[21501] 日本政府は今の日本人に合った国を作っていない。 h26.10.23
日本政府は昔のヨーロッパで生まれた国を作る団体だから、日本政府は昔のヨーロッパ人に合った国を作る。
昔のヨーロッパ人は眼で見ることがわかるだけで頭で考えることがわからなかった。だから、昔のヨーロッパ人は科学があって道徳がなかった。
そのために、日本政府は科学があって道徳がない国を作るのである。日本政府はヨーロッパから科学や産業を取り入れて、国民に悪いことを命令して国民を不幸にして虐[いじ]めるのである。政府は国民に嘘[うそ]をついて国民の前では善い団体のふりをしているのである。
しかし、今の日本人は頭で考えることがわかって眼で見えることもそこそこはわかる。今の日本人は道徳があってそこそこ科学もある。
そのために、今の日本人は道徳があってそこそこ科学がある国を作っている。今の日本人はヨーロッパから科学や産業を取り入れて、みんなで善いことをしてお互いに幸福にしあって暮らしているのである。
日本政府は昔のヨーロッパ人を喜ばせる国を作っているのであって、今の日本人を喜ばせる国を作っていない。今の日本人にとっては政府は要らない。だから、今の日本人は政府に国を作らせず政府に悪いことをさせず政府に強盗をさせず政府に税金を払わず政府を倒せばいい。日本人に合った国を作る団体を建てて、お金をやって日本人に合った国を作ってもらえばいい。
国を作る団体は国を作ることが仕事である。国を作る団体は国民に国を作って国民を喜ばして国民からお金をもらって儲[もう]けている。国を作る団体は国を作る大工[だいく]のようなものである。だから、国を作る団体は国民に受ける国を作らなければならない。そうしなければ、国民からお金がもらえない。しかし、今の日本政府は昔のヨーロッパ人に受ける国を作って今の日本人に受ける国を作っていない。今の日本政府は自分が権力者で自分が国民みんなに好き放題に命令して国民みんなを不幸にする国を作って、自分が国民みんなに善いことをして国民みんなを幸福にする国を作っていない。だから、今の日本政府は国民みんなから嫌われて国を作るためのお金をもらえなくなって潰[つぶ]れているのである。

[21502] 日本政府は今の日本人が嫌な国を作っている。 h26.10.23
日本政府は昔のヨーロッパ人向きの国を作る団体である。日本政府は昔のヨーロッパ生まれの国を作る団体だから、昔のヨーロッパ人向きの国を作るのである。
昔のヨーロッパ人は科学があって道徳がなかった。
だから、政府は科学があって道徳がない国を作るのである。政府はヨーロッパから科学や産業を受け入れて、自分が権力者をやって国民に悪い命令をして国民を不幸にするのである。
ところが、今の日本人は道徳があって科学もそこそこある。
今の日本人と昔のヨーロッパ人は感性が違う。
だから、日本政府は今の日本人向きの国を作っていない。日本政府は昔のヨーロッパ人が喜ぶ国を作って、今の日本人が喜ぶ国を作っていない。昔のヨーロッパ人は道徳がなかったから、昔のヨーロッパ人にとっては自分たちが悪いことをすることが誇[ほこ]りだったから、政府が国民に悪い命令をして国民を不幸にするのがうれしかったのである。昔のアジア人にとって物やお金がなくて貧乏であるのが誇りだったように、昔のヨーロッパ人にとっては道徳がなくて悪いことをするのが誇りだったのである。今の日本人は道徳があるから、今の日本人にとっては悪いことをする者がいるのが嫌だから、政府が国民に悪い命令をして国民を不幸にするのが嫌である。
日本政府は今の日本人にとって嫌な国を作っている。今の日本人にとっては日本政府は要らない。
“国を作る団体”は国民のために国を作って国民からお金をもらうのが仕事である。国を作る団体が国民が欲しい国を作っていれば国民はお金を払い、国を作る団体が国民が欲しくない国を作っていれば国民はお金を払わない。国を作る団体は国民が喜ぶ国を作って国民からお金をもらってお金を稼[かせ]がなければならない。国を作る団体が国民が喜ばない国を作れば、国民からお金をもらえなくなって滅ぶしかない。
日本政府は今の日本人が嫌いな国を作っているから、今の日本人は日本政府に税金を払わなくなって、今の日本政府は国民みんなからお金をもらえなくなって滅んでいる。それは日本政府の自業自得である。日本政府が国民みんなが欲しくない国を作っているのがいけないのである。
早く日本人が喜ぶ国を作る団体が現れて、日本を道徳とそこそこ科学のある国にして、日本を日本人の心を満足する国にして、国民みんなが幸福に暮らせるようにして欲しい。

[21503] 日本は世界で最初に科学と道徳の両方をやった国である。 h26.10.23
中世までの世界はヨーロッパとアジアに真っ二つに分かれていた。ヨーロッパでは科学があって道徳がなかった。反対に、アジアでは道徳があって科学がなかった。「科学と道徳をいっしょにしたら両方ともなくなってしまう」と信じられていた。だから、ヨーロッパ人は道徳をなかなかやろうとしなかった。アジア人は科学をなかなかやろうとしなかった。
近代になって、日本は世界に先駆[さきが]けて道徳を科学をいっしょにやった。ヨーロッパから科学を取り入れて科学と道徳をいっしょにやった。その結果、『道徳と科学が両立できる』ことがわかった。その後、世界中の国々が日本を真似[まね]て道徳と科学の両方をやるようになった。
近代の日本が科学を取り入れたのは成功だったが、政府を取り入れたのは失敗だった。政府は善い団体のふりをした悪い団体だった。政府は科学のある道徳のない国を作る団体だった。政府は権力者として国民に悪い命令を出して国民を不幸にする団体だった。政府はヨーロッパ人の好きな日本人の嫌いな国を作る団体だった。政府のために日本人は嫌な思いをして暮らさなければならなくなった。
国民がヨーロッパから要らない物を取り入れたなら、さっさと捨てればいい。政府は国を作る団体である。政府は国民のために国を作って国民からお金をもらう団体である。今の日本人にとっては政府が作った国は要らない。今の国民みんなで政府に税金を払うのをやめて政府を潰[つぶ]して、今の日本人が好きな国を作る団体を建てて、これまでに政府が作った国を全部壊して、新しく日本人向きに国を全部一から作り直してもらわねばならない。

[21504] 今の日本政府は国民が欲しい国を作っていないから潰[つぶ]れる。 h26.10.24
今では『科学と道徳が両立できる』ことがわかっている。今では世界中の国でみんなが科学と道徳を両方やって「科学と道徳が両方ある」国にして便利で幸せに暮らしている。日本人もそうしている。
ところが、日本政府は「科学があって道徳がない」国を作る団体である。政府はヨーロッパから科学や産業を取り入れて、国民みんなに好き放題に命令して国民みんなを不幸にして虐[いじ]めて遊んでいる。
日本政府は昔のヨーロッパ人が喜ぶ国を作る。今の日本人が喜ぶ国を作らない。
だから、今の日本人にとっては政府は要らない。政府は偉そうにしているが、もともとは“国を作る団体”にすぎない。政府は国民のために国を作って国民からお金をもらってお金を稼[かせ]ぐ団体である。今の日本政府は日本人が欲しい国を作っていない。だから、政府は国民からお金をもらえずに潰れるのである。日本政府の作る国は昔のヨーロッパ人には売れるが、今の日本人には売れない。昔のヨーロッパ人は「政府が国民を虐める」のが好きだから日本政府の国が好きだが、今の日本人は『国を作る団体がみんなに善いことをする』のが好きだから日本政府の国が嫌である。だから、日本政府は潰れるのである。
国を作る団体がやっていくためには国民が欲しい国を作らなければならない。国民が幸福になる国を作らなければならない。今の政府はそうしていないから潰れるのである。政府が悪いのである。いい気味である。いくら国を作る団体が大きくても国民に国の押し売りは利かない。政府は昔のヨーロッパ人と今の日本人を混同しているからいけない。政府は客層をしっかり把握してから仕事をしなければならない。

[21505] 今では日本が世界中で一番異常な国である。 h26.10.24
ヨーロッパ人は科学があって道徳がないのが誇[ほこ]りだから、政府が国民に悪いことをして国民を不幸にするのが好きである。だから、例えば、ニューヨーク同時多発テロ事件でアメリカ政府が大勢の国民を殺しても、アメリカ政府が鉄道事故を起こして国民を殺しても、国民は政府を嫌だと思わないのである。むしろ、国民は政府が好きだと思うのである。例えば、イギリス地下鉄爆弾テロ事件でイギリス政府が国民を殺しても、タイタニック号沈没事故でイギリス政府が大勢の国民を殺しても、国民は政府が悪いとは思わないのである。むしろ、国民は政府が善いことをしたと思って喜ぶのである。
反対に、アジア人は道徳があって科学がないのが誇りだから、政府が国民を貧乏にするのは好きだが、政府が国民に悪いことをして国民を不幸にするのは嫌である。だから、例えば、日航機123便墜落事故や高知学芸高校上海列車事故やオウム真理教地下鉄サリン事件や福知山線列車事故で日本政府が大勢の国民を殺すと、日本人は政府を嫌だと思うのである。
アメリカやイギリスで政府が国民を虐待するのは、政府が国民好[ごの]みの国を作っているからかまわないが、日本で政府が国民を虐待するのは、政府が国民嫌いの国を作っているからいけない。アメリカやイギリスはヨーロッパの中では遅れた国だから、昔の習慣が濃く残っているから、政府が国民を虐待してもしかたがない。
アメリカやイギリス政府は正しいことをやっているが、日本政府はまちがったことをやっている。世界中の国で国を作る団体が国民が好きな国を作っているのに、日本だけ国を作る団体が国民が嫌な国を作っている。国を作る団体が国民が嫌がる国を作っているのは、世界広しといえども日本だけである。日本の恥である。
だから、アメリカやイギリス政府は国民みんなに支持されて国民みんなから国作りのお金をもらって儲[もう]かるが、日本政府は国民みんなに反対されて国民みんなから国作りのお金をもらえなくなって潰[つぶ]れるのである。
国民に支持される国作りの団体は儲かって残るが、国民に反対される国作りの団体は潰れてなくなる。だから、国民みんなにとって善い国になるのである。世の中はうまく出来ているものである。
今の日本政府は国民みんなに反対されて潰れなければならない。今の日本国民は政府にお金をやらないようにして政府を倒さなければならない。将来、“日本人が好きな国”を作る団体が現れたら、日本国民は団体にお金をやって国を作ってもらえばいい。それで、やっと日本は普通の国になれるのである。

[21506] 国民は“自分が欲しい国”を作る団体から国を買わねばならない。 h26.10.24
会社は国民が欲しい物を作って売って儲[もう]けねばならない。
それと同じように、国を作る団体は国民が欲しい国を作って売って儲けねばならない。
昔のヨーロッパでは国民が「科学があって道徳がない国」が欲しかったから、政府は科学や産業を勧[すす]めて、道徳や法律を抑[おさ]えて、自分で国民に悪いことをして国民を不幸にしていた。昔のヨーロッパでは国民が「政府が国民を不幸にする国」が欲しかったから、喜んで政府に税金を払っていた。
昔のアジアでは国民が「道徳があって科学がない国」が欲しかったから、幕府は科学や産業を抑えて、道徳や法律を勧めて、自分で国民に善いことをして国民を幸福にしていた。昔のアジアでは国民が「幕府が国民を貧乏にする国」が欲しかったから、喜んで幕府に年貢[ねんぐ]を払っていた。
今の世界では国民が『科学と道徳の両方ある国』が欲しいから、国を作る団体は科学や産業を勧めて、道徳や法律を勧めて、自分で国民に善いことをして国民を幸福にしないといけない。今の世界では国民が『国民が裕福に幸福に暮らせる国』が欲しいから、今では国民を裕福と幸福の両方にできる団体でなければ国民からお金がもらえない。
ところが、日本政府は昔のヨーロッパから輸入した“国を作る団体”だから、昔のヨーロッパ人向きの「科学があって道徳がない国」を作っている。日本政府は古臭いヨーロッパの国を作っている。政府は科学や産業を勧めて、国民に悪いことをして国民を不幸にしている。政府は道徳がないから国民に嘘[うそ]をついて国民の前では国民に善いことをして国民を幸福にしているふりをしている。
国民は自分が欲しい物を作る会社にお金を払って物を買う。国民は自分が欲しい物を作る会社がなければお金を払わず物を買わなければいい。国民と会社は平等だから、国民が物を買うか買わないかは国民個人の自由である。
それと同じように、国民は“自分が欲しい国”を作る団体にお金を払って国を買う。“自分が欲しい国”を作る団体がなければお金を払わず国を買わなければいい。国民と国を作る団体は平等だから、国民が国を買うか買わないかは国民個人の自由である。
日本政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。一方、今の日本人は『科学と道徳の両方ある国』が欲しい。日本政府は今の日本人が欲しい国を作っていない。だから、今の日本人は政府の作った国を買わなければいい。今の日本人が政府に税金を払っても無駄[むだ]である。だから、今の日本人は政府に税金を払わないようにして政府を潰[つぶ]せばいい。
将来、“日本人が欲しい国”を作る団体が現れたら、国民は団体にお金を払って国を作ってもらえばいい。それまでは、国民が自分で科学や産業を勧めて、みんなでお互いに善いことをしあって、便利に幸福に暮らせばいい。
いいかげん文明が進んでいるのだから、国民は騙[だま]されてニセモノの善い国をつかまされないようにして、自分で本当に善い国を見分けて、本当の善い国を作る団体にお金をやって善い国を作ってもらわねばならない。今の日本政府は「科学があって道徳がない国」を作っているから、今の日本政府は国民が欲しくない国を作っているから、国民は政府にお金をやらないようにして政府の国を買ってはいけない。

[21507] 今の日本国民は日本政府の命令を聞いてはいけない。 h26.10.24
今では世界中のみんなが科学と法律の両方をやって『科学と法律の両方ある国』を作っている。
今の日本人は『科学と道徳の両方ある国』を作っている。みんなが科学や産業を伸ばして、みんながお互いに善いことをしあって幸福に暮らす国にしている。
ところが、日本政府は昔のヨーロッパ生まれなので「科学があって道徳がない国」を作っている。
だから、国民が日本政府の命令を聞くと日本がどんどん「科学があって道徳がない国」になって行く。国民みんなが道徳がなくなってお互いに悪いことをしあって不幸に暮らして、政府が国民に悪い命令をして国民を不幸にする国になって行く。
だから、今の国民は政府の命令を聞いてはいけない。今の政府は自分の命令を法律に偽装[ぎそう]して国民に命令を聞かせているから、国民は政府の法律を守ってはいけない。
日本政府は今の日本人にとって好きな国を作っていない。だから、今の日本人は日本政府にお金(税金)をやらないようにして国を作らせてはいけない。早く日本人みんなで政府を倒して、『科学と道徳の両方ある国』を作る団体にお金をやって国を作ってもらわねばならない。

[21508] どうして明治時代の国民は政府を受け入れたか? h26.10.24
明治時代の国民が「ヨーロッパ政府は科学と道徳の両方ある国を作っている」と思っていたからである。当時のヨーロッパ政府が法律を持っていたので、明治時代の国民は「ヨーロッパ政府は道徳のある国を作っている」と思ったのである。もしかしたら、黒船に乗っていたアメリカ人が日本人に「ヨーロッパ政府は科学と道徳の両方ある国を作っている」と嘘[うそ]を教えたのかもしれない。
近代以降の国民は『科学と道徳の両方がある国』を作りたいと思っていたので、「ヨーロッパ政府なら科学と道徳の両方ある国を作れる」と思って、ヨーロッパ政府を真似[まね]た日本政府に国を作らせたのである。
ところが、本当は『日本政府は科学があって道徳がない国を作る団体だった』のである。当時のヨーロッパ政府は科学があって道徳がない国を作る団体だったのである。当時の政府の法律は本当の法律ではなく自分の命令を法律にしたものにすぎなかったのである。当時の政府は法律団体のふりをした権力団体だったのである。
そのために、今でも日本政府は「科学があって道徳がない国」を作り続けているのである。日本政府は国民みんなに命令して日本を「科学があって道徳がない国」にしているのである。国民みんなが道徳を失ってお互いに悪いことをしあって不幸にしあって、政府が国民みんなに命令して国民みんなを不幸にする地獄の国にしているのである。ヨーロッパではもともとみんなに道徳がないが、日本では政府が国民みんなに命令して国民みんなの道徳を失わせているのである。このまま日本に政府を置いておくと、日本はどんどん道徳のない国になっていくのである。
昔の国民が「政府が科学と道徳の両方ある国を作る団体である」と考えていたのはまちがいだった。本当は『政府は科学があって道徳がない国を作る団体だった。』だから、今の国民が『政府が科学があって道徳がない国を作る団体だ』と考えて、『政府が国民が望む国を作る団体ではない』と考えて、政府にお金をやらないようにして政府に国を作らせてはいけない。政府を潰[つぶ]さなければならない。
誰にでもまちがいがある。昔の国民にもまちがいがある。明治時代の国民はまちがって政府を受け入れてしまった。だから、今の国民がまちがいを直して政府を取り除かなければならない。今の国民は「科学があって道徳がない国」を作る政府を倒して、『科学と道徳の両方がある国』を作る団体を建てて、早く日本を『科学と道徳の両方がある国』にしなければならない。

[21509] 日本だけ政府が国民が欲しくない国を作っている。☆ h26.10.24
今では世界中の国で“国を作る団体”が国民が欲しい国を作っている。
ヨーロッパでは国民が『科学があって道徳がそこそこある国』が欲しいから、政府がそういう国を作っている。アジアに比べたら道徳がなくてみんなが悪いことをしているが、国民はそれで満足だからそれでいいのである。
アジアでは国民が『道徳があって科学がそこそこある国』が欲しいから、幕府がそういう国を作っている。ヨーロッパに比べたら科学がなくてみんなが物やお金がなくて貧しいが、国民はそれで満足だからそれでいいのである。
それなのに、日本では国民が『道徳があって科学がそこそこある国』が欲しいのに、政府はそういう国を作っていない。政府は国民の希望とは無関係に自分の独断で「科学があって道徳がない国」を作っている。日本では政府が国民が欲しい国を作っていない。国民は政府に対して不満である。
世界中の国では自分の国の“国を作る団体”でやっているから、国を作る団体が国民が欲しい国を作ってくれるのである。ところが、日本は明治維新のときにヨーロッパから国を作る団体を輸入したから、国を作る団体が国民が欲しくない国を作っているのである。日本だけ世界中の国と違っているのである。日本だけ変なことをするから国民が面白くない思いをしているのである。
だから、日本では国民が政府を倒せばいいのである。政府が国民が欲しい国を作っていないから、国民は政府に税金を払わず政府を倒せばいい。国民で早く政府を倒して、自分の国で『道徳があって科学がそこそこある国』を作る団体を建てて、そんな国を作ってもらえばいいのである。そうすれば、日本も世界中の国と同じように国民が幸福に暮らせるようになるだろう。
近代の日本ではヨーロッパと戦争をするために急いでヨーロッパの科学を取り入れなければならなかったから、政府を建てただけである。幕府は「道徳があって科学のない国を作らねばならない」という古臭い考えに取り付かれていて文明開化も戦争も乗り気でなかったから、国民は自分の命を守るために幕府を倒して政府に替えたのである。今では戦争の時代が終わったから政府は用済みだから政府は要らない。だから、国民みんなで政府を倒して、新しく“日本人が欲しい国”を作る団体を建てて国を作ってもらって国民みんなで幸福に暮らせばいいのである。
今の日本では国民が自分が欲しくない国にお金を払っているから、政府が残って国民が嫌いな国を作り続けているのである。国民は自分の意思を表示しなければならない。国民は自分が政府の作る国が欲しくなければ、きっぱりと政府にお金(税金)を払わず政府を潰[つぶ]せばいいのである。世界中の国でみんながそうしているから、世界中の国では国を作る団体が国民が欲しい国を作っているのである。例えば、ヨーロッパでは国民が政府に悪いことをされて不幸にされていても、深いところでは国民と政府が平等にやっているのである。ヨーロッパでは政府は国民が欲しい「科学があって道徳がない国」を作ってくれているのである。政府は自分でも悪いことをやって国民を不幸にしているのである。だから、日本でも国民は“自分が欲しい国”を作る団体が現れるまで、国を作る団体にお金を払わなければいいのである。そうすれば、国を作る団体はまじめに国民が欲しい国を作るようになって、国民が自分が好きな国の中で暮らすことができて幸福になれるのである。日本は世界を見習って国民みんなでそういう習慣を作ればいいのである。

[21510] 昔の人は言っていることとやっていることが合っていなかった。 h26.10.24
昔のアジアでは国民が「道徳があって科学がない国」が欲しかった。しかし、実際にはかなり科学があった。本当に科学がなかったら、物がなくて食べる物がなくてみんなが飢え死にしてすぐに国が滅ぶからである。
昔のヨーロッパでは国民が「科学があって道徳がない国」が欲しかった。しかし、実際にはかなり道徳があった。本当に道徳がなかったら、みんなが朝から晩まで殺し合いをしてすぐに国が滅ぶからである。
つまり、昔の人は心で言葉を言っていただけであって、言葉が実際にやっていることと合っていなかったのである。
そのために、近代以降は世界中の国で国民が正直に『科学と道徳の両方ある国』が欲しいと言うようになったのである。
そうして、ようやく世界中の文化が統一されるようになったのである。
ところが、今の日本では政府が古臭い「科学があって道徳がない国」を作っている。国民はそんな国を欲しくない。だから、国民みんなで政府が作った国を買わないようにして政府にお金(税金)を払わないようにして政府を潰[つぶ]せばいいのである。政府の替わりに『道徳と科学の両方ある国』を作る団体を建ててお金をやって国を作ってもらえばいい。
今では世界中の国民が『科学と道徳の両方ある国』が欲しい。今では世界中の国民が眼で見ることと頭で考えることの両方がわからなければならない。ヨーロッパ人は眼で見ることに頭で考えることをくっ付けて頭で考えることを理解して、アジア人は頭で考えることに眼で見えることをくっ付けて眼で見えることを理解している。今では世界中の国民が自分の得意なことを活かして苦手なことを克服しようとしているのである。

[21511] 国を作る団体が作った国を買うか買わないかは国民個人が決めることである。☆ h26.10.25
日本政府は昔のヨーロッパ人が欲しかった「科学があって道徳がない国」を作る団体である。日本政府は昔のヨーロッパ生まれの“国を作る団体”だから、昔のヨーロッパ人が欲しかった国を作るのである。
しかし、今の日本人は『道徳があって科学がそこそこある国』が欲しい。
日本政府は今の日本人が嫌いな国を作っている。要らない国を作っている。
物を買うか買わないかは客が決めることである。会社が決めることではない。
だから、今の日本人は政府が作った国を買わなければいい。今の日本人は政府が作った「科学があって道徳がない国」の中で政府にお金を強盗されないようにして、政府の命令で政府に税金を払わないようにして、政府にお金をやらないようにして、政府の国を買わないようにすればいいのである。政府を潰[つぶ]せばいいのである。
将来、日本人が欲しい『道徳があってそこそこ科学もある国』を作る団体が現れたら、日本人はその団体が作った国を買えばいい。日本人は団体が作った『道徳があってそこそこ科学もある国』の中で団体と自由に契約して団体に国作りのためのお金を払って団体に国を作ってもらえばいいのである。
今の日本人は「国民は政府に従わねばならない」と思い込んでいるために、政府に税金を払っている。政府が作った国の中では政府が権力者として国民に好き放題に命令できるので、国民はてっきり「自分が政府に従わねばならない」ものだと勘[かん]違いをしているのである。政府は国民からもらったお金でひたすら「科学があって道徳がない国」を作っている。そのために、日本がどんどん「科学があって道徳がない国」になっている。国民が不良化して悪いことをやるようになっている。国民が道徳を犯して不幸になっている。今の国民は政府が作った国に呑[の]み込まれているから、政府を権力者だと思って政府の命令を聞いているのである。政府は国を作る工場[こうば]のようなものである。政府は自分が作った国を買う者がいるかぎり、国を作り続けるのである。だから、国民が政府に国を作るのをやめさせるためには、政府が作った国を買わないようにするしかないのである。今の国民は政府の作った国から外に出て『政府と自分が平等だ』と考えて、自分が政府が作った国が欲しくないから政府が作った国を買わないようにして、政府に税金を払わないようにして、政府を潰して政府に国を作らせなければいいのである。

[21512] 日本だけ“国を作る団体”が国民が欲しい国を作っていない。 h26.10.25
世界中どこの国でも国を作る団体が国民が欲しい国を作っている。アメリカやイギリスでは国民が「科学があって道徳がない国」を欲しいから、政府がそんな国を作っている。アメリカやイギリスでは国民みんながお互いに悪いことをして不幸にしあって、政府が国民に悪いことをして不幸にしている。ヨーロッパでは国民が『科学があってそこそこ道徳もある国』が欲しいから、政府がそんな国を作っている。ヨーロッパでは国民みんながお互いにちょっとだけ悪いことをして不幸にしあって、政府が国民にちょっとだけ悪いことをして不幸にしている。アジアでは国民が『道徳があってそこそこ科学がある国』を欲しいから、幕府がそんな国を作っている。アジアでは国民みんながお互いに善いことをして幸福にしあって、幕府が国民に善いことをして幸福にしている。ところが、日本では国民が『道徳があってそこそこ科学がある国』が欲しいのに、政府は反対にイギリスやアメリカみたいに「科学があって道徳がない国」を作っている。日本では国民みんながお互いに善いことをして幸福にしているのに、政府が国民に悪いことをして不幸にしている。日本だけ国を作る団体が国民が欲しい国を作っていない。世界中の国で国民が国を作る団体に自分の好きな国を作らせて満足に暮らしているのに、日本だけ国民が国を作る団体に自分が嫌いな国を作らせて不満に暮らしている。日本だけ国民が馬鹿なことをやっている。そもそも国民と国を作る団体は平等である。国を作る団体が作った国の外では国民と国を作る団体は平等である。だから、国民は自分で“自分が欲しい国”を作る団体を選んで国を作らせればいい。自分が欲しい国を作る団体にお金をやって国を作らせればいい。自分が欲しくない国を作る団体にはお金をやらず国を作らせなければいい。だから、日本では国民が政府が作った国を買わないようにして政府にお金をやらないようにして政府を倒して、政府の替わりに“国民が欲しい国”を作る団体を建てて団体にお金をやって国を作ってもらえばいいのである。
近代の日本で国民が政府を建てたのは戦争のためである。当時の幕府は「道徳があって科学がない国」しか作らなかった。一方、政府は「科学があって道徳がない国」を作ってくれた。近代の日本では国民が自分の命を守るためにヨーロッパと戦争をしなければならなかったので、幕府を倒して政府に国を作らせた。近代の日本では国民が政府が作った「科学があって道徳がない国」が欲しくなかったが、国民は自分の命を守るためにやむを得ず政府に国を作らせた。近代の国民は戦争のために政府に国を作らせただけである。しかし、今は戦争の時代ではない。世界大戦後のヨーロッパでは国民の気が変わって国民が『科学があって道徳もそこそこある国』が欲しくなって、国民みんなが善いことをするようになって政府も善いことをするようになって政府が国民に戦争をさせなくなっている。そのため、今の世界では戦争がない。今は戦争がないから、国民は自分が幸福に暮らすことを第一に考えればいい。政府は自分勝手に「科学があって道徳がない国」を作って国民を不幸にするだけである。だから、今の日本では国民は政府が要らない。今の国民は政府が作った国を買わないようにして政府にお金をやらないようにして政府を倒して政府に国を作らせなければいいのである。今の日本では国民は『道徳があってそこそこ科学もある国』が欲しいから、そんな国を作る団体にお金をやって国を作ってもらえばいいのである。

[21513] 今の日本政府は日本人が嫌いな国を作っている。 h26.10.25
政府は国を作る団体である。国を作る団体は、国を作って、国民に国を売って、国民からお金をもらってお金を稼[かせ]いでいる。
そもそも国民と政府は平等だから、政府が作った国を買うか買わないかは国民個人の勝手である。
今の日本政府は昔のヨーロッパ人が欲しかった「科学があって道徳がない国」を作っている。
しかし、今の日本人は『道徳があってそこそこ科学がある国』が欲しい。
今の日本政府は今の日本人が欲しい国を作っていないから、今の日本人は日本政府が作った国を買わなければいい。今の日本人は日本政府に税金を払わなければいい。今の日本人は日本政府が要らないから政府を潰[つぶ]せばいい。
将来、『道徳があってそこそこ科学がある国』を作る団体が現れたら、日本人は団体にお金をやって国を作ってもらえばいい。それまでの間は、国民は多少不便だが自分で自分が好きな国を作ればいい。
日本で明治維新のときに国民が「国を守るために政府を建てよう」と考えたことはまちがいだった。政府は「科学だけあって道徳がない国」を作る団体だから、政府は国民を不幸にするために国を守らずに国民にわざわざ負ける戦争をさせてかえって被害が大きくなってしまった。むしろ、幕府に国を治めさせてヨーロッパの植民地になったほうがよかった。それと同じように、今の日本で国民が「国が豊かになるために政府に従えばいい」と考えていることもまちがっている。政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体だから、政府は国民を不幸にするために国民に損をすることをやらせてかえって国民が貧乏になるだけである。日本は科学や産業で儲かるだけで、政府でかえって損をする。今の国民みんなは正しい考えがあって政府に従っているわけではない。本当は国民みんなは頭でまちがったことを考えてまちがったことをやっている。国民みんなは頭が悪いからよくわからずにまちがったことをやるのである。国民みんなは当てにならない。だから、国民は国民みんなと同じことをせずに、自分で正しく考えて正しことをやらねばならない。国民は政府に税金を払わず政府に国を作らせずに、“日本人が欲しい国”を作る団体にお金をやって国を作らせればいい。

[21514] 国民は“自分が欲しい国”を作る団体にだけお金を払えばいい。 h26.10.25
国を作る団体は国を作ることが仕事である。国を作る団体は国民が欲しい国を作って国民に売ることが仕事である。
そのため、今の世界中の国では国を作る団体が国民が欲しい国を作って国民からお金をもらって儲[もう]けている。例えば、アメリカやイギリスでは国民が「科学があって道徳がない国」を欲しいから、政府がそんな国を作って自分が国民に悪いことをやって国民を不幸にしている。国民はそんな政府に満足している。国民はそんな国の中で幸福に暮らしている。アメリカやイギリスでは政府と国民は『トムとジェリー』(私は子供の頃に大好きだった)のような関係である。つまり、政府と国民が仲良くけんかしているのである。政府と国民はうわべでは対立しているが、じつはお互いに気に入っているのである。
それなのに、今の日本では政府が国民が欲しい国を作っていない。今の日本では国民が『道徳があってそこそこ科学がある国』が欲しいのに、政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。そのために、今の日本では国民が不幸に暮らしている。国民は政府に満足していない。国民は政府が作った国に不満である。
だから、今の日本では国民が政府が作った国を買わなければいい。国民は政府に税金を払わずに政府を倒せばいい。国民は『道徳があってそこそこ科学がある国』を作る団体にお金をやって国を作ってもらえばいい。そうすれば、国民は幸福に暮らすことができる。

[21515] 国を作る団体は国民が欲しい国を作らなければならない。 h26.10.25
“国を作る団体”は国を作って国を売ってお金を稼[かせ]ぐのが仕事である。
そもそも国を作る団体と国民は平等だから、国を作る団体が作った国を買うか買わないかは国民個人の自由である。
そのために、国を作る団体は国民が欲しい国を作っているのである。国を作る団体が国民が欲しい国を作ると国が売れて儲[もう]かるが、国を作る団体が国民が欲しくない国を作ると国が売れず潰[つぶ]れるからである。
実際に、世界中の国で国を作る団体は国民が欲しい国を作っている。だから、世界中で国を作る団体は国民からお金をもらって儲けているのである。
ところが、日本では国を作る団体が国民が欲しい国を作っていない。今の日本の国を作る団体は日本政府である。日本政府は近代にヨーロッパから輸入した団体なので、昔のヨーロッパ人が欲しい国を作る。昔のヨーロッパ人は「科学があって道徳がない国」が欲しかったので、日本政府は「科学があって道徳がない国」を作る。ところが、今の日本国民は『道徳があってそこそこ科学がある国』が欲しい。日本政府は今の日本国民が欲しい国を作っていない。だから、今の日本国民は日本政府が作った国を買わなければいいのである。今の日本国民は日本政府に税金を払わず政府を潰せばいいのである。
今の日本国民の多くは日本政府が作った「科学があって道徳がない国」に呑[の]まれて、「政府を権力者だ」と思って「政府に従わねばならない」と思って政府に従っている。しかし、本当は国民と政府は平等である。政府が作った国の外では国民と政府は平等である。だから、国民は自分が政府が作る国が欲しくなければ買わなければいいのである。国民は自分が欲しい国を作る団体が現れてから、団体にお金をやって国を作ってもらえばいいのである。それまでは、国民が多少不便でも自分で自分が欲しい国を作ればいいのである。国を作る団体は事務だから楽だし、国民全員が客なので儲[もう]かるし、美味[おい]しい仕事である。いわば、国を作る団体は“楽チンに耐える仕事”である。だから、すぐに建つだろう。

[21516] アメリカの軍隊は何の役にも立たない。 h26.10.25
アメリカは「科学があって道徳がない国」である。だから、アメリカではみんなが法律を破って悪いことをやっていい。たとえ警察に殺されても、悪いことをやっていい。だから、アメリカ政府も悪いことをやって大勢の国民を殺しているのである。
しかし、アメリカ以外の国は『科学があって道徳もある国』である。だから、アメリカ以外の国ではみんなが法律を守って善いことをやらねばならない。悪いことをすると警察に捕まって罰せられるから、善いことをやらねばならない。だから、アメリカ以外の国では国を作る団体も善いことをやって国民を幸福にしているのである。
だから、今の世界ではアメリカの中では悪いことをやってもいいが、アメリカの外では悪いことをやってはいけない。だから、アメリカはアメリカ以外の国に対しては悪いことがやれない。だから、いくらアメリカが軍隊を持っていても外国に対して勝手に攻撃できない。アメリカが外国に対して軍隊で脅[おど]すことはできない。だから、アメリカの軍隊は何の役にも立たないのである。
近代まではヨーロッパ中が「科学があって道徳がない国」だったから、世界の半分が戦争をやる国だったから、ヨーロッパがアジアに対して戦争をやることができたが、今ではヨーロッパも『科学があって道徳もある国』になったから、今ではアメリカだけが「科学があって道徳がない国」だから、アメリカだけで戦争をやるわけにはいかないのである。今の世界は『科学と道徳の両方がある世界』だから、その中に「科学があって道徳がない国」があることは本来はいけないことである。国を人に喩[たと]えれば、法律を守らなければならない国に一人だけ法律を守らない者がいるのと同じことである。自分ひとりで悪いことをやるのはいいが、他人に迷惑をかけてはいけない。今の世界が大目に見て国の自由を許してやっているだけだから、アメリカは絶対に外国に対して戦争をやってはいけないのである。近代までの世界はヨーロッパには道徳がなくてアジアには道徳があって道徳(つまり法律)があってもなくてもどっちでもいい世界だったからヨーロッパがアジアに攻め込んで世界大戦ができたが、今の世界はヨーロッパにもアジアにも道徳があって道徳がある世界だからもはやアメリカが外国に攻め込んで世界大戦はできないのである。
アメリカの軍隊は、アメリカ政府が国民から軍事費を取って国民を貧乏にして虐[いじ]めるためにあるのである。アメリカは「科学があって道徳がない国」だから、みんなが悪いことをしていいから、政府も悪いことをやって国民のお金を無駄遣[むだづか]いして国民を貧乏にして国民を虐めるのである。それは、アメリカの勝手である。アメリカの自由である。だから、今後もアメリカは軍隊を持てばいい。

[21517] 日本政府が国民に道徳を教えていないために大勢の国民が不幸になっている。☆ h26.10.25
道徳とは自分で自分の心を操[あやつ]ることである。自分で自分の心を思い通りにすることである。
科学とは自分で物を操ることである。自分で物を思い通りにすることである。
昔のヨーロッパでは道徳がなかったから、みんなが自分の悪い心に負けて悪いことをやって自分で自分を不幸にしていた。
昔のアジアでは科学がなかったから、みんなが物やお金が貧しくて苦しい生活をしていた。
ヨーロッパでは科学があったから、みんなが外の世界を開拓して幸福に住めるようにしてきた。
アジアでは道徳があったから、みんなが内の世界を開拓して幸福に住めるようにしてきた。
今では世界中のみんなが『科学と道徳の両方ある国』が欲しいと思っている。今では世界中のみんなが『人間が幸福に暮らすためには、外の世界も内の世界もよくなければならない』と考えている。
そのために、今では世界中のみんなが科学と道徳の両方を勉強して、外の世界と内の世界の両方をよくして幸福に暮らそうとしている。
ところが、今の日本では政府が古臭い「科学があって道徳がない国」を作っている。今の日本では政府が国民に道徳を教えていない。そのために、今の日本ではみんなが道徳を知らなくて道徳がなくなっている。今の日本ではみんなが道徳を知らないために自分で自分を不幸にして苦しんでいる。私も子供の頃は学校で道徳を教えていないために道徳を知らなくて、オナニーをやって性欲を満足して喜んでいたために、自分の脳を興奮させすぎて脳を壊して精神分裂病に罹[かか]って死ぬまで不幸に暮らさなければならなくなってしまった。今では仕事もなくてお金もなくて死ぬ寸前である。
今の政府が学校で道徳を教えていないために、大勢の国民が道徳を犯して不幸になっている。今の政府が学校で道徳を教えていないのが悪い。政府は国民を幸福にする団体ではない。政府は国民を不幸にする団体である。だから、国民は早く政府を倒して、“国民を幸福にする国”を作る団体を建てて国を作ってもらわねばならない。
人間は物だけでは幸福にはなれない。人間が幸福になるためには心も要る。人間は物と心の両方があってはじめて本当に幸福になれる。日本政府は国民に物の知識だけを与えて心の知識を与えない。日本政府では国民を幸福にはできない。日本政府は国民を不幸にするだけである。だから、国民は自分が幸福になるために、政府を倒して、『物と心の両方が豊かな国』を作る団体に国を作らせねばならない。

[21518] 日本では国民はこれ以上政府に国を作らせてはいけない。☆ h26.10.26
徳川幕府は「道徳があって科学がない国」を作っていた。
政府は反対に「科学があって道徳がない国」を作っている。
二つ合わせて『道徳があって科学がある国』になる。
近代の日本人はそう考えて日本政府を取り入れたのである。
そのため、今の日本は十分『道徳があって科学がある国』になった。おそらくこれ以上は日本は科学のある国にはならない。そういう意味ではこれまで政府もよくがんばってくれた。
それでも、日本政府はこれまでと同じように「科学があって道徳がない国」を作っている。これ以上日本政府に国を作らせると日本が「科学があって道徳がない国」になりすぎてしまう。みんなに道徳がなくなって、みんなが自由に法律を破って悪いことをするようになって、かえって国民が住みにくい国になる。
だから、今の国民は政府を倒してブレーキをかけねばならない。今の国民はもはや政府が作る国が要らないから、政府に税金を払わずに政府を倒せばいい。このへんで、『道徳があってそこそこ科学がある国』を作る団体に替えてお金をやって国を作ってもらえばいい。道徳から法律が出来るから、法律会社が鎖国をせずに自由に外国から文明を取り入れるようにすればいいだけのことである。できれば道徳教育もやってもらいたい。

[21519] 人間が幸福に生きるためには『道徳と科学の両方ある国』でなければならない。 h26.10.26
私が子供の頃に道徳を知らなかったのは、学校や親に道徳を教わらなかったからである。
日本政府は「科学があって道徳がない国」を作っているから、学校で国民に道徳を教えないのである。
私の親は政府が科学があって道徳がない国を作っているから、「今の国民には道徳が要らない」と思って私に道徳を教えず私に自分の好き放題にやっていい放任教育をさせたのである。しかし、そのために、私は『性欲を満足することが悪いことだ』とまったく知らず、中学生の頃にオナニーをやって性欲を満足して喜んで、“自分の脳を興奮させる悪い癖”が身について、高校生のときに自分の脳を興奮させすぎて脳が壊れて精神分裂病に罹[かか]ったのである。
たとえ政府が「科学があって道徳がない国」を作っていても、国民が幸福に暮らすためには『科学と道徳の両方ある国』でなければならない。国民が政府が作る国に合わせて生きていたら、大変なことになる。
人間が幸福に生きるためには『道徳と科学の両方ある国』でなければならない。それが今の世界の常識である。それなのに、今の日本政府は『道徳と科学の両方ある国』を作っていない。日本政府は昔のヨーロッパから輸入した国を作る団体だから、昔のヨーロッパ人は「科学があって道徳がない国」を欲しかったから、日本政府はいまだに「科学があって道徳がない国」を作り続けている。これでは、国民が幸福に暮らせる国にはならない。
国を作る団体は国を作って国を売って儲[もう]ける会社である。国民は国を作る団体が作った国が欲しければ買い、欲しくなければ買わない。政府は今の国民が欲しくない国を作っている。今の国民みんなで政府が作った国を買わないようにして政府に税金を払わないようにして政府を倒さなければならない。将来、今の国民が欲しい『道徳と科学の両方ある国』を作る団体が現れたら、国民はお金を払って国を作ってもらえばいい。

[21520] どうして戦後の日本はアメリカ制の国になったのか? h26.10.26
戦前の日本はヨーロッパに合わせた国にしていたのに、戦後の日本はアメリカに合わせた国にするようになった。
それは、戦後のヨーロッパが進歩したからである。ヨーロッパの国民が「科学があって道徳がない国」が欲しいことから『科学があってそこそこ道徳もある国』が欲しいことに変わったからである。そのために、戦後のヨーロッパでは政府が国民に合わせて『科学があってそこそこ道徳がある国』を作るようになった。戦後のヨーロッパでは政府がそこそこ道徳があることをするようになって、国民に戦争をさせなくなった。だから、戦後のヨーロッパは戦争や植民地をやらなくなったのである。
一方、アメリカやイギリスは世界大戦の戦勝国だったから、戦争に対する反省がなくて、いまだに戦前と同じように国民が「科学があって道徳がない国」が欲しいと思っている。そのために、戦後のアメリカやイギリスは政府が国民に合わせていまだに「科学があって道徳がない国」を作っている。戦後のアメリカやイギリスではあいかわらず政府が道徳がないことをしているから、政府が国民に命令して国民に戦争をさせている。だから、戦後のアメリカやイギリスでは今でも戦争や植民地をやっているのである。
日本では戦前も戦後も日本政府が「科学があって道徳がない国」を作っている。戦前はヨーロッパもアメリカやイギリスも「科学があって道徳がない国」だったから、日本政府はヨーロッパやアメリカと同じ国を作っていたが、戦後はヨーロッパが『科学があって道徳もそこそこある国』になってアメリカやイギリスだけが「科学があって道徳がない国」なので、日本政府はアメリカやイギリスと同じ国を作っているのである。そのために、戦前の日本はヨーロッパ制の国だったが、戦後の日本はアメリカ制の国だと言われるのである。
しかし、今の日本人が欲しいのは『道徳があってそこそこ科学もある国』である。日本政府が作っているような「科学があって道徳がない国」ではない。今の日本人が政府が作った国を買っても自分を不幸にするだけである。だから、今の日本人は政府が作った国を買わないようにして政府に税金を払わないようにして政府を潰[つぶ]せばいいのである。将来、国民で『道徳があってそこそこ科学もある国』を作る団体を建ててお金をやって国を作ってもらえばいいのである。そうすれば、国民が自分が気に入った国に囲まれて幸福に暮らすことができるだろう。
人間の本心は『道徳と科学の両方ある国』を欲しいものである。今のアメリカ人やイギリス人が「科学があって道徳がない国」を欲しいと思っているのがまちがいである。今のアメリカ人やイギリス人は自分で自分の本心がわかっていないのである。今のアメリカ人やイギリス人は自分の心に対する正しい理解がないのである。人間は物の知識だけでも心の知識だけでも本当に幸福には生きられない。人間が本当に幸福に生きるためには物の知識と心の知識の両方が要る。だから、国民が本当に幸福に生きるためには自分の感性に合った国するのではなく、自分の感性を超えてとにかく『科学と道徳の両方ある国』にしなければならないのである。昔の人は「国民が自分の感性に合わせた国を作ればいい」というまちがった方針で国作りをやっていた。そのために、長い間人類は幸福に暮らせなかった。もっとも、昔は通信や交通が遅れていたために東西の文化交流ができなかったからやむを得なかった。むしろ、東西の文化交流ができなかったから、「国民が自分の感性に合わせた国を作ればいい」というまちがった国作りの方針が出来てしまったのである。しかし、今では通信や交通が発達して世界が一つになって東西の文化交流が盛んになって世界中の国で国民が『科学と道徳の両方ある国』を目指して国を作って幸福になっている。だから、アメリカ人もイギリス人もそうすればいい。日本では政府が国民とは別に自分勝手に変な国を作っていて邪魔[じゃま]だから、国民で早く政府を倒して政府をなくして日本を『道徳と科学が両方ある国』にしないといけない。
本来国を作るのは国民みんなである。国を作る団体は国民みんなの国作りの手伝いをするだけである。国作りは国民みんなと国を作る団体の共同作業である。ところが、今の日本では政府が国民みんなと違う国を作っていて、国民の国作りの邪魔をしている。せっかく国民が『道徳があってそこそこ科学がある国』を作っても、政府が「科学があって道徳がない国」を作って、せっかく国民が作った国を政府が壊してしまう。反対に、政府がせっかく「科学があって道徳がない国」を作っても国民が『道徳があってそこそこ科学もある国』を作って、せっかく政府が作った国を国民が壊してしまう。これでは国民と政府が相殺[そうさい]して国作りがうまくいかない。人間が幸福に暮らすためには『道徳と科学の両方ある国』でなければならない。国民が正しく政府がまちがっている。だから、日本では国民は政府を倒して、国民だけで国を作らねばならない。国民で『道徳があってそこそこ科学もある国』を作る団体を建ててお金をやって国を作らせればいい。

[21521] 日本は世界で最初の『道徳と科学の両方がある国』である。 h26.10.27
昔の人は「自分の感性に合った国を作れば自分が幸福に暮らせる国になる」と考えていた。
昔のヨーロッパ人は科学がわかるが道徳がわからなかった。昔のヨーロッパ人は自分の感性に合った国を作って、科学があって道徳がない国にしていた。昔のヨーロッパ人は道徳をやるのを恥だと考えていた。昔のヨーロッパ人は道徳を軽蔑してやらなかった。暴力団員がスーパーで買い物をするのを恥だと考えているのと同じことである。
反対に、昔のアジア人は道徳がわかるが科学がわからなかった。昔のアジア人は自分の感性に合った国を作って、道徳があって科学のない国にしていた。昔のアジア人は科学をやるのを恥だと考えていた。昔のアジア人は科学を軽蔑してやらなかった。私の母親もよく「道具に振り回されるな」と言うことがある。
世界中の国民が自分の国の文化を崇[あが]めて外国の文化を軽蔑していた。自分の国の文化だけやって外国の文化をやらなかった。
近代の日本はヨーロッパから自分の国を守るために戦争をするためにヨーロッパの文化を取り入れた。「科学があって道徳がない国」にした。日本は江戸時代に「道徳があって科学がない国」にしていたので、両方が混じり合って『道徳と科学の両方がある国』になって国民がますます幸福に暮らせるようになった。たまたま偶然に日本に『科学と道徳の両方ある国』が出来て国民が幸福に暮らせることがわかったのである。
そのため、世界中の人々が『自分の感性に合っていなくても、とにかく道徳と科学の両方がある国にすれば自分が幸福に暮らせる国になる』と考えるようになった。
今の人は『科学と道徳の両方ある国を作れば自分が幸福に暮らせる国になる』と考えている。
今では世界中のほとんどの国が『科学と道徳の両方がある国』を理想として国家を建設している。
今の日本は『科学と道徳の両方ある国』である。今の国民みんなは『科学と道徳の両方ある国』を作っている。ところが、日本政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。日本政府は国民が幸福に暮らせない国を作っている。国民にとっては日本政府は邪魔[じゃま]だ。そもそも国を作る団体は国民からお金をもらうために国民が欲しい国を作るものだ。それなのに、日本政府は一向に国民に合わそうとせず傍若無人[ぼうじゃくぶじん]で国民が欲しくない国を作っている。日本政府は自分が仕事をしていることを忘れている。今の日本政府は自分が作った国に自分が呑[の]まれて「自分が権力者だ」と思い上がって浮かれているのだ。芝居で王様の役をやった人が「自分が王様だ」と思い込んでみんなに乱暴を働くのと同じことである。日本政府はたかが「国を作る団体」の分際[ぶんざい]で偉そうだ。国民が政府の目を醒[さ]まさせてやればいい。国民は政府が作った国を買わないようにして政府に税金を払わないようにして政府を潰[つぶ]してやればいい。国民みんなで政府の替わりに『道徳と科学の両方がある国』を作る団体を建ててお金をやって国を作ってもらえばいいのである。

[21522] 今の国民は政府が作った国に呑[の]まれていてはいけない。 h26.10.27
今の国民は政府が作った国に呑まれて「政府に従わねばならない」と思っておとなしく政府に従っている。政府の命令を聞いて税金を払ったり国家宗教をしたり人殺しをしたり戦争をしたりしている。
しかし、今の日本国民は『道徳と科学が両方ある国』が欲しいと思っている。
一方、政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。
だから、今の政府は道徳がなく自分で悪いことをやって国民に悪い命令を出して国民を不幸にしているのである。政府が国民に命令して国民の暮らしを苦しく不便にしているのである。政府が国民に命令して嫌な面白くない暮らしをさせているのである。国を作る会社は国を作るために国民に命令するから、政府は「道徳のない国」を作る会社だから、政府は「道徳のない国」を作るために自分自身も道徳のないことをして国民に悪い命令を出して国民を不幸にしているのである。
今の日本では国民が欲しい国と政府が作っている国が違っている。
そもそも政府は国を作る会社である。国を作る会社は国民に国を売って儲[もう]けるのが仕事である。国を作る会社と国民は平等である。国民が国を作る会社が作った国を買うか買わないかは国民個人の自由である。国を作る会社が国を売って儲けるためには国民が欲しい国を作らねばならない。国を作る会社が国民が欲しい国を作らなければ国が売れなくて潰[つぶ]れてしまう。
ところが、今の政府は国民が欲しくない国を作っている。だから、今の国民は政府が作った国を買わず政府に税金を払わず政府を潰せばいい。今の国民は『道徳と科学の両方ある国』を作る会社が現れてから会社にお金を払って国を作ってもらえばいい。それまでの間は、国民が個人でほそぼそと自分が欲しい国を作っていればいい。国民が自分でヨーロッパから科学や産業を取り入れて、国民が自分で法律を立てて法律を守ってみんなに法律を広めて法律の違反者を捕まえて罰して国の治安を維持すればいい。

[21523] 国民は最初から『政府が「科学があって道徳がない国」を作る団体である』ことを知っていた。 h26.10.27
日本は江戸時代には国民が「道徳があって科学がない国」が欲しかった。幕府もそういう国を作っていた。国民はそこそこ幸福に暮らしていた。
しかし、近代になってヨーロッパが攻めて来ていたので、日本では国民がヨーロッパから国を守るために戦争をしなければならなくなった。そのために、国民は「科学があって道徳がない国」にしなければならなかった。国民に道徳があると外人を殺せないから「科学があって道徳がない国」にしなければならなかったのである。幕府は「道徳があって科学がない国」しか作れなかったので、国民はさっそく幕府の国を買わなくなって幕府に年貢[ねんぐ]を納めなくなって幕府を潰[つぶ]した。国民はヨーロッパから「科学があって道徳がない国」を作る政府を輸入して、政府の命令を聞いて政府に税金を払って「科学があって道徳がない国」を作った。国民は「道徳がない国」が嫌だったが、戦争のために我慢[がまん]した。
そうして、世界大戦のときに国民は政府の命令で戦争をやらされて見事に負けた。政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体だから、政府は「道徳のない国」を作るために、自分で道徳がないことをして国民にわざわざ負ける戦争をやらせて国民を不幸にしたのである。だから、本当は国民がヨーロッパ人に侵略されるのを我慢して幕府に国を作らせて「道徳があって科学がない国」を続けていればよかったのである。
世界大戦後はヨーロッパ人が気が変わって「科学があって道徳がない国」を欲しがるのをやめて『科学とそこそこ道徳がある国』を欲しがるようになった。政府も国民に合わせて『科学とそこそこ道徳がある国』を作るようになった。政府は『そこそこ道徳がある国』を作るために、自分もそこそこ道徳があることをしなければならなくなったので国民に戦争をさせることができなくなった。そのために、世界大戦後はヨーロッパは戦争も植民地もやめた。
世界大戦後はヨーロッパが日本に攻めて来なくなったので、日本は戦争をしなくてもよくなった。そのために、国民は『科学と道徳の両方ある国』が欲しくなった。近代に日本が科学を受け入れてから国民が物を使って幸福に暮らせるようになったので、国民は『科学と道徳の両方ある国』が欲しくなったのである。ところが政府は「科学があって道徳がない国」しか作れない。そのため、戦後の国民は政府が作る国が要らなくなって政府に税金を払わなくなって政府を潰している。
それなのに、今の日本では国民の多くが政府が作った国に呑[の]まれてしまって「自分が政府に従わねばならない」と思い込んでおとなしく政府に従っている。しかし、本当は政府は国を作る会社にすぎない。国民が国を作る会社が作った国を買うか買わないかは国民個人の自由である。今の国民にとっては政府が作る国は要らない。だから、今の国民は政府の作った国を買わないようにして政府に税金を払わないようにして政府を潰せばいいのである。国民が『道徳があってそこそこ科学がある国』を作る団体を建ててお金をやって国を作ってもらえばいいのである。

[21524] どうして政府は暴力団を取り締[し]まらないのか?☆ h26.10.27
日本政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体である。政府は「道徳(つまり法律)がない国」を作る団体だから、「道徳がない国」を作るために“法律を破って犯罪を犯す暴力団や宗教団体やその他の犯罪者”を取り締まらないのである。政府自身も「道徳がない国」を作るために、国民に命令して国民に悪いことをやらせて人殺しや他人を不快にすることをやらせたり、あるいは政府自[みずか]ら国民に悪いことを命令して国民の生活を不快にしているのである。
本当は『政府は道徳がない国を作っている』のに、政府は「道徳がない国」を作るために自分自身で嘘[うそ]をついて(嘘が道徳がないことだからである)、テレビや新聞の上では「政府が道徳がある国を作っている」ふりをしているのである。政府はテレビや新聞の上では「悪いことをした者を罰している」ふりをして、実際には『悪いことをした者を罰していない』のである。政府は悪いことをした者を放置して、政府自身も悪いことをやっているのである。(国民が裁判の法廷で自分が罰せられることを認めなければ無罪放免となるのである。馬鹿な国民はそのことを知らずに自分が罰せられることを認めたために罰せられているのである。)
政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体である。「科学がある国」と言っても鎖国を解いて外国から科学や産業などの文明を取り入れて自国で産業をやって物を作って売るだけである。日本がヨーロッパのようなお金持ちの国になれるわけではない。日本のような資源がない人件費が高い国では物やお金が豊かになれるわけがない。日本が科学や産業を取り入れても、みんながちょっと物やお金に余裕ができて便利に楽しく暮らせるだけで、そんなに裕福に暮らすことはできない。外国から科学や産業を入れることは国民だけでできるから、政府なんか要らない。
政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体である。要するに、政府は「道徳がない国」を作る団体である。政府は鎖国をやって外国から道徳(つまり法律)が入ってこないようにする団体である。政府は日本を「道徳がない国」にする団体である。政府は日本をみんなが悪いことができる国にする団体である。ほかに政府がやっていることはない。
今では人間が幸福に生きるためには『科学と道徳の両方が要る』ことがわかっている。だから、今の国民は『科学と道徳の両方ある国』が欲しい。しかし、政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。今の国民にとっては政府の作る国が要らない。だから、今の国民は政府に税金をやらず政府に国を作らせなければいい。今の国民は政府を倒して、自分たちで『科学と道徳の両方ある国』を作ればいい。それでも足りなければ、政府の替わりに『科学と道徳が両方ある国』を作る団体を建ててお金をやって国作りを手伝ってもらえばいい。
国は国民のためにある。国は国民が幸福に暮らすためにあるのであって、政府が幸福に暮らすためにあるのではない。政府は国民を不幸にする国を作っている。今の国民にとって政府は要らない。だから、今の国民で“国民を不幸にする国”を作る政府を倒して、国民が自分で善い国を作ったり、善い国を作る団体を建てて善い国を作らせたりすればいいのである。

[21525] 今のアメリカは「科学があって道徳がない国」ではない。 h26.10.28
今のアメリカ人は「科学があって道徳(つまり法律)がない国」がいいと思って「科学があって道徳がない国」を作っている。アメリカ政府は国民に合わせて「科学があって道徳がない国」を作って国民の国作りを手伝っている。
それなら、アメリカではいくら悪いことをやっても誰も捕まらないはずである。アメリカには警察がないはずである。
しかし、実際にはアメリカでは犯罪を犯した者は警察に捕まって罰せられる。ちょっとした悪いことなら罰せられないが、重大な罪を犯した者は罰せられる。それなら日本と同じである。
だから、いくらアメリカ人が「科学があって道徳がない国」がよくても、実際にはそんな国は作れないのである。本当に作ろうとしたら国が滅ぶ。
つまり、アメリカ人が「科学があって道徳のない国」が欲しいと言っているのは、ただの冗談にすぎないのである。冗談を本気にして悪いことをやるほうが馬鹿なのである。
実際には、人間には『科学があって道徳がある国』しか作れないのである。いくらアメリカ人が「科学があって道徳のない国」が欲しいと言っても、実際には『科学と道徳の両方ある国』しか作れない。アメリカ人は言っていることとやっていることが合っていない。だから、アメリカ人は冗談を言うのをやめねばならない。
人間には『科学と道徳の両方ある国』しか作れないから、アメリカ人は『科学と道徳の両方ある国』を作るしかない。しかし、アメリカ政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。だから、アメリカ人は政府の作った国を買わないようにして政府に税金を払わないようにして政府を倒して、自分たちで『科学と道徳の両方ある国』を作らねばならないのである。
今の日本でも政府が「科学があって道徳がない国」を作っている。政府が悪いことをやっていいのかいけないのかわからないフニャフニャした割り切れない気分の悪い国を作っている。政府が実際には作れない国を作ろうとしている。政府が現実の世界の中ではうまくいかない国を作ろうとしている。反対に、今の国民は『科学と道徳の両方ある国』がいいと思っている。政府は国民が欲しくない国を作っている。だから、国民は政府が作った国を買わず政府に税金を払わず政府を倒せばいい。国民は自分たちで『科学と道徳の両方ある国』を作ればいい。
宴会の席では「無礼講[ぶれいこう]だぞ」と言うのではなく、正直に『いくら酔っ払ってもあまり悪いことはするなよ』と言わねばならない。

[21526] 国は国民が自由に作る。☆☆ h26.10.28
日本では明治維新から昭和40年頃(1965年頃)まではヨーロッパが日本に攻めて来ていて戦争の時代だった。だから、昔の国民は戦争のために「科学があって道徳のない国」にしていた。ヨーロッパから科学や産業を取り入れて、ヨーロッパから政府を輸入して政府に「科学があって道徳がない国」を作らせていた。国民が外国と戦争をして外人を殺すためには国民に道徳があってはいけなかったので、『道徳がある国』を作る幕府を倒して「道徳がない国」を作る政府を建てたのである。国民が「道徳のない国」を作っていたために政府や暴力団や宗教団体が国民に悪いことをして暴れまわったが、国民は戦争のために我慢[がまん]していた。(しかし、本当は戦争は政府が「道徳のない国」を作るために政府が国民を不幸にするために国民に命令してやらせることだから、政府を建てると政府がいたずらに国民に戦争をやらせて戦争の被害が増えるから、国民は政府を建てずにおとなしくヨーロッパに征服されたほうがよかったのである。『負けるが勝ち』である。)
しかし、昭和40年頃から後はヨーロッパが日本に攻めて来なくなって平和の時代になった。だから、今の国民は平和のために『科学と道徳の両方ある国』にしている。ヨーロッパから科学や産業を取り入れて、政府の「道徳のない国」を作るための命令を聞かず政府に国を作らせず政府に税金を払わず政府を潰[つぶ]して、自分たちで法律を守って法律の違反者を罰して『みんなが法律を守らねばならない国』にして『科学と道徳の両方ある国』を作っている。国民は『道徳のある国』を作っているので政府や暴力団や宗教団体に悪いことをやらさなくなって政府や暴力団や宗教団体を潰している。
国は国民のものである。国は国民が自由に作る。国は国民が自分の好きなように作る。今の国民は『科学と道徳の両方ある国』を作っている。ところが、政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。今の国民は政府が要らない。だから、今の国民は政府を潰しているのである。
つまり、日本政府は国民が戦争のために構[かま]えた臨時の“国を作る団体”であって、通常は日本では国民が『道徳のある国』を作る団体に国を作らせているのである。もっとも、今は科学の時代でもあるから、今では『道徳と科学の両方ある国』を作る団体に国を作らせればいいのである。
戦争の時代が終わっても国民が政府を倒そうとせず今でも政府が残っているのは、『世の中には馬鹿が多い』ということである。馬鹿は自分が馬鹿だということがわかっていないから馬鹿なのである。だからこそ、正しいことがわかる者ががんばって正しいことをしなければならない。昔から日本は個人主義の国である。日本では正しければたった一人でもやっていいことになっている。日本は『世の中には馬鹿が多い』ことを考慮して、そういう制度があるのである。だから、国民は政府に「科学があって道徳がない国」を作らせないために政府に税金を払わないようにして政府を倒せばいいのである。

[21527] 日本政府は国民を不幸にする団体である。 h26.10.29
日本政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体である。「道徳がない国」とは「法律がない国」のことであり、「みんなが自分の好き放題に悪いことができる国」ということである。
政府は「科学があって道徳がない国」を作るために、自分でも道徳がないことをして悪いことをして、国民に悪い命令を出して国民に不幸な生活をさせている。国民の楽しいことをなくして嫌なことを増やして国民に嫌な生活をさせている。国民の面白いことをなくしてつまらないことを増やして国民に面白くない生活をさせている。他人を不幸にすることは道徳がないことだから、政府は「道徳がない国」を作るために、国民に命令して国民みんなが不幸に暮らさねばならない国にしているのである。政府は国を作る団体だから、政府にとっては国民みんなが不幸に暮らさねばならない国を作ることが仕事だから、政府は毎日まじめに一生懸命に国民みんなからもらった税金で国民みんなを不幸にしているのである。政府は自分が仕事で悪いことをやっているだけだから、政府には罪の意識がないから、政府は国民に遠慮せずにいくらでも悪いことをするのである。国民が政府に税金を払うことは政府と契約することである。政府は国民が自分に税金を払っているのを見て、「国民が自分に「道徳がない国」を作って欲しいのだ」と思って、国民のためにがんばって汗水流して「道徳がない国」を作ってやっているのである。(政府は「道徳がない国」を作る団体だから、嘘[うそ]をつくことは道徳がないことだから、政府は「道徳がない国」を作るために嘘をついて「国民全員に納税の義務がある」(日本国憲法第30条)と言っているのである。政府は「道徳がない国」を作るために嘘をついて「自分が国民みんなを幸福にする『道徳のある国』を作る団体だ」と言っているのである。)
このまま日本に政府を置いておくと、国民が政府に嫌な生活をさせられてどんどん不幸にされる。
国民は『科学があって道徳もある国』のほうがいい。だから、国民は政府の「道徳のない国」を作るための命令を聞かないようにして「道徳のない国」を作らないようにして、政府に税金を払わないようにして政府に「道徳のない国」を作らせなければいい。国民が自分で『科学があって道徳もある国』を作って、それでも足りなければ『科学があって道徳もある国』を作る団体を建てて国作りを手伝ってもらえばいい。日本を二つに分けて、東半分は国を作る団体ありでやって、西半分は国を作る団体なしでやって、どちらが善い国になるかを見て、国を作る団体を作るか作らないかを決めてもいい。

[21528] 国民が政府の国が要らなければ政府の国を買わなければいい。 h26.10.30
今の日本国民は『科学と道徳が両方ある国』が欲しい。『みんながお互いに善いことをしあってみんなが幸福に暮らす国』が欲しい。国を作る団体が国民に善いことをして『国民が幸福に暮らせる国』を作って国民を喜ばせる国が欲しい。
それなのに、日本政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。「みんなが好き放題に悪いことができる国」を作っている。だから、政府自身も好き放題に悪いことをやって国民を不幸にしている。政府は国を作る団体だから、「国民が不幸に暮らさねばならない国」を作って国民を苦しめている。
今の日本国民は政府が作る国が要らない。
だから、日本国民は政府に税金を払わず政府に国を作らせず政府を潰[つぶ]せばいい。
政府は国を作る団体である。国を作る団体の商品は国である。国民が国を作る団体が作った国を買うか買わないかは国民の勝手である。国民一人一人の勝手である。ところが、今の国民は政府が作った国に呑[の]まれてしまっている。政府が作った国の中では、政府が国を作る団体だから、政府が国民に国を作るための命令をするから、国民が“政府の国を作るための命令”を聞かねばならない。だから、政府が作った国に呑まれている者は「自分が政府の命令を聞かねばならない」と思い込んで、政府の命令を何でも聞くのである。政府の“国民を不幸にする命令”を聞いて不幸になっているのである。しかし、本来は国民と国を作る団体は平等であり、国民が政府が作った国を買うか買わないかは国民個人の自由である。今の国民は政府の国を買うのは損である。税金は政府が「道徳がない国」を作るためのお金である。だから、今の国民は政府に税金を払わず政府の国を買わなければいい。政府にお金をやらず政府を潰せばいい。
政府は「道徳のない国」を作る団体だから、政府自身も「道徳がない国」を作るために悪いことをやるから、政府はテレビや新聞で国民に嘘[うそ]をついて「政府が『道徳がある国』を作って国民を幸福にしている」ふりをしている。国民は政府の嘘に騙[だま]されないようにしなければならない。
今の国民は『科学と道徳の両方ある国』が欲しい。それなのに、政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。だから、今の国民が政府に税金を払って政府に国を作らせるのはまちがっている。だから、今の国民は政府に税金を払わないようにして政府に国を作らせなければいいのである。

[21529] 日本は戦争のために政府を建てただけである。☆☆ h26.10.30
日本は江戸時代には国民が「道徳があって科学があまりない国」を作っていた。当時はまだ世界中で「国民の感性に合った国を作れば国民が幸福になれる」と信じられていたから、日本人は道徳がわかって科学がわからなかったから、国民は自分から望んで「道徳があって科学があまりない国」を作っていた。「道徳があって科学があまりない国」を作る幕府を建てて国作りを手伝ってもらっていた。国民は物やお金は貧しかったが、みんなでお互いに善いことをしあっていたのでそこそこ幸福に暮らしていた。
ところが、近代になるとヨーロッパが日本に攻めて来るようになった。日本はヨーロッパと戦争をしなければならなくなった。国民は外国と戦争をして外人を殺すために「科学があって道徳がない国」を作ることにした。「科学があって道徳がない国」を作る政府を建てて国作りを手伝ってもらった。国民は物やお金は豊かになったが、みんなでお互いに悪いことをしあって不幸に暮らしていた。とくに政府や暴力団や宗教団体が国民に悪いことをして国民を不幸にしていた。しかし、国民は戦争のために我慢[がまん]していた。
昭和40年頃(1965年頃)になると、ヨーロッパが『科学があってそこそこ道徳もある国』になったのでヨーロッパが戦争しなくなってヨーロッパが日本に攻めて来なくなった。日本はヨーロッパと戦争をしなくてもよくなった。今では世界が一つになって東西交流が盛んになってヨーロッパの文明が容易に入ってくるので、科学は国民の生活を便利で楽しく豊かにするので、国民は『科学と道徳の両方ある国』を作ることにした。ところが、政府はあいかわらず「科学があって道徳がない国」を作っている。そのために、今の国民は『政府は国民の敵だ』と考えて、政府の「道徳のない国」を作るための命令を聞かなくなって、政府に税金をやらなくなって政府に「科学があって道徳がない国」を作らせなくなって政府を倒している。政府は国を作る団体だから、国民と国を作る団体は平等だから、国民は政府と平等にして、国民は政府の作る国が要らないから政府の作る国を買わなくなったのである。今の国民は『科学と道徳の両方ある国』を作っているから、政府や暴力団や宗教団体に悪いことをやらさなくなって政府や暴力団や宗教団体を倒している。そのうち、『道徳と科学の両方ある国』を作る団体を建てて国作りを手伝ってもらうかもしれない。
日本は戦争のために政府を建てただけである。今では日本は戦争をしなくなったから政府が要らなくなったから政府を倒している。政府は戦争とともに滅んだのである。

[21530] 政府は「道徳のない国」を作る団体だから国民を殺したり不幸にしたりしている。 h26.10.30
今の国民は『科学と道徳の両方ある国』が欲しい。今の国民は『科学や産業を伸ばして物やお金が豊かになって、みんなでお互いに善いことをしあって幸福に暮らす国』が欲しい。
それなのに、政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。政府は「道徳のない国」を作る団体だから、国民を殺したり不幸にしたりすることは道徳のないことだから、政府は自分で国民に命令して国民を殺したり国民を不幸にしたりしている。
これではいけない。だから、今の国民は政府の「道徳のない国」を作るための命令を聞かず、政府に税金を払わず政府に「道徳のない国」を作らせてはいけない。
政府は「道徳のない国」を作る団体だから、嘘[うそ]をつくことは道徳のないことだから、自分で国民に嘘をついて「自分が道徳のある国を作っている」ふりをしている。国民は政府の嘘に騙[だま]されないようにして、政府に国を作らせず政府を倒さねばならない。
今の国民は『科学と道徳の両方ある国』が欲しい。だから、今の国民が自分で『科学と道徳が両方ある国』を作ればいい。それで足りなければ、国民で『科学と道徳が両方ある国』を作る団体を建ててお金をやって国を作ってもらえばいい。『科学と道徳の両方ある国』を作る団体が出来ると、国民は『科学と道徳が両方ある国』を作るために高いお金を取られて、『科学と道徳の両方ある国』を作るための命令を聞かねばならなくなって鬱陶[うっとう]しい。国民は『科学と道徳の両方ある国』を作る団体を建てないために、自分で一生懸命に『科学と道徳が両方ある国』を作らねばならない。

[21531] 社長とは何か? h26.10.30
近代の日本ではヨーロッパが日本に攻めて来ていたので、国民が「科学があって道徳がない国」にしていた。「悪いことをやってもいい国」にしていた。政府は国民に合わせて「科学があって道徳がない国」を作っていた。つまり、政府が自分で悪いことをして国民に命令して国民を不幸にしていた。みんなが悪いことをやって「道徳のない国」にしていた。
そのために、会社の中で社長が道徳がないことをして自分は何も仕事をせずに遊びまわって社員に命令して社員の稼[かせ]ぎを分捕[ぶんど]って自分のものにしたり、社員に嫌なことをやらせて社員を甚振[いたぶ]って遊んだりしていた。つまり、社長とは悪いことをする社員にほかならない。社長は悪いことをする者なので、他人に命令するのは悪いことなので、社長が社員に命令して悪いことをやっていたのである。つまり、社長が社員に命令するのは、社長が社員よりも地位が高いからではなく、他人に命令するのが悪いことであり社長が悪いことをする者だからである。人間が不平等になる原因は「悪いことをやってもいい」からである。しかも、社長は社員の前では嘘[うそ]をついて、自分が社員のために善いことをして役に立っているふりをしていたのである。社長が悪いことをする者であり嘘が悪いことだからである。
もっとも、近代の日本では国民が「科学があって道徳がない国」を作っていたから、社長の行為は許されていた。国民みんなは戦争のために社長が好き放題にするのを我慢[がまん]していた。
しかし、昭和40年頃(1965年頃)になってヨーロッパが日本に攻めて来なくなったので、国民が『科学があって道徳がある国』にするようになった。ところが、政府は国民に合わさず「科学があって道徳がない国」を作っているので、国民は政府が要らなくなって政府に税金をやらなくなって政府を倒している。
そのため、会社の中では社長が遊びまわって社員の稼ぎを分捕ったり社員を甚振ったりするのを、社員が許さなくなった。社員は社長が悪いことをするのを許さなくなって、社長を会社から追い出した。社長のない会社にした。今の日本は『道徳のある国』だから、みんながお互いに善いことをしなければならない。他人の稼ぎを分捕るのは悪いことである。そのため、今では会社の中ではみんなが平等に仕事をしなければならなくなって、みんなが平等に給料をもらっている。
社長はただの役立たずである。会社の代表でもなんでもない。社長は会社の代表のふりをして会社の中に居座[いすわ]っているだけである。本当は、社員全員が会社の代表であって、社長だけが会社の代表なのではない。社長は会社の中で悪いことをする者にすぎない。社長は社員の稼ぎを分捕って自分は何にも仕事をせずに遊びまわっているだけである。会社に社長は要らない。だから、今では社員みんなで社長を会社から追放して、社長のいない会社にしているのである。

[21532] 昔の国民は政府を支持していたが、今の国民は政府を支持していない。 h26.10.31
政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体である。つまり、政府は「みんなが悪いことをやってもいい国」を作る団体である。政府は自分自身で悪いことをやって国民を事故で殺したり国民に嫌な生活をやらせて国民を不幸にしている。政府は今も昔も変わらず「科学があって道徳がない国」を作っている。
近代の日本ではヨーロッパが攻めて来ていたので、昔の国民はヨーロッパと戦争をして外人を殺すためには道徳があってはいけなかったので「科学があって道徳がない国」を作っていた。昔の国民は政府を支持していた。昔の国民は政府に「道徳のない国」を作ってもらうために政府に税金を払っていた。政府が国民を不幸にするのは悪いことなので、昔は悪いことをやってもよかったので、昔の国民は政府の命令を聞いて政府に不幸にされていた。昔はみんなが「道徳がない国」を作っていてみんなが悪いことをやらねばならない時代だったので、善いことをやった首相が国民の反感を買って国民に暗殺されたのである。
反対に、今の日本にはヨーロッパが攻めて来ないので、今の国民はみんなでお互いに善いことをして幸福に暮らすためには道徳がなければならないので『科学と道徳の両方ある国』を作っている。今の国民は政府を支持していない。今の国民は政府に「道徳がない国」を作らせないために政府に税金を払っていない。政府が国民を不幸にするのは悪いことなので、今では悪いことをやってはいけないので、今の国民は政府の命令を聞かなくなって政府に不幸にされないようにしている。悪人を懲[こ]らしめるのは善いことなので、政府は悪いことをする団体なので、今はみんなが善いことをしなければならない時代なので、今の国民は政府を倒しているのである。
昔はヨーロッパが日本に攻めて来ていたが、今は攻めて来ていないので、昔の国民と今の国民は違う国を作っている。昔の国民は政府を支持していたが、今の国民は政府を支持していない。昔の国民は政府を守っていたが、今の国民は政府を倒している。つまり、国民が政府を守るか倒すかを決めるのである。
今の国民が政府を倒しているのは常識である。だから、今の国民は政府に税金を払わないようにして政府を倒さねばならない。今の日本では馬鹿が時代が変わったことがわからずに昔と同じように政府に税金を払っているために政府が残っている。早く馬鹿がいなくなって、みんなで政府に税金を払うのをやめて政府を倒して政府をなくさねばならない。

[21533] 今の政府は「悪の力」を発揮して日本を貧乏で不幸な国にしている。 h26.10.31
近代の日本はヨーロッパが攻めて来ていたので、国民はヨーロッパと戦争をするために外人を殺すために道徳があってはいけないので「科学があって道徳がない国」を作っていた。国民だけでは道徳を捨てきれないので、わざわざヨーロッパから「科学があって道徳がない国」を作る政府を輸入して「科学があって道徳がない国」を作らせた。政府は国民の期待に応[こた]えて一生懸命に「道徳がない国」を作って自分で国民に悪いことをして国民を不幸にしまくった。政府は国民に悪の手本を示してくれた。一方、国民は自分の勉強や仕事にいそがしくて悪いことをする暇がなくてほとんど悪いことをしなかった。そのため、国民は一方的に政府に不幸にされるだけだった。国民はどんなに政府に不幸にされても戦争のために我慢[がまん]していた。
しかし、昭和40年頃(1965年頃)になると、ヨーロッパが『科学とそこそこ道徳がある国』になって政府が国民に戦争をさせなくなって日本に攻めて来なくなった。国民は戦争をする必要がなくなったのでわざわざ「科学があって道徳がない国」にする必要がなくなったので、『科学と道徳の両方ある国』を作るようになった。政府はあいかわらず「科学があって道徳がない国」を作っているので、国民みんなは政府が邪魔[じゃま]になって政府に税金をやらなくなって政府に「科学があって道徳がない国」を作らせなくなって政府を倒している。
政府は「道徳がない国」を作る団体である。政府は悪いことなら何でもする。政府は国の景気を悪くして、国民全員が仕事に就けないようにして国民を貧乏にして苦しめている。今の私も仕事に就けなくて困っている。江戸幕府が国の景気をよくして、国民全員が仕事に就けるようにして国民を裕福にして喜ばせていたのと反対である。今が幕府の時代なら、私も喜んで仕事をしただろう。
幕府は『道徳がある国』を作る団体である。幕府は自分でも道徳があることをするから善い団体である。幕府は「科学がない国」を作っていたが、『善の力』を発揮して科学がないにもかかわらず日本を裕福な国にしていたのである。反対に、政府は「道徳がない国」を作る団体である。政府は自分でも道徳がないことをするから悪い団体である。政府は『科学がある国』を作っているのに、「悪の力」を発揮して科学があるにもかかわらず日本を貧乏な国にしているのである。おまけに、政府は嘘[うそ]をついて国民の前では自分が善い団体のふりをして国民を騙[だま]している。政府は悪いことをする団体で、嘘をつくことが悪いことだから、政府は嘘をつくのである。
政府は「道徳がない国」を作る団体である。政府は「道徳がない国」を作るために自分で悪いことをして国民を不幸にする。国民が政府の言うことを聞いていると不幸にされるだけである。今は国民が戦争をしなくていいから、国民が「道徳がない国」にする必要がないから政府は要らない。早く国民みんなで政府を倒して、日本を『科学と道徳の両方ある国』にして日本を裕福で幸福な国にしないといけない。

[21534] 国を作る団体を潰[つぶ]すのは国民の義務である。 h26.10.31
日本では江戸時代には国民が「道徳があってあまり科学がない国」を作っていた。当時は「国民の感性に合った国を作れば国民が幸福に暮らせる」と考えられていたからである。国民は「道徳があって科学があまりない国」を作る幕府を建てて幕府に国作りを手伝わせた。
日本では近代になるとヨーロッパが攻めて来ていたので、国民が「科学があって道徳がない国」を作るようになった。国民がヨーロッパと戦争をやって外人を殺すためには道徳が邪魔[じゃま]なので道徳をなくすために「道徳がない国」を作るようになったのである。それなのに、幕府は『道徳がある国』を作り続けたので、国民は幕府の『道徳がある国』を作るための命令を聞かなくなって、幕府に年貢[ねんぐ]を納めなくなって幕府に国を作らせなくなって幕府を倒した。ヨーロッパ政府を見習って「科学があって道徳がない国」を作る政府を建てて政府に国作りを手伝わせた。
日本では昭和40年頃(1965年頃)になるとヨーロッパが日本に攻めて来るのをやめたので、国民が『科学と道徳の両方ある国』を作るようになった。今では『たとえ国民の感性に合っていなくても、とにかく科学と道徳の両方ある国を作れば国民が幸福に暮らすことができる』と考えられているからである。それなのに、政府は「科学があって道徳がない国」を作り続けているので、国民は政府の「道徳がない国」を作るための命令を聞かなくなって、政府に税金を払わなくなって政府に国を作らせなくなって政府を倒している。たぶん、将来、中国幕府を見習って『科学と道徳の両方ある国』を作る新幕府を建てて新幕府に国作りを手伝ってもらうだろう。
日本は明治維新のときに国民が幕府を倒したから、今でも国民が政府を倒せるはずである。時代とともに国民の作る国が変わって、国を作る団体が国民と違う国を作るようになったときには、国民が自[みずか]らの手で国を作る団体にお金を払うのをやめて国を作らせなくなって国を作る団体を倒さなければならない。それが国民の義務である。国を作る団体はたとえ国民の作る国が変わっても自分からは潰れてくれないので、国民が自分の手で国を作る団体にお金を払うのをやめて潰さなければならないのである。
このまま国民が政府に税金を払い続けて政府に「道徳がない国」を作らせると、政府は「道徳がない国」を作るために自分で悪いことをして国民に命令して国民を事故で殺したり国民に嫌な生活をさせたりして国民を苦しめることになる。国民は早く嫌な生活から抜け出すために、政府に税金を払うのをやめて政府を倒さねばならない。

[21535] どうして政府は国民に命令するのか? h26.10.31
政府が国を作る団体だからである。国を作る団体は国民に命令して国を作る。だから、政府は国民に命令するのである。あるいは、他人に命令するのは悪いことだから、政府は悪いことをする団体だから、政府は国民に命令するのである。政府は「道徳のない国」を作る団体だから、「道徳のない国」は「みんなが悪いことをする国」だから、政府自身が悪いことをするのである。政府は悪いことをする団体なのである。しかし、善い団体である徳川幕府も国民に命令するから、政府が国民に命令するのはやはり政府が国を作る団体だからである。徳川幕府は『道徳のある国』を作る団体だから、『道徳のある国』は『みんなが善いことをする国』だから、幕府自身も善いことをするのである。幕府は善いことをする団体なのである。
政府が国民に命令するのは、政府が国を作る団体だからである。政府は国を作るために、自分の仕事のために国民に命令しているのである。けっして、政府が上の者だから、政府が正しい者だから国民に命令するのではない。
だから、問題は国民が政府の作る国が要るか要らないかである。今の国民は『科学と道徳の両方ある国』が欲しい。政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。今の国民は政府の作る国が要らない。だから、今の国民は“政府の国を作るための命令”を聞かなければいいのである。政府に税金を払わないようにして政府に国を作らせなければいいのである。
将来、国民で『科学と道徳の両方ある国』を作る団体を建ててから、国民は“団体の国作りのための命令”を聞けばいいのである。それまでは、国民は誰の命令も聞かず、自由に国を作ればいいのである。
国を作る団体は国民が国を作る団体が作った国が要ろうが要るまいがとにかく国民に命令を出す。だから、国民が自分で国を作る団体が作った国が要るか要らないか考えて国を作る団体の命令を聞くか聞かないか決めねばならない。今の国民は政府が作った国が要らないから、今の国民は政府の命令を聞かなければいいのである。国民が国を作る団体の命令を聞くか聞かないかは国民個人の自由である。だから、国民はよく考えてから国を作る団体の命令を聞いたり聞かなかったりしないといけないのである。
政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体である。政府は「道徳がない国」を作るために国民に命令を出す。政府の命令はすべて「道徳がない国」を作るためにある。だから、今の国民が「道徳のない国」が要らなければ、政府の命令をいっさい聞かなければいいのである。政府の命令を無視して自由にやればいいのである。

[21536] どうして今の国民は政府を倒そうとしないのか? h26.11.1
政府が嘘[うそ]つきだからである。明治維新のときは幕府が善い団体で正直だから、幕府は正直に「自分が「道徳があって科学があまりない国」を作る善い団体だ」と言っていたから、国民は「「科学があって道徳がない国」を作るためには幕府ではいけない」と思って幕府を倒したが、政府は悪い団体で嘘[うそ]つきだから、政府は嘘をついて「自分が『科学と道徳の両方ある国』を作る善い団体だ」と言っているから、国民は「『道徳と科学の両方ある国』を作るためには今の政府で間に合っている」と思って政府を倒さないのである。
今の国民はテレビや新聞で“政府の善い団体のふりをしている芝居”を真[ま]に受けているから、なかなか政府を倒さないのである。今の国民は政府の嘘に騙[だま]されているから、政府を倒さないのである。
今の国民が私のように国家宗教の知識があれば政府が裏で悪いことをやっているのがよくわかるのだが。テレビや新聞でやっている犯人不明の事件の多くが政府によるものであることがわかって、政府が「道徳のない国」を作る悪い団体であることがわかって政府を倒すのだが。
たとえ国家宗教の知識がなくても、日本政府は昔のヨーロッパの政府を真似[まね]て作った団体であり、昔のヨーロッパは「科学があって道徳がない国」だったから、日本政府は「科学があって道徳がない国」を作ることがわかる。政府は「道徳がない国」を作る団体だから、「道徳がない国」とは「みんなが悪いことをする国」だから、政府自身が悪いことをやって国民を苦しめる。世界大戦のときに政府が国民に命令してわざわざ負ける戦争をやらせたのも、政府が悪い団体だからである。ときどきテレビや新聞で政府が悪いことをやっているのも、政府が悪い団体だからである。
政府は悪い団体である。政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体である。それは今ではもはや常識である。だから、今の国民は『政府が「道徳がない国」を作っている』と思って、国民は『『科学と道徳の両方ある国』を作るためには政府ではいけない』と思って、政府を倒さなければならない。国民は政府に税金をやるのをやめて政府に「科学があって道徳がない国」を作らせないようにして政府を倒さなければならない。

[21537] 世界の分類 h26.11.1
アフリカは科学も道徳もない国である。アフリカ人は科学も道徳もわからない。[アフリカには“国を作る団体”がないから、『裸の王様』では黒人が王様を見たときに王様が国民に命令できる理由がわからなかったのである。]
ヨーロッパは科学があって道徳がない国である。
アジアは道徳があって科学がない国である。
近代の日本は道徳と科学の両方ある国だった。
しかし、今では世界中の国が『科学と道徳の両方ある国』になっている。今ではもはや『科学と道徳の両方ある国』は珍しくない。
近代の日本は『道徳と科学の両方ある国』だったが、今の日本は政府を長いこと置きすぎたために「科学があって道徳がない国」になっている。このまま政府を置いておくとますます日本が「道徳がない国」になる。ヨーロッパやアメリカよりも「道徳がない国」になる。今の国民は政府を倒して、日本を『科学と道徳の両方ある国』にして、国民が裕福で幸福に暮らせる国にしないといけない。


[21538] 昔の国民は『政府が「道徳がない国」を作る団体である』ことを知っていた。 h26.11.1
日本は明治維新のときに国民がヨーロッパと戦争をするために、外人を殺すためには道徳があっては邪魔[じゃま]なので「科学があって道徳がない国」にしていた。ヨーロッパの政府を真似[まね]て日本政府を建てて、政府に国民の国作りを手伝わせた。政府は悪いことをして国民を事故で殺したり国民の娯楽をなくして国民の嫌がらせをしたりした。国民は政府に道徳のない真似をさせて、政府を見習って、「道徳のない勉強」をしていた。「悪いことの勉強」をしていた。もちろん、政府は表では嘘[うそ]をついて善い団体のふりをしていた。国民は嘘は悪いことだと思って、政府が嘘をつくのを喜んでいた。だから、昔の国民は『政府が「道徳がない国」を作る団体である』ことを知っていた。
しかし、今の日本では国民がヨーロッパと戦争をしなくなって『科学と道徳の両方ある国』にしている。それなのに、今の国民は「政府が『科学と道徳の両方ある国』を作る団体だ」と思って、いつまでも政府を倒そうとしない。
今の国民は『政府が「科学があって道徳がない国」を作る団体である』ことを忘れてしまっている。明治時代の国民はちゃんと『政府が「科学があって道徳がない国」を作る団体である』ことを知っていたのに、いつの間にか忘れてしまっている。今の国民がいけない。今の国民は明治時代の国民に比べて頭が悪くなっている。
政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体である。政府は「道徳がない国」を作る団体だから、「道徳がない国」は「みんなが悪いことをする国」だから、政府自身も悪いことをやって嘘をついて、国民の前では自分が『科学があって道徳がある国』を作るふりをしているのである。今の国民は政府の嘘に騙[だま]されて「政府が『科学と道徳の両方ある国』を作る団体だ」と思って「政府に国作りを任[まか]せておけば大丈夫[だいじょうぶ]だ」と思って政府を信用して政府を倒さないのである。
しかし、本当は『政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体である。』政府は昔のヨーロッパの政府を真似[まね]て建てた団体だから、昔のヨーロッパは「科学があって道徳がない国」だったから、政府は「科学があって道徳がない国」を作るのである。政府は「道徳がない国」を作るから、自分でも悪いことをして嘘をついて自分が『科学と道徳の両方ある国』を作る団体のふりをしているのである。今の国民は『政府が嘘つきである』ことを理解して政府の嘘に騙されないようにしないといけない。『政府が本当は「科学があって道徳がない国」を作る団体である』ことを理解して、政府を倒さねばならない。今の国民は政府に税金を払わないようにして、政府に「科学があって道徳がない国」を作らせないようにして、政府を倒さねばならない。
政府は国を作る団体である。国民が政府に国を作らせるか作らせないかは国民個人の自由である。今の国民は『科学と道徳の両方ある国』が好きなのに、政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。今の国民は政府の作る国が嫌いである。だから、今の国民は政府に税金を払わずに政府に国を作らせずに政府を倒せばいいのである。
今でも政府は「道徳がない国」を作って、自分が悪いことをやっているのを隠しながら悪いことをやっている。国民は政府が悪いことをやっているのを見習ってだんだん悪人になっている。頭の中が腐[くさ]って頭が悪くなって眼で見ることしかわからなくなっている。今ではテレビや新聞を見ない国民だけが善い者である。このまま日本に政府を置いておくと日本が「道徳がない国」になる。日本が楽しさや面白さや幸福がない国になる。政府によって国民全員が悪人に変えられる前に、国民で政府を倒さねばならない。

[21539] 政府は国民に悪いことを教える先生である。☆ h26.11.1
そもそも政府は近代の国民がヨーロッパと戦争をするために外人を殺すために自分の道徳をなくすために建てた団体である。道徳がないほうが人殺しがしやすいので、国民は外人を殺すために自分の道徳をなくしていたのである。
政府は「みんなが悪いことをする国」を作る団体である。だから、政府は自[みずか]ら悪いことをして、国民を事故で殺したり国民の娯楽をなくして国民を嫌がらせたりする。
国民はテレビや新聞で政府がやっていることを見て、道徳がないことや悪いことを勉強して一人前の立派な悪人になる。
いわば、日本は悪の学校であり、政府は悪の先生である。国民は政府に悪を教えられて悪人になるのである。
昔は戦争の時代だったから、国民は戦争に勝つために一生懸命に悪いことを勉強して立派な悪人になろうとしていたのである。
しかし、今は平和の時代である。今の国民は悪人になる必要はない。それなのに、今でも政府は悪いことをやって国民に悪いことを教えている。そのため、今の国民は頭の中が悪いことでいっぱいになって頭の中が腐[くさ]って頭で考えることができなくなって頭が悪くなって眼で見ることしかわからなくなっている。今の国民は眼で見る喜びしかなくなっている。今の国民は知恵遅れの馬鹿そのものである。
今の国民は馬鹿になっている。日本が遅れた国になっている。日本が幸福のない国になっている。
すべて政府が悪い。政府が国民に悪いことを教えているのがいけない。
早く国民で政府を倒して、政府の替わりに『道徳のある国』を作る団体を建てて、『道徳のある国』を作る団体が国民の前で善いことをして国民に善いことを教えて国民を善い人にしなければならない。国民は頭の中が善いことでいっぱいになって頭の中が綺麗[きれい]になって頭で考えることができるようになって頭がよくならねばならない。国民は頭で考える喜びがわからねばならない。
ヨーロッパ人は悪いことをするけれども『科学の才能』がある。ヨーロッパ人は眼で見たことで考える能力が長[た]けているから科学の才能があるのである。ところが、日本人には肝心の科学の才能がない。日本人が「悪いこと」を勉強するのは、ヨーロッパ人の欠点を真似[まね]ているだけである。これでは日本が善い国になれるわけがない。「悪いこと」を真似るのは戦争の役に立つだけで、それ以外には役に立たない。今は戦争の時代ではないから、日本人は「悪いこと」を真似なくていい。日本人はヨーロッパ人の欠点を真似るのをやめて、ヨーロッパ人の長所(つまり科学)を見習って、アジア人の長所(つまり道徳)を活かした国にしなければならない。

[21540] 政府は国民みんなの悪の先生である。 h26.11.1
近代の日本ではヨーロッパが攻めて来ていて、国民がヨーロッパと戦争をして外人を殺さねばならなかった。国民は自分の道徳をなくして外人を殺しやすくするために「科学があって道徳がない国」を作っていた。国民はヨーロッパ政府を真似[まね]て政府を建てて、政府に国民の道徳をなくす手助けをさせた。政府は自[みずか]ら国民を殺したり嫌がらせたりして、国民に「悪いこと」の手本を見せた。国民は政府から「悪いこと」を学んで、自分も悪いことをやった。
つまり、政府が悪いことをするのは、国民に悪いことを教えて、国民を悪人にするためである。政府はそのようにして「道徳のない国」つまり「みんなが悪いことをする国」にしているのである。政府は自分一人が悪いことをするために悪いことをしているのではなく、国民みんなに悪いことを教えて国民みんなで悪いことをするために悪いことをやっているのである。政府は多少は自分一人で悪いことをやってもいいが、あまり自分一人で悪いことをやるのが多すぎると「道徳がない国」を作る目的から外[はず]れてしまうのでいけない。政府が何の団体なのかわからなくなるからいけない。
今の国民はテレビや新聞で毎日政府がやっていることを見て、政府から悪について学んでかなり悪人になっている。人殺しや人の嫌がらせをなんとも思わない冷酷非情な人間になっている。人の心がわからない楽しさや面白さや幸福のわからない機械人間になっている。世の中から喜びがなくなって、世の中がつまらなくなっている。
しかし、今の日本ではヨーロッパが攻めて来ていない。今の国民はヨーロッパと戦争をして外人を殺さなくていい。国民はわざわざ自分の道徳をなくす必要がない。今の国民は自分が幸福に暮らすために『科学と道徳の両方ある国』を作っている。一方、政府はあいかわらず「科学があって道徳がない国」を作るために、悪いことをやって国民に悪いことを教えている。政府は今の国民にとって要らない余計なことをやっている。
政府は国を作る団体である。国を作る団体は国民のためにある。政府は今の国民と違う国を作っている。今の国民にとって政府は要らない。だから、今の国民は政府を倒せばいい。国民は政府にお金をやらず政府に国を作らせず政府を倒せばいい。
善人とは人の心がわかっている者であり、悪人とは人の心がわからない者である。だから、善人は楽しさや面白さや幸福がわかるが、悪人は楽しさも面白さも幸福もわからない。善人には楽しさや面白さや幸福があるが、悪人には楽しさも面白さも幸福もない。『道徳のある国』ではみんなが善人でありみんなが楽しく面白く幸福に暮らしている。反対に「道徳のない国」ではみんなが悪人でありみんなが楽しさも面白さも幸福もなくつまらなく暮らしている。『道徳のある国』ではみんなが心がわかっているから心を満足して幸せに暮らしているが、「道徳のない国」ではみんなが心がわかっていないから心を満足せず不幸に暮らしている。政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体である。政府があるとみんなが人の心がわからなくなって人の心が満足できなくなってみんなが楽しさも面白さも幸福もなく退屈に暮らさねばならなくなる。人間は楽しさや面白さや幸福がなければ生きられない。そのために、今の国民は『科学と道徳の両方ある国』を作っている。今の国民は楽しさや面白さや幸福が欲しい。だから、今の国民は「科学があって道徳がない国」を作る政府を倒さねばならない。国民は自分で『科学と道徳の両方ある国』を作ったり、『科学と道徳の両方ある国』を作る団体を建てて国を作ってもらわねばならない。
ヨーロッパ人は生まれつき見かけがいいから眼先の喜びだけで満足できるが、日本人は生まれつき不細工[ぶさいく]だから、日本人が眼先の喜びだけで満足しようとしたら自分が不愉快になるだけである。だから、日本人はもっと心の深いところの喜びがわかっているのである。日本には昔からそういう独自の文化があるのである。だから、日本人はヨーロッパ人を真似せずに、自分の感性をもっと大事にしないといけない。楽しさや面白さや幸福がわかることを守っていかねばならない。

[21541] 政府は戦争をやるためにある団体である。 h26.11.1
要するに、政府は国民が戦争をやるために建てた団体である。そのために、政府は自分で悪いことをやって国民に悪いことを教えたり、国民に命令して戦争をさせたりする。
昔はヨーロッパが日本に攻めて来ていて、国民が戦争をやらねばならなかったから国民はしかたなく政府を建てた。国民は戦争に勝つために外人を殺すために自分を道徳のない悪い心にするために政府を建てた。自分に人殺しを躊躇[ちゅうちょ]する気持ちがあれば自分が外人に倒されるから、国民は一生懸命に政府から悪いことを教わって悪いことを勉強して自分の心から善い心をなくしていたのである。
しかし、今はヨーロッパが日本に攻めて来なくなったから、国民が戦争をやらなくていいから国民はさっさと政府を撤去しなければならない。
それなのに、今の国民は政府を置いたままにしている。そのために、国民は政府によって被害を被[こうむ]っている。政府が国民に悪いことをして国民を不幸にして苦しめている。今は科学が発達して政府が悪いことをやりやすくなっているから、政府はますます国民を不幸にして虐[いじ]めている。
今の時代には今の時代にふさわしい“国を治める団体”がある。今は平和な時代だから『科学と道徳の両方ある国』がいい。政府は昔の戦争の時代向きの「科学があって道徳がない国」を作っている。政府は今の時代に合っていない。だから、今の国民でさっさと政府を倒して、『科学と道徳の両方ある国』を作る団体を建てて国を作ってもらわねばならない。

[21542] 国民は“自分が好きな国”を作る団体にお金を払って国を作ってもらえばいい。☆ h26.11.1
日本政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。日本政府は昔のヨーロッパ政府を真似[まね]て作った団体であり、昔のヨーロッパ人は「科学があって道徳がない国」が好きだったから、日本政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。
しかし、今の日本人は『科学と道徳が両方ある国』が欲しい。日本政府が作る国は今の日本人の趣味ではない。
人がどういう国が好きかは人の心が決める。人がどんな国が好きかは人の勝手である。だから、政府の国が好きな者は政府に税金を払って政府に国を作ってもらえばよく、反対に政府の国が嫌いな者は政府に税金を払わず政府に国を作ってもらわなければいい。
昔は戦争の時代だったから、国民は外国と戦争をしなければならなかったから、国民はしかたなく政府に税金を払って政府に国を作ってもらっていただけである。しかし、今は平和の時代だから、国民は外国と戦争をしなくてよくなったから、国民は政府に税金を払わず政府に国を作ってもらわなくてもよくなったのである。昔と今では国民の心が違うから、政府の国が好きか嫌いか違うから、昔の国民は政府に国を作ってもらっていたが、今の国民は政府に国を作ってもらわなくなったのである。
国民は“自分が好きな国”を作る団体にお金を払って国を作ってもらえばいい。国民が“自分が好きな国”を作る団体がなければ自分で国を作ればいい。今の国民は自分で『科学と道徳の両方ある国』を作ればいい。将来、『科学と道徳の両方ある国』を作る団体が出来たらお金をやって国を作ってもらってもいい。
国を作る団体がお金を儲[もう]けたければ、多くの国民が欲しい国を作ればいい。ところが、今の政府はそうしていない。今の政府は国民のニーズとは無関係に自分の独断で昔と同じ国を作り続けるだけである。だから、今の政府は国民に自分が作った国が売れなくなってお金が儲からなくなって潰[つぶ]れているのである。今の国民が欲しい『科学と道徳の両方ある国』を作る団体が出来れば、大勢の国民に国が売れて儲かるだろう。

[21543] 政府は国民の心を不満にする団体である。 h26.11.1
昔は戦争の時代だったので、国民は外人を殺すために「科学があって道徳がない国」を作っていた。国民はヨーロッパから科学を取り入れて武器を作った。国民はヨーロッパから政府という“悪いことをする団体”を取り入れて、政府が国民を殺したり国民を嫌がらせたりするのを見て自分の道徳をなくして自分を悪い心に変えて自分を冷酷非情な殺人鬼にしていた。国民は政府の命令で人殺しや嫌がらせや戦争をやった。
今は平和の時代なので、国民は自分が裕福に幸福に暮らすために『科学と道徳の両方ある国』を作ればいい。国民はヨーロッパから科学や産業を取り入れて物やお金を豊かにすればいい。国民は自分の心を満足して楽しく面白く幸福に暮らせばいい。政府は“悪いことをする団体”だから、政府は国民の心を満足せず楽しさも面白さも幸福もない国を作るから政府を倒してなくせばいい。国民で『道徳のある国』を作る団体を建てて、『道徳のある国』を作る団体が善いことをするのを見て道徳を勉強して自分を善い心に変えて、みんなで善いことをしあって幸福に暮らせばいい。
世の中には“国民にウケるまちがったこと”を国民に教えて国民を不幸に導く悪い思想家がいる。国民を不幸にするのが生き甲斐[がい]の悪い思想家がいる。悪い思想家がいろんな屁理屈をつけて国民に「科学があって道徳がない国」を勧[すす]めて「政府を善い団体だ」と思わせて政府を残させて国民の道徳をなくさせて国民の楽しさや面白さや幸福をなくして国民を不幸にしている。国民は悪い思想家に従うから不幸になるのである。「面白いこと」と『正しいこと』は違う。悪い思想家は“面白いまちがったこと”を考え出して国民をまちがわせて不幸にする。国民は悪い思想家に騙[だま]されないようにして、自分で正しいことを考えて自分で自分を幸福に導かねばならない。

[21544] ヨーロッパ文化では人の心がわからないから人の心が満足されない。 h26.11.1
政府はヨーロッパ文化をやる団体である。
ヨーロッパ文化は見掛けが綺麗[きれい]なだけで、楽しさも面白さも幸福もない。ヨーロッパ文化では物がわかるから物の綺麗さがあるが、人の心がわからないから楽しさも面白さも幸福もない。
だから、政府は国民の前では善い団体のふりをして、実際には悪いことばかりやっている。政府は物がわかるから表では善い人のふりをして、人の心がわからないから裏では悪いことをやっているのである。
政府は『浦島太郎』の玉手箱そのものである。玉手箱は見かけは綺麗だが、中身がカラッポである。玉手箱は形だけで心がない。
ヨーロッパ文化には楽しさや面白さや幸福がないから、みんなが幸せに暮らせないのである。ヨーロッパ文化には綺麗さの喜びがあるだけでほかには何もないのである。ヨーロッパ文化は物がわかるから物やお金が豊かだが、人の心がわからないから人の心が満足されずみんなが幸福に暮らせないのである。ヨーロッパ文化では物があっても不幸なのである。
反対に、アジア文化には楽しさや面白さや幸福があるから、みんなが幸せに暮らせるのである。人間が幸せに暮らすためには見掛けはどうでもよく、楽しさや面白さや幸福があればいい。アジア文化は物がわからないから物やお金は貧しいが、人の心がわかるから人の心が満足されてみんなが幸福に暮らせるのである。アジア文化では物がなくても幸福なのである。
ヨーロッパ文化では物があっても不幸である。アジア文化では物がなくても幸福である。人間が満足に暮らすためには、物があって幸福であればいい。だから、みんなは科学と道徳の両方をやればいい。みんなは科学の得意な国から科学や産業を取り入れて、道徳の得意な国から道徳や法律を取り入れて、科学と道徳の両方で暮らせばいい。日本はアジアの国である。アジアには楽しさや面白さや幸福がある。だから、日本では楽しさや面白さや幸福のために科学や産業を利用すればいいのである。
政府は昔のヨーロッパ人がみんなの道徳をなくすために作った団体である。昔は「自分の感性に合った国にすれば幸福に暮らせる」と考えられていたから、ヨーロッパ人は物がわかるが人の心がわからないから、昔のヨーロッパ人は自分が幸福に暮らすために道徳のない国を作るために政府を建てたのである。政府は国民の道徳をなくす団体である。政府は悪いことをしてみんなに悪いことを教えてみんなの道徳をなくすためにある。政府は科学者集団ではないから『科学のある国』にするためには役に立たない。しかし、今では『人間が幸福に暮らすためには科学と道徳の両方が要る』と考えられているから、人間が幸福に暮らすためには道徳がなければならない。日本では政府は戦争のときに要るだけで、ほかのときには要らない。平和な時代には『西洋の科学、東洋の道徳』でいいが、戦争の時代には「西洋の科学、西洋の不道徳」でなければならない。今は平和の時代である。だから、今の国民で政府を倒して、『道徳をやる団体』を建てて『道徳をやる団体』が善いことをしてみんなに善いことを教えてみんなに道徳があるようにすればいい。
商売人は物やお金で儲[もう]けるから、物やお金のことだけ考えて人の心を考えない。商売人は装飾品のように高くて楽しくない物が好きで、本のように安くて楽しい物が嫌いである。商売人にとってはアジア文化よりもヨーロッパ文化のほうが都合がいい。だから、商売人は悪い思想家を使ってヨーロッパ文化を流行[はや]らそうとする。政府は国民に悪いことを教えて国民の道徳をなくして国民に人の心をわからなくして国民の心の楽しみや面白さや幸福をなくして国民を眼先の喜びしかわからなくするから、政府があると装飾品がよく売れるから、商売人にとっては政府があると都合がいいから、商売人は政府と組んでいる。ヤクザが装飾品を見せびらかして喜んでいるだけである。しかし、たかが商売人のために国民みんなが不幸にされてはたまらない。国民にとっては商売人よりも自分の幸福のほうが大事である。徳川幕府は『道徳のある国』を作る団体だったから『国民を幸福にする団体』だったから、商売人は国民を不幸にするから商売人は国民の敵だから商売人の身分を最低にしたのである。国は国民みんなのためにあるのであって商売人のためだけにあるのではない。国民は商売人に利用されてはいけない。国民は商売人に乗せられて自分を不幸にすることをしてはいけない。国民は商売人を倒して自分たちが幸福に暮らせる国にしないといけない。

[21545] 今の日本はアフリカと同じ「科学と道徳の両方ない国」である。 h26.11.2
ヨーロッパ文化では物がわかるが人の心がわからない。物がわかるから科学や産業が得意である。科学や産業が得意だから物やお金が豊かである。物がわかるから物の綺麗[きれい]さがわかる。しかし、人の心がわからないから自分の心を操[あやつ]れず道徳や法律が苦手である。道徳や法律が苦手だから悪いことばかりしている。人の心がわからないから楽しさも面白さも幸せもなく心が貧しい。つまり、ヨーロッパ文化は物が豊かで心が貧しい。
反対に、アジア文化は物がわからないが人の心がわかる。物がわからないから科学や産業が苦手である。科学や産業が苦手だから物やお金が貧しい。物がわからないから物の綺麗さがわからない。しかし、人の心がわかるから自分の心を操[あやつ]るのが得意だから道徳や法律が得意である。道徳や法律が得意だから善いことばかりしている。人の心がわかるから楽しさや面白さや幸せがあって心が豊かである。つまり、アジア文化は物が貧しいが心が豊かである。
昔は世界中で「国民が自分の感性に合った国を作れば幸福に暮らせる」と考えられていた。そのために、ヨーロッパでは国民が「科学があって道徳がない国」にしていた。ヨーロッパでは国民が“科学の才能がある人”にたくさんお金をやって好き放題に研究をさせていた。国民が鎖国をしてアジアから道徳や法律を取り入れないようにしていた。国民が政府を建てて、政府に悪いことをさせて国民が政府のやっていることを見て悪いことを勉強して道徳をなくしていた。
反対に、アジアでは国民が「道徳があって科学がない国」にしていた。アジアでは国民が鎖国をしてヨーロッパから科学や産業を取り入れないようにしていた。国民が幕府を建てて、幕府に善いことをさせて国民が幕府がやっていることを見て善いことを勉強して道徳があるようにしていた。
しかし、今では世界中で『国民が科学と道徳の両方ある国を作れば幸福に暮らせる』と考えられている。そのために、世界中の国で国民が『科学と道徳の両方ある国』にしている。世界中の国で国民が、科学の得意な国から科学や産業を取り入れて、道徳の得意な国から道徳や法律を取り入れて、科学と道徳の両方ある国にしている。世界中の国で国民が裕福に幸福に暮らしている。
ところが、今の日本では国民が「科学があって道徳がない国」を作って、昔のヨーロッパ人のような物が豊かで心が貧しい暮らしをしている。国民が政府に悪いことをさせて国民に悪いことを教えさせて国民が悪いことを勉強して道徳のない国になっている。おまけに、日本人は科学が得意ではないから、日本はアフリカのような「科学も道徳も両方ない国」になっている。そのために、今では日本は世界中から古臭い国だと馬鹿にされて笑い者にされている。このままではいけない。国民は早く方向転換して『科学と道徳の両方ある国』を作って、国民が裕福に幸福に暮らせる国にしないといけない。
日本人は道徳の力で科学をやる。日本人は科学の才能はあまりないが、道徳の力で知的好奇心や知覚欲を働かせて科学を理解する。しかし、今の日本には道徳がないから科学もできなくなっている。今の日本はアフリカのような「道徳も科学も両方ない国」である。このままではいけない。近代の日本では戦争のために国民みんなが「科学があって道徳のない国」にしただけである。日本は早くもとの『道徳のある国』に戻して、道徳の力で科学をやって『道徳と科学の両方ある国』にして世界の他の国に追いつかねばならない。

[21546] どうして今でも政府が残っているか? h26.11.2
今の国民が「科学があって道徳がない国」を作り続けているからである。国民が「科学があって道徳がない国」を作るためには、国民みんなの道徳をなくさなければならないから、国民みんなが政府に税金を払って政府に悪いことをさせてそれを国民みんながテレビや新聞で見て国民みんなが悪いことを勉強して国民みんなを悪い人間にしているのである。国民みんなを道徳のない人の心がわからない心の楽しさや面白さや幸せがわからない眼先のことしかわからない昔のヨーロッパ人みたいなクズ人間に改造しているのである。政府は国民に悪いことを教えるための先生なのである。だから、国民は政府のことを「先生」と呼ぶのである。税金は国民が政府から悪いことを習うための授業料である。
そもそも国民が「科学があって道徳がない国」を作り始めたのはヨーロッパと戦争をするためである。近代にヨーロッパが日本に攻めて来ていたから、国民はそれまで『道徳があって科学がない国』を作っていたのを「科学があって道徳がない国」を作ることに変えたのである。
だから、昭和40年頃(1965年頃)にヨーロッパが攻めて来なくなったら、国民は「科学があって道徳がない国」を作るのをやめて『科学と道徳の両方ある国』を作ることに変えればよかったのである。
それなのに、今でも国民は「科学があって道徳がない国」を作り続けている。
それは、今の国民が馬鹿だからである。今の国民が悪い思想家にまちがったことを教えられて惑[まど]わされて「日本が今の「科学があって道徳がない国」のままでいい」と思わされているからである。
おそらく、「科学があって道徳がない国」ではいくつかの職業が有利になって、その職業の者が悪い思想家にお金をやって国中にまちがった思想を広めて、国民に「今の「科学があって道徳がない国」がいい」と思わせているのだろう。金まかせの宣伝の力である。
今はまだ「科学があって道徳がない国」であることによる被害が小さいからいいが、そのうち被害が大きくなって来たらもはやおしまいである。世界大戦のときと同じことである。日本はもう二度と立ち直れないかもしれない。日本は未来永劫[えいごう]に貧乏な不幸な国となって無名の国となって世界地図の片隅[かたすみ]に生き恥をさらすことになるだろう。
病気は早いうちに治すにかぎる。今ならまだ国民が方向転換して「科学があって道徳がない国」を作ることから『科学と道徳の両方ある国』を作ることに変えることができる。国民は悪い思想家の金儲[もう]けに踊[おど]らされずに、自分で正しいことを考えて自分で自分を幸福にしないといけない。

[21547] 今の国民は政府を倒している。 h26.11.2
いつの時代でも国民は自分にとってもっとも幸福な国を選ぶ。なぜなら、人間は幸福が欲しいからである。
近代の国民が「科学があって道徳がない国」を作っていたのは、ヨーロッパと戦争をしなければならなかったためである。近代の国民にとっては本当は『科学があって道徳がある国』がよかったけれども、戦争のためにしかたなく「科学があって道徳がない国」を作っていたのである。外人を殺すためには道徳が邪魔[じゃま]なので、国民は外人を殺すために自分の道徳をなくしていたのである。そのために、国民で政府を建てて、政府に悪いことをさせて国民がそれを見て悪いことを勉強して自分の心から道徳をなくしていたのである。
今の国民も自分にとってもっとも幸福な国を選ぶはずである。だから、今の国民は『科学と道徳の両方ある国』を作っている。科学と道徳が両方あれば、物やお金が豊かになり、心に楽しさや面白さや幸せがあって、人間がもっとも幸福に暮らすことができるからである。ところが、政府は一時代前の「科学があって道徳がない国」を作っている。政府は物やお金だけ豊かで、心に楽しさも面白さも幸せもないつまらない国を作っている。今の国民にとって政府は邪魔[じゃま]である。だから、今の国民は政府を倒している。今の国民は政府に税金を払わず政府に国を作らせず政府を倒しているのである。
今は世界中の国で国民が『科学と道徳が両方ある国』を作っている。だから、日本でも国民が『科学と道徳の両方ある国』を作ればいいのである。政府は国民と違う国を作っているから、国民は政府を倒せばいいのである。

[21548] どうして今の国民は政府に従っているのか?☆ h26.11.3
政府が今の国民が好きな国を作っているからである。
政府は国を作る会社である。国民が国を作る会社が作った国を買うか買わないかは国民個人の勝手である。だから、国民が政府に従って政府の国を作るのは、国民が政府が作る国が好きだからである。
しかし、政府は戦争の時代向きの「科学があって道徳がない国」を作る会社である。政府は「物だけあって心がない国」を作る。政府はみんなが自分の心が見えずみんなが情操[じょうそう]ができず悪いことをしてみんなに心の楽しさや面白さや幸せのない国を作る。一方、今の国民は平和な時代向きの『科学と道徳の両方ある国』が欲しい。今の国民は『物と心の両方ある国』が欲しい。今の国民はみんなが自分の心が見えてみんなが情操ができて善いことをしてみんなに心の楽しさや面白さや幸せのある国が欲しい。だから、政府は今の国民が好きな国を作っていない。
だから、今の国民は政府に従ってはいけない。今の国民は政府に従って政府の国を作ってはいけない。今の国民は政府が作る国を買わないようにして政府に税金を払ってはいけない。今の国民は政府に税金を払わず政府に国を作らせず政府を倒さなければならない。政府の替わりに『科学と道徳の両方ある国』を作る会社を建てて、『科学と道徳の両方ある国』を作る会社にお金をやって国を作ってもらわねばならない。
デカルトが『物心二元論』を考えたのもデカルトが『物と心の両方ある国』を作りたかったからかもしれない。

[21549] どうして今の国民は政府に従っているか? h26.11.3
今の日本では国民は『科学と道徳の両方ある国』が好きである。今では世界中の国でみんなが『科学と道徳の両方ある国』を作っているから日本でもそうである。
ところが、政府は毎日朝から晩までテレビや新聞で自分が『科学と道徳の両方ある国』を作っているふりをしている。自分が『科学と道徳の両方ある国』を作る団体である芝居をしている。そのために、国民の多くは政府の芝居に騙[だま]されて「政府が『科学と道徳の両方ある国』を作っている」と思って、政府に従っているのである。政府の命令で国を作って、政府に税金を払って政府に国を作らせているのである。
しかし、本当は『政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体である。』政府は近代の国民が戦争をするためにヨーロッパ政府を真似[まね]て建てた団体である。ヨーロッパ人は科学がわかるが道徳がわからないから、ヨーロッパ人は悪いことが好きだから、ヨーロッパ政府は国民に合わせて自分も悪いことをやって国民を喜ばせているのである。一方、日本では国民は自分の道徳をなくして自分が外人を殺しやすくするために「道徳がない国」を作る政府を建てて、政府に悪いことをさせてそれを見て悪いことを勉強して自分の道徳をなくしていたのである。だから、政府は国民に悪いことの手本を示すために自分が悪いことをして国民を殺したり国民に嫌な生活をさせて国民を苦しめたりするのである。
政府は「道徳がない国」を作る団体だから、政府は悪いことを国民に教える先生だから、政府は国民に嘘[うそ]をつくことを教えるために、テレビや新聞などで自分が『科学と道徳の両方ある国』を作る団体であるふりをしているのである。
今の国民は政府の嘘に騙されているから政府に従っているのである。今の国民は政府が『科学と道徳の両方ある国』を作る団体のふりをしていることに騙されているから、政府に従っているのである。
だから、国民は政府の嘘に騙[だま]されてはいけない。国民は政府を見て嘘をつくとはどういうことかを知ればいいだけにして、本当に政府の嘘に騙されてはいけない。
政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体である。しかし、今の国民は『科学と道徳の両方ある国』が欲しい。今の国民は政府が作る国が要らない。だから、今の国民は政府に税金をやらず政府に国を作らせなければいいのである。今の国民は政府に税金をやらず政府を潰[つぶ]せばいいのである。
今の国民は自分で『科学と道徳の両方ある国』を作ればいい。それでも足りなければ、『科学と道徳の両方ある国』を作る団体を建ててお金をやって国を作ってもらえばいい。国民が最初からきちんと『道徳のある国』を作る団体を建てておけば、『道徳のある国』を作る団体は『道徳のある国』を作るしかないから、自分が『道徳のある国』を作るために善いことをするしかないから、『道徳のある国』を作る団体は自分が滅ぶまでずっと善いことをし続けるだろう。公務員は同じことをするのが好きだから、最初に善いことをさせておけば永遠に善いことをし続けるのである。

[21550] 今の世界中のみんなは物やお金が豊かで善いことや面白いことが好きである。☆ h26.11.3
昔は東西交流がなくて世界が真っ二つに分かれていた。そのため、ヨーロッパ人とアジア人ではセンスが反対だった。
昔のヨーロッパ人は科学がわかるが道徳がわからなかった。そのために、昔のヨーロッパ人は物やお金が豊かで悪いことや面白くないことが好きだった。だから、政府は科学や産業の育成にお金をかけて、自分が悪いことをやって国民を苦しませたり面白くない物を作らせたりして国民を喜ばせていた。
昔のアジア人は道徳がわかるが科学がわからなかった。そのために、昔のアジア人は物やお金が貧しくて善いことや面白いことが好きだった。だから、幕府は鎖国をやって外国から科学や産業を取り入れないようにして、自分が善いことをやって国民を幸福にしたり面白い物を作らせたりして国民を喜ばせていた。
しかし、今では東西交流が盛んになって世界が一つになっている。そのため、ヨーロッパ人とアジア人ではセンスが同じになっている。
今では世界中のみんなが科学と道徳の両方がわかる。そのために、今のみんなは物やお金が豊かで善いことや面白いことが好きである。今の国民は物も心も両方とも豊かでなければならない。だから、今の“国を作る団体”は科学や産業の育成にお金をかけて、自分が善いことをやって国民を幸福にしたり面白い物を作らせたりして国民を喜ばせないといけない。
ところが、今の日本政府は昔のヨーロッパ政府のように科学や産業の育成にお金をかけるだけで、自分が悪いことをやって国民を苦しませたり面白くない物を作らせたりしている。今の日本政府は今の世界に合っていない。だから、今の国民は政府に税金をやらず政府を倒さねばならない。政府の替わりに『科学と道徳の両方ある国』を作る団体を建ててお金をやって国を作ってもらわねばならない。
国を作る団体は国を作るために国民に命令しているのである。国を作る団体は仕事のために国民に命令しているのである。けっして、国を作る団体が国民よりも身分が高いとか正しい者であるわけではない。それは国民の誤解である。国民と国を作る団体は平等である。だから、国民は“自分が好きな国”を作る団体にお金をやって、“自分が嫌いな国”を作る団体にお金をやってはいけない。今の日本政府は国民が嫌いな国を作っているから国民は日本政府にお金をやってはいけない。

[21551] 昔のヨーロッパ人は悪いことが好きだったから政府が悪いことをするのを見て喜んでいた。 h26.11.3
昔のヨーロッパ人は科学がわかるが道徳がわからなかった。そのため、昔のヨーロッパ人は物やお金が豊かで、悪いことや面白くないことが好きだった。政府は国民を喜ばせるために、科学や産業を育成して、悪いことや面白くないことをやっていた。政府は国民を喜ばせるために国民に命令して戦争をやらせたり国民を事故で殺したり国民に嫌な生活をさせて国民を苦しめていた。昔のヨーロッパ人は悪いことが好きだったから、政府が国民に命令して戦争をやらせて国民を殺したり国民に嫌な生活をさせて国民を苦しめたりして政府が悪いことをしているのを見て喜んでいたのである。
日本政府は昔のヨーロッパ政府を真似[まね]て作った“国を作る団体”である。近代の日本人はヨーロッパと戦争をするために、政府を建てて、物やお金を豊かにして武器を作ったり、政府に悪いことや面白くないことをやらせて自分の道徳をなくして外人と戦いやすくしていたのである。
日本政府は今でも昔と同じように科学や産業を育成して、悪いことや面白くないことをやっている。日本政府は国民に命令して国民を事故で殺したり国民に嫌な生活をさせて国民を苦しめたり、面白くない物を作ったりしているのである。
しかし、日本人は昔のヨーロッパ人とはセンスが違う。日本人は悪いことや面白くないことが好きではない。
今では世界中どこの国でも国民が科学と道徳の両方がわかるようになっている。今では世界中どこの国でも国民が物やお金が豊かで、善いことや面白いことが好きである。今では世界中どこの国でも国を作る団体が国民を喜ばせるために『科学と道徳の両方ある国』を作っている。国を作る団体が国民のために科学や産業を育成して、善いことをやって国民を幸福にしたり面白い物を作って国民を楽しませたりしている。
それなのに、日本では政府が今でも「科学があって道徳がない国」を作っている。政府は科学や産業を育成して、悪いことをやって国民を不幸にしたり面白くない物を作って国民をつまらなくしたりしている。今の国民は政府の作っている国が嫌いである。世界中で日本政府だけが国民が喜ぶ国を作っていない。日本は異常な国である。だから、国民は政府に税金を払わず政府に国を作らせてはいけない。国民は政府に税金を払わず政府を潰[つぶ]さなければならない。国民は早く『科学と道徳の両方ある国』を作る団体を建ててお金をやって国を作ってもらわねばならない。
昔は国が科学や道徳の片一方に偏[かたよ]りすぎていたから国民は幸福に暮らせなかった。今は国が科学と道徳の両方をバランスよくやっているから国民は幸福に暮らせる。国民個人にとっては科学は科学者に任せられるが、道徳は自分でやるしかない。人間にとっては科学よりも道徳が大事である。人間はまず道徳ができてから科学をやらねばならない。これからは道徳の時代になるだろう。

[21552] 昔のヨーロッパ人は悪いことが好きだったから政府が悪いことをやって国民を喜ばせていた。☆ h26.11.4
昔は東西の文化交流がなくて世界が真っ二つに分かれていた。そのため、昔のヨーロッパ人は科学はわかるが道徳がわからなかった。昔のヨーロッパ人は物やお金や悪いことが好きだった。
昔のヨーロッパ人は悪いことが好きだった。だから、ヨーロッパでは政府が悪いことをやって国民を喜ばせた。政府は国民に命令して戦争をやらせたり国民に嫌な生活をさせて悪いことをして国民を喜ばせた。おまけに、政府は国民の前で善い団体のふりをして嘘[うそ]をついて悪いことをして国民を喜ばせた。政府が「多数決の原理」や「納税の義務」があると言うのも嘘である。今でもアメリカやイギリスは古臭い国だから昔のヨーロッパが残っていて、政府が国民に悪いことをやって国民を喜ばせている。要するに、政府は悪いことをする団体である。
近代の日本ではヨーロッパが攻めて来ていて国民がヨーロッパと戦争をしなければならなかったので、国民は自分の道徳をなくして人殺しをしやすくするために、ヨーロッパ政府を真似[まね]て日本政府を建てて、日本政府に悪いことをやらせて悪いことを勉強して自分の道徳をなくしていた。
しかし、今では日本にヨーロッパが攻めて来ていないから国民は戦争をしなくていい。国民は自分の道徳をなくしたりしなくていい。今の国民にとっては政府は役に立たない。日本政府は用済みである。国民は日本政府が要らない。国民は政府を倒さなければならない。「多数決の原理」や「納税の義務」は政府の嘘だから、国民は周[まわ]りのみんなにかまわず自分で政府に税金を払わないようにして政府を倒さなければならない。
今では東西の文化交流が盛んになって世界が一つになって世界中でみんなが科学と道徳の両方がわかるようになっている。昔と今では国民の感性が変わってきている。だから、今の日本人は科学と道徳の両方をやらねばならない。今の日本人にとっての幸福は物やお金が豊かになって善いことや面白いことをやることである。だから、今の日本の国を作る団体は国民の物やお金を豊かにして善いことや面白いことをやって国民を喜ばせなければならない。ところが、今の政府は悪いことや面白くないことをやっている。政府は今の国民にとって嫌なことをやっている。政府は古臭い“国を作る団体”である。だから、今の国民は政府を倒さなければならない。
国民は仕事や遊びやその他のことをしなければならなくていそがしい。国民だけでは十分に国作りができない。そのために、昔から国民は国を作る団体を建てて、お金をやって国を作ってもらってきた。しかし、これまで日本の“国を作る団体”は国民と無関係にわがまま勝手に同じ国を作るからうまくいかなかった。国民が欲しい国が変わったときに国民がいちいち古い国を作る団体を倒して新しい国を作る団体を建てねばならなかった。これからは日本でもヨーロッパのように“国民の欲しい国に合わせた国を自動で作る団体”を建ててお金をやって国を作ってもらえばいい。

[21553] 政府は悪いことをする団体である。☆ h26.11.4
昔のヨーロッパ人は科学がわかるが道徳がわからなかったので、悪いことが好きだった。
政府は国を作る団体である。国を作る団体は国民が喜ぶ国を作る。国を作る団体は国民のためにあるので、必ず国民が欲しい国を作らねばならない。
そのために、昔のヨーロッパでは政府は国民に悪いことをして国民を喜ばせていた。国民は政府が国民を殺したり国民を嫌がらせたりしているのを見て喜んでいた。国民は政府が国民に命令して国民に戦争をさせて大勢の国民を殺しているのを見て喜んでいた。
近代の日本ではヨーロッパが攻めて来ていたので、国民がヨーロッパと戦争をして国を守るために昔のヨーロッパ政府を真似[まね]て日本政府を建てた。幕府は国民に戦争をさせてくれないが政府はさせてくれるので、国民は幕府を倒して政府を建てたのである。国民は政府が国民の前で善い団体のふりをしているのを見て「政府が善い団体だ」と思って政府を信用して政府に従った。しかし、『政府は本当は悪いことをする団体だった。』そのために、政府は世界大戦のときに国民にわざとに負ける戦争をやらせて大勢の国民を殺した。国民は「日本の戦力が足らなかったせいだ」と思って戦争に負けたことを納得した。
『政府は悪いことをする団体である。』嘘[うそ]をつくのは悪いことだから、政府は嘘をついて国民の前では善い団体のふりをしているのである。国民の多くは馬鹿だから、政府の嘘に騙[だま]されて「政府が善い団体だ」と思って政府を信用して政府に従っているのである。
これまで日本人は政府のことがよくわからなかったから政府に従っていたのである。政府の見かけに騙されて「政府が善い団体だ」と思って政府に従っていたのである。
本当は、『政府は悪いことをする団体である。』政府は昔のヨーロッパ政府を真似て作った団体であり、昔のヨーロッパ人は悪いことが好きだったから、政府は国民を喜ばせるために悪いことをするのである。
しかし、日本人は悪いことが嫌いである。日本人は昔から悪いことが嫌いである。日本人は悪いことを見ても喜ばない。だから、日本には政府を建ててはいけないのである。
近代の日本では国民が戦争のために政府を建てたが、戦争は政府が国民を殺して悪いことをして“悪いことが好きな国民”を喜ばせるためにやっているのだから、日本人は生まれつき悪いことが嫌いだから、日本では戦争をやる意義がない。日本は戦争をやってはいけない。日本は正々堂々と白旗を揚げればよかったのである。日本は戦争のために政府を建てなければよかったのである。それが日本の正しい道である。今度からは日本に外国が攻めて来ても日本は戦争をせずにそのまま白旗を揚げればいい。それが日本人にとってもっとも幸福な選択である。
日本人は悪いことが嫌いである。日本人は生まれつきそういう性格である。政府は悪いことをする団体である。だから、日本人にとって政府は嫌なだけである。政府は日本人にとっては面白くない芸人である。政府はヨーロッパ人にはウケるが、日本人にはウケない。日本人にとっては政府は要らない。日本人は政府に税金を払わないようにして政府を倒せばいい。
日本人は善いことが好きである。だから、国民は“善いことをする団体”を建てて“善いことをする団体”が善いことをするのを見て幸福に暮らさないといけない。

[21554] ヨーロッパ人は政府が好きだが、日本人は政府が嫌いである。☆☆ h26.11.4
今の日本政府は悪いことをやっている。日本政府は国民を事故で殺したり国民に嫌な生活をさせて国民を苦しめたり、国民の前で善い団体のふりをして嘘[うそ]をついたりして悪いことをやっている。
しかし、日本政府が悪いことをやっているのは、そもそも国民を喜ばせるためである。
日本政府はヨーロッパ政府を真似[まね]て建てた団体である。ヨーロッパ人は科学が得意だが、道徳が苦手である。だから、ヨーロッパ人は善いことが嫌いで悪いことが好きである。ヨーロッパ政府は国民を喜ばせるために国民を殺したり国民に嫌な生活をさせたりして悪いことをやっているのである。
ところが、日本人はヨーロッパ人と反対である。日本人は道徳が得意で科学が苦手である。だから、日本人は善いことが好きで悪いことが嫌いである。
だから、日本政府は日本人にとっては嫌な団体である。たとえ日本政府がヨーロッパ人にとっては好きな団体でも、日本人にとっては嫌いな団体である。
人間の性格は生まれつきで変わらない。日本人にとっては永遠に政府が嫌である。だから、日本人は早く政府を倒して、政府に嫌がらせられるのをやめねばならない。
日本人は善いことが好きだから、日本人は政府と反対の“善いことをする団体”を建てて“善いことをする団体”に善いことをしてもらって幸福に暮らさないといけない。
ヨーロッパが幕府に国を作らせていたら変だと思う。悪いことが好きな国民の中にひとりだけ善いことをする団体がいたら変だと思う。それと同じように、日本が政府に国を作らせていたら変だと思う。善いことが好きな国民の中にひとりだけ悪いことをする団体がいたら不自然である。やめてくれと思う。だから、日本人はさっさと政府を倒して、“善いことをする団体”を建てて善いことをする団体に国を作らせればいいのである。

[21555] 日本の“国を作る団体”は日本人が好きな国を作らなければならない。 h26.11.4
国を作る団体は国民のためにある。だから、国を作る団体は国民が好きな国を作らねばならない。
ところが、国によって国民の性格が違うから、国民の好きな国も違う。
ヨーロッパの“国を作る団体”はヨーロッパ人が好きな国を作ればいい。ヨーロッパ人は科学が得意だが道徳が苦手だから、物がわかるが心がわからないから、綺麗[きれい]なことや悪いことが好きだから、ヨーロッパの国を作る団体(つまり政府)は、綺麗な町並みや家を作ったり、国民を殺したり国民を嫌がらせたりして悪いことをやって国民を喜ばせているのである。
日本の“国を作る団体”は日本人が好きな国を作ればいい。日本人は道徳が得意だが科学が苦手だから、心がわかるが物がわからないから、汚いことや善いことが好きだから、日本の国を作る団体は汚い町並みや家を作ったり、国民のために楽しい本や面白い本を作って善いことをやって国民を喜ばせるといい。
もっとも、今では東西の文化交流が進んで、世界中の人が道徳と科学が両方わかるようになっている。今では日本人は道徳も科学も両方とも得意になっている。今の日本人は心と物の両方がわかるから、今の日本人は実在が見えていて実在の中で自分の心を満足しているから、快適なことや幸福なことが好きである。だから、今の日本の国を作る団体は快適な町並みや家を作ったり、国民の心を適切に満足させて国民が実在の中で幸福に暮らせるようにしないといけない。国民の善い心を満足して悪い心を満足しない国を作って国民が幸福に暮らせるようにしないといけない。
ところが、今の日本では政府が高いビルばっかり建てて汚い町並みを作ったり、住んでも気持ちがよくない家を作ったり、国民を殺したり嫌がらせたりして悪いことをやって国民を苦しませている。今の日本では政府が「科学と道徳の両方ない国」を作っている。今の日本では政府は国民が一番嫌いな国を作っている。そもそも日本政府は近代の日本人が戦争をしないといけないと思って焦[あせ]ってまちがって建ててしまった“悪いことをする団体”であり、政府は自分が悪いことをするために国民に嫌な生活をさせて国民が不幸に暮らさねばならないようにしているのである。ヨーロッパ人は悪いことが好きだから政府に満足できるが、日本人は悪いことが嫌いだから政府に不満である。だから、今の国民は政府の国を買わないようにして政府に税金を払わないようにして政府を倒さなければならない。将来、今の日本人が喜ぶ“快適で幸福な国”を作る団体が現れてからお金をやって国を作ってもらわねばならない。
今の世界では東西文化が統合されてみんなが科学と道徳の両方がわかるようになっている。昔と今ではみんなの感性が変わっている。『科学と道徳が両方ある世界』は、科学のある世界と道徳のある世界のたんなる足し合わせではなく、これまでにないまったく新しい世界である。人間が実在が見えていて、実在の中で自分の心を満足しないといけない。これまでの道徳ではなく、まったく新しい道徳を作らなければならない。『科学と道徳の両方ある世界』が本当にわかる団体なら、今の国民が満足できる国が作れるだろう。日本政府は昔の「科学があって道徳がない世界」しかわからないバカ団体だから、今の国民が満足する国がとうてい作れない。問題外である。国民は日本政府を倒さねばならない。
日本人は近世(つまり江戸時代)まで道徳をやっていて近代にすぐに科学を吸収できたから、近世の日本人なら道徳と科学が両方できるはずである。近世の日本人なら『道徳と科学の両方ある世界』で快適に幸福に暮らすことができる。近世の日本人の感性が大事である。近世の日本人はインド哲学をよく勉強していたから、日本人はインド哲学をもう一度よく勉強して『道徳と科学の両方ある世界』が見えるようにならねばならない。(私も学生の頃(30歳の頃)に科学の中で道徳を理解しようと努力して『実在哲学』を創造した。)そうすれば、政府が今の世界には不適であることがわかって政府を倒さねばならない気にもなるだろう。
今の日本人は『科学と道徳の両方ある国』を理解しようと努力している。一方、政府は国民とは無関係に自分勝手に昔と同じ「科学があって道徳がない国」を作っている。政府がなければ日本は善い国である。だから、国民で早く政府を倒さなければならない。

[21556] 今の政府は国民に正体がバレて滅んでいる。 h26.11.4
近代の日本ではヨーロッパが攻めて来ていたので、日本人はヨーロッパと戦争をするために幕府を倒して政府を建てた。幕府は戦争してくれなかったが、政府は戦争してくれたからである。ヨーロッパ政府を真似[まね]て日本政府を建てた。
ところが、政府は悪いことをする団体だった。ヨーロッパ人は科学が得意だが道徳が苦手なので、悪いことが好きである。そのため、ヨーロッパでは政府が悪いことをやって国民を喜ばせていた。政府が国民を事故で殺したり国民に嫌な生活をさせたり国民に戦争をさせて殺したりして悪いことをやって国民を喜ばせていたのである。
そのため、近代以降の日本でも政府が悪いことをするようになった。政府が国民を事故で殺したり国民に嫌な生活をさせて苦しませたり国民に戦争をさせて殺したりした。しかも、政府は国民の前では嘘[うそ]をついて自分が善い団体のふりをしていた。国民は政府の芝居に騙[だま]されて「政府が善い団体だ」と思って政府を信頼して政府に従っていた。
しかし、昭和40年頃(1965年頃)になって科学の時代になって国民は人が言っていることよりも人が実際にやっていることで人を見るようになった。政府は口先では善いことをしていると言っているが、実際には悪いことをやっている。そのために、国民はだんだん『政府を悪い団体だ』と思うようになった。
今では文化人類学が発達して、ヨーロッパ人が悪いことが好きだからヨーロッパ政府が国民を喜ばせるために悪いことをやっていることがわかって、『日本政府が悪い団体である』ことが判明した。日本人は道徳が得意で科学が苦手だから、善いことが好きである。政府は悪いことをするから日本人は政府が嫌いになって政府に従わなくなって、政府に税金を払わなくなって政府を倒しているのである。
昔の国民は政府の芝居に騙されて「政府が善い団体だ」と思っていたから政府に従っていた。今の国民は政府の正体がわかって『政府が悪い団体だ』と考えているから政府に従わなくなった。政府の化けの皮がはげた。今の国民は政府が嫌になって、政府を四方八方から攻撃して政府を倒している。
国民と国を作る団体は平等である。国民は“自分が好きな国”を作る団体にお金を払って国を作ってもらい、“自分が嫌いな国”を作る団体にはお金を払わず国を作らせない。政府は「道徳がない国」を作る団体である。つまり、政府は悪いことをする団体である。ヨーロッパ人は悪いことが好きだから政府に税金を払って政府を養っている。しかし、日本人は悪いことが嫌いだから政府に税金を払わず政府を倒している。これまで政府は嘘で国民を騙して持っていただけである。今の国民は政府の正体を知って自分が政府に騙されていたことを知って怒り爆発で自分の気が済むまで政府を倒しているのである。

[21557] 昔の日本人は「政府が国民のために悪いことをしているのだ」と思っていた。☆☆☆ h26.11.5
日本では江戸時代には国民が「道徳があって科学がない国」を作っていた。幕府を建てて「道徳があって科学がない国」を作らせていた。
日本では近代には国民が戦争をするために「科学があって道徳がない国」を作っていた。ヨーロッパ政府を真似[まね]て日本政府を建てて「科学があって道徳がない国」を作らせていた。本当は最初っから戦争を放棄して白旗を揚げることにすれば最も善かったのだが、「日本人は喧嘩[けんか]っ早い」ので戦争をすることに決めてしまったのである。だから、当時の国民は政府が「科学があって道徳がない国」を作る団体であることを知っていた。政府が「悪いことをする団体」であることを知っていた。ヨーロッパ人やアメリカ人にわかることだから、日本人にわからないわけがない。ただ、当時の国民は「政府が国民のために悪いことをしているのだ」と考えていた。「政府は本当は国民を幸福にしてくれているのであり、その手段として悪いことをやっているのだ」と思っていた。
しかし、本当は『政府は国民を喜ばせるために悪いことをやっていたのである。』ヨーロッパ人は道徳がなくて悪いことが好きだから、政府が国民を事故で殺したり国民に嫌な生活をさせたり国民に戦争をさせて殺したりして悪いことをして国民を喜ばせていたのである。
当時の国民は『日本人とヨーロッパ人の感性の違い』がわかっていなかったために、政府を建てて戦争をすることに決めてしまったのである。当時の国民は“政府が悪いことをする意義”を誤解していたのである。
それ以来、日本では政府が毎日朝から晩まで悪いことをやって国民を殺したり国民を嫌がらせたりして国民を苦しめている。国民にとってちっとも得になることがない。これまでいっぺんも政府が国民を幸福にしてくれたことがない。政府は国民に悪いことをして国民を不幸にするだけである。政府はもともと悪いことをして“悪いことが好きな国民”を喜ばせる団体なのだから当然である。
ヨーロッパ人は道徳がわからないから悪いことが好きだが、反対に日本人は道徳がわかるから悪いことが嫌いである。日本政府は日本国民を嫌がらせて不愉快[ふゆかい]にするだけである。だから、日本国民は早く政府を倒さねばならない。
日本人は道徳がわかるから善いことが好きである。日本人は『道徳がある国』を作る団体を建てて『善いことをする団体』を建てて国民に善いことをしてもらって楽しく暮らせばいいのである。

[21558] 政府は昔のヨーロッパ人が作った“悪いことをする団体”である。☆☆ h26.11.5
昔は東西交流がなくて世界が真っ二つに分かれていた。ヨーロッパとアジアに分かれていた。
ヨーロッパ人は科学が得意で道徳が苦手だった。物がわかるが人の心がわからなかった。そのため、ヨーロッパ人は綺麗[きれい]なことや裕福なことや悪いことやつまらないことが好きだった。ヨーロッパ人は自分の力で科学や産業を発展させて物やお金を豊かにして綺麗な町にした。ヨーロッパ人は“悪いことをする団体”(政府のこと)を建てて、悪いことをする団体に悪いことをしてもらって喜んでいた。悪いことをする団体は国民を事故で殺したり国民に嫌な生活をさせて苦しめたり国民に戦争をさせて殺したりして悪いことをやって国民を喜ばせていた。
反対に、アジア人は道徳が得意だが科学が苦手だった。人の心がわかるが物がわからなかった。そのため、アジア人は汚いことや貧乏なことや善いことや面白いことが好きだった。アジア人は自分の力で科学や産業をあまり発展させず物やお金を貧しくして汚いみすぼらしい町にした。アジア人は“善いことをする団体”(幕府のこと)を建てて、善いことをする団体に善いことをしてもらって喜んでいた。善いことをする団体は国民の人権を守ったり国民に楽しい生活をさせたり国民に戦争をさせず善いことをやって国民を喜ばせていた。
今は東西交流があって世界が一つである。ヨーロッパとアジアが混じり合っている。
今の世界ではみんなが科学と道徳の両方が得意になっている。物もわかるし人の心もわかる。そのため、今の世界のみんなは快適なことや裕福なことや善いことや面白いことが好きである。今の世界のみんなは自分の力で科学や産業を発展させて物やお金を豊かにして暮らしやすい町にしている。今の世界のみんなは“善いことをする団体”を建てて、善いことをする団体に善いことをさせて幸福に暮らしている。善いことをする団体は国民の人権を守ったり国民に道徳を教えて国民が幸福に暮らせる生活をさせたり国民に戦争をさせず善いことをしてみんなを喜ばせている。善いことをする団体は、国民が善い感情を満足して悪い感情を満足させないようにして国民が幸福に暮らせる国を作っている。
ところが、今の日本では政府が悪いことをやっている。悪いことをする団体が悪いことをして国民を不幸にしている。政府は今の時代の団体ではない。今の時代には“善いことをする団体”がふさわしい。だから、今の国民で政府を倒して、“善いことをする団体”を建てて“善いことをする団体”に善いことをしてもらって幸福に暮らさねばならない。
近代の日本では国民はヨーロッパ人や政府や戦争のことがまだよくわからなかったから、ヨーロッパと戦争をして自分の国を守るために日本政府を建ててしまった。国民は「政府が日本人を幸福にしてくれる団体だ」と思って政府に従っていた。しかし、そのために政府が国民に戦争をさせて殺したり国民を事故で殺したり国民に嫌な生活をさせて苦しめたり悪いことをして国民が不幸になった。しかし、今では、私が説明したように、国民はヨーロッパ人や政府や戦争のことがよくわかっている。今の国民は『政府が日本人を不幸にする団体である』ことがよくわかっている。だから、今の国民は政府に従わないようにして、政府に税金をやらないようにして政府を倒して、“善いことをする団体”を建てて善いことをする団体にお金をやって善いことをしてもらえばいいのである。

[21559] 日本政府は日本国民が欲しくない国を作っている。☆☆ h26.11.6
国民が国を決める。国を作る団体は国民のためにある。国を作る団体は国民の感性に合った国を作らねばならない。
昔は東西交流がなくて世界が二つに分かれていた。アジアとヨーロッパに分かれていた。アジア人は物がわからないが人の心がわかった。ヨーロッパ人は物がわかるが人の心がわからなかった。アジアでは国を作る団体が「物が貧しくて心が豊かな国」を作っていた。ヨーロッパでは国を作る団体が「物が豊かで心が貧しい国」を作っていた。
今は東西交流があって世界が一つになっている。アジアとヨーロッパに分かれていない。世界中のみんなが物と人の心の両方がわかるようになっている。だから、今の国を作る団体は『物と心の両方が豊かな国』を作らねばならない。
ところが、今の日本政府は昔のヨーロッパの政府を真似[まね]て作られたために「物が豊かで心が貧しい国」を作っている。日本政府は鎖国をせずにヨーロッパから文明を取り入れて科学や産業を発展させて、自分が悪いことをやって国民を事故で殺したり国民に嫌な生活をさせて苦しめたり国民の娯楽を奪ってつまらなくしたりしている。
今の日本では国民が『物と心が両方豊かな国』を欲しいのに、政府は「物が豊かで心が貧しい国」を作っている。政府は国民が欲しい国を作っていない。だから、今の国民は政府が作った国を買わないようにしなければならない。今の国民は政府に税金を払わず政府に国を作らせず政府を潰[つぶ]さねばならない。政府は時代遅れの古臭い国を作る団体である。国民で早く政府を倒して『物と心が両方豊かな国』を作る団体を建ててお金をやって国を作ってもらわなければならない。
そもそも国民と政府は平等である。だから、国民は政府の作った国が欲しければ税金を払って買い、政府の作った国が欲しくなければ税金を払わずに買わなければいい。今の日本では政府が国民が欲しくない国を作っている。だから、日本では国民は政府に税金を払わず政府の国を買わなければいい。
日本政府は近代の国民がヨーロッパと戦争をするために建ててしまった「物が豊かで心が貧しい国」を作る団体である。だから、政府は鎖国をせずにヨーロッパから文明を入れて、自分が悪いことをして“悪いことが嫌いな国民”を不幸にするのである。政府は悪いことをするから国民に戦争をさせて大勢の国民を殺したのである。日本人は喧嘩[けんか]っ早くて戦争が好きだから、ヨーロッパが日本に攻めて来ているのをきっかけにしてさっそくヨーロッパと戦争をすることにして政府を建ててしまったのである。日本人はヨーロッパが日本に攻めて来るのを首を長くして待っていたのである。日本人は戦争が三度の飯よりも好きである。近代の国民は『政府が戦争をやらせてくれる団体だ』という理由だけで政府を建てて、その他の細かいことは全然考えなかったのである。日本人にとっては“帝国”には『戦争をやる国』という意味だけしかなかったのである。しかし、今ではヨーロッパは日本に攻めて来ていない。日本はいくら自分が戦争をしたくても戦争ができない。だから、日本は戦争をするためにわざわざ政府を建てなくてもいい。政府は悪いことをして自分の国の国民を不幸にするから、日本人はヨーロッパ人と違って悪いことが嫌いだから、日本人にとっては政府は嫌な団体だから、日本人はさっさと政府を倒して、今の時代に合った『物と心の両方とも豊かな国』を作る団体を建ててお金をやって国を作らせたらいい。
今の日本人が政府を倒さないのは、日本人が戦争が好きだからである。政府が『国民に戦争をさせる団体』だから、政府は国民に戦争をさせて国民を喜ばせてくれる団体だから、国民はいつまでたっても政府を倒さないのである。人間は自分が好きなことをやるときは早いが、やめるときは遅い。だから、今でも日本政府はなかなかなくならないのである。しかし、今の世界には戦争がないから、いくら日本に政府を置いていても国民は戦争できない。政府が悪いことをやって国民を不幸にするだけである。だから、国民はさっさと余計な政府を倒さねばならないのである。

[21560] ヨーロッパ人と日本人では政府を建てた理由が違う。 h26.11.6
ヨーロッパ人は悪いことが好きだから、悪いことをする団体である政府を建てて、政府に悪いことをさせて喜んでいた。政府に国民を事故で殺させたり国民に嫌な生活をさせて苦しめさせたり国民に戦争をさせて殺させたりして喜んでいた。政府は国民を喜ばせるために一生懸命に悪いことをやった。
一方、日本人は戦争が好きだから、ヨーロッパと戦争をするために政府を建てて、政府に戦争をさせて喜んでいた。政府に国民に戦争をさせて国民を殺させて喜んでいた。政府は国民を喜ばせるために必死になって世界大戦をやった。
ヨーロッパ人は悪いことが好きだが、今では東西交流が盛んになってだんだん道徳がわかるようになって悪いことが嫌いになっている。政府も国民に合わせて『物と心の両方とも豊かな国』を作るようになって、悪いことをしなくなって国民を事故で殺したり国民に嫌な生活をさせて苦しめたり国民に戦争をさせて殺したりしなくなっている。そのために、今の世界では戦争がなくなっている。
日本人は戦争が好きだが、今の世界では戦争がなくなって戦争ができなくなっている。今では戦争はやれないから、政府は用済みである。政府は悪いことをする団体である。日本人は戦争は好きだが、悪いことが嫌いである。日本人にとって戦争は武士道精神に基づく崇高[すうこう]なものである。政府が国民に悪いことをするためにある下卑[げび]たものではない。日本人にとっては戦争はかっこいいことであって、日本人はみな戦争に憧[あこが]れていたのである。近代の国民はヨーロッパ政府の“国民に戦争をさせる部分”を利用していただけである。今では政府は国民に戦争をさせないから、今の国民にとってはもはや政府には利用するところがない。だから、今の日本では国民は早く政府を倒して、国から悪いことをする団体をなくさなければならない。『物と心の両方とも豊かな国』を作る団体を建てて国を作ってもらえばいい。
戦争を怖がらない国民が政府を怖がる必要はない。国民にとって政府は赤子同然だ。国民にとって政府を倒すことなんかお茶の子さいさいだ。今の国民にとって政府は敵だ。だから、今の国民は政府と戦って政府に税金を払うのをやめて政府を兵糧攻[ひょうろうぜ]めにして政府を倒せばいいのである。

[21561] 日本人にとっては政府は国民に戦争をさせる道具にすぎない。☆ h26.11.6
日本人は昔からずっと戦争が好きである。日本人は戦争マニアとして世界的に有名である。日本人は戦争そのものが好きなのである。日本人は自分の心の中にある“戦う喜び”を満足するために戦争をするのである。日本人は戦争をやりさえすれば満足なのであり、戦争に勝とうが負けようがどうでもいいのである。日本人は戦争のためならお金や自分の命を犠牲[ぎせい]にしてもいいのである。もっとも、日本人は善いことが好きだから、普段は戦争をせず、ヨーロッパが攻めてきたときだけしか戦争をやらない。
だから、古代にローマ帝国が攻めて来たときに、日本人はすぐに戦争をすることに決めて大和朝廷を倒して日本政府を建てた。日本は実際にはローマ帝国と戦わなかったが、朝鮮と戦争をした。ローマ帝国が滅んだ後でも、日本人はしばらく政府を建ててローマ帝国が日本に攻めて来るのを待っていた。
しかし、いつまで待ってもローマ帝国が日本に攻めて来なかったので、国民は政府を倒すことにした。政府は国民に戦争をさせる以外には国民に悪いことばかりするので、国民は政府が嫌いだったので、政府を倒した。
中世はヨーロッパが日本に攻めて来なかったので、国民が戦争をしないことに決めて幕府に「道徳があって科学があまりない国」を作らせて、貧乏だが幸福に暮らしていた。
近代になって再びヨーロッパが日本に攻めて来たので、国民はさっそく戦争をすることに決めて江戸幕府を倒して日本政府を建てた。日本はヨーロッパの国や近所のアジアの国やアメリカなどと戦争をした。ヨーロッパが日本に攻めて来なくなった後でも、日本人はしばらく政府を建ててヨーロッパが日本に攻めて来るのを待っていた。
しかし、いつまで待ってもヨーロッパが日本に攻めて来ないので、今の国民はしびれを切らして政府を倒している。政府は国民に戦争をさせてくれる以外には国民に悪いことをするだけなので、国民は本当は以前から政府が嫌いだったので、喜び勇[いさ]んで政府を倒している。
日本人にとっては政府は国民に戦争をさせるためにあるだけである。日本人にとっては政府は国民に戦争をさせてくれるところがいいだけで、それ以外は嫌なところばっかりである。戦争の時代には国民みんなが政府を支持しているから国民は政府に逆らえないが、戦争のない時代には国民みんなが政府を支持していないから国民は政府に従わなくていい。今の国民は政府に従わず政府を倒している。国民は政府に税金を払わず政府を倒している。今の国民は政府を倒して、『物と心の両方豊かな国』を作る団体を建てて国を作らせようとしている。
日本人は道徳がわかるから善いことが好きである。そのために、普段は善いことをする団体を建てて善いことをさせている。ただし、ヨーロッパが攻めてきたときには、日本人は戦争が好きなので、戦争をするために善いことをする団体を倒して政府を建てて政府に戦争をさせたり悪いことをさせたりしている。日本人は戦争が好きなので、戦争の時代には政府が悪いことをするのを大目に見ている。しかし、平和の時代には、日本人は政府が悪いことをするのを許さなくなって政府を倒す。今の日本は平和な時代だから、国民は政府を倒して、善いことをする団体を建てているのである。
これまで日本人が戦争をしたのは武士道のためつまり自分の“戦う喜び”を満足するためである。日本人は自分の心のために戦争をしただけである。そのために、日本人はお金や命を犠牲にしたのである。これまで日本人は自分の心だけを見て物を見なかったために戦争をしたのである。日本人は心の世界の中だけで戦争していたのである。日本人はお金や身体を無視していたから戦争ができたのである。将来は東西交流によって日本人の感性が変わって、日本人が科学的に考えるようになって『戦争が無意味だ』と思えるようになって戦争好きではなくなって戦争をしなくなるだろう。たとえ合理的な防衛戦争はやっても、武士道のための戦争はしないだろう。
ヨーロッパ人は物がわかるが心がわからないから悪いことが好きだから政府に悪いことをさせて喜ぶために戦争をやる。日本人は物がわからず心がわかるから自分の“戦う喜び”を満足するために戦争をやる。ヨーロッパ人と日本人は反対の理由で同じ戦争をやる。早く世界中のみんなが物と心の両方がわかるようになって、『戦争が無意味である』と思うようになって戦争が嫌になって戦争をしなくなって欲しい。

[21562] 政府は悪いことをやる団体である。 h26.11.6
日本政府は昔のヨーロッパ政府を真似[まね]て作った団体である。
昔のヨーロッパ人は物がわかるが心がわからなかった。昔のヨーロッパ人は裕福なことや綺麗[きれい]なことや悪いことやつまらないことが好きだった。
そこで、昔のヨーロッパ人は悪いことをする政府を建てた。昔のヨーロッパ人は政府に悪いことをさせて喜んでいた。昔のヨーロッパ人は政府に国民を事故で殺させたり国民に嫌な生活をさせて苦しめさせたり国民を戦争で殺させたりして喜んでいた。
日本では戦争の時代には、政府は国民に戦争をさせるので、国民が戦争するために政府を利用していた。しかし、平和な時代には、政府は国民に悪いことしかしないので、国民は政府が要らなくなって政府を倒した。
今の日本は平和な時代なので、今の国民は政府が要らなくなって政府を倒している。今の国民は悪いことをする団体である政府の替わりに善いことをする団体を建てて善いことをやってもらおうとしている。
政府は悪いことをする団体である。昔のヨーロッパ人は悪いことが好きだったから政府に悪いことをやらせて喜ぶために政府に税金をやって政府を養っていた。しかし、日本人は善いことが好きだから政府が悪いことをするのが嫌だから政府に税金をやらずに政府を倒す。戦争の時代以外には日本人にとって政府には用がない。今は平和な時代なので、今の国民は政府に用がないので政府に税金をやらずに政府を倒せばいいのである。
日本人は昔から『政府が悪いことをする団体である』ことを知っていた。『ヨーロッパ人が悪いことが好きであり、政府が国民を喜ばせるために国民に戦争をさせて国民を殺す』ことを知っていた。日本人は昔からヨーロッパ人や戦争や政府のことをよく知っていた。それでも日本人は自分が戦争をしたかったから政府を建てて政府の命令で戦争をした。日本人は政府に戦争で殺されたが戦争がやれて満足だった。しかし、今は戦争の時代ではないから日本人は戦争がやれず、今の日本人は昔の日本人とは感性が違って戦争が嫌いだから、今の日本人は戦争をしない。政府は国民に悪いことをする。日本人は悪いことが嫌いである。日本では政府は国民に悪いことをして国民を不幸にするだけだから、国民にとって政府は要らない。だから、今の日本では国民は政府を倒して、善いことをする団体を建てて自分にとって幸福な国にすればいいのである。

[21563] 日本人は善いことよりも戦争のほうが好きである。 h26.11.6
昔のヨーロッパ人は物がわかるが心がわからなかった。昔のヨーロッパ人は悪いことが好きだったので、悪いことをする政府を建てて政府に悪いことをさせて喜んでいた。
政府は悪いことをする団体である。政府は国民を事故で殺したり国民に嫌な生活をさせて苦しませたり国民を戦争で殺したりする。
一方、日本人は昔から心がわかるが物がわからない。日本人は善いことが好きだったので、善いことをする幕府を建てて幕府に善いことをさせて喜んでいた。ただし、日本人は善いことよりも戦争のほうが好きだったので、ヨーロッパが日本に攻めて来ている時代には、国民で善いことをする幕府を倒して、国民に戦争をさせる政府を建てて、政府の命令で戦争をした。国民は戦争で死んだが戦争ができて満足だった。
今は平和な時代である。今の国民は戦争ができないから、政府は悪いことをするだけだから、国民は悪いことが嫌いだから、国民は政府を倒せばいい。政府の替わりに善いことをする団体を建てて善いことをさせて幸福に暮らせばいい。

[21564] どうして今の日本は面白くないか? h26.11.7
政府は悪いことをする団体である。
昔のヨーロッパ人は道徳がわからなかったから悪いことが好きだった。昔のヨーロッパ人は悪いことをする政府を建てて、政府に悪いことをさせて喜んでいた。昔のヨーロッパ人は政府に国民を事故で殺させたり国民に嫌な生活をさせて苦しめさせたり国民に戦争をさせて殺させたりして喜んでいた。
反対に、日本人は道徳がわかるから善いことが好きである。日本人は善いことをする幕府を建てて、幕府に善いことをさせて喜んでいた。日本人は幕府に国民の人権を守らせたり国民に好きな生活をさせて楽しませたり国民に戦争をさせず平和にさせたりして喜んでいた。
しかし、日本人は血の気が多くて戦争が好きである。近代の日本ではヨーロッパが攻めて来ていたので、国民がヨーロッパと戦争をするために、国民に戦争をさせてくれない幕府を倒して、昔のヨーロッパ政府を真似[まね]て政府を建てて政府に戦争をさせていた。政府は戦争以外にも悪いことをして国民を苦しめたが、国民は戦争がやりたかったから我慢[がまん]していた。
しかし、今はヨーロッパが戦争をしなくなって平和な時代である。今の日本では国民が戦争をしていない。政府が国民に悪いことをして国民を不幸にしているだけである。
だから、今の日本は面白くないのである。日本人は悪いことが嫌いだから政府が面白くないのである。
日本では政府は戦争をするためにあるだけである。国民にとって政府は戦争の時代に要るだけで、それ以外の時代には要らない。今の国民で早く政府を倒して、善いことをする団体を建てて善いことをしてもらって幸福に暮らさないといけない。
今では東西交流が盛んになって、今の日本人は物と心の両方がわかるようになっているから、今の善いことをする団体は鎖国なんかせずに、『物と心の両方豊かな国』を作って国民を喜ばさないといけない。

[21565] 国民が国を作る団体を建てねばならない。 h26.11.7
国は国民が決める。国を作る団体は国民が建てる。国民が“国民が欲しくない国”を作る団体を壊して、“国民が欲しい国”を作る団体を建てる。
江戸時代の日本では、東西交流がなかったので、国民は心がわかるが物がわからなかった。国民は江戸幕府を建てて「心が豊かで物が貧しい国」を作らせていた。国民は満足に暮らしていた。
近代の日本では、ヨーロッパが日本に攻めて来ていたので、日本人は戦争が好きだったので、国民は戦争がしたかった。国民は国民に戦争をさせてくれない幕府を倒して、国民に戦争をさせてくれる政府を建てた。ヨーロッパ政府は国民に戦争をさせてくれるので、国民はヨーロッパ政府を真似[まね]て日本政府を建てた。ヨーロッパ政府は「物が豊かで心が貧しい国」を作っていたので、日本政府も「物が豊かで心が貧しい国」を作った。ヨーロッパ政府は悪いことをしていたので、日本政府も悪いことをした。しかし、日本政府は国民にちゃんと戦争をさせてくれたので、国民は満足だった。
今の日本では、ヨーロッパが日本に攻めて来ないので、国民は戦争ができない。今の日本では、東西交流があるので、国民は心と物の両方がわかる。だから、今の国民は「物が豊かで心が貧しい国」を作る政府を倒して、『心と物の両方が豊かな国』を作る団体を建てねばならない。
昔と今では国民の嗜好[しこう]が違う。昔の国民は戦争がしたかったが、今の国民は物と心の両方が豊かでありたい。だから、昔の国を作る団体と今の国を作る団体は違う。今の国民は“今の自分を満足させる国”を作る団体を建てねばならない。政府は今の国民を満足させる国を作らない。だから、今の国民は政府を倒して、新しく『心と物の両方を満足する国』を作る団体を建てねばならないのである。

[21566] 日本では平和な時代には善いことをする団体に善いことをさせねばならない。 h26.11.7
昔は東西交流が乏しくて、世界がアジアとヨーロッパに分かれていた。
アジア人は科学が苦手だが道徳が得意だったので、物やお金は貧しかったが善いことが好きだった。アジア人は個人で物を作って物を売って貧しく暮らして、善いことをする団体を建てて善いことをさせて喜んでいた。
ヨーロッパ人は科学が得意だが道徳が苦手だったので、物やお金は豊かだったが悪いことが好きだった。ヨーロッパ人は大きい工場を建ててたくさん物を作ってたくさん物を売ってお金を儲[もう]けて、悪いことをする団体を建てて悪いことをさせて喜んでいた。
幕府は善いことをする団体である。政府は悪いことをする団体である。幕府は現実の世界の中で善いことをする劇団のようなものである。政府は現実の世界の中で悪いことをする劇団のようなものである。
日本人は昔から道徳が得意なので善いことが好きである。だから、昔から日本人は善いことをする団体を建てて善いことをさせてきた。
しかし、日本人は戦争好きでもある。善いことをする団体は戦争をさせてくれないが、悪いことをする団体は戦争をさせてくれる。だから、昔から日本人は戦争をする時代には善いことをする団体を倒して、悪いことをする団体を建てて、悪いことをする団体に戦争をさせてもらったのである。
江戸時代の日本は戦争の時代ではなかったので、国民は善いことをする団体を建てて善いことをさせて暮らしていた。
近代の日本は戦争の時代だったので、国民は善いことをする団体を倒して、悪いことをする団体を建てて戦争をさせた。悪いことをする団体は悪いことをしたが、国民は戦争のために悪いことを我慢[がまん]していた。
今の日本は戦争の時代ではないので、国民は悪いことをする団体を倒して、善いことをする団体を建てて善いことをさせて暮らさねばならない。
もっとも、今では東西交流が盛んになって、日本人が心だけでなく物もわかるようになっているから、今の善いことをする団体は言葉の上ではなく物の上で善いことをしないといけない。今の善いことをする団体は物の世界の中で国民が幸福に暮らせる国にしないといけない。日本人は知覚的だから、眼先で見た物の世界の中で国民を幸福にするのではなく、頭で見た物の世界の中で国民を幸福にしないといけない。国を作る団体は“国民がいいと思う国”を作らねばならない。

[21567] 国民が“自分が気に入った国”を作る団体を建てねばならない。 h26.11.7
昔は東西交流がなくて、世界がアジアとヨーロッパの二つに分れていた。
アジア人は道徳が得意で科学が苦手である。アジア人は貧乏なことや幸福なことが好きである。アジアの国を作る団体は国民に科学や産業を教えないようにして科学や産業を発達させないようにして物を少ししか作れないようにして物を少ししか売れないようにして国民を貧乏にして、国民の人権を守ったり国民に楽しいことをやらせて愉快[ゆかい]にしたり国民に道徳を教えて自分を幸福にさせたり国民に戦争をさせずに平和にしたりして国民を幸福にして国民を喜ばせていた。
反対に、ヨーロッパ人は科学が得意で道徳が苦手である。ヨーロッパ人は裕福なことや不幸なことが好きである。ヨーロッパの国を作る団体は科学や産業に莫大[ばくだい]なお金を投資して科学や産業を発達させて物をたくさん作ってたくさん売って国民を裕福にして、国民を事故で殺したり国民につまらないことをやらせて退屈にしたり国民にまちがった道徳を教えて自分を不幸にさせたり国民に戦争をさせて殺したりして国民を不幸にして国民を喜ばせていた。
江戸時代の日本では東西交流がなかったので、江戸時代の日本人は道徳が得意で科学が苦手だった。善いことや貧しいことが好きだった。国を作る団体は国民に善いことをして国民を幸福にして、鎖国をしてヨーロッパから科学や産業を入れないようにして国民を貧乏にして国民を喜ばせていた。
近代の日本ではヨーロッパが攻めて来ていたので、近代の日本人は戦争がしたかった。幕府は国民に戦争をさせないが、政府は国民に戦争をさせる。だから、国民は幕府を倒して政府を建てた。政府は国民を不幸にして国民を苦しめたが、国民は戦争のために我慢[がまん]していた。政府は国民を裕福にして国民を苦しめたが、国民は戦争のために政府の嫌がらせを我慢していた。国民は戦争のためだけに、政府の嫌なことをすべて我慢していた。
今は東西交流が盛んになって、アジアとヨーロッパがつながって世界が一つになっている。今では世界中のみんなが科学と道徳の両方が得意になっている。世界中のみんなが裕福なことや幸福なことが好きである。世界中の国を作る団体は国民を裕福にして幸福にして喜ばせている。今はそういう時代である。
今の日本はヨーロッパが攻めて来ないので、今の日本人はいくら戦争がしたくても戦争ができない。今では東西交流が盛んになって、今の日本人は道徳も科学も両方とも得意になっている。今の日本人は裕福なことや幸福なことが好きである。だから、今の日本の国を作る団体は国民を裕福にして国民を幸福にして国民を喜ばさねばならない。日本政府は国民を裕福にして国民を不幸にするから、今の日本人を喜ばさない。しかも、日本人は知的な国が好きなのに、政府は五感的な国を作って国民を嫌がらせている。だから、今の日本人は政府を倒して、『国民が裕福に幸福に知的に暮らせる国』を作る団体を建てて暮らさねばならない。
普通の国では、国を作る団体が国民の感性に合わせた国をずっと作り続けてくれるから問題はない。しかし、日本人は戦争が好きだから、戦争の時代には国民が国を作る団体を急に入れ替えるから、“国民の気に入らない国”を作る団体が発生しやすい。例えば、今の日本政府は国民が嫌いな国を作っている。だから、日本では戦争の時代が終わると国民がもう一度国を作る団体を入れ替えねばならない。今の国民は政府を倒して、『国民が裕福に幸福に知的に暮らせる国』を作る団体を建てて国を作ってもらわねばならない。
この世は物やお金がすべてではない。人の心もあれば、知的か五感的かもある。日本政府は物やお金がある国を作るだけで、人の心のない、知的さのない国を作る。今の日本人は物やお金があって、人の心もあって、知的さのある国が欲しい。日本政府は今の国民を満足させる国を作っていない。このまま日本政府を置いていても国民が満足する国を作ってくれない。政府は3つの条件のうちの1つしか満足しないから国を作る団体としては不合格である。国民はさっさと政府を倒して、別の国を作る団体に替えたほうがいい。

[21568] 人間の心には誤りがある。 h26.11.7
日本人は阿呆[あほう]が好きである。日本人の心にとっては阿呆が善い人に思えるので、阿呆を採用するのである。しかし、その結果、会社は役立たずを大勢抱[かか]えて儲[もう]からなくなって寂[さび]れるのである。
日本人が阿呆が好きなのは、日本人が戦争を好きなのと同じことである。日本人が戦争をやってもなにも得になることがない。それなのに、日本人は戦争をする。それと同じように、会社が阿呆を採用しても何の得にもならないのに、日本人は阿呆を採用するのである。
人間の心は生まれつきの実在に対する認識である。人間の心は無知だからいくつかの実在に対する誤解がある。だから、人間は自分の心のままにやってはいけない。戦争がしたいからといって戦争をしてはいけない。阿呆が好きだからといって阿呆を採用してはいけない。
人間には知覚がある。人間は自分の経験や知識を活かして正しい判断をしないといけない。そうすることによって、人間は真[しん]に幸福に暮らすことができるのである。

[21569] 今の国民は勉強のしすぎで馬鹿になっている。 h26.11.7
政府は悪いことをする団体である。政府は国民を裕福にして国民を不幸にする団体である。政府は国民を五感的にする団体である。
政府は近代の国民が戦争をするために建てた団体である。政府は悪いことをしたが、国民は戦争のために我慢[がまん]していた。国民は政府に戦争をさせてもらって満足だった。
しかし、昭和40年頃(1965年頃)に戦争の時代が終わった。国民は裕福に幸福に知的に暮らしたいから、政府は今の国民の趣味に合わない国を作っているから、国民は政府を除[の]けるべきである。
それなのに、昭和40年から後も国民は政府を除けずに政府の命令を聞いて国を作っている。
それは、国民が政府の嘘[うそ]に騙[だま]されているからである。国民は「政府が民主主義の団体だ」と思っているから、「政府が今の国民の要望に応えて“国民が裕福に幸福に知的に暮らせる国”を作っている」と思っているから、政府に従い続けているのである。今の国民は勉強のしすぎでかえって馬鹿になっているのである。お菓子の箱に「デラックス」と字で書いてあるからデラックスだと思っているのと同じことである。
民主主義とは、政府が善い団体のふりをするためのひとつの方法なのである。本当は政府は国民の要望とは無関係にひたすら“国民が裕福に不幸に五感的に暮らす国”を作っているだけである。本当は政府は悪いことをする団体だから、悪い者は嘘をつくから、政府は嘘をついて善い者のふりをしているだけなのである。政府は国民をからかうために民主主義をやっているのである。ヨーロッパ人は悪いことや嘘をつくことが好きだから、政府が民主主義をやっているのを見て大笑いしているのである。反対に、日本人は善いことや正直なことが好きだから、政府がやっていることを見ても腹が立つだけで面白くもなんともない。
今の国民は勉強しすぎで馬鹿になっている。今の国民は少し休んで休憩を取って頭の働きを回復させたほうがいい。
近代の国民は自分が戦争をするために政府を建てただけである。戦争が終われば、政府は要らない。政府は国民を裕福にして国民を不幸にする団体である。政府が国民を裕福にするといってもスズメの涙ぐらいである。今の国民は裕福であるよりも幸福でありたい。だから、今の国民は政府を倒せばいい。今の国民にとって政府は要らない。政府に税金を払っても無駄[むだ]である。今の国民は政府に税金をあげないようにして政府を倒せばいいのである。国民は“国民が裕福に幸福に知的に暮らせる国”を作る団体を建てて国を作ってもらえばいいのである。

[21570] 今の日本では政府が国民が嫌いな国を作っている。☆ h26.11.8
国を作る団体にとって国民は客である。だから、国を作る団体は国民が欲しい国を作らねばならない。
江戸時代の日本は東西交流がまだなかったので、日本人は「貧乏で幸福で知的な国」が好きだった。だから、幕府はそんな国を作っていた。
近代の日本はヨーロッパが攻めて来ていたので、日本人は幸福よりも戦争のほうが好きなので、日本人は突然「戦争をする国」が欲しくなった。幕府は「貧乏で幸福で知的な国」を作るが、ヨーロッパの政府は「裕福で不幸で五感的な国」を作る。幕府は国民を不幸にしないために戦争をしないが、ヨーロッパの政府は国民を不幸にするために戦争をする。そのために、日本人は幕府を倒してヨーロッパの政府を真似[まね]て日本政府を建てた。日本人は政府に裕福に不幸に五感的にされるのが嫌だったが、戦争をするために我慢[がまん]していた。日本人は政府に世界大戦をやってもらってみんなが戦争ができてうれしかった。
今の日本はヨーロッパが攻めて来ていなくて、日本人は戦争したくなくなった。今の日本人は「戦争する国」が要らない。今では東西交流が盛んなので、今の日本人は『裕福で幸福で知的な国』が好きである。だから、今の日本の国を作る団体は『裕福で幸福で知的な国』を作らなければならない。ところが、今の日本の国を作る団体は政府であり、政府は「裕福で不幸で五感的な国」を作っている。政府は今の日本の国を作る団体にふさわしくない。だから、今の国民は政府を倒して、政府の替わりに『裕福で幸福で知的な国』を作る団体(新幕府)を建てねばならない。今の日本人は政府のために不幸に暮らしている。日本人は早く『裕福で幸福で知的な国』を作る団体を建てて幸福に暮らせるようにしないといけない。
今の日本では政府が国民が好きな国を作っていない。しかも、政府は国民を不幸にする国を作っている。そのために、今の国民の多くは「政府が国を支配した団体だ」と誤解して「国民は政府に従わねばならない」と勘違いして、どんなに自分が嫌でもおとなしく政府に従っている。戦後日本がアメリカに占領されたことも国民の政府に対する誤解を助長[じょちょう]したのだろう。本来は国を作る団体は国民が好きな国を作らねばならない。実際に世界中の国を作る団体はそうしている。近代の日本は戦争のためにヨーロッパ政府を真似て政府を建ててしまったために、政府が国民が欲しくない国を作っているのである。本来は国を作る団体よりも国民のほうが偉いから、国民は“自分が欲しい国”を作る団体にお金をやって国を作ってもらえばよく、“自分が欲しくない国”を作る団体にお金をやって国を作ってもらわなくてもいい。今の日本政府は国民が嫌いな国を作っているから、国民は政府にお金を払わず国を作ってもらわなくていい。国民は早く政府を倒して“自分が好きな国”を作る団体にお金をやって国を作ってもらえばいいのである。
今の日本人は『裕福で幸福で知的な国』が好きである。ヨーロッパ人を真似して「裕福で不幸で五感的な国」が欲しい日本人なんかいない。国民は政府の宣伝に釣られて「裕福で不幸で五感的な国」を欲しがってはいけない。1万年後には世界中が同じ人間になって日本人とヨーロッパ人の違いがなくなっているかもしれない。しかし、今はまだ日本人とヨーロッパ人の違いはある。日本人とヨーロッパ人では好みが違う。だから、日本人は日本人に合った国にしないといけない。『赤い靴[くつ]』の歌では、赤い靴を履[は]いていた女の子は異人さんに連れられて行っちゃったが、行った先では幸福に暮らせなかった。外国の文化は日本人の心を満足しないので、幸福ではなかったのである。つらい暮らしをしなければならなかったのである。日本人は日本人の心に合った国を作らないかぎり幸福ではないのである。

[21571] 国民が自分で国を作る団体を建てねばならない。 h26.11.8
国民が欲しい国は国民自身が決める。国民が“自分が気に入った国”を作る団体を建てて、国を作らせねばならない。
江戸時代の国民は「貧乏で幸福で知的な国」が欲しかったから、国民は「貧乏で幸福で知的な国」を作る幕府を建てた。
近代の国民は「戦争をする国」が欲しかったから、国民は「戦争しない国」を作る幕府を倒して、「戦争をする国」を作る政府を建てた。ヨーロッパ政府は「戦争をする国」を作るから、国民はヨーロッパ政府を真似[まね]て日本政府を建てた。国民は一秒でも早く戦争がしたかったので、大急ぎで「戦争をする国」を作る団体を建てねばならなかったので、いちいち自分で考えて団体を作らず、手っ取り早くヨーロッパ政府を真似て団体を作ることにしたのである。日本政府はヨーロッパ政府の真似なので「裕福で不幸で五感的な国」を作った。国民は政府の作った国が気に入らなかったが、戦争をさせてくれるので我慢[がまん]していた。日本人は戦争マニアなので、戦争さえさせてくれればほかはどうでもよかった。
今は戦争の時代ではない。今の国民は政府が戦争させてくれなくなったので、政府がどうでもよくなった。政府は国民の気に入らない「裕福で不幸で五感的な国」を作っているので、国民は政府が要らなくなった。日本人は裕福でありさえすれば不幸でいいとは思わない。今の国民は『裕福で幸福で知的な国』が欲しい。だから、今の国民は政府を倒して、『裕福で幸福で知的な国』を作る団体を建てねばならない。国民は“自分が気に入った国”を作る団体が出来てから、お金を払わなければならない。国民は“自分が気に入らない国”を作る団体にお金を払ってはいけない。

[21572] どうして昔の国民は政府に従ったのか? h26.11.8
日本人は戦争マニアである。日本人は戦争のためなら何でもする。
昔は戦争の時代だったので、昔の政府は国民に戦争をさせてくれた。だから、昔の国民は政府の命令を何でも聞いた。国民は政府の言うことなら何でも従った。国民は政府の命令で税金を払ったり人殺しをしたり他人の嫌がらせをしたり自分の娯楽をやめたり自分が嫌いなことをやったりした。
しかし、今は戦争の時代ではないので、今の政府は国民に戦争をさせてくれない。だから、今の国民は政府の命令を聞かなくなった。
政府は今の国民が嫌いな「裕福で不幸で五感的な国」を作っているから、今の国民は政府の国作りの命令を聞かない。今の国民は政府の国作りの代金を払わない。
日本人にとっては政府は戦争をする団体にすぎない。日本人は政府が作る国が嫌いである。政府は国民に戦争をさせてくれる以外には取り柄[とりえ]がない。今は平和な時代だから、政府は国民に戦争をさせないから、国民にとって政府は要らない。だから、今の国民はさっさと政府を倒せばいい。今の国民は自分が好きな『裕福で幸福で知的な国』を作る団体を建てて国を作ってもらえばいいのである。今の国民にとっては「裕福で不幸で五感的な国」よりも『裕福で幸福で知的な国』のほうがはるかにいい。だから、今の国民はさっさと政府を倒して、『裕福で幸福で知的な国』を作る団体を建てればいい。

[21573] 日本人は“自分が好きな国”よりも戦争のほうが好きである。 h26.11.8
日本は平和な時代には、国民が“自分が好きな国”を作る団体を建ててお金をやって国を作らせている。
しかし、日本人は戦争マニアなので、日本人は“自分が好きな国”よりも戦争のほうが好きなので、日本は戦争の時代には、国民がヨーロッパ政府を真似[まね]て政府を建てる。政府はヨーロッパ人が好きで日本人が嫌いな「裕福で不幸で五感的な国」を作るが、国民は政府が戦争をさせてくれるので我慢[がまん]している。
江戸時代は平和な時代だったので、国民は「貧乏で幸福で知的な国」が好きだったので、「貧乏で幸福で知的な国」を作る幕府を建てて国を作らせていた。
近代は戦争の時代だったので、国民は国民に戦争をさせてくれる政府を建てた。幕府は国民に戦争をさせないので、国民は幕府を倒した。国民は政府が作った「裕福で不幸で五感的な国」が嫌いだったが、政府が国民に戦争をさせてくれるので我慢していた。
今は平和な時代なので、国民は『裕福で幸福で知的な国』が好きなので、『裕福で幸福で知的な国』を作る団体を建てて国を作らせればいい。政府は国民が嫌いな「裕福で不幸で五感的な国」を作るので、国民は政府を倒せばいい。

[21574] どうしてヨーロッパは裕福なのか?☆ h26.11.9
ヨーロッパ人は科学が得意で道徳が苦手なので、「裕福で不幸で五感的な国」が好きである。だから、ヨーロッパ政府は国民に合わせて「裕福で不幸で五感的な国」を作る。ヨーロッパ政府は科学や産業に莫大[ばくだい]なお金を投資する。
ヨーロッパ人には科学や産業の才能がある。ヨーロッパ政府は科学や産業に莫大なお金を投資する。だから、ヨーロッパでは科学や産業が発達して儲[もう]かるのである。だから、ヨーロッパ人は裕福なのである。
反対に、日本人は道徳が得意で科学が苦手なので、『貧乏で幸福で知的な国』が好きである。それなのに、日本政府は国民に合わせず「裕福で不幸で五感的な国」を作っている。日本政府は科学や産業に莫大なお金を投資する。
日本人には科学や産業の才能がない。日本政府は科学や産業に莫大なお金を投資する。日本の研究者は試験管を持って立っているだけである。日本の研究者はそんなやつばっかりである。だから、日本では科学や産業が発達せず儲からないのである。だから、日本人は貧乏なのである。
ヨーロッパ人には科学や産業の才能がある。反対に、日本人には科学や産業の才能がない。だから、たとえヨーロッパ政府と日本政府が同じ「裕福で不幸で五感的な国」を作る政策をやったとしても、ヨーロッパ人は裕福だが、日本人は貧乏なのである。ヨーロッパ人は科学が得意なのが伝統だが、日本人は科学が苦手なのが伝統だから、ヨーロッパ人は儲かるが、日本人は儲からないのである。
だから、日本政府がヨーロッパ政府と同じ「裕福で不幸で五感的な国」を作る政策をやっただけでは、日本はヨーロッパのように裕福にはならないのである。日本は不幸で五感的な国になるだけである。『他人の長所は真似[まね]にくいが、他人の欠点は真似やすい』から、日本は「貧乏で不幸で五感的な嫌な国」になるのである。
国は国民と国を作る団体の両方で作る。国作りは国民と国を作る団体の共同作業である。国作りは国民と国を作る団体の両方が揃[そろ]っていないとうまくいかない。ヨーロッパ人は科学の才能があるから、政府の裕福にする政策がうまくいくのである。日本人は科学の才能がないから、政府の裕福にする政策がうまくいかないのである。ヨーロッパ人は人の心よりも物が好きだから、物には詳しくても人の心には疎[うと]いから、たとえ物やお金が豊かでも不幸に生きていかねばならない。反対に、日本人は物よりも人の心が好きだから、物には疎くても人の心には詳しいから、たとえ物やお金が貧しくても幸福に生きていけるのである。それが日本人の長所である。人間にとっては「物やお金が豊かで不幸に生きていく」よりも『物やお金が貧しくて幸福に生きていく』ほうが幸せである。人生が「裕福で不幸」と『貧乏で幸福』の二つの道に分かれていたら、みんなが『貧乏で幸福』の道を選ぶだろう。だから、ヨーロッパ人よりも日本人のほうが幸せである。人間にとっては裕福よりも幸福のほうが大事である。裕福よりも幸福のほうが価値がある。だから、日本人のほうがヨーロッパ人よりもいい。ヨーロッパで本当に裕福なのは政府高官や貴族だけで庶民は貧乏である。庶民は日本人と同じように貧乏である。一方、日本ではみんなが幸福である。日本ではお金持ちも貧乏人も同じように幸福である。だから、日本はすばらしい国である。
近代の日本人は自分が戦争するために政府を建てて戦争をした。戦争のために莫大なお金や命が犠牲[ぎせい]になった。日本人はお金や命よりも戦争が好きである。日本人はお金なんかどうでもいいのである。日本人は裕福なんかどうだっていいのである。日本はつくづくお金と縁[えん]のない国である。日本人は貧乏が好きな性格である。
日本人の心は昔も今も変わらない。日本人の心は『貧乏で幸福で知的な国』が好きである。日本人は「裕福で不幸で五感的な国」が嫌いである。たとえ日本人が上辺[うわべ]では「裕福な国」を欲しがっていても、日本人は本音[ほんね]では『貧乏な国』が好きなのである。日本人は日本が裕福な国になっているのを見て心では悲しくて泣いているのである。だから、日本の国を作る団体は『貧乏で幸福で知的な国』を作ればいいのである。
もっとも、今では東西交流があって、日本人も科学がわかるようになっている。日本人は日本人のやり方で科学をやる。日本人は知的だから、日本人は知的に科学をやる。それでそこそこ日本人は物やお金が豊かになって裕福に暮らせる。それでいいじゃないか。
実際に、今の日本は不況[ふきょう]になっている。日本人は物が嫌いで科学の才能がなくて『貧乏な国』が好きだから、それが実現したのである。そのために、日本人は政府が嫌いになって政府を倒そうとしている。ゲームの世界では、国民や国家宗教の神が政府を倒すゲームばかり作られている。そもそも、日本では政府は戦争をするための団体にすぎない。日本では政府は国民を裕福にする団体ではない。政府は国民を不幸に五感的にする団体である。国民が政府の言うことを聞いているとどんどん不幸にされる。だから、戦争の時代が終われば、国民がさっさと政府を倒さねばならない。国民で『ちょっとだけ裕福で幸福で知的な国』を作る団体を建てて国を作ってもらえばいい。そうすれば、日本人は幸せに暮らすことができるのである。
近代の日本人が政府を建てたのはヨーロッパ人のように裕福になりたかったからではない。ただ戦争がしたかったからである。日本人は戦争がしたかったから政府を建てただけである。日本人にとってはむしろ裕福になるのが嫌である。日本政府はヨーロッパみたいな「裕福で不幸で五感的な国」を作るが、日本人はヨーロッパみたいな国が嫌いである。だから、今の日本人は政府を倒して、日本人が好きな『生活に不自由しないぐらいに裕福で幸福で知的な国』を作る団体を建てればいいのである。
日本の戦争はアジア人の幸福が好きなこととヨーロッパ人の不幸なことが好きなことが混じり合って出来た日本独自の文化である。日本には大昔ヨーロッパ人の集団が移住してきたので、ヨーロッパ文化とアジア文化が混じり合っている。戦争は秋田県のなまはげと同じことである。秋田県のなまはげのルーツはヨーロッパのハロウィン祭りである。ヨーロッパのハロウィン祭りはみんなが悪いことをやって喜ぶ祭りである。一方、日本人は善いことが好きである。ヨーロッパのハロウィン祭りと日本人の善いことが好きなことが混じり合って、鬼が悪いことをして国民を脅[おど]していい子にするなまはげが出来たのである。同じように、戦争のルーツはヨーロッパの国民が政府に不幸にされて喜ぶことにある。一方、日本人は幸福が好きである。ヨーロッパ人の政府に不幸にされて喜ぶことと日本人の幸福になりたいことが混じり合って、日本人が政府の命令で戦いに行って自分で自分を不幸にして自分が死ぬことによって自分の非を自分で罰して自分の正義の心を満足して自分の面子[めんつ]を立てる戦争が出来たのである。日本人の心には“政府に不幸にされたい感情”が宿っていて、ヨーロッパが日本に攻めて来るとその引き金が引かれて、ひとりでに政府を建てて政府の命令で死にに行くのである。ヨーロッパが日本に攻めて来なくなると、日本人はハッと我[われ]に帰って、「自分はこれまで何をしていたんだ」と思って、アジア人の心が甦[よみがえ]って幸福に生きたくなって、自分を不幸にする政府を倒して、もとのように『そこそこ裕福で幸福で知的な国』を作る団体を建てて暮らすのである。日本人が戦争をするのは日本の中のヨーロッパ文化のせいである。ヨーロッパの道徳がない文化のせいである。日本人は戦争さえしなければ、“自分が好きな国”を作る団体に国を作らせて幸福に暮らせる。今度から日本人は“戦争したい感情”つまり“政府に不幸にされたい感情”を抑えて戦争しないことにしよう。

[21575] 日本が戦争をやるのはヨーロッパ文化の名残[なごり]である。 h26.11.9
ヨーロッパ人は科学は得意だが、その反面道徳が苦手である。ヨーロッパ人は道徳が苦手なので、人間の心がわからないので、悪いことや不幸が好きである。ヨーロッパ人は自分が不幸になるのが好きだから、政府の命令で戦争するのである。政府は国民を不幸にして国民を喜ばせるために国民に戦争させるのである。
反対に、アジア人は科学は苦手だが、その反面道徳が得意である。アジア人は道徳が得意なので、人間の心がよくわかっているので、善いことや幸福が好きである。アジア人は自分が幸福になるのが好きだから、幕府の命令で戦争をしないのである。幕府は国民を幸福にして国民を喜ばせるために国民に戦争させないのである。
日本人はアジア人とヨーロッパ人が混じっている雑種である。日本人は雑種の人間だから、日本人は不細工[ぶさいく]でかっこわるいのである。大昔アジア人とヨーロッパ人が日本に来てなかよくいっしょに暮らすことにしたのである。日本文化はアジア文化とヨーロッパ文化が混じっている。そのため、日本にはアジアの国なのに戦争をやる。日本人はヨーロッパ人のように政府の命令で戦争をやる風習が残っている。日本人はふだんはアジア文化をやって、善いことや幸福になることが好きで、幕府を建てて『そこそこ裕福で幸福で知的な国』を作らせている。しかし、ヨーロッパが日本に攻めて来ると、日本人は突然ヨーロッパ文化に目覚めて、戦争をやりたくなる。日本人はヨーロッパ政府を真似[まね]て日本政府を建てて、日本政府の命令で戦争をして不幸になる。ヨーロッパが日本に攻めて来なくなると、戦争をやめて、再びアジア文化をやるようになって、善いことや幸福になることが好きになって、幕府を建てて『そこそこ裕福で幸福で知的な国』を作らせるようになる。今がそのときである。だから、今の日本人は政府を倒して、幕府みたいな団体を建てて『そこそこ裕福で幸福で知的な国』を作ってもらえばいいのである。
日本が戦争をやるのはヨーロッパ文化の名残である。日本にはヨーロッパ文化が残っているのに、そのくせ日本人は科学がそんなに強くない。日本はヨーロッパ文化の道徳が弱い欠点があるだけである。日本が戦争をやるのは日本の汚点である。だから、日本人は戦争をしてはいけない。日本人は今後二度と戦争をしてはいけない。日本人はたとえ自分を幸福にするために自分の命を守る防衛戦争はやっても、自分を不幸にするために政府の命令で戦争をやってはいけない。
近代の日本がやったのは防衛戦争ではなく、ヨーロッパ流の“自分を不幸にする戦争”である。そもそも戦争は国民が政府に殺し合いをさせられて不幸になって喜ぶことであり、戦争には国を防衛する意義はない。ヨーロッパ人は道徳が苦手だから、自分を幸福にすることと不幸にすることの区別がつかないから、自分を不幸にするために政府の命令で戦争をするのである。もしも、日本がまじめに防衛戦争をやっていたら、日本は無傷で無損害ですんだのである。日本の中にある変な習慣のために日本は大損害を被[こうむ]ったのである。
日本は戦争さえしなければ国民みんなが平和に幸福に暮らせるすばらしい国である。日本は戦争するために、戦争の時代には国民みんなが貧乏になって大勢の国民が死んで不幸になり、その後の平和の時代にも政府が国民が嫌いな国を作り続けて国民みんなを不幸にする。そもそも日本が戦争をするのは大昔勝手に日本に引っ越してきたヨーロッパ人のせいである。ヨーロッパ人が悪い。すべての悪の元凶[げんきょう]はヨーロッパ人にある。今度、日本にヨーロッパが攻めて来たら、日本人に戦争を煽[あお]る“道徳がわからない不幸好きの連中”を皆殺しにして絶対に戦争をしないようにしよう。ヨーロッパ人は道徳が苦手だが、その半面科学が得意だから許せる。科学ができる者は科学ができるだけである。科学ができる者は何でもできるわけではない。日本人の道徳がわからない連中は、道徳がわからない上に科学もできない。日本人の道徳がわからない連中はいいところが何もない。そんな者は生きる価値がない。だから、皆殺しにすればいいのである。日本人に戦争をさせて政府を建てさせる者は、他人の幸せを邪魔[じゃま]するだけが生きがいの意地糞悪馬鹿[いじくそわるばか]である。
人間の脳には『善の感情』と「悪の感情」がある。善の感情は人間を幸福にしてくれる感情である。悪の感情は人間を不幸にする感情である。人間は自分が幸福に生きるために善の感情を働かせて悪の感情を抑えねばならない。人間は自分が幸福に生きるために善の感情と悪の感情を知らねばならない。それが道徳である。人間の心には善の感情がある。それを働かせるから幸福に生きられるのである。人間の心には悪の感情がある。それを抑えるから不幸を避けられるのである。それが道徳である。ヨーロッパ人は道徳が苦手だから悪の感情を抑えられないから不幸に暮らさねばならないのである。日本人は道徳が得意だから悪の感情を抑えられるから幸福に暮らせるのである。人間が幸福に生きるためには道徳が大事である。科学は人間が幸福になるための手段にすぎない。だから、道徳に基づいて科学をやらねばならない。科学が道徳を追い越してはいけない。かえって不幸になる。道徳の中で科学をやらねばならない。そうすれば国民が幸福に快適に暮らせる国になるだろう。

[21576] 日本人は幸福も戦争も好きである。 h26.11.9
日本人はアジア人とヨーロッパ人の混血である。大昔ヨーロッパ人の集団が日本に移住したからそうなったのである。
そのため、日本人にはアジア人とヨーロッパ人の両方の性質がある。
日本人はアジア人らしく『貧乏で幸福で知的な国』が好きである。だから、江戸時代には日本人は『貧乏で幸福で知的な国』を作る幕府を建てて幸せに暮らしていた。
しかし、日本人はヨーロッパ人のように戦争好きでもある。政府の命令で戦争させられて不幸にされるのが好きでもある。だから、近代の日本ではヨーロッパが攻めて来ていたので、日本人は政府を建てて政府に戦争をさせて不幸にしてもらって幸せだった。日本人は「武士道」や「大和魂」などと言って言葉で飾って戦争の実態を隠しているが、日本人は最初から戦争の実態を知っていたのである。日本人は「ヨーロッパ精神」を満足するために戦争をやったのである。だから、日本人は世界大戦を最後までちゃんとやったのである。政府が国民を使っていたのではなく、国民が政府を使っていたのである。
今の日本では政府があいかわらずヨーロッパ人好みの「裕福で不幸で五感的な国」を作り続けている。しかし、日本人は『貧乏で幸福で知的な国』が好きである。もっとも、貧乏といっても暮らしに不自由しない程度の貧乏である。日本人の心は変わらない。1万年後には変わっているかもしれないが、今のところはそうすぐに変わるものではない。日本人はいまだに江戸時代と同じように『貧乏で幸福で知的な国』が好きである。ところが、日本政府は国民が好きな国と反対の国を作っている。日本政府は日本人が嫌いな国を作っている。だから、国民で政府を倒して、日本人が好きな『貧乏で幸福で知的な国』を作る団体を建てて国を作ってもらえばいい。そうすれば、日本人は今よりもずっと幸せに暮らすことができるだろう。
日本人はアジア人とヨーロッパ人の混血だから、日本人はアジア人なのに戦争好きだから、政府と幕府がしょっちゅう入れ替わって面倒臭いことになるのである。日本人が戦争するのは悪い癖である。日本人が戦争をやっても政府に不幸にされて喜ぶだけで、なんの得にもならない。戦争はくだらない。だから、戦争はもうやめよう。
アメリカ人は「裕福で不幸で五感的な国」が好きである。だから、アメリカ政府はそういう国を作っている。アメリカ人は幸せに暮らしている。日本人にとってはうらやましい話だ。日本人もアメリカ人を見習って、“国民が好きな国”を作る団体を建てて幸せに暮らさないといけない。

[21577] 日本人には“科学の才能”がないから日本は裕福な国にはならない。☆ h26.11.9
ヨーロッパ人は生まれつき科学が得意だが道徳が苦手である。そのために、ヨーロッパ人は「裕福で不幸で五感的な国」が好きである。政府が科学や産業に莫大[ばくだい]なお金を投資して科学や産業を発展させて、国民に悪いことをして国民を不幸にして、国民の間に視覚的な文化を流行[はや]らせて国民が好きな「裕福で不幸で五感的な国」を作って、国民を満足させている。
日本政府はヨーロッパ政府を真似[まね]て作られた団体である。日本政府は近代の国民が戦争するために建てたのである。だから、日本政府もヨーロッパ政府と同じように「裕福で不幸で五感的な国」を作る。
しかし、日本人とヨーロッパ人は違う。日本人には肝心[かんじん]の“科学の才能”がない。日本人は物が嫌いなので物がわからないので科学の才能がない。日本人は生まれつき道徳の才能がある反面科学の才能がない。そのために、いくら日本政府が科学や産業に莫大なお金を投資しても、全部無駄[むだ]になる。日本の研究者の遊び代になるだけである。日本では科学や産業は発展しない。日本はアフリカのような「貧乏で不幸で五感的な国」にしかならない。日本はいいとこなしの駄目[だめ]な国になるだけである。
日本に日本政府を建てても無駄である。だから、国民は政府を倒して、『貧乏で幸福で知的な国』を作る団体を建てたほうがいい。そうすれば、国民は今よりもちっとはマシな国に住めるだろう。
日本はもともと『貧乏で幸福で知的な国』である。それを一気に正反対の「裕福で不幸で五感的な国」に変えるのは無茶である。無理が行って国が壊れる。国民は違和感を覚えて不快になって住めない。『貧乏で幸福で知的な国』に科学や産業を付け加えるほうが安全確実である。それなら国民は心地よく暮らしながら便利にも暮らせてそこそこ裕福にも暮らせて問題ない。日本が近代に政府を建てたのは、戦争をするためであって、「裕福で不幸で五感的な国」を作るためではない。だから、日本はいっぺんもとの『貧乏で幸福で知的な国』に戻してから、再び『科学と道徳の両方ある国』に向かってスタートすべきである。山で道に迷ったら道をまちがえた所まで引き返さねばならないように、日本は明治維新のときに日本政府を建ててまちがった道を歩みだしたから一度明治維新まで引き返さねばならないのだ。
国民が政府に税金を払うと、政府が日本を「裕福で(じつはくだらない物がいっぱいあるだけで)不幸で五感的な国」に変えるだけである。政府は日本を国民が住めない不快な国にするだけである。政府にお金をやっても無駄である。だから、国民は政府に税金を払うのをやめて政府を倒して、『科学と道徳の両方ある国』を作る団体を建ててお金をやって国を作ってもらわねばならない。

[21578] 日本政府は日本人が嫌な国を作っている。☆ h26.11.9
日本人は『貧乏で幸福で知的な国』が好きである。貧乏といっても不自由なく暮らせて無駄[むだ]がないことである。貧乏は美徳である。
ところが、日本政府は「裕福で不幸で五感的な国」を作っている。裕福といっても生活にとって無駄なくだらないガラクタがたくさんあるだけである。生活にとって必要なことが欠けている。
日本政府は日本人にとって嫌な国を作っている。吐き気を催[もよお]す国を作っている。日本人は日本政府が作った国を買わなくていい。日本人は日本政府に税金を払わず政府を潰[つぶ]せばいい。
日本人は日本人が好きな『貧乏で幸福で知的な国』を作る団体を建ててお金をやって国を作ってもらえばいい。そうしてはじめて日本人は幸福に暮らすことができるのだ。今の国民は政府のせいで幸せに暮らせていない。日本人はさっさと政府を倒して日本人が幸せに暮らせる国にしなければならない。
江戸時代の日本は『貧乏で幸福で知的な国』だった。江戸時代の日本はヨーロッパ人が憧[あこが]れるほどのすばらしい国だった。今の日本は日本政府に国を作らせたために「裕福で不幸で五感的な国」になって、世界中の人が日本をくだらないつまらない国だと言って日本を軽蔑している。日本人は早く政府を潰[つぶ]して日本を善い国にしないといけない。

[21579] 日本人とは何か?☆☆ h26.11.10
日本人はヨーロッパが攻めて来ていると戦争をやりたくなるが、ヨーロッパが攻めて来なくなるともとのアジアの国(をやること)に戻る。戦争は日本の行事である。日本人が冬にお正月や夏にお盆をやるように、ヨーロッパが攻めて来ると戦争をやるのである。日本にはヨーロッパ文化がちょっと残っているので、たまにはヨーロッパ文化をやるのである。日本人の中にはアジア人の心があるが、ちょっとだけヨーロッパ人の心もある。日本人は日本人の中にあるヨーロッパ人の心を満足するためにたまに戦争をやるのである。
近代はヨーロッパが攻めて来ていたから、日本人は戦争をやりたくなって、幕府を倒してヨーロッパ政府を真似[まね]て日本政府を建てた。日本人は政府の命令で戦争をして不幸になって喜んだ。
今はヨーロッパが日本に攻めて来ないから、日本人はもとのアジアの国に戻りたくなって、政府を倒して幕府を建てようとしている。
日本人にはヨーロッパが攻めて来ていると戦争をやりたくなるが、ヨーロッパが攻めて来なくなるともとのアジアの国に戻る習性がある。それが日本人と言うものである。そのため、日本は戦争の時代には戦争をやるために一時的にヨーロッパ風の国になるが、平和な時代にはもとのアジアの国に戻る。
国は国民が決める。国民が国を作る団体を選んで国を作らせる。今の日本人はアジアの国に戻そうとしている。今の日本人は政府を倒して幕府を建てようとしている。「裕福で不幸で五感的な国」を作る団体を倒して『貧乏で幸福で知的な国』を作る団体を建てようとしている。
日本人が戦争をするのが不条理なら、日本人が戦争をやめるのも不条理である。どちらも同じ不条理である。理屈なんか要らない。日本人が政府を建てるのに理屈が要らないなら、日本人が政府を倒すのにも理屈は要らない。だから、今の日本人は理屈にこだわらずに政府を倒せばいいのである。今は誰がどう見ても平和な時代だから、日本人は政府を倒せばいいのである。
もっとも、今は東西交流が盛んになって、アジアの国も多少は科学ができるようになっている。だから、日本人は科学や産業を嫌わずに積極的に取り入れていったほうがいい。ただし、日本人は日本人の精神を見失ってはいけない。日本は『貧乏で幸福で知的な国』であり続けねばならない。
行事にも善い行事と悪い行事がある。戦争は多くの命やお金を損なう悪い行事である。道徳とは善いことをやり悪いことをやらないことである。だから、今後は日本人は戦争をやってはいけない。戦争の代わりにちょっとだけ戦争みたいなことをやればいい。“国民が殺し合いをして不幸になって喜ぶ祭り”をやればいい。

[21580] 今の日本人はアジアの国をやるべきである。 h26.11.10
日本人はヨーロッパが攻めて来ているときには戦争をするが、ヨーロッパが攻めて来ていないときにはアジアの国をやる。
日本人は戦争をするためにヨーロッパ政府を真似[まね]て政府を建てて、政府の命令で戦争に行って不幸になって喜ぶ。
政府はヨーロッパ政府の真似だから「裕福で不幸で五感的な国」を作る。政府は国民を不幸にするために国民を事故で殺したり国民に嫌な生活をさせたり国民の娯楽をなくしたりつまらないことをさせたりする。
日本人は本来は『貧乏で幸福で知的な国』が好きである。政府は戦争のための団体だから、日本人が嫌な国を作るのである。
今は平和な時代だから、ヨーロッパが攻めて来ていないから、日本人はアジアの国をやればいい。日本人は『貧乏で幸福で知的な国』を作る団体を建ててお金をやって国を作らせればいい。
日本人は普段はアジアの国をやっている。ヨーロッパが攻めて来たときだけ戦争をやる。今は日本人が戦争をやるときではない。だから、今の日本人はアジアの国をやればいい。今の日本人は『貧乏で幸福で知的な国』を作る団体を建てて国を作ってもらえばいい。政府は戦争をやるためにある団体だから、今は政府が要らないから、国民は政府を倒せばいい。
日本人は本来貧乏が好きである。政府は国民を裕福にして国民を嫌がらせている。今の国民は政府に裕福にされて嫌な思いをさせられている。今の国民は政府の嘘[うそ]の宣伝に騙[だま]されて「裕福なことが幸せだ」と思わされている。しかし、本当は国民にとっては『貧乏なことが幸せ』なのである。国民は政府によって無理やり自分が嫌いな裕福さを押し付けられている。政府は国民にとって嫌な国を作るだけである。国民はさっさと政府を倒して、国民にとって居心地のいい『貧乏で幸福で知的な国』を作る団体を建てて国を作ってもらわねばならない。もっとも、今は東西交流の時代である。国民は裕福さの苦しみに耐える努力をしてじょじょに裕福な暮らしに慣れて行かねばならない。
もっとも、今の日本は不況[ふきょう]だから、今の政府は「裕福で不幸で五感的な国」を作っているのではなく、「貧乏で不幸で五感的な国」を作っている。今の政府は最悪な国を作っている。これなら『貧乏で幸福で知的な国』を作る団体のほうがいい。だから、今の国民は政府を倒して、『貧乏で幸福で知的な国』を作る団体を建てて国を作ってもらえばいいのである。もともと日本では戦争の時代が終わったら“アジアの国”を作る団体に戻すことになっている。だから、今の国民はおとなしく“日本のしきたり”に従ってさっさと政府を倒して『貧乏で幸福で知的な国』を作る団体に戻せばいいのである。当然、祭りが終わったら普段の生活に戻らねばならないから、今の国民は戦争をやめてアジアの国をやらねばならないから、早く政府を倒して“アジアの国”を作る団体に国を作ってもらわねばならない。もっとも、いくら『貧乏で幸福で知的な国』を作る団体だからといって、わざわざ国民を貧乏にするために高い税金を取ってはいけない。それなら、今の政府は国民から高い税金を取っているから、政府は国民を貧乏にする団体だから、「貧乏で不幸で五感的な国」を作る団体と言うべきであろう。

[21581] 今の政府は仕事をしていない。 h26.11.10
政府は「裕福で不幸で五感的な国」を作る団体である。
しかし、今の日本は不況[ふきょう]である。
だから、今の政府は仕事をしていない。
だから、今の国民は政府に税金を払わなくていい。

国民はさっさと政府を倒して別の団体に国を作ってもらえばいい。
政府が「裕福で不幸で五感的な国」を作る団体なら、そういう団体としてきちんと仕事をしないといけない。
今の政府は仕事の意味がわかっていない。そんな団体はなくなってしまえばいい。

[21582] 日本人にはアジア人の心とヨーロッパ人の心の2つの心がある。☆☆ h26.11.10
日本はもともとアジアの国である。日本人にはアジア人の心がある。日本人は『貧乏で幸福で知的な国』が好きである。
しかし、日本人にはちょっとだけヨーロッパ人の心があるから、日本人は戦争も好きである。近代の日本人は戦争をやるために、しかたなく政府を建てただけである。政府は日本人が嫌いでヨーロッパ人が好きな「裕福で不幸で五感的な国」を作る。日本人は政府に戦争をさせられて不幸にされて喜んだ。だから、戦争が終われば日本人はさっさと政府を倒して、もとのアジアの国をやるべきである。
日本人にはアジア人の心とヨーロッパ人の心の両方があるから、ヨーロッパが日本に攻めて来ていない平和の時代にはアジア人の心を満足するためにアジアの国をやるが、ヨーロッパが日本に攻めて来ている戦争の時代にはヨーロッパ人の心を満足するために戦争をするのである。日本にはそういう習慣が紀元前数千年前からあったのである。
日本人にはアジア人の心とヨーロッパ人の心の2つの心があるから、これまで日本人は時代に応じてそれぞれの心を満足してきたのである。しかし、今では東西交流が盛んになっているから、今では日本人は道徳をやりながら科学や産業を受け入れて幸福で裕福な国にすることによって、日本人はアジア人の心とヨーロッパ人の心の2つの心を同時に満足することができるようになったのである。
今は平和な時代である。今は科学の時代でもある。国は国民のものである。国は国民が自分の好きなようにすればいい。だから、今の国民は政府を倒して、『道徳と科学の両方ある国』を作る団体を建てて国を作ってもらえばいい。アジアから道徳を入れて、ヨーロッパから科学を入れて、道徳に基づいて科学をやればいい。日本人はアジア人の心が9割でヨーロッパ人の心が1割だから、科学よりも道徳を優先しなければならない。
日本人はアジア人とヨーロッパ人の混血である。しかし、日本人にはヨーロッパ人のような「科学の才能」がない。日本人は悪い心があるだけである。これでは、日本人は道徳が弱いアジア人にすぎない。日本人は道徳が弱いから戦争をするのである。日本人はもっと『道徳の才能』を鍛[きた]えて、道徳に基づいて科学をやらねばならない。

[21583] どうして今のヨーロッパやアメリカは不景気なのか? h26.11.10
日本はアジアの一国である。日本は戦争をやるためにヨーロッパの科学や産業の取り入れが他のアジアの国に比べて早かっただけである。そのため、日本の製品がアジア中に売れて日本はしばらく儲[もう]かった(いわゆる時間差攻撃)。けっして日本人の頭が他のアジアの国の人間に比べて良いわけではない。
その証拠に、今では他のアジアの国も科学や産業をやるようになって、日本となんら変わらない。
おかげで、今では日本の製品が売れなくなって、日本が儲からなくなって不景気になっている。
今では東西交流が盛んになって、アジアの国も科学や産業をやるようになっている。
おかげで、ヨーロッパやアメリカの製品が売れなくなって、ヨーロッパやアメリカが儲からなくなって不景気になっている。
今では世界中で『道徳に基づいて科学をやれば幸福に便利に暮らせる』と考えられている。『道徳に従って科学をやれば幸福に快適に暮らせる』と考えられている。だから、今ではアジアの国も科学や産業を怖がらずにヨーロッパやアメリカに遠慮せずにどんどん科学や産業を取り入れている。日本もそうすればいい。ところが、日本政府は「道徳がなくて科学だけがある国」を作るから、国民は幸福に暮らせない。だから、国民は政府を倒して、『道徳に基づいて科学をやる国』を作る団体を建てて国を作ってもらえばいいのである。

[21584] 日本政府が国民を不幸にするのは国民を裕福にして威張[いば]っているからではない。 h26.11.10
日本政府が国民を不幸にするのはヨーロッパ政府と同じことをやっているからである。けっして、日本政府が国民を裕福にしたことで威張っているからではない。国民が裕福なのは国民が戦争をするためにアジアの他の国に比べて科学や産業の取り入れが早かったからであって政府のおかげではない。つまり、国民が裕福なのは国民自身のおかげである。
ヨーロッパ政府が国民を不幸にするのは、ヨーロッパ人が変態だからである。ヨーロッパ人は科学が得意なだけの変態で、道徳が苦手で悪いことや不幸なことが好きだから、政府に不幸にされて喜んでいるのである。ヨーロッパ政府は国民を喜ばせるために国民を不幸にするのである。(自分が悪いことをすることは、自分で自分を不幸にすることだから、悪いことと不幸なことは同じことである。)
しかし、日本人はヨーロッパ人のような変態ではない。日本人は科学が苦手だが道徳が得意で善いことや幸福が好きだから、政府に不幸にされて喜んだりしない。(ただし、戦争のとき以外は。日本人は戦争のときには、ヨーロッパ人と同じように政府に不幸にされて喜ぶために戦争をするのである。)
今の日本は不景気で政府は国民を裕福にしていないし、政府は国民を不幸にしている。政府は国民にとって何の役にも立たない。国民にとって政府は要らない。だから、国民は政府を倒せばいい。国民は政府の替わりに『道徳に基づいて科学をやる国』を作る団体を建てて国を作ってもらえばいい。

[21585] 日本は昔からアジア文化とヨーロッパ文化の両方ある国である。☆ h26.11.11
アジア人のように道徳があって科学がなければ快適に暮らせない。反対に、ヨーロッパ人のように科学があって道徳がなければ幸福に暮らせない。
人間は幸福と快適の両方とも欲しい。そのため、日本人は昔からアジア文化とヨーロッパ文化の両方をやって来た。
日本にヨーロッパが攻めて来ているときには、日本人はヨーロッパ文化をやって、ヨーロッパの“国を作る団体”を真似[まね]て政府を建てて「科学があって道徳がない国」にして戦争をやった。日本がヨーロッパから国を守るために戦争をやるのは、日本がヨーロッパ文化をやるための“きっかけ”にすぎなかったのである。
反対に、日本にヨーロッパが攻めて来ていないときには、日本人はアジア文化をやって、アジアの“国を作る団体”を真似て幕府を建てて「道徳があって科学がない国」にした。ヨーロッパから「道徳のない文化」が入らないようにするために鎖国をした。
これまで日本人はずっとそうやって来た。日本人は戦争の時代にはヨーロッパ文化を取り入れて、平和の時代にはアジア文化を取り入れて、ヨーロッパ文化とアジア文化を交互にやってヨーロッパ文化とアジア文化を混ぜ合わせて、ヨーロッパ文化とアジア文化の両方ある国にしてきた。これまで日本人はみんなそういう決まりに則[のっと]って国を作ってきた。
しかし、今では東西交流があるから、ヨーロッパとアジアが一つになっているから、日本人は道徳をやりながら科学をやっている。今の日本人は道徳に科学を従わせるようにして科学を取り入れて『道徳と科学の両方がある国』にしている。
ところが、今の日本政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。今の日本政府は国民とは違う国を作っている。だから、今の国民は政府を倒さねばならない。今の国民は『道徳に従って科学をやる国』を作る団体を建てて国を作ってもらわねばならない。そうすれば、国民は幸福に快適に暮らすことができる。
今の日本では表面的には政府が「科学があって道徳がない国」を作って国民から税金を取っているが、裏では国民が『道徳に従って科学をやる国』を作って政府に税金を払わなくなって政府を倒している。国は国民のものである。国は国民が作るものである。国民が国を作る団体を支配している。国民は早く邪魔[じゃま]な政府を倒して、国民にとって住みやすい国にしないといけない。

[21586] 今の国民は『新しい日本の決まり』に従って国を作らねばならない。 h26.11.11
今の世界では東西交流が盛んになってアジアとヨーロッパが一つになっている。今の世界では『道徳に従って科学をやれば幸福に快適に暮らせる』と考えられている。
だから、今の日本では国民が『道徳に従って科学をやる国』を作っている。
ところが、政府はいまだに「科学があって道徳がない国」を作っている。
だから、今の国民は政府を倒して、『道徳に従って科学をやる国』を作る団体を建ててお金をやって国を作ってもらえばいいのである。
今の国民は正しい国を作っている。だから、あとは国民に合わせた“国を作る団体”を建てればいいだけである。国民は政府を倒して、『道徳に従って科学をやる国』を作る団体を建てればいいのである。
これまで日本人は戦争の時代や平和の時代に応じてヨーロッパ文化をやったりアジア文化をやったりして科学と道徳の両方ある国にしてきた。それが「日本の決まり」だった。日本人は自分の好き嫌いに関わらず「日本の決まり」に従ってずっと国を作ってきた。だが、それは一度平和な時代に取り入れた道徳を戦争の時代に捨てねばならずニューコメンの蒸気機関のようにあまり効率のいい方法ではなかった。しかし、今では東西交流が盛んになって世界が一つになっている。だから、今では科学と道徳の両方ある国を作るためには、道徳に従って科学をやればいいのである。それが『新しい日本の決まり』である。実際に、今の国民はすでにそうしている。だから、今の国民は『道徳に従う科学のある文化』をやって、政府を倒して『道徳に従う科学のある国』を作る団体を建てて国を作ってもらえばいいのである。
 
[21587] 今の国民は国作りのやり方を変えねばならない。☆☆☆ h26.11.11
これまで日本は戦争の時代には国民がヨーロッパ文化をやってヨーロッパから科学を取り入れて道徳を捨てていた。政府を建てて国民に科学をやらせて道徳を捨てさせていた。平和な時代には国民がアジア文化をやってアジアから道徳を取り入れて、鎖国をやってヨーロッパ文化をやらないようにしていた。幕府を建てて国民に道徳をやらせていた。
そういうやり方で国民は国を発展させてきたのである。そういう過程を繰り返しながら、日本を道徳と科学の両方ある国にしてきたのである。
しかし、この方法では、平和な時代に一度取り入れた道徳を戦争の時代に捨てねばならず、戦争の時代になるまではヨーロッパの進んだ科学を取り入れられず不便だった。戦争の時代に国民が戦争をやって命やお金を損なうことも問題である。(実際には、戦争の時代には、国民が戦争をやったことで道徳を捨てたことにして、実際には道徳をほとんど捨てていない。本来は日本人がヨーロッパ文化を取り入れるのは、日本を道徳と科学の両方ある国にするのが目的だから、国民は戦争の時代にもあまり道徳を捨てなかったのである。政府がひとりで悪いことをやっているだけである。)
今は東西交流が盛んでアジア文化とヨーロッパ文化が一つになっている。今ではヨーロッパ文化とアジア文化の区別はない。だから、今では道徳と科学を両方同時にやればいい。道徳に従いながら科学をやればいい。
これからの日本では戦争の時代にも平和の時代にもいつの時代でも国民が道徳に従いながら科学をやればいい。国民が世界中の国から科学や道徳を取り入れて、たまには自分でも道徳や科学を考え出して、道徳に従いながら科学をやっていけばいいのである。国民が『道徳に従いながら科学をやる国』を作る団体を建てて国民の国作りを手伝ってもらえばいい。
これなら、一度取り入れた道徳を捨てなくていいし、戦争の時代になるまで鎖国をやって科学や産業が遅れなくてもいい。
今の国民は道徳に従いながら科学をやればいい。ところが、政府はいまだに昔のヨーロッパ文化をやって「科学があって道徳がない国」を作っている。だから、今の国民は政府を倒して、『道徳に従いながら科学をやる国』を作る団体を建てて国を作ってもらえばいい。
これまでの日本の伝統的な国作りのやり方では、今は平和な時代だから、国民はアジア文化をやってアジアから道徳を取り入れて、鎖国をやってヨーロッパ文化をやらないようにしないといけない。国民は政府を倒して幕府を建てて国民に道徳をやらせればいい。しかし、今は東西交流が盛んになって鎖国なんかできない。今では日本に四六時中ヨーロッパ文化が入ってきている。だから、今ではこれまでの日本の伝統的な国作りのやり方は通用しない。新しい国作りのやり方を考えねばならない。今では世界中の人が道徳や科学をやるようになってヨーロッパもアジアもない。だから、今では世界中の国から道徳や科学を取り入れながら、自分でもたまには道徳や科学を考えながら、道徳に従って科学をやればいいのである。今ではそうするしかないから、そうしなければならないのである。今ではそういう国作りしかできないから、そうやって国を作らねばならないのである。

[21588] これからの日本は『道徳に従って科学をやる国』にすればいい。☆ h26.11.11
昔から日本では国民が日本を『道徳と科学の両方ある国』にするために、戦争の時代には国民がヨーロッパ文化をやって政府を建てて「科学があって道徳がない国」を作らせて、反対に平和の時代には、国民がアジア文化をやって幕府を建てて「道徳があって科学がない国」を作らせていた。
今は日本にヨーロッパが攻めて来ていなくて平和の時代だから、今の日本では国民がアジア文化をやって幕府を建てて「道徳があって科学がない国」を作らせようとしている。今の日本では国民が道徳を守って政府を倒している。だから、今の日本で国民が悪いことをするとみんなに罰せられるから注意しないといけない。今の日本で国民が政府に税金を払っていると非国民とみなされるから注意しないといけない。
しかし、今では東西交流があってアジアもヨーロッパも区別がなくなっている。今では国民が日本を科学と道徳が両方ある国にするために、アジア文化とヨーロッパ文化を交互にやったりしなくていい。世界中の国から科学や道徳を取り入れて、自分でも科学や道徳を考えて、道徳に従いながら科学をやればいい。
今の日本では国民が道徳に従って科学をやればいい。国民が『道徳に従って科学をやる国』を作る団体を建てて『道徳に従って科学をやる国』を作らせればいい。政府は時代遅れの「科学があって道徳がない国」を作るから税金を払うのをやめて捨てればいい。

[21589] 今の日本人は国作りのやり方を変えねばならない。☆ h26.11.11
日本では昔から国民が日本を科学と道徳の両方ある国にするために、戦争の時代には政府を建ててヨーロッパ文化をやり、平和の時代には幕府を建ててアジア文化をやって来た。
今の日本で政府が国民を不幸にしているのは、近代の国民が政府を建ててヨーロッパ文化をやっていたからである。ヨーロッパ人は科学が得意なだけの変態だから、ヨーロッパ人は道徳が苦手で悪いことや不幸なことが好きだから、ヨーロッパ文化では国民が政府に不幸にされて喜んでいるから、日本でも政府が国民を喜ばせるために国民を不幸にするのである。国民にとっては政府の親切は大きなお世話である。
しかし、今では東西交流が盛んになってアジアとヨーロッパが一つになっている。今では日本では国民が日本を科学と道徳の両方ある国にするために、アジア文化とヨーロッパ文化を交互にやる必要はない。今ではアジアとヨーロッパの区別がないから、国民は世界中の国から科学や道徳を受け入れて、たまには自分で科学や道徳を考えて、道徳に従いながら科学をやればいいのである。今の国を作る団体は『道徳に従いながら科学をやる国』を作ればいいのである。政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体だから、国民は政府を倒して『道徳に従いながら科学をやる国』を作る団体を建ててお金をやって国を作ってもらえばいいのである。

[21590] 『科学と道徳の両方ある国』を作るためには政府や幕府を建ててはいけない。☆☆ h26.11.11
日本は昔から国民が政府を建ててヨーロッパ文化をやったり幕府を建ててアジア文化をやったりしてヨーロッパ文化とアジア文化を交互に取り入れることによって『科学と道徳の両方ある国』を作ってきた。
近代の国民は『科学と道徳の両方ある国』を作るために、政府を建ててヨーロッパ文化をやった。
今の国民は道徳をやりながら科学を受け入れることによって『科学と道徳が両方ある国』を実現している。今の国民は人間の心を満足するために科学を使うことによって『科学と道徳が両方ある国』を作っている。例えば、今の国民はテレビやゲーム機やパソコンなどの科学の産物を使うことによって人の心を満足して便利に幸福に暮らしている。(ゲームなんかやる暇があったら、道徳や哲学を勉強したほうがずっとためになるのだが。)
一方、政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。政府は道徳がない国を作るために自分が悪いことをやって国民を不幸にしている。政府は国民を事故で殺したり国民に嫌な生活をさせたり国民の娯楽をなくしたりしている。政府はせっかく国民が作った『科学と道徳が両方ある国』をぶち壊している。政府は今の国民の足を引っ張っている。
『科学と道徳が両方ある国』を作るためには、今の国民がやっているように道徳をやりながら科学を受け入れればいい。「科学があって道徳がない国」を作る政府や「道徳があって科学がない国」を作る幕府を建てるのは余計である。これまでのように、国民が政府を建てて「科学があって道徳がない文化」をやったり幕府を建てて「道徳があって科学がない文化」をやったりしてはいけない。
『科学と道徳の両方ある国』を作るためには、国民が『道徳に従いながら科学をやる国』を作る団体を建てて『道徳に従いながら科学をやる文化』をやればいいのである。政府は「科学があって道徳がない国」を作るから『科学と道徳が両方ある国』を作る妨げになるから、国民は政府に税金を払わないようにして政府を倒さねばならない。
国民の決まりは国民で決めればいい。国民の決まりは国民で変えればいい。これまで日本人は『科学と道徳の両方ある国』を作るために戦争を機会にしてヨーロッパ文化とアジア文化を交互にやって来た。これからは日本人は『科学と道徳の両方ある国』を作るために世界中から道徳や科学を取り入れたり自分で道徳や科学を考えたりして道徳に従いながら科学をやればいいのである。政府は昔の決まりで建てられた団体である。だから、今の国民は政府を倒して、新しく『道徳に従いながら科学をやる国』を作る団体を建てればいいのである。
道徳があって科学がないのがアジア文化である。反対に、科学があって道徳がないのがヨーロッパ文化である。道徳に従いながら科学をやるのが世界文化である。これまで日本人は『科学と道徳の両方ある国』を作るためにアジア文化とヨーロッパ文化を交互に取り入れてきた。これからは日本人は『科学と道徳の両方ある国』を作るために世界文化をやればいいのである。政府も幕府ももう要らない。これからは『道徳に従いながら科学をやる国』を作る団体があればいいのである。
要するに、日本に「古臭い変な習慣」が残っているだけのことである。アジア文化とヨーロッパ文化を交互にやるのが「古臭い変な習慣」である。日本では国民が「古臭い変な習慣」をやっているために、今の国民が政府に嫌な目にあわされているのである。今の国民は道徳に従いながら科学をやる『新しい習慣』をやっている。日本人はさっさと「古臭い習慣」をやめて、『新しい習慣』に変えればいい。


[21591] これまでの日本とこれからの日本 h26.11.12
これまで日本では国民が『科学と道徳の両方ある国』にするために、政府を建ててヨーロッパ文化をやったり幕府を建ててアジア文化をやったりして、ヨーロッパ文化とアジア文化を交互に取り入れてきた。
今の日本では国民が政府を建ててヨーロッパ文化をやっている。ヨーロッパ人は科学が得意なだけの変態でヨーロッパ人は道徳がわからなくて悪いことや不幸なことが好きだから、ヨーロッパ文化では政府が国民を喜ばせるために国民を不幸にしている。今の日本で政府が国民に悪いことをして国民を不幸にしているのはそのためである。
しかし、今では東西交流が盛んになってアジアとヨーロッパが一つになっている。今では道徳に従って科学をやる“世界文化”が出来ている。
だから、これからは日本では国民が『科学と道徳の両方ある国』にするために、『道徳に従って科学をやる国』を作る団体を建てて『道徳に従って科学をやる文化』をやればいいのである。

[21592] どうして昔の国民は政府の命令を聞いていたのか?☆ h26.11.12
昔の国民は政府を建ててヨーロッパ文化をやっていた。政府はヨーロッパ文化で国を作る団体だった。だから、昔の国民は政府の命令を聞いていたのである。
しかし、今は東西交流が盛んでアジアとヨーロッパが一つになっている。今では道徳に従って科学をやる“世界文化”が出来ている。今の国民は世界文化をやっている。
今の国民は世界文化をやっている。一方、政府はヨーロッパ文化で国を作っている。政府と今の国民は違う文化をやっている。今の国民にとっては政府は要らない。だから、今の国民は政府の命令を聞かず、政府に税金を払わず政府を倒せばいい。そのうち、国民で“世界文化で国を作る団体”を建ててお金をやって国を作ってもらえばいい。
つまり、今では国民が『科学と道徳の両方ある国』を作る方法を変えてしまったから、政府に用がなくなったのである。だから、今の国民は政府の命令を聞かなくなって、政府に税金を払わなくなって政府を倒しているのである。

[21593] 今では世界中の人が“世界文化”をやっている。 h26.11.12
現代になるまでは東西交流がなく、世界がヨーロッパとアジアの二つに分かれていた。
ヨーロッパ人は科学が得意で道徳が苦手なので、「科学があって道徳がない国」になっていた。国民は政府に国作りを手伝わせてますます「科学があって道徳がない国」にしていた。(だから、政府のことを大根役者というのである。)国民は政府の命令で産業を伸ばして悪いことをやって「科学があって道徳のない国」にしていた。
アジア人は道徳が得意で科学が苦手なので、「道徳があって科学がない国」になっていた。国民は幕府に国作りを手伝わせてますます「道徳があって科学がない国」にしていた。国民は幕府の命令で善いことをやって産業を伸ばさず「道徳があって科学がない国」にしていた。
日本人はヨーロッパ文化とアジア文化を交互にやることによって、『道徳と科学が両方ある国』にしていた。国民は政府や幕府に国作りの手伝いをさせていた。国民は政府の命令で産業を伸ばして幕府の命令で善いことをして『道徳と科学の両方ある国』にしてきた。国民はヨーロッパ文化やアジア文化の善いところを拾って悪いところを捨てて『道徳と科学が両方ある国』にしてきた。人間は幸福や便利が好きだから、自然に『道徳と科学の両方ある国』になったのである。昔の日本人は道徳があるかないか科学があるかないかどちらがいいかわからなかったから、ヨーロッパ文化とアジア文化を交互にやってみて両方取り込むことにしててきとうに成り行き任せにしたのである。
日本人はヨーロッパ文化とアジア文化を交互にやることによって、ヨーロッパの善いところとアジアの善いところをあわせ持った国にしていたのである。だから、国民は政府が国民に悪いことをやると知りながら政府に国を作らせたのである。幕府が国民を貧乏にすると知りながら幕府に国を作らせたのである。けっして、国民が馬鹿だから政府や幕府に騙[だま]されて支配されていたのではなかったのである。
現代になると通信や交通が発達して東西交流が盛んになって、世界がヨーロッパとアジアの区別がなくなり一つになった。
世界中の人が外国から科学や道徳を取り入れて、『道徳と科学の両方ある国』にするようになった。世界中の人が道徳に従いながら科学をやる“世界文化”をようになった。世界中の人が“道徳に従いながら科学をやる国”を作る団体を建てて国作りを手伝わせようとしている。世界中の人が“道徳に従いながら科学をやる国”を作る団体の命令で産業を伸ばして善いことをやって『道徳と科学の両方ある国』にして、幸福で快適に暮らそうとしている。
日本人も世界文化をやるようになっている。今の日本人は『道徳に従いながら科学をやればよく、ヨーロッパ文化とアジア文化を交互にやるのが古臭くてまちがっている』と考えている。ところが、日本政府はいまだにヨーロッパ文化で国作りをやっている。日本政府は今でも「科学があって道徳がない国」を作っている。日本政府は国民に命令して産業を伸ばして悪いことをさせている。今の日本人にとって政府は国作りの邪魔[じゃま]である。今の日本人は政府が要らない。だから、今の日本人は政府の命令を聞かなくなって、政府に税金を払わなくなって政府を倒している。日本人は“世界文化で国を作る団体”を建てて国を作ってもらおうとしている。
現代の人間は道徳と科学の両方やれねばならない。現代では人間に道徳と科学の両方わかることが要求されている。現代の人間は道徳と科学の両方を勉強しなければならない。政府は国民に科学しか教えてくれないから、国民は自分で道徳を勉強しないといけない。“道徳に従って科学をやる国”を作る団体は国民に道徳と科学の両方を教えてくれるだろう。
『命あっての物種[ものだね]』というように、人間にとっては心よりも物が大事である。人間は生きていなければ心が働かないから、心よりも物が大事である。しかし、今のようにある程度物が豊かな時代においては、むしろ物よりも心のほうが大事である。けっきょく、人間にとっては物も心も両方とも大事である。日本人はこれまで物も心も両方とも大事にしてきた。これからもそうしなければならない。

[21594] 今の日本人はこれまでとは違うやり方で『道徳と科学の両方ある国』を作っている。☆ h26.11.13
昔は東西交流がなくて、世界がアジアとヨーロッパに分かれていた。アジアは「道徳があって科学がない国」だった。反対に、ヨーロッパは「科学があって道徳がない国」だった。
日本人は昔から幸福に便利に暮らすために『道徳と科学の両方ある国』を作ってきた。
昔の日本人は『道徳と科学の両方ある国』を作るために、戦争の時代にはヨーロッパ文化をやって政府を建てて、平和の時代にはアジア文化をやって幕府を建てて、ヨーロッパ文化とアジア文化を交互にやってきた。
しかし、今では東西交流が盛んになって、アジアとヨーロッパが一つになっている。今の世界は『道徳と科学の両方ある国』になっている。今では道徳に従って科学をやる“世界文化”が出来ている。今では世界中の人々が世界文化をやって“世界文化の国”を作る団体を建てている。
今の日本人は『道徳と科学の両方ある国』を作るために、世界文化をやっている。今の日本人は世界文化をやって“世界文化の国”を作る団体を建てている。今の日本人はアジア文化とヨーロッパ文化を交互にやるのをやめている。今の日本人はヨーロッパ文化をやめている。政府はヨーロッパ文化の国を作る団体だから、今の日本人は政府が要らなくなって、政府の命令を聞かなくなって、政府に税金を払わなくなって政府を倒している。

[21595] どうして暴力団や宗教団体は国民の嫌がらせをするのか? h26.11.13
政府は“ヨーロッパ文化の国”を作る団体である。政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体である。政府は「物やお金だけあって幸福がない国」を作る団体である。そのために、政府は国民に命令して悪いことをやらせたり、暴力団や宗教団体を建てて国民からお金を取らせたり国民に嫌がらせをさせたりしている。
昔の国民は『科学と道徳の両方ある国』を作るために、ヨーロッパ文化とアジア文化を交互にやっていたから、近代の国民はヨーロッパ文化をやっていたから、今でも政府が残ってヨーロッパ文化の国を作っているのである。近代の国民は『科学と道徳の両方ある国』を作るために我慢[がまん]して戦争をやったのである。昔の国民は『科学と道徳の両方ある国』を作るために政府がいくら悪いことをしても政府に文句を言わなかったのである。自分で悪いことをやったり、政府の命令を聞いて悪いことをやったりしたのである。
しかし、今では東西交流が盛んになって世界が一つになっている。ヨーロッパ文化とアジア文化が統合されて道徳に従って科学をやる世界文化が出来ている。今の国民は『道徳と科学の両方ある国』を作るために世界文化をやっている。“世界文化の国”を作る団体を建てて国を作ってもらおうとしている。
今の国民は『科学と道徳の両方ある国』を作るために、ヨーロッパ文化とアジア文化を交互にやるのをやめている。今の国民はヨーロッパ文化をやっていない。今の国民にとってはヨーロッパ文化の国を作る政府が要らない。だから、今の国民は政府の命令を聞かず、政府に税金を払わず政府を倒せばいいのである。

[21596] 政府は旧文化の産物である。 h26.11.14
今では東西交流が盛んになってアジアとヨーロッパが一つになっている。
今では道徳に従いながら科学をやる世界文化が出来ている。
世界中のみんなが世界文化をやっている。
みんなが道徳を守りながら法律を守りながら科学をやっている。
みんなが道徳を守りながら法律を守りながら科学の産物を使って便利に幸福に暮らしている。
今ではそのようにして『道徳と科学の両方ある国』になっている。
一方、政府は「科学があって道徳がない国」を作る団体である。政府は昔の日本人が『道徳と科学の両方ある国』を作るためにアジア文化とヨーロッパ文化を交互にやっていたために、近代の日本ではヨーロッパ文化をやっていたために建てた団体である。
今では『道徳と科学が両方ある国』が人間にとって善い国であることがわかっている。『道徳と科学が両方ある国』にするためには、道徳を守りながら科学をやればいいことがわかっている。アジア文化とヨーロッパ文化を交互にやらなくていいことがわかっている。
だから、今の日本では国民は道徳を守りながら科学をやればいい。政府は「科学があって道徳がない国」を作るから政府を倒せばいい。国民で『道徳を守りながら科学をやる国』を作る団体を建てて国を作ってもらえばいい。
今では世界中のみんなが道徳を守りながら科学をやっている。今ではみんなが道徳と科学の両方の知識を持たねばならない。道徳と科学は共存できる。人間が道徳と科学の両方を勉強すればいいだけである。人間が幸福に生きるためには道徳が大事である。今の日本政府は「道徳がない国」を作るために、国民に科学を教えて道徳を教えていない。だから、国民は自分で道徳を勉強しなければならない。
昔の世界には「ヨーロッパ文化とアジア文化のどちらか一方しかやってはいけない」決まりがあった。だから、昔の日本はヨーロッパ文化とアジア文化を交互にやっていた。しかし、今の世界には『ヨーロッパ文化とアジア文化を両方やっていい』決まりがある。だから、今の日本はヨーロッパ文化とアジア文化を両方やって道徳を守りながら科学をやればいいのである。

[21597] 今の人は心と物の両方とも得意になっている。 h26.11.14
物を見る者は物を動かせる。心を見る者は心を動かせる。
法律は人間が社会生活(集団生活)をするための必要条件である。
昔のヨーロッパ人は物を見て心を見なかったから、心を見ない者は心を動かせなかったから、たとえ法律があっても法律を守れなかった。
一方、昔のアジア人は心を見て物を見なかったから、心を見る者は心を動かせるから、ちゃんと法律を守っていた。
昔のヨーロッパ人は物を見て心を見なかったから、物を見る者は物を動かせるから、物をよく観察して物に詳[くわ]しくて物を自分の思い通りにできて物が豊かだった。
昔のアジア人は心を見て物を見なかったから、物を見ない者は物を動かせないから、物をろくすっぽ観察せず物に疎[うと]く物が自分の思い通りにならず物が貧しかった。
今では東西交流が盛んになって、ヨーロッパとアジアが一つになっている。
今の人は道徳と科学の両方を勉強して、物も心も両方とも得意になっている。今の人は物も心も両方とも見れるようになって、物も心も両方とも動かせるようになっている。だから、今の人は法律を守って科学の産物を使って幸福に便利に暮らせるのである。

[21598] 今の日本では政府は国民と違う文化の国を作っている。☆☆ h26.11.14
国は国民のものである。国は国民が決める。国民が国を作る団体を決める。国を作る団体は国民と同じ文化の国を作らなければならない。国民は“国民と違う文化の国”を作る団体を倒し、“国民と同じ文化の国”を作る団体を建てる。
昔は東西交流がなくて世界がヨーロッパとアジアの二つに分かれていて、昔の世界ではヨーロッパ文化とアジア文化のどちらか一方しかやってはいけなかった。そのため、昔の日本では国民は『道徳と科学の両方ある国』を作るために、ヨーロッパ文化とアジア文化を交互にやっていた。国民がヨーロッパ文化をやる時代には政府を建てて政府の命令を聞いてヨーロッパ文化の国を作って、国民がアジア文化をやるときには幕府を建てて幕府の命令を聞いてアジア文化の国を作っていた。近代の国民はヨーロッパ文化をやっていたから政府を建てて政府の命令を聞いてヨーロッパ文化の国を作っていた。政府に「道徳がない国」を作らせるために政府の命令で悪いことをやっていた。幕府は国民とは違うアジア文化の国を作っていたから、国民は幕府を倒したのである。
今では東西交流が盛んになって世界がヨーロッパとアジアが統合されて一つになって、今の世界ではヨーロッパ文化とアジア文化の両方をやっていいことになっている。そのため、今の日本では国民は『道徳と科学の両方ある国』を作るために、道徳に従って科学をやっている。道徳を守りながら科学の産物を使っている。だから、今の国民は『道徳に従って科学をやる国』を作る団体を建てて、『道徳に従って科学をやる国』を作る団体の命令を聞いて国を作ればいい。政府は今の国民とは違う「科学があって道徳がない国」を作っている。今の国民は『道徳に従って科学をやる文化』をやっている。政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。政府は今の国民とは違う文化の国を作っている。だから、今の国民は政府を倒さねばならない。今の国民は政府の命令で国を作らず、政府に税金を払わず政府を倒さねばならない。

[21599] 今では国を作る団体は国民と平等にしないといけない。 h26.11.14
国は国民のものである。国を作る団体も国民のものである。
だから、国を作る団体は国民と同じ文化の国を作らなければならない。今の国民は『道徳に従って科学をやる文化』をやっている。ところが、政府は「道徳があって科学がない国」を作っている。政府は今の国民と違う文化の国を作っている。だから、今の国民は政府を倒さねばならない。
今の政府はこの論法で倒すことができる。
しかし、国を作る団体が国民と同じ文化の国を作っている場合には、この論法では国民は国を作る団体を倒せない。
今の国民は『道徳に従って科学をやる文化』をやっている。だから、今の国を作る団体は『道徳と科学の両方ある国』を作らねばならない。『道徳のある国』では、みんなが善いことをしないといけない。みんなが他人の役に立つことをしないといけない。みんなが平等にしないといけない。だから、国を作る団体も国民と平等にしないといけない。だから、国を作る団体は国民と自由に契約を取って国民からお金をもらって仕事をしないといけない。だから、国を作る団体は国民からお金をもらうためにまじめに国民の役に立つ仕事をしないといけない。今では国民が国を作る団体と契約を取らないことによって国を作る団体を倒すことができる。
反対に、近代の国民は「科学があって道徳がない文化」をやっていた。だから、政府は「科学があって道徳がない国」を作っていた。「道徳のない国」では、みんなが悪いことができる。みんなが他人の役に立つことをしない。みんなが平等にしない。だから、政府自身も悪いことをやって政府が国民からお金を強盗していた。つまり、政府が国民から高い税金を取っていた。政府は国民の役に立つことをせず、悪いことをやって国民を苦しめていた。
国民にとっては「科学があって道徳がない国」よりも『道徳に従って科学をやる国』のほうが有利である。国民にとっては幸福度が数倍上がる。だから、今の国民はがんばって早く政府を倒して『道徳に従って科学をやる国』を作る団体を建てねばならない。

[21600] 戦後になって道徳と科学が出会った。 h26.11.15
戦後になってテレビや電気冷蔵庫や電気洗濯機などの文明の利器が出来た。人の心を満足する科学の産物が出来た。科学と道徳の共通部分(科学∩道徳)が出来た。
戦後になって、人間は自分の心を満足するために科学を使うようになった。人間は科学を使って自分の心を満足するようになった。道徳と科学が出会った。東洋文化と西洋文化が出会った。世界文化が生まれた。
今の人は毎日朝から晩まで文明の利器を使って生活している。だから、今の人は世界文化をやっている。世界文化が現代文化である。今の人は自分で『科学と道徳が両方ある国』を作っている。今の人は世界文化の国に浸[つ]かって暮らしている。
ところが、政府はヨーロッパ文化の国を作っている。政府は「科学があって道徳がない国」を作っている。「科学があって道徳がない文化」の国を作っている。政府は開国して外国から科学を取り入れる傍[かたわ]ら、国民に命令して悪いことをやらせたり自分でも悪いことをやったりして国民を不幸にしている。政府は物やお金だけあって人の心を満足しない国を作っている。政府は今の国民と違う文化の国を作っている。政府は国を作る団体である。国を作る団体は国民と同じ文化の国を作らなければならない。だから、今の国民は政府を倒さなければならない。これまで、国民はずっと自分と違う文化の国を作る団体を倒してきたから、今の国民もそうしなければならないのである。ただし、国民が暴力を使って国を作る団体を倒そうとすると、逆に国を作る団体が正当防衛で国民に暴力をふって国民が倒されるから、国民は平和的な手段で国を倒さねばならない。つまり、国民は国を作る団体にお金(税金)を払わないようにして国を作る団体を倒さねばならない。



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