[18801] 政府は要らない。 h25.9.21
国の決まりは国民みんなで決めて国民みんなで教え合って国民みんなで守ればいいだけである。国民みんなで犯罪者を罰すればいいだけである。国民みんなで犯罪者を雇わなかったり犯罪者に仕事をしてやらなかったりして犯罪者を社会的に制裁して犯罪者を罰すればいいだけである。犯罪者にとっては国民みんなが警察であり社会が刑務所である。
政府は国民みんなで決めた決まりを国民みんなから教えてもらって自分が決めた決まりみたいにして国民みんなに守らせたり犯罪者を罰したりしているだけである。
政府がなくても国民は困らない。政府の民主主義の政治機関はなくてもいい。
しかも、政府は自分勝手に法律を作って国民に守らせている。政府は自分が国民からお金を強盗できる法律や国民を嫌がらせたり国民を虐待したりできる法律を作って国民に守らせたり違反者を罰したりしている。政府は「自分が国民みんなのために仕事をするためにはお金が要る」と言って国民から税金を取っているが、実際には政府は強盗をしているのである。政府は民主主義の政治機関のふりをして強盗や脅迫や虐待などの悪いことをやっている。しかも、人間には『善い人が悪いことをやっても悪いことをやっていると思わない心理』があるために、国民には政府が悪いことをやっていることがわからない。
政府は悪い法律会社である。政府は自分が法律を作れると思って自分勝手に自分に一方的に有利な法律を作ってお金を儲[もう]けたり国民を虐[いじ]めて遊んだりしているのである。
政府は民主主義の政治機関ではないのである。政府は独裁主義の政治機関であって民主主義の政治機関ではない。政府は独裁主義の政治機関が民主主義の政治機関のふりをしているだけである。政府は犯罪組織が民主主義の政治機関のふりをしているだけである。
国民にとっては政府の政治機関がなくても困らない。むしろ、国民にとっては政府の政治機関は悪いことをするのでないほうがいい。政府は水道会社やゴミ会社や学校や役所などをやっているが、そもそも政府は政治機関(法律を作ってみんなに法律を守らせて犯罪者を罰する会社)であって、政府と水道会社やゴミ会社や学校や役所などは関係ない。国民は水道会社やゴミ会社や学校や役所などにその都度[つど]お金をやって仕事をしてもらえばいいだけである。政府は国民からお金を強盗できる法律を作ってお金を強盗したり、国民を虐められる法律を作って国民を虐めて遊んでいるだけである。だから、国民みんなで政府を倒せばいいのである。政府に税金をやらないようにして政府を倒せばいいのである。
政府は独裁主義の政治機関であって民主主義の政治機関ではない。政府は国民を幸福にせずに不幸にする。国民みんなで早く政府を倒して本物の民主主義の政治機関を建てねばならない。国民みんなにテレビや新聞や手紙で法律を教えたり、犯罪者を国民みんなの制裁から守る会社を建てねばならない。
[18802] 今の人は自分を客観的に見ることができる。 h25.9.21
政府は民主主義の政治機関のふりをして国民を騙[だま]している詐欺[さぎ]会社である。
昔の人は自分を客観的に見れなかったので、『人間には善い人は悪いことをやっていると思わない心理がある』ことがわからなくて、政府が善い人のふりをしていることに騙されて政府が悪いことをやっているのがわからなくて、政府を善い団体だと思って政府に従っていた。政府の命令に従って政府にお金を盗られて政府に虐[いじ]められていた。『人間には善い人は善いことをやっていると思う心理がある』ので、昔の人は政府の善い人の芝居に騙されて政府が強盗するのは善いことだと思わされて、政府が強盗しないのは悪いことだと考えて、政府にお金を強盗されて喜んでいたのである。
今の人は自分を客観的に見るので、『人間には善い人は悪いことをやっていると思わない心理がある』と考えて、政府が善い人のふりをして国民を騙して悪いことをやっていることがわかって、政府を悪い団体だと考えて政府を倒すようになったのである。政府にお金をやらなくなって政府を倒すようになったのである。
今の人は自己認識がある。だから、今の人は自分の欠点がわかって他人に自分の欠点を利用されなくなったのである。政府は国民を騙して儲ける会社だから、政府は国民が騙せなくなって潰[つぶ]れているのである。
[18803] 政府には善悪の二つの顔がある。 h25.9.21
政府は法律会社である。
政府は国民みんなで決めたことを法律にして、国民みんなに法律を守らせて、法律の違反者を罰している。これだけ見れば政府は善い会社である。
じつは政府は悪い法律会社である。政府はドサクサに紛[まぎ]れて、国民みんなで決めた法律といっしょに自分の独断で法律を決めて、国民みんなに自分の独断で決めた法律を守らせて、自分の独断で決めた法律の違反者を罰している。
政府には善い面と悪い面の両面がある。要するに、政府は悪い会社である。
だから、今の国民は政府を悪い会社だと考えて政府を倒しているのである。政府に税金を払わないようにして政府を金欠[きんけつ]にして倒しているのである。政府がいなくなれば、国民みんなで法律を決めて国民みんなで法律を守って国民みんなで犯罪者を罰することができる。国民にとってはそのほうが自分たちが幸福になれるからそのほうがいい。だから、今の国民は喜んで政府を倒しているのである。
昔の国民は「政府の法律が国民みんなで決めた法律だ」と思って一生懸命に政府の法律を守っていた。
今の国民は『政府の法律が政府が独断で決めた法律が混じっている』と思って政府の法律を全部は守らなくなった。今の国民は納税の義務が政府が独断で決めた法律だと思って政府に税金を払わなくなっている。そのために、政府は潰[つぶ]れている。
国民は政府が最初からインチキ法律会社だと思って政府を倒せばいいだけである。政府が善いことをやっているのは政府が国民みんなで決めた決まりをやっているからである。国民みんなで決めた決まりは政府がいなくても国民みんながいれば決められる。政府がいなくても国民みんなが国民みんなで決めた決まりを教え合って守ればいいだけである。だから、政府は要らない。だから、今の国民は躊躇[ちゅうちょ]せずに政府を倒せばいいのである。
[18804] 政府は法律の卸業者[おろしぎょうしゃ]である。 h25.9.21
政府は国民みんなで決めた決まりを法律にして、国民みんなに命令して守らせて、法律の違反者を罰している。
本来は国民みんなが国民みんなで決まりを決めて、国民みんなが決まりを守って、国民みんなが決まりに反した者を罰すればいいだけである。
政府は法律の流れの中に無理やり入り込んで国民からお金を盗ってちゃっかり儲[もう]けている。政府は国民みんなが決めた決まりを自分が決めた決まりにして、国民に高い値段をつけて売っているのである。法律は本来ただなのに、政府はわざわざ値段をつけて売っているのである。
おまけに、政府は自分の独断で自分にとって一方的に有利な法律を決めて国民に出して守らせている。
法律に卸業者がいても悪くはないが、まじめに卸業をしなければならない。政府のような国民みんなが決めない法律まで法律にするインチキ卸業者は社会の迷惑である。だから、国民みんなで早く政府を倒さねばならない。
[18805] 今の国民にとっては政府が悪い会社にしか見えない。 h25.9.21
政府は最初から犯罪組織である。強盗や脅迫や虐待などの悪いことをやる団体である。
弥生時代になって国民みんなが法律を作って法律を守って暮らすようになったので、政府は法律を利用して国民を騙[だま]して自分が犯罪をやりやすくして犯罪をやるようになったのである。
政府は法律会社を建ててみんなのために法律の仕事をやっているふりをして、国民みんなで決めた善い法律に紛[まぎ]れて自分の独断で“政府が強盗や脅迫や虐待をやってもいい悪い法律”を作って、国民みんなに政府が強盗や脅迫や虐待をやってもいい法律を守らせて強盗や脅迫や虐待などをやっているのである。政府は強盗を税金に、脅迫や虐待を戦争や国家宗教という別の言葉に置き換えて、国民に政府が悪いことをやっているのをわからないようにして悪いことをやっているのである。
政府は法律を利用して自分が悪いことをやれるようにして悪いことをやっているのである。
政府は犯罪会社が法律会社のふりをしているだけである。犯罪会社が悪い法律を決めて自分が悪いことをやっているのである。
昔の国民は政府が法律会社だと思って政府が善い会社だと思って、政府に従っていた。政府に税金を払って政府を儲[もう]けさせていた。
今の国民は政府が犯罪組織だと考えて政府が悪い会社だと考えて、政府を倒している。政府に税金を払うのをやめて政府を儲からないようにして政府を倒している。
今の国民は頭が良くなって物の正体が見えすぎる。今の国民には政府が悪い会社にしか見えない。だから、今の国民はいやがうえにも政府を倒しているのである。
[18806] 政府があるから国民みんなが不幸になる。☆☆ h25.9.21
国民みんなは自分たちが幸福になるために自分たちで自分たちを幸福にする決まりを決めて自分たちで自分たちを幸福にする決まりを守って幸福に暮らしている。
政府は国民みんなが決めた決まりを自分が決めたことにして国民に命令して守らせている。政府は国民みんなが決めた善い決まりを横取りして国民みんなを幸福にして、国民みんなに「政府が善い団体だ」と思わせている。
さらに、政府は自分勝手に国民みんなを不幸にする決まりを作って国民みんなに守らせて不幸にしている。国民みんなは「政府が国民みんなを幸福にする団体だ」と思っているので、「政府が悪いことをするはずがない」と思って政府の決まりを守っている。国民みんなは実際には政府に不幸にされているのに、「政府が善い団体だ」と思わされているので、政府に文句を言わない。国民みんなは本当は自分で自分を幸福にしているのに、政府に騙[だま]されて政府が自分を幸福にしてくれていると思っているので、政府が悪いことをやっているのを大目に見ているのである。
政府があるから国民みんなが不幸になる。政府のために国民みんなが不幸にされる。
国民みんなが幸福になるためには政府なんか要らない。国民みんなが幸福になるためには政府なんかないほうがいい。だから、国民みんなは自分たちが幸福になるために政府を倒せばいいのである。今では国民みんなが自分が幸福になるために国民みんなで『政府を倒さねばならない決まり』を決めて国民みんなで決まりを守って幸福になっているのである。
[18807] 今の国民は『政府が悪い団体だ』と仮定して政府を攻撃して政府を倒している。
h25.9.21
『政府は悪い団体である。』今の国民みんなは『政府が悪い団体だ』と仮定して社会を理解している。
政府は強盗や脅迫や虐待などをやる犯罪組織である。
これまで政府は自分だけのために国民からお金を盗ったり国民に戦争をやらせたり国民を国家宗教で虐待したりしてきたのである。
政府は自分が悪いことをやりやすくするために政治団体や水道やゴミや学校や役所などの仕事をやっているのである。
政府は政治団体をやって国民みんなが決めた決まりを法律にして国民みんなに「政府が国民みんなを幸福にする善い団体だ」と思わせて「政府の法律は善い法律だ」と思わせて、政府は自分の独断で「政府が強盗や脅迫や虐待などをやってもいい法律」を定めて、自分が強盗や脅迫や虐待などをやれるようにして強盗や脅迫や虐待などをやっている。
政府は水道やゴミや役所をやって国民に「政府が国民の役に立つことをする善い団体だ」と思わせている。
政府は学校をやって子供に「政府が善い団体だ」と教えて、国民を政府に従うようにしている。
つまり、政府はすべて自分が悪いことをするために善いことをやっているのである。政府は自分が国民に攻撃されないようにするために、善いことをやって国民に「政府が善い団体だ」と思わせているだけなのである。
昔の国民は「政府が善い団体だ」と考えていた。「政府が善い団体である」ことが昔の国民の仮定だった。昔の国民は「政府が善い団体だ」と考えて政府に従って政府を擁護[ようご]していた。
しかし、実際に国民がいくら政府に従っても国民は幸福になっていないので、国民は思い切って自分の考えを180度転換した。今は科学の時代なので国民は科学的に考えるから、今の国民にとっては実際に結果が出ない考えは納得が行かず許しがたいのである。そのために、国民は「政府が善い団体だ」と考えることから『政府が悪い団体だ』と考えることに変えたのである。
今の国民は『政府が悪い団体だ』と考えている。『政府が悪い団体である』ことが今の国民の仮定である。『政府が悪い団体だ』と考えても一向に矛盾が現れないのは、この仮定が正しいことを裏付けている。今の国民は『政府を悪い団体だ』と考えて政府に従わなくなって政府を攻撃して政府を倒している。今の国民みんなは『政府が悪い団体だ』と考えているから政府に税金を払わず政府を攻撃すればいいのである。政府が文句を言っても政府は悪者だから政府を攻撃すればいいのである。
早く国民みんなで政府を倒して政府をなくして、もっとマシな政治機関に政治をやってもらわねばならない。国民から税金を取ったり国民に戦争や国家宗教をやらさない政治団体がいい。
政府が国の景気をよくしているなんてただの妄想である。政府は悪い団体だから政府が国の景気をよくするわけがない。政府は国民を虐[いじ]めるために国の景気を悪くするだけである。悪者は他人を虐めるのが喜びだから国民を虐めるのである。日本が豊かなのは国民みんなが一生懸命に働いているからであって、政府のためではない。政府は国民の稼[かせ]ぎを奪って国民を虐めて遊んでいるだけである。国民は政府に貧乏にされているだけである。だから、国民みんなで早く政府を倒して国の景気を悪くする者をなくして国の景気をよくしないといけない。
政府は自分が国民に倒されないようにするために善いことをやるだけである。政府は自分が国民に倒されない程度に国民を幸福にするだけである。政府は国民を心底[しんそこ]幸福にすることはない。政府は原則的に国民を不幸にする団体である。政府は国民を不幸にするばっかりでちょっとだけ幸福にするだけである。だから、国民は政府を倒して自分が政府に不幸にされないようにすればいいのである。
昔の国民は「政府が善い団体だ」と考えていたから、政府に従った。
今の国民は『政府が悪い団体だ』と考えているから、政府に従わない。
国民が政府をどう見るかによって政府が残るか滅ぶかが決まるのだ。今では国民が政府を倒すと決めている。政府が国民に土下座[どげざ]して謝[あやま]っても手遅れだ。
[18808] 政府は悪質な政治機関である。 h25.9.21
国民みんなは自分を幸福にする決まりを決めてみんなで守って幸福に暮らしている。
政府は自分が国民に倒されない程度に国民みんなで決めた決まりを国民みんなに守らせて国民をちょっと幸福にするだけで、自分の独断で国民みんなを不幸にする決まりを決めてみんなに守らせてみんなを不幸にしている。政府は国民からお金を強盗する決まりだけでなく、国民を脅迫や虐待する決まりを設けて国民を虐[いじ]めて不幸にして喜んでいる。
国民は政府に幸福にされるよりも不幸にされるほうが多くて不幸にされている。
政府がなければ、国民みんなが自分で自分を幸福にする決まりをいっぱい作って政府が国民を不幸にする決まりを作らなくて国民が幸福になっているのに、政府があるために、国民みんなが自分で自分を幸福にする決まりを作らず政府が国民を不幸にする決まりを作って決まりに基づいて国民を不幸にする命令をいっぱい出して国民みんなが不幸になっている。
だから、国民にとっては政府があるよりも政府がないほうがいい。政府は国民を不幸にする団体である。国民は自分が幸福になるために政府を倒さなければならない。
政府よりももっとマシな政治機関を建てねばならない。
本来政治機関は国民みんなで決めた決まりだけを決まりにして国民みんなに守らせて違反者を取り締[し]まるだけにしなければならない。政府のように強盗や脅迫や虐待などの悪いことをする政治機関があってはいけない。悪いことをしない政治機関を建てねばならない。
政府はもともと悪い団体である。昔の国民は政府の下手[へた]な芝居に騙[だま]されて「政府を善い団体だ」と思って政府に従っていた。今の国民は政府についての理解を深めて正しく『政府を悪い団体だ』と考えて政府に従わなくなっている。だから、今の国民は政府を倒しているのである。政府に税金を払わないようにして政府を攻撃して政府を倒しているのである。テレビゲームでは敵を銃で撃って倒すが、現実の社会では国民は政府に税金を払わないようにして政府を倒すのである。
[18809] 政府は国民みんなにとって幸福の邪魔[じゃま]である。 h25.9.21
国民みんなは自分が幸福になる決まりを作ってみんなで守って一生懸命に幸福に生きようとしている。
政府は国民から税金を盗ったり、国家宗教で国民を不幸にする命令をいっぱい出して国民を不幸にして虐[いじ]めている。政府は自分が国民に倒されないようにするためにちょっとだけ国民みんなが作った決まりを国民みんなに守らせて国民みんなをちょっと幸福にするだけである。
政府は国民を幸福にするよりも不幸にする。だから、政府は国民を不幸にする団体である。
政府は悪い政治機関だから国民を不幸にするのである。だから、政府はなくなればいい。
本来政治機関は国民みんなが自分が幸福になる決まりを決めてみんなに決まりを広めてみんなで守って決まりを守らない者を罰する手助けをするためにある。政治機関は自分で国民を幸福にする決まりを考えたり、国民みんなを幸福にする決まりを国民みんなから募集してその中からいいものを選んで決まりを決めて、国民みんなに手紙で決まりを教えてみんなに守らせたり、決まりを守らない者を見つけて捕まえて罰したりする。
政治機関は実際に国民を幸福に暮らせるようにして、政治機関があって欲しいと思う国民からお金をもらってお金を儲[もう]けるのである。政治機関は、政治機関がないほうがいいと思う国民からはお金を取ってはいけない。政治機関は決まりを決めることが仕事である。政治機関は国民と契約して国民からお金をもらって国民に命令しないといけない。だから、政治機関は多くの国民と契約を取るために、国民みんなを幸福にする決まりを作らなければならない。そのためには、例えば、政治機関はエッチな決まりを設けてはいけない。エッチな決まりは一時的に国民を幸福にするだけで長い目で見れば国民を不幸にするからである。だから、政治機関はエッチを禁止する法律を作ってエッチを取り締[し]まらなければならない。
政治団体と国民は平等だから、政治団体は国民と契約して国民からお金をもらって国民に仕事をしないといけない。そのためには、政治機関は国民を本当に幸福にする決まりを作って国民に守らせて国民を幸福にして、国民からお金をもらってお金を儲[もう]けねばならない。宗教団体がお金が儲かるのなら政治団体も儲けられるだろう。国民を幸福にしない政治団体はお金が儲からず潰[つぶ]れればいい。国民を幸福にする政治団体だけがあればいい。
[18810] 政治団体は実力でお金を稼[かせ]がなければならない。 h25.9.21
政治団体は国民に決まりを売る会社である。つまり、政治団体は国民を幸福にする決まりを決めて国民に守らせて国民を幸福にして国民からお金をもらって儲[もう]ける仕事である。
だから、国民は自分が政治団体に幸福にしてもらったと思えば政治団体にお金を払えばよく、政治団体に幸福にしてもらわなかったと思えば政治団体にお金を払わなければいい。
政府は悪い政治団体である。政府は『人間が善い人は悪いことをやっていないように思う心理』を利用して国民にわからないようにして密かに悪いことをやって国民を不幸にしている。政府は国民を幸福にするよりも不幸にしている。だから、国民は政府にお金をやらず政府が作った決まりを守らなければいいのである。
実際に、今の国民の多くは政府にお金を払っていない。今の国民の多くは自分が政府に幸福にしてもらっていないと思って政府にお金を払っていないのである。昔の国民は自分が政府に幸福にしてもらっていると思っていたから政府にお金を払っていた。今の国民は自分が政府に幸福にしてもらっていると思わないから政府にお金を払わなくなったのである。
政府は悪い政治団体である。政府は国民みんなが決めた決まりを国民に守らせる傍[かたわ]ら、政府はイタズラで悪い決まりを作って国民を不幸にして遊んでいる。政府は政治団体の仕事がわかっていない。そんな政治団体は滅んだほうがいい。国民みんなは政府にお金をやるのをやめて政府を潰[つぶ]せばいい。
今の政府はテレビや新聞で国民を幸福にする宣伝をいっぱいやっているが、今の国民は政府が国民を幸福にしないと考えて政府にお金を払わないことにしている。今の国民は政府が本当は国民を幸福にする民主主義の政治団体ではなく国民を不幸にする犯罪組織であることを知っている。だから、今の国民は政府が自分を幸福にしないと考えて政府にお金を払わなくなって政府に仕事をしてもらわなくなったのである。
[18811] 政府は自分が国民を幸福にする決まりを作れるふりをしているだけである。☆
h25.9.21
国民みんなは自分が幸福になるために自分で決まりを作って自分で守っている。
政府は国民みんなが決めた決まりをカンニングして自分が決めたことにして国民に命令して決まりを守らせている。
本当は、政府はただ建っているだけで何もしていないのである。政府は国民を見ているだけで何もしていないのである。政府は自分が国民を幸福にしているふりをしているだけで、本当は国民を幸福にすることは何もやっていないのである。政府は自分が国民を幸福にする決まりをひとつも作らず、自分が国民を幸福にする決まりを作っている芝居をやっているだけである。
政府は自分の独断で国民を不幸にする決まりを作って国民に命令して決まりを守らせて国民を不幸にして喜んでいるだけである。政府は『人間が善い人は悪いことをやらないと思う心理』を利用して、みんなの前で善い人の芝居をやってみんなに自分が悪いことをやっていないと思わせて悪いことをやっているのである。
政府は国民を不幸にする悪い政治団体である。国民は政府に不幸にされている。だから、政府がなくなったほうがいい。
国民は政府の命令を聞かないようにして政府にお金をやらなければいい。国民は政府の納税の義務を聞かないようにして政府に税金を払わなければいい。そうすれば国民は幸福になれるだろう。
政府がなくなっても、国民みんなは自分で自分を幸福にする決まりを作って守って幸福に暮らすことができる。政府がなくなったほうが国民を不幸にする決まりを作る者がいなくなって国民みんなが幸福に暮らせる。だから、国民みんなは喜んで政府に税金を払わないようにして政府を倒せばいいのである。
実際には、昔の国民は「政府が国民みんなを幸福にする善い政治団体だ」と思っていたから、政府にお金を払って政府の命令を聞いていただけである。政府の憲法には納税の義務が定められているが、国民は政府の憲法を守るために税金を払っていたのではなく、政府が善い団体だと思っていたから政府に税金を払っていただけなのである。昔の国民は政府の憲法を無視して政府に税金を払っていたのである。昔の国民は政府の命令ではなく自分の意思で政府に税金を払っていたのである。
今の国民は『政府が国民みんなを不幸にする悪い政治団体だ』と思っているから、政府にお金を払わなくなって政府の命令を聞かなくなったのである。たとえ政府の憲法に納税の義務が定められていても政府に税金を払わなくなったのである。そのために、今の政府は潰[つぶ]れているのである。
[18812] 善い政治団体とは? h25.9.21
人間は幸福になりたいと思うものである。だから、国民みんなは自分が幸福になるために自分で自分を幸福にする決まりを作って自分で決まりを守っている。
政治団体は国民に決まりを売って儲[もう]ける会社である。だから、政治団体が儲けるためには国民みんなを幸福にする決まりを売らねばならない。
国民みんなが決めた決まりが国民みんなを幸福にする決まりである。
だから、政治団体は国民みんなが決めた決まりをパクって売ればいいのである。
そのためには、政治団体は国民みんなが決めた決まりだけを売らねばならない。政治団体が自分で余計な決まりを作って売ってはいけない。特に政治団体が国民を不幸にする決まりを作って売ってはいけない。
政治団体がきちんとそうすれば、国民は政治団体が信用置けると思って政治団体の決まりを守って幸福になって政治団体にお金をやるだろう。
政治団体がお金を儲けたければ、政治団体は国民みんなが決めた決まりだけを国民みんなに守らせねばならない。そうしない政治団体は決まりが売れなくなって潰[つぶ]れる。例えば、政府はそうしなかったから潰れているのである。
[18813] 決まりは何のためにあるか? h25.9.21
そもそも決まりは国民が幸福になるためにある。国民は自分が幸福になるために決まりを守るのである。国民が決まりを守らないと社会や実在の中で幸福に暮らせないからである。
だから、国民に決まりを売る仕事がある。それが政治団体である。政治団体は国民に決まりを売って国民を幸福にして国民からお金をもらっているのである。
人間は自由であると不幸になる。人間は決まりを守ると幸福になる。だから、国民は政治団体にお金を払って決まりを買うのである。政治団体は決まりの専門家だから、国民は政治団体のところに行けば決まりを売ってもらえるのである。
善い政治団体は国民を幸福にする決まりを売るし、悪い政治団体は国民を幸福にしない決まりを売る。
昔は国民みんなが政府が国民を幸福にする決まりを売っていると思って国民みんなが政府の決まりを守って政府にお金を払っていた。
しかし、しばらく経[た]つと国民みんなが政府が国民を幸福にする決まりを売っていないと思うようになって国民みんなが政府の決まりを守らなくなって政府にお金を払わなくなった。国民は政府の決まりがインチキだと思って、政府の決まりを買わなくなった。
今では国民みんなが政府の決まりを無視して政府にお金を払わなくなっている。国民は政府と縁を切って自由に暮らしている。
政府は国民みんなに決まりが売れなくなって国民みんなからお金がもらえなくなって潰[つぶ]れている。
政府は国民を不幸にするインチキな決まりを売っているから政府からは決まりを買わないほうがいい。今の政府は国民からお金をもらうだけで決まりを売らなかったり、国民を不幸にする決まりを売ったりしている。政府から決まりを買うくらいなら、国民が自分で決まりを考えたほうがいい。将来、国民を幸福にする善い決まりを売っている政治団体ができたら、国民みんなはその政治団体から決まりを買えばいい。それまでは国民みんなは自分で決まりを決めて決まりを守って暮らさねばならない。国民にとっては多少不便だが我慢するしかない。
自分が政治団体の世話にならなくても幸福に生きて行ける自信がある人は政治団体から決まりを買わなくてもいい。自分で決まりを決めて決まりを守って生きていけばいいのである。たいていの政治団体はインチキな決まりを売っているだけだから、国民は国民みんながやっていることを見て自分で決まりを決めて守って暮らせばいいのである。そのほうが一番幸福に暮らせる。国民みんなが一番善い政治団体なのである。だから、国民は国民みんなを見て真似[まね]て暮らせばいいのである。政府みたいなわざとらしい政治団体はみんなを不幸にする決まりを売るインチキな悪い政治団体である。だから、みんなは政府にお金をやらず政府から決まりを買わなければいいのである。今のところは国民みんなが一番善い政治団体である。早く本物の政治団体が出来て、国民みんなに国民みんなを幸福にする決まりを売ってもらいたいものである。
今はまだ本物の政治団体が出来ていない。だから、今のところはまだ国民は国民みんなを見て自分で決まりを考えて決まりを守って幸福に暮らすしかないのである。政府はインチキな政治団体だから、政府の決まりは国民を不幸にする決まりだから、国民は政府の決まりを守らず政府にお金を払わなければいいのである。つまり、国民は政府の法律を守っても幸福になれない。政府の法律には納税の義務や宗教の自由があるから、政府が国民から自由にお金を強盗したり国民を自由に脅迫や虐待したりできるので、国民は幸福になれない。だから、国民は政府の決まりを買わないほうがいいのである。政府の法律は政府が作った世界である。政府の法律では政府が自由に強盗や脅迫や虐待などをすることができるので、国民は幸福に暮らせない。だから、国民は政府の法律を守って政府の法律の中で暮らさなければいいのである。国民は政府の法律を破って政府の法律の外で暮らせばいいのである。
国民に政府の決まりを守る気がなければ政府の憲法もただの記号である。国民に政府の決まりを守る気があってはじめて政府の憲法が憲法になるのである。今の国民は政府が国民を幸福にしない決まり(法律や政令)を売っていることを知っている。だから、今の国民は政府の憲法がただの記号にすぎないと思って政府の憲法を守らなくなったのである。政府は国民から税金がもらえなくなって潰[つぶ]れているのである。
[18814] 刑罰は政治団体の国民に対するサービスである。☆ h25.9.22
政治団体は決まりを売る会社である。
国民は政治団体から決まりを買ってお金を払う。
国民が政治団体から決まりを買っても自分が幸福にならなければ政治団体をやめればいい。政治団体から決まりを買わなくなってお金を払わなければいい。
国民が政治団体から決まりを買って自分が幸福になる場合にだけ政治団体に入ればいい。政治団体から決まりを買ってお金を払えばいい。
国民が政治団体の決まりを破れば政治団体に罰せられるが、それも国民が幸福になるためである。国民は政治団体に罰せられることによってつらい思いをして二度と決まりを破らなくなって幸福になれるから政治団体に罰せられるのである。刑罰は国民に対する教育なのである。刑罰は政治団体の国民に対するサービスなのである。だから、国民が政治団体に罰せられることを認めなければ政治団体は国民を罰せられないのである。国民が政治団体の決まりを破ったついでに政治団体をやめるのであれば、政治団体は国民を罰せられないのである。国民が政治団体に罰せられることによって自分が政治団体の決まりを破らなくなって幸福になることを認めた場合にだけ、政治団体は国民を罰することができるのである。国民が政治団体の法廷で自分が罰せられることを認めなければ政治団体は国民を罰せられないのである。
政治団体は国民に決まりを売る会社だから、国民が政治団体から決まりを買わなければ国民は政治団体にお金を払わなくていいのである。
今の政府は政府が国民から強盗や脅迫や虐待などをやることを決まりにしている俗悪政治団体である。政府は納税の義務(日本国憲法第30条)に基づいて国民から好き放題にお金を盗ったり、宗教の自由(日本国憲法第20条)に基づいて国民を好き放題に脅迫や虐待したりして国民を虐[いじ]めて遊んでいるのである。これではさながら地獄である。国民が政府の決まりを守っても幸福になれるわけがない。だから、国民は政府から決まりを買わなければいいのである。国民は政府をやめて、自分で決まりを考えて自分で決まりを守って幸福に生きていけばいいのである。
国民は国民みんなもひとつの政治団体であることを忘れてはいけない。国民みんなが本当の政治団体であって、政府みたいな政治団体は伊達[だて]にやっているインチキ政治団体である。だから、国民が国民みんなが決めている決まりを犯すと国民みんなに制裁される。国民みんなに物を売ってもらえなくなったり国民みんなに雇ってもらえなくなったりして生きていけなくなる。だから、国民は国民みんなが決めた決まりを守らなければならない。国民みんなが本当の政治団体である。政府はニセモノの政治団体である。それが現実の社会である。政府みたいなインチキ政治団体なんかどうでもいい。政府みたいなインチキ政治団体はなくなればいい。だから、今では多くの国民が政府から決まりを買わなくなって政府に税金を払わなくなったのである。
[18815] 政治団体はこりごりだ。 h25.9.22
政治団体は国民に決まりを売って儲[もう]ける団体である。
政府は国民みんなで決めた決まりに自分が独断で決めた決まりを足して国民に守らせて国民からお金をもらって儲ける政治団体である。
昔の国民は政府の決まりを守れば自分が幸福に暮らせると思って一生懸命に政府の決まりを守っていた。しかし、実際には国民は政府に不幸にされるだけだった。国民は政府にお金を盗られたり、政府に戦争や国家宗教で虐[いじ]められたりして政府に不幸にされるだけだった。
そこで、今の国民は政府の決まりを守らないほうが自分が幸福に暮らせると思って政府の決まりを守らなくなった。政府に税金を払わなくなった。政府の命令で戦争や国家宗教をやらなくなった。
今では政府の決まりを守らない国民がだんだん増えているので、政府は儲からなくなって潰[つぶ]れている。
これまで国民はさんざん政治団体に騙[だま]されてきた。世の中にはろくな政治団体がない。もう政治団体はこりごりだ。だから、今後は政治団体がやっていくのは難しいだろう。
今後は国民みんなだけで政治をやっていかねばならない。国民みんなが自分で自分を幸福にする決まりを決めて自分で決まりを守って自分で決まりを守らない者を罰しなければならない。そういうシステムを国民みんなだけで設けなければならない。
今では国民が自分だけで政治をするようになっている。国民が自分のことは自分でするようになっている。今の国民にとっては政府が要らなくなっている。国民が政府の決まりを守らなくなっている。だから、政府はますます国民からお金をもらえなくなって潰れている。
[18816] どうして日本は裕福なのか? h25.9.22
国民みんなは善い政治団体である。国民みんなは自分で自分を幸福にする決まりを決めて自分で守って暮らしている。
日本がそこそこ裕福なのは、国民みんなで決めた決まりが奏功[そうこう]しているからである。日本では国民みんなが自分を裕福にする決まりを決めて暮らしているから裕福なのである。
一方、政府は悪い政治団体である。政府は自分の独断で国民を不幸にする決まりを決めて国民に守らせて国民を不幸にしている。政府は国民の稼[かせ]ぎを奪って国民を虐[いじ]めて遊んでいるだけである。政府は国民を貧乏にする決まりを決めて国民に守らせて国民を貧乏にしている。政府は日本の景気を潰[つぶ]して国民を貧乏にして国民を虐めて喜んでいるだけである。政府は悪い政治団体である。政府は国民を不幸にする政治団体である。だから、政府は国民を貧乏にして喜んでいるのである。
国民は国民みんなに裕福にしてもらっている。反対に、国民は政府に貧乏にされている。
だから、国民にとっては国民みんながあればよく、政府はないほうがいい。
だから、今の国民は政府の決まりを守らなくなって政府に税金を払わなくなって政府を潰しているのである。
国を奥底[おくそこ]で動かしているのは国民みんなである。政府ではない。国民は国民みんなの決まりを守っているから幸福に生きていける。政府は悪い政治団体である。政府は国民を不幸にする決まりを決めて国民を不幸にするだけである。国民は政府の決まりを守ると不幸になる。だから、国民は政府の決まりを守ってはいけない。国民は国民みんなが決めた決まりを守って幸福に暮らせばいいのである。
[18817] 政府は国民を不幸にする悪い政治団体である。 h25.9.22
国民みんなは自分で自分を幸福にする決まりを決めて自分で守って幸福に暮らしている。
政府は自分の独断で国民を不幸にする決まりを決めて国民を不幸にしている。
国民みんなが決めた決まりは国民を幸福にする。
政府が決めた決まりは国民を不幸にする決まりだけである。政府が決めた決まりは国民からお金を盗って、国民を国家宗教で虐[いじ]める決まりだけである。
国民みんなは国民を幸福にするが、政府は国民を不幸にする。
だから、国民にとっては国民みんなだけがあればいい。政府はなくなったほうがいい。
政府は国民を不幸にする悪い政治団体である。政治団体は本来は国民を幸福にするものだが、悪質な政治団体は反対に国民を不幸にするのである。今では国の文明が高くなって国民みんなが賢くなって国民みんなが一番善い政治団体なので、国民は国民みんなに従って十分幸福に暮らせるようになっているので、政治団体の出番がない。今は政治機関が要らない時代である。今では国民が国民みんなに従って十分幸福に暮らしているので、政治団体が国民に国民を不幸にする決まりを守らせて国民を不幸にしても国民にはわからないので、政府のような悪質な政治団体は国民に国民を不幸にする納税の義務や国家宗教の自由の決まりを守らせて国民を不幸にして、国民からお金を盗って儲[もう]けたり国民を虐[いじ]めたりして遊んでいるのである。
つまり、政府は国民みんなの中に紛[まぎ]れ込んで密かに悪いことをやって国民からお金を盗ったり国民を虐めたりしているのである。
昔の国民は政府にまんまと騙[だま]されて「政府が国民を幸福にする善い団体だ」と思っていた。昔の国民は「政府の決まりを守れば自分が幸福になれる」と思って政府の決まりを一生懸命に守って政府に不幸にされていた。
今の国民は『政府が国民を不幸にする悪い政治団体だ』と考えている。今の国民は『政府の決まりを守れば自分が不幸になる』と考えて政府の決まりを守らなくなって政府に不幸にされなくなっている。政府の得意分野は国民からお金を盗ることと国民を虐めることだけである。だから、今では国民が国民みんなだけあればいいと思って、政府が要らないと思って、政府を潰[つぶ]しているのである。国民みんなが政府の決まりを守らなくなって政府に税金をやらなくなって政府を潰しているのである。
[18818] 今は政治機関が要らない時代である。 h25.9.22
政治機関は国民に決まりを売って儲[もう]ける会社である。
しかし、今では国民が賢くなって国民みんなが自分で自分を幸福にする決まりを決めて自分で決まりを守って幸福に暮らしている。
今の国民にとっては政治機関は要らない。今の政治機関は国民に決まりを売れない。今では政治機関があってもしかたがない。
今の国民が自分で道徳を考えて自分で道徳を守って幸福に暮らしているために、今の国民にとっては宗教団体が要らなくなっているように、今の国民は自分で法律を考えて自分で法律を守って幸福に暮らしているために、今の国民にとっては政治団体が要らなくなっているのである。
馬鹿ほど宗教団体や政治団体が好きである。実際には、宗教団体や政治団体は国民を幸福にしないニセモノの道徳や法律を売っているだけである。実際には、宗教団体や政治団体は自分が国民からお金を盗って儲[もう]かる道徳や法律を売っているだけである。国民を虐[いじ]める道徳や法律を売っているだけである。宗教団体も政治団体もわざとに国民を貧乏にする決まりを決めて国民に守らせて国民を貧乏にして国民を虐めて喜んでいる。
宗教団体も政治団体もニセモノばかりである。そのため、今の国民は国民みんながやっていることを見て自分で道徳や法律を考えて守るようになっている。今の国民にとっては宗教団体も政治団体も要らなくなっている。宗教団体や政治団体は道徳や法律が売れなくなって潰[つぶ]れている。
[18819] 暴力団とは何か? h25.9.22
政治機関は法律を売って儲[もう]ける。宗教団体は道徳を売って儲ける。
それと同じように、暴力団は暴力を売って儲ける会社である。
暴力をふりたい相手がいる国民は、暴力団にお金を払って暴力を買って自分が気に入らない相手に暴力をふって痛めつけてもらうのである。
しかし、最近は国民みんなが他人の気に障[さわ]らないようにして上手[じょうず]に生きているので、最近は暴力団も仕事が減って儲からなくなっているのである。
最近は国民みんなが人権に厳しくなって、暴力団も人権を侵してはいけないと考えているので、暴力団が仕事がしにくくなって儲からなくなって滅んでいるのである。
[18820] 今の国民は『政府が悪い政治団体だ』と考えている。 h25.9.22
政府は国民に決まりを売って儲[もう]ける政治団体である。
昔の国民は「政府が善い政治団体だ」と思って「自分が政府の決まりを守れば幸福になれる」と思って一生懸命に政府の決まりを守っていた。しかし、実際には、昔の国民は政府にお金を盗られて貧乏にされて、政府に戦争や国家宗教をやらされて不幸にされるだけだった。
そこで、今の国民は『政府が悪い政治団体だ』と考えて『自分が政府の決まりを守らないほうが幸福になる』と思って政府の決まりを守らなくなっている。今の国民は国民みんなで決めた決まりだけ守るようになっている。今の国民は政府にお金を盗られなくなって裕福になって、政府に戦争や国家宗教をやらされなくなって幸福になっている。
政府は悪い政治団体である。政府は国民に国民みんなが決めた決まりを勝手に守らせておきながら、その一方で国民に“政府が国民から強盗できる決まり”や“政府が国民を戦争や国家宗教で脅迫や虐待できる決まり”を守らせて、国民からお金を盗って国民を虐[いじ]めて遊んでいる。
今の国民は『政府が悪い政治団体だ』と知っているので、政府の決まりを守らなくなって政府にお金をやらなくなって政府の国家宗教の命令を聞かなくなっている。今の政府は国民からお金を取れなくなって滅んでいる。今の政府は国民を虐めて遊べなくなっている。
政府は悪い政治団体である。国民が政府の決まりを守っても幸福にはなれない。国民は自分で決まりを決めて守らなければ幸福にはなれない。今の国民は政府に頼らず自分の力で生きることに決めているのである。
要するに、今の国民は政府に不幸にされている。政府にお金を盗られて政府に虐められて不幸にされている。国民を幸福にしてくれるのは国民みんなであって、政府は国民を不幸にするだけである。国民を幸福にすることは国民だけでできる。国民を不幸にすることは政府がいなければできない。政府がいなくても国民は幸福になれるが、政府がいなければ国民は不幸になれない。だから、国民にとっては政府は要らない。だから、今の国民は政府の決まりを守らず政府に税金を払わず政府を倒しているのである。
[18821] 2つの政治団体☆ h25.9.22
国には2つの政治団体がある。
ひとつは国民みんなで、もうひとつは政府である。
国民みんなは国民を幸福にする決まりを決めて国民を幸福にしてくれる。国民みんなは他人を殺してはいけない決まりや他人の物を盗ってはいけない決まりなどを作って国民みんなに守らせて国民みんなを幸福にしている。
政府は国民を不幸にする決まりを作って国民を不幸にしている。政府は自分が国民からお金を盗ることができる決まりや、自分が国民を脅迫や虐待したりできる決まりを作って国民に守らせて国民を不幸にしている。
今の国民は国民みんなが作った決まりと政府が作った決まりの両方を守っている。そのために、今の国民は国民みんなに幸福にされて政府に不幸にされている。
政府は国民を不幸にしているだけである。政府がなければ国民は今よりももっと幸福になれる。
だから、国民は政府を倒さねばならない。国民は政府の決まりを守らず政府に税金を払わず政府を倒さねばならない。
[18822] 政府は国民を不幸にする決まりを作るだけである。 h25.9.22
政府は政治団体である。政府は国民に決まりを売って儲[もう]ける会社である。
昔の国民は「政府が善い政治団体だ」と思って「政府の決まりを守れば幸福になれる」と思って一生懸命に政府の決まりを守っていた。
しかし、実際には、昔の国民は政府にお金を盗られて、政府に戦争や国家宗教で虐[いじ]められて不幸にされるだけだった。政府が国民を幸福にしたことは一度もなかった。
今の国民は政府が国民を不幸にする決まりだけ作って幸福にする決まりを作らないことがわかったので、政府が悪い政治団体だと考えて、政府が要らないと考えて、政府にお金をやらなくなって政府を潰[つぶ]している。
政府は今の国民からお金をもらえなくなって滅んでいる。
今の人間には考える力がある。そのため、今の国民は政府が国民を不幸にする決まりしか作らない悪い政治団体であることがわかって、政府の決まりを守らなくなったのである。政府は国民からお金がもらえなくなって潰れているのである。
[18823] 政府は国民を幸福にしているふりをしているだけである。☆ h25.9.22
国民みんなは自分で自分を幸福にする決まりを決めて自分で守って幸福に暮らしている。
政府は国民みんなが決めた決まりと同じ決まりを作って自分が決まりを決めたふりをして国民に守らせて国民を幸福にしているふりをしている。しかし、本当は、国民が自分で決まりを決めて守っているだけである。政府は何にもやっていない。
政府は自分の独断で“国民からお金を盗れる決まり”や“国民を虐[いじ]めることができる決まり”を作って国民に守らせて国民からお金を盗ったり国民を虐めて遊んだりしている。
要するに、政府は国民を不幸にする悪い決まりを決めているだけである。政府は国民を不幸にするだけで幸福にしない。
政府がないほうが国民だけのほうが国民が幸福に暮らせる。
だから、今の国民は政府がなくなったほうがいいと思って政府を倒しているのである。政府の決まりを守らず政府に税金を払わず政府を倒しているのである。
[18824] 政府の法律はイカサマである。 h25.9.22
国民が政府の法律を守って幸福に暮らせると思うのは、国民が宗教団体の道徳を守って幸福に暮らせると思うのと同じことである。
しかし、実際には宗教団体の道徳がイカサマであるように、政府の法律もイカサマである。国民が実際に宗教団体の道徳を守っても幸福になれないように、政府の法律を守っても幸福になれないのである。
宗教団体の道徳も政府の法律も無駄[むだ]である。
本当は国民みんなの道徳や法律が一番正しいのである。宗教団体の道徳や政府の法律のほうがまちがっているのである。宗教団体や政府は自分が国民からお金を盗るために都合のいい道徳や法律を定めているだけである。
そのため、今では国民みんなが国民みんなの道徳や法律を守ればいいと思って、宗教団体も政府も要らないと思って、宗教団体や政府にお金をやらなくなって倒しているのである。
[18825] 政府の存在価値はない。☆ h25.9.22
国民みんなは自分で自分を幸福にする決まりを決めて自分で守って幸福に暮らしている。
政府は国民みんなが決めた決まりと自分が決めた決まりを法律にして国民に守らせている。
ところが、政府が自分で決めた決まりは国民を不幸にする決まりだけである。政府が自分で決めた決まりは国民からお金を盗る決まりと国民を国家宗教で虐める決まりだけである。政府が自分で決めた決まりには国民を幸福にする決まりはひとつもない。
それなら、政府があっても特に国民が幸福になることはない。政府には国民を幸福にする才能はない。政府は国民を不幸にする決まりを決めているから、政府がなくなったほうが国民は幸福になれる。
だから、今の国民は政府がなくなったほうがいいと思って政府を倒しているのである。政府の法律を守らず政府に税金を払わず政府を倒しているのである。
[18826] 今の国民は国民みんなが決めた法律を守ればいい。 h25.9.22
政治機関は国民に法律を売って儲[もう]ける会社である。
国民は政治機関の法律が欲しければ買えばよく、欲しくなければ買わなければいい。
昔の国民は「政府の法律を守れば自分が幸福になる」と思っていたから、政府の法律を買って守っていた。政府は法律が売れて儲かっていた。
しかし、実際には、昔の国民は政府に高い税金を盗られて、政府に戦争や国家宗教で虐[いじ]められて不幸になっただけだった。
今の国民は『政府の法律を守れば自分が不幸になる』と思っているから、政府の法律を買わなくなって守らなくなった。政府は法律が売れなくなって滅んでいる。
今の国民は国民みんなが決めた法律を守って暮らせばいいのである。そうすればただ(無料)で幸福に暮らすことができる。
[18827] 国民が政治機関で法律を買うか買わないかは国民一人一人の自由である。
h25.9.23
政治団体は国民に法律を売る会社である。
他人がどんな仕事をしようが他人の勝手である。
だから、政治団体そのものはあってもいい。
ただ、政府は“政府が国民から強制的にお金を取れる決まり”や“政府が国民を国家宗教などで虐[いじ]める決まり”や“政府が国民を貧乏にする決まり”を決めているから政府はいけない。政府は国民を不幸にする決まりを決めているから政府は悪い政治団体だから政府はいけない。
国民を幸福にする決まりを決めている政治団体ならあってもいい。国民みんなで決めた決まりや自分で考えた国民を幸福にする決まりを決めている政治団体ならあってもいい。
そういう政治機関なら国民は喜んで法律を買うだろう。
国民が政治機関で法律を買うか買わないかは国民一人一人の自由である。
国民が政治機関の法律を守って幸福になるのなら、国民は喜んで法律を買うだろう。
反対に、国民が政治機関の法律を守って不幸になるのなら、国民は法律を買わないだろう。
善い政治団体なら国民みんなが法律を買って儲[もう]かるだろう。
悪い政治団体なら国民みんなが法律を買わなくて潰[つぶ]れるだろう。
国民が政治機関で法律を買うか買わないかは国民一人一人の自由だから、政治団体から法律を買うか買わないかは国民一人一人が自分で考えて決めねばならない。国民は自分で善い政治団体を選んで法律を買わねばならない。善い政治団体がなければ国民は法律を買わなくてもいい。政治団体がさして目立った仕事をしていなければ国民は政治団体にお金をやらなくてもいい。あってもなくても変わらない幽霊のような政治団体に国民はわざわざお金をやらなくてもいい。そんな政治機関は仕事をしているふりをして国民からお金をもらうのが目当てである。役立たずの政治機関には国民みんながお金をやらず、国民だけで政治をやったほうがいい。
政府は国民を不幸にする決まりを決めている悪い政治団体である。“政治団体が国民から強制的にお金を取れる決まり”を決めていることが悪い政治団体の目印である。政府は最初から問題外である。だから、今の国民は政府の法律を買わないほうがいいと思って政府から法律を買うのをやめているのである。政府にお金をやるのをやめて政府の法律を守らなくなっているのである。政府の命令を聞かなくなっているのである。政府は法律が売れなくなって潰れているのである。
今はまだ国民がお金をやる価値がある政治団体は出来ていない。しばらくの間は国民だけで政治をやるしかない。早く国民を幸福にする法律を売る政治団体が出来て欲しいものである。国民が『国民だけで政治をやったほうがいい』と思うようになったら政治団体は出来なくなる。だから、政治団体を作りたければ早めに作ったほうがいい。政治機関をやりたい者は勝手にやればいい。ただ、儲かるかどうかは私は知らない。
[18828] 今では政府の法律を買わない国民が増えている。 h25.9.23
政府は政治団体である。
政治団体は法律を売って儲[もう]ける会社である。
国民が政府から法律を買うか買わないかは国民一人一人の自由である。
「政府の法律を守れば幸福になる」と思っている国民は政府の法律を買ってお金を払っている。
『政府の法律を守れば不幸になる』と思っている国民は政府の法律を買わずお金を払っていない。
今では、政府の正体を知って『政府の法律を守れば不幸になる』と思っている国民が増えている。そのため、政府は法律が売れなくなって儲からなくなって潰[つぶ]れている。
[18829] 幕府とは何か? h25.9.23
幕府とは政府の幕を下[お]ろすということである。
つまり、幕府の時代は政府がない時代ということである。政治団体のない時代ということである。
だから、幕府の時代は国民だけで政治をやっていたのである。幕府は弱い政治団体だったからあってもなくても大して変わらなかった。幕府の時代はおおかた国民だけで政治をやっていたのである。幕府は国民から年貢を取るだけで、国民をほったらかしにして国民の好き放題にさせていたのである。
だから、幕府の時代には国が儲[もう]かったのである。国民みんなが自分で政治をやって幸福に暮らしていたのである。
国民はやればできる。国民もやる気になれば自分で政治ができる。国民は自分で政治をやることを恐れていてはいけない。
国民は政治機関に頼って政治機関に自分を幸福にしてもらおうとしてはいけない。政治機関に自分を幸福にする法律を考えてもらって政治機関の命令を聞いていれば自分が幸福になれると思ってはいけない。国民は政治機関の命令を聞いていさえすれば、自分は何も考えずお酒を飲んで遊びまわっていればいいと思ってはいけない。そんな国民は政治機関のいいカモである。政治機関にお金を盗られて虐[いじ]められるだけである。国民は自分で考えて自分を幸福にしないといけない。そうすれば国民は一番幸福になれる。
[18830] 政府は悪質な政治団体である。☆ h25.9.23
政府は法律を売って儲[もう]ける政治団体である。
政府は悪い政治団体である。
政府は最初の頃[ころ]は国民みんなで決めた国民みんなを幸福にする法律だけを決めて国民みんなに守らせていた。だから、最初の頃の政府は国民みんなを幸福にしていた。最初の頃はまだ納税の義務の法律がなかったので国民はただで政府の法律を守っていた。国民みんなは「政府が善い政治団体だ」と思って喜んで政府の法律を守るようになった。
ところが、政府は国民みんなが政府の法律を守るようになったのを見計らって、「政府が国民のために仕事をするにはお金が要る」と言って納税の義務の法律を決めて国民から強制的にお金を取るようになった。宗教の自由の法律を決めて国民を国家宗教で虐[いじ]めるようになった。国家総動員法を決めて国民に戦争をさせて虐めた。
政府は最初の一時[いっとき]善い法律を決めて国民を幸福にして国民みんなが政府の法律を守るようにした上で悪い法律を決めて国民を不幸にするようになった。人間には『自分を虐める者を上の者だと思う心理』がある。そのため、国民みんなは「政府が上の者だから政府に従わねばならない」と思って政府に従うようになった。今では政府は自分の独断で国民を不幸にする法律を決めて国民みんなに守らせて国民を不幸にしているだけである。
政府は悪質な政治団体である。政府は国民を騙[だま]して儲ける政治団体である。政府は最初の一時国民みんなで決めた国民みんなを幸福にする善い法律を決めて国民に政府の法律を守るようにさせて、その後で国民に政府が自分の独断で決めた国民を不幸にする悪い法律を守らせて、国民からお金を盗って儲けたり国民を虐めて遊んだりしているのである。国民は一度やったことは繰り返してやろうとするから、一度[ひとたび]政府の法律を守るようになれば死ぬまでずっと守るのである。国民は国民みんなを見て真似[まね]るから、国民みんなが政府の法律を守っていれば自分も守るようになるのである。政府は国民の学習能力や集団心理を利用して国民を政府に従わせているのである。こうして、政府は国民みんなに政府の法律を守らせているのである。政府は最初の一時民主主義をやって国民を喜ばせるだけで、あとでだんだん独裁主義になって国民を虐めるようになるのである。政府は最初の一時善い法律を決めて国民に政府の法律を守るようにさせた上で、悪い法律を決めて国民に守らせて国民からお金を盗って儲けたり国民を虐めて遊んだりしているのである。そんなことができるのは、法律を売る政治団体と道徳を売る宗教団体だけである。だから、暴力団は政治団体や宗教団体とは別である。普通の会社には政治団体や宗教団体みたいなことはできない。
しかし、そもそも政府は政治団体である。政府は法律を売って儲ける会社である。国民が政府の法律を買うか買わないかは国民一人一人の自由である。今の政府の法律は国民を不幸にする悪い法律ばかりである。だから、今の国民は政府の法律を買わなければいい。今の国民は政府の法律を守らず政府にお金を払わなければいい。国民みんなが決めた法律に勝るものはない。今の国民は国民みんなが決めた法律だけを守って暮らせばいいのである。
政府は国民みんなを対象にした詐欺[さぎ]団体である。国民みんなは政府のような国民を騙して儲ける悪質な政治団体に二度と引っ掛かってはいけない。
[18831] 今では国民が政治をしなければならない。 h25.9.23
政府は悪い政治団体である。今では国民みんなが政府の法律を守らなくなって政府に税金を払わなくなって政府を倒している。今では政府はない。今では政府の法律はない。
今後は国民だけで政治をやらねばならない。国民だけで政治をやるシステムを確立しなければならない。
今ではインターネットがある。
だから、インターネットを利用して、ネット上に政治機関を作ればいい。
ネット上に立法機関や警察を建てればいい。
つまり、ネット上で国民みんなが国民みんなを幸福にする決まりを提案して、国民みんなで国民みんなを幸福にする決まりを決めて、国民みんなが国民みんなで決めた決まりを見れるようにする。また、悪いことをやった者の顔写真と罪状をネット上で公開して国民みんなが見れるようにする。個人がプリントアウトしてみんながよく見るところに貼[は]ってもいい。
そうすれば、国民みんなで法律を決められるし、国民みんなが今の法律がわかって法律が守れるし、国民みんなが今の犯罪者がわかって犯罪者を除[の]け者にして石を投げつけて罰することができる。
国民が自分で政治をすれば一番幸福になれる。国民みんなで国民みんなを幸福にする決まりを決めて決まりを守って幸福に暮らせばいいのである。
[18832] 政治団体は国民に法律を守らせてお金を儲[もう]ける会社である。☆☆
h25.9.23
政府は国民に法律を守らせて儲ける政治団体である。
政府は最初の頃に国民に善い法律を守らせて国民を政府の法律を守るようにした上で、国民に悪い法律を守らせて国民からお金を盗って儲けたり国民を虐[いじ]めたりして遊んでいる。
昔の国民はまんまと政府の計略に引っかかって「政府の法律を守らなければならない」と思わされていたから、政府の法律を守り続けた。
今の国民は政府の計略を理解して『政府の法律を守らなくていい』と考えているから、政府の法律を守らなくなった。
そもそも政府は政治団体である。政府は国民に法律を守らせてお金を儲ける会社である。国民が政府の法律を守るか守らないかは国民一人一人の自由である。だからこそ、政府は最初の一時[いっとき]善いことをやって国民を政府の法律を守らせるようにしたのである。しかし、今の政府は悪い法律ばかり決めている。だから、今の国民は政府の法律を守らなければいい。そのため、今の国民は政府の法律を守らなくなって政府に税金を払わなくなって政府を倒しているのである。
政府が善いことをするといってもせいぜい国民に国民みんなで決めた法律を守らせるだけである。もともと国民は国民みんなで決めた法律を守って幸福に暮らしていたのだから、政府が国民に国民みんなで決めた法律を守らせれば国民が幸福になるのは当然である。しょせん政府は国民みんなを真似[まね]て国民を幸福にしているだけである。国民みんなは国民を不幸にしないが、政府は後で悪いことをして国民を不幸にする。だから、国民にとっては政府は要らない。国民みんなだけがあればいい。だから、今の国民は政府が要らないと考えて政府を倒しているのである。
昔の国民は幽霊がいると思って幽霊を怖がっていた。しかし、今の国民は幽霊がいないと思って幽霊を怖がらなくなった。それと同じように、昔の国民は政治機関が要ると思って政治機関を建てていた。しかし、今の国民は政治機関が要らないと思って政治機関を建てなくなった。
[18833] そもそも国民が政府の法律を守るか守らないかは国民一人一人の自由である。☆
h25.9.23
政府がどうやって出来たかがわかれば、どうすれば政府を潰[つぶ]せるかもわかる。
今の政府だけを見ても政府が何であるのかわからない。明治初期の政府について調べれば、政府がどういう物であるかがわかる。
政府は政治団体である。政府は国民に法律を守らせてお金を儲[もう]ける団体である。そもそも国民が政府の法律を守るか守らないかは国民一人一人の自由である。政府は国民に政府の法律を守らせるために、最初の頃に善い法律を決めて国民に善いことをやって国民を幸福にして国民に政府を信用させて国民を政府の法律を守るようにさせたのである。例えば、政府は自分の手で商店街に放火した後で商店街に復興の基金をやって国民みんなに政府を善い団体だと思わせて政府を信用させたりした。政府はそうやって国民を政府の法律を守るようにした後で、自分の独断で国民からお金を盗る法律や国民を虐[いじ]める法律を決めて国民からお金を盗って儲けたり国民を虐[いじ]めて遊んだりしているのである。政府は国民が自分に騙[だま]されているので国民が馬鹿だと思って軽蔑して国民を虐めるのである。
だから、そもそも国民が政府の法律を守るか守らないかは国民一人一人の自由なのである。今の政府は国民を不幸にする法律を決めているから、国民は政府の法律を守らなければいい。今の国民は政府の法律を守らないようにして政府に税金を払わないようにして政府を倒せばいいのである。
早く国民みんなで政府を倒して、国民みんなが国民みんなで決めた決まりを守って幸福に暮らせるようにしなければならない。
[18834] 今の政府は国民に嫌な命令を出すだけである。 h25.9.23
政府は国民に命令を出して儲[もう]ける会社である。
政府は最初の頃に国民に善いことをやって国民に「政府を善い団体だ」と思わせて政府を信用させて政府の命令を聞くようにさせた。
その後で、政府は国民に嫌な命令ばかり出すようになった。政府は国民にお金を払う命令をしたり国民に戦争や国家宗教をやる命令を出して国民からお金を盗って儲けたり国民を虐[いじ]めて遊んだりした。
国民は自分が一度やったことは死ぬまでやるので、一度政府の命令を聞くと決めたからには死ぬまで聞いた。国民は国民みんながやることを見て真似[まね]るので、国民みんなが政府の命令を聞いているのを見て自分も政府の命令を聞いていた。政府は人間の学習能力や集団心理を利用して、国民みんなを政府に従わせた。国民みんなは「自分が政府に従わねばならない」と思い込んでいるので、たとえ政府にどんなに嫌な命令をされてもじっと堪[こら]えて命令に従った。
今でも国民の多くは「自分が政府の命令に従わねばならない」と思って政府の命令に何でも従っている。例えば、政府の命令で旅客機をビルに突っ込ませたりビルの屋上から飛び降りたりする。
しかし、そもそも国民が政府の命令を聞くか聞かないかは国民一人一人の自由である。そもそも政府はただの団体だから、国民が政府の命令を聞く必要はない。国民は国民みんなの命令は聞かねばならないが、政府の命令は聞かなくていい。だから、国民は実際には自分の意思で政府の命令を聞いているのである。
ところが、今の政府は国民に嫌な命令ばかり出している。国民に善い命令を出すことはない。だから、国民は政府の命令を聞かなければいいのである。国民は政府の命令を聞かないようにして政府にお金を払わないようにして政府を倒せばいいのである。国民に嫌な命令ばかりする政府を倒して幸福になればいいのである。
政治団体は国民を騙[だま]して国民からお金を盗る団体である。政治団体は国民からお金を盗って国民を虐めるだけである。国民にとっては政治団体があってもいいことはない。だから、国民は政治団体に騙されないようにして政治団体を倒さねばならない。国民は政治団体に騙されず、国民みんなが決めた決まりを守って幸福に暮らせばいいのである。
政府は国民に命令を出す会社であって、民主主義の政治機関ではない。政府にとっては民主主義の政治機関は国民に自分を善い団体だと思わせて国民を政府の命令を聞くようにするためにあるだけである。政府は実際には民主主義とは関係なく自分勝手に国民に命令しているだけである。あるいは、自分の手で国民を虐[いじ]めて遊んでいるだけである。政府は民主主義の政治機関ではないから、政府の法律は本物ではなくニセモノである。だから、国民は政府の法律を守らなくてもかまわない。政府には政府の法律を守らない国民を罰する資格はない。だから、国民は正々堂々と政府の法律を破ればいいのである。
[18835] 国民が政府に従うか従わないかは国民一人一人の自由である。 h25.9.23
今の国民の多くは「国民は政府に従わねばならない」と思って政府に従っている。政府の命令を何でも聞いている。今の国民の多くは自分の親や周[まわ]りの人が政府に従っているのを見て真似[まね]て自分もいっしょに政府に従っているのである。
しかし、本当は『国民が政府に従うか従わないかは国民一人一人の自由なのである。』政府は“国民に命令を出す団体”にすぎないので、政府は民主主義の政治団体ではないので、国民は政府に従わなくていいのである。人間は多数決よりも真理に従えばいいので、「国民が政府に従わねばならない」ことはまちがいで『国民が政府に従うか従わないかは国民一人一人の自由である』ことが正しいので、国民は自分で考えて政府に従うか従わないかを決めればいいのである。
今の政府は国民に嫌な命令ばかり出している。今の政府は国民に命令して国民からお金を取ったり国民に嫌なことをやらせているだけである。だから、今の国民は政府に従わなければいいのである。政府の命令で政府にお金をやったり嫌なことをやったりするのをやめればいいのである。今の国民は政府の命令を聞くのをやめて、自分の考えで好き勝手に動けばいいのである。
今の国民は「自分が政府に従わねばならない」と思わないようにして、政府に従うのをやめねばならない。
政府は国民の前で善いことをして国民に「自分が政府に従わねばならない」と思わせて、国民に命令して国民からお金を盗って儲ける団体である。政府は国民にほんのちょっとだけ善いことをして、国民からたくさんお金を盗って儲けている。そもそも国民が政府の命令を聞く必要はない。国民は政府の善い人の芝居に感動して「自分が政府の命令を聞かねばならない」と思わされているのである。政府は国民を騙して儲ける団体である。だから、国民は政府に騙されないように注意して、政府にお金をやらないようにして政府を倒さねばならない。
[18836] 民主主義の政治団体は国民みんなだけである。 h25.9.23
民主主義の政治団体は国民みんなしかない。国民みんな以外の政治団体は民主主義の政治団体ではない。
国民みんな以外の政治団体は、善いことの芝居をやって国民に政治団体を信用させて国民を政治団体に従わせて国民に命令して国民からお金を盗って儲[もう]ける団体である。
国民みんな以外の政治団体は、民主主義でもなんでもない。国民を善い人の芝居で感動させて言いなりにして好き勝手な命令を出す詐欺[さぎ]団体である。
昔の国民は政府の善い人の芝居に素直に感動して「政府を善い人だ」と思って政府を信用して「政府の命令を聞かねばならない」と思って政府の命令を聞いていた。そのために、政府にお金を盗られて虐[いじ]められていた。
今の国民は政府の善い人の芝居を『臭い』と思ってかえって政府を信用しなくなって『政府の命令なんか聞かなくてもいい』と思って政府の命令を聞かなくなった。おかげで政府は国民からお金を盗れなくなって潰[つぶ]れている。
今の人はテレビや映画などで面白い作品をたくさん見ているから、政府の芝居ぐらいでは感動しなくなっている。そのために、いくら政府が芝居をやっても国民が感動しなくなって「政府が善い団体だ」と思ってくれなくなって政府の命令に従わなくなったのだ。
今の国民は『政府が国民を善い人の芝居で感動させて騙[だま]して言いなりにする詐欺団体だ』と知っているから、政府の芝居に騙されなくなって政府の命令を聞かなくなったのだ。
国民みんな以外には国民が信用できる団体はない。国民は政治団体に騙[だま]されないようにして、国民みんなが決めた決まりを守って幸福に暮らせばいいのである。
[18837] 政府は不合理機関である。☆ h25.9.23
政府は善い人の芝居で国民を感動させて言いなりにして好き放題に命令する団体である。
国民は周[まわ]りのみんなが政府に従っているのを見て真似[まね]て自分も政府に従っている。
国民が政府に従うのは全部不合理的な動機のためである。国民は“自分を感動させた者に従う心理”や“みんなに合わそうとする心理”(集団心理)によって政府に従っているのである。
昔の人は心で動いていたから、政府によく従っていた。
今の人はあまり心で動かなくなったから、政府に従わなくなった。
そのために、政府は権力がなくなって国民に命令できなくなった。国民は政府の命令に従わず、自分の考えで好き勝手に動くようになった。
今の国民は合理的だから政府に従わなくてもいいのである。国民が政府に従う合理的な理由はないから、今の国民は政府に従わなくてもいいのである。政府の命令を無視して好き勝手にやればいいのである。政府に税金を払えと言われても払わなければいいし、政府に戦争や国家宗教をやれと言われてもやらなければいいのである。
人間が不合理的に生きようが合理的に生きようが人間の自由である。政府は不合理的な人間には命令できるが、合理的な人間には命令できない。だから、国民が政府に従うか従わないかは国民の自由である。
今の社会は合理的である。今では国民みんなが合理的になっている。政府は不合理的な団体である。政府は時代遅れである。だから、政府は今の社会に捨てられて滅んでいるのである。
[18838] 国民が政府に従わねばならない合理的な理由は何もない。 h25.9.24
政府は国民に自分勝手な命令を出す会社である。
国民が政府に従うか従わないかは国民一人一人の自由である。
国民は政府の善い人の芝居を見て感動して「政府が善い団体だ」と思って政府の命令を聞いている。
国民は周[まわ]りのみんなが政府の命令を聞いているのを見て真似[まね]て政府の命令を聞いている。
政府の民主主義の政治団体は国民に「政府を善い人だ」と思わせて国民を政府の命令を聞かせるためにあるだけで、実際に民主主義をやっているわけではない。政府は多数決で法律を決めて、法律に基づいて国民に命令を出したり違反者を取り締[し]まったりしているのではない。政府の民主主義の政治団体は飾りにすぎない。政府は多数決とは無関係に自分の独断で命令を出しているだけである。
国民が政府に従わねばならない合理的な理由は何もない。国民は自分の感動と集団心理で盲目的に政府に従っているだけである。
今の国民は合理的である。政府は自分の独断で好き勝手な命令を出しているだけである。国民に命令して国民からお金を盗ったり国民に要らないことをさせて国民を虐[いじ]めているだけである。国民が政府の命令に従わねばならない理由はない。だから、今の国民はアホらしくなって政府に従わなくなったのである。
[18839] 「国民が政府に従う」法律はまちがいである。☆ h25.9.24
法律とは国民みんなが幸福に暮らすための決まりである。国民みんなが法律を守るから国民みんなが幸福に暮らせるのである。国民みんなが法律を守らないと国民みんなが不幸になる。だから、国民みんなは法律を守るのである。
だから、法律は多数決で決まるのではない。人間には誤解があるから、大勢の者が誤解している恐れがあるから、多数決によって国民みんなを幸福にしない決まりが決まることもある。だから、多数決が正しいわけではない。
法律は国民みんなの長年の経験によって決まるのである。これまでに数多くの法律が作られ滅んでいったのである。今残っている法律は国民みんなの長年の経験に裏打ちされた信頼の置ける法律である。
「国民が政府に従う」ことも法律である。今の国民の多くは「国民が政府に従う」ことを守って政府に従っている。
しかし、実際に国民は幸福になっていない。国民が政府に従っても国民は幸福になっていない。
政府は人間の“善い人に従う心理”や“みんなに合わせる心理”(集団心理)を利用して国民を政府に従わせて国民に自分勝手な命令を出す会社である。政府は善い人の芝居をやって国民に「政府が善い団体だ」と思わせて国民を感動させて国民を政府に従わせている。国民は周[まわ]りのみんなが政府に従っているのを見て真似[まね]ていっしょに政府に従っている。政府は国民を従わせて国民に自分勝手な命令を出している。政府は国民に政府にお金を払う命令や戦争や国家宗教をやる命令を出して、国民からお金を盗って国民を虐[いじ]めて国民を不幸にしている。
だから、国民が政府に従っても国民は幸福になれない。「国民が政府に従う」法律はまちがいである。
いくら今の国民の多くが「国民が政府に従う」法律を守っていても、「国民が政府に従う」法律はまちがいである。国民の多くは政府に騙[だま]されて「国民が政府に従う」法律が正しいと思わされて政府に従わされているのである。
「国民が政府に従う」法律はまちがいだから、国民は政府に従ってはいけない。国民は政府に従うことをやめて、国民自身が政治をやって幸福に暮らさねばならない。国民は政治機関に頼るから不幸にされるのである。政治機関は国民からお金を盗って国民を虐めるだけである。他人は自分を幸福にしてくれない。自分を幸福にするのは自分だけである。国民は国民自身で政治をしなければならない。
[18840] 政府は役立たずと悪者の組合である。 h25.9.24
政府は民主主義の政治団体と国民に命令する団体からなる。
政府の民主主義の政治団体は国民みんながやっていることを真似[まね]ている。国民みんなは国民みんなが幸福になる決まりを決めて守っている。政府は国民みんなを真似て国民みんなが決めた決まりを自分も決めて国民に出してみんなに守らせている。政府の民主主義の政治団体は国民みんなの物真似[ものまね]である。政府の民主主義の政治団体は鏡に映した国民みんなの姿である。つまり、政府の民主主義の政治団体は国民みんながやっていることを二重にやっているのである。ダブってやっているのである。政府の民主主義の政治団体は無駄[むだ]である。だから、政府の民主主義の政治団体がなくなっても国民は困らないのである。国民にとっては政府の民主主義の政治団体は要らないのである。
政府の国民に命令する団体は善い人の芝居をやって国民を感動させて国民を政府に従う気にさせて国民に自分勝手な命令をしている。政府の国民に命令する団体は国民に政府にお金を払ったり戦争や国家宗教をやる命令を出して国民からお金を盗ったり国民を虐[いじ]めて遊んで国民を不幸にしている。国民から税金を盗ることは民主主義の政治団体ではできないから、政府にとっては国民に命令を出す団体が要るのである。政府の民主主義の政治団体は国民に命令を出す団体からお金をもらって食っているのである。
つまり、政府の民主主義の政治団体は国民にとって役立たずで、政府の国民に命令する団体は国民にとって悪者である。政府は役立たずと悪者の組合である。
国民にとっては政府の民主主義の政治団体がなくなってもかまわない。国民にとっては政府の国民に命令する団体がなくなったほうがいい。
だから、今の国民は政府を倒しているのである。今の国民は政府の命令を聞かないようにして政府に税金を払わないようにして政府を倒しているのである。
政府は国民が心で見れば善い団体だが、国民が頭で見れば悪い団体である。人間の心はまちがいやすい。だから、人間は頭で考えねばならない。そのために、今の国民は政府が悪い団体だと考えて、政府を倒しているのである。
これまで国民みんなは国民みんなが幸福になる決まりを決めて守って幸福に暮らしてきた。国民みんなが決めた決まりがもっとも確実である。国民みんなを超える政治機関なんかない。国民みんなは最高の政治機関である。だから、国民は国民みんなに従って、他[ほか]の政治機関に従ってはいけない。
[18841] 「国民が政府に従う」法律はない。 h25.9.24
政府はただの政治団体である。政府は国民みんな(つまり国)ではない。
だから、そもそも「国民が政府に従う」法律はない。「国民が政府に従う」ことは法律ではない。国民が政府に従うか従わないかは国民一人一人の自由である。
昔は国民みんなが政府に騙[だま]されて政府に従っていただけである。たまたま国民みんなが政府に従っていただけで、「国民が政府に従う」ことは法律ではなかったのである。法律はみんながやらねばならないが、逆にみんながやるからといって必ずしも法律とはかぎらないのである。
今では国民みんなが政府に騙されなくなって政府に従わなくなっている。「国民が政府に従う」ことは法律ではないから、国民みんなが政府に従わなくても一向[いっこう]にかまわない。だから、国民は政府に遠慮せず堂々と政府に従わなければいいのである。
国民は自分が善いと思う政治団体には従い、自分が悪いと思う政治団体には従わない。昔の国民は政府が善い政治団体だと思っていたから政府に従っていた。今の国民は政府が悪い政治団体だと思っているから政府に従っていない。
政府は水道やゴミや学校や役所などをやっている。しかし、政府は国民に命令を出して儲[もう]ける会社だから、そもそも水道やゴミや学校や役所は政府とは関係がない。昔の政府が国民に「政府が善い団体だ」と思わせて国民を騙すためにこれらの会社と組んでいただけである。政府の民主主義の政治機関と同じようなものである。政府が国民に命令を出すだけでは国民は「政府を善い団体だ」と思わず政府に従わなくなるので、政府は命令を出す以外にいろんな善いことをやっていたのである。これらの会社は政府と組むかわりに政府からいくらかお金をもらっていたのである。だから、国民は水道やゴミや学校や役所は政府とは別だと考えて、水道やゴミや学校や役所にそれぞれお金を払って仕事をしてもらえばいいのである。国民は役所にお金を払って書類を作成してもらえばいいのである。税金は国民が政府の命令で払っているだけだから、国民は政府に税金を払わなくていい。国民は水道やゴミや学校や役所にお金を払って仕事をしてもらえばいいのである。
[18842] 政府の本体は“国民に命令を出す会社”である。☆ h25.9.24
政府の本体は“国民に命令を出す会社”である。
政府は善い人の芝居をやって国民に「政府は善い団体だ!」と感動させて国民を政府に従いたいと思わせて国民に命令している。政府は国民に好き放題に命令して国民からお金を盗って儲[もう]けたり、国民に戦争や国家宗教をやらせて虐[いじ]めて遊んだりしている。
政府は臭い芝居をやったり、民主主義の政治団体をやったり、水道やゴミや学校や役所などをやったりして国民に「政府が善い団体だ!」と思わせて、国民が感動のあまり政府に従うようにさせている。
政府にとっては民主主義の政治団体や水道やゴミや学校や役所は国民に「政府が善い団体だ!」と思わせるための道具である。水道やゴミや学校や役所はまじめに仕事をしているが、民主主義の政治団体はどうせ国民みんなが自分で政治をやっていると思って自分はいいかげんに手抜きに仕事をやっている。民主主義の政治団体は会社が建っているだけで仕事をやっていない。民主主義の政治団体は、国民みんながやっていることと同じことをやっているにすぎないので、仕事にならないので国民からお金を取って仕事をしないのである。民主主義の政治団体は国民に「政府が善い団体だ」と思わせるためにあるだけであって、それ以上のものではないのである。学校も国民が自分で勉強すればいいだけだからお金を取らないのである。政治機関なんかなくても国民が自分で政治をやればいいだけである。学校なんかなくても国民が自分で勉強すればいいだけである。
政府の本体は国民に命令を出す会社である。そもそも国民は国民に命令を出す会社に従わなくてもかまわない。国民が国民に命令を出す会社に従うか従わないかは国民一人一人の自由である。国民に命令を出す会社は国民に嫌な命令ばかり出している。国民が国民に命令を出す会社に従っても得になることはない。だから、国民は国民に命令を出す会社に従わなければいいのである。国民は国民に命令を出す会社の税金の命令に従わないようにして、国民に命令を出す会社に税金を払わないようにして、国民に命令を出す会社を潰[つぶ]せばいいのである。
昔の国民は政府の善い人の芝居にまんまと騙[だま]されて感動して涙を流しながら政府の命令を聞いていた。昔の国民は政府にお金を盗られて虐められて不幸にされていた。
今の国民は政府の善い人の芝居に騙されないようにして感動しないようにして政府の命令を聞いてはいけない。今の国民は政府にお金をやらないようにして政府を倒さねばならない。
政府は人間の“善い人に従う心理”を利用して国民を騙して儲ける悪い会社である。国民は政府に利用されないようにして政府を倒さねばならない。
[18843] 今の国民は政府の命令を聞かなくなっている。☆ h25.9.24
政府は国民に命令する会社である。政府は人間の“善い人に従う心理”を使って善い人の芝居をやって、国民に「政府が善い人だ」と思わせて政府に従う気持ちにさせて国民に命令を出してお金を取って儲[もう]ける会社である。
昔の人は“善い人に従う心理”が強かったので、政府のやり方が通用した。政府は国民みんなに命令してみんなからお金を取って儲けた。政府は国民みんなに命令してみんなに戦争や国家宗教をやらせてみんなを虐[いじ]めて遊んでいた。
しかし、今の人は“善い人に従う心理”が弱い。今の人は他人の命令を聞くのは他人からお金をもらったときだけだと考えているので、“善い人に従う心理”が弱くなっているのである。昔の人は自分が善い人だと思った人に無条件に従っていたが、今の人は他人からお金をもらわない限り従わないのである。今の人は『お金で他人の命令を聞くものだ』と思っているので、いくら善い人の芝居をやっても命令を聞いてくれないのである。そのために、今では政府のやり方がみんなに通用しなくなって、政府は国民みんなに命令してもみんなからお金を取れなくなって儲からなくなった。政府は国民みんなに命令してみんなに戦争や国家宗教をやらせられなくなってみんなを虐めて遊べなくなった。
そもそも国民が政府の命令を聞くか聞かないかは国民一人一人の自由である。政府は人間の“善い人に従う心理”を使って国民に命令をする会社である。昔の人は善い人に従う心理が強かったから、政府は昔の人を政府の命令を聞く気にさせることができた。昔の人は政府の命令を聞いて、政府に従属して暮らしていた。今の人は善い人に従う心理が弱いから、政府は今の人を政府の命令を聞く気にさせられなくなった。そのために、今の人は政府の命令を聞かなくなって、政府から独立して暮らしているのである。
政府の民主主義の政治機関は、納税の義務や宗教の自由などの国民に命令を出す機関の命令を法律に定めていて国民みんなと同じ法律を定めていないから、厳密には民主主義の政治機関ではないから国家権力はない。だから、国民は政府の民主主義の政治機関に従わなくていいのである。そもそも政府の民主主義の政治機関は国民に「政府が善い人だ」と思わせるためにあるだけであって、それ以上のものではない。今の国民は他人[ひと]からお金をもらって命令を聞くだけだから、政府の民主主義の政治機関の存在意義はないのである。
[18844] 国民みんなが政治をやったほうが善い国になる。 h25.9.24
政府の民主主義の政治機関はどうせ国民が政治をやるだろうと思って国民を当てにして自分はいいかげんにしか仕事をしていない。
政府の警察はただ立っているだけで犯罪者を取り締[し]まらない。だから、政府や暴力団や宗教団体などの犯罪組織が野放[のばな]しで暴れまわっているのである。
国民みんなも政府があるために政府に政治を任[まか]せて自分で政治をやろうとしないから善い国にならない。
国民自身が警察をやって犯罪者を取り締まれば、国から犯罪者はすぐに消えてなくなる。国民みんなで政府や暴力団や宗教団体などの犯罪組織を攻撃すればすぐに潰[つぶ]れる。国民みんなで政府や暴力団や宗教団体に物を売ってやらなかったりお金をやったりしなくなれば、政府や暴力団や宗教団体は生きていけなくなって滅ぶ。
政府があるために、政府も国民も両方とも政治をやらなくなっているから、今の日本が善い国ではないのである。今の日本には政治をする者がいないから、日本が善い国ではないのである。日本がみんなにとって幸福な国ではないのである。
今の日本が善い国でないのは、国民みんなが政治を政府任せにしているからである。政府の民主主義の政治機関はみんなに「政府が善い団体だ」と思わせるためにあるだけだから、まじめに政治をやらない。まじめに国民みんなを幸福にすることをしない。政府の命令を出す機関は国民に国民を不幸にする命令を出すだけである。まじめに国民みんなを不幸にしている。つまり、政府は日本を悪い国にするだけである。日本をみんなが不幸に暮らす国にするだけである。このままでは日本が悪い国になるだけである。みんなが不幸に暮らす国になるだけである。だから、国民みんなは政府に見切りをつけて、国民自身で政治をやらねばならない。国民みんなが国民みんなで国民みんなを幸福にする決まりを決めて守って幸福に暮らさねばならない。国民みんなが犯罪者を取り締まって犯罪者に制裁しなければならない。そうすれば日本は善い国になるだろう。みんなが幸福に暮らす国になるだろう。
国民みんなのほうが政府よりもずっと人数が多いから、国民みんなで政治をやったほうが善い国になる。国民みんなのほうが政府よりも真剣に積極的に国民みんなを幸福にする決まりを決めて守るから、国民みんなで政治をやったほうが善い国になる。だから、国民みんなが政治をやればいいのである。
[18845] 国民は政府の法律を守らなくていい。 h25.9.24
政府はただの政治団体である。国民みんな(つまり国)ではない。
だから、国民が政府に従うか従わないかは国民一人一人の自由である。国民は国民みんなにはつねに従わなければならないが、政府には従わなくてもかまわない。政府は民主主義の政治団体を設けることによって、国民に政府が国民みんなであるかのように思わせて、国民に自分が政府に従わねばならないように思わせているのである。しかし、本当は政府は国民みんなではないから、国民は政府に従わなくていいのである。
だから、政府の法律の中で政府が自分の独断で決めた法律は政府に従いたい者だけが守ればいい。納税の義務や宗教の自由は政府に従いたい者だけが守ればいい。政府に従いたくない者は守らなくてもいい。
政府の法律の中で国民みんなが決めた法律は国民みんなが守らなければならない。政府に従いたい者も従いたくない者も両方とも守らなければならない。
今では国民みんなが政府に従いたくないから、国民みんなが政府の納税の義務や宗教の自由を守らなくなって政府に税金を払ったり政府の国家宗教の命令を聞いたりしなくなっている。
政府は国民みんなから税金がもらえなくなって潰[つぶ]れている。
早く政府のような国民みんなを不幸にする機関がなくなって、国民みんなが幸福に暮らせるようになればいい。
[18846] 今では人間はみな平等である。 h25.9.24
昔は男と女の間に身分制があった。男が上で女が下だと考えられていた。
昔は大人と子供の間に身分制があった。大人が上で子供が下だと考えられていた。
身分制は作り事である。昔はみんなで身分制を教えあって、人間の間に上下関係を決めていた。
今は作り事のない時代である。今ではみんなが本当のことを教えあって、人間同士で平等にやっている。みんながめいめいそれ相応[そうおう]に暮らしている。
政府は善い団体のふりをして悪いことをやっている詐欺[さぎ]会社である。政府は人間の“善い人に従う心理”を利用して、みんなの前で善い人の芝居をやってみんなを政府に従わせて、みんなに好き勝手な命令を出してみんなからお金を盗ってみんなを虐[いじ]めて不幸にする会社である。政府は嘘[うそ]つきである。今は作り事のない時代である。嘘は作り事である。だから、政府があってはいけない。だから、今ではみんなが政府を倒しているのである。みんなで作り事をする会社をなくしているのである。
[18847] 他人の考えを実行するのは簡単である。 h25.9.24
『政府の命令を聞かなくてもいい』と言われて、実際に具体的に政府の命令を聞かないことは馬鹿でもできる。
『政府の命令を聞かなくてもいい』ことを証明するのが難しいのである。
正しいとわかっていることを実行するのは簡単である。誰でもできる。
正しいかどうかよくわからないことをはっきり正しいと言うのは難しいことである。
それがわかっている人は、私が考えた『政府の命令を聞かなくてもいい』ことを使ってもいい。
考えに特許があれば私もお金が儲[もう]かるのだが。最初の50年ぐらいは考えた人が考えの利用者からお金がもらえるようにできないものだろうか。
[18848] 今の人は『政府が悪い政治団体だ』と思って政府に従わなくなっている。
h25.9.24
政府はただの政治団体である。国民みんな(つまり国)ではない。
だから、国民が政府に従うか従わないかは国民一人一人の自由である。
政府は人間の“善い人に従う心理”を利用して、国民の前で善い人の芝居をやって国民に「政府を善い団体だ」と思わせて「自分が政府に従いたい」と思わせて、国民に自分勝手な命令を出して国民からお金を盗って儲[もう]ける会社である。国民を虐[いじ]めて遊んでいる会社である。
昔の人は善い人の芝居に弱かったので、政府が善いことをする芝居を観て「政府が善い人だ!」と感激して「自分が政府に一生従う」と決めて、政府に従っていた。政府の命令に従って税金でも戦争でも国家宗教でも何でもやった。
今の人は『政府が国民からお金を盗って国民を虐めているだけだ』と考えて、政府に従わなくなった。政府の命令に従わなくなって税金も戦争も国家宗教も何にもやらなくなった。
昔の人は政府の芝居を見ていたが、今の人は政府が実際にやっていることを見ている。昔の人と今の人では目の付け所が違うのだ。
昔の人は「善い人に従う」ことが当然のことだと思ってやっていたが、今の人は「善い人に従う」ことが田舎[いなか]臭いと思ってやめたのだ。
今の人は政府が悪い政治団体だと思って政府に従うのをやめている。政府の命令を聞くのをやめている。政府はみんなからお金をもらえなくなって潰[つぶ]れている。
政治団体とは法律団体のふりをしている命令を出す会社である。宗教団体とは道徳団体や神に従う団体のふりをしている命令を出す会社である。どちらも人間の“善い人に従う心理”を利用して、国民の前で善い人の芝居をやって国民を自分に従わせて、国民に自分勝手な命令をして国民からお金を盗ったり国民を虐めて遊んでいる団体である。政治団体や宗教団体はいろんなことをやって国民を騙[だま]して国民を自分に従う気にさせて国民に好き放題に命令をして国民からお金を盗ったり国民を虐めたりする。政治団体にとって法律は国民を自分に従う気にさせるための道具にすぎない。宗教団体にとって道徳や神は国民を自分に従う気にさせるための道具にすぎない。法律を道具にしている大規模な命令を出す会社が政治団体で、道徳や神を道具にしている小規模な命令を出す会社が宗教団体である。
今では国民が『政治団体や宗教団体は善い団体ではない』と考えて政治団体や宗教団体に騙されなくなっている。今では国民が『政府は善い団体ではない』と考えて政府に従うのをやめている。そもそも政府はただの政治団体だから、国民が政府に従おうが従うまいが国民個人の勝手である。国民は勇気を出して政府に従うのをやめればいいのである。そうすれば政府から自由になれて幸福になれる。
[18849] 政府の民主主義の政治団体は国民を政府に従わせるためにあるにすぎない。 h25.9.25
政府の正体は国民に命令を出す会社である。
政府はいろんなことをやって国民を政府に従う気にさせて、国民に好き放題な命令を出して国民からお金を取ったり国民を虐[いじ]めて遊んだりしている。
政府の民主主義の政治団体は、政府が国民を従わせるための道具にすぎない。政府の民主主義の政治団体は、国民の“国民みんなに従おうとする心理”を利用して、国民みんなの真似[まね]をして国民みんなで決めた法律と同じ法律を自分も決めて、国民に「政府が国民みんなだ」と思わせて、国民に「自分は政府に従わねばならない」と思わせて、国民を政府に従わせている。政府は憲法で自分の独断で決めた命令を国民みんなが決めた法律といっしょにして、国民にあたかも国民みんなが政府の独断で決めた命令を決めたかのように思わせて、国民に政府が独断で決めた命令を守らせている。そうやって政府は国民を自分の言いなりにして、国民に好き勝手な命令を出している。政府の民主主義の政治機関は、政府が国民を政府に従わせる気にさせるためにある機関にほかならないのである。政府の民主主義の政治団体は本当は民主主義の政治団体ではない。
だから、国民は『政府が国民みんなではない』と思って、政府に従うのをやめねばならない。政府が独断で決めた命令を守るのをやめねばならない。国民は納税の義務の法律を破って政府に税金を払うのをやめて政府を倒さねばならない。国民は宗教の自由の法律を破って政府の命令で国家宗教をやるのをやめねばならない。国民は政府に税金を払うのをやめて、政府の民主主義の政治団体も政府の国民に命令を出す団体も両方とも潰[つぶ]してやればいい。
政府の水道やゴミや学校や役所も、政府が国民を従わせるための道具である。政府の水道やゴミや学校や役所は、国民に「政府が国民の役に立つことをやっている」と思わせて、「政府を善い団体だ」と思わせて国民を政府に従わせるためにある。しかし、こちらは本物である。ちゃんと仕事をやっている。政府がちょっとお金をやって軽く組んでいるにすぎない。だから、国民はこれらの会社にちゃんと料金を払って仕事をしてもらうだけにして、政府の命令には従わなければいい。
[18850] 政府は国民を騙[だま]して国民を政府に従わせて国民からお金を盗って儲[もう]ける会社である。☆☆
h25.9.25
政府は国民に命令を出す会社である。
だから、国民が政府に従うか従わないかは国民一人一人の自由である。
政府はいろんなことをやって国民に政府に従わねばならないと思わせて国民を政府に従わせている。
政府はニセモノの民主主義の政治団体を建てて、国民を政府に従わせている。政府はニセモノの民主主義の政治団体を建てて、民主主義の政治団体に国民みんなが決めた法律と同じ法律を決めさせて国民みんなの真似[まね]をさせることによって、国民に政府が国民みんなであるかのように思わせて、国民を政府に従わせている。国民は国民みんなに従わねばならないと思っているので、国民みんなの真似をしている政府に従わねばならないと思うのである。政府は憲法で“自分の独断で決めた命令”を法律にして国民みんなで決めた法律といっしょにすることによって、国民にあたかも国民みんなが“政府が独断で決めた命令”を決めたかのように思わせて、国民に政府の命令を守らせているのである。
政府は時々善い人の芝居をやって国民に「政府が善い人だ」と思わせて、国民を政府に従わせている。人間には“善い人に従う心理”があるので、国民が政府の芝居を観て「政府が善い人だ」と思うと政府に従いたくなって政府に従うのである。
政府は水道やゴミや学校や役所などをやって国民に「政府が国民の役に立つことをやっている」と思わせて、国民を政府に従わせている。国民は実際に自分の眼の前で「政府が国民の役に立つことをやっている」のを見て「政府が善い団体だ」と思って政府を信用して、政府の命令に従うのである。
そうやって、政府は国民を政府に従うようにして、国民に好き勝手な命令を出している。政府は国民に政府にお金を払う命令を出して国民からお金を取って儲けたり、国民に戦争や国家宗教などの命令を出して国民を虐[いじ]めて遊んでいる。
政府は大々的[だいだいてき]に国家的に法律を使って国民みんなに政府に従わねばならないと思わせるので政治団体というのである。
要するに、政府は国民を騙して政府に従わねばならないと思わせて、国民に命令して国民からお金を取って儲けたり国民を虐めて遊んだりしている。
しかし、本当は、国民は政府に従わなくていいのである。国民は政府に騙されて「自分が政府に従わねばならない」と思わされているだけで、本当は従わなくてもいいのである。そもそも政府はただの団体だから、国民が政府に従うか従わないかは国民一人一人の自由である。
政府の民主主義の政治団体は本物の民主主義の政治団体ではないから、国民は政府に従わなくていいのである。
政府は実際には国民に命令して国民からお金を盗って国民を虐めるだけである。国民にとっては政府があっても得になることはない。だから、国民は政府に従わないようにすればいいのである。国民は政府の命令を聞かないようにして政府に税金を払ったり戦争や国家宗教などをやらないようにすればいいのである。国民みんなで政府に税金を払わないようにして政府を倒せばいいのである。
政府の水道やゴミや学校や役所などの会社は実際には国民がお金を払っているから民営である。政府がお金をやって経営していないから政府のものではない。だから、政府の水道やゴミや学校や役所などの会社は本当は民間会社なのである。政府が国民に嘘[うそ]をついて「政府の会社だ」と思わせているだけで、本当は国民の会社である。だから、国民は政府の水道やゴミや学校や役所などの会社にそれぞれお金を払って勝手に利用すればいいのである。
[18851] 政府と役所は別の会社である。 h25.9.25
政府は自分の独断で税金や戦争や国家宗教などの命令を国民に出すことが仕事である。政府は国民に税金の命令を出して国民からお金を盗ることが仕事である。政府はいろんなことをやって国民を政府に従わねばならない気にさせて、国民に自分勝手な命令をして国民からお金を盗ったり国民を虐[いじ]めて遊んだりしている。
政府の民主主義の政治機関は国民みんなの真似事[まねごと]をやって、国民に「政府が国民みんなだ」と思わせて、国民を政府に従わせることが仕事である。政府の民主主義の政治機関は民主主義の政治をやることが仕事ではない。民主主義の政治をやることは国民みんなの仕事である。政府の民主主義の政治機関は国民みんなが決めた法律に政府の命令を足したインチキな法律を定めて、国民に政府の命令を守らせている。
一方、役所は国民みんなが決めた法律に基づいて国民のためにいろんな証明書を出すことが仕事である。
だから、政府と役所は全然別の会社である。
政府は国民に政府を信用させるために役所と組んでいるだけである。
そもそも政府はただの団体である。国民が政府に従うか従わないかは国民一人一人の勝手である。国民が政府に従っても、政府にお金を盗られて虐[いじ]められるだけである。だから、国民は政府に従わなければいいのである。
だから、国民は自分の頭の中で『政府と役所は別の会社だ』と考えて、政府に税金を払わないようにして、役所にはちゃんと料金を払って仕事をしてもらえばいいのである。
政府の民主主義の政治機関は国民のためには役に立たず政府のためだけにあるが、水道やゴミや学校や役所などの会社はおもに国民のためにある。政府は国民に自分を信用させて国民を政府に従わせるためにこれらの会社を利用しているだけである。政府はこれらの会社にいくらかお金をやって組んでいるだけである。これらの会社は国民と政府の両方のためにある。しかし、これらの会社におもにお金をやるのは国民であって政府ではない。だから、これらの会社は政府よりも国民を大事にしないといけない。だから、これらの会社は政府と縁を切って政府から独立して国民だけからお金をもらって経営すべきである。今の国民は『政府がニセモノの民主主義の政治団体で国民を騙[だま]して儲[もう]ける悪い会社だ』と思っているから、会社が政府と組むとかえって評判が悪くなる。だから、これらの会社は政府から独立して経営したほうがいい。
昔の国民は政府のニセモノの民主主義の政治団体にすっかり騙されて「政府を善い団体だ」と信じ込んで政府に盲従していたから、会社が政府と組んだほうが有利だった。会社が政府と組まなければ国民みんなに潰[つぶ]されていた。しかし、今の国民は政府の民主主義の政治団体がニセモノだとわかっていて『政府が国民を騙す悪い会社だ』と考えて政府に従わなくなっているから、会社が政府と組まないほうが有利である。会社が政府と組めば、会社が政府とグルだと思われて客が付かなくなる。だから、会社は思い切って政府から独立してやっていけばいいのである。
[18852] 政府は神や国民みんなのふりをして国民を騙[だま]す会社である。
h25.9.25
中世までは国民みんなが神がいると思っていた。神に従わねばならないと思っていた。だから、政府は政府の中に神の代理となる人間を置いて、国民みんなを政府に従わせて、国民みんなに好き勝手な命令を出した。政府は国民に命令して国民からお金を盗ったり国民に戦争や国家宗教をやらせて国民を虐[いじ]めて遊んでいた。
近代には国民みんなが神がいないと思うようになった。国民みんなが神の代わりに国民みんなに従わねばならないと思うようになった。だから、政府は政府の中に国民みんなの代理として民主主義の政治機関を置いて、国民を政府に従わせて、国民に好き勝手な命令を出すようになった。政府は国民に命令して国民からお金を盗ったり国民を戦争や国家宗教などで虐めていた。
しかし、現代では国民みんなが政府の民主主義の政治機関はニセモノだと考えて、政府は民主主義とは関係のない好き勝手な命令を出していると考えて、政府の命令に従わなくなっている。政府は国民を騙せなくなって国民からお金を盗れなくなって潰[つぶ]れている。
[18853] 会社は政府から独立せよ! h25.9.25
今でも水道やゴミや学校や役所などの会社は政府と組んでいる。政府は国民に政府を信用させて国民を政府に従わせるために、これらの会社にいくらかお金をやって組んでいるのである。
近代までの国民は「政府は神や国民みんなだ。国民は神や国民みんなに従わねばならないから政府に従わねばならない。神や国民みんなは善[ぜん]だから、政府は善い会社だ」と思っていた。会社が政府と組めば国民が善い会社だと思って儲[もう]かった。だから、会社は喜んで政府と組んでいた。
現代の国民は『政府は神でも国民みんなでもない。政府は神や国民みんなのふりをしているだけだ。政府はニセモノの神や国民みんなだから、国民は政府に従わなくていい。政府は国民を騙す悪い会社だ』と思っている。会社が政府と組めば国民が悪い会社だと思って寄り付かなくなる。だから、会社は政府と組んではいけない。会社は政府と組まずにやっていけばいいのである。
都会では会社は政府と組まなくなっている。会社が政府と組みたがるのは田舎[いなか]である。だから、会社は早く政府と組むのをやめねばならない。
[18854] 政府の神や民主主義の政治機関はニセモノである。 h25.9.25
中世の国民は神がいると思っていた。神に従わねばならないと思っていた。そこで、政府は政府の中に神の代理となる人間を置いて、国民に「政府は神だ」と思わせて、国民を政府に従わせた。政府は自分勝手な命令を国民に出して国民からお金を盗ったり国民に戦争や国家宗教をやらせて虐[いじ]めて遊んでいた。
近代の国民は神がいないと思うようになった。神の代わりに国民みんなに従わねばならないと思うようになった。そこで、政府は政府の中に国民みんなの代理として民主主義の政治機関を置いて、国民に「政府は国民みんなだ」と思わせて、国民を政府に従わせた。政府はあいかわらず自分勝手な命令を国民に出して国民からお金を盗ったり国民に戦争や国家宗教をやらせて虐めて遊んだりした。
しかし、現代の国民は政府の神はニセモノの神であって、本当の神は宇宙人やコンピューターであると考えている。政府の神は本当はただの人間だと考えている。政府の民主主義の政治機関はニセモノの民主主義の政治機関であって、本当の民主主義の政治機関は国民みんなであると考えている。政府の民主主義の政治機関は民主主義の政治機関のふりをしているだけで本当は何にもやっていない役立たずだと考えている。
そのために、現代の国民は政府に従わなくなっている。今の国民は政府の命令を聞かなくなって政府に税金を払わなくなって政府が潰[つぶ]れている。今の国民は政府の命令を聞かなくなって戦争や国家宗教をやらなくなって政府が国民を虐めて遊べなくなっている。
今では国民の多くが『政府は国民を騙[だま]して儲[もう]ける悪い会社だ』と考えている。
そのために、今では会社は政府と組むと自分も悪い会社だと思われて客が寄り付かなくなると思って政府と組まなくなっている。水道やゴミや学校や役所などの会社が政府から独立して経営するようになっている。
[18855] 政府の民主主義の政治機関はニセモノである。 h25.9.25
民主主義の政治機関は、国民みんなで決めた決まりを決まりにして、国民みんなに守らせて、決まりの違反者を取り締[し]まらなければならない。
ところが、政府の民主主義の政治機関は国民みんなで決めていない決まり(つまり税金や戦争や国家宗教)を法律にしているし、国民みんなが決めた法律の違反者(政府自身や暴力団や宗教団体などの犯罪組織)を野放[のばな]しにしている。
それは、政府の民主主義の政治機関が民主主義の政治をやるためにあるのではなく、国民を政府に従わせるためにあるからである。そもそも政府は国民に命令してお金を盗って儲[もう]ける会社である。政府の民主主義の政治機関は、国民を政府に従わせるために民主主義の政治団体の真似[まね]をしているだけだから、民主主義の政治をやらないのである。
政府の民主主義の政治機関は国民を政府に従わせる機関であって、民主主義の政治をやる機関ではないのである。実際には、国民みんなが民主主義の政治をやっているのである。
そのため、今の国民は『政府の民主主義の政治機関がニセモノだ』と思って、政府に従わなくなったのである。今の国民は政府の命令を聞かなくなって、政府にお金をやらなくなって、政府を潰[つぶ]しているのである。
[18856] 政府の民主主義の政治機関は役立たずである。 h25.9.25
政府の民主主義の政治機関は国民を政府に従わせるためにある。
昔の国民は政府の民主主義の政治機関を真[ま]に受けて政府に従っていた。政府の命令で何でもやった。税金や戦争や国家宗教をやった。
今の国民は『政府の民主主義の政治団体がニセモノである』ことがわかって、政府の民主主義の政治機関を真に受けなくなって政府に従わなくなった。政府の命令で何もやらなくなった。税金も戦争も国家宗教もやらなくなった。
そのために、今の政府は滅んでいる。
今の政府の民主主義の政治機関は本当に役立たずである。今の政府の民主主義の政治機関は国民を騙[だま]せなくなって、政府が滅んでいるのである。
[18857] 国民が政府に従うか従わないかは国民一人一人の『自由』である。 h25.9.25
政府の正体は国民に命令を出す会社である。政府の民主主義の政治団体はニセモノだから、国民が政府に従う理由にはならない。政府の民主主義の政治団体はニセモノだから、いくらそんなものがあっても国民が政府に従わねばならないことにはならない。
だから、国民が政府に従おうが従うまいが国民一人一人の『自由』である。
だから、たとえ『国民が政府に従わない』ことがまちがっていたとしても、国民が政府に従わなくてもかまわない。自由だからどうしようが個人の勝手だから、国民が自分の好きなように決めればいい。
だから、とにかく政府に従いたくない国民は政府に従わなければいいのである。政府に従いたい国民だけが政府に従えばいいのである。国民が政府に従うか従わないかは国民個人の勝手だから、たとえ国民が政府に従わなくても政府は国民に文句が言えない。
だから、国民は政府に遠慮せずに政府に従わなければいいのである。
おそらく『政府は国民を騙[だま]して儲[もう]ける悪い会社』だから、国民は政府に従わず政府を潰[つぶ]したほうがいいはずである。
国民は政府の命令を無視して政府にお金をやらないようにして政府を潰せばいいのである。
[18858] 考えることをなめているのがいけない。 h25.9.25
化粧やファッションばかりやって考えないのがいけない。
そんなことをする暇があったら、考えればいい。
世の中にはわからないことがたくさんある。
わからないことを自分が考えてわかることにすればいいのである。
人間はわからないことがあるから不幸になる。
だから、わからないことをなくせば幸福になる。
[18859] 政府は民主主義の政治機関と命令を出す機関が協力して仕事をやっている。
h25.9.25
政府の民主主義の政治機関は、国民を政府に従わせる。政府の民主主義の政治機関は民主主義の政治機関の芝居をやって、国民を政府に従わねばならない気にさせる。
政府の命令を出す機関は、国民に命令を出す。国民に税金を払う命令や国民に戦争や国家宗教をやる命令を出す。
政府は民主主義の政治機関と命令を出す機関が協力して国民からお金を盗って儲[もう]けている。
昔は国民が「政府が民主主義の政治機関だから、国民は政府の命令に従わねばならない」と思って、政府の命令を聞いていた。昔の国民は政府の命令で政府に税金を払って政府に戦争や国家宗教をやらされていた。政府は儲かって喜んでいた。
しかし、今では国民が『政府の正体が命令を出す機関であって、民主主義の政治機関はニセモノだから、国民は政府に従わなくてもいい』と考えるようになって、政府に従わなくなっている。今の国民は政府に税金を払わなくなっている。戦争や国家宗教をやらなくなっている。政府は国民からお金を取れなくなって滅んでいる。
[18860] 昔と今では政府の裏と表がひっくり返っている。☆☆ h25.9.25
政府は税金を取っている。
税金は民主主義の法律ではない。民主主義では政府と国民は平等だから、政府は国民から税金を取れないはずである。だから、政府の民主主義の政治機関はニセモノである。
政府は自分の独断で税金を盗っている。政府は国民に自分勝手な命令をしている。政府の正体は自分の独断で命令を出す機関である。
政府の民主主義の政治機関はニセモノである。政府の民主主義の政治機関は民主主義の政治機関の芝居をして国民を政府に従わせるためにある。
これまでに政府は民主主義の政治機関で国民を政府に従わせて、国民に命令して税金を盗って儲[もう]けて、国民に戦争や国家宗教などをやらせて国民を虐[いじ]めて遊んできたのである。
昔の国民は「政府が民主主義の政治機関だから、国民は政府に従わねばならない」と思って政府に従っていた。
今の国民は『政府が国民に命令を出す機関だから、政府の民主主義の政治機関はニセモノだから、国民は政府に従わなくていい』と考えて政府に従わなくなった。
そのため、今の政府は国民に命令して国民からお金を取れなくなって潰[つぶ]れている。
昔の国民は「政府が善い会社だ」と思っていたから、会社は政府と組むと評判がよくなって儲かるから喜んで政府と組んでいた。水道やゴミや学校や役所などの会社が政府と組んで喜んでいた。
今の国民は『政府が悪い会社だ』と思っているから、会社は政府と組むと評判が悪くなって潰れるから政府と組まなくなった。そのため、今では水道やゴミや学校や役所などの会社が政府から独立して経営するようになっている。
今後は国民みんなが政治をすればいい。あるいは、民主主義の政治機関が国民から税金を盗らず国民と契約して国民からお金をもらって政治をすればいい。国民みんなで決めた決まりを法律にして国民みんなに守らせて法律の違反者を取り締[し]まればいい。政府のような国民みんなに自分勝手な命令をする会社は二度とあってはならない。役所をもとにして民主主義の政治機関を作ってもいいかもしれない。
[18861] 人類の未来は果てしなく続いている。 h25.9.25
人類の歴史はまだ始まったばかりである。まだ数千年しか経[た]っていない。
今のままでいいわけがない。
まだまだ先に行かねばならない。
だから、国民みんなで政治をやって善い決まりを作ってより善い国にしないといけない。
[18862] 政府は政治をするふりをする。 h25.9.25
政府は政治をするふりをするから、国民が政治をしないから、国が善くならない。
幕府は国民から年貢[ねんぐ]を盗って寝るだけで、政治をするふりをしないから、国民が政治をするから、国が善くなる。
政府も幕府も国民からお金を盗って国民を虐[いじ]めたが、幕府は政治をするふりはしなかったのである。幕府は身分制を定めていたから、国民を自分に従わせるために政治をするふりをしなくてもよかったのである。反対に、政府は身分制を定めていなかったから、国民を自分に従わせるために政治をするふりをしなければならなかったのである。
国民みんなに政治をさせれば国が善くなる。政府の時代は政府が政治をしているふりをするために国民みんなが政治をしないから国が悪くなる。幕府の時代は幕府が政治をしているふりをしないから国民みんなが政治をするから国が善くなる。『寝る子は育つ』と言うように『政治機関が寝る国は育つ』のである。
将来、民主主義の政治機関を作るとすれば、自分が政治をしているふりをしない政治機関にすればいいだろう。自分が政治をやらない政治機関にすればいいだろう。しかし、本当に政治をやらない政治機関は要らない。だから、自分がちょっとだけ政治をする政治機関がいいだろう。国民みんなが政治をする際に、国民だけではやりにくいことをやる政治機関にすればいいだろう。例えば、凶悪犯罪者の逮捕や犯罪者の管理を仕事にする政治機関があればいいだろう。警察みたいな政治機関にすればいいだろう。警察にちょっと立法機関と行政機関が付いただけの政治機関にすればいいだろう。つまり、国民みんなの決めた決まりを調査して法律を定めて、国民みんなに手紙を出して法律を知らせたりすればいい。法律を決めることは政府でもできたことだからどんな政治機関にもできるだろう。そうすれば、政治機関は国民と契約して国民からお金をもらって経営できるだろう。
[18863] どうしてインドは科学が遅れているのか? h25.9.25
大昔の学者が国の原理を決めたからである。
その原理に基づいてインドがやって来たからである。
インドでは『人間は五感にとらわれてはいけない』ことが原理なので、科学が弱くなったのである。
反対に、ヨーロッパでは「人間は五感にとらわれなければならない」ことが原理なので、科学が強いのである。
ヨーロッパとインドでは国の原理が違うのである。
だから、インドにも得意なことがある。
ヨーロッパにも苦手なことがある。
国には得意なことと不得意なことがある。
だから、一概[いちがい]に善い国なんかない。何から何まで善い国なんかない。反対に、何から何まで悪い国なんかない。
日本は世界中の文化を取り入れて中庸[ちゅうよう]でやってきた。日本では五感と知覚と心のバランスが大事だと考えられている。日本では五感にとらわれていてとらわれていない、心にとらわれていてとらわれていないことが善いことだとされているのである。
国によって原理が違うから、幸福観も国によって違っている。つまり、インド人は五感にとらわれない世界で幸福になろうとするし、ヨーロッパ人は五感にとらわれる世界で幸福になろうとするのである。つまり、幸せも国によって違うのである。
人間は自分の国の中で幸福に暮らすしかない。しかし、実際には人間は自分が得意なことをやるしかない。自分の得意不得意は自分の人生の成り行きで決まるのであって、自分にはどうしようもない。国の原理なんか関係ない。今では世界中の国に自由に行けるから、自分の国で幸福に暮らせない人は自分のセンスに合った国を選んで住めばいいかもしれない。
[18864] 政府は悪くない? h25.9.26
政府は国民に命令を出す会社である。政府の民主主義の政治機関なんかニセモノだからどうでもいい。
政府は国民に命令して国民からお金を盗ったり国民に戦争や国家宗教などをやらせている。政府は国民を虐待しているが、政府が直接に手を下[くだ]したのではなく、すべて国民に命令して間接的にやらせたものである。
そもそも政府は国民に命令を出す会社だから、国民が政府の命令を聞くか聞かないかは国民個人の自由である。
だから、政府は何にも悪くない。政府の命令を聞く国民が悪いのである。
国民が政府に税金を払うのは、政府の命令を聞いた国民が悪いのである。
国民が政府の命令で戦争や国家宗教などをやるのは、政府の命令を聞いた国民が悪いのである。
国民が政府に虐待されるのは、政府の命令を聞いて国民を虐待した国民が悪いのである。
すべて国民がいけないのである。
だから、国民は政府の命令を聞かなければいい。そうすれば、国民は悪くない。
国民は政府の命令を聞くのをやめて、政府に税金を払ったり戦争や国家宗教などをやったり国民を虐待したりするのをやめねばならない。そうすれば、誰も悪くない。
政府は国民に命令する会社である。政府は国民に口先で命令するだけである。国民が政府の命令を聞かなければ、政府は国民に何もできない。政府は手も足も出ない。だから、国民は政府を恐れずに政府の命令を聞かなければいいのである。
[18865] 国民は政府の命令を聞かなければいい。 h25.9.26
政府は国民に命令を出す会社である。政府の民主主義の政治機関は民主主義の政治の芝居をやって国民を政府の命令を聞く気にさせるためにあるだけである。つまり、政府とはニセモノの民主主義の政治機関で国民を騙[だま]して国民に命令する会社である。
そもそも政府はただの団体にすぎない。国民が政府の命令を聞くか聞かないかは国民個人の勝手である。
政府は国民に命令して国民からお金を盗って国民に戦争や国家宗教などをやらせて国民を虐[いじ]めるだけである。
だから、国民は政府の命令を聞かなければいい。
政府が水道やゴミや学校や役所などの会社と組んでいるのは、国民に政府が国民のために役に立つことをしていると思わせて政府を信用させて政府の命令を聞く気にさせるためである。そもそもこれらの会社は政府とは別の会社である。だから、国民は政府と組んでいる水道やゴミや学校や役所などの会社に料金を払って利用するだけで、政府に税金を払わなければいい。
国民は国民みんなが決めた法律を守って、政府の命令を聞かずに暮らせばいい。
[18866] 政府はニセモノの民主主義の政治機関である。 h25.9.26
政府はニセモノの民主主義の政治機関である。政府は民主主義の政治の芝居をやっているだけである。
政府は国民みんなが決めた法律を法律にしていない。政府は自分が国民みんなが決めた法律を守らないし、国民に国民みんなが決めた法律を守らせてもいない。政府は国民みんなが決めた法律に基づいて国民みんなに細かい命令を出したりしない。政府は国民みんなが決めた法律を守らない者をほったらかしにしている。政府は国民みんなで決めた法律を憲法に載せているだけで、実際には国民みんなで決めた法律をやっていないのである。政府の憲法には国民みんなで決めた法律が字で書いているだけで、政府は国民みんなで決めた法律を実施[じっし]していないのである。
政府は自分が独断で決めた法律を法律にしている。政府は国民みんなに政府が自分の独断で決めた法律を守らせている。政府は自分の独断で決めた法律に基づいて国民みんなに細かい命令を出している。政府は年がら年中四六時中国民みんなに税金や国家宗教などの細かい命令を出している。[つまり、政府は国家宗教の神の情報(神武天皇の奇跡の“光る玉”や私の名前の“川ブ”など)を入れた命令を作って国民みんなに出している。例えば、今の政府は神武天皇を神とするのをやめたと言うことで、国民に消費税(←消日←日を消す←神武天皇を神にしない←神武天皇)の命令を出して国民からお金を盗っている。今の政府は再び神武天皇を神にするということで、国民に家庭用電化製品のリサイクル(←もう一度円にする←もう一度神武天皇を神にする←神武天皇)の命令を出して国民からお金を盗っている。今の政府は私を神にしていると言うことで、国民にパン(←ハん←川フ(ハ≒川、ん≒フ)←川ブ←川野延夫[かわののぶお]←私)を食べることを勧[すす]めている。]政府は自分の独断で決めた法律を守らない者を罰している。
つまり、政府は国民みんなが決めた法律を法律にせず、自分が独断で決めた法律を法律にして、国民みんなに守らせたり、違反者を罰したりしている。
国民みんなは政府とは別に自分で法律を決めて自分で守って暮らしている。国民みんなが自分で自分を幸福にする決まりを決めて、国民みんなで決めた法律に基づいて自分で考えて具体的なことをやって幸福に暮らしている。
政府は民主主義の政治をやっているふりをして国民を騙[だま]して国民を政府に従わせて、国民に自分の独断で決めた命令を出している。政府は国民に命令して国民からお金を盗ったり、国民に戦争や国家宗教などをやらせて国民を虐[いじ]めて遊んでいる。政府は自分が楽しいから国民を虐めて遊んでいるのである。
政府は国民からお金を盗って国民を虐めて自分だけ幸福になっている。国民は政府にお金を盗られて虐められて不幸にされるだけである。
政府は国民を幸福にせず、不幸にするだけである。
政府の正体は国民に命令を出す団体である。政府はただの団体である。だから、国民は政府に従わなくてもいい。国民が政府に従うか従わないかは国民個人の自由である。国民が政府に従っても政府にお金を盗られて虐められて不幸にされるだけである。国民が政府に従ってもいいことは何もない。だから、国民は政府に従わなければいいのである。国民は政府の命令を聞かず政府に税金を払わず政府を倒せばいいのである。
[18867] 今の国民は政府の民主主義の政治団体の芝居に騙[だま]されなくなっている。
h25.9.26
政府は民主主義の政治機関を建てて国民を政府に従う気にさせて、自分の好き勝手な命令を出して国民からお金を盗ったり国民に戦争や国家宗教などをやらせて虐[いじ]めて遊んでいる。
国民は政府の民主主義の政治機関を見て「自分が政府に従わねばならない」と思い込んでいるので、政府の命令におとなしく従っている。政府の命令を見境[みさかい]なく何でも聞いている。税金でも戦争でも国家宗教でも何でもやっている。
しかし、本当は、政府の民主主義の政治機関はニセモノである。政府の民主主義の政治機関は国民を政府に従う気にさせるだけで、実際には何もせずただ建っているだけである。
政府の正体は国民に好き勝手な命令を出す団体である。
昔の国民は政府の民主主義の政治機関に騙されて「政府は民主主義の政治機関だから、国民は政府に従わねばならない」と思って、政府に従っていた。
今の国民は『政府は国民に好き勝手な命令を出す団体だから、政府は民主主義の政治機関ではないから、国民は政府に従わなくてもいい』と考えて、政府に従わなくなった。
今では政府が国民に命令しても国民は政府の命令を聞かない。政府は国民から税金を取れなくなって滅んでいる。
今の政府はテレビや新聞でがんばって民主主義の政治の芝居をやって一生懸命国民みんなを騙そうとしている。国民みんなを政府に従わそうとしている。しかし、今の国民みんなは『政府の民主主義の政治団体がニセモノだ』と考えて政府に騙されなくなっている。政府に従わなくなっている。そのために、政府は国民みんなからお金が盗れなくなって滅んでいる。
[18868] 政府も宗教団体も同じことである。 h25.9.26
政府は民主主義の政治の芝居をやって国民を政府に従わせている。
政府は国民を政府に従わせるために民主主義の政治の芝居をやっているだけである。
政府は本当は民主主義の政治をやっていない。
だから、国民は政府に従わなくていいのである。国民は政府の命令を聞かなくていいのである。国民は政府の命令で政府にお金を払ったり政府にいい思いをさせてやらなくていいのである。
政府の正体は国民に自分勝手な命令をして国民からお金を盗って儲[もう]けたり国民を虐[いじ]めて遊んだりしている団体である。国民は政府の民主主義の芝居に騙[だま]されないようにして政府に従ってはいけない。
それと同じように、宗教団体が神を崇[あが]める芝居をやって国民を宗教団体に従わせている。
宗教団体は国民を宗教団体に従わせるために神を崇める芝居をやっているだけである。
宗教団体は本当は神を崇めていない。
だから、国民は宗教団体に従わなくていいのである。国民は宗教団体の命令を聞かなくていいのである。国民は宗教団体の命令で宗教団体にお金を払ったり宗教団体にいい思いをさせてやらなくていいのである。
宗教団体の正体は国民に自分勝手な命令をして国民からお金を盗って儲[もう]けたり国民を虐[いじ]めて遊んだりしている団体である。国民は宗教団体の神を崇める芝居に騙されないようにして宗教団体に従ってはいけない。
[18869] 政府は民主主義の政治の芝居で国民を騙[だま]してお金を儲[もう]ける会社である。
h25.9.26
政府は民主主義の政治の芝居で国民を騙して政府に従う気にさせて、国民に自分の好き勝手な命令を出して国民からお金を盗って儲けたり国民に戦争や国家宗教をやらせて国民を虐[いじ]めて遊んでいる団体である。
政府は民主主義の政治の芝居をやることによって、国民に「政府が国民みんなが決めたことをやっている」と思わせて、国民に「自分が政府に従わねばならない」と思わせて、国民を政府に従う気にさせているのである。国民は政府が民主主義の政治をやっているムードによって政府に従う気になっているだけである。政府は本当は民主主義の政治なんかやっていない。国民みんなが民主主義の政治をやっているのである。
政府が水道やゴミや学校や役所などの会社と組むのも、国民を政府に従わせるためである。政府はこれらの会社と組むことによって、国民に「政府が国民の役に立つことをしている」と思わせて国民に政府を信用させて政府に従う気にさせているのである。
つまり、政府は民主主義の政治の芝居で国民を騙して国民に命令して国民からお金を盗って儲ける詐欺[さぎ]会社である。政府が他[た]の会社と組むのは、政府が民主主義の政治の芝居をするのに比べれば、国民を政府に従わせる力が弱い。
昔の国民は「政府が本当に民主主義の政治団体だ」と思って政府に従っていた。政府の命令で税金でも戦争でも国家宗教でも何でもやった。
今の国民は『政府が民主主義の政治の芝居で国民を騙す詐欺会社だ』と考えている。だから、今の国民は政府に従わなくなって、政府の命令を聞かなくなって政府に税金を払わなくなって政府を倒しているのである。
[18870] 人間はどうして気が狂うのか?☆ h25.9.26
人間が気が狂うのは、自分の脳を興奮させすぎたからである。
人間が自分の脳を興奮させすぎると、脳の一部分が壊れて脳の調子が悪くなる。それを気が狂うと言うのである。
人間が麻薬やオナニーなどをやって自分の脳を興奮させることを覚えると、何かのきっかけで自分の脳を興奮させすぎて自分の脳を壊して気が狂う。自分の不安中枢やテレパシー器官や鬱中枢の活動が止まらなくなって、不安感情(イライラ感)やテレパシーや鬱気分に苦しめられる。自分の精神活動を自分でコントロールできなくなって暴れまわる。周[まわ]りのみんなに迷惑がかかる。自分自身も困る。
人間は自分の脳を興奮させすぎると気が狂うから、けっして自分の脳を興奮させすぎてはいけない。
人間は自分の脳を適切に興奮させて、気が狂わないようにして、精神的に健康に生きていかねばならない。
[18871] 政府は民主主義の政治をやっていない。 h25.9.26
民主主義の政治とは、国民みんなが国民みんなを幸福にする決まりを決めて国民みんなが守って国民みんなを幸福にすることである。国民みんなが決めた決まりの違反者を罰することである。
民主主義の政治は、国民みんながやっている。
政府は自分が民主主義の政治をしているふりをして、国民に「政府が国民みんなで決めたことをやっている」と思わせて、国民を政府に従わせている。しかし、本当は、政府は民主主義の政治を何もせず、自分の好き勝手な命令を国民に出して国民からお金を盗ったり国民を虐[いじ]めたりしているだけである。
政府は民主主義の政治の芝居で国民を騙[だま]して国民からお金を盗って儲[もう]ける団体である。
昔の国民は政府の芝居に騙されて「政府が民主主義の政治団体だから、国民は政府に従わねばならない」と思って、政府に従っていた。政府の命令で何でもやった。
今の国民は『政府が民主主義の政治の芝居で国民を騙して儲ける詐欺[さぎ]会社だから、国民は政府に従ってはいけない』と思って、政府に従わなくなった。
政府は民主主義の政治をやっていない。国民みんなが民主主義の政治をやっている。政府は国民の役に立っていない。政府は役立たずが偉そうにしているだけである。政府は国民に好き勝手な命令を出して国民からお金を盗って国民を虐めるだけである。国民にとっては政府がなくなったほうがいい。だから、今の国民は政府に税金を払わなくなって政府を倒しているのである。
[18872] 国民は政府の法律を守らなければいい。 h25.9.26
政府は民主主義の政治の芝居で国民を騙[だま]して国民を政府に従わせて、国民に好き勝手な命令をして国民からお金を盗ったり国民に戦争や国家宗教をやらせて国民を虐[いじ]めて遊んでいる団体である。
政府の民主主義の政治機関は民主主義の政治の芝居をする機関であって、本当に民主主義の政治をする機関ではない。政府の民主主義の政治機関は国民を政府に従わせるためにあるのであって、民主主義の政治をするためにあるのではない。
政府の民主主義の政治機関はじつは民主主義の政治機関ではない。政府の民主主義の政治機関は民主主義の政治機関の真似[まね]をしているただの団体である。政府の法律もじつは法律ではない。政府の法律は法律の真似をしているただの文書である。
だから、国民は政府の民主主義の政治機関に従わなくていい。政府に従わなくていい。政府の命令を聞かなくていい。政府に税金を払ったり国家宗教などをやったりしなくていい。国民は政府の法律を守らなくていい。国民は国民みんなで決めた法律を守って、政府の法律を守らなければいい。
[18873] 政府は民主主義の政治の芝居で国民を操[あやつ]る団体である。☆☆
h25.9.26
政府は民主主義の政治の芝居をやって、国民を政府の言いなりにして、国民に好き勝手な命令を出す団体である。そうやって政府は国民に命令して国民からお金を盗って儲[もう]けたり国民に戦争や国家宗教などをやらせたりして国民を虐[いじ]めて遊んでいる。
政府は民主主義の政治の芝居で国民を自分の言いなりにして国民を操[あやつ]る団体である。国民は政府の民主主義の政治の芝居を見ていると、いつの間にか政府の言いなりにされて政府の操り人形にされるのである。政府の命令で何でもやるようになるのである。政府のオモチャにされるのである。政府は国民に税金や戦争や国家宗教をやらせて国民をいたぶって遊んでいるのである。
政府は国民にとってきわめて危険な団体である。国民は政府を早めに倒しておかねばならない。
国民は政府の民主主義の政治の芝居に引っかかってはいけない。
国民は『政府が本当は国民に命令を出す団体だ』と考えて『政府の民主主義の政治がニセモノだ』と考えて、政府の言いなりにならないようにして、政府の命令を聞かず政府にお金をやらないようにして政府を倒さねばならない。
[18874] 今は科学の時代だから政府が滅んでいる。☆ h25.9.27
「政府が民主主義の政治機関である」とすると、政府が税金や戦争や国家宗教などの命令をするのが説明が付かない。政府が民主主義の政治機関だとすると、国民と政府が平等だから、政府が国民に一方的に命令して国民に税金や戦争や国家宗教をやらせることがおかしいからである。
『政府が民主主義の政治の芝居をやって国民を騙[だま]して国民を政府に従わせて、国民に好き勝手な命令をする団体である』とすると、政府が税金や戦争や国家宗教などの命令をするのが説明が付く。政府が民主主義の政治の芝居をやって国民に「自分は政府に従わねばならない」と思わせているから、国民は政府の命令を何でも聞いて税金や戦争や国家宗教などをやるのである。
今は科学の時代である。科学では観察事実をうまく説明する仮説のほうが正しいとされる。だから、「政府が民主主義の政治機関である」ことよりも『政府が民主主義の政治の芝居をやって国民を騙[だま]して国民を政府に従わせて、国民に好き勝手な命令をする団体である』ことのほうが正しいと考えられる。
だから、今では国民みんなが『政府が民主主義の政治の芝居で国民を騙して言いなりにする団体である』と考えて、『政府が民主主義の政治団体ではないから政府に従わなくていい』と考えて政府に従わなくなったのである。今では国民が政府の命令を聞かなくなって政府に税金を払わなくなって政府が潰[つぶ]れているのである。
[18875] 本当の民主主義の政治機関は国民みんなである。 h25.9.27
本当の民主主義の政治機関は国民みんなである。国民みんなは国民みんなを幸福にする決まりを決めてみんなで守ってみんなで幸福に暮らしている。
そこに政府はニセモノの民主主義の政治機関を建てて民主主義の政治の芝居をやって、国民に「政府が国民みんなで決めたことをやっている」と思わせて国民を政府に従わせて、国民に民主主義とは無関係な好き放題な命令をしている。政府は国民に政府にお金を払う命令をして国民からお金を盗って儲[もう]けたり、国民に戦争や国家宗教などの命令をして国民を虐[いじ]めて遊んでいる。
政府は国民の“国民みんなに従う習性”を利用して、民主主義の政治の芝居をやって国民を政府の言いなりにして国民を騙[だま]して儲ける詐欺[さぎ]会社である。政府は民主主義の政治をする団体ではなく、民主主義の政治の芝居をする団体である。
昔の国民は「政府が民主主義の政治をやる善い団体だ」と思って政府に従っていた。政府の命令で何でもやった。
今の国民は『政府が民主主義の政治の芝居で国民を騙す悪い団体だ』と思って政府に従わなくなった。政府の命令で何もやらなくなった。
今の政府は国民に命令できなくなって国民からお金を盗れなくなって潰[つぶ]れている。
政府は国民に「政府が国民の役に立つ会社だ」と思わせて国民に政府を信用させて国民を政府に従わせるために、水道やゴミや学校や役所などの会社と組んでいる。しかし、今では国民みんなに『政府が悪い会社である』ことがバレている。今では政府が他[た]の会社と組む意義がない。政府が他の会社と組んでも無駄[むだ]である。今の国民はこれらの会社にお金を払って仕事をしてもらうだけで、政府に税金を払わない。そのために、政府が滅んでいる。
[18876] 本当の神を崇[あが]める団体は国民みんなである。 h25.9.27
本当の神を崇める団体は国民みんなである。国民みんなは神を崇めて神の教えを守って敬虔[けいけん]に暮らしている。
そこに宗教団体はニセモノの神を崇める団体を建てて神を崇める芝居をやって、国民に「宗教団体が神を崇めている」と思わせて国民を宗教団体に従わせて、国民に神とは無関係な好き放題な命令をしている。宗教団体は国民に宗教団体にお金を払う命令をして国民からお金を盗って儲[もう]けたり、国民に戦争や宗教などの命令をして国民を虐[いじ]めて遊んでいる。
宗教団体は国民の“神に従う習性”を利用して、神を崇める芝居をやって国民を宗教団体の言いなりにして国民を騙[だま]して儲ける詐欺[さぎ]会社である。宗教団体は神を崇める団体ではなく、神を崇める芝居をする団体である。
昔の国民は「宗教団体が神を崇める善い団体だ」と思って宗教団体に従っていた。
今の国民は『宗教団体が神を崇める芝居で国民を騙す悪い団体だ』と思って宗教団体に従わなくなった。
今の宗教団体は国民に命令できなくなって国民からお金を盗れなくなって潰[つぶ]れている。
[18877] 暴力団は暴力をふる芝居をして国民を騙[だま]して儲[もう]ける詐欺[さぎ]会社である。
h25.9.27
暴力団は国民の“人情の厚い者に従う習性”や“暴力をふる者に従う習性”を利用して、人情の厚い芝居をやったり暴力をふる芝居をやったりして国民を暴力団の言いなりにして国民を騙して儲ける詐欺会社である。暴力団は人情の厚い芝居や暴力をふる芝居をやって国民を従わせて国民に命令してお金を盗ったり、国民に嫌なことをさせて国民を虐[いじ]めて遊んだりしているのである。
昔の国民は人情に厚かったから人情の厚い者によく従ったが、今の国民は人情が薄くて人情の厚い者に従わなくなったから、暴力団はやり方を変えて人情の厚い芝居をやめて暴力をふる芝居をやって国民を脅[おど]して従わせるようになったのだ。昔の国民は神を信じていたから神によく従ったが、今の国民は神を信じなくなって神に従わなくなったので、政府がやり方を変えて神を崇める芝居をやめて民主主義の政治の芝居をするように変わったのと同じことである。
今の暴力団は暴力をふる芝居をして国民を騙して国民を暴力団に従わせて国民に命令して国民からお金を盗って儲けている。
本当は、暴力団は暴力をふらない。特に今はみんなが人権に厳しいから暴力団は暴力がふれない。つまり、暴力団は暴力をふる団体ではなく、暴力をふる芝居をする団体である。
だから、国民みんなは暴力団の暴力をふる芝居に騙されないようにして、暴力団に従わないようにして、暴力団の命令で暴力団にお金をやらないようにして暴力団を倒さなければならない。
[18878] 今の国民は自分が政府に騙[だま]されていることを知らない。 h25.9.27
自分が他人に騙されていることを知っていて他人に騙される者はいない。
今の国民は政府に騙されている。
だから、今の国民は自分が政府に騙されていることを知らない。
それなら、今の国民は自分が政府に騙されていることを知ればいい。
今の国民は『政府が国民の“国民みんなに従う習性”を利用して民主主義の政治の芝居をやって国民を言いなりにして国民からお金を盗って儲ける団体である』ことを知って『自分が政府の民主主義の政治の芝居に騙されて政府の言いなりにされている』ことを知って、政府に騙されないようにすればいい。政府の命令で政府に税金を払うのをやめて政府を潰[つぶ]せばいい。
[18879] 国民が詐欺[さぎ]団体に騙[だま]されるか騙されないかは国民個人の自由である。
h25.9.27
世の中は何から何までみんなの多数決で決まるのではない。
世の中には個人の自由がある。
みんなの多数決で個人の自由を決めたのである。思想の自由や信仰の自由や職業の自由などを決めたのである。
本来はこの世のすべてが個人の自由であって、やむをえない場合にのみみんなが守らなければならない法律を決めるのである。
例えば、国民が詐欺団体に騙[だま]されるか騙されないかは国民個人の自由である。つまり、たとえみんなが詐欺団体に騙されていても、自分は詐欺団体に騙されなければいい。反対に、たとえみんなが詐欺団体に騙されていなくても、自分は詐欺団体に騙されればいい。
政府は民主主義の政治の芝居で国民を言いなりにして国民からお金を盗って儲[もう]ける詐欺団体である。
だから、国民が政府に騙されるか騙されないかは国民個人の自由である。国民が政府の命令を聞くか聞かないかは国民個人の自由である。
だから、政府に騙されたい国民は政府に騙されればよく、政府に騙されたくない国民は政府に騙されなければいい。
国民が政府に騙されても政府にお金を盗られて虐[いじ]められるだけである。
だから、国民は政府に騙されなければいいのである。国民は政府の命令を聞かなければいいのである。国民は政府に税金を払わないようにして政府を倒せばいいのである。
[18880] 政府は詐欺[さぎ]団体である。 h25.9.27
国民に「お金を取ってもいい」と思わせてお金を取るのが詐欺である。
国民に「お金を取ってはいけない」と思わせてお金を取るのが強盗である。
政府は民主主義の政治の芝居をやって国民に「政府が国民みんなで決めたことをやっている」と思わせて「自分は政府に従わねばならない」と思わせて国民を政府に従う気にさせて、国民に政府にお金を払う命令を出して国民からお金を取っている。
だから、政府は詐欺である。政府は強盗ではない。
政府が民主主義の政治の芝居をせずにいきなり国民を襲って国民から無理やりお金を取れば強盗だが、政府は民主主義の政治の芝居を咬[か]まして国民の同意を得た上で国民からお金を取るから政府は詐欺である。
国民が詐欺団体に騙されるか騙されないかは国民個人の自由である。
政府は詐欺団体である。
国民が政府に騙されても政府にお金を取られて、政府に戦争や国家宗教をやらされて虐[いじ]められるだけである。国民にとっていいことは何にもない。
だから、国民は政府に騙されなければいいのである。国民は政府の命令を聞かなければいいのである。国民は政府に税金を払わずに政府を倒せばいいのである。
政府は民主主義の政治の芝居をやっているだけであって、民主主義の政治をやっていない。本当は国民みんなが民主主義の政治をやっている。だから、国民にとっては政府がなくなっても困らない。だから、国民は政府に税金を払わず政府を倒せばいいのである。
[18881] 国民は盲目的に政治機関に従ってはいけない。 h25.9.27
政府は民主主義の政治の芝居で国民を騙して儲[もう]ける詐欺[さぎ]団体である。政府は民主主義の政治団体ではない。
将来、政府に代[か]わって新たに民主主義の政治機関が出来るかもしれない。
しかし、本当に民主主義の政治機関かどうかはわからない。見掛けだけではわからない。
だから、国民は民主主義の政治機関の命令が本当に民主主義に適[かな]ったものであるかどうかを吟味[ぎんみ]しないといけない。国民は民主主義の政治機関の命令が国民みんなが決めた法律に従っているかを確認しないといけない。
例えば、税金の命令は民主主義に適っていない。民主主義では、つまり国民みんなが決めた決まりでは、国民みんなはすべての団体と自由に契約を取ってお金を払って仕事をしてもらわなければならないことになっている。税金の命令は国民みんなが決めた決まりに反している。だから、国民は民主主義の政治機関から税金の命令が出た場合には、民主主義の政治機関ではないと考えて税金の命令を無視して政治機関に税金を払ってはいけない。したがって、民主主義の政治機関は国民と自由に契約して国民からお金をもらって政治の仕事をしないといけない。そもそも税金は国民が政治団体の仕事と引き換えに払っているのではなく、国民が政治団体の芝居に騙されて政治団体の言いなりにされて政治団体の命令で払っているだけだから、税金は国民みんなが決めた決まりに適っていないのである。民主主義に適っていないのである。つまり、国民は政府に一方的に遊び代をやっているだけなのである。
もちろん、戦争や国家宗教の命令も民主主義に適っていないから命令を聞いてはいけない。戦争や国家宗教は国民みんなで決めた決まりではないから、国民は戦争や国家宗教の命令を守ってはいけない。
政治機関が民主主義に適っていない命令を出した場合には、国民はその政治機関が詐欺団体だと考えて、すぐに契約を取り消さなければならない。二度とその政治機関にお金を払って命令を聞いてはいけない。
国民みんながそうすれば、政治機関は国民をなめなくなって、まじめに仕事をするだろう。そもそも国民が馬鹿だからいけないのである。国民がムードに騙[だま]されやすい馬鹿だから、政府のような詐欺団体が出来るのである。ニセモノの民主主義の政治団体が出来るのである。国民が自分が騙されないように注意していれば、政府のような詐欺団体は出来ないのである。
民主主義の政治機関が法律の違反者を野放[のばな]しにして取り締[し]まらないときにも、国民みんなは民主主義の政治機関が怠慢だと考えて契約を取り消せばいい。そうすれば、民主主義の政治機関はまじめに法律の違反者を取り締まるだろう。
税金制がなければ世の中はよくなる。だから、税金制をやめればいい。国民は政治機関に税金を払うのをやめればいい。
[18882] どうして警察は暴力団を逮捕しないのか? h25.9.27
暴力団が暴力をふる団体ではなく、暴力をふる芝居をする団体だからである。
暴力をふるのは犯罪だが、暴力をふる芝居をするのは犯罪ではないので、警察は暴力団を逮捕できないのである。
暴力団は犯罪寸前で止[と]めているので、有罪ではないので、警察は暴力団を逮捕できないのである。
警察が暴力団を逮捕しないのは、警察が怠慢だからではなく、暴力団が有罪ではないからである。
警察が宗教団体や政府を逮捕しないのも、宗教団体や政府が有罪ではないからである。宗教団体や政府は詐欺[さぎ]団体なので、国民を芝居で騙[だま]して言いなりにして国民の同意を得た上で国民に命令してお金を盗ったり国家宗教をやらせたりしているだけなので、宗教団体や政府自体は有罪ではないので、警察が逮捕できないのである。
警察が宗教団体や政府を逮捕しないのは、警察が怠慢だからではなく、そもそも宗教団体や政府が有罪ではないからである。
暴力団や宗教団体や政府は有罪ではないから、警察が逮捕しないのである。警察は暴力団や宗教団体や政府を倒すことができないのである。
だから、国民は自分で暴力団や宗教団体や政府の芝居に騙されないようにするしかない。国民が暴力団や宗教団体や政府に騙されないようにしてお金をやらないようにして倒すしかない。
[18883] 詐欺[さぎ]会社はいけないか? h25.9.27
たとえ羊頭狗肉[ようとうくにく]の店つまり客に羊の肉だと言って犬の肉を食べらせる店があったとしても、客が一度食べて自分の舌で犬の肉だとわかれば二度とその店で食べなければいい。
それと同じように、たとえ国民に民主主義の政治機関だと言って自分勝手な命令を出す団体があったとしても、国民が政治団体の命令を見て民主主義の命令でないとわかれば二度とその政治機関の命令を聞かなければいい。
国民が会社の宣伝を鵜呑[うの]みにして自分で本当かどうか考えないから騙[だま]されるのである。
そんな馬鹿な国民は会社に騙されても当然である。
国民みんなの法律では、国民はすべての会社と自由に契約して会社にお金をやって会社に仕事をしてもらうことになっている。
だから、国民が自分で会社が嘘[うそ]つきかどうかを調べて信頼の置ける会社と契約してお金を払って仕事をしてもらえばいいのである。政府は民主主義の政治機関だと偽[いつわ]って自分勝手な命令を出す会社だから、信頼の置ける政治機関ではないから、国民は政府と契約しなければいいのである。国民は政府と関わらずに政府を無視して暮らせばいいのである。
要するに、政府はニセモノの民主主義の政治機関である。政府は民主主義の政治の芝居で国民を政府に従わせて国民に好き勝手な命令を出す会社である。政府は芝居が上手[じょうず]だから、国民を騙して政府に従わせることができるのである。医者よりも医者の真似[まね]が上手[うま]いニセ医者のようなものである。政府は民主主義の政治機関よりも民主主義の政治機関の真似が上手いから、国民みんなが政府に騙されているのである。[『世にも奇妙な物語』で、役者が役を演じすぎて役の人間になってしまった話があった。政府の民主主義の政治機関はなりきりの熱演でやっているから、国民みんなが政府に騙されるのだ。]政府の命令は国民みんなで決めた命令ではなく、政府が自分の独断で決めた命令だから、国民は政府の命令を聞かなくていいのである。国民は政府の命令を無視して、政府に税金を払わないようにして、政府を倒せばいいのである。
[18884] 政府の正体は国民に自分勝手な命令を出す会社である。 h25.9.27
政府はニセモノの民主主義の政治機関である。つまり、政府は民主主義の政治機関ではなく、国民に自分の独断で命令を出す会社である。
国民は政府の民主主義の政治機関の芝居に騙[だま]されて「政府が民主主義の政治機関だ」と思っているから「国民は政府に従わねばならない」と思っているから政府の命令に従うのである。国民は政府の命令が何だろうが「政府が民主主義の政治機関だ」と信じてひたすら政府の命令に従うのである。政府は国民に政府にお金を払わねばならない命令を出してお金を儲[もう]けたり、国民に戦争や国家宗教をやらねばならない命令を出して国民を虐[いじ]めて遊んでいるのである。国民は「政府の命令は国民みんなが決めた命令だ」と信じて政府の命令を必死で守っている。
しかし、本当は政府は自分の独断で国民に命令を出しているだけである。政府は国民みんなが決めた法律とは無関係に自分勝手な命令を国民に出して守らせているのである。
政府の正体は『国民に自分勝手な命令を出す会社』である。政府は国民に国民みんなで決めた命令を出しているふりをして、じつは自分の独断で決めた命令を出しているのである。
政府は国民に自分の好き勝手な命令を出す会社である。だから、国民は政府に従わなくていい。国民は政府の命令を聞かず政府に税金を払わず政府を倒せばいい。
政府は店の看板が民主主義の政治機関で、中身が自分の独断で命令を出す会社である。国民は政府の看板に騙されずに、政府の実際の仕事を見て、政府に従わないようにしなければならない。
[18885] 政府は国民からお金を盗って国民を虐[いじ]めるだけである。 h25.9.27
政府はニセモノの民主主義の政治団体である。政府は民主主義の政治の芝居で国民を政府に従わせて、国民に好き勝手な命令を出す会社である。政府は国民に税金を取る命令や国民に戦争や国家宗教をやる命令を出すだけである。そうやって、政府は国民からお金を取って儲[もう]けたり、国民を虐[いじ]めて遊んでいるのである。
国民はいくら政府の命令がおかしくても、頭の中でテレビで見た国会のシーンを思い浮かべて「政府は民主主義の政治機関だ」と思って「政府は国民みんなで決めたことをやっているから、国民は政府に従わなければならない」と思って政府の命令を聞いているのである。国民は眼先のイメージに弱いから、政府が民主主義の政治機関だと思って政府の命令に従ってしまうのである。国民は税金や戦争や国家宗教の命令が国民みんなで決めた命令だと思って従っているのである。しかし、本当はそれらは全部政府が自分の独断で決めた命令なのである。
要するに、政府は国民からお金を取って、国民を虐[いじ]めて遊ぶだけである。
民主主義の政治は実際には国民みんながやって、政府は何もしていない。政府は国民を政府に従わせるために民主主義の政治の芝居をするだけで、民主主義の政治をしていない。政府は民主主義の政治は国民みんなに任[まか]せて、自分は遊び呆[ほう]けているのである。
国民みんなにとっては政府は邪魔[じゃま]なだけである。国民みんなにとって政府は要らない。だから、国民みんなで政府を倒さねばならない。国民みんなで政府の命令を聞くのをやめて政府に税金を払うのをやめて政府を倒さねばならない。そうすれば、国民みんなを虐める者がいなくなるから、国民みんなは今よりも幸福になるだろう。
[18886] 政府は民主主義の政治をやっていない。 h25.9.27
政府は民主主義の政治の芝居をやって国民を政府に従わせて、国民に好き放題に命令を出している。
国民は税金や戦争や国家宗教の命令が国民みんなが決めた命令だと思って守っている。
国民は政府が民主主義の政治をやっていると思って、政府が国民のために働いていると思って、国民のために政府が必要だと思って政府を潰[つぶ]そうとしない。政府を擁護[ようご]している。
政府は民主主義の政治の芝居をすることによって、自分が独断で作った命令を国民に守らせて、自分が国民のために働いていると国民に思わせて国民に政府を倒さないようにさせている。
しかし、政府は本当は民主主義の政治をやっていない。政府は民主主義の政治の芝居をやるだけで、民主主義の政治をやっていない。政府は民主主義の政治を国民みんなに任[まか]せて、自分は民主主義の政治をやっていない。国民みんなは実際には自分が民主主義の政治をやっていながら、政府が民主主義の政治をやっていると思っているのである。
政府は民主主義の政治をやらず、自分の独断で命令を出すだけである。政府は国民に命令して国民からお金を盗って、国民に戦争や国家宗教をやらせて国民を虐[いじ]めて遊ぶだけである。政府は国民を幸福にせず、国民を不幸にするだけである。
政府は役立たずの上に意地悪[いじわる]である。政府は最低の会社である。国民にとっては政府がないほうがいい。だから、国民は政府を倒せばいいのである。
政府の正体は自分の独断で命令を出す会社である。政府は民主主義の政治機関でも何でもない。だから、国民は政府に従わなくていい。国民は政府の命令を聞かず政府に税金を払わず政府を倒せばいいのである。
[18887] 政府は国民を騙[だま]して儲[もう]ける会社である。☆ h25.9.28
政府は国民に自分勝手な命令を出す会社である。政府は民主主義の政治機関の芝居をやって国民に政府を民主主義の政治機関だと思わせて国民を政府に従わせて政府の命令を聞くようにさせている。そうやって、政府は国民に税金や戦争や国家宗教の命令を出している。
国民は国民みんなに従わねばならないと思っているから、政府はそれを利用して民主主義の政治機関の芝居をやって国民に「政府が国民みんなで決めたことをやっている」と思わせて国民に「自分は政府に従わねばならない」と思わせて国民を政府に従わせているのである。政府は国民を政府に従うようにした上で、国民に好き放題な命令を出して国民を自分の思い通りにしているのである。
つまり、国民は政府に騙されて政府の命令を聞かされているのである。政府は国民を騙して儲ける会社なのである。人間が動物を騙して利用するのと同じことである。政府は中国式の政治をやる会社である。
これでは国民の恥[はじ]である。国民は政府に騙されていてはいけない。国民は『政府が国民に命令を出す会社であって、民主主義の政治機関ではない』と考えて『自分が政府に従う必要はない』と考えて政府に従うのをやめねばならない。政府の命令を聞くのをやめて政府に税金を払うのをやめて政府を倒さなければならない。
[18888] 政府は潰[つぶ]れた。 h25.9.28
今では国民みんなが『政府は民主主義の政治機関ではない。政府は国民に好き勝手な命令を出す会社である。国民は政府に従わなくてもかまわない。』と考えるようになって、政府の命令を聞かなくなって政府に税金を払わなくなって政府を倒している。
政府が潰れている。
これまで政府は水道やゴミや学校や役所などの会社と組んでいたが、今では政府が潰れているのでこれらの会社は政府と縁を切って経営しないといけない。これらの会社は普通の民間会社と同じように国民の利用者からお金をもらって仕事をするようにしなければならない。水道やゴミや学校や役所などの会社は利用者が多くて儲[もう]かるから、政府と縁を切っても困らないだろう。
田舎[いなか]の学校は儲からないから、インターネットで教育をすればいいだろう。
[18889] どうして日本人は無能なのか? h25.9.28
ヨーロッパでは人間を才能で評価する。ヨーロッパでは才能のある人がいい人なのである。はっきりした業績のある人がいい人である。例えば、レオナルド・ダ・ビンチやモーツアルトやニュートンなどがそうである。
しかし、日本では人間をキャラクターで評価する。つまり、日本では何も才能がなくていい人の芝居をする人がいい人なのである。例えば、良寛[りょうかん]とか坂本龍馬[さかもと
りょうま]とか魯山人[ろさんじん]とか棟方志功[むなかたしこう]などがそうである。魯山人なんか名前がいいだけだ。
ヨーロッパではみんなが才能のある人を見習って暮らしている。だから、ヨーロッパでは才能のある人が多いのである。ヨーロッパには才能のある人が多いから、ヨーロッパは裕福な国なのである。
反対に、日本ではみんながいい人の芝居をしているボンクラ糞馬鹿[くそばか]を見習って暮らしている。だから、日本ではいい人の芝居をするしか能がない役立たずが多いのである。日本では才能のある人が少ないから、日本は貧乏な国なのである。
[18890] 今の国民は政府の言いなりになっていない。 h25.9.28
政府は民主主義の政治の芝居で国民を政府の言いなりにして国民に命令する団体である。
国民が政府の言いなりにされているとは、国民みんなが宗教団体の集会場の中にいるみたいな状態のことである。国民みんなが政府に魂[たましい]のない腑抜[ふぬ]けにされて、政府の言葉通りに動くゾンビみたいになっていることである。
しかし、今の国民はそれほど政府に入れ込んでいない。今の国民のほとんどは政府を民主主義の政治機関と思っていない。今の国民は政府の正体が何だかわからないまま、なんとなく政府に従っているだけである。今の国民は政府に半分従って、半分従っていない状態である。
今こそ国民は政府に従うのをやめるべきである。政府の正体は国民に自分勝手な命令を出す会社である。政府は民主主義の政治機関のふりをしているだけで民主主義の政治機関ではない。だから、国民は政府に従う必要がない。国民は政府の命令を聞くのをやめて政府に税金を払うのをやめて政府を倒せばいいのである。
[18891] 法律は国民みんなが幸福に暮らすためにある。 h25.9.28
法律は国民みんなが幸福に暮らすためにある。国民は自分が社会的に実在的に幸福に暮らすために法律を守るのである。例えば、人を殺すよりも人を殺さないほうが国民みんなが幸福に暮らすことができるから、国民みんなが人を殺さない決まりを守るのである。電化製品を捨てるよりもリサイクルするほうが国民みんなが資源やエネルギーを節約して長い間幸福に暮らすことができるから、国民みんなが電化製品をリサイクルする決まりを守るのである。思想が多数決で縛られるよりも思想が自由であるほうが国民みんなが真実がわかって実在に適応して幸福に暮らすことができるから、国民みんなが思想の自由を認める決まりを守るのである。
国民は法律を守ったほうが幸福になれる。だから、国民みんなは自発的に法律を作って守るのである。法律は国民みんなが幸福に生きていこうとする意志の表現である。
政治機関がなくても国民みんなで勝手に法律を作って守る。だから、政治機関は要らないのである。
政府の正体は自分勝手な命令を出す会社である。政府は民主主義の政治の芝居で国民を騙[だま]して国民を自分の言いなりにして国民に命令して国民からお金を盗ったり国民を虐[いじ]めたりする。国民は政府に不幸にされるだけである。だから、国民が幸福であるためには政府がなくなったほうがいい。
法律は国民みんなが幸福に暮らすための決まりである。だから、国民みんなで政府を潰[つぶ]す決まりを作って守ればいいのである。国民みんなが政府の命令を聞かないようにして政府に税金をやらないようにして政府を潰さねばならない法律を作って守ればいいのである。
[18892] 警察は経営できるか? h25.9.28
民主主義では、つまり国民みんなが決めた決まりでは、会社は国民と自由に契約を取って国民からお金をもらって国民に仕事をしないといけないことになっている。
だから、警察も国民と自由に契約を取って仕事をしないといけない。どんな会社もこの決まりを犯していはいけない。それを許したら政府の二の舞である。
そもそも警察は贅沢[ぜいたく]である。本来は、国民みんなで国民みんなが決めた決まりの違反者を罰しなければならない。インターネット警察に違反者の顔写真と罪状をアップして国民みんなに知らせて国民みんなで違反者を罰するようにしないといけない。
しかし、お金に余裕のある人は警察にお金をやって警察に自分の身を守って自分を害した犯人を逮捕して罰してもらえばいい。例えば、警察に入っていれば、いざというとき携帯電話で警察を呼んで警察に来てもらえるし、犯罪にあったら警察に頼んで犯人を探して警察に犯人を罰してもらえる。警察に入っていない人はいざと言うとき一人で自分の身を守るしかないし、犯罪にあっても自分で罰するかインターネット警察で復讐するしかない。もっとも、日本は犯罪が少ないから、あまり心配しなくてもいいかもしれない。
そもそも法律は国民が社会的に幸福に暮らすためにある。法律を守る者は幸福になり、法律を破った者は不幸になる。法律は国民が自発的に守るものである。法律を破る者は自分自身を不幸にする愚か者である。だから、本来警察は要らないのである。警察なんかあってもしかたがないのである。警察のない国が一番いい国である。
警察はせいぜい国民みんなと契約を取れるようにがんばればいい。心配性の国民を騙[だま]して契約を取ればいい。
警察が国民と契約が取れなくて困るなら、警察は民主主義の政治機関の一環[いっかん]としてやればいいだろう。民主主義の政治機関は国民みんなで決めた決まりを調査して法律に定めたり、国民みんなに手紙を出して法律を教えたり、法律の違反者を逮捕して罰したりする。もちろん、民主主義の政治機関も国民と自由に契約を取って仕事をしないといけない。国民みんなは警察は要らないが、法律は要ると考えるから、多くの国民が民主主義の政治機関と契約を取ってくれるだろう。国民は自分が知らない間[あいだ]に法律が決まって自分が知らず知らず法律を犯して警察に捕まるのが怖いから、民主主義の政治機関と契約するだろう。国民の中には私のようにテレビのニュース番組が嫌いで見ない人もいるから契約が取れるだろう。それなら、警察もやっていけるだろう。警察は自分ひとりではやっていけない弱い会社なのだ。もっとも、警察の人数が増えすぎると民主主義の政治機関の料金が高くなるから、国民は契約を取らなくなるだろう。だから、民主主義の政治機関はあまり警察を増やさないほうがいい。しかし、国民みんなが決めた法律はどこからともなく国民みんなに伝わるものである。だから、やっぱり民主主義の政治機関は潰[つぶ]れるかもしれない。それなら、国民みんなで民主主義の政治をやればいいだろう。それが理想の国家の姿だ。国民みんなで警察をやったほうがよっぽど犯罪者がいなくなるだろう。犯罪者は国民みんなに罰せられるのが怖くて犯罪を犯せないだろう。わざわざ政治機関を建ててお金が要るようにしなくてもいい。政治機関なんかどうでもいい物を売る店と同じだ。実際に、今でも政府は民主主義の政治をやっていない。国民みんなが民主主義の政治をやっているだけである。国民みんなが立法や行政や司法をやっている。それでも、国はそこそこうまく行っている。だから、国民みんなで政治をやればいいのである。政府は民主主義の政治をやっていないから、政府はなくなればいい。警察も何もやっていないから、警察もなくなればいい。これまでに変な事件を起こした張本人はぜんぶ政府だから、政府がなくなれば犯罪がなくなる。つまり、政府があるから犯罪が起こって警察が要る。だから、政府がなくなれば犯罪もなくなって警察が要らなくなるのである。警察が政府の犯罪の後始末[あとしまつ]をしている。政府のために警察がある。政府が自分で犯罪を犯して自分で始末しているだけである。政府は国民みんなに「政府が必要だ」と思わせるために、自分が国民に命令して犯罪を犯させて警察に逮捕させているのである。だから、そもそも政府がなければ世の中は平和なのである。警察なんか要らないのである。政府は警察と組んで国民に政府が善い者だと思わせている。それをおとぎ話にしたのが『泣いた赤鬼』である。赤鬼が警察で青鬼が政府である。おとぎ話では青鬼がいなくなったが、実際にはいなくなっていない。たとえ話は現実とはちゃんと合わないものである。
政府は民主主義の政治の芝居で国民を騙して国民を自分の言いなりにして国民に好き勝手な命令を出す会社である。政府は民主主義の政治機関ではなく、国民に自分勝手な命令を出す会社である。政府は国民に命令して国民から税金を盗ったり国民に戦争や国家宗教などをやらせて虐[いじ]めたりしている。政府は余計な会社である。だから、今では国民みんなで政府を倒して政府がなくなっているのである。
[18893] 民主主義の政治機関は経営できるか? h25.9.29
立法つまり法律を作ることは国民みんながやる。
行政つまり法律を守ることは国民みんながやる。
しかし、司法つまり法律の違反者を管理することは国民みんながやりにくい。
警察は専門の仕事人に任せたほうがいい。法律の違反者を見つけることは国民みんなでやればいいが、法律の違反者を逮捕して管理することは警察がやればいい。
どうせなら民主主義の政治機関を建てて、民主主義の政治機関が警察をやって、ついでに立法や行政も軽くやればいい。国民みんなが決めた決まりを調査して法律を定めて、民主主義の政治機関と契約している国民に法律を手紙で教えて守らせればいい。月に1回法律新聞を作って契約している国民に配ればいい。国会議事堂や国会議員は要らない。国民みんなだけで政治をすると法律がグチャグチャになってはっきりしなくなるから、民主主義の政治機関が法律を整理してはっきりさせればいい。国民みんなが自分でできるだけ民主主義の政治をする。民主主義の政治機関が国民みんなの政治の弱いところを補強する仕事をする。国民みんなと民主主義の政治機関で助け合って民主主義の政治をすればいい。もちろん、民主主義の政治機関は自分の独断で法律を作ってはいけない。国民から税金を取ったり国民に戦争や国家宗教をやらせてはいけない。
民主主義の政治機関が国民に法律を教えるサービスと国民が警察を呼べるサービスをすれば、国民は民主主義の政治機関を利用したいと思うだろうし、国のためには民主主義の政治機関が要ると思って民主主義の政治機関にお金を払うだろう。医療保険でお金が取れるのなら、民主主義の政治機関でもお金が取れるだろう。
実際に民主主義の政治機関をやってみて国民みんなが快適に暮らすことができれば、国民みんなは民主主義の政治機関に満足して毎月お金を払うだろう。民主主義の政治機関は大してやることがないから、法律の仕事なんか簡単だから、料金は高くないだろう。国民は安い料金で安心に暮らせて喜ぶだろう。
政府はそもそも民主主義の政治機関ではないから、0[ゼロ]から新しく民主主義の政治機関を建てねばならない。芝居ではない本物の民主主義の政治機関を建てねばならない。実際に民主主義の政治の仕事をする民主主義の政治機関を建てねばならない。国民みんなが快適に暮らせる国にする民主主義の政治機関を建てねばならない。政府は国民に自分勝手な命令を出す会社だから、早くみんなで政府を倒さねばならない。政府は国民みんなを幸福にする会社ではなく国民みんなを不幸にする会社だから、早くみんなで政府を倒さねばならない。
[18894] 人間はアホウドリではない。 h25.9.29
政府は民主主義の政治の芝居をやって国民を騙[だま]して国民を政府の言いなりにして国民に好き勝手な命令を出す詐欺[さぎ]会社である。
人間はアホウドリの羽毛をとるためにアホウドリを乱獲した。しかし、アホウドリは人間を警戒しなかったために絶滅寸前にまで追い込まれた。
それと同じように、昔の国民は政府の詐欺会社を警戒しなかったために、政府の芝居に騙[だま]されて政府の言いなりにされて政府の思い通りにされた。政府の命令でお金を払ったり政府の命令で戦争や国家宗教をやったりしていた。
今の国民は政府の詐欺会社を警戒しているから、政府に騙されなくなって政府の言いなりにならなくなって政府の命令を聞かなくなって政府に税金を払わなくなって政府を倒している。
人間はアホウドリとは違う。人間には知能がある。だから、人間は政府のことを理解して政府に適切に対応できるようになったのだ。
[18895] 今の国民は『政府が民主主義の政治機関ではない』と考えて政府を倒している。
h25.9.29
政府は民主主義の政治機関ではない。政府は民主主義の政治の芝居をやって国民に「政府は民主主義の政治機関だ」と思わせて「政府は国民みんなで決めたことをやっているから、自分は政府に従わねばならない」と思わせて、国民に自分勝手な命令をする会社である。政府は国民に税金や戦争や国家宗教の命令をする会社である。
今の国民は『政府が民主主義の政治機関ではない』と考えて『自分が政府に従う必要がない』と考えて、政府の命令を聞かなくなって政府に税金を払わなくなって政府を潰[つぶ]している。
今では国民みんなが自分自身で民主主義の政治をやっている。国民みんなが自分で法律を作って法律を守って法律の違反者を罰している。
将来善い民主主義の政治機関が出来たら国民みんなは契約してお金を払って仕事をしてもらうだろう。それまでの間は国民みんなが自分だけで民主主義の政治をやらねばならない。それも戦争と同じようにみんながめったに経験できないことで変わっていていいかもしれない。
これまではニセモノの民主主義の政治機関しかなかった。国民を騙[だま]して自分を民主主義の政治機関だと思わせて国民に自分勝手な命令を出す詐欺[さぎ]会社しかなかった。これからやっと本物の民主主義の政治機関が出来る。国民みんなで決めた決まりを法律にしてみんなに法律を守らせて法律の違反者を罰する会社が出来る。人類はまだまだこれからだ。
[18896] 国は国民の勝手である。 h25.9.29
世界は国境で区切られている。昔に比べると国境を越えて自由に人の行き来ができるようになったが、それでも国の中のことはその国の人の自由である。国が何をやろうがその国の勝手である。外国の人が国のことに口出しはできない。その国の人がいいと思ってやっているなら何をやってもかまわない。
だから、例えば、北朝鮮が軍事国家をやっていても、外国の人にとっては北朝鮮に口出しできない。北朝鮮のやることは北朝鮮の人の自由である。北朝鮮が外国にミサイルを撃ち込まないかぎり、外国の人は北朝鮮に文句が言えない。
また、例えば、国民みんなが政府に騙[だま]されて政府の言いなりにされて政府の命令を聞いていても、それはその国の人の自由である。外国の人は国のことに口出しできない。だから、実際に、日本では国民みんなが政府の言いなりになっていても、外人は日本人に口出ししないのである。外国の人は日本人に『政府に従ってはいけない』と注意をしてくれないのである。
世界は国に分かれている。国はその国の人の自由である。国とはそういうものである。だから、国民が自分で自分の国を善くするしかないのである。特に日本は島国で外国から孤立していて外国は日本を善くしてくれないから、日本は自分で自分を善くして行くしかないのである。日本では国民が自分で考えて自分の国を善くしなければならないのである。
[18897] 国民だけでは民主主義の政治はうまくやれない。 h25.9.29
政府は最初から国民に自分勝手な命令を出す会社である。政府は自分が国民に自分勝手な命令を出せるようにするために、民主主義の政治の芝居をやって国民に「自分は政府に従わねばならない」と思わせて政府に従わせているのである。
要するに、政府はただの団体である。だから、国民は政府に従わなくていいのである。だから、今の国民は政府の命令を聞かなくなって政府に税金を払わなくなって政府を潰[つぶ]しているのである。
今の国民は自分で民主主義の政治をやっている。
しかし、そもそも国民だけで民主主義の政治を完全にやれるなら、国民みんなが民主主義の政治機関なんか要らないと思って、民主主義の政治機関なんかわざわざ建たないはずである。国民だけの民主主義の政治にはどこかに弱点があるから、国民みんなが民主主義の政治機関が必要だと思っていたために、政府みたいな詐欺[さぎ]団体にニセモノの民主主義の政治機関を建てる隙[すき]を与えてしまったのである。
国民みんなだけで民主主義の政治をやるのは難しい。だから、それを補って円滑に民主主義の政治をやれるようにする民主主義の政治機関が必要なのである。
早く誰かが本物の民主主義の政治機関を建てて、まじめに民主主義の政治をやって、国民みんなを幸福に暮らせるようにして欲しいものである。
[18898] 社会があるかぎり民主主義の政治機関は要る。 h25.9.29
車の免許を取るためには車や道路についての知識が要る。そのために、みんなは自動車学校に通う。[ちなみに、私は自動車の免許を取っていない。私は生まれつき乗り物酔いがひどいので、車の運転をあきらめているからだ。私の妹が自動車の免許を持っている。だから、トヨタのドラえもんのCMでものび太(←ノビタ←ビタ←カブ(ビ≒カ、タ≒ブ)←川ブ←川野延夫[かわののぶお](私の名前)←私)が車の免許を取れたのだろう。]
社会の中で暮らすためには、社会についての知識が要る。そのためには、学校などで法律を教えればいい。
社会があるかぎり法律が要る。法律は社会人の免許である。
だから、法律の仕事をする会社が要る。それが民主主義の政治機関である。
だから、国民は民主主義の政治機関と自由に契約してお金を払って仕事をしてもらわねばならない。政治機関がまじめに民主主義の政治をするかぎり国民みんなは政治機関と契約しないといけない。政治機関がまじめに民主主義の政治をしなければ国民みんなはすぐに政治機関と契約を取り消さねばならない。政治機関が要らない奴[やつ]を大量に抱[かか]え込んで料金が異常に高い場合にも国民は政治機関と契約を取ってはいけない。大体、給料の3%が政治機関の料金の目安だろう。もちろん、政治機関は消費税なんか取ってはいけない。政府がなくなれば、政府が国民に命令して国民を使って余計な犯罪を犯さなくなるから世の中が平和になって犯罪者がほとんどいなくなる。だから、政治機関の仕事は法律を定めることとみんなに法律を教えることだけになる。そんな仕事は簡単である。だから、政治機関の料金は給料の3%で十分である。
国民が政治機関と自由に契約して料金を払うようにすれば、国民から政治機関への制止(フィードバック)が利[き]くので、国民にとっても安心して政治機関に政治を任[まか]せることができる。
[18899] 無政府主義とは何か? h25.9.29
人間が社会の中で暮らすためには法律が要る。だから、法律の仕事をする政治機関が要る。
無政府主義とは、わざとに「政治機関が要らない」という反対のことを主張することによって、かえって国民に「政府がないとうまくいかない」ように思わせて、国民に「政府が必要だ」と思わせるために考え出された主義である。要するに、無政府主義の言わんとしていることは「政府が要る」ということである。無政府主義者は本当は政府の味方なのである。政府の隠れた協力者なのである。
政府は詐欺[さぎ]会社だから、いろんな汚い手を使って国民に「政府が必要だ」と思わせて、国民を政府に従う気にさせているのである。
国民は『人間が社会の中で暮らすためには民主主義の政治機関が要る』と考えて、『政府は民主主義の政治機関の芝居をしている詐欺会社だ』と考えて、政府を倒さねばならない。早く国民みんなで政府を倒して、本物の民主主義の政治機関を建てねばならない。
[18900] 日光東照宮に秘められた知恵 h25.9.29
日光東照宮で有名なのは、見ざる聞かざる言わざるの三猿と眠り猫と日暮れの門である。
これらの意味するものは、国民が政府の芝居を見ないように聞かないように言わないように(←三猿)して政府を無視していれば、国民が政府の芝居に騙[だま]されなくなって政府に従う気持ちがなくなって政府が国民に命令できなくなって(←眠り猫)、政府が滅ぶ(←日暮れの門)ということである。
徳川家康は後世の国民に政府に対する対処法を教えるためにこれらの史跡[しせき]を建てたのである。後世の者に政府をやっつける方法を教えるために、これらの物を作ったのである。
中世の国民もそのようにして政府を倒したのだろう。
今の国民は祖先の教えを活かして政府を倒さねばならない。政府のようなニセモノの民主主義の政治機関を倒して、本物の民主主義の政治機関を建てねばならない。国民を不幸にする政治機関を倒して、国民を幸福にする政治機関を建てねばならない。