる。
考える練習をしない人間は、恋とか野球とか意味がないことでしか喜べない頭が空っぽの人間になる。
眠っているときのほうが知覚がよく働くのは、起きている間は眼や耳を開いていてその分知覚が働きにくくなっているからである。
[6263] 宗教の者の処分 h20.12.31
宗教の者は、まちがった“神制がやれる説”を正しいと信じている妄想狂である。
宗教の者が死んでいなくなったほうが、世界の人類のためになる。
したがって、宗教の者は、平成21年末日までに自分が宗教の者でないという証明ができないかぎり死刑とする。[証明は自分で考えねばならない。]
[6264] 神(超能力者)に関する犯罪について h21.1.1
1)ある者が神でないことを知っていながら、ある者を神とする神制をやった場合…それは、詐欺である。全世界の人間をだますことになるから詐欺である。例えば、私の場合には、母親の“話”だけでは私が神(超能力者)かどうかわからないが、実際に私を自分の“眼”で見れば私が神(超能力者)ではなく、母親の見まちがいだとすぐにわかるから、その後私を神として私の神制をやることは、私を知らない人をだますことになるから詐欺だと見なされる。神武天皇やキリストや釈迦の場合も同様である。これまでの神制は、実際には、すべてこれに属する。したがって、宗教団体に対しては詐欺罪および詐欺で犯した罪に対する処罰を与えねばならない。[いくら神制に従う者であっても、神が嘘をつく前に、神でない者を嘘で神にすることはできない。その場合には、嘘で神にした者が責任を負わねばならない。]
2)[ある者が神でないことを知らなくて、さらに]神制がやれないことを知らなくて、神制をやってしまった場合…それは、過失である。正しいことを知らないために過ちを犯したのだから、正しいことを知らない者が悪いことになる。だから、正しいことを知らない者は、正しいことを学習しなければならない。→[6181]。もちろん、過失で犯した罪に対する処罰を与えねばならない。
3)[ある者が神でないことを知らなくて、さらに]神制がやれないことを知っていて、神制をやった場合…それは、犯罪である。正しいルールを敢[あ]えて無視してまちがったことをしたのだから、通常の法律違反と同じく犯罪である。つまり、『神制がやれない』ことはこの世界の法律なのである。私が発見した法則だと言ってもいい。したがって、『神制がやれない』法律を犯した者に対する罰則を定めなければならない。もちろん、『神制がやれない』法律を犯して犯した罪に対する処罰も与えねばならない。
[6265] 最近の女がブスなわけ h21.1.1
最近の女は自分が女というだけで綺麗だと思っていい気になって、五感的現象的な世界で怠慢して頑張らなくなっているから、最近の女はブスなのである。
[私の母は五感的現象的な世界で頑張ってくれた。私が中学高校生の頃に、英語の単語カードを作ったり、社会科の教科書の暗記しなければならない字をマジックペンで黒く塗った細長い紙で隠してその上にセロハンテープを貼ってコンパスの針の先でめくって読めるようにしたのも、私が私の母親を真似て五感的現象的に頑張って、効率の悪い勉強をしてしまったからである。(私が子供の頃から工作好きだったせいもある。)男は手や眼よりも頭を使う勉強方法にしなければならない。]
そもそも最近の男が男らしくなくなって五感的現象的になってきたから、女が綺麗に見えるのである。そのために、女が男に綺麗に見られようとして化粧を濃くして無駄なことばかりやっているのだ。
男が知覚的実在的な世界で頑張って物事を知覚的実在的に見るようになれば、女も五感的現象的な世界で真面目に頑張るようになる。
[政治家(宗教家)が男女平等政策を採ったのは、男を五感的現象的なことしかわからない馬鹿に変えて神制をやりやすくするためである。低カロリーダイエット食も国民の頭が働かないようにして神制をやりやすくするためである。過度の受験戦争やきつい仕事も、国民が勉強や仕事以外のことを考えられないようにして神制をやりやすくするためである。]
[6266] 他人の優れた作品を見るよりも、自分が下手な作品を作るほうがいい。
h21.1.1
いくら他人の優れた作品を見ても、自分は何もやったことにはならない。
これでは自分が他人の言いなりになるだけだ。
世界に関わるためには、自分で考えなければならない。
実際、自分で考えると新しくいろんなことがわかるから、他人の作品を鑑賞するときにも役に立つ。
[6267] 女の生き甲斐とは何か? h21.1.1
男の生き甲斐が知覚欲であるように、女の生き甲斐は五感欲である。
五感欲といっても化粧が濃いわけではない。純粋な五感欲には、化粧は含まれない。五感欲とは、眼や耳で見える五感の現象の世界を自分が支配する(自分の思い通りにする)喜びである。[女は頭で理屈がわからなくても、眼で見て手を動かして思い通りになればそれで満足なのである。だから、論理的に矛盾したことが平気でやれるし、人面[ひとづら]がいいだけで裏では汚いことをして、嘘をつくのが得意で、ずる賢さに長けている。]
それに、女には男にはない人間(一般に生物)を生産する能力があるので、女は人間(一般に生物)を物のように見なしていて、人間(一般に生物)を物のように愛している。(男に自分が考えたことや生物以外の物に対する愛着があるように、女には眼で見える人間(一般に生物)に対する愛着がある。)女はとくに自分が生産した子供に対する愛情が強い。愛情の満足も女の生き甲斐である。
[6268] 男と女の生き方の違い h21.1.1
男性ホルモンの覚醒剤で興奮しているグループと興奮していないグループとでは生き方が違う。
男性ホルモンの覚醒剤の作用によって、男は知覚がよく働くが、女はあまり知覚が働かない。
そのために、≪男は自分の頭(知覚)の中に実在と同じものを作りながら考えていくが、女は眼で見て実在の中に溶け込んで暮らしている。≫(←この≪…≫の文は誰かが私にテレパシーで伝えて、私がうまいと思ったので、私が書き留めたものである。)
いかにも、男は進歩しそうで、女は進歩しなさそうである。男のほうが女よりも実在がよく見えているような気がする。
[6269] 西洋人だけが実在を征服できるのではない。 h21.1.1
たとえヨーロッパやアメリカがおいしいところを奪っても、日本がやれるところはある。
なぜなら実在の世界は無限に広いからである。
たとえ自然は有限でも、人間が作り出すことは無限にある。
[6270] 5次方程式と宗教 h21.1.1
エバリスト=ガロアは5次方程式を研究して『5次方程式が解けない』ことを発見した。
それなら、私が宗教(神制度)を研究して『宗教がやれない』ことを証明してもいいではないか?
[6271] イギリスの魔女([6252]参照) h21.1.1
たとえおばあさんがホウキに乗って空を飛んでいても、どうやってホウキで飛んでいるかがわからない以上、おばあさんが飛ばせたとは限らない。
おばあさんがホウキで飛んでいるのは、誰が飛ばせたのかわからない。
誰が飛ばせたのかわからない以上、宗教をやることはできない。
[6272] ヒンズー教はどうしてできたか? h21.1.2
釈迦が自分が神であるかないかわからなかったから、釈迦が自分が神であると思ったことから仏教ができ、釈迦が自分が神でないと思ったことからヒンズー教ができたのである。[つまり、インド政府は釈迦の神制をやっているのである。]
しかし、一度できてしまったら、たとえヒンズー教が仏教と同じく釈迦が作ったものであっても、ヒンズー教が仏教と権力争いをして仏教をやっつけてもかまわない。
[6273] 信者も悪い。 h21.1.2
私の神制は、私を見たことがある宗教家が私が神(超能力者)でないことを知っていながら私を神とする神制をやっているから、私を知らない人をだますことになるから詐欺である。[神制はよほど儲かるのだろう。そうでなければ、宗教家が神制なんかやるわけがない。]
それは、まちがいない。
しかし、神が何であるかを“知らずに”、宗教家に従う者も悪い。それは、子供がトラックの後ろにいるのを“知らずに”トラックをバックさせて子供をひき殺した運転手と同じである。つまり、神が何者であるか知らずに、宗教家の言いなりになって悪いことをした信者も過失罪に問われるべきである。[むしろ信者は宗教家という詐欺師の手伝いだから、共犯者というべきかもしれない。いくら仕事を持っていても、犯罪者は犯罪者である。]
だから、信者は神とは何か神制とは何かを正しく知るべきである。そうすれば、神制が原理的にやれないことやこれまでの神制が詐欺にほかならないことがわかり、神制がやってはいけないことだとわかるだろう。
[6274] なぜ女言葉があるのか? h21.1.2
女言葉は、言葉のお尻に“わ”とか“よ”とか“の”とか余計な言葉が付くし、婉曲法や倒置法などを使って変てこだ。
それは、女が五感的現象的存在であることを表すためである。つまり、女は実在とは別の世界に住んでいる生き物なのだ。[私の母が「夜中に突然ガラガラが回った」と言ったのも、女が現象の世界に生きているからだ。女は男とは眼で見る世界の重みが違うので、女は眼で見えただけのことで大騒ぎをするのだ。]
一方、男言葉が無駄のない平叙文なのは、男が知覚的実在的存在であることを表すためである。
つまり、男と女が頭の中で違う世界に生きていることをわかりやすくするために男言葉とは別に女言葉があるのである。
[6275] なぜ明治政府は科学を取り入れたのか? h21.1.2
明治政府つまり日本神道は、神武天皇を神とする神制をやる組織である。
神武天皇は軍人であり、科学は日本の軍事力を増強するために役に立つので、明治政府は西洋科学を日本に取り入れたのである。
[6276] 相撲[すもう] h21.1.2
相撲は、丸い土俵から出たほうが負けだから、日本神道に入っている者が入っていない者よりも有利ということである。
それは、日本神道が神でない者を神として神制をやっている詐欺団体だからである。
詐欺をして有利になるのは当たり前で、詐欺つまり嘘つきは人間としてやってはいけないことだ[嘘は人間社会を混乱させるから嘘をついてはいけない。高度情報化社会ではますます嘘はいけない。]から、日本神道は滅びるべきである。
[6277] これまでの神について h21.1.2
・神武天皇…神武天皇自身が花火を使った詐欺師だった。だから、神武天皇は自分が神ではないことを知っていて、国民に自分を神だと思わせていた。神武天皇は仕方がないが、子孫の天皇が神武天皇のことについていつまでも黙っているのは、同じ国民として情けない。さすがに先祖が詐欺師だったとは言いにくいから、黙っているほかはないのだろう。
・釈迦…釈迦は自分を神であるのかないのかわからないと言った。神にしては慎重な答えだが(笑)、もう1歩2歩考え進めば、私のように『神制がやれない』ことがわかったかもしれない。意外と、馬鹿だったのかもしれない。
・キリスト…キリストに“大袈裟[おおげさ]な嘘をつく”ことがあったのは確かだが、キリストが自分自身を神と考えていたかどうかはわからない。意外と、極普通の真面目な大人しい人だったのかもしれない。[キリストが大工の父親の手伝いをして木材と釘[くぎ]を背負って運んでいたのを、十字架に磔[はりつけ]にされたことに言い換えたのだろう。]
・モハメット…癲癇で幻聴が聞こえたせいで自分を神だと思っていた妄想狂の精神病の患者にすぎない。考えてみれば気の毒な人である。
[6278] コンビニについて h21.1.2
・セブンイレブン…セブンは7でイレブンは11だから、セブンイレブンで711になり、711は私の姓の“川”の字に似ている。つまり、セブンイレブンは私の神制でやっているコンビニなのである。セブンイレブンの容器は原則として三角形である。私の姓が川野で、川が三本線の川だから三角形なのである。ラーメンの容器は横から見ると底が小さくて三角形に見えるし、弁当の容器は4が3に近いから四角形である。私が実家にいた高校生のころは、母親が栄養がいいからといって麦ご飯を炊いていた。だから、セブンイレブンのご飯は麦飯なのである。私が普段カロリーメイトばかり食べてお米をあまり食べないので、お弁当の容器は小さめである。レバニラ炒めや八宝菜は私の母がよく作ってくれたおかずである。セブンイレブンの商品がローソンの商品よりも若干値段が低めなのは、私が貧乏暮しだからである。
・ローソン…ローソン(LAWSON)は本当はLOWSONであり、今の天皇が初代の神武天皇よりも地位が低いから“低い息子”なのである。つまり、ローソンは天皇の神制でやっているコンビニである。ローソンの容器は原則として丸である。神武天皇が出した光の玉が丸かったから丸なのである。ラーメンの容器は丸だし、お弁当の容器は四角の角[かど]を丸くしてある。麺類は和風が多いし、おかずは洋風の汁物が多い。天皇家では、だいたい毎日こんなものを食べているのだろう。
[6279] ピラミッドはどうして作られたか? h21.1.2
私は小学生の頃、ピラミッドがどうして作られたのかわからなかった。
それは、子供の頃の私が物事を科学的にしか見れなかったからである。
人間は自分の頭の中にある知識でしか物事が見れないから、子供の頃の私の頭の中には『小学館の学習図鑑』や『こども学習百科事典』で培われた科学的知識しかなかったので、そのために、どうしてピラミッドが作られたのかわからなかったのである。
それは、ピラミッドが作られた頃には、まだ人間が現代のような科学知識を持っていなかったからである。
ピラミッドは、現代のような合理的な目的で作られたのではなかったのである。だから、いくら科学的に研究しても何にもわからないのだ。
ピラミッドは今から4000年以上も前に作られたので、当時の人々はまだ太陽神や星神などの自然神を深く信じていて、自然神を神とする神制で作られたのだ。
神制のやり方もピラミッドが作られた頃と今とでは大きく違っているから、細かい点はよくわからないが、とにかくピラミッドは『神』を原理とする世界観に基づいて作られた神殿であって、ニュートンの運動方程式『F=ma』に基づいて作られた建築とは大きく異なり現代的に見れば巨大なガラクタにすぎないのである。
私は古代エジプト人の思想に関する知識が足りないので吉村作治教授の細かい説はよくわからなかったが、大まかには吉村教授の説に賛成する。
クフ王の墓の位置も『神学的な理由』でわかるはずである。今後の吉村教授の研究成果に期待したい。
[メキシコのケツアルクアトルは空を飛ぶ蛇だから竜巻のことだろう。エジプトの蛇神も鎌首を地面から持ち上げて立っているコブラに喩えられているから竜巻のことではないだろうか。昔の人にとっては、自然界にある強いイメージを持った物がとにかく神だったのである。/ドイツ語の名詞に男性・女性・中性の区別があるのもイメージの遊びつまり一種の宗教だろう。]
[6280] なぜ大陸はイギリスに従属するか? h21.1.3
イギリスは経験論である。
大陸は合理論である。
人間が実在を認識するときには、まず五感で実在を見て経験を蓄え、次に知覚で経験を合理的に(つまり論理的統一的に)見て実在を知る。
だから、イギリスに大陸が従属するのである。大陸がイギリスの後追いをするのだ。
したがって、イギリスの研究は早いが粗く、大陸の研究は遅いが細かいのである。
しかしながら、ニュートンの場合は順番がひっくり返っていたから、じつは近代以降は大陸も島国もないのだ。[ニュートンがリンゴが落ちるのを見て万有引力を発見したのは、聖書のリンゴに掛けた落ちである。つまり、ニュートンは自分の科学で教会の権威が落ちたと言いたかったのである。]
[6281] 条件反射 h21.1.3
私が高校1年生のとき、隣にいた尾立君が教科書のパラパラめくりをしたことに腹を立てたせいで私は精神分裂病に罹ったが、そのとき尾立君を横眼で睨[にら]みながら焦燥感情とテレパシー中枢を興奮させたので、その後テレパシーが聞こえるたびに焦燥感情が興奮してイライラし眼が横を向くようになった。
これは、パブロフの犬がベルの音を聞く聴覚と唾液腺から唾液を出す中枢を同時に興奮させた結果、ベルの音が聞こえると唾液を出すのと同じ理屈である。
私のような横眼で見るケースは珍しいかもしれないが、精神分裂病の発症過程において焦燥感情とテレパシ−中枢を同時に興奮させることは多いから、それで精神分裂病の患者はテレパシーが聞こえると条件反射ですぐにイライラするのだろう。だから、条件反射ができる前にはテレパシーが聞こえてもイライラして暴れたりはしなかったのである。つまり、人間の脳には『条件反射の法則』(つまり、同時にいくつかの中枢を興奮させるとそれらの間に神経連絡ができて、どれかひとつの中枢が興奮すると他の中枢も興奮するようになること)があるから、焦燥感情やテレパシー中枢や動眼神経核・外転神経核を同時に興奮させてはいけないのだ。つまり、自分が腹が立ったとき、気に障[さわ]った相手をテレパシーで操って思い通りにしようと思ったり相手を横眼で睨んだりしてはいけないのだ。
[精神分裂病の患者はテレパシーが聞こえて勉強や仕事が手につかないと訴えるが、勉強や仕事をする気合いが足りないから幻聴のイライラ感に負けているので、もっと本気でやる気を出して勉強や仕事をすればやれるはずである。要するに、自分の気持ちと気持ちの関係だ。]
[6282] 男女問題 h21.1.3
私は男女関係が江戸時代の士農工商と同じ構造であり、現代における女の女離れが農家の農家離れと同じであると考えて、男は男性ホルモンの覚醒剤を打たれて興奮している女とみなすことができ、自然にはやはり男らしさ女らしさという概念があり、政府は男らしい男や女らしい女の待遇をよくして男の男離れや女の女離れを防ぐべきであるとした。[士農工商の身分制についても、武士が一番上の位[くらい]なのは武家社会だから仕方がないとしても、農業がつらいから農家を次の位に置いて農家をおだてて待遇をよくして農家離れを防いでいるのであり、商業は楽だから一番下の位に置いて待遇を悪くして商業に人が移るのを防いでいるのである。/昔のように男女の閾[しきい]の高さを∞にはしないが、現在のように0にもせず、適当な高さを設けるとする。実力のある者はその閾を自分の力で越えるから、それについては自由とする。]
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同じ構造 |
男女問題も、かつての天動説と地動説の問題と同じようなものである。
男と女の関係についても、男と女の正しい関係はどうあるべきかをよく考えて、決着をつけねばならない。
[6283] 女にとっての幸せとは? h21.1.4
女は五感的現象的な動物である。
つまり、女は男よりも眼で見える世界に重みがあるから、女が得意なのは眼で見て手を動かすことである。例えば、家事や育児をすることである。
したがって、女にとっての幸福な生き方は、早めに結婚して夫や子供のために家事や育児などをして尽くすことである。
[6284] お酒はやめよう h21.1.4
男は知覚的実在的な動物である。
つまり、男は女よりも頭で考える世界に重みがあるから、男が得意なのは頭で考えることである。
男にとっての幸福とは、自分が正しいことを考えて、自分が考えた正しいことに則[のっと]った正しい世の中を作ることである。
男にとっては知覚がよく働くことが必須だから、お酒を飲んではいけない。そのほうが身体の健康のためにもいい。
[6285] なぜ日本の政治家は嘘を言ったり曖昧なことを言ったりするのか? h21.1.4
日本政府の政治家の正体は日本神道の宗教家である。[厳密に言えば、日本神道の宗教家が、日本神道の信者の中で政治家の物真似がうまい者を政治家にしたり、あるいは宗教家自身が政治家になったりしている。]
神武天皇が日本神道の神であったのは太平洋戦争の終りまでであり、その後は日本はアメリカ制になり、昭和40年頃から後は日本神道の神は私である。天皇は、日本国の『王』(政治的最高責任者)であった神武天皇の子孫として日本国の象徴として飾りに置いているだけである。[実際には、神武天皇は日本の何代目かの王族の王だったのだろう。]
ところで、私は子供の頃、よく親に嘘をついたり親に曖昧なことを言ってごまかしたりした。
それで、日本政府の政治家は子供の頃の私の真似をして国民に嘘をついたり曖昧なことを言って国民を煙[けむ]に巻いたりするのである。
[6286] 『湖畔』 h21.1.4
『湖畔』は黒田清輝が描いた有名な絵だが、この絵も神制で描かれている。
つまり、中央の女の人が神武天皇の喩えであり、女の人が持っている団扇[うちわ]が光の玉の喩えである。[神武天皇は酒宴を開いて敵をだまして酔わせて敵を倒したから、神武天皇の神制では画家が神武天皇を女の人に変えて見る人をだました絵を描いてもいいのである。]
日本の有名な芸術作品は、すべて神武天皇や私の神制で作られているのだ。
ヨーロッパやアメリカでは近代以降は神制から離れた芸術を目指している。日本はいまだに神制で芸術をやっていて時代遅れだ。
[6287] なぜ外人は考える力が強いのか? h21.1.4
外人は英語を使っている。英語には日本語のように漢字がない。
外人は日本人が子供の頃に漢字や英語を憶えることに使っている時間をすべて考えることに使っているから、それで外人は考える力が日本人よりも強いのだ。
[6288] 突破口《まとめ》 h21.1.4
1.精神分裂病(構想29年)…“感覚”の存在に気付くことが突破口である。(もっとも、そこから先もかなり長いが。)
2.宗教(構想3年9ヶ月)…どうして私が神なのか?私の近くにいた母も神ではないだろうか?と考えることと、テレビができてからみんなが天皇を神だと思わなくなったことが突破口である。[[6148]
どうして私が神なのか?☆☆☆ h20.12.10 と [6239] 耳学問より眼学問 h20.12.28
を参照。]
3.男女問題(構想22年)…男尊女卑すなわち男が女よりも上の存在であることを素直に認めて、農家の農家離れと女が男の仕事に回るのが同じことだと気付くことが突破口である。[[6197]
男と女 h20.12.22 と [6205] 職業選択の自由 h20.12.24を参照。/ニュートンの『光学』は自分が書いた『力学』に乗せるために光を玉として捉えていたが、ニュートンが唱えた光の粒子説はホイヘンスなどが唱えた光の波動説ほど光の振る舞いうまく説明できなかったので評価は低かったが、マックス=プランクは昔ニュートンが光を玉として捉えていたことを思い出して黒体輻射の問題を解いた。]
[6289] きっかけ h21.1.4
1.精神分裂病…私が高校1年生のとき隣の席の尾立[おりゅう]君が教科書のパラパラめくりをするのを見て腹を立てて精神分裂病に罹ったことが、私が精神分裂病について考え始めたきっかけである。
2.宗教…『アイドル天使ようこそようこ』第4話「トマトの朝は歌声で」でようこが早朝マラソンしているシーンを見たことが、私が宗教について考え始めたきっかけである。
3.男女問題…私が『らんま1/2』を見て自分の睾丸の首を紐で縛ったことが、私が男女問題について考え始めたきっかけである。
[6290] 日本神道は国民から税金を取れるか? h21.1.5
神制は詐欺である。
したがって、日本神道は詐欺で国民から税金を取っているのである。[日本神道(⊃日本政府)は、国民から税金を取ってくだらない神制をやるだけの組織である。]
詐欺はいけないから、日本神道は国民から税金を取ることはできない。
日本神道の罪は、国民に対する詐欺罪および国民からの税金の強盗罪である。
[6291] 日本神道は法律を作れるか? h21.1.5
神制は詐欺である。
したがって、日本神道は詐欺で国民に対して法律を作っているのである。
詐欺はいけないから、日本神道は国民に対して法律を作って出すことはできない。
日本神道の罪は、国民に対する詐欺罪および国民の身柄の拘束罪である。
[6292] 日本神道は私アニメを作れるか? h21.1.5
神制は詐欺である。
したがって、日本神道は詐欺で私アニメを作っているのである。
詐欺はいけないから、日本神道は私アニメを作ることはできない。
日本神道の罪は、私に対する個人情報公開罪(他人の個人情報を無断で公開してはいけないから。)および猥褻[わいせつ]物陳列罪(私を不愉快にする物を私に見せたから。)および冒涜[ぼうとく]罪である。
[6293] 日本神道の罰し方 h21.1.5
日本神道の犯した罪に対する最も正当な罰の与え方は復讐法である。
つまり、国民が日本神道からやられた分だけ日本神道にやり返すことである。
[6294] 日本神道の弁護権 h21.1.5
日本神道が罰を逃れるためには、『自分が神制を使っていない』ことを証明しなければならない。
それができないかぎり、日本神道は罰を逃れることはできない。
[6295] 適性 h21.1.6
キュリー夫人やコワレフスカヤは科学や数学の研究ができた。
しかし、それはようようであって、男ならもっと楽にやれる。
それは、知覚的実在的な仕事が男に適性があるからである。
今の社会はただたんにできたというだけで男と女を同じ者としているが、楽に面白がってやれるのと必死になって頑張ってやっとやれるのとでは違いがあるのだ。
[6296] 宗教論の基本定理 h21.1.6
私がこの前[6181]で宗教すなわち神制が原理的にやれないことを証明した。つまり、宗教家は仕組みがわからないことをした者を神にして神制をやっているが、そもそも仕組みがわからなければ誰がやったのかつまり誰が神なのかわからないから神制がやれない。これを『宗教論の基本定理』と命名する。
したがって、これまで宗教家がやっていたことおよび今後宗教家がやることはすべて詐欺であることになる。つまり、宗教家は詐欺師である。
詐欺は犯罪だから、宗教家は罰せられねばならない。
[6297] 保護色 h21.1.7
黒人の色が黒いのはアフリカが土の大地だからであり、白人の色が白いのはヨーロッパが雪の大地だからであり、黄色人種の色が黄色いのはアジアが草の大地だからである。
人間は保護色で生き残ってきた生物である。
人間は本当は弱い生き物なのかもしれない。
[6298] テレビの力 h21.1.8
テレビは、天皇を人間に変えた。天皇が人間なら祖先も人間だということで、天皇の祖先の神武天皇も人間に変えた。
テレビの影響力は絶大である。
ところが、日本の会社の中で日本神道の幹部(政治家)だけがテレビにしょっちゅう出ていて、国民に毎日影響を与えている。あれでは、テレビコマーシャルと同じだ。
だから、いつまでたっても日本神道がなくならないのだ。
頭の中が汚い日本神道の幹部は目障りだから、テレビに出してはいけない。
[6299] 売れる本 h21.1.9
世の中は9割が馬鹿だから、
売れる本は馬鹿向きに書かれた本だ。
出版社は売れる本にしか興味がないから、
馬鹿向きの本しか作ろうとしない。
これでは、世の中が馬鹿による馬鹿のための社会になる。
世の中がますます馬鹿に有利になっていくだけだ。
いまに世の中の10割が馬鹿になる。
政府は利口の待遇をよくして、馬鹿の増加を防がなければならない。
政府は馬鹿向きに書かれた本を規制して馬鹿の増加を防がねばならない。
もちろん、政府自身が神制のような馬鹿げたことをやっていてはダメである。
[6300] ゲーデルの不完全性定理についての『数学セミナー』的な解説 h21.1.9
数の公理系を0から9までの数字とみなし、ヒルベルトの論理の公理系を0’から9’までの数字とみなすと、人間が考えて作った数についての正しい命題は0から9と0’から9’までの数字を並べた数字の列(つまり20進数の数)とみなすことができ、その先頭に“0.”を付けると0から1までの少数とみなすことができる。
ここで、カントールの対角線論法を使って、小数を縦一列に並べて、斜めの数字が違う新しい命題を作ると、これはもとの命題のどれにも属さない。この新しい命題は真であるにもかかわらず、もとの加算無限個の真の命題の集合に属していないということで、数についての真の命題の集合の濃度は非加算無限個であることがわかるのである。
[数より図形について考えてみたほうがわかりやすい。『ユークリッド幾何学』の公理系は5個しかない。つまり、図形についての真の命題の集合の濃度も非加算無限個あるのである。公理主義とは、数と図形が公理の集まりとしてみれば同じものだと言うことであり、デカルトの代数幾何学をさらに発展させたものということができる。しかし、デカルトも言ったように『人間は自分が持っているすべての感覚を用いるべきであり、具体的な五感的な動物的な女性的なイメージは抽象的な知覚的な人間的な男性的なイデアの理解を助けるものだ』から、抽象的な公理と具体的な対象の対応をつねに意識しながら考えることも重要である。結局、研究の成果があがる方法なら公理主義でも直観主義でも何でもいいということである。国民が幸福になるなら、資本主義でも社会主義でも民主主義でも帝国主義でも何でもいいのと同じことである。でも、人間は実在の中でしか生きられず実在に反する主義はとにかく国民が不幸になるから、すべての主義は実在主義でなければならないことは認めなければならない。帝国主義つまり神主義のほうが政治家がいちいち議会で話し合わないですむから“楽だ”という理由で帝国主義にするのはいけない。政治家はもっと“真面目に”男らしく頭を使って仕事をしろ![私が高校3年生のとき、担任の馬島一[まじまかず]先生が黒板に試験の点数と人数のグラフを描いて自分のクラスは成績が良いグループと悪いグループのふたつがあるフタコブラクダだと言ったことがあるし、私が中学3年生のとき生物学を教えていた増田[ますだ]先生が授業中にこのクラスの級長は誰かと尋ねて級長は立ってみなさいと言って当時級長だった私を立たせてしばらく私を見た後で真面目そうな人だと言ったことがある。]]
クルツ=ゲーデルは、一般相対性理論を研究して“光の輪”がある宇宙モデルを考えたほどだから、不完全性定理は、この世には自然科学では理解できない現象があるから自然科学だけでは不完全だと言おうとしたのだと思われる。