[8901] どうして政府は神制度や議会をやったのか? h21.11.5
昔は、国民の大半が麻薬をやって頭がおかしかったから、政府が神制度や議会で作った出鱈目[でたらめ]な命令を何でも聞いた。[神制度ではどうしても命令の内容が聖典に縛[しば]られるので、近代以降政府は聖典に縛られない命令を出すために議会をやることにしたのである。]
麻薬組織は麻薬を売って十分に儲[もう]けていたから、政府は出鱈目に命令を出していればよかったのである。
いわば、神制度や議会は政府の遊びである。政府は国民を自分の言いなりにして動かして遊んでいたのである。
神制度や議会は、政府が国民を幸福にするためにやっていたのではなく、政府が麻薬で気が狂っている国民に対してイタズラをするためにやっていたのである。
政府は、麻薬をやって気が狂っている国民を言いなりにして弄[もてあそ]ぶ機関である。
しかし、今の国民は麻薬をやっていないから、もはや政府が弄ぶ相手はいない。だから、政府は潰れるべきである。

[8902] 世界大戦後どうして戦争が減ったか? h21.11.6
世界大戦後、国民は麻薬をやらなくなった。
国民は政府の命令を聞かなくなった。
戦争は、政府が麻薬をやっている国民に命令してやらせていたのである。
だから、世界大戦後は、戦争がないのである。

[8903] 法律とは何か? h21.11.6
法律は、過去の人類または国民がこれまでに“決めてきたこと”の蓄積である。集大成である。
例えば、これまでに人類は奴隷や麻薬や売春がいけないと決めたから、世界中の国にはこれらを禁じる法律がある。
法律は、政府だけでおいそれと一朝一夕[いっちょういっせき]に決められることではない。
本来政府は、麻薬をやって気が狂って頭がおかしくなって何でも他人の言いなりになる国民に出鱈目[でたらめ]な命令を出すためにある機関であって、正しい法律(国民を幸福にする法律)を作る機関ではない。
だから、政府は要らない。したがって、議会も議員も選挙も要らない。
今の人間社会の中にある法律を見つけて言葉にする人がいればいいだけである。法律を強いて言葉にしなくても、実際に世の中がうまく行っていればそれでいいのだ。

[8904] 政府はどうしてできたか?☆ h21.11.6
昔の国民は麻薬をやっていたために、自分の頭で考えることができなかった。
必ず他人の命令で動いていた。
そこで、当時の麻薬組織が“麻薬をやって自分で考えることができない国民のために指令を出す機関”として政府を作ってやったのである。
当時の国民は政府から指示を与えられないかぎり自分から動くことができなかったので、どうしても政府が必要だったのである。
当時の国民にとっては政府が自分の脳の代わりだったから、政府がどうしても必要な機関だったのである。
政府も麻薬で頭がおかしくなった国民をまともに相手にするのが嫌だったので、神制度や議会でわざとにまちがった命令(国民を不幸にする命令)を作って国民に出して意地悪[いじわる]をしていたのである。[私もそんな生きる価値のない連中をまともに相手にするのは嫌である。]
しかし、今の国民は麻薬をやっていないから、自分の頭で考えて動く能力がある。今の国民にとっては政府は要らない。だから、政府はなくなるべきである。

[8905] 税金とは何か?☆ h21.11.6
昔麻薬をやっていた国民が政府に払った“命令代”である。
昔の国民は麻薬をやっていて自分で考えることができなかったので、代わりに政府に考えて命令を出してもらっていた。
そのお礼に税金を払っていたのである。
他人に命令を出してもらうためにはまず先にお金を払わねばならないから、税金は前金なのである。自動販売機で缶ジュースを買うように、国民は政府にお金を入れて命令を買っていたのである。
しかし、今では国民が自分で考えることができるから、政府にわざわざ命令代を払って命令してもらう必要はない。だから、税金を払わなくていい。

[8906] 政府を放置してはいけない。 h21.11.6
政府は、昔の麻薬組織が作った“麻薬をやって自分で考えることができない国民のために意地悪[いじわる]な命令を出す機関”である。
けっして、国民の幸福のために民主主義の政治をやる機関ではない。それは、社会学者の誤解である。
それなら、今の政府をこのままにしておいてはいけない。
だから、政府は早くなくさなければならない。
麻薬中毒患者よりも人間が上だが、人間よりも人間は上ではない。だから、政府が今の国民の上にいることはできない。
人間の上に人間はいない。国民にとって政府は鬱陶[うっとう]しい。だから、政府は除[の]けねばならない。

つまり、戦前は人間が麻薬中毒患者を管理しなければならなかったから政府が要[い]ったが、戦後は麻薬中毒患者がいなくなったから政府は要らない。
昔の国民は麻薬中毒で気が狂っていたから政府が神制度や議会で作った命令に従ったが、今の国民は気が狂っていないから政府が神制度や議会で作った命令には従わない。[神制度も議会も子供だましだ。]

[8907] 政府の権力の正体 h21.11.7
政府の権力(支配力)の正体は、昔の国民が“麻薬の副作用”で政府の言いなりになっていたことである。
麻薬をやると快感が得られる代わりに、自分で何も考えられなくなって他人の言いなりになるのである。
だから、政府が国民を支配していたのではなく、国民が政府に服従していたにすぎない。
政府には最初から権力はない。政府の権力(支配力)は、国民の“服従力”の見まちがいだったのである。当時の麻薬をやっていない国民は、麻薬をやっている国民が政府に従っているのを見て、政府に権力があると誤解して自分も政府に従ったのである。当時の麻薬をやっていない国民は、麻薬をやっている国民が政府に従っているのを見て、政府が国民に適切な命令を出して国民を幸福にしてくれる機関だと誤解したので、政府に従ったのだ。それで、国民みんなが政府に従うようになったのである。[つまり、麻薬をやっている国民が政府のサクラだったのである。]
しかし、今の国民は麻薬をやっていないから、麻薬の副作用もないから、政府に従う者はいない。国民は政府に権力(支配力)があると誤解して政府に従っていただけだから、誤解をやめればいいのである。
政府は出来た当時からずっと、麻薬をやって気が狂って自分で考えられない者に命令を出して動かす機関である。そんな政府を権力がある機関だとか、国民を幸福にするために国民に適切な命令を出してくれる機関だとかいうのは、政府に対する国民の勝手な一方的な“思い込み”にすぎない。その証拠に、政府自身が自分がどんな機関であるかについて国民に言ったことは、これまでに一度もない。政府についてよく知らない国民が自分勝手に政府のイメージを作り上げているだけのことである。国民が自分で作り上げたイメージに自分自身が呑[の]み込まれているのである。つまり、政府の命令を聞かないと殺されるとか、政府に税金を払わないと牢屋に入れられるとかいうのは国民が自分自身で作り出した妄想であって、実際にはそんなことはまったくないのである。私の理論によれば、政府は麻薬中毒患者の面倒を見る機関にすぎず、自分が麻薬をやっていなければ政府に縁[えん]はないのである。だから、政府が送りつけてくる税金の請求書は破り捨ててもかまわない。

[8908] 天動説と権力 h21.11.7
昔の国民は夜空の星が動いているのを見て、天が動いていると考えた。
それと同じように、昔の国民は麻薬中毒患者が政府に従っているのを見て、政府に権力(支配力)があると考えた。
どちらも見かけから生まれた誤解である。
眼で見えないことを考慮せずに、眼先で見えることだけで考えるから、誤解してしまうのだ。
つまり、太陽は地球よりもずっと“真の大きさ”や“質量”が大きいから太陽の周りを地球が回っているのであり、麻薬中毒患者は“麻薬”をやっているから政府の言いなりだったのである。つまり、政府に権力(支配力)があったのではなく、麻薬患者に“服従力”があっただけのことだ。気体に圧力があるのが、気体分子に斥力[せきりょく]があるためではなく、気体分子が運動しているためであるのと同じことだ。
したがって、実際には天が動いているのではなく地球が動いているように、実際には政府に権力があるのではなく政府に権力はないのである。地球が動いているから、ガリレイやニュートンが慣性の法則や運動の法則を考え出さねばならなかったように、政府には権力がないから、国民は政府に従う必要はなく、国民は自分で自分を管理して生きていかねばならない。
そもそも政府は国民が従うことができるような立派な機関ではない。政府は神制度や議会で出鱈目[でたらめ]な命令を作る機関である。政府は気が狂っている麻薬患者の面倒を見る機関であって、正気の国民の面倒を見る機関ではない。だから、国民は政府に従ってはならない。

[8909] 世界大戦はどうして起きたか? h21.11.7
麻薬をやっている国民は、麻薬を他人の眼につかない所でやっていたので、麻薬をやっていない国民はこの世に麻薬があることを知らなかった。
それで、麻薬をやっていない国民は、麻薬をやっている国民が政府に従っているのを見て、政府を国民を幸福にしてくれる機関だと誤解していたのである。
だから、麻薬をやっていない国民は、政府が世界大戦をやる命令にも従ったのである。
しかし、その結果、日本は戦争に負けた。
国民の政府に対する信頼は見事に裏切られた。
しかし、そもそも政府を信頼するほうが馬鹿だったのである。
麻薬をやっている者が麻薬の副作用で政府に従っていたのを見て、政府を国民を幸福にしてくれる機関だと思うほうが馬鹿だったのである。
敗戦は、いわば馬鹿な国民による自業自得だったのである。
世界大戦が起きたのは、麻薬をやっていない国民の中に麻薬の存在を知っている者がいて、このままの麻薬のある世界では駄目だと思う者がいたからである。彼らが政府を唆[そそのか]して世界大戦をやらせたのである。
そのおかげで、戦後は麻薬のない世界になった。麻薬をやって戦争に征[い]った者も、銃弾を食らって「これでは割に合わない」と思って、麻薬をやめたのだ。
麻薬組織や政府が世界大戦を起こしたと考えると、戦後の世界が麻薬がなくなったことが説明できない。だから、戦争を起したのは、政府や麻薬組織ではなく、国民であると考えられる。
つまり、国民には麻薬をやっている国民と、麻薬をやっていなくて麻薬を知らない国民と、麻薬をやっていなくて麻薬を知っている国民の3種類がいたのである。そのうちの麻薬をやっていなくて麻薬を知っている国民が政府に圧力をかけて世界大戦をやらせたのである。
世界大戦は、連合国が枢軸国[すうじくこく]に勝った戦いではなく、国民が政府や麻薬組織に勝った戦いだったのである。

[8910] どうして今の政府は神制度をやっているのか? h21.11.7
それは、今でも麻薬をやっている国民がほんの少しだけいるからである。
政府は少数の麻薬をやっている国民のために神制度をやっているのである。
麻薬をやっていない国民は、もはや政府の命令を聞く気はない。
麻薬をやっていない国民にとっては、自分に命令を出す政府は要らない。だから、政府に税金も払わない。
麻薬をやっている国民も、世界大戦を跨[また]いでまで麻薬をやることはない。みんなが麻薬をやっていないのだから、貴方[あなた]もやめなさい。
人間が裏でやっていることはわかりにくい。国民が麻薬をやらなくなったことは、政府や宗教団体や暴力団などの権力が年々低下していることからわかる。今の国民は麻薬をやると気持ちよくなるだけではなく、いろんな有害な副作用があることを知っている。だから、麻薬をやめたのだ。今の世界では、みんなが麻薬をやっていないから、貴方もやめなさい。
そもそも政府は麻薬をやって気が狂って自分で考えられない者のために指示を与える機関なのである。今の世界には麻薬をやっている者がほとんどいないから、そんな機関は要らない。

[8911] 人類はどうやって暗黒時代を乗り越えたか? h21.11.7
暗黒時代とは、国民の大半が麻薬をやっていた時代である。
その頃は、国民の大半が無気力で自分からは何もやろうとしなくなって、国が衰退していた。
このとき、人類ははじめて麻薬を売るだけではいけないことを知った。
そこで、当時の麻薬組織の賢者が知恵を出して、『政府』を作ったのである。
政府は、麻薬をやって自分で考えられなくなった国民に指令を出して動かす機関である。つまり、政府は、国民の脳の代わりを務[つと]める機関である。
政府は神制度や議会で命令を作って国民に命令を出すことによって、国民を動かすようになった。こうして、再び国が発展するようになったのである。
国民も自分でいちいち考える面倒が要らなくなって、思う存分に麻薬を楽しめるので、政府を大[おお]いに歓迎した。国民は大喜びで政府の命令に従い、政府に命令を出す代金として税金を支払った。麻薬組織はますます麻薬が売れるようになってホクホクだった。
それが、世界大戦までの世の中だった。
しかし、世界大戦後は、国民が麻薬をやめて、自分でいちいち考えて生きるようになった。政府の務めはすでに終わったのだ。みんなで政府に「長らくお務めご苦労様でした。ありがとう。」と言って政府にお別れしよう。

[8912] 日本国憲法はなぜまちがっているか? h21.11.7
日本国憲法は、あたかも日本人全員が日本政府に従わねばならないかのように述べている。
しかし、本当は麻薬をやって気が狂っていて自分で考えられない者だけが政府に従えばいいのである。
日本政府の人がみんな麻薬のことを知っているわけではない。
日本政府に勤めている人の大部分は、麻薬をやっていなくて麻薬のことを知らない人々である。
日本政府の麻薬をやっていなくて麻薬のことを知らない者が日本国憲法を定めたので、日本政府がやたらに強い権力がある機関になって、日本人みんなが日本政府に従わねばならないことになってしまったのである。
だから、日本国憲法は本当はまちがっているのである。
したがって、実際には日本人は日本国憲法に忠実に従わなくてもいいのである。
アニメ『デ・ジ・キャラットにょ』第96話「目からビームはおしまいかにょ」で、でじこが『世の中には守らなくてもいい約束もあるらしいにょ』と言っていたが、ここでの“守らなくてもいい約束”とは日本国憲法のことだったのである。
日本国憲法に書かれていることのほとんどは実際に日本社会で通用している法律だけれども、日本国憲法が麻薬を知らない者によって作られたので、ところどころまちがいがあるのである。
日本政府が神制度をやっていることがまったく日本国憲法の文面に出ていないのも、日本国憲法を作った者が日本政府について無知である証拠である。要するに、現在の日本国憲法は不備なのである。
現在の日本国憲法は民主主義に被[かぶ]れた者が書いたので、日本政府についてまちがったことばかり書いている。私のほうが日本国憲法の著者よりも、日本政府について正しいことを知っている。実際の日本政府は日本国憲法に書いてあるように動いているのではなく、私の哲学日記に書いてあるように動いているのだ。現在の日本国憲法は、民主主義に被[かぶ]れた者が書いたまちがった“政府論”にほかならない。日本政府についてもっとよく知っている者に憲法を書かせるべきである。

[8913] 政党は無駄[むだ]である。 h21.11.8
政党がいくら議会で頑張[がんば]っても、議会で決めたことはどこか途中で捨てられてしまって実現されずに終わってしまう。
日本政府は麻薬で気が狂って自分で考えられない者のために指示を出す機関だから、日本政府はたいてい神制度で指示を決めてしまうのである。麻薬で気が狂っている者にとっては、議員よりも神のほうが無条件に偉いので、議会よりも神制度で作った命令のほうが効くからである。議会は国民のめくらましにすぎない。
したがって、政党は議会で頑張るのではなく、国民に直接働きかけたほうがいい。
政党が国民に直接に働きかけて、大勢の国民の意見を変えたほうが効果的である。

[8914] 神制度でどうして日本が豊かになるか? h21.11.8
世界中にはいまだに麻薬で気が狂っている人がたくさんいる。
そういう人が、政府に神とされている私の態度によっては、何かのきっかけで気が向いて日本にお金をくれるかもしれない。
だから、神制度で日本が豊かになる可能性はある。
しかし、麻薬で気が狂っている人の恵みで豊かになるのも、あまり気持ちいいものではない。
世界大戦後、麻薬で気が狂っている人の数は、ずいぶん減少している。
だから、神制度で日本が豊かにならないほうが、世界的には健全で善[い]いことなのである。

[8915] どうして政府は議会をやるのか? h21.11.8
世の中には、麻薬をやっていなくて麻薬を知らない国民が最も多い。
彼らは、日本政府に麻薬をやっている国民が従っているのを見て、日本政府が“権力のある機関”や“民主主義をやる機関”だと誤解している。麻薬をやっている国民が政府に従う理由を、彼らが自分で考えてでっち上げているのである。“権力”も“民主主義”も妄想概念である。本当は『麻薬の副作用』で他人の言いなりになるから政府に従っているだけのことなのである。
政府を“民主主義をやる機関”だと誤解している国民のために、政府は民主主義の芝居をしている。それが議会である。だから、議会には実際には国を動かす機能はなく、見せ掛けだけのお芝居である。実際には、政府は麻薬をやっている国民のために神制度で命令を作って出しているのである。
政府を“権力のある機関”だと誤解している国民のために、政府は神制度の芝居をしている。それで、日本政府は日本の文学に神武天皇の光の玉を入れさせたり、日本のアニメやマンガに私の情報を入れさせたりしているのである。[麻薬をやっている国民は神に従いたがる習性があるから、麻薬をやっている国民に商品を売るためでもある。]政府が文学者やアニメ会社やマンガ家に滅茶苦茶[めちゃくちゃ]なことをやらせるほど、国民は政府が“権力のある機関”だと思うからである。政府に権力があるすなわち政府が国民を支配していることを国民に示すためには、小説やマンガやテレビが便利だから、政府はそれらを利用したのである。[政府が国民を支配していることを国民にわからせるために物の上で滅茶苦茶なことをやると被害が大きくなるから、文学の上で滅茶苦茶なことをやるだけに留[とど]めているのである。]
つまり、政府が国民の誤解に合わせて余計なことをやっているのである。それらは形の上だけの芝居であって、実際には政府は麻薬をやって気が狂っている者のために神制度で命令を作って命令を与えて動かしているのである。政府は麻薬中毒患者の面倒を見る機関であって、麻薬をやっていない正気の国民の面倒を見る機関ではないのである。
今の日本が民主主義なのは、麻薬をやっていない国民が自分で民主主義をやっているからであって、政府が民主主義の政策をしているからではない。政府は昔から麻薬中毒患者のために神制度をやるしか能[のう]がない機関である。

[8916] 連鎖反応 h21.11.8
西暦300年ぐらいから、人類は国家的に麻薬をやりだした。
暗黒時代には、国民の大半が麻薬をやるようになり、国民の大半が麻薬の副作用で無気力になり自分からは何も考えず何もしようとしなくなり、国が衰退した。
麻薬をやって自分で考えられない者に神制度で命令を出す政府が作られた。
政府を見た麻薬をやっていない麻薬を知らない国民は、政府が権力のある機関や民主主義をやる機関に見えた。
政府は国民の誤解に合わせて文学作品に神のネタ入れをさせたり議会をやるようになった。
麻薬をやっている国民や麻薬をやっていない麻薬を知らない国民はみんな政府に従った。
これらはすべて、ひとつの無駄が別の新たな無駄を生み出す連鎖反応である。
麻薬がすべての元凶[げんきょう]である。
しかし、今はテレビやマンガやテレビゲームのほうが面白いから、麻薬の価値は相対的に低下している。麻薬は人間を馬鹿やキチガイに変えるから、政府の奴隷に変えるから、やらないほうがいい。

[8917] モーゼ教 h21.11.8
麻薬を擬人化することは世界中の麻薬をやっている地方や時代において行われていた。
古代エジプト人も麻薬をやっていたから、麻薬を擬人化して神を作った。それがモーゼである。
神はそもそも人間が自然現象を説明するために考え出した架空の人物である。
人間が麻薬をやると気持ちがよくなることを説明するために、麻薬神が考え出されたのである。
麻薬神が人間なのは、麻薬が人間と一体化することによってはじめて効果を現すからである。他の神が人間ではないのは、雷[かみなり]や風などの自然現象が人間と離れて存在しているからである。
麻薬をやると気分が高揚[こうよう]するのは、麻薬神が高地で生まれたり、天に昇[のぼ]ったりしたからである。
麻薬は人間に最高の喜びを与えてくれたから、麻薬の神は八百万[やおろず]の神の中でも最強の神だったのである。[しかし、今では、テレビの神やテレビゲームの神がいるから、麻薬の神は最強ではない。最近は娯楽が多種多様化しているから、麻薬神の力は相対的に低下している。]
麻薬神は最強の神だったから、麻薬神の話はいろんな話が付け加わって特に長くなったのである。
もっとも、モーゼ神の頃にはまだ国家的に麻薬をやっていなかったから、暗黒時代はなかった。だから、モーゼ神については政府が神制度をやらなかったのである。

[8918] 税金について h21.11.8
政府は、麻薬をやって自分で考えられない者に神制度で命令を作って出す機関である。[神の情報を入れた商品を作って麻薬をやっている者に売る機関でもある。]
政府は他[ほか]に国民の誤解に合わせて『権力の芝居』(例えば、文学作品に神のネタを入れること)や『民主主義の芝居』(例えば、議会や多数決など)もやっている。
政府に税金をやるのは、お金をドブに捨てるのも同じだ。
そんな金があるなら、私にくれたほうがいい。
正しいことをやるのは、気持ちがいいものだ。

[8919] 神武天皇はどうして宮崎県の生まれなのか? h21.11.8
昔は宮崎県を日向[ひゅうが]の国と呼んだ。
日向は日に向うから、高いところに昇[のぼ]ることを表している。
高いところに昇ったり居[い]たりすることが、神の条件である。
同じように、高知は駄洒落[だじゃれ]で高地だから、
政府は高知生まれの私を神としたのである。
昔は高知は土佐[とさ]だったから、高知からは神が出なかったのである。

[8920] どうして麻薬患者は神制度で作った命令を聞くのか? h21.11.8
人間には自分を幸せにしてくれた者に恩返しをしたい気持ちがある。
麻薬神は麻薬の擬人化である。
麻薬患者が麻薬神の神制度で作った命令(つまり、麻薬神の伝記(聖典)に駄洒落で引っ掛けた命令。例えば、神武天皇の神話による真珠湾攻撃(←光の玉)。)を聞くのは、麻薬に対する日頃の恩返しの気持ちである。
麻薬患者には面白い習性があったものである。それを発見した者も偉い。
しかし、麻薬とは関係のない私の神でも通用するのは、麻薬に対するお礼とは考えられない。
だから、麻薬患者は、神と名の付く者なら何にでも従うのである。

麻薬をやると、知覚が変化して、人間の原始的な知覚が甦[よみがえ]って、神に従いたくなる本能が強く現れるのだろう。[人間の知覚は生まれつき白紙ではなく、神に人間が従う知識があるのだ。]
とにかく、麻薬患者には神に従う習性があるのだ。
政府はその習性を利用して麻薬患者を思い通りに動かしているのだ。

[8921] 信者とは何か? h21.11.8
信者とは麻薬をやって政府の言いなりになっている国民である。
世界大戦以前の日本は信者が多かったから、政府の権力が強く、政府に逆[さか]らい難[がた]かったのである。
政府単独ではせいぜい数百万程度で大きな組織ではないが、それに信者が加わると全国民の数割を占める大きな組織になる。大きな組織に逆らうと、殺されかねない。
しかし、世界大戦後の日本人は麻薬をやらなくなって、信者が減ったから、もはや政府は怖[こわ]くない。今の日本では、国民は政府に逆らい放題である。
そもそも政府は、信者に神制度で作った命令を出して信者を動かす機関である。それが政府の仕事である。今でも政府は同じ仕事を続けている。政府はそれ以外のことは何もできない。[例えば、政府は信者を使って10年に1度旅客機を墜落させたり列車を脱線させたりして大事件を起したり、毎日3面記事の(どうでもいい)小さな事件を起したりしている。]
だから、信者がいなければ、政府だけでは国民に対して何も手出しができないのだ。政府は信者に命令を出す機関だから、信者がいなければ何もできないのだ。だから、政府なんか怖くない。したがって、国民は政府に従う必要はない。



[8922] どうして政府は神を立てねばならなかったのか? h21.11.9
信者は麻薬で気が狂っているので、神と名の付く者にならなんでも従う。
政府が神制度で作った命令だと言えば、信者はどんな命令にでも喜んで従う。
だから、わざわざ私のような実在する神を立てなくても、テキトウに命令を作ってそれを神制度で作ったと信者に嘘[うそ]を言えばいい。
しかしながら、無から有は生まれない。“テキトウに命令を作ればいい”とは言っても、元ネタがなければテキトウに命令を作ることさえできない。だから、元ネタがどうしても要る。したがって、元ネタを提供してくれる特定の人物がいたほうが便利である。それで、政府は神を立てたのである。それが、たまたま私だっただけのことである。

[8923] どうして政府は信者に出鱈目[でたらめ]な命令を出すのか? h21.11.9
暗黒時代を乗り越えるときには、政府は信者に真面目[まじめ]に命令を出した。神制度で真面目な命令を作って出した。
しかし、暗黒時代を乗り越えてしまって、国民の大半が麻薬をやらなくなった現代においては、もはや暗黒時代になる心配はないので、政府は信者に対して出鱈目な命令を出すようになった。
麻薬をやっている信者は生きる価値のないガラクタなので、政府が信者に出鱈目な命令を出すのももっともである。政府の信者に対する見方が昔と今では違うのだ。
現代では、信者は人間爆弾としての利用価値しかない。
政府が信者に出鱈目な命令を出すのは、信者を自殺させるのが主[おも]な目的である。
つまり、今の政府は神制度で信者を殺す正義の機関なのだ。
それが、麻薬組織の生き残りとしての政府の最後の仕事なのだろう。
そんなつまらない仕事のためにわざわざ政府がいなくてもいい。
政府は暗黒時代以外には要らない機関だったのだ。

[8924] 政府に税金を払い続けるのは馬鹿らしい。 h21.11.9
政府は、麻薬をやって自分で考えられない者に命令を出す機関である。
だから、税金は政府に命令を出してもらう代金である。

しかし、今の国民は麻薬をやっていないから、自分で考えられるので、政府に命令を出してもらう必要はない。
だから、国民は政府に税金を払わなくていい。
これで、政府が国民に文句をつけてきたら、政府のほうが悪い。
政府がまちがった政府論を国民に押し付けて命令を聞かせたりお金を取ったりすることはいけないことである。
国民が正しいことを考えて実行するかぎり、政府が国民に逆[さか]らうことは許されない。
真実に逆らうことはなんびとたりとも許されないのだ。
麻薬で狂っていたヨーロッパにおいてさえ、真実に逆らうことは許されなかった。真実を理解できることが、人間のたったひとつの取り柄[とりえ]だからである。だから、地動説が生き残れたのだ。
要するに、政府は麻薬患者と政府を誤解した馬鹿な国民で持っていただけの会社である。麻薬患者と馬鹿がいなけりゃ政府はやって行けないのだ。
世界大戦後、国民は麻薬をやらなくなったから、政府は要らない。この世には警察だけがあればよく、政府は要らない。だから、警察は早く政府から独立して自立して民営化しないといけない。
政府は能書きが多いだけで、実際にはほとんど何もやっていない。政府は民主主義も国際政治も実際にはやっていない。政府は国民の政府に対するまちがったイメージに合わせて見せ掛けだけの芝居をやっているだけである。政府は自分で考えることができない麻薬患者に命令を出す機関であって、それ以外の何者でもないのである。

[8925] 政府は麻薬患者を助長[じょちょう]している。 h21.11.9
政府があると、自分で考えなくても政府が命令を出してくれる。
だから、国民は思い存分馬鹿になれる。
したがって、麻薬をやる国民が増える。
政府があると、麻薬組織が儲[もう]かる。
政府があると、麻薬組織が成長する。
麻薬組織を根絶するには、麻薬組織と政府の両方を潰さなければならない。
それよりも、国民自身が麻薬をやるのをやめねばならない。
国民はテレビやマンガやテレビゲームで我慢[がまん]しなさい。自分で考え事をするのもいい。そのほうが人間らしくていいじゃないか。麻薬をやっていては、他人様[ひとさま]に会っても後ろめたくて面白くないだろう。

[8926] 国際政治について h21.11.9
昔は、政府の力が強かったから、政府の力で国際関係を操作することができた。
しかし、今は国民が麻薬をやらなくなって、どこの国の政府にも力がない。
だから、今では、国民の実力のある国が栄え、実力のない国が衰[おとろ]えるだけだ。
国際政治を政府に頼ってやってもらおうとするのは、100年前の世界観である。
国際政治で優位に立つためには、国民自身を改善しなければならない。国民の実力を高めねばならない。外国にも売れる質の高い文化を育てねばならない。ルックスをよくするとかふざけたことをやっている暇はない。

[8927] 台湾にどうして著作法がないのか? h21.11.9
台湾人には著作能力がない。
台湾人は著作能力がないので、他人の書いた物をコピーして売ることしかできない。
著作能力がなければ著作法なんかどうでもいいので、台湾には著作法がないのである。
一方、日本人には著作能力があるので、著作能力を大事にしなければならないので、著作法があるのである。
日本人は考える民族だから、考えることを大事にするから、著作法があるのである。
法律は、『国民の能力』によって客観的に決まるものである。
国によって『国民の能力』が違えば、当然法律も違ってくる。

[8928] どうしてヨーロッパにはいっぱい教会が建っているのか? h21.11.9
麻薬をやると、知能が低下して、神の存在を信じるようになり、むやみに神に従いたくなる。
昔のヨーロッパには麻薬をやっている者がたくさんいて、神に従いたい者が大勢いたから、神の話を聞くためにヨーロッパのいたるところに教会が建てられたのである。
こうしてみると、教会が汚い建物に見える。
日本も昔は麻薬をやっている者が大勢いたから、日本のあちこちに神社が建っているのである。昔は神社で神武天皇の話を聞かせていたのである。

[8929] 政府がなくても困らない。 h21.11.10
政府の仕事は、麻薬をやっている者に命令を出すことである。
だから、政府がなくなると、麻薬をやっている者に命令が出なくなって麻薬をやっている者が動かなくなっておとなしくなる。そのほうが物騒な事件が起こらなくなっていい。
政府は他[ほか]に権力の芝居や民主主義の芝居をやっているが、しょせん芝居だからなくなっても困ることはない。むしろ無駄なことがなくなったほうがスッキリしていい。
したがって、国民にとっては政府がなくなっても困らない。むしろ、なくなったほうがうれしい。

[8930] 法律とは何か? h21.11.10
法律の実体は人間社会に通用している不文法である。
物理法則が物体の法則を書いたものであるように、成文法は社会の法則を書いたものである。
人間が客観的に存在している物体の法則を言葉に表して物理法則を書くように、人間は客観的に存在している社会の法則を言葉に表して成文法を書くのである。
つまり、書かれない法律が不文法であり、書かれた法律が成文法である。本当の法律は成文法ではなく、不文法のほうである。
政府がなくなると、成文法はなくなるが、これまでに国民が決めてきた不文法はそのまま残る。不文法の刑法も残る。
今の政府の成文法には、政府に対する誤解に伴[ともな]うまちがいがたくさんあるから、正しい成文法を書き直す必要がある。だから、政府はなくなってもいい。

[8931] 警察について h21.11.10
昔は警察しかなかった。当時の警察はNHKの集金のように国民のお金で支えられている民間会社だった。
麻薬組織ができてから、警察と麻薬組織が共存していた。
そのうち、麻薬患者に命令を出す政府が出来た。
政府は麻薬患者から命令代を取った。
麻薬患者が政府に従っているのを見た国民が政府を権力のある会社や民主主義の会社だと勘違いして政府に税金を払って政府に従うようになった。[つまり、国民が自主的に政府に税金を払い、国民が自主的に政府の命令を聞いているだけなのである。だから、国民が政府に税金を払おうが払うまいが、政府の命令に従おうが従うまいが国民の自由なのである。]
政府は民主主義の会社のふりをして国営の警察を作った。それで、民間の警察が潰れた。
今の政府が潰れたら、再び民間の警察が復活する。当然、それはJRや郵便局のように国規模の会社である。警察はNHKの“集金”(税金ではない)のように国民一人一人から“集金”してまわればいい。国民の同意を得られれば、口座からの自動引き落としにもできる。
警察は不文法の違反者を取り締まるのが仕事である。
不文法の違反者を取り締まるためには、不文法を成文法にして明らかにしなければならない。
だから、不文法を成文法にする機関(立法機関)を警察に組み込めばいい。立法機関には、ボンクラ馬鹿の議員は要らない。今の政府がやっている立法は“民主主義の芝居”だから、やる必要はない。警察の立法機関では、日本社会に一般的に通用している不文法を正確に成文法に書き表す能力のある者が立法を務[つと]めればいい。今の政府がやっている行政(文学作品の上や商品のデザインやネーミングの上だけで神制度をやること)は“権力の芝居”だから、警察がやる必要はない。
警察は国民全員を取り締まる機関だが、政府は麻薬患者を取り締まる機関である。
今は麻薬患者がほとんどいない。
だから、警察だけあればよく、政府は要らない。

つまり、今の政府主体の国民の管理体制から、警察主体の国民の管理体制に変えねばならない。
それが、本来の国のあるべき姿である。

[8932] どうして政府の正体について書いた本がないのか? h21.11.10
政府の正体は、麻薬患者に命令を出す機関である。
この結論は簡単だから、これまでに私以外にも、このことに気付いた人はいたはずである。
それなのに、政府の正体について書いた本がいまだに出回っていないのは、出版社がそんな本の出版を断ったからである。
出版社がそんな本を出すと、出版社が国民や政府に潰[つぶ]される恐れがあるからである。
今の世の中には、政府に権力があると思っていたり、政府が民主主義をやっていると思っている国民が大勢いるから、『政府が麻薬患者に命令を出す機関である』ことを書いた本を出すと、著者や出版社がそういう人たちから攻撃されて殺されたり潰されたりするのである。“政府は国民の誤解に合わせる”(政府の法則)から、政府も国民のまちがいに便乗して、国民といっしょになって攻撃するだろう。
しかし、国民が自分のまちがった考えを大事にして生きるのは過保護馬鹿だ。国民は政府についてのまちがった考えを直すべきだ。そうすれば、政府も国民の正しい考えに合わせて、権力の芝居(行政)や民主主義の芝居(立法)をやめるだろう。政府は国民の考えに合わせて、自[みずか]ら消滅するだろう。

[8933] 政府に払う金はない。 h21.11.11
政府は権力のある会社でもなく、民主主義の会社でもない。
それは、麻薬を知らない国民の政府に対する誤解にすぎない。
私は政府に対する誤解はない。
だから、私が政府に従う理由はない。だから、私が政府に“従い代”である税金を払わなくてもかまわない。
政府を勝手に誤解した者が政府に好きで税金を払って従っているのだから、私の知ったことではない。
政府が偉そうにしたり正義漢ぶったりするのは、政府を権力のある会社だとか民主主義をやる会社だと思っている人に対してやればいい。私に対してやっても無駄[むだ]だ。
政府は麻薬中毒患者に命令を出す会社である。
しかし、私は麻薬中毒患者ではないから、政府に命令を出してもらわなくてもかまわない。
だから、私は政府に“命令を出す代金”を払わなくてもかまわない。
つまり、私は政府に税金も命令代も払わなくてかまわない。
つまり、私は政府に払う金はない。

[8934] 政府の成文法は無効である。 h21.11.11
政府は麻薬患者に命令を出す機関であって、権力のある機関でも民主主義をやる機関でもない。
政府は民主主義をやる機関ではない。政府は国民の誤解に合わせて民主主義の“芝居”をしているだけであって、実際には民主主義をしていない。政府はしょせん国民の誤解に合わせてやっているだけだから、“芝居”で十分だと思っているのだ。
だから、政府が法律で国民を管理できるわけがない。政府は法律で国民を管理している“芝居”をしているだけであって、実際には政府にとって国民は野放[のばな]し状態である。
だから、今の政府の成文法はすべて無効である。だから、政府の成文法と実際の世の中とはかなり違っている。特に、政府に関してはまったく違っている。政府の成文法では政府が国民の幸福実現のために民主主義の政治をやる正義の機関だが、実際には政府は民主主義の政治の“芝居”をやるだけで、政府は麻薬患者に神制度で(つまり、「これが神の命令だ」と言って)国民の邪魔をする命令を出す悪の機関である。つまり、政府は自分自身も野放しというわけである。
ただし、日本社会で一般に通用している不文法は有効である。例えば、他人を殺したり、他人の物を盗ったりしてはいけない。そんなことをしたら、たとえ政府が国民を野放しでも、国民の有志が犯罪者を罰しに来る。
政府の正体は麻薬患者に命令を出す機関にすぎない。
したがって、麻薬をやらない国民は政府と縁[えん]がない。麻薬をやらない国民は政府を無視して勝手に生きて行けばいい。

[8935] 麻薬をやっていない国民は政府と縁[えん]がない。 h21.11.11
そもそも政府は麻薬患者に命令を出す機関である。
ところが、麻薬患者が政府に従っているのを見た麻薬のことを知らない国民が、自分勝手に政府を自分が従うべき機関だと勘違いをして、政府に税金を払って従っているのである。
ところが、私は麻薬患者が政府に従っているのは麻薬の副作用であることを知っているから、政府を自分が従うべき機関だと勘違いをしないから、政府に税金を払って政府に従ったりはしない。
つまり、麻薬をやっていない国民は政府に税金を払って従わなくていいのである。
政府は麻薬患者に命令を出す機関なのだから、麻薬をやっている者に命令を出すだけにして、麻薬をやっていない者にまで関わってはならない。

[8936] 政府と警察は別である。 h21.11.11
政府は麻薬患者に命令を出す機関である。
一方、警察は犯罪者になる可能性のある国民全員を取り締まる機関である。
政府と警察とは全然目的が違う。
どちらかというと、政府は全国の麻薬患者に指令を出す麻薬患者のボスだから、政府は警察の敵である。
警察と政府は敵対関係にあるはずである。
だから、早く警察は政府から独立して活動を始めるべきである。
理論的には国民一人当たりから月に100円出せば警察はやっていけるが、警察が政府からちゃんと独立してやっていくなら、立法機関も組み込まねばならないことだし、私としては月に1000円までは警察に出してもいいと考えている。

[8937] 天皇とは何か? h21.11.11
神武天皇は、麻薬を擬人化した者である。
神武天皇は、政府が麻薬患者に命令を出すときに、命令の素[もと]になる者である。
今の天皇は、神武天皇の代理人である。神武天皇はおそらく架空の人物だから、今の天皇は神武天皇の子孫ではないと思われる。日本には偶像[ぐうぞう]を作る習慣がないので、神武天皇の像を建てる代わりに、生きている天皇を置いているのである。[私の故郷の高知県には、日本の古い習慣がよく残っている。高知県では他人の像を作ったり、他人を崇[あが]めたりする習慣がない。偉人の概念がない。日本人とはそもそもそういうものなのだ。]
つまり、天皇は、麻薬を擬人化した者の代理人である。
ひと言[こと]で言うと、天皇は、どうでもいい人である。

[8938] 神制度は曖昧[あいまい]な制度ではない。 h21.11.12
神制度が曖昧な制度に思われるのは、我々が神制度について明確に理解していないからである。
神制度をちゃんと理解できた者にとっては、神制度は明確な制度なのである。
つまり、政府は神制度(つまり、神に人間を従わせること)でふたつの仕事をやっている。
ひとつは、政府が麻薬患者に対して神を素[もと]にして“命令を出す”ことである。
ふたつは、政府が国民に対して神を素にして“権力の芝居”をすることである。[“権力の芝居”とは、政府が強い権力のある機関だと国民に思わせるために、政府が神を素にして滅茶苦茶[めちゃくちゃ]なことをやることである。物の上で滅茶苦茶なことをやると被害が大きいので、政府は文学作品や商品のデザインの上だけで滅茶苦茶なことをやるようにしている。文学者や商品の製作者は政府の権力の正体が麻薬の副作用であることを知らなかったので、政府が本当に権力のある機関だと思っておとなしく政府の命令に従って滅茶苦茶なことをやっていたのである。]
政府は正確にこれらふたつの仕事をやっている。どこにも曖昧さはない。
何についても、わからないうちは曖昧[あいまい]だが、わかればはっきりするのだ。

[8939] 権力とは何か?☆ h21.11.12
麻薬患者は麻薬の副作用で知能が低下して、神の存在を信じるようになり、政府が作った“神の命令”に無条件に従った。
ところが、麻薬のことを知らない人にとっては、どうして麻薬患者が政府に従うのか原因がわからなかったので、政府を原因不明という意味で“権力”のある機関だと考えて、政府に従ったのである。さらに、麻薬を知らない人が政府に従っているのを見た者が、政府を“権力”がある機関だと考えて、政府に従ったのである。こうしてほとんどすべての国民が政府を“権力”がある機関だと考えて、政府に従うようになったのである。
このように、理由がわからないがとにかく国民が従わねばならない者が権力者なのである。
つまり、権力とは原因がわからないがとにかく従わねばならないことである。
理由がわかって従わねばならない者は権力者とは言わないのである。
麻薬患者が政府に従うのは麻薬の副作用のせいだから、政府は“権力”のある機関ではないのである。
ある者に他人が従うのには、すべて何らかの『理由』がある。
この世に権力者などという者はいないのである。

[8940] 学者の権力 h21.11.12
一般に、頭のいい者は他人に対して威張らないものである。
それは、頭がいい者は自分の知覚欲を満足して生きているのであって、誇大欲[こだいよく]を満足して生きていないからである。
しかし、頭のいい者は頭がいいだけに自分の考えを絶対視しがちである。
いくら学者だからといって、学問のことだけ考えて生きているわけではない。
だから、学者が自分が正しいと信じている考えに反する者に対して攻撃することはありえる。
それを傍[はた]から見た人は、学者の権力(つまり、理由がないのに他人を支配すること)だと考えるのかもしれない。
それも一般人の学者に対する誤解である。
学者は自分の頭の中に持っている、他人には公[おおやけ]にしていない考えに基づいて攻撃しているのであって、けっして自分の業績を傘[かさ]に着て攻撃しているのではない。

[8941] 政府は国民を管理する機関ではない。 h21.11.12
政府は麻薬患者に命令を出す機関である。
政府にとってその他のことはすべて芝居である。つまり、政府は見せ掛けで権力があるふりや民主主義をやっているふりをしているだけであって、実際には権力もなければ民主主義をやってもいないのである。
政府は麻薬患者に命令を出す機関であって、それ以外の機関ではない。だから、いくら国民が政府に逆[さか]らっても、国民が麻薬患者でないかぎり政府は国民には口出しできない。政府は国民を管理する機関ではないのだから、国民がいくら政府に逆らってもかまわない。
だから、国民は政府に税金を払わなくても政府の命令を聞かなくてもいいのである。

[8942] 警察を呼ぶ場合 h21.11.12
だれでも、警察はあまり呼びたいものではない。警察に電話をかけるのはよっぽどの場合だけである。
警察を呼ぶほどではない犯罪は日本中で毎日起きている。
家の前にゴミを捨てられたぐらいでは警察を呼べない。
家の窓ガラスを割られたぐらいでも警察は呼べない。
その程度のことで警察を呼ぶと、かえって警察に怒られそうである。
ちょっとの怪我[けが]や病気で医者にかかると、逆に医者から「これくらいのことで病院に来るな!」と叱[しか]られるようなものである。
警察を呼ぶのは、家族が殺されたり重傷を負わされたり、家に泥棒が入って家族が生活できなくなるぐらいの大金を盗られたりした場合だけである。
だから、警察が必要になることはほとんどない。

警察を呼ぶほどの犯罪者は、10万人に1人程度しかいない。
10万人に1人の病気ではほとんど病院が要らないように、10万人に1人の犯罪者では警察もほとんど要らない。
しかし、日本全体では1000人も犯罪者がいることになるから、日本に数箇所[すうかしょ]は警察署や刑務所が必要である。そのためには国民は多少の出費もやむをえない。犯罪者が出るのは社会的責任だから、自分にも多少の責任があるので、自分もお金を出さねばならないのである。

[8943] 警察は要るか? h21.11.12
警察は、つまるところ犯罪者に対する“仕返しサービス”である。復讐サービスである。
しかし、殺人犯や泥棒が後で逮捕されるケースはまれである。10万人に1人しか犯罪者がいないのでは、よっぽどの馬鹿でないかぎり、発見されるわけがない。犯罪者であるかどうかは見た目ではまったくわからないから、まず逮捕するのは無理である。
これでは、仕返しサービスとは言えない。
だから、警察はあっても仕方がない。警察はあっても無駄[むだ]である。
だから、国民は警察に加入しない。国民は自分の身は自分自身で守るしかない。

[8944] 発表者 h21.11.12
『泣いた赤鬼』のおとぎ話はフェルマーの大定理の証明の前の岩澤理論のようなものである。
フェルマーの大定理を証明するためには岩澤理論をさらに進めなければならないように、『泣いた赤鬼』をさらに数歩進めなければ『麻薬をやらない国民は政府に従う必要はない』ことを証明できないのである。
そして、最近私が、@人間が麻薬をやると知能が低下して神の存在を信じて“神の言いなり”になることと、A政府が麻薬患者に神を素[もと]にして作った“神の命令”を出す機関であることと、B麻薬患者が政府に従っているのを見た麻薬を知らない者が政府を“権力のある会社”だと誤解して政府に従い、さらに麻薬を知らない者が政府に従っているのを見た者が政府が権力のある会社だと思って政府に従い、そうして国民のほとんどすべてが政府に従うようになったこと、あるいはB’麻薬患者が政府に従っているのを見た麻薬を知らない者が政府を“民主主義をやる会社”だと誤解して政府に従ったことを述べて、今の国民が政府に従っているのは昔の国民の政府に対する誤解に起因するのであり、政府が麻薬患者に命令を出す機関であって国民を管理する機関ではないことから、『麻薬をやらない国民は政府に従う必要はない』ことを証明するのに成功した。
私は『麻薬をやらない国民は政府に従う必要はない』ことを証明したが、当分自分の証明を発表するつもりはない。
しかし、他人が私の証明を真似て(書き写して)自分が考えたことにして発表するのはいけない。それは、事実に反するから許[ゆる]されない。
ただし、私の証明を私が考えたことにして、他人が私の代わりに発表するのは、事実に反しないからかまわない。その際は、必ず私(川野延夫)が私の証明を考えたことを公表しなければならない。
つまり、私の証明の考案者は私だが、私の証明の発表者は私以外の人でもいい。
そういう形でなら、私の証明を他人が発表してもかまわない。

[8945] 政府の成文法 h21.11.13
政府の成文法は法律の芝居である。
政府は“民主主義の芝居”で見せ掛けだけの法律を作ったのである。
そもそも政府は麻薬患者に命令を出す機関であって、法律で国民を管理する機関ではない。
麻薬患者に命令を出す機関にとっては、法律なんかどうでもいい。
日本の法律には麻薬取締法があるから、政府が法律を無視しないかぎり政府自身がやっていけない。
政府は自分が作った法律を自分自身で無視して破っている。
だから、政府が作った法律は形の上であるだけで、実効性がないのである。
そんな法律ではいけないと言うなら、政府をやめて警察にするしかない。
政府は麻薬患者に命令を出す機関だが、警察は最初から国民を管理する機関だからである。
麻薬をやらない国民にとっては、警察は役に立つが政府は役に立たないのである。
これまでの政府中心の社会がまちがっていたのである。
政府や麻薬組織が出来る前の警察だけがある国に戻さなければならない。
そもそも警察よりも政府や麻薬組織のほうが権力があることがまちがっている。[権力とは、理由があろうがなかろうがある者に他の者が従うことである。権力には、理由があって従う場合と、理由がなくて従う場合のふたつの意味がある。]
警察に政府や麻薬組織を取り締まってもらわなければいけない。

[8946] 立法者を罰する刑法 h21.11.13
警察に付属の立法機関が出鱈目[でたらめ]な法律を作ると国民が迷惑する。
だから、立法機関が作る法律には必ずそれぞれの法律の制定者の名前を付記しなければならないとする。
もしも、あとで法律がまちがっていることが判明した場合には、その法律の制定者が相応[そうおう]の責任をとらねばならないとする。
こうすれば、特定の会社から賄賂[わいろ]をもらってまちがった法律を作る者がいなくなるだろう。たとえ賄賂をもらわなくても、まちがった法律を作っては国民に迷惑がかかるからいけない。迷惑をかけたら、当然責任を取らねばならない。

[8947] 簡単なことと複雑なこと h21.11.13
複雑なことは簡単なことの積み重ねである。
だから、まず簡単なことがはっきりとわからないといけない。
簡単なことがはっきりとわかることを積み重ねていけば、だんだん複雑なことがはっきりとわかるようになる。また、そうならねばならない。
短い4コママンガを積み重ねていけば、長いマンガが描けるのと同じ理屈である。
つまり、簡単なことの総合によって複雑なことがわかるのであり、複雑なことの分析によって簡単なことがわかるのではないと言うことだ。最初っから複雑なことがわかるわけがない。

[8948] 『個体進化は系統進化を繰り返す。』 h21.11.13
私が医学生の頃、私が習った山本寅男[やまもととらお]教授が最終講義の最後に語った言葉である。
動物発生学ではエルンスト・ヘッケル(1834-1919)の法則といって有名である。
山本教授は「この謎をなんとしても解きたい」と言っていたが、私はこの説自体がまちがっていると思う。なぜなら、現在地球上に住んでいる魚は魚なりに進化してきたわけだし、人間は人間なりに進化してきたわけだから、魚と人間とで発生が途中まで似ているからといって、人間が魚の進化した者だと見なすのはまちがっているからである。魚と人間とでは作り方が途中まで同じだけで、そこから先は別の道をたどるので、系統進化というものは存在しないのである。つまり、地球上のすべての生物が一直線上に順序付けて並べられるという生物観はまちがっている。
しかしながら、この法則は勉強については当てはまる。
個体の勉強は人類の勉強を繰り返す。つまり、個人はこれまでの人類が自然についてわかってきたことを順番に学ばなければならない。例えば、相対性理論や量子力学を学ぶためには、まずニュートンの古典力学から学ばねばならない。
だから、反対に人間が馬鹿になると人類の文化の歴史を逆にたどると言うことだ。
つまり、人間が麻薬をやって知能が低下すると、昔の人類が考えたような考え方をすることになる。
つまり、この世には神様がいて、神様に人間が従わねばならないと考えるようになる。
つまり、神制度は麻薬の副作用で出来たと言うことだ。

[8949] 政府の勘違い h21.11.13
神についての物語(つまり、聖書や古事記などの聖典)は、政府が出来る前からすでにあった。“麻薬の神”についての物語を作ることは世界中の国で昔から行われていたことである。
政府が出来て、政府が麻薬患者に神を素[もと]にした“神の命令”を出すときに、政府はすでに出来ていた神についての物語を参考にした。
麻薬患者は麻薬の副作用で知能が低下しているから、政府が「神の命令だ」と言いさえすればどんな命令にでも従うのだが、政府は“神”だから麻薬患者が命令を聞くのだと勘違いをしたのである。
それで、政府はそれぞれの国の神に因[ちな]んだ命令を一生懸命に考えて麻薬患者に出したのである。
政府は「麻薬患者は馬鹿だから駄洒落しかわからない」と思って、一生懸命に駄洒落の命令を考えて出したのである。
政府は神の物語に縛[しば]られて自分で自分を不必要に苦しめていたのである。
麻薬患者は馬鹿だから、本当に神の命令かどうかなどと考える余裕がないので、政府が自分勝手に出鱈目に作った命令を「神の命令だ」と言って出しさえすればよかったのだ。
だから、世界大戦後わざわざ私を神にしなくても、政府が「神の命令だ」と言いさえすれば麻薬患者は喜んでそれに従ったのだ。政府が“権力の芝居”をするのにも、私を神にする必要はなかったはずである。

[8950] 権力の芝居について h21.11.13
政府が権力の芝居をするのは、政府に権力があると国民に思わせるためである。
しかし、麻薬患者に命令を出すことに準じて権力の芝居をやったために、すべて神に因[ちな]んだ権力の芝居になってしまった。
そのために、政府ではなく神に権力があると国民に思わせることになってしまった。
世界大戦後、これまでの神は死んでしまった。神の権力はなくなった。
そのために、政府の権力もなくなってしまった。
世界大戦後、政府は新たに私を神として権力の芝居を始めたが、私の何が偉いのか国民には合点[がてん]が行かなくて、政府の権力も回復しなかった。
昔の神の時に、政府が自分自身に権力があると国民にちゃんと思わせて置けばよかったのだ。政府は権力の芝居が下手[へた]だ。
したがって、今の政府には権力がない。戦後の政府の権力の芝居は完全に失敗した。
麻薬患者が少なくなった現代においては、政府に権力があることさえわかっていない国民が多い。
そんな時代にいくら政府が権力の芝居をやっても、政府に権力があると思ってくれる国民はいない。
むしろ、かえって、政府が馬鹿なことをやっていると国民にさげずまれるだけだ。

[8951] 権力とは何か? h21.11.13
政府は麻薬患者に命令を出す機関である。
麻薬患者は麻薬の副作用で知能が低下して神の存在を信じて神の言いなりになって、政府が作った“神の命令”に無条件に従った。
それを見た麻薬を知らない人が、いくら考えても麻薬患者が政府に従う原因がわからなかったので、もともと政府には“他人を従わせる不思議な力”すなわち“権力”があると考えた。
それで、麻薬を知らない人も政府に従った。
さらに、麻薬を知らない人が政府に従っているのを見た人も、政府には“他人を従わせる力”すなわち“権力”があると考えて、政府に従った。
そうして、大勢の国民が政府に従うようになった。
しかし、もとをただせば、“権力”なんてものはない。
政府の権力の正体は麻薬の副作用だったのである。
例えば、真空の引力がじつは空気の圧力であったように、政府の権力はじつは麻薬患者の服従力だったのである。真空の引力がないように、政府の権力もないのだ。
大勢の国民がそろいもそろって、まちがった社会科学をやっていただけのことなのである。
さらに、政府に権力がある理由を理解しようとした人は、政府が民主主義をやるからだと考えた。
これも、また、政府についての誤解のひとつである。
大勢の国民は政府に権力すなわち他人を従わせる不思議な力があると誤解して政府に従っていたのであって、政府が民主主義をやるから従っていたのではない。
これまた、国民によるまちがった社会科学である。
そこで、政府は国民の誤解に合わせて、自分に権力があるところを国民に見せる芝居をやったり、自分が民主主義をやるところを国民に見せる芝居をやったりするようになったのである。
しかし、そもそも、政府に権力があることや政府が民主主義をやることは、国民の政府に対する誤解である。
国民は自分の誤解のせいで政府に従っているだけなのである。
実際には、政府には権力もなければ、民主主義もやっていない。実際には、麻薬患者が副作用で神の言いなりになっただけのことである。
国民みんなが政府に従っていることがくだらない。
馬鹿馬鹿しいと思った国民は、今すぐ政府に従うのをやめたほうがいい。
政府は麻薬患者に命令を出す機関だから、国民が政府に従うのをやめても文句は言わないはずだ。
私の理論が正しいと思った人は、試[ため]しに政府に従うのをやめてみればいい。それでしばらく様子を見てみるのもいいかもしれない。科学においては実験精神も大事なことである。

私の理論が正しければ、政府はあなたに文句を言って来[こ]ずにおとなしくしているはずだ。
私の理論がまちがっていれば、政府はあなたに文句を言いに来て、あなたは警察に引っ張って行かれて牢屋[ろうや]に入れられることになるだろう。
あなたは私の理論が正しいと思うだろうか、それともまちがっていると思うだろうか!?

[8952] 視覚文化と聴覚文化 h21.11.14
日本人の精神分裂病者に幻聴が多いのに比べて、白人の精神分裂病者には幻視が多い。
このことは、日本が聴覚文化であるに対し、ヨーロッパやアメリカが視覚文化であることを物語っている。
最近の日本人はテレビをよく見るが、日本人はもともとあまりテレビが好きではないのである。
日本人はテレビの音だけ聞いて映像は見ていないのである。
日本人は開き盲[めくら]である。
日本人は見た目に囚[とら]われない。
それなら、いくら政府が眼先で偉そうに見えても、理論的に政府に権力がないのなら、自分が政府に従わなくてもかまわない。
それがわかるのが日本人だ。それがやれるのが日本人だ。
ヨーロッパ人やアメリカ人が物に関して敏感であるのに対し、日本人は言葉に対して敏感である。
白人の心が物が好きであるのに対して、日本人の心は言葉が好きである。
アニメに関しても、はじめの頃は絵の綺麗なものを見たがるが、結局は話の面白いものに行き着くのが、日本人の習性である。
物をいじりたがるのが白人の習性であるように、言葉をいじりたがるのが日本人の習性である。
だから、日本人は日本人の習性(感性)を活かせばいい。
つまり、日本では聴覚文化・言語文化を育てればいい。
そうすれば、外国に対しても顔が効く。

[8953] 麻薬の国 h21.11.14
いまだに日本政府が神制度(神に人間を従わせること)をやっているのは、日本を麻薬の国にするためだと考えられる。
しかし、神制度は麻薬の副作用で出来た制度だから、麻薬文化からは神制度が生まれるが、逆に神制度からは麻薬文化は生まれない。
神制度には、国民に麻薬をやらせる作用はない。
だから、いくら日本政府が一生懸命に神制度をやっても、日本国民が麻薬をやるようにはならない。
今でも麻薬をやっている者が少しはいるから、いまだに政府が作った“神の命令”を聞く者はいるが、世界大戦後の神については神の物語がないので、いくら政府が神を素[もと]にして“権力の芝居”をしても、一般の国民は誰が何をやっているのかわからないから、何にもならない。政府は無駄なことをしているだけである。
今の国民は、他人が政府に従っているから他人を真似て政府に従っているにすぎない。
だから、政府に従わない国民が現れれば、その国民を真似て政府に従わなくなるはずである。
昔の国民は麻薬患者が政府に従っているのを見て政府に“権力”があると誤解をして政府に従ったが、今の国民は、政府の“権力”の正体が麻薬の副作用であることを知っているから、今の国民は政府に従わない。つまり、今の政府には“権力”がない。
今の政府には権力がなく、今の政府は麻薬患者に命令を出す機関にすぎない。
政府は本来の姿に戻ったのだ。

[8954] 神の商品化 h21.11.14
政府は麻薬患者に命令を出す機関だが、今は麻薬患者の数が少ないから、政府の“命令活動”も地味である。
世界大戦後の神については神の物語がないから、政府がやっている“権力の芝居”も一般国民に対しては無効である。
しかし、世界中ではいまだに麻薬患者がかなり大勢いる。世界中の麻薬患者を集めればかなりの数になる。
麻薬患者は麻薬の副作用で知能が低下して、神の存在を信じるようになり、神の命令に何でも従うようになる。
麻薬患者は、神と名の付く物なら何でも買い漁[あさ]るようになる。
だから、神を素[もと]にして作った商品は麻薬患者にはよく売れる。
そこに日本政府は目をつけて、私を神にして、私を素にした商品をたくさん作って世界中の麻薬患者に売って儲けたのである。
つまり、今では神とは政府が麻薬患者に商品を売って儲けるための素[もと]になる者のことなのである。政府が麻薬患者に商品を売って儲けるための素[もと]になる者が神なのである。政府はなんでもないただの人間を神ということにして、麻薬患者に神を素にして作った商品を売っているのである。
それなら、神は政府の誰かにすべきであって、政府以外の者を神としてはいけない。それが常識だ。それが現代社会の不文法だ。私は政府の者ではないから、政府は私を神としてはいけない。
今では、政府は“神の商品”を作って儲ける会社にすぎない。それなら、政府は民間会社と同じなので、国民は政府と今後一切関わらない。

[8955] 神とは何か? h21.11.14
麻薬患者は麻薬の副作用で知能が低下して、政府が作った“神の命令”を聞いたり“神の商品”を買ったりする。
神とは、政府が麻薬患者に命令を出したり商品を売ったりする素[もと]になる者のことである。
神は実在の人であってもなくてもいいし、超能力者であってもなくてもいい。

とにかく政府が命令化や商品化をしさえすれば神なのである。

政府は麻薬患者を相手に商売をする会社なのである。
だから、麻薬をやらない国民はわざわざ政府に関わって政府に税金を払ったり、政府の命令を聞いたりする必要はないのである。

[8956] 騙[だま]されるほうが悪い。 h21.11.14
政府は権力がないのに権力があるふりをしたり、民主主義をやっていないのに民主主義をやっているふりをしている。
政府は議会をしているだけで、行政は民主主義ではなく神制度でやっているのである。神制度の行政とは、権力の芝居のことである。例えば、神を素[もと]にした文学作品や商品を作らせることである。しかし、世界大戦後は神についての物語がないので、国民にとっては政府が何をやっているのかわからず、政府のやっていることは権力の芝居にはならない。政府は無駄なことをしているだけである。今では国民の誰も「政府が他人を従わせる不思議な力(権力)を持っている」と考えたりはしない。今の国民が政府に従っているのは、国民の多くが「政府が民主主義をやる会社だ」と思っているからである。しかし、実際には政府は麻薬患者に“神の命令”を出したり“神の商品”を売ったりする会社であって、民主主義をやる会社ではないから、今の国民は政府に従わなくてもいいのである。
政府の民主主義は議会だけで終わりであって、民主主義で実際に国を動かすことはないのである。
それは、そもそも政府がその名の通り、政[まつりごと]をする府すなわち神制度をする機関だからである。
早い話が政府の詐欺[さぎ]である。政府は民主主義をやっているふりをして、実際には政府は政府自身のために神制度で行政をするだけで、国民のために民主主義の行政をやっていないのである。
しかし、昔は『騙[だま]されるほうが悪い』という考えが一般的だったので、政府は国民を平気で騙していたのである。
しかし、今は『法律は弱い者の味方だ』という考えが一般的になったので、反対に今では騙すほうが悪いと考えられるようになったのである。
だから、今では国民に民主主義をやっているふりをして騙している政府のほうが悪いのである。

[8957] 人は麻薬のみに生きるにあらず。 h21.11.15
麻薬をやると気分が楽しくなる。
しかし、麻薬には怖[こわ]い副作用がある。
副作用を考えに入れずに麻薬をやると、政府や宗教団体や暴力団の言いなりにされたり精神分裂病に罹ったりしてあとで後悔をすることになる。
人間は楽しすぎると、心が実在の外に出てうまくいかなくなる。[[4959]の図を参照。]
だから、“楽しすぎない娯楽”が大事なのである。
麻薬と性(性交と自慰[じい])以外のことで楽しむようにすれば、生まれてから死ぬまで楽しい人生を送ることができる。

[8958] 天動説と民主主義説☆ h21.11.15
昔の人は空にある星が動いているのを見て天動説を考えた。天動説とは、すべての星が地球を中心にして回っていて、月から上の世界は永遠に不変であり、月から下の世界しか変化がないとする説だった。
天動説では、星の動きをだいたい説明できたが、いくつかわからないことがあった。
例えば、惑星は逆行する。金星に満ち欠けがある。ときどき新星や彗星が現れることがある。木星に衛星がある。…など。
これらの問題を解決するには、地球が太陽の周りを回っていると考えればいい。
太陽が地球の周りを回っているのではなく、地球が太陽の周りを回っていると考えればすべての天文現象は論理的に説明が付く。だから、地動説はまちがいない。
それと同じように、昔の人は政府を民主主義をやる機関だと考えていた。
しかし、この仮説は政府の活動をほとんど説明することができなかった。
例えば、政府は民主主義を本気でやっていない。政府の議会はいつもダラダラしていていかにもやる気がない。政府はまるで民主主義をやっていないかのように見える。政府は神制度をやっている。政府はときどき信者に神の命令を出して事件を起したり、国民に神を素[もと]にした文学作品や商品を作らせている。戦前は政府は神武天皇の神制度をたしかにやっていた。今でも政府は私の神制度をやっている。
これらの問題を解決するには、政府が麻薬をやっている信者に対して“神の命令”を出す機関だと考えねばならない。政府は国民に政府を権力のある機関や民主主義をやる機関だと思わせるために、神を素にした文学作品や商品を作らせたり、議会をやったりしているだけである。つまり、政府は神制度をやる機関である。神制度とは神に人間を従わせることである。国民に神を素にした文学作品や商品を作らせたりするのは神制度でやっているのである。議会は国民を騙[だま]すためのハッタリである。
しかし、麻薬をやっている信者は麻薬の副作用で知能が低下して神を信じているから政府が作った“神の命令”を聞くのはいいとしても、一般の国民に対してまで政府が神を素にした文学作品や商品を作らせたりするのは意義がない。昔の人は麻薬患者が政府に従っているのを見て、政府に“権力”(他人を従わせる不思議な力)があると信じていたから、政府が自分に権力があることを国民に示すために神を素にした文学作品や商品を作らせたりしたが、今の人は政府に権力(他人を従わせる不思議な力)があると信じていないから、いくら政府が神を素にした文学作品や商品を作らせたりしても無駄[むだ]である。今の人は政府の権力の正体が麻薬の副作用であることを知っている。だから、政府が権力がある機関だと思っていない。今の人は政府をなめている。昔の国民は政府に権力があると思って馬鹿だったから政府は国民を馬鹿にしてハッタリの議会をやっていたが、今の国民は政府に権力があると思っていないから政府が国民を馬鹿にしてハッタリの議会をやることはできない。今の国民は政府の議会が見せ掛けだけの芝居であることにすでに気付いている。今の社会が民主主義なのは、政府ではなく国民が民主主義をやっているからである。
政府を民主主義をやる機関ではなく、神制度をやる機関だと考えれば、政府のやっていることはすべて論理的に説明が付く。だから、政府が神制度をやる機関であることはまちがいない。一般の国民にとって神制度は役に立たない。したがって、国民にとって政府は要らない機関であり、国民は政府に従わない。

[8959] 権力の芝居について h21.11.15
日本の文学に神武天皇の光の玉が出て来るのは、文学者が政府に従っていることを国民に示すためである。
麻薬患者や文学者が政府に従っていることを国民に示せば、国民は日本人みんなが政府に従わねばならないのだと思って、政府に従うようになるからである。
麻薬患者が政府に従うだけでは、政府に“権力”(他人を従わせる不思議な力)があると思わせるには不十分なので、政府は文学者や民間会社の製作者に神を素[もと]にした作品や製品を作らせることによって、政府に“権力”(他人を従わせる不思議な力)があると国民に思わせようとしたのである。
しかし、麻薬患者が政府が作った“神の命令”に従うのは麻薬の副作用だし、文学者や民間会社の製作者が神を素[もと]にした作品や製品を作っているのは政府にお金をもらってやっている“権力の芝居”である。実際には、政府には“権力”(他人を従わせる不思議な力)はない。だから、国民は政府に従わなくてもいい。[石川啄木の「東海の小島の磯[いそ]の白砂[しらすな]にわれ泣きぬれて蟹[かに]とたはむる」という詩[し]は、啄木がいやいやながら政府に神武天皇を素[もと]にした詩を作らされていることを嘆[なげ]いた詩ではなく、啄木が神武天皇を素にした詩を作って政府からお金を貰[もら]える喜びを謳[うた]った詩である。啄木の涙は悲しみの涙ではなく、うれし泣きの涙なのである。/戦前の神については神の物語があったから、政府が文学者や民間会社の製作者に神の文学や神の製品を作らせると、国民は文学者や民間会社の製作者が神に従っていることがわかるので、国民に自分も神に従わねばならないと思わせることができたが、戦後の神(つまり私)については神の物語がないから、政府がいくら文学者や民間会社の製作者に神の文学や神の製品を作らせても、国民にとっては政府が何をしているのかわからず、国民は神に従わねばならないと思わない。だから、今では政府の“権力の芝居”はやっても無駄[むだ]である。]
政府が見せ掛けだけの議会をやっているのも、国民に自分が政府に従わねばならないと思わせるためである。議会も“権力の芝居”だったのである。


[8960] 文学部の学者について h21.11.15
文学部の学者の書いた文はどれも意味がぼやけて曖昧模糊[あいまいもこ]である。
文学部の学者は自分が馬鹿だということを学生に教えたいのだろうか?
文学部の学者の知能が低すぎるのは、政府から麻薬をもらって陰[かげ]で麻薬をやっているからではないだろうか?

[8961] 江戸時代について h21.11.15
江戸時代には幕府は神制度をやっていなかった。
神制度とは、政府が神を素にした“権力の芝居”をやって、国民に自分が政府に従わねばならないと思わせることである。
幕府は神制度をやらない代わりに、士農工商の身分制や参勤交代をやって、国民に自分が幕府に従わねばならないと思わせた。[中国は神制度をやらない国だから、中国政府ではなく、中国幕府と呼ぶべきである。]
政府でも幕府でも権力の芝居をやったわけである。
私は、政府の権力の芝居よりも幕府の権力の芝居のほうが、シンプルでいいと思う。
政府も幕府も権力の芝居をしていたにすぎない。もともと、政府にも幕府にも権力(他人を従わせる不思議な力)はない。だから、本来国民は政府や幕府に従わなくてもいい。自然科学と折り合いをつけて考えるなら、人間の上には人間はいないから、法律を作るのは国民全員であり、[行政なんかする必要はなく、]この世には国民全員が作った法律を取り締まる警察だけがあればいい。

[8962] 文学とは何か? h21.11.15
文学で大事なのは“言葉の雰囲気”だけである。
書いてある内容ではない。
文学で大事なのは、書いてある内容が正しいかまちがっているかではなく、“言葉の雰囲気”が楽しいかそうでないかだ。
文学はくだらない仕事だ。
“言葉の雰囲気”が楽しいかそうでないかは、読む人の知的レベルや性格によっても変わる。
文学はいくらでも言い訳が効くいいかげんな仕事だ。だから、面白くない。
しかし、自分に合った文学には自分を楽しくする不思議な作用がある。だから、文学は麻薬のように貴重である。

[8963] どうして今の国民は政府に従っているか? h21.11.15
それは、今の国民が政府を民主主義をやる機関だと思っているからである。
政府に民主主義をやってもらうお礼として、国民は政府に税金を払っているのである。
しかし、それは国民の政府に対する誤解である。
国民はテレビの見すぎや新聞の読みすぎのせいで、政府を誤解しているのである。
実際には、政府は神制度をやる機関である。
政府が神制度をやっても国民にとって得になることはない。政府は自分に権力(他人を従わせる不思議な力)があると思わせるために、行政で神を素[もと]にした国作りをして、国民が面白くない目にあっているだけである。
政府は国民の役に立つことをしていないから、国民は政府にお礼として税金を払う必要はない。

[8964] なぜ日本では書いた論文の量で学者の地位が決まるか? h21.11.15
それは、日本政府が科学の論文を文学と同じように見なしているからである。
文学では書いた量で原稿料が決まるので、政府が科学の論文も書いた量で価値を決めているのである。
しかし、文学と科学は違う。
文学では“言葉の雰囲気”が大事なのに対し、科学では“内容の正しさ”が大事である。
科学では、いくら書いた論文の量が多くても、まちがっていたら何にもならない。
反対に、科学ではたとえ書いた論文の量が少なくても、新しい真理があれば無限の価値がある。
だから、科学の論文に対しては、量よりも質で評価しなければならない。
政府が科学の論文を量で評価するのは、そもそも神武天皇の話が文学調で書かれていたためである。
やはり政府は国民にとって迷惑な機関である。

[8965] 世界大戦はどうして起きたか? h21.11.15
世界大戦は政府が起こした戦争ではなく、国民が起した戦争である。
世界大戦は、国民に麻薬をやめさせるための戦争である。
政府や麻薬組織は麻薬で儲[もう]けている会社だから、麻薬をやめる戦争をするわけがない。
だから、世界大戦は、国民が起した戦争である。国民が政府に命令して戦争させたのである。
いくら国民が政府や麻薬組織に攻[せ]め込んで政府や麻薬組織を滅ぼしても、国民自身が麻薬をやめないかぎり、また政府や麻薬組織が生まれてくる。だから、国民に麻薬をやめさせるためには、国民が国民自身に対して攻撃するしかないのである。
理想的には、麻薬をやらない国民が麻薬をやる国民を攻撃すればいいのだが、麻薬をやっているかやっていないか区別が付かないので、国民総出[そうで]で戦いをやるしかなかったのである。
世界大戦は、行き当たりばったりで始まったのではなく、はじめから高度に計画されていた作戦である。
だから、作戦は成功して、世界大戦後は国民の大半が麻薬をやらなくなったのである。麻薬をやっている国民は麻薬の副作用のために麻薬をやらない国民よりも戦争が弱くて、高い確率で戦争で死んだためかもしれない。
戦争の勝ち負けは最初からどうでもよく、とにかく国民が麻薬をやめればよかったのである。

[8966] 民主主義は難しい。 h21.11.16
民主主義の政治は神制度の政治の10〜100倍難しい。
神制度の政治は、政府が自分の権力を強めるために、国民が好むと好まざるとに関わらず、神を素[もと]にした国作りをすればいいので楽である。
一方、民主主義の政治は、政府が国民を満足させることをしなければならないので、そのぶん難しいのである。
はっきり言って、政府には民主主義の政治をするのは無理である。
国民全員が満足するかどうかは国民全員で決めねばならず、一部の人間だけで決められることではないからである。
だから、民主主義の政治をするためには、政府は役に立たないのである。
民主主義の政治をやるためには、昔のギリシアのように、国民だけで政治をやって、政府なしの政治をするしかないのである。[ローマも昔は国民だけで政治をやっていたが、奴隷組織が強い権力を持つようになってから皇帝制に変わった。]
なぜなら、民主主義とは、その名の通り国民主義のことだから、国民が中心になるしかないからである。
だから、民主主義にとっては、政府はむしろ邪魔[じゃま]である。政府はあってはならないのである。
そもそも政府は神制度をする機関だから、民主主義とは関係がない。
民主主義と神制度は対立するから、民主主義を実現するためには神制度をやる政府はなくさねばならない。
民主主義とは、国民全員で法律を作ることである。実際に、現在の社会に通用している不文法はそうして作られてきたものである。したがって、政府に代わる機関としては、社会に潜在する不文法を成文化する立法機関と、そうして出来た成文法で国民を取り締まる警察(司法機関)のふたつがあればいい。[行政機関は、政[まつりごと]すなわち神制度を行うための機関だから要らない。
そもそも政府は行政機関だけだったのであり、あとからそれに警察(司法機関)や議会(立法機関)が付け加わったのである。だから、政府にとっては行政が本命であり、警察と議会はどうでもいいのである。それでも日本の治安がいいのは、国民自身が不文法を作り、また不文法を守っているからである。つまり、国民にとっては政府は昔から無用の長物だったのである。]

[8967] 政府の権力 h21.11.16
政府の権力は、裏の麻薬組織が麻薬を売ることによって得た資本金による“金の権力”と、麻薬をやった信者が政府が作った神の命令に従う“信者の権力”と、一部の国民(文学者や民間会社の製作者)が政府にお金をもらって神を素[もと]にした文学作品や製品を作ったりすることによる“権力の芝居”のみっつからなる。
しかし、今は国民のほとんどが麻薬をやらなくなったから、“金の権力”と“信者の権力”はほとんどない。
戦後の神についてもあいかわらず“権力の芝居”は盛んに行われているが、肝心の神の物語がないので、国民は政府が何をやっているのかわからず、すべて無駄になっている。つまり、“権力の芝居”は国民に政府に権力があると思わせるためには、まったく役に立っていない。[信者に強制的に“神の商品”を買わせるためには役に立っているかもしれないが。例えば、いまだにパチンコ屋が儲[もう]かっているのは、政府が信者にパチンコをやらせるからである。[パチンコはパチンコの玉が丸くて光るから、日本政府が神武天皇の神制度でやっている遊技[ゆうぎ]である。]]
だから、今の政府には、ほとんど権力がない。
昔の政府は、裏の麻薬組織の“金の権力”と政府の命令に従う“信者の権力”が強かったから、国民を自由自在にできたが、今の政府にはどちらもないので無力である。
だから、今は国民は政府に従わなくてもいい。信者が政府に従うだけで、国民は政府を無視していいのである。[政府は神制度をやる機関であって、立法をやる機関ではないから、日本政府の成文法はあってなきがものである。だから、国民は政府の成文法を無視してもかまわない。ただし、日本社会に通用している不文法を無視してはいけない。]
今の国民が政府に従っているのは、政府に権力があるからではない。
今の国民が政府が民主主義をやる機関だと思っているからである。
しかし、実際には政府は政[まつりごと]すなわち神制度をする機関である。
それなら、もはや国民が政府に従う道理はない。

[8968] 政府=警察+行政 h21.11.16
今の政府は行政+立法+司法である。
行政とは、政府に“権力”(他人を従わせる不思議な力)があると国民に思わせるために政[まつりごと]を行うことすなわち神制度を行うことであり、具体的には文学者や民間会社に製作者に“権力の芝居”をさせることである。つまり、政府が文学者や民間会社の製作者にお金をやって神を素[もと]にした文学作品や商品を作らせて、文学者や民間会社の製作者に神に従っているふりをさせることである。江戸時代の大名行列の前で平民に土下座[どげざ]をさせるようなものである。
しかし、世界大戦後の神(つまり私)については神の物語がないので、いくら文学者や民間会社の製作者が“権力の芝居”をしても国民にとっては文学者や民間会社の製作者が神に従っているようには見えないから、無駄[むだ]である。
政府の行政には麻薬患者に“神の命令”を出す機能もあるが、麻薬患者が少なくなった現代ではほとんど意義がない。ときおり殺人事件を起して新聞やテレビを賑[にぎ]わす程度である。
したがって、政府の行政は無駄である。
今の政府から行政を引くと立法+司法となる。
立法+司法=警察である。
だから、国には政府ではなく警察があればいいのである。
立法は本来国民の仕事である。国民は自分で考えて立法しながら社会の中で生きていかねばならない。だから、立法者は社会の中で生きている国民全員である。国民一人一人が社会の中で生きているかぎり立法し続けているのである。警察の中の立法機関は、国民が作った不文法を書き表すだけである。

[8969] 信者とは何か? h21.11.16
麻薬をやっている者は麻薬の副作用で馬鹿になって政府の言いなりである。
しかし、信者の中には麻薬をやっていない者もいる。
麻薬をやっていない信者は、行政と同じように政府に“権力”(他人を従わせる不思議な力)があると国民に思わせるために、政府がお金をやって(または待遇を少しだけ良くして)神や政府に従う芝居をさせる者である。江戸時代の大名行列の前でお行儀[ぎょうぎ]よく土下座[どげざ]をさせるようなものである。要するにサクラである。
つまり、政府には本当は権力がないのである。政府は麻薬患者に対しては麻薬の副作用で顔が効[き]くが、それ以外の者に対してはお金で動かしているだけである。
政府は権力がないからこそ、必死になってお金で権力を得ようとしているのである。
議会も政府が権力を得るための芝居にすぎない。本来立法は国民がするものであって、議員がするものではない。議会ではいつも議員が気のない会議ばかりしているから、むしろ議会は逆効果になっているかもしれない。
政府には麻薬の副作用の権力とお金をやってやらせた芝居の権力しかない。
だから、国民は政府に従いたいとは思わない。
政府に権力がなく、民主主義もやっていなければ、もはや国民が政府に従う理由はない。
そもそも国には国民(立法)と警察(司法)だけがあればよく、政府(行政)は要らない。

[8970] 権力の芝居について h21.11.16
民間会社は政府からお金をもらって神を素[もと]にした製品を作って国民に売っている。
しかし、民間会社も政府に税金を払わなければならない。
トータルとしては、政府からもらうお金よりも政府に払う税金のほうが高いはずである。そうでなければ、政府が食べて行けないからである。
つまり、民間会社にとっては政府があるほうが損をする。
だから、民間会社にとっては政府がないほうが得である。
したがって、政府は潰[つぶ]したほうがいい。

[8971] 支配の条件 h21.11.16
支配が成立するためには、支配する者と支配される者の両方の合意が必要である。
片方だけでは支配は成り立たない。
政府が国民を支配できたのは、政府が国民を支配しようとし、且[か]つ国民が政府に支配されることを認めたからである。
しかしながら、それは今の国民が政府が権力(他人を支配する不思議な力)のある機関や民主主義をする機関だと勘違いをしているせいであり、政府の正体がバレてしまえば政府が国民を支配することは成り立たないのである。
したがって、今の政府が滅びてすぐに警察ができなくてしばらく穴が開いた時、『北斗の拳』のジートのようなチンピラ丸出しの暴力団が国を乗っ取ろうとしても、国民がそんな団体に支配されることを認めないから、乗っ取ることはできない。

[8972] 経済について h21.11.16
政府は行政(政府に権力があると国民に思わせること)以外は本気でやっていない。
だから、警察や議会や経済などはいいかげんにやっているだけである。
立法は実際には政府ではなく国民全員でやるように、経済(物の値段を決めること)も実際には政府ではなく国民全員でやっている。
政府は国民の手柄[てがら]を自分の手柄にしているだけである。それもまた国民に政府に権力があると思わせるための嘘[うそ]である。
政府は経済に関して実際には何もしていないのに、社会科の教科書やテレビや新聞などの報道を使って国民に政府が経済に関して何かやっていると思わせているだけである。政府は国民の眼が届かないのをいいことに、自分がやっていないことを自分がやっていることにしているのである。
実際に、物価はあたかも放置されているかのように毎年少しずつ上がっているし、日本の不景気もかなり長く続いている。だから、政府は経済については何もやっていない。そもそも、経済は国民全員でやることだから、政府だけでは何もできないのである。
要するに、政府は行政(政府に権力があると国民に思わせること)で儲[もう]ける会社なのである。警察も議会も経済も、政府にとっては行政のための手段にすぎないのである。だから、政府は、警察や議会や経済については見せ掛けの芝居程度にしかやっていないのである。
どうしても国にとって経済調節機関が要るならば、警察と同じように新たに設[もう]けねばならない。政府が政[まつりごと](政府に権力があると国民に思わせること)ばかりして経済をおろそかにするのなら、政府を潰して経済調節機関を設けたほうがいい。
政府は自分の権力作り(国民を政府に従わせる工作)ばかりやっている、国民にとっては短所ばかりの会社であって、見せ掛けの芝居程度の警察や議会や経済をやっている、あるかないかわからない程度の長所があるだけの会社である。そんな会社は国民にとっては要らない。だから、政府は滅んでいい。[政府の議会は国民の総意を反映させる場所ではない。学校や会社の会議と政府の議会をいっしょにしてはいけない。政府の議会は自分の権力作りのためにやっている見せ掛けだけの芝居なのである。]
政府が本業とする行政の抱き合わせでやっている警察や議会や経済などの副業は、本当に国民にとって必要な仕事かどうかわからない。だから、いったん副業もひっくるめて政府を潰して、しばらく社会の様子を見て、どうしても必要な機関だけを国民の総意で設けることにしよう。国民の9割以上が賛成ならその機関は出来るだろう。たぶん税金で経営もできるだろう。真面目な仕事はお金がかからないから、サービス料金も安く済むだろう。[ちなみに、私は税金制には反対である。例えば、警察は捕[つか]まえた犯罪者に足かせをつけて普通の人間が嫌がる仕事をさせて稼[かせ]げばいいし、経済調節機関は消費税で経営すればいい。まあ、そんなことは“国民の総意”で決めればいいことだ。]

[8973] 国民に厳しすぎるとかえって治安が悪くなる。 h21.11.17
中東の国ではお酒は飲んではいけない。
しかし、その代わりにみんなが麻薬をやっている。
そのために治安が悪くなり、犯罪者天国と化している。
法律を厳しくしすぎると、かえって治安が悪くなる。
たとえ世界最高水準の厳しい法律を持った国でも、国民が法律を守って幸福にならなければ、国民がますます悪いことに手を出して、かえって治安が悪くなる。
法律は国民の幸福を保障するものでなければならないと言うことだ。
しかし、本当は法律の作り方がまずいせいではない。
本当は、いまだにそれらの国では麻薬組織が強い権力を持っているためである。
それらの国は世界大戦に加わらなかったから、いまだに国民の多くが麻薬をやっているのである。

[8974] 神とは何か? h21.11.17
政府は自分に権力(他人を従わせる不思議な力)があると国民に思わせることによって儲[もう]ける会社である。
政府はそうやって国民から税金を取り、国民を政府の命令に従わせてきたのである。
神は、政府が自分に権力があると国民に思わせるために使う者である。政府は行政をすることによって、つまり政府は“神の命令”を麻薬患者に出して事件を起すことによって、政府に権力があると国民に思わせているのである。政府はまた、文学者や民間会社の製作者に神を素[もと]にした文学作品や製品を作らせることによって、神に国民が従わねばならないと国民に思わせて、神を扱う政府に権力があると国民に思わせているのである。[しかし、世界大戦後の神(つまり私)については“神の物語”(古事記の神武天皇の話や聖書のキリストの話のように、神のことが書いてある話)がないから、いくら政府が麻薬患者に事件を起させても、文学者や製作者に神を素[もと]にした文学作品や製品を作らせても、実際には政府が何をやっているのかわかっていない国民が大多数である。政府はこれまで何にもならないことを一生懸命やってきたのである。政府は国民の税金を無駄にしただけである。だから、今の政府には権力はない。したがって、今の政府の支えは民主主義の芝居だけである。
しかし、政府は実際には神制度をする会社つまり『政府に権力があると国民に思わせることを仕事にしている会社』であって、民主主義をする会社(つまり、国民を幸福にする法律を作って、警察を使って国民に法律を守らせて、国民を幸福にする具体的な事業をする会社)ではない。実際に、今の日本は国民にとって幸福な国ではないから、明らかに政府が民主主義の会社ではないことがわかる。今の政府は国民の政府に対する誤解でかろうじて持っているだけであって、誤解が解[と]ければ政府は潰[つぶ]れる。]
政府が露骨[ろこつ]に国民に政府に従えと言うと国民の反感を買ってかえって従わなくなるので、政府と国民の間に神を挟[はさ]んで神をクッションにして国民の反感を買いにくくしながら、国民を政府に従えているのである。
同じように、警察も議会も経済調節機関なども、政府に権力があると国民に思わせるために置いている機関である。
神と議会はどちらも政府に権力があると国民に思わせるためにあるのであって、機能的には同じだから、かつて美濃部達吉が天皇機関説を唱えたのである。
信者も政府に権力があると国民に思わせるための者である。政府は信者を使っていろんな芝居をさせることによって、政府に権力があると国民に思わせているのである。要するに、信者は政府のサクラである。
政府は麻薬患者や神や警察や議会や経済調節機関や信者などのいろんな手を使って政府に権力(他人を従わせる不思議な力)があると国民に思わせているのであって、実際には政府には権力はない。政府はいろんな手段を使って政府に従わねばならないと国民に暗示をかけているのであって、実際には国民が政府に従う必要はない。だから、国民は政府に従わなくていい。
つまり、政府は『政府に従わねばならないと国民に思わせることを仕事にしている会社』である。政府はそんな仕事で稼[かせ]いで食べている変な会社なのだ。

[8975] 政府の付属機関が儲[もう]ける方法 h21.11.17
警察や経済調節機関やその他の機関は政府の付属機関である。
それらの機関は、政府からお金をもらって生きている。
政府は国民から貰[もら]った税金の大半を何にもならない行政(つまり、政府に従わねばならないと国民に思わせること)に費[つい]やして無駄[むだ]にしている。
政府の付属機関は、もっとずっと国民の役に立っている。
だから、政府の付属機関が儲けるためには、政府から独立して、国民から直接にお金を貰[もら]うようにすればいい。NHKのように国民から集金してお金を集めればいい。国民の理解を得られれば、国民は喜んでお金を出すだろうし、口座からの自動引き落としにもできるはずだ。
そうすれば、収入はもっと増えるし、国民の人気もずっと出るはずだ。

[8976] 警察は要るか? h21.11.17
警察が要らないということは、犯罪者が出ないということである。
しかし、それは理想化のしすぎである。
実際には、10万人に1人は犯罪者が出るのが事実である。
だから、日本中では1000人はつねに犯罪者がいるのである。
したがって、警察が必要である。
たぶん、国民の9割以上は警察が要ると思うだろう。NHKよりも文句を言う者がいないだろう。
それなら、国民からお金を集めて経営できるはずである。
そのほうが、行政ばかりやっている政府からお金を貰[もら]うよりも効率がいいはずだ。

[8977] 日本はどうして治安がいいのか? h21.11.17
日本には長年日本の地で培[つちか]われた『道徳』がある。日本は『文学の国』として世界的に有名だが、文学における面白さは道徳と関係が深いからである。日本が聴覚文化なのも、日本が文学の国だからである。古来から、日本人は物の貧しさを話の豊かさで補ってきたのである。
そのため、日本人は性欲や麻薬欲が弱い。
だから、日本人は精神異常者や犯罪者が少ないのである。
反対に外人は、性欲や麻薬欲が強い。
だから、外人は精神異常者や犯罪者が多いのである。
日本人はもともと犯罪者が少ない民族だから、日本は治安がいいのである。
だから、警察もほとんど要らない。
たしかに日本にも警察は必要だけれども、外国に比べると日本では犯罪者が少ないから警察も少なくて済む。それだけ、国民の警察費が小額で済むメリットがある。
日本は『文学の国』である。万葉集や古今和歌集がその物的証拠である。だから、日本人は言葉に基づいて物が見れる。だから、政府を“政府に従わねばならないと国民に思わせることを仕事にしている会社”だと考えて、政府に従わないこともできるはずである。それができないと日本人じゃない。

[8978] 政府の法律とは何か? h21.11.17
政府が自分に権力がある(つまり、政府に従わねばならない)と国民に思わせるために作った紙切れである。
政府の法律は、国民のためにあるのではなく、政府の権力作りのためにあるのである。
政府は『政府に従わねばならないと国民に思わせることを仕事にしている会社』である。政府はいろんな手段を使って政府に権力があると国民に思わせているだけで、実際には政府には権力はない。
したがって、国民は政府に従わなくてもかまわない。政府の法律は無効である。
したがって、国民は政府の法律をどんどん破ってもいいのである。[ただし、社会に通用している不文法を破らない範囲内で。]

[8979] 権力はない。 h21.11.17
政府は民主主義をする会社ではない。それは政府に対する誤解である。民主主義をやる会社が行政(神制度)をやるわけがない。政府の正体は、国民に政府に従わねばならないと思わせることを仕事にしている会社である。
[つまり、行政とは国民に自分が政府に従わねばならないと思わせることである。政府の主[おも]な仕事は行政なのである。議会(立法)と警察(司法)は、いやいややっているだけである。]
普通の会社は、商品やサービスとお金を交換して儲[もう]けている。
しかし、政府は国民に政府に“権力”(他人を従わせる力)があると思わせることによって儲けている。
政府は、麻薬患者や信者や商品の製作者や議会などのいろんな手段を使って政府に権力があると国民に思わせることによって、権力を得ている。その権力で国民に税金を払わせたり、国民を政府の命令に従わせたりしている。
政府にとっては、政府に権力があると国民に思わせること自体が仕事である。
しかし、実際には、麻薬患者は麻薬の副作用で政府に従っているんだし、信者や商品の製作者は政府にお金やいい待遇を貰[もら]って政府に従っているんだし、議会はいつもかったるい話し合いをしているだけで、かえって国民に対して政府に対する反感を募[つの]らせているだけである。
したがって、政府の権力はすべて芝居である。政府は麻薬やお金を使って一部の国民を従わせているだけであって、政府自体に権力があるわけではない。他人が政府に従っているからといって、自分が政府に従わねばならない道理はない。政府に権力があると思う国民が馬鹿なだけである。麻薬患者や一部の国民が政府に従う『理由』がわかってみれば、もはや自分が政府に従わねばならないとは思わない。
要するに、この世には“権力”というものはない。
したがって、国民は政府に従わなくてもいい。
国民にとって政府は余計な会社である。だから、国民は政府を潰さねばならない。

[8980] 自分が何をやっているのかわからない会社 h21.11.18
政府は行政を主[おも]にやる会社である。つまり、政府は、政府に国民が従わねばならないと国民に思わせることを仕事にしている会社である。
しかし、世界大戦後の神(つまり私)については“神の物語””(古事記の神武天皇の話や聖書のキリストの話のように、神のことが書いてある話)がないから、いくら政府が私の行政をやっても、国民にとっては神に麻薬患者や文学者や民間会社の製作者などが従っているのがわからないから、神を扱う政府に国民が従わなければならないと思わせる効果はない。
それなのに、これまでの約40年ものあいだ政府は私の行政をやってきた。
それは、政府が自分が何をやっているのかわからずにやっているからである。
政府は自分の仕事を出鱈目[でたらめ]にやっているだけである。
政府はその他の議会や警察や経済などの仕事についても出鱈目にやっているに違いない。
政府は悪いことさえ一人前[いちにんまえ]にできない。まして善いことができるわけがない。政府は何にもできない会社である。
そんな会社は潰[つぶ]れるべきである。

[8981] 政府は民主主義の会社ではない。☆ h21.11.18
政府は主[おも]に行政をやる会社である。
行政とは、政府に従わねばならないと国民に思わせることである。
つまり、行政とは政府主義である。行政とは政府主義の国を作ることである。
政府主義と民主主義(国民主義)とは対立する。
だから、政府は民主主義をやる会社ではない。だから、政府は議会をいやいややっているのである。
政府は国民の敵である。
一方、警察は国民の味方にもつくし、政府の味方にもつく。
警察は民主主義のもとでは国民の味方になるし、政府主義のもとでは政府の味方になる。
警察は主義によって国民の味方にも敵にもなる。

[8982] 政府は国民を支配できない。 h21.11.18
ある者が他の者を支配するためには、支配する者と支配される者の両方の合意が必要である。[[8971] 支配の条件 h21.11.16を参照。]
ところが、政府は行政(政府に従わねばならないと国民に思わせること)をする機関である。政府は行政をすることによって国民を洗脳して、国民は政府に絶対に従わねばならないと信じ込ませて、国民に高い税金を払わせたり国民に滅茶苦茶な命令を出したりしている。これでは、国民の同意が得られるわけがない。
だから、政府による国民支配は成り立たない。
したがって、国民は政府に従わなくていい。国民は政府を無視して勝手に暮らせばいい。

[8983] 洗脳する会社 h21.11.18
政府は国民を洗脳する会社である。
政府は国民を洗脳して、政府に国民が従わねばならないと信じ込ませている。
現[げん]に大勢の国民が政府に従っているのは、政府に洗脳されているからである。
大勢の国民が政府に高い税金を払ったり、政府の滅茶苦茶な命令を聞いたりしているのは、政府に洗脳されているからである。
しかし、こうして政府が国民を洗脳していることがわかってみれば、もはや国民は政府に従う気にはなれない。
だから、もはや国民は政府に従わない。政府は国民の税収を当てにせずに、自分で商品やサービスを作って売って儲[もう]けねばならない。

[8984] もしも警察がなくなったらどうなるか? h21.11.18
警察がなくなったら、日本人みんなが麻薬をやるようになって、日本が中東の国のように犯罪者天国と化してしまう。
実際にはそうではなく、今の警察は政府の味方であり、政府は行政をやるために麻薬を国中に流行[はや]らせたがっているから、警察が国民に麻薬をやらせているのである。世界大戦後、国民は自分の意志で麻薬をやめたが、政府や警察が国民に無理やり麻薬をやらせているのである。つまり、犯罪者が出るのは麻薬のせいだが、国民が麻薬をやるのは警察のせいである。政府や警察が国民に麻薬を流しているから、犯罪者が出るのである。
だから、警察がなくなったほうが麻薬中毒者や犯罪者が減るのである。

だから、警察がなくなったほうがいいのである。[警察は犯罪者組織の政府の用心棒である。警察が正義の味方なのは、テレビの刑事ドラマの上だけである。]
政府を早く潰して、政府の味方の警察ではなく、国民の味方の警察を作らねばならない。

[8985] 権力は不変ではない。 h21.11.18
もしも、権力(他人を従わせる力)が不変であるとすれば、政府が一度強い権力を手に入れれば、あとは放っておいても強い権力のままである。
だから、わざわざ政府が行政なんかする必要はない。
政府が行政をしなければならないのは、行政をし続けていなければ政府の権力が減るからである。つまり、権力は放っておけば減衰する。それを政府は行政で必死に補っているのである。
政府が行政をしないでいたら、国民が政府に従わなければならないと思わなくなって、国民が政府に従わなくてもいいと思うようになって、国民が政府に従わなくなる。
だから、政府はいつも行政をし続けていなければならないのである。実際に、政府は毎日朝から晩までいろんな手段で国民を政府に従わねばならないと思い込ませるように洗脳し続けている。
そもそも政府が今のように強い権力を持つようになったのも、権力が変わるすなわち権力が増えたり減ったりするからである。政府は無一文から身を起し、これまで上手に行政をやってきたから、強い権力を持つ会社に成長したのである。だから、反対に最近の政府のように下手な行政をしていれば、政府の権力はすぐになくなるのである。[政府が行政をやり始めた切っ掛けは、麻薬患者が麻薬の副作用で知能が低下して神の言いなりになることにあると考えられる。]
行政とは、国民をいろんな手段で洗脳して国民に政府に強い権力があると思わせることだから、国民に政府が行政をやっていることがわかってしまったら、もはや政府には権力はない。カンニングでいい点を取っている秀才が、カンニングでいい点を取っていることがみんなにばれてしまったら、もはや秀才ではないのと同じことである。
だから、今の政府にはもはや権力はないのである。

[8986] 民主主義 h21.11.19
日本人は日頃「民主主義、民主主義」と言っておきながら、肝心[かんじん]の民主主義の意味がわかっていない。
民主主義とは国民主義であり、つまり国民にとっては自分主義のことである。
だから、自分が考えて正しいと思ったことは、そのまま実行していいのである。
それが民主主義ということである。
だから、例えば、自分で考えて「政府に権力がない」と思ったら、[他人が政府に従っても、]自分が政府に従わなければいいのである。そのうち、みんなが政府に従わないほうが正しいことがわかって、みんなが政府に従わなくなるだろう。
今は民主主義の世の中であって政府主義の世の中ではないから、それでいいのである。
今は民主主義の世の中だから、政府主義をやる政府なんか要らないのである。あってはならないのである。

[8987] 権力の押売り h21.11.19
政府は、政府に権力(他人を従わせる力)があると国民に思わせることを仕事にしている会社である。
このことを理解した国民は、もはや政府に従わなくてもかまわない。
それでも、政府が国民を無理やり政府に従わせるとしたら、政府は国民に対して“権力の押売り”(つまり、政府に権力があることを強制的に認めさせること)をしていることになる。
しかし、今の世の中では、物品の押売りは禁じられている。
だから、権力の押売りもいけないはずである。
したがって、国民は政府から権力を買わなければいい。国民には政府から権力を買わない自由が与えられている。だから、国民は政府から権力を買うのをやめて、政府に従わずに自由に生きればいい。

[8988] 権力は無料 h21.11.19
ここでの権力とは、政府が国民を従わせる力のことである。
政府は毎日朝から晩まで行政をして、国民に権力を無料で配布している。
政府が一方的に国民に権力を配[くば]っているだけで、国民は政府から権力をお金を出して買っていない。
そして、政府から権力を買った(つまり、政府に権力があることを認めた)国民は、政府に従って政府に税金を払って、政府の命令を聞いている。
政府から権力を買うか買わないか(つまり、政府に権力があるかないかを決めること)は、根本的[こんぽんてき]には国民個人の自由である。
だから、国民が政府から権力を買わない(つまり、政府に権力があることを認めない)ことにすれば、政府に従わずに政府に税金を払わずに政府の命令を聞かずに済む。
実際に、政府の言いなりになっている国民が大勢いるところを見ると、今の世の中には政府から権力を買った国民が多いらしい。[私は買わないが。]

[8989] 政府の行政に従わない自由☆ h21.11.19 [[8988]の改良]
政府は行政をして、政府に従わないといけないと国民に思わせている。
国民には政府に従う理由がないから、政府は一生懸命に行政をして政府に従わないといけないと国民に思わせているのである。
政府の洗脳に侵[おか]されて、政府に従わないといけないと思った国民は、政府に従っている。政府に従って、政府に税金を払ったり、政府の命令を聞いたりしている。
しかし、政府の行政に従うか従わないかは国民個人の自由である。
だから、政府の行政に従わなければ、政府に従わないといけないと思わないから、政府に従わない。したがって、政府に税金を払ったり、政府の命令を聞いたりしない。
学問の自由、職業選択の自由などと同じように、今日[こんにち]では全世界の人類に対して『政府の行政に従わない自由』が保障されているのだ。
したがって、政府に従おうが政府に従うまいが、国民個人の自由なのだ。政府に従っている人は自分の意思で政府に従っているにすぎないのだ。

[8990] 政府が民主主義をやる会社ではないことの証明☆ h21.11.19
政府は行政をして、政府に従わないといけないと国民に思わせている。
国民が政府に従う理由がないから、政府は一生懸命に行政をして政府に従わないといけないと国民に思わせているのである。
政府が行政を必死にやっていることが、国民が政府に従う『理由』がないことの動かぬ証拠である。
だから、政府は国民のために民主主義をやる会社ではないのである。

もしも、政府が国民のために民主主義をやる会社であれば、国民が政府に従う理由があるから、政府は行政なんかやらなくていいはずである。
政府は昔から(江戸時代も)行政をやる会社であって、民主主義をやる会社ではないのである。政府は政府主義の会社であって、民主主義の会社ではないのである。
民主主義の現代においてもなお政府が生き残っているのは、政府の行政に従うことが国民の自由意志によっているからである。だから、政府の行政に従わないこともまた国民の自由なのである。

[8991] 政府に従わなければならない宣伝をやる会社 h21.11.19
政府は行政を主[おも]にやる会社である。
行政とは、国民が政府に従わねばならないと思わせることである。
つまり、行政とは政府に従わねばならない宣伝をすることである。
国民が政府に従う理由がないから、政府は国民が政府に従わねばならない宣伝を派手にやらねばならないのである。
国民が政府に従う理由がなければ、国民は政府に従わないのが正しいはずである。
国民が政府に従わねばならないのが宣伝だとすれば、国民が政府の宣伝に従おうが従うまいが国民の勝手である。
国民が政府に従っても、国民が得になることはない。国民は政府に税金を取られて政府の嫌な命令を聞かねばならないだけである。政府は国民にとって役に立たない会社である。国民にとって役に立たない仕事をまとめているのが政府である。政府は国民にとって要らない会社である。政府は国民にとって役に立たない会社だから、宣伝(行政)をして国民が政府に従わねばならないと思わせて、国民にお金を払う命令を出して国民からお金(税金)を取っているのである。
だから、国民は政府に従わなければいい。

[8992] 経済調節機関について h21.11.19
政府は政府主義の会社である。民主主義(国民主義)の会社ではない。
だから、政府に付属の経済調節機関は、国民のためではなく、政府のためにある。
つまり、政府に付属の経済調節機関は、国民が損をして、政府が儲[もう]かるように経済を調節している。
だから、そんな経済調節機関はなくなったほうがいい。
同じように、政府に付属の議会も、国民のためではなく、政府のためにある。
だから、政府に付属の議会では、国民が損をして、政府が得をするような法律を定めている。
だから、そんな議会はなくなったほうがいい。
同じように、政府に付属の警察も、国民のためではなく、政府のためにある。
つまり、警察は国民を守るためではなく、政府を守るためにある。
警察は、政府が行政をするために、国民に麻薬を売って麻薬中毒者や犯罪者を増やしている。
だから、そんな警察はなくなったほうがいい。
政府のために、世の中が狂っているのである。
政府の仕事は、行政すなわち国民に政府に従わねばならないと思わせることである。政府に権力(他人を従わせる力)があると国民に思わせることである。[政府があるから、この世には権力があると思って空威張りする馬鹿が増えるのである。]
政府の正体は、国民から税金を取って国民に嫌な命令を出すだけの、国民にとって役立たずの会社である。

政府は行政で持っているだけの馬鹿げた会社である。
国民にとって政府は要らない会社である。だから、国民は政府の行政に騙[だま]されずに、政府に従わずに、さっさと政府を潰[つぶ]してしまわなければならない。

[8993] 役人は国民から税金を取り立てるな! h21.11.20
役人は自分が税金を取り立てる仕事だからといって、わけもわからずに国民から税金を取り立てている。
役人は上からの指示でだれそれからいくら取れと言われたから取っているだけである。
いい歳した大人がわけもわからずに仕事をしてはいけない。そんなことでは、国民から逆に突っ込まれても反論できない。
今日[こんにち]では、いくら政府が行政をしているからといって、すべての国民が政府に従っているわけではない。
今は民主主義の世の中だから、国民の同意が得られなければ、国民が政府の命令に従う必要はなく、国民から税金は取れない。
だから、役人の国民からの税金の取り立てには強制力はない。
したがって、政府に税金を払いたくない国民は、役人を無視して払わなければいい。

[8994] 今は民主主義の時代 h21.11.20
政府は国民を支配する会社である。それが政府の定義である。だから、政府は自分勝手に仕事を変えて別の仕事をするわけにはいかない。つまり、政府は国民を支配するか、さもなくば潰[つぶ]れるかしかないのである。
ところで、今は民主主義の時代である。
政府主義の時代ではない。
だから、政府も民主主義に従わなければならない。つまり、今は政府が国民に従う時代であって、国民が政府に従う時代ではないのである。
行政は政府の自由である。つまり、政府が国民に政府に従わねばならないと宣伝することは政府の自由である。それは商品のテレビコマーシャルと原理的には同じだからやってもいいのである。
だから、その宣伝を真[ま]に受けて政府に従うか真に受けずに政府に従わないかもまた、国民の自由なのである。それは商品のテレビコマーシャルを見た者が自分の意思で商品を買うか買わないか決めるのと同じことである。
つまり、政府に従いたい国民だけが政府に従えばよく、政府に従いたくない国民は政府に従わなくてもいいのである。
実際に、すでにそういう世の中になっているのである。
つまり、政府に従っても何の得にもならないのに、いつまでも政府に従っている国民が世界大戦以前の古臭い世界観を引きずっている時代遅れの馬鹿なのである。
警察や学校や大学や経済調節機関などの政府の付属の機関が政府といっしょに潰れるのが嫌ならば、政府から独立してやっていくしかない。独立してやっていけなければ、もともと国民にとって要らない会社だったのである。

[8995] 学校は要るか? h21.11.20
学校も塾も同じである。
だから、塾があれば、学校は要らない。
税金よりも塾代のほうが安いから、学校がなくなったほうがいい。
塾のほうがやる気のある生徒が集まっているから、子供も勉強する気になるはずだ。

[8996] 政府は何のために行政をしているか? h21.11.20
今は民主主義の時代である。[じつは、昔から民主主義の時代である。]
だから、国民が政府に従うか従わないかは国民の自由である。
そうだからこそ、政府は行政すなわち国民が政府に従わねばならない宣伝をして、国民を政府に従わねばならない気持ちにさせているのである。
だから、国民が政府に従わないのもまた国民の自由なのである。
政府に国民が従うのがこの世の決まりなら、政府はわざわざ行政なんかやる必要がないはずである。
しかし、実際に政府が行政をやっているから、政府に国民が従うのがこの世の決まりではないのである(上の命題の対偶)。
だから、国民は政府に従わなくてもいいのである。

[8997] 自分国[じぶんこく]の人 h21.11.20
東京都世田谷区に住むMさんはここ10年間ずっと税金を払っていない。
日本政府の法律に反しているのに、何の罰も受けていない。
それは、日本政府の法律が、日本政府に従うことを決めた者が従う決まりにすぎないからである。
[じつは、日本政府の法律(成文法)は、字面[じづら]だけの法律であって、実際には政府に従うことを決めた者を政府が好き勝手にしているのである。だから、政府に事故で殺されても文句は言えないのである。要するに、政府の法律とは、政府に従うことを決めた者を政府が好き勝手にできることだけなのである。だから、国民は政府に従わないほうが無難[ぶなん]である。日本政府の決まりに従うよりも、日本社会に一般的に通用している決まりに従ったほうがはるかに安全である。]
だから、日本政府に従わない者は、日本政府の法律に従わなくてもいいのである。[ただし、日本社会に一般的に通用している不文法には従わねばならないことは言うまでもない。]
そもそもこの世には、政府に国民が従わねばならない決まりはない。国民が政府に従おうが従うまいが国民の勝手である。だから、政府は盛んに行政をして、国民が政府に従わねばならないように思わせているのだ。
日本政府に従わずにひとりで頑張って生きていく人(自分国の人)もこの世にはいるのだ。

[8998] ヤクザのやり方 h21.11.20
ヤクザの見まわりのとき、ヤクザにショバ代を払っている者は、サクラか麻薬だ。
ヤクザはサクラに金をやってショバ代を払う芝居をさせているのだ。あるいは、ヤクザは麻薬をやってショバ代を払う芝居をさせているのだ。
それを見た者が、自分もそうしなければならないと思って、ヤクザが見まわりに来たときにヤクザにショバ代を払ったりするのである。
ヤクザは小額の初期投資で、大金を稼[かせ]いでいるのだ。
しかし、今ではヤクザのやり方も大方[おおかた]みんなにバレてしまっているから、今さらこんな幼稚なやり方は通用しない。
この世には、ヤクザに従わねばならない決まりはない。だから、ヤクザは芝居をして、近所の住民にヤクザに従わねばならないように思わせているのだ。

[8999] 畑正憲[はたまさのり]はどうして自分の子供を学校に通わせていないのか? h21.11.20
それは、日本政府に従わない覚悟を決めた者は、日本政府の法律に従わなくてもいいからである。
この世には日本政府に従わねばならない決まりはない。だから、日本政府の法律に反してもいいのである。
自分の子供を学校に通わせることは、日本政府が勝手に作った決まりであって、日本社会に一般的に通用している決まりではないのである。つまり、そもそも自分の子供を学校に通わせようが通わせまいが親の勝手なのである。
だから、自分の子供を学校に通わせなくても、自分が日本政府に従うつもりがなければ、罪[つみ]や罰[ばつ]はないのである。
畑正憲はムツゴロウ王国の国王だから、日本政府に従っていないのである。

[9000] どうしてガリレオは殺されなかったか? h21.11.20
ガリレオはメディチ家の庇護[ひご]下にあったが、それでも政府がガリレオを殺そうと思えば麻薬患者を使ったりして何らかの手段で殺せたはずである。
それでも、ガリレオが殺されなかったのは、ガリレオがピサの斜塔の実験などをしてガリレオの説が正しいと当時の国民の多くが認めていたからである。
コペルニクスが殺されなかったのも、当時昼間でも輝いて見える新星が現れてプトレマイオスの説がまちがっていることを大勢の国民が認めていたからである。
ブルーノが殺されたのは、ブルーノが「宇宙人がいる」などというセンスの悪い胡散[うさん]臭い説を唱えて大勢の国民の不信感を買ったからである。


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