[22001] 今の日本では国民みんなが政府を倒している。 h27.7.9
日本政府はヨーロッパ文化の国を作る団体である。
ところが、日本人とヨーロッパ人では心が違う。日本人とヨーロッパ人では好き嫌いが反対である。ヨーロッパ人は悪いことが好きなのに、日本人は善いことが好きである。そのために、ヨーロッパ人は政府に虐[いじ]められて幸福になっているが、日本人は政府に虐められて不幸になっている。(もっとも、いくらヨーロッパ人でも政府に虐められすぎるとブチ切れることがある。ヨーロッパ人が怒ると政府を皆殺しにする。だから、ヨーロッパ政府は国民みんなを喜ばせるためだからといって国民みんなを虐めすぎてはいけない。)
だから、日本政府は日本人を虐めて日本人が不幸に暮らさねばならない国を作っている。日本政府はヨーロッパ人にとって幸福に暮らせる国を作っているが、日本人にとって不幸に暮らさねばならない国を作っている。
そう考えて、今の国民みんなは政府を倒している。国民みんなは政府の自発的意思を尊重して政府が自分から日本文化の国を作る団体に変わってくれると思ってこれまでに50年待ってやった。政府が自分で『日本人と外人が違う』ことぐらい理解できると思ってしばらく待っていたのである。それなのに、日本政府はちっとも自分から変わらなかった。そのため、今の国民みんなはしびれを切らして自分の手で政府を倒しにかかっているのである。50年たっても『日本人と外人が違う』ことがわからない者は人間として生きる価値がないと思って倒しているのである。今の国民みんなは自分の手で政府に税金を払うのをやめて政府を倒しているのである。国民みんなは『政府を倒せば日本が日本人みんなにとって幸福な国になる』と思って大喜びで政府に税金を払うのをやめて政府を倒しているのである。
日本人がヨーロッパ文化で幸福に暮らせないことはすでに近代で十分よくわかっている。だから、日本人は戦後は日本文化をやっている。政府は日本人が幸福に暮らせない国を作っている。だから、日本人は日本を日本人にとって幸福な国にするために政府に税金を払うのをやめて政府を倒さねばならないのである。
[22002] 国を作る団体は国民みんながいくら待っても態度を変えない。 h27.7.9
江戸時代後期の日本では国民みんなが「日本人と外人は同じだ」と思って「ヨーロッパ人が幸福に暮らしているから、日本人もヨーロッパ文化をやれば幸福に暮らせる」と思ってヨーロッパ文化をやることにした。
ところが、幕府はアジア文化の国を作り続けていた。国民みんなは「幕府が国民みんなを不幸にしている」と思って幕府を嫌うようになった。
国民みんなは『世の中には物分りの悪い者がいる』と思って、幕府が態度を変えるまで50年待つことにした。(「かごめかごめ」の歌は1813年以前からあるが「幕府がいつになったら政府に変わるのか」という意味の歌である(Wikipediaを参照)。江戸時代後期の日本では国民みんなが幕府が政府に変わるのを待ち遠しく思っていたのである。)
しかし、幕府はいっこうに態度を変えなかった。幕府は国民みんなを無視してふてぶてしくアジア文化の国を作り続けた。
50年たった。そこで、国民みんなは「もはやこれまで」と思って、国民みんなでいっせいに幕府に殴[なぐ]り込みをかけて幕府を倒した。
国民みんなで新しくヨーロッパ文化の国を作る団体を建てた。日本政府を建てた。
近代の日本では国民みんなはヨーロッパ文化をやって、政府にヨーロッパ文化の国を作らせて、不幸に暮らしていた。上辺[うわべ]では国民みんなは「自分が幸福になる文化をやって自分が幸福に暮らしている」と思って喜んでいたが、実際には国民みんなは自分が不幸になる文化をやって不幸に暮らして苦しんでいた。国民みんなは顔で笑って心で泣いていた。上辺では国民みんなは「政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ってくれている」と思って政府に感謝していたが、実際には政府は国民みんなが不幸に暮らす国を作っていたので国民みんなは本音[ほんね]では政府を恨[うら]んでいた。
現代の日本では国民みんなが『日本人と外人は違う』と考えて『日本人は日本文化をやれば幸福になれる』と考えて日本文化をやることにした。国民みんなは有史以来はじめてまともに幸福に暮らせるようになった。
ところが、政府はヨーロッパ文化の国を作り続けて国民みんなを不幸にし続けた。
国民みんなは『世の中には物分りの悪い者がいる』と考えて、政府が自分の態度を変えるまで50年待つことにした。
しかし、政府はまったく態度を変えなかった。政府は国民みんなにおかまいなしに自分勝手にヨーロッパ文化の国を作り続けた。
50年たった。そこで、今の国民みんなは「我慢[がまん]はここまで」と思って、国民みんながめいめい自分の好きな方法で政府を倒している。政府に税金を払わなかったり、国会議事堂に殴り込みをかけて爆弾で破壊したり、政府の者を捕まえて拷問[ごうもん]したり虐待したりして政府を倒している。今の国民みんなは『国民が政府を倒すのが正しい。政府が居座っているのが悪い。政府は物分りが悪いから人間として生きる価値がないから死んだほうがいい。』と思っているから、国民が政府に対してどうしようがいっさいお咎[とが]めなしにしている。日本はこれまで「日本人と外人が同じだ」と頭で考えて外国の文化を真似[まね]してやっていただけであり、日本は根本的には知覚主義の国だから、日本人は馬鹿に対して厳しいから、日本人は馬鹿が嫌いだから、国民みんなに物分りが悪くて馬鹿だとみなされた者は国民みんなに攻撃されて消されるのである。日本は自分の知覚主義の上に外国の文化を乗せてやっていただけだから、日本は本来知覚主義の国だから、日本人は馬鹿が嫌いだから、日本人は50年かけても世の中のことがわからない馬鹿をみんなで寄ってたかって殺すのである。(50年を長いと思ってはいけない。ヨーロッパではガリレオの宗教裁判から300年以上たった今頃になってやっとローマ法王が地動説を認めている。日本は知覚主義の国だから待ち時間が短いのである。日本人は短気だから待ち時間が短いのである。日本では昔から伝統的に国家機関が国民みんなと違う文化の国を作る時間が50年までと決まっているのである。それ以上やると国家機関の犯罪になって国民みんなで国家機関を倒すのである。)これまで日本人は外国の文化のお芝居をやっていただけであり、日本人は本音[ほんね]ではこれまでずっと日本文化をやっていたのである。だから、日本人は戦後すぐに日本文化をやれたのである。日本は国民みんなが馬鹿の真似をして馬鹿の国のお芝居をやっている超文明国だったのである。
これから国民みんなで新しく日本文化の国を作る団体を建てる予定である。未来の日本はどんな国になるのか楽しみである。(テレビの時代劇に出てくるのは日本文化ではない。あれはアジア文化(中世や近世の日本人がインド文化と中国文化を混ぜ合わせて作り出した架空の国の文化)であって日本文化ではない。今の国民みんながやっているのが日本文化である。)
いつの時代でも国を作る団体は国民みんなが文化を変えた後でも国民みんなに合わせて作る国を変えたりせず同じ国を作り続けるだけである。国を作る団体は国民みんなに合わせて国民みんなに売れる国を作って国民みんなからお金をもらって儲[もう]ければいいだけなのに自分で考えてそうしようとしない。それは、国を作る団体が昔は国民みんなから上の者だと言われていたために、今でも国を作る団体は「自分が国民みんなよりも上の者だ」と思い上がっているので国民みんなに従わないからである。武士の商法と同じである。昔はヤクザ(暴力団のこと、暴力団は麻薬の売買[ばいばい]を収入源としているのでヤクザ(薬座)と言うのだろう)が国民みんなから上の者だと言われていたので、今でもヤクザのプライドが高いのと同じことである。国を作る団体の仕事は“自分が身分が高いと思ってお高ぶっていること”だけだから、国を作る団体は「自分が国民みんなよりも上だ」と思っていることが職業病なので、けっして国民みんなに従わないのである。国民みんなの文化が変わって自分が国民みんなに従わねばならなくなっても従わないのである。国民みんなも自分の文化を変えた最初の頃は「国を作る団体が上の者だ」と思って国を作る団体に手出しができないが、50年もたつと『国民みんなを不幸にするただの邪魔者[じゃまもの]だ』と思えるようになって倒せるようになるのである。(江戸時代後期では国民みんながヨーロッパ文化をやれば幸せになれるとわかっているのに幕府はアジア文化の国ばかり作るから国民みんなにとって幕府は邪魔なのである。現代では国民みんなが日本文化をやれば幸せになれるとわかっているのに政府はヨーロッパ文化の国ばかり作るから国民みんなにとって政府は邪魔なのである。)だから、国民みんなは自分が「国を作る団体を上の者だ」と思わず『ただの邪魔だ』と思うなら国を作る団体を倒せばいいのである。あるいは、国を作る団体が同じ国を作り続けるのは、国を作る団体が「自分がしばらくねばっていれば、そのうち国民みんなが自分を上の者だと思うようになって自分に従うようになって、自分が国民みんなを自分の思い通りにできるようになる」と思っているからかもしれない。しかし、実際には国民みんなのほうが国を作る団体よりも大きいから『国民みんなのほうが国を作る団体よりも強い。』だから、今の国民みんなは自分が強いところを政府に見せてやるために政府を倒してやらねばならない。
[22003] 国民みんなは自分の好き勝手にやっていい。☆ h27.7.10
国民みんなは国の最高権力者である。だから、国民みんなは自分の好き勝手にやっていい。
日本政府はヨーロッパ文化の国を作る団体である。
近代の日本では国民みんなは「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と思っていたから、喜んで政府に税金を払っていた。
今の日本では国民みんなは『自分が日本文化をやれば幸福になる。自分がヨーロッパ文化をやれば不幸になる』と思っているから、政府に税金を払うのが嫌である。だから、政府に税金を払わなくていい。
今の日本では国民みんなは政府に税金を払わなくていい。
早く国民みんなで政府を倒して、日本文化の国を作る団体を建てて、幸せに暮らさねばならない。
私は子供の頃から政府に税金を払うのが嫌だった。それは、戦後の日本では国民みんなが日本文化をやっているからであり、日本文化では道徳があるからみんなが善いことが好きだからすべての団体が国民と自由に契約してお金をもらって仕事をしないといけないからである。政府は日本文化に反することをやっているから、私は政府に税金を払うのが嫌だったのである。しかし、私は10年ぐらい前まで「日本では政府に税金を払うのが決まりだ」と思っていたので、大人になって仕事をするようになるとちゃんと毎月政府に税金を払っていた。国税のほかに県民税や市民税も支払っていた。今の私は『今の日本では国民みんなが日本文化をやっているから、日本文化では道徳があるからみんなが『人間がみな平等である』ことを守らねばならないから、会社や団体は必ず国民一人一人と契約を取ってお金をもらって仕事をしないといけないから、政府は国民一人一人と契約を取っていないから国民は政府に税金を払わなくていい。日本政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、ヨーロッパ文化では道徳がないからみんなが『人間がみな平等である』ことを守らないから、みんなが他人からお金を強盗してもいいから、日本政府は国民みんなからお金を強盗して税金を取っているのである。国民みんなは国の最高権力者だから、国民は日本政府よりも国民みんなに従えばいい。だから、今の国民は国民みんなに従って日本文化をやって政府に税金を払わなければいいのである。今の日本では国民みんなが日本文化をやっているから、今の日本の国民みんなの総意は『日本文化をやること』だから、日本政府が国民みんなの総意に反してヨーロッパ文化の国を作っているだけだから、国民は国民みんなの総意に従って日本文化をやってヨーロッパ文化をやらないようにして政府に税金を払わなければいいのである。』と考えている。だから、私は7年前に3ヶ月間だけ大分県中津市の自動車の部品工場で働いていたが、そのときの税金は市役所に払っていない。市役所の職員も一度だけ私の下宿に税金の取立てにきただけで、私が居留守[いるす]を使って追い返してから後は二度と下宿にやってこない。それは、私の考えが正しいからである。その後、私は自分の下宿に閉じこもって親の仕送りだけで国家宗教や政府のことについて考え続けてきた。今の日本ではすでに多くの国民が私と同じように日本政府に税金を払わなくなって政府を倒しているのである。日本政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、ヨーロッパ人と日本人は感性が違うから、ヨーロッパ文化の国はヨーロッパ人にとっては幸福に暮らせるが、日本人にとっては不幸に暮らさねばならないから、日本政府は日本人が不幸に暮らさねばならない国を作っているから、今の国民みんなは日本政府を倒さなければならないのである。だから、今の日本では国民みんなが政府を倒すために政府に税金やその他のお金をやらないようにしているのである。ゴリラにエサを与えないようにしているのである。
[22004] どうして私は『バトルフィールド3』が面白くないのか? h27.7.10
私は“地味でまじめな味”がするテレビゲームは好きである。例えば、『平安京エイリアン』とか『バトルフィールドシリーズ』とかが好きである。もっとも、今の私はもういい歳(51歳)なのでテレビゲームはやっていないが。
ところが、今のテレビゲームはそんな味ではない。ヌラヌラしてヌメヌメしてまるでエッチ本のような味がある。『バトルフィールド3』から後もそんな味がする。私の好きな味ではない。だから、ますます私はテレビゲームをやらない。
それに比べて昔の『バトルフィールドシリーズ』(1942やベトナムや2や2142やモダンコンバットなど)は面白かった。それは当時は私が国家宗教の神だったからである。『モダンコンバット』の頃までは私が神だったので私の趣味に合わせてゲームが作られていたので私にとってゲームが面白かったのである。当たり前である。
しかし、今ではもう私は国家宗教の神ではない。だいぶ前に私が「自分が政府に国家宗教の神にされているのが嫌だ」と自分のホームページに書いたので、世界中の人が私を神にするのをやめたのである。だから、エレクトロニックアーツ社(アメリカにある世界最大のゲームメーカー)がアメリカ人のセンスに合わせてゲームを作るようになった。そのために、『バトルフィールド3』からあとの『バトルフィールドシリーズ』はマップが陰気臭い感じになって、私にとって面白くなくなってしまったのである。
洋ゲー(西洋風テレビゲーム)は全部アメリカ人やヨーロッパ人の感性に合わせて作られている。ところが、アメリカ人やヨーロッパ人と日本人は感性が違う。だから、洋ゲーはアメリカ人やヨーロッパ人にとっては面白いが、日本人にとっては面白くない。だから、日本人は洋ゲーでは遊ばないほうがいい。日本人は和ゲー(日本風テレビゲーム)で遊んだほうがいい。しかし、和ゲーは技術が低くて面白いゲームがない。だから、日本人はテレビゲームなんかで遊ばないほうがいい。(アメリカやヨーロッパの文化は日本人にとっては面白くないが、アメリカやヨーロッパの自然は日本人にとっても面白い。だから、観光に行く価値はある。)
今の日本では国民みんなは日本文化をやっている。日本文化には国家宗教はない。日本文化には道徳があるから、“無知の知”があるから、自分に理解できない自然現象があったとき『自分が知らない』ことを認めるから、神はないから、国家宗教がない。だから、今の日本では国民みんなは私を神とする国家宗教をやっていない。ところが、日本政府はヨーロッパ文化の国を作る団体である。ヨーロッパ文化には国家宗教がある。ヨーロッパ文化には道徳がないから、“無知の知”がないから、自分に理解できない自然現象があったとき『自分が知らない』ことを認めず「神がやった」と考えるから、近くにいた人を神とするから、国家宗教がある。私が赤ちゃんの頃、私の母が夜中に私がベビーベッドに寝ていたときに私の頭の上に吊ってあったガラガラ(ベッドメリー)が突然回りだしたのを見た。そのことがどういう経緯[けいい]かはわからないが日本政府に伝わった。だから、今の日本では日本政府が私を神とする国家宗教をやっているのである。日本政府が私に関するいろんな情報を使っていろんなことをやっている。アメリカやヨーロッパや中近東などの国では国民みんなが国家宗教をやっている。そのため、日本政府を経由して世界中の国家宗教をやっている国ではみんなが私を神とする国家宗教をやっていたのである。みんなが多かれ少なかれいろんなやり方で私に従うことをやっていたのである。みんなが日本政府を経由して私に関するいろんな情報を知ってそれらを使って善いことから悪いことまでさまざまなことをやっていたのである。しかし、今では錯覚の研究が進んで、私の母親が見たのは錯覚であることがわかっている。人間の脳には“物が動いて見える中枢”があって、ガラガラの模様のせいでその中枢が興奮したために私の母親にはガラガラが回っているように見えたのである。そのために、私は自分が政府に神とされていることを不当だと考えて、だいぶ前に自分のホームページに「自分が政府に神とされているのが嫌だ」と書いた。だから、今では世界中の国家宗教のある国でみんなが私を神にしなくなって他の神に従う文化や自分の国の国民みんなに従う文化をやるようになっているのである。(日本文化には国家宗教はない。宗教はない。だから、今後日本が本格的に日本文化の国になったら国中の神社や寺院や教会をなくさねばならない。この世に神なんかいないから宗教なんかくだらない。日本人は宗教なんかやっても時間の無駄[むだ]だからやってはいけない。日本人はそんなことをする暇があったら自分の心について真剣に考えて道徳や哲学をやらねばならない。)
最近は日本でも国民みんなが日本政府を倒している。国民みんなが『日本人が幸福に暮らすためには日本文化をやるしかない』と考えて日本文化をやって、ヨーロッパ文化の国を作っている日本政府を倒すようになっている。そのために、今の日本ではみんながますます国家宗教をやらなくなっている。今の日本ではみんなが日本文化をやって科学と数学と道徳をやって物やお金を豊かにして頭で言葉を使って考えて道徳を守って幸福に暮らしている。日本人は見かけや作り話をやらず、科学や数学や道徳をやって、自分の頭で物や心について考えて物や心についてよく知って、物や心を使って自分の心を満足して幸福に生きねばならない。
[22005] どうして日本では国民みんなが50年もたってから国を作る団体を倒すのか?
h27.7.10
日本では国民みんなが自分の文化を変えたときにすぐに国を作る団体を倒そうとせず、50年ぐらいたってから国を作る団体を倒す。
日本で国民みんなが50年たってから国を作る団体を倒すのは、国民みんなが『自分が国の最高権力者である』ことを思い出すのに時間がかかるためである。
これまで国民みんなはいつも「国を作る団体が上の者だ」と思って国を作る団体に従ってきたので、国民みんなは『本当は国民みんなが国の最高権力者である』ことを忘れてしまっているので、国民みんなが自分の文化を変えた後でもしばらくは国民みんなは『国民みんなが国の最高権力者である』ことを思い出せずに「国を作る団体が上の者だ」と思って国を作る団体に従い続けるのである。国民みんなが自分の文化を変えてから50年ぐらいたつと、ようやく国民みんなは『自分が国の最高権力者である』ことを思い出して「国を作る団体が上の者だ」と思わなくなって『国を作る団体が自分に従っていない』と思って国を作る団体を倒すようになるのである。
今の日本ではすでに国民みんなが自分の文化を変えてから50年以上たっている。だから、今では国民みんなが『自分が政府よりも上の者だ』と思って政府を倒しているのである。国民みんなは『自分が国を作る団体を自分の好き放題にしていい』と思って国民みんながめいめい自分の好きな方法で国を作る団体を倒しているのである。
[22006] どうして日本では国民みんなが文化を変えたときにすぐに国を作る団体を倒さないのか?
h27.7.10
日本では国民みんなが自分の文化を変えてから50年たってようやく国を作る団体を倒すようになる。
それは、国民みんなが「国を作る団体が国民みんなに合わせて国を作ってくれる」と思っているからである。
そのために、国民みんなは国を作る団体が国民みんなに合わせた国を作ってくれるのをひたすら待ち続けるのである。幕府が政府に変わるのを待ち続けるのである。政府が日本府[にほんふ](日本文化の国を作る団体のこと)に変わるのを待ち続けるのである。
しかし、実際には国を作る団体は国民みんなに従って国を作ってくれない。国を作る団体は国民みんなが倒さないかぎり同じ国を作り続けるだけである。
そのために、国民みんなは待ちくたびれて50年たってようやく『国を作る団体が国民みんなと同じ国を作ってくれない』ことがわかって『自分の手で国を作る団体を倒さねばならない』ことがわかって国を作る団体を倒すようになるのである。
実際に、今の日本でも国民みんなが日本文化に変えてから50年以上たつのに政府は昔と同じヨーロッパ文化の国を作り続けている。政府はいつまでたっても国民みんなに合わせて日本文化の国を作ってくれない。今の国民みんなはようやくそのことがわかって、『自分の手で政府を倒さねばならない』と考えるようになって自分の手で政府を倒すようになっているのである。
日本では国民みんなが「国を作る団体は見かけが違うだけで中身は同じ団体である。だから、国を作る団体はどんな国でも作ることができる」と思っている。しかし、本当は『国を作る団体はそれぞれまったく別のものである。国を作る団体は別の国を作ることはできない。』のである。だから、いくら国民みんなが待っても国を作る団体は同じ国を作り続けるだけで別の国を作ってくれないのである。国民みんなが待ちぼうけを食っているだけである。国民みんなが国を作る団体のことを誤解しているのがいけないのである。国民みんなが自分の文化を変えることができたから、「国を作る団体も自分と同じように自分が作る国を変えることができる」と思っているのがいけないのである。本当は『国を作る団体は同じひとつの国を作ることしかできないのである。』だから、「かごめかごめ」の歌のように国民みんながいくら国を作る団体に別の国を作ってくれと頼んでも作ってくれないのである。国民みんなが文化を変えたときにはすぐに国を作る団体を倒さねばならないのである。だから、今の日本でも国民みんなは政府が日本文化の国を作ってくれるのを待たずに、さっさと政府を倒さねばならない。政府を一度ちゃんと倒してから、政府とはまったく別に無から新しく日本文化の国を作る団体を建てねばならないのである。
日本では国民みんなが「国を作る団体は国を作ることは同じだから作る国を入れ替えればいいだけだから、どんな国でも作ることができる」と思っている。しかし、本当は『国を作る団体は作る国によってまったくやることが違うので作る国を変えることができない』のである。『国を作る団体が別の国を作るためには国を作る団体を丸ごと全部入れ替えなければならない』のである。だから、江戸時代の国民みんながいくら幕府にヨーロッパ文化の国を作ってくれと言ってもできなかったし、今の国民みんながいくら政府に日本文化の国を作ってくれと言ってもできないのである。ヨーロッパ文化の国を作るためには幕府を倒して新しく政府を建てねばならなかったように、日本文化の国を作るためには政府を倒して新しく日本府を建てねばならないのである。今の国民みんなはようやくそのことがわかって政府を倒している。もっと早くわかればよかったのである。今度からは国民みんなが文化を変えたらすぐに国を作る団体を倒して新しい国を作る団体を建てねばならない。
これまで日本では国民みんなが「日本人と外人が同じだ」と思っていたために「みんなが幸福に暮らしている国の文化をやれば日本人も幸福に暮らせる」と思って外国の文化をやっていたために国民みんなは不幸に暮らさなければならなかった。それと同じように、これまで日本では国民みんなが「国を作る団体はどんな国でも作ることができる」と思っていたために「国を作る団体は国民みんなに合わせた国を作ってくれる」と思って国を作る団体が自分と同じ文化の国を作るように変わるのを待っていたために国民みんなは50年ぐらいの間不幸に暮らさねばならなかった。国民みんなは自分の誤解のために自分が不幸にならねばならなかった。国民みんなは早く自分の誤解を直して正しいことをやって幸福にならねばならない。今の国民みんなは『日本人と外人が違う』と考えて『日本人が幸福になるためには自分の文化をやらねばならない』と考えて日本文化をやらねばならない。今の国民みんなは『国を作る団体は同じ国しか作れない』と考えて『国を作る団体は国民みんなに合わせて国を作ってくれない』と考えて、早くヨーロッパ文化の国を作る政府を倒して、新しく日本文化の国を作る団体を建てねばならない。
今の国民みんなは「わざわざ自分たちが国を作る団体を倒さなくても、国を作る団体が自分で新しい文化の国を作らねばならないことがわかってそうしてくれる。」と思っているからいつまでたっても自分で国を作る団体を倒そうとしないのである。しかし、本当は『国を作る団体は同じ文化の国しか作れず違う文化の国は作れないから、国民みんなで国を作る団体を倒さねばならない』のである。だから、国民みんなは自分のまちがった考えを捨てて、正しい考えに変えて、自分で国を作る団体を倒さねばならないのである。国民みんなが新しい文化の国にするためには、自分の文化を変えるだけでなく、国を作る団体を入れ替えなければならない。50年前の国民みんなは半分だけしかやっていない。だから、今の国民みんなが残りの半分をやって新しい文化の国を完成させねばならないのである。日本では国民みんなが国の文化を変えるときには、まず自分の文化を変えて、次に約50年後に国民みんなで国を作る団体を倒す2段階のやり方で国を変えるのである。国民みんなが一度に国の文化を変えると国中がドタバタしてわけがわからなくなるから、2度に分けてわかりやすくやりやすくしているのである。理論的には一度に変えるのが正しいが、実際には二度に分けてやったほうがうまく行くのでそうしているのである。国民みんなが50年かけて新しい文化についての理解を深めてから古い国を作る団体を倒すようにしているのである。国民みんなが50年かけて自分たちの様子を見て本当に新しい文化でいいかどうか確かめてみて、それでよければ国民みんなが古い国を作る団体を倒すようにしているのである。国民みんなが自分の即断によるまちがいを防ぐために慎重に50年かけて新しい文化が本当にいいかどうかみんなで検討しているのである。思案の時間を50年分設けているのである。国民みんなが自分の文化を入れ替えるのはたやすいが、国を作る団体を入れ替えるのは大変だから、国民みんなが国を作る団体を倒すのは慎重にしているのである。今の日本ではこれまで50年間国民みんなが日本文化をやってみて自分たちが幸福に暮らしているから、このまま国民みんなが日本文化をやり続ければいいことは明らかである。だから、今の国民みんなで政府を倒して、日本文化を作る団体に替えてしまえばいいのである。
あるいは、国民みんなが自分のやる文化を変えることはすぐにできる。しかし、世の中には古い文化のほうが儲[もう]かる団体がある。例えば、今の日本では政府や暴力団や宗教団体である。そういう団体はけっして自分からは変わらない。自分の文化を変えない。はじめのうちは国民みんなにも古い文化が染み込んでいるから、たとえ国民みんなが自分ひとりでいるときには新しい文化をやっていても、古い文化をやっている団体と関わるときには古い文化をやってしまう。しかし、そのうち時間がたつと国民みんなが新しい文化に慣れてきて古い文化を忘れてしまって新しい文化でそういう団体と接するようになる。国民みんなはそういう団体を古い文化の名残[なごり]だとみなして新しい文化の外にある団体とみなして国民みんなで倒すようになる。国民みんながそういう団体を国民みんなの幸福を邪魔[じゃま]する者だとみなして倒すようになる。国民みんなは昔はそういう団体を自分を幸福にしてくれていると思ってありがたがって大事にしていたが、今ではそういう団体を自分を不幸にすると思って嫌って倒している。だいたい50年ぐらいたてば国民みんながそうするようになる。だから、今の日本では国民みんなが政府や暴力団や宗教団体を倒すようになっている。国民みんなは古い文化をやるのをやめて新しい文化をやるようになっている。つまり、人間には“記憶”があるために国民みんなが古い文化を完全に忘れるのには時間がかかる。50年ぐらい時間がかかる。そのために、いつの時代でも国民みんなが国を作る団体やその他の団体を倒すのが遅れるのである。
[22007] どうして鎌倉幕府や室町幕府は潰[つぶ]れたか? h27.7.11
日本では中世になると国民みんながヨーロッパ文化をやめてアジア文化をやりだした。
国民みんなでヨーロッパ文化の国を作る日本政府を倒してアジア文化の国を作る幕府を建てた。
鎌倉幕府や室町幕府はいちおうアジア文化の国を作っていたが、あまり上手にアジア文化の国が作れなかったので、国民みんなに任務不履行[にんむふりこう]だとみなされて国民みんなに倒された。鎌倉幕府や室町幕府があまりにもざっとしたアジア文化の国を作ったので国民みんなが怒って幕府を倒した。国民みんなが幕府にお金をやらなかったり幕府の建物を壊したり幕府の者を殴[なぐ]ったり蹴[け]ったりして幕府を倒した。
江戸幕府ぐらいになるとようやく上手にアジア文化の国が作れるようになったので、国民みんなは江戸幕府が上手にアジア文化の国を作っていると思って建前[たてまえ]で幸福に暮らしていた。しかし、国民みんなは本音[ほんね]では日本人の心を満足せず不満に暮らしていた。
古代の日本政府もなかなかうまくヨーロッパ文化の国が作れずに何度か国民みんなに倒されたことがあったのかもしれない。
今の日本では国民みんながヨーロッパ文化をやめて日本文化をやりだしている。
国民みんなでヨーロッパ文化の国を作る日本政府を倒して日本文化の国を作る日本府[にほんふ]を建てている。
今度の日本府が上手に日本文化の国を作れなければ国民みんなに倒されるかもしれない。だから、今度の日本府はまじめに一生懸命に日本文化の国を作らなければならない。
アジア文化は日本人がインド文化と中国文化を混ぜ合わせて作り出した架空の文化である。アジアという国は実在しない。アジアという国は眼では見えない。アジア文化は眼で見て真似[まね]できるものではない。だから、幕府は最初の頃はなかなかうまくアジア文化の国が作れず、鎌倉幕府や室町幕府が倒れたのである。日本文化の国も実在しない。これまで日本はずっと外国の文化を受け入れてやってきたので、これまで自分の国の文化をやらなかったので、日本文化の国は一度も存在したことがない。これから日本人は自分で考えて自分の心をよく知って日本文化をやらねばならない。これから日本府は日本人の心をよく理解して売り物になる日本文化の国を作らねばならない。国民みんなに「これぞまさしく日本文化の国だ!」と思わせる国を作らねばならない。日本人みんなが本音で幸福に暮らせる国を作らねばならない。
[22008] 今の日本人は外人の真似[まね]をしなくなっている。 h27.7.11
ヨーロッパ人は悪いことが好きである。ヨーロッパではみんなが悪いことをやって楽しく暮らしている。
反対に、日本人は善いことが好きである。日本ではみんなが善いことをやって楽しく暮らしている。
人間の心は人種によって違う。だから、日本人がヨーロッパ人の真似をしてはいけない。そんなことをしたら、日本人は幸福に暮らせなくなってしまう。
今では日本人は『日本人と外人が違う』ことがわかって、外人の真似をしなくなっている。日本人は日本人の心について考えて日本人の心を知って日本人の心を満足して幸福に生きている。
今では『人間はみな違う』ことがわかっている。今の人間は自分の心を知って自分の心を満足して生きねばならない。今の人間は自分が好きなことをやって嫌いなことをしないようにしないといけない。今の人間はいくら他人に嫌われても自分の心を満足して生きねばならない。他人に口出しするほうが悪い。今の時代の人間はそういう生き方をしないといけない。
今の人間は自分の心を肯定して生きていかねばならない。それだからこそ道徳を知っていなければならない。(昔はみんなが「人間はみな同じだ。自分と他人は同じだ。人間はやることによって幸福か不幸かが決まるだけだ。自分が幸福に生きている人を真似[まね]れば自分も幸福になれる」と思っていた。だから、昔はみんなが一生懸命に幸福に生きている人を真似ていた。例えば、近代の日本人は自分が幸福になるために一生懸命にヨーロッパ人を真似ていた。だから、自分の心を知る必要がなかった。つまり道徳を知る必要がなかった。つまり、近代の日本人にとってはヨーロッパ文化をやることが道徳だった。しかし、そのために自分の本心が満足されず不満に暮らさなければならなかった。今はみんなが『人間はみな違う。自分と他人は違う。自分は自分の心を満足しないと幸福になれない』と考えている。だから、今ではみんなが自分の心を知って自分の心を満足している。今の人間が幸福に暮らすためには自分の心を知っていなければならない。だから、今の人間にとっては自分の心についての知識つまり道徳が必要なのである。)人間が自分の心の中にある感情をなんでもかんでも満足しているとかえって不幸になる。今の人間は自分の心の中にある善い感情だけを満足して悪い感情を満足しないようにして自分が不幸にならないようにして幸福に生きていかねばならない。例えば、支配欲や見栄[みえ]欲を満足してはいけない。支配欲を満足すると他人が自分の気に入らないことをしているのを見ると自分が腹が立って不愉快[ふゆかい]になるから支配欲を満足してはいけない。見栄欲を満足すると、自分の本心(ウエイトの高い感情)が満足されなくなって自分が不満になるから見栄欲を満足してはいけない。見栄欲ひとつを満足するためにほかのたくさんの感情が満足できなくなってかえって不満になってしまうから見栄欲を満足してはいけない。今はゲームが流行[はや]っているが、ゲームをやると“実在の中で自分の心を満足する気持ち”が失われて自分の心の多くが満足されなくなってかえって自分が不満になるからゲームをやらないほうがいい。例えば、ゲームをやると『自分で考える喜び』が満足されなくなって不満になる。人間にとっては特に日本人にとっては『自分で考える喜び』が強いから、ゲームをやるとかえって自分が不幸になる。外人は知覚がないから考える喜びがないからゲームをやって本気で喜んでいるが、日本人は知覚があるから考える喜びが強いからゲームは自分の考える喜びの満足の妨げになるからゲームをやると嫌な気分になるのである。今の多くの人は自分で自分を不幸にしている。つまり、ゲームは見栄欲と同じようなものである。ゲーム自体は見栄ではないが、自分の心の満足を妨げるものだから、ゲームをやってはいけないのである。ゲーム欲(ゲームをやりたい欲望)を満足してはいけないのである。ゲームをやってゲーム欲を満足して+10の喜びが得られるとすると、ゲームをするとほかのいろんな感情が満足されなくなってー100の損失が出るから、ゲームをすると合計でー90の損失が出るからゲームをするとかえって不幸になるからゲームをやってはいけないのである。麻薬やオナニーもゲームと同じように、ほかのたくさんの感情の満足を妨げるものだからかえって感情が満足されなくなって不満になるからやってはいけない。(私の親も『人間は心がみんな違う。人間は自分の心を満足しないと幸福になれない。だから、子供は子供の好きなことをやればいい。』と考えて、自分は子供のやることになるべく口出ししないようにして自分の子供を放任教育していた。そこまでは正しかった。しかし、私の親は子供に道徳をいっさい教えなかった。そのために、子供の人生がうまく行かなかった。私は高校1年生のときに発狂して精神分裂病にかかり、私の弟は小学5〜6年生の頃に登校拒否になって自分の部屋に閉じこもりっきりになった。今の時代には親が子供を放任教育するのはいいことだが、いくら放任教育だからといって子供がなんでもかんでもやっていいわけではない。親は子供に道徳を教えなければならない。放任教育と道徳はセットである。私の親は半分の放任教育だけしかやらなかったからうまくいかなかった。今の学校では科学や数学は教えるが、道徳は教えない。だから、親が子供に道徳を教えてやらねばならない。要するに、親は子供に甘いだけではいけない。多少は厳しくしないといけない。親は子供に支配欲や見栄欲やゲーム欲や麻薬欲やオナニー欲などを満足させてはいけない。そのほうが子供が幸福に暮らせる。子供にちょっとだけ嫌な思いをさせてあとで大きな喜びを与えてやることが道徳の極意である。予防注射と同じことである。/オナニーをやって性欲を満足するとほかのいろんな感情が満足されなくなって考える喜びが満足されなくなって、そのぶん支配欲のウエイトが高まって支配欲をなにがなんでも満足しなければならなくなって他人が自分の気に入らないことをしているとすごく腹が立って必死になってテレパシーを使って自分の気に入らないことをやめさせようとして他人に訴えて精神分裂病に罹[かか]りやすくなる。だから、オナニーは精神分裂病の誘因[ゆういん]になる。麻薬やゲームもオナニーと同じものだから、麻薬やゲームも精神分裂病の誘因になる。)
平成27年7月18日追記)今は国際化が進んで外人から見てよくすることが流行[はや]っている。例えば、ヨーロッパ人は悪いことが好きなのに、外人(中国人や日本人)から見て自分をよくするために悪いことをやめて善いことをやっている。日本人は汚い外見が好きなのに、外人(ヨーロッパ人やアメリカ人)から見て自分をよくするために汚い外見をやめて綺麗[きれい]な外見をやっている。しかし、“見栄欲”を満足すると自分の本心(ウエイトの高い感情)が満足されなくなって不幸になる。見栄欲ひとつの満足のために自分の多くの心が満足されなくなってかえって不幸になる。だから、見栄欲を満足するのはやめねばならない。国民みんなの心は国によって違うから、国民みんなは自分の心を満足して外人の心を満足しなくていい。例えば、ヨーロッパ人は悪いことが好きだから、たとえ外人から非難されても悪いことをすればいい。日本人は汚い外見が好きだから、たとえ外人から罵[ののし]られても汚い外見にすればいい。そうやって、世界中の国で国民みんなが自分の心を満足して幸福に暮らせばいいのである。
同じように、“支配欲”を満足してもいけない。外人が自分の嫌なことをしているからといって外人に腹を立てて外人に自分と同じことをさせようとしてはいけない。外人と自分とは心が違うから、特に自分が困らないかぎり外人が自分の人権を侵さないかぎり、外人の好き勝手にさせねばならない。例えば、ヨーロッパ人が悪いことをしているからといって日本人がヨーロッパ人に腹を立ててヨーロッパ人に善いことをさせようとしてはいけない。日本人が汚い外見をしているからといってヨーロッパ人が日本人に腹を立てて日本人に綺麗な外見をさせようとしてはいけない。そうやって、世界中の国で国民みんなが外人の好き勝手にさせて世界中のみんなが仲良く暮らせばいいのである。
外国旅行は自分の国と外国の“文化の違い”を楽しむようにして、自分の心で外人を見てはいけないし、逆に外人の心で自分を見てもいけない。日本に来た外人に対してもそういう目で見ないといけない。みんなが他人の心ではなく自分の心を満足して幸福に生きていることが大事なのである。それがわからない者は外国旅行に行ってはいけない。
[22009] 国民みんなは馬鹿と利口の二つからなる。☆ h27.7.12
国民みんなは馬鹿と利口からなる。
昭和40年頃に『文化人類学』が出来て、『日本人と外人は違う』ことがわかって『ヨーロッパ文化はヨーロッパ人を幸福にするが、日本人を不幸にする。日本人は日本文化をやらなければ幸福になれない』ことがわかって、利口な人はさっそくヨーロッパ文化をやめて日本文化をやりだした。悪いことをやめて善いことをやりだした。
しかし、政府や暴力団や宗教団体にとっては日本文化よりもヨーロッパ文化のほうが都合がいいのであいかわらずヨーロッパ文化をやり続けた。政府や暴力団や宗教団体は『ヨーロッパ文化は日本人を不幸にする』ことがわかっていても国民みんなに悪いことをやり続けた。国民みんなを殺したりお金を強盗したり虐[いじ]めたりした。昔の政府や暴力団や宗教団体は「ヨーロッパ文化は日本人を幸福にする」と考えて日本人を幸福にするために悪いことをやっていた。みんなの役に立つために大喜びで人殺しや強盗や虐めをやっていた。今の政府や暴力団や宗教団体は『ヨーロッパ文化は日本人を不幸にする』ことを知っていながら悪いことをやっている。みんなの役に立たないのに人殺しや強盗や虐めをやっている。今の政府や暴力団や宗教団体は自分のためだけに悪いことをやっている。今の政府や暴力団や宗教団体が悪いことをやっているのは仕事ではない。ただのエゴである。つまり、政府や暴力団や宗教団体は国民みんなを幸福にするためにある団体ではない。もともと自分のためだけにある団体だったのである。最初から自分のために悪いことをする団体にすぎなかったのである。国民みんなが文化を変えたのでそのことがはっきりしたのである。もしも政府や暴力団や宗教団体が国民みんなを幸福にするためにある団体なら、『ヨーロッパ文化が日本人を不幸する』ことがわかったときに自分から潰[つぶ]れてなくなるはずである。そうしないのは、政府や暴力団や宗教団体が最初から自分ひとりの幸福のためにある団体にすぎないからである。政府や暴力団や宗教団体は最初から犯罪組織にすぎないのである。政府や暴力団や宗教団体は自分の幸福のためならなんでもかんでもするのである。国民みんなを無視して好き放題にするのである。
利口な人は『政府が犯罪組織だから、政府は国民みんなを不幸にする』と考えて政府を倒すようになった。政府に脅[おど]されても暴力をふられても牢屋[ろうや]に入れられても政府に税金を払わなくなった。政府が取り締[し]まろうにもあまりにも大人数[おおにんずう]なので取り締まれず、好きにさせるしかなかった。利口な人は『暴力団や宗教団体も犯罪組織だから、暴力団や宗教団体も国民みんなを不幸にする』と考えて暴力団や宗教団体を倒すようになった。暴力団や宗教団体に脅されても暴力をふられてもお金をやらなくなった。
馬鹿な人は日常生活においては利口な人が日本文化をやっているのを見習って日本文化をやるようになった。善いことだけやって悪いことをやらなくなって道徳的に暮らすようになった。科学をやって物やお金を豊かにして暮らすようになった。本を読んで知的欲求を満足して暮らすようになった。しかし、馬鹿な人は政府や暴力団や宗教団体と関わるときには政府や暴力団や宗教団体に従って政府や暴力団や宗教団体に脅されてお金を払ったり暴力をふられて虐待されたりした。利口な人は正しいことをやって政府や暴力団や宗教団体を倒しているが、馬鹿な人は正しいことがわからないから政府や暴力団や宗教団体の言いなりになっている。馬鹿な人は日常生活では利口な人に従っているが、政府や暴力団や宗教団体と関わるときには政府や暴力団や宗教団体に従っている。
しかし、ゆっくりと利口な人が増えていった。利口な人は政府や暴力団や宗教団体を倒している。たとえ政府や暴力団や宗教団体に何をされてもお金をやらず倒す。
馬鹿な人はたまたま利口な人が政府や暴力団や宗教団体を倒しているのを見かけて自分も同じように政府や暴力団や宗教団体を倒すようになる。利口な人はちゃんと理屈がわかって日本文化をやって政府や暴力団や宗教団体を倒しているが、馬鹿な人は理屈がわからず他人を真似[まね]るだけである。
こうして、じょじょに馬鹿が政府や暴力団や宗教団体を倒すようになって行って、最後には馬鹿も利口も国民みんなが政府や暴力団や宗教団体を倒すようになって、ついに政府や暴力団や宗教団体が倒れるのである。
江戸時代後期においても、利口な人は「日本人と外人は同じだ」「今はヨーロッパ人が産業革命をやって幸福に暮らしているから、日本人もヨーロッパ文化をやれば幸福になれる」と考えてヨーロッパ文化を支持するようになった。もっとも、当時の日本は鎖国していたので利口な人は実際にはヨーロッパ文化をやれずアジア文化をやるしかなかった。ところが、幕府はアジア文化のほうが儲[もう]かるのでアジア文化をやり続けた。幕府は最初から自分ひとりの幸福のために悪いことをする犯罪組織なので「ヨーロッパ文化をやれば国民みんなが幸福になる」ことがわかっていてもそうせずに自分勝手にアジア文化の国を作り続けるのである。利口な人は「幕府は犯罪組織だから、幕府が国民みんなを不幸にしている」と考えて幕府を倒すようになった。幕府に脅されても暴力をふられても牢屋に入れられても年貢[ねんぐ]を払わず幕府を倒すようになった。幕府が取り締まろうにもあまりにも大人数なので取り締まれず好きにさせるしかなかった。馬鹿な人は幕府が自分の独断でアジア文化をやっているので幕府と関わるときにはアジア文化をやっていた。日常生活においてもまだ利口な人はアジア文化をやっていたので、馬鹿な人も利口な人を真似てアジア文化をやっていた。しかし、じょじょに利口な人が増えて行って、幕府を倒す人が増えていって、馬鹿な人が利口な人が幕府を倒しているのを見ていっしょに幕府を倒すようになって行った。こうして、幕府を倒す者が増えていって、最後には馬鹿も利口も国民みんながいっしょに幕府を倒すようになって、ついに幕府が倒れた。幕府が倒れて、国民みんなが念願のヨーロッパ文化をやるようになって明治維新になった。その後、国民みんなでヨーロッパ文化の国を作る日本政府を建てて、日本は本格的にヨーロッパ文化の国になった。
国民みんなは馬鹿と利口の二つからなる。馬鹿が多くて利口が少ない。しかし、利口もかなりいる。いつの時代においても、利口な人は頭で理屈で考えて正しいことをやる。馬鹿な人は頭で理屈で考えず、他人を眼で見て真似したり、他人の言いなりになっている。利口な人は馬鹿な人のリーダーである。馬鹿な人が利口な人を見習ってじょじょに正しくなる。最後には国民みんなが正しいことをするようになる。こうして、善かれ悪[あ]しかれ国民みんなが“正しいこと”をするようになるのである。だから、国の文化が変わるには50年ぐらいかかるのである。あるいは、もっと長い時間がかかるのである。国民みんなが利口だけなら数年で国の文化が変わるが、国民みんなが利口と馬鹿の二つからなるために50年以上かけて国の文化がゆっくり変わるのである。
利口な人は国のリーダーである。利口な人は何事にも屈せず正しいことをやらねばならない。利口な人は馬鹿な人に従っていっしょにまちがったことをやってはいけない。馬鹿な人は自分の分際[ぶんざい]をわきまえて利口な人に従って利口な人といっしょに正しいことをやらねばならない。それが馬鹿の美徳である。そうやって、国民みんなが早く正しいことをやるようにならねばならない。
今の国民の多くは「国を作る団体は国民みんなが幸福に暮らせる国を作る。国を作る団体は国民みんなを幸福にしてくれる善い団体だ。」と思っている。しかし、本当は『国を作る団体は犯罪組織である。国を作る団体は国民みんなを不幸にする団体である。』国民の多くは自分の誤解を直して自分が幸福に暮らすために国を作る団体を倒さねばならない。
つまり、国民みんなが文化を変えても国を作る団体が作る国を変えないのは国を作る団体が最初から犯罪組織だからである。国民みんなが国を作る団体をすぐに倒さないのは、国民みんなの中には馬鹿が多く、馬鹿が国を作る団体の言いなりになって国を作る団体を倒そうとしないからである。だからこそ、利口な人ががんばって正しいことをやって国を作る団体(じつは犯罪組織)を倒して、馬鹿に正しいことを教えてやって、みんなで国を作る団体を倒して幸福に暮らせるようにしないといけない。国を作る団体は犯罪組織である。だから、今後は国を作る団体は建てないほうがいい。国民みんなは国を作る団体と契約制にして、国を作る団体がちょっとでも悪いことをしたらすぐに国民みんなが国を作る団体を倒せるようにしないといけない。
これまでは国民みんなが「日本人と外人は同じである」「みんなが幸福に暮らしている国の文化を真似れば日本人も幸福に暮らせる」と考えていたから、犯罪組織が「外人は悪いことが好きである」ことを利用して、自分が国民みんなが幸福に暮らせる国を作る団体であるふりをして悪いことをやっていた。しかし、今では国民みんなが『日本人と外人は違う』『日本人は日本文化をやらなければ幸福に暮らせない』と考えていて『日本人は善いことが好きである』から、もはや犯罪組織は国を作る団体のふりをして悪いことがやれない。だから、今の国民みんなで早く政府を倒して犯罪組織を日本から撲滅[ぼくめつ]しなければならない。日本を犯罪組織のない国にしなければならない。
[22010] 今では国民みんなが国を作る団体や暴力団や宗教団体を倒すようになっている。
h27.7.12
国民みんなは馬鹿と利口からなる。馬鹿が多くて利口が少ない。しかし、利口もかなりいる。
国を作る団体や暴力団や宗教団体は犯罪組織である。
近代の日本では利口な人が「人類はみな同じである。日本人と外人は同じである。人間はやることによって幸福か不幸かが決まるだけである。今のヨーロッパではみんなが幸福に暮らしている。だから、日本でもヨーロッパ文化をやればみんなが幸福に暮らせる。」と考えてヨーロッパ文化をやっていた。科学をやって物やお金を豊かにして、道徳をやめて悪いことをやっていた。人殺しや強盗や虐待などをやっていた。馬鹿は利口を眼で見て真似[まね]て同じことをやっていた。国を作る団体や暴力団や宗教団体は国民みんなを幸福にするためだといってヨーロッパ文化を利用して国民みんなに悪いことをやっていた。国を作る団体(政府のこと)は国民みんなからお金を強盗したり(税金のこと)国民みんなに戦争をさせたり国民みんなを事件や事故で殺したり国民みんなを虐[いじ]める政策をやったりした。暴力団や宗教団体も近所の人からお金を奪ったり嫌がらせをしたり虐めたりした。利口な人は「国を作る団体や暴力団や宗教団体がヨーロッパ文化をやって自分たちを幸福にしてくれている」と思って感謝していた。馬鹿も利口を真似て感謝していた。しかし、なにも知らない子供は自分の本心で見て『国を作る団体や暴力団や宗教団体がみんなの嫌がらせをしている』と思って国を作る団体や暴力団や宗教団体を憎[にく]んでいた。
戦後になって『文化人類学』が出来て、利口な人は『人類はみな違う。日本人と外人は違う。人間によってそれぞれ心が違っているから、人間は自分の心を満足しなければ幸福になれない。日本人は日本人の心を満足しなければならない。』と考えて日本文化をやるようになった。科学をやって物やお金を豊かにしたり、数学をやって本を読んで知識欲を満足したり、道徳をやって善いことをやって悪いことをやらなくなった。馬鹿は利口を眼で見て真似て同じことをやった。しかし、国を作る団体や暴力団や宗教団体はもともと犯罪組織だから国民みんなの幸福のために日本文化をやらずあいかわらずヨーロッパ文化を利用して悪いことをやり続けた。国を作る団体は国民みんなに対して強盗や人殺しや虐めをやり続けた。暴力団や宗教団体も同じことをやっていた。利口な人は『国を作る団体や暴力団や宗教団体は日本文化に反することをやって国民みんなを不幸にしているから倒さねばならない』と考えていろんな方法で国を作る団体や暴力団や宗教団体を倒すようになった。お金をやらなかったり武器で殺したり殴[なぐ]ったり蹴[け]ったりして倒すようになった。(政府に税金を払っていない人が自分で新聞社にお金を払って新聞に「私は政府に税金を払っていません。」という広告を載せたりすればいい。)利口な人が多すぎたので、国を作る団体は利口な人を取り締[し]まることができずほったらかしにするしかなかった。しかし、馬鹿は頭で正しいことがわからず他人の言いなりなので国を作る団体や暴力団や宗教団体の言いなりになってお金を取られたり殺されたり虐められたりした。そのために、国を作る団体や暴力団や宗教団体が滅ぶのが遅れている。しかし、馬鹿は利口が国を作る団体や暴力団や宗教団体を倒しているのを見て自分もいっしょに倒すようになっている。こうして、今では国民みんなが国を作る団体や暴力団や宗教団体を倒すようになって、国を作る団体や暴力団や宗教団体が滅んでいるのである。(国を作る団体は出来るときは国民みんなが放っておいても勝手に出来るが、倒すときは国民みんなが自分の手で倒さねばならない。国を作る団体は出来るときは自動だが、倒すときは手動である。今から約30年前に私と友達の和田高明[わだたかあき]君とで日本旅行をしたとき、京都で川本竜彦[かわもとたつひこ]君の下宿に泊めてもらったが、みんなで下宿の近所の銭湯に行ったとき、銭湯の脱衣場と浴場を仕切る扉[とびら]が“半自動ドア”だった。つまり、開けるのは自動だが、閉めるのは手動だった。それは、今の国民みんなが政府を自分で倒さねばならないことを示唆[しさ]している。)
国を作る団体の実体は犯罪組織である。犯罪組織が国を作る団体のふりをしているだけである。凶暴な者がおとなしいふりをしているだけである。猫かぶりである。国民みんなが文化を変えた後で国を作る団体の化けの皮がはげる。今の国民みんなは日本文化をやっているから、日本文化では道徳があるから善いことだけやって悪いことをやってはいけないから、日本文化には犯罪組織があってはいけないから、今の国民みんなで早く国を作る団体を倒して日本を平和な国にしないといけない。ヨーロッパ文化やアメリカ文化では悪いことをやってもいいから犯罪組織があってもいいが、日本文化では悪いことをやってはいけないから犯罪組織があってはいけないから、日本では国民みんなが犯罪組織を倒さねばならないのである。日本文化では善いことだけできて悪いことはできないから、日本文化の国を作る団体は国民みんなに対して善いことだけやって悪いことをしない。だから、国民みんなで早く日本文化の国を作る団体を建てて国民みんなを幸福にしてもらわねばならない。それでも信用が置けないなら、国を作る団体をやめて全部民間会社が仕事をすればいい。どうせ日本文化の国を作る団体は国民一人一人と契約を取ってお金をもらって仕事をしないといけないから、ほかの民間会社と同じ経営方式だから、いっそのこと国を作る団体をやめてしまってそれぞれの民間会社が国民みんなのために仕事をやればいいのである。国を作る団体の代わりに財団を建てて、国民みんなが財団からお金を借りて科学の仕事をやればいい。
[22011] 今の日本では馬鹿が利口を真似[まね]て政府を倒すようになっている。
h27.7.12
今の日本では国民みんなは日本文化をやっている。日本文化には科学と数学と道徳の両方がある。国民みんなは科学をやって物やお金を豊かにして、数学をやって本を読んで知識欲を満足して、道徳をやって善いことをやって悪いことをやらないようにしている。
一方、日本政府はヨーロッパ文化の国を作っている。ヨーロッパ文化には科学があるが数学や道徳がない。そのため、日本政府は国民みんなに科学をやらせて物やお金を豊かにさせている。日本政府は国民みんなにテレビゲームをやらせて本を読まなくさせて馬鹿に改造している。日本政府は国民みんなに道徳を教えず国民みんなを不幸にしている。日本政府は国民みんなからお金を強盗して(税金のこと)国民みんなに戦争をさせて国民みんなを事件や事故で殺して国民みんなを虐[いじ]める政策をやっている。
日本政府は国民みんなと違う文化の国を作っている。日本政府は国民みんなに従っていない。だから、日本政府は犯罪組織である。政府はそもそも国を作る団体ではない。政府は最初から悪いことをやって国民みんなを不幸にする犯罪組織である。政府は国を作る団体のふりをした犯罪組織だったのである。政府は自分が悪いことをするためにヨーロッパ文化を利用していたにすぎないのである。政府が国を作る団体なら、国民みんなが日本文化に変えたとき、自分も国民みんなに合わせて日本文化の国を作るようになるはずである。それなのに、実際には政府は昔と同じようにヨーロッパ文化の国を作って悪いことをしているから政府は国を作る団体ではなく、犯罪組織なのである。政府は国民みんなのために国を作ってくれる団体ではなく、自分ひとりのために悪いことをする犯罪組織なのである。
だから、利口な人は『政府は国民みんなを不幸にする犯罪組織だ』と考えて政府を倒している。利口な人は政府に税金を払わなかったり、政府の者を捕らえて虐待したりして倒している。国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなは自分の好き勝手にやっていいから、今の政府は国民みんなに従っていないから、国民みんなは政府を倒さねばならないから、利口な人は国民みんなの代表として政府を倒しているのである。
一方、馬鹿は自分の頭でなにも考えず、眼で見て他人を真似[まね]たり、他人の言いなりになるだけである。馬鹿は自分の頭でなにも考えず政府の言いなりになっている。馬鹿は政府にお金を強盗されたり殺されたり虐められたりしている。そのために政府が倒れるのが遅れている。馬鹿は利口が政府を倒しているのを見て真似[まね]をして政府を倒すようになっている。そのため、国民みんなが政府を倒すようになっている。政府は国民みんなに倒されて滅んでいる。
要するに、今の日本では国民みんなは日本文化をやっている。政府はヨーロッパ文化の国を作っている。政府は国民みんなに従っていない。だから、国民みんなが政府を倒している。国民みんなは国の最高権力者であり、国民みんなは自分の好き勝手にやっていいから、国民みんなが政府を倒しているのである。
[22012] どうしてヨーロッパ人やアメリカ人は科学が強いのか? h27.7.13
日本人や中国人は善いことが好きである。日本人や中国人は善いことをやりたがる。
反対に、ヨーロッパ人やアメリカ人は悪いことが好きである。ヨーロッパ人はアメリカ人は悪いことをやりたがる。(ヨーロッパ人やアメリカ人は悪いことが好きだから、ヨーロッパやアメリカでは政府が悪いことをやってもいい。しかし、中国人や日本人は悪いことが嫌いだから、中国や日本では政府(国を作る団体)は悪いことをやってはいけない。)
善い人は決まりを守りたがる。善い人はみんなと同じことや昔と同じことをするのが好きである。
反対に、悪い人は決まりを犯したがる。悪い人はみんなと違うことをやったり新しいことをやるのが好きである。
善い人は保守的で発展性がない。悪い人は革新的で発展性がある。保守的で発展性がないのは善の欠点であり、革新的で発展性があるのは悪の長所である。
だから、ヨーロッパ人やアメリカ人は科学が強いのである。日本人や中国人は科学が弱いのである。ヨーロッパ人やアメリカ人は自分でどんどん新しいことを考え出すから科学が進歩するのである。反対に、日本人や中国人は自分で昔のことを守るだけだから科学が進歩しないのである。日本人や中国人はヨーロッパ人やアメリカ人に科学で追いつくことができても追い越すことができないのである。
しかし、日本人は日本人であって、ヨーロッパ人やアメリカ人ではない。日本人は生まれつき善いことが好きであって悪いことが嫌いである。それはどうしようもない。だから、日本人は日本人の欠点を抱[かか]えながら生きていくしかない。日本人は自分の欠点を補うためにヨーロッパやアメリカから新しい科学を取り入れなければならないのである。
[22013] 国民みんなが文化を変えた後では国民みんなが国を作る団体を倒すようになる。
h27.7.13
江戸時代後期の日本では国民みんなが「日本人が幸福になるためにはヨーロッパ文化をやらねばならない」と思って勝手にヨーロッパ文化を取り入れてやっていた。幕府は鎖国していたが、国民みんなのほうが幕府よりも強いので、国民みんなは鎖国を無視して勝手にヨーロッパ文化を取り入れてヨーロッパ文化をやっていたのである。
ところが、幕府はアジア文化の国を作り続けた。幕府はもともと犯罪組織なので国民みんなに従わずアジア文化の国を作る団体のふりをして悪いことをやっていたのである。
国民みんなは馬鹿と利口からなる。馬鹿が多くて利口が少ない。しかし、利口もかなりいる。利口な人は『幕府は国を作る団体のふりをしている犯罪組織だ』と考えて幕府を倒していた。幕府にお金をやらなかったり幕府の者を暗殺したりして好き放題に幕府を倒していた。利口な人はみんなに『幕府は国民みんなを不幸にする犯罪組織だから、みんなで幕府を倒そう』と言いまわっていた。利口な人は『幕府が犯罪組織だ』と考えて幕府に従わなかったので、幕府は利口な人をほったらかしにするしかなかった。幕府は利口な人があまりにも多すぎて手に負えないのでほったらかしにするしかなかった。そもそも昔の国民みんなは「自分がアジア文化をやれば幸福になれる」と思っていたからアジア文化をやってアジア文化の国を作る幕府に従っていただけであって、国民みんなが「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になれる」と思っていればヨーロッパ文化をやってアジア文化の国を作る幕府に従わないのは当然である。利口な人は理屈がわかっているから幕府に従わなかったのである。一方、馬鹿は頭で考えず、他人を眼で見て真似[まね]たり、他人の言いなりになるだけである。馬鹿は最初の頃は利口な人の言っていることが理解できず、幕府の言いなりになって幕府にお金を取られていたが、そのうち利口な人が幕府にお金を払わず幕府を倒しているのを知って自分もいっしょに幕府にお金を払わなくなって幕府を倒すようになった。いつしか国民みんなが幕府にお金を払わなくなって幕府を倒すようになって、ついに幕府が一文無しになって倒れた。政府が勝手に出来た。こうして邪魔者[じゃまもの]がいなくなって、国民みんなが完全にヨーロッパ文化をやることができるようになったのである。国民みんなが自分が幸福になるために大々的[だいだいてき]にヨーロッパ文化を取り入れてヨーロッパ文化を一生懸命にやるようになったのである。政府も一生懸命にヨーロッパ文化の国を作っていたのである。もっとも、政府もまた幕府と同じように犯罪組織だったから、政府は国民みんなのためではなく、自分が悪いことをするためにヨーロッパ文化の国を作っていたのである。
それと同じように、現代の日本では国民みんなが『日本人が幸福になるためには日本文化をやるしかない』と思って日本文化をやるようになっている。政府は国民みんなにヨーロッパ文化を押し付けていたが、国民みんなのほうが政府よりも強いので、国民みんなは政府を無視して勝手に自分で日本文化を理解して日本文化をやっているのである。
ところが、日本政府はヨーロッパ文化の国を作り続けている。政府はもともと犯罪組織なので国民みんなに従わずヨーロッパ文化の国を作る団体のふりをして悪いことをやっているのである。
国民みんなは馬鹿と利口からなる。利口な人は『政府は国民みんなを不幸にする犯罪組織だから政府を倒さねばならない』と考えて政府を倒している。政府にお金をやらなかったり政府の者を暗殺したりして自分の好き放題に政府を倒している。利口な人はみんなに『政府を倒さねばならない』と言いまわっている。(実際に、私の周[まわ]りでも『今の国民みんなは政府を倒さねばならない』ことを言う者がいた。私が中学1年生のときみその学舎[がくしゃ]という学習塾に通っていたが最後の時間に塾長の友達というおじさんが「ムリ・ムダ・ムラの三無の追放」という勉強のやり方についての話をした(三無は政府と暴力団と宗教団体のこと)。私が高知学芸中学校にいた頃、同級生の男子が授業中に「長者[ちょうじゃ]」「蓮池[はすいけ]」(長者も蓮池も高知の地名、片方の男子が長者の出身で、もう片方の男子が蓮池に住んでいた)とよく言っていた(長者蓮池とは今の国民みんなが政府に税金を払わなくなって政府が貧乏になっていること)。私が高知学芸中学校にいた頃、生物学の先生が「教科書の出版社に教科書のまちがいを指摘した手紙を出したら礼状をもらった」と言っていた(社会科の教科書にはたくさん嘘[うそ]が書いていること)。私が高知学芸高校にいた頃、同級生が授業中に「ゴリラ」「弱肩[じゃっけん]」(片方の男子がゴリラに似ていて、もう片方の男子が野球の試合のとき肩が弱くて外野からホームベースまでボールが届かなかったために負けた。)とよく言っていた(ゴリラ弱肩とは今の政府の権力が弱まっていること、弱肩≒弱権)。私が但馬[たじま]松下で働いていた頃、同じ班の私よりも10歳年下のリーダーがときどき「あの人は本当はリーダーじゃない」、「いたちごっこ」、(貧乏な服を着て)「楽しましょうよ」などと変なことを言っていた(今の政府がすでに国民みんなにとって国を作る団体ではないこと、国民みんなと国を作る団体が昔から同じようなことを繰り返してきたこと、今の国民みんなが日本文化をやって幸福に暮らしていること)。テレビでも時々そんなことを言うことがあるのは君たちも知っているだろう。はっきりと言わないのは政府に恨[うら]まれないためだろう。しかし、私は政府に恨まれてもいいからはっきりと言うのだ。)利口な人は『政府が犯罪組織だ』と考えて政府に従わないので、政府は利口な人をほったらかしにしている。政府は利口な人が多すぎて手に負えないのでほったらかしにしている。そもそも昔の国民みんなは「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と思っていたからヨーロッパ文化をやってヨーロッパ文化の国を作る政府に従っていただけだから、国民みんなが『自分が日本文化をやれば幸福になる』と思っていれば日本文化をやってヨーロッパ文化の国を作る政府に従わないのは当然である。利口な人は理屈がわかっているから政府に従わないのである。一方、馬鹿は眼で見ることしかわからず、他人の言いなりなので、最初の頃は利口な人の言っていることがわからず政府の言いなりになって政府に税金を取られていたが、そのうち利口な人が政府に税金を払わず政府を倒しているのを知って自分もいっしょに政府に税金を払わず政府を倒すようになっている。いつしか国民みんなで政府に税金を払わず政府を倒すようになって政府が倒れるだろう。こうして邪魔者がいなくなって、国民みんなが完全に日本文化がやれるようになるだろう。国民みんなが自分が幸福になるために大々的に日本文化を理解して日本文化を一生懸命にやるようになるだろう。日本文化の国を作る団体ができるかどうかはまだわからない。
歴史は繰り返す。だから、今の国民みんなは江戸時代後期と同じことをやっている。国民みんなが文化を変えた後では国を作る団体は犯罪組織にすぎず利口な人は国を作る団体に従わないから、馬鹿は利口な人を見習っていっしょに国を作る団体に従わなければいいのである。そうやって、国民みんなで国を作る団体を倒して自分が幸福になる文化をやって幸福に暮らせばいいのである。
[22014] 国民みんなは国を作る団体を自分の好き放題にすればいい。☆ h27.7.14
国民みんなは国の最高権力者である。国民みんなが国を作る。
国民みんなは馬鹿と利口からなる。馬鹿が多くて利口が少ない。馬鹿は自分で考えることができないから利口に従えばいい。馬鹿はまちがった人に従ってはいけない。馬鹿は正しい人に従わねばならない。馬鹿が物分りが遅いために国の文化が変わるのが遅れる。だから、馬鹿はなるべく早く利口を真似[まね]ねばならない。
中世の日本では国民みんなは「自分がアジア文化をやれば幸福になる」と思っていたから、アジア文化をやってアジア文化の国を作る幕府に従っていた。(実際には、国民みんなが科学をやめて貧乏になって不幸に暮らしていた。物やお金がないことはアジア人にとっては幸福だったが、日本人にとっては不幸だった。)
近代の日本では国民みんなが「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と思っていたから、アジア文化をやめてヨーロッパ文化をやって、アジア文化の国を作る幕府に従わなくなって幕府にお金をやらなくなって幕府を倒してヨーロッパ文化の国を作る政府に従っていた。(実際には、国民みんなが道徳をやめてみんなで悪いことをしあって不幸に暮らしていた。みんなが悪いことをしあうことはヨーロッパ人にとっては幸福だったが、日本人にとっては不幸だった。)
現代の日本では国民みんなが『自分が日本文化をやれば幸福になる』と思っているから、ヨーロッパ文化をやめて日本文化をやって、ヨーロッパ文化の国を作る政府に従わなくなって政府にお金をやらなくなって政府を倒して日本文化の国を作る団体に従うようになるかもしれない。(国民みんなが科学と道徳をやって、物やお金を豊かにして、みんなで善いことをしあって幸福に暮らしている。物やお金が豊かで、みんなが善いことをしあうことは日本人にとっては幸福である。)
国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなは強気[つよき]になればいい。国民みんなは国を作る団体を自分の好き放題にすればいい。国民みんなは国を作る団体に遠慮せずに自分の気持ちを正直に出せばいい。それが昔も今も国民みんなの生き様[いきざま]である。
[22015] 国民みんなは自分を幸福にする団体にだけお金をやればいい。 h27.7.14
中世の国民みんなは「自分がアジア文化をやれば幸福になる」と思っていたので、「幕府がアジア文化の国を作るから、幕府は国民みんなを幸福にしてくれる」と思って、自分から喜んで幕府にお金を払っていた。国民みんなが幕府に年貢[ねんぐ]を納めるのを楽しみにしていた。国民みんなが「来年もまた幕府に幸せにしてもらわなくっちゃな」と思ってみんなで笑いながら幕府に年貢を納めていた。
近代の国民みんなは「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と思っていたので、「幕府はアジア文化の国を作るから、幕府が国民みんなを不幸にする」と思って、幕府にお金をやらなくなった。近代の国民みんなは「政府はヨーロッパ文化の国を作るから、政府は国民みんなを幸福にしてくれる」と思っていたから、自分から喜んで政府にお金を払っていた。国民みんなが政府に税金を払うのが大好きだった。国民みんなが「政府のおかげで幸せに暮らせるんだ」と思ってみんなで先を競って政府に税金を納めていた。
現代の国民みんなは『自分が日本文化をやれば幸福になる』と思っているので、『政府はヨーロッパ文化の国を作るから、政府は国民みんなを不幸にする』と思っているから、自分から政府にお金を払わなくなっている。国民みんなが『政府のおかげで不幸に暮らさねばならなくなっている』と思って政府を憎[にく]んで政府に税金を払わなくなっている。日本人は知的な民族だから、たとえ実際に国民みんなが政府に幸福にしてもらっていても、国民みんなは頭で『政府は国民みんなと違う文化の国を作っているから、政府は国民みんなを不幸にする』と考えて政府にお金をやらず政府を倒さねばならない。将来、日本文化の国を作る団体が出来れば、国民みんなは自分から喜んでお金を払うかもしれない。
国を作る団体は国民みんながどんな文化をやれば幸福になると思っているかによって国民みんなを幸福にする団体にもなれば不幸にする団体にもなる。(実際には、これまでの国を作る団体は国民みんなの期待に添[そ]えなかったが。)国民みんなは自分を幸福にする団体にだけお金をやって、自分を不幸にする団体にはお金をやらなければいいのである。
[22016] 国民みんなは自分で“国を作る団体”にお金をやるかやらないか決めればいい。
h27.7.14
国民みんなは国の最高権力者である。国民みんなは自分の好き放題にすればいい。
国民みんなは自分を幸福にする“国を作る団体”にお金をやって、自分を不幸にする“国を作る団体”にお金をやらなければいい。国民みんなは自分で“国を作る団体”にお金をやるかやらないか決めればいい。
中世の国民みんなにとってはアジア文化をやることが幸福だった。政府はヨーロッパ文化の国を作っていた。幕府はアジア文化の国を作っていた。だから、国民みんなは政府にお金をやらず政府を倒して、幕府にお金をやった。
近代の国民みんなにとってはヨーロッパ文化をやることが幸福だった。幕府はアジア文化の国を作っていた。政府はヨーロッパ文化の国を作っていた。だから、国民みんなは幕府にお金をやらず幕府を倒して、政府にお金をやった。
現代の国民みんなにとっては日本文化をやることが幸福である。政府はヨーロッパ文化の国を作っている。日本文化の国を作る団体はまだ出来ていない。だから、国民みんなは政府にお金をやらず政府を倒して、日本文化の国を作る団体が出来てちゃんと日本文化の国を作っていたらお金をやればいい。
利口は正しい理屈がわかるからすでにそうしている。馬鹿は正しい理屈がわからないから政府の言いなりになって政府にお金を払っている。馬鹿は利口を見習って早く政府にお金を払うのをやめねばならない。
国民みんなは国民の集合体である。国民みんなには馬鹿と利口がいる。馬鹿が多くて利口が少ない。しかし、利口もかなりいる。国を作る団体が取り締[し]まれないぐらい利口な人が大勢いる。利口は自分の頭で考えて、他人を真似[まね]ず、他人の言いなりにならない。反対に、馬鹿は頭で考えず、他人を眼で見て真似て、他人の言いなりになる。いつの時代でも利口は頭で正しく考えて時代の先端を行く。馬鹿は利口を真似て利口に後からついていく。利口と馬鹿は親分と子分の関係にある。利口が頭で正しいことを考えて、利口が馬鹿に正しいことを教えて、みんなで正しいことをやって、みんなで幸福にならねばならない。
[22017] 今の日本では国民みんなが政府を倒している。 h27.7.14
国民みんなは国の最高権力者である。国民みんなが国を決める。国民みんなは自分の好き勝手にやっていい。国民みんなは自分を幸福にする者を守り、自分を不幸にする者を倒す。
今の日本では国民みんなは日本文化をやっている。日本文化ではみんなが善いことが好きで善いことをしあって幸福に暮らしているから、国民みんなはみんなで善いことをしあって平和に幸福に暮らしている。
しかし、政府はヨーロッパ文化の国を作っている。ヨーロッパ文化ではみんなが悪いことが好きで悪いことをしあって幸福に暮らしているから、政府は国民みんなに悪いことをやって国民みんなからお金を強盗したり(税金のこと)国民みんなに戦争をさせたり国民みんなを事件や事故で殺したり国民みんなを虐[いじ]める政策をやっている。一方、今の国民みんなは日本文化をやっているから、国民みんなは政府に対して悪いことをしない。
国民みんなは政府が国民みんなと違う文化の国を作って国民みんなを不幸にしているから政府を倒す。
今の国民みんなは政府にお金をやらないようにして政府を倒している。国民みんなは馬鹿と利口からなる。利口な人は理屈がわかるから自分で考えて政府を倒している。馬鹿な人は理屈がわからず他人の言いなりだから最初は政府の言いなりになって政府にお金を取られているが、あとから利口な人を真似[まね]て政府を倒すようになる。そうして、国民みんなで政府を倒すようになる。
早く国民みんなで政府を倒して、国民みんなを不幸にする者をなくして、国民みんなで幸福に暮らさねばならない。
[22018] いずれは政府は倒れるだろう。☆ h27.7.14
国民みんなは国の最高権力者である。国民みんなは自分の考えで動けばいい。国民みんなは自分が幸福なことをやり、不幸なことをやらなければいい。国を作る団体は国民みんなが文化をやるための手助けをするためにある。国民みんなにとっては国を作る団体は道具だから、国民みんなは自分を幸福にする“国を作る団体”にお金をやって、自分を不幸にする“国を作る団体”にはお金をやらなければいい。
国民みんなは馬鹿と利口からなる。馬鹿が多くて利口が少ない。しかし、利口もかなりいる。利口は自分の考えで動くが、馬鹿は他人の真似[まね]や他人の言いなりで動くだけである。
国を作る団体の正体は犯罪組織である。
江戸時代後期の日本では利口な人が「日本人と外人は同じだ。」「今はヨーロッパ人が幸福に暮らしている。だから、日本人もヨーロッパ文化をやれば幸福に暮らせる。」と考えてアジア文化をやめてヨーロッパ文化をやるようになった。馬鹿も利口を見習ってすぐにアジア文化をやめてヨーロッパ文化をやるようになった。国民みんながヨーロッパ文化をやるようになった。ヨーロッパ文化では科学があって道徳がなくみんなが科学をやって物やお金を豊かにしてみんなが道徳をやらず悪いことをやって暮らしていたので、国民みんながそうするようになった。
ところが、江戸幕府は国民みんなに従わずアジア文化の国を作り続けた。江戸幕府はもともと犯罪組織なので国民みんなに従わずアジア文化の国を作る団体のふりをして悪いことをやっていたのである。
利口な人は「江戸幕府はアジア文化の国を作るから国民みんなを不幸にするから幕府を倒さなければならない。」と考えて幕府を倒した。幕府にお金をやるのをやめたり幕府の者を暗殺したりした。みんなに「国民みんなが幸福に暮らすために幕府を倒そう」と言いまわった。幕府は利口な人が多すぎたので手に負えずほったらかしにするしかなかった。一方、馬鹿は物分りが悪く、他人の言いなりなので、馬鹿はその後もしばらく幕府の言いなりになって幕府にお金を取られたり脅迫されたり虐[いじ]められたりした。しかし、そのうち馬鹿は利口な人が幕府にお金を払わず幕府を倒しているのを知って、自分もいっしょに幕府にお金を払わず幕府を倒すようになった。そうやって、国民みんながだんだん幕府にお金を払わず幕府を倒すようになって、ついに幕府が倒れた。ヨーロッパ文化の国を作る政府が自分で建った。そうして、国民みんながヨーロッパ文化をやって、政府がヨーロッパ文化の国を作って、みんなが暮らすようになったのである。ヨーロッパではみんなが悪いことが好きで悪いことをやりあって幸福に暮らしていたので、国民みんなはみんなで人殺しや強盗や虐待などの悪いことをやりあって暮らしていた。政府は国民みんなに悪いことをやって国民みんなからお金を強盗したり(税金のこと)国民みんなに戦争をさせたり国民みんなを事件や事故で殺したり国民みんなを虐める政策をやったりした。国民みんなは上辺[うわべ]では「国民みんなで悪いことをしあって、政府に悪いことをしてもらって幸福に暮らしている」と思って喜んでいたが、本当は日本人にはヨーロッパ文化が合っていなかったので本音[ほんね]では嫌だった。
戦後になって『文化人類学』が出来て日本では利口な人が『日本人と外人は違う。』『日本人は日本文化をやらねば幸福になれない』と考えてヨーロッパ文化をやめて日本文化をやるようになった。日本文化では科学と道徳の両方があるのでみんなが科学をやって物やお金を豊かにして道徳をやって善いことをやって悪いことをやらずに平和に暮らすので、利口な人はそうして暮らすようになった。馬鹿も利口を見習ってそのようにして暮らすようになった。
ところが、日本政府はあいかわらずヨーロッパ文化の国を作り続けた。政府はもともと犯罪組織なので国民みんなに従わずヨーロッパ文化の国を作る団体のふりをして悪いことをやリ続けたのである。日本政府は国民みんなからお金を強盗したり国民みんなを事件や事故で殺したり国民みんなを虐める政策をやったりし続けた。
利口な人は『日本政府はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にする団体だから国民みんなは日本政府を倒さねばならない』と考えて政府を倒すようになった。政府に税金を払わなかったり政府の者を暗殺したりした。みんなに『国民みんなが幸福に暮らすためには政府を倒さねばならない』と言いまわった。政府は利口な人が多すぎて手に負えないのでほったらかしにするしかなかった。一方、馬鹿は物分りが悪く、他人の言いなりなので、馬鹿はその後もしばらく政府の言いなりになって政府に税金を払ったり政府に脅迫されたり政府に虐められたりしている。しかし、そのうち馬鹿は利口な人が政府に税金を払わずに政府を倒しているのを知って、自分もいっしょに政府に税金を払わず政府を倒すようになっている。そうして、国民みんながだんだん政府に税金を払わなくなって政府を倒すようになっている。いずれは政府は倒れるだろう。日本文化の国を作る団体が自分で建つだろう。国民みんなが自分で日本文化をやって、日本文化の国を作る団体が国民みんなが日本文化をやるのをお手伝いして、みんなが日本文化を十分にやって幸福に暮らせるようになるだろう。日本人には日本文化が合っている。だから、今では日本人は本音で幸福に暮らせるようになっている。
[22019] 国民みんなが国を作る団体を守るも倒すも国民みんなの勝手である。☆
h27.7.14
国民みんなは国の最高権力者である。国は国民みんなのためにある。国を作る団体は国民みんなのためにある。国を作る団体は国民みんなのために国を作る道具である。国民みんなは自分を幸福にする“国を作る団体”にお金をやって国を作らせて、自分を不幸にする“国を作る団体”にお金をやらず国を作らせなければいい。実際に、これまで国民みんなはそうやって来た。国の中心は国民みんなであって国を作る団体ではないのである。
中世の国民みんなは「日本人と外人は同じだ」「アジア人が幸福に暮らしている」「自分がアジア文化をやれば幸福になる」と思って、自分から喜んでアジア文化をやってアジア文化の国を作る幕府にお金をやって国を作らせていた。しかし、鎌倉幕府や室町幕府は国民みんなからお金を取るだけでまともなアジア文化の国を作らなかったので、国民みんなは幕府にお金をやるのをやめて幕府を倒した。江戸幕府はまともなアジア文化の国を作ったので、国民みんなは江戸幕府にお金をやって国を作らせていた。しかし、実際にはアジア文化はいまいち日本人に合わなかったので、日本人は幸福に暮らせなかった。アジア人は貧乏が好きだが、日本人は貧乏が嫌いである。みんなが貧乏にすることはアジア人にとっては幸福だが、日本人にとっては不幸である。
近代の国民みんなは「日本人と外人は同じだ」「ヨーロッパ人が幸福に暮らしている」「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福に暮らせる」と思って、自分からアジア文化をやめてヨーロッパ文化をやって、アジア文化の国を作る幕府にお金をやるのをやめて幕府を倒して、ヨーロッパ文化の国を作る政府にお金をやって国を作らせていた。しかし、実際にはヨーロッパ文化は日本人にまったく合わなかったので、日本人は不幸に暮らしていた。ヨーロッパ人は人殺しや強盗や虐待などの悪いことが好きだが、日本人は悪いことが嫌いである。みんなで悪いことをしあうのはヨーロッパ人にとっては幸福だが、日本人にとっては不幸である。ヨーロッパ人は自分が他人に悪いことをするだけでなく自分が他人に悪いことをされても幸せなのである。日本人はどっちも嫌である。だから、ヨーロッパでは国民みんなが政府に悪いことをされて喜んでいるのである。国民みんなが政府に高い税金を取られたり戦争させられたり事件や事故で殺されたり嫌な政策をやられて喜んでいるのである。ヨーロッパでは国民みんなが政府に悪いことをされて喜ぶために政府に税金を払って政府に悪いことをさせているのである。ヨーロッパの政府はヨーロッパ人にとって楽しいことばっかりしているのである。ヨーロッパでは国民みんなが強いから、国を作る団体に国民みんなにとって楽しいことしかさせないのである。日本でも国民みんなが強いのだが、これまで国民みんなは自分にとって本当に幸福なことがわからなかったので、国を作る団体に国民みんなにとって嫌なことばかりさせてきたのである。これまで日本人は自分の本心を無視して外国の文化を受け入れてきた。だから、日本人はヨーロッパ人に猿真似[さるまね]だと言って馬鹿にされるのである。日本人よりも物もお金も道徳もないインド人のほうがずっと幸せに暮らしているのである。
現代の国民みんなは『日本人と外人は違う』『自分が幸福になるためには日本文化をやらねばならない』と考えて、自分からヨーロッパ文化をやめて日本文化をやって、ヨーロッパ文化の国を作る政府にお金をやるのをやめて政府を倒して、将来日本文化の国を作る団体が建ったら日本文化の国を作る団体と契約してお金を払って仕事をしてもらうかもしれない。日本文化は日本人に合っているので、日本人は幸福に暮らしている。日本人は物やお金が豊かで、仕事や勉強などの善いことが好きである。みんなが物やお金を豊かにして、みんなが善いことをしあうのは日本人にとって幸福である。
国民みんなは馬鹿と利口からなる。馬鹿が多くて利口が少ない。しかし、利口もかなりいる。利口な人はすでに自分で考えて政府にお金をやらなくなって政府を倒している。一方、馬鹿は政府の言いなりになって政府に従って政府にお金を払ったり脅迫されたり虐[いじ]められたりしている。そのためにいまだに政府が残っている。しかし、馬鹿も利口な人が政府にお金を払わず政府を倒していることを知って自分もいっしょに政府にお金を払わなくなって政府を倒すようになっている。国民みんながしだいに政府にお金をやらなくなって政府を倒すようになっている。いずれは政府は倒れるだろう。政府は日本人に合わないヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にしている。国民みんなで早く政府を倒して、国民みんなが幸福に暮らせる国にしなければならない。
[22020] 国を作る団体は国民みんなの道具である。 h27.7.15
国民みんなは国の最高権力者である。国を作る団体は国民みんなが自分たちが幸福に暮らせる国を作らせるためにある。国を作る団体が国民みんなが幸福に暮らせる国を作ることができれば、国民みんなは国を作る団体にお金をやって国を作らせるが、反対に国を作る団体が国民みんなが幸福に暮らせる国を作れなければ、国民みんなは国を作る団体にお金をやらず国を作らせない。
中世の世界ではヨーロッパよりもアジアのほうがみんなが幸福に暮らしていた。中世の日本では国民みんなは「日本人と外人は同じだ」「人間はやることによって幸福か不幸かが決まる」「日本人はアジア文化をやれば幸福になる」と思っていたので、自分で一生懸命アジア文化をやっていた。幕府はアジア文化の国を作っていたので、国民みんなは「幕府は国民みんなを幸福にする国を作っている」と考えて、幕府にお金をやって国民みんなが幸福に暮らせる国を作らせていた。しかし、実際にはアジア文化は日本人に合っていなかったので、国民みんなは不幸に暮らしていた。
近代の世界ではアジアよりもヨーロッパのほうがみんなが幸福に暮らしていた。近代の日本では国民みんなが「日本人と外人は同じだ」「人間はやることによって幸福か不幸かが決まる」「日本人はヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と思っていたので、自分でアジア文化をやめて一生懸命ヨーロッパ文化をやっていた。幕府はアジア文化の国を作っていたので、国民みんなは「幕府は国民みんなを不幸にする国を作っている」と考えて、幕府にお金をやるのをやめた。政府はヨーロッパ文化の国を作っていたので、国民みんなは「政府は国民みんなを幸福にする国を作っている」と考えて、政府にお金をやって国民みんなが幸福に暮らせる国を作らせていた。しかし、実際にはヨーロッパ文化は日本人に合っていなかったので、国民みんなは不幸に暮らしていた。
現代の世界では世界中の国でみんなが幸福に暮らしている。現代になると『文化人類学』が出来て、現代の日本では国民みんなが『日本人と外人は違う』『日本人は日本文化をやれば幸福になる』と考えているので、自分でヨーロッパ文化をやめて一生懸命に日本文化をやっている。政府はヨーロッパ文化の国を作っているので、国民みんなは「政府は国民みんなを不幸にする国を作っている」と考えて、政府にお金をやらなくなっている。将来、日本文化の国を作る団体が出来れば、国民みんなは日本文化の国を作る団体と契約してお金をやって国を作らせるかもしれない。実際に日本文化は日本人に合っているので、国民みんなは幸福に暮らしている。
国民みんなは馬鹿と利口からなる。馬鹿が多くて利口が少ない。しかし、利口もかなりいる。利口は自分の頭で考えて、他人に従わない。馬鹿は他人を真似[まね]たり、他人の言いなりになるだけである。そのために、今の日本では利口な人が政府にお金をやらなくなって国を作らせなくなっている。一方、馬鹿は政府の言いなりになって政府にお金を強盗されたり(税金のこと)脅迫されたり虐待されたりしている。せっかく利口が政府にお金をやらず政府を倒しているのに、馬鹿が政府にお金を強盗されているために、今でも政府が残っているのである。しかし、馬鹿も利口が政府に税金を払わず政府を倒していることを知って、自分も政府に税金を払わず政府を倒すようになっている。国民みんながだんだん政府に税金を払わず政府を倒すようになっている。いずれは政府が倒れるだろう。日本文化の国を作る団体が出来て、国民みんなと契約を取って国民みんなからお金をもらって国を作るだろう。国民みんなは日本文化の国を作る団体が国民みんなが幸福に暮らせる国を作っていればお金を払い、国民みんなが幸福に暮らせる国を作っていなければお金をやらない。国民みんなで早く自分たちが幸福に暮らせる国にしなければならない。
要するに、今の日本では国民みんなが自分たちが幸福に暮らすために日本文化をやっている。それなのに、政府はヨーロッパ文化の国を作っている。政府は国民みんなと違う文化の国を作って国民みんなを不幸にしている。だから、国民みんなは政府にお金をやらず国を作らせなければいいのである。利口な人はとっくの昔にそうしている。馬鹿も利口を真似ていっしょに政府を倒さねばならない。国民みんなで早く政府を倒して幸福に暮らさねばならない。
[22021] 今の政府は政府を倒す者を取り締[し]まるのをあきらめている。 h27.7.15
現代になって『文化人類学』が出来て、利口な人は『日本人と外人は違う』『日本人は日本文化をやらなければ幸福に暮らせない』と考えて、ヨーロッパ文化をやめて日本文化をやることにした。馬鹿は利口な人を見習ってヨーロッパ文化をやめて日本文化をやることにした。そのため、今の日本では国民みんなが日本文化をやっている。
しかし、政府は国民みんなに従わず昔と同じようにヨーロッパ文化の国を作り続けている。政府は国民みんなに従わないから犯罪組織とみなされる。
利口な人は『国民みんなが国の最高権力者だから、政府に国を作らせるかどうかは国民みんなが決める。政府はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなが幸福に暮らせない国を作っているから、国民みんなは政府にお金をやらず政府を倒せばいい』と考えて、政府を倒している。政府にお金をやらなくなったり政府の者を虐待したりして政府を倒している。利口な人はみんなに『政府は国民みんなが幸福に暮らせない国を作っているから、国民みんなは政府に税金を払わず政府を倒せばいい』ことを教えている。ただし、利口な人は政府に恨[うら]まれないようにしながらみんなに教えているから、言葉が曖昧[あいまい]なので何を言っているのかわかりにくい。政府は今の国民みんなが日本文化をやっているので、当然もうすぐ国民みんなが政府を倒すと思って、自分が国民みんなに倒されるのももはや時間の問題だと思って、いまさら利口な人を取り締まっても手遅れだと思って、利口な人を取り締まらずほったらかしにしている。政府は国民みんなの文化が戦後すぐに変わったのは利口な人が多いためだから、自分が少しぐらい利口な人を取り締まっても無駄[むだ]だと思って取り締まるのをあきらめてほったらかしにしている。本来は馬鹿も自分が日本文化をやっているのだから、論理的には当然ヨーロッパ文化の国を作っている政府にお金をやらないようにして政府を倒すべきなのだが、馬鹿は頭で理屈がわからず、他人の言いなりになるので、馬鹿は政府の言いなりになって政府にお金を強盗されたり脅迫されたり虐待されたりしている。そのため、今でも政府は馬鹿からお金を奪って生き残っている。しかし、馬鹿もゆっくりと時間をかけて考えて『国民みんなが政府に国を作らせるかどうか決めればいいから、今の政府は国民みんなが幸福に暮らせない国を作っているから、国民みんなは政府に税金を払わず政府を倒せばいい』ことを理解して政府を倒すようになっている。馬鹿は利口よりも理解の早さが遅いだけでいつかは同じことが理解できる。そうして国民みんなが政府に税金を払わず政府を倒すようになっている。いずれは政府が倒れる。その後で日本文化の国を作る団体が建つだろう。国民みんなが日本文化の国で幸福に暮らせるようになるだろう。
政府が倒れるのが遅いのは、馬鹿の社会科の勉強が足りないのと、利口な人が度胸[どきょう]が足りないせいである。馬鹿はもっと社会科をよく勉強して『国民みんなが国の最高権力者である』ことや『日本人と外人は心が違う』ことなどを知って、利口な人は政府を恐れずもっとわかりやすい言葉を使って他人に教えるようにして、国民みんなで早く『国民みんなが政府を倒さねばならない』ことを理解して、政府に税金を払わないようにして政府を倒すようにならねばならない。
[22022] 今の政府は『政府を倒す』ことを認めている。☆ h27.7.15
国民みんなは国の最高権力者である。国民みんなが国を決める。
今の国を決めるのは国民みんなの中の利口な人である。馬鹿は人数が多いが自分の考えがなく他人に従うだけなので、馬鹿が国を決めることはできない。馬鹿はいすに座ってじっとしているだけである。馬鹿は数が多いだけでどうでもいい存在である。馬鹿はいてもいなくても変わらない空気みたいな存在である。つまり、この世では「多数決」よりも『正しい考え』のほうが強いので、馬鹿の考えよりも利口の考えのほうが通るのである。国民みんなの総意は多数決で決まるのではなく、論理決で決まるのである。だから、馬鹿が政府の言いなりになって政府に従っているからといって、多数決で国民みんなが政府に従わねばならないことにはならないのである。論理的には今では国民みんなが政府を倒すほうが正しいので、本当は論理決で国民みんなが政府を倒さねばならないことになっているのである。馬鹿が自分の気分で勝手にまちがったことをやっているにすぎないのである。馬鹿が悪いのである。馬鹿が政府と同様に悪いのである。利口はわざわざ馬鹿に従って政府に従わなくていいのである。
今の利口な人は『国民みんなが国の最高権力者だから、国民みんなが政府に国を作らせるかどうか決めればいい。政府は国民みんなが不幸に暮らさねばならない国を作っているから、国民みんなは政府を倒さねばならない』『国民みんなは政府に税金を払わず政府を倒さねばならない』ことに決めている。だから、今の日本では『政府に税金を払わず政府を倒す』ことが正しい。
国民みんなが国の最高権力者だから、政府は国民みんなに従わねばならない。つまり、政府は『正しい考え』に従わねばならない。『今の国民みんなが政府に税金を払わず政府を倒す』のが正しい考えである。だから、政府は『政府に税金を払わず政府を倒す』ことを認めねばならない。したがって、政府は『政府を倒す』者に手出しができない。だから、政府は『政府を倒す』者をほったらかしにするしかないのである。今の政府はせいぜい政府の言いなりになっている馬鹿に命令してお金を強盗することしかできないのである。しかし、最近は馬鹿も『政府を倒す』ことが正しいことがわかって政府を倒すようになってきている。政府は馬鹿に命令してもお金を取れなくなっている。政府はだんだん滅んでいる。
今の政府は国民みんなに従わず自分の独断でヨーロッパ文化の国を作り続けているが、かといって政府がなんでもかんでも自分の好き勝手にできるわけではない。政府は原則的には国民みんなに従わねばならない。今の政府は国民みんなに従わずヨーロッパ文化の国を作っているから、政府は犯罪組織だから、政府は国民みんなに罰せられて国民みんなに倒されて滅ばねばならない。だから、政府はどっちみち『国民みんなが政府を倒す』ことを認めざるをえないのである。犯罪者が自分がみんなに罰せられるのを認めるしかないのと同じことである。
今の政府は『国民みんなが政府を倒す』ことを認めている。無言で黙って認めている。だから、今の国民みんなは政府に遠慮せずに堂々と『政府に税金を払わずに政府を倒せばいい』のである。
[22023] 今の政府は詐欺[さぎ]団体にすぎない。 h27.7.15
今の国民みんなは日本文化をやっている。
一方、政府はヨーロッパ文化の国を作っている。
利口な人は『国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなが政府に国を作らせるかどうか決めればいい。今の政府は国民みんなと違う文化の国を作って国民みんなが幸福に暮らせない国を作っているから、国民みんなは政府にお金をやらず政府を倒せばいい』と考えて、政府に税金などのお金を払わず政府を倒している。
政府は「正しい考えの人には逆らえない」と思って、利口な人に手出しをせず利口な人をほったらかしにしている。利口な人は他人に従わず自分の考えに従うだけなので、政府には利口な人を止める手段がないので、利口な人をほったらかしにしているのである。(「堅気[かたぎ]の人には手を出すな」)
一方、馬鹿は社会科の教科書に「政府が民主主義の政治機関だ」と書いてあるのを見て、政府に従っている。
今の政府は馬鹿からお金をもらって経営しているだけである。
今の政府は馬鹿を騙[だま]して儲[もう]けている詐欺会社にすぎないのである。馬鹿は自分で考えず騙されやすいので、政府は馬鹿を利用して儲けているのである。戦前は国民みんなが自分が幸福になると思って政府にお金をやって国を作らせていたが、戦後になって利口な人がみんな政府に背を向けたので、政府は残った馬鹿を相手に詐欺をやってお金を儲けているのである。政府は『国民みんなには馬鹿が多い』ことを利用してお金を儲けているのである。今の政府は馬鹿を相手にしてお金を儲ける団体にすぎないのである。今の政府は「自分は国民みんなには逆らえないが、馬鹿を騙すことぐらいはやってもいい」と思って、利口な人をほったらかしにして、馬鹿を騙してお金を儲けているのである。(「騙されるほうが悪いんだ」)
しかし、今では利口な人が馬鹿に正しいことを教えたり、馬鹿が自分で一生懸命に考えて社会のことを理解したりして、国民みんなが『政府に税金を払わず政府を倒せばいい』と考えるようになって政府に税金を払わずに政府を倒すようになっている。政府がどんどん滅んでいる。日本が日本文化の国になっている。国民みんなが幸福に暮らせるようになっている。(「空気を読め」)
人間は正しいことに従う。ひとたび『国民みんなが国の最高権力者だから、国民みんなは政府を倒せばいい』ことを知ってしまったら、政府にお金をやらず政府を倒すしかない。たとえ政府にどんなことをされても、正しいことをやるしかない。政府にお金をやらず政府と暴力で戦って政府を倒すしかない。人間は政府よりも真理に従う。それが人間の性[さが]である。だから、政府も正しい者に恐れをなして正しい者を無視して正しい者と関わらないようにしている。今の政府は正しいことを知らない馬鹿がかわいいと思って馬鹿を相手にしてお金を儲けて喜んでいる。国民みんなもそれならいいと思って政府を許してやっている。利口な人は馬鹿にいくら正しいことを教えてやっても正しいことに従わないので、馬鹿も政府と同じように国民みんなに逆らってまちがったことをやっているので、「馬鹿も政府といっしょに滅べばいい」と思っているのである。利口な人は「政府と馬鹿が組んで新しい国でも作ればいい」と思っているのである。今の馬鹿はゲームをやったりマンガを読んだりして遊びまわって社会のことを知らないので、いつまでも政府に従ったままなのである。昔の馬鹿はたとえ遅くてもがんばって社会のことを理解したが、今の馬鹿は最初から社会のことを理解する気がないから、ずっと政府に従ったままなのである。利口な人も「馬鹿に正しいことを教えても無駄[むだ]だ」と思って馬鹿を見捨ててほったらかしにしているのである。「馬鹿は政府にせいぜいかわいがってもらえばいい」と思って、テレビや新聞で馬鹿が政府に虐[いじ]められているのを見て喜んでいるのである。今の社会では利口な人が政府を倒して、政府が馬鹿を倒している。そうやって政府と馬鹿の両方がいなくなっているのである。
[22024] 今では馬鹿が暴力団や宗教団体や政府に従っているだけである。 h27.7.15
今の社会では暴力団や宗教団体に従っている人が少なくなっている。昔は国民みんなが自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になると思っていたので暴力団や宗教団体にお金を強盗されたり脅迫されたり虐[いじ]められたりしていた。しかし、今では国民みんなが自分がヨーロッパ文化をやれば不幸になるだけだと思っているので暴力団や宗教団体にお金を強盗されたり脅迫されたり虐められたりするのをやめた。(「はい、喜んで」)
それと同じように、今の社会では政府に従っている人が少なくなっている。昔は国民みんなが自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になると思っていたので政府にお金を強盗されたり(税金のこと)脅迫されたり虐められたりしていたが、今では国民みんなが自分がヨーロッパ文化をやれば不幸になるだけだと思っているので政府にお金を強盗されたり脅迫されたり虐められたりするのをやめている。昔は国民みんなが自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になると思っていたので政府の命令を聞いて税金を払ったり戦争をやったり国家宗教で人殺しをしたりしていた。今は国民みんなが自分がヨーロッパ文化をやれば不幸になるだけだと思っているので政府の命令を聞かなくなって税金を払ったり戦争をやったり国家宗教で人殺しをしたりしなくなった。
今の社会では暴力団や宗教団体に従っている人が少なくなっているように、政府に従っている人も少なくなっている。馬鹿が邪推を利[き]かして政府や暴力団や宗教団体に従っているだけである。だから、国民みんなは政府や暴力団や宗教団体に従わなければいいのである。
[22025] 政府は利口な人に倒されて、馬鹿に守られている。 h27.7.15
国民みんなには馬鹿と利口がいる。利口は自分で考えるが、馬鹿は他人の真似[まね]をしたり他人の言いなりになるだけである。
戦後に『文化人類学』が出来て、利口な人は『日本人と外人は違うから、日本人が幸福になるためには日本文化をやらねばならない。国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなが政府にお金をやって国を作らせるかどうかを決めればいい。政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、政府は国民みんなを不幸にするから、国民みんなは政府にお金をやらず政府を倒せばいい。』と正しく考えて、日本文化をやって政府にお金をやらず政府を倒すようになった。
ところが、政府は国民みんなに従わず昔と同じようにヨーロッパ文化の国を作り続けた。そのため、政府が国民みんなを幸福にする団体ではないことが明らかになった。(「ガキの使いやあらへんで」)
利口な人の数が多すぎたので、政府は利口な人を取り締[し]まれずほったらかしにするしかなかった。戦後すぐに国民みんなが日本文化をやるようになったので利口な人は“かなり大勢”いると思われる。だいたい国民みんなの1割はいると思われる。正確にはアンケート調査で調べるしかない。政府は利口な人に倒されていたので、政府が利口な人を倒すどころではなかった。政府は一方的に利口な人に倒されるしかなかったのである。
一方、馬鹿は社会のことをなにも知らないので、日常生活では利口な人を真似て日本文化をやるようになったが、政府と関わるときには政府の言いなりになって政府に従って政府にお金を強盗されたり脅迫されたり虐[いじ]められたりした。テレビや新聞では政府が人気者のふりをしているので、馬鹿は「日本人全員が政府に従っている」と誤解して自分が政府に従っている。馬鹿のために今でも政府が生き残っている。馬鹿のために政府が倒れるのが遅れている。
政府は利口な人には倒されて、馬鹿な人に守られている。(『8時だョ!全員集合』は国民みんなが見なくなったために番組終了が決まったが、『8時だョ!全員集合』の最終回の前にファンからお金をもらったり花束をもらったりしていたのと同じことである。)
しかし、最近は利口が馬鹿に正しいことを教えたり、馬鹿が自分で社会のことを考えたりして、国民みんなが『政府を倒さねばならない』ことを理解して、政府にお金をやらず政府を倒すようになっている。政府はどんどん滅んでいる。国民みんなが幸福に暮らせるようになっている。
[22026] 坂本龍馬を動かしていた黒幕は誰か?! h27.7.15
坂本龍馬は幕末に討幕運動をやって幕府に殺された。
坂本龍馬に討幕運動をさせていたのは幕府である。
当時の日本では国民みんなが幕府にお金をやらず幕府を倒すようになっていたので、幕府は国民みんなの動きを阻止[そし]するために坂本龍馬を操[あやつ]って討幕運動をやらせて坂本龍馬を殺したのである。自作自演の狂言[きょうげん]だったのである。
しかし、実際には何の効果も得られず、その後も国民みんなは幕府を倒し続けて、ついに幕府が倒れたのである。
同じように、現代の日本でも国民みんなが政府にお金をやらなくなって政府を倒している。政府はいろんな工作をして国民みんなの動きを止めようとしている。しかし、何の効果も得られず、国民みんなは政府を倒し続けている。
[22027] 今の政府は馬鹿に食わせてもらっている。 h27.7.15
戦後になって『文化人類学』が出来て、国民みんなは『国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなは自分が幸福に暮らせるようにすればいい。日本人と外人は違うから、国民みんなは日本文化をやればいい。政府はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にするから、国民みんなは政府にお金をやらず政府を倒せばいい。』と考えて、日本文化をやって政府にお金をやらなくなって政府を倒すようになった。
しかし、政府は国民みんなに従わずあいかわらずヨーロッパ文化の国を作り続けた。(政府が自分で滅ばない理由はわからない。政府の上のほうの人は“お高ぶる喜び”だけで生きているから、けっして国民みんなに従って滅んだり作る国を変えたりはしないのである。おかげで国民みんなは大迷惑である。政府の上のほうの人は『自分が国民みんなのために仕事をしている』ことを忘れてはいけない。)国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなが国の基準だから、国民みんなに従わない政府が悪い。悪いのは政府のほうだから、政府は国民みんなに手出しも口出しもできない。政府は国民みんなをほったらかしにするしかない。悪いのは政府のほうだから、国民みんなは思いっきり政府を倒している。
しかし、国民みんなの一部の馬鹿は正しいことがわからず、その後も政府に従って政府にお金を強盗されたり(税金のこと)政府に脅迫されて人殺しをしたり政府に虐[いじ]められたりした。国民みんなも馬鹿の巻き添えを食って政府に殺されたり虐められたりした。政府はいろんな嘘[うそ]をついて馬鹿を騙[だま]して政府に従わせている。
今の政府は馬鹿のおかげで食っている。(「みなさんのおかげです」)
しかし、今では国民みんなが馬鹿に正しいことを教えてやったり、馬鹿が自分で社会のことについて考えたりして、馬鹿も『政府を倒さねばならない』ことがわかって政府にお金をやらず政府を倒すようになっている。国民みんなで政府を倒して幸福に暮らすようになっている。
国民みんなは国の最高権力者である。だから、政府は国民みんなに従いながら悪いことをやって儲[もう]けるしかない。政府が国民みんなに従わないと、国民みんなは怒って政府を倒す。それが今の日本である。だから、今の日本では国民みんなが政府を倒している。政府は国民みんなに倒されて滅んでいるのである。(戦後に国民みんなが文化を変えたとき、政府は「もはや自分はダメだ」と思ってヤケクソになって国民みんなに従わなくなってヨーロッパ文化の国を作り続けているのかもしれない。今の政府はヤケクソになって暴れまわっているのである。政府は「自分がどうせ滅ぶなら、自分が国民みんなを不幸にして国民みんなに仕返しして自分の気がすんでから後で滅ぶ」と思っているので、しばらくの間残っているのかもしれない。戦前は政府が国民みんなから奪った税金で毎日贅沢[ぜいたく]をして遊びまわることができたのに、戦後に国民みんなが文化を変えたために政府が突然貧乏になって遊べなくなったので政府は国民みんなを憎[にく]んでいるのである。これまでに政府は50年ぐらい国民みんなに仕返ししたから十分気がすんだはずだ。だから、政府はこのへんで滅べばいい。あるいは、政府は国民みんなが『日本人は自分が幸福になるために日本文化をやって、ヨーロッパ文化の国を作る団体を倒さねばならない』ことを理解できるまで待っているのかもしれない。政府は馬鹿がそれを理解できるようになって国民みんなの考えが揃[そろ]うのを待っているのである。政府は国民みんなの考えを揃えるために残っているのである。政府は馬鹿がわけがわからないまま次の時代に行かないように国民みんなを仕切っているのである。政府は国民みんなが次の時代に行く資格があるかどうか試[ため]すために残っているのである。だから、国民みんなは自分で勉強したり他人に教えたりして政府の関門を突破しないといけないのである。国民みんなでいっしょに政府の関門を突き破って次の時代に行かねばならないのである。「通りゃんせ」の歌は、「国民みんなが政府の門(つまり細道)を入るのはやさしいが出るのは難しいぞ」と言っているのである。政府は出来るときには勝手に出来るので国民みんなは政府の門を入るのはやさしいが、国民みんなが政府の門を出るときには国民みんなが一丸となって政府を倒さなければならないので難しいのである。)
[22028] どうして利口な人は馬鹿にはっきりと政府を倒す理由を教えないのか?
h27.7.16
国民みんなは利口と馬鹿からなる。
今では利口な人が『日本人と外人は違う。日本人は日本文化をやらなければ幸福になれない。国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなが政府にお金をやって国を作らせるかどうか決めることができる。政府はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にするから、国民みんなは政府にお金をやらず国を作らせなければいい。』と考えて、日本文化をやって政府にお金をやらないようにして政府を倒している。
一方、馬鹿は正しい考えがわからず、利口な人を真似[まね]て日本文化をやって平和に暮らしているが、政府の言いなりになって政府にお金を強盗されたり脅迫されて国家宗教で人殺しをしたり虐待されたりしている。利口な人は国家宗教の事件や事故で殺されたり虐待されたりして巻き添えを食って不幸な目にあっている。
そのために、今では利口な人が馬鹿にいろんなことを教えて『政府にお金をやらず政府を倒す』ようにさせている。「今の政府に権力がない」とか「政府は嘘[うそ]つきだ」とか言って政府を倒す気にさせている。
ただし、いつも利口な人は理由をはっきりと言わない。利口な人は『政府が悪いから政府を倒せ』と結論を言うだけで、そうなる理由についてはなにも言わない。利口な人が理由を言わないから馬鹿が納得できず政府を倒さないままでいる。そのために、政府が倒れるのが遅れている。
利口な人が理由を言わないのは、理由が大したことがないからである。理由が簡単だからである。理由が私が上に書いたことで尽きているからである。利口な人が馬鹿に理由をはっきり言うと、馬鹿は「たったそれだけのことか」と思って利口な人をなめる。利口な人を軽蔑する。これでは利口な人が自分の優位性を保てない。だから、利口な人は理由を伏せてけっして理由を言わないのである。
利口な人が“自分がお高ぶる”ために政府が倒れるのが遅れて政府が悪いことをやって自分が不幸な目にあっている。みんなが不幸な目にあっている。利口な人も善い人間ではない。馬鹿以上の馬鹿だ。“お高ぶりたい欲望”があるのは化粧臭くて男じゃない。
利口な人はみんなに理由をはっきりと言ってみんなが納得いくようにしてみんなを『政府を倒す』気にさせて早くみんなで政府を倒してみんなで幸福に暮らさねばならない。
[22029] 日本政府は国民みんなにヨーロッパ文化をやらせる団体である。 h27.7.16
日本政府はヨーロッパ文化の国を作る団体である。つまり、政府は国民みんなにヨーロッパ文化をやらせる団体である。
ヨーロッパ人は自分の外見にこだわって、頭で考えないことが好きである。
だから、政府はいろんな世論操作をやって国民みんなに見た目にこだわったり、頭で考えないようにさせているのである。国民みんなに高い綺麗[きれい]な服を買わせたり美容サロンに通わせたりして、人間を中身よりも外見で見るようにさせて、国民みんなにテレビゲームやマンガばかりやらせて、活字の本を読ませないようにさせて頭を使わないようにさせて頭を退化させているのである。
しかし、日本人とヨーロッパ人は違う。日本人は見た目にこだわらず、頭で考えることが好きである。日本人は眼で見るよりも頭で見るほうが好きである。
今の日本では国民みんなは自分が嫌なことばかりやっている。日本政府は国民みんなを嫌がらせる団体である。
国民みんなが政府の言うことを聞いていると心が不満になるだけである。面白くなくなるだけである。
国民みんなは自分が幸福になるためにヨーロッパ文化をやめて日本文化をやらねばならない。
国民みんなは自分が幸福になるために、国民みんなにヨーロッパ文化をやらせる日本政府を倒さねばならない。国民みんなで政府に税金を払うのをやめて政府を倒さねばならない。
[22030] 国民みんなの総意は正しい考えである。☆ h27.7.16
国民みんなの総意は国民みんなの多数決で決まるのではなく論理決で決まる。つまり、国民みんなの総意は多い考えではなく正しい考えである。
今の日本では『日本人と外人は違う。日本人が幸福になるためには日本文化をやらねばならない。国民みんなは国の最高権力者である。国民みんなが国を作る団体にお金をやって国を作らせるかどうか決めればいい。日本政府はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にしている。だから、国民みんなは政府にお金をやらず国を作らせなければいい。』ことが正しいと考えられている。だから、今の日本の国民みんなの総意は『国民みんなは政府にお金をやらず政府を倒す』ことである。
今の日本では大勢の国民が「政府は民主主義の政治機関だから、政府は国民みんなを幸福にしてくれる。国民みんなは政府にお金をやって国を作ってもらえばいい」と思って政府にお金をやって国を作らせている。しかし、それは国民みんなの総意ではない。それは、まちがった考えである。
国民は国民みんなの総意に従えばいい。国民みんなの総意は正しい考えである。だから、国民は正しい考えに従えばいい。国民は『政府にお金をやらず政府を倒せばいい』のである。政府もそのことを知っているから、政府は正しい考えに従っている国民にたぶん手出しも口出しもしない。だから、国民は安心して『政府にお金をやらず政府を倒せばいい』のである。政府に税金その他のお金を払わず政府を倒せばいいのである。
国民みんなの総意は正しい考えである。近代の日本では「日本人と外人は同じだ。ヨーロッパ人が幸福に暮らしているから、日本人が幸福に暮らすためにはヨーロッパ文化をやらねばならない。国民みんなが国の最高権力者であるから、国民みんなが国を作る団体にお金をやって国を作らせるかどうか決めればいい。日本政府はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを幸福にしている。だから、国民みんなは政府にお金をやって国を作らせればいい。」ことが正しかった。だから、国民は国民みんなの総意に従って「ヨーロッパ文化をやって、政府にお金をやって国を作らせていた。」国民のほとんどはヨーロッパ文化をやって政府に国を作らせるのが嫌だったが、国民みんなの総意だったからいやいやしかたがなくヨーロッパ文化をやって政府に国を作らせていた。近代と今では正しいことが変わったので、今では国民が『日本文化をやって、政府にお金をやらず政府を倒す』ことが正しい。今の国民みんなは日本文化をやって政府を倒すのが好きだから、大喜びで国民みんなの総意に従ってそうしている。
もしかしたら、今の政府は正しい考えに従っている国民に手出しをして暴力をふって痛めつけるかもしれない。今の政府は国民みんなに逆らって日本文化の国を作っていないから、ついでに国民みんなに逆らって正しい考えに従っている国民に暴行するかもしれない。しかし、国民が政府に逆らって政府にお金をやらなかったために政府に捕まって政府に虐待されて不幸な目に合わされるのも、国民が政府に従って政府にお金をやって政府に国民みんなにとって不幸な国を作らせて不幸な目にあわされるのも不幸な目に合わされるのは同じである。長い目で見れば、国民が政府にお金をやらず政府を倒して政府に不幸な国を作らせないほうが国民にとっては得である。だから、国民は同じ不幸な目にあわされるのなら、政府に逆らって政府にお金をやらず政府を倒したほうがいいのである。
[22031] 今の日本政府は犯罪組織である。 h27.7.16
『国民みんなは国の最高権力者である。だから、国を作る団体は国民みんなに従わねばならない。』これが国の法律である。
今の日本では国民みんなは自分が幸福に暮らすために日本文化をやっている。だから、政府も国民みんなに従うために自分から滅んで、日本文化の国を作る団体に変わらねばならない。
それなのに、今の日本政府はそうしていない。今の日本政府は自分から滅ばず、昔と同じようにヨーロッパ文化の国を作っている。政府はヨーロッパ文化の国を作るために国民みんなからお金を強盗したり(税金のこと)国民みんなを国家宗教の事件や事故で殺したり国民みんなを虐[いじ]める政策をやったりしている。日本政府は国民みんなに従っていない。だから、日本政府は犯罪組織である。犯罪組織は国民みんなで罰しなければならない。犯罪組織は国民みんなで倒さなければならない。だから、国民みんなは政府にお金をやらず政府を倒さなければならない。国民みんなの総意とは正しい考えのことである。『今の日本政府は犯罪組織だから、国民みんなが政府を倒す』ことが正しい考えである。つまり、国民みんなの総意である。だから、国民は国民みんなの総意に従って政府を倒さねばならない。
昔の日本では国民みんなが自分が幸福に暮らすためにヨーロッパ文化をやっていた。政府もヨーロッパ文化の国を作っていた。政府はヨーロッパ文化の国を作るために国民みんなからお金を強盗したり国民みんなに戦争をさせたり国民みんなを事件や事故で殺したり国民みんなを虐める政策をやったりしていた。政府は国民みんなに従っていた。だから、政府は犯罪組織ではなかった。国民みんなは政府が国民みんなに従って国民みんなが幸福に暮らせる国を作っていると思って政府に感謝していた。昔の日本では政府は国民みんなに従っていたから犯罪組織ではなかったが、今の日本では政府は国民みんなに従っていないから犯罪組織である。政府がやっていることは昔も今も同じだが、戦後に国民みんなが文化を変えたために、政府が国民みんなに従わないことになって、政府が犯罪組織になったのである。
ヨーロッパ人やアメリカ人は悪いことが好きだから、ヨーロッパやアメリカでは政府が悪いことをやってもいい。しかし、中国人や日本人は悪いことが嫌いだから、中国や日本では政府(国を作る団体)は悪いことをやってはいけない。ヨーロッパやアメリカでは政府が悪いことをやらないと、政府が国民みんなに従っていないことになり犯罪組織になる。政府が国民みんなに罰せられて倒される。だから、ヨーロッパやアメリカでは政府が必死になって毎日悪いことをやって国民を殺しまわっているのである。反対に、中国や日本では政府が悪いことをやると、政府が国民みんなに従っていないことになって犯罪組織になる。だから、中国や日本では政府が悪いことをやらないのである。中国や日本では政府が国民を殺したり虐[いじ]めたりしないのである。しかし、今の日本では政府が毎日悪いことをやって国民を殺したり虐めたりしている。今の日本では政府は国民みんなに反している。だから、今の日本では国民みんなが政府を罰して政府を倒せばいいのである。
[22032] 文学を読んでも社会のことはわからない。 h27.7.16
今の日本では『日本人と外人は違う。日本人が幸福になるためには日本文化をやらねばならない。国民みんなは国の最高権力者である。政府にお金をやって国を作らせるかどうかは国民みんなの自由である。政府はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にするから、国民みんなは政府にお金をやらず政府を倒せばいい』ことが正しいことになっている。国民みんなの総意になっている。国民は国民みんなの総意の通りにすればいい。
日本ではこのことをもとにしてたくさんの文学が書かれている。たくさんの小説やテレビドラマの脚本などが書かれている。
しかし、逆に文学を読んで“もとネタ”(上の『…』のこと)がわかった人はほとんどいない。みんなは勝手にいろんな想像をするだけで、なかなかもとネタを理解することができない。
イソップ童話なら、もとネタを理解するのは容易である。イソップ童話は、「道徳の法則」をもとネタにしてそれを動物の喩[たと]え話にして作られている。「道徳の法則」は簡単であり、みんながすでに知っていることだから、イソップ童話の話を読めば、逆にもとの道徳の法則がすぐにわかる。例えば、『ウサギとカメ』の話を読めば「たとえいっとき勝っているからといって油断してはいけない」ことがすぐにわかる。
しかし、今の日本の文学を読んでもとネタを理解するのは難しい。それはもとネタの内容が多少複雑であり、もとネタを知っている人がほとんどいないためである。だから、いくら文学をたくさん読んでももとネタを理解することはできないのである。実際に、私も高校生や大学生の頃にいろんな文学を読んだが、なにかの文学をヒントにしてもとネタを理解したのではない。
今の社会のことを理解するためには文学を読むのではなく、直接に今の社会について考えなければならない。私もそうやって今の社会を理解した。“もとネタ”がわかると文学の面白さが増す。文学の面白さがグッと深まる。例えば、私が高校生の頃に読んだことがある安部公房[あべこうぼう]著『壁』では、デンドロカカリアというヘンテコな木が日本国民みんなのことであり、S.カルマ氏が日本政府のことである。『壁』という作品は、近代から現代への日本の移り変わりをたくみに喩え話にして表現している。(でも、最後はS.カルマ氏とデンドロカカリアが壁で隔[へだ]てられるのではなく、S.カルマ氏がデンドロカカリアに襲われて殺される話にして欲しかった。)だから、みんなももとネタ(上の『…』のこと)をよく読んで憶えて知っておいたほうがいい。
[22033] 人間は『社会の法則』を守らねばならない。 h27.7.17
物には『物の法則』がある。人間は物と関わるときには『物の法則』を知って『物の法則』を守らねばならない。
それと同じように、社会には『社会の法則』がある。人間は社会と関わるときには『社会の法則』を知って『社会の法則』を守らねばならない。
社会には『国民みんなが国の最高権力者である』や『日本人と外人は心が違う』などの法則がある。『国民みんなが国の最高権力者である』ことは古代の昔から知られていた。『日本人と外人は心が違う』ことは戦後になって知られている。人間はこれらの法則を守らねばならない。
『国民みんなが国の最高権力者である』と『日本人と外人は心が違う』ことを守ると、『日本人と外人は心が違う。だから、日本人が幸福になるためには日本文化をやらねばならない。国民みんなが国の最高権力者である。国民みんなが政府にお金をやって国を作らせるかどうかを決めればいい。日本政府はヨーロッパ人を幸福にする国を作っている。ヨーロッパ人と日本人は心が違う。だから、日本政府は国民みんなを不幸にする国を作っている。だから、国民みんなは政府にお金をやらず政府を倒せばいい。』ことになる。したがって、日本国民はみんな『政府にお金をやらず政府を倒す』ことを守らねばならない。
今の日本国民は日本文化をやっている。日本政府はヨーロッパ文化の国を作っている。今の日本国民が幸福に暮らせるのは日本国民のおかげであって、日本政府のおかげではない。日本政府は日本国民を不幸にしている。日本国民は日本政府を倒さねばならない。
今の日本政府は国民みんなに従わず自分勝手にヨーロッパ文化の国を作っている。政府は『国民みんなが国の最高権力者である』ことを無視している団体である。政府は社会の法則を逸脱[いつだつ]した団体である。そんな団体はこの世にないほうがいい。政府は国民みんなと関わるときには『国民みんなが国の最高権力者である』ことを守らねばならない。それなのに守っていない。政府は社会の法則を勝手に書き変えようとしている。政府は「政府が国の最高権力者である」ことにしようとしている。そんなことは無理である。法則は人間が決めるものではなく、実在が決めるものである。人間が法則を変えることはできない。国民みんなは政府を倒して政府に正しい社会の法則を教えてやらねばならない。昔の人は『人間が法則を変えられない』ことを知らなかったので、昔の人は「人間ががんばれば法則を変えられる」と思っていたので、国を作る団体は「国を作る団体が国の最高権力者である」ことにするために国民みんなに逆らってしばらくねばっていたのである。昔の人が『物の法則』に逆らって永久機関を作ろうとしていたのと同じである。しかし、けっきょく最後にはいつも国を作る団体は国民みんなに倒された。人間が実在に逆らうことはできない。それは人間の思い上がりだ。今の政府も思い上がっている。だから、国民みんなで政府を倒して政府の頭を冷やしてやらねばならない。日本では国を作る団体が国民みんなに逆らえるのは約50年間と決まっている。だから、今の国民みんなは早く政府を倒さねばならない。
昔の日本では国民みんなは「日本人と外人は同じだ」「ヨーロッパ人が幸福に暮らしている」「日本人が幸福になるためにはヨーロッパ人を真似[まね]ればいい」と考えて、自分が幸福になるためにヨーロッパ文化をやっていた。ヨーロッパ文化では国を作る団体が国民みんなに悪いことをやっていた。昔の国民みんなは自分が幸福になるために政府に悪いことをさせていた。政府に国民みんなから強盗させたり(税金のこと)国民みんなに戦争させたり国民みんなを国家宗教の事件や事故で殺させたり国民みんなを虐[いじ]める政策をやらせたりしていた。反対に、今の日本国民は『日本人と外人は違う』『日本人が幸福になるためには日本文化をやらねばならない』と考えて、自分が幸福になるために日本文化をやっている。日本文化では国を作る団体は国民みんなに善いことをしないといけない。今の国民みんなは自分が幸福になるために国を作る団体に善いことをさせねばならない。国を作る団体に国民一人一人と契約を取らせて国民からお金をもらって仕事をさせたり国民みんなに道徳や法律を守らせて幸福に平和に暮らさせたり国民みんなを幸福にする政策をやらせたりしないといけない。しかし、政府はあいかわらず悪いことをやっている。政府は国民みんなの幸福を邪魔[じゃま]している。だから、国民みんなは自分が幸福になるために政府を倒さねばならない。
政府はそもそも国を作る団体である。国を作る団体は、国民みんなが自分が幸福に暮らせる国を作らせるためにある。国民みんなは自分が幸福に暮らせる国を作る団体にお金をやって、自分が幸福に暮らせない国を作る団体にお金をやってはいけない。昔の政府が悪いことをやっていたのは、国民みんなが政府に国民みんなが幸福に暮らせる国を作らせるためである。昔の国民みんなにとっては政府が幸福な国を作っていたので、国民みんなは政府にお金をやって国を作らせていたのである。昔の国民みんなはヨーロッパ文化で幸福に暮らせると考えていたので、ヨーロッパ文化では国を作る団体が国民みんなに悪いことをやっていたので、国民みんなは自分が幸福になるために国を作る団体に悪いことをさせていたのである。政府は国民みんなの支配者ではなく、国民みんなのために国民みんなが幸福に暮らせる国を作る団体である。政府はそのことを忘れてはいけない。国民みんなもそのことを忘れてはいけない。今の国民みんなは日本文化で幸福に暮らせると考えている。日本文化では国を作る団体が国民みんなに善いことをしなければならない。国民みんなは自分が幸福になるために国を作る団体に善いことをさせねばならない。ところが、今の政府はヨーロッパ文化の国を作るために国民みんなに悪いことをやって国民みんなを不幸にしている。国民みんなにとって政府は要らない。だから、今の国民みんなは政府を倒せばいい。今の国民みんなは政府にお金をやらないようにして政府を倒せばいいのである。
ヨーロッパ人やアメリカ人は悪いことが好きだから、政府に悪いことをさせて幸福に暮らしている。中国人は善いことが好きだから、政府に善いことをさせて幸福に暮らしている。インド人は悪いことや貧乏なことが好きだから、政府に悪いことをさせて国民みんなを貧乏にさせて幸福に暮らしている。アフリカ人は死ぬことが好きだから、政府に国民みんなを殺させて幸福に暮らしている。しかし、日本人は善いことが好きなのに、政府が悪いことをして国民みんなを不幸にしている。世界中の国で国民みんなが国を作る団体に幸福にしてもらっているのに、日本だけ国民みんなが国を作る団体に不幸にされている。日本だけ世界と反対でみっともない。だから、早く国民みんなで政府を倒して国民みんなが幸福に暮らせるようにしないといけない。
[22034] 日本では約50年間みんなが自分で政府について考えることになっている。
h27.7.17
近代の日本では国民みんなが「日本人と外人は同じだ。ヨーロッパ人が幸福に暮らしている。日本人はヨーロッパ文化をやれば幸福になる。政府はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを幸福にするから、国民みんなは政府にお金をやって国を作らせればいい。」と考えて、ヨーロッパ文化をやって、政府にお金をやって国を作らせていた。
戦後になって国民みんなは『日本人と外人は違う。日本人は日本文化をやらなければ幸福になれない。政府はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にするから、国民みんなは政府にお金をやらず政府に国を作らせず政府を倒せばいい』と考えて、日本文化をやるようになって、政府にお金をやらず政府を倒すようになった。これで、政府が終わりになるはずだった。
しかし、国民みんなの一部の馬鹿は正しいことがわからなかった。馬鹿は国民みんなを真似[まね]て日本文化をやりながら、一方では政府の嘘[うそ]に騙[だま]されて「政府は民主主義の政治機関だから、政府は国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と思って政府にお金をやって国を作らせていた。政府は馬鹿にお金をもらって生き残ってヨーロッパ文化の国を作り続けた。
馬鹿が正しいことがわかっていないのが悪い。そもそも国民みんなの中に馬鹿がいることが悪い。日本の恥[はじ]だ。国民みんなは『馬鹿が政府にお金を強盗されたり(税金のこと)政府に脅迫されて人殺しをやったり自殺させられたりするのは自業自得だ』と思って馬鹿をほったらかしにしている。国民みんなはむしろ馬鹿が政府に殺されて馬鹿が減るのでありがたいと思っている。
国民みんなは政府のことについて話すことなんかめったにないので、馬鹿は国民みんなから正しいことを教えてもらえず、「政府が国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と思って政府にお金をやって政府の命令を聞き続けている。利口な人は考えることが好きなのに馬鹿は考えることが嫌いだから、馬鹿は利口な人と気が合わず、馬鹿は利口な人と関わるのが嫌だから、馬鹿は利口な人から正しいことを教えてもらえないのである。逆に、利口な人は馬鹿と関わるのが嫌だから、利口な人は馬鹿に正しいことを教えることがないのである。
しかし、最近は国民みんながみんなに政府のことを教えてやっている。これまでの50年間は“国民みんなが自分で考える時間”だったので、国民みんなはお互いに政府のことについて教えなかった。日本人は自分で考えることが好きだから、みんなに自分で政府について考えさせていたのである。日本では国民みんなが文化を変えてから約50年はみんなに“自分で社会について考える時間”を与えている。しかし、最近は“国民みんなが自分で考える時間”が終わっている。だから、最近は国民みんなが政府について知っていることを解禁してみんなに政府のことを教えてやってみんなで政府にお金をやらず政府を倒すようになっている。
[22035] 今の日本政府が倒れるのが遅れているのは政府が嘘[うそ]つきだからである。☆
h27.7.18
ヨーロッパ文化では国民みんなが政府に虐[いじ]められるのが好きだから戦争をやらなければならない。(ヨーロッパ人にっては『自分が政府に虐められるのが好きである』のがかっこ悪いから、ヨーロッパ人は「政治的理由で」などと言って本当のことを隠しているのである。ヨーロッパ人は外見はかっこいいが、中身はかっこ悪いのである。変態そのものである。)
反対に、日本文化では国民みんなが政府(というか国を作る団体)に虐められるのが嫌だから戦争をやらなくていい。
今の日本では国民みんなが自分たちが幸福に暮らすためには戦争をやらないほうがいいから日本文化をやっている。
ヨーロッパ文化では戦争にお金を取られて科学や産業が発達しない。日本文化では戦争にお金が要らないからその分科学や産業にお金を回せて科学や産業が発達する。ヨーロッパ文化よりも日本文化のほうが科学や産業が発達する。ヨーロッパ文化よりも日本文化のほうが国民みんなの物やお金が豊かになる。日本人は物やお金が豊かなことが好きである。だから、日本国民みんなにとってはヨーロッパ文化よりも日本文化のほうがいいのである。
だから、今の日本では国民みんなが日本文化をやっている。
江戸時代後期には、利口な人が言葉で「今のヨーロッパでは産業革命が起こってみんなが幸福に暮らしている」ことを知っていた。そのために、利口な人はヨーロッパ文化をやってアジア文化の国を作る幕府にお金をやらなくなって幕府を倒すようになった。しかし、馬鹿は眼で見ることしかわからないのであいかわらずアジア文化をやって幕府にお金をやっていた。そのために、勝海舟[かつかいしゅう]がオンボロ船でアメリカに渡ってアメリカ政府に頼んで日本に黒船で来てもらった。日本国民みんなが「今のヨーロッパではみんなが幸福に暮らしている」ことを信じて、日本国民みんながヨーロッパ文化をやって幕府にお金をやらなくなって幕府を倒すようになった。こうして、やっと倒幕にこぎつけたのである。
一方、今の日本では国民みんながすでに日本文化をやっている。国民みんなが日本文化で幸福に暮らせることを実感している。利口な人は『国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなが政府にお金をやって国を作らせるかどうか決めればいい。政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、政府は国民みんなを不幸にしている。だから、国民みんなは政府にお金をやらず政府を倒せばいい。』と考えて、すでに政府にお金をやらず政府を倒している。それなのに、馬鹿はあいかわらず政府にお金をやって政府にヨーロッパ文化の国を作らせて国民みんなを不幸にさせている。それは、政府が嘘[うそ]つきだからである。江戸幕府はいつも国民みんなに『自分がアジア文化の国を作る団体だ』と言っていた。だから、幕末に国民みんながヨーロッパ文化をやるようになると国民みんなはすぐに『幕府はアジア文化の国を作る団体だから、幕府が邪魔[じゃま]だ』とわかって国民みんなで幕府を倒したのである。一方、今の日本政府は本当はヨーロッパ文化の国を作る団体なのに、いつも国民みんなに「自分が民主主義の政治機関で、国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と言っている。そのため、今の国民みんなは日本文化をやっているのに、馬鹿は政府の嘘に騙[だま]されて「政府は民主主義の団体だから、政府は日本文化の国を作って国民みんなを幸福にしている。」と思って、いつまでたっても政府を倒そうとしないのである。戦後に国民みんなが文化を変えた後に政府がすぐに滅ばなかったのは、政府があらかじめ「自分が民主主義の政治機関である」という嘘をついていたからである。政府が馬鹿を騙せる自信があったからである。政府は馬鹿を騙して喜ぶために嘘をついているのである。政府は馬鹿をからかって遊んでいるのである。(江戸時代後期に利口な人が文化を変えた後で幕府がすぐに滅ばなかったのは、馬鹿が眼で見ることしかわからないために馬鹿が文化を変えるのがかなり遅れたからである。江戸時代には馬鹿が眼で見ることしかわからないために幕府が倒れるのが遅れたし、今では馬鹿が政府の嘘に騙されているために政府が倒れるのが遅れている。いつの時代でも馬鹿は国民みんなの迷惑である。/幕府や政府が国民みんなが文化を変えたとき国民みんなに従って自分で滅んだり作る国を変えたりしないのは謎[なぞ]である。毎日お高ぶっているために罹[かか]った職業病のせいなのか、もともと犯罪組織のためなのかわからない。悪いことがしたいのなら幕府が政府に変わってもできるはずだから幕府が政府に変わるのを躊躇[ちゅうちょ]する理由がない。お金儲[もう]けのためならさっさと潰[つぶ]れて新しい団体に変わったほうが国民みんなの人気が取れて儲かるはずである。幕府や政府が国民みんなに従わないのが好きだから従わないとしかいいようがない。会社や団体は生き物のようなもので一秒でも長く生き残りたいという生存本能があるためなのかもしれない。理由はわからないが、ともかく今の政府は国民みんなに従っていないから、国民みんなは政府を倒せばいいのである。)
今の日本政府が倒れるのが遅れているのは、政府が国民みんなに「自分が民主主義の政治機関で、国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」という嘘をついているからである。利口な人は正しく考えて政府にお金をやらず政府を倒している。しかし、馬鹿は政府の嘘に騙されて政府にお金をやって政府にヨーロッパ文化の国を作らせて国民みんなを不幸にさせている。日本政府は本当はヨーロッパ文化の国を作る団体であり、ヨーロッパ文化と日本文化は違うから、日本政府は国民みんなが不幸に暮らさねばならない国を作っている。だから、国民みんなは政府を倒せばいいのである。
今の日本政府は利口な人に倒されて、馬鹿な人に守られて半死半生[はんしはんしょう]の状態である。半殺しの状態である。もう少しで政府が倒れる。今の日本政府が倒れるのが遅れているのは、馬鹿が政府の嘘に騙されているからである。だから、利口な人が馬鹿に本当のことを教えてやって、国民みんなでいっしょに政府にお金をやらず政府を倒さねばならない。勝海舟が船でアメリカに渡るよりは楽だから、利口な人は馬鹿に正しいことを教えてやればいい。国民みんなで早く政府を倒して幸福に暮らさねばならない。
[22036] 馬鹿はみんなに世話をかける。 h27.7.18
国民みんなは利口な人と馬鹿な人からなる。
政府や幕府は国民みんなが文化を変えても国民みんなに従って自分で滅んだり作る国を変えたりせず、国民みんなに倒されるまでずっと同じ文化の国を作り続ける。
戦後になって利口な人は『日本人と外人は違う。日本人が幸福になるためには日本文化をやらねばならない。国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなが日本政府にお金をやって国を作らせるかどうか決めればいい。日本政府はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にするから、国民みんなは日本政府にお金をやらず倒せばいい』と考えて、日本文化をやって日本政府にお金をやらず倒すようになった。
しかし、馬鹿は利口な人を真似[まね]て日本文化をやるようになったものの、日本政府の嘘[うそ]に騙[だま]されて「日本政府は民主主義の政治機関だから、国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている」と思って、政府にお金をやって国を作らせている。政府は馬鹿からお金をもらって生き残ってヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にしている。
その状態が50年も続いている。いまだに政府は倒れていない。
そのため、今の利口な人は馬鹿をどうかしないといけないと考えている。幕末に勝海舟が船でアメリカに渡って黒船を呼んできて馬鹿に『今のヨーロッパでは文明が進んで国民みんなが幸福に暮らしている』ことを教えて馬鹿に『幕府を倒さねばならない』気にさせたように、利口な人は馬鹿に政府の正体を教えて馬鹿に『政府を倒さねばならない』気にさせようと計画している。まったく馬鹿はみんなに世話をかける。余計なお荷物である。(黒船来航は1853年で、勝海舟が渡米したのは1860年だから、勝海舟が黒船を呼んできたのではない。黒船が偶然に勝手に日本にやって来たのである。しかし、そのために馬鹿が『今のヨーロッパでは急速に文明が発達してみんなが幸福に暮らしている。日本人はヨーロッパを真似れば幸福になれる。ヨーロッパ文化をやれば幸福になれる。幕府はアジア文化の国を作っているから邪魔者[じゃまもの]である。国民みんなで幕府を倒さねばならない』と思うようになって幕府を倒したことは変わらない。だから、今の利口な人は馬鹿を『政府を倒す』気にさせるために黒船来航みたいなことをやればいいのである。)
馬鹿にも救いようのない馬鹿と救いようのある馬鹿の二種類がいる。救いようのない馬鹿は他人がなにを言ってもいっさいなにも理解しないが、救いようのある馬鹿は他人が親切に教えると理解できる。だから、利口な人がみんなに『日本政府は嘘つきである。日本政府は本当はヨーロッパ文化の国を作る団体であって、ヨーロッパ文化と日本文化は違うから、日本政府は日本国民みんなが不幸に暮らさねばならない国を作っている。国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなは政府よりも強いから、国民みんなは政府を倒せばいい。』と教えると、救いようのある馬鹿はそれを理解して『政府にお金をやらず政府を倒す』ようになる。日本人は頭のいい民族と言われているから、たぶん救いようのない馬鹿はあまりいないから、利口な人と救いようのある馬鹿で政府を倒すには十分だろう。だから、利口な人はみんなになるべくわかりやすく政府の正体について教えてやればいい。利口な人と救いようのある馬鹿で早く政府を倒して国民みんなで幸福に暮らさなければならない。
[22037] 今の日本の状況 h27.7.19
国民みんなは利口な人と馬鹿からなる。
政府は国民みんなが文化を変えても国民みんなに従って滅んだりしない。
戦後になって利口な人は『日本人と外人は違う。日本人が幸福になるためには日本文化をやらねばならない。国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなが政府を好き放題にすればいい。政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、政府は国民みんなを不幸にする。だから、国民みんなで政府にお金をやらず政府を倒さねばならない。』と考えて、日本文化をやって、政府にお金(税金その他)をやらず政府を倒すようになった。政府の命令を聞かなくなった。利口な人は自分の考えが正しいから、自分が国民みんなの総意に従っているから政府に従う必要がないから、たとえ政府がどうしようが政府にお金をやらず政府を倒している。政府は客が減って収入が減ってかなりダメージを受けた。
ところが、政府は利口な人に従わず、その後もヨーロッパ文化の国を作り続けている。(政府は多少客が減っても自分が経営できるかぎりヨーロッパ文化の国を作り続けるらしい。政府は正しいかまちがっているかで物を見ているのではなく、ただたんに客がいるかいないかで物を見ているだけである。政府は「馬鹿が国民みんなの総意に従っていないから(後述)、自分も国民みんなの総意に従わなくていい。自分は馬鹿だから国民みんなの総意がわからないから国民みんなの総意に従わなくてもかまわない。」と考えて国民みんなの総意を無視してヨーロッパ文化の国を作り続けているのかもしれない。あるいは、政府は「自分が悪いことをやっても自分を裁[さば]く者がいない」と思って国民みんなの総意に逆らって悪いことをやっているのかもしれない。しかし、実際には、『政府を裁く者がいる。』政府は国民みんなの総意に逆らっている犯罪者だから、国民の誰かが政府を裁いて政府を罰してもいい。)
馬鹿は利口な人を真似[まね]て日本文化をやるようになったが、政府の嘘[うそ]に騙[だま]されて「政府は民主主義の政治機関だから、政府は国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている。」と思って、政府にお金をやって政府に国を作らせている。政府の命令を聞いている。政府の命令を聞いて人殺しや自殺や嫌がらせなどをやっている。
しかし、それで終りではない。国はつねに変わっている。馬鹿は自分で考えたり他人から教わったりして正しいことを理解して政府にお金をやらず政府を倒すようになっている。政府はだんだん馬鹿からお金をもらえなくなっている。政府はお金が儲[もう]からなくなっている。利口な人もみんなに正しいことを教えてみんなが政府にお金をやらず政府を倒すようにさせている。
そのうち、政府は経営できなくなって滅ぶだろう。
[22038] 馬鹿が日本政府を倒さないのは「日本政府が国民みんなを幸福にする」と思っているからである。
h27.7.19
国民みんなは馬鹿と利口からなる。利口は自分で正しく考えるが、馬鹿は他人の嘘[うそ]に騙[だま]されやすい。
日本政府は国民みんなが文化を変えても自分で滅んだり作る国を変えたりせず昔と同じヨーロッパ文化の国を作っている。(どうして政府が国民みんなに従わないのかわからないので上に置いて原理にした。理由がわからないことは原理にすればいい。女は汚いことをするのが好きである。政府も女のように汚いことをするのが好きだからちゃんと国の決まりを守らないのかもしれない。)
今の日本では利口な人は『日本人とヨーロッパ人は人種が違うから脳が違うから心が違う。ヨーロッパ人は他人に虐[いじ]められるのが好きだが、日本人は他人に虐められるのが嫌いである。日本政府はヨーロッパ文化の国を作る団体である。日本政府はヨーロッパ人を喜ばせる団体である。日本政府は国民みんなを虐めて喜ばせるために国民みんなから高い税金を取ったり国民みんなに戦争をさせたり国民みんなを国家宗教の事件や事故で殺したり国民みんなを嫌がらせる政策をやったりする。日本人は自分が虐められるのが嫌いだから、日本人みんなで日本政府を倒せばいい。』と考えて、日本政府にお金をやらないようにして日本政府を倒している。『国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなのほうが政府よりも強いから、国民みんなが政府を自分の好き勝手にすればいいから、日本政府は国民みんなの幸福にとって邪魔[じゃま]だから、国民みんなは日本政府を倒せばいい』から、利口な人は政府にお金(税金その他)をやらないようにして政府を倒している。『国民みんなが国の最高権力者である』ことは大昔からわかっていることだから、すでに国民みんなの常識だから、それを使えばいいのである。
しかし、馬鹿は政府のテレビや新聞や社会科の教科書などの嘘に騙されて「政府は民主主義の政治機関だから、政府は国民みんなが幸福に暮らせる国を作っているから、国民みんなは政府にお金をやって国を作ってもらえばいい」と思って、政府に税金を払って国を作らせている。政府に国民みんなを虐めさせて国民みんなを不幸にさせている。
馬鹿が政府を倒さないのは『政府が国民みんなを不幸にする』ことがわかっていないためである。馬鹿は「政府が国民みんなを幸福にする」と思っているから政府を守っているのである。誰でも自分が幸福になって、不幸になりたくない。誰でも自分を幸福にする者にはお金をやって守り、自分を不幸にする者にはお金をやらず倒したい。だから、馬鹿が政府にお金をやっているのは馬鹿が「政府が国民みんなを幸福にする」と思っているからである。
反対に、利口な人が政府を倒しているのは自分の頭で理屈で考えて『政府が国民みんなを不幸にする』ことがわかっているためである。
今では利口な人は政府を倒して、馬鹿が政府を守っている。政府は利口な人に倒されて半死半生[はんしはんしょう]である。今でも政府が残っているのは、馬鹿が政府を守っているためである。政府を完全に倒すためには、馬鹿に政府を倒させねばならない。馬鹿に政府を倒させるためには、馬鹿に『政府が国民みんなを不幸にする』ことをわからせねばならない。利口な人が馬鹿に正しいこと(この章の一番上の『…』)を教えれば、馬鹿は『政府が国民みんなを不幸にする』ことがわかって政府にお金をやらなくなって政府を倒すようになるだろう。馬鹿は政府の嘘を真実だと思っているから政府にお金をやって政府を守っているのである。利口な人は馬鹿に本当のことを教えてやって政府にお金をやらず政府を倒すようにさせねばならない。
つまり、今の日本には『日本政府が国民みんなを不幸にする』と思っている人と「日本政府が国民みんなを幸福にする」と思っている人の2種類がいる。『日本政府が国民みんなを不幸にする』と思っている人は政府にお金をやらず政府を倒し、「日本政府が国民みんなを幸福にする」と思っている人は政府にお金をやって政府を守っている。『日本政府が国民みんなを不幸にする』ことが正しく、「日本政府が国民みんなを幸福にする」ことはまちがいである。だから、国民みんなで『日本政府が国民みんなを不幸にする』と考えるようになって、国民みんなで政府にお金をやらなくなって政府を倒さねばならない。半死半生の政府にとどめを刺[さ]さねばならない。国民みんなで早く次の時代に行って幸福に暮らさねばならない。
[22039] 今の政府は馬鹿のおかげで生き残っている。 h27.7.19
戦後になって国民みんなは『日本人は日本文化をやれば幸福になる。日本政府はヨーロッパ文化の国を作って日本人みんなを不幸にするから、日本政府を倒せばいい』と考えて、日本政府にお金(税金その他)をやらなくなって日本政府を倒すようになった。実質、そのとき日本政府は滅んだ。
しかし、国民みんなの中には馬鹿がいるので、馬鹿が政府の嘘[うそ]に騙[だま]されて「政府が国民みんなを幸福にしてくれている」と思って政府にお金をやって政府に食わせてやっている。政府は馬鹿のおかげで生き残れている。これを“馬鹿効果”と命名[めいめい]する。国民みんなが利口だけからなっていれば政府はすぐに滅びるが、国民みんなの中に馬鹿がいるために政府が滅ぶのが遅れているのである。政府と国民みんなの間には国民みんなの総意による『強い相互作用』があるが、そのほかに馬鹿による「弱い相互作用」があるのである。今の政府は弱い相互作用で馬鹿に食わせてもらってかろうじて生き残っているのである。国民みんな=利口+馬鹿。馬鹿は昔から理由もなにもわからずにただ他人の言いなりになって要領よく生きているだけである。近代の日本でも利口な人は理論に従って自分が幸福になるためにヨーロッパ文化をやって政府に従っていたが、馬鹿はわけがわからずに利口な人を真似[まね]てヨーロッパ文化をやって政府に従っていたのである。馬鹿はまちがったことをする。今の政府は馬鹿がまちがったことをするおかげで生き残っているのである。
しかし、馬鹿も死ぬまで馬鹿ではない。馬鹿も自分で考えたり他人から教えてもらったりしてだんだん正しいことがわかって、政府の嘘に騙されなくなって政府にお金をやらなくなって政府を倒すようになっている。
そのうち、政府は経営できなくなって滅ぶだろう。
近代の日本では国民みんなが政府にお金をやって政府に国を作らせていたが、戦後になって利口が政府にお金をやらなくなって馬鹿だけが政府にお金をやるようになった。今の政府は半死半生[はんしはんしょう]である。将来、国民みんなが政府にお金をやらなくなって政府が滅ぶだろう。政府はそうやって滅ぶのである。政府はいきなり滅ぶのではなく、“半死半生の状態”を経て滅ぶのである。政府はいきなり国民みんなに倒されて滅ぶのではなく、しばらく国民の半分に倒されて国民の半分に守られて半殺しの状態を経てから滅ぶのである。
国民みんなは国の最高権力者である。国は国民みんなのものである。国民は国民みんなの総意に従わねばならない。今の国民みんなの総意は『日本文化をやって、政府を倒す』ことである。だから、今の国民は日本文化をやって政府を倒せばいいのである。今の政府は国民みんなの総意がわからない馬鹿にお金をもらって食わせてもらって生き残っているだけである。政府は生き残って悪いことをやって国民みんなを不幸にしている。今の国民は政府にお金をやらないようにして政府を倒せばいいのである。
要するに、国民みんなの中に馬鹿がいるために国民みんなが文化を変えた後でも政府がすぐに滅びずしばらく政府が生き残っているだけのことである。政府が正直なら政府が国民みんなに『自分が国民みんなを不幸にする団体だ』と言ってすぐに国民みんなに倒されて滅びるが、あいにく政府が嘘つきであるために政府が国民みんなに「自分は国民みんなを幸福にする団体だ」と言って馬鹿が政府に騙されて政府が生き残るのである。政府が嘘つきであるのもいけないし、馬鹿が政府の嘘に騙されるのもいけない。利口は政府にお金をやらず政府を倒しながら、馬鹿に正しいことを教えてやりながら、馬鹿がしだいに政府に騙されなくなって政府を倒すようになるのを眺[なが]めているしかない。闘牛士と牛が戦うのを観客が野次[やじ]を飛ばしながら眺めているのと同じことである。闘牛士が馬鹿で牛が政府で観客が国民みんなである。
[22040] 国を作る団体は国民みんなが自分が幸福に暮らせる国を作らせるためにある。
h27.7.20
国を作る団体は国民みんなのために国民みんなが幸福に暮らせる国を作るためにある。国を作る団体は国民みんなが自分が幸福に暮らせる国を作らせるためにある。国民みんなは国を作る団体にお金をやって国を作らせる。国民みんなは自分が幸福に暮らせる国を作る団体にはお金をやり、自分が幸福に暮らせない国を作る団体にはお金をやらない。昔から国民みんなは『国民みんなが国の最高権力者である』ことを知っているので、国を作る団体が国民みんなのためにあるのは当然のことだと思っている。
近代の日本では国民みんなが「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福に暮らせる」と思っていたので、「政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから国民みんなを幸福にしてくれる」と思って、自分が幸福に暮らすために政府にお金をやって国を作らせていた。国民みんなは自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になると思って、政府の命令を聞いて、政府に国民みんなから高い税金を取らせたり政府に国民みんなに戦争をさせたり政府に国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをさせたり政府に国民みんなを虐[いじ]める政策をやらせたりしていた。しかし、実際には日本人とヨーロッパ人は心が違うので国民みんなは不幸になっていた。政府はヨーロッパ人を喜ばせることはできても日本人を喜ばせることはできなかったのである。
戦後になって国民みんなは『自分が日本文化をやれば幸福に暮らせる』ことがわかったので、『政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから国民みんなを不幸にする』と思って、自分が幸福に暮らすために政府にお金をやらず国を作らせなくなった。国民みんなは自分がヨーロッパ文化をやれば不幸になると思って、政府の命令を聞かなくなって、政府に国民みんなから高い税金を取らせたり政府に国民みんなに戦争をさせたり政府に国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをさせたり政府に国民みんなを虐める政策をやらせたりしなくなった。国民みんなはようやく不幸でなくなった。やっと不幸から開放された。
ところが、国民みんなの中には馬鹿がいる。馬鹿は政府の嘘[うそ]に騙[だま]されて「政府が民主主義の政治機関だから、政府は国民みんなが幸福に暮らせる国を作ってくれる」と思って、政府にお金をやって国を作らせている。馬鹿は政府に国を作らせれば自分が幸福になると思って、政府の命令を聞いて、政府に国民みんなから高い税金を取らせたり政府に国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをさせたり政府に国民みんなを虐める政策をやらせている。実際には馬鹿は政府に国民みんなを不幸にさせている。
今では国民みんなの中の利口な人が政府にお金をやらず政府を倒して、国民みんなの中の馬鹿が政府にお金をやって政府を守っている。政府は国民みんなに半分殺されて半分生かされて半死半生[はんしはんしょう]である。政府はテレビや新聞の上で元気なだけで、本当は死にかけである。
最近はさすがの鈍感[どんかん]な馬鹿も空気を読んで『今の政府が死にかけている』ことを知って、『今の国民みんなが政府を倒している』ことを知って『政府が国民みんなが不幸に暮らさねばならない国を作っている』ことを知って国民みんなといっしょに政府にお金をやらず政府を倒すようになっている。
政府は「とうとう馬鹿にも嘘がばれたか」と思って、おとなしく滅んでいる。
政府は自分が滅ぶまでの暇つぶしに馬鹿をからかって遊んでいただけである。今では政府がからかって遊べる馬鹿がいなくなったので政府はつまらないと思って自分で滅んでいるのである。つまり、政府が国民みんなに従ってすぐに滅ばないのは、政府が馬鹿をからかって遊ぶためである。今では政府が馬鹿をからかって遊べなくなったので、政府は自分が生きる目的を失ったので滅んでいるのである。
今では国民みんなが政府を相手にしなくなったので、政府は国民みんなをからかって遊べなくなったので、政府は馬鹿をからかって遊んでいるのである。馬鹿が政府のたった一人のお友達なのである。しかし、最近は馬鹿でさえも政府を相手にしなくなっている。政府は国民全員から無視されて遊び相手がいなくなっている。政府はいたたまれなくなって自分で滅んでいるのである。
[22041] 誰か日本文化の国を作る団体を建ててみれば? h27.7.20
今の日本では国民みんなは『政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、政府は国民みんなを不幸にする国を作る』と思って、政府にお金をやらず政府を倒している。
国民みんなの一部の馬鹿が政府の嘘[うそ]に騙[だま]されて「政府は民主主義の政治機関だから、政府は国民みんなを幸福にする国を作る」と思って、政府にお金をやって国を作らせている。しかし、実際には政府は国民みんなが不幸に暮らす国を作っている。
今の政府は国民みんなに倒されて、馬鹿に守られて半死半生[はんしはんしょう]である。やっとのことで生き残っている。滅ぶ寸前である。
早く政府の嘘に騙されている馬鹿がいなくなって、国民全員で政府を倒して、日本文化の国を作る団体を建てねばならない。
日本ではこれまで古い国を作る団体が滅んでから新しい国を作る団体が建った。しかし、古い国を作る団体が滅んでから新しい国を作る団体が建たねばならない決まりはない。古い国を作る団体が建っているうちに新しい国を作る団体が建ってもいい。誰かやる気のある人がいたら今から日本文化の国を作る団体を建ててみれば?日本文化の国を作る団体が日本人みんなの心を満足する国を作れたらきっと儲[もう]かるに違いない。日本人は物やお金が豊かなことや、頭で考えることや、自分の心を満足することが好きである。だから、日本文化の国を作る団体は日本人みんなに科学と数学と道徳を教えて、国民みんなから取ったお金を科学や産業に回して科学や産業を発達させて国民みんなの物やお金を豊かにして、国民みんなに本を読ませて頭で考える喜びを満足させて、国民みんなに道徳や法律を守らせて平和に暮らさせればいいだけだからちょろいものである。(細かいことは国民一人一人の自由にさせればいい。)日本人は『人間がみな平等である』ことが好きで他人に虐[いじ]められることが嫌いである。だから、日本文化の国を作る団体は『人間がみな平等である』ことを守って国民一人一人とちゃんと契約を取ってお金をもらって仕事をするし、国民みんなに戦争をさせないし今の世界には戦争をさせられたい人なんかいないから戦争をする機会がないから自衛隊は要らないしその分お金をほかのことに回してほかのことがよくなるし、国家宗教で事件や事故を起こして国民みんなを殺したりしないから国民みんなが安全に暮らせるし、国民みんなを虐める政策もやらないから国民みんなが幸福に暮らせる。日本文化の国を作る団体は自分が国民みんなに悪いことをしなくていいから気が楽である。(ヨーロッパ人は他人に虐められるのが好きだから、ヨーロッパ政府が国民みんなを虐めるのは国民みんなを幸福にするためである。しかし、日本人は他人に虐められるのが嫌いだから、日本政府が国民みんなを虐めるのは自分が悪いことをして喜ぶためである。ヨーロッパ政府と日本政府では国民みんなを虐めることは同じだが、国民みんなを虐める目的が違うのである。日本政府とヨーロッパ政府は似て非なるものである。だから、日本政府は国民みんなが文化を変えても国民みんなに従って自分で滅んだり自分が作る国を変えたりしないのである。日本政府は自分が悪いことをして喜ぶためにヨーロッパ文化の国を作り続けるのである。江戸幕府も自分が悪いことをして喜ぶためにアジア文化の国を作り続けたのである。江戸幕府は自分が毎日朝から晩までずっと悪いことをし続けたいから穴が開くのが嫌だから自分から滅んで日本政府に変わろうとしなかったのである。政府や幕府は悪いことをするのが日課だから悪いことをやめられないとまらないから悪いことをしないと禁断症状が出るからけっして自分から滅んだりしないのである。日本政府は最初から犯罪組織なのである。それなら日本政府はなおさらいけない。今の国民みんなはなにがなんでも日本政府を倒さねばならない。ちなみに、今のヨーロッパが戦争をしないのは、今の戦争が虐めを通り越しているからである。中世ぐらいの規模の戦争なら虐めで通るからヨーロッパ人は喜んでやるが、近代現代の戦争になると過激すぎて虐めどころではないからさすがのヨーロッパ人も戦争するのが嫌になったのである。だから、今のヨーロッパ人は戦争をやめたのである。18世紀のフランス政府が国民みんなから税金を取りすぎたために国民みんなが嫌になってフランス政府を倒したのと同じことである。今のヨーロッパ人はほどほどの虐めで喜ぶだけである。ヨーロッパ人にとってはほどほどの虐めは喜びだが、行き過ぎた虐めは苦しみである。善いことならやりすぎても国民みんなが怒らないから易しいが、悪いことはやりすぎると国民みんなが怒るから難しい。)日本文化の国を作る団体は楽な仕事である。割のいい仕事である。それでみんなに感謝されてお金が儲かるのだから言うことなしである。こんな美味[おい]しい仕事はほかにない。やってみる価値はある。
[22042] 今の日本では国民みんなが政府が馬鹿を騙[だま]して悪いことをやっているのを眺[なが]めている。
h27.7.20
戦前の日本では国民みんなが「日本人とヨーロッパ人は同じだ。今のヨーロッパ人は幸福に暮らしている。日本人はヨーロッパ人を真似[まね]てヨーロッパ文化をやれば幸福になれる。日本政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、政府は国民みんなを幸福にするから、国民みんなで政府にお金をやって国を作らせればいい。」と考えて、ヨーロッパ文化をやって、日本政府にお金をやって政府に国を作らせていた。国民みんなはヨーロッパ文化をやってみんなで人殺しや強盗や虐待などの悪いことをやりあって暮らしていた。国民みんなは「日本政府は国民みんなを幸福にするために命令を出している」と考えて、政府の命令に従っていた。国民みんなは政府の命令を聞いて高い税金を払ったり戦争をやったり国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをしたり政府の嫌がらせの政策を実行したりした。本当は、日本人とヨーロッパ人は心が違うので、日本人は不幸に暮らしていた。
戦後の日本では国民みんなが『日本人とヨーロッパ人は違う。日本人は日本文化をやれば幸福になれる。日本政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、政府は国民みんなを不幸にするから、国民みんなで政府を倒せばいい。』と考えて、日本文化をやって、日本政府にお金(税金その他)をやらなくなって倒すようになった。国民みんなは日本文化をやってみんなで善いことをして悪いことをしなくなって暮らすようになった。政府の命令を聞かなくなって、政府に悪いことをやらせなくなった。国民みんなはようやく幸福に暮らせるようになった。
ところが、政府は自分が悪いことをして喜ぶ犯罪組織だったので、国民みんなに従って日本文化の国を作る団体に変わらず、その後もヨーロッパ文化の国を作る団体のふりをして悪いことをし続けた。政府は国民みんなに「政府は民主主義の政治機関だから、国民みんなが幸福に暮らせる国を作っている。」「今の国民全員が政府に従っている。」「政府に従わない者は牢屋[ろうや]に入れて罰する。」と嘘[うそ]をついて騙すようになった。
国民みんなの中には馬鹿がいるから、馬鹿は政府の嘘に騙されて「政府が国民みんなを幸福にしてくれる」と思って政府にお金をやって国を作らせている。「政府が国民みんなを幸福にする命令を出してくれている」と思って政府の命令を聞いている。国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをやったり国家宗教の神をキャラクターにしたアニメやマンガを作ったりしている。
国民みんなは政府(犯罪組織)が馬鹿を騙して悪いことをするのを眺めている。高みの見物を決め込んでいる。早く馬鹿が政府に騙されなくなって政府が滅べばいいと思っている。国民みんなは馬鹿に正しいことを教えてやって政府に騙されないようにしてやっている。
宗教団体と信者が悪いことをやってテレビや新聞を賑[にぎ]わせることはよくあることである。政府を宗教団体で馬鹿を信者だと思えばいいだけである。今では政府が馬鹿に命令して悪いことをさせて世間を騒がせているだけである。国民みんなは自分がそういうことには関わらずに傍[はた]から眺めて見ていればいいのである。あなたが親切なら馬鹿に正しいことを教えてやって馬鹿を救ってあげればいい。
つまり、戦前までは国民みんなが「政府は自分たちを幸福にしてくれる」と思っていたから政府は国民みんなの教団だったが、戦後は国民みんなが『政府は自分たちを幸福にしない』と思うようになって政府から離れて行って、政府は国民みんなの一部の馬鹿の教団になってしまったのである。戦後は国民みんなが自分から政府と縁を切って、馬鹿が「政府は自分たちを幸福にしてくれる」と思って政府に従うだけになったのである。今の国民みんなは教団を持たずに自分たちで善いことをしあって幸福に暮らしている。今の国民みんなは政府と馬鹿が騒動を起こすのをはた迷惑だと思いながら辛抱[しんぼう]しながら暮らしているのである。
[22043] テレビやマンガは国民みんなの先生だ。 h27.7.21
国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなは自分が幸福になることをすればいい。国民みんなは国の最高権力者だから、誰の指図も受けず、自分で考えて自分で行動するだけである。
戦前は国民みんなが「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になれる」と考えて、「日本政府はヨーロッパ文化の国を作っているから、日本政府が国民みんなを幸福にしてくれる」と思って、自分から政府に従っていた。だから、政府に権力(つまり命令力)があった。国民みんなが政府の命令を聞いて高い税金を払ったり戦争をやったり国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをしたり国民みんなに対する嫌がらせの政策を実行したりした。実際には、国民みんなは不幸になっていた。
戦後は国民みんなが『自分が日本文化をやれば幸福になれる』と考えて、『日本政府がヨーロッパ文化の国を作っているから、日本政府が国民みんなを不幸にする』と思って、自分から政府に従わなくなった。政府に権力がなくなった。国民みんなが政府の命令を聞かなくなって税金を払わなくなったり戦争をしなくなったり国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをしなくなったり国民みんなに対する嫌がらせの政策を実行しなくなった。国民みんなは幸福になった。
テレビやマンガなどでも政府を悪役にしたアニメやマンガが描[か]かれるようになった。『マジンガーZ』のドクターヘルや『仮面ライダー』のショッカーや『超人バロムワン』のドルゲはみんな政府の喩[たと]えである。それらを見た子供も大人もみんな『政府は国民みんなを不幸にする悪者だ』と思って、政府に従わなくなった。いくら政府に命令されても政府に税金を払わなくなった。政府の命令で何もやらなくなった。戦前は政府は正義の味方だったが、戦後は政府は悪役になった。戦前は政府は国民みんなの味方だったが、戦後は政府は国民みんなの敵になった。
ただし、国民みんなの一部は馬鹿である。馬鹿はテレビや新聞や社会科の教科書などに載っている政府の嘘[うそ]に騙[だま]されて「政府は民主主義の政治機関だから、国民みんなを幸福にしてくれる」と思って政府に従っている。政府の命令を聞いて高い税金を払ったり国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをしたり国民みんなに対する嫌がらせの政策を実行したりしている。馬鹿はニュースや学校の本ばっかり見てアニメやマンガを見ないから正しいことがわからないのである。
最近は国際化が流行[はや]って日本でも国民みんながヨーロッパ文化を取り入れてヨーロッパかぶれして「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になれる」と思ってヨーロッパ文化の国を作っている日本政府を容認しようとしている。国民みんなが再び日本政府に従おうとしている。政府の権力が強まっている。そのために日本政府が倒れるのが遅れている。しかし、それでは戦前の二の舞である。日本人は日本人であってヨーロッパ人ではない。日本人がいくらヨーロッパ文化をやっても日本人のままであってヨーロッパ人にはならない。日本人は日本文化をやれば幸福になれるが、ヨーロッパ文化をやっても幸福にはなれない。日本人が自分の心を満足して幸福になるためには日本文化をやらねばならず、ヨーロッパ文化をやってはいけない。日本人は日本人の心を満足するためにヨーロッパ文化を選択的に受け入れるべきであって、ヨーロッパ文化を受け入れたために日本人の心を不満にしてはいけない。日本人はヨーロッパ文化を自分が幸福になるために利用すべきであって、ヨーロッパ文化のために自分を不幸にしてはいけない。日本人は日本文化に従うようにして外国の文化を取り入れればいいのである。例えば、ヨーロッパ人は見かけが綺麗[きれい]なのが好きだが、反対に日本人は見かけが汚いのが好きである。だから、日本人は自分が幸福になるために見かけを汚くしないといけない。日本人はヨーロッパ文化を受け入れたために見かけを綺麗にして自分の心を不愉快[ふゆかい]にしてはいけない。日本人は自分の見かけを汚くするためにヨーロッパの科学を利用しないといけない。国民みんなで早く日本文化をやってヨーロッパ文化をやめて日本政府を倒して幸福に暮らさねばならない。
国民みんなは国の最高権力者である。国民みんなが政府を残すか倒すかを決める。政府が残るか倒れるかは国民みんなしだいである。国民みんながヨーロッパ文化を支持すれば政府が残り、国民みんながヨーロッパ文化に反対すれば政府は倒れる。日本人には日本人の心がある。日本人の心とヨーロッパ人の心は違う。ヨーロッパ文化はヨーロッパ人の心を満足するためにあるのであって、日本人の心を満足しない。日本人がいくらヨーロッパ文化をやっても日本人の心は満足されない。日本人がいくらヨーロッパ文化をやっても日本人は幸福になれない。日本人は日本文化をやらないかぎり幸福になれない。だから、日本人は早く日本文化をやってヨーロッパ文化をやめて日本政府を倒して幸福に暮らさねばならない。
教育とは正しいことを教えることである。人間は正しいことには従うしかないから正しいことを教えねばならない。親が子供に『支配欲や見栄欲やテレパシー器官を働かせてはいけない』ことを教えて子供を精神病に罹[かか]らないようにしないといけない。『人間は自分が好きなことだけやって嫌いなことはやらないようにして自分の心を満足して幸福に生きていかねばならない』ことを教えて、子供を幸福に生きていけるようにしないといけない。それと同じように、国民みんなが馬鹿に『日本政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、日本政府はヨーロッパ人の心を満足する国を作るから、ヨーロッパ人と日本人は心が違うから、日本政府は日本人みんなを不幸にする』ことを教えて馬鹿に政府に従うことをやめさせねばならない。国民みんなで早く政府に従うのをやめて政府を倒さねばならない。
[22044] どうして政府は国民みんなに従わないのか? h27.7.21
戦前は国民みんなが「政府は国民みんなを幸福にしてくれる」と思って政府に従っていた。政府の命令を聞いて何でもやった。しかし、戦後は国民みんなが『政府は国民みんなを不幸にする』と思って政府に従わなくなった。政府の命令を聞かなくなって政府に税金を払わなくなって政府を倒すようになった。国民みんなは国の最高権力者だから、政府は国民みんなに従わねばならないから、政府は国民みんなに従って自分で滅んで日本文化の国を作る団体にならねばならないはずである。
ところが、政府は国民みんなが政府に従わなくなったので腹が立っただけだった。政府は国民みんなが自分の命令を聞かなくなってお金を払わなくなって自分がすっかり貧乏になったので怒[いか]り狂った。それで、政府は自分が石にかじりついてでも生き残って国民みんなに復讐することにした。政府は国民みんなを相手にして戦争することに決めた。昔は政府が国民みんなを自分の奴隷[どれい]だと思っていたので、今でも政府は国民みんなを自分の奴隷だと思って国民みんなを自分の好き放題にするのである。宗教団体が信者を物のように扱うのと同じことである。昔の国民みんなが政府に従って政府を付け上がらせたために今の国民みんなが政府に虐められているのである。
政府は国民みんなの中に馬鹿がいることを利用して、馬鹿を嘘[うそ]で騙[だま]して「政府が国民みんなを幸福にする」と思わせて馬鹿を従わせて馬鹿に命令してお金を取ってしばらく生き残って馬鹿に命令して悪いことをさせて国民みんなを虐[いじ]めることにしたのである。
国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなが自分の好き勝手にするのは当然である。国民みんなが政府をどうしようが国民みんなの勝手である。それを怒[おこ]った政府のほうが悪い。今の国民みんなが政府に虐められているのは、政府が馬鹿を利用して馬鹿からお金を取って馬鹿に悪いことをやらせているからである。今の国民みんなが政府に虐められないためには、馬鹿を説得して『政府が国民みんなを不幸にする』ことをわからせて政府に従わないようにさせねばならない。国民みんなは一生懸命に馬鹿に正しいことを教えて馬鹿が政府に従うのをやめさせねばならない。
つまり、今は国民みんなと政府のケンカの最中[さいちゅう]である。国民みんなと政府の戦争の真っただなかである。今の日本はうわべは平和だが、本当は戦争の最中なのである。政府が馬鹿を利用して国民みんなと戦っているのである。政府はおとなしい顔をして、本当は国民みんなに対する恨[うら]みや憎[にく]しみでいっぱいなのである。政府は自分が国民みんなに倒された恨みを晴らすために国民みんなと戦っているのである。戦前の政府はヨーロッパ文化をやるために国民みんなに悪いことをやっていたが、戦後の政府は国民みんなに恨みを晴らすために国民みんなに悪いことをやっているのである。戦前の政府は国民みんなのためになることをする善い人だったが、戦後の政府はグレて不良になったのである。今の政府が国民みんなに善いことをするわけがない。今の政府は国民みんなにありとあらゆる嫌がらせをして国民みんなを精一杯不幸にしている。国民みんなはなるべく早く政府を倒したほうがいい。国民みんなは馬鹿に政府に従ってはいけないことを教えてやって政府に従う者をなくして政府を倒さねばならない。
つまり、国民みんなが文化を変えたとき国民みんなは国を作る団体を倒して国を作る団体はほとんど滅ぶ。国を作る団体は馬鹿を騙してかろうじて生き残って国民みんなに復讐する。最後には国民みんなが馬鹿に正しいことを教えてやって国を作る団体に従う者がいなくなって国を作る団体が完全に滅ぶ。そうして新しい時代が来る。時代はそのようにして変わるのである。江戸時代後期にも幕府は「今のヨーロッパは暗黒時代でみんなが不幸に暮らしている」と嘘[うそ]をついて馬鹿を騙[だま]して自分を倒させないようにしていたのである。今は政府が「自分は民主主義の団体だから、日本文化の国を作って国民みんなを幸福にしている」と嘘をついて馬鹿を騙して自分を倒させないようにしている。今は新しい時代に変わる途中である。今は国民みんなが馬鹿に正しいことを教えてやって政府に従う者をなくして政府にとどめをさす段階である。国民みんなが馬鹿に『政府が戦後に国民みんなに倒されたのを恨んで、国民みんなに復讐するために国民みんなを不幸にしている』ことを教えてやって政府に従わなくさせている。もう少しで政府が滅ぶ。国民みんなはがんばって政府を倒さねばならない。国民みんなで早く新しい時代に変えて国民みんなで幸福に暮らさねばならない。
[22045] 近代の日本がわかれば現代の日本で何をすればいいかがわかる。 h27.7.21
近代の日本では国民みんなが「日本人と外人は同じだ。今のヨーロッパではみんなが幸福に暮らしている。だから、日本人もヨーロッパ文化をやれば幸福になれる。日本政府はヨーロッパ文化の国を作っているから、国民みんなを幸福にしてくれる。だから、国民みんなが日本政府に従えばいい。」と思っていたから、ヨーロッパ文化をやって、日本政府に従っていたのである。日本政府の命令を聞いて、政府に税金を払ったり、国民みんなを不幸にすることをやっていたのである。
したがって、現代の日本では国民みんなが『日本人と外人は違う。日本人が幸福になるためには日本文化をやらねばならない。日本政府はヨーロッパ文化の国を作っているから、国民みんなを不幸にする。だから、国民みんなが日本政府に従わなければいい。』と思っているから、日本文化をやって、日本政府に従わなくなったのである。日本政府の命令を聞かなくなって、政府に税金を払わなくなって、政府を倒しているのである。
“近代の日本で国民みんながヨーロッパ文化をやって日本政府に従っていた理由”がわかれば、今の国民みんながどうしているかがわかる。国民みんながやっていることは眼で見えず眼ではわからないから、頭で考えてわかるしかないのである。
したがって、戦後の今の日本では国民みんなが政府を倒しているのである。今でも少数の馬鹿が政府に従っているが、それは例外である。馬鹿は理由がわからないまま周[まわ]りの他人に合わせてテキトウに生きているだけだから、政府の嘘[うそ]に騙[だま]されて「今の国民全員が政府に従っている」と思わされて政府に従わされているのである。今でも政府がテレビや新聞に出ているのは政府が人気者のふりをして国民みんなを政府に従わせるためである。しかし、本当は今の政府は人気がないのである。今の政府は馬鹿しか従っていないのである。だから、国民全員で政府に従わなくなって政府を倒さねばならない。
[22046] 神経症(ノイローゼ) h27.7.22
神経症とは自分の心が原因になって日常生活がうまく行かないことである。
だから、神経症では自分の心を理解してそれを受け入れれば治る。
神経症は病気を否定するのではなく病気を受け入れることによって治るのである。だから、神経症が治るとかえって病気が悪化したみたいに見えるけれども、じつはそれが神経症が治っていることなのである。
神経症は鬱病[うつびょう]に似ている。鬱病は人間が見栄欲などのために自分の本心を満足しなくなって自分が慢性の欲求不満になって気分が落ち込んで苦しむ病気である。一方、神経症は自分が嫌なことを無理やりやろうとしてムニャムニャした気分になって苦しんでいる状態である。だから、神経症を治すためには、自分が嫌なことを思い切ってやらなければいいのである。自分の心を肯定すればいいのである。神経症も見栄欲のために苦しむ病気である。自分の好き嫌いに目を向けずなんでもかんでも受け入れて他人の言いなりになっているから自分が嫌なことでもやらねばならないと思って苦しんで神経症になっているのである。だから、自分が嫌なら思い切って断ってやめてしまえばいいのである。例えば、私は子供の頃から“歌うのが嫌”だった。音楽のテストはしかたがないとしても、それ以外のときは歌いたくなかった。私はどうして自分が歌うのが嫌なのかわからないがとにかく嫌だった。おそらく、それは私がチャラチャラしたことが嫌いだからである。私は考えることは好きだが、考えないことが嫌いだからである。だから、私は歌うのが嫌いなのである。他人が歌うのをテレビで見るのも嫌いである。だから、私は小さい頃から“アイドルなんて知らない”のである。だから、私は自分が歌わねばならないと思って悩むのではなく、歌うのをきっぱり断ればいいのである。自分が嫌なことをきっぱりと断らずに我慢[がまん]してウジウジとやるほうが男らしくない。歌うことが自分の仕事でないかぎり歌わなくていいから歌うのを断ればいいのである。自分が歌手でないかぎり歌う必要はないのである。自分が本当は歌いたくないのに歌わねばならないと思って悩み続けるのが神経症である。学校の歌のテストのときにもなるべく先生が生徒を個室で歌わせるようにして本人の心の負担を減らす工夫が必要である。感情に理由なんかない。自分に心があるから好き嫌いがあるだけである。例えば、自分が歌が嫌いなのは、自分の心が歌が嫌だからである。それはどうしようもない。それは変わらない。自分はその事実を受け入れて自分が幸福に生きるために自分が嫌なことをしないようにして自分が歌わないようにするしかない。自分が嫌いな科目を勉強せずに試験の答案を白紙で出せばいいように、自分が歌が嫌いなら家や人気[ひとけ]のない公園で歌の練習なんかせずに歌の試験のとき下手糞[へたくそ]なままで歌えばいいのである。また、“勉強が嫌い”な人が無理やり勉強するのもノイローゼである。勉強がどうしても嫌なら勉強しなければいいのである。思い切って自分が大学に進まずに自分が頭を使わない仕事に就けばいいのである。この世には頭を使わない仕事もたくさんある。頭を使わない仕事をやって食べていければいいのである。
人間は自分の好きなことだけやって嫌いなことをやらないようにして自分の心を満足して生きていけばいい。その原則を破るから鬱病になったり神経症になったりするのである。自分の好きなことをやろうとしないのが鬱病であり、自分の嫌いなことをやろうとするのが神経症である。人間が自分の心を肯定して生きず、他人の言いなりになって受身で生きているから鬱病になったり神経症になったりするのである。だから、人間は子供の頃から自分の心についてよく知って自分の心を満足して生きることが大事なのである。人間には多少恥ずかしくても自分が好きなことを進んでやり自分が嫌いなことを断ってやらない勇気が必要である。
しかしながら、自分が好きなことをやろうとしないのも自分が嫌なことをやろうとするのも同じことである。だから、鬱病と神経症では嫌なことの大きさが違うのである。鬱病では自分が置かれている環境全部が嫌であり、神経症では特定のひとつのことが嫌である。鬱病も神経症も自分が嫌いなことを無理やりやって苦しんでいる状態である。自分で自分を虐[いじ]めている状態である。どっちも自分が嫌なことをやらない勇気が大事である。鬱病ではがんばって自分の人生を一からやり直すことが大事であり、神経症では恥ずかしがらずに自分が嫌いなことをきっぱりと断ってやらないことが大事である。
鬱病も神経症も“見栄欲”を満足することが原因である。見栄欲を満足することは、他人から見て自分をよくすることであり、自分の心よりも他人の心を満足することである。見栄欲を満足すると、他人の心が満足されるかわりに自分の心が満足されなくなる。見栄欲を満足すると自分が欲求不満になって鬱病や神経症にかかるのである。だから、鬱病や神経症にかからないためには見栄欲を満足してはいけないのである。
ちなみに、精神分裂病は“支配欲”を満足することが原因である。支配欲が満足されないことによってイライラ感が生み出される。支配欲の強い人が他人が自分の気に入らないことをするのを見て腹を立てて他人に自分の気に入らないことをやめさせようとしてテレパシー器官を使って訴えて、支配欲とテレパシー器官を同時に興奮させて条件反射で支配欲とテレパシー器官の間に神経連絡が出来ると、悪口のテレパシーに対して腹を立てて怒[おこ]って暴れるようになる。これが精神分裂病である。支配欲が強くなりすぎると自分と他人の区別がなくなって自他の境界がなくなる。反対に、支配欲が弱まると自分と他人の区別が出来て自他の境界がある。精神分裂病で自他の境界がなくなるのは支配欲が強まっているからである。支配欲が強まっているから他人が自分の気に入らないことをするとすぐにイライラして怒[おこ]るのである。だから、分裂病を治すためには支配欲を抑[おさ]えることが大事である。親は古臭い家制度なんかやめて子供をみんな平等に扱うことで長男や長女の支配欲を抑えることができるだろう。
[22047] 私が仕事をやめた訳[わけ] h27.7.22
そもそも私が今から約8年前に仕事をやめたのは私が国家宗教や政府について考えるためである。私は国家宗教の神なので普通の人よりも国家宗教についてよくわかるので政府のこともよくわかると思ったので国家宗教や政府について考えることにしたのである。今の私は国家宗教や政府について考えるために仕事を休んでいる。だから、私が国家宗教や政府について考えることがなくなったら仕事を再開するつもりである。
私が仕事をやめたのは、私が国家宗教や政府について考えることよりも仕事のほうがくだらないと思ったからである。私が考えることよりも仕事のほうが価値がないと思ったからである。私はくだらない仕事よりも自分が考えることを優先したから、仕事をやめて考えることにしたのである。
今の世の中では仕事を一生懸命やる人が尊[とうと]ばれている。だから、そんな人間ばかり増えている。子供を作って増殖している。しかし、そこらへんの仕事はみなつまらない。面白くない。今では面白くないことをやる人が善い人だとされている。つまらないことを一生懸命やるのはつまらない人間だからである。今ではそんな人間ばかり増えている。だから、今の世の中が面白くないのである。
人間は仕事をやる機械ではない。人間はお金儲[もう]けをするために生きているのではない。物事の価値はお金で決まるのではない。お金が儲かることが価値があって、お金が儲からないことが価値がないのではない。人間がお金が儲かることしかしなくなったら世の中はおしまいだ。たとえお金が儲からないことであっても価値があることならやらねばならない。それが人間というものだ。
[22048] 今の政府の中には悪い人しかいない。 h27.7.22
日本では戦前は国民みんなが「日本人はヨーロッパ文化をやれば幸福になれる。政府はヨーロッパ文化の国を作るから、政府が国民みんなを幸福にしてくれる」と思って自分から政府に従っていた。だから、政府に権力(命令力)があった。国民みんなは自分が幸福になるために喜んで政府の命令を聞いていたから、政府は国民みんなに命令して国民みんなに何でもやらせることができた。政府は国民みんなに税金でも戦争でも人殺しでも国民みんなを虐[いじ]める政策でもやらせることができた。特攻隊は特攻の前の日にうれしさのあまり寝床の中で一睡もできず「俺[おれ]は今最高に幸せだぞー!!」と言って笑いながら敵の弾に撃たれて死んでいった。
戦後は国民みんなが『日本人は日本文化をやれば幸福になる。政府はヨーロッパ文化の国を作るから、政府は国民みんなを不幸にする』と思って自分から政府に従わなくなった。だから、政府に権力がなくなった。国民みんなは自分が不幸にならないために政府の命令を聞かなくなったから、いくら政府が国民みんなに命令しても国民みんなが政府の命令を聞かなくなって政府は国民みんなに何もやらせることができなくなった。政府は国民みんなに税金も戦争も人殺しも虐めの政策も何もやらせられなくなった。
しかし、今でも国民みんなの一部の馬鹿はわけがわからないまま「政府が国民みんなを幸福にする」と思って政府に従っている。だから、今でも政府は馬鹿には権力がある。馬鹿は「政府が国民みんなを幸福にしてくれる」と思ってありがたがって政府の命令を聞く。だから、今でも政府は馬鹿に命令して税金を取って生き残って、馬鹿に命令して悪いことをやらせて国民みんなを虐めているのである。馬鹿は「政府が国民みんなを幸福にしてくれる」と思って政府の者を贔屓[ひいき]にしている。例えば、私の実家は近所のお米屋からお米を買っているが、私の父親が生きているうちは私の父親が公務員だったので家に美味[おい]しいお米を持ってきてくれたが、私の父親が死んでからは母親の一人暮らしだがわざとに不味[まず]い米を持ってきている。その米屋は「政府が国民みんなを幸福にしてくれる」と思っているからそうしているのである。米屋はとんだ勘違いをしている。本当は『政府が国民みんなを不幸にしている』から、私の父親が生きているうちは不味い米を持ってきて、死んでから美味い米を持ってくればいいのである。米屋が馬鹿である。私の実家は高知県高知市にあるが、高知は田舎[いなか]なので馬鹿が多いから政府のことがわかっていない者が大勢いるのである。
政府はヨーロッパ文化の国を作る団体である。戦後に『日本人は日本文化をやれば幸福になる』ことがわかったとき、政府の中の善い人は政府をやめた。政府から出て行って民間会社で働いたり農家になったりした。しかし、政府の中の悪い人は政府に残った。今の政府の中には悪い人しかいない。政府の中の悪い人はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にし続けているのである。
今の日本には『政府が国民みんなを不幸にする』ことを知っている利口な国民の集団と、『政府が国民みんなを不幸にする』ことを知らず「政府が国民みんなを幸福にする」と誤解している馬鹿な国民の集団の2つの集団がいる。『政府が国民みんなを不幸にする』ことを知っている集団は政府に従わず政府に税金を払わず政府を倒している。反対に、「政府が国民みんなを幸福にする」と思っている集団は政府に従って政府に税金を払って政府を守っている。
今の国民は自分が『政府が国民みんなを不幸にする』ことを知っていれば政府に従わず、『政府が国民みんなを不幸にする』ことを知らず「政府が国民みんなを幸福にする」と思っていれば政府に従えばいい。
今では多くの国民が『政府が国民みんなを不幸にする』ことを知って政府を倒すようになっている。『政府が国民みんなを不幸にする』ことを知って政府を倒す国民が増えている。政府はだんだん国民に命令できなくなって国民からお金が取れなくなって滅んでいる。
国民みんなは自分の幸福を目指している。これまでもそうだったし、これからもそうである。世界中の国民みんながそうしている。国民みんなは自分が幸福になることをやればいい。国民みんなは自分が不幸になることをやらなければいい。今では世界中の国で『国民みんながその国の文化をやれば幸福になる』ことがわかっている。日本政府は日本人にヨーロッパ文化をやらせて日本人を不幸にする団体である。だから、日本では国民みんなが政府に従わず政府の命令を聞かず政府に税金を払わず政府を倒せばいいのである。国民みんなは日本文化をやって幸福に暮らせばいいのである。
国民みんなの中に馬鹿がいるのはしかたがない。もともとそうだからである。馬鹿が『政府が国民みんなを不幸にする』ことを知らないのはしかたがない。しかし、政府が『政府が国民みんなを不幸にする』ことを知らないのはありえない。だから、今の政府は悪い団体である。政府は犯罪組織である。馬鹿が政府に騙[だま]されて政府に従わされているのはしかたがない。しかし、政府が馬鹿を騙して馬鹿を従わせているのはいけない。国民みんなの中の利口な人は自分がしっかりして政府に従わないようにしないといけない。利口な人は馬鹿に本当のことを教えてやって馬鹿がまちがったことをしないようにしてやらねばならない。しかし、馬鹿がいつまでたっても本当のことがわからずこのままずっと政府に従い続けるなら、国民みんな(もちろん利口な人)が実力行使で政府もろとも馬鹿もいっしょに倒すしかない。

[22049] 飴[あめ]と鞭[むち] h27.7.22
今から約35年前、私が高校生の頃「倫理社会一問一答」という参考書を買って読んでいた。私は子供の頃から社会科が苦手だったが、この本だけは理解できると思って一生懸命に何べんも繰り返し読んで問題の横にあるボックスにチェックして自分がわからないことがなくなるまで勉強した。その本には「飴と鞭」というコラムが載っていた。
「飴と鞭」とは、政治機関が国民みんなに善いことをする反面国民みんなに悪いこともすることである。政治機関は国民みんなを喜ばせたり国民みんなを嫌がらせたりして国民みんなを支配しているのである。
しかし、それは政治機関に対する偏見[へんけん]である。本当は、政治機関は国民みんなが喜ぶことだけしないといけない。日本人と外人では人種が違うから脳が違うから心が違うから、外人は日本人が嫌がることで喜ぶので、日本人から見ると外国の政治機関が外人を嫌がらせることをしているように見えるので「飴と鞭」のように思えるのである。本当は、外国の政治機関は外人を喜ばせることばかりしているのである。だから、日本政府がいくら科学に力を入れて国民みんなの物やお金を豊かにしているからといって国民みんなを虐[いじ]めていいわけではない。本来は、日本の政治機関は国民みんなの物やお金を豊かにした上に、国民みんなに善いことをして国民みんなを喜ばさないといけない。
その参考書にはまた「アンガージュマン制度」というコラムが載っていた。「アンガージュマン制度」とは、国民みんなにとっては政治機関が何をやっているのかわからないから、国民みんなで委員会を設けて政治機関の中に立ち入って政治機関を調査すればいいということである。しかし、政治機関はもともとひとつの文化の国を作る団体だから、たとえ政治機関が具体的に何をやっているかわからなくても、政治機関を理解することができる。例えば、日本政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、ヨーロッパ文化が日本人を幸福にしなければ、日本人は日本政府を倒せばいいことがわかる。「アンガージュマン制度」なんかなくても、政府がどういう団体であるかがわかる。国民みんなが政府をどうすればいいかがわかる。
その参考書はナントカ大学の教授が書いていたが、年寄りの先生は『文化人類学』なんか知らないから「飴と鞭」みたいな見方をしているのだろう。年寄りの先生はいまだに「日本政府が国民みんなを幸福にしている」と思って政府に従っているのだろう。しかし、今の若い人は『文化人類学』を知っている。今の若い人は『日本政府が国民みんなを不幸にしている』ことがわかる。だから、今の若い人はまじめに日本文化をやって日本政府を倒して国民みんなが幸福に暮らせる国にしないといけない。
その参考書には「キルケゴールが恋人のレギーネ=オルセンにふられて『死に至る病』を書いた」ことが書かれていた。私はその挿絵[さしえ]がおかしくて気に入っていた。キルケゴールは『自分の心を肯定して生きる道』を拓[ひら]いた先駆者の一人である。昔の人は「自分が正しいことをしないといけない」と思って自分が嫌なことでも必死で我慢[がまん]してやっていた。今の人は『自分が好きなことをしないといけない』と思って自分の心を肯定して自分が好きなことだけやって嫌いなことをやらないようにして自分の心を満足して幸福に暮らさないといけない。
[22050] 人間は正しいことに従わねばならない。 h27.7.23
『日本人とヨーロッパ人は違う。日本人は物やお金が豊かで他人に善いことをしたり他人から善いことをされるのが好きである。ヨーロッパ人は物やお金が豊かで他人に悪いことをしたり他人から悪いことをされるのが好きである。日本文化では科学をやって物やお金を豊かにして他人に善いことをしなければならない。ヨーロッパ文化では科学をやって物やお金を豊かにして他人に悪いことをしなければならない。日本人が幸福に暮らすためにはヨーロッパ文化をやらず、日本文化をやらねばならない。日本政府はヨーロッパ文化の国を作る団体である。つまり、日本政府はヨーロッパ人の心を満足する団体である。だから、日本政府は国民みんなに科学をやらせて物やお金を豊かにして、国民みんなに悪いことをやらせて、自分も国民みんなに悪いことをやる。日本政府は国民みんなに命令してお金を強盗したり(税金のこと)戦争をさせたり国家宗教で事件や事故を起こさせて人殺しをさせたり国民みんなを虐[いじ]める政策をやらせたりする。日本政府はヨーロッパ人を幸福にするが、日本人を幸福にしない。だから、日本人が幸福に暮らすためには日本政府に従ってはいけない。』ことは正しい考えである。戦後の日本では正しいことだと考えられている。
人間は正しいことに従わねばならない。人間は正しいことには従うしかないから、正しいことに従わねばならない。正しいことを知って正しいことをやらねばならない。たとえ自分以外のみんなが正しいことに従わなくても、自分は正しいことに従わねばならない。
だから、今の国民みんなは正しい考えに従って日本文化をやって、日本政府に従わなくなっている。日本政府の命令を聞かなくなって政府にお金をやらなくなって政府を倒している。日本政府から納税通知書が送られてきても馬鹿ぬかせと思って引き裂いて捨てている。
しかし、国民みんなの一部の馬鹿は正しいことを知らないから、自分が日本文化をやるだけで、日本政府に従っている。馬鹿は国民みんなが善いことだけやって悪いことをやっていないのを眼で見て真似[まね]て自分も善いことだけやって悪いことをやらないようにして日本文化をやっているが、国民みんなが政府に従っていないことは眼で見えないから自分が政府に従わないことを真似せず、政府がテレビや新聞で「日本政府は国民みんなを幸福にしている」と言っているのを見て、それを真[ま]に受けて政府に従っているのである。馬鹿は他人を疑うことを知らないから他人の嘘[うそ]にすぐに騙[だま]されるのである。馬鹿は「国民みんなを幸せにするためだ」と思って政府の命令で政府に税金を払ったり国家宗教で事件や事故を起こして他人を殺したりしているのである。馬鹿は論理性がないからそれで納得しているのである。
政府は『国民みんなの中に馬鹿がたくさんいる』ことを利用して、馬鹿を騙してしぶとく生き残っているのである。
馬鹿は正しいことを知らないから政府に従っているのである。馬鹿が正しいことを知れば政府に従わなくなる。だから、国民みんなは馬鹿に正しいことを教えねばならない。早く国民全員で正しいことを知って政府に従わなくなって政府を倒さねばならない。国民全員で日本文化をやって幸福に暮らさねばならない。
馬鹿は眼で見ることがわかるだけで頭で考えることがわからないから、馬鹿に言葉で『今の国民みんなが政府に従ってはいけない』理屈を説明するよりも、『国民みんなが政府に従っていない』ところを見せたほうがいいだろう。大勢の国民が政府に従っていないビデオを見せて納得させればいいだろう。“大勢の国民が政府の納税通知書を引き裂いてゴミ箱に捨てて税金を払わず、政府から指令の電話がかかってきても無視して従わず、政府の意地悪[いじわる]な政策をやらないビデオやマンガ”を馬鹿に見せて『今の国民みんなが政府に従っていない』ことをわからせればいいだろう。“政府が裏では国民みんなに命令して事件や事故を起こさせて人殺しをさせたり意地悪な政策をやって国民みんなを苦しめているビデオやマンガ”を見せて『政府が国民みんなを不幸にしている』ことをわからせればいいだろう。

[22051] 今の日本政府は馬鹿を手下[てした]にして国民みんなに嫌がらせをしている。☆ h27.7.23
国民みんなは利口と馬鹿からなる。国民みんなは見た目は同じだが、じつは利口と馬鹿に分かれている。利口な人は自分で考えるが、馬鹿は他人を眼で見て真似[まね]たり、他人の言いなりになるだけである。
政府は正しいことを知っているのに正しいことに従わない悪い団体である。
昭和40年(1965年)頃に利口な人は『日本人とヨーロッパ人は違う。ヨーロッパ人は悪いことが好きだが、日本人は悪いことが嫌いである。日本人はヨーロッパ文化では幸福になれない。日本人が幸福になるためには日本文化をやらねばならない。日本政府はヨーロッパ文化の国を作るから、日本政府は日本人を不幸にするから、日本人は日本政府に従ってはいけない。』と考えて、善いことだけやって悪いことをやめて日本文化をやって、日本政府に従わないことにした。日本政府の命令を聞かなくなって政府に税金を払わなくなって政府を倒している。
日本政府は『日本人はヨーロッパ文化では幸福になれない』ことや『自分が国民みんなを不幸にする』ことを知っているにもかかわらず、その後もヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にしている。
一方、馬鹿は正しいことがわからず、利口な人を眼で見て真似て善いことだけやって悪いことをやめて日本文化をやっているが、政府の嘘[うそ]に騙[だま]されて「日本政府は国民みんなを幸福にする」と思って、政府に従っている。今はテレビやマンガの時代なので、馬鹿はテレビやマンガばっかり見て利口な人の話をまったく聞こうとしないので正しいことがわからず政府に騙されたままなのである。
今の日本政府は馬鹿を騙して馬鹿からお金を取って、馬鹿に命令して馬鹿に悪いことをやらせて国民みんなを不幸にしている。今の日本政府は馬鹿を手下にして国民みんなに嫌がらせをしている。
今の国民みんなが政府に不幸にされているのは、馬鹿が政府の嘘に騙されて政府に従わされているからである。だから、今の国民みんなが政府に不幸にされないためには、馬鹿に正しいことを教えて馬鹿が政府に従わないようにすればいい。国民みんなは言葉やビデオやマンガなどを使って馬鹿に正しいことを教えて馬鹿を政府に従わないようにさせればいいのである。
今から約30年前私が九州大学医学部に合格して高知の実家を離れて福岡で暮らすことになったとき、親戚一同に高知空港で私を見送ってもらったが、そのとき私の父親は私に「宗教団体と関わったりせられんで」と注意してくれた。しかし、父親は私に「政府に従ったらいかんで」「政府に税金を払ったらいかんで」とは言わなかった。そのために、私は8年前ぐらいまでずっと政府に従って政府の命令を聞いて人殺しをしたことはないが、政府に税金を払っていた。子供は政府のことなんかわからないから、親が子供に政府のことを教えてやらねばならない。親が子供に「日本政府は馬鹿な国民を騙して国民みんなを不幸にしている悪い団体だ」「政府に関わったらいかん」「政府に税金を払ったらいかん」と注意してやればいい。そうやって、国民みんなで政府に従わないようにして政府を倒せばいい。
国民みんなは国の最高権力者である。だから、国民は政府なんかよりも国民みんなに従わねばならない。国民みんなの総意は利口な人の正しい考えであって、馬鹿がやっていることではない。だから、国民は利口な人の正しい考えに従って、馬鹿がやっていることに従ってはいけない。今の利口な人の正しい考えは『日本政府は国民みんなを不幸にする団体だから、国民みんなは政府に従ってはいけない』ことだから、国民は利口な人の正しい考えに従って日本政府に従ってはいけない。国民は政府の命令を聞かないようにして政府に税金を払ったり、国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをしたりしてはいけない。
日本人は日本文化をやれば幸福になる。日本人がヨーロッパ文化をやれば不幸になる。利口な人は国民みんなに日本文化をやらせる。反対に、日本政府は国民みんなにヨーロッパ文化をやらせる。日本政府は国民みんなにヨーロッパ文化をやらせる団体である。利口な人は国民みんなを幸福にし、政府は国民みんなを不幸にする。今の国民みんなが幸福なのは政府のおかげではなく利口な人のおかげである。だから、国民みんなは利口な人を守って政府を倒さねばならない。国民みんなは利口な人にお金をやって利口な人を守って、政府にお金をやらないようにして政府を倒さねばならない。戦後の日本政府は日本文化の国を作っているふりをして、じつはヨーロッパ文化の国を作っている。日本政府は国民みんなに日本文化をやらせているふりをして、じつはヨーロッパ文化をやらせている。特にこのごろの日本政府は国民みんなに日本文化をやらせているふりをしてヨーロッパ文化をやらせていることを一般化して、国民みんなに国民みんなを幸福にすることをやらせているふりをして、じつは国民みんなを不幸にすることをやらせている。政府は国民みんなを幸福にしているふりをして、じつは不幸にしている。政府は善い人のふりをして、じつは悪い人である。つまり、政府は陰険[いんけん]である。国民みんなは政府に騙されてはいけない。国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなが政府をどうしようが国民みんなの勝手だから、国民みんなは自分が幸福になるために政府を倒さねばならない。近代の国民みんなは自分が幸福になるために国民みんなにヨーロッパ文化をやらせる政府に従っていた。だから、今の国民みんなも自分が幸福になるために、国民みんなに国民みんなが不幸になることをやらせる政府を倒せばいいのである。国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなは自分が幸福になるためにはどんなことでもやっていいから、国民みんなで政府に従うのをやめて政府にお金をやるのをやめて政府を倒せばいいのである。近代の国民みんなは自分の幸福に真剣だったから戦争なんかがやれたのである。中途半端[ちゅうとはんぱ]な気持ちで戦争なんかがやれるわけがない。昔の国民みんなは「自分が戦争をやると幸福になれる」と思っていたから、国民みんなは自分が幸福になるためにまじめに戦争をやったのである。だから、今の国民みんなも自分の幸福にもっと真剣になって自分の幸福を邪魔[じゃま]する政府と戦って政府に従わないようにして政府にお金をやらないようにして政府を倒さねばならない。今の国民みんなは『自分が政府に従わなければ幸福になれる』と思っているから、国民みんなは自分が幸福になるためにまじめに政府に従わなければいいのである。国民みんなは自分が幸福になろうとすれば幸福になれる。反対に、国民みんなは自分が幸福になろうとしなければ幸福になれない。国民みんなが幸福になるかならないかは国民みんな自身の態度しだいである。だから、今の国民みんなは自分が幸福になるために国民みんなに国民みんなが不幸になることをやらせる政府を倒せばいいのである。国民みんなは政府に従わないようにして政府にお金をやらないようにして政府を倒せばいいのである。日本政府は国民みんなを不幸にする団体だから、国民がいくら政府に従っても国民は幸福になれない。だから、国民は自分が不幸にならないために政府に従うのをやめればいいのである。国民みんなが国の最高権力者だから、国民は国民みんなが幸福になることをすればいいのである。そうすれば国民みんなが喜んで、逆に国民が国民みんなに幸福にしてもらえるからそうすればいいのである。今の政府は国民みんなを不幸にしている。だから、国民は国民みんなを喜ばせるために政府に従うのをやめて政府を倒せばいいのである。国民が政府を倒すと国民みんなの一部の馬鹿は怒るが、馬鹿はどうでもいいから無視すればいいのである。
日本政府の中には国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをすることや国民みんなを虐[いじ]める政策を考える者が何万人も何十万人もいて年がら年中毎日24時間悪知恵を絞[しぼ]って国民みんなをありとあらゆる方法で嫌がらせることを計画して実行している。そのために、今の日本がどんどん日本国民みんなにとって不幸なことばかりあって幸福なことのない国になっている。早く国民みんなで政府を倒して、日本を国民みんなにとって幸福な国にしないといけない。
[22052] 今の政府は『浦島太郎』の二の舞である。 h27.7.23
国民みんなは国の最高権力者である。だから、国民みんなは自分が幸福になるためには何をやってもかまわない。国民みんなは自分が幸福になるためなら政府や幕府を倒していい。
ただし、国民みんなは利口と馬鹿からなる。利口は自分で正しく考えて正しく行動する。馬鹿は他人を眼で見て真似[まね]て、他人の言いなりになるだけである。
政府や幕府は自分が国民みんなに倒されそうになると嘘[うそ]をついて自分を守る。幕府は「今のヨーロッパは暗黒時代でみんなが不幸に暮らしている」と嘘をついたり、政府は「自分は民主主義の政治機関だから、国民みんなを幸福にする」と嘘をついている。
江戸時代後期の利口な人は「今のヨーロッパでは文明が進んでみんなが幸福に暮らしている。国民みんながヨーロッパ文化をやれば幸福になれる。幕府は国民みんなにアジア文化をやらせて国民みんなを不幸にするから、国民みんなは幕府に従ってはいけない」と思って、ヨーロッパ文化をやって幕府に従わなくなった。そのため、幕府は「今のヨーロッパは暗黒時代だからみんなが不幸に暮らしている」と嘘をついて馬鹿を騙[だま]して自分の身を守っていた。しかし、そのうち黒船が日本に来て馬鹿が『今のヨーロッパは文明が進んでみんなが幸福に暮らしている』と思って、ヨーロッパ文化をやって幕府に従わなくなって幕府が倒れた。
近代の利口な人は「国民みんなはヨーロッパ文化をやれば幸福になる。政府は国民みんなにヨーロッパ文化をやらせて国民みんなを幸福にしてくれる」と思っていたから、ヨーロッパ文化をやって政府に従っていた。馬鹿は利口な人を眼で見て真似[まね]てヨーロッパ文化をやって、政府に従っていた。
今の利口な人は『国民みんなは日本文化をやれば幸福になる。政府は国民みんなにヨーロッパ文化をやらせて国民みんなを不幸にする』と思っているから、日本文化をやって、政府に従っていない。今の利口な人は政府に従わず政府にお金をやらず政府を倒している。一方、馬鹿は利口な人を眼で見て真似て日本文化をやっているが、政府の嘘に騙されて「政府は民主主義の政治機関だから、政府は国民みんなに従って日本文化の国を作って国民みんなを幸福にしている」と思って政府に従っている。
中世の日本では利口な人が『国民みんなはアジア文化をやれば幸福になる。政府は国民みんなにヨーロッパ文化をやらせて国民みんなを不幸にする』と思って、ヨーロッパ文化をやめてアジア文化をやるようになって、政府に従わなくなった。中世の利口な人は政府に従わず政府にお金をやらず政府を倒していた。そこで、日本政府は「自分は民主主義の政治機関だから、アジア文化の国を作って国民みんなを幸福にする」と嘘をついて、アジア文化の国を作っているふりをするようになった。馬鹿は利口な人を眼で見て真似てアジア文化をやっていたが、しばらく政府の嘘に騙されて「政府は民主主義の政治機関だから、政府は国民みんなに従ってアジア文化の国を作って国民みんなを幸福にしている」と思って政府に従っていた。しかし、そのうち馬鹿は『政府が本当はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にしている』ことがわかって政府に従わなくなって政府が滅んだ。それが『浦島太郎』のおとぎ話である。
それと同じように、現代の日本では利口な人がヨーロッパ文化をやめて日本文化をやるようになっている。利口な人が政府に従わなくなって政府を倒している。そのため、政府は「自分は民主主義の政治機関だから、日本文化の国を作って国民みんなを幸福にする」と嘘をついて、日本文化の国を作っているふりをしている。馬鹿はしばらく政府に騙されて政府に従っているが、そのうち『政府は本当はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にしている』ことがわかって政府に従わなくなって政府が滅ぶだろう。今の政府が国民みんなから税金を取ったり国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをしたり国民みんなを虐[いじ]める政策をやったりしているのは、政府がヨーロッパ文化の国を作る政治機関である証拠である。だから、馬鹿は『自分が政府に騙されている』ことを知って政府に従うのをやめて政府を倒せばいいのである。
今の日本では国民みんなが日本文化をやっている。政府が一人でヨーロッパ文化をやっている。政府は嘘で騙して持っているだけである。本当は政府は国民みんなにヨーロッパ文化をやらせて国民みんなを不幸にしているから、国民みんなで政府に従わなくなって政府を倒せばいい。国民みんなは政府に従うのをやめて政府の命令を聞くのをやめて政府にお金をやるのをやめて政府を倒せばいいのである。
[22053] 今の政府は自分の身を守るために嘘[うそ]をついている。☆ h27.7.23
国民みんなは利口と馬鹿からなる。(私が高知学芸高等学校の3年生のときに担任の馬島一[まじまかず]先生が黒板にΛΛ(ふたこぶラクダの背中)の図を描いて「このクラスの成績を図にするとこのようになる。2つのグループに分かれている。」と言ったことがある。どこの国でも国民みんなは利口と馬鹿に分かれているものである。)
昭和40年(1965年)頃に利口な人は『日本人が幸福になるためには日本文化をやらねばならない。日本政府はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にするから、国民みんなは日本政府に従ってはいけない』と正しく考えて、日本文化をやって、日本政府に従わなくなった。日本政府の命令を聞かなくなって政府に税金を払わなくなって政府を倒すようになった。その後もずっと利口な人は政府に従わず政府に税金を払わず政府を倒し続けている。
そのため、日本政府は自分の身を守るために「自分は民主主義の政治機関だから、日本文化の国を作って国民みんなを幸福にしている」と嘘をつくようになった。
馬鹿は利口な人を眼で見て真似[まね]て日本文化をやるようになった。つまり、善いことだけやって悪いことをやらなくなった。しかし、馬鹿は正しいことがわからないので政府の嘘に騙[だま]されて「政府が国民みんなを幸福にしている」と思って政府に従った。政府は馬鹿に命令して馬鹿から税金を取って、馬鹿に命令して悪いことをやらせて国民みんなを不幸にさせていた。
利口な人は自分が政府に不幸にされるのが嫌なので、馬鹿に正しいことを教えて馬鹿に『政府が国民みんなを不幸にしている』ことをわからせて政府に従わないようにさせている。馬鹿は政府に従わなくなって政府の命令を聞かなくなって政府に税金を払ったり、悪いことをしなくなっている。政府がしだいに滅んで、世の中が平和になっている。
政府が嘘で騙すのは一時[いちじ]しのぎである。政府はどうせ自分が国民みんなに倒されるのを覚悟している。大雑把[おおざっぱ]には、国民みんなが文化を変えたために古い政治機関が滅ぶだけのことである。今の政府は自分が倒れるまでの間に、ゴチャゴチャいろんなことをやっているだけである。心配性の者が悲観しすぎるのがいけないのである。今は国民みんなが古い政治機関を倒すときである。国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなが政治機関をどうしようが国民みんなの勝手である。古い政治機関は国民みんなを不幸にするから、国民みんなは自分が幸福になるために古い政治機関を倒せばいいのである。だから、国民みんなは政府がやっているいろんなことに惑[まど]わされないようにして、余計なことを考えずに政府を倒せばいいのである。
[22054] 今の国民みんなは政府を倒している。☆ h27.7.24
日本では江戸時代後期になると利口な人が「今のヨーロッパでは文明が進んでみんなが幸福に暮らしている。日本でも国民みんなは幸福になるためにヨーロッパ文化をやらねばならない。幕府はアジア文化の国を作って国民みんなを不幸にするから、国民みんなは幕府に従ってはいけない。」と考えて、ヨーロッパ文化をやって、幕府に従わなくなった。自分勝手にヨーロッパ文化を受け入れてヨーロッパ文化をやって、幕府の命令を聞かなくなって幕府に年貢[ねんぐ]を納めなくなって幕府を倒すようになった。
そのため、幕府は国民みんなに「今のヨーロッパは暗黒時代でみんなが不幸に暮らしている」と嘘[うそ]をついた。
馬鹿は幕府の嘘に騙[だま]されてアジア文化をやって幕府に従い続けた。幕府の命令を聞いて幕府に年貢を払い続けた。
しかし、そのうち黒船が来たり、写真が発明されてヨーロッパから大量の写真が入ってくるようになって、馬鹿も『今のヨーロッパでは文明が発達してみんなが幸福に暮らしている』ことを信じて、ヨーロッパ文化をやるようになって、幕府に従わなくなって幕府を倒した。
それと同じように、今の日本では利口な人が『日本では国民みんなが幸福に暮らすためには日本文化をやらねばならない。日本政府はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にするから、国民みんなは政府に従ってはいけない。』と考えて、日本文化をやって、政府に従わなくなった。自分で日本人の心を理解して日本文化を決めて日本文化をやって、政府の命令を聞かなくなって政府に税金を払わなくなって政府を倒すようになった。
そのため、政府は国民みんなに「今の政府は国民みんなに従って日本文化の国を作って国民みんなを幸福にしている」と嘘をついている。
馬鹿は政府の嘘に騙されて「政府が国民みんなを幸福にする善い団体だ」と思って政府に従い続けている。政府の命令を聞いて政府に税金を払ったり、国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをしたりしている。(それが善い団体のすることか!?)
しかし、そのうち利口な人が馬鹿に正しいことを教えるようになって、馬鹿も『政府は国民みんなを不幸にしている』ことを信じて、日本政府に従わなくなって政府に税金を払わなくなって政府を倒すようになっている。政府が滅んで、日本が平和になっている。めでたし、めでたし。
歴史は繰り返す。中世の終りには国民みんなで幕府を倒したし、今の近代の終りには国民みんなで政府を倒している。国民みんなは同じようにやればいいだけである。国民みんなは国の最高権力者である。国は国民みんなのものである。国民みんなは自分が幸福になるために、自分を不幸にする団体を倒せばいいのである。今の国民みんなは未来の日本を国民みんなにとって幸福な国にするために政府を倒さなければならない。
国民みんなは国の最高権力者である。国民みんなは国の支配者である。だから、国民みんなが政治機関に従う必要はない。国民みんなが政府に従わなくていい。近代の国民みんなが政府に従っていたのは、国民みんなが幸福になるためである。近代の国民みんなは自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になると思っていたから、政府は国民みんなにヨーロッパ文化をやらせていたから、国民みんなは自分が幸福になるために政府に従っていたのである。しかし、今の国民みんなは自分がヨーロッパ文化をやれば不幸になると思っているから、政府は国民みんなにヨーロッパ文化をやらせて国民みんなを不幸にしているから、国民みんなは自分が幸福になるためには政府に従わなければいい。今の日本国民は自分が幸福になるためには政府に従ってはいけない。だから、今の日本では国民みんながいくら政府に命令されても政府に従わなければいいのである。利口な人は正しいことがわかるからすでにそうしている。馬鹿な国民は正しいことがわからないから今でも政府に従っている。国民みんなは自分でよく考えて正しいことをしないといけない。
国民みんなは国の最高権力者である。だから、政治機関が国民みんなに従わねばならない。国民みんなが政府を自分に従わせればいい。今の政府は国民みんなを不幸にしているから、今の国民みんなにとっては政府がなくなったほうがいいから、国民みんなは政府を倒せばいいのである。国民みんなは政府の命令を聞かず政府に税金を払わず政府を倒せばいいのである。そうやって、国民みんなが自分の国を自分にとって幸福に暮らせるようにすればいいのである。
今の日本では政府が嘘ばっかり言っているから国民みんなの頭がこんがらがって政府の問題が難しくなっているのである。本当は簡単なのである。国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなが政府を自分の自由にすればいいから、政府は国民みんなを不幸にするから、国民みんなにとっては政府がなくなったほうがいいから、国民みんなが政府を倒せばいいだけである。国民みんなはいくら政府に命令されても政府の命令を聞かず政府に税金を払わず政府を倒せばいいのである。国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなには政府を自分の好き放題にしてもいい特権があるから、国民みんなは政府を自分の自由にすればいいのである。国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなのほうが政府よりも強いから、国民みんなが政府に対して何をしても政府は国民みんなにおとなしく従うしかないのである。それが政府の本当の姿なのである。国民みんなの前では無力で弱いのが政府の真[しん]の姿である。だから、国民みんなで早く国民みんなを不幸にする政府を倒して国民みんなで幸福に暮らせばいいのである。
[22055] 国民みんなは馬鹿をやめねばならない。 h27.7.24
今では『日本人は日本文化で幸福に暮らせる』ことがわかっているから、国民みんなが日本文化をやっている。
ところが、日本政府は昔と同じようにヨーロッパ文化の国を作っている。今では『日本人はヨーロッパ文化では不幸に暮らさねばならない』ことがわかっているから、政府は国民みんなを不幸にしている。
国民みんなは国の最高権力者である。だから、国民みんなが政府を倒すも守るも国民みんなの自由である。日本政府は国民みんなを不幸にしているから、国民みんなにとっては政府がなくなったほうがいいから、国民みんなは政府を倒せばいい。国民みんなは政府の命令を聞くのをやめて政府にお金をやるのをやめて政府を倒せばいい。国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなが政府よりも強いから、国民みんなが政府に従わなくなって政府に税金を払わなくなって政府を倒しても政府は国民みんなに文句が言えない。政府はおとなしく国民みんなに従うしかない。
だから、今では国民みんなが政府を倒すようになっている。今でも政府を守っているのは、政府の嘘[うそ]に騙[だま]されて「政府が民主主義の政治機関だから、政府が国民みんなを幸福にする」と思っている馬鹿だけである。
国民みんなは早く馬鹿をやめて政府を倒さねばならない。

[22056] 「政府が国の最高権力者だ」と誤解している国民も政府に従っている。
h27.7.24
今の国民の多くは「国民みんなが政府に従わねばならない」「政府が国の最高権力者だ」と誤解しているために、政府におとなしく従っている。
今の国民の多くが「国民みんなが政府に従わねばならない」「政府が国の最高権力者だ」と誤解しているのは、近代の国民みんなが政府に従っていたからである。
近代の政府は国民みんなに命令して国民みんなから高い税金を取ったり国民みんなにつらい戦争をさせたり国民みんなを国家宗教の事件や事故で殺したり国民みんなを虐[いじ]める政策をやらせたりしていた。
今の国民みんなにとっては「近代の政府が国民みんなを不幸にしていた」としか思えない。だから、今の国民みんなは「国民みんなが政府に従わねばならない」とか「政府が国の最高権力者だ」と思って、今の政府も近代の政府と同じように国民みんなに嫌がらせをやっているから本当は自分は政府に従いたくないのに、いやいやしかたなく政府に従っているのである。
しかし、本当は『近代の政府は国民みんなを幸福にしていた』のである。近代の日本では国民みんなが「日本人と外人は同じだ。今のヨーロッパ人は幸福に暮らしている。だから、日本人はヨーロッパ文化をやれば幸福になれる。」と思って、自分が幸福になるためにヨーロッパ文化をやっていた。ヨーロッパでは政府が国民みんなに命令して国民みんなから高い税金を取ったり国民みんなにつらい戦争をやらせたり国民みんなを国家宗教の事件や事故で殺したり国民みんなを虐める政策をやったりしていた。だから、近代の日本では国民みんなが自分が幸福になるために自分から喜んで政府の命令を聞いて政府に高い税金を払ったりつらい戦争をやったり国家宗教の事件や事故で殺されたり国民みんなを虐める政策をやったりしていたのである。近代の日本では国民みんなが自分が幸福になるために政府に国民みんなに命令させて国民みんなから税金を取らせたり国民みんなに戦争をやらせたり国民みんなを国家宗教の事件や事故で殺させたり国民みんなを虐める政策をやらせたりしたのである。もっとも、実際には、『日本人とヨーロッパ人では心が違う』から、日本人は他人に悪いことをされるのが嫌いだが、ヨーロッパ人は他人に悪いことをされるのが好きだから、近代の日本では政府は国民みんなを不幸にしていたのである。近代の日本では国民みんなは政府に不幸にされていたのである。
近代の日本では国民みんなは「政府が国民みんなを幸福にしている」と思っていたから、自分が幸福になるために政府に従っていたのである。近代の国民みんなは「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と信じていたから、自分が幸福になるために日本政府にヨーロッパ政府と同じことをさせていたのである。国民みんなが政府に命令して国民みんなにヨーロッパ文化をやらせていたのである。だから、本当は、政府が国民みんなに従っていたのである。国民みんなが政府を国民みんなに従わせていたのである。国民みんなが「政府が国民みんなにヨーロッパ文化をやらせて国民みんなを幸福にしてくれている」と思っていたので、国民みんなが政府があったほうがいいと思っていたので、政府に従って政府の命令を聞いて政府に税金を払って政府を守っていたのである。
だから、本当は『政府が国民みんなに従わねばならない』『国民みんなが国の最高権力者である』のである。
今では『文化人類学』が出来て、今の日本では国民みんなは『日本人と外人は人種が違うから脳が違うから心が違う。日本人がヨーロッパ文化をやると不幸になる。日本人が幸福になるためには日本文化をやらねばならない』と考えて、日本文化をやっている。一方、政府は昔と同じようにヨーロッパ文化の国を作っている。政府は国民みんなにヨーロッパ文化をやらせている。政府は国民みんなを不幸にしている。国民みんなが国の最高権力者だから、今の国民みんなにとっては自分が幸福になるためには政府が要らないから、政府がなくなったほうがいいから、国民みんなは政府に従わず政府の命令を聞かず政府に税金を払わず政府を倒せばいいのである。
今の政府は政府の嘘[うそ]に騙[だま]されて「政府は民主主義の政治機関だから、国民みんなを幸福にしている」と思っている馬鹿と、「政府が国の最高権力者だ」「国民みんなは政府に従わねばならない」と誤解している馬鹿の2つの馬鹿によって支えられている。2つの馬鹿が政府に従って、政府の命令を聞いて政府に税金を払ったり、政府の命令を聞いて国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをしたり国民みんなを虐める政策をやったりしているのである。
政府について正しいことを知っている者は、『国民みんなが国の最高権力者であり、政府はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にしているから、国民みんなにとっては政府がなくなったほうがいいから、国民みんなは政府を倒せばいい』と考えて、政府を倒している。政府に従わず政府の命令を聞かず政府に税金を払わないようにして政府を倒している。
馬鹿は利口な人を見習って、もっと社会科をよく勉強して、『国民みんなが国の最高権力者である』ことや『日本人と外人は心が違う』ことや『今の政府が本当はヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にしている』ことなどを知って、政府に従うのをやめて政府を倒さねばならない。利口な人は馬鹿に正しいことを教えてやって、馬鹿に政府に従うのをやめさせて政府を倒すようにさせねばならない。
今の日本には“古い政治機関を潰[つぶ]す会社”がないから、日本政府が滅ぶのが遅れているのである。日本に“古い政治機関を潰す仕事”があれば、もっと早く古い政治機関が潰れて、国民みんなが早く幸福に暮らせる国になる。古い政治機関を倒す会社がテレビや新聞や雑誌などを介して国民みんなに正しいことを教えてやって国民みんなを指揮して国民みんなに古い政治機関を倒させるのである。そのお礼に国民みんなからお金をもらうのである。今はまだ国民の有志[ゆうし]が無料で古い政治機関を倒す仕事をやっている。だから、日本政府が滅ぶのが遅いのである。今度からは国民みんなの文化や制度が変わったらすぐに“古い政治機関を潰す会社”を建てて古い政治機関を倒すようにすればいいだろう。
[22057] 国民みんなが文化を変えたときには国民みんなで古い政治機関を潰[つぶ]さねばならない。
h27.7.25
『国民みんなが国の最高権力者である』ことは国家の基本原理である。世界中のどこの国でもどんな時代でもこの原理が通用する。つまり、国民みんなには“自分の国を自分の好きなようにできる権利”がある。
国民みんなが文化を変えたときには、国民みんなで古い政治機関を潰さねばならない。国民みんなは国の最高権力者であり、古い政治機関は国民みんなが不幸に暮らさねばならない国を作っているから、国民みんなが幸福であるためには古い政治機関が邪魔[じゃま]だから、国民みんなにとっては古い政治機関がなくなったほうがいいから、国民みんなは古い政治機関を倒せばいいのである。
日本ではこれまで国民みんながずっとそうしてきたし、これからもずっとそうしないといけない。
今の日本では国民みんなは日本文化をやっているが、日本政府は昔と同じようにヨーロッパ文化の国を作っているから、政府が国民みんなを不幸にしているから、国民みんなにとっては政府がなくなったほうがいいから、国民みんなは政府を倒さねばならない。政府が命令を出そうが出すまいがとにかく政府にお金(税金その他)をやらないようにして政府を倒さねばならない。それでも足りなければ、政府の建物を破壊したり、政府の者を殺したりして政府を倒さなければならない。
国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなが政府をどうしようが国民みんなの勝手だから、国民みんなが政府を自分の好き放題にしても政府は国民みんなに文句が言えないから、国民みんなは自分の好きな方法で政府を倒せばいいのである。
今の国民みんなは自分がヨーロッパ文化から日本文化に変えたので「これで日本が日本文化の国になった」と思って「もはや自分にはやることがない」と思って安心している。しかし、今の日本はまだ日本文化の国になっていない。日本が日本文化の国になるのはまだ先である。国民みんなが古い政治機関を倒してはじめて日本が新しい文化の国になるのである。今の国民みんなにはまだやらねばならないことがある。今の国民みんなにはやり残していることがある。今の国民みんなは自分がやらねばならないことを忘れている。国民みんなは早く日本政府を倒して、日本を日本文化の国にして、国民みんなで幸福に暮らせるようにしなければならない。
実際に、かなりの数の国民がそうしている。かなりの数の国民が政府にお金をやらずに政府を倒している。政府はかなり滅んでいる。政府はかなりお金がなくなって困っている。このまま政府を倒す国民が増えていけばいい。早く国民みんなで政府を倒して、国民みんなで幸福に暮らさねばならない。
国民みんなが文化を変えたとき、政府がすぐに自分で滅んで日本文化の国を作る政治機関に変わらなかったのがいけないのである。そのために、今の政府は国民みんなになぶり殺しにされているのである。政府の自業自得である。政府が早く滅んでも遅く滅んでも滅ぶことに変わりはない。だから、今度からは政治機関は国民みんなの文化が変わったらすぐに滅んで国民みんなと同じ文化の国を作らねばならない。
今の日本では国民みんなが日本文化をやって、政府がヨーロッパ文化をやっている。ひとつの国の中に違う文化をやる者がいる。国が分裂している。日本政府だけで独立国家を築いている。このままでは日本が二つの国に分かれねばならない。国民みんなで早く政府を倒して、国をひとつにまとめねばならない。
[22058] 近代の日本では国民みんなは自分が幸福になるために政府に従っていた。
h27.7.25
国民みんなは国の最高権力者である。国民みんなは自分の好き放題にやっていい。だから、国民みんなは自分が幸福になることをやり不幸になることをやらなければいい。
近代の日本では国民みんなは自分が幸福になるために政府に従っていた。近代の国民みんなは「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と信じていたので、ヨーロッパでは国民みんなが政府(つまりヨーロッパの政治機関)に従っていたので、日本でも国民みんなが自分が幸福になるために政府に従っていたのである。国民みんなは自分が幸福になるために政府の命令を聞いて政府に高い税金を払ったりつらい戦争をやったり国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをしたり国民みんなを虐[いじ]める政策を実行したりしたのである。しかし、実際には『日本人とヨーロッパ人は心が違う』から、ヨーロッパ人は他人に悪いことをされるのが好きだが、日本人は他人に悪いことをされるのが嫌いだから、国民みんなは自分を不幸にしていたのである。ヨーロッパ文化はヨーロッパ人を幸福にするが、日本人を不幸にするのである。
だから、今の国民みんなも自分が幸福になるために政府に従わなければいい。今の国民みんなは『自分が日本文化をやれば幸福になる』と信じているから、日本政府は近代と同じようにヨーロッパ文化の国を作っているから、日本政府は国民みんなを不幸にしているから、国民みんなは自分が幸福になるために政府に従わなければいい。国民みんなは自分が幸福になるために政府の命令を聞かず政府に税金を払わず政府を倒せばいいのである。
今の国民みんなは自分がヨーロッパ文化をやめて日本文化に変えただけで、ヨーロッパ文化の国を作る日本政府を倒していない。中途半端[ちゅうとはんぱ]である。国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなは自分が幸福になることをすればよく、不幸になることをしなければいい。今の日本政府は国民みんなを不幸にしている。国民みんなにとっては政府がなくなったほうがいい。だから、国民みんなは政府の命令を聞かず政府にお金をやらず政府を倒せばいいのである。国民みんなが政府を倒せば、国民みんなの幸福を邪魔[じゃま]する者がいなくなって国民みんなが幸福になる。だから、国民みんなは政府を倒せばいいのである。
今の政府は国民みんなを不幸にするから、国民みんなにとっては政府は要らない人間である。国民みんなにとって政府は要らない人間だから、国民みんなが政府を殺そうが痛めつけようが国民みんなの自由である。国民みんなは自分の好きなやり方で政府を倒せばいいのである。今の政府は国民みんなを不幸にしている。人間にとっては自分を不幸にする者を倒すのは楽しいことである。だから、今の国民みんなは政府を倒して楽しくならねばならない。
[22059] 今の日本では国民みんなが政府と馬鹿を無視しながら暮らしている。
h27.7.25
『国民みんなは国の最高権力者である。』国民みんなは国の支配者である。国は国民みんなのためにある。国民みんなは自分が幸福になるためならなにをやってもかまわない。国民みんなは自分が幸福になる文化をやって、自分を不幸にする政治機関を倒して、自分を幸福にする政治機関に従えばいいのである。
昔の日本では国民みんなが「日本人と外人は同じだ。ヨーロッパ人がヨーロッパ文化をやって幸福になっているから、日本人もヨーロッパ文化をやれば幸福になれる。」と考えていた。だから、昔の日本では国民みんなが自分が幸福になるためにヨーロッパ文化をやっていた。国民みんなは『政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、政府は国民みんなを幸福にしている」と思っていたから、国民みんなは自分が幸福になるために政府に従っていた。政府の命令を聞いて税金や戦争や国家宗教の人殺しや国民みんなを虐[いじ]める政策をやっていた。(しかし、本当は日本人とヨーロッパ人は心が違うから、国民みんなは不幸になっていた。)
今の日本では国民みんなが『日本人と外人は違う。日本人は日本文化をやれば幸福になる。日本人がヨーロッパ文化をやれば不幸になる。』ことがわかっている。だから、今の日本では国民みんなは自分が幸福になるために日本文化をやっている。国民みんなは『政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、政府は国民みんなを不幸にしている。』と考えて、国民みんなは自分が幸福になるために政府を倒している。政府の命令を聞かず政府に税金を払わず政府を倒している。
政府は国民みんなが自分を倒すようになったのを知って、自分が国民みんなに倒されないようにするために「政府は国民みんなに従って日本文化の国を作る団体に生まれ変わった」と嘘[うそ]をついた。しかし、国民みんなは『政府が嘘をついているだけだ』と思って政府を倒し続けた。
ただし、馬鹿は政府の嘘に騙[だま]されて「政府は民主主義の政治機関だから、政府は国民みんなを幸福にしている」と思ったり、近代の日本では国民みんなが政府に従って不幸にされていたことを知って「政府が国の最高権力者だから、国民みんなは政府に従わねばならない」と思ったり、ゲームやマンガばかりやって現実逃避して「現実のことなんかどうでもいい」と思ったりして、政府に従い続けている。馬鹿は政府の命令を聞いて政府に税金を払ったり、政府の手下となって働いて国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをしたり国民みんなを虐める政策を実行したりしている。
国民みんなは政府と馬鹿が悪いことをするのを辛抱[しんぼう]しながら暮らしている。国民みんなは政府と馬鹿が邪魔[じゃま]だと思いながら暮らしている。国民みんなは『馬鹿は死ななきゃ直らない』と思って、政府と馬鹿を無視しながら、自分が一生懸命まじめに日本文化をやって暮らしている。
今の国民みんなは政府と馬鹿を無視して自分たちだけで日本文化をやって暮らしている。今の国民みんなは自分たちだけで日本文化をやって自分たちの心を満足して幸福に暮らしている。
これが今の日本の真の姿である。テレビや新聞でやっているのは嘘である。テレビや新聞でやっているのはフィクションである。国民みんなはテレビや新聞の嘘に騙されないようにして、政府に従わないようにして、一生懸命に幸福に暮らさねばならない。
国民みんなが国の文化を変えるときは、@国民みんなが自分の文化を変えて古い政治機関を倒す時期、A馬鹿が古い政治機関に従って古い文化をやっている時期、B国民みんなが実力行使で馬鹿もろとも古い政治機関を倒す時期の3つに分かれている。今はまだ第2段階である。もうすぐ“国民が自分で社会のことを考えるための時間”が切れて第3段階に入る。国民は自分が国民みんなに政府といっしょに倒されないために、早く政府に従うのをやめねばらない。
[22060] 日本政府は日本人を不幸にする団体である。 h27.7.26
日本政府はヨーロッパ文化の国を作る団体である。昔も今もそうである。ヨーロッパ人は物やお金が豊かなのが好きで貧乏が嫌いで、頭で考えるのが嫌いで眼で見るのが好きで、善いことが嫌いで悪いことが好きである。そのため、日本政府は国民みんなに科学を教えて国民みんなから取ったお金の一部を科学や産業に回して科学や産業を発達させて国民みんなの物やお金を豊かにさせて、国民みんなに言葉を教えないようにして国中の本屋を潰[つぶ]してゲーム屋やマンガ屋ばっかりにして国民みんなを頭で考えず眼で見るだけにして、国民みんなに道徳を教えないようにして国民みんなに人殺しや強盗や虐待などの悪いことをやらせて政府自身も国民みんなに悪いことをして国民みんなに命令して高い税金を取ったりつらい戦争をさせたり国家宗教の事件や事故を起こして人殺しをしたり国民みんなを虐[いじ]める政策をやったりしている。
近代の国民みんなは「日本人と外人は同じだ。今のヨーロッパ人は幸福に暮らしている。だから、日本人もヨーロッパ文化をやれば幸福に暮らせる。」と考えて、ヨーロッパ文化をやっていた。国民みんなは自分で科学を勉強して科学や産業を発達させて物やお金を豊かにしたり、自分で人殺しや強盗や虐待などの悪いことをやっていた。国民みんなは「政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、政府は国民みんなが幸福に暮らせる国を作る団体だから、国民みんなは政府に従わねばならない」と考えて、政府に従っていた。近代の国民みんなは政府の命令を聞いて税金や戦争や人殺しや国民みんなを虐める政策をやっていた。国民みんなは自分の考え通り自分が幸福にならないので変だなと思っていた。
しかし、今の国民みんなは『日本人と外人は違う。日本人は日本文化をやらねば幸福になれない。日本人がヨーロッパ文化をやると不幸になる。』と考えて、ヨーロッパ文化をやめて日本文化をやっている。日本人は物やお金がそこそこ豊かなのが好きで貧乏もちょっと好きで、頭で考えるのが好きで眼で見るのが嫌いで、善いことが好きで悪いことが嫌いである。そのため、今の国民みんなは自分たちで科学を勉強して自分たちで財団を建てて科学や産業にお金を回して科学や産業を発達させて物やお金をそこそこ豊かにして、自分たちで本を読んだり自分が考えたことをノートに書いたりして国中のゲーム屋やマンガ屋を潰して本屋を建てて自分たちが頭で考えるようにして、自分たちで道徳を勉強して善いことをやって悪いことをやらないようにして幸福に暮らしている。国民みんなは『政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、政府は国民みんなが不幸に暮らさねばならない国を作る団体だから、国民みんなは政府がなくなったほうがいいから政府を倒さねばならない。』と考えて、政府に従わなくなっている。今の国民みんなは政府の命令を聞かなくなって税金や戦争や人殺しや国民みんなを虐める政策をやらなくなって政府を倒している。
今では馬鹿だけが政府に従っている。馬鹿はテレビの見すぎで「政府は国民みんなを幸福にする団体だ」と思ったり、日本史をいいかげんに勉強して「政府や幕府は国の最高権力者だ」と思ったり、テレビゲームやマンガのやりすぎで「現実なんかどうでもいい」と思ったり、テレビでヨーロッパを見たりヨーロッパに旅行に行ったりして「ヨーロッパは豊かだから日本人もヨーロッパ文化をやれば幸福になれる」と思ったり、自分が悪いことをやりたい者(例、暴力団や宗教団体や社長や幹部)が「政府は国民みんなが悪いことがやれる国にしているから、自分が悪いことをするのに都合がいい」と思ったりして、政府に従っている。馬鹿は自分で悪いことをやったり、政府の命令を聞いて税金や戦争や人殺しや国民みんなを虐める政策をやったりしている。もちろん、国民みんなは悪いことが嫌いだから、他人に悪いことをされるのが嫌いだから、他人が自分に悪いことをしていたら他人に言葉で断ったり他人に暴力をふって痛い目にあわせたりして他人に悪いことをやらさなければいいのである。(近代は国民みんなが「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と思っていたから、ヨーロッパでは国民みんなが政府や暴力団や宗教団体や社長や幹部に従っていたから、国民みんなは自分が幸福になりたくて自分から喜んで政府や暴力団や宗教団体や社長や幹部に従っていた。政府や暴力団や宗教団体や社長や幹部は国民みんなに命令していくらでもお金を取れた。しかし、今では国民みんなが『自分がヨーロッパ文化をやれば不幸になる』ことがわかっているから、国民みんなは自分が不幸になるのが嫌なので政府や暴力団や宗教団体や社長や幹部に従わなくなった。政府や暴力団や宗教団体や社長や幹部は国民みんなに命令してお金を奪って暮らせなくなった。政府や暴力団や宗教団体や社長や幹部は国民みんなと同じように自分で働いてお金を稼[かせ]がねばならない。つまり、今の国民みんなは『自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になる』という考えを持っていないから、政府や暴力団や宗教団体や社長や幹部に従わなければいいのである。)
国民みんなは政府と馬鹿を無視して暮らしている。国民みんなは自分たちだけで日本文化をやって幸福に暮らしている。国民みんなは政府と馬鹿が騒動を起こすのをはた迷惑だと思いながら暮らしている。国民みんなは政府と馬鹿の両方ともなくなったほうがいいと思って暮らしている。
早く日本から政府に従う馬鹿がいなくなって政府が倒れてなくなって欲しい。
[22061] 今の国民みんなはヨーロッパ文化をやめて政府から出ている。 h27.7.27
自分が仏教をやる者はどこかのお寺に入る。
自分がキリスト教をやる者はどこかの教会に入る。
自分が勉強をやる者はどこかの学校や大学に入る。
自分が仕事をやる者はどこかの会社に入る。
それと同じように、自分がヨーロッパ文化をやる者は政府(つまりヨーロッパ文化の国を作る団体)に入るのである。自分がヨーロッパ文化をやる者は政府に入って政府に従って政府の命令をなんでも聞いて実行するのである。
近代は国民みんなが「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と思っていたから、国民みんながヨーロッパ文化をやって政府に入っていた。国民みんなが自分が幸福になるために政府に従って政府の命令を聞いて税金を払ったり戦争をやったり国家宗教で人殺しをやったり国民みんなを虐[いじ]める政策をやったりした。本当は、日本人とヨーロッパ人は心が違うから国民みんなは不幸になっていたが、自分が幸福になっているつもりになって喜んでいた。
戦後は国民みんなが『自分が日本文化をやれば幸福になる』と思っているから、国民みんなは日本文化をやってヨーロッパ文化をやめて政府に入らなくなった。国民みんなは政府から出た。国民みんなは自分が不幸にならないために政府に従わなくなって政府の命令を聞かなくなって政府に税金を払ったり戦争をやったり国家宗教で人殺しをやったり国民みんなを虐める政策をやったりしなくなった。ようやく、国民みんなは幸福に暮らせるようになった。
今でも馬鹿はわけがわからずに政府に入って政府に従って不幸になっている。馬鹿は自分がヨーロッパ文化をやるつもりもないのに政府に入って政府に従って政府の命令を聞いてヨーロッパ文化をやらされて自分の心を不満にして不幸になっている。
政府はヨーロッパ文化の国を作る団体である。今では国民みんながヨーロッパ文化をやめて政府から出て、少数の馬鹿がわけがわからずに政府に入っているだけである。
役所や水道局や学校や火葬場などは政府の出先機関である。暴力団のスーパーマーケットやオウム真理教のパソコンショップと同じである。国民が暴力団やオウム真理教に入っていなくても暴力団のスーパーやオウム真理教のパソコンショップを利用できるように、国民はたとえ政府に入っていなくて政府に税金を払っていなくても自由に役所や水道局や学校や火葬場などを利用できるのである。いや〜、便利な世の中になったものだ。
文化人類学がわかっていない者が自分が何をやっているのかわからず政府が何をする団体なのかわからず政府に入って政府に従っている。文化人類学がわかっている者は自分が何をやっているのかわかって政府が何をする団体なのかわかるから政府に入らず政府に従っていない。文化人類学は戦後に新しく出来た学問だから、まだ知らない人が多い。そのために、日本でもまだ自分が何をやっているのかわからず政府に入って政府に従っている者がたくさんいる。早く国民みんなは文化人類学を勉強してヨーロッパ文化や日本文化のことを知って日本文化をやって政府に入るのをやめねばならない。
[22062] 今の国民みんなは政府が滅ぶのを眺[なが]めながら暮らしている。
h27.7.27
国民みんなは国の最高権力者である。国民みんなが国を決める。国民みんなは自分の好きなようにやればいい。国民みんなは自分が幸福になるためならなんでもやっていい。国民みんなは自分が幸福になるためには政府をどんなにしてもいい。国民みんなが政府を倒すか守るか決める。
近代の国民みんなは「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と思ってヨーロッパ文化をやっていた。国民みんなは「政府はヨーロッパ文化の国を作る団体なので、政府が国民みんなを幸福にしてくれる」と思って政府に従っていた。国民みんなは政府に従って政府の命令を聞いて政府に税金を払ったり戦争をやったり国家宗教で人殺しをやったり国民みんなを虐[いじ]める政策をやったりしていた。
戦後の国民みんなは『自分が日本文化をやれば幸福になる』と思って日本文化をやっている。国民みんなは『政府はヨーロッパ文化の国を作る団体なので、政府が国民みんなを不幸にする』と思って政府を倒している。国民みんなが政府に従わなくなって政府の命令を聞かなくなって政府に税金を払わなくなって政府を倒している。
政府は『国民みんなが政府を倒すまでには時間がかかる』と思って、すぐに国民みんなに従って自分で滅ばずに、自分が経営できるかぎり残るつもりで居座っている。つまり、『国民みんなが政府を倒すまでには時間がかかる』ので、政府は国民みんなに従ってすぐに自分で滅ぼうとせず、自分が悪いことを知りながらこれまでと同じように自分がヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にしながら自分が国民みんなに倒されるのをじっくり待っているのである。政府は「どうせ自分が滅ぶなら早くても遅くても変わらない」と思って、なるだけねばって自分が遅く滅ぶようにしているのである。政治機関は長く残っているほどかっこいいので、早く滅ぶほどみっともないので、政府は一秒でも長く残ろうとしているのである。
馬鹿は政府を倒さずに政府に従っている。馬鹿は政府の嘘[うそ]に引っかかって「政府が国民みんなを幸福にする団体だ」と思ったり、「政府が国の最高権力者だ」と思ったり、「政府なんかどうでもいい」と思ったり、「自分はヨーロッパ文化で幸福になれる」と思ったり、「自分が悪いことをするのに都合がいい」と思ったりして政府に従っている。馬鹿は正しいことがわからず正しいことをせず、まちがったことを考えてまちがったことをやっている。馬鹿のせいで政府が倒れるのが遅れている。
国民みんなは政府と馬鹿が悪いことをするのを邪魔[じゃま]だと思って我慢[がまん]しながら暮らしている。国民みんなはテレビや新聞で政府と馬鹿が変なことをするのを観察しながら暮らしている。
さすがの馬鹿も周[まわ]りの国民みんなを見て『自分も政府を倒さねばならない』と思ってしだいに政府を倒すようになっている。政府はだんだん馬鹿がいなくなってひとりぼっちになって滅んでいる。
『国民みんなは国の最高権力者である』ことは国の運動方程式である。国民みんなの考えによって国の運動が変わるのである。今の国民みんなの考えは『日本人は日本文化をやれば幸福になる。政府はヨーロッパ文化の国を作るから、政府は国民みんなを不幸にするから政府を倒せばいい』である。だから、今の国民みんなは政府を倒しているのである。政府が倒れるのは時間の問題である。国民みんなは政府が倒れていく様を眺めていればいいのである。
[22063] 今の国民みんなは政府を倒している。 h27.7.27
『国民みんなは国の最高権力者である。』国の最高権力者は政府ではなく国民みんなである。だから、国民みんなは政府を自分の好き放題にしていい。それが昔からの国の決まりである。
今では『文化人類学』が出来て、『日本人と外人は人種が違うから脳が違うから心が違う。日本人は善いことが好きで悪いことが嫌いである。反対に、ヨーロッパ人は悪いことが好きで善いことが嫌いである。日本文化では善いことをやって悪いことをやってはいけない。反対に、ヨーロッパ文化では悪いことをやって善いことをやってはいけない。だから、日本人は日本文化をやれば幸福になる。日本人はヨーロッパ文化をやれば不幸になる。』ことがわかっている。だから、今の国民みんなは日本文化をやっている。それなのに、日本政府はヨーロッパ文化の国を作っている。日本政府は国民みんなにヨーロッパ文化をやらせている。日本政府は国民みんなを不幸にしている。国民みんなにとっては政府がなくなったほうがいい。だから、今の国民みんなは政府に従わないようにして政府の命令を聞かないようにして政府に税金を払わないようにして政府を倒せばいいのである。実際に、今の国民みんなは政府を倒している。
反対に、馬鹿は正しいことがわかっていないから、いまだに政府に従っている。政府は馬鹿に命令して税金を取ったり国家宗教で事件や事故を起こさせて人殺しをさせたりしている。政府は馬鹿のおかげで生き残っている。
今では国民みんなが馬鹿に正しいことを教えてやって、馬鹿を政府に従わないようにさせている。国民全員で政府に従わないようにして政府に税金をやらないようにして政府を倒している。
国民みんなが文化を変えたときには古い政治機関は倒れてなくなるのが決まりである。戦後に日本では国民みんながヨーロッパ文化から日本文化に変えたから、日本政府が滅んでいるのである。それが当たり前である。国民全員で早く政府を倒して、国民みんなを不幸にする者をなくして、国民みんなで幸福に暮らさなければならない。
[22064] 国を作る団体は必要か? h27.7.28
もしも近代の日本に日本政府が建たなかったとしたら、国民みんなが自分でヨーロッパ文化をやって科学をやって科学や産業を発達させて物やお金を豊かにしてちょっとだけ道徳をやめて少し悪いことをするだけで戦争はやらなかっただろう。現代になって『文化人類学』が出来て、国民みんながヨーロッパ文化をやめて日本文化をやって科学をやって物やお金を豊かにして道徳をやって善いことだけやって悪いことをやらないようにしてそこそこ裕福に平和に暮らすようになっただろう。
近代の国民みんなが日本政府なんかに国を作らせたから、国民みんなが派手[はで]にヨーロッパ文化をやることになって、科学をやるのは国民みんな自身だから物やお金の豊かさはあまり変わらないが、政府が国民みんなに戦争をやらせて国民みんなに大きな被害を受けさせたり、政府が国民みんなに命令して国民みんなに人殺しや強盗や脅迫などのすごく悪いことをやらせたり、国民みんなを虐[いじ]める政策をたくさんやらせたりして国民みんながすごく不幸になったのである。だから、国民みんなが政府のことを大根役者と呼んでいたのである。
だから、今の国民みんなは日本文化をやっているが、今度からは国民みんなは“日本文化の国を作る団体”に国を作らさなければいいのである。どうせ今度の“日本文化の国を作る団体”は今の日本政府の人間で建てた団体だろう。今の日本政府が国民みんなに従わずさんざんヨーロッパ文化をやって国民みんなを不幸にし続けた後で、突然いい子になって日本文化を作る団体を建ててもとうてい国民みんなに善いことをするとは思えない。まったく信用置けない。国民みんなは日本文化の国を作る団体に国を作らせたくない。
日本文化の国を作る団体は国民みんなに命令して派手に日本文化の国を作りすぎて不自然になってかえって国民みんなが不幸に暮らさねばならなくなる。日本人は物やお金がそこそこ豊かで、頭で考えることが好きで、善いことが好きで悪いことが嫌いだからといって、“日本文化の国を作る団体”が国民みんなに命令して、眼で見ることや心で思うことをいっさい禁止して、ちょっとでも悪いことをやったら死刑にすることにしたら国民みんなはかえって不幸になる。国民みんなが自分で日本文化をやればちょうどいい程度に日本文化をやって幸福に暮らせる。だから、国民みんなは日本文化の国を作る団体に国を作らせなければいい。
もちろん、国民みんなが日本文化をやるだけではやれない部分もある。例えば、立法(法律を作ること)や行政(国民みんなに法律を教えて国民みんなに法律を守らせること)や司法(法律の違反者を取り締[し]まること)などの法律まわりの仕事や水道やゴミや戸籍などの仕事は国民みんなだけではできない。だから、そこだけをそれぞれの会社がやってカバーすればいい。それ以上のことは会社を建ててすべきではない。そのほうが、会社がやたら大きくならず余計なことをせず、国民みんなの意思がより反映された国になって国民みんなが幸福に生きていけるだろう。
国民みんなは国の最高権力者である。国民みんなが国を作る団体を自分の好き放題にできる。国を作る団体に国を作らせるかどうかは国民みんなが決めることである。だから、今度からは国民みんなは国を作る団体に従わず国を作らせないようにして、それぞれの会社と契約してお金を払って仕事をしてもらうようにすればいい。国民みんなの社会科のセンスが国を決める。国を作る。だから、国民みんなは社会科をよく勉強して、国民みんなが幸福に暮らすためにはどんな国にすればいいかについて考えて、未来の社会を作っていかねばならない。
今の国民みんなは『日本政府がヨーロッパ文化の国を作って国民みんなを不幸にするので政府がなくなったほうがいい』と思って政府の命令を聞かなくなって政府に税金を払わなくなって政府を倒している。未来の国民みんなは『“日本文化の国を作る団体”が派手に日本文化の国を作って国民みんなを不幸にするので日本文化の国を作る団体がなくなったほうがいい』と思って日本文化の国を作る団体の言うことを聞かなくなって契約を取らなくなって日本文化の国を作る団体を倒すだろう。未来の国民みんなは今の国民みんなよりも賢くなっているから、自分たちで自分たちが幸福に暮らせる社会を上手[じょうず]に作って幸福に暮らすことができるだろう。国民みんなが賢いほど国民みんなが上手に社会を作って国民みんなが幸福に暮らせる。だから、国民みんなはしっかり勉強して賢くならねばならない。
国民は自分で考えて『国民みんなが幸福に暮らせる国にする』ことをすればいいが、まちがえたらそれ相応の責任を取らねばならない。国民みんなを幸福にする気持ちがあるだけではいけない。国民みんなを幸福にするために適切なことをしないといけない。だから、国民は『国民みんなが幸福に暮らせる国を作る』ときには慎重[しんちょう]にしないといけない。いいかげんなことをやって「国民みんなが不幸に暮らさねばならない国」を作って国民みんなに迷惑をかけてはいけない。
もしも、将来日本文化の国を作る団体が出来たら、日本文化の国を作る団体は最初は善いことをいっぱいやって国民みんなに「日本文化の国を作る団体は善い団体だ」と思わせて国民みんなを言いなりにして国民みんなに契約を取らせて、あとで悪いことをやって国民みんなを不幸にするかもしれないから注意しないといけない。国民みんなは日本文化の団体が悪いことをやったらすぐに契約をやめてお金をやらないようにして倒さねばならない。
[22065] 法律会社 h27.7.28
今の日本では国民みんなが日本文化をやっている。日本文化では善いことをやって悪いことをやってはいけない。日本にはそういう道徳がある。そういう法律がある。
だから、法律会社は日本文化に適[かな]った法律を定めねばならない。『人間は善いことだけやって悪いことをやってはいけない』『人間がみな平等である』ことに則した法律を定めねばならない。税金は強盗だから、税金は悪いことだから、日本では税金を取ってはいけない。すべて契約によらねばならない。
法律会社には正しい法律を定める才能がある者がいなければならない。適切に行政や司法をやる者がいなければならない。国会や国会議員は要らない。選挙もしなくていい。代表者がいちいちテレビに出なくてもいい。
国民みんなは法律会社と契約してお金をやって仕事をやってもらえばいい。自分が法律会社の世話になりたい者はお金を払ってサービスを受ければいい。自分の権利を侵された者が相手に対する復讐のために法律会社にたくさんお金を払って相手を牢屋にぶち込んで臭い飯を食わせたり死刑にしたりして自分の怒りを静めればいい。国民がたくさんお金を払えなければ保険みたいにして毎月定額の料金を払って法律会社にいざというときに自分の復讐をしてもらうようにすればいい。国民が料金が高すぎると思ったら法律会社と契約をせずに自分の手でじかに相手を痛めつけて相手に復讐すればいい。そのほうがかえって自分の気がすむだろう。死刑囚の死刑ボタンは被害者が押せるようにすればいいだろう。国に法律会社が複数あってもいい。日本は犯罪が少ないから、法律会社は安い料金にしなければ多くの国民と契約が取れないだろう。国民みんなで法律会社の料金の相場を決めてもいいだろう。
あとは国民みんなが法律を守って自由にやればいい。仕事や勉強や遊びをやればいい。
[22066] 日本政府にとっても今の国民みんなは迷惑である。 h27.7.28
日本政府は最初から最後までヨーロッパ文化の国を作る団体である。日本政府は昔も今も変わらず科学だけがあって数学や道徳がない国を作る団体である。日本政府は国民みんなに科学を教えて科学や産業にお金を回して科学や産業を発達させて国民みんなの物やお金を豊かにして、国民みんなに言葉を教えず眼で見ることばっかりやらせて国民みんなを頭で考えず眼で見ることしかできないようにして、国民みんなに道徳を教えず悪いことをさせて自分も国民みんなに悪いことをして国民みんなに命令して高い税金を取ったりつらい戦争をさせたり国家宗教で事件や事故を起こして人殺しをしたり国民みんなを虐[いじ]める政策をやったりする。(本来は戦前の日本政府も国民みんなを眼で見るだけで頭で考えない人間にしなければならなかったが、当時は日本政府が日本の文明化を最優先しなければならなかったので国民みんなが頭で考える必要があったのでそうしなかったのである。今は日本の文明化もひと段落ついたから、政府は一生懸命に国民みんなを眼で見るだけで頭で考えない馬鹿に改造しているのである。)
近代の国民みんなは「日本人と外人は同じだ。今のヨーロッパ人は幸福に暮らしている。だから、日本人もヨーロッパ文化をやれば幸福に暮らせる」と考えて、ヨーロッパ文化をやっていた。国民みんなは「政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、国民みんなを幸福にしてくれる」と考えて、政府に従っていた。
しかし、戦後の国民みんなは『日本人と外人は違う。日本人はヨーロッパ文化では不幸になる。日本人は日本文化で幸福になる』と考えて、ヨーロッパ文化をやめて日本文化をやっている。日本文化では科学も数学も道徳も全部があるから、国民みんなは科学を勉強して科学や産業を発達させて物やお金を豊かにして、本を読んだり自分が考えたことをノートに書いたりして言葉を使う練習をして頭で考えるようにして、道徳を勉強して善いことをやって悪いことをやらないようにしている。国民みんなは『政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、国民みんなを不幸にする』と考えて、政府に従わなくなっている。
つまり、日本政府は昔も今もあいかわらずヨーロッパ文化の国を作って同じことをやっている。しかし、国民みんなが自分の文化を変えたために、国民みんなにとっては政府が国民みんなを幸福にする団体から国民みんなを不幸にする団体に変わったのである。近代の国民みんなにとっては政府が国民みんなを幸福にする団体だと思っていたから(実際には日本人とヨーロッパ人は心が違うから、政府は国民みんなを不幸にしていたが)、国民みんなは政府に従って政府に税金を払って政府を守っていた。しかし、今の国民みんなにとっては政府が国民みんなを不幸にする団体だから、国民みんなは政府に従わなくなって政府に税金を払わなくなって政府を倒している。日本政府にとっては国民みんなが勝手に文化を変えて自分を倒すようになったので迷惑である。しかし、『国民みんなが国の最高権力者である』から、政府は自分が国民みんなに倒されるのはしかたがないと思ってあきらめている。政府は国民みんなが自分に税金を払わなくても文句を言わずおとなしく国民みんなに倒されている。政府は「これも時代の流れだ」と思って、自分が国民みんなに倒されて滅んでいく様を笑いながら眺[なが]めている。
将来、日本府(日本文化の国を作る団体のこと)が建つだろう。日本府は日本を日本文化の国にするために国民みんなに命令を出す。日本府は最初のいっとき国民みんなに善い命令をいっぱい出して国民みんなを幸福にして国民みんなに「日本府は国民みんなを幸福にする善い団体だ」と思わせて国民みんなを自分の言いなりにして、あとで国民みんなに善い命令や悪い命令を混ぜこぜにして出して国民みんなを幸福か不幸かわからないようにして国民みんなに自分が倒されないようにしながら国民みんなを虐[いじ]めて国民みんなをオモチャにして弄[もてあそ]ぶようになるだろう。日本文化の国を作る団体は日本文化の中でならどんな命令でも出していいと思って、国民みんなに善い命令から悪い命令までなんでもかんでも出すのである。そうならないためには、国民みんなは最初からどんな具体的な仕事をするのかわからない国を作る団体の命令なんかに従わず、法律や水道やゴミや戸籍や学校などの“あらかじめ具体的に決まった善い仕事だけをする会社”と契約してお金をやって仕事をやってもらうようにすればいいだろう。(法律会社があんまり変な法律を作ったら、国民みんなはその法律を無視して破ればいい。国民みんなは国の最高権力者だから、国民みんなが自由に法律を決めることができるから、国民みんなで法律会社の法律を破って捨てたらいい。)そうすれば、国民みんなは国を作る団体に裏切られて不幸な思いをすることがなくなるだろう。国民みんなは自分で国民みんなを幸福にする仕事を考え出して自分で仕事をやって国民みんなを幸福にすればいい。国民みんなは国を作る団体の命令で動くのではなく、自分で考えて自分で動かねばならない。
[22067] 国は国民みんなのためにある。 h27.8.4
『国民みんなは国の最高権力者である。』これが国の法則である。国は国民みんなのためにある。
今の日本では国民みんなは日本文化をやっている。今の日本では国民みんなが『日本人が幸福に暮らすためには日本文化をやらねばならない』ことがわかっているから日本文化をやっている。
ところが、今の日本政府はヨーロッパ文化の国を作っている。例えば、日本政府は国民みんなにパン食やイケメン(バカ息子やバカ親父)やシリアスマンガ(眼で見るだけの面白味のない文化)を勧[すす]めてヨーロッパ文化の国を作っている。
今の国民みんなにとっては政府は国民みんなが不幸に暮らさねばならない国を作っているから政府が邪魔[じゃま]である。国民みんなが幸福に暮らすためには政府がなくなったほうがいい。
だから、今の日本では国民みんなは政府を倒しているのである。国民みんなは政府に税金を払わないようにして政府を倒しているのである。政府はだんだん滅んでいるのである。そのうち政府がなくなるだろう。
日本政府は国民みんなから税金を取っている。しかし、税金はヨーロッパ文化の制度である。今の国民みんなは日本文化をやっている。だから、今の国民みんなは税金を払わなくていいのである。日本政府は倒れるしかないのである。
[22068] 今の日本政府は国民みんなを支配できない。 h27.8.4
政治の原理は『政治機関が国民みんなに従えば国民みんなを支配できる』ことである。自然科学の原理が『人間が自然に従えば自然を支配できる』のと同じである。
近代の日本では国民みんなが「ヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と考えてヨーロッパ文化をやっていた。日本政府はヨーロッパ文化の国を作っていた。日本政府は国民みんなに従っていたから国民みんなを支配できた。
しかし、現代の日本では国民みんなが『日本文化をやれば幸福になる』と考えて日本文化をやっている。それなのに、日本政府はヨーロッパ文化の国を作っている。日本政府は国民みんなに従っていないから国民みんなを支配できない。今の日本では国民みんながどんどん日本政府に従わなくなって日本政府から離れて行って日本政府を倒している。
いつの時代でも、政治機関ははじめは国民みんなに従って国民みんなを支配して栄えているが、そのうち国民みんなが文化を変えると政治機関が国民みんなに従わなくなって国民みんなを支配できなくなって滅ぶ。その後で、新しい政治機関が建って国民みんなに従って国民みんなを支配する。これの繰り返しである。
政治機関は「自分が国民みんなと同じ文化の国を作って国民みんなを幸福にする」と大げさに宣伝しているだけである。やっていることは民間会社と変わらない。だから、今度からは国民みんなは政治機関を建てさせず、個々の会社だけでやっていくようにさせればいい。
[22069] 政府の権力の実体は国民みんなが「ヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と思っていることである。
h27.8.5
日本政府は昔も今もヨーロッパ文化の国を作る団体である。日本政府は国民みんなにヨーロッパ文化をやらせる団体である。
近代の日本では国民みんなが「ヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と思っていて、自分でヨーロッパ文化をやっていた。自分から日本政府に従っていた。だから、日本政府は国民みんなに命令を聞かせることができたのである。
現代の日本では国民みんなが『日本文化をやれば幸福になる』と思っていて、自分で日本文化をやっている。自分から日本政府に従わなくなっている。だから、日本政府は国民みんなに命令を聞かせることができなくなっている。
政府に権力(命令力)があるのは、国民みんなが自分から政府に従うからである。国民みんなが「ヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と思っていて、国民みんなが自分が幸福になるために、国民みんなにヨーロッパ文化をやらせる政府に従うからである。近代の日本ではそうだったから、政府に権力があったのである。国民みんなが政府の命令を聞いて戦争でも税金でも国家宗教の人殺しでも嫌がらせでもなんでもかんでもやったのである。現代の日本では国民みんなが『日本文化をやれば幸福になる』と思って、自分が不幸にならないために政府に従わなくなったから政府に権力がないのである。国民みんなが政府の命令を聞かなくなって戦争も税金も国家宗教の人殺しも嫌がらせもなにもやらなくなったのである。
今の国民みんなはどんどん政府に従わなくなって政府の命令を聞かなくなっている。今の国民みんなは政府の税金の命令を聞かなくなって政府に税金を払わなくなって政府が潰[つぶ]れているのである。
国民みんなが互いに教えあっていっしょに政府を倒さないのは、世の中には馬鹿が多いからである。馬鹿は頭の中でまちがったことを考えていて、まちがったことを正しいことだと思っていて、正しいことを言う者を攻撃する。馬鹿はテレビや新聞を見て「政府が国民みんなを幸福にしてくれる団体だ」と思って政府に従っている。馬鹿は政府を攻撃する者を悪者だと思って反感を抱[いだ]いて攻撃する。だから、正しいことを知っている者は自分が他人に攻撃されないためにめったに他人に正しいことを教えないのである。正しいことを知っている者は自分で黙って政府に従わないようにして政府を倒しているのである。だから、国民みんなは自分で考えて正しいことを知って政府に従うのをやめるしかないのである。実際に、私はそうやって政府に従うのをやめた。だから、みんなも私を真似[まね]て政府に従うのをやめればいいのである。
[22070] ヨーロッパ人はどうして虐[いじ]められるのが好きなのか? h27.8.5
ヨーロッパ人は他人に虐められるのが好きである。他人に殺されたり他人に強盗されたり他人に虐待されたりするのが好きである。そのために、ヨーロッパではみんながお互いに悪いことをやってもいいことになっている。
ヨーロッパ人が他人に虐められるのが好きなのは、ヨーロッパ人に心がないからである。ヨーロッパ人は自分の心の満足のために生きていない。ヨーロッパ人には生きる意義がない。だから、ヨーロッパ人はいつも死にたいと思っている。ヨーロッパ人は自分がひどい目にあって早く死ねればいいと思っている。だから、ヨーロッパ人は他人に虐められるのが好きなのである。ヨーロッパ人は他人に悪いことをされて自分が早く死ぬのが好きなのである。
反対に、アジア人が他人に虐められるのが嫌いなのは、アジア人に心があるからである。アジア人は自分の心の満足のために生きている。アジア人には生きる意義がある。だから、アジア人はいつも生きたいと思っている。アジア人は自分がいい目にあって長生きすればいいと思っている。だから、アジア人は他人に虐められるのが嫌いなのである。アジア人は他人に悪いことをされるのが嫌なのである。
ヨーロッパ人は脳の構造のために生まれつき心がなく自分の心を満足しようとせず生きる意義がなく早く死にたいと思っているから悪いことが好きなのである。反対に、アジア人は脳の構造のために生まれつき心があり自分の心を満足しようとして生きる意義があるから長く生きたいから善いことが好きなのである。
人間は物のことだけわかっても心のことだけわかっても実在の中で幸福に生きていけない。人間は物と心の両方がわからなければ実在の中で幸福に生きていけない。ヨーロッパ人は五感が発達しているが心が遅れているから実在の中にいるだけで幸福ではない。アジア人は心が発達しているが五感が遅れているから幸福だが実在の中にいない。日本人は五感と心の両方が発達しているから物と心の両方がわかる。日本人は実在の中で幸福になれる。日本人は自分の才能を活かして幸福に生きていかねばならない。
[22071] 日本政府は国民にヨーロッパ文化をやらせる団体である。 h27.8.9
日本政府は国民にヨーロッパ文化をやらせる団体である。キリスト教会が国民にキリスト教(つまりキリストの教え)をやらせる団体であるのと同じことである。仏教団体が国民に仏教(つまりブッダの教え)をやらせる団体であるのと同じことである。
近代の日本では国民がみんな「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になれる」と信じていたので、日本政府に入っていた。日本政府に従って、日本政府の命令でなんでもやった。税金でも戦争でも国家宗教の人殺しでも国民みんなを嫌がらせる政策でもなんでもやった。
しかし、現代の日本では『文化人類学』が出来て国民の多くが『自分が日本文化をやれば幸福になれる』と考えているので、日本政府に入るのをやめた。日本政府に従わなくなって、日本政府の命令を聞かなくなった。税金も戦争も国家宗教の人殺しも国民みんなを嫌がらせる政策もなにもやらなくなった。
今の日本では「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になれる」と思っている古臭いまちがった国民と政府のテレビや新聞の宣伝を見てわけがわからずに政府に従っている馬鹿な国民が政府に入って政府に従っているだけである。
今の日本ではだんだん国民が政府に入るのをやめて、政府に入っている国民が減って、政府が国民からお金をもらえなくなって滅んでいるのである。
『日本人とヨーロッパ人は心が違う』ことが真実である。ヨーロッパ人は他人に悪いことをされるのが好きだが、日本人は嫌いである。だから、日本政府に入っている国民は政府に高い税金を取られて政府に嫌な思いをさせられているだけである。日本人が日本政府に入っても幸福になれない。だから、日本では国民は政府に入るのをやめたほうがいいのである。
日本人は善いことが好きで悪いことが嫌いである。日本文化では善いことはやっていいが悪いことはやってはいけない。そのため、今の日本政府は悪いことは隠れて密かにやって、善いことはテレビや新聞に出して堂々とやって国民に反感を買わないようにしながら国民にヨーロッパ文化をやらせている。今の日本政府は国民に日本文化をやらせる団体のふりをしている。しかし、日本政府は本当は国民にヨーロッパ文化をやらせる団体である。今の日本政府は国民に日本文化を売っているふりをしてじつはヨーロッパ文化を売っている。国民は日本政府の嘘[うそ]に騙[だま]されないようにして政府に従うのをやめねばならない。
[22072] 日本人は“日本文化の国を作る団体”を信じてお金を払うほどおめでたい民族ではない。
h27.8.10
今の日本では国民がみんな『日本人は日本文化をやれば幸福になる』と考えて日本文化をやっている。
日本政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だからダメである。国民は政府にお金をやらないようにして政府を倒せばいい。だから、今の国民の多くは実際に政府に税金を払わないようにして政府を倒しているのである。
将来、“日本文化の国を作る団体”が建つかもしれない。日本文化の国を作る団体とは、要するに日本人のために善いことをする団体である。日本人を幸福にする団体である。しかし、具体的になにをするのかわからない。宝くじを買うようなものである。賭[か]けごとをするようなものである。日本人はそれほどおめでたい民族ではない。日本人は他人の口車に乗せられるのが好きではない。だから、日本人はみんな“「自分が国民を幸福にする」と言うだけで具体的になにをするのかわからない会社”と契約してお金を払って仕事をしてもらってはいけない。
日本人は明晰判明が好きである。日本人は曖昧模糊[あいまいもこ]が嫌いである。日本人は“口先で「国民を幸福にする」と言うだけで実際に何をやるのかわからない会社”が嫌いである。日本人は国民を小馬鹿[こばか]にした会社が嫌いである。日本人はそんないいかげんな会社と契約しないだろう。
日本人は道徳が好きである。日本では『人間がみな平等である』ことを厳密に守らないといけない。日本では必ず契約制に基づいて仕事をしないといけない。日本では“「国民を幸福にすることをする」と言うだけで具体的に何をやるのかわからない会社”はやっていけない。日本では具体的に仕事内容が定まった会社しか建ってはいけない。
[22073] どうして今の人は宗教団体に入らないのか? h27.8.10
昔の人は「自分が宗教団体に入っていたら幸福になれる」と思って必死で宗教団体に入っていた。自分が不幸にならないために死に物狂いで仏教やキリスト教やその他の宗教に入っていた。
しかし、今は『脳の科学』がある。今の人は『脳の科学』に基づいて自分の心を知って自分の心を適切に働かせたり抑えたりして幸福に暮らすようになっている。
今の人は『自分が脳を知れば幸福になれる』と思って脳について知っている。だから、今の人は宗教団体に入らなくなったのである。
宗教とは誰かの思想で暮らすことである。一方、政治とはどこかの国の文化で暮らすことである。昔から人間は自分が幸福になるために宗教や政治をやってきたのである。宗教団体や政治団体に入ってきたのである。
今の人は『人間の心はそれぞれ違う』と考えて自分が幸福になる道を自分で探して実現して生きている。今の人にとってはもはや宗教も政治も要らない。今の人にとっては自分が欲しいサービスをやってくれる会社があればいいだけである。宗教団体や政治団体は要らない。法律会社や学校会社や水道会社やゴミ会社や戸籍会社などがあればいいだけである。『自分の生きる道は自分で決める』のが今の人の生き方である。
[22074] 人間は自分の心を満足して自由に暮らせばいい。 h27.8.10
精神分裂病には、支配欲とテレパシー器官と性欲の3つが関与している。性欲は“自分で自分の感情や器官を興奮させる”ことを覚[おぼ]える点で分裂病に関係しているのである。性欲を満足すると、自分で自分の支配欲やテレパシー器官を過度に興奮させて自分で自分の気を狂わせて分裂病に罹るから、性欲も分裂病の原因のひとつなのである。
しかし、性欲を満足することは思春期に半年ぐらいしたら自分でやめる。自慰[じい]や強姦[ごうかん]はすぐにやめる。『性欲を満足すると他の感情が満足できない』ことがわかって自分でやめる。それにつれて“自分で自分の感情や器官を興奮させる”こともいずれは忘れていく。
支配欲は『自分と他人では心が違うから、他人のしていることが自分の気に入らないからといって怒ってはいけない』ことを理解すれば、満足するのをやめる。社会の中では支配欲が満足できないから、社会の中で暮らせば支配欲が働かなくなる。
テレパシー器官は、『テレパシーが聞こえたからといって自分が幸福になることはない』ことがわかると、使うのをやめる。テレパシーは、テレパシーが聞こえない相手には言っても無駄[むだ]だし、言ったか言わなかったかわからないし、言った記録が残らないから、面白くないから使うのをやめる。
支配欲とテレパシー器官と性欲の3つを働かせなければ精神分裂病に罹[かか]ることはない。精神分裂病が思春期や中年に多いのは性欲と関係があるからである。中年は第3次性徴期で人間の性欲が高まる時期だから分裂病が多いのである。支配欲とテレパシー器官だけが原因なら分裂病が思春期や中年に多い説明がつかない。だから、性欲と支配欲とテレパシー器官の3つとも全部が分裂病の原因なのである。
鬱病[うつびょう]は“自分の本心”を満足しないことによる慢性の欲求不満である。鬱病に罹らないためには、あらかじめ自分の本心についてよく理解して適切な進路を選ばねばならない。鬱病には、見栄欲[みえよく]が関与している。自分が見栄にとらわれると自分のつまらない感情を満足するために“自分の本心”を見失って自分の本心を満足しなくなって自分が慢性の欲求不満に陥[おちい]って気分が沈んで鬱になるから注意しないといけない。特に日本人は“頭で考える喜び”が強いから、頭で考える喜びを満足する生き方を選ばないといけない。
自分で自分の心を否定すると神経症に罹る。例えば、自分がニンジンやピーマンが嫌いなら拒否して食べなければいいのである。無理に食べないといけないと思うから神経症に罹るのである。人間にとっては好き嫌いが大事である。足りない分はビタミン剤で補えばいい。同じように、自分が嫌いな勉強はしないでほたくればいいのである。点数を取るためにいやいや勉強するなんてもってのほかである。自分の得意なことで仕事をして食べていければそれでいい。
幸いにも、人間の精神病は精神分裂病と鬱病と神経症の3つしかない。だから、これらの病気を避ければ、あとは自由である。人間は自分が精神病に罹らない習慣を身につけて、自分の好き放題に暮らせばいいのである。
医者は眼で見る喜びしかないボンクラ馬鹿である。私は医者のボンクラ馬鹿と気が合わなかったから精神科医をやめねばならなかったのである。
人間は自分の心のために生きている。しかし、だからといって自分の心をそのまま全部肯定していいわけではない。人間の心には善い感情と悪い感情がある。人間は善い感情を満足すれば幸福になり、悪い感情を満足すれば不幸になる。人間が幸福に生きるためには善い感情を満足して悪い感情を満足してはいけない。支配欲や見栄欲は悪い感情だから満足してはいけない。人間は適切に自分の心を働かせて幸福に生きていかねばならない。
[22075] 日本では強盗をやってはいけない。 h27.8.10
今の日本政府は国民から税金を取っている。日本政府は国民に命令して税金を取っている。
税金とは強盗である。強盗を税金と呼んでいるだけである。しかし、日本では『人間がみな平等である』ことを厳密に守らないといけないから強盗をやってはいけない。したがって、政府は国民から税金を取ってはいけない。国民は政府に税金を払ってはいけない。国民が政府に少し税金を払わなくても政府は相手にしないが、脱税額が100万円を超えると政府は「福祉をやるためだ」と言って国民の家に税金を取りに来る。しかし、いくら善いことをするためであっても強盗してはいけない。たとえ強盗したお金で善いことをしても、強盗していいことにはならない。だから、政府は福祉をやるためだからといって国民から税金を取ってはいけない。国民は政府のいいわけなんか聞かずに政府に税金を払わなくていい。日本では必ず寄付によって福祉をやらねばならない。それで福祉がやれなければ福祉をやめればいい。どうせカタワや年寄りなんかはなにもせずになにも考えずにボサーと生きているだけである。早く死んだほうがいい。政府が国民の嫌がらせのためにカタワや老人を利用しているだけである。それが福祉の実体である。(ヨーロッパ人は他人に嫌がらされるのが好きだから、政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だから、政府は国民を幸福にするために国民を嫌がらせているのである。)だから、福祉なんかやらなければいいのである。病気の人間は不幸である。不幸な人間は死ねば幸福になる。だから、福祉なんかやらずに早く死なせてやればいいのである。人間にとっては生きることは幸福ではない。逆に人間は幸福だから生きようと思うのである。幸福な人間は生きたがり、不幸な人間は死にたがる。病気の人間は不幸だから死にたがる。だから、死なせてやればいいのである。福祉なんかやらずにすなおに死なせてやればいいのである。人間は自分の幸福のために生きている。だから、自分が生きていることが不幸ならば生きることをやめたほうがいいのである。不幸な人間は自分の心を肯定するために死んだほうがいいのである。ニンジンが嫌いな人がニンジンを食べなければいいように、生きているのが嫌な人は死ねばいいのである。福祉をやって無理やり生かさなくていいのである。人間は自分が好きなことだけやって嫌いなことをやらなければいい。病気にかかったり身体が不自由になったりして生きることに苦痛を伴って生きることそのものが嫌になったら生きることをやめて死ねばいいのである。
同じように、日本では会社は客から強盗してはいけない。会社は必ず客と契約してお金をもらわねばならない。そのために、会社の中で社長が社員からお金を強盗している。社長が会社の儲[もう]けを独り占めして残りのわずかのお金を社員にやっている。会社の外では『人間が平等である』ことが守られているが、会社の中では『人間が平等である』ことが守られていない。会社の中は無法地帯である。しかし、そもそも会社の外も中もない。会社の中でも『人間が平等である』ことが守られていないといけない。だから、社長は社員からお金を強盗してはいけない。社長も社員も同じ会社の一員である。会社の儲けはみんなで平等に山分けしないといけない。『人間はみな平等である』から社長も社員も平等だ。社長はどうでもいいことをしゃべっている暇があったら社員といっしょに働け!それができなければ会社から出て行け!!社長は上でもなんでもない。悪いことをするしか能がない役立たずのボンクラである。近代の日本では国民がみんなヨーロッパ文化をやっていた。ヨーロッパ文化では悪いことをやってもよかった。だから、社長が悪いことをやって会社の儲けを独り占めしたり社員を虐待したりしていた。しかし、今の日本では国民がみんな日本文化をやっている。日本文化では悪いことをやってはいけない。だから、社長が悪いことをやって会社の儲けを独り占めしてはいけないのである。社長が社員を虐待してはいけないのである。今では社長は日本政府と同じように国民みんなが日本文化をやっていることに合わせて表では善いことをしてじつは裏では悪いことをやっている。社長はうわべでは社員と平等にしているふりをして本当は不平等にしている。今では社長がつまり会社の中で悪いことをするやつが嘘[うそ]をついて生き残っているのである。社員は社長の嘘[うそ]に騙[だま]されないようにして社長に会社の儲けをやらないようにして社長を倒さねばならない。会社から悪いことをする者をなくさねばならない。物は正直だから、社員は社長の言っていることよりもやっていることを見ないといけない。
日本は道徳のある国である。日本ではみんなが『人間がみな平等である』ことを守って暮らさなければならない。日本ではみんながみんなと契約して仕事とお金を交換して平等に暮らさねばならない。
国民みんなが日本文化に変わっても社長や日本政府が悪いことをやめないのは悪いことをするのが美味[おい]しいからだろう。そのために、社長や日本政府は嘘をついてまで悪いことを続けているのだ。しかし、美味しいは理由にはならない。近代の日本では「日本人はヨーロッパ文化をやれば幸福になる」ことが正しいと考えられていたから、ヨーロッパ文化では悪いことをやってもいいから、近代の日本ではみんなが悪いことをやっていた。反対に、今の日本では『日本人は日本文化をやれば幸福になる』ことが正しいと考えられているから、日本文化では悪いことをやってはいけないから、今の日本ではみんなが悪いことをやってはいけない。だから、今の国民はみんな社長や日本政府に悪いことをやらさなければいいのである。国民みんなで早く社長や政府を倒して社長や政府のない社会にしないといけない。国民みんなで早く日本をみんなが日本文化をやる国にしないといけない。
[22076] 今の日本政府は日本文化をやらせる団体のふりをしている。 h27.8.12
昔のヨーロッパで国民みんながキリスト教会の言うことを聞いていたのは、国民みんなが「自分がキリストの教えをやれば幸福になれる」と信じていたからである。キリスト教会は国民みんなにキリストの教えを守らせてくれるから、国民みんなは自分が幸福になるためにキリスト教会の言うことをなんでも聞いていたのである。だから、キリスト教会に権力(命令力)があったのである。
それと同じように、近代の日本で国民みんなが日本政府の言うことを聞いていたのは、国民みんなが「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になれる」と信じていたからである。日本政府は国民みんなにヨーロッパ文化をやらせてくれるので、国民みんなは自分が幸福になるために日本政府の言うことをなんでも聞いていたのである。だから、日本政府に権力があったのである。(日本は多数決決定のない国なので、日本ではみんなが正しいことに従うので、日本では“国民みんなが”と言っても“国民がみんな”と言っても同じことである。ルベーグ積分で積分の順番が入れ替えられるのと同じことである。近代の日本では国民みんながヨーロッパ文化をやっていたから国民が国民みんなに従ってヨーロッパ文化をやらねばならなかったのではなく、「人間はみな同じである。日本人も外人も同じである。今のヨーロッパ人が幸福に暮らしているから、日本人がヨーロッパ文化をやれば幸福になる。」ことが正しいと信じられていたから、みんながヨーロッパ文化をやらねばならなかったのである。日本人は真理に従うだけで、みんなには従わないのである。日本では理屈が正しいほうが勝ちなのである。昔から日本ではみんなが『国には馬鹿が多くて利口が少ないので、多数決ではまちがったことが決まる』ことを知っているので、多数決によらないことにしているのである。だから、日本では個人が勝手に自分が正しいと思う考えでやればいいのである。ただし、いくら自分が正しいと思ってもまちがっていたらいけない。まちがっていたら責任を取らねばならない。)
しかし、現代の日本では国民みんなが『自分が日本文化をやれば幸福になる。自分がヨーロッパ文化をやれば不幸になる』と考えているから、国民みんなが日本政府の言うことを聞かなくなっている。日本文化では善いことをやって悪いことをやってはいけないから、日本政府は表で善いことをやって裏で悪いことをやって自分が国民みんなに日本文化をやらせているふりをしている。国民みんなは『政府が日本文化をやらせる団体のふりをしている』ことを知っているから、日本政府の言うことを聞かなくなっている。だから、日本政府に権力がなくなっている。国民みんなは『自分が政府の言うことを聞いても幸福になれない』と思って政府の言うことを聞かなくなって、政府に税金を払わなくなって、政府が国民みんなから税金を取れなくなって政府が滅んでいる。
これまでは国民みんなが自分の心について知らなかったから「キリスト教会や仏教団体や政府や幕府などに従うことによって自分の心を満足して幸福に暮らせる」と思ってキリスト教会や仏教団体や政府や幕府などに従っていたのである。しかし、今では国民みんなは自分で自分の心について知るようになっている。だから、今では国民みんなが自分で自分の心について考えて自分の心を知って自分の心を満足して幸福に暮らすようになっている。今では国民みんながキリスト教会や仏教団体や政府や幕府が要らなくなっている。今では国民みんながキリスト教会や仏教団体や政府や幕府の言うことを聞かなくなって、キリスト教会や仏教団体や政府や幕府が国民みんなからお金を取れなくなって滅んでいるのである。
今の国民みんなは法律会社や学校会社や水道会社やゴミ会社や戸籍会社などと自由に契約してお金を払って仕事をやってもらって便利に暮らせばいいのである。今の国民みんなは自分で自分の心を満足して幸福に暮らせばいいのである。
人間は自分の心について知り自分の心を満足することによって幸福になれる。だから、今の人は自分が幸福になるために自分の心について考えねばならないのである。自分の心について考える人は幸福になり、自分の心について考えない人は不幸になる。例えば、東大に行くぐらい頭がいい人なら結婚をしないほうが幸福に暮らせるだろう。考える喜びだけを満足して生きたほうが幸福に暮らせるだろう。
[22077] 今の日本では国民みんなは政府の言うことを聞かなくなっている。 h27.8.12
日本政府は国民にヨーロッパ文化をやらせる団体である。ヨーロッパ人は物やお金が好きで、言葉や考えるのが嫌いで、悪いことをしたり悪いことをされたりするのが好きである。だから、日本政府は国民みんなに科学を教えたり国民みんなから取った税金を科学や産業に回したりして科学や産業を発展させて国民みんなの物やお金を豊かにしたり、国民みんなに学校で変な教育をして頭で考えるのを嫌いにさせたり、国民みんなにまちがった道徳を教えて国民みんなに悪いことをしたり悪いことをされたりするのを好きにならせて政府自身が国民みんなに悪いことをしたりするのである。
近代の日本では国民みんなが「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と思って、自分が幸福になるためにヨーロッパ文化をやって、日本政府の言うことを聞いていた。だから、政府に権力(命令力)があった。国民みんなは政府に言われて税金や戦争や国家宗教などをやっていた。
しかし、現代の日本では国民みんなが『自分が日本文化をやれば幸福になる。自分がヨーロッパ文化をやれば不幸になる』と考えているから、国民みんなが自分が幸福になるためにヨーロッパ文化をやめて日本文化をやっている。日本人は物やお金が好きで、言葉や考えるのが好きで、善いことをしたり善いことをされたりするのが好きである。だから、今の日本人は自分で科学を勉強して物をたくさん作ってたくさん売って物やお金を豊かにしたり、自分で本を読んだり自分が考えたことを書いたりして自分の考える力を鍛[きた]えたり、自分で道徳を学んで善いことをして悪いことをしないようにして自分が幸福に暮らせるようにしている。日本文化では善いことをやって悪いことをやってはいけないから、日本政府は国民の反感を買わないために表で善いことをやって裏で悪いことをやって自分が国民に日本文化をやらせているふりをしている。しかし、国民みんなは『政府が本当はヨーロッパ文化をやらせる団体であり、日本文化をやらせる団体のふりをしている』ことを知って、政府の言うことを聞かなくなっている。そのために、日本政府に権力がなくなっている。国民みんなは『自分が政府の言うことを聞いても幸福になれない』と思って政府の言うことを聞かなくなって、政府に税金を払わなくなって、政府が国民みんなから税金を取れなくなって政府が滅んでいる。
日本人は国民みんなにも政治機関にも宗教団体にも従わない。日本人は真理に従うだけである。近代の日本人は「自分が幸福になるためにはヨーロッパ文化をやって、政府に従えばいい」ことが正しいと考えたから、政府に従ったのである。今の日本人は『自分が幸福になるためには日本文化をやって政府に従わなければいい』ことが正しいと考えているから、政府に従わなければいいのである。日本には多数決がないから、国民みんながいっせいに揃[そろ]って政府に従うのをやめたりはしない。日本では国民がテンデンバラバラに政府に従わなくなっている。日本では『自分が幸福になるためには政府に従ってはいけない』ことがわかった者から順番に政府に従うのをやめているのである。国には馬鹿がたくさんいて利口は少ししかいない。馬鹿は政府の嘘[うそ]に騙[だま]されて「政府が国民みんなを幸福にする団体だ」と思って政府に従っている。馬鹿は政府に従わない者を悪者だと思って攻撃する。だから、政府に従うのをやめた者は自分が馬鹿に攻撃されないためにみんなに政府に従ってはいけないことを教えてくれないのである。私はみんなを説得する自信があるから、こうして政府に従ってはいけないことを教えているのである。日本に多数決がないのは、大勢の考えがまちがっているからである。実際に、今の国民の多くは「政府が国民みんなを幸福にする団体だ」と思って政府に従っている。それはまちがっているから、国民は国民の多くに合わせる必要はない。国民は自分で『政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だから国民みんなを不幸にする団体だ』と正しく考えて政府に従わなければいいのである。フランス革命や一揆[いっき]のときは政府や幕府があからさまに悪いことをしているから、誰かが「今の政府や幕府がひどいことをやっている」と言えばみんなで「そうだそうだ」と言ってみんなでいっしょに政府や幕府を倒せるが、今の日本政府は悪いことを隠れてやって善い団体のふりをしているから馬鹿が政府に騙されて「政府は善い団体だ」と思っているから誰かが『政府は悪い団体だ』と言っても馬鹿は「そうではない」と思うからみんなでいっしょに政府を倒すことはできないのである。維新のときは個人がめいめいで政府や幕府を倒すしかないのである。
[22078] 今の日本政府は日本文化をやらせる団体のふりをしているだけである。
h27.8.13
今では『文化人類学』が出来て、今の日本では国民みんなが『自分がヨーロッパ文化をやれば不幸になる。日本文化をやれば幸福になれる』と考えてヨーロッパ文化をやめて日本文化をやっている。日本文化では善いことをやって悪いことをやってはいけないから、今の日本では国民みんなが善いことだけやって悪いことをやらないようにしている。
日本政府は悪いことを隠れてやるようにして自分が日本文化をやらせる団体のふりをして生き残っているだけである。日本政府はテレビや新聞を利用して自分が善いことをやっていることだけを流して悪いことをやっていることを流さないようにして、国民みんなに政府が日本文化をやらせる団体だと思わせているのである。
しかし、日本政府は本当は昔と同じヨーロッパ文化をやらせる団体のままである。日本政府は昔と同じように悪いことをやっている。
日本は多数決のない国だから、国民は自分が正しいと思うことに従えばいい。国民は自分が正しいと思うことをやればいい。だから、利口な人は『政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だから、自分が幸福になるためには政府に従ってはいけない』ことが正しいと思って、政府に従わなくなっている。いくら政府が「税金を払え」と言っても聞かず、政府に税金を払わなくなっている。
馬鹿は政府の芝居に騙[だま]されて「政府が国民みんなを幸福にする団体だから、自分が幸福になるためには政府に従えばいい」ことが正しいと思って、政府に従っている。
利口な人と馬鹿では正しいと思うことが違うから、やることが反対なのである。日本に多数決がないのは国民の多くが馬鹿で馬鹿がまちがったことを考えるからである。案の定[あんのじょう]、国民の多くは「政府が国民みんなを幸福にする」とまちがったことを考えて政府に従っているのである。
日本では多数決がないから、国民は自分が正しいと思うことをやればいい。ただし、まちがっていれば責任を取らねばならない。今の馬鹿はまちがったことを考えてまちがったことをやっている。馬鹿は「政府が国民みんなを幸福にする」と考えて政府に従っている。政府にお金をやって政府を食わせて政府に悪いことをさせて、政府の命令で悪いことをやってみんなに迷惑をかけている。だから、馬鹿は責任を取らねばならない。馬鹿はみんなに謝[あやま]らねばならない。
国民みんなはしっかり社会科を勉強して政府について考えて政府のことをよく知って正しいことを考えて正しいことをやる人間にならねばならない。毎日遊び呆[ほう]けて暮らして他人の嘘に騙される馬鹿になってはいけない。
[22079] 浦島太郎の玉手箱とは何か? h27.8.13
今の日本政府は自分が悪いことをやっているのを隠して日本文化をやらせる団体のふりをして馬鹿を騙[だま]して生き残っている。
中世の日本政府も同じことをやっていた。中世の日本では国民みんながアジア文化をやるようになったために、中世の日本政府は隠れて悪いことをやってアジア文化をやらせる団体のふりをして生き残っていた。おとぎ話の浦島太郎の玉手箱とは政府が自分が悪いことをやっているのを隠していることである。政府が隠れて悪いことをやっていることである。おとぎ話の浦島太郎は最後に自分で玉手箱の蓋[ふた]を開けて死んでしまった。中世の日本政府は自分で悪いことをやっていることをみんなに言って滅んでしまった。中世の日本政府は自分が嘘[うそ]をついていることにいたたまれなくなって最後には正直に自分の正体を言って滅んだ。中世の日本政府は国民みんなに自分の罪を自首して許しを請[こ]うた。今の日本政府も最後には自分で悪いことをやっていることをみんなに言って滅ぶのかもしれない。
[22080] 日本文化は男尊女卑である。 h27.8.13
日本文化は実力主義である。日本は道徳のある国だから『人間はみな平等である』から才能で出世が決まるから実力主義である。日本人は眼よりも頭で物を見るから『形よりも機能』で物を見るから、日本文化は実力主義である。
実力では男は女よりも上である。人間的な才能は男が女よりも優れている。男には考える才能や新しい物を作り出す才能がある。女には子供を産むとか身体がきれいとかいう動物的な才能があるだけである。だから、日本では男が女よりも上である。日本では男が高度なお金が儲[もう]かる仕事をやって、女が低度なお金が儲からない仕事をする。しかし、それは適材適所と言うことだから、世の中がうまく行くからいいことなのである。景気がよくなるからいいことである。
一方、日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体である。ヨーロッパ文化では女が男よりも上である。ヨーロッパ人は眼で見ることしかわからないので、女が男よりも身体がきれいなので、女が男よりも上である。そのために、日本政府は女が男よりも上の社会にしている。日本政府は女に高度なお金が儲かる仕事をさせて、男に低度なお金が儲からない仕事をさせている。しかし、実力では男が女よりも上だから、今の社会はうまく行かなくなって、景気が悪くなっている。女は給料だけもらって仕事をせずに遊んでいるだけである。女は会社に給料を取りに来るだけである。今の日本社会は役立たずの女に空威張[からいば]りをさせて役立たずの女にいい待遇をさせて仕事の効率が低下して不景気になっている。
今の国民みんなは日本文化をやっている。日本文化は人間を実力で見るから実力のある者を出世させて実力のない者を出世させないから世の中がうまく行く。一方、日本政府はヨーロッパ文化をやらせている。ヨーロッパ文化は人間を見かけで見るから実力のない者を出世させて実力のある者を出世させないから世の中がうまく行かない。今の日本政府はどうせいずれは自分が滅ぶと思ってヤケクソになってありったけヨーロッパ文化の悪いところをやらせて日本人みんなを不幸にしているのである。国民みんなが政府の言いなりになっていると国が滅ぶ。国民みんなはもっと政府のことをよく理解して『政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だから国民みんなを不幸にする』と考えて政府に従うのをやめねばならない。国民みんなは自分で考えて日本文化をやって善い世の中にしないといけない。
ヨーロッパ人は物やお金が好きだが、悪いことも好きである。ヨーロッパ人は悪いことをしたり悪いことをされたりするためなら物やお金が貧しくなってもかまわない。だから、ヨーロッパ人は戦争をするのである。人間は自分が好きなことのためなら他の好きなことを犠牲[ぎせい]にしても辞[じ]さないのである。ヨーロッパ人は物やお金よりも悪いことのほうが好きである。だから、ヨーロッパ人は自分が悪いことをしたりされたりするためには貧乏になってもかまわないのである。ヨーロッパ人は眼で見る喜びを満足するために物やお金が好きなのである。眼で見る喜びを満足するためにはきれいな物をたくさん作らなければならないのでたくさん物やお金が要るからである。ヨーロッパ人にとっては眼で見る喜びよりも悪いことをしたりされたりする喜びのほうが強いから戦争を喜んでやるのである。しかし、最近の戦争は過激になりすぎたためにさすがのヨーロッパ人も戦争が嫌になっているから最近のヨーロッパでは戦争をやらなくなっているのである。一方、日本人は眼で見る喜びがあまりないからきれいな物を作らなくていいから物やお金がたくさん要らないから、物やお金があまり好きではないのである。ヨーロッパ人は悪いことのためならいくら貧乏になってもかまわない。日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だから、どんなに国民みんなが貧乏になろうが不幸になろうがとにかくヨーロッパ文化をやらせて悪いことや変なことをやらせるのである。日本政府は国民みんなに戦争をやらせたり女を男よりも上にしたりするのである。ヨーロッパ人と日本人は心が違う。日本政府は日本人みんなの心を満足しないことをする団体である。日本政府は日本人みんなを不幸にする団体である。だから、日本人みんなは政府に不幸にされないために政府に従うのをやめねばならない。
[22081] 日本政府は日本人を不幸にする団体である。 h27.8.13
今の日本では国民みんなが『自分がヨーロッパ文化をやれば不幸になる。自分が日本文化をやれば幸福になる』と思ってヨーロッパ文化をやめて日本文化をやっている。
日本文化では多数決がない。日本文化では真理に従えばいい。日本文化では自分が正しいと思うことに従えばいい。
今の日本では大勢の国民が「政府は国民みんなを幸福にする団体だ」と思って政府に従っている。しかし、それはまちがいだから国民は大勢の国民に合わせて政府に従わなくていい。本当は『政府はヨーロッパ文化をやらせる団体であり国民みんなを不幸にする団体である』から、政府に従わなければいい。今の日本政府は隠れて悪いことをやって日本文化をやらせる団体のふりをしているだけで、本当は昔と同じヨーロッパ文化をやらせる団体なのである。
利口な国民はすでに自分で正しく考えて政府に従っていない。大勢の馬鹿な国民がテレビや新聞の政府の嘘[うそ]の宣伝に騙[だま]されて政府に従っているだけである。
日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体である。日本人はヨーロッパ文化をやると不幸になる。日本人は日本文化をやれば幸福になる。だから、日本政府は日本人を不幸にする団体である。だから、日本人は日本政府に従わなければいいのである。日本人は日本政府の言うことを聞くのをやめて政府と縁を切って政府を無視して暮らせばいいのである。日本人はヨーロッパ文化をやらないようにして日本文化をやって幸福に暮らせばいいのである。
[22082] 今の日本政府は日本文化をやらせる団体のふりをしている。☆ h27.8.13
近代の日本では国民みんなが「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と思ってヨーロッパ文化をやっていた。日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だったので、国民みんなは自分が幸福になるために政府に従っていた。ヨーロッパ人は自分が悪いことをやったり他人に悪いことをされたりするのが好きなので、国民みんなは自分で悪いことをやったり政府に高い税金を盗られたり戦争で殺されたり国家宗教で虐待されたりして暮らしていた。
今の日本では『文化人類学』が出来て、国民みんなが『自分がヨーロッパ文化をやれば不幸になる。自分が日本文化をやれば幸福になる』と思ってヨーロッパ文化をやめて日本文化をやっている。日本人は自分が善いことをやったり他人に善いことをされたりするのが好きなので、国民みんなは自分で善いことをやったり他人に善いことをされたりして暮らしている。
今の日本政府は自分が悪いことをしているのを隠して日本文化をやらせる団体のふりをしている。今の国民みんなが日本文化をやっているので、日本政府は国民を従わせるために日本文化をやらせる団体のふりをしているのである。しかし、政府は本当は昔と同じヨーロッパ文化をやらせる団体である。日本政府は日本人を不幸にする団体である。だから、日本人は自分が不幸にならないために日本政府に従わなければいいのである。
そういうわけで、今の日本では多くの国民が政府に従わなくなっている。政府の言うことを聞くのをやめて政府に税金を払わなくなって政府を倒している。みんなもいっしょに政府に従うのをやめて政府を倒そう。
[22083] 政治犯とは何か? h27.8.13
政治とはある国の文化をやることである。
近代の日本では国民みんなが「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になる」と思ってヨーロッパ文化をやっていた。ヨーロッパではみんなが悪いことをやったりやられたりするので、国民みんなが悪いことをやったりやられたりしなければならなかった。
しかし、国民みんなの中にはヨーロッパ文化をやらない者もいた。「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になる」ことが正しいと信じているが、自分がヨーロッパ文化をやるのが嫌なのでヨーロッパ文化をやらない者がいた。そういう者は政治犯として捕まって牢屋に入れられて罰せられた。つまり、政治犯とは国民みんながある国の文化をやると決めているのに、自分ひとりだけその国の文化をやらない者のことである。
それと同じように、宗教とはある者の教えをやることである。国民みんながある者の教えをやると決めているのに、自分ひとりだけある者の教えをやらない者は宗教犯とみなされて捕まって牢屋に入れて罰せられる。例えば、昔のヨーロッパでは国民みんながキリスト教をやっていて、天動説がキリストの教えに適[かな]っていると考えられたので、天動説に反する地動説を唱えた者が宗教犯として罰せられたのである。(昔のヨーロッパでは国民がキリスト教をやる根拠がないのに、みんながキリスト教をやっているためにキリスト教に従わない者が罰せられた。だから、ヨーロッパは多数決のある国である。ヨーロッパ人は眼で見るだけで頭で考えない。国民みんなが頭で考えない国は、国民が真理がわからないから真理に従えないから国民みんなに従うしかないから多数決のある国である。だから、ヨーロッパの政府の議会は多数決の原理を採用しているのである。反対に、日本は国民みんなが頭で考える国だから国民が真理がわかるから国民が国民みんなよりも真理に従うから多数決がないのである。ヨーロッパ人は眼で見るだけで頭で考えない。中国人は心で思うだけで頭で考えない。ヨーロッパ人や中国人の馬鹿は馬鹿すぎて他人から真理を教わっても真理がわからないからヨーロッパや中国では多数決があるが、日本人の馬鹿は他人から真理を教われば真理がわかる程度の馬鹿だから日本では多数決がないのである。例えば、今の日本で国民みんなが政府に従っているのは国民みんなが多数決によっているからではなく、国民みんなが政府についての理解が足りないからである。だから、誰かが国民みんなに『日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だから、国民が政府に従うと不幸になる』と正しいことを教えれば、国民みんなはすぐにそれを理解して政府に従うのをやめるのである。相手が眼で見えることしかわからなければ、いくら言葉で説明しても無駄[むだ]である。相手が心で思うことしかわからなければ、なにか面白いギャグを入れないかぎりわかってもらえない。日本人はそれほど見た目や面白さにこだわらないから、話せばわかってくれるのだ。)
今の日本では国民みんなが『自分が日本文化をやれば幸福になる』と思って日本文化をやっている。日本文化には日本文化の法律がある。日本人には日本人に共通の心があるので、日本人は日本人に共通の心を守りながら暮らさなければならないのである。今の日本では日本文化の法律に反する者は捕まって牢屋に入れられて罰せられる。今の日本ではみんなが日本文化をやらねばならない。だから、今でも政治はあるのである。
今の日本では国民みんなが日本文化をやっているのに、日本政府は国民にヨーロッパ文化をやらせたり自分がヨーロッパ文化をやったりしている。今では日本政府が政治犯である。だから、国民みんなで日本政府を捕まえて牢屋に入れて罰しなければならない。
[22084] どうしてヨーロッパ人は眼がいいのか?☆ h27.8.14
ヨーロッパ人は眼がいい。日本人が絵を描くとイメージ画になるが、ヨーロッパ人が絵を描くと写真のようになる。
ヨーロッパ人が眼がいいのはヨーロッパ人が狩猟民族だからである。ヨーロッパは寒い土地なので作物が育たないので昔のヨーロッパ人は狩りをして獲物[えもの]を取って食って生きていたのである。獲物を取るためには眼がいいほうが有利なのでヨーロッパ人は眼がいいのである。獲物を取るためには身体が大きくて足が長いほうが有利なので、ヨーロッパ人は身体が大きくて足が長いのである。自然選択のためにヨーロッパ人は眼がよくて足が長いのである。ヨーロッパ人は眼がいいから眼で見る喜びが強くてきれいな物が好きなのである。ヨーロッパ人はきれいな物が好きだから美形なのである。ヨーロッパ人は眼がいいから現実的なのである。
ヨーロッパ人が悪いことが好きなのも狩猟民族だからである。狩りでは獲物を傷つけて殺さねばならない。だから、ヨーロッパ人は悪いことが好きなのである。人間も獲物だから、ヨーロッパ人は人間に対しても悪いことをして殺したり物を盗[と]ったりするのである。狩りでは獲物と戦うために自分が傷ついたり死んだりするのを恐れてはいけない。だから、ヨーロッパ人は自分が悪いことをされるのも好きなのである。ヨーロッパ人は自分が傷つけられたり死んだりするのが好きなのである。
反対に、アジア人が頭がいいのは農耕民族だからである。アジアは温かい土地なので作物が育つので昔のアジア人は作物を育てて作物を食べて生きていたのである。作物を育てるためには頭がいいほうが有利なのでアジア人は頭がいいのである。作物を育てるためには頭を使って土地を整備したり土地を改良したり肥料をやったり水はけをよくしたりしなければならないので頭がよくなったのである。作物を育てるためには身体が小さくて足が短いほうが有利だから、アジア人は身体が小さくて短足[たんそく]になったのである。自然選択のためにアジア人は頭がよくて足が短いのである。アジア人は頭がいいから頭で考える喜びが強くて考えることが好きなのである。アジア人は頭で考えることが好きだから見かけはどうでもいいのである。アジア人は見かけはどうでもいいから不細工[ぶさいく]なのである。アジア人は頭がいいから空想的なのである。(ドイツやイタリアはヨーロッパとアジアの中間にあるから、ドイツ人やイタリア人はヨーロッパ人とアジア人の合いの子である。ドイツ人はヨーロッパ人と中国人の合いの子で、イタリア人はヨーロッパ人とインド人の合いの子である。インド人は頭がいいから空想的である。ローマはイタリアの都市である。だから、空想的なことをロマンチックと言うのである。)
アジア人が善いことが好きなのも農耕民族だからである。作物を育てるには作物にいい環境を与えて作物を大切にして育てねばならない。だから、アジア人は善いことをするのが好きなのである。人間も作物だから、アジア人は人間に対しても善いことをして相手が喜ぶことをするのである。作物が育つと人間は作物を刈って作物を食べる。人間は作物に善いことをしてもらう。だから、アジア人は自分が善いことをされるのも好きなのである。アジア人は自分が他人に善いことをされるのが好きなのである。
ヨーロッパ人とアジア人の心が違うのは、ヨーロッパとアジアの土地が違うからである。自然選択によってヨーロッパ人とアジア人の心が違うのである。人間の生まれつきの違いはどうにもならない。だから、ヨーロッパ人はアジア人に憧[あこが]れたりせず、アジア人はヨーロッパ人に憧れたりせずに、自分の心を満足して幸福に暮らせばいいのである。
今のヨーロッパ人は狩猟生活をしていないが、これまでの数万年間狩猟生活をしてきたために今でも狩猟民族の形質が強く残っているのである。すぐには狩猟民族の形質がなくならないが、この先数万年たてば狩猟民族の形質もなくなるだろう。今でも多少は狩猟民族の形質が薄くなっている。アジア人についても同じことが言える。人類の文明が進めば人類は狩猟も農耕もしなくなって形質が変わっていくだろう。未来の人類は今の人類とはずいぶん心が違っているだろう。
[22085] 今の日本政府は日本文化をやらせる団体のふりをして国民みんなを騙[だま]している。
h27.8.14
そもそも人間はみな平等である。国民と政治団体は平等である。国民が政治団体に従うか従わないかは国民個人の自由である。国民は自分を幸福にする政治団体に従い、自分を不幸にする政治団体に従わなければいい。国民がキリスト教に入るか仏教に入るかどの宗教団体にも入らないかが国民個人の自由であるのと同じである。
近代の日本では「人間はみな同じである。日本人と外人は同じである。今のヨーロッパ人は幸福に暮らしているから、日本人もヨーロッパ文化をやれば幸福になれる。」ことが正しいと考えられていたから、国民みんなはヨーロッパ文化をやっていた。国民みんなは科学をやって眼で見るだけで頭を使わないようにして悪いことをやり合っていた。日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だったから、国民みんなは日本政府に従っていた。国民みんなは政府の言うことを聞いて高い税金を払ったり戦争で殺されたり国家宗教で虐待されたりしていた。
現代の日本では『文化人類学』が出来て『人間はみな違う。日本人と外人は違う。日本人は日本文化をやらねば幸福になれない。日本人がヨーロッパ文化をやると不幸になる。』ことが正しいと考えられているから、国民みんなはヨーロッパ文化をやめて日本文化をやっている。国民みんなは科学をやって言葉を使って頭で考えて善いことをやり合っている。
そのため、日本政府は国民を従わせるために悪いことを隠れてやって日本文化をやらせる団体のふりをしている。国民みんなは政府の嘘[うそ]に騙[だま]されて「政府が日本文化をやらせる団体だから、政府は国民みんなを幸福にしてくれる」と思って政府に従っている。
しかし、『政府は本当はヨーロッパ文化をやらせる団体である。』政府は今でも昔と同じようにヨーロッパ文化をやらせている。政府は国民みんなを不幸にする団体である。だから、国民みんなは政府に従わなければいいのである。
今の日本では国民みんなは日本文化をやっている。日本文化には多数決がない。だから、国民は国民みんなに従わず真理に従えばいい。国民みんなは「政府が日本文化をやらせる団体だから国民みんなを幸福にする」と思って政府に従っているが、本当は『政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だから国民みんなを不幸にするから、国民みんなは政府に従わなければいい』のである。だから、国民は正しいことに従って政府に従わなければいい。政府の言うことを聞かず、政府に税金を払わず政府を倒せばいい。
そういうわけで、今の日本では多くの国民が政府に従わなくなっている。政府は国民から税金を取れなくなって滅んでいる。
将来、法律会社や学校会社や水道会社やゴミ会社や戸籍会社などが建ったら、国民はそれらの会社と自由に契約してお金を払って仕事をしてもらえばいい。それまではただで利用できるところはただで利用すればいいのである。
[22086] 外国の政府が隠れて悪いことをやらせているのは国民みんなを騙[だま]すためではない。
h27.8.14
ヨーロッパやアメリカやインドなどの政府も隠れて国民に命令して悪いことをやらせているが、それは国家公認である。例えば、アメリカ政府は2001年にイランイラク政府と組んで飛行機を世界貿易センタービル(世界←world←W←私が小学4年生のときにデザインした高知市立朝倉第2小学校の校章に形が似ている(ナンチャッテおじさん、友達の輪、コマネチのポーズなど。ナンチャッテ←ナン←ンナ←川ブ(ン≒川、ナ≒ブ)←川野延夫[かわののぶお](私の名前)←私、私は子供のころに友達とよく列車に乗って遊んでいた。私は子供のころから友達があまり多くなかったから友達の輪なのである。コマネチは美少女で運動が得意で私と反対だから、上下さかさまのWなのである。)←私、貿易←trade←T←天皇)にぶつけて大勢の人を殺したが、アメリカ人はアメリカ政府が悪いことをやらせたと思って喜んでいるのである。外国では国民みんなが政府が隠れて悪いことをやらせているのを知っていて、政府が悪いことをやらせているのを許しているのである。外国の政府はその国の文化を国民みんなにやらせているだけである。外国では国民みんなが悪いことをするのが好きで悪いことをしているから、外国の政府は国民に命令して悪いことをやらせているのである。だから、外国では政府が隠れて悪いことをやらせてもかまわないのである。外国では政府が隠れて悪いことをやらせることによって善い団体のふりをして国民みんなを騙して国民みんなを従わせているのではないのである。外国の文化では悪いことをやってもいいので、外国では政府が国民みんなにその国の文化のお手本を見せるために国民に命令して悪いことをやらせているのである。(大昔のアジアは頭で考える心の善い国だったが、インドは頭で考える方向に中国は心で思う方向に分かれた。そのために、インドは国民みんなが頭で考えるだけになって自分の心をほったらかしにするようになって悪いことをやる国になったのである。一方、日本は海洋国家だから、世界中の国から文化が入ってくるから、文化が偏[かたよ]らず世界中の文化が統合されている。日本では国民みんなが眼で見て心で思って頭で考えることが全部できねばならない。日本では国民みんなが物のことも心のことも数のことも全部わかっていなければならない。だから、日本は国民みんなが善いことをやる国なのである。)
一方、日本政府が隠れて悪いことをやらせているのは、政府が国民みんなを騙すためである。日本では国民みんなが政府が悪いことをやらせているのを知らず「政府が日本文化をやらせる団体だ」と思って政府に従っている。日本政府は隠れて悪いことをやらせることによって自分が悪いことをやらせていないふりをして善い団体のふりをして国民みんなを騙して従わせている。しかし、日本文化では隠れて悪いことをやらせたり嘘[うそ]をついて他人を騙したりしてはいけない。だから、日本では政府が隠れて悪いことをやらせるのはいけないのである。国民みんなは政府の嘘に騙されないようにして『日本政府は日本文化をやらせる団体ではない。日本政府は本当はヨーロッパ文化をやらせる団体である。日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だから国民みんなを不幸にする』と考えて、日本政府に従わなければいいのである。日本政府に従わないようにして日本政府を倒せばいいのである。
[22087] 国民が政治団体に従うか従わないかは国民個人の自由である。 h27.8.15
国民と政治団体は平等である。国民が政治団体に従うか従わないかは国民個人の自由である。だから、国民は自分が幸福になる政治団体に従い、自分が幸福にならない政治団体に従わない。
近代の日本では「人間はみな同じである。今のヨーロッパ人は幸福に暮らしているから、日本人もヨーロッパ文化をやれば幸福になる」ことが正しいと信じられていた。だから、国民みんなは自分が幸福になるためにヨーロッパ文化をやっていた。ヨーロッパ文化では悪いことをやってもいい。だから、国民みんなは悪いことをやっていた。日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だったので、国民みんなは自分が幸福になるために日本政府に従っていた。国民みんなは政府の言うことを聞いて税金や戦争や人殺しなどの悪いことをやっていた。(近代は世界中の国で日本と同じように国民みんなが「人間はみな同じだから、今のヨーロッパでは国民みんなが幸福だから、自分もヨーロッパ文化をやれば幸福になれる」と思って自分から喜んでヨーロッパ文化をやっていた。国民みんなが自分が幸福になるためにヨーロッパ文化をやらせる政治団体に従っていた。それが植民地時代である。日本はヨーロッパから遠いのでヨーロッパ人が来なかったが、ヨーロッパの近くの国にはヨーロッパ人が船に乗って遊びに行っていたのである。ヨーロッパ人がヨーロッパ文化のお手本を示しに行ったのである。ただし、インドや中国などの大国では国民みんなが『自分のほうがヨーロッパ人よりも幸福だ』と思って自分の国の文化をやっていたのである。自分の国の文化をやらせる政治団体に従っていたのである。もっとも、一部のインド人は「ヨーロッパ人のほうが幸福だ」と思ってヨーロッパ文化をやっていた。だから、インドは部分的にヨーロッパの植民地だった。/(この段落の終りまで平成27年9月6日追記→)植民地では国民みんなが自分でヨーロッパ文化をやっていたから、「自分が虐待されると幸福になる」と思っていたから、ヨーロッパ人が植民地のみんなを幸福にするためにわざわざ船で植民地に出向いてやって大砲を撃って虐待してやったのである。それが植民地戦争の実体である。インドや中国でも一部の国民はヨーロッパ文化を支持してヨーロッパ文化をやっていた。だから、ヨーロッパ人がインドや中国に船でやって来ると、ヨーロッパ文化を支持している者がヨーロッパ人を港に迎えてやって、ヨーロッパ人が歓迎に応[こた]えてみんなを幸福にするために大砲を撃ったり銃で撃ったりしてやったのである。つまり、戦争とはヨーロッパ文化をやっている国同士でやっている虐待ごっこなのである。ヨーロッパ人は自分が他人に悪いことをしたり自分が他人に悪いことをされたりするのが好きだから戦争が大好きなのである。今の世界ではアメリカみたいな文化をやっている国は中東の国しかない。だから、今ではアメリカの戦争の相手をしてくれる国は中東の国しかないのである。ほかの国はアメリカみたいな文化をやっていないので、アメリカの戦争の相手にはならないのである。)
戦後の日本では『人間はみな違う。日本人は日本文化をやれば幸福になる。日本人はヨーロッパ文化をやれば不幸になる』ことが正しいと信じられている。だから、国民みんなは自分が幸福になるためにヨーロッパ文化をやめて日本文化をやっている。日本文化では善いことをやって悪いことをやってはいけない。だから、今の国民みんなは善いことをやって悪いことをやっていない。
戦後の日本政府は国民を従わせるために自分が国民に悪いことをやらせているのを隠して日本文化をやらせる団体のふりをしている。国民みんなは政府の嘘[うそ]に騙[だま]されて政府に従っている。国民みんなは「政府が日本文化をやらせる団体だ」と思って政府の言うことを聞いて税金や戦争や人殺しなどをやっている。しかし、本当は日本政府は昔と同じヨーロッパ文化をやらせる団体である。日本政府は国民みんなを不幸にする団体である。だから、国民は日本政府に従わなければいいのである。
そういうわけで、今の日本では多くの国民が自分で正しく考えて日本政府に従わなくなっている。政府は国民から税金を取れなくなって滅んでいる。日本政府の日本国憲法は政府に従う者は守らなければならないが、政府に従わない者は守らなくていい。日本政府に従わない者は政府の憲法を破って政府に税金を払わずにのうのうと暮らしている。
今の日本政府は嘘をついて別の政治団体のふりをしているから日本政府がいけないのは当然である。国民みんなは日本政府に従ってはいけない。
日本政府がなくなったら、また新しい政治団体が建つかもしれない。今の日本では国民みんなは日本文化をやっているから、今度は日本文化をやらせる政治団体が建つかもしれない。しかし、そもそも政治団体はある国の文化を国民にやらせるだけである。政治団体は国民が貧乏になろうが不幸になろうがとにかくある国の文化を強引に国民にやらせるだけである。国民が政治団体に従っても幸福にならない。だから、国民は政治団体に従わなければいい。
宗教団体も政治団体もインチキである。宗教団体や政治団体は国民を幸福にする団体ではない。昔は国民みんなが自分の心を知らなかったから、「宗教団体や政治団体はみんなの心を知っているからみんなを幸福にしてくれる」と思って宗教団体や政治団体の言いなりになっていたのである。今では国民みんなが自分の心について考えて自分の心を知って自分で自分の心を満足しているから、もはや今の国民みんなにとっては宗教団体も政治団体も要らない。だから、今の国民みんなは宗教団体にも政治団体にも従っていない。宗教団体や政治団体は国民みんなからお金をもらえなくなって儲[もう]からなくなって滅んでいる。日本政府の中枢である“ヨーロッパ文化をやらせる団体”はいつも国民みんなの眼の届かないところに隠れている。法律会社や学校会社や水道会社やゴミ会社や戸籍会社などは日本政府の付属会社である。今の国民みんなにとっては法律会社や学校会社や水道会社やゴミ会社や戸籍会社などしか要らない。今の国民みんなは法律会社や学校会社や水道会社やゴミ会社や戸籍会社などと自由に契約してお金をやって仕事をやってもらえばいいのである。

[22088] 今の日本では国民みんなはまじめに日本文化をやらねばならない。 h27.8.15
今の日本では『文化人類学』が出来て、『日本人は日本文化をやれば幸福になれる』ことがわかっている。
だから、国民みんなは日本文化をやればいい。国民みんなは自分が幸福になるためにまじめに日本文化をやればいい。日本文化では善いことをやって悪いことをやってはいけないから、国民みんなは自分が善いことをやって悪いことをやってはいけない。日本人は自分が善いことをやることによって幸福になるから、日本人は自分が幸福になるために善いことをやればいいのである。
日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体である。今の日本政府は国民みんなに合わせて自分が国民に悪いことをやらせているのを隠して日本文化をやらせる団体のふりをしているが、本当はヨーロッパ文化をやらせる団体である。(日本政府がヨーロッパ文化をやらせる団体といっても、日本政府が国民みんなに無理やりヨーロッパ文化をやらせるわけではない。政府は自分に従う者にヨーロッパ文化をやらせるだけである。国民が政府に従えばヨーロッパ文化をやらせるが、国民が政府に従わなければヨーロッパ文化をやらせない。国民が政府に従うか従わないかは国民個人の自由である。いわば、政府は“ヨーロッパ教”の教団(宗教団体)のようなものである。)
だから、国民みんなは日本政府に従わなければいい。日本政府の言うことを聞かなければいい。日本政府の命令でヨーロッパ文化をやらなければいい。日本政府は国民に命令して悪いことをやらせて国民を不幸にするから、国民は自分が幸福になるために日本政府に従わなければいい。例えば、国民が政府の命令で政府に税金を払うのはヨーロッパ文化である。日本文化では必ず国民が会社と契約してお金をやって仕事をやってもらわねばならない。日本文化では国民が政治団体と契約してお金をやって仕事をやってもらわねばならない。今の国民みんなは日本文化をやっているから、政府に税金を払わなければいいのである。
今の国民みんなは日本文化をやっているから、政府の付属会社である法律会社や学校会社や水道会社やゴミ会社や戸籍会社などと契約してお金をやって仕事をやってもらえばいい。ただで利用できるところはただで利用すればいい。日本人みんなで政府に従わないようにして政府に税金を払わないようにして早く政府を倒さねばならない。
日本では税金は取れないから、福祉会社は国民からの寄付か国民との契約によって福祉の仕事をやらねばならない。国民はがんばって働いてお金を稼[かせ]いで福祉会社にお金を払って自分や他人のために福祉をやってもらわねばならない。福祉が好きではない者は自分がカタワになったり年寄りになったりして幸福に生きられなくなったら医者に頼んで自分を殺してもらえばいい。これまでは日本政府が自分が福祉をやっているのをいいことにして国民を従わせるために『死ぬ自由』を認めなかった。今では国民みんなは日本文化をやっているから日本政府に従わなくていい。国民が福祉をやってもらうかやってもらわないかは国民個人の自由である。国民が自分を生かすか殺すかは国民個人の自由である。医者も国民の『死ぬ自由』を認めて柔軟に時代に対応しないといけない。
[22089] どうして江戸幕府は倒れたか? h27.8.16
幕末の日本では国民みんなが「今のヨーロッパではみんなが幸福に暮らしているから、日本人が幸福になるためにはヨーロッパ文化をやればいい」と考えてヨーロッパ文化をやるようになっていた。
江戸幕府はアジア文化をやらせる団体だったから、国民みんなは江戸幕府に従わなくなった。国民みんなは江戸幕府の言うことを聞かなくなって江戸幕府に年貢[ねんぐ]を納めなくなった。そのため、江戸幕府は倒れた。
それと同じように、今の日本では国民みんなが『日本人が幸福になるためには日本文化をやればいい』と考えて日本文化をやるようになっている。
日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だから、国民みんなは日本政府に従わなくなっている。今の国民みんなは『日本政府は嘘[うそ]をついて日本文化をやらせる団体のふりをしているが、本当はヨーロッパ文化をやらせる団体だ』と考えて日本政府に従わなくなっている。国民みんなは日本政府の言うことを聞かなくなって日本政府に税金を払わなくなっている。そのため、日本政府は倒れている。
ヨーロッパ人は物やお金が好きで、眼で見ることが好きで言葉や考えることが嫌いで、悪いことが好きである。一方、日本人は物やお金が好きで、言葉や考えることも好きで、善いことが好きである。ヨーロッパ人と日本人はかなり違う。ヨーロッパ人と日本人は物やお金が好きなところが同じだけである。日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だから、日本人の心の1/3しか満足しない。日本政府では日本人の心を満足できない。国民が日本政府に従っても無駄[むだ]である。だから、国民は日本政府に従わなければいいのである。ヨーロッパ人は眼で見るだけで頭で考えない。ヨーロッパ人には人間性がない。人間らしさがない。日本人から見たらヨーロッパ人は地べたをはいつくばっている獣[けもの]のようだ。
国民が政治団体に従うかどうかは国民個人の自由である。国民は自分が幸福になると思う政治団体に従えばよく、自分が幸福にならないと思う政治団体に従わなければいい。
今では国民は自分で自分の心について考えて自分の心を知って自分の心を満足して幸福に生きている。今では国民は政治団体や宗教団体に自分を幸福にしてもらう必要はない。政治団体や宗教団体は時代遅れである。今後は政治団体や宗教団体がなくなって、国民は法律会社や学校会社や水道会社やゴミ会社や戸籍会社などと自由に契約してお金をやって仕事をやってもらうだろう。
[22090] 医療保険制度の正体は税金である。 h27.8.19
医療保険制度の実体は医療税である。政府が税制を利用して税制を拡張して国民みんなから税金を取って医者と山分けしているのである。医療保険制度があるおかげで、国中の病院がコンビニみたいになって、医者が自分で勝手に治療費を決められなくなって腕のいい医者が儲[もう]からなくなって医者の腕の磨き甲斐[がい]がなくなっている。腕の悪い医者がのさばる原因になっている。ブラックジャックみたいな医者がいなくなっている。昔は腕の悪い医者の病院は潰[つぶ]れていた。今は医療保険制度があるから潰れない。(もっとも、私は国民みんなが平等に医療を受けられるから医療保険制度そのものには反対しない。医療保険制度があっても腕のいい医者のところには多くの病人が来てくれるから腕のいい医者は儲かるから医療保険制度があってもかまわない。ただ、今の医療保険制度は政府がやっているから、政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だから、医療保険制度の実体は税金つまり強盗だから、医療保険制度に反対するのである。)
消費税は、政府が税制を利用して税制を拡張して国民みんなから税金を取って商人と山分けしているのである。
しかし、今では国民みんなは日本文化をやっている。日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だから、税金はヨーロッパ文化だから、日本政府は国民にヨーロッパ文化をやらせるために国民から税金を取るのである。今の国民みんなは日本文化をやっているから、国民みんなは日本政府に従わず税金を払わなくていい。国民みんなは税金も医療保険費も消費税も全部払わなくていい。
そういうわけで、今では国民みんなが税金も医療保険費も消費税も全部払わなくなっている。日本でヨーロッパ文化をやってはいけない。日本では日本文化をやらねばならない。日本では国民みんなが日本文化に則[のっと]って生活しなければならない。日本文化では悪いことをやってはいけないから強盗をやってはいけないから、税金は強盗だから、税金を取ってはいけない。日本文化では『人間がみな平等である』ことを厳密に守って必ず国民が会社と契約してお金と仕事を交換しないといけない。それが今の社会の決まりである。
人間は自分の心を満足すれば自分が幸福に暮らせる。人間は他人の心を満足しても自分が幸福に暮らせない。日本人には日本人の心がある。日本文化は日本人の心が物の上に表現されたものである。日本人は日本文化をやれば幸福に暮らせるようになっている。今の日本で国民みんなが幸福に暮らせるのは、自分で日本文化をやっているからである。今の日本で国民みんなが幸福に暮らせないのは、日本政府にヨーロッパ文化をやらされているからである。日本政府は日本文化をやらせる団体のふりをしているが、本当はヨーロッパ文化をやらせる団体である。日本人の心とヨーロッパ人の心は違う。日本人は日本文化をやると幸福になるが、ヨーロッパ文化をやると不幸になる。国民みんなは自分が幸福に暮らすために日本文化をやって、国民にヨーロッパ文化をやらせる日本政府に従わないようにしないといけない。
[22091] 今の日本政府は国家宗教をやらせていないふりをしている。 h27.8.19
今の日本政府は隠れて私を国家宗教の神にして国民に命令して国家宗教をやらせている。
今の日本政府は隠れて国民にヨーロッパ文化をやらせることによって自分が日本文化をやらせる団体のふりをして国民みんなを騙[だま]して国民みんなを従わせている。日本政府は隠れて国民に悪いことをやらせるだけではなく、一般に隠れて国民にヨーロッパ文化をやらせることによって日本文化をやらせる団体のふりをしている。しかし、本当は日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体なのである。
日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だから、国家宗教はヨーロッパ文化だから、日本政府は国民にヨーロッパ文化をやらせるために国民に国家宗教をやらせるのである。天皇のことは国民みんながすでに知っているので日本政府が天皇を神にして国家宗教をやらせると国民みんなに日本政府が国家宗教をやらせていることがバレるので、私のことは国民みんなが知らないので日本政府は私を神にして国家宗教をやらせて国民みんなに日本政府が国家宗教をやらせていることが知られないようにしているのである。日本政府は国民みんなが私のことを知らないことを利用して自分が国民にヨーロッパ文化をやらせていることを気づかれないようにしているのである。今の日本政府は自分が日本文化をやらせる団体のふりをするために、隠れて国民に国家宗教をやらるために、無名の私を国家宗教の神にしているのである。日本政府は自分が隠れて国家宗教をやらせるために便利だから、無名の私を国家宗教の神にしているのである。日本政府は国民みんなが知らない私を国家宗教の神にすることによって自分が国家宗教をやっていないふりをして日本文化をやらせる団体になりすましているのである。
国民が政治団体に従うか従わないかは国民個人の自由である。だから、ほかの考えによって国民が政治団体に従うか従わないかが決まるのである。今の日本では国民みんなは『日本人は日本文化をやらねば幸福になれない』と考えて日本文化をやっている。ところが、『日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体である。』だから、国民みんなは日本政府に従わなければいいのである。政府の命令で国家宗教をやらなければいいのである。
そういうわけで、今の日本では国民が日本政府に従わなくなって日本政府が国民から税金を取れなくなって日本政府が滅んでいるのである。
[22092] どうして自衛隊があるのか?☆ h27.8.19
日本政府の正体はヨーロッパ文化をやらせる団体である。今の日本政府は隠れてヨーロッパ文化をやらせることによって日本文化をやらせる団体のふりをしているが、本当はヨーロッパ文化をやらせる団体である。
ヨーロッパ文化には税金と戦争と国家宗教がある。つまり、ヨーロッパ文化には強盗と人殺しと虐待がある。ヨーロッパ人は自分が他人に悪いことをやったり自分が他人に悪いことをされたりするのが好きだから、ヨーロッパ文化では悪いことをやってもいいのである。だから、日本政府は国民にヨーロッパ文化をやらせるために、国民に戦争をやらせるために、国民が政府に殺されるために、自衛隊を設けて一部の国民に戦争みたいなまねをさせているのである。つまり、自衛隊は戦争の代わりなのである。日本政府は隠れて国民にヨーロッパ文化をやらせるために自衛隊を置いているのである。日本政府は日本の防衛のために自衛隊を置いているのではないのである。今の世界では戦争をやっていないから、日本の防衛のためなら自衛隊なんか置く必要はない。同じように、日本政府が国民から税金を取っているのは、政府が国民を幸福にする事業をやるためではなく、国民が政府に強盗されるためである。つまり、政府が国民にヨーロッパ文化をやらせるためである。政府は自分がやっていることに対して嘘[うそ]の日本文化風の理由を付けることによって自分が日本文化をやらせる団体のふりをしているのである。ヨーロッパ文化では嘘をついてもいいから、政府は国民みんなにヨーロッパ文化をやらせるために嘘をついているのである。政府は本当は悪いことをやらせているのに嘘をついて善いことをやらせていると思わせているのである。政府は本当はヨーロッパ文化をやらせる団体なのに日本文化をやらせる団体だと思わせているのである。
今の日本政府は隠れて国民にヨーロッパ文化をやらせることによって自分が日本文化をやらせる団体のふりをしている。しかし、日本政府は本当はヨーロッパ文化をやらせる団体である。しかし、今の国民みんなは『日本人は日本文化をやらねば幸福になれない。日本人がヨーロッパ文化をやると不幸になる。』と考えて日本文化をやっている。だから、国民みんなは日本政府に従わなければいいのである。国民は『自分が宗教団体に従っても幸福になれない』と思うなら宗教団体に従わなければいいから、国民は政治団体に対しても『自分が政治団体に従っても幸福になれない』と思うなら政治団体に従わなければいいのである。国民が政治団体に従うか従わないかは国民個人の自由である。国民には政治団体に従わねばならない義務はない。一部の国民がプラカードを持ってデモしている(政府に抗議している)のは政府のヤラセ(つまり政府が一部の国民にお金をやってやらせた芝居)である。国民が宗教団体や政治団体をやめるもうひとつの原因はお金がないことだ。お金がないと宗教団体や政治団体に入れないからやめるしかない。昔の人は「自分が宗教団体や政治団体に入っていたら自分が幸福になれる」と思っていたので高いお金を出してまで宗教団体や政治団体に入っていたのだ。自分がお金がないために宗教団体や政治団体をやめねばならないときは泣く泣くやめていたのだ。今の日本は不景気で国民はお金がない。だから、今の国民がお金がなくて困っていたら日本政府をやめればいいのである。日本政府をやめれば日本政府に高い税金を払わなくてもいいのである。今の国民は「自分にお金がなくて税金を払えない」という理由で政府をやめればいいのである。
そういうわけで、今の日本では国民が政府に従わなくなって政府が国民に命令して税金を取れなくなって政府が滅んでいるのである。
国民が政治団体や宗教団体に入っていると、国民がいつも政治団体や宗教団体の命令を聞いて暮らさねばならないので鬱陶[うっとう]しい。たとえ政治団体や宗教団体が善い命令を出しても自分が遊びたいときだったら邪魔[じゃま]である。国民が政治団体や宗教団体に入っていないと、国民は自由に自分で考えて行動できるので気持ちがいい。だから、これからは国民みんなは政治団体や宗教団体に入らず自分で自由に暮らせばいい。国民みんなは自分の心の面倒は自分で見ればいい。国民みんなは自分が利用したいときだけ法律会社や学校会社や水道会社やゴミ会社や戸籍会社などにお金を払って仕事をやってもらえばいい。
日本は多数決のない国である。だから、法律を決めるためにたくさんの国会議員は要らない。国会議員の選挙も要らない。法律の専門家が少数いればいい。これまでは日本では国民みんながヨーロッパ文化をやっていて、ヨーロッパ文化では多数決があるから、法律会社もヨーロッパ文化をやって多数決で法律を決めていたのである。これからは日本では国民みんなが日本文化をやるから、日本文化には多数決がなく真理に従うだけだから、法律会社も日本文化をやって自分で正しく考えて法律を決めねばならない。『人間がみな平等である』原理に基づいて法律を決めねばならない。それから、法律会社は日本文化に則した法律を定めねばならない。これまでは日本では国民みんながヨーロッパ文化をやっていたから、法律会社はヨーロッパ文化に則した法律を定めていたのである。ヨーロッパ文化では悪いことをやってもいいから強盗や人殺しや虐待などをやってもいいから、法律会社は「日本政府が国民から税金を取る法律」や「日本政府が国民に戦争をやらせる法律」や「日本政府が国民に国家宗教をやらせる法律」などを定めていたのである。これからは日本では国民みんなが日本文化をやるから、法律会社は日本文化に則した法律を定めねばならない。日本文化では悪いことをやってはいけないから強盗や人殺しや虐待などをやってはいけないから『人間がみな平等である』ことを守らなければならないから、法律会社は『政治団体も宗教団体も法律会社もその他の会社もすべての会社がちゃんと国民と契約してお金をもらって仕事をしないといけない法律』や『すべての会社が国民に戦争をさせてはいけない法律』や『すべての会社が国民を虐待してはいけない法律』などを定めねばならない。
日本人は自分で考える力が弱い。だから、学校会社は国民に正しいことを教えるだけではなく、自分で考えることもさせねばならない。国民が自分で考えて、自分で考えたことを言葉で表現する練習をさせねばならない。国民に国語の時間に作り話を教える暇があったら、自分で考える練習をさせたほうがいい。これまで日本では国民みんながヨーロッパ文化をやっていて、ヨーロッパ文化では眼で見るだけで頭で考えないから、学校会社も国民にヨーロッパ文化をやらせるために国民に頭で考えさせなかったのである。これからは日本では国民みんなが日本文化をやるから、日本文化では頭で考えるから、学校会社も国民に日本文化をやらせるために国民に頭で考えさせねばならないのである。それから、学校会社は国民に科学や数学を教えるだけではなく、道徳も教えねばならない。道徳は人間が幸福に生きるために必要不可欠だから、国民に絶対に道徳を教えねばならない。これまでは日本では国民みんながヨーロッパ文化をやっていて、ヨーロッパ文化には道徳がないから、学校会社も国民にヨーロッパ文化をやらせるために国民に道徳を教えなかったのである。これからは日本では国民みんなが日本文化をやるから、日本文化には道徳があるから、学校会社も国民に日本文化をやらせるために国民に道徳を教えねばならない。ヨーロッパに道徳がないのは、道徳があったら悪いことがやれないからである。ヨーロッパ人は悪いことが大好きだから、自分が悪いことをやるために道徳をやらないのである。
水道会社も国民に美味[おい]しい水を飲まさねばならない。私が中学2年のとき家族で東京に旅行に行ったことがあったが、東京のホテルに泊まったとき水が不味[まず]くて飲めなかった。これまでは日本では国民みんながヨーロッパ文化をやっていて、ヨーロッパ文化では水が不味いから、水道会社も国民にヨーロッパ文化をやらせるために国民に不味い水を飲ませていたのである。これからは日本では国民みんなが日本文化をやるから、日本文化では水が美味しいから、水道会社も国民日本文化をやらせるために国民に美味しい水を飲まさねばならない。
[22093] 日本人とヨーロッパ人では悪いことの意義が違う。 h27.8.20
日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体である。ヨーロッパ文化ではみんなが悪いことをやる。だから、日本政府は悪いことをやらせる団体である。
だから、悪いことをやりたい国民は日本政府を支持して日本政府に従っている。例えば、会社の社長や宗教団体や暴力団が政府を支持して政府に従っている。
しかし、日本人とヨーロッパ人では悪いことの意義が違う。日本人は自分の欲望をかなえるための手段として悪いことをやる。日本人はお金を儲[もう]けたり物を奪ったり恨[うら]みを晴らすために悪いことをするだけである。だから、そもそも日本人は悪いことが嫌いである。日本人は自分の欲望をかなえるためにいやいやしかたがなく悪いことをやるのである。自分が悪いことをやるのが嫌なのを我慢[がまん]して悪いことをする。一方、ヨーロッパ人は悪いことをするのが目的である。ヨーロッパ人は悪いことをすると気持ちよくなるから悪いことをしたがるのである。ヨーロッパ人にとっては悪いことをすること自体が喜びだから、何の目的もなく何の前ぶれもなくいきなり悪いことをするである。日本人は善いことが好きで悪いことをいやいややるが、反対にヨーロッパ人は悪いことが好きで善いことをいやいややるのである。
したがって、自分の欲望をかなえるための手段として悪いことをやりたい者は日本政府に従ってはいけない。日本人には悪いことをすること自体が喜びの者なんかいないから、自分の欲望をかなえるための手段として悪いことをするだけだから、日本人は日本政府に従ってはいけない。日本人の中には日本政府に従える者はいない。
日本人の中には悪いことをすること自体が喜びの者はいないから、日本人にとっては日本政府は無用である。だから、日本人は日本政府に従わなければいい。日本では国民みんなが日本政府に従わないようにして日本政府を倒せばいい。
[22094] 国民の大勢は馬鹿である。 h27.8.20
日本は多数決のない国である。
日本に多数決がないのは『国民の大勢が馬鹿でまちがったことをやっていて、国民の少数が利口で正しいことをやっている』ためである。国民みんなはそのことをよく知っているから、多数決をやらないのである。国民みんなが多数決をやったら国民みんながまちがったことをやるようになって国が滅ぶから、国民みんなは多数決をやらないのである。
実際に、今の国民の大勢が政府に従っているのは、国民の大勢が馬鹿でまちがったことをやっている証拠である。だから、日本人が多数決をやらないのは正しいのである。
今の日本では国民みんなは日本文化をやっている。日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体である。だから、国民みんなは日本政府に従わなければいい。日本政府は滅んでなくなればいい。
正しい者はそう考えてすでに政府に従っていない。日本には多数決がないから、国民は多数決よりも真理に従わねばならない。国民みんなは正しい者を見習って政府に従うのをやめねばならない。
『地球が回っている』ことは簡単だが、近代までは誰もそのことを知らなかった。だから、人類の大勢は馬鹿なのである。それと同じように、『日本政府がヨーロッパ文化をやらせる団体である』ことも簡単だが、そのことを知っている者は少ない。だから、日本人の大勢は馬鹿なのである。文明が進んでいるから外見は馬鹿には見えないが、本当は馬鹿なのである。だから、国民は国民みんなを当てにせず、自分で考えて真理に従わねばならない。
[22095] 自分の国の文化と外国の文化を混ぜてはいけない。 h27.8.21
今は国際化の時代である。たくさんの人や物が国境を越えて行き来している。
だからといって、国民みんなが自分の国の文化と外国の文化を混ぜてはいけない。そんなことをしたら、誰の心も満足しない文化になる。
昔マニ教という宗教があった。マニ教は世界中のすべての神の教えを守らせる宗教だった。しかし、それゆえに誰の心も満足しない宗教になって、マニ教に入る者がいなくなって潰[つぶ]れた。
国民みんなが世界中の文化を混ぜることはマニ教と同じである。そんな文化では世界中の誰の心も満足できない。そんな文化では世界中の誰も幸福に暮らせない。世界中の誰もそんな文化をやりたくない。そんな文化は滅ぶだけである。
今は国際化の時代である。たくさんの人や物が国境を越えて行き来している。だからといって国民みんなが自分の国の文化と外国の文化を混ぜてはいけない。国民みんなが自分の国の文化を守らなければならない。国民みんなが自分の国の文化をやって幸福に暮らさねばならない。国民みんなが自分の国の文化と外国の文化の違いを認めて、外人が自分の国にやって来て人殺しをしたり強盗したりしないかぎり外人がいくら自分にとって気に食わないことをやっていても外人のやることに口出ししてはいけない。それが本当の国際化である。
今の日本では国民みんなが日本文化をやっている。日本文化では国民は頭で考えて科学や数学や道徳をやらねばならない。見かけにこだわったり作り話をやってはいけない。そうしてはじめて日本人は幸福に暮らせるのである。ところが、今の日本では大勢の国民が日本文化に反して暮らしている。だから、今の日本では大勢の国民が不幸に暮らしているのである。そういう者にとっては日本文化をやらせる団体が必要になるかもしれない。
キリスト教はキリストの教えを守ることである。ヨーロッパ人はキリストの教えを守れば幸福になれるからキリスト教をやっている。キリスト教会はみんなにキリストの教えを守らせて幸福にすることが仕事なのである。仏教はブッダの教えを守ることである。アジア人はブッダの教えを守れば幸福になれるから仏教をやっている。仏教団体はみんなにブッダの教えを守らせて幸福にすることが仕事である。ところが、神武天皇教や川野教はない。もしかしたら、日本人は神武天皇の教えや私の教えを守れば幸福になれるかもしれないが、神武天皇教や川野教はない。日本では日本政府が国家宗教をやるために神武天皇教や川野教をやっているだけである。日本では国家宗教は政治団体の道具にすぎないのである。
日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体である。日本政府は国民にヨーロッパ文化をやらせて幸福にすることが仕事である。ところが、今では『日本人はヨーロッパ文化をやれば不幸になる。日本人は日本文化をやれば幸福になる。』ことがわかっている。だから、日本政府は国民を不幸にしているだけである。日本政府のやっていることは仕事ではない。日本政府は自分で滅ぶべきである。しかし、日本政府はなかなかそうしてくれない。だから、国民が自分で日本政府に従わないようにして日本政府にお金をやらないようにして日本政府を倒さねばならない。
[22096] 今の日本では政府が滅んでいる。 h27.8.22
国民が宗教団体に従うか従わないかが国民個人の自由であるように、国民が政治団体に従うか従わないかも国民個人の自由である。国民が自分が宗教団体に従っても幸福になれないと思うなら宗教団体に従わなければいいように、国民は自分が政治団体に従っても幸福になれないと思うなら政治団体に従わなければいい。
日本は多数決のない国である。だから、国民は多数の国民に従わず、正しいことに従えばいい。
今の日本では国民みんなは『日本人は日本文化をやれば幸福になる。日本人がヨーロッパ文化をやれば不幸になる』と考えて日本文化をやっている。ところが、日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体である。日本政府は嘘[うそ]をついて日本文化をやらせる団体のふりをしているが、本当はヨーロッパ文化をやらせる団体である。だから、国民みんなは日本政府に従わなければいい。税金や戦争や国家宗教などはヨーロッパ文化である。日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だから、国民に命令して税金や戦争や国家宗教などをやらせるのである。今の日本では国民みんなは日本文化をやっているから、国民みんなは日本政府の命令を聞かず税金や戦争や国家宗教などをやらなければいい。日本政府は国民から税金を取れなくなって滅べばいい。
今の日本ではそのように考えて日本政府に従わなくなっている国民が増えている。日本政府は国民からどんどん税金がもらえなくなって滅んでいる。
今の日本では国民みんなは日本文化をやっている。日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体である。だから、今の国民みんなにとっては日本政府が要らないから、国民みんなは日本政府に従わなければいい。日本文化では国民は会社と契約してお金をやって仕事をやってもらえばいい。だから、今では国民みんなは政府の法律会社や学校会社や水道会社やゴミ会社や戸籍会社などと契約してお金をやって仕事をやってもらえばいい。
今の日本ではそのように考えて政府に従わず政府の法律会社や学校会社や水道会社やゴミ会社や戸籍会社などと自分で契約してお金をやって仕事をやってもらっている国民が増えている。(今の日本では国民みんなが日本文化をやっているから、日本文化には税金や戦争や国家宗教がないから、日本のすべての会社が国民と契約を取ってお金をもらって仕事をしないといけない。法律会社も国民と契約を取ってお金をもらって仕事をしないといけない。国民は法律会社が月に何万円も取るなら契約しないが、月に5千円ぐらい取るなら契約してもいい。法律会社は料金をうまく決めて経営できるようにしないといけない。)
今は人間が自分で自分の心を知って自分の心を満足して幸福に暮らす時代である。今の人間にとっては宗教団体も政治団体も要らない。いまだに宗教団体や政治団体に従って暮らしている者は自分で自分の心を知ろうとしない人間のクズである。他人の言いなりになって生きるのが好きなキチガイである。だから、国民みんなは早く宗教団体や政治団体に従うのをやめねばならない。国民みんなで早く宗教団体や政治団体をゴミ箱に捨ててしまわねばならない。
[22097] 日本文化には福祉がない。 h27.8.23
日本政府は国民に福祉をやらせている。日本政府がヨーロッパ文化をやらせる団体であり、ヨーロッパ文化には福祉があるからである。福祉すなわちカタワや年寄りを守ることは狩猟民族の本能だからである。ヨーロッパ人は狩猟民族だから、狩猟民族は眼がいいから、ヨーロッパ人は眼がいい。ヨーロッパ人は狩りをして食べていかねばならなかったために眼で見る能力が発達しすぎてしまったのである。ヨーロッパ人は眼がいいために眼で見る喜びが強いから、女は身体がきれいだから、ヨーロッパ人は女が好きである。女は能無しの役立たずだから、カタワや年寄りも能無しの役立たずだから、ヨーロッパ人はカタワや年寄りも大事にするのである。だから、ヨーロッパ人は福祉が好きなのである。ヨーロッパ文化には福祉があるのである。
しかし、今の日本では国民みんなは『日本人は日本文化をやらねば幸福になれない。日本人がヨーロッパ文化をやると不幸になる』と考えて、日本文化をやってヨーロッパ文化をやめている。国民みんなはヨーロッパ文化をやらせる日本政府に従わなくなって日本政府が潰[つぶ]れている。日本政府が国民に福祉をやらせられなくなっている。
日本文化には福祉がない。日本人は農耕民族だから、農耕民族は眼よりも頭がいいから、日本人は頭がいい。日本人は頭がいいために頭で考える喜びが強いから、女やカタワや年寄りを頭で見てただの能無しの役立たずだとみなして生きる価値がない物とみなして見殺しにするのである。女は子供を産む能力があるから生かしてやっているだけである。(男が子供を作るのが好きであるのが納得いかないが。男に“子供を作りたい気持ち”なんかあるわけがない。子供を作りたい男なんか男じゃない。)だから、日本文化には福祉がないのである。日本人は福祉が嫌いなのである。
日本人には福祉の心がない。日本文化では『自分のことは自分でやる』ことになっている。だから、日本人は将来の自分がカタワや年寄りになったときのために福祉をやるのである。今の日本では日本政府が潰れて福祉ができなくなったために、民間の福祉会社が建っている。日本人は自分のために福祉会社に毎月保険金を払うのである。もっとも、日本人にもちょっとだけ他人をいたわる心があるから、保険会社は余ったお金を使って無償でカタワや年寄りの面倒も見てやらねばならない。そうすれば、日本人も他人のために福祉ができるのである。
[22098] 今の日本政府は眼で見えないまま潰[つぶ]れている。 h27.8.23
日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体である。ヨーロッパ文化には税金や戦争や国家宗教がある。つまり、ヨーロッパ文化では強盗や人殺しや虐待をやっていい。だから、日本政府は国民に税金や戦争や国家宗教をやらせているのである。
一方、今の日本では国民みんなは日本文化をやっている。今の日本では国民みんなは『日本人は日本文化をやらねば幸福になれない。日本人はヨーロッパ文化をやると不幸になる。』と考えて、日本文化をやってヨーロッパ文化をやめている。日本文化には税金も戦争も国家宗教もない。日本文化には契約や平和や道徳がある。だから、今の日本では国民みんなは日本文化をやって税金や戦争や国家宗教をやめればいい。国民みんなは日本政府に従わなければいい。日本政府は国民みんなから税金をもらえなくなって滅ぶだろう。今の日本では国民みんなが日本文化をやって政府の法律会社や学校会社や水道会社やゴミ会社や戸籍会社などと契約してお金をやって仕事をやってもらえばいい。
今の日本ではそう考えて日本政府に従わず税金や戦争や国家宗教をやらず日本政府の付属会社と自分で契約してお金をやって仕事をやってもらっている国民が増加している。日本政府は国民から税金がもらえなくなって潰[つぶ]れている。
たとえ日本政府が「国民全員は日本政府に従わねばならない」と言っても、本当は『国民は日本政府に従わなくていい』のである。本当は、国民が日本政府に従うか従わないかは国民個人の自由である。日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体だから、ヨーロッパ文化には嘘[うそ]があるから、日本政府は国民にヨーロッパ文化をやらせるために国民に嘘を言って国民を従わせようとしているのである。国民みんなは日本政府の嘘に騙[だま]されないようにして政府に従うのをやめて政府を倒さねばならない。
今の日本では自分で政府の付属会社と契約してお金をやって仕事をやってもらっている国民が増えている(ナウい)。政府の付属会社は国民からお金をもらって経営している。一方、政府の本体(つまりヨーロッパ文化をやらせる団体)は国民から税金を取れなくなって潰れている。政府の本体はもともと国民みんなの眼の届かないところにあるので、国民がいくら眼で見ても政府の本体が潰れているようには見えないのである。政府の本体は眼で見てもわからないまま潰れてなくなっているのである。政府の付属会社だけが残って、政府の本体がなくなっているのである。
いくら政府の法律会社の法律がヨーロッパ文化の法律のままであっても、実際にはすでに多くの国民が日本文化の法律を守って政府に税金を払わずに暮らしている。そもそも政府の法律会社の法律は政府に従う者が守らねばならないのであって、政府に従わない者は守らなくていいのである。今の国民は政府に従わないから、政府の法律会社が定めた法律を守らず自分で考えて日本文化の法律を守って暮らせばいいのである。
今の国民みんなは日本文化をやっている。日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体である。だから、今の国民は日本政府に従わず自分で勝手に日本文化をやって暮らせばいいのである。
[22099] 実存主義とは何か? h27.8.23
キルケゴールの文章を読んでわかる人は世界に5人もいない。しかし、キルケゴールは新しい世界を切り拓[ひら]いた偉人だ。パイオニアとはそんなもんだ。
実存主義とは、人間が自分の心を満足して生きることである。人間が実在に従って生きる合理主義の反対である。要するに、実存主義とは不合理主義のことである。
今では実存主義が当たり前になっている。今では世界中のみんなが『人間の心はみな違う』原理に基づいて生きている。今では世界中のみんなが他人の真似[まね]をせず自分で自分の心を知って自分の心を満足して幸福に暮らしている。自分の好きなことだけやって嫌いなことをやらないようにしている。世界中のみんなが他人がいくら自分の気に入らないことをやっていても他人に口出ししないようにしている。
例えば、日本人には日本人共通の心がある。日本人は善いことが好きで悪いことが嫌いである。日本人は強盗や人殺しや虐待などの悪いことが嫌いである。つまり、日本人は税金や戦争や国家宗教などの悪いことが嫌いである。だから、日本人は税金も戦争も国家宗教もやらない。日本の法律には税金や戦争や国家宗教という言葉はない。そのうえ、日本人は作りごとが好きではない。日本人はマンガやアニメやドラマや映画や小説などが好きではない。日本人は作りごとを見ると気分がモヤモヤして不愉快[ふゆかい]になる。マンガやアニメやドラマや映画や小説などは面白いふりをしているだけで、本当は面白くない。自分の本心がわからない馬鹿な日本人がまちがって見て自分で自分に面白くない思いをさせているのである。日本人は実在が好きである。日本人は知覚が発達していて眼で見えることについて頭で考えるのが好きだから、実在について考えるのが好きである。日本人は知覚が発達していて心で思うことについて頭で考えるのが好きだから、自分の心について考えるのも好きである。昔は国民みんながヨーロッパ文化をやっていたから、ヨーロッパ人は眼で見るだけで頭で考えないのが好きだから、昔は国民みんながマンガやアニメを見ていた。昔は国民みんなが自分がヨーロッパ文化をやるために自分が不愉快なのを我慢[がまん]しながら『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』を見ていた。今は国民みんなが日本文化をやっているから、日本人は実在について頭で考えるのが好きだから、今では国民みんながマンガやアニメを見なくなっているのである。そのために、今の日本のマンガやアニメは視聴率が低下して予算が減ってつまらなくなっている。マンガ会社やアニメ会社は外人向けにマンガやアニメを作っているからますます日本人にとってマンガやアニメが面白くなくなっている。日本人はマンガやアニメを見ないほうがいい。
[22100] 今の日本では国民みんなは日本政府に従わなくなっている。 h27.8.24
日本政府はヨーロッパ文化をやらせる団体である。
近代の日本では国民みんなが「自分がヨーロッパ文化をやれば幸福になれる」と信じて、自分が幸福になるためにヨーロッパ文化をやって日本政府に従っていた。国民みんなは自分が幸福になるために一生懸命に政府の命令を聞いて税金や戦争や国家宗教などをやっていた。国民みんなは眼で見るだけで頭で考えない訓練をするためにマンガやアニメを見ていた。
現代の日本では国民みんなは『自分が日本文化をやれば幸福になる。自分がヨーロッパ文化をやれば不幸になる』『日本政府は日本文化をやらせる団体のふりをしているが、本当はヨーロッパ文化をやらせる団体である』と考えて、自分が幸福になるために日本文化をやって日本政府に従わなくなっている。国民みんなは日本政府の命令を聞かなくなって税金や戦争や国家宗教をやらなくなっている。国民みんなは自分が幸福になるために日本文化をやって契約や平和や道徳をやっている。
今の日本では日本文化をやらせる団体なんかなくても国民みんなが自分で考えて勝手に日本文化をやっている。国民みんなにとっては日本文化をやらせる団体なんか要らない。そのほうが国民みんなに自由があっていい。今は人間が自分で自分の心を知って自分の心を満足して幸福に暮らす時代である。今は人間が宗教団体や政治団体に従って自分の心を満足して幸福に暮らす時代ではない。宗教団体や政治団体はインチキ臭い上にみんなにいちいち命令して鬱陶[うっとう]しい。宗教団体や政治団体は人前で善い人のふりをしてみんなを幸福にすると思わせるだけで、実際にはみんなに嫌なことばかりやらせてみんなを不幸にする。たとえ国民みんなにとって幸福なことであっても宗教団体や政治団体がオーバーにやらせると国民みんなをかえって不幸にすることになる(例えば、ヨーロッパの戦争のように)。法律会社で十分だ。今後はウザい宗教団体や政治団体のない社会にしよう。