[23701] 道具根性 h30.3.25
世の中には他人の役に立つことを生きがいにしている人がいる。自分が他人の役に立つために生きている人がいる。
しかし、それは自分の喜びではない。自分が他人の役に立つことは他人を喜ばせることであって自分を喜ばせることではない。それは“道具根性”である。
奴隷[どれい]ですら自分の喜びのために生きている。自分の“虐[いじ]められる喜び”を満足するために生きている。だから、奴隷は道具ではない。奴隷は道徳に反しているけれども立派な人間である。
他人の役に立つために生きている人は奴隷以下だ。人間は自分の喜びのために生きねばならない。人間は自分が幸福になるために生きねばならない。他人を喜ばせるために生きているやつは人間として生きる資格はない。人間は自分がいつ死んでもいいようにいつも自分の心を満足して生きていないといけない。

[23702] 昔はみんながマゾでないふりをしながらマゾをしないといけなかった。 h30.3.26
昔はみんながマゾだったから、みんなが政府にお金をやって政府にいろんな悪いことをさせていた。政府はみんなから高いお金や物を取ったり、事件や事故を起こして大勢の人を殺したり、みんなに嫌なことをさせたりすることによってみんなに悪いことをしていた。
しかも、マゾは道徳的にいけないことだったから、みんなは自分がマゾでないふりをしながらマゾをしなければならなかったから、みんなは政府に善いことをする会社のふりをさせながら悪いことをさせていた。昔はみんなが物が貧しくてマゾ以外に喜びがなかったので、みんながマゾをやめるわけにはいかなかったので、嘘[うそ]をついてでもマゾをしなければならなかったのである。
そのため、政府は水道や清掃や役所などの仕事をやって、政府がみんなの見えないところでいつもみんなのためにいろんな善いことをやっていると思わせることによって、政府が悪いことをする会社でないふりをしていたのだ。見本のスイカが美味[うま]かったら、全部が美味いと思うのと同じである。そうすることによって、国民みんなは自分がマゾでないふりをしていたのだ。しかし、本当は政府はみんなの見えないところでいつもいろんな悪いことをやっていたのだ。昔はみんなが政府に本当は悪いことをしてもらいたかったのだからそれでいいのだ。
そういうわけで、今でも政府は善いことをする会社のふりをして悪いことをやっている。政府は国民みんなのために善いことをしているふりをして本当は悪いことをやっている。政府は嘘[うそ]の理屈をつけて、みんなから高い税金を取ったり、みんなに嫌なことをやらせたり、事件を起こして大勢の国民を殺したりする。
政府は善いことをしているふりをして悪いことをしている会社である。政府はマゾのためにある会社である。政府はマゾの人を幸福にする会社である。昔はみんながマゾだったので、みんなが政府にお金をやって政府に悪いことをしてもらって喜んでいた。しかし、反対に、今はみんながマゾではないので、みんなが政府にお金をやらず政府に悪いことをしてもらわなければいい。そもそも国民と政府は平等だから、国民が政府の命令を聞くか聞かないかは国民の自由だから、国民は自分が政府にお金をやりたくなければ政府にお金をやらなければいい。早くみんなで政府を倒して、みんなに悪いことをする会社をなくして、みんなで幸福に暮らさないといけない。
今では文明が進んでみんなの暮らしが豊かになって楽になって政府が悪いことをしてもそれほどみんなは不幸にならなくなっている。たとえ政府が悪いことをしても、みんなはほかのところで十分に幸福を補うことができるのでそれほど政府が邪魔[じゃま]にはならなくなっている。しかし、だからといって、わざわざ政府を置いて政府に悪いことをさせる必要はない。それに、万一自分が政府に殺されたら嫌である。だから、みんなは早く政府を倒して、政府のような善いことをするふりをして悪いことをするヘンテコな会社をなくして、すっきりと暮らさねばならない。

[23703] 今のみんなは“善いことをしているふりをして悪いことをする会社”が要らない。☆ h30.3.26
昔はみんながマゾだったが、マゾは道徳的にはいけないことだったので、みんなは自分がマゾではないふりをしてマゾをやっていた。
そのために、昔のみんなは政府にみんなに悪いことをしていないふりをして悪いことをさせていた。昔のみんなは政府に善いことをしているふりをして悪いことをさせていた。昔のみんなは政府に水道や清掃や役所などの善い仕事をさせたりたまに善い政策をさせたりしながら、密[ひそ]かに悪いことをさせていた。
そういうわけで、今でも政府は昔と同じように善いことをしているふりをして悪いことをしている。政府は嘘[うそ]の理屈をつけて、みんなから高いお金を取ったり、みんなを嫌がらせる政策をやったり、事件や事故を起こして大勢の国民を殺したりしてみんなに善いことをしているふりをして悪いことをやっている。
しかし、今のみんなはマゾではない。今のみんなは善いことをしているふりをして悪いことをやる会社は要らない。そもそも国民と政府は平等だから、国民が政府の命令を聞くか聞かないかは国民の自由である。だから、今のみんなは政府にお金をやらないようにして政府を倒せばいいのである。
昔のみんなはマゾだったが、今のみんなはマゾではない。昔のみんなと今のみんなは違う。政府はマゾのためにある会社である。政府は昔のみんなのためにある会社であって、今のみんなのためにある会社ではない。だから、今のみんなは政府を倒して、今のみんなに合った“善いことをして悪いことをしない会社”を建てねばならないのだ。
いくら首相を入れ替えても内閣を入れ替えても政府が政府であるかぎり政府はみんなに善いことをしているふりをして悪いことをし続ける。首相や内閣なんかどうでもいい。だから、国民みんなは政府を丸ごと潰[つぶ]さねばならない。政府を潰して別の会社を建てねばならない。(そもそも首相も内閣も民主主義の祭りをやるためにあるだけで、実際にはなにもしていないからどうでもいい。たまに善い政策をやるだけである。政府が実際にやっているのは悪いことであって、それは政府の中の民主主義や国家宗教や身分制の祭りをやる団体とは別の団体がやっているのだ。)
馬鹿は見かけしかわからないから「政府が善いことをする会社だ」と思って「政府は民主主義をやって政府には国家権力があるから国民は政府に従わねばならない」と思って政府の言うことをなんでも聞く。政府の命令で国家宗教をやったり、政府の命令で不良品を作ったり、政府の命令で他人の給料から税金の天引きをやったり、政府の命令で人殺しをやったり自殺したりする。馬鹿は政府のロボットである。だから、馬鹿は大事な仕事に就[つ]けてはいけない。馬鹿は下っ端[したっぱ]の肉体労働ばっかりやらさないといけない。馬鹿は会社に雇って仕事をさせてはいけない。
h30.3.28追加:政府は善いことをしているふりをして悪いことをする会社である。だから、国民は政府があっても政府に“善いことをしているふりをして悪いことをされる”だけである。要するに、大雑把[おおざっぱ]に言うと、国民は政府に悪いことをされるだけである。ところが、今の国民はマゾではないから、国民は政府に悪いことをされて不幸にされるだけである。「政府があると自分が得をする」と思うのは国民の妄想である。政府がどんな会社なのかわかっていない者が自分の頭の中で自分の都合[つごう]のいいように想像して自分独[ひと]りで喜んでいるにすぎない。現実には政府は今の国民に悪いことをして国民を不幸にするだけである。政府はマゾのためにある会社だから、マゾを幸福にするだけで、それ以外の者を不幸にする。だから、今の国民にとっては政府は要らない。
政府は“マゾを虐[いじ]める仕事”をする会社である。政府はマゾを虐めるためにいろんな悪いことをやっている。マゾが道徳に反するために、政府は自分が善いことをする会社のふりをしないといけないので少し善いことをやっているだけである。政府はマゾのためにある会社である。政府はマゾを相手に商売する会社である。マゾは政府にお金を払って政府に虐めてもらって喜ぶ。昔はみんながマゾだったからみんなが政府にお金をやって政府は儲[もう]かっていた。反対に、今はみんながマゾではないからみんなが政府にお金をやらなくなって政府が儲からなくなっている。だから、今の政府はだんだん潰[つぶ]れていっているのである。

[23704] 政府はマゾを幸福にする会社である。 h30.3.28
政府は善いことと悪いことの両方をやっている。政府がやっていることを観察すれば、政府が善いことと悪いことの両方やっていることがわかる。
政府が善いことと悪いことの両方やっているのは、政府がマゾを喜ばせる会社だからである。昔はみんながマゾだったので、政府がみんなを虐[いじ]めて喜ばせていた。政府はマゾを虐めて喜ばせるためにたくさん悪いことをしないといけなかったが、マゾが道徳に反するために政府はみんながマゾであることを隠すために自分が善いことをする会社のふりをしなければならなかったので自分がみんなに善い会社に見える程度にちょっと善いことをしていたのである。そういうわけで、今でも政府はたくさん悪いことをやって少しだけ善いことをしているのだ。
だから、政府のやっていることはおおかた悪いことで、善いことは少ししかない。政府は本業が悪いことをすることで副業が善いことをすることである。とにかく、政府はマゾのためにある会社である。
政府はマゾを虐めて喜ばせる会社である。政府はマゾのためにある会社である。国民は自由に政府にお金をやって政府に善いことをしているふりをして悪いことをして虐めてもらう。昔はみんながマゾだったから、みんなが政府にお金をやって政府の言うことを聞いて政府に善いことをしているふりをして悪いことをしてもらって虐められていた。反対に、今はみんながマゾではないから、みんなが政府にお金をやらなくなって政府の言うことを聞かないようにして政府に善いことをしているふりをして悪いことをしてもらわないようにして虐められないようにしている。だから、今の政府はだんだん儲[もう]からなくなって潰[つぶ]れている。
政府はマゾを幸福にする会社である。政府は普通の人(つまりマゾでない人)を幸福にする会社ではない。マゾが欲しいのは自分が悪いことをされることと、自分が悪いことをされているのを隠すために自分が善いことをしてもらっているふりをしてもらうことである。だから、政府は悪いことをたくさんやって善いことをあまりやらない。それが政府の仕事である。マゾはそれで満足だが、普通の人はそれでは不満である。国民と政府は平等だから、国民が政府にお金をやって政府に“マゾが喜ぶこと”(つまり善いことをしてもらっているふりをして悪いことをされること)をしてもらうか政府にお金をやらず政府に“マゾが喜ぶこと”をしてもらわないかは国民の自由である。だから、今の人は政府に“マゾが喜ぶこと”をしてもらわないために政府にお金をやらないようにして政府を倒しているのである。
昔のみんなが今のみんなと同じだったら、政府は善いことだけやって悪いことをしない。しかし、実際には昔のみんなは今のみんなと反対にマゾだったから、政府は悪いことをやって、みんながマゾであることを隠すためにちょっとだけ善いことをするのだ。政府はちょっとだけ本当に善いことをやって、嘘[うそ]の理由をつけて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをする。政府はマゾを喜ばせるために悪いことをする会社である。しかし、今のみんなはマゾではない。今のみんなは政府が要らない。だから、今のみんなは政府にお金をやらないようにして政府をなくせばいい。政府のかわりに善いことだけやって悪いことをしない会社を建てねばならない。

[23705] 国民みんなは政府に悪いことだけやってもらって、善いことは自分たちでやっている。☆ h30.3.28
政府はマゾを幸福にする会社である。政府はマゾを喜ばせるために悪いことをして、客がマゾであることを隠すために善いことをするふりをしている。政府は見かけが善いことをする会社で中身が悪いことをする会社である。
しかし、馬鹿は見かけしかわからないから「政府が善いことをする会社だ」と思っている。馬鹿は政府が民主主義をやっているのを見て「政府には国家権力があるから、国民はみんな政府に従わなければならない」と思って政府の言うことをなんでも聞いている。政府の命令で人殺しでも自殺でもなんでもする。
馬鹿は「政府が国民全員に命令を出して国民全員を幸福にしてくれている」と思っている。馬鹿は「政府の命令を聞かない者は国民みんなを不幸にする悪者だからみんなで罰しなければならない」と思っている。馬鹿は「政府に税金を払わない者は会社をクビにしないといけない」と思っている。
しかし、本当は政府は悪いことをするだけで、善いことは国民みんなが自分でやっているのである。国民みんなは政府に悪いことをしてもらうだけで、善いことは自分たちでやっている。昔は国民みんながマゾだったから悪いことをされねばならなかったから政府がどうしても必要だったが、今の国民みんなはマゾではないから善いことだけあればいいから政府は要らない。だから、今のみんなは政府にお金をやらないようにして政府をなくせばいい。
今ではマゾはいないが馬鹿がいる。馬鹿のせいで政府がなくなるのが遅れている。政府は自分の仕事をやっているだけだ。政府は“善いことをしているふりをして本当は悪いことをする仕事”をしているだけだ。馬鹿がいるから政府が生き残っているのだ。馬鹿のせいでみんなが幸福に暮らせなくなっている。だから、みんなで馬鹿を皆殺しにして馬鹿のいない国にしないといけない。会社の社長は馬鹿だから、みんなで社長を会社から追い出さねばならない。
h30.3.30この段落追加:馬鹿は政府が民主主義をやっているのを見て「今は多数決で物事を決める時代だ」と思ってなんでも多数決で決めている。馬鹿はみんなと違うことをする者を悪者呼ばわりして攻撃している。馬鹿はみんなを見てみんなと同じことをやるだけで、自分で考えて正しいことをやらないからますます馬鹿になっている。しかし、本当は正しいことで物事が決まるのであって、多数決で物事が決まるのではない。人間は実在の中で生きているから、人間は実在の外に出られないから、実在と合っていることで物事が決まるのである。だから、人間はひたすら実在に従って正しいことをやって生きていけばいいのである。

[23706] 人間が道徳を犯すときには道徳を犯していないふりをしないといけない。 h30.3.28
人間はマゾをやってはいけない。つまり、人間は“虐められる喜び”を満足してはいけない。だから、人間がマゾをやるときには、自分がマゾではないふりをしないといけない。そのために、昔からみんなはみんなに悪いことをする政府に余計なお金を出してわざわざ善いことをする会社のふりをさせてきたのだ。
同じように、人間は性欲を満足してはいけない。だから、人間が性欲を満足するときには、性欲を満足していないふりをしないといけない。
男が女と結婚するのは子供を作るためである。けっして性欲を満足するためではない。だから、女はそのまま女をやっていい。
反対に、売春宿は性欲を満足するためにあるのであって、子供を作るためにあるのではない。だから、売春宿はいけない。だから、売春宿は必ず料亭のふりをしなければならないのだ。
人間は道徳を犯してはいけない。人間がやむをえず道徳を犯すときにはかならず自分が道徳を犯していないふりをしないといけない。それがこの世の決まりだ。

[23707] 政府の仕事はマゾを喜ばせることだけである。 h30.3.29
政府はマゾを喜ばせることを仕事にしている会社である。政府の仕事はマゾを喜ばせることだけである。政府はマゾを喜ばせることを仕事にしているだけである。政府はたったひとつの仕事をしているだけである。
昔はみんながマゾだったが、マゾは道徳的にはやってはいけないことなので、みんながマゾではないふりをしてマゾをやっていた。そのために、みんなが政府に善いことをしているふりをして悪いことをさせていた。政府は水道や清掃や役所などの仕事をしたりたまに善い政策をやったりしていつでも政府がみんなのためにみんなの生活のすべてにわたって善いことをしているふりをしたり、嘘[うそ]の理由をつけてみんなから高いお金を取ったり、みんなを嫌がらせる政策をやったり、事件や事故を起こして大勢の国民を殺したりして、悪いことを善いことに見せかけて悪いことをやっていた。しかし、本当は政府がしている善いことは水道や清掃や役所やたまに善い政策をすることだけであり、それ以外はすべて悪いことをやっているのである。つまり、政府の仕事は悪いことをすることと、自分が悪いことをしていないふりをするためにちょっとだけ本当に善いことをすることなのである。昔はみんながマゾだったので、みんなが政府にたくさんお金をやって政府に悪いことをされて喜んでいた。
そういうわけで、今でも政府は善いことをしているふりをして悪いことをやっている。しかし、今はみんながマゾではない。今のみんなにとっては政府のような“善いことをしているふりをして悪いことをする会社”は要らない。国民と政府(つまりマゾを喜ばせる仕事をする会社)は平等だから、国民は政府の命令を聞かなくてもかまわない。そのため、今ではみんなが政府にお金をやらなくなって政府を倒しているのである。
もっとも、今ではマゾはいないが馬鹿はいる。政府は善いことをする会社のふりをしている悪いことをする会社である。馬鹿は見かけしかわからないから「政府が善いことをする会社だ」と思って、「政府は民主主義をやっているから政府には国家権力があるから国民は政府に従わねばならない」と思って政府の言うことを聞いている。馬鹿は政府に毎月税金を払って政府に善いことをしているふりをして悪いことをさせている。そのために、みんなが政府に不幸にされている。馬鹿のせいでみんなが不幸に暮らさねばならなくなっている。だから、みんなで馬鹿を皆殺しにして馬鹿のいない国にしないといけない。国民全員が政府にお金をやらないようにして政府を倒さねばならない。
政府は国民の多くが政府にお金を払って政府が経営できるかぎり自分の仕事を変えない。政府は国民の多くがお金を払ってくれるかぎり善いことをしているふりをして悪いことをする仕事をやりつづける。マゾを喜ばせる仕事をしつづける。だから、政府に悪いことをやめさせるためには国民全員が政府にお金をやるのをやめるしかない。そうすれば、国民全員がお金が儲[もう]かる。だから、今の国民全員は政府にお金をやらなければいいのである。
普通の人は善いことをされたいのに、マゾは反対に悪いことをされたい。今はみんながマゾではないが、昔はみんながマゾだった。今はみんなが戦争が嫌だが、昔はみんなが戦争が好きだったのと同じである。今と昔ではみんなの性格が反対なのだ。政府はマゾを喜ばせるために悪いことをする会社である。このまま政府を置いておくとみんなは政府に悪いことをされつづける。だから、今のみんなは早く政府を倒さなければならないのである。

[23708] 政府はマゾを喜ばせる団体である。☆ h30.3.30
政府はマゾを喜ばせる団体である。政府の仕事はマゾを喜ばせることをすることである。
マゾは自分が悪いことをされるのが好きだし、マゾは道徳に反することだから自分が道徳を犯していないふりをするために自分が悪いことをされているのを隠してもらうのが好きである。
そのため、政府は悪いことをして、そのうえ自分が悪いことをしていることを隠すために善いことをしているふりをしている。政府は「みんなのために善いことをたくさんするにはたくさんお金が要る」と言ってみんなからたくさんお金を取ってみんなを嫌がらせたり、「みんながお金持ちになるためにはたくさんお金を作ればいい」「みんなが健康に暮らすためには食べ物にたくさん苦[にが]い薬を入れればいい」と言ってみんなを嫌がらせる政策をやったり、「外国の秘密組織が人殺しをした」「偶然の事故で気の毒だ」と言って事件や事故を起こして大勢の国民を殺したりして、嘘[うそ]の理由をつけて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをする。政府はまた水道や清掃や役所などの仕事をやったりたまに善い政策をやったりして、政府がいつでもみんなのためにみんなの生活全般に渡っていろんな善いことをやっているふりをしている。
政府はマゾを喜ばせる団体だから、国民と政府は平等である。国民は自分がマゾなら政府にお金をやって政府にマゾが喜ぶことをしてもらい、自分がマゾでなければ政府にお金をやらず政府にマゾが喜ぶことをしてもらわなければいい。
昔はみんなが科学をやっていなかったために悪い環境で暮らしていたから、みんなが悪い環境に適応するためにマゾだった。昔はみんながマゾだったから、政府にたくさんお金をやって政府にマゾを喜ばせることをしてもらっていた。みんなが政府に悪いことをしてもらったり、政府が悪いことをしているのを隠してもらったりしていた。
反対に、今はみんなが科学をやって善い環境で暮らしているから、今ではみんなが善い環境に適応してマゾではない。今はみんながマゾではないから、政府にお金をやらないようにしてマゾを喜ばせることをしてもらわないようにしている。みんなが政府に悪いことをしてもらったり、政府が悪いことをしているのを隠してもらわないようにしている。
しかし、今ではマゾはいないが馬鹿がいる。政府は善いことをしているふりをして悪いことをしている。馬鹿は見かけしかわからないから「政府が善いことをする団体だ」と思って「政府は民主主義をやっているから国家権力があるから国民はみんな政府に従わねばならない」と思って政府に従っている。馬鹿は政府に毎月高い税金を払って政府にマゾが喜ぶことをさせている。馬鹿は政府にお金をやって政府に悪いことや、政府に自分が悪いことをしていることを隠させている。そのために、みんなが不幸になっている。だから、みんなは馬鹿を皆殺しにして馬鹿のいない国にしないといけない。国民全員で政府にお金をやらないようにして政府を倒さねばならない。
政府は隠して悪いことをするだけで、みんながマゾであるかないかを区別して悪いことをやったりやめたりする機能は付いていない。政府はひたすら隠して悪いことをするだけである。政府に隠して悪いことをするのをやめさせるためには、みんなが政府にお金をやるのをやめるしかない。だから、早く国民全員で政府にお金をやるのをやめて政府を潰[つぶ]せばいいのである。
昔はみんながマゾだったから、昔は宗教団体や暴力団も政府と同じようにマゾを喜ばせる団体だった。しかし、今はみんながマゾではないから、今は宗教団体や暴力団は仕事内容を変えている。今の宗教団体は非現実な世界を作って客を喜ばせる団体になっている。今の暴力団は非合法なことをやって客を喜ばせる団体になっている。しかし、政府はいまだにマゾを喜ばせる団体のままである。今のみんなはマゾではない。だから、早くみんなで政府を倒して、今のみんなに合った“善いことをして悪いことをしない会社”を建てねばならない。(h30.3.31追加:今では宗教団体や暴力団がマゾを喜ばせる団体をやめているのに、政府だけが今でもマゾを喜ばせる団体をやっているのは、国民の多くが民主主義に引っかかっているためだろう。宗教団体や暴力団は民主主義をやっていないから仕事を変えたり潰[つぶ]れたりしているのだ。国民の多くは馬鹿だから、馬鹿は政府が民主主義をやっているのを見て「政府に国家権力があるから国民はみんな政府に従わねばならない」と思って政府の命令をなんでも聞いているのだ。政府の命令で政府に税金を払っているから、政府が今でも生き残っているのだ。一方、宗教団体や暴力団は民主主義をやっていないから、みんなは自分が宗教団体や暴力団に従わなくていいと思っているから、宗教団体や暴力団に金を払えと言われても払わないから宗教団体や暴力団が潰れているのだ。馬鹿はそもそも民主主義が何かがわかっていないから政府に従っているのだ。民主主義とは政府がみんなのために実際に善いことをすることではなく、政府が国民に国民みんなを拝[おが]めるようにすることにすぎないのだ([23710]の中ほどを参照)。もっとも、いくら馬鹿でも詳[くわ]しく説明すればわかる。だから、馬鹿でもたいてい私の文を読めば自分が政府に従わなくてもいいことがわかるだろう。政府の言うことを聞かずに政府に税金を払わなくてもいいことがわかるだろう。どうしてもそれがわからないのは本当の馬鹿だから、いっぺん医者に診てもらって養護園[ようごえん]にでも入ったほうがいい。理屈がわかるようにスッキリと書いている文は正直で正しい。反対に、理屈がわからないようにゴチャゴチャ書いている文はインチキである。みんなはインチキに引っかからないようにしないといけない。)

[23709] 日本人が世界で一番幸福に生きている。 h30.3.30
ヨーロッパ人は眼で見るだけで頭で考えない。ヨーロッパ人は眼で見る喜びがあるだけである。(ヨーロッパ人は馬鹿である。ヨーロッパ人は音楽が得意である。音楽は馬鹿の才能である。『音楽が馬鹿の才能である』ことがわからないのも馬鹿である。音楽の教師は馬鹿である。音楽の教師は哲学がわかっていないから馬鹿である。馬鹿ほど音楽が得意なのである。馬鹿ほど絵が得意である。馬鹿ほど体育が得意である。反対に、頭がいい人は科学が得意である。頭がいい人は実在がわからねばならない。馬鹿は眼で見えることをガミガミ言う。頭がいい人は眼で見えることをこまごま言わない。)
インド人は頭で考えるだけで眼で見ない。インド人は頭で考える喜びがあるだけである。
中国人は心で思うだけで眼で見ないし頭でも考えない。中国人は空想する喜びがあるだけである。
日本人は眼で見て頭で考えて心で思う。日本人は眼で見て頭で考えるから実在が見える。日本人は実在の中で心を満足する。
人間は実在の中で暮らしているから、人間にとって本物の幸福は実在の中の幸福しかない。人間が幸福に生きるためには実在を知って実在の中で自分の心を満足しなければならない。そのためには、実在を眼で見て頭で考えて実在を知って、実在の中で自分の心を満足すればいい。とにかく人間は実在の中で生きていれば幸福になれる。
だから、日本人がもっとも幸福になれる。ほかの人種は日本人ほど幸福に生きていない。

だから、日本人はほかの人種の生き方を真似[まね]てはいけない。日本人は日本人らしく生きねばならない。
今はテレビやゲームやパソコンがあるから、空想の喜びや眼先の喜びを満足する物がたくさんある。しかし、人間が幸福になるためには実在の喜びをやって、空想の喜びや眼先の喜びをやってはいけない。だから、今の人は自分でよく考えて自分を幸福にするテレビ番組だけ見て、自分を幸福にするゲームだけやって、自分を幸福にするためだけにパソコンを利用しなければならない。
人間が幸福に生きるためには善い喜びだけを満足して悪い喜びを満足してはいけない。例えば、『考える喜び』や『自然を見る喜び』や『運動する喜び』を満足して、「性欲」や「眼先の喜び」や「作り話の喜び」を満足してはいけない。自分で自分がいつも善い喜びだけを満足して悪い喜びを満足しないように気をつけないといけない。人間は大脳の新皮質で実在を見る。人間の性欲は大脳の古皮質にある。人間が性欲を満足すると大脳の古皮質だけが働いて新皮質が働かなくなって実在がわからなくなるから、性欲を満足してはいけないのだ。
親は子供を作る以上、子供を幸福にしないといけない。親が子供を幸福に育てるためには、子供に善い喜びだけを満足して悪い喜びを満足させないようにすればいい。子供はまだ道徳を知らないから、子供に自分の好き勝手にさせてはいけない。
今では世界中の人が科学を使っている。科学は何にでも使える。ヨーロッパ人は眼で見る喜びを満足するために科学を使い、インド人は頭で考える喜びを満足するために科学を使い、中国人は心で思う喜びを満足するために科学を使っている。日本人は実在の喜びを満足するために科学を使っている。日本人だけ実在の中で暮らしている。やはり日本人が一番幸福に暮らしている。
h30.3.31追加:人間はみんな実在の中で暮らしている。だから、人間は実在に従うと幸福になる。人間は実在に従わないと不幸になる。だから、国民みんなが幸福に生きるためには国民みんなが実在に従わなければならない。男は知覚が強いから実在に従う。女は知覚が弱いから実在に従わない。だから、女は男に従わせて実在の外に出ないようにしてやらねばならない。そのほうが女も幸せに暮らせる。

[23710] 政府はマゾを喜ばせる会社である。☆ h30.3.30
政府はマゾを喜ばせる会社である。政府の仕事はマゾを喜ばせることだけである。
政府はマゾを喜ばせるために悪いことをする。しかし、マゾは道徳に反することなのでマゾがマゾをやっていることを隠すために政府は善いことをしているふりをして隠して悪いことをする。
政府は嘘[うそ]の理由をつけて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをする。例えば、政府は「みんなにたくさん善いことをするためにはたくさんお金が要る」と言ってみんなからたくさんお金を取ってみんなを嫌がらせたり、「日本人は不細工[ぶさいく]だから外国に行ったときに嫌われるから日本人はもっと綺麗[きれい]にしないといけない」と言ってみんなを嫌がらせる政策をやったり、「外国の日本人が嫌いな団体が日本人に復讐した」と言って事件や事故を起こして大勢の国民を殺したりしている。
政府は水道や清掃や役所などの善いことをやったりたまに善い政策をやったりいろんな省庁を建てたりして、自分がいつでもみんなのために何から何まで善いことをしているように見せかけている。しかし、本当は政府の省庁はただ建っているだけで善いことはなにもしていない。国家公務員はみんなでおしゃべりをして遊んでいるだけである。
政府はマゾを喜ばせる会社なので、国民と政府は平等である。国民は自分がマゾなら政府の言うことを聞いて政府にお金をやって政府に隠して悪いことをしてもらい、自分がマゾでなければ政府の言うことを聞かず政府にお金をやらず政府に隠して悪いことをしてもらわなければいい。
昔はみんながマゾだったので、みんなが政府の言うことを聞いて政府に隠して悪いことをしてもらって喜んでいた。
反対に、今はみんながマゾではないので、みんなが政府の言うことを聞かないようにして政府に隠して悪いことをしてもらっていない。
もっとも、馬鹿は見かけしかわからないので「政府が善いことをする団体だ」と思って「政府が民主主義をやって政府に国家権力があるから国民はみんな政府に従わねばならない」と思って政府に従っている。馬鹿は政府の言うことをなんでも聞いて政府に税金を払って政府に隠して悪いことをさせている。馬鹿は政府の言うことを聞いて大勢の人を殺したりみんなに嫌がらせをしたりしている。そのために、みんなが不幸になっている。だから、みんなで馬鹿を皆殺しにして馬鹿のいない国にしないといけない。みんなで政府の言うことを聞かないようにして政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]さねばならない。
政府は民主主義や国家宗教や身分制をやっている。民主主義は国民が国民みんなを拝[おが]んで喜ぶ中国人の祭りである。政府は民主主義をやるために選挙をやって国民みんなの代表である議員を決めて、議員が話し合いをして議会をやって、みんなが議員を見ることによって国民みんなを拝めるようにしている。(嘘をついて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをするのが政府の常道[じょうどう]なので、政府の日本国憲法には「政府が民主主義で国民みんなの総意に基づいて法律を決めたり政策をやったりする」と書いている。しかし、本当は『政府は民主主義をやって国民が議員を見て国民みんなを拝めるようにしているだけで、自分の独断で国民みんなを嫌がらせる法律を決めたり政策をやったりしている』のだ。民主主義とは政府がみんなのために善いことをすることではない。民主主義とは政府が選挙や議会をして国民みんなを拝みたい国民に国民みんなを拝ませてやることなのだ。国民みんなを拝みたくない国民にとっては民主主義はどうでもいいことなのだ。政府は国民みんなに“みんな”の概念を流行[はや]らせるために民主主義をやっている。そのために今の国民の多くは“みんな”の概念に取り付かれておかしなことになっている。政府は嘘をつくのが常[つね]である。政府が国民みんなから税金を取るのは国民みんなを嫌がらせるためであって、国民みんなのために善いことをするためではないのだ。)国家宗教は国民が神を拝んで喜ぶヨーロッパ人の祭りである。政府は国家宗教をやるために神を決めて、テレビや映画で神に似た人を主役にして、みんなが神を拝めるようにしている。身分制は国民が古臭い物を拝んで喜ぶインド人の祭りである。政府自身がマゾを喜ばせる団体で古臭いので、政府はみんなに対して偉そうにして、みんなが古臭い物を拝めるようにしている。政府が民主主義や国家宗教や身分制をやるのは国民みんなを喜ばせるためである。政府が水道や清掃や役所などをやっているのと同じことである。政府は民主主義や国家宗教や身分制をやることによって自分がみんなに悪いことをしているのを隠しているのである。みんながマゾであることを隠しているのである。昔はみんなが物が貧しくてみんなが喜ぶことがほとんどなかったから、みんなが民主主義や国家宗教や身分制をやって喜んでいた。しかし、今は科学の時代でみんなが物が豊かになってみんなが喜ぶことがたくさんあるから、今では民主主義や国家宗教や身分制よりも面白いことがたくさんあるから、みんなが民主主義や国家宗教や身分制をやっても喜べなくなっている。今の政府はつまらないことをやっているだけである。
h30.4.1これ以降追加:民主主義とは国民が国民みんなを拝[おが]んで喜ぶ(楽しい気持ちになる)ことであって、国民が国民みんなに従うことではない。国家宗教とは国民が神を拝んで喜ぶことであって、国民が神に従うことではない。身分制とは国民が政府(または幕府)を拝んで喜ぶことであって、国民が政府に従うことではない。昔はみんなが物がなくて貧しかったから、みんなが国民みんなや神や政府を拝むこと以外に面白いことがなかったから、みんなが国民みんなや神や政府を一生懸命に拝んで喜んでいた。自分が楽しい気持ちになるまで必死になって白眼をむいて口から泡をふきながら国民みんなや神や政府を拝んでいた。反対に、今はみんなが物がたくさんあって豊かなので、みんなが面白い物がたくさんあるから、国民みんなや神や政府を拝むよりも面白いことがいっぱいあるから、みんなが国民みんなや神や政府を拝まなくなったのである。今の時代に神社やお宮やお寺に行く者は馬鹿である。今の時代に選挙や議会を見る者は馬鹿である。そもそも国民と国民みんなや神や政府は平等である。だから、国民は国民みんなや神や政府に従わなくていいのである。たとえ国民が国民みんなや神や政府を拝んでも、国民は国民みんなや神や政府に従わなくていいのである。国民みんなや神や政府は国民が拝んで気持ちがよくなるためにあるのであって、国民にとっては自分が拝んで気持ちよくなるための道具にすぎない。もしも国民が国民みんなに従わねばならないのなら、国民はみんな何から何まで同じことをしないといけない。実際には、そんなことはできない。だから、国民は国民みんなに従わなくていいのである。みんなは“拝む”ことと“従う”ことを混同してはいけない。
神は国民が拝む者であって、国民が従う者ではない。だから、神が国民に命令したら、神がみんなに馬鹿だと思われて軽蔑[けいべつ]される。議員も同様である。議員は国民みんなの代表者だが、議員は国民が拝む者であって、国民が従う者ではない。だから、議員が国民に命令したら、議員が馬鹿だと思われて無視されるのだ。
政府と国民は平等なのに、昔の国民は政府の命令を聞いていた。それは、昔の国民がマゾだったから、自分が政府に悪いことをされて喜ぶために政府の悪い命令を聞いていたのである。昔の国民は自分のほうから政府の命令を聞いていたのであって、政府に従っていたのではない。今の国民はマゾではないから、自分が政府の悪い命令を聞きたくないから、政府の命令を聞かなければいいのである。
h30.4.3追加:拝む喜びは実在の喜びではない。マゾも実在の喜びではない。空想の喜びや眼先の喜びや性欲の喜びも実在の喜びではない。昔は文学の時代だったからみんなが実在の喜びを満足していなかった。今は科学の時代だからみんなが実在の喜びを満足している。人間は本当は実在の中で生きているのだから、人間は実在を知り実在の中で自分の心を満足すれば本当に幸福になれる。人間はひたすら実在を目指して生きていけばいいのだ。人間は生まれたときはまだ実在を知らない。物や心について知らない。だから、人間は生まれた後で物や心について考えて物や心のことを知って物や心を使って自分が幸福になれるようにならねばならないのだ。

[23711] どうして政府はお金持ちからしか税金を取らなかったのか? h30.3.30
政府が税制を始めたころはお金持ちからしか税金を取らなかった。貧乏人からは税金を取らなかった。
それは政府が貧乏人を虐[いじ]めるためである。昔はみんながマゾだったので自分が悪いことをされて虐められたかった。政府は貧乏人を虐めるために貧乏人を虐めないようにして貧乏人を虐めていたのだ。
しかし、そのうち政府は貧乏人を含めてみんなから税金を取るようになって、貧乏人も一人前に政府に虐められるようになって喜んだ。
反対に、今ではみんながマゾではない。今のみんなは政府にお金を取られるのが嫌である。だから、今のみんなは政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]しているのである。

[23712] 政府は善いことをしているふりをしてじつは悪いことをする会社である。 h30.3.31
政府はマゾを喜ばせる会社である。政府の仕事はマゾを喜ばせることだけである。
政府はマゾを喜ばせるために悪いことをする。しかし、マゾは道徳に反することなのでマゾはマゾをやってはいけないので、政府は善いことをする会社のふりをして悪いことをする。(アニメ『デ・ジ・キャラットにょ』でブラックゲマゲマ団が「善い人のふりをしてじつは悪い人、悪ですからなあ〜」と言って陽気に手足をピコピコ動かすのは、政府がマゾを喜ばせる団体であることを表している。)
政府は善いことをする会社のふりをして悪いことをするために、嘘[うそ]の理由をつけて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをする。政府は「みんなのためにたくさん善いことをするためにはたくさんお金が要る」と言って、本当はみんなを嫌がらせるためにみんなからたくさんお金を取っている。政府は「今はみんなが豊かだからみんなは働かなくていいから週休3日だ」と言って本当はみんなを貧乏にして嫌がらせるためにみんなに仕事をさせない政策をする。政府は「外人の反日団体がやった」「偶然の事故で気の毒だ」と言って、本当は自分で事件や事故を起こして大勢の国民を殺している。政府は実際に水道や清掃や役所などの仕事をやったりたまに善い政策をやったりして、たくさん省庁を建てて、政府がみんなのためにみんなの生活のありとあらゆる分野において善いことをやっているふりをしている。本当は政府の省庁は何の役にも立たない独活の大木[うどのたいぼく]である。
政府はマゾを喜ばせる団体だから、政府と国民は平等だから、国民は自分がマゾなら政府の言うことを聞いて政府にお金を払って政府に善いことをしているふりをして悪いことをしてもらい、自分がマゾでなければ政府の言うことを聞かず政府にお金をやらず政府に善いことをしているふりをして悪いことをしてもらわなければいい。
昔はみんなが科学をやっていなかったためにみんなの環境が悪くて、みんなが悪い環境に適応するためにマゾだったから、みんなが政府の言うことを聞いて政府にたくさんお金をやって政府に善いことをしているふりをして悪いことをしてもらって喜んでいた。
反対に、今はみんなが科学をやっているためにみんなの環境がよくなって、みんながいい環境に適応してマゾではなくなっているから、みんなが政府の言うことを聞かなくなって政府にお金をやらなくなって政府に善いことをしているふりをして悪いことをしてもらわなくなっている。政府はみんなからお金をもらえなくなって潰[つぶ]れている。水道会社や清掃会社や役所などの政府の中の善いことをする会社は政府から抜け出している。
しかしながら、世の中には馬鹿がいる。政府は善いことをしているふりをして悪いことをする会社である。馬鹿は見かけしかわからないから「政府が善いことをする会社だ」と思って「政府は民主主義をやっているから政府には国家権力があるから国民はみんな政府に従わねばならない」と思って政府の言うことをなんでも聞いている。馬鹿は政府に毎月税金を払っている。馬鹿は政府の命令で人殺しでもなんでもしている。馬鹿は政府の命令で他人の給料から税金を払っている。馬鹿のためにみんなが不幸になっている。だから、みんなで馬鹿を皆殺しにして馬鹿のいない国にしないといけない。みんなで政府にお金をやらないようにして政府を倒さねばならない。
政府はマゾを喜ばせる会社である。政府はマゾを喜ばせるだけで、マゾ以外の人を喜ばせない。マゾにとっては政府は要るが、マゾ以外の人にとっては政府は要らない。今の人はマゾではない。今の人はたとえ馬鹿であってもマゾではない。だから、今の人はみんな政府を倒せばいいのである。
h30.4.3追加:人間が生きるためにはお金が要る。国民みんなが政府にお金をやらなければ、政府は自分がお金を得るために仕事を変えるしかない。マゾを喜ばせる仕事をやめて、普通の会社と同じ仕事をするしかない。水道会社や清掃会社や役所などは政府から出て国民から直接にお金をもらって経営するしかない(今でもすでにそうなっている)。だから、国民は政府にお金をやらなければいいのである。国民みんなが自分の態度を変えて世の中を変えればいいのである。

[23713] どうして今では畳[たたみ]が少なくなっているか? h30.4.1
私が小学生のころ高知県高知市朝倉若草町に住んでいたが、特別養護施設子鹿園[こじかえん]の近くに井草[いぐさ]の小さい畑があった。私は井草の畑を足で踏み倒して迷路を作ってみんなで鬼ごっこをして遊んでいた(よく怒られなかったものだ)。そのときに、私は自分の足の裏を脚長蜂[あしながばち]に刺されて痛い思いをしたことを今でも憶えている。私は裸足[はだし]で井草を踏んで裸足で鬼ごっこをしていたのだ。
そのため、政府は私を神とする国家宗教で井草の生産をやめさせたのだ。だから、畳が少なくなっているのだ。私が足で井草を踏み倒したから、政府が井草を作らせなくなったのだ。だから、今では畳の部屋が減って板張りの部屋になっているのだ。
私自身は畳の部屋が好きである。そのほうが部屋の床板が傷まなくて家が長持ちするからだ。
いっとき日本各地で大きい迷路が流行[はや]っていたのも、私が足で迷路を作ったからだ。
世界各地に出現するミステリーサークルも私が井草を足で踏み倒したためである。
日本人は畳の部屋のほうが板張りの部屋よりも好きである。畳の部屋のほうが寝っころがっても気持ちがいい。国民と政府は平等だから、国民は政府の命令を聞かなくていい。だから、みんなは政府の命令を聞かないようにして、井草を作って、畳の部屋に住めばいい。

[23714] 会社の事務とは何か? h30.4.1
政府はマゾの国民を喜ばせる会社である。政府はマゾの国民を喜ばせるために悪いことをやって、マゾの国民がマゾをやっていることを隠すために善いことをしているふりをして悪いことをやっている。そのために、政府は嘘[うそ]の理由をつけて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをやっている。政府は水道や清掃や役所などの仕事をやったりたまに善い政策をやったりいろんな省庁を建てたりして、政府がいつでもみんなのためにいろんな善いことをしているふりをしている。しかし、本当は政府は水道や清掃や役所などの仕事をやってたまに善い政策をやる以外は悪いことばかりやっている。
それと同じように、会社の事務はマゾの社員を喜ばせる組織である。会社の事務はマゾの社員を喜ばせるために悪いことをやって、マゾの社員がマゾをやっていることを隠すために善いことをしているふりをして悪いことをやっている。会社は小さい国なので、政府が会社の事務に、国民みんなが社員みんなに対応する。そのために、会社の事務は嘘の理由をつけて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをやっている。会社の事務は「社長が善い人だから会社が儲[もう]かる」「事務が宣伝をやっているから会社が儲かる」と言って社員からたくさんお金を取って社員を嫌がらせたり、「仕事が多いから休日出勤しろ」と言って社員を休ませないようにして嫌がらせたり、「不慮の事故が起きた」と言って事故を起こして社員を殺したりする。また、会社の事務は、接待や宣伝などの仕事をやったり、たまに社員みんなで宴会をやったりして、会社の事務がいつも社員みんなのために役に立っているふりをしている。しかし、本当は会社の事務はいつもおしゃべりをして遊んでいるだけで、社員に悪いことをやるだけである。本当は会社の製品が売れるのは製品の品質がいいからであって、社長や宣伝マンは何の役にも立たない木偶の坊[でくのぼう]である。会社の事務は民主主義みたいなことをやって選挙や会議をやっている。しかし、本当は会社の事務は社員みんなを笠[かさ]に着て権力があるのではなく、社員が社員みんなを拝[おが]んで喜ぶようにしているだけである。
会社の事務はマゾの社員を喜ばせる組織だから、社員と会社の事務は平等である。社員は自分がマゾなら会社の事務の言うことを聞いてお金をやって善いことをしているふりをして悪いことをしてもらえばよく、自分がマゾでなければ会社の事務の言うことを聞かずお金をやらず善いことをしているふりをして悪いことをしてもらわなければいい。
昔はみんながマゾだったから、会社の社員は会社の事務の言うことを聞いて会社の事務に善いことをしているふりをして悪いことをしてもらって喜んでいた。
反対に、今はみんながマゾではないから、会社の社員は会社の事務の言うことを聞かず会社の事務に善いことをしているふりをして悪いことをしてもらわなくなっている。会社の事務は社員からお金をもらえなくなって潰[つぶ]れてなくなっている。
もっとも、馬鹿の社員は見かけしかわからないから、会社の事務が善いことをしているふりをして悪いことをしているのを見て「会社の事務は善いことをする組織だ」と思って「会社の事務は民主主義みたいなことをしているから会社の権力があるから社員はみんな会社の事務に従わなければならない」と思って会社の事務に従っている。馬鹿の社員は会社の事務に稼[かせ]ぎの大半[たいはん]をやって会社の事務を遊ばせている。馬鹿の社員は会社の事務の言うことを聞いて休日出勤でも人殺しでも会社の爆破でもなんでもする。そのために、社員みんなは不幸になっている。だから、馬鹿の社員を皆殺しにして馬鹿の社員のいない会社にしないといけない。社員みんなで会社の事務にお金をやらないようにして会社の事務を潰さねばならない。事務はマゾの社員を喜ばせる組織であり、社長はマゾの社員を喜ばせる組織の代表者にすぎない。社長や事務のない会社にしないといけない。会社にとってどうしても必要な事務の仕事だけを残して、ほかは全部捨てないといけない。
政府はマゾの国民を喜ばせる会社である。今は国民みんながマゾではないから、国民みんなが政府の言うことを聞かなくなって政府にお金をやらなくなって政府を倒している。それと同じように、会社の事務はマゾの社員を喜ばせる組織である。今は社員みんながマゾではないから、社員みんなが会社の事務の言うことを聞かなくなって会社の事務にお金をやらなくなって会社の事務を倒している。世の中から政府がなくなっているように、会社の事務もなくなっている。善いことをしているふりをして悪いことをする団体がなくなっているのである。
会社の事務は文学部の出身者である。今では会社の事務がなくなっているから、文学部もなくなっている。今は科学の時代だから、みんなは科学ばっかりやって文学をやらなければいい。今は科学の時代だから、みんなが科学をやって物をたくさん作って物を豊かにしてみんなが物で喜べばいい。今の時代には文学部は要らない。だから、文学部がなくなればいい。h30.4.3追加:文系は会社でなにもせずにブラブラして遊んでいる。文系はやる必要のない仕事をダラダラやっている。理系はまじめに身体を動かして働いている。だから、文系がいなくなってみんなが理系になれば今の半分ぐらいの労働時間で済む。みんなは仕事が早く終わって家に帰って自由に遊べる。長く眠れる。だから、世の中から文系をなくせばいい。

[23715] 政府はマゾを喜ばせる会社である。 h30.4.3
政府はマゾを喜ばせる会社である。マゾは悪いことをされるのが好きである。だから、政府は悪いことをする。マゾは悪いことをされるのが大好きであり、しかもマゾが道徳に反することであるためにマゾは自分がマゾであることを隠さねばならないから、政府は善いことをする会社のふりをして悪いことをする。政府は善いことをする会社のふりをして悪いことをするために、嘘[うそ]の理由を付けて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをする。政府は善いことをする会社のふりをするために、水道や清掃や役所などの仕事をやったりたまに善い政策をやったりたくさんの省庁を建てたりして自分が国民みんなのためにさまざまな善いことをやっているふりをしている。しかし、実際には政府が善いことをやっているのは水道や清掃や役所やたまに善い政策をやったりすることだけで、政府の省庁はなにもしていない。しかし、マゾは自分がマゾであることを隠すために政府に悪いことをする会社であるのを隠してもらいたいだけであり、政府に善いことをしてもらいたいわけではないから、それでいいのである。マゾが政府にしてもらいたいのは、悪いことをすることと悪いことをしていないふりをすることだから、マゾは政府に悪いことをしてもらいたいだけで善いことをしてもらいたいわけではないから、政府は悪いことをたくさんやって善いことは必要最小限にしかやらないのである。
政府はマゾを喜ばせる会社だから、国民と政府は平等である。国民は自分がマゾなら政府の言うことを聞いて政府に悪いことをしてもらい、自分がマゾでなければ政府の言うことを聞かず政府に悪いことをしてもらわなければいい。
昔はみんなが文明が遅れていて環境が悪くて、悪い環境に適応するためにマゾだったので、政府の言うことを聞いて政府にたくさん悪いことをしてもらって喜んでいた。
反対に、今はみんなが文明が進んで環境がよくなって、いい環境に適応してマゾではなくなっているから、政府の言うことを聞かなくなって政府に悪いことをさせなくなっている。政府にお金をやらなくなって政府を潰[つぶ]している。
もっとも、今ではマゾはいないが今でも馬鹿はいる。馬鹿は見かけしかわからないので、政府の見かけだけを見て「政府が善いことをする会社だ」と思っている。馬鹿は「民主主義が政府が国民みんなのために善いことをすることだ」と思っているから、「政府は民主主義をやっているから、政府は国民みんなのために善いことをやっているから、政府は国民みんなの支持があるから、国民が政府に逆らうと国民みんなに逆らうことになるから、国民は政府に従わねばならない」と思って政府に従っている。馬鹿は政府の命令で毎月高い税金を払ったり、政府の命令で人殺しでも自殺でも嫌がらせでもなんでもしたり、政府の命令で他人の給料から税金を天引きしたりする。馬鹿のためにみんなが不幸になっている。だから、みんなで馬鹿を皆殺しにして馬鹿のいない国にしないといけない。みんなで文学部を潰してみんなが科学をやらねばならないようにして、科学がわからない頭で考えることがわからない馬鹿が生き残れないようにしないといけない。この世から馬鹿をなくして、みんなで政府にお金をやらないようにして政府を倒さねばならない。
本当は政府はマゾを喜ばせる会社であり、民主主義は国民が国民みんなを拝[おが]んで気持ちよくなることである。みんなは政府や民主主義について正しい理解を持たねばならない。

[23716] 政府のおもな仕事は悪いことをすることである。 h30.4.4
政府はマゾを喜ばせる会社である。マゾは悪いことをされるのが好きである。マゾは自分のお金や物を取られたり、自分が殺されたり、嫌がらされたりするのが好きである。だから、政府はマゾが喜ぶことをするために、いろんな税金や保険制度を定めてお金や物を取ったり、事件や事故を起こして人殺しをしたり、悪い政策をやって嫌がらせをしたりする。しかも、マゾは道徳に反するから、マゾは隠して悪いことをされるのが好きである。そのために、政府はたくさん省庁を建てたり、実際に水道や清掃や役所などの仕事をやったりたまに善い政策をやったりして善いことをする会社のふりをしながら、嘘[うそ]の理由をつけて強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことを善いことに見せかけて悪いことをする。政府のおもな仕事は悪いことをすることであり、政府は善いことをする会社のふりをするためにいやいやしかたなく少し善いことをするだけである。政府の仕事は悪いことをすることであり、政府は自分が悪いことをしているのに悪いことをしているように見えないようにするために嘘の理由を付けて悪いことを善いことに見せかけたり、たくさん省庁を建てて善いことをする会社に見せかけたり、実際にちょっと善いことをしたりしている。
昔はみんながマゾだった。昔はみんなが悪いことをされたかった。だから、昔のみんなは政府の言うことを聞いて政府にお金をやって政府に悪いことをしてもらっていた。
しかし、今はみんながマゾではない。今はみんなが善いことをされたいのであって悪いことをされたくない。政府はマゾを喜ばせる会社であり、政府はおもに悪いことをやって善いことはあまりやらない。だから、今のみんなは政府が要らない。だから、今のみんなは政府の言うことを聞かなくなって政府にお金をやらなくなって政府を倒しているのである。
政府はおもに悪いことをして、政府以外の会社が善いことをする。昔のみんなはマゾだったから悪いことをされるのが好きだったから、政府の言うことを聞いて政府にお金をやって政府に悪いことをしてもらっていた。マゾは悪いことをされるのが好きだが、善いことをされるのも好きである。そのため、昔のみんなは悪いことは政府にやってもらって、善いことはほかの会社にやってもらっていた。反対に、今のみんなはマゾではないから悪いことをされるのが嫌だから、政府の言うことを聞かず政府にお金をやらず政府に悪いことをしてもらわなくなっている。今のみんなはマゾではないから、善いことをされるのが好きだが悪いことをされるのが嫌だから、政府に水道代や清掃代や役所代だけ払って政府に水道や清掃や役所だけやってもらって、その他のお金を払わないようにして悪いことをやってもらわないようにしている。今のみんなは政府以外の会社に善いことをしてもらっている。
政府はマゾを喜ばせる会社である。政府は本来悪いことをする会社であって、善いことをする会社ではない。政府はちょっと善いことをして自分が悪いことをする会社に見えないようにしているだけである。政府はたくさん悪いことをやって善いことはちょっとしかしない。今のみんなはマゾではないから悪いことをされたくない。だから、今のみんなは政府の言うことを聞かなくなって政府にお金をやらなくなって政府を倒しているのである。
みんなに政府のことを教えてくれる人がいないから、多くの人が政府のことを知らないのだ。仕事でもやり方を教えてくれる人がいないとわからないのと同じことだ。勉強も教えてくれる人や本がないとわからない。多くの人が馬鹿だから政府のことを知らないのではない。政府のことを教える人がいないから、政府のことを知らないだけだ。だから、政府のことを教える人がいればたいていの人は政府のことがわかる。だから、私は自分が政府についてわかったことを言葉に表してみんなが政府のことがわかるようにしているのだ。だから、みんなは私の言葉を読んだりさらに自分で考えたりして政府のことを理解すればいい。

[23717] 政府は国民みんなを苦しめるために保険制度をやっている。☆ h30.4.4
政府はマゾを喜ばせる会社である。政府の仕事はマゾを喜ばせることをすることである。マゾは自分のお金や物を取られたり、殺されたり、嫌がらされたりして悪いことをされるのが好きである。だから、政府はお金や物を取ったり、人殺しをしたり、悪い政策をやって嫌がらせをしたりする。しかも、マゾは道徳に反することだから、マゾは自分が悪いことをされているのを隠してもらいたい。だから、政府は自分が悪いことをやっていないふりをする。政府は自分のためではなく客のために悪いことをしていないふりをしている。政府は嘘[うそ]の理由を付けて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをやっていないふりをする。例えば、政府は「国民みんなのために善いことをやったり保険制度をやったりするため」と言って国民からたくさんお金を取る。本当は、政府は国民みんなを苦しめるために国民みんなからたくさんお金を取っている。政府は「女性の人権を守るため」と言って男女平等にする。本当は、女を男に従わないようにして女に善いことをさせないようにして女を不幸にするために男女平等にする。(女は知覚で物を見ないから男よりも下なのであってどうしようもない。制度によって変わることではない。女は眼で見るだけだから自分で自分を見る目がないから自我[じが]がないから他人に見られるものであって他人に従わねばならない。男は頭で考えるから自分で自分を見る目があるから他人に見られるものではないから他人に従わなくてもいい。女は眼で見るだけだから実在がわからない。男は頭で考えるから実在がわかる。女は男に従うから実在に適応して幸福に生きられる。自然はうまく出来ている。)政府は「世の中には悪いことをするやつがいるもんだ」と言って自分が事故を起こして大勢の国民を殺す。また、政府はたくさんの省庁を建てて自分がたくさん善いことをしているように見せかけている。本当は、政府の省庁は見掛け倒しで善いことはなにもやっていない。政府は実際に水道や清掃や役所などの仕事をやったりたまに善い政策をやったりして、現実に自分が善いことをする会社であるかのように見せかけている。しかし、本当は政府は水道や清掃や役所やたまに善い政策をやったりして善いことをするだけで、それ以外は悪いことばかりやっている。現実には政府は悪いことをする会社であって、少し善いことをやって自分が悪いことをする会社に見えないようにしているだけである。
政府は民主主義もやっている。政府はマゾを喜ばせることとは別に民主主義もやっている。民主主義は国民が国民みんなを拝[おが]んで楽しい気持ちになる遊びである。そのために、政府は選挙をやって国民みんなの代表である議員を決めて、議員に議会をさせて、国民が議員を見ることによって国民みんなを拝めるようにしている。国民は議員を国民みんなの代理と思って拝んで喜べばいいだけである。
政府はマゾを喜ばせる会社だから、民主主義は政府が国民に国民みんなを拝めるようにすることだから、国民と政府は平等である。国民は自分がマゾなら政府の言うことを聞いて政府に悪いことをしてもらえばよく、自分がマゾでなければ政府の言うことを聞かず政府に悪いことをしてもらわなければいい。
昔は文明が遅れていて環境が悪くて、みんなが悪い環境に適応するためにマゾだった。昔はみんながマゾだったので、政府の言うことを聞いて政府に悪いことをしてもらっていた。昔はみんなが面白いことがなかったので、民主主義をやって選挙をやったり議員を拝んだりして喜んでいた。
今は文明が進んで環境がよくなって、みんながいい環境に適応してマゾではなくなっている。今はみんながマゾではないので、政府の言うことを聞かなくなって政府に悪いことをされなくなっている。今はみんなが政府にお金をやらなくなって政府を潰[つぶ]している。今はみんなが面白いことがいっぱいあるので、民主主義がつまらなくなって選挙をしなくなったり議員を拝まなくなっている。
もっとも、国民みんなの中には馬鹿がいる。馬鹿は見かけしかわからないから政府の見かけを見て「政府が善いことをする会社だ」と思っている。馬鹿は「民主主義が政府が国民みんなのために善いことをすることだ」と思っているから、「政府は民主主義をやって国民みんなのために善いことをしているから、国民みんなが政府を支持しているから、国民は政府に従わなければならない」と思って政府に従っている。馬鹿は政府の命令で税金を払ったり、人殺しや自殺や嫌がらせをやったりなんでもする。みんなは馬鹿のせいで幸福に暮らせなくなっている。だから、みんなは馬鹿を皆殺しにして馬鹿のいない国にしないといけない。国民みんなで早く政府にお金をやらないようにして政府を潰さねばならない。(今では宗教団体や暴力団は潰れている。日本人にとっては宗教や身分制はわけがわからなさすぎて効果がないから宗教団体や暴力団がなくなっているのだ。江戸時代には幕府が身分制を中心でやっていたから日本人には身分制がわからないから国民と幕府が平等になって幕府が弱かったのだ。当時の国民はマゾの力だけで(つまり自分の“虐[いじ]められる喜び”を満足するだけのために)幕府の命令を聞いていた。江戸時代の日本では国民みんなが幕府の命令をあまり聞かなかったから国民みんなが幕府にあまり年貢[ねんぐ]を払わなかったからみんなが裕福だったから国が繁栄していた。そのため、幕府の後を継いだ政府は民主主義を中心にやるようにした。日本人の中には民主主義に対して誤解をして「政府は国家権力がある」と思っている者が多いから政府は今でも残っているのだ。アニメ『陸上防衛隊まおちゃん』では民主主義の団体よりも国家宗教の団体が強いように描かれているが、あれは嘘なのだ。今の政府が生き残っているのは民主主義のためだから、政府の中では民主主義をやる団体のほうが国家宗教をやる団体よりも強いのだ。政府は国民みんなを民主主義について考えさせないために国民みんなの目を民主主義に向けさせないために、アニメでは国家宗教の団体のほうが民主主義の団体よりも強いことにしているのだ。今の日本政府にとっては民主主義が強みであると同時に弱点でもあるから、政府は国民みんなの目を国家宗教に向けさせて民主主義に向けさせないために、私を神にして神を増やして国家宗教を派手[はで]にやるようになったのだ。つまり、国家宗教は民主主義のフェイント(目くらまし)なのだ。

[23718] ハンドスピナーとは何か? h30.4.4
ハンドスピナーは政府が私を神とする国家宗教で作らせたオモチャである。
ハンド←川ブ(ハン≒川、ド≒ブ)←川野延夫[かわののぶお](私の名前)←私、スピナー←スピン←ピスン←ヒスン←カブ(ヒ≒カ、ス≒フ、ン≒゛)←川ブ←私だから、ハンドスピナーは私を神とする国家宗教で作ったオモチャである。
私には指で物を回す癖はない。私が高校生のときに隣の男子が指でシャーペンをすばやく回すのを見たことがあるだけだ。
馬鹿は「政府が善いことをする会社だ」と思って「政府は民主主義をやっているから国家権力がある」と思って政府に従う。政府は自分の言うことをなんでも聞く馬鹿に命令してハンドスピナーで遊ばせて面白いふりをさせたのだ。それを見た人が自分も買って遊んでみたのだ。だから、ハンドスピナーは流行したのだ。
私の目から見ると、ハンドスピナーは面白くないオモチャである。だから、今では流行が衰えて誰も遊んでいない。
ダッコちゃん人形も私を神とする国家宗教で作られたオモチャだ。私が生まれたときに逆子[さかご]だったので、助産婦さんが私の足をひっぱったので私は先天性股関節脱臼だった。つまり、脱股[だっこ]だった。だから、ダッコちゃんなのだ。
笑い袋も私を神とする国家宗教で作られたオモチャである。笑う←笑←ショウ←シウ←川ブ(シ≒川、ウ≒ブ)←私。袋←バッグ←バグ←ハグ←川ブ(“グ”の左斜め線を“ハ”に移す)←私。実際には、私は子供の頃からあまり笑わない。私の弟が笑い袋を買って持っていた。今ならもっと小型に作れるだろう。
政府はマゾを喜ばせる会社である。政府はおもに悪いことをする会社である。政府は善いことをする会社ではない。だから、政府が国家宗教で作ったオモチャにはつまらない物が多い。だから、みんなは自分の目で見て面白いオモチャを買って、政府が流行[はや]らせたオモチャを買ってはいけない。

[23719] 国民みんなが政府と民主主義のことがわかれば政府は倒れる。 h30.4.5
政府はマゾを喜ばせる会社である。民主主義は国民が国民みんなを拝[おが]んで喜ぶことである。この2つがわかれば政府は倒れる。
戦後は国民みんながマゾではなくなったが、あいにく国民の多くが政府や民主主義について知らなかったために政府が滅ばなかった。
今の国民みんなはマゾではないから、今の国民みんなにとって政府は用がない。今の政府は民主主義をやっているが、今では国民が物が豊かになっていろんな面白いことが出来て、今の国民にとっては国民みんなを拝むことなんかつまらないので、政府に民主主義をやってもらわなくていい。今の国民みんなは政府が要らないので、政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]せばいい。
今では私が政府や民主主義のことを明らかにしたから、今後は国民みんなが政府や民主主義のことを知っているようになる。今後は国民みんなが政府にお金をやらなくなって政府を倒すようになるだろう。
政府はマゾを喜ばせる会社である。政府はマゾを喜ばせるためにマゾがマゾであるのを隠してやるために善いことをする会社のふりをして悪いことをする。政府は善いことをする会社のふりをするために社会科の教科書に嘘[うそ]を書いている。「政府が善いことをする会社である」とか「民主主義が政府が国民みんなのために善いことをすることだ」と書いている。みんなは政府の嘘に騙[だま]されないようにしないといけない。
テレビ局や出版社は馬鹿だから、政府が作った社会科の教科書を真[ま]に受けてまんまと騙されている。テレビ局や出版社は国民みんなに政府についてのまちがいを広めている。みんなはテレビ局や出版社が言うことを本気[ほんき]にしてはいけない。

[23720] 今の政府は多くの国民が政府や民主主義のことを知らないために生き残っている。☆ h30.4.5
政府はマゾを喜ばせる会社である。つまり、政府は善いことをする会社のふりをしている悪いことをする会社である。そのために、政府は嘘[うそ]の理由を付けて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをやったり、だてにたくさん省庁を建ててたくさん善いことをしているふりをしたり、実際に水道や清掃や役所の仕事をやって現実に政府がたくさん善いことをしているように見せかけている。
政府は民主主義もやっている。民主主義は国民が国民みんなを拝[おが]む遊びである。政府は民主主義をやるために選挙をやって国民が国民みんなの代表者を決めて、議員に議会をやらせて、国民が議員を見て国民みんなを拝めるようにしている。
政府は善いことをする会社のふりをするために社会科の教科書に「政府は善いことをする会社である」「民主主義は政府が国民みんなの総意に従って国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることである」と嘘を書いている。
昔は文明が遅れていてみんなの環境が悪くてみんなが物が貧しかったので、みんながマゾだったし国民みんなを拝むことが好きだった。昔はみんなが政府の言うことを聞いて政府に悪いことをしてもらって喜んでいた。昔はみんなが政府にたくさんお金をやって政府がすごく儲[もう]かっていた。昔はみんなが政府に民主主義をしてもらって喜んでいた。
しかし、今は文明が進んでみんなの環境がよくなってみんなが物が豊かになったので、みんながマゾではないし国民みんなを拝むことが好きではない。今はみんなが政府の言うことを聞かなくなって政府に悪いことをさせなくなっている。今はみんなが政府にお金をやらなくなって政府を潰[つぶ]している。今はみんなが政府に民主主義をしてもらわなくなっている。
しかし、多くの国民は政府や民主主義について知らない。多くの国民は政府の見かけだけを見たり社会科の教科書を鵜呑[うの]みにして「政府が善いことをする会社だ」「民主主義は政府が国民みんなのために善いことをすることだ」と思っている。多くの国民は「政府は民主主義をやって国民みんなに支持されているから、政府には国家権力があるから、国民はみんな政府に従わなければならない」と思って政府に従っている。多くの国民は政府の命令で税金を払ったり厚生年金保険や医療保険に入ったり、人殺しをしたり自殺したり嫌がらせをしたり、他人の給料から税金を天引きしたり、ダッコちゃんや笑い袋やハンドスピナーで遊んだりする。多くの国民は政府の命令でなんでもする。政府や民主主義のことを知らない者のためにみんなが不幸になっている。だから、政府や民主主義のことを知っている人が知らない人に政府や民主主義のことを教えてみんなが政府や民主主義のことを知っているようにしている。みんなで政府にお金をやるのをやめて政府を倒している。
今ではマゾはいないが政府や民主主義のことを知らない者がいる。今の政府は多くの国民が政府や民主主義のことを知らないことで生き残っている。今の政府は多くの国民の政府や民主主義に対する誤解で生き残っている。今の政府は国家宗教よりも民主主義で生き残っている。そのため、今のアニメ界は国家宗教の神を主役にするのをやめて民主主義の議員を主役にしている。それが「ラブライブ!」である。昔のアニメは主役が1〜3人しかいなかったのに、今のアニメは主役が大勢いる。昔のアニメの主役は顔が天皇家か私に似[に]ていたのに、今のアニメの主役は議員の誰かに似ている。今の芸能界は国家宗教の神をアイドルにするのをやめて民主主義の議員をアイドルにしている。そのため、今の芸能界はアイドルがひとりで活動せずに、アイドルが集団で活動している。
私は子供の頃から芸能番組には興味がなくアニメばっかり見ていた。最近の私はアニメを見なくなって鉄道番組しか見ていない。人間は自分の趣味に合った番組を見る。人間は歳をとったら現実的になるので現実的な番組しか見なくなる。

[23721] マゾも人間だから善いこともして欲しい。 h30.4.5
政府はマゾを喜ばせる会社である。マゾは悪いことをされるのが好きである。マゾは自分のお金や物を取られたり、殺されたり、嫌がらされたりするのが好きである。だから、政府はお金や物を取ったり、事件や事故を起こして殺したり、悪い政策をやって嫌がらせたりする。しかもマゾは道徳に反するので、マゾは隠れてマゾをしないといけないので、政府は隠れて悪いことをしないといけない。そのために、政府は嘘[うそ]の理由をつけて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをしたり、だてにたくさん省庁を建ててたくさん善いことをしているふりをしたり、実際に水道や清掃や役所などの仕事をして現実に政府がたくさん善いことをしているように見せかけている。
もっとも、マゾも人間だから善いこともして欲しい。だから、マゾは悪いことは政府にやってもらって、善いことはほかの会社にやってもらう。政府は自分が悪いことをする会社に見えない程度に少しだけ善いことをやる。政府は善いことを悪いことをしているのを隠すためにやるだけである。政府は水道と清掃だけ善いことをやって、ほかは悪いことばかりやる。政府は本来は悪いことが専門であって、道徳を守るためにしかたなく善いことをやっているだけである。
政府はおもに悪いことをやって、ほかの会社は善いことをやる。仕事には2種類ある。善いことをする仕事と悪いことをする仕事がある。悪いことをする仕事は政府がやって、善いことをする仕事はほかの会社がやる。人間には“善いことをされる喜び”と“悪いことをされる喜び”があるから、仕事には善いことをする仕事と悪いことをする仕事の2種類がある。
昔はみんながマゾだったので、みんなが悪いことと善いことの両方をして欲しかったので、みんなが政府の言うことを聞いて政府に悪いことをしてもらって、ほかの会社にお金を払って善いことをしてもらっていた。
今はみんながマゾではないので、みんなが善いことをして欲しく悪いことをして欲しくないので、みんなが政府の言うことを聞かないようにして政府に悪いことをしてもらわないようにして、ほかの会社にお金を払って善いことをしてもらっている。政府はみんなからお金をもらえなくなって潰[つぶ]れている。水道会社や清掃会社や役所などは自分が生きるためにお金が要るので、政府から抜け出して自分でみんなからお金をもらって仕事をするようになっている。

[23722] 今の人はマゾではないから自分がちょっとでも悪いことをされるのが嫌だから政府を潰[つぶ]している。 h30.4.6
政府はマゾを喜ばせる会社である。つまり、政府は善いことをする会社のふりをして悪いことをする会社である。政府は善いことと悪いことの両方をやる会社である。政府は悪いことをメインでやって、善いことは悪いことを隠すためにちょっとやるだけである。
昔の人はマゾだったから悪いことをされるのが好きだった。だから、昔の人にとっては政府が必要だった。だから、昔の人は政府の言うことを聞いて政府にお金をやって政府に悪いことをさせていた。
今の人はマゾではないから悪いことをされるのが嫌である。今の人はちょっとでも悪いことをされるのが嫌である。だから、今の人にとっては政府は要らない。だから、今の人は政府の言うことを聞かなくなって政府にお金をやらなくなって政府を潰している。
だいぶ前に政府は自分で「政府は永遠に不滅です」と言っていた。永遠←永と遠、永←水(永≒水)←ミズ←川ブ(ミ≒川、ズ≒ブ)←川野延夫[かわののぶお](私の名前)←私、遠←円←球←光る玉←神武天皇←天皇家、不滅←フメツ←フツとメ、フツ←ツフ←川ブ(ツ≒川)←私、メ←×←十←ten←天皇。だから、政府は国家宗教で「政府は永遠に不滅です」と言っていたのだ。政府は善いことをする会社のふりをして悪いことをする会社である。政府は嘘[うそ]の理由を付けて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをする。あるいは、政府は嘘をついて善いことをすると言ってじつは何もしない。嘘をつくのは悪いことだから、政府は悪いことをする会社だから、政府は嘘をつくのである。政府は国家宗教の神に引っ掛けて嘘をついて「政府は永遠に不滅です」と言っていたのだ。本当は、今のみんなはマゾではないから、今のみんなにとっては政府が要らないから、今のみんなは政府を倒しているから、政府はそのうち滅んでなくなるのだ。
今はまだ政府や民主主義のことを知らない人がいるために政府が生き残っている。政府や民主主義のことを知らない人は、政府の見かけだけを見て社会科の教科書を鵜呑[うの]みにして「政府が善いことをする会社だ」「政府は民主主義をやっていて国民みんなのために善いことをしているから、国民みんなが政府を支持しているから、国民はみんな政府に従わねばならない」と思って政府に従っている。政府や民主主義のことを知らない人は政府の命令をなんでも聞いて、政府に税金を払ったり、人殺しや自殺や嫌がらせをやったり、他人の給料から税金を天引きしたり客から消費税を取ったり患者に医療保険に入らせたりする。会社の事務や商人や医者は現実を見る目がない眼先のことしかわからない馬鹿だから、政府や民主主義のことを知らないのである。政府や民主主義のことを知らない人がいるためにみんなが不幸になっている。だから、政府や民主主義のことを知っている人が政府や民主主義のことを知らない人に政府や民主主義のことを教えてみんなが政府や民主主義のことを知っているようにしないといけない。みんなで早く政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]さねばならない。

[23723] 政府は民主主義について嘘[うそ]をつくためにたくさん省庁を建てている。☆ h30.4.6
政府はマゾを喜ばせる会社である。マゾは悪いことをされるのが好きだが、マゾは道徳に反するのでマゾは自分が悪いことをされるのを隠さねばならない。だから、政府は悪いことをやって、自分が悪いことをしているのを隠すために善いことをする会社のふりをしている。
政府は善いことをする会社のふりをするために社会科の教科書に「政府は善いことをする会社である」「民主主義は政府が国民みんなの総意に則[のっと]って国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることである」と嘘を書いている。
政府は「民主主義が政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることである」という嘘を書いたために、たくさん省庁を建てて国民みんなが幸福に暮らせる国を作るためにたくさん善いことをしているように見せかけねばならなくなっている。
しかし、本当は『民主主義は国民が国民みんなを拝[おが]む遊び』であり、『政府の省庁はただ建っているだけで善いことはなにもしていない』のである。
政府は自分が善いことをする会社のふりをするために、民主主義の定義を変えて、民主主義の定義を変えたためにたくさんの省庁を建てているのである。
民主主義は本当は国民が国民みんなを拝む遊びであり、政府が民主主義をやっても国民は政府が役に立たないことをやっているとしか思わないから、政府が国民みんなのお金を無駄遣[むだづか]いする悪いことをする会社だと思うから、政府は嘘をついて「民主主義が政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ること」にしているのだ。
今は科学の時代だから、今は実在の時代だから、実在の中のことをやるのが善いことである。反対に、実在の外のことをやるのが悪いことである。空想や見かけのことをやるのが悪いことである。拝むのは悪いことである。民主主義は国民みんなを拝むことだから悪いことである。国家宗教は神を拝むことだから悪いことである。身分制は古臭い物を拝むことだから悪いことである。政府は悪いことをやっていないふりをして悪いことをしないといけないから、民主主義の意味を変えて自分が悪いことをしていないふりをして悪いことをしているのである。政府は「民主主義は政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることだ」と嘘を言って、本当は『国民みんなで選挙をやって国民みんなの代表者である議員を決めて、議員に議会をさせて、国民が議員を見ることによって国民みんなを拝めるようにしているだけ』である。同じように、政府は国家宗教の意味を変えて自分が悪いことをしていないふりをして悪いことをしているのである。政府は「国家宗教は天皇を日本の象徴にすることだ」と嘘を言って、本当は『国民が私や天皇家などの国家宗教の神を拝めるようにする』ためにテレビ番組や映画の主人公を国家宗教の神に似[に]た人物にしたり、国家宗教の神に因[ちな]んだ遊びを流行[はや]らせたりしているのである。政府は「身分制をやめた」と嘘を言って、本当は『国民に対して偉そうな態度をして身分制をやっている』のである。
政府は本当は悪い制度を定めてお金や物を強盗したり、事件や事故を起こして人殺しをしたり、悪い政策をやって嫌がらせをしたり、民主主義や国家宗教や身分制などの役に立たないことをやったりして悪いことをする会社であり、政府は自分が悪いことをしていないように見せかけるために嘘の理由を付けて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをしたり、民主主義や国家宗教や身分制に対して嘘の意味づけをして役に立たないことを善いことに見せかけて役に立たないことをやったり、水道や清掃などの善いことをちょっとしているだけである。要するに、政府は悪いことをする会社である。
昔はみんながマゾだったから、みんなが悪いことをされたかったから、みんなが政府の言うことを聞いて政府に悪いことをされて喜んでいた。
今はみんながマゾではないから、みんなが悪いことをされたくないから、みんなが政府の言うことを聞かなくなって政府に悪いことをされないようにしている。みんなが政府にお金をやらなくなって政府を潰[つぶ]している。
国民みんなの中には政府や民主主義や国家宗教や身分制のことを知らない人がいる。そういう人は政府の嘘を信じて「政府が善いことをする会社である」「民主主義が政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることである」「国家宗教が天皇を日本の象徴とすることである」「政府は身分制をやっていない」と思っている。そういう人は「政府が民主主義をやって国民みんなの支持があるから国民はみんな政府に従わなければならない」と思って政府に従っている。そういう人は政府の命令をなんでも聞いて、政府に税金や保険金を払ったり、人殺しや自殺や他人の嫌がらせをしたりする。政府や民主主義や国家宗教や身分制のことを知らない人のためにみんなが不幸になっている。だから、政府や民主主義や国家宗教や身分制のことを知っている人は知らない人に政府や民主主義や国家宗教や身分制のことを教えてみんなが政府や民主主義や国家宗教や身分制のことをしているようにしなければならない。みんなで早く政府にお金をやるのをやめて政府を倒さなければならない。この世から悪いことをする会社をなくしてみんなで幸福に暮らさねばならない。

[23724] どうして政府は民主主義をやるのか? h30.4.7
政府はマゾを喜ばせる会社である。昔はみんながマゾだったので、政府はみんなを喜ばせるためにみんなからたくさんお金や物を強盗したので、政府はすごく儲[もう]かった。
昔はみんなが物が貧しかったので、マゾの喜びか拝む喜びぐらいしかなかった。そのために、昔はみんなが民主主義や国家宗教や身分制を必死になってやっていた。
民主主義や国家宗教や身分制をやるためにはそれなりの設備が要る。民主主義や国家宗教や身分制をやるにはたくさんお金が要る。そんなことはマゾを喜ばせる会社にしかやれない。だから、どこの国でも民主主義や国家宗教や身分制はマゾを喜ばせる会社がやるのである。

だから、日本でも政府が民主主義をやるのである。政府が国民みんなに選挙をやらせて国民みんなの代表である議員を決めて、大きな国会議事堂を建てて議員に議会をやらせる。
そのうえ、時代が進んでみんなが国民みんなを拝[おが]まなくなってしまったので、政府は善いことをする会社のふりをするために嘘[うそ]をついて「民主主義とは政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ること」にしてしまったので、政府はたくさん省庁を建ててたくさん国家公務員を雇[やと]わなければならなくなった。しかし、実際には政府は依然[いぜん]として民主主義としては選挙や議会をするだけで、政府の省庁はただ建っているだけで善いことはなにもせず、国家公務員はなにも仕事をせずに給料をもらっている。国家公務員は楽珍[らくちん]なボロい仕事である。
昔はみんながマゾだったから、みんなが善いことをしてもらっているふりをして悪いことをされるのが好きだったから、みんなが政府の言うことを聞いて政府に善いことをしているふりをして悪いことをしてもらって喜んでいた。みんなが政府にみんながマゾであることを隠してもらうために政府が善いことをする会社のふりをするために「民主主義は政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることだ」と嘘を言ってもらったり、たくさん省庁を建てて公務員を遊ばせたりしてもらって喜んでいた。
しかし、今はみんながマゾではないから、みんなが善いことをしてもらっているふりをして悪いことをされるのが嫌だから、みんなが政府の言うことを聞かなくなって政府に善いことをしているふりをして悪いことをされなくなった。みんなが『民主主義は政府が選挙や議会をやって国民が国民みんなを拝めるようにすることだ』と正直に言うようになって、みんなが民主主義がくだらないことだと思うようになって、みんなが選挙や議会や政府の省庁が要らなくなっている。みんなが政府にお金をやらなくなって政府を潰[つぶ]している。
昔はみんながマゾだったので、みんなが“マゾの文化”をやっていた。マゾは表では普通に暮らして、裏では政府に悪いことをされて喜んでいた。マゾの文化には表と裏の2面がある。今はみんながマゾではないが、今でもマゾの文化が残っている。だから、今のみんなはマゾの文化の2面性に騙[だま]されないように注意しないといけない。今のみんなは昔のみんなが自分がマゾであることを隠すために作った嘘に騙されないようにして真実を見抜いて真実の世界で生きていかないといけない。今のみんなは嘘にとらわれて嘘の世界で生きていてはいけない。つまり、政府は嘘の世界では善いことをする会社だが、本当の世界では悪いことをする会社である。民主主義は嘘の世界では政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることだが、本当の世界では政府が国民に国民みんなを拝めるようにすることである。今の国民みんなにとっては政府はあってはならないし、民主主義は用がない。だから、今の国民みんなは政府を倒さねばならないのだ。
政府は本当は悪いことをする会社である。政府は強盗や殺人や嫌がらせをする会社である。政府は「政府が善いことをする会社だ」という嘘をつくために水道や清掃や役所などの仕事をやっている。政府は「民主主義は政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることだ」という嘘つくためにたくさん省庁を建てている。政府は自分の嘘のために大変無駄[むだ]なことをやっている。政府はみんながマゾであることを隠すために嘘をつかねばならなかったのだ。しかし、今の人はマゾではないから、政府はもはや嘘をつかなくてもよくなっている。だから、今の政府は『政府が悪いことをする会社だ』と正直に言って、水道や清掃や役所などの仕事をやめて水道や清掃や役所などの会社を政府から追い出して、『民主主義が政府が国民に国民みんなを拝めるようにすることだ』と正直に言ってたくさんの省庁を壊してなくしてしまえばいい。みんなも自分がマゾであることを隠すために嘘をついてきた。今はマゾでないから嘘をつかなくていい。みんなも『政府が悪いことをする会社だ』と正直に言って、みんなにとって政府は要らないから政府にお金をやらないようにして政府を倒して、水道や清掃や役所などの会社は政府とは別の会社と考えないといけない。みんなは『民主主義は政府が国民に国民みんなを拝めるようにすることだ』と考えて、政府の省庁はないものと見なさないといけない。
昔はみんながマゾだったから、自分がマゾであるために、自分がマゾであることを隠すために政府や政府の選挙や議会や省庁にたくさんお金を出していた。しかし、今はみんながマゾではないから、もはやマゾをやらなくていいからマゾを隠さなくていいから、今のみんなには政府や政府の選挙や議会や政府の省庁に出すお金はない。政府や政府の選挙や議会や省庁は滅びるしかない。
昔のみんなはマゾだったので、自分がマゾであることを隠すために嘘をついていた。昔のみんなは嘘と本当を区別して暮らしていた。昔のみんなは本当は『政府が悪いことをする会社である』ことを知っていたが、口先では「政府が善いことをする会社だ」と言っていた。昔のみんなは本当は『民主主義が国民みんなを拝むことだ』と知っていたが、口先では「民主主義は政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることだ」と言っていた。昔のみんなは嘘と本当を区別していたので現実に適応してうまく暮らすことができた。しかし、今のみんなはマゾではないので、自分がマゾであることを隠すために嘘をつかなくなっている。そのために、今のみんなは嘘と本当を区別しなくなっている。(量子力学的に言えば、嘘の世界と本当の世界が縮重[しゅくじゅう]している。)今の国民の多くは嘘を本当だと思って嘘の世界で暮らしている。そのために、現実の世界に適応できなくなって不幸に暮らさねばならなくなっている。国民の多くは「政府が善いことをする会社だ」「民主主義が政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることだ」と思って、政府に従わねばならなくなって、政府の言いなりになって政府の命令でなんでもするロボットになっている。国民の多くは早く本当のことを理解して、現実の世界に適応して幸福に暮らさねばならない。『政府が悪いことをする会社だ』『民主主義が国民が国民みんなを拝む遊びだ』と考えて、政府を無視して政府にお金をやらないようにならねばならない。
政府は嘘の世界では善いことをする会社であり国民みんなが幸福に暮らせる国を作っていて国家権力があるが、現実の世界では強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをする会社であり国民に国民みんなを拝ませているだけであり国民と平等である。政府は嘘の世界で強いだけであり、現実の世界では弱い。政府は空威張[からいば]りである。みんなは嘘に惑[まど]わされないようにして現実をしっかり見て現実の中で生きていかねばならない。

[23725] 博多は田舎[いなか]だ。 h30.4.7
博多っ子が見た目にこだわるのは博多が田舎だからだ。つまり、博多っ子が馬鹿だからだ。馬鹿は自分で自分を見る目がないから、他人の目に頼ろうとするから、見かけを繕[つくろ]うのだ。

[23726] 会社の事務は嘘[うそ]の世界で有能なだけで、現実の世界では無能である。 h30.4.7
会社の事務も本当は他人の稼[かせ]ぎからお金を取って生きているだけであり、善い人に見せるために宣伝や接待などのどうでもいい仕事をやって会社のみんなの役に立っているように見せかけているだけである。
会社の事務はもとは政府と同じように会社のみんなに悪いことをする団体である。昔はみんながマゾだったので、悪いことをされるのが好きだったので、それぞれの会社に会社のみんなに悪いことをする団体が置かれていたのである。もっとも、マゾは道徳に反することだから、マゾはマゾであることを隠さねばならないから、会社の事務は自分が善いことをしているふりをするために宣伝や接待などのどうでもいい仕事をしているのである。
昔はみんながマゾだったから、悪いことをされる以外に喜ぶことがなかったから、悪いことをされないと生きていけなかったから、会社の事務がどうしても必要だった。
反対に、今はみんながマゾではないから、面白いことがたくさんあるから、悪いことをされるのが嫌だから、会社の事務が要らなくなっている。
会社の事務は嘘の世界では宣伝や接待の仕事をやって会社のみんなを支えている立派な人だが、現実の世界では他人の稼ぎを奪って遊んでいる強盗であり何の役にも立たないゴミである。会社のみんなは嘘に惑[まど]わされずにしっかり現実を見て、会社の事務が役立たずのクズだと思ってさっさと捨ててしまわないといけない。そうすれば、みんなはもっと裕福に暮らすことができるだろう。

[23727] 今の多くの国民は政府が現実の世界でやっていることを知らない。☆ h30.4.8
昔のみんなはマゾだった。マゾは道徳に反するので、昔のみんなは嘘[うそ]をついて自分がマゾでないふりをしていた。昔のみんなは現実の世界では政府に強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをしてもらって政府に民主主義をやってもらって国民みんなを拝ませてもらって政府と平等にしながら、嘘の世界ではみんなが政府に善いことをしてもらって政府に民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作ってもらって政府に従っていることにしていた。そうやって、昔のみんなは現実の世界で政府に悪いことをしてもらって、嘘の世界で政府が悪いことをしていることを隠して幸福に暮らしていた。
反対に、今のみんなはマゾではない。そのために、今の国民の多くは政府が現実の世界でやっていることがわからなくなっている。しかし、政府が嘘の世界でやっていることは今でもそのまま残っている。そのために、多くの国民は嘘を真[ま]に受けて、政府が善いことをする会社で政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っていて国民は政府に従わなければならないと思って、政府にたくさんお金をやって政府の命令をなんでも聞いている。一方、政府は物憶えがよくて昔と同じように現実の世界ではみんなに悪いことをやって民主主義で国民に国民みんなを拝めるようにして国民と平等にして、嘘の世界では自分が善いことをする会社で民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作って国民はみんな政府に従わねばならないと言っている。国民の多くは政府の命令を聞いて、政府にお金をやったり、人殺しや自殺や嫌がらせをやったりしている。そのために、今の国民みんなが現実の世界では不幸に暮らさねばならなくなっている。国民みんなが嘘の世界では政府に幸福にされていて、現実の世界では政府に不幸にされている。
もっとも、政府が現実の世界でやっていることを知っている国民もかなりいる。そういう国民は、政府が強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをやっていて政府が民主主義で国民に国民みんなを拝めるようにしていて政府と国民が平等であることを知っているから、自分が政府に悪いことをされないために政府の言うことを聞かないようにして政府にお金をやらないようにして政府を倒している。
今の多くの国民は政府が現実の世界でやっていることがわからず、政府が嘘の世界でやっていることだけしかわかっていない。だから、政府が現実の世界でやっていることを知っている人が知らない人に政府が現実の世界でやっていることを教えてやってみんなが政府が現実の世界でやっていることを知っているようにしないといけない。そうやって、早くみんなで政府にお金をやるのをやめて政府を潰[つぶ]さなければならない。
昔はみんなが現実の世界では政府が悪いことをする会社であり国民に国民みんなを拝めるようにして政府と国民が平等であり、嘘の世界では政府が善いことをする会社であり国民みんなが幸福に暮らせる国を作っていて政府が国家権力があって国民よりも上の者であることを知っていた。だから、今のみんなも教えられればそのことがわかる。だから、知っている人が知らない人にそのことを教えてみんなが知っているようにすればいい。

[23728] 会社は小さい国である。会社の事務は会社の中の小さい政府である。 h30.4.8
昔は社員みんながマゾだった。社員みんなが悪いことをされるのが好きだった。しかし、マゾは道徳に反するので、社員みんなが嘘[うそ]をついてマゾであることを隠していた。社員みんなが作り話をやって自分が悪いことをされているのを隠していた。
会社の事務は悪いことをする団体である。昔の社員みんなは本当は会社の事務に悪いことをされていたのに、嘘をついて会社の事務が善いことをしていることにしていた。社員みんなは現実の世界では会社の事務に稼[かせ]ぎを取られたり嫌がらされたりして悪いことをされて会社の事務に宣伝や説明や接待などの役に立たないことをして遊ばせて会社の事務と平等にやっていたが、嘘の世界では会社の事務が宣伝や説明や接待などの仕事をやって会社を儲[もう]からせて会社の事務が社員みんなよりも上の者であることにしていた。昔の社員みんなは現実の世界では事務に悪いことをしてもらって、嘘の世界で事務が悪いことをしているのを隠して会社の中で幸福に暮らしていた。
今の社員みんなはマゾではない。そのために、社員の多くは事務が現実の世界でしていることを忘れている。社員の多くは事務が嘘の世界でしていることだけ憶えている。そのため、社員の多くは嘘を真[ま]に受けて、会社の事務が嘘の世界でしていることを現実の世界でしていることと勘違いをして、会社の事務が現実の世界で会社のみんなのために宣伝や説明や接待などをやって会社のみんなを儲からせて会社のみんなのために役に立っていて会社の事務が社員よりも上の者だと思って会社の事務の言いなりになっている。社員の多くは会社の事務に好き放題に自分の稼ぎを取らせている。しかし、会社の事務は現実の世界では暇つぶしに宣伝や説明や接待などのどうでもいいことをしている役立たずで社員みんなの稼ぎを取って社員みんなに嫌がらせをして遊びまわって社員みんなを不幸にしているだけである。
もっとも、今の社員の中には事務が現実の世界でしていることを知っている者もかなりいる。かなりの社員は会社の事務が宣伝や説明や接待などの仕事をやっても会社はまったく儲からず会社の事務はほかの社員から稼ぎを取って生き残っているだけで会社の事務が社員と平等であることを知っていて、事務がいないほうがいいと思って事務にお金をやらなくなって事務を潰[つぶ]している。
今の社員の多くは会社の事務が現実の世界でやっていることを知らず、嘘の世界でやっていることしか知らない。だから、会社の事務が現実の世界でやっていることを知っている者が知らない者に会社の事務が現実の世界でやっていることを教えてやって会社のみんなが会社の事務が現実の世界でやっていることを知っているようにすればいい。そうやって、会社のみんなが会社の事務にお金をやらないようにして会社の事務を潰せばいい。会社の事務の仕事はコンピューターにやってもらって会社の事務の人間をなくせばいい。

[23729] 政府は悪いことをする会社である。☆ h30.4.8
昔はみんながマゾだった。悪いことをされるのが好きだった。しかし、マゾは道徳に反するので、みんなが嘘[うそ]をついて自分がマゾでないふりをしていた。みんなが嘘をついて自分が悪いことをされていないふりをしていた。
政府は悪いことをする会社である。政府は強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをする。みんなは自分がマゾではないふりをするために「政府が善いことをする会社だ」と嘘を言っていた。みんなは嘘の理由をつけて政府が悪いことをしているのを善いことにしていることに見せかけていた。例えば、みんなは「政府がみんなのためにたくさん善いことをするためにはたくさんお金が要る」と言って政府にたくさんお金を取らせたり、「愉快魔[ゆかいま]の犯罪だ」と言って政府に事件や事故を起こして人殺しをさせたり、「みんなが健康に暮らすためには食品に不味[まず]い薬を入れねばならない」と言って政府に嫌がらせをさせたりしていた。みんなは嘘をつくだけでは弱いので、政府に実際に水道や清掃や役所などの仕事をさせて現実に政府が善いことをする会社であるかのように見せかけていた。
政府は国民に国民みんなを拝[おが]ませて喜ばせるために民主主義をやっていた。しかし、文明が進んで国民が国民みんなを拝んでも喜ばなくなった。政府が民主主義をやっても役に立たなくなった。政府が役立たずの悪い会社に見えるようになった。そのため、みんなは「民主主義が政府が国民みんなの総意で国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることだ」と嘘を言って、政府にたくさんの省庁を建てさせて、みんなは「政府が国民みんなに支持されて国家権力があるので、国民はみんな政府に従わねばならない」と嘘を言うことにした。実際には、国民は政府と平等にやって自由に政府の命令を聞いていた。
そういうわけで、政府は現実の世界では強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをして国民に国民みんなを拝ませて国民と平等であって、嘘の世界ではみんなに善いことをしてみんなが幸福に暮らせる国を作って国民がみんな政府に従っていることになったのである。
昔はみんながマゾだったので、現実の世界で政府に悪いことをしてもらって、嘘の世界で政府が悪いことをしているのを隠して幸福に暮らしていた。
しかし、今ではみんながマゾではなくなったために、多くの国民が現実の世界で政府がやっていることがわからなくなって、嘘の世界で政府がやっていることしかわからなくなっている。そのために、多くの国民が嘘の世界で政府がやっていることを現実の世界で政府がやっていることだと誤解している。多くの国民は「現実の世界で政府が善いことをして国民みんなが幸福に暮らせる国を作って政府が国民よりも上の者だ」と思って政府に従っている。多くの国民は政府の言うことをなんでも聞いて政府に高い税金を払ったり高い保険金を払ったり、人殺しや自殺や嫌がらせをしたりしている。そのために、みんなが不幸になっている。
もっとも、現実の世界で政府がやっていることを知っている国民もかなりいる。そういう国民は、現実の世界で自分が政府に悪いことをされるのが嫌なので、政府の言うことを聞かなくなって政府にお金をやらなくなって政府を倒している。法律会社や学校会社や水道会社や清掃会社や役所などにその都度[つど]お金を払って仕事をやってもらうようにしている。
今では現実の世界で政府がしていることを知らない者のためにみんなが不幸にされている。だから、現実の世界で政府がしていることを知っている者が知らない者に現実の世界で政府がしていることを教えてやってみんなが現実の世界で政府がしていることを知っているようにしないといけない。早くみんなで政府にお金をやらないようにして政府を倒さねばならない。
政府は国民にマゾの喜びを満足させるために悪いことをしたり、国民に国民みんなや神や古臭い物を拝ませたり、国民に戦争をさせたりする会社である。昔はみんなが悪いことをされたり、国民みんなや神や古臭い物を拝んだり、戦争をしたりするのが好きだったから政府が大忙[おおいそが]しだった。今はみんなが悪いことをされたり、国民みんなや神や古臭い物を拝んだり、戦争をしたりするのが面白くなってやめている。近代になるとみんなが国民みんなや古臭い物を拝むのをやめて、現代になるとみんなが神を拝むことや悪いことをされることや戦争するのをやめた。今のみんなにとっては政府が要らなくなっている。だから、今のみんなは政府にお金をやらなくなって政府を倒しているのである。
今の時代の会社は今の時代のみんなに合った仕事をしないといけない。政府は今の時代のみんなに合った仕事をしていない。政府は嘘をついて今の時代のみんなに合った仕事をしているふりをして実際にはしていない。だから、今のみんなは政府にお金をやらないようにして政府をなくさねばならない。
h30.4.9これ以後追加:昔の人は現実の世界で道徳に反することをやって、嘘の世界で道徳に反することをしていないことにしていた。つまり、嘘をついて道徳に反することをやっていないことにしていた。あるいは、嘘をついて不合理的なことをやっていないことにしていた([23730]参照)。一方、今は科学の時代だから、今の人は現実の世界だけで生きていかねばならない。今の人は嘘をついてはいけない。今の人は道徳に反することはきっぱりとやらないようにしないといけない。今の人は嘘でごまかして道徳に反することをやってはいけない。そのほうが気持ちよく生きていけるからそうしないといけない。
昔の人は現実の世界がわかって現実の世界の中で暮らしていた。しかし、昔の人は嘘をついて、現実の世界のことは言わないようにして、嘘の世界を言葉に表していた。昔の人は黙って現実の世界のことがわかっていた。今の人も現実の世界がわかって現実の世界の中で暮らさねばならない。今の人は嘘をつかないようにして、嘘の世界のことは言わないようにして、現実の世界を言葉に表さないといけない。今の人は現実の世界を理解して嘘の世界のことがわからないようにしないといけない。今の人は現実の世界を言葉で表してみんなに伝えねばならない。後世の人に伝えねばならない。

[23730] どうして政府は民主主義をやめなかったのか? h30.4.8
ずっと昔はみんなが国民みんなを拝[おが]むのが好きだった。だから、政府が選挙や議会をやって国民に国民みんなを拝めるようにしていた。
しかし、時代が進むと国民が国民みんなを拝みたい気持ちはあったが、国民みんなを拝むのが不合理的でみっともないと思うようになった。時代が進むとみんながだんだん現実の中で喜ぶようになって、拝んで喜ぶのはバカバカしいと思うようになった。そのため、国民みんなは見栄[みえ]を張るために「民主主義は政府が国民みんなの総意で国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることだ」と嘘[うそ]をついて、政府にたくさん省庁を建てさせた。しかし、その後も国民は隠れて国民みんなを拝んで喜んでいたのである。たぶん戦後になるまではそうしていたのである。
しかし、戦後の今では、さすがに国民が国民みんなを拝んで喜ぶことはない。今では政府が民主主義をやる必要がない。しかし、昔のみんなが「民主主義は政府が国民みんなの総意で国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることだ」と嘘をついていたために、今の国民の多くは昔のみんなの嘘に騙[だま]されて嘘を本気[ほんき]にして、政府に国民みんなが幸福に暮らせる国を作ってもらうために高い税金を払っているのである。しかし、本当は政府は国民に国民みんなを拝ませるために選挙や議会をやっているだけであり、政府の省庁はただ建っているだけで善いことはなにもしていないから、国民が政府にお金をやっても無駄[むだ]である。
ただ国民みんなの中には『民主主義は政府が選挙や議会をやって国民に国民みんなを拝めるようにすることである』ことを知っている者がかなりいる。だから、民主主義のことを知っている人が知らない人に民主主義のことを教えてみんなが民主主義のことを知っているようにしないといけない。そうして、早くみんなで政府にお金をやるのをやめて政府に民主主義をやめさせないといけない。

[23731] どうして政府は自衛隊を設立したのか? h30.4.8
昔はみんなが戦争をするのが好きだった。だから、実際に戦争をやった。みんなが政府にお金を集めさせてたくさん武器を作らせて戦争をやった。
戦後になっても、みんなは戦争をするのが好きだったが、戦争は人間同士が殺しあうことであり道徳に反することだと思うようになった。
そのため、みんなは「国を守るためには武器が要る」と嘘[うそ]を言って、戦後も政府に軍隊を持たせたのである。それが自衛隊である。自衛隊の正体は軍隊である。
しかし、最近は国民みんなが戦争をするのが嫌になっている。最近は国民みんなが生活が豊かになって楽しく暮らせるようになって戦争するのが馬鹿らしくなって戦争が嫌になったのだ。
だから、最近はみんなが政府にお金をやらなくなって自衛隊を潰[つぶ]している。
そもそも人間に“戦争をする喜び”があるのは、昔は人間が物が貧しくて自分が生きるためには他人を殺して他人の物を奪わなければならなかったからである。今ではみんなが物が豊かになって他人を殺して他人の物を奪う必要がなくなったから、“戦争をする喜び”もなくなったのだ。

[23732] どうしてガウスは非ユークリッド幾何学を発表しなかったのか? h30.4.9
非ユークリッド幾何学では直線が曲線である。非ユークリッド幾何学では直線の意味が曲線である。それで矛盾のない幾何学の世界が作れるのである。
それと同じように、政府論では政府が悪いことをする会社である。民主主義が政府が国民に国民みんなを拝ませてやることである。社会科の教科書では、政府が善いことをする会社で民主主義が政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることなのに、本当は政府は悪いことをする会社であり民主主義は政府が国民に国民みんなを拝ませてやることなのである。本当は政府は悪いことをする会社であり民主主義は政府が国民に国民みんなを拝ませてやることなのに、昔のみんなはマゾだったので、マゾは道徳に反することだったので、昔のみんなは自分がマゾであることを隠すために、また昔のみんなは拝むのが好きだったので、拝むのは不合理的でみっともないことだったので、昔のみんなは自分が拝むのが好きであることを隠すために、嘘[うそ]をついて政府が善いことをする会社であり民主主義が政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作っていることにして矛盾のない嘘の社会を作り出していたのである。
ガウスは近代ドイツの最大の数学者である。正17角形を作図したり正規分布を発見した人である。言葉を話すよりも先に数学をやっていたと言われている。ガウスは音楽のモーツアルトみたいな人である。
ガウスは非ユークリッド幾何学の研究をしていたのに、その結果を発表しなかった。非ユークリッド幾何学における三角形の内角の和の公式や三角形の面積の公式を発表しなかった。そんなことをすると、みんなが自分がマゾであることを隠すために自分が拝むのが好きであることを隠すために政府や民主主義について嘘をついていることのイヤミを言っていると思ってみんなの反感を買うことになるからである。ガウスはみんなの反感を買うことを恐れて自分の非ユークリッド幾何学の研究を死ぬまで発表しなかったのである。
昔はみんながマゾで拝むのが好きだった。しかし、今はみんながマゾではないし拝むのが好きではない。昔はみんながマゾで拝むのが好きだったから自分がマゾで拝むのが好きであることを隠すために政府や民主主義について嘘をつかねばならなかった。今ではみんながマゾではなく拝むのが好きではないから、もはや自分がマゾであることや拝むのが好きであることを隠す必要はないから、政府や民主主義について嘘をつかなくていい。今のみんなは正直に政府や民主主義のことを言えばいい。今のみんなは政府が悪いことをする会社であり民主主義が政府が国民に国民みんなを拝ませることであることをそのまま言えばいい。テレビや本はいまだに政府が善いことをする会社であり民主主義が政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることだと言っている。テレビ局や出版社は古臭い。みんなはテレビ局や出版社を放[ほう]っておいて、自分で政府が悪いことをする会社であり民主主義が政府が国民に国民みんなを拝ませることだと言って、今のみんなにとっては政府も民主主義も要らないと思って政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]せばいいのである。

[23733] 今は科学の時代だから、みんなは実在の中で喜んでいる。 h30.4.9
昔は文学の時代だった。昔の人にとっては心が第一で、現実はどうでもよかった。昔の人は自分の心の喜びのためになら現実の世界で自分が死んでもどうなってもよかった。それが昔の人にとっては常識だった。だから、昔の人は自分の“戦争をする喜び”のために喜んで敵と戦って死んだし、自分の“マゾの喜び(つまり悪いことをされる喜び)”のために喜んで政府に殺されたのである。
反対に、今は科学の時代である。今の人にとっては実在が第一で、心は第二である。今の人はまず実在を知って、実在の中で自分の心を満足して幸福になっている。それが今の人にとっては常識である。だから、今の人はテレビを見たりゲームをやったりしておとなしく遊ぶだけで、戦争をしたり政府に悪いことをされたりしなくなったのである。今の人は政府に悪いことをされなくてもいいので、政府にお金をやらなくなって政府を潰[つぶ]しているのである。
昔は文学の時代だったから、みんなは実在の外で喜んでいた。みんなが自分の心の喜びのためだけに生きていて、みんなは自分の心の喜びさえ得られれば実在の中ではどうなってもよかった。反対に、今は科学の時代だから、みんなは実在の中で喜んでいる。みんなが実在のことをよく知って実在の中で自分が幸福になって不幸にならないようにして無難[ぶなん]に生きている。

[23734] 道路の費用について h30.4.10
自動車税とか自賠責保険[じばいせきほけん](自動車損害賠償責任保険)とかは道路とは関係ない。
道路の維持費や道路の建設費は自動車を買うときの代金やガソリン代で賄[まかな]われている。
政府に払う自動車税や自賠責保険は道路のこととはまったく関係ない。政府は「自動車税で道路を作っている」「自賠責保険で事故にあったらお金を出す」と嘘[うそ]をついて、本当は自分のお金にしているだけである。政府の仕事は嘘をついて善いことをしているふりをして強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをすることと、「民主主義は政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることだ」と嘘をついて実際には選挙や議会をやって国民に国民みんなを拝ませてやるだけなのと、政府が実際に善いことをしていると見せかけるために水道や清掃や役所などの仕事をすることである。だから、実際には政府は道路のことをやっていない。政府に払う自動車税や自賠責保険は政府にお金を強盗させるために払っているだけである。だから、政府にお金を強盗されてうれしくない者は政府に自動車税や自賠責保険を払わなければいい。
国民が自分が事故を起こして他人に迷惑をかけたら、自分でちゃんと相手にお金を払って謝[あやま]ればいい。保険に入る必要なんかない。保険に入ったら、謝罪費の上に政府に食わせるお金まで払わねばならないので国民にとって損である。政府に限らず保険会社の仕事は強盗である。保険会社は政府を真似[まね]て建てた会社である。政府は「国民が病気になったらお金を出す」という名目[めいもく]で国民から医療保険費を取っている。しかし、実際にはほとんどを自分のお金にしている。政府は強盗のいいわけに「国民が病気になったらお金を出す」と言っているだけである。保険会社は「国民が事故や災害にあったらお金を出す」という名目で、実際にはほとんどを自分のお金にしている。保険会社は国民からお金を強盗する会社である(ただし国民と平等である)。保険会社は善いことをするふりをして悪いことをする会社である。テレビコマーシャルにつられて保険に入るのは馬鹿だ。みんなで保険に入るのをやめて保険会社なんか潰[つぶ]してなくしてしまえばいい。国民みんなは昔のように医者に直接にお金を払って病気を治してもらって、相手から直接に謝罪費をもらえばいいのである。
政府の法律では「国民が自賠責保険に入らないと懲役1年以下か50万円以下の罰金か免許停止になる」ことになっているが、これは嘘である。政府は法律の仕事をやっているが、そもそも政府は悪いことをする会社だから、政府の法律は国民に悪いことをするための法律だから、政府の法律は本当の法律ではないから、政府の法律は嘘の法律だから、国民みんなは政府の法律を守らなくていい。本当の法律では『国民が自賠責保険に入るか入らないかは国民の自由である。国民が自賠責保険に入らなくても罰則はない。』だから、国民みんなは自賠責保険に入らないようにして、安全運転をして他人に迷惑をかけないようにすればいい。
現実の政府を知らない人は政府の法律を真[ま]に受けて自賠責保険に入るが、現実の政府を知っている人は政府の法律を無視して自賠責保険に入らない。一度[いちど]現実の政府を知ってしまったら二度と現実の政府を知らないことには戻れない。だから、現実の政府を知っている人は自賠責保険に入らなければいいのである。

[23735] 今の国民みんなは政府が嘘[うそ]をついて悪いことをすることを認めていない。 h30.4.10
昔は国民みんながマゾだったが、マゾは道徳的にはやってはいけないことだったので、国民みんなが自分がマゾであることを隠すために政府に嘘をつかせて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをさせていた。政府は「国民みんなに善いことをするため」と言って本当は善いことはなにもせずに国民からお金を取ったり、「犯人の究明に全力を尽くす」と言って自分で事故を起こして人殺しをしたり、「水道水を消毒するためには塩素を入れねばならない」と言って水道水にありったけ塩素を入れて水道水を不味[まず]くして国民みんなに嫌がらせをしたりしていた。国民みんなは政府に悪いことをされて喜んでいた。政府の嘘は国家公認の嘘だった。政府が嘘をついて悪いことをすることは国民みんなが認めていた。
昔は国民みんなが国民みんなを拝むのが好きだったが、国民みんなを拝むことは不合理的でみっともないことだったので、国民みんなが政府に「民主主義は政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることだ」と嘘をつかせて政府にたくさん形だけの省庁を建てさせて、政府が国民みんなに国民みんなを拝ませることを政府が国民みんなのために善いことをすることに見せかけて政府が国民みんなに国民みんなを拝ませることをさせていた。国民みんなは政府に国民みんなを拝ませてもらって喜んでいた。政府の嘘は国家公認の嘘だった。政府が嘘をついて国民みんなに国民みんなを拝ませることは国民みんなが認めていた。
しかし、今は国民みんながマゾではない。今は国民みんなが自分がマゾであることを隠さなくていい。今の国民みんなは政府に嘘をついて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをされたくない。だから、今の国民みんなは『政府は嘘をついて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをやっている』『政府は強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをやっている』と言って、政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]している。
今は国民みんなが国民みんなを拝むのが好きではない。今は国民みんなが自分が国民みんなを拝むのを隠さなくていい。今の国民みんなは政府に嘘をついて政府が国民みんなに国民みんなを拝ませていることを政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることに見せかけて政府が国民みんなに国民みんなを拝ませてもらわなくていい。だから、今の国民みんなは『政府は選挙や議会をやって国民に国民みんなを拝ませているだけだ。政府の省庁はなんにも善いことをやっていない』と言って、政府にお金をやらないようにして政府を潰している。
政府は現実には強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをしたり、選挙や議会をやって国民みんなに国民みんなを拝ませたり、水道や清掃や役所などのことしかしていない。政府が国民みんなにいろんな善いことをして国民みんなが幸福に暮らせる国を作っているのは嘘である。昔の国民みんなは悪いことをされたり国民みんなを拝むのが好きだったから政府が必要だった。昔の国民みんなは政府にたくさんお金をやって政府に悪いことや国民みんなを拝ませることをやってもらっていた。反対に、今の国民みんなは悪いことをされたり国民みんなを拝むのが好きではないから政府が要らない。だから、今の国民みんなは政府にお金をやらないようにして政府を倒しているのである。政府は水道や清掃や役所以外には今の国民みんなにとって必要なことはなにもやっていないから、今の国民みんなは水道代や清掃代や役所代だけ払って、政府にお金をやらないようにして政府を倒せばいいのである。

[23736] 政府は“政府が現実の世界でやっていることを知らない者”に命令して悪いことをさせている。 h30.4.10
昔のみんなはマゾで国民みんなを拝むのが好きだった。そのため、昔のみんなは政府に強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをしてもらって、選挙や議会をやって国民みんなを拝めるようにしてもらって喜んでいた。みんなは自分がマゾでないふりをするために「政府は善いことをする会社だ」と嘘[うそ]を言っていた。みんなは自分が国民みんなを拝んでいないふりをするために「政府は国民みんなが幸福に暮らせる国を作る会社だから、政府には国家権力があるから、国民は政府に従わねばならない」と嘘を言って、政府にたくさん見かけだけの省庁を建ててもらって、政府と平等にやっていた。昔のみんなは現実と嘘を区別して自分が幸福になるように上手[じょうず]に生きていた。
一方、今のみんなはマゾではないし国民みんなを拝むのが好きではない。そのため、今の国民の多くは政府が現実の世界でやっていることがわからなくなって、政府が嘘の世界でやっていることしかわからなくなっている。そのために、今の国民の多くは政府が嘘の世界でやっていることを政府が現実の世界でやっていることと誤解して「政府が善いことをして、国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と思っている。今の国民の多くは「政府は国民みんなのために善いことをしているから、国民みんなは政府を支持しているから、国民は政府に従わねばならない」と思って政府に従っている。国民の多くは政府の命令でみんなに高い税金や保険金を払わせたり、人殺しや嫌がらせや自殺をしたり、国民みんなを不幸にする悪い文化を流行[はや]らせたりしている。今の国民の多くは現実と嘘を混同して自分や他人を不幸にしている。
しかし、国民みんなの中には政府が現実の世界でやっていることを知っている者もいる。かなりいる。そういう者は『政府は強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをしていて、選挙や議会をやって国民に国民みんなを拝ませていて、政府と国民は平等である』ことを知っているから、政府の命令を聞かないようにして政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]している。政府の命令を聞かないようにして悪いことをしないようにしている。
政府は“政府が現実の世界でやっていることを知らない者”に命令して悪いことをさせてみんなを不幸にしている。“政府が現実の世界でやっていることを知らない者”のためにみんなが不幸にされている。だから、政府が現実の世界でやっていることを知っている者が知らない者に政府が現実の世界でやっていることを教えてやってみんなが政府が現実の世界でやっていることを知っているようにしないといけない。早くみんなで政府の言うことを聞くのをやめて政府にお金をやるのをやめて政府を倒さねばならない。

[23737] 会社の事務は会社を自分の食い物にしている。 h30.4.10
昔はみんながマゾだった。しかし、マゾは道徳に反することだったので、みんなが自分がマゾであることを隠さねばならなかった。そのために、昔は社員みんなが会社の事務に悪いことをさせて、社員みんなが嘘[うそ]をついて会社の事務が悪いことをしていることを善いことをしていることに見せかけていた。昔は社員みんなが会社の事務に自分の稼[かせ]ぎを取らせて、会社の事務に宴会をやらせて社員みんなにやりたくない芸をやらせて嫌がらせをさせていた。みんなは「事務は宣伝や説明や接待をやって会社を儲[もう]からせて会社のみんなのために善いことをしているから、会社のみんなは事務にお金をやらねばならない」「会社の事務は偉い人だから、楽な仕事ができるのであって、社員みんなは会社の事務に従わねばならない」「社員みんなの親睦[しんぼく]を深めるために宴会では社員みんなが芸をしないといけない」と嘘を言って、会社の事務が善いことをしていて、会社の事務に社員みんなが従っていることにしていた。実際には会社の事務は遊びまわって会社にとって役に立つことはなにもせず、社員は事務と平等にやっていた。
つまり、会社の事務は現実の世界では社員みんなからお金を取ったり社員みんなに嫌がらせをしている悪い組織であって宣伝や説明や接待などの役に立たないことをやっていて社員と平等だが、嘘の世界では宣伝や説明や接待などの仕事をやって会社を儲からせている善い組織であって社員よりも上だから社員みんなが従わねばならない。
しかし、今はみんながマゾではなくなっている。今はみんなが自分がマゾであることを隠さなくてもよくなっている。しかし、今ではみんながマゾではなくなっているために、社員の多くが事務が現実にやっていることを知らなくなっている。社員の多くは嘘に騙[だま]されて嘘を本気にして「会社の事務は宣伝や説明や接待をやって会社を儲からせてくれているから、会社の事務は偉い人だから、社員みんなは会社の事務に従わなければならない」と思って会社の事務の言いなりになっている。社員の多くは会社の事務に自分の稼ぎの大半をやって、会社の事務の嫌がらせをおとなしく我慢[がまん]している。
もっとも、社員の中には会社の事務が現実にやっていることを知っている者もいる。そういう社員は『会社の事務は他人の稼ぎで食っているだけの役立たずだ』『会社の事務は自分が仕事をしているふりをするために宣伝や説明や接待をやっているだけで、無駄[むだ]なことをやっているにすぎない』『会社の製品が良かったら売れて悪かったら売れないだけだ』と考えて、会社の事務にお金をやらなくなって会社の事務を潰[つぶ]している。
会社の事務が現実にやっていることを知らない者のために社員みんなが会社の事務に嫌がらせをされて社員みんなの給料が安くなっている。だから、会社の事務が現実にやっていることを知っている者が知らない者に会社の事務が現実にやっていることを教えてやってみんなが会社の事務が現実にやっていることを知っているようにしないといけない。社員みんなで会社の事務にお金をやらないようにして会社の事務を潰さないといけない。(平賀源内が“土用[どよう]の丑[うし]の日”と言ってウナギの蒲焼[かばやき]が売れるようにしたのは、当時(江戸中期)の国民みんながヨーロッパが産業革命をやったことを知っていてヨーロッパ文化を欲していて早く幕府が倒れて政府に変わればいいと思っていたからである。土用の土はプラスとマイナスで正と負で政府のことで、丑は牛で天皇家のことで、ウナギは丸くて長いから天皇家のことで、平賀源内は当時の国民みんなのヨーロッパ熱に乗っかって政府や天皇家に引っ掛けてウナギの蒲焼を売れるようにしたのだ。昔のみんなは駄洒落[だじゃれ]が大好きだったのでそんなことで宣伝できた。しかし、今のみんなは物が豊かになって面白いことがいっぱいあって駄洒落がつまらなくなっているから、そんなことでは宣伝にならない。今の人は物がいいか悪いかだけで物を買うから、宣伝は効かないから文系は要らない。実際にウナギが夏バテに効くとは思えない。土用の丑の日がたまたま夏だっただけだ。夏にウナギを食べる根拠はない。昔のみんながウナギを買っていたから、今のみんなもウナギを買っているだけだ。今のみんなは夏バテにはもっと栄養のあるものを食べないといけない。)

[23738] 宗教団体や信者は嘘[うそ]の世界を現実の世界だと思って悪いことをやっている。☆ h30.4.10
昔はみんながマゾだったが、マゾは道徳に反するので隠れてマゾをやっていた。そのため、宗教団体は嘘をついて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをやっていた。例えば、宗教団体は「神の世界を実現するためにはお金が要る」と言ってみんなからお金を取ったり、「悪魔の仕業[しわざ]だ」と言って人殺しをしたり、「神が野菜しか食べてはいけないと言った」と言ってみんなに野菜しか食べさせないようにしてみんなの嫌がらせをしていた。昔はみんなが神を拝むのが好きだったが、神を拝むのがみっともないので隠れて神を拝んでいた。宗教団体は「神は人間よりも上の者だから、神は超絶[ちょうぜつ]に頭がいいから、神の教えに従えば現実に幸福になれる」と嘘を言ってみんなに神の教えを学ばせるふりをして神を拝ませていた。
つまり、宗教団体は現実の世界ではみんなに強盗や殺人や嫌がらせをするみんなに悪いことをする団体でみんなに神を拝ませていてみんなと平等だったが、嘘の世界ではみんなに善いことをする団体でみんなに神の教えを学ばせてみんなを現実に幸福にして神が上の者だからみんなは宗教団体に従わなければならなかった。
しかし、今はみんながマゾではないし、神を拝むのも好きではない。そのため、今の多くの人は宗教団体が現実にやっていることがわからなくなって嘘でやっていることしかわからない。今の多くの人は宗教団体が嘘でやっていることを現実にやっていることと誤解している。多くの人は「宗教団体がみんなに神の教えを学ばせてみんなを幸福にするから、神は人間よりも上の者だから宗教団体に従わねばならない」と思って宗教団体の言いなりになって、宗教団体の命令を聞いてたくさんお金をやったり、人殺しや嫌がらせをやったり、悪い習慣を流行[はや]らせたりしている。多くの人は「自分たちは神に従っているから普通の人よりも上だ」と思って、みんなに悪いことをしてみんなからお金を取ったりみんなに嫌がらせをしたりする。
もっとも、宗教団体が現実にやっていることを知っている者もいる。かなりいる。そういう者は『宗教団体は強盗や殺人や嫌がらせをする悪い団体で、みんなに神を拝ませて役に立たないことをやって、みんなと平等である』と考えて、今のみんなにとっては宗教団体は役に立たないから宗教団体にお金をやらないようにして宗教団体を潰[つぶ]している。
今では現実の宗教団体を知らない者が宗教団体の言いなりになってみんなに悪いことをやってみんなを不幸にしたり、自分の独断でみんなに悪いことをやってみんなを不幸にしたりしている。だから、現実の宗教団体を知っている人が現実の宗教団体を知らない人に現実の宗教団体を教えてみんなが現実の宗教団体を知っているようにしないといけない。みんなで宗教団体にお金をやらないようにして宗教団体を潰さないといけない。自分の独断でみんなに悪いことをやってはいけない。
神は本当は超能力者のように見える人間のことであって、つまり神は人間であって、けっして人間よりも上の者ではない。神は本当は人間と平等であって、人間よりも上の者であるのは嘘である。だから、現実の世界では宗教団体や宗教団体の信者は人間と平等である。宗教団体や宗教団体の信者は現実の世界では人間と平等であって、嘘の世界で人間よりも上なだけである。だから、現実の世界の中では宗教団体や宗教団体の信者はみんなと平等にしないといけない。宗教団体や宗教団体の信者が上の者をやるのは冗談の世界の中だけにしないといけない。

[23739] 暴力団は「自分が悪者である」ことにして悪いことをする団体である。☆☆ h30.4.10
昔はみんながマゾだったが、マゾは道徳に反するので隠れてマゾをやっていた。そのため、暴力団は嘘[うそ]をついて悪いことを善いことに見せかけて悪いことをやっていた。例えば、暴力団は「自分は悪者です」と言ってみんなからお金を取ったり、「自分が悪いことをやった」と言って人殺しをしたり、「自分が悪者だから」と言ってみんなの嫌がらせをしていた。昔はみんなが暴力団を拝むのが好きだったが、暴力団を拝むのがみっともないので隠れて暴力団を拝んでいた。暴力団は「自分に逆らうと殺すぞ」と嘘を言ってみんなを脅[おど]してみんなに暴力団を拝ませていた。(身分制ではもともと身分の高い者(つまり暴力団)と身分が低い者が平等なので、たとえ文明が進んでみんなが身分が高い者を拝むのがみっともなくなって隠れて拝むようになっても、身分が高い者が暴力でみんなを脅して拝ませていることにすればいいので、身分の高い者が嘘の世界では悪い者であり下の者っぽいので、嘘の世界においても身分が高い者(つまり暴力団)が宗教団体のように上の者にならずに政府のように国家権力を持たずにみんなと平等のままなのである。)
つまり、暴力団は現実の世界ではみんなに“マゾの喜び”を与えるためにみんなに悪いことをする団体でみんなに暴力団を拝ませてみんなと平等だが、嘘の世界では“自分が悪者である”ためにみんなに悪いことをする団体でみんなに暴力をふるためにみんなは暴力団に従わなければならないのだ。
しかし、今はみんながマゾではないし、暴力団を拝むのも好きではない。そのため、今の多くの人は暴力団が現実にやっていることがわからなくなって嘘でやっていることしかわからなくなっている。今の多くの人は暴力団が嘘でやっていることを現実にやっていることと誤解している。多くの人は「暴力団はみんなに暴力をふるからみんなは暴力団に従わねばならない」と思って暴力団の言いなりになって、暴力団の命令を聞いてたくさんお金をやったり、人殺しや嫌がらせをやったりしている。
もっとも、暴力団が現実にやっていることを知っている者もいる。そこそこいる。そういう者は『暴力団は自分が悪いせいにして強盗や殺人や嫌がらせをする団体で、みんなに暴力団を拝ませていて、みんなと平等である』と考えて、今のみんなにとっては暴力団は役に立たないから暴力団にお金をやらないようにして暴力団を潰[つぶ]している。
今では現実の暴力団を知らない者が暴力団の言いなりになって悪いことをやってみんなを不幸にしている。だから、現実の暴力団を知っている人が現実の暴力団を知らない人に現実の暴力団を教えてみんなが現実の暴力団を知っているようにしないといけない。みんなで暴力団にお金をやらないようにして暴力団を潰さないといけない。

[23740] 昔はみんなが嘘[うそ]つきだった。 h30.4.11
昔の人(昔のみんな)はマゾだったが、マゾが道徳に反することなので隠れてマゾをやっていた。昔の人は政府(政治団体)に強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをされていたが、嘘をついて政府が悪いことをしていることを隠していた。昔の人は「政府が善いことをする会社」であり、「政府が善いことをするために国民からお金を取っている」ことにして政府に強盗させたり、「誰かほかの人が悪いことをした」ことにして政府に人殺しをさせたり、「政府がみんなのためを思ってやっている」ことにして政府に嫌がらせをさせたりした。昔の人は政府に実際に水道や清掃や役所などの仕事をさせて、「政府が現実の世界で善いことをしている」ように見せかけていた。(h30.4.12追加:日本人は頭がよくて現実がわかって現実的だから自分が社会の中で幸福に暮らすために自分から法律を守る。日本人はもともと悪いことをしないから、役所は要らないかもしれない。)
昔の人は国民みんなを拝[おが]むのが好きだった。しかし、国民みんなを拝むのが不合理的でみっともないと思っていたので隠れて国民みんなを拝んでいた。昔の人は嘘をついて「政府が民主主義で国民みんなの総意に基[もと]づいて国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」ことにして、政府にたくさんの見かけだけの省庁を建てさせて、国民みんなを拝んでいないふりをして国民みんなを拝んでいた。(「政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」のは嘘なのだから、政府のたくさんの省庁が本当に国民みんなが幸福に暮らせる国を作ったら嘘が嘘でなくなってしまうからいけない。だから、政府のたくさんの省庁はただ建っているだけで実際に仕事をしていないのだ。)
今の人(今のみんな)はマゾではない。今の人は国民みんなを拝むのが好きではない。そのために、国民の多くが『政府が悪いことをする会社で、国民に国民みんなを拝ませている』ことがわからなくなっている。国民の多くは昔の人がついていた嘘を真[ま]に受けて「政府が善いことをする会社であり、政府が国民みんなの総意に基づいて国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と思って「政府は国民みんなに支持されているから、政府には国家権力があるから、国民は政府に従わねばならない」と思って、政府に従っている。国民の多くは政府の命令をなんでも聞いて、政府に税金や保険金を払ったり、人殺しや嫌がらせや自殺をしたり、国民みんなを不幸にする悪い文化を流行[はや]らせたりしている。そのために、国民みんなが不幸にされている。
もっとも、国民の中には『政府が悪いことをする会社で、国民に国民みんなを拝ませている』ことを知っている者もいる。かなりいる。かなりの国民は昔の人がついていた嘘を真に受けず『政府が悪いことをする会社』であり『政府は国民みんなを拝ませているだけだ』と思って『政府と国民が平等だ』と思って政府に従っていない。かなりの国民は政府の命令を無視して、政府に税金や保険金を払わず、人殺しや嫌がらせや自殺をせず、悪い文化を流行らせたりしていない。
『政府が悪いことをする会社で、国民に国民みんなを拝ませている』ことを知らない者がいるために国民みんなが不幸にされている。だから、『政府が悪いことをする会社で、国民に国民みんなを拝ませている』ことを知っている者が『政府が悪いことをする会社で、国民に国民みんなを拝ませている』ことを知らない者に『政府が悪いことをする会社で、国民に国民みんなを拝ませている』ことを教えてみんなが『政府が悪いことをする会社で、国民に国民みんなを拝ませている』ことを知っているようにしないといけない。はやくみんなで政府の命令を聞かないようにして政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]さないといけない。
昔の人は嘘の世界を作り出して嘘の世界で現実の世界を隠しながら生きていた。昔の人は嘘の世界を利用しながら現実の世界で生きていた。今は科学の時代である。今の人は現実の世界の中で生きている。今の人は嘘の世界を作らずに現実の世界の中だけで生きて行かねばならない。嘘の世界があると世の中が面倒くさいことになる。多くの人が嘘の世界と現実の世界を混同してまちがったことをする。だから、今の人は二度と嘘の世界を作ってはいけない。

[23741] 昔のみんなは嘘[うそ]つきだった。 h30.4.11
昔のみんなはマゾだったが、マゾが道徳に反することなので隠れてマゾをやっていた。昔のみんなは宗教団体に強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをされていたが、嘘をついて宗教団体が悪いことをしていることを隠していた。昔のみんなは「宗教団体が善いことをする団体」であり、「宗教団体が神に適[かな]った世界にするためにみんなからお金を取っている」ことにして宗教団体に強盗させたり、「悪魔が悪いことをした」ことにして宗教団体に人殺しをさせたり、「宗教団体がみんなを神に従わせている」ことにして宗教団体に嫌がらせをさせたりした。昔のみんなは宗教団体に実際に乞食[こじき]のための食堂の仕事をさせて「宗教団体が現実の世界で善いことをしている」ように見せかけていた。
昔のみんなは神を拝[おが]むのが好きだった。しかし、神を拝むのが不合理的でみっともないと思っていたので隠れて神を拝んでいた。昔のみんなは嘘をついて「神は人間よりも上の者なので、人間は神に従わねばならない」ことにして、神を拝むことを神に従うことに見せかけて神を拝んでいないふりをして神を拝んでいた。
今のみんなはマゾではない。今のみんなは神を拝むのが好きではない。そのために、多くの人が『宗教団体が悪いことをする団体で、みんなに神を拝ませている』ことがわからなくなっている。多くの人は昔のみんながついていた嘘を真[ま]に受けて「宗教団体が善いことをする団体であり、神が人間よりも上の者だから人間は神に従わねばならない」と思って「宗教団体は神に近い者だから、みんなは宗教団体に従わねばならない」と思って、宗教団体に従っている。多くの人は宗教団体の命令をなんでも聞いて、宗教団体にたくさんお金をやったり、人殺しや嫌がらせや自殺をしたりしている。そのために、国民みんなが不幸にされている。さらに、多くの人は「神は人間よりも上の者だから、神に従っている者が神に従わない者よりも上だ」と思って、神に従わない者からお金や物を取ったり神に従わない者を殺したり嫌がらせたして悪いことをしている。
もっとも、『宗教団体が悪いことをする団体で、神を拝ませている』ことを知っている者もいる。かなりいる。かなりの人は昔のみんながついていた嘘を真に受けず『宗教団体が悪いことをする団体』であり『宗教団体は神を拝ませているだけだ。』『神は“超能力者のように見える人間”であり、要するに神は人間であり、神と人間は平等だ』と思って『宗教団体と人間が平等だ』と思って宗教団体に従っていない。かなりの人は宗教団体の命令を無視して、宗教団体にお金をやらず、人殺しや嫌がらせや自殺をしていない。もちろん、神に従わない者に悪いことなどしていない。
『宗教団体が悪いことをする団体であり、神が超能力者のように見える人間である』ことを知らない者がいるためにみんなが不幸にされている。だから、『宗教団体が悪いことをする団体であり、神が超能力者のように見える人間である』ことを知っている者が『宗教団体が悪いことをする団体であり、神が超能力者のように見える人間である』ことを知らない者に『宗教団体が悪いことをする団体であり、神が超能力者のように見える人間である』ことを教えてみんなが『宗教団体が悪いことをする団体であり、神が超能力者のように見える人間である』ことを知っているようにしないといけない。はやくみんなで宗教団体の命令を聞かないようにして宗教団体にお金をやらないようにして宗教団体を潰[つぶ]さないといけない。
昔の人は嘘の世界を作り出して嘘の世界で現実の世界を隠しながら生きていた。昔の人は嘘の世界を利用しながら現実の世界で生きていた。今は科学の時代である。今の人は現実の世界の中で生きている。今の人は嘘の世界を作らずに現実の世界の中だけで生きて行かねばならない。嘘の世界があると世の中が面倒くさいことになる。多くの人が嘘の世界と現実の世界を混同してまちがったことをする。だから、今の人は二度と嘘の世界を作ってはいけない。

[23742] 昔はみんなが嘘[うそ]つきだった。 h30.4.11
昔はみんながマゾだったが、マゾが道徳に反することなので隠れてマゾをやっていた。昔はみんなが“自分が悪いことをされて喜ぶために”暴力団に強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをされていたが、嘘をついて暴力団が“みんなを喜ばせるために”悪いことをしていることを隠していた。昔はみんなが「暴力団が自分の悪い欲望のために悪いことをする団体である」ことにして、「暴力団は自分が遊び代が欲しいのでみんなからお金を取っている」ことにして暴力団に強盗させたり、「暴力団が人殺しが好きな」ことにして暴力団に人殺しをさせたり、「暴力団は意地悪[いじわる]である」ことにして暴力団に嫌がらせをさせたりした。
昔はみんなが暴力団を拝[おが]むのが好きだった。しかし、暴力団を拝むのが不合理的でみっともないと思っていたので隠れて暴力団を拝んでいた。昔はみんなが嘘をついて「暴力団がみんなを暴力で脅[おど]して無理やりみんなを従わせている」ことにして、みんなが好きで暴力団を拝んでいることを暴力団がいやいやみんなを従わせていることに見せかけてみんなが好きで暴力団を拝んでいた。
今はみんながマゾではない。今はみんなが暴力団を拝むのが好きではない。そのために、多くの人が『暴力団がマゾを喜ばせるために悪いことをする団体で、みんなが自分のほうから暴力団を拝んでいる』ことがわからなくなっている。多くの人は昔のみんながついていた嘘を真[ま]に受けて「暴力団が悪いことをするのが好きな犯罪組織であり、暴力団が暴力をふってみんなを従わせている」と思って、暴力団に従っている。多くの人は暴力団の命令をなんでも聞いて、暴力団にたくさんお金をやって、暴力団に暴力をふられたり嫌がらされたりしている。多くの人は暴力団の言うことを聞いて他人に悪いことをやっている(多くの人が暴力団と組んで悪いことをやっているのかもしれない。国民が自分が馬鹿なふりをして暴力団の正体を知らないことにして暴力団を後ろ盾にして悪いことをやっているのかもしれない)。そのために、みんなが不幸にされている。
もっとも、『暴力団がマゾを喜ばせるために悪いことをする団体で、みんなが自分の意思で暴力団を拝んでいた』ことを知っている人もいる。かなりいる。かなりの人が昔のみんながついていた嘘を真に受けず『暴力団がマゾを喜ばせるために悪いことをする団体』であり『みんなが自分のほうから暴力団を拝んでいる』と思って『暴力団と国民は平等だ』と思って暴力団に従っていない。かなりの人は暴力団の命令を無視して、暴力団にお金をやらず、暴力団に暴力をふられたり嫌がらされたりしていない。もちろん、暴力団の命令で他人に悪いことをやったりもしていない。
『暴力団がマゾを喜ばせるために悪いことをする団体で、みんなが自分のほうから暴力団を拝んでいる』ことを知らない者がいるためにみんなが不幸にされている。だから、『暴力団がマゾを喜ばせるために悪いことをする団体で、みんなが自分のほうから暴力団を拝んでいる』ことを知っている者が『暴力団がマゾを喜ばせるために悪いことをする団体で、みんなが自分のほうから暴力団を拝んでいる』ことを知らない者に『暴力団がマゾを喜ばせるために悪いことをする団体で、みんなが自分のほうから暴力団を拝んでいる』ことを教えてみんなが『暴力団がマゾを喜ばせるために悪いことをする団体で、みんなが自分のほうから暴力団を拝んでいる』ことを知っているようにしないといけない。はやくみんなで暴力団の命令を聞かないようにして暴力団にお金をやらないようにして暴力団を潰[つぶ]さないといけない。
昔の人は嘘の世界を作り出して嘘の世界で現実の世界を隠しながら生きていた。昔の人は嘘の世界を利用しながら現実の世界で生きていた。今は科学の時代である。今の人は現実の世界の中で生きている。今の人は嘘の世界を作らずに現実の世界の中だけで生きて行かねばならない。嘘の世界があると世の中が面倒くさいことになる。多くの人が嘘の世界と現実の世界を混同してまちがったことをする。だから、今の人は二度と嘘の世界を作ってはいけない。

[23743] 人間が実在がわかるためには実在に目を向けようとする気持ちがなければならない。 h30.4.12
人間は実在を知り実在の中で自分の心を満足すれば幸福になれる。
だから、人間にとっては実在を知ることが一番大事だ。
人間が実在を知るために大事なのは、必要な知識があることと無駄[むだ]な知識がないことだ。つまり、実在についての知識があることと実在以外についての知識がないことだ。実在についての知識だけがあって、空想や眼先についての知識がないことだ。
人間が実在をわかるためには、人間が実在に目を向けて実在以外に目を向けないことだ。そういう気持ちがあることだ。
実在を見ようとする人間には実在が見える。反対に、実在を見ようとしない人間には実在が見えない。それだけのことだ。人間にとっては気持ちが大事だ。
人間が実在のことがわかるためには『考える喜び』を大事にしないといけない。「眼で見る喜び」や「心で思う喜び」を大事にしてはいけない。もちろん、「性欲」なんか絶対にいけない。性欲を満足することは大脳の古皮質の活動を亢進[こうしん]させて新皮質の活動を低下させて『考える喜び』を失わせるからいけない。「酒」もいけない。酒を飲むのは実在の世界の外に出て心の世界の中に入って喜ぶことだから「心で思う喜び」と同じことだからいけない。

[23744] 昔は会社のみんなが嘘[うそ]つきだった。 h30.4.12
昔は会社のみんながマゾだったが、マゾは道徳に反することだったので、会社のみんなが隠れてマゾをやっていた。会社の事務(社長も含む。社長は事務の代表者である)はみんなに悪いことをする組織である。昔の会社のみんなは事務に強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをさせていたが、嘘[うそ]をついて「事務が善いことをしている」ことにしていた。
会社のみんなは会社の事務に宣伝や説明や接待などの“形だけの仕事”をさせて会社の事務が働いているように見せかけて、「事務が働いているから会社が儲[もう]かる」と嘘をついて事務にたくさんお金を取らせて、「事務が会社を儲からせているから事務が偉い、事務は上の人だ」と嘘をついて事務に人殺しや嫌がらせをさせて喜んでいた。
事務は現実の世界ではみんなに悪いことをしている役立たずだが、嘘の世界ではみんなに善いことをしている立派な人である。
今ではみんながマゾではなくなっている。そのために、多くの人が事務が現実の世界でやっていることがわからなくなっている。多くの人が事務が嘘の世界でやっていることを現実の世界でやっていることと誤解している。多くの人が「事務が頭がよくて会社を儲からせてくれるから事務が偉い」と思って、事務の言いなりになって事務にたくさんお金をやって、「事務のおかげで自分が食っていける」と思って事務の嫌がらせをおとなしく我慢[がまん]している。
一方で、事務が現実の世界でやっていることを知っている人もいる。かなりいる。かなりの人は『事務は他人の稼[かせ]ぎで食っているだけの役立たずだ』『事務は役立たずだから、社員よりも下だ』『会社の製品がいいから売れるだけだから、事務の仕事は無駄[むだ]だから事務は要らない』と考えて、事務にお金をやらないようにして事務を潰[つぶ]している。
事務が現実の世界でやっていることを知らない人がいるためにみんなが不幸にされている。だから、事務が現実の世界でやっていることを知っている人が知らない人に教えてみんなが事務が現実の世界でやっていることを知っているようにしないといけない。事務が作業員よりも上の者なのは、昔の社員みんながマゾだったために嘘をついて事務を上の者であることにして悪いことをされねばならなかったからである。けっして、事務が作業員よりも有能だからでも美形だからでもない。本当は事務は無能で不細工[ぶさいく]である。事務が作業員よりも上の者であるのは嘘である。本当は下の者である。みんなで事務にお金をやらないようにして事務を潰さねばならない。会社の事務がいるために、みんなが仕事がきつくなって安月給になっている。みんなで早く事務を潰して仕事を楽にして給料を上げないといけない。
今の警察は政府の警察であり、政府は悪いことをする会社だから、政府の警察は悪いことをするためにある警察だから、政府の警察はニセモノの警察であり本物の警察ではないから、政府の警察は国民を強制的に逮捕したり罰したりすることができないから、会社のみんなは事務をいきなり殴[なぐ]りつければいい。事務がみんなの言うことを聞かなければ事務を痛い目にあわせてやればいい。そうやって、みんなで事務を会社から追い出してみんなが幸せに働ける善い会社にすればいい。
h30.4.14これ以降追加:文系は実在の外の喜びしかない。文系は眼先や空想の喜びしかない。文系は実在の中で生きていけない。文系は実在の中の仕事ができない。だから、文系は会社の事務に入って、宣伝や説明や接待などの“実在の外の仕事”をやっているのだ。しかし、人間は実在を知って実在の中で自分の心を満足することによって幸福になれる。文系は実在の外で生きているから幸福になれない。文系はいつも不幸な気持ちで生きている。文系は見かけで喜んでいるだけで心は不満だらけである。文系は化粧臭いだけで心はふてくされて渋面[じゅうめん]食っている。文系は自分が幸福に暮らしているふりをして本当は不幸に暮らしている馬鹿だ。幸せそうにしているやつは本当は幸せじゃない。幸せそうに見えないやつが本当は幸せなのだ。文系のセンスは古臭い。時代遅れだ。科学の時代についていけない落ちこぼれだ。文系がいるためにみんなが悪影響を受けて実在の外で生きていかねばならなくなってみんなが実在の外で喜ばねばならなくなって不幸になっている。だから、みんなで会社の事務をなくして文系が生きていけないようにして文系を滅ぼさねばならない。実在の外で喜ぶ不幸な人間をなくしてみんなが幸福に生きていけるようにしないといけない。(実存主義は、ヨーロッパ政府がみんなに悪いことをするためにちょっと頭がいい人にお金をやって作らせたまちがった哲学である。だから、実存主義をやると不幸になる。文系はそんな紛[まが]い物を正しいと思っているから馬鹿だ。)
芸能人も実在の外でやる仕事である。芸能人も要らないから絶滅させねばならない。

[23745] どうしてインジャン・ジョーはトム・ソーヤを殺さなかったのか? h30.4.13
私は大学生のころ『トム・ソーヤの冒険』のアニメを見た。『トム・ソーヤの冒険』の最終回ではトム・ソーヤが洞窟の中でインジャン・ジョーに出会ったがインジャン・ジョーはトム・ソーヤを殺さなかった。
インジャン・ジョーは政府のことである。ジョーは神武天皇のことで、アメリカ政府は神武天皇を神とする国家宗教をやっていたから、インジャン・ジョーはアメリカ政府のことである。
インジャン・ジョーがトム・ソーヤを殺さなかったのは、政府が国民を殺すのが仕事だからである。当時はみんながマゾだったので、政府に殺されるのが好きだった。みんなが機会があればいつでも政府に殺されたがっていた。しかし、子供は政府の仕事の対象外なので、政府は大人を殺すが子供を殺さないので、トム・ソーヤはインジャン・ジョーに殺されなかったのだ。大人は自分が政府に悪いことをしてもらうためにお金を払っているが、子供は払っていないので、インジャン・ジョーはトム・ソーヤを無視して殺さなかったのだ。
トム・ソーヤは以前に裁判所で「インジャン・ジョーが人殺しをしている」ことをみんなの前で証言したが、大人は誰でも政府が国民を殺していることを知っていたので、トム・ソーヤが言うまでもないことだったので、インジャン・ジョーはトム・ソーヤを恨[うら]んではいなかったのだ。
昔の人はマゾだったので、政府が現実の世界でやっていることを知っていた。しかし、今の人はマゾではないので、政府が現実の世界でやっていることを知らない人が多い。そのために、『トム・ソーヤの冒険』で最後にインジャン・ジョーがトム・ソーヤを殺さなかった“落ち”がわからなくなっている。当時の大人は現実の政府がやっていることを知っていたが、子供は大人が現実の政府のことを嘘[うそ]で隠しているために現実の政府がやっていることを知らなかったので、子供にとっては現実の政府がやっていることがショックだったのだ。マーク・トウェインは自分が子供のころに現実の政府がやっていることを知らなかったことを思い出して『トム・ソーヤの冒険』を書いたのだろう。

[23746] 今の政府は国民みんなに善いことをしていない。 h30.4.13
政府はテレビや新聞などでしょっちゅう「政府が国民みんなから取った税金で国民みんなのために善いことをしている」と言っている。
しかし、そもそも政府は悪いことをする会社であり、政府が現実にやっているのは強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことと、選挙や議会をやって国民に国民みんなを拝ませることと、水道や清掃や役所などの見え透[す]いた善いことだけである。(h30.4.15追加:ほかにも、気象庁がやっている天気予報も見え透いたことである。政府は国民みんなの眼に触れるところでは善いことをやっている。)政府の省庁に勤めている国家公務員は形だけの仕事をやって無駄[むだ]なことをやって役に立たないことをやっているだけである。
だから、政府がテレビや新聞で言っていることは嘘[うそ]である。政府は「政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」ふりをするために「政府は国民みんなからもらった税金を使ってみんなのためにいろんな善いことをしている」という嘘をついているだけである。本当は『政府は国民から取った税金を自分の給料にしているだけで、みんなの役に立つことなんかする余裕がない』のである。今はそもそも政府に税金を払っている者なんかほとんどいない。今は政府が現実にやっていることを知っている人が増えているから、政府に税金を払う者が減っている。政府は自分が食べていくだけで精一杯で、国民みんなの役に立つことなんかするお金がない。
だから、今の国民が政府にお金をやっても無駄である。政府はせいぜい国民に悪いことをして、国民に国民みんなを拝ませてくれるだけである。水道や清掃や役所の仕事は国民が自分でお金を出してやってもらっている。今の政府はシケているから国民に善いことをしてくれない。政府はシケればシケるほど善いことをしなくなる。だから、今の国民みんなは政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]せばいいのである。早くみんなで政府を倒して、みんなに悪いことをする会社をなくして、みんなで幸福に暮らさねばならない。

[23747] 嘘[うそ]は引き継がれる。 h30.4.13
昔はみんながマゾだったので、みんなは強盗や殺人や嫌がらせをされるのが好きだった。しかし、マゾは道徳的にまちがったことなので、みんなはマゾを隠しながらやっていた。政府は強盗や人殺しや嫌がらせなどの悪いことをする会社である。みんなは「政府が善いことをする会社である」と嘘[うそ]をついて「政府がみんなのために善いことをするためにみんなからお金を取っている」と嘘をついて政府にお金を強盗させたり、「政府がきっと犯人を探して捕まえてくれる」と嘘をついて政府に人殺しをさせたり、「政府にはなにか深い考えがあるに違いない」と嘘をついて政府に嫌がらせをさせたりしていた。みんなは政府に水道や清掃や役所などの仕事をさせて、政府が現実に善いことをする会社のように見せかけていた。
昔はみんなが国民みんなを拝むのが好きだった。拝むとはお墓参りみたいに相手に向かって両手を合わせておじぎして幸せな気持ちになることである。拝むとは相手に従うことではない。昔の人にとっては拝むこと自体が喜びだったのだ。拝むことが遊びだったのだ。みんなは政府に選挙をしてもらって国民みんなの代表者である議員を決めて、議員が議会をしているのを見て議員を国民みんなの代理と思って議員を拝んで幸せになっていた。昔はみんなが国会議事堂に押し寄せて国会議員に花束を持ってお参りしていた。しかし、みんなは国民みんなを拝むのが不合理的でみっともないと思われて照れくさかったので、みんなは隠しながら国民みんなを拝んでいた。みんなは「政府が民主主義をやって国民みんなの総意に基づいて国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と嘘をついて、政府にたくさん省庁を建てさせて形だけの仕事をさせて、本当は国民みんなを拝んで幸せになっていた。(戦前までは竈[かまど]で米を炊いていた。戦前まではみんなが原始時代と同じ暮らしをしていた。だから、戦前まではみんなが原始時代と同じ気持ちで生きていた。だから、みんなが国民みんなを拝んで幸せな気持ちになっていたのだ。)
そういうわけで、政府は現実の世界では悪いことをして国民みんなを拝ませて水道や清掃や役所などの善いことをしているが、嘘の世界では善いことをして民主主義をやって国民みんなが幸福に暮らせる国を作っているのである。
昔はみんなが『政府が悪いことをする会社で国民みんなを拝ませて国民と平等である』ことを知っていて「政府が善いことをする会社で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」ことが嘘だと知っていて、嘘の世界で現実の世界を隠しながら現実の世界で暮らしていた。昔はみんなが現実の世界と嘘の世界を区別して、嘘の世界を無視しながら現実の世界をしっかり見て現実の世界で暮らしていた。自分が幸福に暮らせるように自分で考えて政府の命令を聞いたり聞かなかったりしていた。
しかし、戦後になって急速に文明が進んだために、みんながマゾではなくなって国民みんなを拝むのが好きではなくなった。今ではみんなが悪いことをされるのが嫌になって、国民みんなを拝むのがつまらなくなってやらなくなっている。しかし、みんながついていた嘘は消えずにそのまま残ってしまった。嘘は言葉として記録されるから、後世に引き継がれたのである。昔はみんなが自分がマゾであることや国民みんなを拝んでいることを隠すために無言で政府が現実の世界でやっていることがわかるようにして、政府が現実の世界でやっていることを言葉にせず、政府が嘘の世界でやっていることだけを言葉にしていた。つまり、昔の人は政府について嘘ばっかり言って本当のことは言わなかった。そのために、政府が現実の世界でやっていることは言葉に残らず、政府が嘘の世界でやっていることだけが言葉として残った。文明が進んだためにみんながマゾであることやみんなが国民みんなを拝むことはなくなったが、みんながついていた嘘はなくならずに残ってしまったのだ。
そのために、多くの人が政府が現実の世界でしていることがわからなくなって嘘の世界でしていることしかわからなくなっている。多くの人は政府が嘘の世界でしていることを現実の世界でしていることだと誤解している。多くの人は「政府が現実に善いことをする会社で民主主義をやってみんなが幸福に暮らせる国を作っている」と思って「政府は民主主義をやって国民みんなを幸福にしているから、政府には国民みんなの支持があるから、政府には国家権力がある」と思って政府の言いなりになっている。「政府が民主主義をやって国民みんなで多数決を採って国民みんながやらねばならない制度や文化を決めている」と思っている。(本当は政府はみんなを嫌がらせるために政府の独断でみんなに悪い制度や文化をやらせているだけである。実際には、政府は選挙をやって国民みんなの多数決で議員を決めて議員に議会をやらせて国民が国民みんなを拝めるようにしているだけで、そこから先は政府の独断でみんなに悪いことをしている。まさにそれが間接民主制である。けっして、議員が議会をやって国民みんなの多数決で国民みんながやるべきことを決めているのではない。それは間接民主制に対する誤解である。)多くの人は政府の命令を聞いて政府に税金や保険金などを払って、人殺しや嫌がらせや自殺をやって、政府が定めた悪い制度をやったり悪い文化をやったりしている。政府の命令で事故を起こして大勢の人を殺したり、わざとに不良品や欠陥品を作って大勢の人に迷惑をかけたり、崖[がけ]から飛び降りて死んだりしている。政府の命令で他人の給料から勝手に税金を天引きしたり、客から消費税を取ったり、患者を医療保険に入らせたり、男女平等にしたりしている。政府の命令で人間が見かけだけよければいいことにしたり、見かけだけ楽しそうにしていればいいことにしたり、マンガやアニメを見たりしている。そのために、みんなが不幸に暮らさねばならなくなっている。
一方、政府が現実の世界でしていることを知っている人もいる。他人から聞いたり自分で考えたりして政府が現実の世界でしていることを知っている人がかなりいる。かなりの人は『政府が悪いことをする会社で国民みんなを拝ませているだけで国民と平等だ』と思っている。かなりの人は『今のみんなはマゾではないし国民みんなを拝むのも好きではないから政府が要らないから政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]せばいい』と思って、自分で政府の命令を聞かないようにして政府にお金をやらないようにして政府を潰している。政府の命令を聞かないようにして他人に悪いことをしないようにしている。政府の言いなりになっている多くの人に逆[さか]らって自分の意志で悪い制度や悪い文化をやらないようにしている。
現実の政府を知らない人がいるためにみんなが不幸に暮らさねばならなくなっている。だから、現実の政府を知っている人が知らない人に現実の政府を教えてみんなが現実の政府を知っているようにしないといけない。みんなで政府にお金をやらないようにして政府を倒して国民みんなが幸福に暮らせる国にしないといけない。
今でも政府についての嘘が残っているために多くの人が政府のことを誤解してまちがったことをやっている。政府についての嘘はコンピューターウイルスみたいなものだ。だから、みんなで政府についての嘘をなくして政府についての真実だけにして、みんなが政府のことを誤解しないようにして早く政府を倒さなければならない。
テレビ局や新聞社は頭で考えずに眼で見たことを言うだけだ。テレビ局や新聞社は昔の人がついた嘘を眼で見て鵜呑[うの]みにして真似[まね]てしゃべるだけだ。だから、テレビ局や新聞社の言うことはまちがっている。テレビ局や新聞社は格好[かっこう]がいいだけであまり利口ではない。頭のいい人はテレビ局や新聞社みたいな馬鹿の溜[たま]り場に行きたくない。テレビ局や新聞社はまちがいを広めているだけだ。みんなはテレビや新聞を見すぎないようにしてテレビ局や新聞社の言うことを信じてはいけない。

[23748] 国家公務員が政府の省庁に勤めるのはもったいない。 h30.4.14
昔はみんながマゾだったが、マゾは道徳に反することだったから、みんなは嘘[うそ]をついて「政府が善いことをする会社である」ことにして政府に強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをさせていた。
昔はみんなが国民みんなを拝みたかったが、国民みんなを拝むのは不合理的なので、みんなは嘘をついて「政府が民主主義で国民みんなの総意に基づいてみんなが幸福に暮らせる国を作っている」ことにして政府にたくさん見かけだけの省庁を建てさせて、国民みんなを拝んでいた。
政府の省庁は政府が国民みんなが幸福に暮らす国を作っているふりをするためにあるダミーだから善いことはなにもしていない。そもそも政府は悪いことをする会社だから、政府の省庁は善いことをやってはいけない。そのために、政府は政府の省庁の公務員になんにもならないことをやらせている。政府は政府の省庁の公務員に朝から晩までたくさん書類を書かせて承認のハンコをもらうために庁舎内を走り回らせている。公務員は毎日山積みの書類を処理して建物内を走り回らされてヘトヘトになっている。しかも、それらの書類は何の役にも立たない。公務員はなんの役にも立たないことをやらされて疲れさせられている。
政府は国民に悪いことをするために国民からたくさんお金を奪って政府の省庁の大勢の公務員に給料をやっている。政府の省庁の大勢の公務員は、政府が国民みんなからたくさんお金を奪って国民みんなに悪いことをするためにある。
つまり、昔はみんながマゾであって国民みんなを拝みたかったが、自分がマゾではなく国民みんなを拝んでいないふりをするために、政府にたくさん省庁を建てさせてたくさん公務員を雇わせて、政府に自分からたくさんお金を取らせて、省庁の公務員になんにもならない空[むな]しいことをやらせていたのである。
しかし、今はみんなが本当にマゾではないし国民みんなを拝みたくない。みんなが政府にお金を取られたくない。みんなが政府の役立たずの省庁なんか要らない。だから、今ではみんなが政府にお金をやらないようにして政府や政府の省庁を潰[つぶ]しているのである。
国家公務員も政府の省庁に勤めて一生なんの役にも立たないことをやらされるのは苦痛である。だから、早く政府が潰れてなくなって、どこかの会社に勤めてみんなの役に立つ仕事をしたほうがいい。国家公務員はせっかく才能があるのだから、それをみんなのために活かさないといけない。

[23749] どうして政府は土木会社になんにもならないことをさせるのか? h30.4.15
政府は土木会社に命令して穴を掘らせてその後で穴をもと通りに埋めさせたり、鉄筋をあちらからこちらに運ばせてその後で鉄筋をこちらからあちらに運ばせてもと通りにしたりしてなんにもならないことをやらせている。
それは、政府が悪いことをする会社だからである。政府は悪いことをするためにある会社であるから、政府は水道や清掃や役所のほかに善いことをしてはいけないから、政府は土木会社に命令してなんの役にも立たないことをやらせているのである。政府が政府の省庁に役に立たない書類の仕事をやらせているのと同じことである。
政府は国民みんなに悪いことをするために、土木会社になんの役にも立たないことをやらせて国民からたくさん税金を取って国民を苦しめているのである。
昔はみんながマゾだったから、政府に悪いことをされるのが好きだったから、政府が土木会社になんの役にも立たないことをさせるのを喜んでいた。
反対に、今はみんながマゾではないから、政府に悪いことをされるのが嫌だから、政府が土木会社に命令してなんの役にも立たないことをさせるのが嫌である。
だから、今の国民みんなは政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]しているのである。
土木会社も政府の命令で汗水流してなんの役にも立たないことをするのが嫌である。だから、早く政府が潰れてなくなって、土木会社がみんなのために役に立つことをすればいいのである。

[23750] 会社の事務は楽ではない。 h30.4.15
昔はみんながマゾだったので、みんなが会社の事務に社員からお金を取らせたり嫌がらせをさせたりしていた。しかも、マゾは道徳に反するので、みんなは隠れてマゾをやらなければならなかったので、みんなは会社の事務に善いことをしているふりをさせながら悪いことをさせていた。
昔のみんなは会社の事務に善いことをしているふりをさせるために毎日朝から晩まで宣伝や説明や接待などのなんの役にも立たない形だけの仕事をさせていた。昔のみんなは会社の事務に毎日たくさんの書類を書かせて承認のハンコをもらうために会社の中を走り回らせたり会社の外を走り回らせたりしていた。夏の暑い日に汗だくになりながら会社の外を走り回らせていた。会社の事務の仕事もけっして楽ではなかった。もっとも、歳をとれば多少は楽な仕事に回れるが、それはどこの部署でも同じことである。会社の事務でなくてもどこでもそうである。社長が平[ひら]の事務員よりも楽なのは当然である。
昔はみんなが隠れてマゾをやっていたので、会社の事務は善いことをしているふりをしながら悪いことをしなければならなかった。会社の事務は善いことをしているふりをするために朝から晩まで役に立たないことをし続けねばならなかった。会社の事務は形だけの仕事をしているが、形だけの仕事をするのもけっこうきついのである。会社の事務が形だけの仕事をするのもけっして楽ではないのである。
昔のみんなは会社の事務に善いことをしているふりをして悪いことをさせるために会社の事務を置いていたのであって、会社の事務に楽をさせるために会社の事務を置いていたのではない。だから、会社の事務は宣伝や説明や接待などの形だけの役に立たない馬鹿げたことを一生懸命にやらねばならないのである。
会社の事務は悪いことをやるためにある組織なので、善いことをやってはいけないので、役に立つことをやってはいけないので、形だけの役に立たないことを一生懸命にやらねばならないのである。
昔はみんながマゾだったので、会社の事務が宣伝や説明や接待などのなんの役にも立たないことをやって社員からお金を取ったり社員を嫌がらせたりして社員みんなが喜んでいた。

しかし、今はみんながマゾではないので、会社の事務が役に立たないことをやって社員からお金を取ったり社員を嫌がらせたりするのは嫌である。事務も自分がしんどい思いをしてなんの役にも立たないことをするのはバカバカしくて嫌である。だから、今ではどこの会社でも事務がなくなっている。社員みんながみんなの役に立つことをやるようになっている。
日本は昔からみんなが平等だから、普通の社員も会社の事務も同じぐらいきつい仕事をやらねばならない。そのために、会社の事務も普通の社員と同じくらいきついことをしないといけない。会社の事務は毎日朝から晩までたくさん宣伝や説明や接待などをやらねばならない。会社の事務が遊んでいる暇をなくすために、無駄[むだ]な役に立たない仕事をありったけやらさねばならない。しかし、今ではみんながマゾではないから、会社の事務そのものが要らない。だから、今では会社に事務がなくなって、みんなが宣伝や説明や接待などのみんなの役に立たない形だけの仕事をするのをやめて、みんなの役に立つ仕事をやっている。
h30.4.17追加:会社の事務は嘘[うそ]で社員みんなを騙[だま]して楽な仕事をしているのではない([23758]参照)。昔は社員みんながマゾだったから自分のマゾを隠すために自分たちに悪いことをする部署を設けて嘘をついて善いことをする部署ということにしたのだ。それが会社の事務である。社員みんなは会社の事務に強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをやらせて、会社の事務に宣伝や説明や接待などの“暇つぶしのどうでもいいこと”(役立たずの無能な馬鹿にやらせるつまらないこと)をやらせて「宣伝や説明や接待は会社にとっては欠かすことのできない大事な仕事だ」と嘘をついて、悪いことをする部署を善いことをする部署に見せかけていたのだ。社員みんなが事務を設けたのだから、社員と事務は平等である。だから、事務はほかの社員と同じくらいきつい仕事をしないといけない。事務は強盗や人殺しや嫌がらせなどの悪いことをして、宣伝や説明や接待などの無駄[むだ]な暇つぶしのどうでもいいことをほかの社員と同じくらい毎日朝から夜遅くまで一生懸命にしないといけない。絶対に遊んでいる暇があってはいけない。しかし、今は社員みんながマゾではないから事務は要らない。だから、今では社員みんなが事務にお金をやらないようにして会社の事務を全員クビにして事務をなくしているのである。

[23751] 今の政府は「政府が嘘[うそ]をついて国民みんなを騙[だま]している」と誤解している。 h30.4.15
昔のみんなはマゾだったが、マゾは道徳に反することだったので隠してマゾをやらねばならなかった。昔のみんなは国民みんなを拝むのが好きだったが、国民みんなを拝むのがみっともないことだったので、隠して国民みんなを拝まねばならなかった。そのために、昔のみんなは「政府が善いことをする団体であり、民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」という嘘をついて、現実には政府に悪いことをされて政府に選挙や議会をやってもらって国民みんなを拝んで喜んでいた。
今のみんなはマゾではなくなっている。今のみんなは国民みんなを拝むのがつまらなくなってやめている。そのために、多くの人が現実の政府のことがわからなくなって嘘の政府のことしかわからなくなって「政府が善いことをする団体で、民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と思って政府の言うことをなんでも聞いている。政府の命令を聞いて政府に税金や保険金を払ったり、強盗や人殺しや嫌がらせをやったり、自殺をやったりしている。
一方、政府は「政府が善いことをする団体であり、民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」ことを真[ま]に受けず、昔と同じように悪いことをやって、選挙や議会をやって国民に国民みんなを拝ませているだけである。政府の省庁に勤める国家公務員に国民みんなの役に立たない無駄[むだ]なことをやらせているだけである。国家公務員に暇つぶしのためにどうでもいいことをやらせているだけである。政府自身は自分がやっていることをよく知っているので、嘘にかまわずに昔と同じことをやり続けているのである。
そのため、今の政府は「政府が嘘をついて国民みんなを騙している」と思って「政府が昔から嘘をついて国民みんなを騙して国民みんなからお金を取って儲[もう]けている」「政府が嘘をついて国民みんなを騙して国民みんなを殺したり嫌がらせたりして遊んでいる」と思って「国民みんなが馬鹿だ」と思って国民みんなを軽蔑[けいべつ]している。そのために、今の政府は今のみんながマゾではないのを知っているのにみんなに悪いことをするのをやめないのである。国家公務員に無駄なことをやらせるのをやめないのである。
今の政府は誤解している。本当は、昔のみんなが自分がマゾであることや国民みんなを拝んでいることを隠すために嘘をついていたのであって、政府が国民みんなを騙すために嘘をついていたのではない。本当は、政府が嘘で騙せるほど国民みんなは馬鹿ではない。
実際に、かなりの人は現実の政府を知っている。かなりの人は『政府が悪いことをする団体であり、国民に国民みんなを拝ませているだけである』ことを知っている。かなりの人は昔のみんなの嘘にも政府の嘘にも騙されていない。かなりの人は多くの人に現実の政府のことを教えてみんなが現実の政府のことを知っているようにしている。みんなが政府に従わなくなって政府の言うことを聞かなくなって政府にお金をやらなくなって政府を倒している。そのため、政府はだんだん潰[つぶ]れてなくなっている。
国民みんなでさっさと政府を潰して、早く次の人類の歴史の段階(ステージ)へ進まねばならない。

[23752] どうしてインドには身分制があるのか? h30.4.15
昔のインドではみんながマゾだった。しかし、マゾは道徳に反するので、みんながマゾであることを隠しながらマゾをやっていた。
そのために、インド人は嘘[うそ]をついて「政府が身分が高い」ことにして政府に悪いことをさせていたのである。インド人は「政府が身分が高い」から政府が国民みんなに強盗や殺人や嫌がらせをやってもいいことにしたのである。しかし、現実にはみんなが『政府と国民は平等である』ことを知っていて政府と平等にやっていたのである。インド人は政府だけ身分が高いのはおかしいと思って、みんなにもそれぞれの身分をつけて身分制の社会にしたのである。インド人が古臭い物が好きであることと、身分制は別である。
しかし、今ではインドも文明が進んでみんながマゾではなくなっている。そのために、今のインドでは多くの人が現実の政府がわからなくなって、嘘の政府を現実の政府と誤解して「政府が身分が高い」と思って政府の好き放題にさせている。しかし、かなりの人は現実の政府がわかって『政府と国民は平等だ』と思って政府の言うことを聞かなくなって政府にお金をやらなくなって政府を潰[つぶ]している。現実の政府を知っている人が知らない人に現実の政府のことを教えてみんなが現実の政府のことを知っているようにして、みんなで政府にお金をやらないようにして政府を倒している。
「政府が身分が高い」のは昔のインド人が自分がマゾであることを隠すためについていた嘘である。そのために、今のインドでは多くの人がまちがったことをやっている。早くインドで「政府が身分が高い」という嘘をなくして、みんなが平等に暮らす社会にしないといけない。
昔の日本でもインド文化をやって、みんなが嘘をついて「暴力団は身分が高い」ことにして暴力団に悪いことをやらせていた。しかし、日本ではみんなが平等なので、たとえ嘘でも「暴力団が身分が高い」ことにしたくなかったので、すぐに嘘を変えて「暴力団は悪い団体である」ことにして暴力団に悪いことをさせるようになったのである。(しかし、そうすると国民みんなが悪い団体を倒さないのが疑問だが。日本人はインド人ほど論理的ではないので、そこは大目に見て許していたのだ。嘘だから多少はボロが出るのだ。)今の日本でも多くの人が「暴力団が悪い団体である」ことを真[ま]に受けて自分が暴力団に殺されないために暴力団に従っている。はやくみんなが「暴力団が悪い団体である」ことが昔の人がついていた嘘であることを知って『暴力団が善い団体である』と思って、みんなが暴力団に従わなくなって暴力団にお金をやらなくなって暴力団を倒さねばならない。

[23753] 精神分裂病(統合失調症)の原因について h30.4.15
精神分裂病は、人間がオナニーやセックスをやって大脳の古皮質にある性欲中枢を興奮させて、大脳の古皮質全体が興奮するようになって、大脳の古皮質にある“テレパシー器官”が興奮してテレパシーが聞こえるようになって、テレパシーで自分の悪口が聞こえて不愉快[ふゆかい]になってテレパシーで自分の悪口を言っている相手を殺そうとして暴れ回るようになることである。(多少の例外はあるにせよ、たいていはこのパターンである。)
だから、精神分裂病の原因はオナニーやセックスをすることにある。性欲を肯定することにある。「性欲は人間を幸福にする善い喜びだ」と思っていることにある。
本当は、性欲は人間を不幸にする悪い喜びである。人間がオナニーやセックスをやって性欲を満足すると、大脳の古皮質の活動が亢進[こうしん]して新皮質の活動が低下して、新皮質が働かなくなって知覚が働かなくなって実在のことがわからなくなって実在の中で自分の心を満足できなくなって不幸になる。人間が幸福になるためには、人間が実在を眼で見て頭で考えて実在のことを知って、実在の中で自分の心を満足しないといけない。性欲は人間の知覚の活動を妨げて、人間が頭で考えることがわからなくなって眼で見ることしかわからなくなって、人間が実在のことがわからなくなって、人間が幸福になるのを妨げる悪い喜びである。人間はけっして性欲を満足してはいけない。実際に、人間はこれまで性欲を満足しないようにして性交だけやって子供を作ってきたのである。性欲は人間を不幸にする悪い喜びだから、性欲を満足するのは道徳的にまちがったことだから、昔の人はふだんは性欲を満足しなかった。昔の人は自分がやむを得ず性欲を満足しないといけないときには隠して性欲を満足しなければならなかった。だから、人間はパンツを履[は]いて陰部を隠すし、売春宿が料亭の看板を出して自分の正体を隠さねばならないのである。
性欲を満足しないほうが自分の才能を伸ばして社会で成功して面白く生きていける。女と結婚して性欲だけを満足して馬鹿になってダラダラ生きるよりもずっと楽しく暮らせる。
精神分裂病の根本的な原因は、人間が「性欲が人間を幸福にする」と考えていることにある。だから、精神分裂病を治すためには、人間が『性欲が人間を不幸にする』『性欲は人間を不幸にする悪い喜びである』『人間は絶対に性欲を満足してはいけない』ことを理解しないといけない。『人間が性欲を満足してはいけない』ことがわかれば精神分裂病は治る。
もっとも、精神分裂病に罹[かか]った最初のころは脳が興奮して冷静に考えることができないから、まず安静にしないといけない。しばらくたって気持ちが落ち着いてから頭で考えて『人間は性欲を満足してはいけない』ことを理解すればいい。
h30.4.16以下追加:実際には、大勢の人が道徳がわかっていない者をテレパシーで悪口を言ってからかって遊んでいるのが現状である。「性欲が人間にとって最高の喜びだ」と思っている者は道徳がわかっていない馬鹿だからみんなで寄ってたかってテレパシーで悪口を言って攻撃しているのだ。だから、『性欲が人間が満足してはいけない悪い喜びだ』と考えると、周[まわ]りのみんなが『道徳がわかっているやつだ』と思ってテレパシーで悪口を言わなくなるのだ。そういうわけで、精神分裂病が治るのだ。
テレパシーは精神分裂病に罹[かか]る前からある。もともと人間にはみな多かれ少なかれテレパシーがある。だから、テレパシーが聞こえることが精神分裂病の本体[ほんたい]ではない。みんながテレパシーで自分に“悪口”を言うか言わないかの違いがあるだけだ。自分がオナニーやセックスをやって道徳に反することをやっているから、周りのみんなが馬鹿だと思ってテレパシーで“悪口”を言っているだけのことだ。問題はテレパシーではなく“悪口”を言うことにあるのだ。精神分裂病の実体は、周りのみんなに自分の悪口を言われて自分が馬鹿にされて自分が侮辱[ぶじょく]されて怒[おこ]っていることだ。自分の悪口に対する神経症(ノイローゼ)だ。自分がテレパシーで悪口を言われるようになった原因は、自分がエッチなことをしたことにある。精神分裂病はテレパシー病ではなくエッチ病なのだ。だから、自分が道徳を勉強してエッチなことをするのをやめて周りのみんなに自分の悪口を言われないようにすれば精神分裂病は治るのだ。
h30.4.17これ以降追加:みんなは本当は『空耳[そらみみ](テレパシー)がある』のに、空耳があるのは恥ずかしいことなので嘘をついて「空耳なんかない」ことにしている。性欲やマゾや拝[おが]むことと同じである。だから、みんなはみんなの嘘を真[ま]に受けて「空耳がない」と思って勝手なことをやってはいけない。本当は『空耳がある』から、みんなは隠れて悪いことをやって、周りのみんなの顰蹙[ひんしゅく]を買ってはいけない。みんなは「空耳がない」のは嘘だと見抜いて、本当は『空耳がある』と考えて、たとえ隠れてでも周りのみんなに馬鹿にされることをやってはいけない。
今は科学の時代である。みんなが実在の中で生きる時代である。今はみんなが嘘をつかずに真実だけを言う時代である。真実を隠すのは時代遅れである。真実を隠すと多くの人が真実を知らないためにかえって被害が大きくなる。だから、今ではみんなが正直に『政府が強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをする会社である』『政府は選挙や議会をやってみんなに国民みんなを拝ませている』『人間にはみんなテレパシーがある』と言って実在の世界に適応して生きて行かねばならない。もっとも、『人間にはみなテレパシーがある』と言っても、テレパシー器官が活動していないときにはテレパシーは意識に上[のぼ]らず聞こえない。『人間にはみなテレパシーがある』が、大脳の古皮質の活動が亢進[こうしん]せずテレパシー器官が活動していなければテレパシーは聞えないのである。

[23754] 鬱病[うつびょう]の原因について h30.4.15
鬱病は、人間が自分の心を満足できない環境で暮らしているために自分の心を満足できなくなって慢性の欲求不満に陥[おちい]ることである。人間が自分の心が満足できなくなっているから心が落ち込んで気持ちが鬱[うつ]になっているのである。
だから、鬱病を治すためには、自分の心を満足できない環境から脱出すればいい。それは環境を変えれば簡単にできる。自分が努力して自分の生活環境を変えればいい。自分の学科や職場を変えればいい。自分の住所や結婚相手を変えればいい。
「鬱病なんか大したことではない」と思って放っておくからだんだん深刻になって治らなくなる。鬱病の苦しみから抜け出すために自殺して自分を殺さねばならなくなる。だから、自分が鬱病に罹[かか]っていると思ったら、早めに自分の環境を変えねばならない。他人に相談したり自分で決断したりして思い切って自分の環境を変えねばならない。
h30.4.18これ以降追加:鬱病の原因は「人間には心がない」と考えて、自分の心を知ろうとせず自分の心を満足しようとせず自分が嫌なことをやってしまうことにある。しかし、本当は『人間には心がある』『人間には好き嫌いがある』のである。だから、自分は自分の心をよく知って自分の心を満足して自分を幸福にしないといけない。自分は自分の心をよく知って自分の心が好きなことをやって嫌いなことをやってはいけない。
人間は見かけはみんな似ているが、心は人によってぜんぜん違う。他人の心と自分の心はまったく違う。だから、自分は他人の心に従ってはいけない。自分は自分の心をよく知ってひたすら自分の心に従って自分の心を満足していかねばならないのだ。
h30.4.20追加:“踊る阿呆に見る阿呆同じ阿呆なら踊らにゃ損損”というように、鬱病に罹って死ぬのも自分が好きなことをやってお金がなくなって死ぬのも同じ死ぬことだから、自分が好きなことをやって死んだほうが幸福があるだけマシなのだ。だから、人間は自分が好きなことをやればいい。ヘタクソに合理的に考えて自分の心を無視してはいけない。人間には心があるから、人間は自分の心を肯定しないといけない。人間には心があるから、自分の心のことをよく知って、自分の心が幸福になることをしないといけないのだ。自分の心が不幸になることをしてはいけないのだ。

[23755] 神経症の原因について h30.4.15
神経症は、人間が自分の心を満足できない状況になったために自分の心を満足できなくなって一過性[いっかせい]の欲求不満に陥[おちい]ることである。だから、ふだんは問題ない。特定の状況に対して嫌気[いやけ]を感じるだけである。そういう場合には、鬱病[うつびょう]と同じように自分の心を肯定して自分の心を満足できない状況を避けることである。自分がみんなに“いいわけ”をしてそういう状況から抜け出せばいい。
例えば、宴会でみんなが歌っているときに自分に歌の順番が回ってきたときに正直に「自分はテレビで歌謡番組をまったく見なくて自分は歌謡曲に興味がなくて歌謡曲をまったく知らない」と言って自分は歌わなければいい。「私の世界には歌謡曲は存在しない」と言って自分の世界をみんなに宣伝すればいい。「この世には多数決なんかない」と言ってたとえみんなが楽しそうに和気[わき]あいあいに歌っていても自分はひとりだけ歌わなければいい。例えば、給食や定食に自分が嫌いな食べ物が出たときには、どうしても自分が食べなくてもいい場合には食べ残して捨てればいい。どうしても自分が食べなければならない場合には「自分はこの食品に対してアレルギーがあって以前死にかけたことがある」と嘘[うそ]をついて食べなければいい。
みんなは精神病についての知識を持って精神病に罹[かか]らないようにして幸福に暮らさねばならない。精神病についての知識がないと精神病に罹りやすくなるから、前もって精神病について勉強して精神病について知っていないといけない。

[23756] 苦手科目について h30.4.15
私は小学生の頃は体育と音楽以外は得意だった。しかし、中学生のころになると社会科や生物学が苦手になった。自分が社会科や生物学を勉強しようとしても、すぐに眠くなって勉強することができなかった。そのために、いつも学校のテストでは社会科や生物学は50点以下だった。当時の自分はかなり悩[なや]んだ。
それは神経症である。一過性の鬱病[うつびょう]と言ってもいい。
そういうときには、自分の心を肯定して自分の心を満足できない状況を避けるために無理やり自分が嫌な勉強をしなければいい。結果的には悪い点を取ることになるが、気にしなければいい。
人間は自分の心を満足するために生きている。だから、自分の心を満足するように生きればいい。自分は自分の心を肯定して自分の心のために生きればいい。自分は自分の心を中心にして生きればいい。自分は自分の心を満足することをやって自分の心を満足しないことをやらなければいい。自分は自分を幸福にすることをやって自分を不幸にすることをやらなければいい。そういう生き方で生きて行けば自分はきっと幸福になれる。自分は自分の心で見て生きていけばいい。自分は他人の心に頼らなければいいのである。
h30.4.18この段落を追加:人間は全知全能ではないから、何かが好きなら何かが嫌いになる。人間の心には好き嫌いがある。それが実在する人間の心だ。人間の心とはそういう物だ。人間は実在に従わなければならない。だから、自分は自分の心をよく知ってひたすら自分の心に従って自分の心が好きなことをやって嫌いなことをやってはいけない。
人間の心には「試験でいい点を取りたい欲望」や「いい大学やいい会社に入りたい欲望」や「自分がいい仕事をして親孝行をする欲望」がある。しかし、人間にとっては『自分が好きなことをやって嫌いなことをしない』ことのほうが大事である。だから、人間は「試験でいい点を取りたい欲望」や「いい大学やいい会社に入りたい欲望」や「自分がいい仕事をして親孝行をする欲望」を振り切って『自分が好きなことをやって嫌いなことをやらない』ようにしないといけない。人間にとっては他人の心よりも自分の心のほうが大事である。だから、人間は他人の心よりも自分の心を満足しないといけない。人間は他人の心をほっといて自分の心だけを満足しないといけない。
人間は自分の心を満足するために生きている。人間はただ生きているだけではダメだ。人間は自分が幸福になるために生きねばならない。人間は実在を知って実在の中で自分の心を満足すれば幸福になれる。だから、人間は実在を知って実在の中で自分の心を満足しないといけない。眼先や空想をやると人間が実在の外に出て不幸になってしまうから、人間は眼先や空想をやってはいけない。人間はひたすら実在を目指して生きていかねばならないのだ。

[23757] 政府の省庁は国民みんなの役に立つことをやっていない。☆ h30.4.16
政府の省庁が国民みんなの役に立つこと(事業)をやっているのなら、水道局や清掃局や役所などのように国民みんなから直接にお金をもらって仕事をやるはずだ。しかし、実際にはそんなことはしていない。だから、政府の省庁は国民みんなの役に立つことをやっていないのだ。
だから、実際には政府の省庁は建物の中でどうでもいいことをやって暇を潰[つぶ]しているだけだ。どうでもいい書類を作って承認のハンコをもらうために建物の中を東奔西走[とうほんせいそう]しているだけだ。
政府の省庁は「国民みんなが幸福に暮らせる国にするため」に日本中の会社に指示なんかしていない。日本中の会社は政府の省庁の命令なんか聞かずに自由に仕事をしている。日本中の個人が政府の命令を聞かずに自由に暮らしているのと同じことである。政府は国民みんなに悪いことをするだけで、国民みんなの幸福の面倒までもは見てくれないのである。
だから、政府は民主主義で選挙や議会をやって国民に国民みんなを拝[おが]ませているだけである。もともと民主主義とはそういうものなのだ。今の国民には国民みんなを拝む喜びはないから、そんなことはしてもらわなくていい。
政府は国民みんなの役に立つことはやっていない。水道や清掃や役所や天気予報しか役に立つことはやっていない。政府は国民の役に立つことは国民から直接にお金をもらってやっている。たぶん天気予報も農協か商店街かどこかからお金をもらってやっているのだろう。
政府は国民みんなの役に立つことをやっていない。政府は善いことをやっていない。だから、政府は悪いことをする会社なのだ。政府は強盗や殺人や嫌がらせをやる会社なのだ。税金は政府が国民からお金を強盗することなのだ。政府が国民一人一人と契約を取ってから税金を取らないのは、税金が強盗だからだ。政府は国民から取った税金を使って悪いことをやったり、選挙や議会をやって国民みんなを拝ませたり、国家公務員に無駄[むだ]なことをやらせているのだ。
昔は国民みんながマゾだったので、国民みんなが自分が強盗されたり殺されたり嫌がらされたりするのが好きだったので、政府は悪いことをやっているのである。(昔のみんなはマゾだったから強盗されたり殺されたり嫌がらされたりするのが好きだった。しかし、政府や宗教団体や暴力団以外の人は悪いことをしてはいけなかった。それはみんなが悪いことをすると、悪いことが多すぎてみんなが暮らしにくくなるからである。)
しかし、今の国民みんなはマゾではないから“悪いことをされる喜び”がないし、“国民みんなを拝む喜び”もない。だから、今の国民みんなにとっては政府が要らない。政府は国民に悪いことをしたり国民みんなを拝ませたりする会社だから、政府と国民は平等である。政府は水道や清掃や役所や天気予報などをやるだけで大した善いことをやっていない。だから、今の国民みんなは政府の言うことを聞かず政府にお金をやらず政府を潰せばいいのである。

[23758] どうして政府の省庁に勤める公務員はわざわざなんにもならないことをやらねばならないのか? h30.4.17
昔のみんなはマゾだったが、マゾは道徳に反することだったので、隠してマゾをやらねばならなかった。そのために、みんなは嘘[うそ]をついて「政府が善いことをする会社である」ことにして、実際には政府に悪いことをやらせていた。みんなは「政府が善いことをするためにみんなからお金を取っている」と嘘をついて政府にみんなから強盗させたり、「政府が人殺しなんかするわけがない」と嘘をついて政府に人殺しをさせたり、「政府にはなにか深い考えがある」と嘘をついて政府に嫌がらせをさせていた。みんなは「政府が善いことをする会社である」と嘘をつくだけでは弱いので、実際に政府に水道や清掃や役所や天気予報などの仕事をやらせた。
昔のみんなは国民みんなを拝[おが]むのが好きだったが、国民みんなを拝むのが不合理的でみっともなかったので、隠して国民みんなを拝まねばならなかった。そのために、みんなは嘘をついて「政府は民主主義で国民みんなの総意に基づいて国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」ことにして、実際には政府に選挙や会議をやらせて国民に国民みんなを拝ませさせていた。みんなは「政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と嘘をつくだけでは弱いので、実際に政府にたくさん省庁を建てさせて、たくさんの公務員を雇わせた。みんなはたくさんの公務員に国民みんなの役に立たない無駄なことをやらせた。
そもそも「政府が民主主義で国民みんなの総意に基づいて国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」のは国民みんながついた嘘である。政府がついた嘘ではない。国民みんなが自分たちが国民みんなを拝んでいるのを隠すためについた嘘である。国民みんなは自分たちが国民みんなを拝んでいるのを隠すために、政府にたくさんの省庁を建てさせて、たくさんの公務員を雇わせた。国民みんなはたくさんの公務員を省庁で仕事をせずに遊ばせるために雇ったのではなく、自分たちが国民みんなを拝んでいるのを隠すために雇ったのだから、たとえ実際には公務員が国民みんなが幸福に暮らせる国を作っていなくても国民みんなと同じくらいきつい仕事をしないといけない。そのために、国民みんなは政府の省庁の公務員に毎日朝から晩まで無駄な仕事をさせたのである。「政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」のは、政府が国民みんなを騙[だま]すためについた嘘ではなく、国民みんなが自分たちが国民みんなを拝んでいることを隠すためについた嘘だから、たとえ政府の省庁に勤める公務員が実際に国民みんなが幸福に暮らせる国を作っていなくても、政府の省庁に勤める公務員は遊んで寝ていてもいいわけではなく、無駄な仕事を毎日朝から晩まで汗水流して一生懸命しないといけないのである。
そういうわけで政府の省庁に勤める公務員は毎日国民みんなの役に立たない無駄なことをやっているのだ。暇つぶしのどうでもいいことを一生やり続けているのだ。もっとも、政府の省庁に勤める公務員は給料はちゃんともらえるから、そのために国民みんなは政府に余計な高い税金を払わねばならないのだ。
昔はみんながマゾだったから、政府に高い税金を取られるのが快感だったから、喜んで政府に税金を払っていた。昔のみんなはたくさん働いてたくさん稼[かせ]いでたくさん政府に税金を払ってたくさん喜んでいたのだ。
しかし、今はみんながマゾではないから、政府に高い税金を取られるのが不快だから、政府に税金を払わなくなった。
政府は国民みんなからお金をもらえなくなって、政府の省庁に勤める公務員に給料をやれなくなっている。政府は政府の省庁に公務員を雇うのをやめている。政府の省庁は空[から]っぽになっている。政府の省庁は建物がただ建っているだけで、建物の中には誰もいなくなっている。だから、政府は国民から税金をもらえなくなっても、そんなに急には困らないのだ。政府は無駄な部分を削ればいいから、そんなに急には潰[つぶ]れないのだ。政府はかなりの国民が政府に税金を払わなくなっても耐えられるように出来ているのだ。
「政府が善いことをする会社である」のは嘘だから、本当は政府は悪いことをやっている。政府はたくさん悪いことをやっている。国民みんなは嘘を補強するために政府にちょっとだけ本当に水道や清掃や役所などの善いことをやらせて、あとは悪いことばかりやらせている。嘘だけだと嘘っぽくなりすぎるから、嘘のリアリティを高めるためにちょっとは本当のことをさせるのだ。
同じように「政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」のは嘘だから、本当は政府は国民みんなが幸福に暮らせる国を作っていない。政府の省庁は国民みんなの役に立たない無駄なことをたくさんやっている。国民みんなは嘘を補強するために政府の省庁にちょっとだけ本当に国民みんなの役に立つことをやらせて、あとは国民みんなの役に立たない無駄なことばかりやらせているのである。
政府は悪いことをすることと国民みんなを拝ませることをやっている。昔のみんなは政府が悪いことをすることにちょっとだけ善いことをすること(水道や清掃や役所などのこと)をくっつけて、嘘をついて悪いことをすることを善いことをすることに見せかけて、政府が悪いことをしていることを善いことをしているように見せかけた。それと同じように、昔のみんなは政府が国民みんなを拝ませることにたくさん省庁を付け足して、嘘をついて国民みんなで選挙で議員を選んで議員が議会をやってそれを政府の省庁が具体化して国民みんなが政府の省庁の命令を聞いて政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作っていることに見せかけて、政府が国民みんなを拝ませることを国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることに見せかけたのだ。実際には、国民みんなは自分たちで動いて国民みんなが幸福に暮らせる国にしているのであって、けっして政府の省庁の命令で国民みんなが幸福に暮らせる国にしているのではない。政府の省庁はただ建っているだけで、国民みんなの役に立つことをせず、中では暇つぶしのどうでもいいことをやっているだけである。
政府は本当は国民に悪いことをして、国民に国民みんなを拝ませる会社である。政府は見かけは善いことをして、国民みんなが幸福に暮らせる国を作る会社だが、中身は悪いことをして国民みんなを拝ませる会社である。今の国民みんなは政府の見かけに騙されないようにして、政府の中身を見極[きわ]めねばならない。今の国民みんなは昔の国民みんなの嘘に騙されないようにして、昔の国民みんな(いわゆる屍[しかばね])を乗り越えて生きて行かねばならない。今の国民みんなは昔の国民みんなに負けていてはいけない。今の国民みんなは昔の国民みんなが仕掛けた罠[わな]に引っかかって苦しんでいてはいけない。政府についての問題は今のみんなと昔のみんなの戦いなのだ。


[23759] 政府は馬鹿の会社である。 h30.4.17
昔はみんながマゾだったが、マゾは道徳に反するのでみんなは隠れてマゾをやらねばならなかった。みんなは悪いことをする会社を建てて、嘘[うそ]をついて悪いことをする会社を善いことをする会社に見せかけていた。それが政府である。みんなはまともな仕事ができない役立たずの馬鹿を政府に入れて、政府に強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことや“暇つぶしのどうでもいいこと”をやらせていた。“馬鹿でもできる簡単なこと”をやらせていた。だから、政府は水道や清掃(ゴミのかたづけ)や役所などの仕事をやったり、選挙や議会や省庁の仕事(なんの役にも立たない書類を作ること)をやったりするのだ。
政府は馬鹿の会社である。政府は馬鹿がやる仕事である。政府は普通のまともな仕事ができない馬鹿が勤める会社である。だから、映画『猿の惑星』では政府が人間よりも頭が悪い猿に喩[たと]えられているのだ。
しかし、今はみんながマゾではない。だから、今はみんなが政府が要らない。だから、今はみんなが政府にお金をやらなくなって政府を潰[つぶ]しているのだ。

[23760] どうしてみんなは「空耳がない」という嘘[うそ]をつくのか? h30.4.18
人間は実在を自分の眼で見て自分の頭で考えて実在を知り、実在の中で自分の心を満足して幸福になる。これが道徳の原理である。道徳の原理がわかったのは古代である。道徳とは人間が幸福になるための方法についての知識である。
『空耳がある』ことにすると、人間が空耳ばかり聞くようになって、実在を自分の眼で見なくなって自分の頭で考えなくなって実在がわからなくなって道徳の原理に背[そむ]くことになる。「空耳がない」ことにすると、人間は他人の目に頼らずに実在をしっかりと自分の眼で見て自分の頭で考えて実在を知ることになるので、道徳の原理に即している。だから、人間は道徳の原理を守るために「空耳がない」という嘘をつくことにしたのである。しかし、実在の世界では本当は『空耳がある』のだ。
「空耳がない」のは嘘である。本当は『空耳がある』のだ。みんなは「空耳がない」という嘘に騙[だま]されて「空耳がない」という嘘を信じてはいけない。『空耳がある』ことを知っていないといけない。
昔はみんなが『空耳がある』ことを知っていたが、口先では「空耳がない」と言って自分が道徳の原理を守っているふりをしていた。つまり、昔の人は本当はいつも空耳を使って空耳を聞きながら空耳で言いながら(つまりテレパシーを使いながら)生きていたのに、見栄[みえ]を張って自分が道徳の原理を守っているふりをするために「空耳がない」という嘘をついていたのだ。昔の人が本当は毎日朝から晩まで『性欲を満足していた』のに、見栄を張って道徳を守っているふりをするために人前では「性欲を満足していない」ふりをしていたのと同じことだ。昔の人が本当は自分が政府に悪いことをされて喜んでいたのに、見栄を張って道徳を守っているふりをするために人前では「政府が善いことをする会社だ」と言って自分が政府に悪いことをされて喜んでいないふりをしていたのと同じである。
『空耳がある』ことは野蛮で格好[かっこ]悪いから、昔のみんなは「空耳がない」と嘘をついて格好つけていたのである。本当はみんなが空耳を毎日使いながら格好悪く生きていたのである。空耳や性欲やマゾは人前で隠せることだから、昔の人は一生懸命に嘘をついてまともぶっていたのだ。
「空耳がない」のは昔の人が見栄を張るためについていた嘘である。本当は『空耳がある』のである。今の人は昔の人の嘘を真[ま]に受けて「空耳がない」と思ってはいけない。今の人は嘘と本当をちゃんと区別して、本当は『空耳がある』ことを知っていないといけない。「空耳がない」と思って油断して隠れて悪いことをやってはいけない。『空耳がある』と思って、空耳が聞こえないように注意しないといけない。
今は科学の時代である。今はみんなが実在の世界の中で自分の心を満足して生きる時代である。今の人には実在の世界しかない。だから、今の人は嘘をつく必要がない。今の人は正直に自分がやっていることを言えばいいのだ。今の人は正直に『空耳がある』と言って『空耳がある』ことを認めて、自分の大脳の古皮質を興奮させないようにして空耳を使わなければいいのである。自分が性欲を満足しないようにして自分の大脳の古皮質を興奮させないようにして空耳が聞こえないようにしないといけないのだ。昔の人は文明が遅れていて面白い物がなかったのでやむを得ず性欲や“悪いことをされる喜び”を満足しないといけなかったので大脳の古皮質が興奮して空耳を使っていた。いつも空耳が聞こえていた。今の人は文明が進んで面白い物があるので性欲や“悪いことをされる喜び”を満足しなくていいので大脳の古皮質を興奮させなくなって空耳を使わなくなっている。空耳が聞えないのが普通になっている。今の人は空耳を使わなくてもよくなっている。だから、今の人は空耳を使わなければいいのである。しかし、たとえ今の人が空耳を使っていなくても本当は『空耳がある』から、自分が「空耳がない」と思って隠れて悪いことをして空耳で周[まわ]りのみんなに自分が悪いことをしていることが知られてみんなから『道徳を知らない馬鹿だ』と思われてみんなに空耳で悪口を言ってからかわれることになって自分が空耳で周りのみんなの悪口が聞こえるようになって不愉快[ふゆかい]になって暴れ回らないようにしないといけない。要するに、実在の世界には『空耳がある』から、たとえ隠れていても悪いことをしてはいけないのだ。
空耳がどうしてあるかは今のところはまだわかっていない。今後科学的に研究して空耳の原因を解明しないといけない。そうすれば、空耳が聞こえないようにできるかもしれない。ただ、空耳も多少は役に立っているかもしれないから、むやみに空耳をなくすのはいけないかもしれない。
空耳の実体は電波かもしれない。大脳の古皮質にある“テレパシー器官”(電波のアンテナ)から電波が出て他人の大脳の古皮質にある“テレパシー器官”に伝わっているのかもしれない。電波を止めるのは難しいから、空耳を聞こえなくするためには自分の大脳の古皮質を興奮させないようにして“テレパシー器官”を働かせないようにするしかない。

[23761] 政府の省庁はどのくらい国民みんなが幸福に暮らせる国を作っているか? h30.4.18
昔のみんなはマゾだったが、マゾは道徳に反することなので、「政府が善いことをする会社だ」という嘘[うそ]をつきながら政府に悪いことをしてもらっていた。みんなは言葉で嘘をつくだけでは弱いので、実際に政府に水道や清掃や役所などの善い仕事をさせていた。言葉で嘘をつくだけでは嘘がミエミエになるので、嘘を本当だと思わせるために実際に政府に善いことをさせていたのである。「政府が善いことをする会社である」のは嘘だから、みんなは「政府が善いことをする会社である」ことが“本当にならない程度”に政府にちょっとだけ善いことをしてもらっていた。
それと同じように、昔のみんなは国民みんなを拝むのが好きだったが、国民みんなを拝むのは不合理的でみっともないので、「政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」という嘘をつきながら、政府にたくさん省庁を建ててもらってたくさんの公務員を雇ってもらって、政府に選挙や議会をやってもらって国民みんなを拝んでいた。みんなは言葉で嘘をつくだけでは弱いので、実際に政府の省庁に国民みんなが幸福に暮らせる国を作ってもらっていた。「政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」のは嘘だから、みんなは「政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」ことが“本当にならない程度”に政府に国民みんなが幸福に暮らせる国をちょっとだけ作ってもらっていた。
だから、政府の省庁は「政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」ことが“本当にならない程度”に国民みんなが幸福に暮らせる国を作っているのだ。もともと「政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」ことは嘘なのだから、嘘は嘘でなければならないから、嘘が本当になってはいけないから、政府の省庁はあまり国民みんなが幸福に暮らせる国を作らないのである。政府の省庁は国民みんなが幸福に暮らせる国を本気になって作らないのである。「政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作る」ことが本当になってはいけないのだから、政府はみんなの役に立つことよりもみんなの役に立たないことを多くやっているのだ。また、「政府が善いことをする会社である」ことが本当ではいけないから、政府は水道や清掃や役所などの善い仕事以上に悪いことをたくさんやっているのだ。
「政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」のは嘘である。政府は嘘で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っているだけである。嘘で仕事をやっても仕事をやっていることにはならない。だから、嘘なのである。国民が政府にお金をやっても無駄[むだ]である。国民が政府の省庁にたくさんお金をやって役に立つことをちょっとだけやってもらって、役に立たないことをたくさんさせているだけである。お金がもったいない。政府が“嘘の仕事”をしているのなら国民は政府に“嘘のお金”を払えばいい。うなぎの匂[にお]い代にお金の音を聞かせるのと同じである。
「政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」のは嘘である。国民みんなは嘘に対してわざわざ本物のお金を払う必要はない。国民みんなは政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]せばいいのである。政府のような国民みんなにとって役に立たないことをする会社をなくして、もっと国民みんなのために役に立つことをする会社にお金をやって仕事をやってもらわねばならない。

[23762] 国民が政府にやった税金や保険金はどのように使われているか? h30.4.19
今の多くの国民が政府の言うことを聞いて政府に税金や保険金を払っているのは、政府についての嘘[うそ]を本当だと誤解して「政府が善いことをする会社であり、政府が国民みんなの総意に基づいて国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と思っているからである。
しかし、本当は『政府は強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをして、選挙や議会をやって国民みんなを拝ませている』だけである。(政府が国民と契約を取らずに税金を取っているのは、税金が強盗だからである。税金が政府が国民からお金を強盗することだからである。政府は強盗をやっている。政府は悪いことをやっている。政府は悪いことをする会社である。だから、政府は殺人や嫌がらせもやっているのだ。)
国民みんなが政府にやった税金や保険金は、政府が悪いことをすることと、国民みんなを拝ませることと、政府の省庁が役に立たないことをすることに使われているだけである。そのほか、国民は政府の水道局や清掃局や役所に別にお金を払って仕事をしてもらっている。(h30.4.20補足:政府は税金で国民に善いことなんかしていない。政府は国民の役に立つ施設を建てることがあるが、その都度[つど]国民から税金とは別に利用料金を取っている。例えば、瀬戸内海大橋や市民プールや県民プールなどは利用者からお金を取っている。政府が善いことをする場合には、税金とは別に国民からその都度直接に利用料金を取るようになっている。政府は税金や保険金で国民に悪いことか国民の役に立たないことをするだけである。だから、国民は政府に税金ヤ保険金を払わなければいいのである。)
今の国民はマゾではないし、国民みんなを拝むのが好きではないから、政府に悪いことや国民みんなを拝ませてもらうことや政府の省庁に役に立たないことをしてもらいたくない。政府と国民は平等である。だから、今の国民は政府に税金や保険金などのお金をやらなければいい。国民みんなで政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]せばいい。
会社の事務も政府と同じようにみんなの役に立つことをしているふりをして、本当は強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをやって、みんなの役に立たない暇つぶしのどうでもいいことをやっているだけである。会社の事務はみんなの給料からお金を強盗して、さらに政府と組んでみんなの給料から税金を天引きしている。今の人にとっては政府も会社の事務も両方とも要らない。だから、今の人は会社の事務にも政府にもお金をやらないようにして両方とも潰せばいいのである。(新入社員が書類を書いて課長に頭を下げるのは仕事ではない。新入社員と課長が組んで仕事の真似事[まねごと]をしているだけだ。形だけの仕事をしているだけだ。2人で組んでどうでもいい暇つぶしをしているだけだ。みんなの役に立たないことをして給料をもらっているだけだ。そいつらはほかのみんなからお金を強盗するために生きているだけのクズだ。新入社員も課長も両方とも要らない人間だ。物を作ること以外は仕事ではない。みんなは物を作る仕事をしないといけない。/私が大学を出て仕事をし始めたころ、派遣会社に就職してすぐに三重県の伊賀上野のキャノンの工場に送られたが、最初の日に私はやることがなくて、暇つぶしのために別のもうひとりの年配[ねんぱい]の人といっしょに大きなビニール袋いっぱいに入った小さい部品の数を数えさせられた。私は一生懸命に一個一個数えていたが、もう一人の人はいいかげんに数えるだけだった。けっきょく部品の数なんかどうでもいいことだった。私は“暇つぶしのどうでもいいこと”をしていただけだった。)
昔の人がマゾだったために政府や事務などの仕事が出来た。つまり、悪いことをしたり役に立たないことをする仕事が出来た。そのため、今でも多くの人が政府や事務の仕事に就[つ]いて悪いことや役に立たないことをやっている。今のみんなが迷惑する上に、お金がすごく無駄[むだ]になっている。だから、みんなで社会から政府や事務の仕事をなくして多くの人が悪いことや役に立たないことをしないようにして、多くの人をほかの仕事に就かせてみんなの役に立つことをさせないといけない。

[23763] どうして私は音痴[おんち]なのか? h30.4.19
私は子供の頃から音痴である。それは、私が自分の脳で“五感→知覚変換”をしているからである。つまり、五感で見たことを知覚で考えることに変換して物を見ている。イメージ(視覚像)を言葉(イデア、概念)の組合せに変換して物を見ている。
私は五感よりも知覚が発達している。いつも五感よりも知覚を使っている。
五感には“音感”があるが、知覚には“音感”がない。
私はいつも五感で見たものを知覚に変換して見ているから、五感の感覚(つまり感じること)が弱く知覚の感覚が強い。だから、私はいつも“音感”を感じずに認識しているから音痴なのだ。
私に限らず日本人は知覚が発達しているから音痴が多い。逆にヨーロッパ人は五感が発達しているから音楽の才能がある。
女は男よりも知覚が未発達で、五感のほうが知覚よりも強い。だから、女は音感がよくわかるから音楽の才能があるのだ。
私は音痴だから“音感”がわからないから、音楽にはあまり興味がないから、テレビで歌謡番組を見ない。私は歌なんか知らない。だから、みんなは私に歌を歌わせてはいけない。
私は自分が音痴であることを誇[ほこ]りに思っているが、歌を知らないので歌いようがないのだ。

[23764] 昔は文学の時代だった。今は科学の時代である。 h30.4.20
昔はみんながマゾだったが、マゾであることが恥ずかしかったので、みんなが隠れてマゾをやっていた。そのために、昔はみんなが政府に強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをやってもらっていたが、みんなは「政府は善いことをする会社だ」と嘘[うそ]をついていた。
昔はみんなが国民みんなを拝んでいたが、国民みんなを拝むことが恥ずかしかったので、みんなが隠れて国民みんなを拝んでいた。そのために、昔はみんなが政府に選挙や議会をやってもらって国民みんなを拝んでいたが、みんなは「政府が民主主義で国民みんなの総意に基づいて国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と嘘をついていた。
そういうわけで、昔はみんなが「政府は善いことをする会社で、民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と嘘をつきながら、実際には政府に悪いことをされて、国民みんなを拝んで喜んでいたのである。
しかし、今ではみんながマゾではなくなって、国民みんなを拝む喜びもなくなっている。そのために、多くの人が現実に政府がやっていることがわからなくなって、昔のみんながついていた嘘を本当だと思って「政府が善いことをする会社で、民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と思っている。
多くの人は「政府が国民みんなのために善いことをする会社だから、政府は国民みんなを後ろ盾にしていて国家権力があるから、国民はみな政府に従わねばならない」と思って政府の言うことをなんでも聞いてなんでもやって、政府の命令で政府に税金や保険金を払って、人殺しや強盗や嫌がらせをやって、自殺をやっている。「政府に国家権力がある」と思っている人は、政府を後ろ盾にして、政府の命令でどんなことでもやる。例えば、政府の命令で他人の給料から勝手に税金を天引きしたりする。つまり、政府の命令で強盗したりする。
しかし、本当は政府は悪いことをする会社であり、国民みんなを拝ませているだけである。多くの人は「政府が善いことをする会社で、国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」のが嘘だと思って政府の言いなりにならないようにして、本当は『政府は悪いことをする会社で、国民みんなを拝ませているだけだ』と思って『政府と国民は平等だ』と思って『今の自分はマゾではなく国民みんなを拝む喜びがない』と思って政府の言うことを聞くのをやめて政府にお金をやるのをやめて政府を潰[つぶ]さねばならない。
昔は文学の時代だったから、昔の人は嘘をついて現実をごまかすのが好きだった。たとえ現実がひどくても、嘘で現実を美化していた。だから、昔の人は現実には『マゾで政府に悪いことをされて喜んでいた』のに、嘘をついて「自分が健全な人間であって、政府に善いことをしてもらって喜んでいる」ことにしていた。昔の人は現実には『国民みんなを拝んで喜んでいた』のに、嘘をついて「政府に民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作ってもらっている」ことにしていた。
今は科学の時代である。今の人はありのままの現実が好きである。今の人はわざわざ嘘をついて現実をごまかしたりしない。だから、今の人は現実には『政府が悪いことをする会社であり、国民に国民みんなを拝ませているだけであり、政府と国民は平等だ』と思って、政府の言うことを聞かないようにして政府を倒さねばならない。早くみんなで政府を倒して、みんなが幸福に暮らせる世の中にしないといけない。
人間が文学をやると空想や眼先のことがよくわかるようになって、政府についての嘘を本当だと思って信じて「政府が善いことをする会社で、民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と思うようになって、政府の省庁がたくさん建っているのを眼先で見て自分が眼先で見たことをそのまま信じて「政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせるようにしてくれている」と思うようになる。
反対に、人間が科学をやると実在のことがよくわかるようになって、『政府が悪いことをする会社で、国民みんなを拝ませているだけだ』ということがよくわかる。『政府の省庁はみんなの役に立たない暇つぶしのどうでもいいことをしているだけである』ことがわかるようになる。『今の人にとって政府が要らない会社である』ことがわかるようになる。
人間が本当に幸福になるためには、人間が実在を知って実在の中で自分の心を満足しないといけない。だから、今の人は科学をやって文学をやってはいけない。今の人は実在がわかるようになって、空想や眼先がわかるようになってはいけない。今の人は『政府が悪いことをする会社である』ことがわかるようになって「政府が善いことをする会社である」ことがわかるようになってはいけない。人間が文学をやると嘘や眼先に引っかかりやすい。だから、今の人は文学をやってはいけない。人間が文学をやると実在に目を向けなくなって実在のことがわからなくなって、空想や眼先にばかり目を向けるようになって空想や眼先のことしかわからなくなる。文系は文学をやりすぎて実在のことがわからないから空想や眼先のことしかわからないから、政府についての嘘を真[ま]に受けて「政府が民主主義で善いことをする会社だ」と思って政府に言いなりになっている。政府の省庁を真に受けて「政府が民主主義で国民みんなのために善いことをやっている」と思って政府の言いなりになっている。政府の命令で強盗や殺人や嫌がらせなどをやっている。文系だから政府のことに詳[くわ]しいのではなく、文系だからこそ政府のことを知らないのだ。みんなは文学をやらないようにして文系みたいになってはいけない。
人間は嘘をついて利口ぶるから馬鹿になる。人間は正直に自分が馬鹿であることを認めて自分が馬鹿であることから出発して、本当に自分がわかることだけを考えて、少しずつ自分がわかることを増やして行っていろんなことがわかるようになればいいのだ。知ったかぶりをするとそこからあとが全部わからなくなるから、知ったかぶりをしてはいけない。
文系の人間がいるから、文系は空想や眼先しかわからないから、空想や眼先のことをする仕事があるのだ。そのために、多くの人が実在がわからなくなって、文明が遅れて進まなくなる。だから、文系は要らない。みんなで文系を皆殺しにして、みんなが実在がわかるようにして、文明が進むようにして、いい世の中にしないといけない。

[23765] どうして医者は馬鹿なのか? h30.4.20
昔は医者は祈祷師[きとうし]だった。昔は病気は悪霊である病魔が起こすと思われていたので、医者は病魔を御払いして退散させるのが仕事だった。昔は医者は馬鹿がやる仕事だった。医者はまともな仕事がやれない馬鹿がやる仕事だった。
そういうわけで、今でも医者は馬鹿なのだ。医者の子は医者だから、馬鹿の子は馬鹿だから、今でも医者は馬鹿なのである。
馬鹿にやるお金はない。だから、私は医者にお金をやらないために、政府の医療保険に入っていないのである。
医学部はテストの点数がいいが、そんなことはどうでもいい。『馬鹿の子が馬鹿である』ことのほうがテストの点数よりも確実だ。だから、とにかく医者は馬鹿なのである。たとえ医者がテストで点数がよくても馬鹿は馬鹿なのである。
医学に理論はない。だから、医者は理屈がわからなくてもやれる仕事である。医者は理屈がわからない馬鹿のほうがよくできる仕事である。だから、いまだに医者は馬鹿がやる仕事なのである。
早く医学がもっと進んで医学が理論的になって、医者が馬鹿がやれない仕事になって欲しい。

[23766] 米屋のこと h30.4.20
私の父親は公務員だった。地方公務員で警察署の会計課に勤めていた。
私は大学生のころから親とは別居していた。私の父も母も両方とも死んでしまってこの世にはいない。
私の母は近所の米屋に頼んで米を配達してもらっていたが、父親が生きている時だけおいしいお米を配って、父親が死んでいなくなってからあとはコクゾウムシがいっぱい湧[わ]いたまずいお米を配るようになった。
おそらく、そのお米屋は「公務員が善いことをする人である」「政府が善いことをする会社である」と誤解していたのだろう。だから、父親が生きているときだけ、おいしいお米を配達していたのだろう。
世の中には政府についての嘘を本当だと思って政府や公務員のことを誤解している人が多い。そのために、みんなが不幸になっている。みんなが迷惑している。
本当は『政府は悪いことをする会社であり、公務員はみんなの役に立たないことをやっている。』今の国民みんなにとっては政府がなくなったほうがいい。だから、米屋は公務員にまずい米を食わせてやるためにまずい米を配達してやればいい。公務員でない家においしいお米を配達してやればいい。

[23767] どうして高い所に登ると幻聴(テレパシー)がよく聞こえるのか? h30.4.21
町の近くにある高い山に登ると平地よりも幻聴がよく聞こえる。
それは、自分と他人との間にテレパシーはを遮[さえぎ]る物がないからである。平地にいるときは、自分の周[まわ]りの大勢の人が自分の脳から出るテレパシー波を脳のテレパシー器官(テレパシー波のアンテナ)で吸収して自分のテレパシー波が遠くまで伝わらないが、自分が高い山に登ると自分と他人の間に大勢の人を挟まなくなるので、自分の脳から出たテレパシー波が大勢の人のテレパシー器官によって吸収されず遠くまで伝わる。普通の電波と同じことである。他人と自分を逆にしても同じことである。だから、自分が低い所よりも高い所にいるときのほうが、自分にテレパシーがよく聞こえるのである。
だから、テレパシーに敏感な人は夜寝るときはなるべく低い所を選んだほうがいい。そのほうが自分にテレパシーが聞こえなくてよく眠れる。
旺文社の国語の参考書に書いてあったことだが、冬山で遭難した男がテレパシーで母親に自分が遭難したことを知らせて救助されたのも、山の高い所にいたからである。

[23768] 『ついでにとんちんかん』 h30.4.22
昔はみんながマゾだったので、政府に強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをしてもらって喜んでいた。しかし、みんなは自分がマゾであることが恥ずかしかったので「政府が善いことをする会社だ」と嘘[うそ]をついていた。「政府が善いことをするために税金を取っている」「政府が人殺しをするわけがない」「政府には深い考えがある」と嘘をついて、政府に強盗や殺人や嫌がらせをしてもらって喜んでいた。
しかし、今では文明が進んでみんなが自然を支配して物が豊かになって生活環境がよくなってマゾではなくなっている。そのために、多くの人が『政府が悪いことをする会社である』ことがわからなくなって「政府が善いことをする会社である」という嘘しかわからなくなって、政府が本当に善いことをする会社だと思っている。政府に善いことをしてもらうために政府に税金を払っている。
だから、『ついでにとんちんかん』と言うのだ。みんながマゾでなくなった“ついでに”政府のことが“わからなくなっている”から『ついでにとんちんかん』というのだ。
今の多くの人は政府のことがわかっていないから、政府のことを勉強して知らねばならない。政府は本当は強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをする会社である。今の人はマゾではないから政府があってはいけない。だから、今の人は政府に税金や保険金を払わないようにして政府にお金をやらないようにして政府を倒せばいいのである。
ちなみに、『ついでにとんちんかん』は1980年代に流行[はや]ったギャグアニメである。私も大学から帰って下宿で夕飯[ゆうはん]を食べながら再放送をよく見ていた。間抜作[あいだぬけさく]が政府で、中東風[ちゅんとんぷう]が今上天皇で、白井甘子[しらいかんこ]が私で、発山珍平[はつやまちんぺい]が皇太子で、天地無用[あまちむよう]が私である。当時の私はどうして“ついでに”と言うのだろうと疑問に思っていた。
h30.4.27追加:『ついでにとんちんかん』の作者はえんどコイチである。えんどとはENDのことで終わらせることである。コイチとは、一の子のことであり、一は初代天皇の神武天皇のことだから天皇家のことである。または、コイチとは、コイチ←コいチ←川ブ(コい≒川、チ≒ブ)←川野延夫[かわののぶお](私の名前)←私のことである。つまり、えんどコイチとは、みんなで国家宗教を終わらせようということである。おそらくえんどコイチ自身が決めた名前ではないだろう。

[23769] 政治の“政”とはどういうことか? h30.4.22
政とはみんなが神や国民みんなを拝むことである。要するに拝むことである。
昔は、みんなが神や国民みんなを拝んで喜んでいたので、政府が天皇を置いたり選挙や議会をやったりしてみんなに神や国民みんなを拝ませてみんなを喜ばせて国を治めていた。今ではみんなが神や国民みんなを拝むのがつまらなくなって形骸化[けいがいか]している。今でも政府の選挙の宣伝カーが「国民の皆さんはぜひ投票して政治に参加してください」と言うのは、その名残[なごり]である。
一方、幕府は身分制をやって国を治めていた。昔はみんなが幕府の代表者(徳川家)を拝んで喜んでいたので、幕府はみんなに徳川家を拝ませてみんなを喜ばせて国を治めていた。
政府も幕府も裏では国民みんなに悪いことをしてみんなを喜ばせていた。じつはこちらのほうが政府や幕府にとってメインの仕事だった。国民みんなにとっては自分がマゾであることのほうが自分が神や国民みんなを拝んでいることよりももっと恥ずかしかったので、みんなは政府や幕府がみんなに悪いことをしていることはけっして口にしなかったのだ。

[23770] 西田幾多郎の哲学 h30.4.25
私は高校生の頃に友達の和田高明君の勧めで西田幾多郎の『善の研究』を読んだ。当時の私は意味がわからないままガムシャラに読んだ。
西田幾多郎はこの本の中で“主客未分”こそが善であると述べている。つまり、“主客未分”が人間が幸福に生きる道だと述べている。
“主客未分”とは実在の中で自分の心を満足することだ。“実在について考える喜び”とか“景色を見る喜び”とか“運動する喜び”とかを満足することだ。
主観とは心のことで、客観とは実在のことで、主客未分とは心と実在を統合することだから、実在の中で自分の心を満足することになる。それが昔からの日本人の生き方だ。日本人の哲学だ。

[23771] どうして女は外見をよくするのか? h30.4.25
女は男よりも脳が弱いから、女は男から見られる存在である。
女は“見られる存在”だから外見をよくしようとする。男は“見られない存在”だから外見はほったらかしである。
馬鹿は他人に見られる存在だから外見をよくしようとする。反対に、利口は他人から見られない存在だから外見をよくしようとしない。だから、人間の外見を見れば馬鹿か利口かがわかる。
馬鹿は楽しいふりをしているだけで楽しくない。利口は楽しいふりをしていないが楽しい。馬鹿は見られる存在だから“他人に見られる喜び”ばかり満足して自分の本心を満足しないから楽しくない。反対に、利口は見る存在だから“他人に見られる喜び”がないから自分の本心を満足するから楽しいのだ。
馬鹿は見られる者であり見られる喜びがあるだけだ。利口は見る者であり見る喜びがある。
要するに、馬鹿は見られる者になる。利口は見る者になるのだ。馬鹿は見られる者としての道徳があり、利口は見る者としての道徳があるのだ。馬鹿と利口は別の生き物である。だから、利口に見られる者としての道徳を押し付けたり、馬鹿に見る者としての道徳を押し付けたりしてはいけない。
世の中は実力で決まるのだ。頭の良し悪しの実力で見る者か見られる者かが決まるのだ。たとえ試験の点数はごまかせても、頭の良し悪しはごまかせない。馬鹿が見る者になったり、利口が見られる者になることはできない。
女は生まれつき脳が動物的で馬鹿である。しかし、男は生まれつき馬鹿ではない。男が馬鹿になる原因は性欲のためである。性欲を満足すると男は馬鹿になる。だから、男は性欲を満足してはいけない。人間にとっては見られる者であるよりも見る者であるほうが幸福である。だから、男は自分が幸福であるために性欲を満足してはいけない。
馬鹿がいくら威張[いば]ってもみんなよりも上の者にはなれない。馬鹿が威張っても下の者のままだ。馬鹿は死ぬまでみんなに見られるだけで見る者にはなれないのだ。
学者の大半は自分が性欲を満足するために自分が生きるためにお金が要るのでいやいやしかたなく学業をやってお金を稼いでいるだけである。そんな怠慢[たいまん]な学者は要らない。そんな学者は捨てればいい。

[23772] 医療保険 h30.4.27
医療保険は保険会社にお金を取られるだけだ。自分の貯金から直接にお金を払ったほうが保険会社にお金を取られないぶん安上がりだ。医療保険は客の不安に付け込んでお金を取る方法だ。第一、自分が将来病気になるかならないかわからないのに自分の病気に対してお金を払う必要はない。自分がちゃんと病気になってから病気に対してお金を払えばいい。医療保険に入るよりも自分が病気にならないように気をつけたほうがいい。
自動車保険も保険会社にお金を取られるだけだから、入らないほうがいい。自分で直接に轢[ひ]いた相手にお金を払って相手に謝ったほうがいい。
保険は自分が働かずに客からお金を取ってお金を稼[かせ]ぐ方法である。客は保険会社に一方的にお金を取られるだけである。保険会社は客からもらったお金で毎日酒を飲んで遊びたい放題だ。そんなものに引っかかるほうが馬鹿だ。保険に入るのはお金持ち馬鹿だけだ。
政府も保険をやっている。医療保険や厚生保険や社会保険などたくさん保険をやっている。しかし、それは政府が国民からお金を強盗するためだ。政府は強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをする会社だから、政府は悪いことをするために保険をやっているのだ。保険会社は政府のような悪いことをする会社ではないから、政府を真似[まね]て保険をやってはいけない。
昔はみんなが貧乏だったのでお金に余裕がなかったので保険会社なんかなかった。戦後になって文明が進歩してみんなが物やお金が豊かになってお金に余裕が出てきてから保険会社が建ってみんなからお金を取るようになった。だから、保険会社はみんなのお金の余裕に集[たか]る会社である。もともと保険会社なんか要らない。保険会社は要らない会社である。保険会社は詐欺[さぎ]まがいの詐欺すれすれのガラの悪い不良会社である。だから、みんなはそんなガラの悪い会社を相手にしてはいけない。
医者にしても医療保険会社がないほうが自分が患者からたくさん医療費が取れて儲かるはずだ。医療保険会社は医者からお金を横取りする会社だ。だから、医者も自分が儲かるために保険会社に反対したほうがいい。医療保険制度をやる政府に反対したほうがいい。

[23773] どうして政府は私を国家宗教の神にしたのか? h30.4.27
私は国家宗教の神である。私は政府によって国家宗教の神にされている。国家宗教の神とは超能力者のように見える人間のことである。私が赤ちゃんのころに私の母親が夜中に突然私の頭の上に吊ってあったガラガラ(ベッドメリーのこと)が回るのを見たので、本当はたぶんガラガラの故障にすぎなかったのだろうが、あたかも私が超能力(念動力)を使ってガラガラを回したように見えるので、私が国家宗教の神なのである。
昔はみんなが神を拝[おが]んで喜んでいたが、文明が進んで自分が神を拝むのが恥ずかしくなったので、嘘[うそ]をついて「神が人間よりも上の者だから、人間は神に従わねばならない」ことにして自分が神に従っているふりをして本当は神を拝んでいた。今ではさらに文明が進んでみんなが神を拝んでも喜ばなくなって神を拝まなくなっているが、今でも「神が人間よりも上の者であり、人間は神に従わねばならない」という嘘が残っている。そのために、多くの人が「神が人間よりも上の者である」ことを信じている。
そのため、政府は私を国家宗教の神にして私に従っているふりをする(例えば、私の名前から採った制度をやったり、私に似た人物が出てくるテレビ番組を作ったりする)ことによって自分が人間よりも上の者であることにしてみんなを自分の好き放題にしてみんなに悪いことをしているのである。そればかりか、政府は特定の国民に私が国家宗教の神であることを教えて、特定の国民が私に従っているふりをすることによって自分が人間よりも上の者であることにしてみんなを自分の好き放題にしてみんなに悪いことをしているのである。自分の好き勝手にみんなから物やお金を強盗したり人殺しをしたり嫌がらせをしたりしているのである。
天皇は顔が割れているから、つまり天皇はみんなが国家宗教の神であることを知っているから、誰かが天皇に従って上の者になって悪いことをしていても自分も天皇に従えば上の者になって平等になるから悪いことをされない。しかし、私は顔が割れていないから、私が国家宗教の神であることを知っている者はあまりいないから、誰かが私に従って上の者になって悪いことをしていても自分は私に従って上の者になれないから悪いことをされるのを防ぐことができない。
政府は悪いことをしたい者に政府の人気を上げて生き残るために、私を国家宗教の神にして、そういう連中といっしょに私を神とする国家宗教をやって自分の好き放題に悪いことをしているのだ。だから、政府は無名の私を国家宗教の神にして、私が国家宗教の神であることを国民みんなに公表しないのだ。
しかし、本当は『神は人間よりも上の者ではない。』『神は見ようによっては超能力者のように見えることをした人間にすぎないから、神は人間にすぎない。』『神と人間は平等である。』本当は国家宗教によって神に従っても上の者にはなれない。私に従っている者は上の者のふりをしているだけで、本当はみんなと平等である。だから、いくら私に従っている者がいても、私に従っている者は私に従っていない者と平等だから、私に従っている者が私に従っていない者に悪いことをすることはできない。だから、みんなは信者っぽい誰かに悪いことをされようとしたら、すぐに悪いことをされるのを断らねばならない。正当防衛で殴り返さないといけない。
もはや政府は国家宗教によって私を神にすることによって政府の人気を上げることはできない。政府を支持する者はいない。今の国民みんなはマゾではないし、神や国民みんなを拝んで喜ばない。今の国民みんなにとって政府は要らない。だから、今の国民みんなは政府の言うことを聞かないようにして政府にお金をやらないようにして政府を倒せばいいのである。

[23774] 今の政府は昔のみんながついていた嘘[うそ]によって支えられているだけである。☆ h30.4.27
今の政府は昔のみんながついていた嘘によって支えられている。今の政府は「政府が善いことをする会社である」「政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」「神は人間よりも上の者である」「政府は自分が悪いことをするのが好きな犯罪組織である」などの嘘によって支えられている。
昔のみんなは政府に悪いことをされることや国民みんなや神や政府自体を拝むことが好きだったが、政府に悪いことをされたり国民みんなや神や政府自体を拝んだりするのが恥ずかしかったので、そんな嘘をついていたのだ。
しかし、本当は『政府は悪いことをする会社である』『政府は選挙や議会をやって国民に国民みんなを拝ませているだけである』『神は見ようによっては超能力者のように見える人間にすぎず、政府は国民に神を拝ませているだけである』『政府は悪いことをされるのが好きな者を喜ばせるために悪いことをする会社であり、政府は国民に政府自身を拝ませているだけである。』
したがって、本当は政府と国民は平等であり、国民が政府の命令を聞くか聞かないかは国民の自由である。今の国民は政府に悪いことをされるのが好きではないし、国民みんなや神や政府自体を拝むのが好きではない。だから、今の国民みんなは政府の言うことを聞くのをやめて政府にお金をやるのをやめて政府を倒せばいいのである。政府は国民みんなに強盗や殺人や嫌がらせをする団体である。今の国民みんなにとっては政府は不幸のもとである。早く国民みんなで政府を倒して、国民みんなが幸福に暮らせるようにしないといけない。
政府の中身とは国民みんなが政府に悪いことをされるのが好きなことや国民みんなや神や政府自身を拝むのが好きなことである。政府の外身[そとみ]とは「政府が善いことをする会社である」とか「政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」とか「神は上の者であり、人間は神に従わねばならない」とか「政府は自分が悪いことをするのが好きな犯罪組織である」とかの嘘である。今では政府の中身がなくなって外身だけになっている。今の政府は外身だけでようよう支えられている。しかし、今ではもはや国民みんなが嘘が嘘であることを知ってしまっている。政府は支えるものがなくなって潰[つぶ]れるしかない。

[23775] 今の宗教団体はどうやって儲[もう]けているか? h30.4.28
昔の人は神を拝[おが]むのが好きだったが、神を拝むのが恥ずかしかったので、「神が人間よりも上の者である」という嘘[うそ]をついて神に従うふりをして神を拝んでいた。
今ではみんなが神を拝む喜びがないが、今でも「神が人間よりも上の者である」という嘘が残っている。そのために、今の多くの人は嘘を真[ま]に受けて「神が人間よりも上の者だ」と本気で思っている。
今の宗教団体は「神が上の者だ」と思っている人に命令してお金を取って儲けている。場合によっては、殺したり嫌がらせをしたりしている。国民は宗教団体の信者になれば「神が上の者だ」と思っている人に命令できるので、宗教団体にお金を払って信者になって「神が上の者だ」と思っている人に命令してお金を取って儲けている。
もっとも、世の中には『神が見ようによっては超能力者のように見えるただの人間にすぎない』ことを知っている者がいる。モーゼは大勢の奴隷[どれい]を連れてエジプトを出たときたまたま干潮だっただけである。神武天皇はナガスネヒコと戦ったときにたまたまプラズマが現れただけである。キリストは厩[うまや]の暗いところで生まれたためにキリストの後ろから光が差し込んでいたのでキリストの母親がキリストの頭の周りが光っている錯覚を見ただけである。私は頭の上に吊ってあったガラガラが壊れていたために夜中に突然母親がガラガラが回るのを見ただけである。だから、宗教団体は『神が人間にすぎない』ことを知っている者に対してはなにも命令できない。宗教団体は相手を選んで命令しないといけない。
本当は『神は人間にすぎない。』「神が人間よりも上の者だ」というのは嘘である。だから、みんなは『神が人間にすぎない』と思って宗教団体に従わないようにして宗教団体にお金をやらないようにして宗教団体を潰[つぶ]さなければならない。
政府も国家宗教をやっているから、政府も宗教団体だから、国民は政府に従わないようにして政府にお金をやらないようにして政府を潰さなければならない。

[23776] 今の暴力団はどうやって儲[もう]けているか? h30.4.28
昔の人は暴力団を拝んで喜んでいたが、暴力団を拝むのが恥ずかしかったので、「暴力団が悪いことをするのが好きな犯罪組織であり、暴力団が暴力をふってみんなを従わせている」という嘘[うそ]をついて暴力団に暴力で脅[おど]されて従っているふりをして本当は暴力団を拝んでいた。
今の人は暴力団を拝んでも喜ばないが、今でも「暴力団が犯罪組織である」という嘘が残っている。そのために、今の多くの人は嘘を真[ま]に受けて「暴力団が犯罪組織である」と本気で思って暴力団の言いなりになっている。
今の暴力団は「暴力団が犯罪組織である」と思っている者に命令してお金を取って儲けている。暴力団に入れば悪いことができるので、悪いことをするのが好きな人は暴力団に入って自分の好き勝手に悪いことをやっている。
しかし、本当は『暴力団は“悪いことをされるのが好きな人”を喜ばせるために悪いことをする団体である。』昔の人はマゾだったので、暴力団に悪いことをされて喜んでいた。暴力団は昔の人を喜ばせるために面倒くさいのにわざわざ悪いことをしてやっていた。
世の中には『暴力団がマゾを喜ばせる団体である』ことを知っている人がいる。暴力団は『暴力団がマゾを喜ばせる団体である』ことを知っている人に対しては命令できない。暴力団は人を選ぶ。暴力団は「暴力団が犯罪組織である」と思っている人には命令できるが、『暴力団がマゾを喜ばせる団体である』ことを知っている人には命令できない。暴力団は「暴力団が犯罪組織である」と思っている大男には命令できるが、『暴力団がマゾを喜ばせる団体である』ことを知っている年寄りには命令できない。
本当は『暴力団はマゾを喜ばせるために悪いことをする団体』であって、「暴力団が自分が悪いことをするのが好きな犯罪組織である」のは嘘である。だから、みんなは『暴力団がマゾを喜ばせる団体である』と考えて、自分がマゾでないから暴力団に従わないようにして暴力団にお金をやらないようにして暴力団を潰[つぶ]さなければならない。
(暴力団のテレビゲームが売れるのは、世の中には今でも「暴力団が犯罪組織だ」と思っている馬鹿がいることに対するイヤミである。みんなは自分よりも馬鹿がいることがうれしいので、暴力団のテレビゲームを喜んで買うのである。)

[23777] 今の政府はどうやって儲[もう]けているか? h30.4.28
昔の人は国民みんなを拝[おが]んで喜んでいたが、国民みんなを拝むのが恥ずかしかったので、「政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」「政府には国民みんなの支持があるから、政府には国家権力があるから、国民は政府に従わねばならない」という嘘[うそ]をついて政府に従うふりをして本当は政府を拝んでいた。
今の人は国民みんなを拝んでも喜ばなくなっているが、今でも「政府が民主主義をやって国民みんなが幸福に暮らせる国を作っているから、国民は政府に従わなければならない」という嘘は残っている。そのために、今の多くの人は嘘を真[ま]に受けて「政府が民主主義をやっているから、国民は政府に従わなければならない」と思って政府の命令を聞いている。
今の政府は「政府が民主主義をやっているから国民は政府に従わねばならない」と思っている人に命令してお金を取って儲けている。政府は「政府に国家権力がある」と思っている者に命令して殺したり嫌がらせたりすることもある。
しかし、本当は『政府は選挙や議会をやって国民に国民みんなを拝ませているだけである』『政府の省庁は国民みんなが幸福に暮らせる国を作っているのではなく、みんなの役に立たない暇つぶしのどうでもいいことをしているだけである』『政府には国家権力はなく、国民と政府は平等であり、国民は政府の命令を聞かなくていい』のである。
世の中には『政府が国民みんなを拝ませているだけである』ことを知っている者がいる。政府は『政府が国民みんなを拝ませているだけである』ことを知っている者に対しては命令できない。政府は「政府が民主主義の団体だ」と思っている者に命令してお金を取ることしかできないのだ。
本当は『政府は国民に国民みんなを拝ませているだけ』である。「政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」のは嘘である。だから、みんなは『政府が国民みんなを拝ませる会社だ』と考えて政府の命令を聞くのをやめて政府に税金や保険金などのお金を払うのをやめて政府を潰[つぶ]さねばならない。
政府は国民みんなを拝ませるほかに、強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをしている。昔の人はマゾだったから政府に悪いことをされて喜んでいたが、自分が政府に悪いことをされるのが恥ずかしかったので、「政府が善いことをする会社だ」と嘘をついて隠して悪いことをされていた。今でも政府はみんなに悪いことをやっている。今のみんなはマゾではないから政府に悪いことをされて不幸になっている。だから、国民みんなで早く政府にお金をやるのをやめて政府を倒さねばならない。

[23778] 宗教団体はマゾを喜ばせるために悪いことをして神を拝[おが]ませる団体である。 h30.4.28
宗教団体はマゾを喜ばせるために悪いことをして神を拝ませる団体である。宗教団体の仕事はマゾを喜ばせるために悪いことをすることと神を拝ませることである。
昔の人は悪いことをされたり神を拝んだりして喜んでいたが、自分が悪いことをされたり神を拝んだりするのが恥ずかしかったので、「宗教団体が善いことをする団体で、神が人間よりも上の者だからみんなは神に従わねばならない」という嘘[うそ]をついて悪いことをされて神を拝んで喜んでいた。
今の人は悪いことをされたり神を拝んだりして喜ばなくなったが、今でも「宗教団体が善いことをする団体で、神が上の者である」という嘘が残っている。そのために、今の多くの人は嘘を真[ま]に受けて「宗教団体が善いことをする団体で、神が上の者だからみんなは宗教団体に従わねばならない」と思って宗教団体の言うことを聞いて、宗教団体にお金を取られたり殺されたり嫌がらされたりしている。
本当は『宗教団体はマゾを喜ばせるために悪いことをして神を拝ませる団体である。』宗教団体は神を拝ませて喜ばせるだけだから、宗教団体と国民は平等である。今の人はマゾではないから悪いことをされても喜ばないから、今の人は宗教団体の言うことを聞くのをやめて宗教団体にお金をやるのをやめて宗教団体を潰[つぶ]さねばならない。

[23779] 暴力団はマゾを喜ばせるために悪いことをして暴力団自身を拝[おが]ませる団体である。 h30.4.28
暴力団はマゾを喜ばせるために悪いことをして暴力団自身を拝ませる団体である。暴力団の仕事はマゾを喜ばせるために悪いことをすることと暴力団自身を拝ませることである。
昔の人は悪いことをされたり暴力団自身を拝んだりして喜んでいたが、自分が悪いことをされたり暴力団自身を拝んだりするのが恥ずかしかったので、「暴力団が自分が悪いことをしたい犯罪組織で、みんなを暴力で脅[おど]して従わせている」という嘘[うそ]をついて暴力団に悪いことをされて暴力団を拝んで喜んでいた。
今の人は悪いことをされたり暴力団を拝んだりしても喜ばなくなったが、今でも「暴力団が自分が悪いことをするのが好きな犯罪組織で、みんなを暴力で脅して従わせている」という嘘が残っている。そのために、今の多くの人は嘘を真[ま]に受けて「暴力団が悪いことをするのが好きな犯罪組織で、暴力で脅してみんなを従わせている」と思って暴力団の言うことを聞いて悪いことをされている。お金を取られたり殴[なぐ]られたり嫌なことをさせられたりしている。
本当は『暴力団は悪いことをされるのが好きな人を喜ばせるために悪いことをする団体であり、暴力団自身を拝みたい人に拝ませている』のである。暴力団と国民は平等だから、今の人は悪いことをされるのが嫌で暴力団自身を拝みたくないから、今の国民は暴力団の言うことを聞くのをやめて暴力団にお金を取られるのをやめて暴力団を潰[つぶ]さねばならない。

[23780] 政府はマゾを喜ばせるために悪いことをして国民みんなを拝[おが]ませる団体である。 h30.4.28
政府はマゾを喜ばせるために悪いことをして国民みんなを拝ませる団体である。政府の仕事はマゾを喜ばせるために悪いことをすることと、選挙や議会をやって国民に国民みんなを拝ませることである。
昔の人は悪いことをされたり国民みんなを拝んで喜んでいたが、自分が悪いことをされたり国民みんなを拝んだりするのが恥ずかしかったので、みんなが政府にたくさん見かけだけの省庁を建てさせて見かけだけの公務員を雇わせて「政府は善いことをする団体であり、民主主義で国民みんなの多数決を採って国民みんなの総意に基づいて国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」という嘘をついて本当は政府に強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをされて、選挙で国民みんなの代理である議員を選んで議員が議会をやっているところを見て国民みんなを拝んで喜んでいた。政府の省庁は国民みんなの役に立たない暇つぶしのどうでもいいことをやっているだけである。政府は国民みんなに善い命令を出したりしない。国民みんなは自分で考えて善いことをやって自分で善い国を作っている。
今の人は悪いことをされたり国民みんなを拝んだりして喜ばなくなったが、今でも「政府が善いことをする会社で、民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」という嘘が残っている。そのために、今の多くの人は嘘を真に受けて「政府が善いことをする会社で、民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」「政府には国民みんなの支持があるから、政府には国家権力があるから、国民はみんな政府に従わなければならない」と思って、政府の命令を聞いている。政府の命令で税金や保険金を払ったり、嫌がらされたり、殺されたりしている。
本当は『政府は悪いことをする団体であり、選挙や議会をやって国民に国民みんなを拝ませているだけである。』政府は国民に国民みんなを拝ませているだけだから、政府と国民は平等である。今の国民はマゾではないから政府に悪いことをされるのが嫌だから、政府の命令を聞かず政府にお金をやらず政府を倒せばいい。今の国民は「政府が善いことをする団体であり、民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と思っている者が政府の命令を聞いていることの巻き添えを食って不幸にされている。だから、みんなで『政府が悪いことをやって、国民に国民みんなを拝ませているだけである』と考えて、政府の言うことを聞かないようにして政府にお金をやらないようにして政府を倒さねばならない。
政治家は昔のみんながついていた嘘に合わせて人前ではニコニコして愛想よくしている。しかし、裏では強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをやっている。今のみんなは昔のみんながついていた嘘に騙[だま]されないようにして、本当のことを考えて、正しいことをやって早く政府を倒さねばならない。
昔のみんなは「政府が善いことをする会社である」と思わせるために、嘘をついて水道会社や清掃会社や役所などを政府に引っ付けていた。昔のみんなは嘘をついて「水道会社や清掃会社や役所が政府である」ことにしていた。本当は水道会社や清掃会社や役所は政府とは別の会社である。本当は『水道会社や清掃会社や役所は政府とは別の会社』なのに、みんなは「政府を善いことをする会社である」ことにするために嘘をついて「水道会社や清掃会社や役所が政府の会社である」ことにしたのである。税金とは別に料金を取っているのがその証拠である。“嘘から出た真[まこと]”がこれまた嘘なのである。“トラの威を借るキツネ”が嘘なのと同じことである。だから、たとえ政府が潰れても、水道会社や清掃会社や役所は潰れないからみんなは困らない。だから、みんなは余計な心配をせずに政府にお金をやらないようにして政府を潰せばいいのである。そもそも政府の仕事はマゾの国民を喜ばせるために悪いことをすることと、国民に国民みんなや神や政府自身を拝ませることと、国民に戦争をさせてやることだけである。それ以外は政府の仕事ではない。別の会社の仕事である。水道や清掃や役所は政府とは別の会社がやっている。だから、政府が潰れても今の国民の暮らしは困らない。今の国民は安心して政府を潰せばいいのだ。
テレビ局や出版社は「政府が善いことをする会社で、民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と思っているから、政府の命令を聞いて政府が流してもいいと言ったことだけを流して、政府が悪いことをやっていることを流さないのだ。テレビ局や出版社も人間だからまちがいを犯す。テレビ局や出版社がつねに正しいとは限らない。だから、みんなはテレビや出版社を信用しすぎないようにして、テレビや本の情報が正しいかまちがいかを自分の頭で考えないといけない。

[23781] 嘘[うそ]と真実の戦い h30.4.29
今の政府は「政府が善いことをする会社だ」「政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」「神は人間よりも上の者だから、政府は国家宗教をやっているから国民は政府に従わなければならない」「政府は悪いことをするのが好きな犯罪組織であって暴力で国民を従わせている」などの嘘に乗っかって国民からお金を取って儲[もう]けている。
しかし、本当は『政府はマゾの国民を喜ばせるために悪いことをして、国民に国民みんなや国家宗教の神や政府自身を拝ませる会社である。』今の国民みんなはマゾではなくて拝むのが好きではないから、政府が要らない。
今の政府は昔のみんながついていた嘘に乗っかってお金を儲けているだけである。今の多くの人は政府についての嘘に騙[だま]されて政府を信用して政府に従って政府の命令を聞いて政府にお金を払ったり、政府の命令でいろんな悪いことをしたりしている。
しかし、今ではかなりの国民が政府の正体がわかって、政府が要らないことがわかって、政府にお金をやらなくなって政府を潰[つぶ]している。
会社の事務も嘘に乗っかってお金を取って儲けている。今の事務は「事務が宣伝や説明や接待などの重要な仕事をやっているから会社が儲かっている」「事務が社員の選挙で選ばれた立派な人だから会社のみんなのためになることをやっている」という嘘に乗っかってほかの社員の稼[かせ]ぎからお金を取って食って生きている。ほかの社員に大きな顔をして威張[いば]っている。しかし、本当は『会社の事務はほかの社員に強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをして、暇つぶしのためのどうでもいいことをしているだけの役立たず』である。今の人はマゾではないから、会社の事務は会社にとっては要らない人間である。
医者も嘘に乗っかって儲けている。今の医者は「医者は試験の点数がいいから頭がいい」「医者は頭がいいから信頼が置ける」という嘘に乗っかってお金を儲けて大きな顔をして威張っている。しかし、本当は『医者は眼で見たことがわかるだけの馬鹿であり、まちがった治療ばかりやっている』のである。政府は医者からお金をもらって医者の子供にとって有利な試験にしてやっている。眼で見ることがわかるだけの馬鹿が解きやすい問題にしてやっている。医者は本当は馬鹿である。だから、江戸時代にはみんながインド文化をやっていて、インド文化では頭がいい人が上だから医者は馬鹿だからみんなが医者を軽蔑[けいべつ]して医者にほとんどお金をやらず医者は貧乏暮らしだったのだ。江戸時代に商人が身分が低かったのは、商人がまともな仕事ができず面白い宣伝ができるだけの馬鹿だったからである。医者は眼で見ることがわかるだけで、商人は心で思うことがわかるだけである。昔から医者と商人は馬鹿の双璧[そうへき]である。
世の中にはいろんな嘘がある。ほかにもいろんな人が嘘に乗っかってお金を儲けて美味[おい]しい思いをしている。嘘に乗っかって儲けている人は“嘘制度”を支持している。嘘に乗っかって儲けている人は自分と同じように嘘に乗っかって儲けている人を支持している。だから、嘘に乗っかって儲けている人は政府を支持している。政府は「政府が善いことをする会社である」と誤解している人だけでなく、嘘に乗っかって儲けている人からも支持されている。
嘘に乗っかって儲けている連中は詐欺[さぎ]である。仕事をしているふりをして本当はしていない。嘘で立派なだけで、本当はクズである。見かけが立派なだけで、中身はクズである。政府も事務も医者も有能ぶり馬鹿だ。今は科学の時代だからみんなが実在の中で生きているから、嘘は通用しない。真実しか通用しない。そのほうがみんなが幸福に暮らせる善い国になる。今のみんなはマゾではないから、みんなに悪いことをする政府や事務は要らない。だから、今のみんなは嘘に騙[だま]されないようにして真実を見て、みんなの役に立つ仕事をしない人間を捨てて皆殺しにすればいいのだ。そうやって、役に立たない人間を殺して、役に立つ人間だけにして善い世の中にすればいいのだ。
人間にとっては正しさが第一である。次が楽しさである。人間は正しいことの中で楽しいことをしないといけない。政府や事務はマゾを喜ばせるために悪いことをやるのだから、みんながマゾでなくなったら自分から悪いことをやめねばならない。それなのに、政府や事務は多くの人が嘘に騙[だま]されていることをちゃっかり利用して悪いことをやり続けている。政府や事務は嘘に乗っかっていい気になって正しいことをやろうとしないクズだが、人間は他人のことを咎[とが]めるよりもまず自分が正しいことをしないといけない。政府は国民と平等であり、マゾの国民を喜ばせるために悪いことをやって国民みんなを拝めさせる会社である。今の国民みんなはマゾではなく国民みんなを拝んでも楽しくないから、政府に税金や保険金を払わなければいい。事務は社員と平等であり、マゾの社員を喜ばせるために悪いことをやる組織である。今の社員みんなはマゾではないから、事務にお金をやらなければいい。みんなで早く政府や事務をなくして幸福に暮らせるようにしないといけない。(以前、古舘伊知郎[ふるたちいちろう]が「天に唾[つば]する」と言っていた。天に唾するとは実在に背[そむ]くことつまり嘘をつくことである。今の国民みんなは昔の国民みんなが嘘をついていたために今の国民の多くが嘘に騙されて不幸な目にあっている。国民の多くはこの辺でいいかげんで嘘が嘘だとわかって嘘に騙されることから抜け出さないといけない。そのためには、本当のことを知っている国民がみんなに本当のことを教えてやらねばならない。h30.5.3追加:天に唾するとは、『この世では実在が一番上だから、人間は実在に従わねばならない。実在に従わない人間は不幸になる。』ということである。)

[23782] 政府は今の国民の多くが政府のことを知らないことを利用して儲[もう]けている悪い会社である。 h30.4.30
政府はマゾである国民に強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをやって、選挙や議会をやって国民みんなを拝[おが]ませる会社である。水道会社や清掃会社や役所などは政府とは別の会社である。
昔のみんなはマゾで国民みんなを拝んで喜んでいたが、自分がマゾで国民みんなを拝んで喜んでいることが恥ずかしかったので、「政府が善いことをする会社で、民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作って、水道会社や清掃会社や役所などは政府の会社である」と嘘[うそ]をついて、本当は政府に悪いことをされて国民みんなを拝ませてもらって喜んでいた。
今のみんなはマゾではないし国民みんなを拝んでも喜ばなくなったが、今でも昔のみんながついた嘘が残っている。そのために、今の多くの国民は嘘を真[ま]に受けて「政府が善いことをする会社で、民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と思って「政府は民主主義をやっているから国家権力がある」と思って政府の言いなりになって、政府の命令をなんでも聞いて、税金や保険金を払ったり、政府の命令で強盗や人殺しや嫌がらせなどをやっている。そのために、国民みんなが不幸にされている。
一方、本当のことを知っている国民もかなりいる。『政府がマゾを喜ばせるために悪いことをして、国民みんなを拝ませる会社である』『政府には国家権力がなく、国民と政府が平等である』『水道会社や清掃会社や役所などは政府とは別の会社である』ことを知っている国民は、今の国民みんながマゾではなく国民みんなを拝んでも喜ばないから、政府の命令を聞かないようにして政府にお金をやらないようにして政府を倒している。水道会社や清掃会社や役所などに料金を払って仕事をしてもらっている。
昔はみんなが『政府が悪いことをして国民みんなを拝ませる会社である』ことを知っていたから政府がわざわざそのことを説明しなくてもよかったが、今は多くの人がそのことを知らないから政府がみんなにそのことを説明しないといけない。それなのに、今の政府はみんなにそのことを教えようとせず、多くの人が「政府が善いことをする会社で、民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と誤解していることを利用して、多くの人に命令してお金を取って儲けたり、悪いことをさせたりしている。政府は多くの国民の無知を利用してお金を儲けたり悪いことをさせたりしている。政府は悪い会社である。
今の国民みんなは昔の国民みんなが嘘をついていたために今の国民の多くが嘘に騙[だま]されて不幸な目にあっている。この辺でいいかげんで国民の多くは嘘が嘘だとわかって嘘に騙されなくならねばならない。政府はみんなに本当のことを説明してくれない。だから、本当のことを知っている国民がみんなに本当のことを教えてやらねばならない。早く国民みんなが本当のことを知っているようにしてみんなで政府にお金をやらないようにして政府を倒さねばならない。みんなで悪いことをする会社をなくして幸福に暮らさねばならない。
今の政府は政府のことを知らない国民に「政府が善いことをする会社だ」「政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と嘘をついて騙してお金を儲けたり悪いことをやらせたりしている。『ゲゲゲの鬼太郎』のネズミ男が無知な村人を騙して自分の鼻クソを薬だと偽[いつわ]って高いお金で売るのと同じことである。ネズミ男は悪いことをしているから、あとで鬼太郎に見つかって罰を受けるのだ。最初に嘘をついたのは国民みんなだが、国民みんながついた嘘を真似[まね]て嘘をついた政府が悪い。とにかく、政府が嘘をついて多くの国民を騙しているから政府が悪い。昔の政府も今の政府と同じ嘘をついていたが、昔は国民みんなが政府が嘘をついているのがわかっていたから昔の政府は国民みんなを騙していなかったから政府は悪くなかったが、今は多くの国民が政府が嘘をついているのがわかっていないから今の政府は多くの国民を騙しているから政府が悪い。だから、今の国民みんなで政府を罰するために、政府にお金をやらないようにして政府を倒して、政府の要人を皆殺しにすればいい。
今後そんなことにならないためには、みんながすべての会社に自分の仕事内容を正直に説明することを義務付ければいい。そうすれば、あとは個人が自分で考えて会社の仕事を利用するかしないかを決めればいい。
「性欲が人間を幸福にするから性欲を満足しないといけない」のはエロ本の冗談である。本当は『性欲は人間を不幸にするから性欲を満足してはいけない。』大人は『性欲が人間を不幸にするから性欲を満足してはいけない』ことを知っているからエロ本が冗談だとわかるからエロ本を読んでもいいが、子供は『性欲が人間を不幸にするから性欲を満足してはいけない』ことを知らないからエロ本を本気にするからエロ本を読んではいけないのだ。それと同じように、「政府が善いことをする会社である」のは政府の冗談である。本当は『政府は悪いことをする会社である。』昔の人はみんな『政府が悪いことをする会社である』ことを知っていたから「政府が善いことをする会社である」のが冗談だとわかったから政府が「政府が善いことをする会社だ」と言ってもよかったが、今の人は『政府が悪いことをする会社である』ことを知らない人が多いから「政府が善いことをする会社である」のが冗談とわからずに本気にするから政府が「政府が善いことをする会社である」と言ってはいけない。今の政府は正直に『政府が悪いことをする会社である』と言わねばならないのだ。

[23783] 『政府が悪いことをする会社である』ことを知っている人が黙っていても得になることはない。 h30.4.30
昔はみんながマゾだったので『政府が悪いことをする会社である』ことを知っていたから、政府が「政府は善いことをする会社だ」と言ってもみんなが嘘[うそ]だとわかっていたから、政府はみんなを騙[だま]すことにならなかったから、政府が「政府は善いことをする会社だ」と言ってもよかったが、今はみんながマゾではないために多くの人が『政府が悪いことをする会社である』ことを知らないから、政府が「政府は善いことをする会社である」と言うと多くの人が本気にするから、政府は多くの人を騙すことになるから、政府は「政府が善いことをする会社だ」と言ってはいけない。今の多くの人は『政府が悪いことをする会社である』ことを知らないから、政府はみんなに『政府が悪いことをする会社である』と正直に言わないといけない。
今の政府は多くの人を嘘で騙しているから、政府が悪い。
もっとも、政府は最初から自分が悪い覚悟で嘘を言っているから、国民が政府が悪いと言っても政府は態度を変えるつもりはないから、言っても無駄[むだ]である。
そもそも、今の多くの人が『政府が悪いことをする会社である』ことを知らないのが悪い。知らない人がいるから騙す者が現れるのだ。
だから、『政府が悪いことをする会社である』ことを知っている人が知らない人に教えてやればいい。
『政府が悪いことをする会社である』ことを知っている人は政府の命令を聞かず、政府に税金や保険金を払わないぶん得をするだけである。政府の命令を聞かず、人殺しや強盗や嫌がらせをしないぶん楽をするだけである。他人が『政府が悪いことをする会社である』ことを知らないからといって得になることはない。むしろ、『政府が悪いことをする会社である』ことを知らない者が政府の命令を聞いて悪いことをするのに巻き添えを食って自分が不幸にされるだけである。『政府が悪いことをする会社である』ことを黙っていたからといって自分が得をすることはない。だから、『政府が悪いことをする』ことを知っている者は知らない者に『政府が悪いことをする会社である』ことを教えてやればいいのである。
今の『政府が悪いことをする会社である』ことを知っている人がみんなに『政府が悪いことをする会社である』ことを教えようとしないのは、どこかが考えまちがいをしているからである。完全に正しくわかっていないからである。中途半端[ちゅうとはんぱ]にしかわかっていないからである。そんな者には他人に『政府が悪いことをする会社である』ことを教える資格はない。
国は国民みんなが自分が幸福に暮らせるように作るものである。昔は国民みんながマゾだったから、みんなに悪いことをする政府を建てて政府に悪いことをされてみんなが幸福に暮らせるようにしていた。反対に、今は国民みんながマゾではないから、みんなに悪いことをする政府をなくして政府に悪いことをされないようにしてみんなが幸福に暮らせるようにしないといけない。みんなは政府についての嘘に惑[まど]わされないようにして政府の正体を見極めて政府にお金をやらないようにして政府を倒さねばならない。みんながこのまま政府を置いておくのは、みんなが政府に悪いことをされるのを待っているようなものだ。政府に増税されたり、事件で殺されたり、嫌がらされたりするのを待っているようなものだ。だから、なるべく早く政府を倒したほうがいい。政府は大きい会社だから倒すまでには多少時間がかかるがそれはしかたがない。

[23784] 今の人は昔の人の嘘[うそ]に惑[まど]わされてはいけない。 h30.5.1
政府はマゾを喜ばせるために強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをして、選挙や議会をやって国民みんなを拝[おが]ませる会社である。
昔の人はマゾだったが、自分がマゾであることが恥ずかしかったので、「政府が善いことをする会社である」と嘘をつきながら悪いことをされて喜んでいた。
昔の人は国民みんなを拝むのが好きだったが、自分が国民みんなを拝むのが恥ずかしかったので、「政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と嘘をつきながら国民みんなを拝んで喜んでいた。
今の人はマゾではないが、今でも「政府が善いことをする会社である」という嘘が残っている。
今の人は国民みんなを拝むのが好きではないが、今でも「政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」という嘘が残っている。
今の人は昔の人がついた嘘に騙[だま]されないようにして政府の正体を見極めて政府をなくさねばならない。今の人は『政府が悪いことをして、国民みんなを拝ませる会社である』と考えて、政府の命令を聞かないようにして政府に税金や保険金などのお金をやらないようにして政府を倒さねばならない。
政府の法律会社や学校会社は国民に悪いことをするためにあるニセモノの法律会社や学校会社である。早くみんなで政府を潰[つぶ]して本物の法律会社や学校会社を建ててみんなで幸福に暮らさねばならない。
テレビ局や出版社は昔の人の嘘に騙されて「政府が善いことをする会社で、民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と信じてそういう目で政府がやっていることを見るから、政府が善いことをやっていることだけを流して悪いことをやっていることを流さないのだ。そのために、テレビを見たり本を読んだりしている者が「政府が善いことをする会社で、民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」とまちがったことを信じるようになるのだ。(私は大学を出てから後は全然本を読まないし、最近の10年間はテレビで鉄道番組しか見ないからニュースや天気予報も見ないから、まちがいを抜け出せたのだ。)テレビ局や出版社は政府の専門家ではないから実際に政府がやっていることを自分の眼で見て知っているわけではなく昔の人が書いた本で政府のことをちょっと知っているだけだから政府についての嘘を真[ま]に受けているのだ。テレビ局や出版社はもっと昔の文化や昔の人の心について勉強して『昔の人がマゾで、国民みんなを拝むことが好きだった』ことを知って『政府が悪いことをして国民みんなを拝ませる会社である』ことを知って昔の人の嘘に騙されないようにしてそういう目で政府がやっていることを見て、政府が悪いことをやっていることだけ流して善いことをやっていることを流さないようにして正しいことをみんなに伝えねばならない。まちがったことをみんなに広めてはいけない。

[23785] 宗教団体はまちがった道徳や哲学を教える団体である。 h30.5.1
宗教団体はみんなに強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをして、儀式をやってみんなに神を拝ませる団体である。
宗教団体はみんなに嫌がらせをするために、みんなにまちがった道徳や哲学を教える。
だから、宗教団体の教えはまちがっているのだ。宗教団体はみんなにみんなが不幸になることをわざわざ教えるのだ。

人間は幸福に生きねばならない。だから、みんなは宗教団体の教えを信じてはいけない。自分で正しい道徳や哲学を考えて正しい道徳や哲学をやらねばならない。
昔の人はマゾだったから、宗教団体に嫌がらされるのが好きだったから宗教団体のまちがった教えをあえて信じていたのだ。今の人はマゾではないから、宗教団体に嫌がらされるのが嫌だから宗教団体のまちがった教えを信じなくなったのだ。
政府や宗教団体は昔の人の心を守る会である。昔の人の心を満足する会である。しかし、今の人の心と昔の人の心は違う。昔の人はマゾで拝むことが好きだったが、今の人はマゾではなく拝むのが好きではない。昔と今では人間が住んでいる環境が違うから、昔と今では人間の心も違うのだ。今の時代には今の人しかいない。昔の人はいない。政府や宗教団体は今の人の心を満足しない。今の人にとっては政府や宗教団体は要らない。だから、今の人は政府や宗教団体の言うことを聞かないようにして政府や宗教団体にお金をやらないようにして政府や宗教団体を潰[つぶ]せばいいのだ。

[23786] 人間は空想や見かけで喜ぶのが恥ずかしい。 h30.5.1
人間は実在の中にいる。人間は実在の中で生きている。人間は実在の中で自分の心を満足することによって人間の本心が満足されて本当に幸福になれる。空想や見かけで喜ぶと実在の外に出るからかえって不幸になる。だから、人間は実在に目を向けて実在のことを知って実在の中で自分の心を満足すればいいのである。人間はひたすら実在に向かって行けばいいのである。
昔の人は科学(実在を理解するための方法のこと)がなくて実在がわからなくて実在をどうにもできなかったから、空想や見かけで喜ぶしかなかった。昔の人は自分が不幸になるのを知りながら、しかたなくいやいやながら空想や見かけで喜んでいた。マゾや拝[おが]むのと同じことである。拝むことは実在の外に出ることだから恥ずかしいのだ。人間がだんだん実在の中で喜ぶようになって行ったからマゾや拝むことが恥ずかしくなったのだ。
今の人は科学があって実在がわかって実在をどうにでもできるから、実在で喜べばいい。人間は実在を自分の心を満足するように作り変えて幸福になればいい。
人間にとっては空想や見かけで喜ぶのは恥ずかしいことである。そのため、昔の人は隠しながら空想や見かけで喜んでいた。人前でマンガを読んだり格好[かっこう]つけたりしなかった。今の人は実在で喜べるようになったから、空想や見かけで喜ばなくなっている。今の人は空想や見かけが要らない。だから、今ではみんなが文学を読んだりマンガを読んだり格好をつけたりしなくなって、文学者やマンガ家やファッションデザイナーがいなくなっているのだ。
人間が空想や見かけが恥ずかしいのは道徳に反することだからである。つまり、自分が不幸になることだからである。だったら、思い切ってやめてしまえばいい。人間には自分が不幸になることを恥ずかしいと思う気持ちがある。人間には自分が不幸になることを防ぐ感情まで備[そな]わっているのだ。かといって、心は先天的な認識であり実在のことをあまり知らないから心を過信してはいけないが。
h30.5.2追加:人間は実在の中で自分の心を満足すれば本当に幸福になる。しかし、マゾを喜ばせたり拝ませたり、エッチなことをやらせたり、空想や見かけの喜びを売る会社が自分のお金儲[もう]けのために、人間が実在の中で自分の心を満足することを妨害する。政府やエロ会社やマンガ会社やファッション会社は自分がお金を儲けるためにみんなにまちがった道徳を教えてみんなが実在の喜びを満足しないようにする。みんなが不愉快[ふゆかい]な喜びを満足して本当に幸福にならないようにする。みんなは自分で正しい道徳を理解して正しい道徳をやって本当に幸福になるようにして、そういう会社の悪い誘[さそ]いに引っかからないようにしないといけない。みんなで不愉快な喜びをやらないようにして、そういう会社が儲からないようにしてそういう会社を潰[つぶ]さねばならない。馬鹿ほど嘘[うそ]に騙[だま]されやすいから、みんなはよく勉強して自分の頭を鍛[きた]えねばならない。他人の本を読むよりも、自分の頭で考えて自分の頭を良くしないといけない。子供のうちは知識が足りないから、他人の本を読んだほうがいい。

[23787] 戦後の問題 h30.5.2
戦後に文明が進んでみんなが物が豊かになって生活が楽になって娯楽がたくさん出来てみんながマゾではなくなって拝[おが]むことが好きではなくなってから、多くの人が政府のことがわからなくなって“政府が何であるのか?”が問題になった。文学やマンガはその問題のヒントであった。最近私が正解を書いた。『政府はマゾを喜ばせるために強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをして、選挙や議会をやって国民みんなを拝ませる会社である。』ようやく政府が何であるかの問題に決着がついたのだ。

[23788] “他人の不幸は蜜[みつ]の味”とはどういう意味なのか? h30.5.2
政府はマゾを喜ばせるために強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをして、国民みんなを拝ませる会社である。悪いことをすることと拝ませることが政府の仕事のすべてである。たまに戦争をさせてやることも加わるが。
昔の人はマゾだった。昔の人は政府が事件を起こして他人が政府に殺されたのを知って喜んでいた。昔の人にとっては“他人の不幸は蜜の味”だった。
それは、昔の人が自分を他人に当てはめて「自分が政府に殺された」と思ってうっとりして喜んでいたからである。昔の人はマゾだったから、昔の人にとっては本当は“自分の不幸は蜜の味”だったのだ。

[23789] 政府の法律会社や学校会社は国民に悪いことをするためにある。 h30.5.3
政府は悪いことをやって、拝[おが]ませる会社である。
政府は法律会社や学校会社もやっている。
昔のみんなはマゾだったが、マゾが恥ずかしかったので、「政府の法律会社や学校会社が善いことをするためにある」と嘘[うそ]をついて、本当は『政府の法律会社や学校会社に悪いことをされて』喜んでいた。昔のみんなは政府の法律会社に嫌な法律や制度を定められて、政府の学校会社に嫌な教育を受けさせられて喜んでいた。
今のみんなはマゾではないが、今でも「政府の法律会社や学校会社が善いことをするためにある」という嘘が残っている。そのために、多くの人が嘘を真[ま]に受けて「政府の法律会社や学校会社が善いことをするためにある」と信じて政府の法律会社や学校会社に善いことをしてもらうために税金を払っている。しかし、本当は『政府の法律会社や学校会社は悪いことをするためにある』から、みんなは政府の法律会社や学校会社に悪いことをされて不幸にされているのである。みんなは政府の法律会社に国民みんなが不幸に暮らさねばならない法律や制度をやらされて、政府の学校会社に国民みんなが勉強が嫌いになる実在を知ることが嫌いになる教育を受けさせられて不幸にされているのである。
今のみんなはマゾではないから、政府の法律会社や学校会社は要らない。政府の指導要綱[しどうようこう]は要らない。今のみんなは政府の法律会社や学校会社を潰[つぶ]して、自分で正しい法律を守って正しい制度をやって自分で正しい勉強をやって幸福に暮らせばいいのである。例えば、政府の医療保険制度や厚生年金制度は悪い制度であるから、国民みんなは政府の医療保険や厚生年金に入らないようにして、自分で自分の将来のために貯金をして無駄[むだ]な出費を抑[おさ]えて楽しく暮らせばいいのである。
政府の法律会社は国民みんなを不幸にする法律や制度をやる。政府の法律会社はまちがった法律や制度をやる。だから、国民みんなは政府の法律会社の法律や制度をやらなくていい。政府の法律会社の法律はまちがった法律だから、嘘の法律だから、国民みんなは政府の法律会社の法律を守らなくていい。国民みんなは政府の警察を無視して自分が好きなことをやればいい。自分で政府の法律を破って好き放題にやればいい。政府の警察はニセモノの警察だから、国民が法律を犯しても逮捕できないから、国民は政府の警察を無視すればいい。政府の法律は本物の法律ではなくニセモノの法律だから、政府の警察は本物の警察ではなくニセモノの警察だから、政府の警察が強制的に国民を罰することができないから、政府の警察は自分が政府の警察に罰せられたい者しか罰することができないから、みんなは政府の警察を恐れなくていい。政府の学校会社は国民みんなを勉強嫌いにする教育をやる。政府の学校会社に通っていると勉強が面白くなくなって勉強が嫌いになって馬鹿になる。だから、子供は政府の学校会社に通わなくていい。自分で塾や自宅で勉強して頭がよくなればいい。

[23790] どうして政府は私を国家宗教の神にしたのか? h30.5.3
政府は国民みんなに強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをして、国民みんなや国家宗教の神や政府自身などを拝[おが]ませる会社である。
しかし、今では文明が発達してみんなの環境がよくなってみんなが物が豊かになって面白いことがたくさんあって、みんながマゾではなくなって拝むのが好きではなくなっている。
そのため、今の政府は昔のみんながついていた「政府は善いことをする会社である」「政府は民主主義をやって国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」「神は人間よりも上の者だから、政府は国家宗教をやっているから、国民みんなは政府に従わねばならない」「政府は悪いことをするのが好きな犯罪組織だから、政府は暴力で国民みんなを従わせている」などの嘘[うそ]で、嘘を本当だと思っている国民の多くに命令してお金を取って生き残っている。
今の政府は「政府は国家宗教をやっているから、神は人間よりも上の者だから、国民みんなは政府に従わねばならない」と思っている者に命令してお金を取って儲[もう]けている。だから、政府が生き残るためには、国家宗教の神を増やして多くの国民がもっと政府に従うようにしたほうが有利である。そのために、政府は昭和40年(1965年)ごろに私を新しく国家宗教の神に加えたのだ。私の母親は私が赤ちゃんのころに「私の頭の上に吊ってあったガラガラ(ベッドメリーのこと)が夜中に突然回るのを見た」ので、見ようによっては私が超能力でガラガラを回したように見えるので、私は国家宗教の神である条件を満たしているので、政府は私を国家宗教の神にしたのだ。本当は、ガラガラが不良品にすぎなかったことは言うまでもない。私の母親は「私の頭の上に吊ってあったガラガラが突然回った」ことを近所の人にしゃべったので、それが政府に伝わって政府が私を国家宗教の神にしたのだ。
そういうわけで、私は新しく国家宗教の神になって、政府は国民みんなに国家宗教の神を拝ませるために、テレビや映画やマンガなどで国家宗教(つまり私や天皇家)に似た人物やキャラクターを主役にしているのである。今の国民みんなは国家宗教の神を拝むのが恥ずかしいので、政府は表向きには国民みんなに本物の国家宗教の神を拝ませることができないので、政府はテレビや映画やマンガなどで代理の国家宗教の神を登場させて隠れて国民みんなに国家宗教の神を拝ませているのだ。そういうわけで、天皇家は昔からあるからしかたがないとしても、私は公[おおやけ]には国家宗教の神とされていないのだ。
しかし、最近の国民みんなは現実の中で喜ぶようになって、国家宗教の神を拝むことが好きではなくなっている。最近の国民みんなは昔のみんながついていた政府についての嘘を真[ま]に受けなくなって政府のことがよくわかるようになって『政府が悪いことをする会社である』『政府は選挙や議会をやって国民みんなを拝ませているだけである。この世には国民みんなに従わねばならない決まりはない。多数決で決めることはない。人間は実在に従わねばならないだけであり国民みんなに従わなくてもいい。人間は自分の心を満足するために国民みんなに従ってはいけない』『国家宗教の神は“見ようによっては超能力者のように見える人間”にすぎず、国家宗教の神と人間は平等だから、政府と国民も平等である』『政府は国民に政府を拝ませるために、犯罪組織のふりをして暴力をふって国民を従わせているふりをしているだけである。政府は本当はマゾを喜ばせるために悪いことをする会社であって犯罪組織ではない。昔のみんなはマゾだったから自分が政府に悪いことをされて喜ぶために自分のほうから政府の悪い命令を聞いていたのであって、政府に暴力で脅[おど]されて命令を聞いていたのではない』ことを知っているから、政府と平等にするようになっている。最近のみんなはマゾではなくなって悪いことをされるのが嫌になっているから、最近のみんなは現実の中で面白いことをして喜ぶようになって国民みんなや国家宗教の神や政府を拝むのが好きではなくなっているから、政府の言うことを聞かなくなって政府にお金をやらなくなって政府を倒している。
今の政府は多くの国民からお金をもらえなくなって潰[つぶ]れている。政府はお金が足りなくなって余計なことをやらなくなっている。政府は私を神にしなくなっている。政府は政府の省庁にお金をやれなくなって省庁を潰している。政府は法律会社や学校会社にお金をやれなくなって法律会社や学校会社を民営化している。もうすぐ政府は潰れてなくなる。

[23791] インド人は科学が得意である。 h30.5.3
インドは天竺[てんじく]という。天とは実在のことである。だから、インドは実在の国である。インド人は頭がいいから実在のことがわかるから、インドを天竺と言うのである。
インド人は一番頭がいい。二番目は中国人である。三番目はヨーロッパ人である。ヨーロッパは馬鹿の集まりである。だから、ヨーロッパはインド人や中国人を入れることによって国を支えてきたのだ。
人間の中では一番幸福なのがインド人であり、二番目に幸福なのが中国人であり、三番目に幸福なのがヨーロッパ人である。

昔は世界中のみんながマゾだったから、昔のインドでは政府が国民みんなに悪いことをするために国民みんなを嫌がらせるために国民みんなが科学をやることを禁止したのだ。そのために、今でもインドが科学が遅れているのである。
しかし、今では世界中で文明が進んで世界中のみんながマゾではない。だから、今のインド人は政府の言うことを聞かなくなって勝手に自分で科学をやって物を豊かにして幸福に暮らせるようにしているのだ。
今の日本政府は「ヨーロッパ人が一番頭がいい」とみんなに嘘[うそ]を教えて、みんなに馬鹿を利口だと思わせて、みんなに馬鹿の真似[まね]をさせてみんなを不幸にしている。みんなの足を引っ張っている。
政府は悪いことをする会社である。しかし、今の国民みんなはマゾではない。今の政府は国民にまちがったことを教えて国民を不幸にする。だから、今の国民は政府の言うことを信じてはいけない。

[23792] 政府の法律会社や学校会社は本当に政府の会社である。 h30.5.4
政府は国民に悪いことをして、国民に国民みんなを拝[おが]ませることが仕事である。
政府の法律会社や学校会社は本当に政府の会社である。政府の水道会社や清掃会社や役所などは本当は政府の会社ではないから善いことをするが、政府の法律会社や学校会社は本当に政府の会社だから悪いことをする。政府の法律会社や学校会社は国民みんなに悪いことをするためにある。
昔のみんなはマゾだったが、マゾであることが恥ずかしかったので、「政府の法律会社や学校会社は善いことをする会社だ」と嘘[うそ]をついて、実際には政府の法律会社や学校会社に悪いことをされて喜んでいた。昔のみんなは政府の法律会社に悪い法律や政策や制度をやってもらったり、政府の学校会社に悪い教育をやってもらったりして喜んでいた。
今のみんなはマゾではないが、昔のみんながついていた嘘が今でも残っている。そのために、今の多くの人は「政府の法律会社や学校会社が善いことをする会社だ」と思って、政府の法律会社や学校会社に善いことをしてもらうために税金を払っている。しかし、実際には政府の法律会社や学校会社は昔と同じように悪いことをしているのである。政府の法律会社は悪い法律や政策や制度をやって国民みんなを不幸にして、政府の学校会社は悪い教育をやって国民みんなを不幸にしているのである。政府の法律会社は国民みんなからたくさんお金を取る法律や制度を定めたり国民みんなを嫌がらせる政策をやったり、国民みんなを勉強嫌いにして馬鹿に変える教育をやったりして国民みんなを不幸にしている。政府の学校に入る前は頭がよかった子供も、政府の学校を出るころには自分でなにも考えられない一人前の馬鹿になるのだ。
本当は『政府の法律会社や学校会社は悪いことをする会社である。』昔の国民みんなはマゾだったから政府の法律会社や学校会社に悪いことをされて幸福にしてもらっていたが、今の国民みんなはマゾではないから政府の法律会社や学校会社に悪いことをされて不幸にされている。政府と国民は本当は平等である。だから、今の国民みんなは政府にお金をやらないようにして政府の法律会社や学校会社を潰[つぶ]さねばならない。早く国民みんなで政府を倒して、国民みんなのために善いことをする法律会社や学校会社を建てねばならない。

[23793] 悪い国民は政府を支持している。☆ h30.5.4
政府は悪いことをして国民みんなを拝ませる会社である。
政府は悪いことをするために、悪い文化を流行[はや]らせている。今の国民みんなはマゾではないから、今の国民みんなが不幸になる文化を流行らせている。
ところが、世の中には悪い文化を喜ぶ人がいる。空想や見かけや麻薬や性欲などで喜ぶ人がいる。マンガや高級品で喜ぶ人がいる。そういう人たちは政府を支持している。
悪人は政府を支持している。道徳を知らない者が政府を支持している。人間が幸福になるための方法を知らない者が政府を支持している。「人間は悪いことをやったほうが楽しいにきまっているじゃねえか!」と思っている者は政府を支持している。反対に、善人は政府に反対している。道徳を知っている者は政府に反対している。人間が幸福に生きるための方法を知っている者は政府に反対している。
はたして、日本には悪人と善人のどちらのほうが多いだろうか?日本の将来は悪人ばかりになるだろうか?それとも善人ばかりになるだろうか?
会社の事務は空想の喜びしかない不良だから政府を支持しているから、みんなから税金を天引きしてみんなに税金を払わせるのだ。医者は見かけの喜びしかない不良だから政府を支持しているから、みんなに政府の医療保険に入らせるのだ。みんなは自分が不良でなかったら、政府に反対して会社の事務や医者の言うことを聞かないようにして政府にお金をやってはいけない。
テレビ局はドラマやお笑い番組がメインである。出版社はマンガや文学がメインである。テレビ局も出版社も空想物がメインである。だから、テレビ局や出版社は政府を支持している。政府は政府に従っている人に命令して学校や職場などで「昨日のテレビ見た?」とか「今週のマンガ読んだ?」とか言わせてテレビやマンガなどを流行らせているので、テレビ局や出版社は政府を支持している。だから、テレビ局や出版社は政府を守って『政府が悪いことをする会社である』ことを伏せてみんなに言わないのだ。『政府が国民みんなを拝ませているだけで、国民みんなが幸福に暮らせる国を作っておらず、政府の省庁はなにもしていない』ことをみんなに教えないのだ。テレビ局も出版社も政府を利用して儲[もう]けているのだ。
政府がなくなっても、ドラマやマンガや文学は多少はある。わざわざ政府の力を借りなくても、ドラマやマンガや文学は国民みんなに売れるから多少は残る。だから、政府がなくなってもいい。政府がやると国家宗教とか国会議員(国民みんなの代理)を拝[おが]ませることとか政府が悪いことをすることとかで歪[ゆが]んでドラマやマンガや文学が面白くなくなる。政府がないと国民みんなに合わせて作るから国民みんなにとって面白くなる。だから、政府がなくなったほうがいい。
政府は悪いことをする会社だから、国中に悪い文化を広める。悪い国では不良がはびこる。悪い文化の中では不良のほうが幸福に生きられて不良ばかりになる。昔の苛酷[かこく]な環境ではマゾのほうが幸福に生きられるためにマゾばかりだったのと同じことである。しかし、しょせん不良では本当の幸福にはありつけない。不良には汚い幸福があるだけだ。濁[にご]った幸せがあるだけだ。これまで人類はずっと実在を目指[めざ]して進んできた。空想や眼先を目指してきたのではない。人類にとっての楽園は実在にある。だから、人間が本当に幸福になるためには政府を倒して国を善い文化にするしかない。国民みんなで政府を倒して国を善い文化にして善人を増やさないといけない。

[23794] 政府は悪人の悪人による悪人のための国を作る会社である。 h30.5.5
政府は悪いことをする会社である。政府は悪い国を作る会社である。政府は悪人のための国を作る会社である。政府は悪人の悪人による悪人のための国を作る会社である。政府は悪人が幸福に暮らせる国を作る会社である。政府は悪人が幸福に暮らせるために悪い文化のある国を作る会社である。
そもそも昔のみんながマゾだったから、政府のような悪いことをする会社が出来たのである。政府は昔のみんながいけなかったことを理由にして自分に責任がないことにして好き放題に悪いことをやっているのだ。
この世では実在が一番偉い。人間は実在の中で生きているから実在に従わないといけない。人間はこれまでずっと実在の中で生きてきたから、人間の心は実在に従えば幸福になり実在に従わなければ不幸になるようになっている。悪人は実在に従わないから実在によって罰せられて不幸にされている。
人間は善人でないと幸福に暮らせない。悪人では幸福に暮らせない。悪人は人前で空笑[からわら]いをしてきれいな格好[かっこう]をするだけで、心はいつも不満と不快と不幸ばっかりである。だから、政府は不幸な人間ばかりの国を作る会社である。
政府があると国民みんなが不幸にされる。だから、国民みんなで政府を倒して国民みんなが幸福に暮らせる国にしないといけない。

[23795] 政府はどうして消費税を取るのか? h30.5.7
政府は強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをしたり、国民みんなや国家宗教の神や政府自身などを拝[おが]ませたりする会社である。
政府は国民みんなに悪いことをするために国の景気を悪くするために消費税を取るのである。政府が消費税を取ると物の値段が高くなってみんなが物を買わなくなるので、物が売れなくなって国の景気が悪くなるのだ。物の値段が高くなって消費者が困るだけではなく、物が売れなくなって商人や生産者も困るのだ。
政府は悪いことをしたり拝ませたりする会社にすぎないから、政府と国民は平等である。今の国民みんなはマゾではないから、国民みんなで政府の消費税に反対して消費税をやらなければいいのだ。
実際に、国民から消費税を取らない店もある。みんなはそういう店で買わないといけない。そうやってみんなで消費税を取らない店を流行[はや]らせて、みんなで消費税をやめねばならない。
今ではマゾや拝みたい人はいない。政府は国民に悪いことをするために、「政府に国家権力がある」「神は人間よりも上の者である」「政府は犯罪組織である」と誤解して政府に従っている者を使って国民みんなに悪い文化を流行らせている。今では核家族になって年寄りが子供に道徳を教えなくなって道徳を知らない不良が増えている。今では悪い文化が好きな不良や悪い文化で儲[もう]けている悪い会社が政府を支持するために政府の言うことを聞いて政府に消費税を払っているのだ。普通の人は悪い文化が嫌いだから、悪い文化で儲けていないから、政府に反対しているから、政府の言うことを聞かず政府に消費税を払わなければいいのである。
政府はマゾを喜ばせるために悪いことをするのである。政府は「国民にお金の無駄遣[むだづか]いをさせないようにして政府がお金を有効に利用する」ために強盗する(つまり税金や保険金を取る)のでも「日本の人口が多すぎるので日本の人口を減らす」ために殺人するのでも「ヒツジ飼いがヒツジが危険な場所に行かないようにするためにヒツジに鞭[むち]を撃つように国民を幸福にする方向に導く」ために嫌がらせをするのでもない。けっして政府は「国民に省エネや省資源をさせる」ために消費税を取っているのではない。馬鹿ほど他人の言いなりなので善いほうに考えようとする。昔のみんなはマゾだったがマゾが恥ずかしかったので「政府が善いことをする会社だ」という嘘[うそ]をついていたのだ。本当は『政府は悪いことをする会社である。』今のみんなはマゾではない。だから、今のみんなは昔のみんなの嘘に騙[だま]されないようにして政府にお金をやらないようにしてさっさと政府を倒さないといけない。
政府は国民みんなや国家宗教の神や政府自身を拝みたい人を喜ばせるために国民みんなや国家宗教の神や政府自身を拝ませているのである。政府は国民みんなを国会議員(国民みんなの代理)や国家宗教の神や政府自身に従わせるために拝ませているのではない。昔の人はなんでも拝むのが好きだったから、政府は今でもみんなを喜ばせるためにいろんな物を拝ませているのだ。昔の人はマゾだったから、政府は今でもみんなを喜ばせるためにみんなに悪いことをしているのと同じである。だから、国民は議員や国家宗教の神や政府自身に従わなくていい。国民は政府と平等にして、自分の心を満足するために政府を利用すればいい。政府は悪いことをしたり拝ませたりする会社である。しかし、今のみんなは悪いことをされることや拝むことが好きではない。だから、今のみんなは政府を利用しないようにして政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]せばいいのである。
h30.5.9追加:今の政府は「政府が民主主義をやっているから国家権力がある」と思っている馬鹿に命令してお金を取って儲[もう]けている。今の宗教団体は「神が人間よりも上の者だから、宗教団体も人間よりも上だ」と思っている馬鹿に命令してお金を取って儲けている。今の暴力団は「暴力団が自分が悪いことをするのが好きな犯罪組織だ」と思っている馬鹿を脅[おど]してお金を取って儲けている。しかし、今ではみんなが頭がよくなって『政府は国民みんなを拝ませているだけだから国家権力がない』とか『神は人間にすぎないから、宗教団体と人間は平等だ』とか『暴力団はマゾを喜ばせるために悪いことをするだけだから犯罪組織ではない』ことを知っている。そのために、今では政府や宗教団体や暴力団がどんどん潰[つぶ]れて行っている。

[23796] 政府はどうして医療保険をやっているのか? h30.5.7
日本は戦後になって急速に文明が進んだ。国民の寿命が延びて高齢化社会になった。病人が増えて医者が儲[もう]かるようになった。
そこで、政府は医者の儲けを横取りするために医療保険制度をやるようになったのだ。昔は医者が国民から直接にお金をもらっていたから医者が儲かっていた。今は政府が国民からお金を取って医者にお金をやっているから医者が儲からない。政府は国民みんなを医療保険に入らせて国民みんなから高いお金を取って、医者にちょっとだけお金をやって医者の儲けを横取りしているのだ。そのために、医者は昔よりも貧乏暮らしになっている。国民みんなも政府に高い医療保険費を払って貧乏になっている。政府がひとりで儲かって喜んでいるだけだ。
政府は悪いことをしたり拝ませたりする会社にすぎないから、政府と国民は平等である。政府が医療保険制度をやると国民も医者も両方とも貧乏になる。だから、国民みんなは政府の医療保険制度をやらないようにして政府の医療保険に入らないようにして政府に医療保険費を払わないようにしないといけない。早く国民みんなで政府の医療保険制度をやらないようにして医療保険制度を廃止させないといけない。
一般に、保険会社は国民とサービス会社の間に入り込んで国民からお金を取ってサービスを割高[わりだか]にしている。国民が直接にサービス会社にお金を払ったほうが安上がりである。サービス会社もそのほうが国民からたくさんお金を取れて儲かって喜ぶ。保険会社は確率を悪用して儲ける悪い会社である。だから、国民みんなは保険に入らずに直接にサービス会社にお金をやってサービスをやってもらえばいい。国民みんなで保険会社を潰[つぶ]して無駄[むだ]のない社会にしないといけない。

[23797] 国のことは多数決では決まらない。 h30.5.7
国のことはみんなの多数決で決めるのではない。正しいことで決めるのだ。そうすれば国は発展する。みんなが幸福に暮らせるようになる。
昔のみんなが国民みんなを拝みたかったが拝むのが恥ずかしかったので、「政府が民主主義で国民みんなの多数決を採って国民みんなの総意を決めて国民みんなの総意に基づいて国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と嘘[うそ]をついたから、嘘に騙[だま]されて今の多くの人が「国のことは多数決で決める」と思っているのだ。
本当は国のことは国民が自分で考えて正しいことをすればいいのだ。今のみんなは昔のみんながついた嘘に騙[だま]されないようにして自分で考えてみんなが本当に幸福になることをやってみんなが幸福に暮らせる国にすればいいのだ。
不良はまちがった道徳を信じているために自分で自分を不幸にしている馬鹿である。不良は不幸になることを幸福になることと誤解しているために自分で自分を不幸にして苦しんでいる。不良にとって幸福なことは普通の人にとっては不幸なことである。だから、みんなは不良を無視して、普通の人が幸福に暮らせる国にすればいい。
“人間が本当に幸福になる物”を作れば、みんなが喜んでそれを買う。“人間が本当に幸福になる物”を作る会社が儲[もう]かる。だから、会社は不良が喜ぶ物を作らずに、普通の人が喜ぶ物を作ればいい。

[23798] 自分が悪いことをしたい者は政府を支持する。 h30.5.7
政府は強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをする会社である。政府は嘘[うそ]では善い会社だが、本当は悪い会社である。政府は水面下では悪いことをやっている。つまり、政府はテレビに出て国民みんなが見ているところでは言葉の上で善いことをやっているが、現実には国民みんなの見えないところでは悪いことをやっている。
政府は悪いことをするために、国民に嫌がらせをするために、国中に悪い文化を流行[はや]らせたり、国民が悪いことをするのを奨励[しょうれい]している。
政府は“国民が悪いことをしてもいい政策”をやっている団体である。
だから、悪いことをしたい者は政府を支持している。
悪いことをしたい者は政府を支持しているから政府の言うことを聞く。その証[あかし]に悪いことをしたい者は国家宗教の神に因[ちな]んだ名前を付けている。
例えば、東京スター銀行はリバースモーゲージのパイオニア“充実人生”という商品を扱っている。充実人生←充実←充と実、充←十←ten←天←天皇家、実←ジツ←ジつ←シづ←川ブ(シ≒川、つ≒ブ)←私。だから、“充実人生”は天皇家と私から出来ている。“充実人生”は東京スター銀行が遺産を横取りすることである。悪いことである。だから、東京スター銀行は政府を支持しているから、国家宗教で名前を付けているのだ。“充実人生”はけっしていいサービスではない。だから、みんなは利用しないほうがいい。
政府は悪いことをする会社である。政府は悪いことをするために“みんなが自由に悪いことができる政策”をやっている。これが今の政府の目玉商品である。国民が勝手に犯罪を犯すのはいけないが、政府の“自由に悪いことができる政策”に乗っかって悪いことをするのはかまわない。だから、悪いことをしたい者にとっては政府の“自由に悪いことができる政策”がありがたいのだ。政府は表では法律会社をやってみんなが善いことをしないといけない政策をやってみんなに善いことを勧[すす]めているふりをしているが、裏では“みんなが悪いことをやってもいい政策”をやってみんなに悪いことを勧めているのだ。同じように、政府は表では学校会社をやってみんなが勉強しないといけない政策をやってみんなに勉強を勧めているふりをしているが、裏では“みんなが勉強しなくてもいい政策”をやってみんなに勉強しないことを勧めているのだ。このまま政府を置いておくと世の中に悪人が増えてみんなが悪いことをするようになってみんなが幸福に生きていけなくなる。みんながお互いに悪いことをしあってみんなでお互いに不幸にしあってみんなが不幸になる。だから、早くみんなで政府を倒して、世の中に悪人をなくしてみんなが善いことをしあってみんなが幸福に暮らせるようにしないといけない。
法律は人間が社会の中で幸福に暮らすための決まりである。だから、国民みんなが法律を破ったら国民みんなが幸福に暮らせなくなる。だから、国民みんなは法律を守らないといけない。
h30.5.8これ以降追加:政府は昔からみんなに悪いことを勧めてきた。政府は善人を悪人に変える機関だった。政府は悪人を増やして世の中に悪いことを増やしてみんなを不幸にしていた。昔のみんなはマゾだったから、政府に不幸にされて喜んでいた。昔の人はマゾだったので、自分が不幸になって喜んでいた。しかし、今のみんなはマゾではないから、政府に不幸にされて怒っている。だから、今のみんなは政府に反対して政府にお金をやらなくなって政府を倒しているのである。(以前タモリが「悪いほうが有利」と言ったのは、政府がみんなに悪いことを勧めていることを表している。タモリはふだんは私の代理だが、ときどき政府の代理にもなるので、タモリは政府の代わりとして言ったのだ。芥川龍之介の『羅生門[らしょうもん]』も、政府が国民に悪いことを勧める話である。老婆[ろうば]が政府のことである。)
昔はみんながマゾだったので、みんなにとっては政府に悪いことをされるのが目玉だった。みんなは政府がみんなに悪いことを勧めて悪いことをしたい者に悪いことをさせるのを喜んでいた。みんなは政府の勧めで悪いことをするのを歓迎していた。今はみんながマゾではないので、みんなは政府に悪いことをされるのが嫌である。悪いことをしたい者にとっては政府の勧めで悪いことをするのが目玉なだけである。今のみんなにとっては政府の勧めで悪いことをするのが嫌である。だから、今のみんなは“政府の勧めで悪いことをする者”を正当防衛で罰して、政府にお金をやらないようにして政府を倒せばいいのである。
h30.5.9これ以降追加:政府も人間だから食べなければ死ぬ。みんなが政府にお金をやらなければ政府は潰[つぶ]れる。しかし、会社の事務が勝手に社員みんなの稼[かせ]ぎから税金を払っている。会社の事務は自分が働かずに他人の稼ぎを強盗して生きているから、「みんなが悪いことができる国がいい」と思って政府を支持している。政府を支持しているから政府の言うことを聞いて政府の命令で勝手に社員から税金を天引きしている。社員の了承を得ずに無断で社員の給料から税金を引いている。会社の事務は立派な悪人である。悪人すぎる。正義心のかけらもない。会社の事務のような悪人は世の中にいないほうがいい。だから、みんなで会社の事務のような自分が働かずに他人の稼ぎで食っている役立たずをなくさねばならない。会社の事務のような会社の儲[もう]けにならない“どうでもいい暇つぶしの仕事”をしている者をなくさねばならない。そうやって、みんなで無駄[むだ]のない社会にしないといけない。そのほうがみんなが平等に楽に豊かに暮らせる。(もっとも、会社にとっては多少の事務は必要である。だから、必要最小限の事務にして無駄[むだ]な事務をなくせばいいのである。)
会社の事務は自分で稼いでいないから立場が弱い。本当は要らない人間である。いないほうがいい人間である。会社の事務は自分が役立たずであることを自分が稼いでいないことを必死で愛想をよくしたり格好[かっこう]をよくしたりして補っている。みんなは会社の事務の芝居に騙[だま]されないようにして『要らない人間だ』と考えてさっさと捨てねばならない。会社の事務も『自分が要らない人間である』と思ってさっさと会社を辞[や]めねばならない。
そもそも会社の事務は昔のみんながマゾだったために出来た役職である。そもそも会社の事務は社員みんなに強盗したり人殺しをしたり嫌がらせをしたりするためにある役職である。昔はみんなが会社の事務に悪いことをされて楽しく暮らしていた。しかし、今はみんながマゾではないから会社の事務は要らない。今はみんなが会社の事務に悪いことをされるのが嫌で不愉快[ふゆかい]なだけである。昔は会社の事務がみんなのために悪いことをしていた。今は会社の事務は自分ひとりのために悪いことをしている。昔の事務は善人だったが、今の事務は悪人である。会社の事務があると世の中が進歩しない。だから、早くみんなで会社の事務をなくさねばならない。みんなでインド文化を見習って勧善懲悪をやって悪人の事務を倒さねばならない。ヨーロッパ人は動物だから動物の心が強いから悪いことが好きなのである。反対に、インド人は人間だから人間の心が強いから善いことが好きなのである。人間は人間であって動物であってはならない。動物よりも人間のほうが幸福である。昔のヨーロッパはヨーロッパ文化をやっていたから文明が衰退して道徳がなくなって地獄だった。今のヨーロッパはインド文化をやっているから文明が進んで道徳があるから幸福なのである。だから、日本でもヨーロッパを真似[まね]てインド文化をやらねばならない。だから、日本人はインド人を見習って善いことをやって悪いことをやらないようにして善人を助けて悪人を倒さねばならない。(政府が国民みんなに今のヨーロッパ文化の悪いところだけをやらせて善いところをやらせないのは、政府が悪いことをする会社だからである。政府は悪いことをする会社だから国民みんなに世界中の国の文化の悪いところをやらせて善いところをやらせていない。政府が国民みんなに世界の国の文化についてまちがったことを教えているのは、政府が悪いことをする会社だから国民を嫌がらせるためである。だから、国民みんなは政府の学校で教えられたことを忘れて自分の頭で世界中の国の文化について考えて世界中の国の文化の善いところをやって悪いところをやらないようにして自分が幸福に暮らせるようにしないといけない。)

[23799] 親亀こめたら皆こけた。 h30.5.8
親亀とは国民みんなのことである。
昔は国民みんながマゾだったので、国民みんなに乗っかって国民みんなに悪いことをする政府があって、政府の“みんなに悪いことを勧[すす]める政策”に乗っかってたくさんの会社が悪いことをしていた。だから、小亀が政府で、孫亀が悪いことをする会社である。昔の国民みんなは悪いことをされるのが好きだったので、政府や悪いことをする会社は国民みんなに人気があった。
しかし、今では国民みんながひっくり返ってマゾではなくなっているので、国民みんなに悪いことをする政府が国民みんなに倒されて、政府のみんなに悪いことを勧める政策に乗っかって悪いことをする会社も倒れている。今の国民みんなは悪いことをされるのが嫌いなので、政府も悪いことをする会社も国民みんなに倒されているのだ。
今では親亀である国民みんながひっくり返ったので、小亀の政府も孫亀の悪いことをする会社もひっくり返って、世の中が大きく変わっているのである。

[23800] 政府の仕事は悪いことをすることと国民みんなを拝[おが]ませることだけである。 h30.5.8
政府は国民に強盗や殺人や嫌がらせなどの悪いことをして、国民に選挙や議会をやって国民みんなを拝ませる会社である。政府の仕事はそれだけである。
昔はみんながマゾだったがマゾが恥ずかしかったので、みんなは「政府が善いことをする会社だ」と嘘[うそ]をついて、本当は政府に悪いことをされて喜んでいた。
昔はみんなが国民みんなを拝みたかったが拝むのが恥ずかしかったので、みんなは政府にたくさんの省庁を建てさせて「政府が民主主義で国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と嘘をついて、本当は政府の省庁は何もせずみんなは選挙で国民みんなの代理の議員を決めて議員が議会をやっているのを見て国民みんなを拝んで喜んでいた。
「政府が善いことをする会社で、国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」のは嘘である。本当は『政府は悪いことをして、国民みんなを拝ませるだけである。』しかし、今では国民みんながマゾではないし、国民みんなを拝みたくない。だから、今のみんなにとっては政府は要らない。だから、今の国民みんなは政府に税金や保険金などのお金をやらないようにして政府を倒せばいいのである。


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