[7201] 文学 h21.4.24
文学は言い方が上手いだけで、言っていることは大したことではない。
見掛けが立派なだけで、中身はお粗末だ。
文学者は五感の中に生きている。
人間は歳を取るほど知覚で物を見るようになる。
文学者は一生子供のままだ。
芸術とは、眼で見えないものを眼で見えるようにすることである。
五感を超えている認識を五感の中に書くことである。
文学には科学ほど芸術性がない。

[7202] 黙示録 h21.4.24
聖書には黙示録の章がある。
それは、政府が聖典政治をやる前に、亀の甲羅占いや星占いをやっていたからである。
政府はもともと神を祭って儲ける会社であり、占いは神と交信することなので、聖典には占いが書いてあるのである。

[7203] 『騙[だま]されるほうが悪いんだ。』 h21.4.24
政府は国民に「騙されるほうが悪い。」と言う。
それなら、騙されないほうが善いことになる。
だから、国民は政府の嘘に従わなければいいのである。

[7204] 放任[ほうにん]主義教育 h21.4.24
放任主義教育とは、何でも子供の好き勝手にさせることである。
しかし、子供は実在についてまだよく知らないから、子供が好き勝手にすると子供がまちがいを犯すので、子供の好き勝手にさせてはいけない。
だから、放任主義教育はまちがっている。
私は、子供の頃から両親に放任主義教育で育てられたから、いい大人に育たなかったのだ。
放任主義教育なんかするよりも、親が子供に正しいことを教えてやればいいのである。心は個人の自由だが、正しいことは個人の自由ではないからである。

[7205] 神の定義 h21.4.24
政府は、神を祭って儲ける会社である。
神の定義がどうであれ、今の政府が神としているのは、おとぎ話の主人公や嘘の超能力者である。
“おとぎ話の主人公が実在の人間よりも偉い理由”を政府が国民に説明できなければ、国民は政府に税金を払う必要がない。[私は、おとぎ話の主人公と実在の人間とは属する世界が違うから比較できないと考える。つまり、おとぎ話の主人公はおとぎ話空間に、実在の人間は実在空間に属し、おとぎ話空間と実在空間とは別の空間だから、おとぎ話の主人公と実在の人間の偉さを比べることはできず、したがっておとぎ話の主人公が実在の人間よりも偉いとはいえないと考える。]
嘘の超能力者は人間だから、人間が人間よりも偉いことはない。[いいかげん政府の嘘も聞き飽きた。政府も何千年も嘘をついてきて、嘘のネタも切れてしまっているだろう。]
しかし、そもそも神の定義とはなんだろうか?まず神の定義を決めてから議論にかからなければならない。
一般的には、神とは、キリストのような“何でも思い通りになる人”なのだろう。[神は実在よりも上の存在なので、神が思ったことは何でも実体化するのである。一方、人間は実在よりも下の存在なので、人間は実在に従わなければならない。]
しかし、それは聖書に書いてあるだけで、誰も実物を見た者はいない。
もしかしたら、宇宙のどこかの星の上に住んでいるかもしれない。
しかし、今のところは人類は実物の神を直接眼にしたことがないから、割り切って神はいないと考えるべきである。
だから、『神(定義;何でも思い通りになる人)はいない』ことを科学の法則とすることにしよう。『永久機関が作れない』のが法則であるように、『神(定義;何でも思い通りになる人)がいない』のも法則である。[『神がいない』と面白くないが、現実とはたいていそういうものである。たとえ面白くなくても、それが現実だから、人間はそれを受け入れねばならない。たとえ神が現れたとしても、神が人間を支配したければ、神は何でも思い通りになるのですでにそうなっているはずだから、わざわざ人間が神に従う必要はない。だから、たとえ神が現れたとしても、政府はやることがない。あるいは、すでに神はこの宇宙に何人か現れたことがあるかもしれない。しかし、神は何でも思い通りにできるから、神は宇宙を自分の好きなように作り直したはずである。だから、人間は今の宇宙の法則を知り、それを守って生きて行きさえすればいいのである。また、カントは“神とは完全者である。[つまり、神とは思い通りに何でもできる者であることの言い換えである。]神は知覚界にいて五感界にはいない。”としたが、それでは数学の理論と同じだ。概念に対応する実体が現れないかぎり、実在するとはいえない。“理想の女性”と同じことだ。[私が九州大学理学部物理学科にいたとき、教養部で物理を習った中山正敏[なかやままさとし]先生が磁性体の話をしたときに「磁性体は理論的にいろんな物が考えられているが、理論的に考えられた磁性体は実際にすべて存在することが確認されている。」と話していた。]]
要するに、『神はいない』のだから、政府は祀[まつ]る者がいなくて何もやることがない。だから、政府は仕事がなくて潰れるしかない。

[7206] 政府も国民も両方おかしい。 h21.4.25
今の政府の神は、おとぎ話の主人公や嘘の超能力者である。
そんな神を祭って一体何になるというのか!?
政府のために毎月高い税金をおとなしく払っている国民も頭がおかしい。

[7207] 神がいる世界 h21.4.25
神は実在よりも上の存在であり、神が思ったことは何でも実体化される。
だから、人間は神に頼んで、神に願いを叶[かな]えてもらえばいい。[しかし、この方法で成功した者はひとりもいない。]
一方、人間は実在よりも下の存在だから、神は人間よりも上の存在である。
だから、人間は神よりも下の存在であり、人間は神に(宗教的には)従うべきものなのである。[ただし、人間が神に従うべきものとすることには、論理の飛躍がある。神は自分の願望を何でも叶えることができるので、人間がわざわざ神に従わなくてもいいはずである。あるいは、神が実在を思い通りにし、人間は実在に従わなければならないので、間接的に人間は神に従わねばならないことになるのかもしれない。つまり、実在に従えば神に従うことになる。だから、宗教が盛んなヨーロッパでは科学も得意なのかもしれない。]

今の政府は、“おとぎ話の神話の主人公が神”ということで、神話の主人公を神としている。また、神話の主人公が超能力を使えることで超能力者を神としている。
実在よりも上の存在である神は嘘をつかない[何でも思い通りになるので嘘をつけない]が、“神話の神は嘘をつく”ので、神に従う政府も嘘をつけることになる。(神話の神の利点)
それで、政府が本当は超能力者でない者を嘘で超能力者にすることができる。“生きている超能力者は、超能力者が生きている間に、政府が超能力者の周りにいる者を使って超能力者にいろんなことをさせることができる。”そうして、“神である超能力者に人間が従う”ことを、“政府が国民に超能力者の情報を混ぜた命令を出せる”ことに変換することができる。(生きている人間の神の利点)
こうして、神がいることを用いて、政府が自分にとって都合のいい世界を作っているのである。
しかし、人類は神すなわち“思ったことが何でも実体化される者”をまだこの眼で見たことがない。おとぎ話の神話の主人公は実在の者ではないので、おとぎ話の主人公を神とすることはインチキである。
政府は本来『神がいない(実在しない)』のに、おとぎ話を使って嘘で“神がいる(実在する)”ことにして、強引に神制度(神に人間が従うこと)をやって、国民から税金を取っている。
政府が神話の神を神としていることは、たんなる駄洒落[だじゃれ]にすぎない。本来政府の神と神話の神とでは神の意味が違う。つまり、政府の神は思ったことが何でも実体化される者のことであり、神話の神はたんなるおとぎ話の登場人物のことである。政府の神は実在の中にいるが、神話の神はおとぎ話の中にしかいない。だから、政府の神と神話の神は別物である。
政府は字面の上で同じものを意味までも同じにしている。現代では、実在と空想が区別されているから、政府のこんなやり方は通用しない。

[7208] 政府は嘘がつけるか? h21.4.25
生きている人間の神である私の場合は、政府が小学校の先生に頼んで私に伝言ゲームをさせることによって、私が他人に「自分と同じことをしろ」という命令を出したと見なして、政府が私と同じことをすることができるのはわかる。
しかし、おとぎ話の主人公である神が伝言ゲームのようなことをした描写はないし、おとぎ話の神話の主人公である神には伝言ゲームをさせることができないから、たとえ人間が神に従わなければならないとしても、政府が神と同じことをすることはできないはずである。したがって、おとぎ話の神が嘘をついた描写があったとしても、政府が神と同じように嘘はつけないはずである。
だから、政府が嘘をついて、おとぎ話の主人公である神武天皇を天皇を置いて実在の王だったことにしたり、神武天皇を戦争の神であったことにして日本を軍事国家にしたりはできないはずである。
政府が神と同じことができないかぎり、神話の主人公である神は実在の人間に対して口を利けないから、神話の神が政府に命令することはできず、政府は何もできないはずである。
超能力者でない私を政府が嘘をついて超能力者にすることもできないはずである。したがって、私の超能力者制度はやれないはずである。
政府が神話の神を神とするかぎり、政府が嘘をつける根拠はない。
政府の嘘は政府自身から出てきたものである。だから、政府自身に責任がある。

[7209] 政府の歴史(真説政治学) h21.4.25
政府は、その名の通り、政[まつりごと]をする府[ふ]すなわち神を祭って儲ける会社である。
政府は、最初は実在の全知全能の神に生贄[いけにえ]をささげて神に人間の願いを叶[かな]えてもらう会社だった。
しかし、成功しなかった。
そこで、政府は、次に実在の全知全能の神に伺[うかが]いを立てて人間の将来を占う会社になった。
しかし、それも成功しなかった。
そこで、政府は最後に、実在の全知全能の神が人間よりも上の者であることを使って、いもしない実在の全知全能の神の代わりに“神話の登場人物の神”を用いて、人間を“神話の神”に従わせる会社になった。
今度は、成功した。それは、昔の人々が馬鹿だったため、政府に騙[だま]されやすかったからである。昔の人は馬鹿だったので、ペンよりも剣が強かったのである。
しかし、これでは政府が神を使って儲けるだけで、その他の人間は何の願いも叶わず政府に財産を取られて損をするだけである。
この成功に味を占めた政府は、さらに、いもしない実在の全知全能の神の代わりに“嘘の超能力者”を用いて、人間を“嘘の超能力者”の情報を混ぜた命令に従わせることも始めた。[私マンガや私アニメは、私の超能力者制度の氷山の一角にすぎない。私の超能力者制度は政府によって人間社会のありとあらゆる分野において行われているのだ。明治維新のとき大衆文化が取り締まられて神武天皇の話に適[かな]ったつまらない娯楽だけが許されたように、今の日本や世界では私の超能力者制度に適った文化だけが許されているのだ。[たしかに、生きて行けないことはないが、面白さが減る。]超能力者制度すなわち私の情報を混ぜた命令を作ることはお金が要らないから、政府は国民からの税収をすべて自分の財産にすることができる。政府は神話の神が神で通用したから、嘘の超能力者でも神で通用すると思ったのだろう。]
ますます政府が得をし、その他の人間が損をするだけである。
国民がおとなしいにもほどがある。神話の神や嘘の超能力者は人間よりも上の者ではないので、それらに人間が従わねばならないことはない。政府は自分がまちがったことをしていることを知っていてやっているのだから、国民が政府の命令に従わなければいいだけだ。例えば、税金を払わなければいいだけだ。政府みたいな余計な会社は早く潰してしまったほうがいい。

[7210] 天皇の偉さ h21.4.26
天皇は日本の頂点ではなく、神武天皇の子孫の役を演じている公務員の芸人である。
だから、天皇の偉さは、芸人の偉さと同じである。
日本各地にいる浦島太郎の子孫と同じである。

[7211] なぜ偽札[にせさつ]を使ってはいけないか? h21.4.26
日本政府は神話の神や嘘の超能力者など神でない者を神にしている。
しかし、日本政府に便乗して、偽札を使うと有罪になる。すなわち、札でない物を札として使ってはいけない。
それは、偽札が札ではないことは、実在における真実だからである。
したがって、日本政府がしていることは実在においてまちがっているから、日本政府に従わないことは許されるのである。例えば、日本政府に税金を支払わないことは無罪なのである。
実在において、他人のまちがいに便乗して自分もまちがいをすることは許されないが、他人のまちがいを否定して自分が正しいことをすることは許されるむしろ積極的にやるべきなのである。
法律にはあまりにも常識的なことは書いていないから、法律には『神でない者を神にしてはいけない。』ことが書いていないのだろう。

[7212] 神と人間は住む世界が違う。 h21.4.26
神話の神はおとぎ話の世界にいる。
嘘の超能力者は嘘の世界にいる。
実在する人間は実在の世界にいて、おとぎ話の世界にも嘘の世界にもいないから、実在する人間が神話の神や嘘の超能力者に従わねばならないことはない。[神話の神や嘘の超能力者が実在しないのは、神話の神や嘘の超能力者が『奇跡』を起こしたからである。奇跡は実在世界の中では起こりえないから、神話の神や嘘の超能力者は実在しないのだ。]
日本とアメリカは国が違うから、日本人がアメリカ大統領に、アメリカ人が日本の首相に従わなくてもいいのと同様である。
おとぎ話の王様がいくら偉くても、おとぎ話の世界と実在の世界は別だから、おとぎ話の王様は実在の人間を支配できないのと同じことである。
神はおとぎ話の世界や嘘の世界にしかいないのだから、神は実在の人間を支配できない。
実在の世界の外にいる神に実在の世界の中にいる人間が従わなければならないことはない。
だから、政府のやっている神制度の大原理すなわち神に人間が従わねばならないことがそもそも成り立たない。
だから、政府は神に人間を従わせる仕事はできない。
政府は“実在世界の中にいて、しかも人間が絶対に従わねばならない者”を見つけて来てから、神制度をやらねばならない。その際、人間が絶対的に従わねばならない理由もみんなに説明しなければならない。[そもそも政府の神の定義とはなんだろうか?政府は、神の定義とその他の正しい知識から、神に人間が従わなければならないことを論理的に証明しなければならない。]

[7213] 政府を倒した男 h21.4.27
今の政府が神としている神話の神や嘘の超能力者は、私たちが住んでいる実在の世界とは別の世界に住んでいるから、いくら神話の神が神話の世界で偉くても、いくら嘘の超能力者が嘘の世界で偉くても、実在の世界の中に住んでいる私たちを支配することはできない。だから、私たちが神話の神や嘘の超能力者に従わねばならないことはない。したがって、政府すなわち神を祭って儲ける会社は仕事がないから潰れるしかない。
私は日本政府や世界中の政府を倒した男である。
今どき神は冗談以外にはいないから、そんな会社がなくなるのは当然のことだ。
政府がなくなってしまえば、国民の人権を保障する会社を誰かが作るはずだ。

[7214] どうして昔の人は政府の言いなりだったのか? h21.4.27
近代科学ができる前は、神のいる世界観を世界中で教えていたからである。
みんなは神をいろんな現象の説明に用いていたので、みんなが神がいると思っていた。
そんな世界観に便乗したから、政府のような神を祭る会社が繁盛したのだ。昔はペンよりも剣が強かったので、昔の人は力は強いが頭が弱く、物事を論理的に考えて見ることができず蓋然的[がいぜんてき]な説明で納得していたし、今みたいに本やテレビやコンピューターなどがなく政府が何をやっているのか知らない人も多かったので、政府のいいかげんな論法や嘘が通用したのである。[例えば、神武天皇の場合、昔の政府は神武天皇が古事記に載っている神話の神であることを国民に“伏せていた”ので、神武天皇が実在の人物として通用したのである。]
ところが、ガリレイやニュートンが神のいない世界観を作り出してからは、神のいない論理的な世界観のほうが主流になった。今では、神がいる蓋然的な世界観よりも神がいない論理的な世界観のほうが正しいことがわかっている。
それで、今では、政府以外には神を使って商売をやる会社はなくなってしまったのである。しかも、あからさまに神を祭る会社と言うとみんなに嫌われて攻撃されたり無視されたりするので、裏で隠れて密かにやらねばならないのだ。

[7215] 現代は神がいない論理的な時代である。☆ h21.4.27
神とは実在する全知全能の者である。したがって、超能力者はあるいくつかの才能において人間よりも勝るにすぎず、神とは言えない。
しかし、まず、神がいるという証拠がない。知覚で概念的に考えたことが必ずしも真実とはかぎらない。五感において神の存在が確認されなければ、神が実在するとは言えない。現在までのところ、まだ神は発見されていないから、今は神がいないと考えるべきである。したがって、政府は神を祭る会社だから、政府も要らないことになる。
それに、たとえ神がいたとしても、神に人間が従わねばならない理由がない。全知全能の神ならば、自分の願望は自分ひとりで叶えることができるから、非力な人間が全知全能の神に従っても何にもならない。だから、神に人間が従わねばならない命題はまちがいであると考えられる。だから、今の政府がやっている神に人間を従える神制度には根拠がない。そもそも今の政府が神としている者は神話の神や嘘の超能力者であって神ではない。だから、今の政府がやっている神制度はまちがいである。

[7216] 政府は神を祭る会社である。☆☆ h21.4.27
教科書を読んだかぎりでは、政府は民主主義をやる正義の会社である。
しかし、実際に政府が具体的にやっていることを自分の眼で見て自分の知覚を使って帰納的に考えると、政府が神を祭って儲ける会社であることがわかる。
だから、教科書に書いてあることはまちがいである。本は必ずしも正しくないから、やはり自分の眼で見て自分の知覚で考えなければならない。

[7217] 政府はでたらめ論法いいかげん論法の会社である。 h21.4.27
神とは、実在する全知全能の者である。
それなのに、政府は神の定義に反して、自分勝手に神話の神や嘘の超能力者を神にしている。[たとえ本当の超能力者がいたとしても、超能力者は全知全能の者ではないから神ではない。例えば、いくら頭の周りが光ったり念動力で物を動かせても、今は電灯やリモコンがあるから、さほどありがたくもない。]
本当は神に人間が従わなくてもいいのに、政府は無理やり神に人間が従わねばならないことにしている。
政府は、嘘の超能力者に伝言ゲームをさせて、嘘の超能力者が「自分と同じことをしろ」と他人に命令したことに解釈して、政府が嘘の超能力者と同じことをやれることにしている。
政府のやることは全部いいかげん論法やでたらめ論法である。
現代は論理の時代である。政府の蓋然的な論法は、現代では通用しない。

[7218] どうして政府は国民から税金を取るのか?☆ h21.4.27
政府は、私が生まれる前から国民から税金を取っている。
政府は神話の神を神にしている。
政府は国民が神に従わねばならないことにしている。
政府は、神話の神が「国民は政府に税金を支払いなさい」と国民に命令を出したことにしている。
だから、政府は国民から税金を取れるのである。
しかし、神話の神は人間よりも上の実在する神ではないし、論理的には神に人間が従わねばならないこともないし、神話の神が国民に「税金を出せ」と言ったこともない。
すべて政府が神の定義も論理も事実も無視して、自分の都合のいいように勝手に決めてやっているだけだ。
つまり、政府は聖典によって嘘をついているのではなく、もともと『嘘をつく会社』なのである。
政府はすでに神を祭る会社ではない。もちろん、民主主義の会社でもない。

だから、政府が国民から税金を取ることは論理的には不当である。[私の超能力者制度でも同様である。]
政府が国民と“税金を取って神を祭る”契約を取ったことはないから、政府が国民から税金を取ることはできない。だから、たとえ政府から税金納入書が届いても、国民は政府に税金を支払わなければいいのである。

[7219] 客の願いを叶える会社 h21.4.27
実在する全知全能の神が現れたら、神自身が商売をするか、政府が神に頼んで商売するかして、客の願いを叶える会社を作ればいい。
しかし、神は仕事をしてお金を稼[かせ]がなくても何でも自分の思い通りになるから、わざわざそんな面倒臭い仕事なんかするはすがない。
だから、政府のような客と神を仲介する仕事はそもそも成り立つわけがないのだ。

[7220] 政府は無責任 h21.4.27
政府は神制度(神に人間を従わせること)をやって、あとで国民がどんなに困ろうがいっこうに構いやしない。
私の神制度で国民がどんなに困ることになろうが、政府は全然知らんぷりである。
政府はもともと国民のことなんかどうでもいいのだ。
政府にとって国民は、税金を取る以外には用がないのだ。

[7221] なぜ民間企業は日本政府の言いなりなのか? h21.4.28
民間企業は、日本政府が民主主義の正義の会社だと思っているからである。
民間企業は日本政府が日本人全員の意思として政令を出していると思っているから日本政府の言いなりなのである。

しかし、日本政府は本当は神主義の悪い会社である。日本政府は日本人全員の意思とは無関係に政令を出しているのである。神主義とは言っても、神の命令で国を動かすのではなく、形式的に神を立てているだけで、実際には政府が自分の都合のいいように(儲けになるように)好き勝手にやっているだけである。[“日本政府が民主主義の正義の会社である”という法則に対する反例は、例えば、私アニメや私マンガである。反例がひとつでも存在するから、“日本政府が民主主義の正義の会社である”という法則は成り立たない。他にも捜[さが]せば、反例はたくさんあるはずだ。したがって、“日本政府が民主主義の正義の会社である”という法則の代わりに『日本政府は神主義の悪い会社である』という法則が成り立つのである。]
日本政府は民主主義で命令を作っていないのだから、民間企業は日本政府の命令に従わなくてもかまわない。
日本政府は民主主義でやっているふりをして、じつは民主主義でやっていない嘘つきのインチキ会社である。


[7222] どうして国民は政府に税金を払うのか? h21.4.28
民間会社と同じように、国民が“政府を民主主義の正義の会社だ”と思っているからである。
しかし、本当は『政府は神主義の悪い会社である。』
だから、国民は政府に税金を払ってはいけない。
国民の義務は、政府に税金を払うことではなく、政府を潰すことである。

[7223] なぜ民間企業や国民は、政府を“民主主義の正義の会社だ”と思っているのか? h21.4.28
それは、民間企業や国民が、テレビや新聞でやっている国会議員の茶番を真[ま]に受けているからである。
政府が表では民主主義、裏では神主義の政治をやっているからである。
国民が政府の建前に騙[だま]されているからである。
国民が実際に政府がやっていることを自分の眼で見て自分の頭で考えれば、政府が本当は神主義の政治をしていて政府の民主主義が嘘であることを見破れるはずだ。

[7224] 民主主義は政府主義 h21.4.28
政府の行政は神主義の政治をやるためにある。しかも、政府がやっている神主義の政治は形の上だけにすぎず、実際には政府主義の政治である。政府主義の政治では、国民の税金で国民のためにならないことばかりしている。
政府の立法は建前の民主主義にすぎない。
たとえ今後政府が神主義の政治をやめて民主主義の政治に変えても、同じようなペテンをやって、政府主義の政治をやるだろう。
だから、政府は立法も行政も要らない。政府は国民の人権を守ることだけやっていればいい。要らない機能のないことが現代的なのだ。

[7225] 癌[がん]の原因は放射線 h21.4.28
キュリー夫人はラジウムを素手で触っていたので白血病に罹[かか]った。
放射線科の医師は癌になりやすい。
だから、放射線が癌の原因である。
放射線は、宇宙の至る所から四六時中飛んで来る。
だから、防ぎようがない。
量子力学によれば、放射線と細胞の核は『確率的に』衝突する。
放射線に当たった細胞は癌化する。
運良く放射線に当たらなかった人は癌にならないし、運悪く放射線に当たった人は癌に罹るのだ。
風邪[かぜ]は細菌やウイルスで起こるが、癌は放射線(高エネルギーの素粒子)で起こるのだ。
癌は『確率的に』罹るから、宝くじに当たる原因がわからないように、癌に罹る原因もそれ以上詳しいことはわからないのだ。

[7226] 馬鹿の行動原理 h21.4.28
人間は物を眼で見て頭(知覚)で考えて心で思う。逆に、心で思って頭で考えて筋肉を動かして行動する。
しかし、馬鹿は物を眼で見て心で思うだけだ。逆に、心で思って筋肉を動かして行動するだけだ。
馬鹿は頭で考えようとしない。
馬鹿は人間の才能を活かしていない。
だから、馬鹿は政府の嘘に騙[だま]されるのだ。
頭で考えることはやろうとすれば誰でもできる。例えば、自分が頭で考えたことをノートに書けばいいだけだ。
毎日頭で考える練習をしていれば、馬鹿から脱することができる。
頭で考えたことを身体で実行しないのもいけない。例えば、家に届いた税金納入書を手で破いて捨てることが身体を動かすことである。あとで役人が文句をつけてきても、役人に従わないことが身体を動かすことである。[役人は政府が正しいと思って文句をつけているが、じつは政府が嘘をついて国民を騙して税金を払わせているのだから、役人のほうがまちがっている。いい歳こいて政府が正しいと思っている奴[やつ]なんか頭がおかしい。]


[7227] ゲリラは正義である。 h21.4.28
ゲリラは反政府組織である。
政府は嘘ばっかりついている悪い会社である。
だから、ゲリラは正義である。

[7228] どうして人間は神に従わねばならないのか? h21.4.28
神の定義は、実在する全知全能の者である。[喩えれば、神とは『スタートレック ネクストジェネレーション』のQのような者である。]
神は全知全能だから、神は実在を支配している。
一方、人間はつねに実在に従わねばならない。
神は実在を支配し、実在は人間を支配しているから、神は人間を支配している。[[7207] 神がいる世界 h21.4.25の図を参照。]
だから、人間は神に従わねばならない。
これが、政府の説明である。
しかし、神は全知全能だから、自分の願望はすべて自分独りで叶えることができるので、わざわざ神が人間に命令することはないと考えられる。
だから、人間は神に従わなくてもいい。
これが、私が考えた説明である。
このことは、ユークリッドの第1〜第4公準から、第5公準の肯定も否定も導けるのと同じことである。つまり、ある直線の上にない一点を通ってある直線に対して平行な線が1本しか引けないか、2本以上引けるか、1本も引けないかのいずれも導けるのと同じことである。[ボヤイ・ヤーノシュはeーxのような曲線を直線と考えることによって、直線外の1点を通って直線に平行な(無限に交わらない)直線が無数に引かれることを示して、ユークリッドの第1〜4公準から第5公準の否定が導かれることを示して問題を解決した。ボヤイ親子は数学界の『巨人の星』だ。]
つまり、神が実在する全知全能の者であることとその他の常識からは、人間が神に従わねばならないことと人間が神に従わなくてもよいことの両方が導かれるのである。そもそも、全知全能の神にとっては人間なんかノミみたいなものだから、ちっぽけな人間が神に従おうが従うまいがそんなことは神にとってはどうでもいいはずだ。
だから、政府の説明は、政府の勝手な取り決めにすぎない。政府は、自分にとって都合のいい偏見を国民に押し付けているだけである。
そもそも、政府は神話の神が実在する全知全能の神だと言ったり、神話の神が「国民は政府に税金を払え」と言ったというような嘘を平気でつく会社だから、その程度の嘘はまだましなほうだ。[神は全知全能だから、政府は国民から税金を取らなくても、神から税金を貰[もら]えばいいだろう。政府が国民から税金を取りたければ、神話の神が「国民は政府に税金を払いなさい」という命令を出した証拠を国民に示さなければならない。
要するに、政府は『嘘をつく会社』なのである。政府は、神主義や民主主義の会社だと言う嘘をついているが、実は自分の儲けのためだけにある政府主義の会社であり、国民にとっては税金を取られるだけで面白くない命令を出すだけの会社なのだ。

[7229] 神主義の政治 h21.4.28
超能力者は神ではない。なぜなら、超能力者は人間にないいくつかの能力があるだけで全知全能ではないからである。実際に、限られた能力しかない超能力者では、人間の願いを叶えることはできず、ほとんど役に立たないだろう。
だから、まず第一に、本物の神が現れてから政府は神主義の政治をしなければならない。本物の神が現れてから、政府は全知全能の神と人間の仲立ちを務めて、人間の願いを神に叶えてもらうようにしなければならない。いくら本物の神がいないからと言って、神話の神や嘘の超能力者など神でない者を神にしてはいけない。
しかし、今はまだ本物の神が現れていないから、政府は祭る神がいないから、政府はやることがないので政府はいったんなくならねばならない。
民主主義の政治は政府のやることではないから、別の会社に任せるしかない。

[7230] 政府は最初から国民に嘘をついて儲ける会社である。 h21.4.29
政府は神を祭る会社であって、民主主義をする会社ではない。民主主義は、政府が国民の機嫌をとるためにやっている芝居であって、実際の行政は神主義でやっているのである。
政府は、原始時代には神への仕事の報酬として生贄[いけにえ]をささげたりして真面目に神を祭っていた。
しかし、結果が出なかった。
だから、政府は最初から仕事をしていない。
それなのに、政府の経営が続いてきたのは、政府が何だかんだ言って国民を騙して国民を神に従わせて税を取って儲けてきたからだろう。[今と同じように、大きな災害がないことを全部政府の手柄にして国民に政府をありがたく思わせて国民から高い税を取り立てていたのである。]

中世頃からは、大胆にも神話の神を神として、国民を形の上で神話の神に従わせて税を取って儲けてきた。
最近は、神話の神についての嘘のネタが切れたのか、新たに嘘の超能力者を神として、国民を形の上で嘘の超能力者に従わせるようになった。さすがの政府もなんか仕事をしていないと落ち着かないらしい。
しかし、中世までは神主義の政治が国民に通用しても、いくらなんでも今どき政府の神主義に付き合う国民はいない。政府が堂々と神主義の政治をすると、政府が国民からキチガイ扱いされて、政府が国民にすぐに潰されてしまうだろう。
今の政府は、裏では神主義の政治をやっていながら、表では民主主義をやっているふりをして国民から税金を取っている汚い会社である。
政府が国民から税金を取る理由は、政府が民主主義の政治をやっていることにあるが、実際には政府は神主義の政治をやっているのだから、政府は国民から税金を取る正当な理由はない。
政府はあくまでも神主義の政治をする会社であり、神主義の政治は正当な理由が何にもないただの嘘にすぎないので、嘘では国民から税金は取れないので、国民は政府に税金を払わなくてもいいのである。

[7231] 政府は要らない会社だ。 h21.4.29
政府は嘘をつくことしか能のない会社だ。
くだらない会社だ。
自分が嘘で儲けるだけで他人の役には立たない会社だ。
そんな会社に国民が協力することはない。

[7232] 真実と嘘 h21.4.29
昔は嘘をついてもよかったが、今は嘘をついてはいけないので、政府が嘘をついて国民から税金を取ることはできないのだ。
昔は科学がなかったので真実もなかったが、今は科学があるので真実があり、真実に反する嘘は許されないのである。昔は真実と嘘の区別がなかったから、嘘でも“本当らしければ”真実と同等に通用したが、近代科学が真実と嘘の区別をつけたので、今は真実だけが許されて嘘が許されないのである。昔は五感で“雰囲気的に”真実と嘘の区別をつけていたので嘘が通用しやすかったが、今は知覚で『論理的に』真実と嘘の区別をつけているので、嘘が通用しにくくなったのである。[つまり、政府は“雰囲気だけ”の仕事をする会社である。例えば、税金納入書も“雰囲気だけ”の紙である。]
政府が嘘をついているから国民も嘘をつけるのではなく、人間みんなが嘘をついてはいけないから嘘をついている政府が潰れなければならないのである。


[7233] アリストテレス力学とガリレオ力学の違い h21.4.29
アリストテレス力学では、“物体は力を加えるのをやめれば、必ず止まる。”
ガリレオ力学では、『物体は力が加わらなければ、いつまでもその運動状態を保つ。』
アリストテレス力学は五感で見た“雰囲気的に”正しい力学である。
ガリレオ力学は知覚で見た『論理的に』正しい力学である。
その違いだ。
人間は知覚的動物である。それをガリレオが実証したのだ。

[7234] どうして男は女が好きなのか? h21.4.29
女が大人になると自然に頭(知覚)が働かなくなって子供を作りたくなるように、
男も大人になると自然に愛情や性欲が強くなって女を好きになるのである。
つまり、どちらも生物としての人間が子孫を作るために自然が人間の心に仕組んだ時計仕掛けのプログラムなのである。
一時的な感情に流されてあとで後悔しなければいいのだが。

[7235] 政府は神を祭る会社である。 h21.4.29
政府は会社が創設された原始時代から神を祭る会社である。
政府は原始時代の昔から、嘘をついて神に人間を従わせて儲ける会社だったのである。
政府は今でも神を祭る会社である。
政府がやっている民主主義は建前だけの嘘である。政府の民主主義は見掛けだけの芝居であって、政府は実際には神主義の政治を今でもやっているのである。政府とは、その名の通り“政[まつりごと]をする府(会社)”であって、政府は神を祭るだけであって生きている人間は祭らないのである。国会議員も天皇と同じようにただの芸人であって、本当は政治家ではないのである。
しかし、今は嘘が通用しない時代だから、政府が嘘をついて神に人間を従わせることはできないので、長い歴史のある政府もそろそろ店を畳[たた]まなければならない。

[7236] 人類に生きる価値があるか? h21.4.29
今は嘘が通用しない時代だが、はたして今の人類に生きる価値があるだろうか?
今の人類はテレビやマンガばかり見て知覚を使わなくなり五感に堕落しているのではないだろうか?
今の人類は地球上で最もくだらない生き物になってしまっているのではないだろうか?
今の人類がそんな生きる価値のない生き物なら、政府に騙[だま]され続けて幸福になれなくても仕方がない。
それなら、私が黙っているのも無理はない。[ただし、私の哲学日記を読むのは貴方[あなた]の自由である。]
私を喋[しゃべ]らせるためには、人類はもっと真面目に生きていなければならない。

[7237] キリスト教の役割り h21.4.29
日本人がキリスト教をやると、キリストは白人だから[厳密にはアラブ人であるが]、日本人がキリストを神と呼んでいるのを見るとまるで日本人がヨーロッパ人の奴隷になっているみたいだ。
アフリカ人がキリスト教をやっても同じことだ。
アジアやアフリカでキリスト教をやると、ヨーロッパ人がアジア人やアフリカ人を奴隷にしているみたいだ。

[7238] 議会制の廃止 h21.4.29
残念ながら、世の中は馬鹿ばかりである。
だから、議会制では多数決の原理によって馬鹿の意見ばかり通ることになる。
それでは、日本が堕落して馬鹿の国になるだけである。
だから、多数決の原理を使わないようにすればいいのである。
そのためには、政府から立法と行政の機能をなくしてしまえばいいのである。つまり、政府が議会制をやめて、国民の人権を保障するのに必要な最小限の立法と司法だけにとどめればいいのである。
政府が芝居で民主主義をやっている今の日本でうまく行っているのだから、もともと議会や議員なんかは要らないのである。そもそも1人の人間が10人の意見を聞けるわけがない。
国民の好き勝手にさせれば自然に民主主義になる。民主主義とは、政府が何もしないことである。政府が要らないことをしなければ、一番うまく行くのである。
もっとも、嘘つき会社の政府はもはや信用が置けないから、政府に国民の管理を任[まか]せるわけにはいかない。政府とは別の『国民管理会社(仮名)』に任せたほうがいい。

[7239] あなたは信者になれるか? h21.4.30
政府は嘘をつく会社である。
政府は民主主義の政治をしているふりをして実際には神主義の政治をしていて、国民から税金を騙[だま]し取っている。
政府は神主義の政治をしているが、政府が神に従うふりをして実際には政府が偽物[にせもの]の神を利用して政府にとって都合がいいことを国民に命令しているだけであり、昔は国民から税を取っていたが、今では裏で密[ひそ]かに国民を不愉快にする余計な命令を出している。[日本政府は弥生時代から戦国時代までは神主義の政治をしていて、戦国時代から明治時代までは一休みで、明治から太平洋戦争までは神主義と民主主義を折衷した政治をして、戦後は民主主義の政治をしているが、実際には日本政府ができた原始時代から今までずっと神主義の政治をしているだけである。古事記の神武天皇の話はエロ・グロ・ナンセンスだから、昔の政府は国民から税金を取るほかに国民に余計な命令を出して日本をエロ・グロ・ナンセンスな不愉快な国にしていたのだ。暴力団は政府が日本をグロい国にするために政府が作った団体だと考えられる。最近政府は神話の神を神としなくなったので、暴力団がなくなったのだ。]
政府は国民にとって有害無益である。政府は国民にとって敵である。
だから、国民は政府に税金を払う気にならない。
国民が政府の味方についてもいいことが何にもない。だから、信者になる気もしない。

[7240] 真実の世界 h21.4.30
神とは実在する全知全能の者である。
しかし、現在までのところまだ神は発見されていない。
だから、科学的には『神はいない』と考えねばならない。
したがって、神を祭る会社である政府もなくならねばならない。
国民の人権を保障する会社を新たに作らなければならない。

[7241] 税金を払うのは馬鹿 h21.4.30
政府は嘘で民主制や神制をやっていることにして国民から税金を取っている。
政府は嘘をついて国民から税金を巻き上げている。
政府に税金を払う者は、政府の嘘に負けた頭の弱い者だ。
政府の言いなりになるのは考えて生きていない馬鹿だけだ。

[7242] 政府はどうして神制で国民を不愉快にするのか? h21.4.30
昔の政府は、古事記の神武天皇の話がエロ・グロ・ナンセンスなので、神武天皇の神制で国民に余計な命令を出して日本をエロ・グロ・ナンセンスな不愉快な国にしていた。
今の政府は、私に関する嘘の超能力者制で、国民に私の情報を混ぜた余計な命令を出して日本をヘンテコリンな不愉快な国にしている。
政府が神制で日本を不愉快な国にするのは、国民を不愉快にして国民の頭が働かないようにして、国民に政府の正体を知られないようにするためである。
政府が神制で国民を不愉快にするのは、国民の気分を害して国民を頭が働かない馬鹿に変えることによって、国民を政府の嘘で騙[だま]しやすくするためである。
つまり、政府は自分が嘘をつくために、嘘の政治で国民を不愉快にして国民を頭(知覚)の働かない馬鹿に変えているのである。
政治は嘘の塊[かたまり]であって、いわば政治とは「嘘の嘘による嘘のための嘘」なのである。
政府は国民から税金を取るために、国民を政府の言いなりにするために、神制度で余計なことをして国民を頭の働かない馬鹿に変えているのだ。いくら馬鹿でも何の理由もないのに他人にお金を差し出すほどの馬鹿ではいけない。

[7243] 君は政府に税金が払えるか!? h21.4.30
政府が民主主義の政治をしていれば、国民は政府に税金を払う。
しかし、国会議事堂は伊達[だて]に建っているだけで、政府は民主主義の政治をしていない。[テレビや新聞で眼ではっきりと見えることを逆手に使った嘘である。政府は嘘をつくテクニックに長[た]けた会社である。]
政府は時代錯誤の神主義の政治をやって、国民を自分で考える力のない馬鹿に変えて政府の言いなりにしている。
いまどき、神主義の政治をしている会社なんかにお金を払う人間はいない。
だから、国民は政府に税金を払わない。

[7244] 人間は逆らうことが大切だ。 h21.5.1
都会の人間は真面目で仕事熱心である。
しかし、それだけではいけない。
嘘つきやまちがった者におとなしく従うのでは、真実と嘘の区別のつかない馬鹿と同じだ。
嘘つきやまちがった者に逆らうことも時には必要だ。

[7245] 政府が潰れたらどうなるか? h21.5.1
政府が潰れたら、国民は政府に税金を取られないので収入が増えるだろう。
しかし、日本には物がないから貯金が増えるだけで、実際の生活はあまり変わらないだろう。
ただ、日本に嘘をつく会社がなくなるから、日本人の頭や心が綺麗になるだろう。
日本人は、本来の清き明き心を取り戻すことができるのだ。

[7246] 神は人間よりも上か? h21.5.1
神とは実在する全知全能の者である。
だから、神は人間よりも上である。なぜなら、神は人間よりも才能があるからである。
しかし、それはあくまでも、本当の神について言えるのである。
神話の神や嘘の超能力者は、神の定義に当てはまらないから、神ではない。
だから、神話の神や嘘の超能力者は人間よりも上ではない。
もっとも、いくら本当の神が人間よりも上だといっても、それは才能において神が人間に勝るという意味であって、人間が神に従うという意味ではない。
だから、たとえ本当の神が現れて神が人間に命令したとしても、人間は神に従わなくてもいい。神は全知全能だから、人間なんかに命令しなくても、自分ひとりで何でもできるだろう。

[7247] 政府は神のマネージャー☆ h21.5.1
政府は神に頼んで人間の願いを叶えてもらうマネージャーである。
だから、政府は客に仲介料を請求できる。
そんな会社があればありがたいものである。
もっとも、本物の神がいればの話だが。
今の政府は本当の政府ではない。今の政府は国民から税金を取るだけのイカサマの政府である。
今の政府は本物の神がいないからといって、国民から税金を取る言い訳のために民主主義の真似事なんかしてみっともない。
今のところはまだ神が発見されていないから、政府は作らなくてもいい。

[7248] なぜ政治家の言葉使いは曖昧なのか? h21.5.1
政治家が曖昧に話すのは、政治家が本当は馬鹿だからである。
今は嘘が通用しない時代なので、政治家が嘘で利口ぶってばかりいてはいけないので、国民に政治家の本当の姿を見せないといけないから、それで政治家は自分が本当は馬鹿であることを示すために曖昧に話すのである。
だから、政治家は本当は馬鹿なのである。もともと民主主義の表の政治家は政治家の真似事をしているただの芸人だから、仕事が正しかろうがまちがいだろうがどうでもいいので馬鹿になるのは当然だが。

[7249] 保険会社はなぜ儲かるか? h21.5.1
それは、人間に不安心があるからである。
人間に美容欲があるから化粧品やダイエット食品が売れるのと同じ理屈だ。
だから、今の政府がなくなれば、人間に不安心があるかぎり、新しく国民の人権を保障する会社ができるはずだ。
国民の人権を守る会社も、案外自由加入制の損害保険会社で足りるのかもしれない。

[7250] 法律と常識 h21.5.1
国民の人権を守る会社を自由加入制の損害保険会社にすると、奴隷制度が復活するかもしれない。
しかし、人間をお金で売買[ばいばい]しないことは今では常識になっているからたぶんそうはならないだろう。
地球が動いていることも法律にはなっていないが、常識として通用するのと同じことである。
法律には、政府が嘘つきの会社であることが載っていないが、それはもはや現代の常識だから載っていないのだろう。だから、国民は嘘をつくことしか能のない政府のことなんか無視して正しく生きて行けばよいのである。
今の法律は嘘つき会社の政府が作ったものである。だから、法律がまちがっていることも当然ある。だから、国民が政府に税金を払わないのが正しいのであって、払わなければならないとする法律のほうがまちがっているのである。そもそも今の法律は政府が建前で民主主義をやるために作っただけだから、最初から機能がないので無視してもかまわないはずである。政府の者に、他人の善悪をつべこべ言う資格はない。

[7251] どうして吉田内閣はワンマン内閣だったのか? h21.5.1
当時は、日本がアメリカに占領されいた。
吉田内閣が“ワンマン内閣”と言われるのは、アメリカの“個人主義”の言いかえだったからである。要するに、駄洒落[だじゃれ]である。
だから、吉田首相が本当にワンマンでやっていたのではない。いくら建前の総理大臣であっても、それでは総理大臣は務まらない。

[7252] 国民は政府に税金を払う必要はない。 h21.5.1
政府は嘘をつく会社である。
政府は表で嘘で民主主義の政治をやってことにして、国民から高い税金を取っている。
政府は裏で神主義の政治をやって、国民を自分で考えることのできない馬鹿に変えて、政府の言いなりにして、政府に税金を支払わせている。
ところで、政府は法律を作ったが、法律には何から何まで書いているわけではない。常識的なことは前提とされている。例えば、1+1=2とか、太陽が東から昇ることは法律には書いていない。
今日[こんにち]では、『政府は嘘をつく会社であり、政府は民主主義の政治をやっていない。よって、政府の法律は無効である。』ことは常識である。
したがって、法律を破ったところで、罪になることはない。
だから、たとえ電気会社やガス会社には使用料を払っても、政府には税金を払わなくていいのである。

[7253] 政治家が科学者を馬鹿にしている訳[わけ] h21.5.2
政治家は嘘をついて楽して儲けているのに、科学者は真実をついて苦労しているからである。
嘘をついて楽をしている政治家から見ると真実をついて苦労している科学者が馬鹿に見えるので、政治家は科学者を馬鹿にしているのである。
しかし、真実は堅固だが、嘘は脆弱[ぜいじゃく]である。
真実が真実とばれても真実は通用するが、
嘘が嘘だとばれると嘘は通用しない。
真実は増えていくが、嘘は減っていく。
嘘は真実によって倒される。
ゆえに、政府は科学によって倒される。
イソップ童話の『アリとキリギリス』のように、最後に笑うのは政府(キリギリス)ではなく科学(アリ)だ。

[7254] 古事記 h21.5.2
古事記が古事記といわれる理由は、政府が国民から税金を貰[もら]っている乞食だからである。
つまり、政府は国民から税金を貰うだけで何の仕事もしていないということである。
政府の仕事は、国民を嘘で騙して国民に税金を払わせることである。
昔もある程度はみんなに真実を言わなければならなかったので、政府が神としている神武天皇の話が載っている本に古事記という名をつけたのだ。
しかし、乞食が他人から強制的にお金を取ったりはしないので、政府は国民から強制的にお金を取ってはいけない。政府は乞食のように国民から自由にお金を恵んでもらうだけにしなければならない。

[7255] 政府はみんな嘘つきだ。 h21.5.2
日本政府だけが、日本国民に対して嘘をついて騙[だま]して税金を払わせているわけではない。
外国の政府も、外国の国民に対して嘘をついて騙して税金を払わせている。
つまり、外国の政府も日本政府と同様に嘘つきなのだ。
本物の民主主義は国民放任主義であって、議会制の民主主義は政府主義であって民主主義ではない。
本物の民主主義では、政府と信者は国民の奴隷だ
本物の民主主義は国民放任主義だから、国民が政府に税金を払おうが払うまいが国民の自由だ。

[7256] ニュートンの『プリンケピア』 h21.5.2
嘘が嘘だとばれると嘘が通用しないが、
真実が嘘だとばれてもその真実が通用しなくなる。
イギリスは、ニュートンの力学やマクスウェルの電磁気学のおかげで20世紀までは世界を支配できた。
しかし、アインシュタインの相対性理論やシュレディンガーの量子力学がニュートン力学よりも正しかったので、ニュートン力学が嘘だとばれてしまったので、イギリスはすっかり寂[さび]れてしまった。
しかし、ニュートン力学にはもうひとつの意義がある。
ニュートン力学では、物が物を動かすので神が要らない。
ニュートンの『プリンケピア』が、この世から神を消し去ったのだ。

[7257] 政府は嘘をつく会社である。 h21.5.2
政府は昔から神を祭ってきたが、本当に神を祭っただけでは儲からない。
神を祭ることは、神に人間の願いをかなえてもらうことなので、かないようがないからである。
そこで、政府は嘘をついて、神に人間が従わねばならないことにして、神が人間に「政府に税を払わねばならない」命令を出したことにして、国民に税金を払わせていたのだ。
つまり、政府は大昔から、嘘をついて儲ける会社だったのである。
つまり政府が“政[まつりごと]をする府(会社)”というのも嘘であって、本当は最初から嘘をつくだけの会社なのである。
最近では、政府は嘘で民主主義の政治をやっていることにして、国民から税金を取っている。
たとえ政府が神を使わなくなったとしても、それでも政府は嘘をついて国民から税金を取り続ける。
だから、いくらニュートンの『プリンケピア』がこの世から神を消し去ったとしても、それだけでは政府は倒れないのだ。
しかし、政府は嘘をつく会社だから、政府が嘘をつくことをやめれば、さすがの政府も倒れるしかない。

[7258] 社長はなぜ黙っているか? h21.5.2
社長は喋[しゃべ]ると馬鹿だとばれてしまうから、いつも黙っているのである。

[7259] 国民はどうすべきか? h21.5.3
『政府が嘘をつく会社であり、国民は政府に騙されて税金を払わされている。だから、国民が政府に税金を払うのをやめて、政府を潰せばいい。』ことを発見したのは私だが、このことは国民みんなにとって成り立つ真理である。
だから、私が私の発見を公表すべきか否かを云々[うんぬん]するよりも、とにかく国民が政府を潰してしまえばいいのである。
私が私の発見を公表するのは、政府が潰れた後でも遅くはない。

[7260] 国民の人権を保障する会社 h21.5.3
もしも私が有り余るお金を持っていたら、国民の人権を保障する会社を作ってやったかもしれない。
しかし、私には到底それほどのお金は持っていない。
だから、私以外の誰かがやるしかない。
『国民の人権を保障する会社』は私のアイデアだが、誰かが私のこのアイデアを無断で使用しても私は許すことにする。
サービス料金が安ければ[希望価格は今の政府の税金の半額以下]、国民の大部分が会社と契約するだろう。

[7261] 給料の天引きについて h21.5.3
給料から税金を天引きにするのは、国民に自分で税金を払わせることにすると、考えのある国民が政府に税金を納めなくなるからである。
それで、政府が個人の代わりに会社に税金を納めさせているのである。
今度からは、会社に税金の支払いは自分でやると言って税金を払わないことにしよう。
お金のためではない。真理のためにそうするのだ。
事務所まで歩いて身体を動かすこともたまには大事である。

[7262] なぜ政府は神話の神を神としたのか? h21.5.3
政府は嘘をつく会社である。
大昔の政府は、実在する全知全能の者を神として国民を嘘で騙して国民から税を取っていた。大昔の国民は素直な馬鹿だったから、政府が神と言うだけで何でもおとなしく政府の命令に従ったのだ。そのために、神の意味が実在する全知全能の者から人間に命令する者に変わってしまったのである。[言葉の意味が変わることは数学でもある。例えば、ベクトルとか。つまり、始めの頃は紙に矢印を書いてそれを眼で見ながらベクトルを考えていたのが、より進むと、ある一定の性質を満足するものをベクトルと呼ぶようになるのである。]
しかし、歴史時代に入ると、国民の生活も多少は文化的になり、みんながおとぎ話を楽しむようになったので、神話の神も神と言うから、政府は昔の全知全能の神の代わりに神話の神を神とするようになったのである。
政府も人の子だから、流行に合わせなければならなかったのである。[それにしても、おとぎ話の神を神とするとはなんとも大胆不敵だが、その頃は神の意味がたんに人間に命令をする者になってしまっていたし、政府は国民に神武天皇がおとぎ話の人物であることを伏せていたので、おとぎ話の神でも通用したのである。]
最近は、科学の時代・物の時代だから、政府は神話の神の代わりに生きている嘘の超能力者である私を神にしたのである。[それにしても、“超能力者”が科学的概念と言えるのだろうか!?]
しかし、最近は何でも科学的に見る時代だから、神や政府に対しても科学的に見るので、これまでに政府が神とした者が神話の主人公や嘘の超能力者であり、政府が嘘をつく会社であることがばれてしまったのだ。真実の時代には、嘘の会社はやって行けないのだ。

[7263] 文化と文明 h21.5.3
文化とは、物を文すなわち言葉にすることである。だから、文化は文化的つまり空想的である。
反対に、文明とは文を物にすることである。だから、文明は科学的つまり実在的である。
同じように、発見とは、もともと実在にあった物を五感や知覚で見つけることである。
発明とは、実在の中になかった物を、人間が考えて身体を動かして作り出すことである。

[7264] 類体論とは何か? h21.5.3
高木貞治[たかぎていじ]が大正9年に類体を発明した時、外人は「そんな物があるのか!?」と言って驚いたという。
私も九州大学医学部教養部2回生の頃に、高木貞治の書いた類体論の本(岩波書店の表紙が硬くて黄色い本)を強引に読んだことがあるが、全然わからなかった。
類体という概念を考え出して類体の持っている性質を使えば、「クロネッカーの青春の夢」という問題が解けるらしい。[参考。四角の長方形の中に書いてあることは、つまり、Φ(κ)=0の解κが、1の冪乗根に整数を掛けて足し合わせた多項式を分母分子とする分数の形に書けるという事である。問題を解いた高木貞治も偉いが、予想したクロネッカーも偉い。高木貞治の研究は、ガウスが19歳の時に解いた『x17−1=0の解xが√(平方根)と有理数だけで書ける』ことを特殊化したものである。そのときにガウスは、既約剰余類とか言う概念を作ってこの問題を解いた。ガウスは既約剰余類の研究中に正17角形の作図を思いついたのだろう。ガウスは自分が思いついた時の状況を日記に書きとめている。ガロアが『方程式の解が冪乗根で書ける』ための条件を調べるために、群を考え出したのも同じことである。一般に、代数的整数論とは、方程式の解がどんな形で書けるかを調べる学問である。]
つまり、数学とは、『無矛盾な言葉の世界』を作り出すことである。
その意味では、非ユークリッド幾何学も類体論も同じことである。

[7265] なぜこれまで政府が理解できなかったか? h21.5.3
科学には真の概念しかない。
ところが、政府は嘘をつく会社である。
だから、科学ではこれまで政府のことが理解できなかったのである。
科学に『嘘』の概念を付け足した世界では、政府のことが理解できる。
人間には嘘をつく能力があることを忘れてはならない。
神ももともとは政府が作り出した嘘の概念にすぎなかったのである。

[7266] 文系の学者は役立たず馬鹿 h21.5.4
文系の学者は、何万人も何百万人もいながら、その内の一人も『政府が嘘つきの会社であって、国民を嘘で騙して税金を取っている』と述べた者はいない。
だから、文系の学者は考える力のない馬鹿だ。
文系の学者は、自分の経験に基づいて論理的に考える力がない。
論理的思考力のない文系の学者はいてもわかることがないから、誰か他の論理的思考力がある者に席を譲るべきだ。
文系の学者は、学者というのは建前だけで、本当はくだらないただの馬鹿だ。

[7267] お化けはどうしていないのか? h21.5.4
私の感覚子論は、私が人間の認識とは何かを考えているうちにできた理論である。
その副産物として、お化けがいないことが証明できた。おかげで、心霊写真を見ても恐くなくなった。お墓が要らないこともわかった。
精神病についても書けた。精神分裂病とオナニーの“繋[つな]がり”についても書けた。私がもっと若いうちに精神病についてわかっていれば、私は精神分裂病には罹[かか]らなかっただろう。
人間が幸福であるための条件についても書けた。つまり、人間が幸福であるための必要十分条件は、心が知覚(実在)に従属していることである。例えば、宗教は、いもしない神がいると言って[実在に反する]嘘をつくことである。だから、宗教は人間を幸福にしない。

[7268] 政府はどうしてまちがっているか? h21.5.4
政府は宗教をする会社である。
政府は神を祭る会社である。
しかし、神を祭っても儲かるわけがない。なぜなら、神は科学的な意味においては存在しないからである。[つまり、神とは全知全能の者だが、神がいくら知覚において概念的に考えられても、五感でその存在が確かめられていないから、科学的には存在しないことになる。一般相対性理論で予言されたブラックホールのように、理論が観察に先行した例もあるが、とにかく観察事実がなければ実在するとはいえない。現在までのところまだ神がいるという物的証拠は何もないから、神が実在するとは言えないのだ。]実在しない神にいくら祈っても、願いが叶[かな]うわけがない。
だから、いくら正直に神を祭っても儲からないから、政府は大昔から、国民を嘘で騙して儲けて来たのである。おおかた、神がいると嘘をついて、神に人間は服従しなければならないと騙して、神が「国民は政府に税金を払わねばならない」と言ったと嘘をついて、国民から税を取っていたのだ。神話の神を神としたのも嘘だし、天皇を置いて神話の神が実在したとしたのも嘘である。最近では、私を超能力者としたのも嘘だし、私の個人情報を混ぜた命令を国民に出せるとしたのも嘘である。
つまり、政府は『嘘をつく会社』(新しい概念)である。政府は、名前では政[まつりごと]をする府なのに、実際には神を祭っていないから、嘘をつく会社である。政府は今でも国民を嘘で騙して税金を取っている。つまり、実際には、政府は民主主義の政治をやっていないのに、民主主義の政治をやっているふりをして、国民から税金を取っている。
政府は、公言している仕事と実際にやっている仕事が合っていないからまちがっているのである。そんなふざけた会社に誰がお金を払うものか。

[7269] 『数学は科学の女王である。』 h21.5.4
『数学は科学の女王である。』とは、数学の帝王カール・フリードリッヒ・ガウスが言った言葉である。
つまり、ガウスにとって、数学は科学なのである。
数学は、日常生活の経験を帰納して抽象化して得られた認識だから、数学も科学と同じなのである。例えば、自然数の概念がそうである。だから、物理学と数学の境界線は引けないのだ。
ニュートンも、物理学と数学の境界線を引いていないし、物理学と数学の境界、一般に日常生活と学問の境界にこだわらないことが大事なのだ。
むしろ、現代のように数学と物理学の境界をつけることは、ニュートン以前の古臭い科学観に戻ることだから、慎[つつし]むべきだ。
例えば、アニメは作り事だが、その中には真理も述べられているし、心理的には現実生活と通じるところがあるから価値があるのだ。だから、アニメと実在の区別をつける必要はない。[文学は嘘だと断って嘘をやっているからいいが、政府は嘘だと断らずに嘘をやっているからいけないのだ。]

[7270] 民主主義とは何か? h21.5.4
民主主義とは、国民の人権を保障して、あとは国民をほったらかしにすることである。
議会制は、政府主義であって、民主主義ではない。
議会制は、役立たず馬鹿の議員をつけ上がらせるだけである。
議会制にするから、政府が余計な悪さばかりするのである。
国民に嘘ばっかりつく政府は要らない。人権を保障する会社がおとなしく国民の管理をするだけでいい。
悪者の政府が国民の邪魔ばっかりする世界は終わりだ。悪者の政府が倒れて、あとに国民の味方になる人権保障会社ができればいい。

[7271] 都会っ子はどうして嘘つきなのか? h21.5.4
都会には政府がある。
ところが、政府は嘘をつく会社である。
都会っ子は、小さい頃から政府を見て育ったから、それで政府の嘘つきがうつったのだ。
反対に、田舎の人は、政府と離れて暮らしているから正直なのだ。

[7272] 私の業績《まとめ》 h21.5.4
1)感覚子論…『脳細胞が神経興奮すると感覚が発生する。』→感覚に関する謎が解ける。
2)政府論…『政府は嘘をつく会社である。』→政府に関する謎が解ける。
3)量子力学のリーマン幾何学化(私のホームページの『物理勉強室』の『現代物理学』の「確率的存在について☆☆☆ h21.3.27」を参照。)…『位置と運動量の物差しが相関しながら確率的に震えている。観測とは、確率的に震えている物差しを止めることである。』→観測問題が解ける。

[7273] 政府に人の善悪が言えるか!? h21.5.4
政府は嘘をつく会社である。
ところで、論理学の法則によると、
嘘ならば真は真であるし、
嘘ならば嘘も真である。
だから、嘘つき会社の政府から見ると、善人も悪人も善人になる。
したがって、政府は人の善悪を言うことができない。
だから、裁判所は実際には機能していない。[例えば、私は嘘つき会社の政府に税金を払わないことが善だと思うが、嘘ならば真も真だから、嘘つき会社の政府にとっては私が税金を払わないのが善いことだから無罪である。]
裁判所は、自分では善悪を決められないから、公[おおやけ]の意見に迎合[げいごう]して判決を下すだけである。

[7274] どうして神制度がこれまでやって来れたのか? h21.5.4
神制度とは、神に人間が従わねばならない制度である。
神制度は、実在する全知全能の神に人間が従わねばならないと政府が独断と偏見で決め付けている不合理的な制度である。[論理的には、神が全知全能だから、神は自分で何でもできるので、神が人間に命令することはないとも考えられる。]
しかし、ひとたび神制度ができてしまえば、未来永劫[えいごう]とまでは言わないが、しばらくはそのままで行くのである。それは、人間の脳には生まれた後で学習する機能が備わっていて、幼い頃に神制度の下[もと]で育てられれば、誰でも神制度に従うようになるからである。
そうやって、神制度は、神を全知全能の神から神話の神へ、さらに神話の神から嘘の超能力者に変えて、何千年もの間続いて来たのである。
しかし、神制度は国民が嘘に騙[だま]されやすいという条件の下で始めて成り立つのである。
現代は、国民が学校やテレビ番組などで知的に鍛えられていて、他人の嘘に騙されにくいし、他人のまちがいを自分で考えて直したりするので、もはや神制度はやって行けない。
そのために、政府は、戦後は神制度を建前の民主主義の政治の裏に隠れてコソコソとやらねばならなくなったのである。
しかし、神制度を表で公[おおやけ]にやろうが裏で隠れて内密にやろうが、どちらにしてもいけないことである。たとえ政府自体がブラックボックスであっても、最終的に外に出てきた製品としての今の日本社会の様子を見れば、政府が依然[いぜん]として神制度をやっていることがわかる。だから、今なお神制度をやっている時代遅れの政府は、馬屋や籠屋[かごや]のように消えてしまわなければならない。
昔の政府がやっていた、神のお告げで村人から税を取り立てるパフォーマンスを江戸村で見世物としてやれば観客に受けるだろう。

[7275] 公務員は安定な職業ではない。 h21.5.4
今のところ政府は大きい会社だが、今後政府が潰れないとは限らない。
政府はこれまで神制度で持ってきた会社であるが、最近は神制度をやらない人が増えたので、政府も景気が悪くなりつつある。
不安な方は、政府がつぶれた時のために、前もって傷害保険に加入しておくことをお勧めする。

[7276] どうして政府は聖典の神を神としたのか? h21.5.5
大昔、政府はいない神を嘘でいることにして、神に人間を従わせる神制度をやっていた。政府が自分にとって都合のいい命令を神が出したことにして、神制度をやって儲[もう]けていた。
しかし、姿かたちの見えない神では、いるかいないかわからない。
歴史時代になると、国民もそこそこ賢くなったので、国民からそういうクレームが出始めた。
そこで、政府は、神の話を本に書いて、本に書いてあることを神が実在する証拠としたのである。
当時の国民は、本に書いてあれば何でも真実だと思っていたので、それで納得したのである。
その頃には、神の意味が人間に命令をする者にすぎなくなっていたので、聖典の神は到底全知全能ではなかったけれども、とにかく本に出ているから実在する者だと思ったので、おとなしく政府の言うことを聞くことにしたのである。
昔は、本に出ていることが実在する証拠だと考えられていたので、それで政府は聖典の神を使うことにしたのである。
しかし、今はマンガの本や小説がいっぱいあるから、たとえ本に出ていても実在する証拠とはいえない。
だから、聖典の神では、今の国民は納得しない。
そこで政府は、最近、実在する人間である私を神とした。
しかし、国民が私を直[じか]に眼で見たら、到底私を神とは思わないので、国民に私の存在を隠しながら内密に神制度をやらねばならなかったのである。
1)しかし、そもそも、神に人間が従わねばならない理由がわからない。神が全知全能ならば、わざわざ人間に命令なんかしなくても自分でやったほうが早いしそのほうが完全にできるはずである。したがって、神に人間が従わねばならないのは、神のイメージを活かして政府がでっちあげた嘘だと考えられる。
2)また、ただたんに人間に命令するだけなら、それは命令者であるにすぎず、神であるとは言えない。神であるためには、自分が神(全知全能の者)である何らかの具体的な物的証拠(例えば、超常現象)をみんなに示さなければならない。神の超能力は追試可能でなければならない。全知全能の者なら何回でも超能力が出せるはずだ。例えば、私の場合、たしかに私は実在する者だが、私はテレパシーやラップ音以外には超常現象を起こせないので全知全能の神ではない。
3)それに、神が人間に命令をした証拠もない。政府が神と国民の中継ぎをする者であるならば、政府は神が国民に命令した証拠を国民に提示しなければならない。それができなければ、政府がインチキと見なされても仕方がない。[そもそも、神が国民に「政府に税金を払え」なんて命令したりするのか!?神は全知全能だから、自分でお金を政府にやればいいだろう。]
つまり、現代は科学の時代で、具体的な物的証拠がなければ真実とは見なされない。そんな時代には、証拠も何にもない神制度はやって行けないのである。だから、神制度をやる会社の政府も消え去らねばならないのだ。

[7277] 政府はどうして神制度をやったのか? h21.5.5
政府は、嘘をつく会社である。政府は国民に嘘をついて国民から税を取って儲ける会社である。
昔は、神の概念が公[おおやけ]に通用していたので、それで政府は神を利用して嘘をついて、神のお告げで国民が政府に税を払わねばならないことにして、国民から税を取って儲けていたのである。
しかし、今は神の概念がほとんどなくなっているので、政府は表[おもて]では嘘で民主主義をやっているふりをして、裏で隠れて密[ひそ]かに私に関する神制度をやっているのである。表の民主主義も裏の神制度も両方とも嘘である。
とにかく、政府は嘘をつく会社である。それは未来永劫変わらない真理である。[私が小学5〜6年生頃、同じクラスに北村真理[きたむらまり]という脳の病気の女の子がいた。私は表では真理[まり]さんをいじめたりはしなかったが、裏で隠れて友達に北村真理さんの悪口をよく言っていた。それで、政府は私の超能力者制度を使って、表の民主主義の政治の裏に隠れて、真理[しんり]を馬鹿にして嘘ばかりついているのである。政府は嘘をつく会社だが、私の超能力者制度では駄洒落[だじゃれ]や私が経験したことによらねばならないなど嘘をつくのにもある程度の制限があるらしい。というのも嘘で、本当は国民を騙せるかぎり無制限に嘘がつけるのだろう。]
政府はそもそもは神制度をやる会社ではなく、もともとは嘘をつく会社である。民主主義は神とは関係がないから、今の政府が民主主義をやっているふりをしているのが、その証拠だ。昔はたまたま神の概念があったから、政府は神で嘘をついてひと儲けしたにすぎない。政府は神の概念ができるもっと前から、嘘で儲けていたのである。
政府の政は“正しいことを取り締まる”という意味だが、それも政府のついた嘘なのである。
今後も政府はいろんなことを使って嘘をついて国民を騙して国民から税金を取り続けるだろう。たとえこの世から神が完全にいなくなっても、政府が嘘をつくかぎり、政府は永遠に不滅なのだ。

[7278] 神は存在するか?☆ h21.5.5
神は全知全能の者である。
だから、神は自分を全知全能でない者にすることができねばならない。
しかし、それでは神が全知全能ではないことになって、神の定義に矛盾する。
だから、神は知覚界の中にもいないことになる。
つまり、神の定義はwell-definedではないから、神は存在しない。
神は最初っからいなかったのだ。
[しかし、過冷却水が実在する液体且[か]つ個体であるように、神も全知全能であり且つない状態で存在できるのかもしれないから、たんに論理の上で矛盾があるからといって必ずしも実在しないとはいえないかもしれない。]

[7279] 家族とは何か? h21.5.5
家族とは、自分と心が似ている者である。自分と気が合う者である。
自分と心が似ている者は地球上にも宇宙中にも自分の家族しかいない。
私の父親と母親は心が似ていないが、私は私の母親と心が似ていると思う。[ただし、私は頭(知覚)は父親に似ていると言われる。]
つまり、男と女は心が似ていないが、親と子は心が似ているのだ。

[7280] 神はどこにいるか? h21.5.5
神はまだ発見されていないから、五感界の中にはいない。
神は定義に自己矛盾があるから、知覚界の中にもいない。
それでは、神は心界の中にいるか?
人間の心の中には、ありえないことに感動する感情があるから、心の中には神に対する感情があると言える。
しかし、その感情は本物の神が現れてから満足させればいい。
強いて神に感動しなくても、他にも満足させる感情はたくさんある。

[7281] どうして私は神なのか? h21.5.5
政府は嘘をつく会社である。
私は本当は超能力者ではないが、政府が嘘で超能力者にしたのである。
一応の根拠としては、私の母親が夜中に突然私の頭の上に吊っていたガラガラが回ったのを見たことだが、どうせ嘘だからそんな根拠はさほど重要ではないのである。誰でも一生に一度はそんなことがあるから、根拠はあってもなくてもどうでもいいのである。例えば、夜中に飛行機のランプを見てUFOを見たでもいいのである。
私は嘘でガラガラを回す超能力が使えただけだが、さらに政府が嘘で拡大解釈して私を全知全能の神にしたのである。私が全知全能であるためには、私がひとつの超能力を使えるだけではなく私が任意の超能力を発揮できねばならないが、どうせ嘘でやっているだけだから論理を無視して∃(存在する)でも∀(任意)でもどうでもいいのである。
つまり、私が神なのは、神が誰でもよかったからである。政府が、神にした者と謎解き遊びをするために、小学校で伝言ゲームをやらせることができる者なら誰でもよかったのである。
しかし、嘘は国民を騙せるかぎりで有効である。
この前私が高知に帰った時、母親に詳しく話を訊[き]いてガラガラが回ったのが私の超能力によるものではなかったことがわかったから、政府はもはや国民を騙して私を超能力者や神にすることはできない。
したがって、私の神制度は無効である。

[7282] 政府は詐欺[さぎ] h21.5.6
政府は嘘をつく会社である。
政府は、本当は民主主義の政治をやっていないのに、民主主義の政治をやっているふりをして国民から政治代として税金を取っている。
じつは、政府は裏で神主義の政治をやっている。昔は神主義の政治で国民から税金を取れたが、今では神を信じる者がいないので、公[おおやけ]に表で神主義の政治をやるわけには行かないからである。今でも政府はかつての『エロ・グロ・ナンセンス』みたいなことをやっているのである。神主義は政府が悪事を神のせいにしてやるための口実であって、実際には政府が自分で考えて悪いことをやっているのである。政府は民主主義の芝居で稼[かせ]いだお金で、神主義の政治をして世の中を汚いムードにして国民を不愉快にしているのだ。[私も中学2年生の冬に風邪を引いてたまたま夜中に目が覚[さ]めてなかなか眠れなくてラジオのスイッチをつけて『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』を聞き始めてからオナニーをするようになリ、それが高校1年生の時に精神分裂病に罹[かか]る原因になったので、日本に『エロ・グロ・ナンセンス』つまり政府文化がなければ私が精神分裂病に罹らなかった可能性が高いと考えられるので、政府がないほうがいいのである。]
政府がやっている民主主義の見世物なんか面白くない。だから、国民は政府に芝居の見料[けんりょう]を払わなくてもいい。

[7283] 政府文化は不変である。☆h21.5.6
日本政府は昔は神武天皇の神制度をやっていたが、今は私の超能力者制度をやっている。
神武天皇が神話の上の人物であるのに対し、私は生きている人間なので、神武天皇の神制度と私の超能力者制度ではやり方がかなり違っている。
しかし、『エロ・グロ・ナンセンス』であることにおいては、それらは共通している。例えば、ポルノ映画がアニメのパンチラになったし、暴力団が現代社会の教科書や資料集に載っている奇形児の写真になったが、『エロ・グロ・ナンセンス』であることはほぼ同じである。
それは、神武天皇の神制度にしろ私の超能力者制度にしろ、同じ日本政府がやっているからである。
同じ日本政府がやっているかぎり、物事の本質は変わらないのだ。

つまり、日本政府は神武天皇の神制度によるにせよ私の超能力者制度によるにせよ、とにかく日本を『エロ・グロ・ナンセンス』な国にする会社なのである。
政府文化は、性風俗の乱れや戦争や精神病の原因になるから、政府文化はないほうがいい。だから、政府もなくなったほうがいいのだ。

[7284] 神武天皇は神話の人物である。 h21.5.6
神武天皇の母親は天照大神[あまてらすおおみかみ]である。つまり、太陽の神である。
天照大神は神話の人物だから、神話の人物の子供である神武天皇も神話の人物である。
だから、神武天皇は想像上の架空の人物である。
今の天皇は神武天皇の子孫だから、今の天皇も神話の人物である。
それなのに、なぜか実在している。
我々は古事記の本の中で暮らしているのだろうか?

[7285] 政府文化は国民を不幸にする。 h21.5.6
政府は嘘をつく会社である。
政府以外の会社は本当をつく会社である。
政府以外の会社が真理の上に乗っているのに、政府だけが真理の上に乗っていない。
政府以外の会社が真理に従属する感情を国民に満足させているのに、政府だけが真理から外[はず]れた『エロ・グロ・ナンセンス』の感情を国民に満足させている。
ところで、人間が幸福であるための必要十分条件は心が真理に従属することである。だから、人間にとっては真理から外れた感情よりも真理に従属する感情を満足したほうが幸福である。人間は真理から外れて楽しむよりも、真理の上に乗っかって楽しんだほうが幸福である。[[4959] 精神病《まとめ》☆ h20.5.4の図を参照。]
したがって、真理から外れた『エロ・グロ・ナンセンス』の感情を満足させる政府文化は人間を幸福にしない。
政府は嘘をつく会社だから、政府は人間を幸福にしているふりをしてじつは不幸にしている。
政府は人間を不幸にする『エロ・グロ・ナンセンス』の感情を人間に満足させている。
政府文化は人間を不幸にするだけである。

政府が建前の民主主義の政治の裏でやっている神主義の政治は国民を不幸にするだけである。だから、政府はなくならねばならない。

[7286] どうして政府は国民を不幸にするのか? h21.5.6
政府は嘘をつく会社である。
政府は建前の民主主義の政治の裏で神制度をしている。
政府は、神制度で国民の『エロ・グロ・ナンセンス』な感情を満足させて、国民を不幸な馬鹿にしている。
不幸な馬鹿になった国民は政府の建前の民主主義に騙[だま]されて、政府におとなしく税金を支払っている。
政府は、国民から税金を取るために、国民を不幸な馬鹿にしているのだ。

[7287] 神制度は一石二鳥 h21.5.6
昔は、神制度は国民を馬鹿に変えると同時に国民を政府の言いなりにして国民に税金を払わせる機能も合わせ持っていた。いわば、神制度は一石二鳥であった。
しかし、今は神がすでに死んでいるから、神制度には国民を馬鹿に変える機能しかなく、国民に税金を払わせるまでの機能はない。神のお告げでお金を喜んで差し出すめでたい国民も今はいない。それで、政府は仕方なく、下手な芸人に民主主義の政治の真似事をさせて、国民を眼先で騙してなんとか税金を取っている。
名門といわれる家族では、大昔から政府が神制度をやっていて神制度で国民を馬鹿に変えていることを知っているから、子供に政府の息がかかったテレビやマンガを見せないようにして子供の馬鹿化を防いでいる。

[7288] 政府文化は国民を馬鹿に変える。☆[[7283] 政府文化☆h21.5.6からの続き。[7285]と[7286]の改良。[7287]の前。] h21.5.7
日本政府は、神制度で日本を『エロ・グロ・ナンセンス』な国にしている。
日本を『エロ・グロ・ナンセンス』な国にすれば、日本国民が馬鹿になるからである。[『エロ・グロ・ナンセンス』な感情は知覚の働きを妨げる感情なので、『エロ・グロ・ナンセンス』な感情を満足していると、そのうち知覚が働かなくなって馬鹿になるのである。例えば、カラオケもナンセンスな感情を満足することである。女の化粧もエロとナンセンスの感情を満足することである。]
国民を嘘で騙[だま]すためには、国民を馬鹿に変えたほうが騙しやすいので、それで、政府は国内に悪い文化を流行[はや]らせて国民を自分で考える力のない馬鹿に変えているのである。政府が国民から税金を取るためには、国民が政府が建前でやっている民主主義に騙される馬鹿であったほうが都合がいいから、国民を馬鹿に変えているのである。[[7286]の図を参照。]
このことは日本政府だけでなく世界中の政府について言えることである。

[7289] なぜ今の日本は不況なのか? h21.5.7
日本政府がちゃんと日本経済を管理していないからである。
政府は国民を馬鹿に変えるために神制度をやったり下手な芸人に民主主義の政治の芝居をさせて国民から税金を取ったりするだけで、他のことは何にもやっていないから、日本が不景気になるのは当然である。
嘘をつくしか能がない政府に、経済の管理なんて難しいことができるわけがない。

[7290] どうして魔法少女アニメがあるのか? h21.5.7
魔法少女アニメとは、男の子のような顔をした女の子が出て来るアニメである。
魔法少女アニメがあるのは、国民の男を心理的に女の子に変えて、国民みんなをおとなしい言いなり馬鹿にするためである。
国民をおとなしい言いなり馬鹿にしたほうが、政府が国民から税金を取りやすくなるからである。
つまり、魔法少女アニメとは、魔法で男を女の子に変えるアニメである。
最近の若者が、昔の若者に比べておとなし気[げ]なのはそのせいである。
昔の学生は学生運動なんかしてたのに、今の学生はおとなしく勉強ばかりしているのはそのせいである。

[7291] 政府文化は公害である。☆ h21.5.7
政府は嘘をつく会社である。政府は民主主義の嘘の芝居で国民を騙して、国民から税金を取って儲けている。
政府が嘘をつけるためには、国民が嘘に騙される馬鹿でなければならない。政府は嘘で食べていかねばならないので、そのためにはどうしても国民に馬鹿になってもらわねばならないのである。
『エロ・グロ・ナンセンス』は、人間の知覚を働かなくして馬鹿に変える3大原因である。
政府は神制度を利用して『エロ・グロ・ナンセンス』な文化を国中に流行[はや]らせて国民を馬鹿に変えている。
そのせいで、大勢の国民が馬鹿や精神病者になっている。大勢の国民が不幸になっている。
政府は自分が嘘で儲けるために大勢の国民を犠牲にしている。
やはり、政府はなくならねばならない。

[7292] 私アニメはなぜあるか? h21.5.8
小林多喜二[こばやしたきじ]の『蟹工船』が小林多喜二の政府に対する攻撃なら、『私アニメ』や『私マンガ』(私を女の子に変えたアニメやマンガ)は政府の私に対する攻撃である。
小林多喜二が政府によって拷問にあわされたように、政府が私によって拷問にあわされるべきである。
小林多喜二が政府を上から見たのが政府の気に入らなくて“飛行機の刑”にあわされたように、政府が私を上から見たのが私の気に入らないから“飛行機の刑”にあわさねばならない。

[7293] 現代人気質 h21.5.8
現代人は正しいことには従うが、まちがっていることには従わない。
たった一人でも正しいことは正しいことであり、いくら大勢でもまちがいはまちがいである。[そうでなければ、世の中は進歩しない。]
政府の嘘は要するにまちがいだから、現代人は政府の嘘には従わない。
例えば、政府が民主主義の嘘の芝居で税金を取るのはまちがいだから、現代人は政府に税金を払わない。

[7294] 人間が神に従わねばならない理由について h21.5.8
神は実在する全知全能の者である。
つまり、神は実在を支配している。
ところが、人間は実在に従わねばならない。
つまり、実在は人間を支配している。
だから、神は人間を支配している。
つまり、人間は神に従わねばならない。
しかし、人間が神に従わねばならないのは、人間が実在に従わねばならないのと同じ意味だから、近代以前の人間のように、人間が神を知ろうとしなければ、人間は神に従わなくてもいい。
また、実在と人間の関係は、フランシス・ベーコンが言ったように、『実在に従えば、実在を支配できる。』のだから、『神に従えば、神を支配できる。』はずである。
それに、神は実在する全知全能の者だから、神が人間を支配したければ、わざわざ政府を仲介にしなくても、神自身で人間を支配できるはずである。だから、政府を仲介にするのは、神自身は人間を支配したくないからだと考えられる。神に人間を支配する意志がないのなら、人間は神に従わなくてもいい。
神は全知全能だから、神にも人間を支配するか支配しないかの選択の自由があるはずである。神自身が人間を支配しないのなら、神は人間を支配しない道を選んだことになる。だから、人間は神に従わなくてもいいのである。
それに、歴史時代に入って、政府が神を実在する全知全能の者から本に載っている者に変えたのは、神には何らかの“実在する証拠”が必要だからと考えられる。現代は科学の時代だから、物として存在する証拠がなければ実在するとはいえない。本に載っているだけの神では実在するとは言えない。だから、政府が神制度をやるには、まず実在する全知全能の神を捕[つか]まえて、国民みんなの眼の前に持って来なければならない。しかし、それができれば、歴史時代に入るときにわざわざ神を本に載っている者に変える必要はなかったのだから、すでにそれができないことを政府が自分自身で証明している。だから、神は[今のところは]実在しないのである。[全知全能の神とまではいわなくても、たとえ超能力者でも実物を見せてくれないかぎり、現代人はその存在を信じない。]
いもしない神に人間がわざわざ従うことはない。
だから、政府は要らないのである。
もっとも、政府は嘘をつくのが本業だから、たとえ神がいなくても、また別の嘘をついて国民を騙して食べていこうとするだろう。今の政府は民主主義の政治で騙しているが、実際には神主義の政治をやっていて民主主義の政治をやっているのは嘘だから、何か別の嘘を新しく考え出さねばならない。政府が国民を嘘で騙せるうちは政府はやっていけるが、国民のほうが政府よりも賢くなって、政府が国民を騙せなくなったら政府は終わりだ。

[7295] 政府はどうして大きい会社なのか?☆ h21.5.8
昔は政府が国民よりも賢かったから、政府が嘘で国民を騙すことができた。
政府が嘘で国民から財産を取ることができた。
それで、政府が成長したから政府が大きな会社になったのである。
しかし、今は政府が国民よりも賢くないから、政府が嘘で国民を騙すことができない。
政府が嘘で国民から財産を取ることができなくなった。
それで、政府は年々小さな会社になって潰れつつあるのである。

[7296] 政府で儲ける方法 h21.5.8
どんな会社でも悪い評判が立ったら潰れるしかない。
『政府が嘘をついて国民を騙して儲ける会社である』という評判が広がったら政府は潰れるしかない。
だから、政府に悪い評判を立てるぞと政府を脅[おど]して政府から口止め料をせしめてやればいい。

[7297] 天邪鬼[あまのじゃく] h21.5.8
政府は嘘をつく会社である。
だから、政府が国民に「国民の役に立つことをする」と言ったら、実際には「国民の役に立つことをしない」と言う意味である。
今度からは政府は国民の前で「国民の役に立つことをしない」と正直に言え!
政府が国民に税金納入書を送りつけてきたら、それは「税金を払うな!」と言う意味だから、国民は政府に税金を払わなければいいのである。

[7298] 私の政府論 h21.5.8
私の政府論は、“政府”について私の言葉でできるだけはっきりと書いたものである。
青柳裕介[あおやぎゆうすけ]の『鬼やん』が、“土佐っ子気質”[かたぎ]について青柳裕介のマンガでできるだけはっきりと描いたのと同じことである。
私の政府論は、かなり論理的に割り切ったところがあるが、それくらい派手に書かないとわかったことにはならない。
市販の政府論は、まちがいを詳しく書いただけで、読む価値がない。

[7299] 内閣支持率 h21.5.9
表の民主主義の政治でやっている内閣は、政府にとっては国民から税金を取るためにやっている芝居にすぎず、本来どうでもいいことである。
だから、国民みんなが政府について正しく理解していれば、内閣支持率はつねに0%になるはずである。
だから、内閣支持率は、政府について理解していない国民の比率を表す数字なのである。

[7300] なぜ男女平等なのか? h21.5.9
失礼だが、女は『エロ・グロ・ナンセンス』な生き物である。
昔は男と女が区別されていたから、男は女と反対に『エロ・グロ・ナンセンス』な生き物ではなかった。
つまり、昔は女は馬鹿で男は利口だった。
しかし、今は男女平等で男と女が区別されていないから、男も女と同じように『エロ・グロ・ナンセンス』な生き物になっている。
つまり、今は男も女も両方とも馬鹿だ。
そのほうが、政府にとって国民から税金を取るのに都合がいいから、政府は男女平等政策を進めているのである。


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