[19501] どうして政府は国民から税金を取るのか? h25.11.27
政府が身分制をやっているからである。
しかし、今は平等制の時代である。平等制が正しく身分制がまちがっている。
だから、国民は政府に付き合って身分制をやらなくていい。身分制をやってはいけない。
国民は政府に従わなくていい。国民は政府の命令を聞かなくていい。国民は政府に税金を払わなくていい。
平等制では国民は政府と平等にしないといけない。国民は政府の命令を聞いてはいけない。国民は自分の仕事に関してだけ政府からお金をもらって政府に仕事をすればいいのである。
[19502] 今の政府が身分制をやっているのはまちがっている。 h25.11.27
昔は身分制の時代だった。身分制が正しかった。政府は上の者をやらねばならなかった。政府は国民のために役に立つことをやってはならず、国民に命令して国民から税金を取ったり国民に嫌なことをやらせて国民を虐[いじ]めなければならなかった。政府は国民の反乱を防ぐために、民主主義の芝居をやって国民に頭を下げて国民の機嫌[きげん]をとっていた。[民本[みんぽん]主義というと政府が実際に国民に従わねばならない感じがするが、民主主義というと政府が形の上で国民に従うだけでいい感じがするから、身分制では民本主義よりも民主主義のほうが適切なのである。]
今は平等制の時代である。平等制が正しい。身分制はまちがいである。政府は上の者をやってはいけない。それなのに、今でも政府が身分制をやっている。政府はまちがっている。だから、国民は政府といっしょに身分制をやってはいけない。国民は政府の命令を聞いてはいけない。国民は政府の命令で政府に税金を払ったり、国家宗教でわけがわからないことをやってはいけない。
今は平等制の時代だから、国民は政府と平等にしないといけない。国民は政府の命令を聞く必要がない。国民は自分の仕事に関してだけ政府からお金をもらって政府に仕事をすればいい。国民は自分の仕事以外のことを他人にする必要がない。
[19503] 政府の法律はまちがっている。 h25.11.27
政府の法律には、政府が国民に命令して国民からお金を取ったり国家宗教で国民に嫌なことをやらせて国民を虐[いじ]めたりすることができることが書かれている。
つまり、政府の法律は身分制の法律である。
しかし、今は平等制の時代である。身分制はまちがっている。
だから、政府の法律はまちがっている。政府の法律は無効である。
国民は政府の法律を守らなくていい。国民は政府に税金を払ったり政府の命令で嫌なことをやったりしなくていい。
昔は身分制の時代だったから、身分制の法律があればよかった。政府が身分制の法律を定めて、みんなは政府の定めた法律を守ればよかった。
今は平等制の時代だから、平等制の法律がなければならない。みんながみんなと平等である法律がなければならない。みんなが平等制の法律を守らねばならない。政府の法律は身分制の法律だから、みんなは政府の法律を守ってはいけない。
この世には多数決の原理はない。人間は真実に従えばいいだけである。今では平等制が正しいことになっている。だから、たとえ国民みんなが今の政府の法律を認めていても、今の政府の法律は平等制に反しているからいけない。国民は政府の法律を守ってはいけない。国民は政府の法律を守るのをやめねばならない。そもそも多数決の原理は、政府が民主主義の芝居をやるためにでっち上げた原理であって、正しい原理ではない。実際に、多数決の原理で決めた法律はこれまでにひとつもない。
政府は民主主義の芝居をやって形の上で国民に頭を下げているだけで、実際には身分制の法律を定めている。政府は平等制の法律を定めていない。
政府は上の者をやる機関である。政府は国民に平等制に反した命令をする。だから、国民は政府の命令を聞かなくていい。政府は平等制に反した法律を定める。だから、国民は政府の法律を守らなくていい。[政府は国民みんなに守らせている命令を法律にしているのである。政府は個人に対して出す命令は法律にしていないのである。]将来、国民と平等な政治機関が出来てから、国民は政治機関の命令を聞けばいい。国民は政治機関の法律を守ればいい。
[19504] 宗教とは何か? h25.11.27
宗教とは、神を上の者とする身分制である。
宗教家自身は神ではないが、神の次に上の者なので国民よりも上の者なので国民に命令できるのである。
昔の人は身分制を信じていたから、自分が信じる神を神とする宗教団体に入っていたのである。宗教家の命令を聞いていたのである。
今の人は身分制を信じていないから、宗教団体に入らなくなって、宗教家の命令を聞かなくなったのである。
そもそも神とは超常現象の近くにいた人である。昔は科学が未発達で超常現象が理解できなかったから、超常現象の近くにいた人が神にされたのである。超常現象の近くにいた人が“人間を超えた力”を使って超常現象を起こしたと考えられていたのである。しかし、今は科学が発達して超常現象が理解できるようになったから、もはや超常現象の近くにいた人が神にされることはない。今では神が死んだのだ。今では神も身分制もなくなったから宗教もなくなったのだ。
[19505] 身分制と平等制では決まりが違う。 h25.11.27
身分制では下の者は上の者に従わねばならない。下の者は上の者の命令を聞いてお金をあげたり嫌なことをやったりしなければならない。下の者は上の者に何をされても文句を言ってはいけない。ただし、同じ身分の者同士は平等である。同じ身分の者同士では命令を聞く必要はない。同じ身分の者同士では人権を侵されたら文句を言える。
平等制では人間はみな平等である。人間に身分はない。上の者も下の者もない。みんながみんなの命令を聞く必要がない。みんなが自由である。みんながみんなの人権を守らねばならない。みんながみんなのために役に立つ仕事をやって交換にみんなからお金をもらって暮らさねばならない。
昔は身分制の社会だった。政府は上の者だった。国民は下の者だった。国民みんなは政府に従っていた。政府は国民の役に立つことをせず、国民に命令して国民からお金を取って国民に嫌なことをやらせて国民を虐[いじ]めていた。一方、国民同士は平等に仲良くやっていた。国民同士は他人のために役に立つ仕事をやって交換に他人からお金をもらって暮らしていた。
今は平等制の社会である。今の政府は平等制の社会の中で一人だけ身分制をやっている。政府は昔と同じように国民のために役に立つことをせず、国民に命令して国民からお金を取って国民に嫌なことをやらせて国民を虐めている。今の政府は民主主義の芝居をやって国民に頭を下げながら上の者をやっている。政府が国民に頭を下げようが下げまいが、政府が身分制をやっていることに変わりはない。政府は自分が上の者であるまちがった法律を定めて身分制をやっている。政府は平等制に反する法律を定めているから政府が悪い。政府はまちがった法律を定めているから国民は政府の法律を守らなくていい。国民は政府の法律よりも平等制を守ればいい。政府は平等制に反する法律を定めているから、政府が悪いから、国民は政府の法律を守らなくていい。今の社会の原理は平等制であって政府ではない。政府は社会の原理に反する法律を定めている。だから、政府がまちがっている。平等制が正しくて、政府がまちがっている。この世には多数決の原理はない。多数決の原理は政府がでっち上げた嘘[うそ]の原理である。本当は、人間は真実に従えばいいだけである。今では平等制が真実である。だから、たとえ国民全員が政府の法律を認めていても、自分は平等制に従って、政府の法律を破ればいい。政府は人間の法律を守る習性を利用して、まちがった法律を定めて国民にまちがった法律を守らせているだけである。国民は政府の法律にかまわずに、自分が平等制を守って正しくやればいい。平等制の社会ではみんなが平等制を守らねばならない。政府は平等制を守っていない。政府が悪い。そもそも平等制の社会では、他人に命令する者はいない。他人に命令して他人からお金を取って他人に嫌なことをやらせる者はいない。みんなが他人の命令を聞かなくていい。国民は政府の命令を聞かず政府に税金をやらず政府を倒せばいい。国民は政府を倒して、世の中から身分制をやる者をなくさねばならない。
要するに、今の政府は身分制をやっている。政府は民主主義の芝居をやって国民に頭を下げて国民の機嫌[きげん]をとりながら身分制をやっている。国民は政府の芝居に騙[だま]されて政府が身分制をやることを許してはいけない。国民は政府が身分制をやることを許さず、政府を倒さねばならない。
要するに、今は平等制の社会だから、みんなが平等制をやらねばならない。みんながみんなと平等にしなければならない。国民は政府と平等にしなければならない。国民は政府の命令を聞いてはいけない。国民は政府の命令で政府に税金を払ったり嫌なことをやったりしてはいけない。国民は政府に税金を払わないようにして、政府を倒さねばならない。
[19506] 平等制の社会には命令はない。 h25.11.27
今は平等制の時代である。今では平等制が正しいことになっている。今ではみんなが平等制を守らなければならない。
ところが、政府は一人で上の者をやっている。政府は平等制に反している。
だから、みんなで政府をなくさねばならない。
平等制の社会には命令はない。他人に命令する者はいない。他人の命令を聞く必要がない。だから、国民は政府の命令を聞かず、政府に税金を払わず、政府をなくさねばならない。
平等制の社会ではみんなが他人のために仕事をして交換に他人からお金をもらっている。みんなは他人のために仕事をするだけで、他人の命令を聞く必要がない。みんなは自由に暮らせばいいのである。
今では政府が一人で身分制をやっている。政府が一人で国民にギャアギャアうるさく命令している。政府は余計なお邪魔虫[じゃまむし]である。みんなで政府を倒して、平等制を守らない者を世の中からなくさねばならない。
政府は身分制の化身[けしん]である。今では身分制が滅んでいる。だから、政府も滅ばねばならないのだ。
[19507] 大正デモクラシー h25.11.27
大正デモクラシーは、政府が平等制を抑えるために打った芝居である。
政府はまた多数決の原理を定めて、新しく生まれた平等制を抑えようとした。
しかし、人間が真理に従う意思のほうが政府に従う意思よりも強かった。
そのため、政府のさまざまな妨害にもかかわらず、結局平等制が正しい社会理論として認められるに至ったのである。
今では平等制が正しい。政府は身分制をやっている。政府が悪い。だから、みんなで悪者の政府を倒さねばならない。人間は正義を助け、悪を挫[くじ]くものである。だから、今の国民は政府を倒せばいいのである。正々堂々と脱税して政府を倒せばいいのである。
[19508] 今の国民は平等制をやればいい。 h25.11.28
この世には多数決の原理はない。多数決の原理は政府のでっち上げである。だから、人間は正しいことをやればいいだけである。
今は平等制の時代である。今は平等制が正しいことになっている。
だから、今の国民は平等制をやればいい。
今の政府は身分制の法律を定めているが、政府の法律はまちがっているから、国民は政府の法律を守らず、ひたすら平等制をやればいい。たとえ国民全員が政府の法律を認めていても、政府の法律は平等制に反していてまちがっているから、国民は政府の法律を守らず、平等制を守ればいい。
平等制では人間はみな平等である。上の者も下の者もない。みんながみんなの役に立つことをする。みんながみんなに命令しない。みんながみんなを虐[いじ]めない。みんながみんなの役に立つ仕事をして交換にみんなからお金をもらって暮らさねばならない。
だから、国民は政府と平等にしないといけない。国民は政府を上の者と考えてはいけない。国民は政府の命令を聞いてはいけない。国民は政府の命令を聞かず政府に税金を払ってはいけない。国民は政府の命令を聞かず自分が嫌なことをやってはいけない。国民は政府に税金を払わないようにして政府を倒せばいい。
今では人間はみな平等だから、上の者がいないから、国民は政府を普通の国民と同じだと考えて、政府と対応しなければならない。だから、国民は政府の命令を聞いて政府に税金を払ったり自分が嫌なことをやったりしてはいけない。国民は政府の命令を無視して政府に税金を払わず自分が嫌なことをしなければいい。そうすれば、政府は潰[つぶ]れてなくなるだろう。
今は平等制の社会である。今の平等制の社会の中に、政府という上の者をやる団体が残っているだけのことである。政府は国民にいろんな嘘[うそ]をついて国民を騙[だま]して国民に政府を倒さないようにさせて、今でもしぶとく生き残っているのである。国民みんなで政府の嘘を見破って政府を倒して上の者のいない社会にしなければならない。
[19509] 今の国民は政府を普通の国民と同じだと考えればいい。 h25.11.28
今は平等制の時代である。人間はみな平等である。
今では人間はみな平等だから、上の者がいないから、国民は政府を普通の国民と同じだと考えて、政府と対応しなければならない。
国民は国民に対して命令しない。国民は国民に対して命令してお金を取ったり嫌なことやわけがわからないことをやらせたりしない。国民は国民の命令を聞かない。国民は国民の命令を聞いてお金を払ったり嫌なことやわけがわからないことをやったりしない。国民は国民に対して役に立つ仕事をして交換にお金をもらわねばならない。国民は国民と自由に契約して国民に仕事をしてもらって国民にお金を払えばいい。
だから、国民は政府の命令を聞かない。国民は政府の命令を聞いて政府にお金を払ったり嫌なことやわけがわからないことをやったりしなくていい。国民は政府と自由に契約して政府に仕事をしてもらって政府にお金を払えばいい。
国民は政府に税金を払わないようにして政府を倒さねばならない。国民のために役に立つことをせず、国民に命令して国民からお金を取ったり国民に嫌なことをやらせる者をなくさねばならない。
[19510] 多数決の原理はない。☆☆ h25.11.28
今の政府は国民に多数決の原理があると言って、今の国民みんなが政府の法律を認めているからと言って、国民から税金を取ったり国民に国家宗教で嫌なことを命令することを正当化して、国民から税金を取ったり国家宗教で国民に嫌なことをやらせている。
しかし、本当はこの世には多数決の原理はない。多数決の原理は政府が作った嘘[うそ]の原理である。
政府は嘘の原理を作って、国民を騙[だま]して、本来やってはいけないことをやっているのである。
本当はこの世には多数決の原理はない。いくら多数がまちがったことを認めているからといって、まちがいが正しいことにはならない。人間は正しいことをやればいいだけである。
今では平等制が正しいから、国民は平等制をやればいい。政府の法律は政府と国民が不平等な身分制の法律である。いくら国民みんなが政府の法律を認めているからと言って、政府の法律が正しいことにはならない。国民は平等制をやって、政府と平等にして、政府の命令を聞かないようにして政府に税金を払ったり嫌なことをやったりしなければいいのである。
今の政府は多数決の原理という嘘の原理を定めて国民を騙してやってはいけないことをやっている。国民は政府の嘘に騙されないようにして政府にやってはいけないことをやらせてはいけない。
[19511] どうしてバイク乗りは不良なのか? h25.11.28
バイク乗りが不良なのは考えないからである。
考えることが好きな者は動くことが嫌いである。動くことが好きな者は考えることが嫌いである。
バイク乗りは動のが好きだから考えることが嫌いである。
人間は考えることによって道徳を知る。人間は自分で自分を見ることによって道徳がわかる。
バイク乗りは考えるのが嫌いだから道徳を知らない。
だから、バイク乗りは不良なのである。
アジア人は農耕民族である。農耕民族は動かない。だから、アジア人は考えるのが好きである。だから、アジア人は道徳がある。アジア人は眼で見て身体を動かすことが嫌いだが、頭で考えることが好きである。
ヨーロッパ人は狩猟民族である。狩猟民族は動く。だから、ヨーロッパ人は考えることが嫌いである。だから、ヨーロッパ人は道徳がない。ヨーロッパ人は眼で見て身体を動かすのが好きだが、頭で考えるのが嫌いである。
[19512] ニュートンはどうしてのろまだったのか? h25.11.28
ニュートンは子供の頃からのろまだと言われて馬鹿にされていた。
考えることが好きな者は動くことが嫌いである。動くことが好きな者は考えることが嫌いである。
天才は考える喜びで生きているから動くことが嫌いである。だから、ニュートンはのろまだったのである。
ヨーロッパは馬鹿が多いおかげで科学が得意で産業が発達してお金持ちなので天才を支えられるので発展するのである。ヨーロッパ人は平均的には馬鹿だが、みんなが天才にお金をやって天才が考えることを助けるので天才が才能を伸ばして才能を発揮できるのである。天才の成果を産業に活かしてますます国が発展するのである。
反対に、日本は利口が多いおかげで科学が苦手で産業が遅れて貧乏なので天才を支えられないのであまり発展しないのである。日本人は平均的に利口だが、みんなが天才にお金をやらず天才が考えることを助けないので天才が才能を伸ばせず凡才で終わるのである。天才の成果を産業に活かせないから国が発展しないのである。
ヨーロッパはピラミッド型社会だからうまく行く。大勢の馬鹿が少数の利口を支える社会だから発展する。反対に、アジアは逆さピラミッド型社会だからうまく行かない。大勢の利口が少数の馬鹿にたかる社会だから発展しない。[ピラミッド型社会は身分制と形は似ているが身分制ではない。利口は馬鹿よりも上の者ではない。利口と馬鹿は平等である。ピラミッド型社会では馬鹿が利口にお金をやって利口に援助するだけである。一方、身分制では上の者が下の者の役に立つことをせず、上の者が下の者からお金を取って下の者を虐[いじ]めるのである。]
要するに、ヨーロッパは眼の文化であり、アジアは頭の文化である。ヨーロッパは物がいいことに価値があり、アジアは考えが正しいことに価値がある。アジアにとってヨーロッパは道具にすぎない。この世が科学がすべてなら、たしかにヨーロッパがアジアよりも上である。しかし、実際にはこの世は科学がすべてではない。だから、ヨーロッパはアジアよりも上ではない。
日本は貧乏な国である。日本は貧乏な社会構造だから貧乏である。日本が貧乏なのは仕方がない。しかし、貧乏人が不幸とはかぎらない。日本人は貧乏でも幸福に暮らせる道を探さねばならない。
[19513] 法律は社会の原理と論理で決まる。 h25.11.28
法律は社会の原理で決まるのであって、多数決で決まるのではない。
物理学の原理を具体的条件に適用して具体的な物理法則が得られるように、社会の原理を具体的状況に適用して具体的な法律が得られるのである。多数決の出る幕はない。
「多数決の原理」は、政府が世の中に馬鹿が多いことを活かしてまちがったことを決めるために政府が作り出した嘘[うそ]の原理である。馬鹿は眼で見ることがわかるだけで頭で考えることがわからない。馬鹿には正しいこととまちがったことの区別がない。馬鹿は法律の言葉の意味がわからない。馬鹿は税金の法律や国家宗教の法律が平等制の原理に反していることがわからない。だから、馬鹿は今が平等制の時代であるにもかかわらず税金の法律や国家宗教の法律を認めるのである。政府は国民みんなに「多数決の原理」を信じさせることによって、利口を馬鹿に従わねばならないことにさせて、利口にも税金の法律や国家宗教の法律を守らせているのである。政府は国民みんなに「多数決の原理」を信じさせるために、わざわざ国中で選挙をやって国会議員を500人も置いているのである。実際に、今の政府は「多数決の原理」を使って、平等制に反するまちがった税金の法律や国家宗教の法律を定めて、国民に守らせているのである。
本当は「多数決の原理」はまちがいである。真実は多数決で決まるのではなく、原理と論理で決まるのである。
今の社会の原理は平等制である。今では平等制が正しい社会の原理だと考えられている。平等制の社会では、みんながみんなと平等である。みんながみんなに命令しない。みんながみんなを虐[いじ]めない。みんながみんなに役に立つ仕事をやって交換にみんなからお金をもらって暮らしている。今では政府と国民は平等である。だから、政府は国民に命令して国民からお金を取ることができないし、政府は国民に命令して国民に国家宗教で嫌なことをやらせて国民を虐めることができない。政府は国民のために役に立つ仕事をせずに、国民に命令して国民からお金をもらうことはできない。税金の法律や国家宗教の法律は平等制に反するからまちがっている。だから、みんなは税金の法律や国家宗教の法律を守らなくていい。
今の政府は「多数決の原理」を使って税金の法律や国家宗教の法律を決めている。「多数決の原理」は政府の嘘である。だから、国民は政府の嘘に騙[だま]されないようにして、税金の法律や国家宗教の法律を守ってはいけない。
昔の政府は身分制を使って税金の法律や国家宗教の法律を定めていたが、今の政府は嘘を使って税金の法律や国家宗教の法律を定めている。昔の政府は上の者だったが、今の政府はただの詐欺[さぎ]会社にすぎない。
今の政府は国民を嘘で騙して国民からお金を取って儲[もう]ける会社である。国民を虐める会社である。しかし、今の平等制の社会ではみんなは嘘をついてはいけない。だから、政府は嘘をついてはいけない。国民は政府の嘘に騙される必要はない。だから、今の国民は政府の税金の法律や国家宗教の法律を守らず、政府に税金を払わず、政府を倒せばいいのである。
[19514] どうして人間に幽霊が見えるか? h25.11.28
人間が怖い怖いと思っていたら、ただの枯れ木が幽霊に見える。
幽霊は人間の恐怖心が見せた幻覚である。
それと同じように、人間がイライラしていたら、ただの雑音が自分の悪口に聞こえる。精神分裂病ではいつも腹が立っているから、ただの雑音が自分の悪口に聞こえて悪口を止[と]めようとさせて暴れまわるのである。精神分裂病者は特に幻聴でなくても実際の雑音を聞いただけでも暴れまわるのである。
自分の悪口は人間の怒りの感情が聞こえさせた幻覚である。
もっとも、人間には幻聴もある。精神分裂病者は怒りの感情が高まっているから、ただの幻聴に対して怒り狂って暴れまわるのである。ただの幻聴を自分の悪口だと勝手に想像して怒り狂って暴れるのである。具体的に何を言っているのかよくわからない幻聴を自分の悪口だと勝手に決め付けて怒って暴れるのである。そもそも精神分裂病者が怒りの感情が高まっているのは、自分で自分の怒りの感情を興奮させすぎたからである。だから、自分の感情を興奮させすぎてはいけない。
感情は人間が生まれつき持っている実在についての知識である。感情は実在についての先天知である。感情は曖昧[あいまい]でまちがいが多い。感情では正しいことがわからない。だから、自分の感情にとらわれてはいけない。自分の感情に対して客観的に見れることが大事である。感情を使うよりも頭(知覚)を使わねばならない。自分の頭を使って物を正しく見ないといけない。
[19515] 今の政府はイカサマ法律会社にすぎない。 h25.11.29
政府はもともとは上の者だった。
戦前は身分制の社会だったから、国民みんなは政府を上の者だと思って政府に従っていた。
しかし、戦後は平等制の社会になって、国民みんなは政府を上の者だと思わなくなった。政府がいくら上の者をやりたくても、国民みんなが政府を上の者だと思わないから、政府は上の者がやれなくなった。
今の国民みんなは政府がただの法律会社だと思っている。
今の政府は「多数決の原理」という嘘[うそ]の原理を定めて、平等制に反する税金の法律や国家宗教の法律を定めて、国民に平等制に反する税金の法律や国家宗教の法律を守らせている詐欺[さぎ]会社である。
「多数決の原理」は政府の嘘だから、今は平等制の時代だから、国民は政府の税金の法律や国家宗教の法律を守らなくていい。国民は平等制を守って、政府と平等にすればいい。国民は政府の平等制に反する法律を守らず、政府に税金を払わず、政府を潰[つぶ]せばいい。
戦後に身分制がなくなった。政府の上の者をやる団体は戦後滅んだ。今では政府の民主主義の芝居をする団体が嘘の法律を定めて国民を騙[だま]して国民からお金を取って生き残っているだけである。国民はさっさと政府を倒して、嘘つきがいない社会にしないといけない。
[19516] 法律は原理と論理で決まる。☆ h25.11.29
昔は身分制の時代だった。昔は政府が上の者だった。
政府は国民の反乱を防ぐために、民主主義の芝居をやって自分が国民みんなに従っているふりをしていた。
政府は自分が国民みんなに従っているふりをするために「多数決の原理」を決めていた。政府よりも国民みんなのほうが人数が多いから、「多数決の原理」では政府が国民みんなに従うことになるからである。
政府は自分が国民みんなに従っているふりをするために間接民主制で法律を決めていた。
しかし、政府は実際には自分の独断で法律を決めたり国民に命令を出したりしていた。政府は自分の独断で決めた命令を国民みんなで決めた命令だと嘘[うそ]を言って国民みんなに守らせていた。
政府は税金の命令や国家宗教の命令(国家宗教の神の情報を使ったことなら何でも国民にやらせられる命令)を民主主義で決めた法律だと嘘を言って国民みんなに守らせていた。
今は平等制の時代である。今では政府は上の者ではない。
今の政府は間接民主制をやって自分が国民みんなに従っているふりをしながら、じつは自分の独断で法律を決めている。政府は憲法改正の手続きを定めて、自分が国民みんなに従っているふりをしている。
政府は今でも昔と同じように税金の法律や国家宗教の法律を決めている。
今の政府は「多数決の原理」で法律が決まるものとして法律を決めている。
政府は「多数決の原理」を使って、国民の大半が税金の法律や国家宗教の法律を認めているからと言って、税金の法律や国家宗教の法律が正しい法律であることにして国民みんなに税金の法律や国家宗教の法律を守らせている。
しかし、「多数決の原理」はまちがいである。いくら国民みんなで決めたからといってまちがった法律はまちがった法律である。
「多数決の原理」は政府がまちがった法律を決めるためにあるのである。政府は自分がまちがった法律を決めるために「多数決の原理」を決めたのである。政府は多数決の短所を利用して、まちがった法律を決めているのである。
「多数決の原理」は政府がでっち上げた原理であって、本当はそんな原理はない。本当は、法律は多数決で決まるのではなく、単純に原理と論理で決まるのである。
今は平等制の時代だから、平等制の法律がなければならない。税金の法律や国家宗教の法律は平等制に反するからあってはいけない。
だから、今の国民は政府の税金の法律や国家宗教の法律を守らなくていい。政府に税金を払わないようにして政府を倒せばいい。
[19517] よく働く者ほどよく儲[もう]かる。 h25.11.29
今は平等制の社会である。みんなが平等である。みんなが他人に仕事をして交換に他人からお金を取っている。
だから、今の社会ではよく働く者ほど他人からたくさんお金を取れて儲かる。国民の財産は国民の仕事の量に比例する。
今は平等制の社会だから、国民に命令して国民の財産を奪う者はいない。だから、国民は安心して働けばいい。
[19518] 政府はまちがった法律を定める悪い法律会社である。 h25.11.29
今は平等制の社会である。今では平等制が正しいことになっている。
だから、みんなは平等制を守ればいい。みんなはみんなと平等にすればいい。みんなは他人に従わなくていい。みんなは他人の命令を聞かなくていい。みんなは他人の命令を聞いて他人にお金をやったり嫌なことをやったりしなくていい。みんなは他人に仕事をしなければならない。みんなは他人の役に立つ仕事をして交換に他人からお金をもらえばいい。
ところが、政府は「多数決の原理」を使って、まちがった法律を定めて、国民にまちがった法律を守らせて、国民からお金を取って国民に嫌なことをやらせて国民を虐[いじ]めている。政府は多数決の欠点を利用して、まちがった法律を定めて、国民からお金を取って儲[もう]けて国民を虐めている。
政府はまちがった法律を定めているから、国民は政府の法律を守ってはいけない。
政府は多数決の欠点を利用してまちがった法律を定めて国民からお金を取って儲ける悪い法律会社である。国民は政府の税金の法律を守らないようにして、政府にお金をやらないようにして、政府を倒さねばならない。
[19519] 昔は宗教団体はどうやって儲[もう]けていたか? h25.11.29
昔は身分制の時代だった。みんなが身分制を信じていた。
そこで、宗教団体は神(ニセモノの超能力者)を設けて、神を上の者とする身分制をやった。昔の国民は身分制を信じていたので、上の者に従わねばならないと思っていたので、自分が気に入った神の宗教団体に入っていた。宗教団体の命令でお金を払って多少の命令を聞いていた。
宗教団体の場合は、政府と違って競争相手がたくさんいるので、とにかくみんなの人気を取らねばならなかった。人気のある宗教団体は儲かったが、人気のない宗教団体は潰[つぶ]れた。
つまり、宗教団体とは身分制を使って儲ける団体だったのである。
しかし、今は平等制の時代である。今では身分制はない。今ではみんなが身分制を信じていない。
そのため、今の宗教団体は滅んでいる。今では宗教団体に従わねばならないと思っている国民がいないので、宗教団体は国民に命令できないので、国民からお金を取れなくなって潰れている。
週刊誌に「今の宗教団体が景気がいい」と書いているのは嘘[うそ]である。奇をてらって変な記事を載せて週刊誌を売ろうとしているのである。週刊誌を真[ま]に受けて宗教団体をやった者は大赤字である。週刊誌は写真で描[か]いたマンガである。だから、週刊誌を本気にしてはいけない。
今は身分制がないから宗教団体は儲からない。今では宗教団体は潰れているのである。
[19520] 昔は暴力団はどうやって儲[もう]けていたか? h25.11.29
昔は身分制の時代だった。みんなが身分制を信じていた。
そこで、暴力団は国民を暴力で脅[おど]して、自分が上の者になっていた。昔の社会には“暴力による身分制”があったので、暴力をふれる者がふれない者よりも上の者だったのである。暴力団は上の者だったので、国民の役に立つことをせず、国民に命令してお金を取ったり国民に嫌なことをやらせて虐[いじ]めていたのである。
しかし、今は平等制の時代である。みんなが身分制を信じていない。
そのため、今では“暴力による身分制”がなくなっている。今では暴力団は国民よりも上の者ではない。今では国民は暴力団に従わなくなっている。
今では暴力団は国民に命令できなくなっている。国民に命令して国民からお金を取れなくなっている。今では暴力団は法律違反スレスレのことをやってしがないお金を稼[かせ]いでいる。
[19521] 政府はまちがった法律を定める悪い法律会社である。 h25.11.29
法律は『原理と論理』で決まる。それが正しい法律である。
今では平等制が正しい社会の原理だから、平等制に基づいて法律を定めねばならない。みんながみんなと平等である法律にしないといけない。みんなが特定の者に従わない法律にしないといけない。平等制によれば政府と国民は平等だから、国民は政府の命令を聞かなくていい。国民は政府の命令で政府に税金を払ったり自分が嫌なことをやったりしなくていい。国民は政府と自由に契約して政府に仕事をやってもらって政府にお金を払えばいい。それが正しい法律である。
それなのに、政府は「多数決」で法律が決まるとして、多数決の欠点を利用してまちがった法律を定めている。政府は選挙で悪い人間に立候補させて、国民の投票による多数決で国民に悪い議員を選ばせて、悪い議員に多数決でまちがった法律を定めさせている。そうやって政府は税金の法律や国家宗教の法律などのまちがった法律を定めて、国民からお金を取って国民に国家宗教の命令を出して国民に嫌なことをやらせて国民を虐[いじ]めている。
政府はまちがった法律を定める悪い法律会社である。だから、国民は政府の定めた法律を守ってはいけない。
国民は政府の法律を無視して政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]せばいい。国民は平等制を守って暮らせばいい。国民はたとえ具体的な法律を知らなくても、平等制の原理を守っていれば自然に正しく暮らすことができる。
国民は早くまちがった法律を定める政府を潰して、正しい法律を定める善[い]い法律会社に建ってもらって正しい法律を守って暮らさねばならない。
[19522] 今の政府は身分制がなくても上の者をやっている。☆ h25.11.29
昔は身分制の時代だった。政府は上の者だった。政府は国民の機嫌[きげん]をとって国民に倒されないようにするために民主主義の芝居をやっていた。
今は平等制の時代である。政府は上の者ではなくなった。今では政府の民主主義の芝居をする団体が多数決を利用してまちがった法律を定めて国民から税金を取って儲[もう]けている。国民に嫌なことをやらせて国民を虐[いじ]めている。
政府はそもそも上の者である。平等制に反する団体である。そのため、今の政府の民主主義の芝居をする団体も平等制に反する法律を定めているのである。今の平等制の時代には政府があってはならない。
政府の法律は平等制に反している。政府の法律はまちがっている。だから、今の国民は政府の法律を守らないようにして、政府に税金を払わないようにして、政府を倒せばいいのである。
昔の政府は身分制で上の者をやっていた。今の政府は多数決の欠点を利用して上の者をやっている。今の政府は身分制がなくなってもしぶとく上の者をやっている。
今の政府は国民に嘘[うそ]をついて「多数決で法律が決まる」ことにして多数決の欠点を利用してまちがった法律を定めている。しかし、本当は『原理と論理で法律が決まる』のである。国民は政府の嘘に騙[だま]されないようにして、政府のまちがった法律を守らないようにして、政府を倒さなければならない。
[19523] どうして昔の人は身分制が正しいと考えていたか? h25.11.29
昔の人は幽霊がいると思っていた。幽霊は人間の“恐怖心”が作り出した幻覚である。
それと同じように、昔の人は上の者がいると思っていた。上の者は人間の“服従心”が作り出した幻覚である。
つまり、昔の人は自分の心で物を見ていたから幽霊とか上の者とか実在しない者が見えていたのである。人間の心には生まれつき恐怖心や服従心があるから幽霊や上の者が見えていたのである。
反対に、今の人は頭で物を見るから幽霊や上の者が見えなくなったのである。人類の文明が高くなって人間が頭で物を見るようになると自然に幽霊や上の者がいなくなるのである。実在の世界にはもともと幽霊や上の者がいないから、頭で見ると幽霊や上の者がいないのである。
[19524] 国会議員は悪人である。 h25.11.29
国会議員は悪人である。なぜなら、国会議員がまちがった憲法を改正しないからである。
今は平等制の時代だから、税金の法律や国家宗教の法律がまちがっていることは明らかである。国会議員は憲法改正の手続きによってまちがった憲法を改正できるはずである。それなのに、実際には国会議員は憲法を改正しない。だから、国会議員は悪人である。
そもそも「多数決」で法律を決めることがまちがっているのである。法律は『原理と論理』で決めるのが正しいのである。多数決で法律を決めるから、まちがった法律が決まるのである。だから、多数決で法律を決めてはいけない。法律は必ず原理と論理で決めねばならない。どうしても原理と論理でわからない場合にだけ、やむを得ず多数決を使うことにすればいい。
今は平等制の時代である。今では平等制が正しい。平等制では人間はみな平等である。国民と政府も平等である。だから、政府は国民に命令して国民から税金を取れない。政府は国民に命令して国民に嫌なことをやらせられない。だから、国民は政府の命令を聞いて政府に税金を払ったり嫌なことをやったりしなければいいのである。
『原理と論理』で政府が国民に命令して国民から税金を取れないことや国民に嫌なことをやらせられないことが決まる。だから、政府が国民に命令して国民から税金を取れないことや国民に嫌なことをやらせられないことが正しいのである。政府が国民に命令して国民から税金を取れないことや国民に嫌なことをやらせられないことは正しい法律である。反対に、政府が国民に命令して国民から税金を取れることや国民に嫌なことをやらせられることはまちがった法律である。だから、国民は政府の命令で政府に税金を払ったり嫌なことをやったりしなくていいのである。
政府はまちがった法律を決めている悪い団体である。国民みんなで政府に税金を払わないようにして政府を倒さねばならない。
[19525] 法律は多数決で決めてはいけない。☆ h25.11.29
昔は身分制の時代だった。みんなが身分制が正しいと思っていた。だから、昔の政府が身分制で上の者をやるのはよかった。つまり、政府は国民のために役に立つことをせず、国民に命令して国民からお金を取ったり国民に嫌なことをやらせて国民を虐[いじ]めてよかった。上の者は下の者に対して何をやってもよかったから、上の者が下の者に対して民主主義の芝居をやって下の者を騙[だま]して下の者の反乱を抑えてもよかった。
しかし、今の政府が多数決でまちがった法律を決めて上の者をやるのはいけない。今の政府が多数決の欠点を利用してまちがった法律を決めて上の者をやるのはいけない。
そもそも多数決で法律を決めるのがまちがっている。法律は多数決で決めてはいけない。法律は原理と論理で決めねばならない。法律が原理と論理で決まらない場合にだけ多数決を使うようにしないといけない。原理と論理で正しいことが決まるのに、政府がわざわざ多数決を使ってまちがったことを決めてはいけない。多数決には正しいことが決まらない欠点があるから、多数決はなるべく使わないほうがいい。多数決は極力[きょくりょく]使ってはいけない。
政府が多数決で法律を決めるのがまちがっている。だから、今の政府が多数決でまちがった法律を決めて上の者をやってはいけない。
政府が多数決で法律を決めるのがまちがっている。政府の法律はまちがっている。だから、国民は政府の法律を守らなくていい。国民は政府の税金の法律や国家宗教の法律を守らなくていい。国民は政府の命令で政府に税金を払ったり国家宗教をやったりしなくていい。国民は政府に税金を払わずに政府を潰[つぶ]せばいい。
[19526] 最大多数の最大幸福の原理なんかない。 h25.11.29
「最大多数の最大幸福の原理」なんかない。そもそも人間の心は、人間が生まれつき持っている実在についての知識である。人間の先天知である。人間の心は曖昧[あいまい]でまちがいが多い。人間が自分の心に従うとまちがいが起こる。だから、「最大多数の最大幸福の原理」はまちがいである。「最大多数の最大幸福の原理」なんか守らないほうがいい。
人間は正しいことを守ればいいだけである。心は個人の自由である。心は一人一人違うから、めいめいが自由に自分の心を満足すればいい。
社会の原理と論理で法律が決まる。人間は法律を守らねばならない。あとは個人の自由である。人間は法律を守りさえすれば、自由に自分の心を満足していい。
だから、『社会の原理と論理で法律が決まる原理』があるだけである。国民は社会の原理と論理によって得られた法律を守らねばならない。自分の心を満足するかしないかは個人の自由である。
そもそも「最大多数の最大幸福の原理」は、政府が「多数決の原理」を正当化するために考え出した原理である。両方ともまちがいである。国民は「最大多数の最大幸福の原理」も「多数決の原理」も両方とも忘れて、『社会の原理と論理で法律が決まる原理』を守って正しい法律を守って正しいことをやればいい。
[19527] 政府の法律はまちがっているから、国民は政府の法律を守ってはいけない。
h25.11.30
今は平等制の社会である。今の国民は平等制の法律を守って暮らせばいい。
今の国民は『平等制の原理と論理』で正しい平等制の法律を定めて平等制の法律を守ればいい。平等制では人間はみな平等である。国民と政府は平等である。だから、国民は政府の命令を聞かなくていい。国民は政府の命令で政府に税金を払ったり国家宗教で嫌なことをやったりしなくていい。国民は政府と自由に契約して政府に仕事をしてもらって政府にお金を払えばいい。政府は上の者だから政府は国民の役に立つ仕事をしていないから、国民は政府と契約せずに政府に仕事をしてもらわずに政府にお金を払わずに政府を潰[つぶ]せばいい。政府は上の者だから政府の仕事は国民の役に立つことをせず国民から税金を取って国民を虐[いじ]めることだから、国民は政府と契約せずに政府に仕事をやってもらわずに政府に仕事代を払わなければいいのである。
ところが、政府は「多数決の原理」でまちがった法律を定めている。政府は多数決の原理で身分制の法律を定めて国民に身分制の法律を守らせて国民に下の者をやらせて自分は上の者をやっている。政府は多数決で税金の法律や国家宗教の法律を定めて、国民に税金を払わせたり国民に嫌なことをやらせて国民を虐[いじ]めている。
政府の法律はまちがっているから、国民は政府の法律を守ってはいけない。国民は政府の税金の法律や国家宗教の法律を守ってはいけない。国民は税金の法律を破って政府に税金を払わないようにして政府を倒さねばならない。
[19528] 法律は社会の法則である。☆ h25.11.30
物理学の法則は原理と論理で決まる。
だから、社会の法則も原理と論理で決まる。
物理学の法則を多数決で決めることはない。
だから、社会の法則を多数決で決めることもない。
法律は社会の法則である。
法律は社会の原理と論理で決まる。
法律は多数決では決まらない。
政府が法律を多数決で決めているのはまちがいである。
政府は法律の決め方がまちがっている。だから、政府の法律はまちがっている。
だから、国民は政府の法律を守らなくていい。税金の法律や国家宗教の法律などを守らなくていい。
国民は原理と論理で正しい法律を決めて、正しい法律を守ればいい。
正しい法律は人間の理性によって得られるのであり、多数決によって得られるのではない。
[19529] 国民は自分で正しい法律を考えて正しい法律を守らねばならない。 h25.11.30
政府は多数決でまちがった法律を決めて国民にまちがった法律を守らせて上の者をやっている団体である。
政府はまちがった法律を決めている悪い法律会社である。
政府の法律はまちがっているから、国民は政府の法律を守ってはいけない。
国民は自分で原理と論理で正しい法律を決めて、正しい法律を守らねばならない。
まちがった法律を定める法律会社は国民に無視されて滅びるから、法律会社は正しい法律を定めねばならない。
[19530] 今ではすでに政府と国民は平等である。☆ h25.11.30
今は平等制の社会である。今では平等制が正しいことになっている。
だから、政府と国民は平等である。国民は自由に政府と契約して政府に仕事をしてもらって政府にお金を払えばいい。
今の社会はすでにそうなっているのである。
政府は法律会社である。政府は多数決でまちがった法律を定めて上の者をやる会社である。政府は多数決で平等制に反する税金の法律や国家宗教の法律を定めて、国民から税金を取って国民の役に立つことをせず、国民に嫌なことをやらせて国民を虐[いじ]めて上の者をやっている。
政府はまちがった法律を定める法律会社である。だから、国民は政府と契約しなければいい。
国民は政府と契約せずに政府に仕事をやってもらわずに政府に税金を取ってもらわなければいい。つまり、国民は政府に税金を払わなければいい。国民みんなで政府に税金を払わないようにして政府を倒せばいい。
国民みんなで早く政府を倒して、正しい法律を決める法律会社に建ってもらえばいい。
[19531] 国の法律は国によって違う。 h25.11.30
平等制を国に適用して、その国の法律が決まる。
国によって国の文化や習慣が違うから、国によって法律が違う。
平等制ですべてが決まるわけではない。
国の個性は平等制によってはなくならない。
要するに、平等制では上の者がいなくなるだけである。その他[ほか]のことは変わらない。
[19532] 今の政府は詐欺[さぎ]会社である。 h25.11.30
今は平等制の社会である。今では平等制が正しいことになっている。人間はみな平等である。
ところが、政府は「平等制とは多数決で法律を決めることだ」と国民に嘘[うそ]をついて国民を騙[だま]して、多数決の欠点を利用して平等制に反するまちがった法律を決めて国民にまちがった法律を守らせて上の者をやっている。政府は「平等制の社会では人間がみな平等だから、人間の判断も平等だから、みんなの多数決で物事を決めなければならない」と言って、国民みんなの多数決で法律を決めているのである。
国民は政府の屁理屈[へりくつ]に騙されて、政府の法律が平等制に適[かな]っていると思って、政府のまちがった法律をまじめに守っているのである。国民は頭が弱い。
政府は屁理屈をこねて国民を騙して上の者をやっている。つまり、政府は詐欺[さぎ]会社である。詐欺会社の法律会社である。
国民は詐欺会社に騙されてはいけない。政府は平等制に反するまちがった法律を定めているから、国民は政府の法律を守ってはいけない。
国民は自分で平等制の法律を考えて平等制の法律を守って正しく暮らせばいい。
[19533] 今の国民は政府と契約しなければいい。☆ h25.11.30
今は平等制の時代である。人間はみな平等である。政府と国民は平等である。国民は政府と自由に契約して政府に仕事をやってもらって政府にお金を払えばいい。
ところが、政府はまちがった法律を決める法律会社である。政府の仕事はまちがった法律を決めることである。政府は多数決を使って平等制に反するまちがった法律を決めて国民にまちがった法律を守らせて上の者をやっている。政府は国民から税金を取って国民のために役に立つことをせず、国民に国家宗教で嫌なことをやらせて国民を虐[いじ]めている。
したがって、今の国民は政府と契約しなければいい。今の国民は政府と契約せず政府にまちがった法律を決めてもらわず政府に税金の法律や国家宗教の法律を決めてもらわず政府に税金を払ったり国家宗教をやったりしなければいい。国民は政府の税金の法律を守らず政府に税金を払わず政府を潰[つぶ]せばいい。
国民みんなで早く政府を潰して、正しい法律を決める法律会社に建ってもらえばいい。
政府は国民の反乱を防ぐために民主主義の芝居をやっている。政府は国民が政府の命令に逆らわないようにするために民主主義の芝居をやっている。国民は政府の民主主義の芝居に騙[だま]されないようにして、政府と契約しないようにして政府のまちがった法律を守らないようにして、政府の命令を聞かないようにすればいい。国民は政府に税金を払わず政府を倒せばいい。
[19534] 今の私は国家宗教の神ではない。 h25.12.1
今は平等制の時代である。今では人間はみな平等である。今では国民と政府は平等である。
だから、国民は政府の命令を聞く必要はない。国民は政府の命令が自分の気に入らなければ、政府の命令を断ればいい。
だから、私は政府の「私を国家宗教の神とする」命令を聞かなくていい。私は神を信じないし、自分が宗教団体の神にされるのが嫌だから、私は政府の命令を聞かず国家宗教の神にならない。
だから、今の私は国家宗教の神ではない。政府やその他の者が私を神とする国家宗教をやってはいけない。
国民が自分が国家宗教の神をやりたければ、政府と契約して国家宗教の神をやればいい。ただし、今の私は政府から1円もお金をもらっていないから、国家宗教の神をやったからといって政府からお金がもらえるかどうかわからない。国家宗教の神をやっても、本人にとってはいいことは何もない。
今は平等制の時代だから、みんなが平等制の法律を守らねばならない。平等制の法律では、政府が国民に命令して国民から税金を取ったり国民に嫌なことをやらせて国民を虐[いじ]めたりすることはできない。だから、今の政府が国民から税金を取ったり国民に嫌なことをやらせているのは、政府の独断による命令である。政府は国会を建てて自分の独断による命令を国民みんなで決めた法律であるかのように国民みんなに思わせているのである。
今では人間はみな平等だから、国民は政府の命令を聞かなくていい。国民は自分が政府に税金を払うのが嫌なら、政府に税金を払わなくていい。国民は政府に税金を払わずに政府を倒せばいい。また、国民は政府の命令で国家宗教(国家宗教の神の情報が入ったこと)をやらなくていい。国民は国家宗教をやらずに自分の嫌なことをやらずに政府に虐[いじ]められないようにすればいい。
[19535] 法律は多数決で決めるものではなく、社会の原理と論理で決めるものである。
h25.12.1
今は平等制の時代だから、みんなは平等制の法律を守って暮らせばいい。
政府は国民を騙[だま]して平等制に反するまちがった法律を決めている法律会社である。政府は間接民主制(多数決)を使ってわざとに税金の法律や国家宗教の法律などの平等制に反するまちがった法律を定めて、国民にまちがった法律を守らせて、国民からお金を取ったり国民に嫌なことをやらせたりして国民を虐[いじ]めている。
国民は政府に騙されて政府の法律が平等制の法律だと思って政府の法律を守っている。
本当は、法律は「多数決」で決めるのではなく、『社会の原理と論理』で決めるのである。政府は国民みんなに嘘[うそ]をついて「法律は多数決で決めるものだ」というまちがいを信じさせているのである。本当は、『法律は社会の原理と論理から決まる』のである。平等制の原理と論理から、平等制の法律を決めればいいのである。
今は平等制の時代だから、人間はみな平等だから、国民と政府は平等だから、国民が政府と契約するかしないかは国民の自由である。
政府はまちがった法律を決める悪い法律会社だから、国民は政府と契約せず、政府に法律の仕事をやってもらわず、政府のまちがった法律を守らなければいい。
国民みんなは政府と契約せずに、政府の税金の法律を守らずに、政府にお金をやらずに政府を潰[つぶ]せばいい。
国民は政府を潰して、正しい法律を決める法律会社に建ってもらえばいい。
宇宙の法則は、人間が宇宙の原理と論理で考えて決めるのであって、宇宙の中にある物みんなで多数決をとって決めるのではない。それと同じように、社会の法律は、人間が社会の原理と論理で考えて決めるのであって、社会の中にいる国民みんなで多数決をとって決めるのではない。
[19536] 精神分裂病では脳の中の情報処理の流れがおかしくなっている。 h25.12.1
正常な人間は実在を五感で見て、五感を知覚で見て、知覚を心で見ている。
ところが、感情が高まっているときには、知覚が疲れているときには、人間は実在を五感で見て、五感を心で見ている。知覚が働いていない。
人間が五感を直接に心で見るようにすると馬鹿になる。その上に、テレパシーを使おうとすると精神分裂病になる。精神分裂病では、テレパシーを心で見るから、テレパシーの悪口に過敏に反応してテレパシーで自分に悪口を言う者を殺そうとして暴れまわるのである。
正常な人では、実在→五感→知覚→心の順に情報処理が流れるのに、精神分裂病の人では、知覚がすっ飛ばされて実在→五感→心の順に情報処理が流れている。精神分裂病では情報処理の流れの中に知覚が入っていかず、知覚が働かなくなっている。
つまり、精神分裂病とは早発性痴呆[そうはつせいちほう]なのである。人間が他人がやっていることをイライラ感情で見て、テレパシーで他人がやっていることをやめさせようとすると、精神分裂病に罹[かか]る。
人間が五感を心で見て知覚で見なければ馬鹿になる。反対に、人間が五感を知覚で見て心で見なければ利口になる。人間が自分の馬鹿を直すには自分の知覚を使うしかない。「馬鹿は死ななきゃ直らない」のはまちがいである。迷信である。人間が自分の知覚を鍛[きた]えて自分の知覚を発達させて強めれば、馬鹿は直る。
だから、人間が自分の知覚を鍛えて、五感を知覚で見てから知覚を心で見るようにして、五感を直接に心で見ないようにすれば、テレパシーが知覚のフィルターを通過するときに悪口が無視されて消えるので心まで届かなくなって心がテレパシーの悪口に反応しなくなるのである。精神分裂病が治るのである。
[19537] 今の国民みんなは政府の法律を守ってはいけない。 h25.12.1
今は平等制の社会である。今では平等制が正しいことになっている。
今の国民みんなは平等制の原理と論理で正しい平等制の法律を考えて平等制の法律を守って暮らさねばならない。今の国民みんなはみんなと平等にしなければならない。今の国民みんなはみんなの役に立つ仕事をやって交換にみんなからお金をもらってお金を稼[かせ]がねばならない。今の国民みんなはみんなに命令してはいけない。今の国民みんなはみんなの命令を聞いてはいけない。今の国民みんなはみんなの人権を守ってみんなを虐[いじ]めてはいけない。
一方、政府は多数決(間接民主制)でまちがった法律を定めて国民にまちがった法律を守らせている。政府は税金の法律を定めて国民に命令して国民からお金を取っている。政府は国家宗教の法律を定めて、国民に命令して国民の嫌なことをやらせて国民を不幸にして虐[いじ]めている。政府は国民から税金が取れるので、国民のために役に立つ仕事をしていない。
今の政府は多数決で税金の法律や国家宗教の法律(政府が国家宗教の神の情報が入ったことなら何でも国民にやらせられる法律)を定めている。税金の法律や国家宗教の法律は政府と国民が不平等な身分制の法律である。戦前と同じ法律だから明らかに身分制の法律である。平等制の原理から身分制の法律が決まるのはおかしい。平等制の原理から身分制の法律が決まるのは、多数決がまちがっている証拠である。
政府は多数決を使ってまちがった法律を決めている。今の国民みんなは政府の法律がまちがっていることを知って政府の法律を守ってはいけない。今の国民みんなは政府のまちがった法律を守らずに政府に税金を払わずに政府を倒さねばならない。今の国民みんなは政府のまちがった法律を守らずに政府の国家宗教の命令を聞かずに自分の嫌なことをやらずに政府に虐められないようにしなければならない。今の国民は政府に不幸にされないようにして幸福にならねばならない。
人間は正しいことをやればいい。今の国民は平等制を守って正しく暮らせばいい。国民は政府と平等にやればいい。国民が政府と契約するかしないかは国民の自由である。政府はまちがった法律を定めている悪い法律会社である。だから、国民は政府と契約せずに政府にまちがった法律を作らせずに政府に税金を払わずに政府を潰[つぶ]せばいい。
[19538] どうして政府は私が国家宗教の神であることを国民みんなに公表しないのか?
h25.12.1
今は平等制の時代である。今では平等制が正しいことになっている。
今では国民と政府が平等である。国民が政府と契約して政府に仕事をしてもらうかしないかは国民の自由である。国民が政府に仕事を頼むか頼まないかは国民一人一人の自由である。国民は政府が自分を幸福にしていると思えば政府と契約すればよく、政府が自分を幸福にしていないと思えば政府と契約しなければいい。
ところが、今の政府は上の者をやっている。今の政府の仕事は“上の者をやること”である。今の政府は多数決で自分勝手にまちがった法律を定めて、国民に命令して国民から税金を取って、国民に国家宗教の命令を出して国民を国家宗教で虐[いじ]めている。今の政府は国民から税金を取るだけで国民の役に立つことをしていない。今の政府は国民を幸福にせず、国民を不幸にしているだけである。今の政府が多数決で自分勝手にまちがった法律を決めているのも、政府が上の者をやっているからである。
今の政府が私が国家宗教の神であることを国民みんなに公表しないのは、政府が私を神とする国家宗教をやって国民みんなを虐めていることを国民みんなに知られないようにするためである。昭和40年ごろになると国民みんなに平等制が浸透してきたので、国民みんなが政府と自由に契約できると思うようになってきたので、政府は自分が国家宗教で国民を虐めていることを国民みんなに知られて国民みんなに契約を切られないようにするために、わざわざ天皇家とは別に私を国家宗教の神にしたのである。国民みんなは私の情報を知らないので、いくら政府が私を神とする国家宗教をやっても国民には政府が国家宗教をやっていないように見えるのである。政府が国民を虐めていないように見えるのである。
今でも政府は上の者をやっている。今の政府は国民の役に立つことをやっていない。今の政府は国民を幸福にしていない。だから、今の国民は政府と契約せず政府に仕事を頼まなければいい。国民みんなが政府が国民の役に立たないことを理解して、国民みんなが政府と契約しなくなれば政府は滅ぶだろう。政府よりもマシな法律会社に建ってもらわねばならない。法律会社は自分の仕事内容や料金を工夫[くふう]して自分が儲[もう]かるようにしないといけない。それもできないような法律会社には最初から建つ資格がない。
[19539] 今の国民は自分で法律を考えて法律を守らねばならない。 h25.12.1
今は平等制の時代である。だから、みんなが平等制の法律を守って暮らさなければならない。
『法律は社会の原理と論理で決まる。』だから、今の国民は平等制の原理と論理で平等制の法律を考えて平等制の法律を守って暮らせばいい。
平等制の社会では人間はみな平等である。だから、みんながみんなに命令しない。みんながみんなの命令を聞かない。みんながみんなに役に立つ仕事をして交換にみんなからお金をもらって暮らす。みんながみんなを虐[いじ]めない。これが平等制の法律である。
ところが、政府は国民みんなに「法律は多数決で決まる」という嘘[うそ]をついて、自分たちで間接民主制をやって多数決を悪用して政府と国民が不平等なまちがった法律を決めている。政府は税金の法律や国家宗教の法律を決めて国民に守らせて国民からお金を取ったり国民を嫌がらせたりしている。
政府の法律はまちがっているから、国民は政府の法律を守ってはいけない。
国民は正しい平等制の法律を守って、政府のまちがった法律を守らないようにして、政府に税金を払わないようにして政府を倒さなければならない。国家宗教をやらないようにして、政府に虐められないようにしないといけない。
政府は正しい法律を決めてくれない。政府は当てにはならない。だから、国民が自分で考えて正しい法律を決めて正しい法律を守らなければならない。政府は正しい法律を決めないから、国民にとって政府は要らない。国民みんなで早く政府を潰[つぶ]して、正しい法律を決める法律会社に建ってもらわねばならない。
[19540] 政府の法律はまちがっているから、国民は政府の法律を守らなくていい。
h25.12.1
今は平等制の社会である。今では平等制が正しいことになっている。今ではみんなが平等制の法律を守って暮らせばいい。
国民は正しいやり方(つまり正しい社会の原理と論理)で法律を決めて正しい法律を決めればいい。正しい平等制の法律では、みんながみんなの命令を聞かず、みんながみんなに役に立つ仕事をして交換にお金をもらって暮らせばいい。
政府はわざとにまちがったやり方(つまり間接民主制)で法律を決めてまちがった法律を決めている。政府のまちがった法律では、政府が国民に税金や国家宗教の命令をして国民からお金を取ったり国民に嫌なことをやらせることができる。政府は国民の役に立つことをしなくていい。
政府の法律はまちがっているから、国民みんなは政府の法律を守らなくていい。国民みんなは政府の税金や国家宗教の法律を守らなくていい。国民みんなは政府に税金を払わず政府を倒せばいい。国民みんなは政府の国家宗教の命令を聞かず政府に虐[いじ]められないようにすればいい。
政府の法律の決め方はまちがっている。政府は正しい法律を決められない。国民にとっては政府のようなまちがった法律を決める馬鹿な法律会社は要らない。だから、国民は政府に税金を払わず政府を潰[つぶ]せばいいのである。
法律を決めるのは法律会社の特権ではない。法律は誰でも決められる。法律が正しいかまちがいかが問題である。政府はまちがった法律を決めているから、政府の法律は守る価値がないから、みんなは政府の法律は守らなくていい。私の法律は正しいから、私の法律は守る価値があるから、みんなは私の法律を守ればいい。
今は平等制の時代である。それなのに、政府は身分制の法律を決めている。昔と今では社会の原理が変わったのに、政府の法律は昔も今も同じである。政府はふざけるのもいいかげんにしないといけない。今の国民は政府の法律を破って政府を潰さねばならない。今の政府は法律会社にすぎない。今の政府の身分はただの法律会社である。法律会社が正しい法律を定めなければ法律会社の資格がない。今の政府は正しい法律を定めていない。今の政府は法律会社の資格がない。だから、今の国民は政府を潰さなければならない。
法律は誰でも決められる。誰であろうがとにかく正しい法律を決めて正しい法律を守ればいいのである。今では国民が政府と自由に契約して政府に仕事をしてもらってお金を払うのが正しい法律である。政府は平等制の社会において身分制の法律を決めるまちがった法律会社である。だから、国民は政府と契約せずに政府に法律を決めてもらわずに政府の法律を守らなければいいのである。国民は政府の税金の法律を守らずに政府に税金を払わなければいいのである。
[19541] 人間の権力の源[みなもと]は正しさにある。☆ h25.12.2
『人間が正しいことをする』ことが、人間の最高原理である。人間の権力の源は正しさにある。
昔は身分制の時代だったから、政府が上の者をやっていた。昔の政府は正しかったから力があった。だから、国民みんなが政府に従っていた。政府に権力があるのではない。正しさに権力があるのである。国民は正しさに従うために政府に従ったまでである。
今は平等制の時代なのに、政府は身分制の法律を決めている。今の政府はまちがったやり方でまちがった法律を決めている。今の政府は正しくないから力がない。だから、国民みんなが政府に従わない。
人間は正しい者には従うが、まちがった者には従わない。今の政府は正しくないから、国民みんなは政府に従わない。今の国民は政府の命令を聞かなくなって、政府は国民からお金をもらえなくなって、政府が潰[つぶ]れているのである。
[19542] どうして今でも宗教団体に従う者がいるのか? h25.12.2
昔は身分制の時代だった。みんなが上の者に従わねばならないと思っていた。宗教団体は神を設けてみんなを従わせた。みんなは自分の気に入った神がいる宗教団体に従っていた。宗教団体の命令でお金を払ったり何かやったりしていた。
今は平等制の時代である。今では身分制がない。身分制を知っている者がいない。
そのために、今の人は「宗教団体がみんなに善いことをする団体だ」と誤解して宗教団体に従っているのである。宗教団体にお金を払えば自分に何か善いことがあると思って宗教団体にお金を払っているのである。
しかし、本当は宗教団体は身分制をやるための団体であって、みんなに善いことをする団体ではない。だから、宗教団体に従っても善いことは何もない。お金を損するだけである。
今の人は宗教団体に対する誤解のために宗教団体に従っているのである。身分制がなければ宗教団体に従う意義はない。だから、今の人は宗教団体に従わなければいいのである。
それと同じように、今の人は「政府がみんなに善いことをする団体だ」と誤解して政府に従っているのである。しかし、本当は政府は身分制をやるための団体であって、みんなに善いことをする団体ではない。だから、政府に従っても善いことは何もない。お金を損するだけである。今の人は政府に対する誤解のために政府に従っているのである。身分制がなければ政府に従う意義はない。だから、今の人は政府に従わなければいいのである。
それと同じように、今の人は「暴力団がみんなに善いことをする団体だ」と誤解して暴力団に従っているのである。しかし、本当は暴力団は身分制をやるための団体であって、みんなに善いことをする団体ではない。だから、暴力団に従っても善いことは何もない。お金を損するだけである。今の人は暴力団に対する誤解のためにだから、暴力団に従っているのである。身分制がなければ暴力団に従う意義はない。だから、今の人は暴力団に従わなければいいのである。
今の人は身分制を知らない。そのために、政府や宗教団体や暴力団のことを誤解している。今の人は身分制のことをよく知って、政府や宗教団体や暴力団のことを正しく理解しないといけない。
[19543] 政府はまちがった法律を定める法律会社である。 h25.12.2
今の政府はただの法律会社にすぎない。
会社は国民に物やサービスを売って儲[もう]けなければならない。国民は会社と自由に契約して会社に仕事をしてもらって会社にお金を払えばいい。
法律会社は法律サービスをする会社である。法律会社は法律を定めて契約者に法律を守らせて法律の違反者を罰するサービスをする会社である。
ところが、政府はまちがった法律を定めている。政府は平等制に反する税金の法律や国家宗教の法律(政府が国家宗教の神の情報を入れたことを国民に何でもやらせる法律)を定めている。
だから、国民は政府の法律サービスを利用してはいけない。国民は政府と契約せず政府に仕事をしてもらわず政府にお金を払わなければいい。
法律会社が違反者を罰するのは“違反者を更生[こうせい]させるためのサービス”である。しかし、政府の法律はまちがっているから、国民にとっては政府の更生サービスは要らない。国民は自分が政府と契約しなければ、政府の更生サービスを受けられない。たとえ国民が政府の法律を犯しても政府に罰せられることはない。だから、国民は政府と契約しないようにして政府の法律を犯せばいいのである。
日本人は頭がいいから自分で正しい法律を守るから犯罪を犯さない。日本人はめったに犯罪にあうことはない。だから、しばらく法律会社がなくても困らない。そのうち正しい法律を決める法律会社が建ってから、のんびり契約すればいい。
国民みんなが頭が悪い国では国民みんなが法律を破るから法律会社が必要だが、日本のように国民みんなが頭がいい国では国民みんなが法律を守るから法律会社は要らない。日本人にとっては法律会社は贅沢[ぜいたく]である。法律会社は無用の長物[ちょうぶつ]である。法律会社はただの飾りである。法律会社は仕事のない会社である。国民の多くが法律を守っていれば、自然に国民みんなが法律を守るようになる。日本人は法律会社を建てることよりも、まず犯罪が起こらないように工夫[くふう]する。政府がなければ犯罪がほとんどないから、国民みんなで政府を倒せばほとんど法律会社は要らない。だから、日本にはちょっとだけ法律会社があればいい。法律会社が立法だけやって国民みんなに法律を教えるだけでいい。
[19544] 悪魔の才能 h25.12.2
ヨーロッパ人は馬鹿である。ヨーロッパ人は馬鹿だから、五感が強くて知覚が弱いから、科学が強くて文学が弱い。
アジア人は利口である。アジア人は利口だから、五感が弱くて知覚が強いから、科学が弱くて文学が強い。
そのために、ヨーロッパ人は悪魔に、アジア人は神に喩[たと]えられる。
悪魔は物のことに詳[くわ]しいから、物の問題は悪魔に解決してもらえばいい。
反対に、神は心のことに詳しいから、心の問題は神に解決してもらえばいい。
昔から『バカとハサミは使いよう』と言う。バカとはヨーロッパ人のことで、ハサミとはアジア人のことである。(ハサミとは頭が切れる人のことである。)バカにも得意なことがあるから、バカの得意なことに関してはバカに教わればいいということである。
日本人にも科学がやれる。自分の知覚にある概念を組み合わせて実在と同じことを作ればいいのである。そうすれば、実在を理解することができる。日本人とヨーロッパ人は頭の構造が違うから、日本人はヨーロッパ人と同じやり方では科学ができない。日本人の場合にはヤマカンで科学をやることになるから、実在に当たるまで自分で考えまくらねばならないのである。自分の考えが実在と同じになるまでとにかく考え続けねばならないのである。しかし、こんなやり方ではしょせん娯楽にすぎず、日本が儲[もう]かるまでは行かないだろう。つまり、日本人はあまり物が好きではないのである。日本人は言葉が好きであって物が好きではないのである。日本人は物よりも言葉が好きである。日本人には物の喜びがなく言葉の喜びがあるだけである。日本人には高価な物を与えるよりも面白い言葉を与えたほうがいいだろう。
[19545] ローマ帝国はどうして滅んだか? h25.12.2
ローマ帝国はみんなに馬鹿だと言われて怒ったローマ皇帝が学問を潰[つぶ]したために産業が衰退して滅んだ。
ヨーロッパはローマ帝国の経験を活かして二度と学問を潰さなくなった。頭のいい人を大事にするようになった。
ヨーロッパは再び科学が得意になって産業が発達してお金持ちになった。おそらく、今後もお金持ちのままだろう。ヨーロッパ人の血が変わらないかぎり、ヨーロッパ人はお金持ちだろう。
国を富ませるためには、国民みんなが科学が得意になって産業を発達させるしかない。日本人はヨーロッパ人を見習って科学を勉強して科学が得意になってお金持ちになればいい。
江戸時代の日本が豊かだったのは、江戸幕府が『職業による身分制』を定めてしまったために日本人みんなが親の仕事を引き継いで同じ仕事ばかりするようになって仕事が上手[じょうず]になったからである。職業による身分制によって日本の産業が発達して日本が豊かになったのである。しかし、今では職業の自由があるから、この方法は使えない。国民は素直に“自分の得意な”仕事をやって日本の産業を発達させて国を豊かにするしかない。
[19546] どうして今の国民は政府の命令を聞いているのか?☆ h25.12.2
今は平等制の時代である。今では身分制がない。身分制を知っている者がいない。
そのために、今の人は「政府が悪いことができる団体だ」と誤解して政府に従っているのである。今の人は昔の政府が悪いことをやっていたのを見て「政府が悪いことをしてもいい団体だ」と思って政府に従っているのである。今の人は政府が強盗や虐待をしてもいいと思っているから、政府の命令で税金を払ったり、政府の命令で自分が嫌なことをやって虐[いじ]められているのである。
しかし、本当は昔は身分制の時代であって政府は上の者をやっていたから悪いことをやっていたのである。昔の政府は上の者をやる団体であって、悪いことをやる団体ではなかったのである。今は身分制の時代ではないから、政府は上の者がやれない。今の政府はまちがった法律を定めることによってまちがったことをやっているのである。今の政府はまちがった法律を定めている悪い法律会社である。今の国民みんなが政府と契約しているために、政府はまちがった法律を国民みんなに守らせて平等制に反するまちがったことをやっているのである。政府はまちがった法律を国民みんなに守らせて国民みんなにまちがったことをやらせて国民みんなが幸福に暮らせない国を作っているのである。だから、国民は政府と契約せず、政府に法律サービスをしてもらわず、政府にまちがった法律を守らせてもらわず、政府の法律を犯して政府に税金を払ったり国家宗教をやったりしなければいいのである。
今の人は政府に対する誤解のために政府に従っているのである。政府は悪いことができる団体ではない。政府はまちがった法律を定めている法律会社にすぎない。だから、今の人は政府と契約せず政府に従わなければいいのである。
今の人は身分制や平等制についての理解が足りない。だから、自分が政府に従う必要がないのに、政府に従っているのである。今の人は身分制や平等制をよく理解して、政府に従わないようにしないといけない。
宗教団体や暴力団についても政府と同様である。今の人は「宗教団体や暴力団が悪いことをやってもいい団体だ」と誤解しているから、宗教団体や暴力団に従っているのである。宗教団体や暴力団の命令でお金を払って嫌なことをやらされているのである。宗教団体や暴力団は身分制の時代に上の者をやって悪いことをやっていたために、みんなは「宗教団体や暴力団が悪いことをやってもいい団体だ」と誤解しているのである。今は平等制の時代だから、今では宗教団体や暴力団は上の者ではないから宗教団体や暴力団は悪いことをやってはいけない。だから、今の人は宗教団体や暴力団に悪いことをやらさなければいいのである。今の人は宗教団体や暴力団の命令でお金を払ったり嫌なことをやったりしなければいいのである。
[19547] 今の政府は国民と契約を取っている。 h25.12.2
昔の政府は身分制で上の者をやっていた。
今の政府はまちがった法律を定めて上の者をやっている。
政府は正しい理由がないと上の者をやれない。
じつは今の政府は国民と契約を取って仕事をやっているのである。今の政府は国民に法律サービスをやって、国民がおとなしく政府の法律サービスを受けているから国民と契約を取ったことになっているのである。国民が政府の命令で政府に税金を払ったり国家宗教をやったりしているから政府と契約したことになっているのである。
今の政府は暗黙[あんもく]のうちに国民と契約を取って仕事をしているから、政府が正しいのである。
今は平等制の時代だから、国民が政府と契約するかしないかは国民一人一人の自由である。
だから、国民が政府と契約したくなければ、国民が政府の法律サービスを断ればいい。国民は政府の命令で政府に税金を払ったり国家宗教をやったりしなければいい。そうすれば、国民が政府と契約を切ったことになり、政府の法律サービスを受けなくてもいいことになる。
政府はまちがった法律を定めて国民にまちがったことをやらせる悪い法律会社である。人間は正しいことをしなければならない。だから、国民は自分が政府にまちがったことをやらせられないために政府を倒さねばならない。国民は政府と契約せずに政府に法律の仕事をやってもらわずに政府の税金の法律を守らせてもらわずに政府に税金を払わずに政府を倒せばいいのである。
[19548] 人殺しをしても罰せられない方法 h25.12.2
法律会社は法律サービスをする会社である。法律会社は法律を定めて契約者に法律を守らせることが仕事である。
法律会社は国民と自由に契約を取って仕事をする。
法律会社は契約者が自分の法律を犯したときには逮捕して罰する。
そのとき、契約者が法律会社との契約を切れば法律会社に罰せられずにすむ。無罪ですむ。
だから、たとえ人殺しをしても法廷で法律会社との契約を切れば無罪ですむ。
実際に、今の日本政府もそういうやり方でやっている。すでにそうやって何人か処罰を免[まぬが]れた者がいるだろう。その場で釈放された者がいるだろう。平等制ではそれが正しいやり方だから、それでいいのである。
たしかに、法律会社との契約を切れば犯罪を犯しても無罪ですむ。法律会社に罰せられることはない。しかし、国民みんなは犯罪者を許さない。国民みんなは犯罪者を雇[やと]わないようにして犯罪者に物を売らないようにして犯罪者を罰することができる。雇い主と労働者は平等だから雇い主が嫌なら労働者を雇わなくていい。店と客は平等だから店が嫌なら客に物を売らなくていい。犯罪者は社会の中で暮らせなくなって死ぬしかないだろう。だから、やはり犯罪を犯してはいけない。
[19549] 法律会社は必要か? h25.12.2
法律会社は法律サービスをする会社である。法律会社は法律を定めて契約者に法律を守らせることが仕事である。
法律会社は国民と自由に契約を取って国民に仕事をして国民からお金をもらう。
国民は犯罪を犯したら、法律会社と契約を切れば無罪になって罰せられない。しかし、国民みんなに罰せられる。社会の中で生きていけなくなる。
国民は犯罪を犯したら、法律会社と契約を切らなければ有罪になって罰せられる。国民は犯罪を犯したら、法律会社の更生[こうせい]サービスを受けて法律会社にちゃんと罰してもらって真人間[まにんげん]に生まれ変わることができる。まじめに罰を受けて刑務所を出れば、あとは普通の人間と同じように暮らせる。
付き合いのいい人は友人や知人から今の法律がどうなっているのか教えてもらえる。わざわざ法律会社から教えてもらわなくても法律を知ることができる。
国民は法律がないと困るが、法律ぐらいのことは国民の代表者(会社の事務の人)が仕事の片手間に決めればすむことである。わざわざ法律会社を建てるまでもない。国民が法律会社と契約して法律会社に毎月お金を払って仕事をしてもらうのは大げさである。お金がもったいない。今後も学校は残るだろうから、学校の社会科の時間に国民みんなに正しい平等制の法律を教えればいい。
もっとも、平等制の社会ではどんな仕事をするかは個人の勝手だから、法律会社を建てたい者は自由に法律会社を建てればいい。
だから、普通の国民は法律会社と契約しなければいい。将来犯罪を犯す予定のある者だけ法律会社と契約すればいい。犯罪を犯して刑務所の中で悠然[ゆうぜん]と暮らせばいい。刑期を終えたら出所して普通に暮らせばいい。いわば、法律会社は犯罪者の保険のようなものである。法律会社は犯罪者を守るためにある会社である。だから、将来犯罪者保険を利用したい者は前もって法律会社と契約して自分が犯罪を犯したときに備えればいい。
[19550] 世の中には刑務所だけあればいい。 h25.12.2
今は平等制の時代である。みんなが平等制の法律を守って暮らせばいい。
みんなが平等制の法律をちゃんと守っていれば問題はない。法律会社は要らない。法律だけあればいい。法律学だけあればいい。世の中には法律が好きな人もいるから、法律についての本を出せばいい。みんなは法律について書かれた本を読んで法律のことを知って法律を守ればいい。
しかし、中には不幸にも法律を守れなかった人もいる。平等制の法律を守れなかった人は責任を取らねばならない。自分で刑務所に入って罪を償[つぐな]わねばならない。だから、刑務所が要る。刑務所では囚人に強制労働をさせて儲[もう]ければいい。囚人は何もすることがなくて暇だから働かせればいい。囚人には自分の生活費を自分で稼[かせ]がせればいい。だから、刑務所はみんなからお金をもらわなくても経営できる。
つまり、世の中には刑務所だけあればいい。余計な法律会社は要らない。国民みんなは法律会社にも刑務所にもお金を払わなくていい。
いくら銀行強盗をやって何人も人を殺しても、自分が責任を取る気がなければ刑務所に行かなくてもいい。平然と何食わぬ顔でこれまで通り暮らしてもいい。しかし、国民みんなによる社会的制裁を免[まぬが]れない。あとで罪人[ざいにん]を罰するのが好きな人に拷問責[ぜ]めにされて殺されても文句を言えない。むしろ、刑務所のほうが天国だったと後でわかるだろう。だから、犯罪を犯した者はすみやかに刑務所に行ったほうがいい。
平等制では犯罪者が自分が責任を取る気がなければ罰せられないのが欠点である。(もっとも、犯罪者を罰したいやつが罰するのはかまわないが。犯罪者に腹が立ったやつが勝手に殴[なぐ]ればいい。)身分制では上の者が犯罪者を罰すると決めれば犯罪者を罰せられる。身分制にも平等制にも一長一短がある。だから、国民みんなは平等制にも欠点があることを認めて、犯罪者が出ないように、犯罪者が自首しやすいように工夫[くふう]することが大事である。
しかし、このまま犯罪者をのさばらせていては面白くない。犯罪者が犯罪を犯し放題なら、刑務所が犯罪者を罰し放題である。刑務所が勝手に犯罪者を逮捕して刑務所にぶちこんで罰すればいい。犯罪も刑罰も同じ暴力である。刑務所は犯罪者を罰するために暴力を使うのである。正しいことのために暴力を使うのはいい。刑務所は犯罪者を刑務所に入れて強制的に働かせて儲[もう]ければいい。犯罪者は刑務所の奴隷[どれい]である。つまり、刑務所が犯罪者を捕らえて罰するのは犯罪者に対する“更生[こうせい]サービス”ではなく、刑務所が犯罪者を奴隷にして働かせて儲けるためである。刑務所が犯罪者を捕らえるのは法律によって正当化されるからやってもいいのである。
つまり、社会には法律会社は要らない。刑務所が要るだけである。国民みんなは自分で法律を知って守ればいいのである。国民が法律を守っているかぎりは、国民が刑務所に入れられることはない。しかし、国民が法律を破れば、刑務所は法律を破った国民を犯罪者と見なして逮捕して刑務所に入れて自由を奪って強制的に働かせるのである。国民が法律を犯せば犯罪者になって人権を失うから刑務所が犯罪者を自由にしてもいいのである。
昔は身分制の時代だったから政府が上の者だったから政府がすべての法律を決めていた。国民は政府が決めた法律を無条件に守らなければならなかった。今は平等制の時代だから国民みんなが自分で平等制の原理と論理で考えて法律を決める。だから、今では法律を決める法律会社は要らないのである。今では国民みんなが法律会社と契約して法律会社にお金をやって法律会社に法律を決めてもらわなくてもいいのである。今は犯罪者を罰する刑務所があればいいだけである。
[19551] 今は平等制の時代だから、国民は政府のまちがった法律を守らなくていい。☆
h25.12.3
今は平等制の時代である。今では平等制が正しいことになっている。今ではみんなが平等制の法律を守って暮らさねばならない。
平等制の法律を守らない者は犯罪者と見なされて人権を失って刑務所に入れられる。たとえ法律を守らない者が拒[こば]んでも法律を守らない者がまちがっているのだから、法律を守らない者を無理やり刑務所に入れてかまわない。正しい法律の場合には、客観的に法律を犯した者を罰せられる。
一方、政府はまちがった法律を決めている悪い法律会社である。今では本来みんなは政府のまちがった法律を守って暮らさなくていい。政府の法律を破っても罰せられなくていい。国民が政府に罰せられることを認めた場合にだけ政府が国民を罰することができる。
今は平等制の時代である。自由契約制を守るなら、誰がどんな仕事をしようが自由である。他人を虐[いじ]める仕事をしてもいい。客と契約が取れれば客を虐めて客からお金を取ってもいい。だから、国民が政府に罰せられることを認めれば、政府は国民を罰してもいいのである。
だから、反対に、国民が政府に罰せられることを認めなければ、国民は政府に罰せられなくてもいいのである。
だから、国民は好き放題に政府の法律を破ればいい。国民は政府に税金を払ったり国家宗教をやったりしなければいい。たとえ国民が政府に捕まっても、国民は平等制の法律を破っていないのだから、国民が政府に罰せられることを認めなければ政府は国民を罰せられない。だから、国民は安心して政府の法律を破ればいいのである。
今は平等制の時代だから、国民は平等制の法律を守ればいい。国民は政府のまちがった法律を守らなくていい。国民は正しい平等制の法律を守って、政府のまちがった法律を守らなければいい。
今は平等制の時代である。自由契約制を守るなら、誰がどんな仕事をしようが自由である。だから、政府がまちがった法律を決める法律会社をやってもいい。国民と契約が取れるなら、政府はまちがった法律会社をやってもいい。政府は国民の役に立たないから、国民は政府と契約しなければいい。だから、国民は政府と契約せずに政府に仕事をさせずに政府のまちがった法律を守らされずに政府に税金を払わずに政府を潰[つぶ]せばいいのである。
今の国民は政府の法律の内容がよくわからずに政府と契約している。そのために、政府に税金を取られて国家宗教で嫌なことをやらされて虐められている。国民は政府の法律がよくわからずに政府と契約してはいけない。政府の法律は身分制の法律である。今の平等制の社会においては政府の法律はまちがっている。だから、国民は政府と契約せずに政府に仕事をやってもらってはいけない。政府に税金を取られたり国家宗教をやらされていはいけない。
[19552] 政府の法律はまちがっているから、国民は政府の法律を守らなくていい。☆
h25.12.3
今は平等制の時代である。だから、みんなは平等制を守ればいい。みんなは正しい平等制の法律を守ればいい。
つまり、みんながみんなと平等にして、みんながみんなに命令せず、みんながみんなの命令を聞かなくていい。みんながみんなに役に立つ仕事をして交換にみんなからお金をもらえばいい。
一方、政府はまちがった法律を定めている。平等制に反する法律を定めている。政府は税金の法律や国家宗教の法律を定めている。政府は国民に命令して国民からお金を取ったり、国民に嫌なことをやらせて虐[いじ]めることができる法律を定めている。
国民は政府の法律がまちがっているから、政府の法律を守らなくていい。国民は政府に税金を払ったり政府の国家宗教の命令を聞いたりしなくていい。政府がいくら憲法改正の手続きを定めていても、政府の法律がまちがっていることに変わりはないから、国民は政府の法律を守らなくていい。政府が憲法改正の手続きを使って自分のまちがった法律を直さないのがいけないから、国民は政府の法律を守らなくていい。憲法改正の手続きがあるにもかかわらず憲法を直さないのは政府が悪いから、国民は政府の憲法を守らなくていい。まちがった憲法を定めているのは政府の責任だから、国民は政府の憲法を守らなくていい。政府の憲法がまちがっていることは子供でもわかる。それなのに、政府がいつまでたっても憲法を直さないのは、政府が最初から自分の憲法を直すつもりがないからである。政府は憲法改正の手続きを置いて自分の憲法を改正しているふりをしているだけで、実際にはまったく改正していない。これまでに政府は自分のまちがった法律を直したことがいっぺんもない。政府は自分のまちがった法律を直さない。政府はまちがった法律を定めているだけで、直さない。だから、政府が悪い。政府はまちがった法律を定めているから、国民は政府の法律を守らなくていい。
政府はまちがった法律を定めて国民を騙[だま]して国民にまちがった法律を守らせようとしている。だから、国民が政府に騙されなければ政府の法律を守らなくていい。
国民みんなは早く平等制の法律を守って暮らすようにならねばならない。
[19553] 昔の法律会社は正しかったが、今の法律会社はまちがっている。 h25.12.3
昔は身分制の社会だった。身分制が正しいと考えられていた。みんなは身分制の原理と論理で身分制の法律を考えて、身分制の法律を守っていた。
だから、法律会社(つまり警察)は身分制の法律を定めていた。法律会社は国民みんなが政府に従わねばならない法律を定めていた。身分制の社会では身分制の法律が正しかった。政府(上の者)は法律会社と組んで、法律会社に当時の正しい法律を作らせていた。政府も法律会社も正しかった。
一方で、政府は国民の反乱を抑えるために、国会や選挙をやって自分が国民に従っているふりをしていた。
反対に、今は平等制の時代である。平等制が正しいと考えられている。みんなは平等制の法律を守っている。
それなのに、今の法律会社はいまだに身分制の法律を定めている。国民みんなが政府に従わねばならない法律を定めている。今の社会においてまちがった法律を定めている。
法律会社はまちがった法律を定めている。法律会社はまちがった法律を定めているにもかかわらず、いっこうにまちがった法律を直さない。だから、法律会社が悪い。
国民は法律会社の法律がまちがっているから、法律会社の法律を守らなければいい。
法律会社はまちがった法律を定めて国民みんなを騙して国民みんなにまちがった法律を守らせようとしている。だから、国民みんなは法律会社の法律を守らないようにすればいい。国民みんなは政府に税金を払わないようにして政府を潰[つぶ]せばいい。
今の正しい法律会社は、正しい平等制の法律を定めなければならない。みんながみんなと平等にして、みんながみんなと自由に契約してみんなに仕事をしてみんなからお金をもらう法律を定めねばならない。法律会社自身も平等制の法律を守って、国民と自由に契約して法律の仕事をして国民からお金をもらわねばならない。
[19554] 政府の法律はまちがっているから、国民は政府の法律を守らなくていい。
h25.12.3
要するに、今は平等制の時代である。今では平等制が正しい。
だから、今ではみんなが平等制を守ればいい。平等制の法律を守って暮らせばいい。
みんながみんなと平等にすればいい。みんながみんなに命令せず、みんながみんなの命令を聞かなければいい。みんながみんなと自由に契約してみんなに仕事をしてみんなからお金をもらえばいい。
一方、政府はまちがった法律を定めてみんなにまちがった法律を守らせてみんなを騙[だま]して儲[もう]けている。政府は税金の法律を定めて、国民みんなから税金を取っている。政府は国家宗教の法律を定めて、国民に嫌なことをやらせて国民を虐[いじ]めている。だから、国民みんなは政府のまちがった法律を守ってはいけない。
政府の法律はまちがっているから、国民は政府の法律を守らなくていい。政府の法律はまちがっているから、政府は国民を罰せない。政府は自分が正しいふりをしているだけである。だから、国民が政府の芝居に騙されす、法廷で政府に罰せられることを断れば政府に罰せられない。
国民は正しい法律を守って、まちがった法律を守ってはいけない。国民みんなは政府のまちがった法律を守らないようにして、政府に税金を払わないようにして政府を倒せばいい。
[19555] 正しい法律は客観的に通用する。 h25.12.3
今は平等制の時代である。今では平等制が正しい。今ではみんなが平等制の法律を守らなければならない。
もしも、国民が法律に違反したときには、犯罪者ということになり、法律で定めた罰[ばつ]を受けねばならない。
法律会社は犯罪者を捕まえて刑務所に放り込んで罰しなければならない。国民が有罪か無罪かは法律によって客観的に一意的に決まるから、法律会社が犯罪者の意思とは無関係に犯罪者を刑務所に入れて罰しなければならない。
だから、社会には法律会社が要る。法律会社は犯罪者を刑務所に入れて罰したり、法律を定めたりするのが仕事である。
国民は法律会社と自由に契約して法律会社に仕事をしてもらえばいい。法律会社があれば自分が幸福に暮らせると思う国民は、法律会社にお金を払って法律会社に仕事をしてもらうだろう。
この世に犯罪者がいるかぎり、法律会社も必要である。
国がそこそこ儲[もう]かって国民の暮らしが豊かであれば、国民は法律会社にお金を出して犯罪者を捕[つか]まえてもらうだろう。社会から犯罪者を追い出して、犯罪者のいない社会にして、国民みんなが暮らしやすい社会にするだろう。いわば、法律会社は犯罪者のゴミを片付ける社会の掃除機である。
反対に、国が貧乏になって国民が法律会社にお金を出さなくなれば、法律会社が建たなくなって犯罪者が野放[のばな]しになるだろう。犯罪者が好き放題に国民みんなに悪いことをして、みんなが犯罪者の真似[まね]をするようになって、そのうち国中が犯罪者だらけになるだろう。国民みんなが暮らしにくい社会になるだろう。
だから、お金に余裕のある国民は、なるべく法律会社と契約して法律会社にお金をやって法律会社に仕事をしてもらわねばならない。そうすれば、犯罪者のいないみんなが暮らしやすいいい社会になるだろう。
[19556] 国民が正しい法律を守っているかぎり国民は正しい。☆ h25.12.3
今は平等制の時代である。今では平等制が正しい。だから、国民は平等制の法律を守ればいい。国民は自分の頭で平等制の原理と論理で平等制の法律を考えて、平等制の法律を守ればいい。
ところが、政府はまちがった法律を定めている。政府は税金の法律や国家宗教の法律などのまちがった法律を定めている。政府は国民に「法律は多数決で決まる」というまちがいを教えたり、全国で選挙をやったり、大勢の国会議員を置いたり、憲法改正の手続きの法律を定めたりして、(首相や天皇が慰問[いもん]や外交をやったりして、)国民みんなに自分が正しい法律を定めているように思わせて、じつはまちがった法律を定めているのである。
国民みんなは正しい法律を守って、まちがった法律を守らなくていい。だから、国民は政府の法律を守らなくていい。国民が正しい法律を守っているかぎり国民は正しいから、たとえ国民が政府の法律を破って警察に捕まっても、法廷で自分が罰せられることを認めなければ罰せられないから、国民は安心して政府の法律を破ればいい。政府の法律が正しければ、政府は政府の法律に反した者を意思を問わずに罰することができるが、実際には政府の法律は正しくないから、政府は政府の法律に反した者を意思を問わなければ罰せられないのである。正しい法律は普遍的に客観的に通用するが、まちがった法律は通用しない。今の政府は法律に基づいて犯罪者を罰しているのではなく、たんに犯罪者の承認を取って罰しているにすぎない。
つまり、今の政府は嘘[うそ]の法律を定めて国民を騙[だま]して国民からお金を取ったり国民を虐[いじ]めたりしているだけである。馬鹿は政府の嘘の法律が本物の法律だと思って政府の法律を真剣に守っているのである。だから、国民が政府の法律を嘘だと見破れば政府の法律を守らなくていいのである。
国民は正しい法律を守って、まちがった法律を守らなくていい。国民は平等制の法律を守って、政府の法律を守ってはいけない。国民は政府の命令を聞かないようにして政府に税金を払ったり国家宗教をやったりしなくていい。国民みんなで早く政府を倒して、まちがった法律を定める法律会社をなくして、正しい法律を定める法律会社に建ってもらわねばならない。
[19557] 身分制の法律会社はいそがしい。 h25.12.3
昔は身分制の時代だった。みんなが身分制が正しいと思っていた。国民は政府の命令に従っていた。
政府は身分制の法律を定めて、身分制の法律に基づいて国民に命令を出して、身分制の法律の違反者を罰していた。
政府は国民に命令を出して国民から税金を取ったり国民に国家宗教をやらせて国民を虐[いじ]めたりしなければならなかった。政府は毎日国民に国民を虐める命令を出すのにいそがしかった。国民も毎日政府の嫌な命令を聞くのにいそがしかった。
今は平等制の時代である。みんなが平等制が正しいと思っている。国民は政府の命令を聞かなくなった。政府は国民から税金をもらえなくなって潰[つぶ]れている。
平等制の時代の法律会社は、平等制の法律を定めて、平等制の法律に基づいて国民に命令を出して、平等制の法律の違反者を取り締[し]まるだけでいい。
平等制の時代の法律会社は、毎日国民を虐めなくていいのでいそがしくない。平等制の時代の法律会社はおもに平等制の法律の違反者を取り締まるだけでいい。ところが、日本は犯罪者が少ないのでこれまたいそがしくない。
平等制の法律会社は収入が多くて仕事が少ない会社である。割のいい会社である。政府が潰れた後なら国民みんなが契約するだろう。誰かやってみないか?
[19558] 政府は嘘[うそ]の法律で国民を騙[だま]している。 h25.12.3
今は平等制の時代である。平等制が正しいことになっている。みんなが平等制を守って暮らせばいい。
政府は嘘の法律を定めて国民を騙して国民からお金を取って儲[もう]けている。政府は平等制に反する税金の法律や国家宗教の法律を定めて国民に守らせて、国民からお金を取って儲けたり国民を虐[いじ]めたりしている。つまり、今の政府は法律を使った詐欺[さぎ]会社である。
国民は政府の嘘の法律に騙されないようにして、政府の法律を守らないようにしないといけない。政府の法律は嘘だから、国民が政府の法律を破っても国民は政府に罰せられない。政府の法律はコケオドシだから、国民は政府の法律を守らなければいい。
国民は正しい法律を守って、正しく暮らさねばならない。
[19559] 今の政府は法律会社の詐欺[さぎ]会社である。☆ h25.12.4
昔の政府は上の者だった。昔は身分制の時代だったから、身分制が正しかったから、政府は上の者をやって国民みんなに命令したのである。
しかし、今の政府は上の者ではない。今は平等制の時代だから、平等制が正しいから、政府は上の者がやれず国民みんなに命令できない。
今の政府は法律会社の詐欺会社である。政府は上の者から詐欺会社に転職したのである。
今の政府は国民みんなに「法律は多数決で決まる」という嘘[うそ]をついて多数決で税金の法律や国家宗教の法律などのまちがった法律を決めて、まちがった法律を国民みんなに守らせて国民みんなからお金を取って儲[もう]けたり国民みんなに嫌なことをやらせて虐[いじ]めている。
しかし、本当は『法律は社会の原理と論理で決まる』のである。今は平等制が正しいから、人間はみな平等である。国民と会社は平等である。国民は会社と自由に契約して会社に仕事をしてもらって会社にお金を払えばいい。政府は会社である。国民は政府と自由に契約して政府に仕事をしてもらって政府にお金を払えばいい。国民は政府と契約せずに政府に仕事をしてもらって政府にお金を払わなくてもいい。だから、国民は政府に税金を払わなくていい。今では人間はみな平等だから、みんなはみんなに命令しない。みんなはみんなの命令を聞かない。だから、国民は政府の命令で国家宗教をやったりしなくていいのである。
今の社会では平等制の法律が通用するから、国民みんなは平等制の法律を守ればいい。政府の法律はまちがっているから、政府の法律は守らなくていい。国民は政府に税金を払ったり、国家宗教をやったりしなくていい。
政府の法律は嘘の法律だから、今の社会では通用しない。だから、国民は政府の法律を守らず、政府に逮捕されるのを断って逮捕されなければいいのである。政府に罰せられるのを断って罰せられなければいいのである。
今の政府は嘘の法律で国民を騙[だま]してお金を儲けている詐欺会社である。国民は政府の嘘の法律に騙されないようにして、政府にお金をやらないようにして政府を潰[つぶ]してしまえばいい。
政府はまちがった法律を正しい法律だと言って国民みんなに守らせている。政府は詐欺である。今の政府は詐欺罪になるが、正しい法律会社が出来ていないので、政府を逮捕できない。政府を刑務所に入れて罰することができない。政府は詐欺の上に強盗や殺人などもやっているから、政府にはいろんな罪がある。政府はいろんな罰を受けねばならない。早く誰かが正しい法律会社を建てて、政府を逮捕して罰してもらいたい。
[19560] 平等制の社会では宗教はやれない。☆ h25.12.4
今は平等制の社会である。今では平等制が正しい。人間はみな平等である。
だから、今では特定の人間を神にして上の者にすることはできない。宗教はやれない。
宗教団体は特定の人間を神にして上の者にして、神の命令で好き放題なことをすることはできない。宗教団体は神の命令で国民からお金を取ったり国民を殺したりできない。
今では宗教団体は国民と平等である。宗教団体は国民に命令できない。国民は宗教団体の命令を聞かなくていい。
[19561] 国民が政府の命令を聞かなければ政府は国家宗教をやらない。☆ h25.12.4
今は平等制の時代である。今では上の者はいない。だから、神は人間と平等である。
平等制の時代にも神はいる。人間と平等な神がいる。
神を人間と平等だということにすれば、平等制の社会でも宗教がやれる。
今の政府は「法律が多数決で決まる」と嘘[うそ]をついて、多数決でまちがった国家宗教の法律を決めている。政府は特定の人間を神にして国家宗教をやっている。ただし、今では神は人間と平等である。神は上の者ではない。政府は特定の人間の情報を使った命令を国民に出して国民の嫌がらせをしている。[日本国憲法第20条で禁止されているのは身分制による神を上の者とする宗教であって、今の政府は平等制によって神を人間と平等な者として宗教をやっているので宗教の自由によって宗教ができるのである。]
しかし、本当は『法律は社会の原理と論理で決まる』のである。今は平等制が正しい。平等制では人間はみな平等である。みんなはみんなと自由に契約してみんなの役に立つ仕事をしてみんなからお金をもらわねばならない。みんなはみんなに命令しない。みんなはみんなの命令を聞かない。だから、国民は政府の命令を聞く必要はない。国民は政府の命令で国家宗教をやらなくていい。
政府が国民に命令できなければ、政府が国家宗教をやる意義はない。だから、政府は国家宗教をやめるだろう。
今の国民が政府の命令を聞くから、政府は国家宗教をやって国民に命令を出しているのである。だから、国民は早く政府の命令を聞かなくなって、政府に国家宗教をやめさせねばならない。
[19562] 平等制の時代には暴力団はやれない。 h25.12.4
昔は身分制の時代だった。みんなが身分制を信じていた。
身分制の社会では“暴力による身分制”があった。暴力をふる者が暴力をふらない者よりも身分が上だった。
だから、暴力をふる暴力団が暴力をふらない国民よりも身分が上だった。暴力団は国民に命令して国民からお金を取ったり国民に嫌ことをやらせて国民を虐[いじ]めていた。
しかし、今は平等制の時代である。みんなが平等制を信じている。
平等制の社会では“暴力による身分制”がない。暴力をふる者が暴力をふらない者よりも身分が上ではない。
だから、暴力をふる暴力団が暴力をふらない国民よりも身分が上ではない。暴力団は国民に命令して国民からお金を取ったり国民に嫌なことをやらせて国民を虐めたりできない。
今では暴力団は国民に命令できないから、暴力団は儲[もう]からない。暴力団は潰[つぶ]れるしかない。
[19563] 日本人のファッション h25.12.4
日本はヨーロッパとインドの中間[ちゅうかん]の国である。だから、日本人のファッションはヨーロッパ人のファッションとインド人のファッションの中間にしなければならない。
ヨーロッパは五感の国である。インドは知覚の国である。日本は五感と知覚が統合された国である。
日本ではみんなが五感を知覚で見て、五感と知覚を統合して暮らさねばならない。
中国は心の国である。インドは知覚の国である。日本は心と知覚が統合された国である。
日本ではみんなが心を知覚で見て、心と知覚を統合して暮らさねばならない。
日本はヨーロッパと中国とインドの中間の国である。五感と心と知覚が統合された国が日本人にとっての理想郷である。
日本ではみんなが五感と心を知覚で見て、五感と心と知覚を統合して暮らさねばならない。
[19564] どうして文学者は自殺するのか? h25.12.4
川端康成や芥川龍之介や太宰治は自殺した。
文学者が自殺するのは現実が嫌になったからである。
文学とは自分の心の世界を言葉で書くことである。
文学をやっていると自分の心の世界が好きになって、現実の世界がだんだん嫌いになるのである。
だから、文学者は最後には自分が現実の世界で生きていくのが嫌になって自殺するのである。
それが文学の道というものである。文学者は自殺を覚悟で文学の道を進まなければならないのである。トンネル掘りが生き埋めになって死ぬようなものである。
反対に、科学は実在の世界を言葉で書くことである。
科学をやっていると現実の世界が好きになって、自分の心の世界がだんだん嫌になるのである。
だから、科学者には自殺する者がほとんどいない。科学者は自分の心の世界が嫌だから、文学が嫌いである。
[19565] 精神病は誰でも罹[かか]る病気である。 h25.12.4
精神病とは頭の病気である。
誰でも精神病に罹[かか]る。誰でも風邪[かぜ]に罹るように精神病に罹る。
誰でも『あること』をすると精神病に罹[かか]る。誰でも裸で外にいると風邪に罹るのと同じことである。
誰でも『五感を心で見すぎる』と、五感を知覚で見ることから五感を心で見ることに変って、知覚が働かなくなって精神病に罹る。
誰でも心を興奮させすぎて五感を心で見すぎると、脳の各中枢を上手に動かしている中枢が上手に動かせなくなって精神病になる。コンピューターで言うと、パーツのコントローラーの故障である。
正常な人では、実在⇔五感⇔知覚⇔心の順に認識されるが、精神病の人では実在⇔五感⇔心の順に認識されて知覚が孤立して働かなくなる。だから、昔は精神病を早発性痴呆[そうはつせいちほう]と呼んだのである。精神病では知覚が働かないから、実在に適応して生きることができなくなるのである。人間の価値が低下するのである。
精神病に罹ったら、再び自分で五感を知覚で見る習慣を身に着けるしかない。五感を心で見ることから五感を知覚で見ることに変えるしかない。そうすれば、頭の中の情報処理の流れが実在⇔五感⇔知覚⇔心になって、調子よく生きていける。
心を興奮させすぎて心で五感を見すぎると精神病に罹る。だから、絶対に心を興奮させすぎて五感を心で見すぎてはいけない。
風邪は罹ってもすぐに治るが、精神病は一度罹ると10年は治らない。一生治らずに死ぬ人もたくさんいる。だから、最初から精神病に罹らないように気をつけねばならない。
精神病は誰でも罹る病気である。だからこそ、精神病に罹らないように注意しないといけない。人間には精神病という病気があることを知って、精神病に罹らない対策を立てて、精神病に罹らないようにして健康に生きて行かねばならない。
[19566] 法律は客観的に通用する。 h25.12.5
法律は社会の原理と論理で決まる。多数決では決まらない。どうしても原理と論理でわからない場合にやむを得ず多数決を使用するだけである。
法律は社会の法則である。法律は物理学の法則と同じである。法則は客観的に通用する。だから、法律は客観的に通用する。
法律を守る者は正しく、法律を破る者はまちがっている。法律を破った者は客観的にまちがっている。法律を破った者は好むと好まざるとに関わらず罪に応じた罰を受けねばならない。ただし、法律会社がなければ実際には犯罪者を罰せられない。だから、国民みんなでなるべくお金を出して法律会社を建てねばならない。
法律会社は国民と平等だから、法律会社は国民一人一人と自由に契約を取って仕事をしてお金をもらわねばならない。
NHKと契約していないのに密[ひそ]かにNHKの番組を見ている者がいる。それでもNHKは経営できている。国民みんなは良心的だから、自分がNHKの番組を見ていなくても社会のためにNHKと契約するのである。だから、法律会社もNHKのように低い料金でまじめに仕事をやっていれば国民みんなが契約して経営できるだろう。
政府は多数決でまちがった法律を決めて国民にまちがった法律を守らせている。政府はまちがった税金の法律を決めて国民から税金を取っている。政府はまちがった国家宗教の法律を決めて国民に嫌なことをやらせて虐[いじ]めている。税金の法律や国家宗教の法律は平等制に反しているからまちがっている。政府がどんなやり方で法律を決めてもまちがった法律はまちがった法律である。まちがった法律は社会の中では通用しない。国民は政府のまちがった法律を守らなくていい。実際に、国民が政府のまちがった法律を守らなくても、国民はまちがっていないから国民は正しいから国民は政府に罰せられないはずである。国民は正しい平等制の法律を守っている限り正しいから、国民は政府のまちがった法律を守らなくていい。国民が政府のまちがった法律を破っても、国民が正しい平等制の法律を守っているかぎり国民は正しいから、政府は国民を罰することができない。政府が正しい国民を罰するのは、政府の悪乗りのしすぎである。人間はまちがっていることはやれないものである。だから、たぶん政府は国民が政府のまちがった法律を破っても国民を罰しないだろう。今の政府は馬鹿をからかうためにまちがった法律を定めてまちがった法律を守らせているにすぎない。だから、馬鹿でない国民は政府の法律を冗談だと思って笑って守らなければいいのである。
反対に、いくら政府の法律を守っていても平等制の法律を破れば、今の社会では有罪で罰せられる。今の政府は政府の法律を守っているが平等制の法律を犯している。政府は詐欺[さぎ]や強盗や殺人などをやっている。だから、政府は有罪である。政府は罰せられるべきである。誰か早く法律会社を建てて政府を罰してもらいたい。
[19567] 国民が同意しなければ、国民は政府の命令を聞かなくていい。 h25.12.5
今は平等制の社会である。人間はみな平等である。政府と国民は平等である。
だから、今の社会では国民は政府の命令を聞く必要はない。ただし、国民の同意がある場合には、国民は政府の命令を聞いてもいい。
今の政府は嘘[うそ]の法律を定めて国民を騙[だま]して嘘の法律を守らせている。政府は税金の法律を定めて国民から税金を取っている。政府は国家宗教の法律を定めて国民に嫌なことをやらせて国民を虐[いじ]めている。今の政府は本当は国民に命令して税金を取ったり国家宗教をやらせたりできないが、国民は政府の嘘の法律に騙されて政府の命令に同意しているために政府の命令を聞いて政府に税金を払ったり国家宗教をやったりしているのである。政府は本当は国民に命令して税金を取ったり国家宗教をやらせたりできないから、国民は政府の命令を聞かず政府に税金を払わず国家宗教をやらなくてもいいのである。たとえ国民が政府の命令を聞かないために政府に捕まって政府に有罪を言い渡されて政府に罰せられそうになっても、国民が自分の有罪を認めず自分が罰せられることを認めなければ、政府は国民を有罪にして罰することができない。政府は国民の同意が得られた場合にだけ国民を有罪にして罰せられるのである。だから、国民はたとえ政府に有罪だと言われても同意しなければいい。そうすれば、政府は国民を釈放せざるを得ないのである。
今は平等制の時代だから、政府と国民は平等だから、政府は国民に命令できない。国民が平等制の法律を守っているかぎり国民は正しいから、国民は誰にも咎[とが]められない。だから、国民は政府の命令を無視して聞かなければいいのである。
[19568] 国民は政府のまちがった法律を守らなくていい。 h25.12.5
今は平等制の社会である。平等制が正しいことになっている。平等制の原理と論理で決めたのが平等制の法律である。今の社会では平等制の法律が通用する。国民は平等制の法律を守っているかぎり正しい。
ところが、政府は多数決でまちがった法律を決めてまちがった法律を国民に守らせている。税金の法律や国家宗教の法律は平等制に反するまちがった法律である。今の社会ではまちがった法律は通用しない。国民は政府のまちがった法律を守らなくていい。たとえ国民が政府の法律を破って政府に捕[つか]まっても、国民が平等制の法律を守っているかぎり国民は正しいから、国民は政府に有罪にされて罰せられることを断れば有罪にされず罰せられない。無罪になって釈放される。
今の政府はまちがった法律を定めて国民にまちがった法律を守らせて国民を騙[だま]している詐欺[さぎ]会社である。しかし、しょせん嘘[うそ]は嘘である。嘘は騙されているうちが有効である。国民が嘘を見破れば嘘は通用しない。政府の税金の法律や国家宗教の法律は政府の嘘である。だから、国民は政府の税金の法律や国家宗教の法律を守らなければいいのである。今の社会では国民が平等制の法律を守っているかぎり国民は正しいから、国民は平等制の法律を守って政府の法律を守らなければいいのである。
法律会社がないと政府のような犯罪者が野放[のばな]しになって不便である。だから、国民は早く政府を倒して正しい法律を定める法律会社に建ってもらって政府のような犯罪者を捕まえて罰してもらわねばならない。
[19569] タイタニック号沈没事故と世界貿易センタービル事件 h25.12.5
タイタニック号沈没事故はタイタニック号が氷山に衝突して起きた。タイタニック号はタイタンが土星の衛星であり、土星に輪っかがあり、つまりタイタンが輪っかであるから頭に輪っかがあるきリストのことである。タイタニック号に煙突が4本あったのは、4がキリストの十字架だからである。つまり、タイタニック号はキリストのことである。一方、氷山は氷山が光る玉だから神武天皇のトンビのことつまり神武天皇のことである。タイタニック号沈没事故はキリストを神武天皇にぶつけた事故である。国家宗教をやっているのは政府だから、当時のイギリス政府が国家宗教で国民を虐[いじ]めるためにわざとに起こした事故である。
世界貿易センタービル事件はジャンボジェット旅客機がツインタワービルに衝突して起きた。ジャンボジェットは神武天皇の光るトンビだから神武天皇のことである。一方、ツインタワービルはツイン←川ブ(ツ≒川、イ≒フ、ン≒゛)←川野延夫[かわののぶお](私の名前)←私、タワー←カブ(タ≒ク≒カ、ワー≒ブ)←川ブ←私、ビル←ルビ←川ブ(ル≒川、ビ≒ブ)←私だから、ツインタワービルは私である。世界貿易センタービル事件は神武天皇を私にぶつけた事件である。国家宗教をやっているのは政府だから、当時のアメリカ政府が国家宗教で国民を虐めるためにわざとに起こした事件である。その後、アメリカ国防総省本庁舎(ペンタゴン)にジャンボジェットが衝突したのは、アメリカ政府がアメリカ政府以外の者がテロを起こしたように見せかけるためにやった芝居である。
昔の政府は身分制で上の者だったから国民を虐めていた。今の政府は詐欺[さぎ]会社だから、まちがった国家宗教の法律を国民に守らせることによって国民を虐めている。政府は多数決でまちがった国家宗教の法律を定めて国民にまちがった国家宗教の法律を守らせて国民を虐めている。宗教団体が宗教団体の神の命令で好き放題なことをやるように、政府は国家宗教の神の情報を使って好き放題なことをやって国民を虐めている。政府は大きな事件から小さな事件に至るまで犯罪になることから犯罪にならないことまで国家宗教で国民に対していろんな嫌なことをやって年がら年中朝から晩まで国民みんなを虐めている。国民は政府に虐められて不幸に暮らさねばならなくなっている。国民はさっさと政府を倒して政府に国民を虐めさせないようにしなければならない。
[19570] 政府はまちがった法律を定めているから、国民は政府の法律を守らなくていい。☆
h25.12.5
今は平等制の時代である。今では平等制が正しいことになっている。『平等制の原理と論理』で決めたのが正しい平等制の法律である。国民は正しい平等制の法律を守って暮らせばいい。
一方、政府は「多数決」でまちがった法律を定めている。政府は多数決でまちがった法律を定めてまちがった法律を国民に守らせている。
国民が『平等制の原理と論理』で定めたのが正しい法律であって、政府が「多数決」で定めたのはまちがった法律である。今の社会における本当の法律は国民が『平等制の原理と論理』で定めた法律であって、政府が「多数決」で定めた法律ではない。国民は正しい平等制の法律を守って、政府のまちがった法律を守らなければいい。
政府の法律はまちがっているから、国民は政府の法律を守らなくていいし、たとえ国民が政府の法律を破っても政府は国民を裁[さば]けない。国民は政府に罰せられるのを断れば政府に罰せられない。無罪放免になる。
政府はまちがった法律を定めて国民を騙[だま]す詐欺[さぎ]会社である。国民が平等制の法律を守っていれば、国民は政府の法律を守らなくていい。国民は政府の命令を聞かなくていい。国民は政府の命令を無視して国家宗教をやらなければいいのである。国民は政府の命令を無視して政府に税金を払わないようにして政府を倒せばいいのである。
[19571] 国民はマンガを読まなくていい。 h25.12.5
日本人は生まれつき五感よりも知覚が発達している。
だから、日本人は本来言葉が好きであって、物は好きではない。絵も好きではない。日本人は昔から眼で見えるものをくだらないと言って無視してきた。
政府は国民にマンガを読まねばならない命令をして国民を虐[いじ]めている。マンガ←ガマン←カブ(マ≒フ、ン≒゛)←川ブ←川野延夫[かわののぶお](私の名前)←私だから、政府は私を神とする国家宗教で国民に命令を出してマンガを読ませているのである。本屋に命令してマンガを売らせてみんなにマンガを読ませているのである。
今は平等制の時代だから、国民は政府の命令を聞かなくていい。国民は平等制の法律を守っていれば正しいから、政府の命令を聞く必要はない。国民は政府の命令でマンガを読まなくていい。国民はマンガをゴミ箱に捨てて、言葉の本を読めばいい。(ただし、子供はまだ知覚に概念が出来ていないから、言葉の本よりも絵や写真の本が適している。私も子供の頃は図鑑ばかり読んでいた。じつは、私も小学中学年から高学年の頃はマンガをたくさん読んでいた。中学生になると自然に絵が嫌になってマンガを読まなくなった。)
[19572] 政府はまちがった法律で国民を騙[だま]している詐欺[さぎ]団体である。
h25.12.6
今は平等制の時代だから、人間はみな平等だから、政府と国民は平等だから、『国民は政府に税金を払わなくていい。』これが今の社会の正しい法律である。
政府は多数決によって「国民が政府に税金を払わねばならない」まちがった法律を定めている。
政府の法律はまちがっているから、国民は政府の法律を守らなくていい。国民は政府の法律を無視して政府に税金を払わず政府を倒せばいい。
国民は正しい平等制の法律を守って正しく暮らせばいい。たとえ政府が文句をつけても、政府のほうがまちがっているのだから、国民は政府を無視して自分の正義を貫[つらぬ]けばいい。
国民みんなで早く政府を倒して、詐欺会社のないきれいな社会にしないといけない。
[19573] 政府はまちがった法律で国民を騙[だま]している詐欺[さぎ]団体である。(その2) h25.12.6
今の政府は国家宗教をやっている。つまり、今の政府は国家宗教の神の情報を使った好き勝手な命令を国民に出して国民を嫌がらせて虐[いじ]めている。政府は余計な命令を出して国民の自由を制限して国民を虐めている。
今は平等制の時代だから、人間はみな平等だから、政府と国民は平等だから、『国民は政府の国家宗教の命令を聞かなくていい。』これが今の社会の正しい法律である。
ところが、政府は多数決によって「国民が政府の国家宗教の命令を聞かねばならない」まちがった法律を定めている。
政府の法律はまちがっているから、国民は政府の法律を守らなくていい。国民は政府の法律を無視して国家宗教をやらなければいい。
国民は正しい平等制の法律を守って正しく暮らせばいい。たとえ政府が文句をつけても、政府のほうがまちがっているのだから、国民は政府を無視して自分の正義を貫[つらぬ]けばいい。
国民みんなで国家宗教をやらなくなって、国民みんなにとって嫌なことのない楽しい社会にしないといけない。国民みんなの自由のある国民みんなの心が満足された国民みんなの喜びのある社会にしないといけない。
[19574] 法律会社の相場[そうば] h25.12.6
今は平等制の時代である。平等制が正しいことになっている。
平等制の法律会社は、『平等制の原理と論理』で平等制の法律を決めて、みんなに平等制の法律を教えて守らせて、平等制の法律の違反者を罰することが仕事である。
平等制の法律会社は、多数決の原理で法律を決めないので、選挙や大勢の国会議員を置く必要がない。平等制の法律会社は国家宗教をやらないので国民みんなに余計な命令を出す必要がない。
平等制の法律会社のおもな仕事は、法律の違反者を逮捕して罰することである。あとはたまに法律を作ることである。
平等制の法律会社の仕事はそれですべてである。平等制の法律会社の仕事はあまりないみたいである。
だから、国民は平等制の法律会社の仕事の値段をだいたい予想できる。それが、平等制の法律会社の相場である。私はNHKの料金と同じくらいで1人当たり1ト月3000円ぐらい(子供は半額)でいいと思う。
平等制の法律会社が国民みんなの相場に近い値段の料金にすればみんなが契約して経営できるだろう。平等制の法律会社が相場よりも高い料金にすればみんなが契約しなくなって潰[つぶ]れるだろう。
法律会社は会社に対しては自動車の点検料金と同じように、“会社の点検料金”を取ればいい。会社に対しては何年かにいっぺん会社の点検を受けることを義務付ければいい。そうすれば、法律会社は会社からもお金を取って儲[もう]かるだろう。法律会社が会社に関する法律を決めて法律を破った会社に対して重い罰を決めれば、会社はうかつに法律を破れないだろう。会社は廃棄物さえちゃんと処理すれば特に問題はない。
[19575] 今の政府はただの犯罪者である。 h25.12.6
今は平等制の社会である。平等制が正しいことになっている。今の社会の法律は平等制の法律である。今ではみんなが平等制の法律を守らなければならない。
ところが、政府は嘘[うそ]の法律を定めて国民を騙[だま]して国民に嘘の法律を守らせて、国民からお金を強盗したり、国民に国家宗教を脅迫したり、国民を国家宗教で虐待したりしている。
今の政府は詐欺[さぎ]や強盗や脅迫や虐待などの平等制の法律に反することをやっている。
だから、政府は有罪である。政府は罰せられるべきである。おそらく、政府は軽く死刑だろう。
国民みんなで早く正しい法律を定める法律会社を建てて、政府のような犯罪者を罰してもらわなければならない。それまで待てない人は自分の手で政府を罰しに行ってもいい。罰することを目的にして殴[なぐ]れば正当だから、誰にも文句を言われない。
[19576] どうして国民は政府の国家宗教の命令を聞いているのか? h25.12.6
今は平等制の時代であって、身分制の時代ではない。今の政府は上の者ではない。今の政府は多数決で嘘[うそ]の法律を決めて嘘の法律を国民みんなに守らせている詐欺[さぎ]会社にすぎない。
税金は日本国憲法第30条で定められているから、国民は30条が正しい法律だと思って第30条を守って政府に税金を払っている。
しかし、国家宗教は日本国憲法では明確に定められていない。むしろ、日本国憲法第20条では宗教の禁止が定められている。
それなのに、今の国民は政府の命令で国家宗教をやっている。今の国民は政府の命令で国家宗教の神の情報を入れたことをやっている。
それは、今の国民が「政府が民主主義の政治機関であって、政府が国民みんなで決めたことをやっているから、国民は政府の命令を聞かねばならない」と思っているからである。今の国民は政府の国家宗教の命令が国家宗教の命令だとわからずに政府の命令を聞いているのである。いわば、今の国民は自分から進んで政府の国家宗教の命令を聞いているのである。平等制においては、自分から進んで他人の命令に従うのはかまわない。今の国民は自分から勝手に政府の命令を聞いている。だから、今の政府や国民の行為は平等制に反していないのである。(もっとも、政府が嘘で国民を騙[だま]すのはいけないが。)ただし、いくら他人の命令であっても国民が強盗や殺人などの平等制の法律に反することをやってはいけない。今は平等制の社会だから平等制の法律が通用する。国民が政府の命令で強盗や殺人などの平等制の法律に反したことをやった場合には、国民が有罪となって罰せられねばならない。(もっとも、今はまだ平等制の法律会社が出来ていないから実際には罰せられないが。)
今は平等制の時代である。平等制が正しいと考えられている。平等制の社会では、自分が平等制の法律を守っているかぎり他人から命令されることはない。平等制の社会では国民と法律会社は平等だから、国民が平等制の法律を守っているかぎり法律会社から命令されることはない。だから、国民は自分が平等制の法律を守っていれば、政府の命令を聞く必要はない。国民は政府の命令を無視して、国家宗教をやらなければいいのである。
[19577] 多数決の原理はまちがっている。 h25.12.6
今の政府は「法律は多数決で決まる」という嘘[うそ]をついて国民を騙[だま]して、多数決でまちがった法律を決めてまちがった法律を国民に守らせている。
そのために、今の国民は多数決の原理を信じて「多数決で物事が何でも決まる」と思っている。
世の中には利口よりも馬鹿が多い。だから、今の国民みんなは多数決で利口よりも馬鹿に合わせているので、どんどん馬鹿になっているのである。みんなが自分の眼で見て周[まわ]りのみんなに合わせるだけで、自分の頭を使って原理と論理で考えないので、ますますみんなが馬鹿になっている。
しかし、本当は『法律は社会の原理と論理で決まる』のである。『原理と論理で考えて物事が何でも決まる』のである。
だから、今の国民みんなは自分の頭で考えて正しいことをしないといけない。周りの馬鹿に合わさずに、正しいことをして生きていかねばならない。
多数決の原理はまちがっている。だから、国民みんなは多数決の原理を守ってはいけない。政府の法律は多数決の原理で出来ているから、国民みんなは政府の法律を守ってはいけない。国民みんなは自分の頭で平等制の原理と論理で正しい法律を考えて正しい法律を守って生きていかねばならない。
戦前は国民みんなが身分制の原理と論理で考えて、上の者である政府に従っていた。だから、今の国民みんなも平等制の原理と論理で考えて、まちがった法律を定めている政府に従わないようにしないといけない。
空想の作り事は多数決によって人気で決めてもいいが、実在のことは原理と論理によって正しいことを考えて決めねばならない。人間は現実の社会の中で生きているから、正しい社会の原理と論理で正しい法律を考えて正しい法律を守って暮らさねばならない。
[19578] 今の国民は人殺しをしても罰せられない。 h25.12.6
今の政府は多数決で嘘[うそ]のまちがった法律を定めている。税金の法律や国家宗教の法律を定めている。法律の体系が法律である。個々の法律が組み合わさってひとつの法律が出来ている。だから、政府の法律は全部まちがいである。
しかも、今はまだ平等制の正しい法律を定めている法律会社が出来ていない。
だから、たとえ国民が人殺しをして政府に捕まっても、政府の法律がまちがっているから、国民が政府に罰せられることを断れば政府は国民を罰せられない。平等制の法律会社はまだ出来ていないから、国民が人殺しをしても平等制の法律会社に捕まって罰せられない。(もっとも、国民の有志[ゆうし]が犯罪者を罰するために犯罪者を殴[なぐ]っても、誰も文句を言わないが。)
つまり、今の社会では国民が人殺しや強盗などをしても無罪放免なのである。国民がいくらでも犯罪を犯せるのである。
今の社会のままでは危険である。だから、誰かが早く平等制の正しい法律を定める法律会社を建てて、平等制の法律を犯した者を逮捕して罰してもらわねばならない。
[19579] 今は自由な社会である。 h25.12.6
今は平等制の社会である。平等制が正しいことになっている。
しかし、実際には、今はまだ平等制の法律を定める法律会社が出来ていない。
だから、今では国民が法律を犯しても法律会社に捕まって罰せられない。国民が人殺しや強盗をしても罰せられない。国民は自由である。
だから、今の政府は嘘[うそ]の法律を定めて国民を騙[だま]しているのである。政府は詐欺[さぎ]だが、今はまだ平等制の法律会社が出来ていないので、政府を捕まえて罰する者がいないので、政府は嘘の法律で国民を騙し続けているのである。
平等制の法律会社が出来ていないのなら、国民が自分自身で法律会社をするしかない。国民が自分で平等制の原理と論理で正しい平等制の法律を定めて自分で正しい法律を守るしかない。政府の法律はまちがっているから守ってはいけない。だから、国民は政府の法律を守らずに暮らせばいいのである。政府が国民に文句をつけても政府に従わなければいいのである。
犯罪者を罰する余裕のある国民は犯罪者を罰してもいい。今の政府は国民を嘘の法律で騙して強盗や殺人などをやっている犯罪者である。だから、犯罪者を罰するのが好きな国民は政府を罰すればいい。
[19580] どうやってマンガに国家宗教の神の情報を入れるのか? h25.12.6
今のマンガやアニメには国家宗教の神の情報が入っている。マンガやアニメだけでなく、日本で作られているすべての商品や製品に国家宗教の神の情報が入っている。
マンガ家は自分でマンガを描[か]いて出版社に原稿を売ってお金をもらっている。だから、マンガ家は自分のマンガを出版社が買ってくれなければお金が得られない。だから、マンガ家は出版社の意向を聞きながら出版社の指示に従ってマンガを描かざるを得ない。
だから、政府が出版社に指示してマンガに国家宗教の神の情報を入れさせているのである。出版社は政府の嘘[うそ]に騙[だま]されて、「政府が正しい法律を定めて正しい法律に基づいて国民に命令している」と思っているので政府の命令を聞くのである。政府の命令が政府が自分の独断で決めた国家宗教の命令だとわからずに政府の命令を聞くのである。
しかし、今は平等制の時代だから、国民と政府は平等だから、国民は平等制の法律を守っていれば政府の命令を聞かなくていい。出版社は政府の命令を聞いて国家宗教をやらなくていい。
マンガ家もいまどきいちいち出版社に頼ってマンガを売るのは古い。今では売れているマンガ家は自分で直接に印刷所に頼んで本を作ってもらって本を売って儲[もう]けるべきである。そうすれば収入が増える。そうすれば国家宗教に制約されずに自由自在にマンガが描ける。みんなに売れる面白いマンガが描ける。みんなも面白いマンガが読めて大喜びである。
[19581] 国民が政府の嘘[うそ]を見破れば国民は政府に従わなくていい。 h25.12.6
今の政府は「法律が多数決で決まる」と嘘をついて国民を騙[だま]して、多数決でまちがった法律を定めてまちがった法律を国民に守らせている。政府はまちがった法律を定めてまちがった法律に基づいて国民にまちがった命令を出してまちがったことをやらせている。政府は国民に命令して国民に政府に税金を払わせたり、国民に神の情報が入ったことをやらせたりしている。
今の政府は国民に嘘をついて国民を騙して政府に従わせている。今の社会ではそれしか国民が政府に従う理由はない。
だから、国民が政府の嘘を見破れば国民は政府に従わなくていい。
本当は『法律は社会の原理と論理で決まる。』今の社会の原理は平等制である。だから、国民が自分で考えて平等制の原理と論理で法律を決めて法律を守って暮らせばいい。
今の社会では人間はみな平等だから、国民は会社と自由に契約して会社に仕事をしてもらって会社にお金を払えばいい。だから、国民は政府と自由に契約して政府に仕事をしてもらって政府にお金を払えばいい。だから、国民は政府に税金を払わなくていい。
今の社会では人間はみな平等だから、平等制の法律を守っていれば、他人に命令される必要はない。国民は政府に命令される必要はない。国民は政府の命令を聞かなければいい。国民は政府の命令で国家宗教をやらなければいい。
今の国民は正しい平等制の法律を守って、政府に税金を払ったり国家宗教をやったりせずに暮らせばいい。
[19582] 今は『馬鹿の時代』である。 h25.12.6
今の政府は嘘[うそ]の法律を定めて国民を騙[だま]して国民から税金を取ったり国民に国家宗教をやらせたりしている。国民みんなは政府に不幸にされている。
しかし、国民の中には全然困っていない者もいる。毎日楽しく暮らしている者もいる。
いくら中世のヨーロッパが暗黒時代だったからといって、みんなが暗黒時代だったわけではない。中にはけっこう楽しくやっていた者もかなりいる。景気がよかった町もある。全体的に見ると暗黒時代だったのである。後世のヨーロッパと比べると暗黒時代だったのである。
未来の人から見ると、今の時代は国民みんなが嘘の法律を定めている詐欺[さぎ]会社に騙されている史上最悪の時代なのかもしれない。未来の人は今の時代を『馬鹿の時代』と呼んでいるかもしれない。
今の時代は国民みんなが詐欺会社に騙されている哀[あわ]れな時代である。戦前までは国民みんなが正しいと考えていた身分制を守っていたし、未来は国民みんなが正しいと考えている平等制を守って暮らしているだろう。今はみんなが詐欺会社の政府に騙されてまちがった法律を守って暮らしている一番みっともない時代である。昔の国民みんなも未来の国民みんなも政府に騙されていないのに、今の国民みんなだけ政府に騙されている。だから、みんなは早く今の情けない時代を終わらせて、みんなが正しい法律を守って暮らすようにならねばならない。
[19583] 今の国民は政府の嘘[うそ]に騙[だま]されないようにして政府の命令を聞かなければいい。☆
h25.12.6
今の政府は「法律は多数決で決まる」という嘘をついて国民を騙して、多数決でまちがった法律を決めてまちがった法律に基づいて国民にまちがった命令を出して国民にまちがったことをやらせている。そうやって、政府は国民から税金を取ったり、国民に国家宗教で嫌なことをやらせて国民を虐[いじ]めている。
今の政府は国民に嘘をついて国民を騙してまちがった法律を決めている。だから、国民は政府の嘘に騙されないようにして、政府のまちがった命令を聞かなければいい。まちがったことをしなければいい。国民は政府に税金を払わず政府を潰[つぶ]せばいい。国民は国家宗教で嫌なことをやらなければいい。
今の国民は自分で平等制の原理と論理で平等制の法律を考えて平等制の法律を守らなければならない。国民みんなが早く平等制の法律を守るようになって、政府を潰して、平等制の法律会社が建って平等制の法律会社に仕事をしてもらわねばならない。
[19584] 今の政府の法律はまちがっているから、国民は政府の法律を守らなくていい。☆
h25.12.7
今の政府は「法律は多数決で決める」と嘘[うそ]をついて国民を騙[だま]して、多数決でまちがった法律を決めてまちがった法律を国民に守らせている。政府は税金の法律や国家宗教の法律を決めている。税金の法律とは、政府が国民に命令して国民からお金を取れる法律である。国家宗教の法律とは、政府が国民に命令して国家宗教の神の情報が入ったことを何でもやらせられる法律である。国民は税金の法律や国家宗教の法律を守っているから、政府の命令を聞いて政府にお金を払ったり国家宗教の神の情報が入ったことを何でもやっているのである。
しかし、本当は『法律は社会の原理と論理で決まる。』政府が「多数決で法律が決まる」と言っているのは嘘である。政府は多数決でまちがった法律を決めている。だから、国民は政府の法律を守らなくていい。国民は税金の法律や国家宗教の法律を守らなくていい。国民は政府の命令で政府にお金を払ったり国家宗教の神の情報が入ったことをやったりしなくていい。
『法律は社会の原理と論理で決まる。』今の社会の原理は平等制である。だから、今の国民は自分で考えて平等制の原理と論理で正しい平等制の法律を決めて正しい平等制の法律を守ればいいのである。政府の法律はまちがっているから守らなければいいのである。たとえ国民が政府の法律を守らないために政府に捕まっても、国民が政府に罰せられることを断れば罰せられなくていいのである。だから、国民は政府の法律を守らなくていいのである。
[19585] 人間は正しいことをしなければならない。☆ h25.12.7
『人間は正しいことをしなければならない。まちがったことをやってはいけない。』それが人間の最高原理である。
昔は身分制が正しかったから、みんなが身分制をやらねばならなかった。政府が上の者で、国民が下の者だった。国民みんなは政府に従わねばならなかった。政府は国民に命令して国民からお金を取ったり国民に戦争や国家宗教をやらせて国民を虐[いじ]めなければならなかった。
今は平等制が正しいから、みんなは平等制をやらねばならない。人間はみな平等だから、政府と国民は平等にしなければならない。
政府は「法律は多数決で決める」という嘘[うそ]をついて国民を騙[だま]して、多数決でまちがった法律を決めてまちがった法律を国民に守らせて国民にまちがったことをやらせている。政府は税金の法律や国家宗教の法律などのまちがった法律を定めて、国民に命令して国民からお金を取ったり国民に国家宗教の神の情報が入ったことをやらせて国民を虐めている。政府の法律はまちがっているから、国民は政府の法律を守ってはいけない。国民は政府の命令で政府に税金を払ったり、国家宗教の神の情報が入ったことをやったりしてはいけない。
本当は『法律は社会の原理と論理で決まる。』今は平等制が正しい社会の原理だから、みんなは平等制の原理と論理で平等制の法律を決めて平等制の法律を守って暮らさなければならない。
[19586] 平等制の社会では人間は他人に命令できない。 h25.12.7
昔は身分制の社会だった。人間が不平等だった。上の者が下の者に命令できた。政府が上の者で、国民が下の者だった。だから、政府は国民に命令して国民からお金を取ったり、国民に国家宗教で嫌なことをやらせて国民を虐[いじ]めていた。政府は国民の役に立つことをしなかった。
今は平等制の社会である。人間はみな平等である。平等制の社会では人間は他人に命令できない。だからこそ、人間は他人の役に立つことをして交換に他人からお金をもらわなければならないのである。そのために、平等制の社会では、みんながみんなのために役に立つ仕事をしているのである。会社は国民と自由に契約して国民に仕事をして国民からお金をもらわねばならないのである。(ただし、平等制の法律の違反者に対しては強制的に罰することができる。)
ところが、今の政府は「法律は多数決で決める」という嘘[うそ]をついて国民を騙[だま]して、多数決で税金の法律や国家宗教の法律などのまちがった法律を決めて国民みんなにまちがった法律を守らせている。政府は国民に命令して国民からお金を取ったり国民に国家宗教の神の情報が入ったことをやらせている。政府の法律はまちがっているから、国民は政府の法律を守ってはいけない。国民は政府の税金の法律や国家宗教の法律を守らず、政府の命令で政府に税金を払ったり国家宗教の神の情報が入ったことをやってはいけない。
今は平等制の社会である。今では平等制が正しい。法律は社会の原理と論理で決めるものである。だから、今のみんなは平等制の原理と論理で正しい平等制の法律を決めて正しい平等制の法律を守って正しく暮らさねばならない。
[19587] 政府はニセモノの法律会社だから罰しなければならない。 h25.12.7
昔は身分制の社会だった。身分制が正しいとされていた。みんなが身分制の原理と論理で身分制の法律を考えて守っていた。昔は身分制が客観的に正しいと考えられていたから、身分制の法律の違反者に対しては強制的に罰することができた。政府は身分制の法律の違反者をその意思を問わず逮捕して刑務所に入れて罰した。
反対に、今は平等制の社会である。平等制が正しいとされている。みんなが平等制の原理と論理で平等制の法律を考えて守っている。今は平等制が客観的に正しいと考えられているから、平等制の法律の違反者に対しては強制的に罰することができる。平等制の法律会社は平等制の法律の違反者をその意思を問わず逮捕して刑務所に入れて罰することができる。
正しい法律には強制力があるが、まちがった法律には強制力がない。今の政府は国民に「多数決で法律を決める」という嘘[うそ]をついて国民を騙[だま]して、多数決でまちがった法律を決めて国民にまちがった法律を守らせている。政府は税金の法律や国家宗教の法律などのまちがった法律を定めて、国民に命令して国民からお金を取ったり国民に国家宗教の神の情報が入ったことをやらせている。政府の税金の法律や国家宗教の法律はまちがっているから、政府の税金の法律や国家宗教の法律は強制力がないから国民は守らなくていい。国民は政府の命令で政府に税金を払ったり国家宗教の神の情報が入ったことをやったりしなくていい。たとえ国民が政府のまちがった法律を破ったために政府に逮捕されても、まちがった法律には強制力がないから、国民が政府に罰せられることを断れば国民は政府に罰せられない。だから、国民は安心して政府のまちがった法律を破ればいいのである。
今の政府は国民に「法律は多数決で決める」という嘘をついて国民を騙して、多数決でまちがった法律を定めて国民にまちがった法律を守らせて国民からお金を取ったり国民を虐待している。政府は詐欺[さぎ]や強盗や脅迫や殺人などをやっている。政府は平等制の法律に反している。だから、平等制の法律会社は政府を逮捕して刑務所に入れて罰しなければならない。しかし、実際には、まだ平等制の法律会社は出来ていないから、政府は野放[のばな]しである。誰か早く平等制の法律会社を建てて政府を罰してもらいたい。政府を罰するのが好きな人は政府を罰してもらいたい。
[19588] 空耳を嫌がってはいけない。 h25.12.7
お風呂に入っているときに近所の男がテレパシーで「いい身体してるな」と言ったのが聞こえてから分裂病に罹[かか]った不幸な女の子がいる。
それは、女の子がマンガやテレビドラマを真似[まね]てエッチなことを言うテレパシーをわざわざ自分で激しく嫌がったために、条件反射でテレパシーと嫌悪感の間に神経連絡が出来て、テレパシーが聞こえるたびに嫌悪感が興奮して嫌な気持ちがするようになったからである。
だから、たとえテレパシーが聞こえてもテレパシーを激しく嫌がってはいけない。テレパシーをどうでもいいことだと考えて気にしなければいい。
人間は五感を心で見すぎると精神病に罹る。だから、心を興奮させて五感を心で見すぎてはいけない。テレパシーは五感の一種である。だから、テレパシーを嫌がりすぎてはいけない。
男と女では分裂病の罹り方が違う。男はたまたま他人の態度が気に食わなくて怒ってテレパシーで他人の態度を直そうとして自分からテレパシーを使おうとして分裂病に罹る。女はたまたま聞こえたテレパシーを激しく嫌うことによって分裂病に罹る。だから、男はたとえ他人の態度が気に食わなくてもテレパシーを使って他人の態度を直そうとしてはいけない。男は他人の態度が気に入らない場合には腕や言葉で他人の態度を直さなければならない。それができない場合には我慢[がまん]するしかない。女はたとえテレパシーが聞こえてもテレパシーを嫌がらずテレパシーを気にしてはいけない。男には男の分裂病に対する対処法を、女には女の分裂病に対する対処法を教えなければならない。両方を教えてもいい。
私の母は私が小学生の頃に私にテレパシーがあるということを教えてくれただけでテレパシーに対してどうしたらいいかを教えてくれなかったので、私が高校1年生のときに私が隣の席にいたやつの態度が気に入らなくて怒ってテレパシーを使って態度を直そうとして分裂病に罹ってしまった。
[19589] 政府は強盗である。 h25.12.8
今の政府は国民に「法律は多数決で決める」という嘘[うそ]をついて国民を騙[だま]して、多数決で税金の法律や国家宗教の法律などのまちがった法律を決めて国民にまちがった法律を守らせて、国民に命令して国民からお金を取ったり国民に国家宗教をやらせている詐欺[さぎ]団体である。
政府は詐欺や強盗や殺人などをやっている。
政府は平等制の法律を犯している。政府は有罪である。政府は罰すべきである。
国民が強盗を殴[なぐ]りつけるのは正当防衛である。今では政府と国民は平等だから、政府が国民から税金を取るのは強盗である。だから、国民は自分から税金を取ろうとする者がいたら顔を殴りつけて殺してやればいい。
会社の社長が社員の稼[かせ]ぎを横取りするのも強盗だから、社員が正当防衛で社長を殴ったり蹴[け]ったりして社長を会社から追い出せばいい。能なしのバカ親父[おやじ]を会社から追放すればいいのである。社長は見かけが立派なだけで中身はクズだ。だから、社長を生かしてはいけない。そもそも社長は身分制で成り立っているだけの地位である。しかし、今は平等制の時代である。今では身分制がない。だから、今の社長は空威張[からいば]りである。社員は社長に従う必要はない。社員は社長の命令を聞かず社長にお金をやったり嫌なことをやったりしなければいいのである。社員は社長にお金をやらず社長を潰[つぶ]せばいいのである。
[19590] どうして政府は国民にマンガを読ませるのか? h25.12.8
今の政府は国民に国家宗教で命令して国民にマンガを読ませている。日本中の本屋にたくさんマンガを置かせたり、教科書にマンガを載せたり、マンガ列車を走らせたり、マンガのキャラクターの銅像を建てたりしている。
今の政府が国民にマンガを読ませているのは、国民が現実と空想の区別ができなくするためである。つまり、国民に正しいこととまちがったことの区別をつかなくさせるためである。
今の政府は国民に「法律は多数決で決める」という嘘[うそ]をついて国民を騙[だま]して、多数決で税金の法律や国家宗教の法律などのまちがった法律を定めて国民にまちがった法律を守らせている。国民が正しいこととまちがったことの区別がつかなければ、国民は政府のまちがった法律をよく守る。だから、政府は国民にマンガを読ませて、国民に現実と空想の区別をつかなくさせて、正しいことをまちがったことの区別がつかなくさせて、国民にまちがった法律を守らせようとしているのである。政府は自分が国民から税金を取って生き残るために、国民にまちがった法律を守らせているのである。
政府の法律はまちがっている。まちがった法律には強制力がない。だから、国民は政府の法律を守らなければいい。国民が政府の法律を破っても、国民が政府に罰せられることを断れば国民は政府に罰せられない。だから、国民は正々堂々と政府の法律を破ればいいのである。
国民がマンガを読みすぎると、現実と空想の区別がつかなくなって、正しいこととまちがったことの区別がつかなくなって、国民が馬鹿になる。国民がマンガを読みすぎると正義の心が働かなくなってフニャフニャした曖昧[あいまい]なことしかわからないノータリンになる。だから、国民はマンガを読みすぎてはいけない。国民が現実だけを見ていれば、現実のことがよくわかる。だから、国民はマンガを読まずに現実だけを見るようにして、現実をよく理解しなければならない。
[19591] 今の政府は多数決でまちがった法律を定めて国民を好き放題にしている。
h25.12.8
昔は身分制の時代だった。政府は上の者だった。国民は下の者だった。国民は政府に従っていた。政府は国民に好き放題な命令をしていた。
今は平等制の時代である。政府は上の者ではない。国民は下の者ではない。そのままでは国民は政府に従わない。そのままでは政府は国民に好き放題に命令できない。
そこで、政府は法律会社を使って、国民に「法律が多数決で決まる」という嘘[うそ]をついて国民を騙[だま]して、多数決でまちがった法律を定めて国民にまちがった法律を守らせて国民を自分の好き放題にしている。政府は平等制に反する税金の法律や国家宗教の法律を定めて、国民に政府にお金を払わせたり国家宗教の神の情報が入ったことを何でもやらせたりして国民を好き放題にしている。
今の政府は法律を使った詐欺[さぎ]によって、国民を好き放題にしているのである。
本当は、『法律は社会の原理と論理で決まる』のである。国民は自分で平等制の原理と論理で正しい法律を考えて正しい法律を守ればいいのである。国民は政府のまちがった法律を守ってはいけない。国民は政府の命令で政府に税金を払ったり国家宗教をやったりせずに、政府の好き放題にされないようにしなければならない。
[19592] 人間は実在の世界に適応して生きていかねばならない。☆ h25.12.8
テレパシーのない世界は嘘[うそ]の世界で、テレパシーのある世界が本当の世界である。
みんなはテレパシーのない世界を本当の世界だと思っているから、本当の世界に適応できないのである。かえって分裂病に罹[かか]って苦しまねばならなくなっているのである。分裂病の本態や原因がわからなくてお手上げになっているのである。裸で外に出て風邪[かぜ]を引くようなものである。崖[がけ]から飛び降りて死ぬようなものである。
それと同じように、今では税金の法律や国家宗教の法律がある社会は嘘の社会で、税金の法律や国家宗教の法律のない社会が本当の社会である。
みんなは税金の法律や国家宗教の法律がある社会を本当の社会だと思っているから、本当の社会に適応できなくなっているのである。そのために、政府に税金を取られたり政府に国家宗教をやらされたりしてまちがったことをやって不幸に暮らさねばならなくなっているのである。
人間がテレパシーがあると考えてテレパシーに適切に対処することによって実在の世界に適応して正しく幸福に生きていけるように、国民は税金の法律や国家宗教の法律がないと考えて政府に適切に対処することによって今の実在の社会に適応して正しく幸福に暮らせるのである。
[19593] 精神分裂病のロボトミー療法 h25.12.8
昔は精神分裂病の患者に対して外科的に大脳前頭葉を切り離すロボトミー療法が行われた。
人間の大脳前頭葉を切り離せば、心の感覚を荷[にな]う脳細胞が死んで心がなくなって心で五感(テレパシーも含む)を見ることがなくなってテレパシーを不愉快[ふゆかい]に思わなくなって暴れなくなるからである。
しかし、人間から心がなくなれば人間に喜びがなくなって人間が生きる気力を失って自殺して死ぬことがその後明らかになった。そのために、今では精神分裂病のロボトミー療法は行われていない。
人間が生きるためには心が必要である。だから、心は切り離せない。だから、分裂病に対しては知覚を働かせて知覚で五感(テレパシーを含む)を見て治すしかない。人間は分裂病に罹[かか]ろうが罹るまいが、知覚を働かせて知覚で五感を見て実在に適応して生きていかねばならない。人間は知覚で自分の心を見て自分の心を満足して幸福に暮らさなければならない。人間は知覚で五感と心を見て、実在に適応しながら自分の心を満足させて正しく楽しく暮らさねばならない。
[19594] 医者も政府も詐欺師[さぎし]である。 h25.12.8
医者は国民にまちがった医学の知識を教えて国民を病気に罹[かか]らせて国民からお金を取って儲[もう]けている。医者は研究機関に頼んで新型のウイルスを作らせて、みんなを風邪に罹らせて儲けている。
政府は国民にまちがった法律を教えて国民にまちがった法律を守らせて国民に命令して国民からお金を取って儲けたり国民に国家宗教をやらせて国民を虐[いじ]めたりしている。
医者も政府も国民にまちがったことを教えて国民を騙[だま]して国民に余計なお金を払わせて儲けている。
医者や政府は嘘[うそ]つきである。国民は医者や政府の嘘に騙されてはいけない。国民は医者や政府に頼らず自分で正しいことを考えて正しいことを守って、医者や政府に余計なお金を払ってはいけない。国民は医者や政府にお金をやらないようにして、医者や政府を潰[つぶ]さねばならない。
[19595] 日本人はヨーロッパ人よりも頭がいい。 h25.12.8
ヨーロッパ人は眼で見た実在が本当の実在だと思うが、
日本人は頭で見た実在が本当の実在だと考える。
ヨーロッパ人は眼で見た実在に適応して生きているが、
日本人は頭で見た実在に適応して生きている。
ヨーロッパ人は眼で見た実在を本当の実在だと考えて、眼で見た実在で自分の心を満足して生きているが、
日本人は頭で見た実在を本当の実在だと考えて、頭で見た実在で自分の心を満足して生きている。
ヨーロッパ文化は五感的でくだらない。
日本文化は知覚的で優れている。
要するに、ヨーロッパ人は馬鹿で、日本人は利口である。利口が馬鹿を見習ってはいけない。日本人はヨーロッパ人の馬鹿を利口と思うほど馬鹿になってはいけない。
ヨーロッパ人は馬鹿だから、ヨーロッパにはいろんなまちがいがある。例えば、ヨーロッパ人は「テレパシーがない」と考えたり、「多数決で法律が決まる」と考えている。本当は、『テレパシーがある』し、『社会の原理と論理で法律が決まる』のである。日本人はヨーロッパ人の正しいところだけを取り入れて、まちがったところを取り入れてはいけない。
[19596] 政府はまちがった法律を決めているインチキ法律会社である。☆ h25.12.8
今は平等制の社会である。今では平等制が正しい社会の原理だと考えられている。今の社会には税金の法律や国家宗教の法律はない。
ところが、政府は多数決でわざとにまちがった法律を決めて、国民に「今の社会には税金の法律や国家宗教の法律がある」と嘘[うそ]をついて、国民に税金の法律や国家宗教の法律を守らせている。国民は政府の命令で政府に税金を払ったり、国家宗教の神の情報が入ったことを何でもやったりしている。
しかし、本当は『今の社会には税金の法律も国家宗教の法律もない。』国民は政府の嘘に騙[だま]されてはいけない。
国民は『今の社会には税金の法律や国家宗教の法律はない』と考えて、政府の税金の法律や国家宗教の法律を守らなければいい。国民は政府の命令で政府に税金を払ったり、国家宗教の神の情報が入ったことをやったりしなければいい。国民は政府に税金をやらないようにして政府を潰[つぶ]せばいい。
今の政府は「今の社会にはない法律」を勝手に作って国民に守らせて国民からお金を取って儲[もう]けている詐欺[さぎ]団体である。国民は政府の嘘の法律に騙されないようにして政府の嘘の法律を守らないようにして政府にお金をやってはいけない。
人間にとっては頭で見ている実在が本当の実在である。本当の社会には税金の法律や国家宗教の法律はない。政府は眼先で嘘の法律を決めているだけである。政府の憲法にはしっかりした活字で税金の法律や国家宗教の法律が定められている。だから、国民みんなは政府の法律を守らずに本当の法律を守ればいいのである。
[19597] 今では『社会の原理と論理で法律を定める』ことが正しいことになっている。
h25.12.9
昔は「身分制」が正しいことになっていた。「法律は多数決で決める」ことが正しいことになっていた。昔は『平等制』を唱[とな]えた者はまちがった者として罰せられた。『法律が社会の原理と論理で決める』ことを唱えた者はまちがった者として罰せられた。
しかし、今では『平等制』が正しいことになっている。『法律が社会の原理と論理で決める』ことが正しいことになっている。今では「身分制」を唱えた者はまちがった者として罰せられる。今では「法律が多数決で決まる」と唱えた者は罰せられる。今は昔とは反対である。
それなのに、今の政府は昔と同じように「法律が多数決で決める」ことが正しいとして、強引に多数決でまちがった法律を決めている。政府は多数決で平等制に反する税金の法律や国家宗教の法律を定めている。
政府が独[ひと]りで馬鹿をやっているだけである。だから、政府が悪い。政府はまちがった法律を定めているから、国民は政府の法律を守らなくていい。
今の国民は自分で正しい法律を考えて正しい法律を守ればいい。今の国民は政府の法律がまちがっていると考えて、政府の法律を守らなくていい。国民は政府に命令されても政府に税金を払ったり国家宗教の神の情報が入ったことをしなければいい。
政府はいまだに古臭いまちがった「多数決の原理」で法律を決めているまちがった法律会社である。国民は政府の法律がまちがった法律だと考えて、政府の法律を無視して守らなければいい。
[19598] 『平等制の原理』と「法律を多数決で決める原理」は折り合いが悪い。
h25.12.9
「身分制の原理」と「法律を多数決(間接民主制)で決める原理」は折り合いがよかった。「身分制の原理」では政府が上の者であり、政府が「多数決」で自分勝手な法律を決めることができた。逆に、政府が「多数決の原理」で法律を決めると政府が自分勝手な法律を決めることができて、政府が上の者であることになったからである。
しかし、『平等制の原理』と「法律を多数決で決める原理」は折り合いが悪い。「多数決の原理」からは、税金の法律や国家宗教の法律などの平等制に反する法律が決まるからである。だから、『平等制の原理』は「多数決の原理」と組ませてはいけない。『平等制の原理』は『法律を社会の原理と論理で決める原理』と組まさねばならない。今では『平等制の原理』が正しいことになっているから、『法律を社会の原理と論理で決める原理』が正しいとしなければならない。
要するに、多数決の原理は身分制と論理的に同値である。多数決の原理は身分制の言い換えである。多数決の原理は身分制と同じである。今は平等制の時代だから、今では平等制が正しいから、身分制がまちがっているから、多数決の原理を用いてはいけない。多数決の原理を用いて決めた法律は身分制の法律だから、今の平等制の時代には守ってはいけない。
[19599] 多数決と身分制は同じである。 h25.12.9
今の政府は多数決で法律を決めている。
ところが、多数決は身分制と同じである。多数決では政府が自分の好き勝手に法律を決められるから、政府が上の者をやっているのと同じである。
つまり、今の政府は身分制をやっている。
しかし、今は平等制の時代である。身分制をやってはいけない。
だから、政府は多数決で法律を決めてはいけない。政府が多数決で決めた法律はまちがっているから、国民は政府が多数決で決めた法律を守ってはいけない。
国民は自分で平等制の原理と論理で考えて正しい法律を決めて正しい法律を守って、政府の法律を守ってはいけない。
[19600] 国民は政府のまちがった法律を守らなければいい。 h25.12.9
今は平等制の社会である。平等制が正しいと考えられている。だから、国民は平等制の法律を守ればいい。国民は平等制の原理と論理で平等制の法律を決めて平等制の法律を守ればいい。
ところが、政府は多数決で税金の法律や国家宗教の法律などのまちがった法律を定めている。
だから、国民は政府の税金の法律や国家宗教の法律を守らなければいい。
政府はまちがった法律を定めるインチキ法律会社だから、国民は政府に税金をやらないようにして政府を潰[つぶ]せばいい。