[8601] 駄洒落協会 h21.10.6
政府は駄洒落[だじゃれ]の神制度をやっている会である。
それなら寄席[よせ]でも開いてお客を集めて笑わせたらいい。
駄洒落を現実の世界の中でやるのは危なっかしいからやめて欲しい。
私は駄洒落に興味がないから、駄洒落の寄席なんか見に行きたくないし、そんな協会に払う金はない。
駄洒落の押売りはまっぴら御免[ごめん]だ。
[8602] 嘘と神制度 h21.10.6
政府は嘘つきである。
物事は解釈によって意味を変える。
そこで政治家は嘘をついて、国民にとって面白くないことを面白いことに思わせたり、国民にとって嫌なことを楽しいことに思わせたりする。
例えば、国民に対する嫌がらせにすぎない太平洋戦争を大東亜共栄圏の建設のためだと言って国民を戦争に行かせたりする。
神制度は嘘の一種である。
つまり、解釈によって神にできる者が神なのである。
例えば、私の場合、私の名前が川野延夫だから、川野延夫→水が伸びた(川→水)→雫[しずく]→雨粒[あまつぶ]→空の高いところにある→人の上にある→神なのである。
神武天皇や釈迦の場合は、山の高いところで生まれたから神なのである。山の高いところ→人の上にある→神。
キリストの場合は、磔[はりつけ]にされた罪人だから神なのである。磔→高いところ→人の上にある→神。
モーゼの場合は、ナイル川の上流で生まれたから神なのである。川の上流→高いところ→人の上にある→神。
神制度では、解釈によって神にした者の架空の伝記や実際の経験に対する解釈によって法律を作り、国民に命令を出す。
政府はヤクザだから自分の権力を強めるために、国民に対して嫌な命令を出す。つまり、神制度で嫌な命令を作って出す。だから、国民にとっては政府のために嫌な思いをさせられるだけで得をすることは何もない。
政府は“明らかに嫌ではない嫌な命令”を作って国民に出す。場合によっては、例えば戦争のように、国民に前もって戦争を嫌ではないと思わせる教育をしておいてから国民に戦争に行かせる命令を出して国民をおとなしく命令に従わせることもある。だから、原理的には政府はほとんどどんな命令でも出せるわけである。
政府は神の入れ替えのために世界大戦を起こしたが、その原因はキリストや神武天皇などの宗教では政府が不利で国民が有利だからである。それで、政府はもっと政府にとって有利な新しい宗教を作ろうとしたのである。それが、私の神制度である。だから、私の神制度では、政府にとって一方的に有利であって、国民にとって有利なことはもはや何もないのである。
政府は「世界大戦は宗教を終わらせるためにやった」と嘘をついて、じつは神を入れ替えるためにやったのである。政府は言っていることと実際にやっていることがいつも食い違っているのである。
神制度は、政府の作った命令が国民におめでたい縁起[えんぎ]のいいものだと思わせるための装飾[そうしょく]にすぎない。だから、国民は政府のつまらない嘘に騙[だま]されてはいけない。
ちなみに、議会の多数決は『最大多数の最大幸福』を実現するために国民の心についての統計を取るための方法ではなく、実際には正しい論理的推論をぶった切って嘘をつくためすなわち国民にとって嫌な命令を出すための方法である。議会も神制度と機能的には同じである。

[8603] 日本人はお勉強バカ h21.10.7
私が上に書いたくらいの推論なら小学生でもできるはずだ。
それなのに、これまで日本人の誰もできなかったのは、日本人がお勉強バカだからだ。
つまり、日本人は本を読んでノートに字を書いて勉強をするだけで、実際の問題については自分で何ひとつまともに考えられないのだ。紙の上の問題が解けるだけで、物の上の問題はまったく解けないのだ。それは、日本人の弱点である。
自分で考えたことを実践できないのも、日本人の弱点である。
政府は日本人の弱点に付け込んで自分を有利にし、国民を不利にしているのだ。
どうして神風特攻隊までできる日本人が、チンピラヤクザの政府ごときに逆[さか]らえないのか?
[8604] 政府は自分が嫌い? h21.10.7
政府がわざわざ私の神制度をやったのは、政府が国民に政府を潰して欲しいからである。
政府が潰れるためには何か『理由』が要る。何もないのに政府が勝手に潰れるわけには行かない。
そこで、戦後政府は自分を潰すために私の神制度を始めたのである。
私が政府の正体を暴[あば]いて、私に政府を潰して欲しいのである。
しかし、当[とう]の私はあまり人前で喋[しゃべ]るのが好きではない。私に政府を潰して欲しいなど、政府の身勝手だ。そんな面倒臭いことを他人[ひと]に頼むな!政府が自分で自主的に潰れたらいいだろう。
[8605] 政府の変遷☆ h21.10.7
中世の頃は、神制度しかなく政府も忠実に神制度をやっていたし、聖典は国民に有利にできていたので、国民も政府のおかげでそこそこ幸福に生きて行くことができた。
近代になって議会ができて、政府は聖典の制約を受けずに自由に法律を作れるようになった。そこで、政府は自分の権力を増すために議会をやって国民を不幸にするまちがった法律を作るようになった。神制度は国民にとって有利な面が多いので、政府は神制度をあまりやらなくなった(政教分離)。
現代は、新聞やラジオやテレビができて、国民が政府を監視できるようになり、議会は国民の目による制約を受けてやりづらくなった。そこで政府は世界大戦を起して古い神を捨てて、国民の目や聖典の制約のない新しい神制度をやるようになった(宗教への復帰)。政府は新しい神制度で自分の権力を増すためにますます国民を不幸にする命令を作るようになった。神制度には議会がないから、政府が国民に知られずに自由にいろんな命令を出せるのである。議会は公開でしかやれないが、神制度は秘密裏[ひみつり]にやれるのだ。[神制度は秘密裏にやれるから、国民には政府がやった結果しかわからない。つまり、国民は実際に自分の眼で直接に物を見て政府がやったことを知るしかないのだ。古い神制度では聖典が公開だったから、政府がやることがあらかじめわかって[解釈による不確実性が若干伴うとはいえ一応]国民は安心できたが、新しい神制度では聖典がないから、政府が何をやるかまったくわからない。]
つまり、年々政府のヤクザ度がアップしている。近代以降は政府は完全なヤクザと化して自分の権力を増すことだけしか考えなくなり、国民にいいことをしなくなった。今の政府はもはや国民に害をなすだけのお邪魔虫にすぎない。国民が政府を庇[かば]う理由はもはやない。
[8606] 承認制 h21.10.7
私が高校1年生の時、隣に座っていた尾立[おりゅう]君が英語のリーダー(読本)の授業中に教科書のパラパラめくりをするのに私が腹を立てて私が怒りながらテレパシーを使おうとしたために私は精神分裂病に罹ってしまった。
尾立君が教科書のパラパラめくりをしたのは、政府が私に私のアニメを作ることを承認させるためだったと考えられる。
英語のリーダーの先生は山崎[やまさき]先生というのだが、英語の授業中にしょっちゅう駄洒落[だじゃれ]を言った。そのたびに教室の生徒は「えずい(=まずい)洒落」と言っていた。
神制度は駄洒落なのだが、政府がいちいち私に断って神制度をやるのは変である。そもそも神制度は政府が秘密裏[ひみつり]に政治をやるためにあるのだから、それなら私に「えずい洒落」を聞かさずに密かにやったほうがいいはずである。
だから、山崎先生の駄洒落は日本政府の神制度を私に承認させるためにやったのだと考えられる。今の日本国憲法では天皇に承認制があるから、私にも承認制があるのである。
そもそも私が小学1年生の頃、薫的のおじいさんの家に遊びに行ったときおじいさんは私になぞなぞの本を買ってくれた。なぞなぞの本は硬い表紙の本で6冊セットで箱に入っていた。「“話”という漢字に“`”が付いて、てんでお話にならない」とか「電信柱を曲がりくねった道を通すためには、電信柱を立てればいい」とか「黒地に白の十字路に黒い玉が見える錯覚の図(ヘルマン格子錯視)」などの良質ななぞなぞが載っていた。
これは、政府が私の周囲の者を使って私に今後教えることがなぞなぞであることを私に承認させるためだったのだろう。
私がなぞなぞを自分で考えて解くのは私の自由と言うことだ。
例えば、私が子供の頃に母親が買ってくれた『日本の神話』の絵本は私が政府に神とされていることを、『雨はどうしてふりますか?』の本は私が名前の駄洒落で神にされていることを教えるためのなぞなぞだったのである。
[8607] 正しいことをやるのは人間の義務である。 h21.10.7
人間は正しいこととまちがったことの区別が付く知的動物である。
だから、正しいことをするのは人間の義務である。
政府は自分の権力を強めるために国民を嫌がらせる命令を出しているヤクザである。[「えずい洒落」とは、聞く者を不愉快にする下手糞[へたくそ]な駄洒落のことであり、神制度は駄洒落だから、政府は神制度で国民を嫌がらせる命令しか出さないのである。]
健全な社会を築くために政府をなくすことは正しいことである。
だから、政府にとって不利なことをすることは実在の世界においては許されることである。
[8608] 税金は人殺しの依頼料 h21.10.7
政府はヤクザである。
政府は自分の権威を強めるために時々神制度を使って人殺しをやっている。
誰を殺すのかまではわからないが、とにかく国民の誰かが政府によって殺されている。
税金は、国民が政府に払っている『不特定の人殺しの依頼料』である。[あるいは、国民を嫌がらせる命令を出すための費用に使われている。]
政府に人殺しの依頼料を払う国民もまた悪人である。
[8609] 学校は要るか? h21.10.7
学校で習った知識は大人になってからほとんど役に立っていない。
子供時代の貴重な時間を無駄にしているだけだ。
社会で生きていくための常識は、テレビと本があれば足りる。特に学校は要らない。
政府は学校を使って子供に要らないことを憶えさせて子供をノータリンにしているのだ。
[8610] 信者とは何か? h21.10.7
人生が面白くないと悲観に暮[く]れたバカである。
だから、ヤクザの政府と組んでいっしょになって国民を虐[いじ]めて遊んでいるのだ。
[8611] なぜ男女平等なのか? h21.10.7
女は生きているのが精一杯で頭を使って考える余裕がない。いかにもそんな顔つきをしている。
せいぜい、馬鹿が利口ぶっているだけだ。[女はいくら馬鹿でも生殖能力があるから値打ちが下がりはしない。]
男女雇用機会均等法は、日本中の民間会社を馬鹿化するためである。
馬鹿のほうが政府の言いなりにしやすいから、政府が自分の都合がいい法律を定めたのである。[政府は特に馬鹿を言いなりにするのが十八番[おはこ]である。]
[8612] 例外よりも平均 h21.10.7
女の中にはキュリー夫人のように男勝りの者がいる。
しかし、国としては例外はどうでもいい。
例外よりも平均を見ないといけない。
例外には個人的に頑張ってもらうようにして、国としては平均に合わせるべきである。例外がいるからといって一般的な法律にするほどのことはない。法律は人間集団としての社会の法則であって、個体の法則ではない。
研究したがる女は、わがままだ。才能もないのに頑張っても無駄だ。女はたいていカンニングが上手なだけだ(オレの経験では)。男に席を譲るべきだ。そのほうが社会全体にとっては有利になる。
才能がなくて働きたい者よりも、才能があって働きたくない者に働かせるべきだ。
大事なのは、主観的に働きたい気持ちがあるかないかではなく、客観的に才能があるかないかだ。
男は働かせればよく働くが、女は働かせてもよく働かない。
口先で働きたいと言うことは容易だが、実際に働くのは容易ではない。
仕事においては、やはり女よりも男を有利にすべきである。
[8613] どうして神制度を支持している者がいるか? h21.10.8
それは、昔の日本では1ドルが360円だったからである。
1ドルが360円なのは、円が360度で、円が神武天皇の光の玉の喩えだから、神武天皇の神制度でやっていたのである。
1ドルが360円だった時代には、国際経済において日本が有利だったから、神制度を支持している者がいるのである。
しかし、それは神武天皇の神制度であって、私の神制度ではない。
今の日本政府は神武天皇の神制度をやめたから、もはや神制度で国際経済において日本が有利になることはない。
そもそも神制度は政府が国民に対して有利になるための制度であって、特定の国の国民が有利になるための制度ではない。たまたま昔の日本国民が、日本政府がやっている神武天皇の神制度のおこぼれをもらって一時[いっとき]儲[もう]けていたにすぎないのである。
だから、神制度を国民が有利になるための制度だと思って神制度を支持することがまちがっているのである。特殊な事例から下手な一般化をしてしまったために、そんな誤解を持つに至ったのだ。
[8614] 女は男よりも馬鹿だ。☆ h21.10.8
人間の才能の総和は誰でも同じである。
女には生殖能力があるぶん、知覚の才能は男よりも劣る。
それが現実と言うものだ。[女の学校の成績がいいのは、女は馬鹿だから[政府が子供を馬鹿に変えるためにやらせている]つまらない勉強を真面目[まじめ]におとなしくやるためであって、けっして脳の出来がいいわけではない。女の脳は自分で考える余裕がないくらい馬鹿にできている。]
いくら空想の世界で女と男が同じ知覚の才能があっても仕方がない。
それはまちがいだから、そんなまちがいを実在の世界で実際にやってはいけない。
まちがいは一時[いっとき]は変わっていて面白くても、長い目で見ればだんだんうまく行かなくなって面白くなくなってくる。
駄洒落の神制度を実在の世界でやってはならないのと同じことである。
[8615] 江戸時代に帰れ! h21.10.8
江戸時代は、女が男よりも馬鹿として正しく捉[とら]えられていた。
しかし、今は女が男と同等の知的能力を持つ生き物としてまちがって捉えられている。
それは、江戸時代が中国式の政治で、今が西洋式の政治だからである。
中国式の政治は国民から税金を取るだけでまちがった法律を作らないが、西洋式の政治は国民から税金を取った上に神制度や議会でまちがった法律をたくさん作る。
それで、今の世の中は政府が作ったまちがった法律で狂わされているのである。人間が実在の世界とは別の架空の世界で生きさせられているのである。
今の政府は神制度や議会でまちがった法律を作って世の中をうまく行かないようにして国民を不幸な目に会わせているのだ。
政府が作り出した狂った世界のために国民が不幸な目に会わされている。
社会習慣については、余計な法律のなかった江戸時代を見習うべきである。
[8616] 女は知的労働に向かない。 h21.10.8
たとえ女でも証明つきで論理的に喋[しゃべ]ってくれれば男も納得する。
しかし、女が証明つきで喋ることはめったにない。女は眼で見たことがはっきりとわかるだけで、それ以上はヤマカンで曖昧にわかるだけである。
女は実在が見えていない。女には正しいことがわからない。
女には考える習慣がない。だから、女に決めさせるといいかげんにやってまちがいを決めてしまう。例えば、政府が本当はヤクザで要らないのに、これまでみんなが政府でやってきたから、自分でいちいち考えるのが面倒臭いので、やっつけ仕事で「政府が要る」と決めてしまう。
考えるとは余計なことをすることである。考えられるかぎりのありとあらゆることを考えることである。しかし、女は自分から考えずに余計なことをしないことによって実在に適応して生きている。だから、女は知的作業には向いていない。
だから、女には知的な仕事をさせてはいけない。
[8617] 多数決は馬鹿でもできる。 h21.10.8
多数決は馬鹿でもできる。手を上げたり起立することさえできれば、誰にでも多数決はやれる。
だから、たんなる多数決で決めるのではまちがいを決める可能性が高い。
多数決で数学の定理の真偽を決めることがないように、多数決で社会法則(法律)の真偽を決めてはいけない。真偽がわからなければ無理に決めずにはっきりとわかるまで保留しなければならない。
いくら多数決で決めるのが簡単だからと言って、政府に多数決でまちがった法律をたくさん決められては国民が迷惑をする。
[8618] どうして科学者が政府に殺されたか? h21.10.8
将来、政府が私を罰するとすれば、力づくでする以外にはない。
なぜなら、正しく考えるかぎり、政府はヤクザであり、政府は要らないから、私が政府に抵抗したとしても正当な理由で私を罰することはできないからである。私はヤクザの政治家ごっこに付き合うつもりはない。
これまでにブルーノやガリレイやラボアジェなどの科学者が政府に殺されたり殺されかけたりしたのは、それらの科学者が自分の研究に詳しいだけで、政府については何も知らなかったためである。
科学者が政府がどんな団体であるのか知らなかったので、うかつに政府に反抗できず、結局政府になめられて、政府に殺されたのである。
[8619] 天邪鬼[あまのじゃく] h21.10.8
政府がわざとにまちがった法律(国民を不幸にする法律)ばかり作っていることを言っている。
しかし、自然法則は変えようがない。さすがの実在に対しては政府の嘘[うそ]が通用しないからである。天邪鬼が洗濯バサミにやられたのは、地動説の喩えである。
政府は人間の心が眼で直接に見えずわかりにくいことを利用して、国民を不幸にする法律を真面目[まじめ]に作っているのである。
国民を幸福にする法律を作って国民の機嫌を取るよりも、国民を不幸にする(国民が嫌がる)法律を作って国民を無理やり従わせたほうが政府の権力(命令力)が増すからである。
政府はもともと武器で国民を脅[おど]して嫌な命令を聞かせる暴力団だったのであり、神制度や議会は武器の代わりなので、政府は国民を不幸にする命令しか作らないのである。それに正しい法律(国民を幸福にする法律)を作ることは難しく、まちがった法律(国民を不幸にする法律)を作ることは易[やさ]しいので、政府にとってはまちがった法律を作るほうが都合がいいのである。
そもそも駄洒落の神制度や多数決の議会で正しい法律(国民を幸福にする法律)が作れるわけがない。政府ははじめからまちがった法律(国民を不幸にする法律)を作るために神制度や議会をやっているのである。
だから、国民は自分の心についてもっと敏感で素直[すなお]でなければならない。
そもそも、『政府がヤクザであって自分の権力を増すために国民を不幸にする命令を作る』ことを国民がよくわかっていなければいけない。
[8620] ヤクザ h21.10.8
政府はヤクザである。
ヤクザはまちがった人である。
まちがった人に敬意を払うことはない。
まちがった人は軽蔑されるだけだ。
だから、政府も軽蔑されるだけだ。
[8621] ヤクザ問題 h21.10.8
政府はヤクザである。
政府は自分の権力を強めるためにまちがった法律(国民を不幸にする命令)を作って出している。
政府のために大勢の善良な国民が不幸にされている。
健全な社会を作るためにはヤクザの政府はなくさねばならない。
ヤクザ問題は、人類が解決しなければならない社会問題である。
[8622] 正しいことを考え出すのは難しい。 h21.10.8
正しい法律(国民を幸福にする法律)を作り出すのは難しいが、まちがった法律(国民を不幸にする法律)を作り出すのは簡単だ。
正しい法律は考え出すまでが難しいのであって、一度できてしまえば他人が真似るのは簡単だ。
物理法則でも、発明品でも、文学でも同じことだ。
誰かが考え出すまでが大変であって、ひとつできれば、あとはコピーすればいいだけだ。
正しい法律を作り出すのは難しい。それで政府はいつまでたっても正しい法律を作れないのだ。
正しい法律を作るのは天才の技[わざ]だ。そんなことがヤクザの政府にできるわけがない。ヤクザの政府にできることはまちがった法律を作ることだけだ。
[8623] 政府はヤクザである。 h21.10.8
政府は表[おもて]で議会をやっているが、裏では神制度もやっている。
神制度は駄洒落[だじゃれ]である。
駄洒落で正しい法律(国民を幸福にする法律)ができるわけがない。
だから、政府は正しい法律を作るためにある団体ではない。
政府は自分の権力を強めるためにまちがった法律(国民を不幸にする法律)を作っているヤクザである。
議会も多数決でごまかしてまちがった法律を作るための方法なのである。
[8624] なぜ人は神制度の言いなりだったのか?☆ h21.10.9
それは、神制度が何なのか、神が何なのかわからなかったためである。
それで、今でも大勢の人々が政府や宗教団体の言いなりになっているのである。
しかし、私がこの前神制度と神の正体を明らかにした。
つまり、神制度とは、神官が神の代理を務めて人間よりも上の者となって神の架空の伝記や実際の経験から駄洒落[だじゃれ]で作った命令を国民に出すことである。
神とは、駄洒落で神にできる者のことである。神とは人間よりも上の者だから、駄洒落で人間よりも高いところにある物とつなげることができる者が神なのである。例えば、高いところに住んでいる人や磔[はりつけ]にされた人や、名前が星や太陽や月や雲や雨などと関係のある人が神なのである。
これで、神制度や神の正体がわかったから、もはや政府や宗教団体の言いなりになる必要はない。[ときどき、高いところから飛び降りたりする人がいるのは、神制度を宣伝するための政府のヤラセである。つまり、神制度で飛び降りた人がいるから、国民は政府や宗教団体の言うことを聞かねばならないと国民に思わせているのだ。実際には、私が高知市朝倉の治国谷[じごくだに]の3mぐらいの崖[がけ]から飛び降りたことから、駄洒落でやっているくだらない芝居にすぎないのである。]
そもそも、神制度や神の意味がわからなければ、政府や宗教団体の人に手を上げて質問して訊[き]けばよかったのだ。知ったかぶりをするから損をするのだ。昔から『知るは一時の恥、知らぬは一生の恥』と言うではないか。
[8625] どうして神制度は曖昧[あいまい]なのか? h21.10.9
神制度とは、神官が神の代理を務めて人間よりも上の者となって神の架空の伝記や実際の経験から駄洒落[だじゃれ]で作った命令を国民に出すことである。神の決め方もまた駄洒落である。
神制度が曖昧だといわれるのは、命令の作り方が駄洒落によっているからである。
駄洒落では似て非なるものに言い換えるので、似て非なるものはいろいろあるから、駄洒落による推論は多意であり曖昧なのである。
駄洒落による推論は論理的ではなく一意的ではないから、神制度でどんな命令が作られるかは作った人にしかわからない。
[8626] どうして最近は国民が政府の言うことを聞かなくなったのか? h21.10.9
世界大戦までは、政府が戦争を国民に対する脅[おど]しに用いていた。
国民は戦争に行かされないために仕方なく政府の言うことをおとなしく聞いていた。
しかし、世界大戦後、戦争をする国が減った。戦争は勝った国が負けた国を欲しいままにするようなおいしいものではないことが、みんなにわかってしまったからである。
政府は、国民に対するいい脅しがなくなった。
それで、最近の国民は政府の言うことを聞かなくなったのである。政府に対して反抗的になったのである。
そもそも政府はヤクザであって、国民が従うべき者ではないので、国民が政府に対して反抗的になるのは当然である。
それに、政府がヤクザであることはすでに半[なか]ばばれているので、最近は政治家に敬意を払う者がいない。
とくに今のように不景気が長く続くと、「政治家が何のためにいるの?」って言いたくなるよ。
[8627] なぜ国民は政府に従っているか?☆ h21.10.9
それは、国民が政府がヤクザであることを知らないからである。
国民は政府が正義の味方だと思っているから政府に従っているのである。
物理の門外漢にとっては天が動いているように、政府の門外漢にとっては政府が正義の味方なのだ。
政府がヤクザであることを知っているのは、政府の専門家だけである。
教科書や新聞には政府がヤクザであることが載っていないし、一般的には政府がヤクザであることはまだ知られていないのである。
現代の社会科学のレベルはまだそんなところなのだ。
[8628] 宗教の不自由 h21.10.9
宗教団体や政府はヤクザである。[政府は議会をやる宗教団体である。]
ヤクザに入っている者はクズである。駄洒落でダラダラ生きているくだらない者である。
一方、普通の人間は正しい法律(国民を幸福にする法律)に従って生きている。
人間と人間は対等だが、人間とクズは対等ではない。クズは人間よりも下だ。
クズを人間よりも下にすれば、いい社会になる。
人間はクズに命令する資格があるが、クズは人間に命令する資格はない。
だから、クズは人間社会の下で人間とは別に生きろ。
[8629] 男と女の違い h21.10.9
男は考えるために身体が作られているが、
女は子供を産んで育てるために身体が作られている。
男と女では生きる目的が違う。幸福や不幸も違う。
だから、男の価値観を女に持ち込んではいけないし、女の価値観を男に持ち込んではいけない。
相対性理論において、物体の長さや現象の時間が人それぞれで違うように、男と女では物事の価値がそれぞれ違っているのである。
もっとも、男女共通の構造については同じ理論が適用される。
女にも大脳があるから、男と同じように若干の知性がある。
ただ、女は男よりも知覚が弱いから五感が強く、馬鹿さが男よりも強い。頭の中で見ることにかけては女は男よりも劣っている。しかし、子供を産んで育てることにおいてはあまり問題がないので、女は自分が馬鹿であることを苦にしない。しかし、子供を産むことにおいてはともかく、子供を育てることにおいては、知覚の才能がある程度は要求される。母親が馬鹿すぎると、子供を健全な大人に育てられらない。人間は自分自身について知らないから、親が子供をほったらかしでは子供は健全な大人に成長しないのだ。だから、せめて、子供を教育できる程度の知性は女でも持っていなければならない。そのほうが女にとっても幸福だからである。つまり、女が幸福に生きるためには、ある程度の人間に対する理解(特に子供の成長についての理解)が要求されるのである。
[8630] キリスト教は犯罪者を有利にする会である。 h21.10.9
キリスト教では磔[はりつけ]にされた罪人が神である。
だから、キリスト教では罪人のほうが真人間[まにんげん]よりも上であり、キリスト教は罪人を有利にする会なのである。
キリスト教では、善悪の価値観がひっくり返っているのである。
教会が免罪符を出したのもそのためである。
日本政府もキリスト教会と同じように犯罪者を有利にする会である。しかし、日本人はエゴイストだから、日本政府は自分以外は有利にしないのである。
[8631] 宗教にも税金がある。☆ h21.10.9
日本政府はいいこと(国民を幸福にすること)をやっているふりをして、国民から税金を集めて、じつは悪いこと(国民を不幸にすること)をやっている。[神制度には議会がないから、政府は目立たずに悪いことをやれる。]
日本政府の宗教団体も、神制度を使っているヤクザである。
だから、宗教団体も日本政府と同じように、いいこと(信者を幸福にすること)をやっているふりをして、信者からお金を集めて、じつは悪いこと(信者を不幸にすること)をやっている。
日本政府も宗教団体も、国民や信者を騙[だま]しているだけである。
日本政府も宗教団体も、国民や信者を幸福にすることはない。
日本政府も宗教団体も、この世を地獄にする団体である。
日本政府も宗教団体も、両方とも要らない。
宗教団体は死にぞこないの痴呆の老人を騙してお金を取っている。
国民は痴呆の老人と同じなのだろうか?
[8632] 法律は目の毒である。☆ h21.10.10
政府は自分の権力を強めるために国民を嫌がらせるために神制度や議会などでまちがった法律をいっぱい作っている。
日本の法律の大半は国民を不幸にするためのものであり、国民を幸福にする法律はほんの少ししかない。それらは、国民自身が作ったものである。
日本国民が日本政府が作った日本の法律を守れば守るほど国民は不幸になる。
だから、日本の法律がないほうが日本国民にとってはむしろ幸福である。
いっぺん政府を潰して日本の法律を全部廃止にしたほうがましだ。
その後で、社会科学学会が正しい法律(国民を幸福にする法律)をきちんと作ればいい。
[8633] どんな権威でも真理には逆らえない。 h21.10.10
アインシュタインは20世紀最大の偉人だといわれる。
アインシュタインの権力は絶対的だった。
アインシュタインは量子力学を嫌っていた。
しかし、アインシュタインはシュレーディンガーを殺さなかった。
それは、シュレーディンガーが正しかったからである。
物理学の世界においては、どんな権威でも真理には逆らえないのだ。
それは、すべての物理学者にとって実在は神であり、神である実在に逆らうことはできないからである。
ところで、『人間の心は人間の大脳前頭葉前部の細胞群が荷う感覚である。』人間の心は客観的に存在する物のひとつである。だから、人間の心も神である。
だから、人間の心を満足する法則を考える社会学者も人間の心に逆らってはならない。
どんなに権威のある社会学者も、実在する人間の心に逆らうことはできない。
権威は実在する人間の心にあるのであって、社会学者にあるのではない。
つまり、権威は国民の心にあるのであって、政府にあるのではない。
私は『知覚欲の満足』を主体にした社会が人間に相応[ふさわ]しい社会であると思う。
政府は人間の不愉快な感情・不幸な感情を満足するだけだから、まず政府を除去しなければならない。
[8634] 政府は嫌われ屋 h21.10.10
政府は国民を嫌がらせる法律を作るだけである。
なぜなら、政府が国民を喜ばせる法律を作ると、国民が「政府は国民のためにあるのだ」と思って付け上がって、政府が国民になめられて国民の奴隷にされるからである。
政府は国民に恐[おそ]れられるほど有利になるから、政府は国民を嫌がらせる法律しか作らないのである。政府が嫌われ屋であったほうが、政府にとっては都合がいいのである。
そんな馬鹿馬鹿しい世の中が嫌だったら、政府を殺すしかない。
[私が小学5年生の頃、夏休みの朝の6時半からのラジオ体操で休みの始めの頃は子供たちだけで三々五々に集まって自由にダラダラやって楽しかったが、途中からカブに乗ったおじさんがやってきてみんなを背の高さ順に整列させて高学年生に前で手本をやらせてみんなを仕切ってからはつまらなくなった。カブに乗ったおじさんは、カブがカブ→川野延夫[かわののぶお]→私だから、私の神制度をやっている政府の喩えである。子供は国民の喩えである。つまり、国民だけでやっていればこの世は楽しいが、政府が入ったためにつまらなくなっているのだ。わざわざカブに乗ったおじさんが来たのは、政府が私に政府がやっている私の神制度を承認させるためだろう。現行の日本国憲法では天皇の承認制があるので、神制度は憲法にはないが憲法に準じて“承認制のようなこと”をやっているのである。]
[8635] 国会議員はただの馬鹿 h21.10.10
国会議員は、多数決の時に手を上げたり起立ができるだけで十分である。
世の中には国会議員になりたがっているお金持ちの馬鹿息子が大勢いる。
政府が自分の権力を増すためには、とにかくお金が要る。
そこで政府がお金を稼[かせ]ぐために、お金持ちの馬鹿息子を議員にしてやっているのだ。
選挙は投票箱の中が見えないのでインチキができる。
[8636] 議会は政府の恥さらしである。 h21.10.10
私は以前議会は国会が国民に自分が正義の味方と思わせるための芝居だと述べたが、実際には政府が議会で正しい法律(国民を幸福にする法律)を作ることはないから、最近は議会が神制度と同じように政府がまちがった法律(国民を不幸にする法律)を作るための方法だと考えるようになった。
だから、政府が国民の前で議会をやればやるほど、政府が国民を不幸にする悪者であることが国民に知られて国民の反感を買ってしまう。
昔は新聞やラジオやテレビがなかったから議会が何をやっているのか国民に知られず政府は好き放題にまちがった法律を作ることができたが、今はマスメディアが発達したから国民が政府が議会でやっていることをいちいち見ることができるので、政府は肩身が狭くなりまちがった法律を作りづらくなった。
政府はヤクザであるが、あくまでも国民を騙[だま]すことによって経営が成り立っているので、政府が悪者であることが国民に知られてしまうと政府はやって行けなくなる。
それで、政府は最近議会よりも神制度でまちがった法律を作るようになったのだ。『浦島太郎』の玉手箱のように、神制度には議会がないので、神制度では国民に知られずにまちがった法律を作ることができるからである。[神制度は駄洒落制なので、昔の政府は聖典の物語を国民にとって有利に作っておいて、実際には政府は国民の眼につかない所で聖典の物語から駄洒落で国民を不幸にするまちがった法律をいっぱい作っていたのである。]
今の政府は、議会ではあからさまにまちがっていない法律を決めて、神制度で国民の眼につかない所でまちがった法律をいっぱい作っているのである。神制度では国民は政府のやっていることを物で知ることしかできないので、政府が何をやっているのかよくわからないのだ。
[8637] 好景気 h21.10.10
好景気とは国民が幸福な時代である。
つまり、好景気は政府が政治をやっていない時期である。
だから、政府がなくなったほうが国民は幸福なのである。
国民だけでやっていればこの世は楽しいが、政府がいるためにつまらなくなっているのだ。
[8638] 家庭の意義 h21.10.10
男は考えるために生きている。仕事のために生きている。
女は子供を産んで育てるために生きている。子供をかわいがるために生きている。[女にとっては、子供を産んで育てること以外は遊びである。顔や身体が綺麗なことは、子供を産んで育てることにとってはどうでもいい。ただし、子供を育てることにおいては多少の教養(常識的なことに詳しいこと)が必要である。]
男と女では生きる目的が違う。
目的の違う生き物を上手く結びつけることが問題だ。
家庭は、男と女を結びつける空間である。
女にとっては、夫が子供のおまけだ。
[8639] お金持ちは楽しいか? h21.10.10
ひとりの人間が他のみんなからお金を取れば、そのひとりがお金持ちになる。
みんなは貧乏で不幸になるが、そのひとりだけがお金持ちで幸福になる。
しかし、お金があるだけで本当に人間が幸福といえるだろうか?
お金だけがあっても、品物や知識がなければ空しいのではないか?[だから、昔のフランスの貴族は食べる喜びしかなかったのだ。衣食住の贅沢[ぜいたく]しかなかったのだ。]
品物や知識を作るためには、大勢の人が働いたり考えたりしなければならない。
だから、みんなが仕事欲や知覚欲を満足して生きることが、ひとりのお金持ちが幸福に生きるためには必要なのである。
みんなが自分が作った品物や知識を売れば、みんながお金が儲かる。みんながそこそこお金持ちになる。
結局、人間が幸福であるためには、お金そのものよりも品物や知識がたくさんあることのほうが大事である。だから、みんなが仕事欲や知覚欲を満足して生きているのが一番いい社会なのだ。女は人間を作ることが仕事である。
ところで、政府はまちがった法律(国民を不幸にする法律)を作ることしかできない。そんな不良品を作る工場はなくなったほうがいい。政府は国民に不良品を押売りするのをやめろ。
[8640] 権力よりも評判☆ h21.10.10
今の政府は国民の眼の届く議会であからさまにまちがってはいない法律を作って、国民の眼の届かない神制度でまちがった法律をたくさん作っている。
しかし、政府が国民に隠れてコソコソやって、はたして政府の権力が強まるのだろうか?
政府の権力を強めるためには、国民の眼の前で正々堂々と国民が嫌がるまちがった法律を国民に出したほうがいいはずである。
だから、今の政府にとっては自分の権力を強めることよりも、国民のいい評判を得ることのほうが大事なのだろう。
だから、今の政府がまちがった法律を出しているのは、政府の権力を強めるためではなく、たんなる国民に対する嫌がらせやいたずらにすぎない。権力においては、すでに国民のほうが政府よりも上なのだ。
今の政府はヤクザというよりも、ただのチンピラなのだ。
[8641] 権力とは何か? h21.10.10
近代以降、自然科学の発達に伴って社会科学も発達し、政府は議会をやるようになった。
昔は新聞やラジオやテレビがなかったから、議会は国民の眼の届かないところで好き放題にまちがった法律を作って出していた。
国民は「議会は最大多数の最大幸福を実現するための方法だから、政府は正しい法律を作るはずだ」と信じて政府の作ったまちがった法律に従った。
それで、世の中はどんどん悪くなって行った。つまり、世の中が国民にとって不幸になって行った。
だから、たとえ政府が国民の眼の前で正々堂々と命令を出さずに国民の眼の届かないところで隠れてコソコソと命令を出していても、実際に政府が命令を出すことができさえすれば、政府の権力は強くなるのである。
だから、政府の権力は国民の評判に支えられた権力だと言える。つまり、政府が国民の評判がよければ、それだけ政府は国民に命令が出せるから政府の権力が強まるし、反対に政府が国民の評判が悪ければ、それだけ政府は国民に命令が出せなくなるから政府の権力が弱くなるのである。
政府は議会と神制度で政治をしている。国民は議会や神制度が正しい法律を作るための方法だと思っている。だから、国民は政府におとなしく従っているのである。[つまり、騙[だま]す政府も悪いが、騙される国民も悪いのである。]しかし、実際には、議会は正しい論理的推論を断ち切るためのごまかしだし、神制度は駄洒落によるでたらめな推論である。[[8636]の補足を参照。]議会も神制度も、正しい法律(国民を幸福にする法律)を作るための方法ではない。だから、政府はまちがった法律(国民を不幸にする法律)を作るだけである。したがって、国民は政府に従ってはならない。だから、政府の権力は落ちるしかない。実際に、政府の権力は昔に比べるとだいぶ落ちている。だから、私の考えは正しいのだ。
[8642] 政府が何をやっているのかわからないまま政府に従う国民が悪い。 h21.10.10
今の政府は議会をやっているふりをして、じつは密[ひそ]かに神制度をやっている。
神制度は駄洒落でまちがった法律(国民を不幸にする法律)を決める方法である。
第2次世界大戦後、アメリカが神武天皇の神制度で日本国民にとって有利なことをやっていたが、それは新しい神制度をやりやすくするための罠[わな]である。
国民は政府が何をやっているのかわからないまま政府に従っている。
国民は政府がどういう団体なのかわからないまま政府に従っている。
政府は武器や神制度や議会などで、国民を支配する団体である。政府は、国民にいいこと(国民を幸福にすること)をやっているふりをして、国民から税金を集めて、じつは悪いこと(国民を不幸にすること)をやっている。
政府が何をやっているかわかっているのに政府に従う国民も悪い。
国民が政府に従うと自分が損をするだけである。政府は国民をなめすぎている。だから、国民は政府に絶対に従ってはならない。
政府が何をやっているのかわからないまま政府に従っている者も悪いし、政府が何をやっているのかわかっているのに政府に従う者も悪い。とにかく、政府に従う者はみんな悪い。
[8643] 東京の人 h21.10.10
東京の人は、政府を利用して儲[もう]ける連中とは思えない。
むしろ、政府を正しいと信じて政府に従っている連中であるように思える。
東京の人は、政府の正体がわかっていない。
東京の人は、頭がいいとは思えない。
[8644] どうして国民は政府に従うのか? h21.10.11
国民が政府に従うのは、政府が正しい法律(国民を幸福にする法律)を作る会社だと思っているからである。法律を犯したり税金を払わないと警察や税務署の人が家に来るからではない。
だから、政府が正しい法律を作る会社でなければ、国民は政府に従わなければいい。
実際には、政府は国民の眼の届かないところで神制度をやっていて、神制度は駄洒落でまちがった法律(国民を不幸にする法律)を作る方法であり、政府はまちがった法律を作っている。議会も多数決によってまちがった法律を作る方法である。政府は正しい法律を作る会社ではない。政府はいいこと(国民を幸福にすること)をしているふりをして、国民から税金を集めて、じつは悪いこと(国民を不幸にすること)をしているのである。政府は宗教団体のように国民を騙[だま]して儲[もう]けているのである。
したがって、政府は国民のためにある会社ではない。だから、国民は政府に従わないのが正解である。国民は政府に従ってはいけない。
政府が正しければ政府は国民を罰する資格があるが、そもそも政府が正しくなければ国民が政府に逆らっても政府に国民を罰する資格はない。実際には、政府はいいことをしているふりをして悪いことをしている会社である。例えば、政府は神制度で人殺しをしている。[神制度は駄洒落にすぎないから、駄洒落で人殺しをしてはいけない。]政府は議会や神制度でまちがった法律(国民を不幸にする法律)を作っているだけである。[政府は『カチカチ山』のタヌキのように意地糞悪い。]国民よりも政府のほうが悪いから、政府には国民を罰する資格はない。例えば、政府の人殺しに比べれば、国民が政府に税金を払わないことなど悪いことには入らない。むしろ“善[い]いふりをしてじつは悪い政府”がなくなるのはいいことだから、国民が政府に税金を払わないのはいいことである。だから国民は政府を潰[つぶ]すためにどんどん脱税しよう。
[8645] どうして最近の牛乳はまずいか? h21.10.11
牛乳は白くて光るから、神武天皇の光の玉の喩えである。
昔の政府は神武天皇の神制度をやっていたから、昔の牛乳はおいしかったが、
今の政府は神武天皇の神制度をやめたから、それで最近の牛乳はまずいのである。
[8646] どうして最近のうどんはまずいか? h21.10.11
うどんは白くて光るから、神武天皇の光の玉の喩えである。
昔の政府は神武天皇の神制度をやっていたから、昔のうどんはおいしかったが、
今の政府は神武天皇の神制度をやめたから、それで最近のうどんはまずいのである。
[8647] 『脱税のススメ』 h21.10.11
政府は善[い]いこと(国民を幸福にすること)をしているふりをしてじつは悪いこと(国民を不幸にすること)をしている悪い会社である。議会や神制度は正しい法律(国民を幸福にする法律)を作る方法ではなく、まちがった法律(国民を不幸にする法律)を作る方法である。
悪い政府を潰[つぶ]すのは善いことである。
だから、国民は政府を潰すために、どんどん脱税しよう。
政府がまちがった法律を作って世の中を乱しているのだから、政府がなくなれば世の中は平和になるはずである。政府がなくなったほうが国民は幸福に暮らせるのである。だから、国民は脱税をして政府を潰そう。[警察や学校などの細かいことはこの際どうでもいい。政府が潰れた後で考えればいいことである。]
[8648] どうして国民は政府に従っているか? h21.10.11
国民が政府を善[い]い会社だと思っているからである。
しかし、実際には政府は悪い会社である。国民の税金で、まちがった法律を作って、国民を不幸にしている会社である。
だから、国民は政府に従わなければいい。政府に税金を払わなければいい。
そうすれば、政府は潰れてなくなるからである。
国民は、自分の頭で考えて善い会社と悪い会社の区別ぐらい付かねばならない。
国民は政府の幼稚なトリックに引っ掛かってはならない。政府は国民を騙[だま]して自分を善[い]い会社であるかのように見せている。政府がタヌキやネコに喩[たと]えられるゆえんである。
政府が国民を幸福にすることなどほとんどない。大部分は国民を不幸にしているだけである。だから、政府があるよりもないほうが国民にとっては幸福である。国民は自分のために、政府がない世界を実現しなければならない。[9割不良品で1割良品を作る工場がやっていけるだろうか?]
もともと日本人は道徳がいいから政府は要らない。イランやアメリカでは政府が国民を不良にしてわざわざ政府が要るようにしている。日本では政府自身が犯罪を起こして国民に政府が要るように思わせている。政府は国民に自分が幸福であるためには政府が要ると思わせているが、じつは政府が国民を不幸にしている張本人なのである。政府はまちがった法律をいっぱい作って国民を暮らしにくくして国民を不幸にしている。政府がなければまちがった法律はできないから日本が暮らしやすい国になり国民が幸福になる。政府が国民を不幸にしているから日本人は幸福になれないのである。だから、政府がなくなったほうがいい。
日本人が道徳がいいのは、政府が道徳が悪いからである。日本では政府が国民を不幸にしているぶん、国民が自分自身を幸福にしなければならなかったから、日本人は道徳がいいのである。だから、政府がなくなれば、日本人はもっと幸福になれるのである。
[8649] 政府の権力 h21.10.11
政府の権力とは、国民が政府に従うことにほかならない。
政府の権力の源[みなもと]は、国民の政府に対する誤解にある。
国民は政府が善[い]い会社だと思っているから政府に従うのである。
だから、国民の政府に対する誤解を解けば、政府の権力がなくなる。国民が政府が悪い会社だと思って政府に従わなくなれば政府の権力がなくなる。
政府は武器や神制度や議会で国民を支配しているが、それらは国民に政府を正しい者に思わせるための飾りでしかない。
昔から政府は「政府が国民を支配しているから国民が幸福に生きていける」と国民に思わせて、まちがった法律をたくさん作って国民を不幸にしていたのだ。
[8650] 知らぬが仏[ほとけ] h21.10.11
今の国民は政府が議会で正しい法律(国民を幸福にする法律)を作っていると思っているが、じつは政府は国民の眼の届かないところで神制度でまちがった法律(国民を不幸にする法律)を作っているのである。
神制度は駄洒落でまちがった法律(国民を不幸にする法律)を作る方法である。政府は駄洒落で“高いところにある物”に因[ちな]んで神を決めて、神の架空の伝記(聖典)や実際の経験(私の場合)から駄洒落でまちがった法律(国民を不幸にする法律)を作っている。政府は神制度でまちがった法律を作って国民を不幸にしているのである。
神制度には議会がないから、政府は国民に隠れてまちがった法律を作れるのである。国民は政府のしていることを直接に自分の眼で物を見て知るしかないから、政府のしていることがよくわからないのである。
政府は神制度で毎日まちがった法律をいっぱい作って、日本を国民の住みにくい嫌な国にどんどん改造している。このままでは日本が国民が住めない国になる。日本が国民が生きて行けない国になる。
政府は国民の幸福にとって邪魔である。だから、政府をなくさなければならない。
[8651] 権力と悪戯[いたずら] h21.10.11
今の国民は政府が議会で正しい法律(国民を幸福にする法律)を作っていると思っているが、じつは政府は国民の眼の届かないところで神制度でまちがった法律(国民を不幸にする法律)を作っているのである。
議会は国民に政府が正しい者だと思わせて国民を政府に従わせるから政府の権力の源である。
一方、神制度は政府の国民に対する悪戯[いたずら]や意地悪[いじわる]にすぎない。政府がときどき起すアラビア人の某[なにがし]かによる殺人事件も、しょせんはただの悪戯[いたずら]である。国民にとっては誰がやったのかわからないから、政府の権力が強まるとも思えない。[あるいは、神制度で法律を作って政府が密[ひそ]かにお金を儲[もう]けているのかもしれない。神制度には駄洒落[だじゃれ]による制限があるが、苦しい洒落[しゃれ]まで含めればかなり自由に法律を作ることができる。]
今の政府にとっては頼りになるのは議会しかない。しかし、その議会も詳しく見ればこれまでに正しい法律(国民を幸福にする法律)を作ったことがいっぺんもない。そもそも最大多数の最大幸福を実現する方法と議会制とは関係がない。実際には、正しい法律(国民を幸福にする法律)は、いいアイデアを持っている国民が作るのであって、議員が作るのではない。議員は政府にお金を払って議員になっただけのお金持ちの馬鹿だから、いいアイデアを考え出せるわけがない。議会は政府の無能さを国民に露見[ろけん]させるだけだ。
したがって、今の政府には権力はない。だから、年々国民は政府に従わなくなって政府が潰れつつある。
[8652] どうして昔の日本は年功序列制だったのか? h21.10.11
年寄りの頭は白くて光るから、神武天皇の光の玉の喩えである。
昔の政府は神武天皇の神制度をやっていたから、年寄りを大事にして年功序列制だったが、
今の政府は神武天皇の神制度をやめたから、年寄りを大事にしなくなり年功序列制がやまったのである。
神武天皇の神制度は、国民にとって有利な点が多かったようである。
[8653] ブレーズ=パスカル h21.10.11
パスカル(1623-1662)は「頭(知覚)で口説[くど]けなければ心で口説け」と言った。
パスカルは頭の世界と心の世界が別々にあると思っていたようである。
頭の世界と心の世界が分かれているのは精神分裂病である。
『心は人間の大脳前頭葉前部にある脳細胞群が荷っている感覚である』から、心は頭に従属しなければならない。それが、正しい頭と心の関係である。
パスカルは正しい頭と心の関係がわかっていなかったようである。
パスカルの前半の人生は数学や物理の研究に費やされてすばらしかったが、
パスカルの後半の人生はキリスト教のヤクザの世界に足を踏み入れて無駄になってしまった。[たぶん麻薬をやったせいだろう。パスカルが神と出会ったのは、麻薬をやったことの言い換えだろう。つまり、実存哲学とは麻薬で命をつなぐことである。[[4959] 精神病《まとめ》☆ h20.5.4の図を参照。]キリスト教の目的は、悪人にとって有利な世界を作ることだから、麻薬をやってもいいのである。]
キリスト教では、磔[はりつけ]にされた悪人が“高いところにいた”ということで駄洒落[だじゃれ]で“人間よりも上の者”ということで神にされている。キリスト教では磔にされた悪人が神だから、キリスト教の目的は、悪人にとって有利な世界を作ることにある。キリスト教では、悪人が善人よりも上であり、善悪の価値観がひっくり返っている。
パスカルはその程度のことがわからなかったのだろうか?
キリスト教のサクラになり果てた自分が恥だと思わないのだろうか?
パスカルは麻薬をやって知能が低下したから“乗合馬車”を思いついたのだ(パーの名案)。
[8654] 税金は命令の代金である。 h21.10.12
国民は政府に税金を払って政府から命令を買っている。[[8486] まちがった命令を作る会社☆ h21.9.25 の図を参照。]
しかし、政府が作る命令は不良品ばかりである。つまり、まちがった命令(国民を不幸にする命令)ばかりである。
だから、国民は政府に命令を返して税金を戻してもらえばいい。つまり、国民は政府に税金を払わずに、政府の命令を聞かなければいい。
[8655] 政府は知恵遅れである。 h21.10.12
神制度は駄洒落である。
だから、駄洒落の神制度を真剣にやっている政府は知恵遅れである。
議会も先にまちがった法律(国民を不幸にする法律)を決めておいて、あとは暇つぶしに話し合いをして多数決を取っているだけである。[ただし、議会は人眼につくので、あからさまにまちがった法律を決めることはできない。]
そんな馬鹿馬鹿しいことは知恵遅れの政府にしかやれない。そんなことを毎日やっていたら、誰でも頭が悪くなる。
政府は国民をなめすぎている。政府は自分が馬鹿だから、国民を馬鹿だと思っているのだ。
[8656] 政府はどうして国民に意地悪をするのか? h21.10.12
政府の権力は政府が善[い]い会社(国民を幸福にする会社)だと国民に思わせることで得られているので、国民に嫌な命令を押し付けることで得られているのではないから、国民にわざわざ嫌な命令を出す必要はない。
だから、政府が嫌な命令を作っているのは、たんなる政府の国民に対する意地悪[いじわる]か悪戯[いたずら]である。
政府は神制度や議会でまちがった法律を作って国民を不幸にしている。
健全な大人が他人を虐[いじ]めて喜ぶわけがない。
だから、政府は健全な大人ではない。
つまり、政府は精神異常者か知恵遅れである。
政府が精神異常者なのは、精神医学が遅れているからである。
精神医学が未発達なために、毎年大勢の精神異常者が発生している。
その中の何人かが政府に入って、まちがった法律(国民を不幸にする法律)を作る仕事をしているのである。
そんなやつらは政府に入るより病院に入れ。
つまり、かわいそうなやつらが自分が幸福になりようがないので、他人に八つ当たりをして他人を不幸にしているのである。
将来精神医学が発達して精神病が治るようになれば、政府も国民を虐めるのをやめるだろう。
それまで、国民は政府の悪戯[いたずら]に我慢しなければならないのだろうか?
[8657] どうして最近の政府は権力がないのか? h21.10.12
政府の権力とは、国民が政府に従うことである。
政府に権力があるのは、国民が政府を善[い]い会社(国民を幸福にする会社)だと思っているからである。
議会は昔から泥舟といわれるように、国民にとって善い法律(国民を幸福にする法律)を決めたことがなかった。法律については、国民が自分で自分を幸福にする善い法律を作ればよいので、政府は特に要らない。法律は国民の幸福のためにあるのだから、国民が自主的に守るものであって、政府に言われて守るものではない。[犯罪者は例外者として、ひとまず無視して考えればいい。犯罪者は個人的には大きな問題だが、国家的には小さな問題にすぎない。犯罪者は一時的には儲[もう]かるが、長い眼で見れば社会的信用を失ってかえって損をするように思える。そう考えると、今の政府はまちがった法律(国民を不幸にする法律)ばかり作っているから、政府自体が犯罪者であって政府がないほうがいいことがわかる。]
しかし、神武天皇の神制度は、比較的国民にとって善い法律(国民を幸福にする法律)を決めていた。
だから、国民は政府を善[い]い会社だと思って政府に従うことにしたのである。
日本国民が政府が決めた第2次世界大戦に付き合ったのもそのためである。
ところが、第2次世界大戦が終わって、憲法が変わって、議会的には天皇制がなくなった。
その後も、昭和50年頃まで、政府は神武天皇の神制度を続けていたが(いわゆる調整期間)、昭和50年頃に政府が神武天皇の神制度から私の神制度に変えた。
ところが、私の神制度では、国民にとってのメリットがあまりない。それは、国民が直接に自分の眼で国の動きを見ればわかることである。国民も「政府が議会をやっているふりをしてじつは私の神制度をやっている」ことぐらいはすでに知っている。
だから、国民は政府を善い会社(国民を幸福にする会社)だと思わなくなった。
それで、国民は政府に従わなくなり、政府の権力が落ちた。
そもそも神制度は駄洒落なので、政府次第によって善い法律も悪い法律もできるので、国民にとってはまったく当てにならない。たぶん今後の政府は神制度を悪用して政府にとって有利な国民にとって不利な世の中にするだろう。昔の神制度が国民に有利すぎたために、政府は自分にとって有利な世界を作るために世界大戦を起こして神を入れ替えたのだから、今の神制度が国民にとって有利なわけがない。だから、神制度なんかないほうがいい。
議会でも神制度でも、政府は国民の役に立たない。今の政府は国民にとってもはや要らない会社である。
政府も自分の立場がわかっていない。政府が国民の役に立つことをして国民に善い会社だと思われなければ政府の権力なんかないのだ。今の政府はそのことを忘れている。
[8658] どうして社会科学の本は眠たいのか? h21.10.12
巷[ちまた]には社会科学の本がたくさん出ているが、社会学者が書いた文がどれもこれも読めば眠くなるほど曖昧模糊なのは、社会学者が論理がわかっていないからである。
社会学者は論理がわかっていないから、死ぬまで実在の世界が見えないままなのだ。社会学者は眼が見えるだけで、頭は見えないのだ。社会学者は開きめくらだ。
社会学者は自分の感想文を書いているだけで、真実を書いていないのだ。社会科学は科学ではなくて文学だ。
そんな連中に研究させても無駄だ。税金の無駄使いだ。
社会学者は学生よりも馬鹿だ。社会学者は偉そうに前に出て講義をするな!
[8659] 日本は哲学の国 h21.10.12
私の両親もそうだが、昔の日本人は『自分の心』を大事にした。神武天皇の伝記にもそのことはよく表れている。その結論が、「男は知覚欲で、女は愛情で生きるものだ」ということだ。それで、私の母親は毎日家族の世話をして、私の父親は休みの日には読書をしてすごしている。私もそんな両親の姿を小さい頃から見て育った。
しかし、今の日本の若者は、くだらない五感欲を満足して生きようとしている。それでは人間として幸福に生きることはできない。空[むな]しい努力をしているだけだ。
今日の夕方、近所のスーパーに買い物に行ったら、私に失礼な咳払[せきばら]いをしたチンピラが2匹いた。1匹は労働者風の若者で、もう1匹は子供連れの若夫婦だった。人間がわかっていない者が偉そうに威張[いば]るな!
日本人が眼で見たことしかわからない馬鹿になれば、国民が「政府が議会をやっているから政府が民主主義の善い会社だ」と思って素直に政府に従うので、そのほうが政府にとっては都合がいいから、政府は日本人をいろんな手段で洗脳して「自分の頭で考えない眼で見たことしかわからない五感欲の満足のために生きている馬鹿人間」に改造しようとしているのだ。
[8660] シンジケート h21.10.12
たとえ今の政府が滅んでも、その後にシンジケート(犯罪者組合)ができて日本を支配するかもしれない。
しかし、国民はそんなシンジケートに跪[ひざまず]いて一生を送らないといけないなんて嫌だ。だから、国民はそんなシンジケートには従わないだろう。国民が従うとすれば、国民の幸福のためにある善い会社だけだ。
だから、今の政府は善い会社のふりをしているシンジケートなのだ。昔の政府から聖典をとったら、ただのシンジケートにすぎない。つまり、今の政府はシンジケートなのだ。したがって、今の政府には国民は従わない。だから、政府は遅かれ早かれ潰れるだろう。
そもそも、国に政府が要るという証明はない。だから、国に政府は要らないのだ。実際には、国に余計な政府があるから、政府がまちがった法律(国民を不幸にする法律)をいっぱい作って国がうまく行かなくなっている。だから、政府はないほうがいい。
政府が無理に作った法律なんてまちがいばっかりだ。法律は国民がゆっくり自然に作ったほうがまちがいがなくて安全だ。国はゆっくり自然に発展すればうまく行く。法律は、人間が社会の中で生きているうちに自然に身に付くものだから、特に学校は要らない。犯罪者は社会から除[の]け者にされて生きて行けないから、特に警察はなくてもいい。そもそも犯罪者が出る原因は、性欲や麻薬欲を満足することにあるのだから、性欲や麻薬欲がいけないことが常識になれば、犯罪者は出ない。だから、警察もほとんど要らないはずである。動物園の空[あ]いている檻[おり]に犯罪者を入れたらいい。
[8661] 暴力団とは何か? h21.10.13
映画に出て来るような刺青[いれずみ]をして刃物を振り回す暴力団は嘘である。
そんなキチガイ丸出しの者を相手にする人はいないから、そんな暴力団では食べて行けない。
本当の暴力団は、表向きは真面目[まじめ]な仕事をしているふりをして裏で悪いことをしている会社である。
ただし、神制度や議会はやらない。
宗教団体は神制度をやる暴力団であり、政府は議会をやる宗教団体である。
宗教団体も政府も、表では真面目な仕事をしているふりをして裏では悪いことをしているのだ。
[8662] 知る力 h21.10.13
人間には知る力がある。
だから、いくら他人が表[おもて]で善[い]い人のふりをしていても、それだけで善い人ということにはならず、裏で悪いことをしていれば悪い人である。[昔の日本政府は神武天皇の神制度をやっていたから、神武天皇の伝記は面白さつまり人の心を大事にしていたので、人が表[おもて]でやっていることよりも裏でやっていることのほうを大事にしたのである。だから、『ボロは着てても心の錦』と言ったのである。だから、政治家も裏で真面目[まじめ]にやらねばならなかったのである。昔の神制度は、まさに政治家泣かせの神制度だったのである。反対に、今の政治家は表面[おもてづら]がいいだけで裏で汚いことばかりして下劣[げれつ]である。]
現代では、暴力団や宗教団体や政府が偽善者であることは常識のひとつである。
現代では、暴力団や宗教団体や政府が偉いなんて思う人はいない。
現代では、国民は暴力団や宗教団体や政府がなければいいと思うだけである。
[8663] 国民主権 h21.10.13
国民は政府が正しいと思ったから、政府に従っている。そのために、税金も払っている。
だから、国民が政府が正しいと思わなければ、政府に従わなければいい。
実際には、政府は表面[おもてづら]が正しいだけで、中身は正しくない。国民の眼につく議会でどうでもいい無難な法律(国民を幸福にも不幸にもしない法律)を作って、国民の眼に付かない神制度で悪い法律(国民を不幸にする法律)ばかり作っている。
だから、国民は政府に従わなければいい。税金も払わなければいい。さっさと政府を潰[つぶ]せばいい。
国民は政府に騙[だま]されている。国民は政府に腹が立たんがか!?
[8664] 法律は国民が作るものである。 h21.10.13
政府が滅びても法律は滅びない。
なぜなら、『国破れて山河あり』と言うように、政府が滅びても国民は滅びないからである。
正しい法律(国民を幸福にする法律)は、国民が自分自身を幸福にするために作ってきたものだから、政府が滅びても残るのである。
今の政府は、国民に対する意地悪や自分の金儲けのために、まちがった法律(国民を不幸にする法律)をたくさん作っている。今の政府は、せっかく国民が作った法律に泥を塗っている。だから、政府はなくなったほうがいいのである。
[8665] 人間は自由ではない。 h21.10.13
人間は自由ではない。
人間はその肉体の構造上、幸福になるためには自分の心の中にある知覚欲や愛情を満足するしかないのである。麻薬欲や性欲を満足すると一時的に快楽が得られるだけで長い目で見ると心が実在に従わなくなって自分が犯罪者や精神異常者になって不幸になるし、見栄欲を満足することは自分の馬鹿をさらすことにすぎない。
しかし、子供や若者は経験や思考が足りなくて、まだそこまではわかっていない。
だから、子供や若者はおとなしく大人の言うことを聞け!
[8666] 日本は哲学の国 h21.10.13
日本人は神武天皇の伝記を見てもわかるように、文学の面白さを大事にする。心の面白さを大事にする。
面白い文学を作るためには、哲学の知識(人間についての理解)が要求される。
だから、日本人は哲学に強いのである。
反対に、西洋人はキリストの伝記を見てもわかるように、物の面白さを大事にする。五感の面白さを大事にする。
物の面白さは科学の知識と関係がある。
だから、西洋人は科学に強いのである。
日本人は心的だから、主観性が高くて利己的[りこてき]で、
西洋人は物的だから、客観性が高くて利他的[りたてき]なのである。
日本人が心的で、西洋人が物的なのは、日本人の大脳は心(前頭葉)が発達して、西洋人の大脳は五感(後頭葉)が発達しているからだろう。ダーウィンの自然選択説の通り、環境の違いが人種の違いを生んだのだろう。日本人の心の豊かさは日本の自然にあるのだから、日本の自然を大事にしなければならない。
[8667] 日本政府に勝つ方法 h21.10.13
日本政府は日本最大の暴力団である。
日本政府の組員は400万人いる。
民間会社や国民が組合を作って組合員が400万人を上まわれば、日本政府に勝てる。
[8668] どうして最近暴力団が下火なのか? h21.10.13
暴力団とは、表[おもて]では善[い]い会社のふりをして裏で悪いことをしている会社のことである。
政府にとっては、暴力団は競争会社である。
だから、政府は暴力団を潰すために、「暴力団が表[おもて]では善[い]い会社のふりをして裏で悪いことをしている」情報を国民に流して、暴力団の経営を妨害したのだ。
それなら、国民が政府を潰すために、「政府が表[おもて]では善[い]い会社のふりをして裏で悪いことをしている」情報を国民に流せば、政府の経営を妨害できる。
[8669] 日本人は白くて光る物が好き h21.10.13
シャボン玉の歌は、シャボン玉を低く飛ばすのならつまり政府が神武天皇の神制度を弱くやるなら、国民としては政府の神武天皇の神制度を歓迎すると言う意味である。
政府がお米やうどんや年寄りなどの白くて光る物を大事にする政策をするなら、日本国民は政府を支持すると言うことである。[私が以前兵庫県豊岡市に住んでいた時、近所の西垣[にしがき]スーパーで売っているうどんの麺がおいしかったが、私が引越しして豊岡を出て行く直前にカンスイばかりになってすごくまずくなった。そのうどんの麺のメーカーは「神制度が白くて光る物を大事にすることだ」と思って、政府に神とされている私がいる間だけおいしい麺を作ってくれたようである。そのうどんの麺のメーカーは、神武天皇の神制度と私の神制度を混同していたようである。]
しかし、政府が神武天皇の伝記をワルノリして解釈をしていろんな余計なことをするなら、日本国民は政府に反対すると言うことである。
日本国民にとっては神武天皇の神制度は人気があったのである。
日本の文学に神武天皇の光の玉を入れたのも、神武天皇の神制度が国民に人気があったからである。
政府の権力とは、国民が政府に従うことであり、そのためには政府が国民に善[い]い会社だと思われなければならない。
神武天皇の神制度は国民に人気があったから、政府は国民の人気を取るために、文学者に命令して日本の文学に神武天皇の光の玉を入れさせたのである。[石川啄木の「東海(とうかい)の小島(こじま)の磯(いそ)の白砂(しらすな)に われ泣(な)きぬれて 蟹(かに)とたはむる」の詩は、政府の啄木に対するイビリではなくて、啄木が考えた“楽屋落ちギャグ”である。マンガ家が編集者が自分を虐[いじ]めることをギャグにするのと同じことである。]
善[い]い法律(国民を幸福にする法律)は国民自身が作るものであり、政府の議会は伊達[だて]でやっているだけであまり役には立たないから、政府の権力を強めるために政府はどうしても神武天皇の神制度で国民の人気を得たかったのである。そのために、政府は神武天皇の神制度で善いこと(国民を幸福にすること)をいろいろやったのだ。日本政府を国民に受け入れさせるためにも、ぜひそうしなければならなかったのである。
神武天皇の神制度が日本国民に人気がなければ、日本の文学に神武天皇の光の玉を入れることはかえって政府の人気を落すことになるから、政府が日本の文学者に命令して神武天皇の光の玉を入れさせることはやらなかったはずである。
もっとも、田河水泡の『のらくろ』の頃は、日本政府が神武天皇の神制度を大々的にやりすぎて、天皇が威張りすぎて国民にとっては天皇が嫌だったから、天皇を人間に忠実な僕[しもべ]の犬に変えて風刺したのである。だから、『のらくろ』は日本政府にとっては嫌な作品だったが、国民には人気があったので、よく売れたのだ。
神武天皇の神制度は国民に人気があったが、世界大戦後は、政府は神武天皇の神制度をやめてしまった。代わりに政府は私の神制度をやるようになった。
しかし、私の神制度では、国民にとって有利なことが何もない。昔の神は国民にとって有利で政府にとっては不利だったから、政府は自分にとって有利な世界を作るために、世界大戦を起して神を入れ替えたのだから、私の神制度は政府にとって有利なだけで国民にとって有利なことがあるわけがない。[日本政府は昭和に入ってからすぐに世界大戦の準備に入っている。だから、アメリカのウォール街の恐慌が世界大戦にきっかけではない。]
だから、今の私の神制度は国民に人気がない。
したがって、マンガ家やアニメ会社に命令して私の情報をマンガやアニメに入れても、政府の人気は上がらない。それどころか、政府の人気はますます下がる一方である。政府は自分で自分の人気をわざわざ落としているのである。
日本人は白くて光る物が好きだったが、私は好きではないのである。だから、私の情報をマンガやアニメに入れることはマンガやアニメの人気を下げることになるから私の情報を入れないほうがいい。
[8670] 政府という名の暴力団 h21.10.13
日本政府は神制度をやる暴力団である。
日本政府にとって議会は伊達[だて]でやっているだけだから、あまり大事ではない。
肝心の神制度も今では国民にメリットがなくて、政府も人気がない。
国民にとっては政府はいいところが何にもないから、政府がなくなったほうがいい。
神制度も議会も政府という名の暴力団がやっているシケたサービスにすぎない。
国民が政府という名の暴力団が要らないと思えば、暴力団と縁を切ればいい。
暴力団は実在の世界から浮いている合理性のないナ〜ナ〜な団体だから、国民は暴力団の言うことを本気で取り合わなくてもいい。税金や警察は暴力団が冗談でやっている“正義の味方ごっこ”だから、本気にしなくてかまわない。
どうやら、政府は自分に“絶対的な権力”があると思って、独[ひと]りよがりで強引に国民にとって有利な神武天皇の神制度をやめて国民にとって不利な私の神制度に代えたようだが、それはまちがっている。政府の権力はそもそも国民の人気によって支えられているのだから、まず国民の人気を取ることからやらねばならない。今の政府はそれを怠[おこた]っているから、今の政府に権力はない。今の政府は自分に権力があると思ってうぬぼれているだけで、実際にはないのだ。神の入れ替えは政府の完全な失策である。今の政府は自分がもっと儲[もう]けるために品質の悪い製品を作って倒産してしまった馬鹿会社である。
法律はそもそも国民が自分の幸福な暮らしのために作ったものである。社会の中で暮らしていれば、自然と法律は身に付くものである。だから、政府が滅んでも法律がなくなるわけではないから、心配は要らない。
[8671] これまでの私の作文で特にウケたところ h21.10.14
政府は神制度や議会などでまちがった法律(国民を不幸にする法律)をたくさん作っている。
だから、国民は政府の作った法律を守れば守るほど不幸になる。[議会で作った法律は国民の眼に触れる文書になるが、神制度で作った法律はたとえ文書になったとしても国民の眼に触れることはない。]
政府は駄洒落の神制度で人殺しをしている精神異常者である。
政府は日本を地獄に変える気か!?
国民は日本が地獄になる前に手を打たねばならない。
[8672] 嘘から出た真[まこと] h21.10.14
神武天皇の神制度では白くて光る物を大事にする。
米は白くて光るから、昔の日本政府は米作りに力を入れたのである。
人間にとっては食べることが一番大事だから、正しい政策だと言える。
神制度自体は駄洒落で法律を作るいいかげんな制度だが、“偶然に”神制度で正しい法律(国民を幸福にする法律)ができていたのである。
しかし、私の神制度ではこれまでに正しい法律(国民を幸福にする法律)が作られたことはない。例えば、回転寿司やリサイクルは、あってもなくてもいいどうでもいいかったるい法律(国民を幸福にも不幸にもしない法律)である。
“偶然”を当てにするのは馬鹿である。
だから、神制度自体をやめなければならない。神制度をやる政府をなくさねばならない。
政府に嫌なことをされるよりも、国民だけで善[い]いこと(国民を幸福にすること)をやったほうがマシだ。
[8673] 政府はあるべきかないべきか?☆ h21.10.14
要するに、国民にとっては政府があるほうとないほうとでは、どちらが幸福といえるだろうか?
政府は議会や神制度でまちがった法律(国民を不幸にする法律)を作っているだけだから、もちろんないほうがいい。
だから、それを実行すればいいだけである。
政府は国民を不幸にする会社だから、ないほうがいい。風邪[かぜ]を治すにはバイ菌を退治すればいいのと同じことである。
国民は自分を不幸にしている者(つまり政府)をわざわざ自分で税金を払って養っていると言うわけである。政府は駄洒落(神制度)で人殺しをするほど気が狂っているから自分で直すわけがない。この矛盾を解決するのは国民自身である。
政府は国民の役に立っていないのに、役に立っているふりをしているだけである。例えば、昔から国が平和なのは、国民自身の努力の成果なのに、政府はいつも自分の手柄にしている。国民が幸福なのは、国民自身の努力であって、政府はむしろ国民の幸福を邪魔しているだけである。政府は国民を騙[だま]して生き延びている会社である。いいかげんで国民は政府に騙されるのをやめにしようではないか。
[8674] 政府はどうして偉いのか?☆ h21.10.14
政府が偉いつまり権力があるのは、国民が政府に従うからである。
国民が政府に従うのは、政府が国民に善[い]いこと(幸福にすること)をするからである。
つまり、政府が偉いのは、政府が国民よりも上の者であるからではなく、政府が国民に善いことをするからである。[神制度が駄洒落であることは昔の国民も知っていた。国民が政府の神制度を支持したのは、国民が神が人間よりも上の者だと思っていたからではなく、政府が神制度で国民に実際に具体的に善いことをしたからである。国民は政府が騙[だま]せるほど馬鹿ではない。]
昔の政府は、神武天皇の神制度で国民に善いことをしたが、
今の政府は、私の神制度で国民に善いことをしない。悪いこと(不幸にすること)ばかりする。
政府が世界大戦をしたのは、神を入れ替えることによって、政府が国民に善いことをするのをやめるためである。
政府の権力が強かった時代は、政府が昔の神の神制度で国民に善[い]いこと(国民を幸福にすること)をいっぱいしていた時代である。政府にもたまには善人がいたらしい。
だから、昔の政府は偉かったが、今の政府は偉くない。
したがって、国民は今の政府に従う必要はない。
今後は政府に税金を払わない国民が増えて、政府は税金の取立てに手を焼くだろう。
[8675] 政府の民営化 h21.10.14
国民は政府の嘘に騙されるほど馬鹿ではない。
政府は民間の宗教団体としてやっていくしかない。
ボケ老人なら政府の嘘でも騙せるだろう。
[8676] どうして宗教に権力がなくなったか? h21.10.14
宗教に権力があるとは、信者が幹部に従うことである。
信者が幹部に従うためには、幹部が信者に善[い]いこと(信者を幸福にすること)をしなければならない。
つまり、幹部が信者に善いことをしたから、宗教に権力があったのである。
しかし、今は科学のほうが宗教よりも、多くの発明品によって人類を喜ばせている。
宗教はまちがった哲学なので、宗教に入るとかえって人生が不幸になる。
だから、人類は宗教よりも科学に従うようになったのである。
つまり、今は宗教よりも科学に権力があるのである。
宗教は麻薬欲や性欲をエサにして信者を集めようとしているが、人類は健全に楽しみたいので、かえって逆効果である。麻薬欲や性欲を満足すると犯罪者や精神異常者になるのがオチなので、人類は宗教を敬遠[けいえん]するのである。
[8677] 暴力団も宗教団体も政府も経営が成り立たない。 h21.10.14
暴力団や宗教団体や政府は他人を騙[だま]すことで経営が成り立っているように見えるが、実際には騙される客がいないから、実際に善[よ]いこと(客を幸福にすること)をしないかぎり経営が成り立たない。
ところが、最近の暴力団や宗教団体や政府は、自分に権力があると思って善いことをしていない。
権力とは、客が会社に従うことであり、権力は会社が客を喜ばせることによって得られるのに、最近の暴力団や宗教団体や政府は自分が儲[もう]けることばかり考えて、客を喜ばせようとしない。
だから、最近の暴力団や宗教団体や政府には権力がなく、最近の暴力団や宗教団体や政府は客が寄り付かず経営が成り立たない。
最近は、麻薬欲や性欲が危険な快楽であることがみんなに知られるようになったし[麻薬には禁断症状という強い副作用があることが知られたせいでもある。]、政府が神制度でやることが面白くなくなっている。だから、暴力団や宗教団体や政府には客が付かないのだ。それにテレビが出来てテレビがそこそこ面白いので、国民にとって麻薬や性や神制度が要らなくなったせいでもある。つまり、暴力団や宗教団体や政府よりもテレビ局のほうが権力があるのである。昔はテレビがなくて国民は快楽に飢えていたので、暴力団や宗教団体や政府に権力があったのだ。昔はテレビがなくて国民は毎日が退屈だったから、国民にとっては政府のやることが物珍しくて娯楽だったのだろう。田舎[いなか]には芸人が来てくれなかったから、田舎者にとっては政府が芸人の代わりだったのだ。[私が高知大学の数学科にいた頃(私が18〜20才の頃)、毎日図書館に通って閉館までドイツ語の勉強をしていたが、ある日図書館の館長がテレパシーで私に一言「ドサまわり」と言った。たぶん、図書館の館長は政府が“ドサまわりの芸人”であることを私に伝えたかったのだろう。]
しかし、今では政府は国民の嫌がらせをするヤクザに変わり果てている。国民もいいかげん政府の客であることに嫌気[いやけ]が差している。だから、もうすぐ国民は政府の客をやめるだろう。
[8678] なぜ日本の文学には光る玉が登場するのか? h21.10.14
神武天皇の伝記自体がすでにひとつの文学である。
文学は国民の娯楽である。
政府は神制度で文学を作っていることを国民にわからせるために、文学作品に神武天皇の光の玉を入れさせたのである。つまり、光の玉は、政府が作った(プロデュースした)ことの印[しるし]なのである。もろに「日本政府製作」と書いてしまうと政府の国民の人気取りの魂胆[こんたん]がミエミエになるので、「日本政府製作」と書く代わりに作品の中に光の玉を入れることにしたのである。[政府がお米やうどんや年寄りなど白く光る物の政策に力を入れたのも、政府が国民の人気を取るために、政府が国民のためになることをやっていることを国民にわからせるための工夫[くふう]である。つまり、物に光の玉を入れることはできないので、逆に白く光る物に政府が力を入れることにして、政府が国民の暮らしに役立っていることをアピールしたのである。]
文学者は政府からお金をもらって文学を書いていたのである。
昔の政府はいろいろと国民の人気を取ることをやっていたのだ。だから、昔の政府は権力があったのだ。
昔の政府は隠れて善いことをするから『月光仮面』にさえ喩えられたほどである。[『月光仮面』のOPの“?”は、日本政府のことである。]
今の政府も、私の情報を入れたマンガやアニメを作っているが、私の情報はほとんどの人が知らないから、政府が作ったことの印にはならない。政府がいくら私の情報を入れたマンガやアニメを作っても、国民は政府が作っていることがわからない。それでは政府の人気が上がらない。政府は無駄なことをしているだけだ。だから、今の政府は権力がないのだ。
[8679] 政府とは何か?☆ h21.10.14
政府とは、神制度で善[い]いこと(国民を幸福にすること)をする会社である。
神制度とは、政府が自分が作った物に一定の印[しるし]を付けることである。
だから、政府はとにかく自分が善いこと(国民を幸福にすること)をして、自分が善いこと(国民を幸福にすること)をしていることを国民に何らかの方法でわからせて、国民の人気を取ればいいのである。
要するに、政府は善いこと(国民を幸福にすること)をする会社である。
政府が善いこと(国民を幸福にすること)をすれば、政府に国民が付いて、国民が政府の言うことを聞いて、政府に権力があるのである。
だから、反対に、政府が悪いこと(国民を不幸にすること)をすれば、政府から国民が離れて、国民が政府の言うことを聞かなくなって、政府に権力がなくなるのである。
実際には、今の政府は神武天皇の神制度で善いこと(国民を幸福にすること)をするのをやめて私の神制度で悪いこと(国民を不幸にすること)しかしていないから、政府から国民が離れて、国民が政府の言うことを聞かなくて、政府に権力がないのである。政府に権力がなければ、国民が政府に税金を払うこともない。
政府がどんな仕事をしたかは、国民が直接に自分の眼で物を見たり、新聞やテレビの政治記事を見たりすることによって知ることができる。それらを見て国民は政府が善い会社(国民を幸福にする会社)か悪い会社(国民を不幸にする会社)かを自分で判断して決めているのだ。
[8680] 警察は要らない。 h21.10.14
今の時代、暴力団や宗教団体や政府よりもテレビ局に権力がある。
国民は家の中ではテレビにかじりついている。
テレビでは刑事ドラマをやっている。
刑事ドラマでは必ず犯人が撃たれて死ぬ。
だから、国民は犯罪を犯さないのである。
警察はテレビの中にいれば十分である。
だから、警察は要らないのだ。
[8681] 政府の誤解 h21.10.15
政府は神制度を誤解していたようである。
政府は「国民が神が人間よりも上の者だと思っているから、神の情報を使いさえすればどんな命令でも国民が聞く」と思っていたようである。「神の情報を使いさえすれば自分の権力が強まる」と思っていたようである。
しかし、実際には、国民が政府の命令を聞くのは、政府が国民を喜ばせることをした場合だけである。
国民が政府の命令を聞くのは、政府が自分を喜ばせてくれた“お礼”なのである。暴力団で麻薬を買っている者が麻薬欲しさに暴力団の命令を聞くのと同じことである。しかし、今の政府は“麻薬”に相当することを何もしていないから、国民は政府の命令を聞こうとしないのである。
神制度が駄洒落であることがわかれば、駄洒落の神が人間よりも上の者であるわけがないから、政府が国民を喜ばせることをしないかぎり、国民が政府の命令を聞くわけがない。[つまり、神は政府の“マスコットキャラクター”であり、政府は自分の仕事にマスコットキャラクターの“シンボル”を入れることによって、それが政府の仕事であることを国民にわからせていたのだ。聖典は、マスコットキャラクターを盛り上げるために作ったお話である。]
政府がただ警察を置いているだけでは、国民が政府にお礼をする気にはなれない。
政府が悪戯[いたずら]で神の情報を使って事故を起こして国民を殺したり国民が暮らしにくい国を作ったりしているのではなおさらだ。
政府が国民を幸福にしないかぎり、国民は政府に従わない。
今の政府は怠慢[たいまん]だから、税金を取るだけで国民を幸福にしていない。昔の政府は神武天皇の神制度で国民の役に立つことをしていたが、今の政府は私の神制度で国民に嫌がらせをしているだけである。[私が高知学芸中学校にいた頃、同級生の山見[やまみ]君が友だちを野次[やじ]るとき、よく「怠慢」と言っていた。山見君は「今の政府が怠慢である」ことを私に伝えたかったのかもしれない。]
今の政府では、国民が政府の命令を聞く気にはなれない。政府が神制度で善いことをしなければ、もはや政府は国民にとって必要な会社ではない。
政府に税金を払うのがもったいない。税金を政府に払って政府に自分を幸福にしてもらうよりも、自分で税金を使って自分を幸福にしたほうが自分が幸福になる。
[8682] 外国の神と日本の神 h21.10.15
外人にとっては罪人が神である。
日本人にとっては英雄が神である。(ただし、神武天皇の場合。)
外人にとっては神は悪なる者だが、日本人にとっては神は善なる者である。
外人の神観と日本人の神観では全然違う。
だから、政府の体質も全然違うのだ。
だから、日本政府がアメリカ政府を真似ても駄目である。
日本の中では、日本人に合った神や政府でなければならない。
外国は政府が悪だから、社会は政府と国民の戦いだが、
日本は政府が善だから、社会は政府と国民の助け合いなのだ。
だから、日本では政府が善[よ]くしなければならない。
[8683] 「太陽のせい」 h21.10.15
アルベール=カミュの『異邦人』の小説の中の一句である。[私はまったく読んだことがない。]
主人公のムルソーがアラブ人を射殺して裁判にかけられた時、動機を問われて「太陽のせい」と答えた。
ヨーロッパ人にとっては、日本人はまさに異邦人である。太陽は神武天皇の光の玉の喩えであり、神武天皇は軍人だったので、ムルソーは神武天皇の神制度で自分の殺人が正当化されると考えたのである。外人にとっては神武天皇は冷酷非情な男だと思われていたので、ムルソーは冷酷非情にふるまったのだ。
神制度は殺人の道具ではない。神制度は宗教団体や政府が、マスコットキャラクターにしている神に因[ちな]んだ善いこと(人間を幸せにすること)を信者や国民に対してすることである。凡人[ぼんじん]が神制度を勝手に誤解して悪事を働いてはいけない。
[8684] 天皇制 h21.10.15
天皇制とは天皇が国民に命令を出すことではない。
天皇制とは、政府が神武天皇の伝記から駄洒落で命令を作って国民に出すことである。神武天皇の伝記に因[ちな]んだ物に力を入れることである。
天皇は、神武天皇が実在の人物だったと国民に思わせるために政府が置いているだけである。
一般に、神制度とは神が国民に命令を出すことではない。
神制度とは、政府が神の伝記(人生の記録)から駄洒落で命令を作って国民に出すことである。神に因んだ物に力を入れることである。例えば、私は子供の頃からよくアニメを見ているので、私の神制度では政府がアニメに力を入れてきたのである。
神とは政府が駄洒落で命令を作るときのもとになる者にすぎないから、神が政府にいくら口出ししても政府は神の言うことを聞かないのである。
[8685] 議会について h21.10.15
法律は国民が作るものであって、議員が作るものではない。
なぜなら、法律すなわち社会の法則は数学の定理や物理の法則と同じように、いいアイデアを持っている者が作り出すもの(考え出すもの)であって、先に作る人(議員のこと)を決めて作れるものではないからである。行政における具体的な政策についても同じことが言える。
議会は国民に公開されているし、議会が休むわけにもいかないので、議会は仕方なくどうでもいい法律(あまり国民を幸福にしない法律)をダラダラ決めているのである。
だから、政府にとって議会はあくまでもおまけである。
政府にとっては『神制度』が本命[ほんめい]である。
したがって、いくら民主主義の議会制度について詳しくても、政府を理解していることにはならない。
議会によろうが神制度によろうが、とにかく政府は国民を幸せにすればよいのだが、実際には議員は馬鹿ばっかりで役に立たず、神制度は神が神武天皇から私に代わって政府が国民の役に立つことをやらなくなった。最近の政府はアメリカ張りで自分がまったく国民の役に立とうとせず国民の嫌がらせばかりしている。すでに政府は国民を幸せにする会社ではない。だから、国民にとって政府は要らない。
[8686] 国民はなぜ政府に従っているか? h21.10.15
世界大戦までは、あるいは昭和50年頃までは、日本政府は神武天皇の神制度をやっていて国民の役に立っていた。それで、国民は政府が善[い]い会社だと思って政府に従っていたのである。
その後、日本政府は神武天皇の神制度をやめて私の神制度をやるようになった。日本政府が私の神制度をやるようになってから政府は国民の役に立つことをしなくなり、国民の嫌がらせばかりするようになった。
しかし、日本政府は国民に黙って神を入れ替えたし、国民は日本政府の思惑[おもわく]を知らないから、国民は政府が善[い]い会社のままだと思って、政府が神武天皇の神制度をしていた時と同じように政府に従い続けたのである。
その結果、今の日本は政府によって不幸な国に変えられてしまったのである。[日本が戦争をしていないだけで日本が幸福な国だと思う人は鈍感すぎる。]
このまま国民が政府に従い続けると、ますます政府によって日本が不幸な国にされてしまう。今からでも遅くないから、国民は政府に従うのをやめなさい。
[8687] 政府はなぜ国民の嫌がらせをするのか? h21.10.15
暴力団が国民をイビっても暴力団の権力が強まるわけではない。暴力団は麻薬を売って権力をつけて、その権力を悪用して国民をイビっていたのである。つまり、暴力団が国民をイビれるぐらい、暴力団は麻薬を売って強い権力があったわけである。
それと同じように、政府が国民をイビっても政府の権力が強まるわけではない。昔の政府は神制度で善[い]いこと(国民を幸福にすること)をして権力をつけて、その権力を悪用して国民をイビっていたのである。政府の一部の心ない者が国民をイビっていたのである。つまり、昔の政府は権力を悪用して国民をイビれるほど、神制度で善いことをして強い権力があったわけである。
しかし、今の政府は善いことをしていない。善いことをせずに嫌がらせをしているだけである。だから、政府の権力は下がる一方である。したがって、もうすぐ政府は権力がなくなって滅んでしまうだろう。
[8688] どうして国民は政府がまちがっていることに気付かないのか? h21.10.15
最近の国民は眼を開いているだけで頭で考えていないからである。[テレビが国民の思考時間を奪ったせいでもある。]
自分の頭で考えていないから、政府が何をしているのかわかっていないのである。
国民が直接に自分の眼で物を見たり、新聞やテレビのニュースで間接に政府のしていることを知り、自分の頭で考えれば、政府のしていることがわかるはずである。
政府が議会とは別に神制度をしていて、昔の神武天皇の神制度とは違って今の神制度では政府は国民の役に立つことをせず国民の嫌がらせばかりしていることがわかるはずである。
私の場合には、テレビアニメで政府が私の神制度をしていることに気付き、私が持っている数少ない社会科の知識に照らし合わせて考えて、神制度や政府についていろいろと考えてみたのである。
[8689] 武器制度から神制度へ☆ h21.10.15
政府は昔は武器で国民を治めていたが、西暦300年頃に神制度で治めるようになった。
それは、政府が人間よりも上の者である神を使って支配力を強めるためであったが、一方では政府が国民にとって有利な国を作ることを約束する民主的な面もあった。
神制度には、政府にとっても国民にとっても、有利な点と不利な点の両方があったのである。
しかし、人類の文化が発達すると、神を人間よりも上の者と考える者がいなくなり、神制度は国民にとって一方的に有利な制度となって行った。[近代になって始められた議会制度は、政府が国民にとって有利な神制度をやめるための発明であった。しかし、その後も国民の強い支持を受けて神制度は続けられた。]
そこで、政府は世界大戦を起こして古い神制度をやめて、政府にとって有利な新しい神制度を始めた。
新しい神制度は、政府にとって一方的に有利なだけで、国民にとって有利な点がまったくない。今の政府は国民から税金を取って、国民の嫌がらせをしているだけである。
国民はもはや政府といっしょにやって行こうとは思わないだろう。
[8690] 著作法について h21.10.15
本を買う人のことだけ考えれば本は安いほうがいいが、本を書く人のことも考えに入れれば本はある程度高くなければならない。そうしなければ、本を書く人が飢[かつ]えて死んでしまうからである。
本を買うことはお金さえあれば誰でもできるが、本を書くには才能が要る。だから、本を書く才能のある者を大事にしなければならない。お金で本を買えても、本を書く才能自体はお金では買えない。
だから、著作法は守らなければならない。
[8691] 神制度には議会がない。 h21.10.16
議会では政府は国民に議会の決議を公開してから実行するが、
神制度には議会がないから、政府は国民に黙って実行する。
議会が政府の表の顔とすれば、神制度は政府の裏の顔である。
法律を作ることにおいては国民のほうが政府よりも上だ。
だから、政府の存在意義は『神制度』にある。
昔の政府は隠れて善いことをしたから『月光仮面』に喩えられた。
今の政府は隠れて悪いことをするからタチが悪い。
[8692] 学校と警察 h21.10.16
国民の社会教育がよく行われていれば、警察は要らない。
国民の社会教育がよく行われていなければ、警察が要る。
国民の社会教育をする機関は、例えば学校である。
だから、昔は学校がなかったから警察が要ったが、
今は学校があるから警察は要らないのだ。
精神異常者が犯罪を起こすのは、精神病者は現状認識ができず警察がいてもいなくても変わりないから、警察は役に立たない。精神病の原因を解明し、精神異常者の発生そのものを抑えなければならない。
[8693] 正義の暴力団 h21.10.16
神制度自体は駄洒落を実在の上でやることだから、方法的には神制度は不合理的で善いことではなく、神制度は暴力団のすることだが、
昔の政府は、神制度で隠れて善いこと(国民を幸福にすること)をやっていたから国民にとっては正義の味方だった。
昔の政府は、いわば正義の暴力団だった。
しかし、今の政府は隠れて悪いこと(国民を不幸にすること)をやっているから悪の暴力団である。
今の政府は国民にとって善いことは何もやっていない。
今の政府は暴力団のように国民に麻薬でも売って人気を得なければ潰れてしまうだろう。
[8694] どうして最近の政府は権力がなくなったか? h21.10.16
昔の政府が麻薬を売っていたからである。
麻薬は白くて光るので、神武天皇の神制度で麻薬の売買がやれたのである。
政府は暴力団の一種なので、政府が麻薬を売っていたのである。[政府が麻薬を暴力団や宗教団体に卸[おろ]して売っていたのだ。政府の許可があれば麻薬が輸入できるので、政府は密[ひそ]かに麻薬を輸入していたのだ。]
とにかく、昔は人をたとえ一時的[いちじてき]にでも気持ちよくしさえすれば善いことだと考えられていたのである。だから、麻薬は善いことだったのである。
麻薬は一度やると禁断症状が出て死ぬまでやり続けねばならないから、よく売れたのだ。
しかし、戦後はテレビができて、国民はテレビで無難[ぶなん]に楽しむようになって、麻薬が売れなくなった。
それで、戦後の政府は権力がなくなったのである。
つまり、暴力団や宗教団体や政府は、みんな麻薬で支えられた会社だったのである。暴力団や宗教団体や政府は、これまで麻薬で強い権力を築いてきたのである。
戦後はテレビができて麻薬が売れなくなったので、暴力団も宗教団体も政府も潰れていっているのだ。
最近のテレビ番組は面白くないが、ビデオで昔のテレビ番組を見れば面白いのがある。全部見るには一生かかる。テレビゲームもあるし退屈しない。
[8695] 新しい政府 h21.10.16
議会や神制度をやる今の政府は要らないから捨てる。
法律は、法律を作るのが上手な社会科学学会に作ってもらうことにする。
学校や大学や警察や研究施設(社会科学学会も含む)やその他国民の生活にとって必要不可欠な機関は残し、それらを総称して新しい政府とする。
国民はその収入の何%かを新しい政府に払うとする。要するに、税金である。
[8696] 国民はおいしいお米が食べれるか? h21.10.16
いちいち政府に国民の暮らしを決めてもらわなくても、国民が自分で考えて善[い]い暮らし(国民を幸福にする暮らし)にするだろう。
政府が余計な邪魔をしなければそれはできるだろう。
だから、政府はないほうがいい。
[8697] どうして税金が高いのか? h21.10.16
昔の政府は麻薬を売って儲[もう]けていた。政府は国民を麻薬で喜ばせていたので、政府には絶大な権力があり、国民は政府に絶対服従した。政府の命令なら戦争にも行った。
しかし、最近はテレビができて麻薬が売れなくなった。政府は国民を喜ばせることがなくなり、政府は権力を失い、国民は政府に従わなくなった。
政府は麻薬が売れなくなった分、税金で収入を得なければならないので、税金が高いのである。
最近の政府は国民から税金を取るだけの会社である。しかも、神制度で自分が偉いと思って、国民に嫌がらせまでしている。今では政府はただの嫌われ者である。政府はもはや潰れるしかない。
[8698] 今の政府に権力はあるか? h21.10.16
今は麻薬ブームではない。戦後テレビができて、国民の娯楽が麻薬からテレビに移ったから、今では麻薬をやる者はほとんどいない。
だから、今の政府に権力はない。政府は国民に麻薬を売ることで権力を得ていたが、今は麻薬が売れなくなったので政府に権力がなくなったのである。国民の多くは、昔の政府に権力があったから、今の政府にも権力があると誤解しているだけである。
したがって、今では国民が政府に反抗できる。つまり、国民は政府の命令に従わなくてもいい。例えば、国民が政府に税金を払わなくても、政府は国民に文句をつけるほどの権力がないから、国民は政府に税金を払わなくてもいいのである。全国各地に役所があるのは、政府に権力があった頃の名残[なごり]にすぎないので、それらは無視してもよいのである。政府が国民から税金がもらえないために国事ができないというのなら、政府の国事をやめたらいい。政府が国事をやめても、国民は誰も困りはしない。
政府は暴力団であり、暴力団は潰れるのが正しいから、政府は潰れていいのである。
[8699] 神制度とは何か? h21.10.16
政府が非行をやるためのいいわけである。
ヨーロッパ政府は、キリスト教では罪人が神なので、ヨーロッパ政府はキリストの神制度でいろんな悪事をすることができた。特に麻薬を売ることができた。それで、ヨーロッパ政府はヨーロッパの国民を喜ばせて人気を取って権力を得ていたのである。
日本政府は、日本神道では神武天皇が神だから神武天皇の伝記によって白くて光る物や軍事絡[がら]みのことなら何でもできるので、日本政府は神武天皇の神制度でいろんな悪事をやってきた。特に麻薬は白くて光るので麻薬の売買をやってきた。また、競馬は昔軍馬を育てるためにやっていたので、政府は競馬もやっている。それで、日本政府は日本の国民を喜ばせて人気を取って権力を得ていたのである。
世界中の政府が神制度を使って悪いこと(普通はやってはいけないこと)をして国民を喜ばせて権力を得ていたのである。要するに、政府は暴力団なのである。
一方、世界中の政府はまた、ときどき神制度で事件を起して国民を殺しているが、それは国民を喜ばせて得た権力を使ってやっている悪戯[いたずら]にすぎず、殺人は神制度の本来の目的ではない。
神制度は本来は政府が善いことや悪いことをして(つまり、やっていいことややっていけないことをして)国民を喜ばせるためにある制度である。
しかし、今は麻薬ブームが去ったので、世界中の政府が権力を失っている。今の政府はたまに神制度で事件を起して人殺しをして新聞やテレビを賑[にぎ]わしたり、それ以外のときは国民に隠れてコソコソと神制度で嫌な国作りをしているだけの寂[さび]しい会社である。今の政府は国民を喜ばせることをしていないから人気がなく権力もない。今の政府には、自分の権力を得るためのいい手段がない。政府の権力は時々刻々と低下している。今の政府は昔の政府の権力でかろうじて持っているだけの倒産寸前の脆弱[ぜいじゃく]な会社である。
国民が麻薬をやめたのがテレビの発明のためだとしたら、テレビが政府を潰したことになる。テレビの発明が暴力団や宗教団体や政府を潰したのだ。テレビの発明によって国民が善い子になったから、国民に悪い喜びを提供する暴力団や宗教団体や政府が下火になったのである。テレビは電磁気学や量子力学を駆使した科学の発明品だから、広い意味では科学が暴力団や宗教団体や政府を潰したことになる。やはり現代は科学の時代なのだ。科学が麻薬に勝ったのだ。
[8700] 麻薬を売る会社☆ h21.10.16
政府は麻薬を売る会社である。昔は国民の娯楽が麻薬しかなかったから、麻薬が飛ぶように売れて政府に絶大な権力があったのである。政府は麻薬を国民に売って国民を言いなりにしていたので政府に絶大な権力があったのである。昔は国民みんなが麻薬をやっていたので、日本人全員が政府の客であり、政府は国内最大の会社だったのである。税金はもともとは国民が麻薬を買うために政府に払った代金だったのである。神制度は政府が麻薬を売るためのいいわけである。
しかし、今は国民が麻薬よりもテレビで楽しむようになり、麻薬が売れなくなったから、政府はすっかり貧乏会社になった。政府は国民から税金をもらって細々と生き延びているだけである。
今は国民が麻薬をやらなくなったので、麻薬が要らなくなったから政府も要らなくなった。だから、政府はさっさと潰れるべきだ。