[4901] 日本神道は馬鹿 h20.4.28
日本神道(日本特殊能力者道)の者は馬鹿すぎて現代の正しい実在観に基づく民主制の社会に適応できないから、古代のまちがった実在観に基づく現人神制(特殊能力者制)または君主制(特殊能力者の子孫制)の社会のルールで生きているのだ[と誰かが幻聴で言っていました]。

[4902] 国会制(日本神道制) h20.4.28
今の日本の政治は、現人神制(特殊能力者制)でも天皇制(特殊能力者の子孫制)でも民主制でもなく国会制(日本神道制)である。
日本神道は現人神や天皇のためにある組織ではなく、逆に現人神や天皇が日本神道のために利用されているのだ。[[4874] 日本政府が私の命令を素直に聞かないわけ☆ h20.4.24を参照。つまり、日本政府≡日本神道の本部は、私に関する現人神制を利用して自分達で自由に命令を作って出しているのだ。私が生まれる前には、天皇に関する君主制を利用して自分達で好き勝手な命令を出していたに違いない。国民の反感を買わないように、あまり目立たないように、日本神道の得になるような命令を密かに出していたに違いない。]
日本は国民のためにあるのではなく、現人神のため天皇のためにあるのでもなく、日本神道のためにあるのである。日本は日本神道の組織に占領されているのが現状である。
現人神(特殊能力者)も天皇(特殊能力者の子孫)も国民の一人である。
日本は国民のためにあらねばならない。国会のために国民があるのではなく、逆に国民のために国会があらねばならない。つまり、国会は日本神道の本部ではなく、国民の意志の代表者からなる国の意志決定のための組織でなければならない。
この世から早く現人神制や天皇制や国会制(日本神道制)のような不合理的な制度をなくし、合理的な民主制(国民制)に改めねばならない。

[4903] 日本政府の正体は日本神道である。 h20.4.28
『仮面の忍者赤影』では、日本神道が織田信長の背後にいる顔が見えない人物として登場しなければならなかったのは、戦国時代や江戸時代には日本神道は武家社会の陰で暗躍しているにすぎなかったかったからである。
ところが『超人バロム1』では、日本神道は国民の敵である魔人ドルゲの正体である政治家として正々堂々とテレビ画面に登場している。
したがって、今の日本政府の前身は日本神道であり、日本政府は明治時代に日本神道が改名した組織にすぎず、日本政府の正体は日本神道[の本部]である。

[4904] 民主制が一番いい。 h20.4.28
現人神制や天皇制や日本神道制では、大勢を不幸にする決まりが作られる恐れがある。
たとえそれほど不幸にしなくても、余計な決まりがたくさん作られる心配がある。
大勢を幸福にする決まりなら民主制で決めればいいし、
大勢を不幸にする決まりなら民主制でなくせばいいから、
民主制のほうがいいのである。
そもそも私は自由が好きだから、余計な決りはないほうがいい。

[4905] 『女は裸でいなければならない』法律はできるか? h20.4.29
民主制では法律を決めるのに多数決の方法が取られるが、
国会が男ばかりで投票権が男にしかないと、
『女は裸でいなければならない』法律が決まるかもしれない。
だから、女性の参政権も必要なのである。

[4906] 子供法 h20.4.29
子供はまだ知覚に正しい実在観ができておらず、まだ心は善くなってはいない。[正しい実在観に従う心が善の心であり、正しい実在観に反する(従わない)心が悪の心であるから、知覚にまだ正しい実在観が十分にできていなければ、心は従うものがないから善ではない。]
だから、子供は大人よりも多少大目に見る。

[4907] 日本神道は日本日本神道道である。☆☆ h20.4.29
日本政府≡日本神道は現人神制や天皇制を守る組織ではなく、日本神道自身の幸福のために現人神制や天皇制を利用しているだけである。
だから、日本神道は日本日本神道道である。
日本神道は自分達が普通の人間とは違う人間だと思っているようである。
日本神道の実在観は普通の人間の実在観とは違っている。
日本神道の実在観は正しい実在観ではなく、日本神道の心は普通の人間以下だから[だから戦争や人殺しを平気でする]、日本神道の者はいわば人間よりも下の『イ下』[げ](人偏に下)であり、日本神道は日本『イ下』道[にほんげどう]である。

[4908] なぜ国民にとって日本政府は面白くないのか?☆☆ h20.4.29
日本政府の正体は日本神道≡日本イ下道である。
日本イ下道は国民とは違う実在観を持ち違う心で動いている。
日本イ下道の幸福観と国民の幸福観とは違う。
日本イ下道にとっての幸福とは、人殺しや性欲や麻薬や馬鹿や性転換などである。
だから、日本イ下道が日本を支配しても、国民にとっては面白くないのである。
日本イ下道が日本を支配しても、日本は国民にとって幸福な世界にはならないのである。

[4909] 日本神道の堕落☆☆ h20.4.29
日本神道も昔は真面目に現人神制や天皇制を守る組織であったが、そのうちなんでもできるのをいいことに次第に自分たち自身の悪い心を満足するために現人神制や天皇制を利用するようになったのだ。
まちがった制度には虫が沸[わ]くとはよく言ったものだ。
つまり、現人神制や天皇制には日本神道が沸くのだ。
だから、そもそもは現人神制や天皇制があるのがいけないので、まずそれらの制度をなくさなければならない。
現代では、お金でたいてい普通の欲望は叶[かな]うので、日本神道の者は天皇制や現人神制にかこつけてお金では叶えられない欲望、例えば自分達が人殺しをしたり、他人が人殺しをするのを見て楽しんだり、他人に性欲や麻薬や馬鹿や性転換をさせて他人が落ちぶれるのを見て楽しんだりする欲望を叶えようとするのである。[天皇がちょっと戦い好きだったりH(←裕仁[ひろひと]のイニシャル)だったり薬に手を出したり馬鹿だったり、私がちょっと口紅を塗ったりしたことを日本政府が大げさにして国民にやらせているのである。(私は子供のとき母が楽しそうに化粧をしているのを見て化粧が楽しいことかと思って一度だけ試してみたが、楽しいことではなかったので一度っきりでやめた。)今の日本神道の活動があまり過激でないのは、私が日本神道の活動を抑えているからである。]
つまり、日本政府≡日本神道≡日本イ下道の本部は、国民の生活を妨害するために存在しているだけなのである。
今の日本人の生活が幸福なのは、日本政府によるのではなく国民自身によること、つまり日本政府の妨害に打ち勝って国民自身の力によって達成したことなのである。

[4910] 【元ネタ】明治牛乳 h20.4.29
明治牛乳の明治は明治時代の明治ではなく明治天皇の明治である。
明治牛乳のMEIJIが赤字なのは、明治天皇が戦争つまり血を好むからで、
Mに斜線の三角が入っているのは私(斜視の3本線の川野)を入れているからである。
こんないたずらをするためだけにある日本政府なんか要らない。

[4911] 男尊女卑 h20.4.29
天皇制だと、身分が高いとされる天皇に平民の女性が嫁ぐわけだから、当然男尊女卑になる。
天皇制のもとでは、日本中が男尊女卑になる。
現人神制でも、女性の現人神が出ないかぎり天皇制と同様に男尊女卑になる。
しかし、現代における正しい実在観に基づく民主制では、男女平等である。
男女平等が正しいと考える者が増えれば、逆に天皇制や現人神制が排除されるわけである。

CM…『思い出のアルバム』のコーナーを作った。興味のある方は見てくれ。 h20.4.29

[4912] 日本政府は要らない。 h20.4.30
日本政府は現人神制や天皇制を執行するためだけに存在している機関である。
そもそも現人神制や天皇制がまちがった制度であるから、
日本政府は存在しなくていい。
日本政府があるために、わざわざまちがった現人神制や天皇制がやられるのであれば、
日本政府はあってはならない。

[4913] 税金 h20.4.30
日本政府に払う税金は、神社にお参りをしたときに払うお賽銭と同じである。
日本では宗教の自由(無宗教もあり)が保障されているから、自分が現人神制や天皇制を執り行う日本神道に入りたくなければ、税金は払わなくていい。

[4914] 政治家はなぜ自分が悪いと思わないか? h20.4.30
人間が自分を悪いと思うのは、自分の思考や行動が自分の心や知識と反しているときである。つまり、自分の思考や行動が自分の知覚における正しい実在観に従う心でやっていないときに、人間は自分が悪いと思うわけである。
ところが、政治家すなわち日本神道の幹部は普通の人とは違うまちがった実在観(現人神制や天皇制がある世界)を勉強して、そのまちがった実在観に心が従属しており、そんな普通の人とは違う心で考えたり行動したりしているから、普通の人から見て明らかにまちがった思考や行動であっても、政治家自身の心や知覚に反していないから、政治家自身にとっては少しも自分が悪いと思われないのである。[現人神制や天皇制があるのは、お前ら(日本神道)だけの世界やろがっ!普通の人には、そんな世界はない。]
政治家は現代における正しい実在観(超能力者も含む人間の心がみな平等である民主制の世界)を徹底的に勉強し直す必要がある。

[4915] 国会はコンピューター h20.4.30
国会は日本という機械を制御するコンピューターである。
ただ、コンピューターに入れたプログラムにまちがいがあった。
だから、正常なプログラムをインストールし直す必要がある。
どうしても調子がよくならなければ、いっそのことコンピューターごと取り替えねばならない。

[4916] 戦争は何のためにやるのか? h20.4.30
戦争は、まちがった世界観を信じて気が狂っている政治家が国民が殺されるのを見て楽しむためにやるのである。
どうせ戦争に勝っても負けても最後には話し合いになるのだから、
戦争なんか最初からやる必要はない。

[4917] 国会議員の生態 h20.4.30
国会議員は国会が開催されている150日間は会議をしているが、それ以外の200日あまりは何をしているかわからない。
実際に自分の眼で彼らが何をしているか見た人はいない。
だぶん、そのときは日本神道の幹部として裏で活躍しているのだろう。

[4918] 日本神道は有罪 h20.4.30
社会をよくするためには、正しい思想が生き残り、まちがった思想は滅びるべきである。
日本神道の者は、現人神制や天皇制などまちがった思想を持ってまちがった思想を使って生きている。
日本神道の者が社会に出てまちがった思想を広められたら他人にとって迷惑である。
また、日本神道の者が子孫を残し、まちがった日本神道を末永く続けられても困る。
要するに、日本神道の者に生きていられたら迷惑である。
したがって、日本神道の者は全員解雇か退学に処すべきである。
国会議員は日本神道の幹部でとくに責任重大だから、全員死刑に処すべきである。
[殺されたくなかったら、超能力者や超能力者の子孫に人間が従わねばならない理由を言ってみろ!]

[4919] 現人神制がある国は危険である。 h20.4.30
現人神制がある国では、その国の政府が現人神制を使って何をするかわからない。
外国からの旅行客に対してもそうである。
例えば、超能力者がブロックや組合せパズルで遊んだことがあり、生まれてから一度でも「外国人」や「嫌い」と言ったことがあれば、政府が超能力者の使った言葉を組み合わせて『外国人が嫌いだから殺してもいい』法律ができる。(こんな方法だったら、たいていどんな法律(命令)でも作ることができる。)さらに、その超能力者が不言実行タイプだったり生まれてから一度でも何かないしょでやったことがあれば、その法律を一般に公布せずに政府が勝手に実施してもいいことになる。
だから、現人神制がある国には旅行しないほうがいい。

[4920] 政府は責任を取れ! h20.4.30
この前私が現人神制や天皇制などの君主制がまちがった制度であることを証明した。
それで、政府はこれまでの方針を改め、現人神制や天皇制をやめようとしている。
しかし、政府が現人神制をやめるだけではいけない。
政府はこれまで現人神制でやったことについて国民(超能力者であった私も含む)に対してきちんと責任を取らねばならない。政治家がただ死ぬだけではすまない。

[4921] 天皇制や現人神制で国は潤[うるお]うか? h20.4.30
これまでに、政府が天皇制や現人神制でくだらないこと(例、性欲、残酷、馬鹿、性転換)を流行らせたことはたびたびあったが、反対に国をよくすることを流行らせたことは一度もない。[もっとも、悪いことをやめたことはたまにあるが(例、暴力団)。]
日本政府は国民の幸福な生活を邪魔するだけで助けたことは一度もない。
だから、いくら天皇や現人神が正しいことをして一生懸命に頑張っても、政府は天皇や現人神の短所だけを拾って流行らせようとするから、国が天皇制や現人神制で善くなることはないのである。天皇制や現人神制で国が潤うなんてことは絶対にない。[瀬戸内海大橋ができた後で、私の故郷の高知の食べ物はまずくなった。私が学生時代にスーパーのおかずばかり食べておいしい食事を摂らなかったので、日本中でおいしいお米が手に入らず日本人の食生活が貧しくなった。パン食が流行ったのは、私が高知学芸中学高校生のとき毎日お昼に久保ベーカリーの出張販売のパンを食べていたからだと考えられるが、特に食パンが流行ったのは私が学生時代に本(→食パン)ばかり読んでいたからと、私が名古屋で働いていたときおいしいお米が手に入らなくて食パンをトースターで焼いて湯煎したレトルトカレーをつけて食べていたからだ。私が大学卒業後、派遣会社に勤めて工場の作業員として薄給で働いたので、今の日本は不景気である。反対に、仮に私が学生時代毎日美味しい物を食べ、大学卒業後会社の社長になったとしても、日本は何にも変らなかっただろう。なぜなら、日本政府の力で日本中の食事を美味しくしたり給料をよくしたりすることはできないからだ。]
天皇制や現人神制で得をするのは、それらの制度でいたずらをして喜ぶ日本神道の馬鹿議員だけである。[ただ、国会議員≡日本神道の幹部の命令に従って働いた日本神道の組員は、働きに応じてよい待遇に置かれるようである。]
たとえ、外国が絡[から]んだとしても、どちらの国にとっても宗教は損なことをするだけで利益になることはしない。
つまり、宗教の者はどこの国でもみんな意地悪なのだ。

[4922] 女の愛情について h20.4.30
私の母は、私に対しては赤ちゃんの頃から優しさがあると言って好きだったが、弟に対しては赤ちゃんの頃からかわいげがないと言って好きでなかった。
つまり、女の自分の子供に対する愛情は一律ではなく、子供によって好き嫌いがある。
でも、弟が白血病で入院したときには、パートタイムの後で毎日バスで片道1時間の道を病院まで通って付き添いに行ったし、かわいそうになると愛情が湧くのだろう。しかし、そのせいで疲れが溜まって肺炎(気胸)に罹ってしまった。[いくら愛情のためだとはいえ、あんまり無理をしてはいけない。]

[4923] 東大生へ告ぐ h20.4.30
東大は日本政府の予備校である。
日本政府は日本神道の本部である。
だから、東大生は日本神道の予備軍である。
いくら東大生が試験の知識が豊富でも、
日本政府が日本神道の本部であることを知らないと、
入った後で後悔するぞ。
[私も医者を辞めた後、父親に国家公務員になれと言われたが、難しすぎるので受験する気にもなれなかった。]

[4924] 天皇はどうして神なのか? h20.5.1
昔から天皇は日本人にとって神だとされてきた。
でも、どうして天皇が神なのか?を考えた者はいなかった。[昔からリンゴが落ちるのを見た人は大勢いるが、リンゴがどうして落ちるか?を考えたのはニュートンが初めてだったのと同じことだ。]
天皇が神とされるのは、初代天皇の神武天皇が光の玉を出す超能力が使えたからである。
これ以外の理由はない。
つまり、超能力が使えたことが神(現人神)の定義なのだ。[この定義は、日本だけでなく国際的に通用する。]
したがって、厳密に言えば、超能力が使えた初代神武天皇だけが神であり、2代目以降の天皇はその子孫にすぎず、親が超能力者だったということで君主になった者にすぎないから、2代目以降の天皇制は現人神制ではなく君主制である。[日本神道⊃日本政府が天皇制を悪用して、日本で『馬鹿息子制』を流行[はや]らせてきた。]
もっとも、超能力者は特定の超能力が使えた者にすぎないから、人間が従わねばならない神とは概念的に別である。だから、そもそも超能力者に関する現人神制は成り立たないし、したがって超能力者の子孫制である天皇制も成り立たない。
この私についても、天皇が神だとされているように私も神だとされていると考えている者が多い(とくに戦時中に育った者に多い)が、それは誤解である。私が神だとされているのは、私が1〜2歳頃に家の中のガラガラを回したり小さな物を動かしたりする超能力が使えたからであって[私が2歳3ヶ月のとき、それまで住んでいた高知市朝倉の鴨部[かもべ]から若草町県営住宅23号に引っ越したから、カルガモの引越しというのである。]、超能力を使った初代神武天皇が神だとされているのと同じ理由であって、2代目以降の何にもない天皇が神だとされているのとは訳が違う。
もっとも、私も神武天皇も実際にはただの超能力者にすぎず、人間が従わねばならない神ではないが。

[4925] なぜ私の超能力が消されたか? h20.5.1
私は赤ちゃんのころに超能力が使えたが、今の私は超能力は使えない。[ペンギン←天使は空を飛べるが、人間は空を飛べないので、超能力が使えなくなった私はペンギンに喩えられるのだ。『パーマン』←スーがスーと消えてパーマンだ♪←超能力が消えて普通の人間になった。&私が小学3〜4年生ごろ県営住宅の遊園地(児童公園)で遊んでいるとき、滑り台の近くにパーマンバッジが落ちているのを拾ったことがある。]
私は4歳頃から後の記憶があるが、自分が超能力を使った記憶はまったくない。
ただ、私が小学2〜3年生の頃、母から、昔鴨部に住んでいた頃[私が、1歳から2歳3ヶ月まで。それ以前は、私の身体が悪かったので病院に通うために高知市升形[ますがた]の富田小児科の近くに家を借りて母とふたりで住んでいた。]、家の中でガラガラが突然回ったり、家の中の物[具体的に何かまではわからない]がときどき動くことがあったのを聞いたことがあるだけである。[私は、そのときの母親の口ぶりからこの話が事実であったと信じている。]
私の超能力がなくなった原因は、自然消退説と人為消去説が考えられる。
私が小学3〜4年生の頃母から聞いた話では、私が子供の頃に突然息が止まって顔が真っ青になって死にかけて母が大急ぎで走って富田小児科まで連れて行ったことがあったそうだ。当時私がこの話しを聞いたとき、家から小児科までは遠いので時間的に間に合わないような気がした。
日本では神武天皇が光の玉を出す超能力を使った後で神だとされたから、神であるためには超能力を1度でも使ったことがあればいいし、神の正体が超能力者であることがみんなにばれたらみんなが神だと思わなくなるから超能力を使えないようにしたほうが日本神道にとって有利であると考えて、日本神道の者が赤ちゃんの頃の私の超能力を人為的に消したと考えられる。[西洋の『洗礼』の儀式が、キリストやモーゼなどの超能力者の超能力を消すために赤ちゃんの頃の超能力者を水に入れて息を止めさせたことを言っているように思われる。『天使』というのも、超能力者が超能力を使ったのは赤ちゃんの頃だったことを言っていると考えられる。]
したがって、息が止まった私を大急ぎで病院まで連れて行ったという母の話は嘘で、家の中か病院かどこかで私の超能力を消す処置をしたと考えられる。

[4926] なぜ超能力者の超能力が消されたか? h20.5.1
超能力者の超能力が危険だからではなく、宗教が現人神制を使って悪事を働くためである。[近年は悪事がはっきりしすぎると犯罪に取られるので、あまりはっきりしないようにわざとにぼかしてやっている。したがって、悪事のほとんどは他人の足を引っ張ったり、他人の幸せの邪魔をしたりするいたずらである。しかし、ときには殺人に及ぶこともある。宗教の者はもっと健全なこと(例えば、ソクラテスが言ったように『善く生きる』こと)を喜びにしなければならない。私の実在哲学によれば、心が善いとは知覚に正しい実在観があることだから、正しい実在観を考えることが善く生きることである。だから、正しい実在観を考えることを生き甲斐にすればいいのである。女性は女性の関心があることについて正しくマイペースで考えて行けばいいのだ。例えば、どうすれば自分が美しく見られるか?について考えて行けばいい(冗談)。これはフランス流であって日本流ではない。そういえば、私が名古屋で働いていたとき(今から約11年前)、夜勤から昼勤のリーダーになった松阪さん(当時45歳ぐらいの男性)が休憩室でオーシャンデリーゼ♪と大声で歌っていた。そのために、日本の建物が私が嫌いなフランスぽくなってしまった。大急ぎでもとに戻せ!]
超能力者の超能力は、そもそもエネルギー的に小さいので危険なものではない。[神武天皇の念光力は懐中電灯と同じだし(→相撲の猫騙し[ねこだまし]の技(←私は猫舌)。顔の前で手を叩かれると、頭の中で火花が飛んで隙ができる。神武天皇が光の玉を出して奇襲戦法で戦いに勝ったことによる。舞の海(←私が念動力でカラガラを回した)や皇司[おうつかさ](←神武天皇)の得意技。Wikipedia「猫騙し」を参考にした。)、私の念動力は近くにある軽い物を動かすことしかできないから、どちらにしても危険なものではない。]
宗教にとっては、超能力者の超能力を消したほうが神の定義がばれにくいので現人神制がやりやすく、
昔から宗教が何らかの方法で超能力者の大脳を死なない程度に酸欠状態にして(水につけたり→洗礼、薬を使ったりして→私が子供の頃のマンガには眠り薬がよく登場した)超能力が使えないようにしてきたと考えられる。
[しかし、私が神の定義を明らかにしたからもはや現人神制は成り立たず、今後は宗教が現人神制を使えないから、超能力者の超能力を消す必要もない。超能力は先天的に与えられた才能を個人が鍛えて強めた能力だから、他人が消してはならない。]

[4927] キリストの超能力について h20.5.1
キリスト教は、キリストに哲学の才能があったために広まった宗教ではなく、キリストが超能力者であったために神制(現人神制)でやっている宗教活動にほかならない。[私に関する現人神制の場合には、私が中学高校生の頃着ていた学生服→制服→世界征服の駄洒落によって、世界中に広めようとしたと考えられる。]
キリストの超能力は、身体の一部が光る念光力か念動力かがあっただけで、聖書にあるような盲[めくら]の病人を治したりパンを増やしたりする派手な能力ではない。それらは宗教家が考えた汚い作り話である。
モーゼの超能力についても、町にバッタの大群を降らせたり海を割ったりするような大袈裟なものではなく、タライの水を動かす程度の念動力とテレパシー能力であっただろうと考えられる。
シャカの超能力についても、身体の一部が光る念光力か念動力かぐらいだろう。シャカについては哲学の才能もあった。
モハメットの超能力も、おそらく念光力か念動力であったと思われる。モハメットがやったことを信仰行為とするイスラム教は面倒くさいので、いそがしい日本では人気がない。
昔は今のように民間宗教がたくさんなかったから、儒教や道教やヒンズー教のような特殊な例を除けば超能力者の現人神制による宗教しかなかったと考えられる。

[4928] 超能力者の性格について h20.5.1
宗教の聖典に書かれている超能力から逆に考えれば、超能力者の性格がわかる。
キリストは性格が見栄っ張りで大袈裟なので、超能力(奇跡と呼ばれている)があったことを公開したうえで、実際にはなかった超能力まで付け足しているのだ。
シャカは誇大妄想的な性格だったので、超能力で何でもできたとされている。
モハメットはみんなとの一体感を重んじたので、超能力を隠したのだ。
神武天皇は[私も]正直な性格だったので、事実をありのままで伝えているのだ。
このように、超能力者に実際にあった超能力(念光力か念動力)に、その超能力者の性格を加えたものが、聖典において超能力者の超能力とされているのだ。

[4929] 外国の政府について h20.5.1
日本政府が日本に現われた超能力者(神武天皇や私)に関する現人神制(神とされている超能力者に人間が従わねばならない制度)で国民(超能力者も含む)にいたずらや意地悪をしているように[超能力者がいない時代には、天皇制でやはり国民にいたずらや意地悪をして遊んでいる。]、
外国の政府も、ある超能力者に関する現人神制で国民にいたずらや意地悪をしている。例えば、キリスト教の国では、政治家がキリストの教えで国民をHな馬鹿に変えて不幸にして喜んでいる。
しかし、そもそも超能力を使ったことのある超能力者と人間が従わねばならない神とは別の概念だから、現人神制はまちがった制度なので、世界的に現人神制をやめねばならない。政治家の現人神制を使った遊びもここで終わりにしなければならない。

[4930] 民間宗教について h20.5.1
クロネコヤマトが郵政省のまねのように、
民間宗教は国家宗教のまねである。
国家宗教が現人神制をとっているように、民間宗教は教祖制をとっている。
国家宗教では、超能力者に国民が従わなければならないとするように、
民間宗教では、ある特定の人間(教祖)にその宗教に入っている他の人間(幹部や信者)が従わねばならないとする。
しかし、共通の正しい実在観を持っている人間の心は平等だから、現人神制も教祖制もまちがっている。
だから、国家宗教も民間宗教も成り立たない。
もっとも、教祖が正しい考えを持っていて、それをその宗教に入っている者が学ぶ場合は別である。それは宗教というよりも勉強会である。

[4931] 超能力者は進化した人間か? h20.5.1
超能力者は、これまでの人類にはない器官を持っているから進化した人間だと考えられる。
しかし、人間が他の者に従うのは、その者の持っている正しい考えに従う場合か、あるいは、国民の意志の代表者が国会に集まって国民共通の意志を多数決で決定した場合だけである。[他に、町内会や会社でルールを決める場合もある。]
つまり、超能力器官の有無と従わねばならないか否[いな]かは別である。[生物学上の進化と支配従属関係を混同してはいけない。例えば、テレパシー器官を持っている人間は人間よりも進化した者かもしれないが、だからといってテレパシーが使える者にテレパシーが使えない者が従うことはない。]
だから、たとえ超能力者が進化した人間であったとしても、それでもやはり超能力者に他の人間が従わねばならないことはない。

[4932] 超能力学 h20.5.2
人類の中にときどき普通の人間にはできないことができる超能力者が現われることは、ずいぶん昔からすでにわかっていることである。
超能力者についての観察データも今日[こんにち]ほど正確ではないにしろ、すでに十分溜まっている。
東大理科3類の図書室か国会の図書館の奥深くには、超能力者に関する資料が保存されていて、それらに関する研究もかなりされているはずだ。[私が中学3年生のとき数学を習った東大出身の山野上昭光[やまのうえあきみつ]先生の話によると、東大理3の標本室にはプロレスの試合の最中に突然身体が内側から燃え出したプロレスラーのプロテクター(金玉を守る金具)が保存されているそうだ。これはいわゆる“人体発火現象”であるが、超能力とは見なされておらず一種の病気だと考えられている。超能力は有害ではないが、人体発火現象は本人にとって有害だからである。人体発火現象も超能力に劣らず非常に稀な現象である。]
つまり、『超能力学』が、公[おおやけ]にされてはいないが、すでに存在しているのである。
これまでに実際に現われた超能力者についての観察事実からわかっていることは、
人間の超能力では、身体の一部分が光る念光力か軽い物体がちょっと動かせるぐらいの念動力しかできないことである。[あとは、テレパシーで幻聴や幻視があるくらいだ。]
だから、長南年恵[ちょうなんとしえ]のような物質化とか、食器棚の扉が急に開いてお皿が飛び出してくるようなポルターガイスト現象は、超能力に詳しい者にとっては最初から嘘の作り話だとわかってしまっているのである。

[4933] 日本政府はなぜ私の命令に従わないのか? h20.5.2
私はこれまでの人生で他人の命令を無視したり他人の命令に逆らったりしたことがある。例えば、私が九州大学医学部付属病院で研修医をしていたとき、重松[しげまつ]助教授の回診で私の患者さんを診たとき、口が動かしにくくて話がしにくくなる薬(セレネース)の副作用が出ていたので、重松助教授が薬を増やせと言われたのに、私が納得できずに勝手に自分で減らしたことがある。そしたら、たしかに副作用は軽くなったが、せっかく患者さんが聞こえなくなっていた幻聴が再び聞こえるようになってしまった。[セレネースはテレパシー器官を抑制する効果があるのかもしれない。]それで、指導医の斉藤考由[さいとうたかよし]先生に怒られて急遽薬を増量したが、幻聴はなくならなかった。あと、肺癌かなんかの患者さんで私が点滴を指定された時刻に始めねばならなかったのを、ちょうどその日が精神科の運動会でいそがしくて指定した時刻に1時間ぐらい遅れて薬が結晶化して使い物にならなくなったことがある。[これは命令に逆らったのではなく、私の失敗あえて言えば命令無視だが。]その薬は結構高かった(1回2万円ぐらい)。それから、私が子供の頃弟とケンカしたとき、親がけんかをするのをやめろといっても私はなかなか聞かなかった。
私が他人の命令を聞かなかったことに日本政府が“従って”、私の命令を無視したり私の命令に逆らったりしているのである。
現人神制は現人神(超能力者)に人間が従うことだが、普通はそんなことまで従うとは言わない。
もっとも、そもそも現人神制自体がまちがっているのだから、制度の中身について細かいケチをつけても仕方がないが。

[4934] 現人神制は法律ではない。 h20.5.2
天皇制は日本国の法律ではっきりと規定されているが、現人神制については何の規定もない。
それなのに、国会議員は密かに現人神制を使っていろんなことをやっている。しかも、いちいちこれまでの法律と矛盾しているかどうかなんて考えていない。法律よりも現人神制を優先している。だから、ときには殺人事件も起こることがある。
国の法律に定めていない法を国会議員が勝手に作って使ってはいけない。もし、そんなことが許されたら“近所の気に食わない者を殺してもいい法”を勝手に付け加えて殺してもいいことになる。それでは独裁制であって、民主制ではない。
その法がまちがった法であればなおさらだ。[天皇制もまちがった制度だから本来はやってはならない。天皇制がまちがった制度だからといって他のまちがった制度をやってもいいことにはならない。]
しかし、そもそも国会議員は現人神制をやるためだけに存在しているのであり、現人神制がまちがった制度だから、それを執行する国会議員も存在してはならないことになる。[日本国憲法の最初に天皇についての規定があるのは、国会が天皇制をやるためだけに存在している機関であることを言っているのである。しかし、現人神(超能力者)がいる時代には、天皇制よりも現人神制を優先している。しかし、実際には、それは天皇制でも現人神制でもなく、日本神道が天皇制や現人神制を利用して日本神道自身のためにやっている日本神道制にほかならない。要するに、国会はまちがった制度をするためだけにある機関である。それなら、日本神道に入っていない日本人で、まちがった現人神制や天皇制(実際には日本神道制)をやらない正しい民主制をやる新しい国会を作ればいい。そして、現人神制や天皇制(実際には日本神道制)をやる古い国会と民主制をやる新しい国会が戦って、新しい国会が勝てばいい。]

[4935] 超能力者は人間であるか否か? h20.5.2
テレパシー器官がある者が法律的には人間と区別されていないなら、他の超能力器官がある者も法律的には人間と同じはずである。
生物学的には超能力者は普通の人間にはない器官があるから人間と区別されるかもしれないが、法律的にはそんな区別はない。
たまに念力で光の玉を出したり軽い物がちょっと動かせただけで、いちいち人間と区別する必要は日常生活においてはないからである。

[4936] オカルト h20.5.2
オカルトは、これまでに現われた超能力者の超能力をもとにした作り話である。
例えば、神武天皇が出した光の玉は、飛行機の中に現われた球電やミステリーサークルを作った謎の光の玉[ミステリーサークルは、私が小学5〜6年生のとき友達といっしょに近所の山に空飛ぶ円盤を探しに行ったことをもとにして作られた(不思議同好会→ミステリーサークル)。]やデジカメのバグで写ったオーブなどに、私のガラガラを回した念動力は、空飛ぶ円盤に[とくに王の字が付いた円盤の写真がそれを表している。私が子供の頃に作ったプラモデルのモーターの歯車が空中で回っている空飛ぶ円盤の映像もあった。葉巻型円盤は私のおじいさんが葉巻を吸っていたことがあるのと、葉巻型円盤の写真は私が子供の頃によく乗って遊んでいた列車の写真を夜中にピンボケで写したものだ。宇宙人の解剖は、私が医学部で解剖実習をやったからである。]、家の中の軽い物をちょっと動かした念動力は、突然空中にコップや刃物などが飛び交うポルターガイスト現象に喩えられている。
オカルトの意味が“潜在”であるのは、超能力が公に知られていないからである。
各国の政府が作家に命じて超能力者の超能力をもとにしたおもしろ怖い作り話を作らせているのである。

[4937] 虚舟の蛮女 h20.5.2
虚舟の蛮女[うつろぶねのばんじょ]とは、江戸時代に茨城県の海岸に地球に不時着したUFOが流れ着いたという話である。参考
虚舟の蛮女の話は、私の家で使っている古い電気釜とか私が小学2年生ごろに調べた学校の図書館にあった古い本に載っていた昔の電気記号とか私が好きだった鰈[かれい]の南蛮漬けとかをもとにして、最近の作家が作り出した架空の作り話である。つまり、虚舟の蛮女が載っている『兎園小説[とえんしょうせつ]』の古文書の記録からして全部が全部作りごとなのだ。
古代インカ帝国のスペースシャトルに似たオーパーツや水晶ドクロも、本当は私に関する現人神制で最近日本で作られた物である。縄文時代の宇宙人の壁画(←県営住宅の壁の落書き)とか恐竜土偶(←私は小学生のとき恐竜の図鑑を読んだことがある、東京の科学博物館でチラノザウルスの化石を見たことがある、歴史の教科書に土偶の写真が載っていた。ドグウ←グ←ノブ←延夫(私の名)、幼稚園でやった粘土工作)とかも、全部私に関する現人神制で政治家が作家に作らせた作り話である。[私は子供のとき、ときどき嘘の作り話をすることがあった。]

[4938] 学校教育の目標 h20.5.2
学校では、子供が自分で論理的に考えられるところまで指導すればいい。
論理がわかれば、あとは自分で考える気さえあれば自分ひとりで考えて行ける。

[4939] 天皇は建国者の子孫 h20.5.2
天皇は日本の建国者であった神武天皇の子孫と考えればいい。[建国者とは、いわば日本という会社の創設者である。]
そうすれば、天皇は建国者の子孫としての地位を保てるし、建国者は人間が従わなければならない者ではないから、国民は建国者の子孫である天皇に従わなくてもいい。したがって、日本は天皇制ではなく民主制でやって行ける。
ついでに、超能力者は超能力器官がある人間と考えて、人間が従わねばならない神だと考えてはならない。

[4940] 代表者 h20.5.2
人間の心は生まれつき違うから、たとえ心が知覚にある共通の正しい実在観に従っても、心(意志)は同じにはならない。
同じ心(意志)を持った者同志が集まって、同じ心(意志)を持った者の集団ができる。
同じ心(意志)を持った者の集団から任意に一人抽出した者を、その集団の代表者という。
実際には、自分達の集団に有利にするために、話し合いが上手な者を選んで代表者とすることが多い。

[4941] なぜ私は体育が苦手だったか? h20.5.2
私が中学3年生のとき体育の鉄棒が逆上がりができないほど苦手だったので、放課後体育の大野先生の鉄棒の補習を3週間ぐらい受けてなんとか逆上がりと前回り降りができるようになった。
しかし、逆上がりと前回り降りができてもうれしくなかった。
それは、私の心が生まれつき運動が好きではないからだ。
人の心は生まれつきそれぞれ違っていて、運動が好きな者がいれば運動が好きじゃない者もいる。[人生はそういうふうにして一人一人違った道に分かれていくものだ。]
私はもともと運動が好きじゃないから、運動が多少できるようになってもうれしくなかったのだ。
私の心には運動欲(筋肉欲)がないので、いくら運動しても運動ができてもあまりうれしくはないのである。
私の心にとっては運動ができてもうれしくないから、運動が苦手なままだったのだ。[私はたとえ運動音痴でも、自分の身体が健康であればそれでいいと考えている。だから、私は小学生の頃毎日外で遊んでいたのだ。今の私の体重は100Kgを超えているから、今では逆上がりもできやしない。]
つまらないことをやって時間を無駄にしただけだ。
その体育の先公が馬鹿だ[と誰かが幻聴で言っていました]。
実際、その体育の先生は馬鹿で有名だった。

[4942] 日本人皆殺し法 h20.5.2
日本人は日本神道に入っている者と入っていない者の2つの組からなる。[[4748]図参照。日本神道が現人神制や天皇制でいたずらや意地悪ができるためには、日本に日本神道に入っていない者が大勢いなければならない。終戦後アメリカが日本人みんなが日本神道の者だと考えて天皇制を残したのは、アメリカ人が馬鹿だ(日本について十分詳しくなかった)からである。特攻隊は戦時下における日本神道による日本神道以外の日本人に対するいじめである。]
日本神道に入っている者は常識のないきちがいの人間以下の者であり、日本神道の者がいないほうが日本が善い国になるから、日本神道に入っていない者が日本神道に入っている者を殺せばよい。[現人神制がまちがった制度であることもわからないほどの馬鹿には、人間として生きる資格はない。]
今から1年以内に日本神道を潰せなかった(つまり、日本神道の者を皆殺しにできなかった)場合には、日本人全員を日本神道の者とみなし、日本人皆殺しを世界中の人間に命令することにする。

[4943] 宗教とは何か?《まとめ》☆ h20.5.3
超能力者を神とし、超能力者に人間が従わねばならないとする現人神制を執り行うことが宗教である。[人間が使える超能力は、光を出す念光力と軽い物体をちょっと動かす念動力の2種類しかない。]例えば、超能力者であったキリストに関する現人神制を行うことがキリスト教であり、超能力者であったシャカに関する現人神制を行うことが仏教であり、超能力者であったモハメットに関する現人神制を行うことがイスラム教であり、超能力者であった神武天皇や私に関する現人神制を行うことが日本神道である。[だから、儒教や道教やヒンズー教などは、たんなる思想であって宗教ではない。つまり、儒教や道教やヒンズー教などは、宗教をまねて、超能力者の代わりに人間が神となった人間宗教である。]
日本では、宗教と政治とが一体化している。つまり、国会議員は日本神道の幹部であって、日本政府は日本神道の本部である。外国でも、おそらく日本と似たものだろう。[もっとも、中国に儒教や道教がありインドにヒンズー教があるのは、中国やインドでは昔から現人神制をまちがった制度であると考えていることの表れだと見ることができる。今の中国やインドは日本とあまり違わないから、現人神制があるからといって社会が発展するわけではない。ヨーロッパではむしろ現人神制が社会の発展を妨害してきた。]
実際には、宗教団体がやっているのは超能力者に人間を従わせる現人神制ではなくて、宗教団体が現人神制を利用して宗教団体以外の人間(超能力者も含む)に対していたずらや意地悪をする(ときには殺人に及ぶこともある)宗教団体制である。[税金も一種の意地悪である。]
しかし、そもそも人間が従わねばならないのは、実在(人間の心を含む)であって、超能力者ではない。[人間が実在に従わねばならないのは、実在する物質に固有の性質があるからである。]だから、現人神制はまちがった制度である。したがって、宗教団体はまちがった考えを持っている集団にすぎない。宗教とは、いわば、現代において天動説を信じているようなものだ。動いているのは地球であって天空ではないように、人間が従わねばならないのは実在であって超能力者ではない。現代において天動説を信じている者が科学音痴であるように、現代において現人神制を信じている者は哲学音痴である。

[4944] あなたは超能力を信じるか? h20.5.3
現在の科学でわかっているのは、自然の一部分にすぎない。
自然界には、まだわれわれ人類の知らない現象がたくさんあるのだ。
つまり、科学にも『無知の知』がなければならない。
実際に、超能力者がいないと考えるよりも超能力者がいる(稀ではあるが)と考えたほうが、社会現象の説明が付きやすい。これまで理由がわからなかったことがわかるようになる。
ならば、超能力者はいると考えるべきだ。

[4945] 神は万能学者? h20.5.3
神とは人間が従わねばならない者である。
人間は、他人の正しい知識に従う。
したがって、もしも万能学者がいれば、人間はその者のすべての考えに従うことになる。
でも、実際には、今日[こんにち]では学問の分野が広くなりすぎたから、中世のレオナルド=ダビンチのような万能学者は現われないだろう。[最後の万能学者といわれたポアンカレでさえ、相対性理論ではまちがったではないか!?]

[4946] 民間企業の生き甲斐とは? h20.5.3
日本政府は現人神制をやるが、民間企業は現人神制をやらない。[ただ、民間企業に勤めている者の中には現人神制をやる日本神道の者がいる。]
最近、日本政府の力が弱まってから、民間企業が格好のいい者ばかりを採用するようになってきている。
しかし、忘れてはならない。
人間は見かけのよさのために生きている生き物ではないということを。
これは、民間企業でも成り立つ真理だ。

[4947] マンガ家とは? h20.5.3
マンガ家は空想的なことを絵にするけれども、
マンガ家も現実の生活があって成り立つ仕事である。
現実(実在)がわかっていない者にはマンガ家もやれない。

[4948] 日本神道に対する攻撃 h20.5.3
例えば、日本神道があるマンガ家に私の個人情報を入れたマンガを描かせているとする。
そのマンガ家は上乗せをもらっているから日本神道の一員である。
ところが、一般の消費者は日本神道でない者が多い。
だから、私の個人情報を入れたマンガを買わないようにすれば、売り上げによる収入が減るから、そのマンガ家の利益も減ることになり、マンガ家に対する攻撃ができる。
[本来、私は蹴る殴る系の攻撃が好きであって、陰湿な攻撃は好きではないが、相手が殺すべき人間である場合は手段を問わない。]

[4949] 法は自由に作れるか? h20.5.3
作るだけならどんな法でも作ることができるが、
法が悪すぎると、国を滅ぼしてしまう。
現人神制は生類哀れみの法に劣らぬ悪法である。
日本神道は徳川綱吉に劣らぬ大馬鹿だ。

[4950] 昭和天皇は男でない。 h20.5.3
男が一度言ったことは途中で取り消してはならない。
一度自分を神だと言ったら、たとえ死んでも神だと言い続けるべきである。[その点は、キリストのほうが偉大である。]
それなのに、昭和天皇は他人の顔色を見て途中で人間に変えた。
私は最初から自分を超能力者と言っているので、たとえ死んでも超能力者と言い続けることにする。[ただし、人間は自分の考えの間違いを認めることも大事である。]

[4951] 江戸時代には何でもできた。 h20.5.3
江戸時代は大衆娯楽の花盛りだった。参考
しかし、明治政府ができたために厳しい規制が敷かれ大衆娯楽の大半が失われた。
今の私に関する現人神制でも同様である。
今の文化が面白くないのは、日本政府が行っている私に関する現人神制のせいである。
これもまた、日本政府≡日本神道の本部による現人神制を使った国民に対する意地悪である。
日本政府が倒れ、民主制になれば、日本はずっと楽しくなる。

[4952] 夜警国家≡無政府主義 h20.5.4
ほったらかしでもひとりでに民主主義になる。
だから、政府は要らない。
なぜなら、政府は余計なまちがった現人神制や天皇制をやるだけだからである。
[あとは、塾みたいな学校があったらいい。税金よりは塾の月謝のほうが安い。]

[4953] 戦争はどうして起こるのか? h20.5.4
戦争は、政治家≡宗教家が現人神制や天皇制を使って国民(宗教の者も含む)に殺し合いをさせて意地悪をして楽しむためにやるのである。[政治家≡宗教家は、現人神制や天皇制に則[のっと]れば何をしてもいいと思っているのである。戦争のない時代には、現人神制や天皇制を使って飛行機事故や列車事故などを起こして国民を殺して殺人欲を満足させて遊んでいるのだ。]
つまり、戦争は政治家≡宗教家の娯楽のためにやるのである。
したがって戦争を終わらせるためには、罪のない敵兵と戦うよりも、政治家≡宗教家と戦ったほうがいい。

[4954] 教会とは何か? h20.5.4
外国には、立派な教会が建っていて、日曜日の朝にはそこで神父の話を聞く。
外国に教会が建っているのは、キリストの教えがあるからである。[仏教についても同様。]
日本に教会がないのは、神武天皇の教えがないからである。
日本の政治家がじつは宗教家であるように、外国の政治家もその正体は宗教家なのである。[自分の国に現人神(超能力者)がいなければ、他国の現人神を使ってでも現人神制をやって国民に対する嫌がらせをして喜んでいる。]

[4955] 実在主義は民主主義である。 h20.5.4
共通の正しい実在観に従った人間の心はみな平等だから、実在主義は民主主義である。
人の心は銘々[めいめい]違っているのが自然だから、むやみやたらに統一しないようにしよう。
例えば、医者と数学者は気が合わないが、それで各々[おのおの]の仕事が持っているのだから、それ以上口出ししてはならない。

[4956] バブル景気 h20.5.4
バブル景気の頃は私は医学生だった。
しかし、医学部にいたときも私は全然幸福ではなく、医学が面白くなくて落ち込んでいた。
私は自分が将来お金持ちになることを少しもうれしく思わなかったし、
医学生になったからと言って贅沢な暮らしをしていたわけではない。
だから、他人の目から見ても私の羽振りは全然よくなかった。
だから、医学生の頃の私が景気がよかったから、バブル景気があったわけではない。
政治家が私の友達を使って私が苦手な医学部に進学させて私に不快な思いをさせただけだ。
[バブル景気の元ネタは、私が大学の休みに高知へ帰省したとき、必ず北のおばあさん(父親の母)に会いに行っていたが、あるときおばあさんが「昔鴻ノ森(こうのもり、鴻は[おおとり]と読むの知ってた?)の山の上にお城が建っていたとき、ある晩お城が襲われてお姫様を布団にくるんで城の北にある坂道を蹴落として逃がした」話をしてくれたことがある(→土地ころがし)。[昔の権力者が山の上に城を建てたのは、戦略上の意義よりも、形の上で自分が他人よりも上にいる者であることを示したかったからだろう。]北のおばあさんは私が会いに行くと必ずお金をくれたし(→景気?)、ニチイのスーパーにいっしょに買い物に行ったときに帰りのタクシーを降りるときおばあさんが運転手さんに「つり銭は要らない」と言って後で私に「こうしたほうが今度から早く来てくれる」と言って笑ったことがある(→私に景気のいいところを見せた)。]
お金が儲かるよりも幸せに生きていけたほうがいいから、景気にこだわらなくていい。

[4957] 神武天皇の夢 h20.5.4
神武天皇は実際には地方役人どまりだったかもしれない。
でも、神武天皇が子供の頃、ちょっとだけ日本の統一者になりたいと思ったことがあったのかもしれない。
神武天皇が光の玉を出したのは私と同じ赤ちゃんの頃で、その後ずっと神武天皇の周り[家族や友人や近所]に見張りや念波取り(神武天皇が頭の中で考えたことをテレパシー波を介して感知する人)が付いて[つまり、日本神道が神武天皇の家族や友人や近所に住んでいる人を使って神武天皇がしたことについて報告させたり、テレパシーの専門家を使って神武天皇が考えたことについて調査させたりして]、神武天皇が実際にしたことや頭の中で考えたことを記録して、それらの記録に基づいて神武天皇の体験や願望などをごちゃ混ぜにして神武天皇についての伝記ができているのだ。
神武天皇は自分の超能力に関しては嘘はつかなかったようだ。[実際には、身体の一部が光っただけで、光の玉を出したのではなかったかもしれない。それでも、超能力の原形は比較的よく留めている。人体発火現象が実際にあるくらいなら、身体の一部が光ることがあってもさほど不思議ではない。]
神武天皇の子孫の天皇が日本の統治者になれたのは、天皇が現人神制を悪用しようとする日本神道(現在の日本政府)の者と組んだからだ。[神武天皇を立派に思わせたほうが日本神道に人気やお金が集まりやすいから、神武天皇を立派に思わせる伝記を日本神道の者が作ったのである。神武天皇が子供の頃に作り話をすることがあったので、現人神制では神武天皇の伝記が作り話であってもよいことにされているのである。]

[4958] 女の習性 h20.5.4
女なんか飯[めし]食って何も考えんで生きておるだけだ。
知覚を使いたがらないのが女の習性だ。
しかし、それでは社会全体が馬鹿っぽくなってガラが悪くなるから、
たとえ女でも自分が関心あることについて考えて生きて行ってもらいたい。

[4959] 精神病《まとめ》☆ h20.5.4
人間の心は知覚に従属している。
人間の知覚には『焦燥中枢や抑鬱中枢などの感情中枢やテレパシー中枢を興奮させてはいけない』道徳律があり、その正しい道徳律に心が従いながら生きている。
ところが、オナニーやセックスや麻薬をやって心が性感や麻薬感に従うと、心が知覚にある正しい道徳律に従わなくなる。
それで、心が焦燥中枢や抑鬱中枢などの感情中枢やテレパシー中枢を興奮させてしまって分裂病や鬱病などの精神病に罹る。
『他人の身体を自分の思い通りに操[あやつ]りたい』とか『他人が頭の中で考えていることを覗[のぞ]いてみたい』と強く思うことが、テレパシー器官を働かせるきっかけになる。
自分が気に入らない他人の態度を見て“腹を立てる”ことが、焦燥中枢を興奮させることになる。[自分が気に入らない相手の態度を見て腹が立って、相手の態度を直すために相手の身体を自分の思い通りに動かしたいと思うから、焦燥中枢とテレパシー中枢を同時に興奮させることが多い。]
自分が落ち込むことを必死に我慢して“頑張る”ことが、抑鬱中枢を興奮させることになる。
焦燥中枢や抑鬱中枢などの感情中枢やテレパシー中枢の興奮が鎮まり、心が再び正しい道徳律に従うと精神病は治るが、それまでにはかなりの時間(数年〜数十年)がかかる。


[4960] 国会中継 h20.5.4
NHKは国民から視聴料を取っているから、公正な内容を放送すべきである。
国会はまちがった現人神制をやっている日本神道の中枢である。
国会は、坊主が集まってやっている宗教会談のようなものである。
国会での話し合いは、表面的には民主制でやっているが深いところは現人神制でやっているのである。
NHKが宗教会談を放送して特定の宗教に肩入れするのはおかしいのではないか?

[4961] 真実を教える権利と知る権利 h20.5.5
これまで日本神道のやっていることが公の眼に触れるところに出なかったのは、日本神道の本部である日本政府が表現の自由を規制していたからだと考えられる。
これは学問の自由に反する行為である。
たとえ国会議員(≡日本神道の幹部と言い換えれば、まちがった現人神制を一生懸命やっているただの馬鹿にしか思えない)といえども、真実に楯突くことは許されない。
したがって、世界中の誰でも超能力者や現人神制などの言葉を使って日本神道やその他の宗教のやっていることについて考えてよく、考えたことを放送や出版などによって広く国民や世界の人々に知らせてもよい。むしろ、そうしたほうが未来の人類にとってはよいことである。[あとで宗教の者に攻撃されるのが嫌なら、私のホームページのトップページのアドレス(http://www.h3.dion.ne.jp/~jituzai/)を書き添えておけば守られるであろう。/たしかに外人にとっては日本人の私が宗教学の開祖であることは嫌なことかもしれない。しかし、とにかく日本人の私が宗教学の開祖であることは真実である。それも一つの真実なのだから、真実は大切にしなければならない。真実に背を向けることは人間としては許されない。つまり、嘘をついて私以外の者が宗教学の開祖になってはならないのだ。/私の宗教学をどうでもいいことと思って笑う者がいるかもしれない。しかし、『1円を笑う者は1円に泣く』と言うではないか。どうでもいいかよくないかは、実在のみぞ知る。とにかく、どんな小さなことでも真実は大切にしなければならない。]

[4962] 悪癖の活用 h20.5.5
人間には意地悪をやる癖があるらしい。
でも、どうせやるなら、意地悪の対象を悪人にすればいい。これなら勧善懲悪で社会のためにもなる。
日本神道はまちがった現人神制を信じて心が狂っているから悪人である。
よって、日本神道をいじめるべきである。

[4963] なぜ日本神道はお高ぶっているか? h20.5.5
日本神道にとっては、この世に現人神がいて、現人神に人間が従わねばならないことを信じている。
日本神道は自分達だけが知っているこの世の真理があると思っているから、お高ぶっているのである。
たしかに、この世に現人神つまり超能力者がいることは事実だが、現人神に人間が従わねばならないことはまちがっている。

[4964] 超能力者はほうき星☆彡 h20.5.5
超能力者は星は星でもめったに現れない彗星のようなものである。[初代ミンキーモモのヘアバンドには彗星が付いているし、ヨーロッパ連合の新幹線であるEuroStarには私の姓にある川の字をもじった彗星のマークがあしらわれている。]
この世に彗星があることを知っているのは、たしかに博識である。
しかし、彗星について誤解があるのでは知らないほうがまだましだ。
日本神道は古いまちがった文献を信じきって自分の眼で物を見ようとしない。
現代の科学的知識に照らして超能力者を見るべきである。

[4965] 国会議員は偉いか? h20.5.5
民主制における国会議員は共通の意志を持った者の集まりの代表者であり、国会は多数決で国民の共通の意志を決めるだけである。
だから、民主制では国会議員は偉くない。
一方、現人神制では国会議員は日本神道の幹部だから、現人神に人間が従うことに従って、自分に国民が従うようにできるから偉いことになる。[一般に、国会議員以外の日本神道の者が偉そうにしているのも、同じ理屈による。]
つまり、国会議員が偉いのは現人神制のためであり、現人神制がまちがった制度であれば国会議員は偉くもなんともないのである。

[4966] 【元ネタ】イランイラク戦争 h20.5.5
イランイラク戦争は短く言うとイライラ戦争になる。参考。イライラ戦争があったのは、私が分裂病に罹って気分がイライラして、私が幻聴で自分の悪口を言っている近所の家に乾電池を放り投げて窓ガラスを割ったりしていた頃である。私が夜中に暴れだすと、すぐ近所に住んでいた老夫婦が引越して逃げた。
日本神道がイランとイラクに戦争をさせていたのだ。
ちなみに、化学兵器の元ネタは、私が中学2年生の頃家で乾電池を使って電気分解の実験をして遊んでいたことである。変な臭いのガスが部屋にたちこめていた。乾電池では物足りなくてコンセントの電源を使ったら、とたんに家のブレーカーが落ちた。

[4967] 現人神制は人殺しの道具 h20.5.5
私は小中学生の頃比較的幸せだったが、その頃にも特に幸せな事件は起こらなかった。
つまり、現人神制では不幸な事件しか起こらないのである。
世界中の現人神制を信じている者が現人神制を使って悪事を働くだけなのだ。
悪いことをするのは容易だが、善いことをするのは難しいので、現人神制を信じるような頭では悪いことしかできないのだ。

[4968] 実在制 h20.5.5
現人神制を信じている者は現人神制に則[のっと]れば何をやってもいいと思っている。
それなら、現人神である私が現人神制を信じている者を殺せと命令して、現人神制を信じている者に対して現人神制で攻撃しても、現人神制を信じる者は文句は言えない。
しかし、このやり方では現人神制を信じる者を攻撃する者まで現人神制を信じる者になるのでいけない。現人神制を信じる者を増やすわけにはいけない。
しかし、実在に人間が従うべきであるとする実在制において、現人神制を信じる者がまちがっているとする私の考えが正しいから現人神制を信じる者を攻撃するのはかまわない。
現人神制を信じる者がこれまでに人類に対してしてきたことを考えれば、殺しても十分おつりが来る。

[4969] 天皇制とは何か? h20.5.5
天皇制とは、天皇に日本人が従うことである。
とまでは、一般化できない。
天皇制とは、せいぜい成文化された日本国憲法に規定されている範囲内で、天皇の特権を認めることである。法律の文になっていないことについては、日本人共通の意志(心)ではないから個人の自由である。
そもそも天皇制は、天皇が超能力者であった神武天皇の子孫ということで成り立っている君主制にすぎず、本来現人神制も君主制もまちがった制度であるから、これ以上“従う”意味を拡張して、天皇に国民が従ってはならない。日本神道が現人神がいない時代にやっている馬鹿馬鹿しい天皇制に、国民がわざわざ付き合う必要はない。
たしかに、今のところ天皇制は憲法に規定されているけれども、私は個人的には、天皇は日本の建国者の子孫としてのみ考えるべきであって、天皇に特権を与えることには反対である。

[4970] 現人神制の別解 h20.5.5
超能力者に人間が従わねばならない制度をやめて、その代わりに
超能力者が人間でないと考えて、超能力者が人間についての法律を一切守らなくてもいいとするやり方もある。
つまり、超能力者は人間界の法律を一切守らなくてよいし、超能力者が何をやっても罰せられない。
でも、これでは超能力者にとって有利なだけで、日本神道や他の宗教にとって全然有利にならない。人類にとって一方的に不利である。
しかしながら、物理学において似ているものを同じと見なす近似の概念があるように、実在的には超能力者と人間の違いは小さいから、超能力者と人間をあえて区別する必要はなく、したがって超能力者についても人間とまったく同じ法律を課すべきである。

[4971] 暴力団復活 h20.5.5
暴力団は、日本神道が天皇に国民が従わねばならない天皇制を悪用して歴代の天皇の短所を国民全体に流行[はや]らせるために作った組織である。[ひとりの天皇の短所よりも歴代の天皇の短所を集めたほうが意地悪の幅が広がるので、日本神道は歴代の天皇のありったけの短所を集めて暴力団を使って国民に流行らせているのである。]
天皇の暮らしがさほど不快なものでないにもかかわらず暴力団のような組織ができるのは、日本神道が最初から国民をいたぶることしか考えていないからである。
現在は現人神の私が歴代の天皇の短所をたしなまなかったので暴力団の活動が抑えられているが、私が死んでいなくなったら、日本神道が天皇制を使って再び暴力団を甦[よみがえ]らせることだろう。
そうやって日本神道は日本人を不幸にして喜んでいるのである。
日本神道は人類が滅びるまで現人神制や天皇制を続ける気でいるのだろうか?
人類は私の哲学日記をよく読んで、現人神制や天皇制の仕組みをよく理解して、日本神道やその他の宗教の言いなりになってはならず、世界中から宗教をなくしていかねばならない。[それにしても、いったい日本神道はどういう根拠で現人神制や天皇制が成り立つと考えているのだろうか?]

[4972] 川野教 h20.5.5
キリスト教は一見いい教えのようだが、深く読むと性欲の勧[すす]めにすぎないように思われる。
つまり、キリスト教は、キリストの教えをもとにしてヨーロッパの宗教家つまり現人神制を信じる者が人類をHな馬鹿にして不幸にするために作った意地糞悪いまちがった教えなのだ。
仏教も一見もっともらしい教えだが、よく読むとただ立派ぶっているだけでナンセンスなように思われる。
だから、いくら仏教なんか一生懸命やっても時間の無駄だ。
つまり、仏教もシャカの教えをもとにしてインドの宗教家が人類の幸福のために役に立たないように作った無駄な教えなのだ。
キリストやシャカのもともとの教えはいい教えだったかもしれないが、宗教家が人類を不幸にするためにキリストやシャカの教えを書き変えたものと考えられる。[宗教家が現人神制に従う範囲内で超能力者の教えを書き変えたのである。]
日本については、天皇家には教えがないが、私には教えがあるので私が死んで100年ぐらい経てば『川野教』が日本やその他の国にできるかも知れない。
私自身は正しいことを述べたつもりだが、あちこちまちがいもあるので、正しいところを捨ててまちがいだけを拾って脚色すれば他人を不幸にする教えが作れるかもしれない。
だから、人類は私の原著だけを読んで、宗教家が書き変えたものを読んではならない。

[4973] 「善いことをしろ!」 h20.5.6
私が宗教の者に「他人を不幸にする悪いことばかりしないで、今後は他人を喜ばせる善いことをしろ!」と言えば、宗教の者が悪いことをするのをやめて善いことをするように変ると思っている者がいるかもしれない。
しかし、そもそも宗教の者の心が悪い原因はまちがった現人神制に従うことにあるのだから、宗教をやめて現人神制に従わなくならないかぎり善い心にはならないから、宗教の者に「善いことをしろ」と言っても無駄なのである。
あえて言えば、宗教の者に「宗教をやめろ!」と言うことが一番善いことである。

[4974] 民間宗教について h20.5.6
民間宗教も国家宗教の類推(アナロジー)で考えればよい。
つまり、国家宗教では宗教家≡政治家が現人神制(超能力者に人間が従わねばならない制度)を使って国民を不幸にする悪事を働くように、
民間宗教では教祖が教祖制(教祖に信者が従わねばならない制度)を使って信者や場合によっては一般人を不幸にする悪事を働くのである(例、オウム真理教…もっとも、オウム真理教は、国家宗教で作られた民間宗教であるが。)。[国家宗教では現人神制の適用範囲が国や世界全体に及ぶが、民間宗教では教祖制の適用範囲が教団内に制限されている。]
国家宗教の場合には、宗教家≡政治家が現人神の体験や思考をもとにして命令を作って宗教の部下に実行させているが、
民間宗教の場合には、教祖自身が命令を作って出して信者に実行させている。
つまり、国家宗教の場合には宗教家と神が別だが、民間宗教の場合には宗教家と神が一体になっている。
どちらの場合にも、特定の制度を根拠にして悪事を正当化している。[現人神制も教祖制も実在においてはまちがった制度である。宗教の者は実在と空想の区別がついてない。]
民間宗教は国家宗教のまねごとにすぎない。[どちらにしても国の法律を犯せば犯罪になる。例えば、被告人が国の法廷で「自分は現人神制に従って人を殺しました。」と言っても無罪にはならない。]
ただ、国家宗教よりも民間宗教のほうが“従う”という言葉の意味がまともなようだ。

[4975] 宗教制 h20.5.6
現人神制の実体は宗教制である。[天皇制は現人神がいない時代にやっている君主制である。]
つまり、宗教が現人神制を利用して世界を支配する体制である。

政治家は国家神道の宗教家にほかならない。
日本の国会は日本神道の中枢であり、日本の政治家は背広を着た日本神道の宗教家と考えればよい。[外国についても同様。]
一般に、世界中の国会は宗教つまり国家神道の中枢であり、政治家は背広を着た国家神道の宗教家である。
宗教は何もすることがないので、暇つぶしに国民や現人神に対する意地悪ばかりやっている。
宗教が世界を支配する体制そのものがまちがっている。なぜなら、人間が従わねばならないものは、実在か多数決で決めた国民共通の意志だけであって、宗教ではないからである。
そもそも現人神制がまちがった制度であれば、宗教が国民の上に立つ根拠もないわけだから、宗教は国民よりも上ではない。だから、国民が宗教に対して自由に攻撃できる。[むしろ、宗教はまちがった現人神制を信じているのだから国民よりも下である。]

[4976] 【物理学】周天円 h20.5.6
昔の人は空にある星のうち太陽といくつかの星が特別な動きをしていることに気が付いた。
そこで、太陽と特別な動きをしている星(惑星)が地球を中心にして円軌道で回っており、その他の星は天球に張り付いて動いていると考えた。
しかし、実際には太陽系の惑星は太陽を中心にして回っているのだから、太陽が地球の周りを回っており、その太陽の周りを他の惑星が回っているのだから、惑星の運動は円軌道からずれることになる。
そこで、惑星の運動を正確に表すためには“周天円”を付け加えねばならなかった。
これがプトレマイオス(A.D.90〜168)の宇宙である。[望遠鏡のない時代に肉眼だけでこれだけのことができたのは驚異的である。]
いつしか、天体の運動とはそういうものだと誰しも考えるようになった。
しかし、そのうち誰かが、惑星の軌道に周天円が加わる理由を考えた。どうして惑星の運動には周天円が加わるのか?を考えた。[現代の政治において民主制に現人神制が加わるようなものである。]
すると、惑星が地球を中心にして回っているのではなく、太陽を中心して回っているためだとわかった。惑星が太陽を中心にして回っていると考えると周天円が要らなくなった。惑星の運動が簡単に統一的に描けることがわかった。
そうすると、地球も太陽の周りを回っているのでは?と考えたくなった。
そうして、ここに地動説が誕生したのである。
地動説を正当化するためにガリレオ力学やニュートン力学が考え出された。

[4977] 現代における神 h20.5.6
神とは人間が従わねばならない者である。
原則的には、共通の正しい実在観に従う人間はみな平等だが、
実際には、お金や[知覚、運動、芸術などの]才能がある者に人間は従わねばならない。
だから、お金や才能がある者が現代における神である。[アメリカっぽい。]

[4978] 個人情報に関する法律 h20.5.6
お金や物や身体など個人の財産が個人のものであるように、
個人の持っている個人情報も個人のものである。
だから、例えば、マンガ家が他人の個人情報を無断で勝手に使ってマンガを描いてはならない。
他人の個人情報が欲しければ、個人情報を売っている者からきちんとお金で買って使用しなければならない。
無許可で他人の個人情報を使うと、後で罰せられる。
死人の個人情報に関しても、生人と同様とする。だから、例えば、聖徳太子や小野妹子のマンガを描いてはならない。しかしこれでは歴史の教科書や偉人伝が書けないことになる。だから、事実の場合はよいとする。事実に想像を加えるといけない。他人に知られてはいけないことをすることがそもそもまちがっているから、事実でありさえすればたとえ本人が嫌がることでも公表してよいとする。
したがって、事実でありさえすれば任意に無断で公表してもよいが、マンガ等の創作に他人の個人情報を用いることは売られていない個人情報に関しては禁止する。

[4979] 芸能界 h20.5.6
芸能界も政治家≡宗教家が現人神制でやっていることである。
芸能人の名前とか顔の雰囲気とか、歌の題とか歌詞などはすべて現人神制で決められている。
テレビ番組のタイトルとかテーマなどもすべて現人神制でやっている。

[4980] マンガ家には道徳がない。 h20.5.6
どのマンガの主人公のキャラクターを見ても顔が似ているし、話の共通点も多い。
だから、“マンガのもとになる人”がいることは、マンガ家なら容易に察しが付くはずだ。
その理由についてまではわからないかもしれないが、
どんな理由があるにせよ、ある特定の人物を勝手にマンガにすることがいけないことぐらいは大[だい]の大人ならわかるはずだ。
上の人から言われて描かされたのなら、なぜそんな指示が出るかについて少しは自分の頭を使って考えたことがないのだろうか?[もしも私がマンガ家だったら、理由がわからないかぎりたとえ上の人の命令でも聞かない。]
マンガ家はただ絵が上手ければそれでいいのだろうか?
マンガ家には頭も道徳もない。ただ眼と手がいいだけだ。

[4981] マンガ家はなぜ嫌われ者なのか? h20.5.6
マンガ家は、他人の作り話をする者だからである。
他人をモデルにして、あることないこと付け足して事実か空想かわからない話を作って自分がお金を儲けているからである。[画家のモデルは同意を得て描いているからいいが、マンガ家に無断で一方的にモデルにされたら嫌だ。]
他人の個人情報を使ったマンガを描くことは他人を笑い者にすることであり、情報による他人に対する攻撃だと言ってもいい。
そういうことは道徳のない人間のすることだから、マンガ家は嫌われ者なのである。

[4982] ガリレオの宗教裁判 h20.5.7
教会はキリストの教えとともにプトレマイオスの天動説も支持していた。[プトレマイオスはキリストの死後に生まれたのだから、現人神制とは関係がないはずである。プトレマイオスは超能力者ではないのに、なぜ教会が支持したのだろうか?]
一方、ガリレオは地動説を信じていた。
だから、ガリレオはプトレマイオスの天動説にケチをつけたのであって、キリストの教えには一言も口出ししてはいない。
つまり、ガリレオはプトレマイオスの天動説を支持した教会と戦ったのであって、キリストと戦ったのではない。
残念ながらガリレオは教会に負けたが、ニュートンは教会に勝った。
つまり、教会がプトレマイオスの天動説を正しいとしたことがまちがっていたのである。
だったら、教会がキリストの教えを正しいとしていることもまちがっているはずだ。
実際に、現人神制はまちがった制度だから、教会がキリストの教えを正しいとしていることはまちがっているのである。
この前私が現人神制がまちがっていることを証明したから、教会はキリスト教をさっさとやめろ!
宗教はいつまでもまちがった現人神制をダラダラ続けるな!
宗教はまちがいばっかりだから、今後も信用してはいけない。[進化論でもまちがった。]
宗教は現人神制だけをするわけではない。ヨーロッパでは教会が科学に手を広げていたように、日本では日本神道が政治に手を広げている。だから、日本の政治はまちがいばっかりなのだ。

[4983] もしも尾立君が私の隣の席にいなかったら… h20.5.7
私が高1のとき尾立[おりゅう]君が隣の席で教科書のパラパラめくりをしたために、私は腹が立って分裂病に罹ってしまった。[日本神道がまちがいだらけの馬鹿だから、私に対するネタ入れの仕方をまちがったのだ。]
もしもそのとき尾立君が私の隣の席にいなかったら、私は勉強がよくできる学生になって仕事もよくできる大人になっていたかもしれない。
しかし、たとえそうだったとしても、それで日本が幸福になるわけではなく、日本神道が私に関する現人神制でガリ勉やモーレツ社員を国民の習慣にするだけだ。半ドンがなくなって、土曜日の夜遅くまで働かなければならなくなっていたかもしれない。日本神道が日本人を勉強や仕事でクタクタにして喜ぶだけだ。

[4984] 正しいかまちがいかそれが問題だ。 h20.5.7
日本神道はまちがっている現人神制を信じているから悪い。
日本神道の心が意地糞悪いのは、まちがった現人神制を信じているからである。
知覚が正しい者は心が善く、知覚がまちがっている者は心が悪い。
知覚が正しい者を誉め、知覚がまちがっている者を罰するべきである。
[私は子供(小学校中学年)のころ母親に口答えしたときよく父親から「他人の粗[あら]をとるな」と叱られたが、正しい認識の積み重ねで善い心が得られるのであり、知覚のまちがいが悪い心の原因だから、私のほうが正しかったのである。戦時中に教育を受けた者は駄目だ。いわば、人類は他人の粗をとることによって進歩してきたのである。だから、他人の粗をとることはよいことだ。]

[4985] 法律は何のためにあるか? h20.5.7
日本神道を守るためにある。
法律は日本神道が日本神道自身を守るために作ったのである。
悪事を働く日本神道が国民に仕返しをされないために法律を作ったのだ。
つまり、日本神道は現人神制や天皇制を使って平気で法律を破るが、逆に国民は現人神制や天皇制を使えず法律が破れない。一方通行ってわけだ。

[4986] 歴史の教科書はどうあるべきか? h20.5.7
他人に関する事実が書けないと歴史の研究ができなくなるから、事実を書くならかまわない。でも、他人に関する作りごとを書くのは多かれ少なかれ他人を馬鹿にすることになるのでやめるべきである。
現在残っている資料や記録から人類の過去の歴史について論理的に考えて正しい結論を出すことには意義がある。
歴史を学ぶことは過去から現在を因果律的に理解できるようになる点において優れている。
ただ残念なことは、歴史はなぜか?についての問いかけに乏しいことだ。
そもそも、なぜ日本に天皇制があるのか?天皇制はどうしてできたか?については現在の歴史の教科書には何ひとつ書かれていない。
今後の日本の歴史の教科書には、神武天皇が超能力者であったために初代天皇になったこと、2代目以降の天皇は超能力者の子孫と言うことで君主になったにすぎないこと、日本神道が現人神制や天皇制を使ってこれまで日本でいろんな事件を起こしてきたこと、現在の日本政府が日本神道による政治的活動(政治家ごっこ)にすぎないこと、そして、そもそも現人神制も天皇制も神の定義がわかっていないことから生まれたまちがった制度であることを是非とも書き込んで欲しい。そうすれば、歴史の記述が論理的になって理解しやすくなるはずだ。[戦前の教科書には神武天皇の超能力のことが書いてあったが、それ以前の神話から書き始めてあった。神話は空想であって事実ではないから歴史の教科書に書いてはならない。]

[4987] 日本はなぜ太平洋戦争に敗れたか? h20.5.7
太平洋戦争は、神武天皇が光の玉を出して戦[いくさ]に勝ったことを喩えた真珠湾攻撃の奇襲作戦で始まった。[真珠≒光の玉。]
日本が戦争に敗れたのは、日本が大艦巨砲主義で役に立たない戦艦ばかり作って戦闘機を作らなかったからである。
大艦は図体がでかいだけでのろまな昭和天皇の喩えであり、巨砲は昭和天皇のチンポの喩えである。[軍艦マーチの替え歌がそれを裏付けている。]
昭和天皇はHだったので日本神道が大きな大砲を持った戦艦をたくさん作らせたのである。[ドイツの戦艦ビスマルクにもビスマルク宰相[さいしょう]の性格が表れている。つまり、ビスマルク宰相はドイツに古臭い帝政を敷いた悪い宰相だったのだ。]
一方、米軍は機動性の高い戦闘機をたくさん作ったので、戦争に楽勝したのである。
日本は天皇制で戦争を始め、天皇制で戦争に敗れたのだ。
神武天皇は強くて立派だったが、昭和天皇は弱くて卑[いや]しいと言っているかのようだ。
日本国民が日本神道によって現人神制や天皇制を使って殺し合いをさせられただけである。
世界の宗教が組んで壮大な芝居を打っていただけのことである。

[4988] 日本はなぜ戦争をするのか? h20.5.7
神武天皇が光の玉を出したのが、戦[いくさ]の最中だったからである。
それで、日本神道は現人神制によって国民に戦争をさせるのである。
日本が戦争する相手の国の宗教もそれを承知した上で国民を使って応戦させているのである。
しかし、宗教が国民を従わせることができるのは、宗教が現人神制すなわち現人神に人間が従うことに従って宗教に国民を従わせているのだから[[4965] 国会議員は偉いか? h20.5.5を参照]、そもそも現人神制がまちがいであれば、宗教が国民を従わせることはできない。
むしろ、宗教は超能力者が神でないことがわからず、まちがった現人神制を信じているのだから、宗教は国民よりも下であり、国民が宗教に命令することができる。
今度、現人神制や天皇制で宗教が国民を戦争させることがあれば、逆に宗教が国民に殺されるだけである。

[4989] なぜ昔は現人神制が通用したのか? h20.5.7
昔の人間が宗教に騙[だま]されたのは、昔の人間が馬鹿だったからである。
昔の人間は宗教が現人神制をやっているのを真似て、自分達も現人神制をやっていたのである。
しかし、今の人間は科学の影響を受けて考え深いから宗教のお芝居には騙されない。
今の人間は宗教が現人神制をやっていても自分達はやらない。
今の人間は世の中にはおかしな連中もいるものだと思って無視するだけである。
だから、今の人間には現人神制は通用しない。

[4990] 宗教に対する復讐 h20.5.7
戦争のない時代にも、宗教は現人神制や天皇制を使っていろんな事件や事故を起こしている。
正しい国民がまちがっている宗教に対して天誅を下さねばならない。
宗教が現人神制や天皇制で起こしたと考えられる事件や事故があったら、国民も宗教に対して同程度の刑罰を与えるべきである。つまり、宗教の幹部である国会議員に対して復讐法で罰すればよい。

[4991] なぜ国会議員は偉いつもりでいるのか?《まとめ》 h20.5.7
国会議員は日本神道の幹部である。
だから、国会議員は現人神制を信じている。
現人神制では、現人神(超能力者)に人間が従わなければならないことになっている。
したがって、国会議員は現人神に人間が従うことに従って、自分に国民を従わせているのである。[天皇に関する君主制でも同様。]
だから、国会議員は自分が偉いと自惚[うぬぼ]れているのである。[その他の日本神道の者が自惚れているのも同じ理由による。]
しかし、そもそも現人神制がまちがいだから、国会議員に国民が従う理由はもはやない。
つまり、国会議員は偉くないのである。
[実在制つまり民主制では、人間はみな平等であり、国会議員は国民の意志の代表者にすぎないから偉くない。国民は国会の多数決による決定には従わねばならないが、個人としての国会議員には従う必要はない。つまり、民主制においても国会議員は偉くないのである。]

[4992] なぜ現人神制や天皇制が残っているのか? h20.5.7
現人神制や天皇制がまちがっているにもかかわらず今も残っているのは、
国会議員やその他の日本神道の者が偉いつもりでいたいからである。
国会議員や日本神道の者が自分が偉いつもりでいたいから、現人神制や天皇制を残そうとするのである。
宗教にとっては現人神制や天皇制が得だから、宗教の者が一生懸命になって現人神制や天皇制を残そうとするのである。
しかし、そのために実力のない者が国の中枢でのさばるばかりか、日本や世界の各地で現人神制や天皇制による事件や事故が起きて大勢の人々が不幸な目にあっている。
もっとも、超能力者やその子孫は人間が従わねばならない神ではなく現人神制や天皇制がまちがいであることがばれてしまった今となっては、教会が地動説に負けたように、日本神道が正論に負けたわけだから、潔く日本神道や世界の宗教は現人神制や天皇制がまちがいであることを認めて現人神制や天皇制をやめねばならない。
そうすると宗教はもはややることがないから潰れるしかない。

[4993] 法の華三法行 h20.5.7
法の華三法行も私に関する国家宗教によって作られた民間宗教である。(その根拠;三法←小学校で使っていたトイレの洗剤。機関紙がさくら新聞←さくら←39←昭和39年1月22日は私の誕生日。足裏診断←私が小学6年〜中学1年生の頃父親の持っていた本(カッパの本)を読んで手相占いにちょっと興味があったのと、私が中学2年生の4月に隣の席に座っていた池田君が「足の裏」と言うあだ名で呼ばれていた。般若天行←私が分裂病に罹って苦しんでいた頃、高知市帯屋町の仏具店で200円で売っていた般若心経のお経を買って読んだことがある。「最高ですか〜!?」「最高です!」←私が高1のとき弟が持っていたマンガ雑誌に載っていたどおくまんのマンガに登場する、頭に参考書を読むためのタコの足のようなマニピュレーターを付けてカメレオンのような眼鏡をかけていつも涎[よだれ]を垂らしているIQ1000の最高君。)

[4994] 民間宗教はなぜできたか? h20.5.7
かつて天皇は神とされた。
しかし、天皇はどう見てもただの人間である。[ここに言う天皇とは2代目以降の天皇である。]
そこで、ただの人間にすぎない天皇が神とされるのなら、ただの人間である自分も神になれるはずだと考えた者がいた。
その者が教祖となって始めたのが民間宗教である。
民間宗教では、教祖が自分の世界を作って信者を従わせることができる。
その世界において本当に幸福になれるのなら、誰しも喜んでその宗教に入るだろう。
しかし、民間宗教はいくらがんばっても国家宗教にはなれなかった。
なぜなら、国家宗教(世界宗教)の神は超能力者でなければならないからである。
しかし、国家宗教では宗教の者が現人神制を使って国民を支配しているのであり、
神(超能力者)自身が国民を支配できるわけではないから、
実際には、国家宗教では、宗教が現人神制を使って超能力者を含む国民を不幸にして喜んでいるにすぎない。
国家宗教では国民全員が強制的に加入されて抜け出すことができないから、宗教が国民を幸福にするどころかその反対にいじめ放題になるのである。[しかし、そもそも現人神制がまちがっているから、宗教は調子に乗るな!]

[4995] なぜ現人神制や天皇制が残っているのか?(その2) h20.5.7
これまでに宗教以外の者で現人神制や天皇制がどうしてまちがっているのか正しく説明できた者がいなかったからである。[現人神制や天皇制が成り立たないことの証明は、数学で言えば、5次方程式が代数的に解けないことを証明するようなものである。]
しかし、この前、宗教の者でない私が正しく説明したから、もはや現人神制も天皇制も成り立たない。
つまり、この世にはもはや現人神制も天皇制もないのである。

[4996] 現人神制や天皇制が成り立たないことの証明《まとめ》☆ h20.5.7
現人神[あらひとがみ]とは、念力で光を出したり物を動かしたりする特殊な能力が使える超能力者のことである。
一方、神とは人間が従わねばならないもののことである。
人間が従わねばならないのは、実在と国民の意志の代表者が多数決で決めた国民共通の意志だけであって、超能力者ではない。つまり、超能力者は人間が従わねばならない神ではない。
だから、現人神制すなわち超能力者に人間が従わねばならない制度は成り立たない。
また、天皇とは超能力者の子孫である。以下同様。〔証明終〕
つまり、超能力者は超能力者であって神ではない。だから、超能力者を神扱いしてはならない。天皇についても同様。

[4997] 現人神制はまちがった社会法則である。☆ h20.5.7
現人神制つまり超能力者に人間が従わねばならないことは実在界の法則ではなく、人間が従わねばならない神と現人神である超能力者とを混同してできたまちがった制度である。
現人神制はまちがった制度だからないほうがいい。
現人神制がないほうが人間社会がうまく動く。
つまり、現人神制は人間が考え出した人間社会についてのまちがった社会法則だったのである。
現代において、物についてのまちがった法則であるアリストテレス力学やプトレマイオス天文学が学校で教えられていないように、人間社会についてのまちがった法則である現人神制や天皇制(天皇に関する君主制)は学校や社会で教えられていない。
反対に、物についての正しい法則であるニュートン力学や量子力学や相対論が学校で教えられているように、人間社会についての正しい法則である民主制が学校や社会で教えられている。

[4998] 旧約聖書の世界と新約聖書の世界 h20.5.7
旧約聖書の世界では、神とは宇宙を作った者である。だから、人間は神に祈って自分の願いをかなえてもらおうとしたのである。だから、なにひとつ願いは叶わなかった。
ところが、新約聖書の世界では、神とは念動力や念光力などのちょっとした超能力しか使えない実在する超能力者のことである。だから、人間は超能力者に人間が従わねばならないとするまちがった現人神制の制度を利用して自分の願いをかなえようとしたのである。だから、意地悪をする願いしか叶わなかった。
そして、現代における神とは、お金と才能である。誰でもお金と才能があれば(できる範囲内で)自分の願いを叶えることができる。だから、お金を稼いで貯金しなければならないし、自分の才能を大事にして伸ばしていかねばならない。

[4999] 幸福の科学 h20.5.7
幸福の科学については、私の目から見ても教祖の大川隆法氏の名前に『川』の字があることと私が小学生頃に好きだった誠文堂新光社の『子供の科学』という雑誌から教団名を取っていること以外はとくに私の個人情報を採っているところがない。
だから、幸福の科学は私に関する国家宗教で作られた民間宗教ではなく、最初から大川隆法氏が自分の力で築いた純粋な民間宗教であると考えられる。
つまり、大川隆法氏は日本神道の者ではなく一匹狼の実力派なのだ。
[私も今から約11年前就職活動をしているとき、1回だけ幸福の科学の入門書を買って読んだことがある。階級制に嫌気が差した。]

[5000] チャネリング h20.5.7
民間宗教によくあるチャネリング(神の啓示を聞くこと)はインチキ芝居である。[私が小学校に上がるか上がらないかの頃家にあった白黒テレビのUチャンネルを回しすぎて壊したから、チャネリングというのである。私はコセコセしたことをするのが大嫌いだ。嘘をついてまで宗教するな!]
幻聴は精神分裂病者によく見られるから、特に珍しい才能ではない。
それも、国家宗教の超能力者を民間宗教の者が想像で真似してやっているのだろう。
しかし、国家宗教で神とされる者の超能力はそんなちゃちな幻聴(テレパシー)の超能力ではなく、念光力や念動力など第3者が直接に眼で見て確認できる現象を起こす能力である。


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