[16901] 人間が平等であるとはどういうことか? h25.3.16
今は民主制の時代である。人間はみな平等でなければならない。
人間がみな平等であるとは、人間みんなが等しい権利を持つと言うことである。
今ではカタワと普通の人間が平等だと考えられているから、カタワも働けるようになっている。
今では女と男が平等だと考えられているから、女も働けるようになっている。
つまり、平等であるとは、働けると言うことである。自由に仕事に就[つ]けるということである。
一方、人間が平等であるとは、人間が“上の者”に従わなくていいということである。
今では政府と国民が平等だと考えられているから、国民が政府に従わなくてよくなっている。国民が政府に従うか従わないかは国民の自由である。政府は「民主制でも国民が政府に従わねばならない」ように言っているが、それは政府の屁理屈[へりくつ]である。イカサマ論法のでっち上げである。民主制とは人間がみな平等であることである。政府は「人間がみな平等である」ことを「判断において人間が平等である」ことに言い換えて、つまり「多数決で物事を決める」ことに言い換えて、「間接民主制」によって国民みんなが政府に従わねばならないことを決めているのである。つまり、国民と政府が不平等であることを決めているのである。民主制で民主制でないことを決めているのである。しかし、国民が選挙によって代表者を決めた段階で、国民と政府のつながりが切れているから、間接民主制では政府が国民を無視して一方的に自分にとって都合のいいことを決めているだけだから、本当は間接民主制は民主制に適[かな]っていない。政府は国民に間接民主制を認めさせるために、わざわざ選挙をやっているのである。実際には、そもそも民主制とは人間がみな平等であることだから、個人と団体が平等であることだから、個人が団体に従うか従わないは個人の自由である。だから、民主制では、国民が政府に従わねばならないことが決まるわけがない。そもそも民主制では、国の法律は国民みんなが決めることであって、政府が決めることではない。だから、国民みんなが今ここで『国民が政府に従わなくていい』法律を決めて、『国民が政府に従わなくていい』法律を守ればいいのである。「政府が国の立法機関である」のは政府の嘘である。本当は、『国民みんなが国の立法機関である。』今の国民みんなは民主制を支持しているから、今の国の法律は人間がみな平等である民主制の法律である。だから、やはり『国民は政府に従わなくていい』のである。
同じように、今では宗教団体と国民が平等だと考えられているから、国民が宗教団体に従うか従わないかは国民の自由である。
つまり、平等であるとは、国民が団体に従うか従わないかは国民一人一人の自由であることである。国民が自分の意思で団体に従うか従わないかを決められることである。

[16902] 今の国民は政府や宗教団体を倒さねばならない。☆ h25.3.16
戦後は民主制の時代になったので、国民みんなは身分制の団体を倒している。今では国民みんなにとっては身分制の団体は悪の団体にすぎないから、国民みんなは身分制の団体を見つけしだいみんなで攻撃して潰[つぶ]しまくっているのである。
ところが、政府や宗教団体は自分が身分制の政治団体でないふりをして、国民の眼を欺[あざむ]いて生き残っている。
政府は民主制の政治団体のふりをしている身分制の政治団体である。政府は民主制を間接民主制に言い換えることによって、民主制を身分制に変えて身分制をやっているのである。つまり、民主制では『人間はみな平等である。』政府は『人間がみな平等である』ことを「判断において人間が平等である」ことに言い換えて、多数決で物事を決めることに言い換えて、多数決で“物事を決める人”を決める「間接民主制」に言い換えて、けっきょく政府が自分にとって都合のいいことを決める身分制にしているのである。『人間がみな平等である』ことを「判断において人間がみな平等である」ことに言い換えるところと、『多数決で物事を決める』ことを「多数決で“物事を決める人”を決める」ことに言い換えるところの2箇所がインチキ論法である。
だから、政府は民主制の政治団体ではない。政府は身分制の政治団体にほかならない。
したがって、国民みんなは政府を倒さねばならない。
同じように、宗教団体は神に従う倫理[りんり]団体のふりをしている身分制の団体である。実際に、自分が宗教に入ってみれば、宗教団体が身分制をやっていることがわかる。宗教団体に入ってみれば、宗教団体が「人間が不平等である決まり」を守らせて“上の者”だと思わせて言いなりにしていることがわかる。宗教に入っている者に男よりも女が多いのは、女が男よりも馬鹿であるために宗教団体の洗脳に引っ掛かって言いなりにされやすいからである。男は馬鹿馬鹿しくなって途中で宗教団体をやめるのである。男は宗教団体に入っても自分の得になることがないことがわかってすぐに宗教団体をやめるのである。
政府や宗教団体は身分制の団体である。だから、今の国民は政府や宗教団体を倒さねばならない。今の国民は政府や宗教団体にお金をやらないようにして政府や宗教団体を潰[つぶ]さねばならない。
 
[16903] どうして昔の国民は政府に従っていたのか? h25.3.16
昔が身分制の時代だったからである。
身分制の時代には、国民みんなが“上の者”の意思に従って生きると決まっていた。政府や貴族などが“上の者”だと決まっていた。洗脳もあったが、おもに“上の者”に従う決まりのために従っていた。
しかし、戦後の今は民主制の時代になった。身分制の時代ではなくなった。民主制では、国民みんなが自分の意思で生きると決まっている。国民みんなが“上の者”の意思に従わずに生きると決まっている。貴族や政府は上の者ではなくなっている。だから、戦後は国民が政府に従わなくなったのである。
今の政府は自分でゴチャゴチャ屁理屈[へりくつ]をこねて民主制を身分制に変えて密かに身分制をやっているが、一部の国民は政府を無視して政府に従っていない。政府は社会科の教科書やテレビや新聞などで「今でも国民みんなが政府に従っている」と嘘[うそ]の報道をして、多くの国民に「国民みんなが政府に従わねばならない」と思わせて多くの国民を政府に従わせようとしている。
「国民が政府に騙[だま]されなければならない」という法律はない。だから、国民は政府の屁理屈や嘘に騙されずに、政府に従わなければいいのである。今は民主制の時代だから、国民と政府は平等だから、国民は政府に従わなければいいのである。
戦前は「国民が上の者に従う」という決まりがあったから、政府や貴族が上の者だったから、国民みんなは政府や貴族に従っていたのである。
戦後は「国民が上の者に従う」という決まりがなくなったから、政府や貴族が上の者ではなくなったから、国民みんなは政府や貴族に従わなくていいのである。
戦前はみんなで「みんなが上の者に従う」と決めていたから、国民は政府や貴族に従っていたのである。
戦後はみんなで『みんなが上の者に従わない』と決めたから、国民は政府や貴族に従わなければいいのである。
昔の人は政府や貴族に騙[だま]されたり洗脳されたりしたから政府や貴族に従っていたのではなく、とにかく「上の者に従う」決まりがあったから従っていたのである。「上の者に従う」ことが昔の社会の原理だったのである。
今では「上の者に従う」決まりがないから、今の人はたとえ政府に騙されたり洗脳されたりしても政府や貴族に従わなくていいのである。

今でも政府に従っている国民は馬鹿である。馬鹿だから政府の屁理屈や嘘に騙されて政府に従っているのである。だから、国民は政府に従うのをやめねばならない。

[16904] 今ではすでに多くの国民が政府に従っていない。 h25.3.16
戦後は「国民が上の者に従わなければならない」という決まりがなくなったので、多くの国民が政府に従うのをやめた。
今の政府はテレビや新聞で「国民全員が政府に従っている」と嘘[うそ]の報道をして国民を政府に従わせようとしている。
しかし、今は民主制の時代である。政府と国民は平等である。だから、国民は政府に従わなくていいのである。
国民は政府の嘘の報道に惑[まど]わされず、政府に従わなければいいのである。戦後はみんなが「上の者に従う」決まりをやめたので、政府は上の者ではなくなったので、みんなで政府に従わなければいいのである。

[16905] 今の政府は国民を屁理屈[へりくつ]や嘘[うそ]で騙[だま]しているだけである。☆☆ h25.3.16
戦後は民主制の時代になった。“上の者”がいなくなった。
だから、今の政府は国民と平等である。政府は国民と平等の立場で政治をやっているのである。
今の政府はインチキ論法で一生懸命に民主制を身分制に変えて、政府が国民に命令できることにして、国民に命令している。
しかし、本当は政府と国民は平等だから、政府は国民に命令できない。だから、国民は政府に従わなくてかまわない。
インチキ論法はダメである。国民は政府のインチキ論法に騙[だま]されてはいけない。
今では政府に騙された国民が政府に従い、政府に騙されていない国民が政府に従っていない。
政府に騙されていない国民が政府に騙されている国民に従う必要はない。民主制では人間はみな平等だから、政府に騙されている国民と政府に騙されていない国民は平等だから、それぞれが自分の勝手にやればいいのである。
国民が政府のインチキ論法に騙されるか騙されないかは国民一人一人の勝手である。いくら政府に騙された者が多くても、わざわざ多数決でみんなが政府に騙されることに決めなくていい。だから、国民が政府に騙されるか騙されないかは国民一人一人の自由である。
つまり、今では国民は政府に従わなくていいのである。政府の命令を聞かなくていいのである。政府の命令で政府に税金を払ったり国家宗教をやったりその他のことをやったりしなくていいのである。
今の政府は一生懸命にインチキ論法をやって民主制の中で政府が国民に命令できることにして国民を従わせている。しかし、政府の論法はまちがっている。だから、本当は政府は国民に命令できない。だから、国民は政府に従わなくていいのである。
国民みんなでまちがいに従っている国はダメである。国民みんながまちがっている国はダメである。だから、国民みんなでまちがいを直して、政府が国民に命令できないことにして、国民は政府の命令を聞いてはいけない。

[16906] 今の政府は国民に命令できない。☆ h25.3.16
戦後は民主制の時代になった。人間がみな平等になった。政府と国民が平等になった。
戦後の政府は一生懸命に屁理屈[へりくつ]をこねて民主制の中で政府が国民に命令できるようにして国民に命令している。
しかし、本当は政府は国民に命令できない。政府の論法はまちがっている。
だから、国民は政府に従わなくていい。国民は政府の命令で税金を払ったり、国家宗教をやったり、その他のことをしたりしなくていいのである。

[16907] 国民が政府に従うべきか従うべきでないか、それが問題だ。☆ h25.3.16
今は民主制の時代である。人間はみな平等である。
今の政府は屁理屈[へりくつ]をこねて民主制の中で政府が国民に命令できることにして国民に命令している。
しかし、政府の論法はまちがっている。
政府は『人間がみな平等である』ことを「判断において人間がみな平等である」ことにして「多数決で物事を決めればいい」ことにして、「多数決で“物事を決める人”を決める」ことにして、“物事を決める人”を政府の一部にして“物事を決める人”が「人間が不平等である」ことを決めている。だから、政府は国民に命令できるのである。しかし、『人間が平等である』世界の中で「人間が不平等である」ことが決まるわけがない。政府の理屈はまちがっている。“物事を決める人”が「人間が不平等だ」と思っているから「人間が不平等である」ことが決まるのである。政府は人間の判断にまちがいがあることを利用してわざわざまちがいを決めるようにしているのである。本当は『人間が平等である』世界の中では、どこまでも『人間が平等である』だけだから、政府はいつまでたっても国民に命令できないままである。
だから、国民は政府に従うべきではない。
国民みんなは政府に従うのをやめて、政府を倒さなければならない。

[16908] 国民が政府に騙[だま]されることまで政府が決めることはできない。☆ h25.3.16
今は民主制の時代である。人間はみな平等である。
今の政府は屁理屈[へりくつ]をこねて政府が国民に命令できることにして国民に命令している。
しかし、政府の論法はまちがっている。
だから、国民が政府の屁理屈に騙されるか騙されないかは国民の自由である。
いくら政府に騙された者が多くても、わざわざ多数決でみんなが政府に騙されることに決めなくていい。
だから、国民が政府に騙されるか騙されないかは国民の自由である。
つまり、国民が政府に従うか従わないかは国民の自由である。
だから、国民は自分が政府に従いたくなければ政府に従わなければいいのである。国民は政府の命令を聞きたくなければ聞かなくていいのである。国民は政府の命令で政府に税金を払ったり国家宗教をやったりその他のことをしなくてもいいのである。

[16909] 政府は民間会社である。☆ h25.3.16
戦後は民主制の時代になった。“上の者”がいなくなった。みんなが平等になった。
戦後の政府は国民と平等である。普通の民間会社である。
今の政府は民間会社が屁理屈[へりくつ]をこねて身分制の団体のふりをしているだけである。今の政府は国民と平等な者が“上の者”のふりをしているだけである。今の政府は民間会社が身分制の団体の偽装[ぎそう](カモフラージュ)をしているだけである。今の政府は“おとなしいふりをしてじつは凶暴な猫[ねこ]”の反対である。今の政府は“凶暴なふりをしてじつはおとなしいゴリラ”である。
政府の正体はただの民間会社である。
今の政府と国民は平等である。だから、国民は政府に従わなくていい。
今の政府は国民が従わねばならないように思わせて、じつは国民が従わなくてもいい団体である。
だから、国民は政府に従わずに、政府の命令を無視して自由に暮らせばいいのである。

[16910] 暴力団とは何か? h25.3.16
暴力団の正体は普通の会社である。普通の会社が暴力をふれるふりをしているだけである。
暴力団は自分が国民に暴力をふれるふりをして国民に命令を聞かせているのである。国民は暴力が怖いので暴力団の言いなりになっているのである。しかし、本当は暴力団は暴力がふれないのである。
政府が国民に命令できるふりをして、じつは命令できないのと同じことである。
暴力団の暴力はハッタリである。だから、国民は暴力団と対等に付き合えばいい。

[16911] 宗教団体とは何か? h25.3.16
宗教団体の正体は普通の会社である。普通の会社がキチガイのふりをしているだけである。
宗教団体は自分が気が狂って暴れるふりをして国民に命令を聞かせているのである。国民はキチガイが怖いので宗教団体の言いなりになっているのである。しかし、本当は宗教団体は気が狂っていなくて暴れないのである。
政府が国民に命令できるふりをして、じつは命令できないのと同じことである。
宗教団体が気が狂っているのはハッタリである。だから、国民は宗教団体と対等に付き合えばいいのである。
戦後は民主制の時代になって、人間がみな平等になった。そこで、政府や暴力団や宗教団体のようにハッタリを利[き]かせて優位に立とうとする団体がいっぱい出来たのである。
要するに、政府も暴力団も宗教団体も冗談で“上の者”のふりをしている会社である。だから、国民は政府や暴力団や宗教団体を上の者と思わずに平等にやればいいのである。

[16912] 上役[うわやく]とは何か? h25.3.16
会社の上役の正体はただの社員である。ただの社員が肩書きで“上の者”のふりをしているだけである。
上役は上の者のふりをして社員に命令したり社員の稼[かせ]ぎを横取りしたりしているのである。社員は上役が上の者だと思って言いなりになっているのである。しかし、本当は上役はただの社員なのである。
今の政府が上の者のふりをして、本当は上の者ではないのと同じことである。
上役が上の者なのはハッタリである。だから、社員は上役と対等にやればいいのである。社員は上役の命令を聞いたり、上役に給料の横取りをされたりしなければいいのである。
上役は冗談で“上の者”のふりをしている社員である。だから、社員は上役と平等にやればいいのである。

[16913] 今の政府は国民に命令できるふりをしているだけである。 h25.3.17
戦後は民主制の時代になった。人間はみな平等になった。
政府は人間がみな平等な中で何とかして政府が国民に命令できるようにした。政府と国民が不平等であるようにした。
しかし、それはインチキだった。
政府は本当は国民に命令できない。政府と国民は平等なままである。だから、国民は政府の命令を聞かなければいい。国民は政府に従わず、政府と平等にすればいい。

[16914] 善く生きるとは? h25.3.17
ソクラテスは『人間はただ生きているだけではなく、善く生きることが大事だ』と言った。
善く生きるとは、考えて生きることである。
手作業ばかりやって何も考えずに生きている者よりも、手作業をやらずに考えて生きている者のほうが善い。
私はそう考えたからしばらく仕事を休んで考えることにしたのである。

[16915] 今の政府は本当は国民と平等である。☆☆ h25.3.17
戦前は「上の者に従う」決まりがあったので、国民は政府が上の者だと考えて、政府に従っていた。
戦後は「上の者に従う」決まりがなくなって、人間はみな平等になった。
戦後の政府は間接民主制によって国民よりも“上の者”となって国民を従わせている。
しかし、間接民主制はまちがいである。誤魔化[ごまか]し論法である。
政府は本当は国民と平等である。だから、国民は政府に従わなくていい。国民は政府に騙[だま]される必要がないから、政府と平等にすればいい。国民は政府の命令を無視して、自由にやればいい。
間接民主制がイカサマなのはミエミエである。私も小学生の頃[ころ]から間接民主制がインチキ臭いと思っていた。だから、戦後の政府は冗談で“上の者”をやっているだけなのである。今の政府は最初からどうせうまく行かないと思っていいかげんに“上の者”をやっているだけである。だから、国民は政府の冗談を本気にせずに政府に従わなければいいのである。

[16916] ヨーロッパ人はどうして頭がいいか? h25.3.17
ヨーロッパ語はアルファベットしかないから言葉の習得が容易である。
小さい子供のうちから言葉が使えるようになる。
言葉が使えるようになれば、あとは自分で言葉を使って考えていけばいいだけである。
ヨーロッパ人は小さい子供のうちから自分で考えて生きているので頭がいいのである。
反対に、中国語は漢字が多くて言葉の習得が難しい。
中国人は大きい大人になるまで言葉が使えない。
言葉が十分使えなければ、自分で言葉を使って考えることができない。
中国人は大きくなるまで自分で考えることができないので頭が悪いのである。
日本語はかなり漢字が混じっている。私も子供の頃は漢字を憶えるのに苦労した。
そのために、日本人も中国人と同じように大きい大人になるまで自分で言葉を使って考えられないので頭が悪いのである。
しかし、最近はワープロソフトが発達したので、漢字を知らなくても、言葉が使える。だから、今後は日本人も小さい子供の頃から自分で言葉を使って考えることができるので、頭がよくなるだろう。今後は日本人は自分の頭が悪いのを日本語のせいにはできないのである。

[16917] どうして戦後「上の者に従う」決まりがなくなったのか? h25.3.17
昔は利口な人はほんの一握[にぎ]りしかいなかった。昔は利口な人は先生を雇って教育を受けられるお金持ちの人だけだった。その他の人はみんな馬鹿だった。自分で字が読めないくらい馬鹿だった。自分で何も考えられないくらい馬鹿だった。
だから、たとえ利口な人が悪人だったとしても、みんなは利口な人に従えば世の中がうまく行くと思って利口な人に従った。
そのために、昔はみんなが利口な人を上の者と考えて、「上の者に従う」決まりがあったのである。
しかし、近代になってからは学校教育が普及して利口な人が増えた。国民の大半が利口になった。
そのために、戦後はもはやみんなが上の者に従えば世の中がうまく行くと思わなくなった。みんなが自分の考えで生きていったほうが世の中がうまく行くと思うようになった。
そのために、今ではみんなが上の者がいないと考えて、「上の者に従う」決まりがなくなったのである。
今は民主制の社会である。みんなが自分の考えで生きていく社会である。民主制の社会であるためには、みんなが自分で考えて生きて行かねばならない。みんなが自分で考えて生きていく気がなければ、昔の「上の者に従う」社会になる。だから、みんなはがんばって自分で考えるようにしないといけない。他人の考えを鵜呑[うの]みにしてはいけない。自分で他人の言っていることが正しいかどうか確かめてから、他人の言うことを信じなければならない。

[16918] 今の政府は国民を騙[だま]して儲[もう]ける詐欺[さぎ]団体である。 h25.3.17
戦前は身分制の時代だった。「上の者に従う」決まりがあった。みんなが政府や貴族を上の者だと考えて、政府や貴族に従っていた。
戦後は民主制の時代になった。「上の者に従う」決まりがなくなった。みんなが平等になった。
今の政府は国民を「間接民主制」で騙して国民が政府の命令に従わねばならないと思わせて国民を支配している。政府は国民に命令して何でもやらせている。税金を払わせたり国家宗教をやらせたりその他のことをやらせたりしている。政府は国民を虐待して遊んでいる。
間接民主制はインチキである。今の政府が国民に命令できるのは嘘[うそ]である。政府は詐欺団体である。
国民が政府に騙されなければならないという法律はない。
だから、国民は政府に従わなければいい。国民は政府を無視して自由に暮らせばいい。
昔は身分制の時代だった。だから、みんなは多少自分が不利でも身分制でやらねばならなかった。
今は民主制の時代である。だから、みんなは多少自分が不利になっても民主制でやらねばならない。
身分制の時代に民主制をやってはいけなかったように、民主制の時代に身分制をやってはいけない。

[16919] 今の国民は政府に騙[だま]されている。☆ h25.3.17
戦前は「上の者に従う」決まりがあったので、国民は政府を上の者だと思って政府に従っていた。
しかし、戦後は「上の者に従う」決まりがなくなったので、政府は国民と平等になって、国民は政府に従わなくてもよくなった。
今は政府が間接民主制で国民を騙[だま]して国民に自分を“上の者”だと思わせて国民を自分に従わせているだけである。
つまり、今の政府はただの詐欺[さぎ]会社である。今の政府は“上の者”のふりをしているただの会社である。今の政府は裸の王様とは反対に、立派な服を着たただの人である。ただの人が立派な服を着て王様に化[ば]けているのである。
国民みんなは政府に騙されてはいけない。今の政府は見かけが上の者であるだけで、中身はただの人である。国民みんなは政府に従うのをやめて、政府と平等にしなければならない。国民は政府の命令を聞くのをやめて、政府に税金を払うのをやめて、自分が利用した政府のサービスの分だけ政府にお金を払わなければならない。

[16920] 今の政府はただの人である。 h25.3.17
昔は「上の者に従う」決まりがあったので、政府は上の者だった。
今は「上の者に従う」決まりがないので、政府は上の者ではない。政府はただの人である。
今の政府はいろんな嘘[うそ]や屁理屈[へりくつ]で国民を騙[だま]して、上の者のふりをしている。
今の政府はニセモノの上の者である。昔の政府は本物の上の者だったが、今の政府はニセモノの上の者である。
今の政府は本当は上の者ではない。今の政府は上の者のふりをしているただの人である。だから、国民は政府に従わなくてもかまわない。国民は政府の命令を無視して聞かなければいい。政府に税金を払わないようにして、政府を潰[つぶ]せばいい。

[16921] 人間は見かけではない、中身だ! h25.3.17
政府は昔も今も同じである。政府は昔も今も同じことをやっている。大日本帝国憲法と日本国憲法は同じ法律である。
ただ、昔は「上の者に従う」決まりがあったので、政府は上の者だった。
今は「上の者に従う」決まりがないので、政府は上の者ではない。政府はただの人である。政府は国民と平等である。
昔は政府が上の者だったので、国民は政府に従わねばならなかった。
今は政府が上の者ではないので、国民は政府に従わなくてかまわない。
政府が上の者であるかないかは、「上の者に従う」決まりがあるかないかで決まる。
今の社会には「上の者に従う」決まりがないので、今の政府は上の者ではない。今の政府は上の者のふりをしているだけで、本当は上の者ではない。だから、たとえ政府がどんなことをしても、国民は政府に従わなくてかまわない。
大日本帝国憲法も日本国憲法も政府が上の者をやっていることを書いている。
昔は政府が上の者だったので、憲法は正しかった。だから、昔の国民は憲法を守らなければならなかった。
今は政府が上の者ではないので、憲法はまちがっている。だから、今の国民は憲法を守らなくてもいい。憲法は政府の嘘[うそ]である。だから、今の国民は憲法を守らなくていい。(政府自身が時々憲法を守らないことがあるのは、憲法が嘘であることの証拠である。)

[16922] 今の政府は上の者になれなくなった。☆ h25.3.17
昔は「上の者に従う」決まり(つまり身分制)があったから、政府が「上の者に従う」決まりによって上の者になって国民を支配していた。
今は「上の者に従う」決まりがなくなったから、政府は「上の者に従う」決まりによって上の者になれなくなった。
そこで、今の政府はしかたなく「間接民主制」で国民を騙[だま]して上の者になったふりをして国民を支配している。
しかし、本当は、民主制の世界の中では、いくらがんばっても上の者はやれない。上の者にはなれない。
「間接民主制」は論理的にまちがっているインチキ制度である。いくら政府が間接民主制をやっても、政府は国民と平等なままである。
だから、今の政府は本当は上の者ではない。今の政府はニセモノの上の者である。今の政府は本当は国民と平等である。したがって、国民は政府に従わなくていい。政府の命令を無視すればいい。

[16923] 戦後の政府は落ちぶれた。 h25.3.17
昔は「上の者に従う」決まりがあったので、政府は上の者だった。政府は上の者だったから国民を自分の好き放題にした。昔の政府は正しかった。政府が上の者をやればやるほど国民の人気が出た。
しかし、今は「上の者に従う」決まりがなくなったので、政府は上の者ではなくなった。今の政府は上の者ではないくせに国民を自分の好き放題にしている。今の政府はまちがっている。今の政府には人気がない。
今の政府は国民と平等なのだから、国民は政府におとなしく従っている必要はない。
国民は政府の命令を聞かないようにして、政府を潰[つぶ]したほうがいい。

[16924] 間接民主制では民主的でないことが決められる。 h25.3.17
今は民主制の時代である。だから、社会はすべて民主制に適[かな]っていなければならない。
今の政府は間接民主制によって「政府が上の者である」ことを決めて上の者をやっているが、じつはそれはインチキである。
間接民主制では民主制に反することを決めることができる。間接民主制では民主的なことも民主的でないことも両方決められる。
だから、間接民主制は民主的なことを決める場合には用いてもいいが、民主的でないことを決める場合には用いてはいけない。原子力は発電に用いてもいいが、爆弾に用いてはいけないのと同じことである。
ところが、今の政府は間接民主制を用いて「政府が上の者である」ことを決めている。「政府と国民が不平等である」ことを決めている。民主制に反することを決めている。つまり、政府が国民から税金を取ったり(第30条)、国家宗教で国民を虐待したり(第20条)、国民にとって有利な憲法に改正できないこと(第96条)などを決めている。だから、今の政府がいけない。
今の政府は民主制に適っていないことをやっている。
だから、今の政府が悪い。だから、今の国民は政府に従わなくていい。
今の政府は間接民主制で民主的なことを決めねばならない。今の政府は間接民主制で『政府と国民が平等である』ことを決めねばならない。つまり、政府が国民から税金を取れないことや、政府が国家宗教で国民を虐待できないことや、国民にとって有利な憲法に改正できることなどを決めねばならない。
そうすれば、国民は政府に従ってもいい。
多数が少数よりもまちがっていることがありえるから、直接民主制でも民主制に反することを決められる。論理によれば民主制に反することは決められない。だから、論理で決めるのが一番いい。論理で決めれば、政府は国民から税金を取れないし、政府は国民を国家宗教で虐待できないし、国民が自分にとって有利な憲法に改正できる。だから、そういう法律にすればいいのである。今の政府が間接民主制で決めた法律は民主制に反していてまちがっているから国民は守らなければいいのである。

[16925] 民主制の歴史は浅い。☆ h25.3.17
昔は身分制の時代だった。「上の者に従う」決まりがあった。だから、国民みんなは政府に従っていた。
今は民主制の時代である。「上の者に従う」決まりがない。だから、国民みんなは政府に従わなくなった。
今は民主制の時代である。『人間はみな平等である』決まりがある。だから、今の国民みんなは『人間が平等である』決まりを守りながら好き勝手にやっている。今では『人間はみな平等』だから、政府はもはや国の中枢ではない。国民は政府を相手にしなくなっている。今の政府は自分が目立ちたいからテレビに出ているだけである。
民主制は戦後から始まったばかりである。民主制の歴史は浅い。今の国民は民主制の国を作ることに暗中模索[あんちゅうもさく]である。試行錯誤[しこうさくご]である。
政府は国民を騙[だま]して国民を支配することを企[たくら]んでいる悪の団体である。政府は自分が上の者のふりをして国民に政府を上の者だと思わせて国民を支配しようとしている。しかし、今の国民はしだいに民主制についての理解を深めて政府に騙されなくなっている。だから、国民はだんだん政府に従わなくなっている。政府はだんだんカモがいなくなって潰[つぶ]れている。
政府は国民を騙す詐欺[さぎ]団体である。だから、政府をまともに相手にするほうが馬鹿である。国民は一方的に政府と平等にすればいいのである。国民は自分が民主制で一方的に押していけばいいのである。
国民みんなが頭がよければめでたく政府を倒せるだろう。反対に、国民みんなが頭が悪ければ政府にまんまと騙されて支配されるだろう。

[16926] 国民は自分で考えて民主制をやらないといけない。☆ h25.3.18
今は民主制の時代である。人間がみな平等な時代である。だから、みんなは『人間がみな平等である』ことを原理としてやっていけばいい。やっていかねばならない。
ところが、政府はいまだに身分制をやっている。政府は国民から税金を取ったり、国民に命令したり、国民を国家宗教などで虐待したりしている。政府は民主制の原理を守っていない。だから、政府がいけない。政府が悪い。
だから、国民は政府を罰しなければならない。政府を倒さなければならない。
国民は政府に釣[つ]られて政府といっしょに身分制をやってはいけない。政府の言いなりになってはいけない。国民は自分で考えて民主制をやらないといけない。国民は政府の命令を聞かず、政府に税金を払わず、自分が政府のサービスを利用した分だけ政府にお金を払わねばならない。
たしかに政府は大きい団体だが、国民みんなのほうがもっと大きい団体である。だから、国民は勇気を出して、政府を恐れずに、政府と平等に接していかねばならない。

[16927] 戦後の国民が政府に従っているのは国民が政府に騙[だま]されているからである。 h25.3.18
戦後は民主制の時代になった。人間がみな平等な時代になった。『人間がみな平等である』ことが社会の原理になった。
それなのに、戦後も国民の多くが政府に従い続けている。
それは、政府が国民を間接民主制で騙して国民を政府に従わねばならないと思わせているからである。
国民が政府の詐欺に引っ掛かっているから、戦後も国民は政府に従っているのである。
間接民主制は政府の詐欺[さぎ]である。政府はまちがった理屈[りくつ]をこねて「人間が不平等である」ことを正当化しているのである。数学の証明で「1=(−1)だから1=−1」とするのと同じことである。
今の国民は政府に騙されているから政府に従っているのである。本当は、今の国民は政府に従わなくてかまわない。今は『人間がみな平等である』から、国民と政府が平等であるから、国民は政府に従う必要がない。国民は政府に騙されるのをやめて、政府の命令を聞くのをやめて、政府に税金を払うのをやめねばならない。

[16928] 国民は馬鹿である。 h25.3.18
今の国民は馬鹿だから、政府のトリックに騙[だま]されて政府に従わされているのである。
国民が政府に騙されなければ、政府は戦後すぐに滅んでいたはずである。今の国民は政府のない国で自由に平等に幸福に暮らしているはずである。
日本人はヨーロッパ人のように自分で考える気持ちがないから、馬鹿なのである。ヨーロッパに政府があるのは、ヨーロッパ政府が植民地政策をやる機関であって、ヨーロッパ人は将来の植民地時代のために政府を置いているからである。今のヨーロッパ政府は裸の王様である。つまり、今のヨーロッパ政府は将来の植民地政策のために今でも権力があるのである。国民に命令できるのである。将来またヨーロッパの文明がグンと進歩することがあれば、ヨーロッパは世界中に乗り出して外国を植民地にして儲[もう]けるつもりなのである。
とにかく、『人間がみな平等である』ことが今の社会の原理である。それはすでに決まってしまったことである。もはや後[あと]戻りはできない。
だから、みんなは何が何でも『人間がみな平等である』ことを守らなければならない。『人間がみな平等である』ことが今の人類全体の意思だから、それを守らねばならない。国民みんなは政府と平等にして、政府の命令を聞かないようにして、政府に税金をやらないようにして、政府を倒さねばならない。
国民は馬鹿である。馬鹿はまちがいを犯すものである。だからこそ、国民は自分のまちがいを直さなければならないのである。国民は『自分が政府に従ってはいけない』と考えて、今後は政府に従わないようにしないといけない。
せっかく社会の原理が変わったのだから、違いを形に表さねばならない。違いを眼で見えるようにしないといけない。

[16929] 今の国民は政府に頼ってはいけない。 h25.3.18
昔は身分制の時代だった。「上の者に従う」決まりがあった。政府が上の者だった。国民みんなが政府に従っていた。政府が国民みんなを引っ張っていた。国民みんなは政府の後[あと]に付いて行った。そうやって、これまでみんなが国を発展させて来た。
しかし、今は民主制の時代である。「上の者に従う」決まりがない。もはや政府は上の者ではない。
だから、今は国民が政府に頼ってはいけない。今では『人間がみな平等』だから、みんなが国の中枢である。今はみんながみんなを引っ張っていけばいい。みんなで力を合わせて国を前に進ませればいい。
今の政府は国民の税金で毎日遊んで暮らしていて頭が馬鹿になっている。今では国民のほうが政府よりも利口である。だから、政府が国民に従わねばならない。国民は国民自身の考えでやっていけばいい。政府は国民に従うしかない。今では政府の考えによるよりも、国民みんなの考えによるほうが国が発展する。だから、今ではもはや政府は要らないのである。だから、国民みんなは政府に税金をやらないようにして政府を潰[つぶ]せばいいのである。
今の社会の原理は『人間がみな平等である』ことだから、みんなは『人間がみな平等である』ことに基づいて社会を作って行かねばならない。政府はすぐに国民の上に立とうとするから邪魔[じゃま]である。だから、みんなで政府を潰さねばならない。政府のない社会にしなければならない。

[16930] どうして昔の国民は政府に従ったのか?☆ h25.3.18
昔の国民がすごく馬鹿だったからである。昔の国民が字が読めなくて自分で何も考えられないくらい馬鹿だったから、昔の国民は自分で考えられる政府に従ったのである。国民みんなで「政府に従う」決まりを作って守っていたのである。昔は本も学校もテレビもラジオも何にもなかったから、国民が馬鹿だったのは当たり前である。
今の国民は学校教育を受けて自分で字が読めて自分で考えることができる。今の国民は十分利口である。だから、今では国民がわざわざ政府に従わなくていいのである。
今の政府は国民よりも利口ではない。昔の政府は今の国民と同じように自分で字が読めて自分でちょっとだけ考えられるぐらいだったが、昔は国民が政府に比べてすごく馬鹿だったから、国民に比べると政府がすごく利口だったから、国民が政府に従わねばならなかったのである。今の政府も自分で字が読めて自分でちょっと考えられるぐらいだから、今では国民と政府は頭のよさが変わらないから、わざわざ国民が政府に従うほどのことはないのである。
政府はマンガに出て来るような天才でも何でもないのである。普通の人ではわからないことがわかる特別な人ではないのである。国民が政府の頭のよさを大げさに考えすぎているのである。政府はそれほど頭がいい人間ではないのである。政府は自分で字が読めて自分でちょっと考えられるだけである。要するに、政府は『ただのオッサン』である。
今では政府と国民は頭に違いがない。だから、わざわざ国民が政府に従う必要はないのである。わざわざ国民が政府に税金を払って政府に考えてもらって政府の指示に従う必要はないのである。国民は自分で考えて政府を捨ててしまえばいいのである。

[16931] 今の政府の憲法は嘘[うそ]の法律である。 h25.3.18
昔は「上の者に従う」決まりがあったから、みんなが政府に従っていた。政府は国民みんなが政府に従っていることを文章にして憲法を作った。国民みんなは政府の憲法が正しいと考えて政府に従った。
今は「上の者に従う」決まりがないから、みんなが政府に従っていない。政府は一生懸命に“国民みんなが政府に従わねばならない憲法”を作って国民みんなを騙[だま]して政府に従わせようとしているが、国民は政府の憲法が嘘[うそ]だと考えて、政府に従わない。
国の決まりはまずみんなで決める。その中に政府が作った憲法がある。
昔の政府の憲法は正直だったが、今の政府の憲法は嘘である。
だから、今の国民は政府の憲法を守らなくていいのである。

[16932] 政府は今の社会の原理に反している。 h25.3.18
今は民主制の時代である。人間はみな平等である。今の社会の原理は『人間がみな平等である』ことである。
それなのに、政府は「政府が国民よりも上である」憲法を作っている。
国民が政府の憲法を改正しようとしても、憲法改正の手続き(第96条)によって改正できないことになっている。
今の政府は国民と平等にしていない。政府は国民と不平等にしている。政府は国民よりも上の者をやっている。
政府は今の社会の原理に反している。
だから、政府が悪い。国民は政府を倒さねばならない。
今の日本の憲法は『人間がみな平等である』ことである。政府の憲法は日本の憲法に反している。
だから、国民は政府の憲法を破ればいいのである。
政府が国民に文句をつけたら、国民みんなで政府を攻撃して倒せばいいのである。
 
[16933] 『人間が平等である』ことが現代の法である。☆ h25.3.18
今は民主制の時代である。人間はみな平等な時代である。
それなのに、今の政府は国民よりも上の者をやっている。日本国憲法にそのことが表れている。政府は日本国憲法を使って国民みんなに政府が上の者をやることを認めさせようとしている。
国民みんなは政府に呆[あき]れている。政府にガッカリしている。
今の政府は犯罪者である。政府は戦後に社会の原理が変わっても自分が戦前と同じように上の者をやりたくてわがままをやっている。
政府が悪い。だから、国民は政府を罰しなければならない。
国民は政府にお金を与えずに、政府を食えないようにして、政府を罰しなければならない。

[16934] 多数決の原理はない。 h25.3.18
何かに才能が秀[ひい]でた者が他人に命令するのは許せるが、どうでもいいザコがただ数が多いからといって他人に命令するのは許せない。
だから、多数決の原理はない。
今の政府は多数決の原理を使って国民に命令している。
だから、国民は政府の命令を聞かなくていい。

[16935] 政府は今でも上の者をやっている。 h25.3.18
戦前は身分制の時代だった。「上の者に従う」決まりがあった。みんなが上の者に従わねばならなかった。政府が上の者だった。だから、国民みんなが政府に従っていた。
戦後は民主制の時代になった。『人間がみな平等である』決まりがある。人間はみな平等にしなければならなくなった。それなのに、政府は自分勝手に上の者をやっている。だから、今の国民は政府を悪者だと考えて、政府と戦わねばならない。今の国民は政府に従わないようにして、政府を倒さねばならない。
今の政府は一人だけ『人間がみな平等である』決まりに従っていない。だから、今の国民みんなは政府と戦って、政府に従わないようにして、政府を倒さねばならない。
今の国民の中には、すでに政府と戦って政府に従わないようにして政府を倒している者がいる。今では『人間がみな平等である』決まりがあるから、国民は政府に従わなくてもいいのである。みんなもその者を見習って政府を倒さねばならない。

[16936] 今の国民は政府と戦っている。☆ h25.3.18
昔は「上の者に従う」決まりがあったので、政府が上の者をやっていた。国民みんなはおとなしく政府に従っていた。
今は『人間がみな平等である』決まりがあるので、政府は上の者をやってはいけない。
それなのに、政府は勝手に昔と同じように上の者をやって、国民に命令して国民から税金を取ったり、国民に国家宗教をやらせたり、その他[た]のことをやらせたりしている。政府は国家宗教で国民を虐待して遊んでいる。
国民は政府がまちがっていると考えて、政府に従っていない。今の国民は政府に従わないようにして、政府と戦っている。
今では『人間が平等である』ことが正義で、政府が悪である。だから、国民は政府と戦って政府を倒している。
最近は政府もついに国民に負けを認めて降参している。政府は自分で潰[つぶ]れてなくなっている。政府は国民の役に立つサービスをする会社を残して他[ほか]は潰[つぶ]れている。

[16937] 今どき身分制がやれるか! h25.3.18
今は民主制の時代なのに、政府は一人で身分制をやっている。
国民は政府がまちがっていると考えて、政府に従っていない。
政府は国民から税金がもらえなくなって滅んでいる。
社会制度が変わるとは、こういうものなのだろう。

[16938] 暴力団はどうして国民を暴力で脅[おど]していたのか? h25.3.18
戦後から民主制の時代になった。人間が平等な時代になった。
それなのに、戦後の政府は戦前と同じように身分制をやっていた。
しかも、戦後の国民も戦前と同じように政府におとなしく従っていた。
暴力団はそれを見て「今の国民は他人の言いなりだ」と思って国民をなめて、国民を暴力で脅[おど]してお金を取って儲[もう]けていたのである。
宗教団体が国民を脅してお金を取っていたのも、同じ理屈である。
戦後しばらくは戦前に生まれた国民が政府に従っていたので、暴力団や宗教団体も国民を脅して儲けていた。
しかし、最近は国民が戦後に生まれた者ばかりになって政府に従わなくなったので、暴力団や宗教団体も国民を脅さなくなって潰[つぶ]れている。

[16939] 今では年寄りが政府に従っているだけである。 h25.3.18
私の親は何かあるたびに天皇を話の引き合いに出して、天皇を特別視している。
しかし、今の若い人は天皇をまったく気に掛けていない。
私の親のように戦前生まれの人は身分制の教育を受けたから、今でも政府や天皇を上の者だと思って従っているのだ。
反対に、戦後生まれの人は民主制の教育を受けたから、今では政府や天皇をただの人だと思って従わなくなっているのだ。
これまでは戦前の身分制の時代に生まれた者がいたから、たとえ時代が変わっても政府を上の者だと思って政府に従っていたのである。だから、政府は国民から税金を取ってお金を稼[かせ]ぐことができたのである。
しかし、今後は戦後の民主制の時代に生まれた者だけになるから、みんなが政府を上の者だと思わなくなって政府に従わなくなるだろう。政府が国民から税金を取れなくなって潰[つぶ]れるだろう。

[16940] 政府は滅んでいる。☆☆ h25.3.19
今は民主制の時代である。
しかし、今の政府は身分制をやっている。
今の国民は政府がまちがっていると考えて、政府に従わない。
今の政府は国民から税金を取れなくなって滅んでいる。

[16941] 行政とは何か? h25.3.19
昔の人は政府が頭がいいと考えて、政府に税金を払って政府に考えてもらって政府の指示に従って暮らしていた。
これが行政である。
今は民主制の時代である。
だから、政府が行政をやりたければ、民主的にやらねばならない。
国民は政府の命令を聞きたければ、政府にお金を払って政府の指示で暮らせばいい。政府の指示で仕事をすればいい。指示の内容によって指示の値段も違うだろう。反対に、国民が政府の命令を聞きたくなければ、政府にお金を払わず自分で考えて暮らせばいい。自分で考えて仕事をすればいい。
世の中には自分で考えるのが嫌な人がたくさんいるから、政府は儲[もう]かるだろう。
私はこれまで一度も政府に指示されたことがない。だから、私は政府の行政にお金を払わなくていい。
毎日政府の指示を聞いて暮らしている人は、政府の行政にお金を払わねばならない。

[16942] 政府は国民に説明が足りない。 h25.3.19
今は民主制の時代だから、国民と政府は平等であり、国民が政府に従うか従わないかは国民一人一人の自由である。
それなのに、政府は国民に何も説明せずに、無言で国民から税金を取って国民に命令して国民を虐待している。
政府は詐欺[さぎ]である。
政府の態度は民主的ではない。政府はいまだに身分制の癖[くせ]が抜けていない。政府はまず国民に国民が政府に従うか従わないかが自由であることを説明してから、国民の承認を得てから国民から税金を取ったり国民に命令したり国民を虐待したりしなければならない。政府がそうしなければ、国民は政府の仕事が民主的には不備[ふび]だと考えて、政府に従わなくていい。

[16943] 今の国民は民主制で生きている。 h25.3.19
今の国民は政府が国民よりも頭がいいと思っていない。
今の国民は、国民が政府のおかげで豊かに生きていけると思うのはオーバーだと考えている。
だから、今では国民が政府に従う理由がない。
だから、今では身分制は成り立たない。
だから、今の国民は民主制で生きている。
今の国民は自分で考えて生きている。政府に考えてもらって政府の命令で生きていない。だから、国民にとっては政府が要らない。あえて言えば、国民と平等な国民に命令を売る行政会社があればいいだけである。だから、国民は政府に税金を払わなくなって、政府を潰[つぶ]している。

[16944] 今では政府に従う国民と政府に従わない国民の両方がいる。 h25.3.19
進んでいる国民は今が民主制の時代だと考えて、政府と平等にやっている。政府に税金を払わず、自分が利用した政府のサービスの分だけ政府にお金を払っている。
遅れている国民は今が身分制の時代だと思って、いまだに政府を上の者だと思って政府に従っている。
今では政府に従う国民と政府に従わない国民の両方がいる。
進んでいる国民は自分で考えるから政府が要らないのである。
遅れている国民は自分で考えないから政府が要るのである。
だから、今は民主制の時代だと考えて、国民が政府に従うか従わないかは国民一人一人の自由にすればいいのである。

[16945] 会社の上役[うわやく]とは何か? h25.3.19
会社の上役は、会社をひとつの国だと考えて、会社の中に身分制を持ち込んで自分が上の者になろうとしている者である。
会社の上役は上の者モドキである。
会社の上役は本当はただの社員である。社員と平等である。会社の上役は名前が上なだけであって、本当はただの社員である。上役はハッタリであって、本当はただのボンクラである。特に日本ではハッタリである。ヨーロッパは実力主義だから上役が有能かもしれないが、日本は形だけだから上役は無能である。
本当は会社の中にまで身分制はない。まして今は民主制の時代で、政府でさえ国民と平等だから身分制はない。今の国民は身分制を知らないから身分制はやれない。
だから、社員は上役と平等にやればいいのである。今の社員は自分にその気もないのに上役に付き合っていっしょに身分制をやって上役にペコペコしなくていいのである。社員は上役の命令を聞かず、上役に自分の稼[かせ]ぎを横取りされず、平等にやればいいのである。

[16946] 政府に従わないことは国民の誇[ほこ]りである。 h25.3.19
今は民主制の時代である。
それなのに、今の政府は身分制をやっている。
今の政府は詐欺[さぎ]会社である。
だから、今の政府は本気で身分制をやっていない。今の政府は国民を騙[だま]すつもりでいいかげんに身分制をやっている。今の政府は自分に騙された国民だけが自分に従えばいいと思ってテキトウに身分制をやっている。
だから、政府に騙されていない国民は政府に従う必要はない。
むしろ、国民は自分が政府に従わないことを自分の誇りに思えばいいのである。

[16947] “上の者”は架空ではない。 h25.3.19
本来“上の者”とは、頭がいい人のことである。
昔は国民みんながすごく馬鹿だったので、字を読んだり字を書いたり考えたりすることのできる人を上の者だと考えて従っていたのである。みんなで「上の者に従う」決まりを設けて、上の者の命令に何でも従っていたのである。昔の国民はたとえ自分が納得がいかなくても、上の者が正しく考えてくれていると思って、上の者を信じて、上の者の命令に絶対に服従したのである。
だから、“上の者”はけっして架空の存在ではないのである。実在の存在なのである。
だから、いくら科学の時代になっても“上の者”は滅ばないのである。ニュートンが出てもアインシュタインが出ても“上の者”は滅ばないのである。政府や貴族は滅ばないのである。
今では教育が普及して、みんなが利口になったから、みんなが字を読んだり字を書いたり考えたりすることができるようになったから、“上の者”が滅んだのである。身分制が滅んで平等制の時代になったのである。

[16948] どうしてインカ帝国には文字がなかったか? h25.3.19
インカ帝国に木がなかったからである。インカ帝国は高いところにあったので、木が生えてなかったので、紙が作れなかったので、文字がなかったのである。
インカには紙がなかったので、インカ人は紙の代わりに紐[ひも]を使って紐の結び目を文字の代わりにしていた。インカ人は数学が得意だった。天文学が発達していた。
たとえ字が書けなくても馬鹿とは限らないのである。

[16949] どうして政府はなかなかなくならないのか? h25.3.19
日本では戦後に民主制の時代になった。
政府は身分制の団体である。
だから、戦後すぐに政府が滅ぶはずだった。
しかし、政府は戦後70年経[た]った今でも残っている。
それは、政府が民主的だからである。
政府は本来身分制をやる団体だが、副業として民主的な事業もいくつかやっている。法律や水道やゴミや学校などをやっている。政府はヨーロッパ生まれの政治団体だから、ヨーロッパは先進国で民主的だから、政府は民主制の性格が強いのである。反対に、幕府はインド生まれの政治団体だから、インドは後進国で身分制が強いから、幕府は身分制の性格が強いのである。[ヨーロッパは中世にローマ帝国が滅亡した後で地獄になっていたから、日本人はヨーロッパ文化からインド文化に切り替えたのである。それにつれて、政治団体が政府から幕府に変わったのである。つまり、政府が上の者なのはヨーロッパが上の者であることで持っていただけなのである。だから、ヨーロッパが上の者でなくなったら政府もすぐに滅んでしまったのだ。]
国民は政府の民主的なところだけを見て政府を民主制の政治団体だと思って政府に従っているのである。
政府は自分が国民を騙[だま]すつもりがないのに国民を騙してしまっているのである。
政府は本当は身分制をやる団体である。今でも政府は国民から税金を取っているし、国民を虐[いじ]めるために国民に嫌な命令をたくさん出している。政府は国民を国家宗教などで虐待して遊んでいる。
国民みんなは政府についての理解を深めて、政府を身分制の団体だと考えて、今は民主制の時代だから政府がまちがっていると考えて、政府に従うのをやめねばならない。
同じように、宗教団体は神に従う倫理[りんり]団体ではなく、神が上だといって国民に命令する身分制をやる団体である。国民は今は民主制の時代だから宗教団体がまちがっていると考えて、宗教団体に従ってはいけない。

[16950] 政府は詐欺[さぎ]団体である。 h25.3.19
今の政府は民主制の政治団体のふりをして、じつは身分制の政治団体である。だから、政府は詐欺[さぎ]団体である。
今の政府は、無言で国民の承認を得ずに勝手に身分制をやって国民から税金を取ったり国民に命令したり国民を虐待したりしている。だから、政府は詐欺団体である。
つまり、今の政府は詐欺団体である。
だから、今の国民は政府がまちがっていると考えて、政府に従わなくなって、政府に税金をやらなくなって、政府を倒しているのである。

[16951] 今では身分制が腐敗[ふはい]している。☆ h25.3.19
昔は国民に比べて政府が頭がよかったから、国民は政府にまじめに従っていたし、政府も国民にまじめに命令を出していた。政府は国民みんなに善い国を作る命令を出してくれていた。
しかし、今は国民に比べて政府が頭がよくないから、国民は政府にまじめに従わなくなったし、政府も国民にまじめな命令を出さなくなった。政府は国民を嫌がらせる命令ばかり出すようになった。今の政府は国民みんなに悪い国を作る命令を出している。
身分制は最初の頃はよかったが、時代が下[くだ]るとだんだん悪くなった。最初の頃は上の者がまじめに国民みんなの面倒を見てくれていたが、あとになると上の者が専[もっぱ]ら国民を虐[いじ]めて遊ぶようになった。
身分制は時代遅れである。今は国民と政府が頭の差がないから、今では国民みんなが政府一人に頼るよりも、国民みんなが自分で考えてやったほうが国がうまく行く。今では国民みんなにとって政府は要らない。だから、今では国民みんなが政府に税金をやらずに政府を倒せばいいのである。
昔は上の者が善い人だったから身分制がうまく行っていた。今では上の者が悪い人になったから身分制がうまく行かなくなったのだ。昔はくだらない娯楽がなかったから上の者がまじめな善い人ばかりだった。今ではくだらない娯楽が増えてしまったために上の者が悪い人ばかりになった。そのために、身分制は国民にとって危険な制度になった。だから、今では身分制をやってはいけなくなったのだ。
上の者がお金持ちなのに対し、国民みんなは貧乏である。金持ちはくだらない娯楽にふけっていてふまじめである。反対に、貧乏人は娯楽がないからまじめである。お金持ちは自分で考えないから馬鹿である。反対に、貧乏人は自分で考えるから利口である。だから、上の者は悪人だが、国民みんなは善人である。民主制では、上の者ではなく国民みんなが物事を決める。今では上の者よりも国民みんなのほうがまじめだから、身分制よりも民主制のほうがいいのである。
今の国民みんなにとっては身分制よりも民主制のほうが幸福に暮らせる。だから、今は民主制の時代である。政府は身分制をやっている。政府はまちがっている。だから、国民みんなは政府に従うのをやめて、政府を倒せばいいのである。

[16952] 要するに、政府は潰[つぶ]れている。 h25.3.19
今は民主制の時代である。
それなのに、政府は身分制をやっている。
だから、今の国民は政府がまちがっていると考えて、政府に従わなくなっている。
政府は国民から税金が取れなくなって潰れている。

[16953] 今の政府は犯罪者である。 h25.3.19
戦前は身分制の時代だった。戦後は民主制の時代になった。
それなのに、政府は戦後も戦前と同じように身分制を続けている。今の政府は本当は国民に命令できないのに命令している。政府は国民に命令して国民から税金を取ったり国民に国家宗教をやらせたりその他のことをやらせたりしている。今の政府は本当は国民を虐待できないのに、国家宗教などで国民を虐待している。
今の政府は犯罪者である。今の政府はまちがっている。
だから、今の国民は政府を罰しなければならない。国民は政府に税金をやるのをやめて、政府の収入をなくして、政府を罰しなければならない。

[16954] 今の社会には身分制がない。☆ h25.3.19
昔の国民が政府に従わねばならなかったのは、昔の社会には身分制があったからである。昔は国民みんなで身分制を決めていたから、国民みんなが身分制を守って政府に従わなければならなかったのである。つまり、昔は国民みんなが自主的に政府に従っていたのである。昔は国民みんなが自分で政府に従わねばならない決まりを決めて、政府に従っていたのである。昔は国民が国民みんなの目を恐れて政府に従わねばならなかったのである。
しかし、今の社会には身分制がなくなっているから、今の国民は政府に従わなくてもかまわない。今は国民みんなで身分制をやめたから、国民みんなが身分制を守らなくてもよくなって政府に従わなくてもいいのである。つまり、今では国民みんなが自主的に政府に従うのをやめたのである。今では国民みんなが政府に従わねばならない決まりをやめて、政府に従わなくてもよくなったのである。今では国民が国民みんなの目を恐れてわざわざ政府に従わなくてもよくなったのである。
今ではたとえ政府が国民に命令してきても、今の社会には身分制がないから、国民は政府の命令を聞かなくていい。国民は政府の命令を無視していい。今では国民みんなが国民が政府に従わなくてもいいことを決めているから、今では政府が国民みんなの目を恐れて国民を政府に従わせることができないのである。つまり、国民は政府よりも国民みんなの目を恐れねばならないのである。国民も政府も国民みんなの目に逆らってはいけないのである。そのため、今の政府は国民みんなを騙[だま]して国民みんなを政府に従わねばならないように思わせようとしているが、今ではすでに国民みんなが政府に従わなくていいと決めているから、いくら政府がそんなことをしても無駄[むだ]である。今では国民みんなが国民が政府に従わなくていいと決めているから、たとえ政府が国民が政府に従わねばならないと決めたとしても、やはり国民は政府に従わなくていいのである。国民は政府を無視してひたすら国民みんなに従えばいいだけなのである。つまり、今は民主制の時代だから、今では国民みんなが民主制をやると決めているから、たとえ政府が身分制をやっていても、国民は政府を無視して国民みんなに合わせて民主制をやればいいのである。今の国民はテレビで政府ばかり見ているからおかしくなっているのである。政府のほうが国民みんなよりも強いと誤解しているのである。もっと自分の眼で国民みんなを見なければいけない。国民は政府の命令を無視して、政府に従わなければいいのである。今は政府が国民みんなに反したことをやっているから、政府はもはやどうでもいいのである。国民は政府を無視して取り合わなければいいのである。今は政府と国民みんなが反しているから、国民は政府に従わず、国民みんなに従えばいいのである。つまり、法律はそもそも国民みんなが決めるものであって、政府が決めるものではないのである。政府は国民みんなの言いなりなのである。政府(一般に法律会社)は国民みんなが決めた法律以外は法律にできないのである。もっとも、今は政府が滅ぶ途中だから、今の政府は例外的に国民みんなが決めた法律以外の法律を決めているのである。つまり、国民みんなが決めた法律以外の法律を決めた法律会社(一般に政治団体)は滅ばねばならないということである。今の政府は自分で自分を潰[つぶ]すために、わざとに国民みんなが決めた法律以外の法律を決めているのである。今の政府は自分で自分を潰すために、わざわざ民主制に逆らって身分制をやっているのである。だから、国民は政府の意思を汲[く]んで政府に従わないようにして政府に税金をやらないようにして政府を潰してやればいいのである。
国民が政府の命令を聞かなければ、そのうち政府も国民に命令するのをあきらめて自分で滅ぶだろう。

[16955] 今は政府の時代ではない。 h25.3.19
今は民主制の時代である。身分制はない。国民みんなは政府に従わなくてもかまわない。
だから、衛藤ヒロユキの『魔法陣グルグル』の第1巻のように、マンガ家が政府のイヤミをネタにしたマンガを描けば、一生安泰[あんたい]なのである。人気マンガ家になって、死ぬまでずっとマンガを描いて食っていけるのである。
昔のマンガ(例、『ドラえもん』)は国民が政府にペコペコしなければならない意味が入っていたから、そういう意味では『魔法陣グルグル』は画期的である。
今は国民みんなが政府に従わなくていい時代である。だから、国民みんなは政府に税金を払わず、政府の命令を聞かず、政府を倒せばいいのである。

[16956] 国民は政府をまともに相手にしてはいけない。 h25.3.20
今は民主制の時代である。つまり、国民みんなが『国民が政府と平等にしなければならない』ことに決めている。
今の政府は国民を従わせようとしているが、国民は政府に従わなくてかまわない。
今は馬鹿な国民が政府の言いなりになって政府に従っているだけである。国民みんなは政府に従っている国民を馬鹿だと思って軽蔑している。今どき国民が政府に従っていたら、国民みんなに馬鹿だと思われて出世できない。
今では国民が政府に従うか従わないかが馬鹿と利口を見分ける試金石[しきんせき]になっている。
頭のいい国民は政府の詐欺[さぎ]に引っ掛かって政府に従ってはいけない。

[16957] 国民は政府よりも国民みんなに従わねばならない。 h25.3.20
今は民主制の時代である。つまり、今の国民みんなは民主制を支持している。つまり、今の国民みんなは『国民が政府と平等にしなければならない』ことに決めている。今の国民みんなは政府に従っていない。政府と平等にやっている。国民みんなは政府に税金を払わず、自分が政府のサービスを利用した分だけ政府にお金を払っている。
一方、今の政府は身分制をやっている。つまり、今の政府は「国民が政府に従わねばならない」ことに決めている。政府は国民を従わせている。政府は国民に命令して国民から税金を取ったり国家宗教をやらせたりその他のいろんなことをやらせている。政府は国民を国家宗教などで虐待している。
国では政府よりも国民みんなのほうが力が強い。だから、国民は政府よりも国民みんなに従わねばならない。
だから、国民は国民みんなに従って『国民が政府と平等にしなければならない』ことにしないといけない。つまり、国民は政府に従わず、政府と平等にしなければならない。国民は政府に税金を払わず、自分が政府のサービスを利用した分だけ政府にお金を払わねばならない。

[16958] どうして昔の国民は政府に従わねばならなかったか? h25.3.20
昔は身分制の時代だった。つまり、昔の国民みんなは身分制を支持していた。つまり、昔の国民みんなは「国民が政府に従わねばならない」ことに決めていた。国民みんなは政府の命令で何でもしていた。
一方、政府も身分制をやっていた。つまり、昔の政府は「国民が政府に従わねばならない」ことに決めていた。政府は国民にいろんなことを命令していた。
国では政府よりも国民みんなのほうが力が強い。だから、国民は政府よりも国民みんなに従わねばならない。
だから、昔の国民は国民みんなに従って「国民が政府に従わねばならない」ことにしなければならなかった。つまり、昔の国民は政府に従わねばならなかった。昔の国民は政府の命令で税金でも国家宗教でも戦争でも何でもしなければならなかったのである。
国では政府よりも国民みんなのほうが力が強いから、国民は政府よりも国民みんなに従わねばならない。
昔は政府が国民みんなに従っていた。だから、国民が国民みんなに従うためには、政府に従わねばならなかった。
今は政府は国民みんなに反している。だから、国民が国民みんなに従うためには、国民は政府に逆らわねばならないのである。

[16959] 国民は政府の馬鹿に騙[だま]されてはいけない。 h25.3.20
昔は政府が国民みんなよりも利口で善人だったから、国民みんなで政府に従うことを決めた。
しかし、今は政府が国民みんなよりも馬鹿で悪人である。だから、今は国民みんなで政府に従わないことを決めたのである。
だから、今の国民は政府に従わなければいいのである。
政府はいろんな嘘[うそ]をついて国民を騙[だま]して国民を政府に従わせようとしている。
今では政府は国民よりも馬鹿で悪人である。だから、国民は政府の馬鹿に騙されてはいけない。
国民は政府に従わないようにして、今の国民が民主制をやる資格があることを政府に見せてやらねばならない。

[16960] 民主制とは国民みんなが政府に従わないことである。☆ h25.3.20
身分制とは国民みんなが政府に従うことである。国民と政府が不平等であることである。
民主制とは国民みんなが政府に従わないことである。国民と政府が平等であることである。
今は民主制の時代だから、国民みんなが政府に従わなければいいのである。
今の政府は国民に嘘[うそ]をついて国民を騙[だま]して国民が政府に従わねばならないように思わせている。政府は自分が民主制の政治機関(国民と平等な政治機関)だと嘘をついて国民を政府に従わせようとしている。しかし、本当は政府はれっきとした身分制の政治機関(国民と不平等な政治機関)なのである。間接民主制は身分制の政治機関を民主制の政治機関に見せかけるためのトリックである。
政府は詐欺[さぎ]団体である。政府は国民に嘘をついて本当は国民が政府に従わなくていいのに、国民が政府に従わねばならないように思わせているのである。催眠術みたいなものである。国民は政府の嘘に騙されないようにして政府に従わないようにしなければならない。

[16961] 今では国民みんなのほうが政府よりも利口な善い人である。 h25.3.20
身分制では政府一人の考えで国民みんなが動かねばならない。身分制では政府が利口な善い人なら国民みんなが幸福になれるが、反対に政府が馬鹿な悪い人なら国民みんなが不幸にされる。実際に、政府はお金持ち馬鹿だから、くだらない娯楽にふけって自分で考えて生きていないから、政府は馬鹿な悪人である。今の政府は馬鹿な悪人だから、国民みんなが政府に不幸にされている。
反対に、民主制では国民みんなの考えで国民みんなが動かねばならない。民主制では国民みんなが利口な善い人なら国民みんなが幸福になれるが、反対に国民みんなが馬鹿な悪い人なら国民みんなが不幸になる。だから、国民みんなは利口な善い人になるようにしなければならない。実際に、国民みんなは貧乏だから、貧乏人は自分で考えて生きるしかないから、利口な善い人になれるだろう。
昔は政府が国民よりも利口で善人だったから、みんなで身分制をやっていた。
今は国民みんなが政府よりも利口で善人になったから、みんなで民主制をやっている。
とにかく、今ではすでにみんなが民主制でやることに決まっている。だから、民主制の中で物事を考えねばならない。民主制の社会を作っていかねばならない。国民みんなにとってどうしても政治機関が要るなら、民主制の政治機関を作らねばならない。たとえ、国の発展が遅れても、国が貧乏になっても、とにかく今は民主制でやらねばならない。国民はたとえ多少危険を伴っても、自分から新しい世界に踏み込んでいかねばならない。
今は民主制の時代だから、とにかくみんなが民主制でやらねばならない。政府に騙[だま]されて身分制をやっているようではいけない。早くみんなが民主制をやるようになって、どうすれば民主制で善い社会を作れるかを考えるようにならねばならない。

[16962] 正しく生きる者が幸福になれる。 h25.3.20
正しく生きる者は、実在が見えているから、まちがいを犯さず幸福になれる。
楽しく生きる者は、実在が見えていないから、まちがいを犯して不幸になる。
だから、人間は正しく生きればいいのである。そのうち自分が幸福になれると思って、正しく生きていればいいのである。

[16963] 民主制は無政府主義である。 h25.3.20
身分制とは国民みんなが政府(一般に国民に命令を出す団体)に従うことである。
民主制とは国民みんなが政府に従わないことである。
だから、民主制とは無政府主義である。民主制では国民みんなが政府に従わないから、国民みんなにとって政府が要らないから、民主制は無政府主義である。つまり、民主制とは国民みんなが自分の考えで生きていくことである。
民主制は無政府主義である。だから、民主制では国民みんなが政府に頼らず、自分の考えで生きていかねばならない。国民みんなが政府の命令を聞かず、自分の考えで行動しなければならない。国民が自由に行政会社にお金を払って命令を聞くのは国民自身の考えだから、民主制である。
今では国民みんなに教育が普及したから、国民みんなが自分の考えで生きて生きたいと思っている。政府の命令を聞きたくないと思っている。だから、今では国民みんなが身分制をやめて民主制をやるようになったのである。政府も国民みんなの意思には敵[かな]わない。だから、今では政府が国民みんなに倒されているのである。

[16964] もしも政府が正直だったら…☆ h25.3.20
もしも政府が正直だったら、戦後すぐに政府は自分で滅んだだろう。法律や行政や水道やゴミや学校などの会社に分かれただろう。
今では政府も国民もいっしょになって、みんなが自分の考えで自由に平等に平和に暮らしているだろう。
早くそうならねばならない。
実際には、政府が嘘[うそ]つきだから、今でも政府が民主制の政治団体のふりをして残っているのである。政府が国民みんなの役に立つことをすると言って国民みんなから税金を取ったり、国民みんなを密かに国家宗教で虐待したりしているのである。
今では政府よりも国民みんなのほうが利口である。だから、けっして国民が政府に騙[だま]されているのではない。これまでは戦前の身分制の教育を受けた者が多かったから、国民みんなが政府に従っていたのである。今後は戦後の民主制の教育を受けた者が増えていくから、国民みんなが政府に従わなくなるのである。だから、今から国民みんなで政府に従うのをやめて政府を倒していけばいいのである。
世の中は嘘や屁理屈[へりくつ]が通用するほど甘くない。だから、国民は政府の嘘や屁理屈を無視して、とにかく今は民主制の時代だから政府に従わなければいいのである。

[16965] 精神分裂病の治療について h25.3.20
精神分裂病は、テレパシー器官と不快中枢を同時に興奮させたために、条件反射によってテレパシー器官と不快中枢の間に神経連絡が出来る病気である。だから、テレパシーが聞こえるたびに不快中枢が興奮して不愉快になる。
だから、精神分裂病を治すためには、テレパシー器官と不快中枢の間の神経連絡を切断すればいい。そうすれば、たとえテレパシーが聞こえても不快中枢が興奮しなくなるから不快感を感じなくなる。
あるいは、精神分裂病を治すためには、テレパシー器官を切除すればいい。そうすれば、テレパシーそのものが聞こえなくなる。
しかし、実際には、今の脳外科学の技術では、テレパシー器官と不快中枢の神経連絡を切断することはできない。テレパシー器官を切除することもできない。
つまり、精神分裂病は現時点では治らない病気である。
だから、精神分裂病に最初から罹[かか]らないようにするしかない。
精神分裂病に罹るためにはテレパシー器官と不快中枢を同時に興奮させねばならないから、自分が怒りながらテレパシーを使わなければ精神分裂病には罹らない。要するに、テレパシー器官を使わないようにすればいい。

[16966] どうして昔は暴力団が儲[もう]かっていたのか? h25.3.20
昔は身分制の時代だった。国民みんなが政府に従わねばならなかった。政府は法律に甘かった。だから、国民みんなも法律に甘かった。
そのために、昔は暴力団は自由に暴力をふって国民からお金を取って儲[もう]けていたのである。
しかし、今は民主制の時代である。国民みんなが政府に従わなくなっている。だから、国民みんなが法律に厳しくなっている。国民は自分で暴力団を罰したり、あるいは警察に世話代を払って警察に暴力団を罰してもらったりしている。
そのために、今では暴力団が自由に暴力をふれなくなって国民からお金を取って儲けることができなくなっている。
昔に宗教団体が儲かっていたのも同じ理屈である。
今では国民みんなが法律に厳しくなったから、宗教団体も法律を犯せなくなって儲からなくなっている。

[16967] 今ではすでに国民みんなが政府を倒している。 h25.3.20
昔は身分制の時代だった。国民みんなが政府に従っていた。
しかし、今は民主制の時代である。国民みんなは政府に従わなくなっている。
政府は国民から税金が取れなくなって滅んでいる。
今ではすでに国民みんなが政府を倒している。
だから、国民は国民みんなといっしょに政府を倒せばいいのである。

[16968] 今では国民みんなは政府に従っていない。 h25.3.21
昔は身分制の時代だったから、国民みんなは政府に従っていた。
政府は国民みんなから税金を取って儲[もう]かっていた。
今は民主制の時代だから、国民みんなは政府に従っていない。
政府は国民みんなから税金を取れなくなって潰[つぶ]れている。

[16969] 政府は年寄りで持っている団体である。 h25.3.21
年寄りは身分制の教育を受けたから政府に従う。年よりは政府に税金を払う。
若者は民主制の教育を受けたから政府に従わない。若者は政府に税金を払わない。
政府は身分制をやる人で持っている団体である。
今では身分制をやる人がいなくなっているから政府が潰[つぶ]れているのだ。
 
[16970] 国民のことは国民で決める。☆ h25.3.21
国民みんなが政府に従うか従わないかは国民みんなが決めることであって、政府が決めることではない。政府が何をやろうが関係ない。政府が民主制をやろうが身分制をやろうが本当のことを言おうが嘘[うそ]をつこうがどうでもいい。
国民のことは国民で決める。政府が国民のことに口出しする資格はない。
昔の人は政府に従うと決めていたから、とにかく政府に従った。政府に死ねと言われたら喜んで死んだ。
今の人は政府に従わないと決めているから、とにかく政府に従わない。政府に死ねと言われても無視して生きている。政府に金を払えと言われても払わない。

[16971] 民主制とは国民みんなが政府に従わないことである。☆ h25.3.21
民主制とは国民みんなが政府に従うことではなく、国民みんなが政府に従わないことである。
たとえ政府が民主制の政治団体でも、国民みんなが政府に従わなければいいのである。
今の国民みんなはそのことを知っている。
だから、今の政府は滅んでいるのである。
国民は国民みんなといっしょに政府に従わないようにしなければならない。
これまで政府は身分制で育った年寄りの国民のとぎをしてやっていたのである。年寄りは身分制をやりたがるから、政府は年寄りに付き合って上の者をやってあげていたのである。
これからは年寄りがいなくなるから、政府もなくなるだろう。

[16972] どうして昔は超能力者が神だったのか? h25.3.21
昔の人は身分制をやっていた。昔は国民みんなが政府に従っていた。
政府は超能力者を神としていた。
だから、昔は国民みんなが政府に合わせて超能力者を神としていた。だから、昔はみんなが国家宗教をやっていたのである。[一方、幕府は超能力者を神としなかったから、国民みんなも幕府に合わせて超能力者を神としなかった。幕府の時代にはみんなが国家宗教をやっていなかった。]
しかし、今の人は民主制をやっている。今は国民みんなが政府に従っていない。
国民みんなは超能力者を神としていない。政府が超能力者を神としていようがいまいが、とにかく国民みんなは超能力者を神としていない。国民みんなは『人間にはみな多かれ少なかれ超能力がある』と考えて超能力者を特別視していない。
だから、今は国民みんなが国家宗教をやらなくなったのである。
政府は年寄りのとぎである。年寄りは人間が超能力者に従うものだと思っている。だから、政府は年寄りのために国家宗教をやってあげていたのである。しかし、今では年寄りがいなくなっている。だから、政府もなくなっている。政府が滅んでいる。国家宗教をやる者がいなくなっている。

[16973] 今では国民みんなが自分で考えて生きている。 h25.3.21
昔は身分制の時代だった。国民みんなが政府に従っていた。国民みんなは政府の言いなりだった。政府一人が国のことを全部決めていた。政府が自分一人にとって都合のいい国にしていた。
今は民主制の時代である。国民みんなは政府に従っていない。国民みんなは自分で考えている。国民みんなが国のことをそれぞれ決めている。国民みんなが自分にとっていい国を作っている。
今は民主制の時代である。今では国民みんなが政府に従わなくていい。今では国民みんなが政府がないものと思って、自分で考えて生きて行かねばならない。

[16974] 今では上の者のポストがない。 h25.3.21
昔は身分制の時代だった。昔は国民みんなが上の者に従わなければならないと思っていた。そのため、昔の戦国時代にはみんなが上の者の地位を狙[ねら]って争った。
今は民主制の時代である。今では国民みんなが上の者に従わなくていいと思っている。今では上の者の地位がなくなっているから、みんなが争わなくていい。
今では国民みんなが互いに他人の自由を認め合いながら平等に暮らしている。
今では国民みんなが自分の力量に応じて幸福に暮らしている。
民主制の世界の原理は『上の者がいない』ことである。『人間が平等である』ことである。みんなが民主制の世界が具体的にどうなっているかを考えて、民主制の世界を作っていけばいいのである。

[16975] 政府は身分制の団体である。 h25.3.21
税金と虐待とちょっとだけいいことをやることが身分制のお約束である。
今の政府はこれら3つをやっているから身分制の団体である。
今の政府は国民みんなのためにちょっとだけいいことをやると言って税金を取ったり、密かに国民を虐待したりして、民主制の団体のふりをしている。
間接民主制は政府が自分を民主制の団体に見せかけるためのトリックである。
つまり、今の政府は身分制の団体なのである。今の政府は今の時代に合わせるために民主制をやっているふりをしているのである。
これまで政府は身分制をやる国民のためにしかたがなく上の者をやってあげていたのである。
これからは身分制をやる国民がいなくなるから政府は上の者をやらなくていいのである。政府は滅んでなくなってしまえばいいのである。

[16976] 政府は国民みんなのために上の者をやっていた。 h25.3.21
戦後は民主制の時代になった。しかし、実際には、国民のほとんどは戦後も身分制をやっていた。
そのため、政府は国民みんなのために、自分がまちがっていることを知りながら、しかたがなく上の者をやってあげていたのである。今は民主制の時代だから、本当は上の者をやってはいけないのに、政府は国民みんなのために自分の身を犠牲[ぎせい]にしてわざわざ上の者をやってくれていたのである。政府は国民みんなを喜ばせるために泣く泣く上の者をやっていたのである。政府は国民みんなに合わせて上の者をやっていただけなのである。
昔は身分制をやっている国民が多かったから、政府が上の者をやらねばならなかった。
しかし、今は身分制をやっている国民が少ないから、政府が上の者をやってはいけない。今は民主制をやっている国民が多いから、政府は滅ばねばならない。

[16977] どうして昔の国民は身分制をやっていたのか? h25.3.21
昔は国民みんなが身分制をやると決めていたからである。だから、昔の国民は国民みんなに従って身分制をやっていたのである。つまり、国民は上の者である政府に従っていたのである。
しかし、今は国民みんなが身分制をやらないと決めている。民主制をやると決めている。だから、今では国民は国民みんなに従って身分制をやらなければいいのである。つまり、国民は上の者である政府に従わなければいいのである。
国の決まりは国民みんなが決めるのである。国の決まりは政府が決めるのではない。だから、今の国民は政府の決まりを破って、国民みんなの決まりを守ればいいのである。つまり、今の国民は身分制をやらずに、民主制をやればいいのである。今の国民は政府に従わずに、みんなと平等にやればいいのである。

[16978] 『国民みんな』が国の中心である。 h25.3.21
とにかく『国民みんな』が国の中心である。国民も政府も『国民みんな』に従わねばならない。
昔は国民みんなが身分制をやっていた。だから、政府は上の者をやらねばならなかったし、国民は政府に従わねばならなかった。
今は国民みんなが民主制をやっている。だから、政府は上の者をやってはいけないし、国民は政府に従ってはいけない。
今の政府は身分制をやっているお年寄りに合わせて上の者をやっている。だから、民主制をやっている国民は政府に従わなくていいのである。つまり、今は身分制の時代から民主制の時代に変わる途中であるために、特別に『国民みんな』が2つのグループに分かれているから、今は国民が政府に従うか従わないかは国民一人一人の自由なのである。国民は自分が政府に従いたければ従えばよく、自分が政府に従いたくなければ従わなければいいのである。つまり、今では政府に税金を払いたい者だけ払えばよく、払いたくない者は払わなければいいのである。ただし、自分が利用した政府のサービスに対してはそれ相応[そうおう]のお金を払わねばならない。

[16979] 国民は身分制の者に殺されねばならない。 h25.3.21
幕末には上の者が幕府から政府に変わった。
坂本竜馬は政府の側についたので幕府を支持する者に殺された。
同じように、今では社会が身分制から民主制に変わっている。
民主制の側についた者は身分制を支持する者に殺される。
しかし、長い目で見ると、幕末には結局幕府から政府に変わった。当時の国民みんなにとってはインド文化よりもヨーロッパ文化のほうが面白かったから、国民みんなでヨーロッパ文化を取り入れたついでに政治団体もヨーロッパ的な政治団体である政府に変えたのである。
それと同じように、今も長い目で見ると結局身分制から民主制に変わるだろう。今の国民みんなにとっては身分制よりも民主制のほうが得だから、国民みんなで身分制の社会から民主制の社会に変えているのである。上の者は下の者に対して何をやってもいいので、上の者はガラが悪い連中なので、下の者にとっては上の者がいないほうがいいのである。
だから、国民は自分の身をかわいがらずに、勇気を出して民主制を決行しなければならない。
今は民主制の時代だから、国民みんなは民主制の者の味方である。身分制よりも民主制のほうが国民みんなにとって得なので、国民みんなは民主制を支持しているのである。だから、民主制の者は身分制の者を恐れずに、身分制の社会を倒さねばならない。民主制の社会を実現しなければならない。
今の政府は身分制を支持している年寄りへのサービスのために上の者をやっていただけなのである。年寄りは放っておいてもいなくなる。年寄りがいなくなれば、政府も潰[つぶ]れる。だから、国民は政府を相手にしなくてもいいのである。

[16980] 身分制は国が貧乏になる原因である。 h25.3.21
身分制では、みんなが上の者になるまでは努力しないといけないが、いったん上の者になればあとは税金で遊んで暮らせる。
民主制では、みんなが一生の間自分の才能を磨[みが]き続けねばならない。才能のある者が儲[もう]かって、才能のない者は儲からない。
つまり、身分制は肩書き制で、民主制は実力制である。
欧米先進国では実力制になっているようである。だから、欧米先進国は民主制である。
反対に、日本はいまだに肩書き制である。だから、日本は身分制である。
日本では子供の頃にくだらない試験勉強に明け暮れて、無能な大人を量産している国である。これでは日本が儲かるわけがない。
欧米では子供の頃にはあまり勉強しないが、大人になっても努力し続けて才能のある人間をたくさん育てている。だから、欧米は儲かるのである。
身分制は日本が貧乏な国である原因である。民主制は欧米が裕福な国である原因である。
だから、日本も欧米を見習って民主制にしないといけない。身分制をやめないといけない。
そもそも上の者とは頭がいい者のことである。しかし、今ではみんなが勉強するようになって、上の者と下の者の差がなくなっている。だから、わざわざ身分制を定めるほどのことはない。だから、みんなが身分制をやめて民主制をやるようになっているのである。みんなが同じぐらいの頭のよさになったから民主制になったのである。

[16981] 国民は根性なしである。 h25.3.21
今は民主制の時代である。つまり、国民が民主制をやってもいい時代である。だから、国民は政府に従わなくてかまわない。
それなのに、国民は政府を恐れて政府に従っている。
国民は根性なしである。
国の法律を決めるのは、政府ではなく国民みんなである。そもそも国民みんなが政府に従わねばならないと決めたから国民が政府に従わねばならないのであって、反対に国民みんなが政府に従わなくていいと決めれば国民は政府に従わなくていいのである。
今は国民みんなが政府に従わなくてもいいことに決めている。だから、国民は国民みんなに従って政府に従わなくていいのである。もっとも、政府に従いたい人は従ってもいいのである。
今の政府は身分制をやりたい国民のために上の者をやっているだけである。
だから、民主制をやる国民は政府に従わなくてもかまわないのである。
要するに、今は社会の原理が変わっている途中だから、国民が混乱しているだけである。国民が身分制をやればいいか民主制をやればいいかわからずに迷っているのである。国民は未来を目指[めざ]して生きていくべきである。だから、国民は民主制をやらなければならない。幕末に幕府に従う人ばかりいる状態から幕府に従う人と政府に従う人が混じっている状態を経[へ]て政府に従う人ばかりいる状態になったように、今も身分制をやる人ばかりの状態から身分制をやる人と民主制をやる人が混じった状態を経て民主制をやる人ばかりいる状態にならねばならない。
幕末のときは上の者と上の者の間の交替だったから簡単に進んだ。新しい政府が出来たためにみんなが新しい政府に従うようになって古い幕府に従わなくなった。今は上の者がいることから上の者がいないことへの交替だからなかなか進まない。いまだに民間の法律会社や行政会社が出来ないためにみんなが古い政府に従ったままである。そこで、今の人は物の見方を変えて、政府を身分制の政治機関から民主制の政治機関だと見なせばいいのである。みんなは政府に税金を払わずに、自分が利用した政府のサービスに対してだけお金を払うようにすればいいのである。そうすれば、身分制の社会から民主制の社会に進むことができる。
 
[16982] どうして今の国民は政府に従っているのか?☆ h25.3.22
戦後は民主制の時代になった。
そのため、国民みんなは戦後に政府が身分制の政治機関から民主制の政治機関に変わったと思って、政府に従っているのである。
しかし、本当は政府は身分制の政治機関のままなのである。戦前と同じなのである。
戦前の政府は自分が上の者であることによって国民から税金を取って国民を虐待して、国民の機嫌を取るためにちょっとだけいいことをしていた。[そもそも身分制は国を発展させるためにある制度なので、上の者が下の者から税金を取って虐めるだけではいけないので、上の者はちょっとだけいいことをして自分がみんなのために役に立っているところを見せねばならなかったのである。]
戦後の政府は国民のためにちょっとだけいいことをするためと言って国民から税金を取って、密かに国民を虐待するようになった。
だから、政府は戦前も戦後も同じことをしているのである。政府は身分制の政治機関なのである。
国民みんなは身分制の政治機関を民主制の政治機関だと思って、喜んで従っているのである。
しかし、本当は政府は身分制の政治機関である。政府は民主制の政治機関のふりをしている身分制の政治機関である。
今は民主制の時代である。
だから、国民みんなは政府に従ってはいけない。
国民みんなは政府と平等にしなければならない。国民みんなは政府に税金を払うのをやめて、自分が政府を利用した分だけ政府にお金を払わなければならない。
私は政府が国家宗教で国民を虐待していることに気づいたから、政府が身分制の政治機関であることがわかったのである。政府が今でも自分が上の者であることによって国民から税金を取っていることがわかったのである。
今は民主制の時代である。国民みんなは今が民主制の時代だと思っている。ところが、政府は身分制の政治機関である。だから、国民は政府に従ってはいけない。国民は政府に従わないようにして、政府を倒さねばならない。国民は民主制の法律会社や行政会社を建てねばならない。

[16983] 国民みんなは政府に騙[だま]されている。 h25.3.22
戦後は民主制の時代になった。
そのため、政府は自分が民主制をしているふりをするようになった。
しかし、本当は政府は戦前と同じように身分制をやっているのである。
国民みんなは政府に騙されて政府を民主制の政治機関だと思って政府に従っているのである。
政府は嘘[うそ]つきである。国民みんなは目が悪い。政府も国民みんなも両方とも悪い。
政府は民主制の政治機関ではない。身分制の政治機関である。だから、国民みんなは政府に騙されないようにして、政府に従わないようにして、政府に税金をやらないようにして、政府を倒せばいいのである。

[16984] 国民みんなは馬鹿である。 h25.3.22
国民みんなは今が民主制の時代だと思っている。
しかし、国民みんなは今の政府が民主制の政治機関だと思って政府に従っている。
国民みんなは民主制や政府についての理解が足りない。
民主制では税金や虐待はない。今の政府は税金や虐待をしている。だから、今の政府は戦前と同じように身分制の政治機関である。
さすがに、国民みんなは馬鹿である。数が多いだけで頭が悪い。馬鹿がいくらたくさん集まっても、馬鹿は馬鹿のままである。
しかし、政府もそれほど頭がよくない。戦後の政府は国民みんなが民主制をやるようになって自分の立場が弱くなったから、やむを得ず嘘[うそ]をついて民主制の政治機関のふりをしなければならなくなったのである。嘘をつくのはたいてい馬鹿である。本当に頭のいい人は最初から自分の独断で正しいことをする。馬鹿は自分が馬鹿だから他人も馬鹿だと思って嘘をつくのである。だから、政府と国民みんなは平等である。今は民主制でいいのである。
今の国民みんなは政府を誤解しているだけである。だから、国民みんなは政府を身分制の政治機関だと思って、政府に従ってはいけない。国民みんなは政府と平等にして、政府に税金を払わないようにして、政府を倒さねばならない。

[16985] 今の国民みんなは政府を誤解している。 h25.3.22
今は民主制の時代である。
国民みんなは政府が民主制の政治機関だと思って政府に従っている。
しかし、本当は政府は身分制の政治機関である。政府は戦前のままなのである。今の国民みんなは身分制の政治機関を民主的に解釈して見ているだけである。しかし、それにも限界がある。政府が国民から税金を取っていることは政府が民主制の政治機関だと考えるかぎり納得がいかない。
だから、国民みんなは自分の誤解を直して政府を身分制の政治機関だと考えねばならない。
今の政府は自分が民主制の政治機関だと言って国民に嘘[うそ]をついている。今の政府は国民を騙[だま]して儲[もう]ける詐欺[さぎ]会社である。
国民みんなは政府に従うのをやめて、政府を倒さねばならない。

[16986] どうして日本の学校は詰め込み教育なのか? h25.3.22
民主制とはみんなが自分で考えることである。
身分制とはみんなが他人の言いなりになることである。みんなが自分で考えずに他人の言いなりになることである。
今は民主制の時代だから、みんなが自分で考えねばならない。みんなが自分で考えられるようにならねばならない。
私が論理がわかったのは28歳の頃だった。私は20歳の頃から毎日自分で考えたことをノートに書くことによって、ようやく論理がわかった。
それまで私が論理がわからなかったのは、日本の学校教育が論理を教えることではないからである。[子供の頃の私は眼先で記号の上で論理的にやっていたにすぎなかった。私が知覚で論理的に考えることができるようになったのは28歳の頃だった。精神分裂病では人間が眼先のことしかわからなくなる。政府が子供に眼先の教育をするから子供が精神分裂病に罹[かか]るのだ。]
日本の学校教育は子供に「眼で見るだけで考えない」ことを教えている。日本の学校は子供に考えないことを教える機関である。日本の学校は子供を馬鹿に変える機関である。
だから、今の日本では政府が身分制をやっているのである。
今の国民みんなが政府が身分制の政治機関であることがわからないのも、国民みんなが政府によって馬鹿に変えられて自分で考えなくなっているからである。
国民みんなは早く政府を倒して、日本を民主制の国にしなければならない。

[16987] 今の政府は国民に嘘[うそ]をついてはいけない。☆ h25.3.22
戦後は民主制の時代になった。
そのため、戦後の政府は国民みんなに自分が民主制の政治機関に生まれ変わったと嘘[うそ]をついて、国民を騙[だま]して国民から税金を取って儲[もう]けている。
国民みんなは政府に騙されて政府を民主制の政治機関だと思って政府に従っている。政府が民主制で税金を取っているのだと思って、政府に税金を払っている。政府が民主制で国家宗教をやっているのだと思って、政府の国家宗教の命令を聞いている。もしかしたら、政府が民主制で戦争をやるのだと思って戦争もやるかもしれない。
しかし、本当は政府は身分制の政治機関である。政府は戦前と同じままである。
だから、今の国民みんなは政府に従ってはいけない。今は民主制の時代だから、今の政府と国民は平等だから、他人を嘘で騙すのはいけないことだから、政府は国民に嘘をついてはいけない。国民は嘘つきの政府に従わなくてもかまわない。政府が国民みんなを騙すのはいけないことだから、国民みんなで政府を罰しなければならない。国民は政府に税金をやらないようにして、政府を食わさないようにして、政府を罰しなければならない。嘘つきの政府を潰[つぶ]さねばならない。
昔の政府や幕府は嘘をついてもよかった。昔は政府や幕府が上の者だったから、上の者が下の者に嘘をついてもよかったから、政府や幕府が国民に嘘をついてもよかった。しかし、今の政府は嘘をついてはいけない。今では政府と国民は平等だから、平等な者同士の間では嘘をついてはいけないから、政府は嘘をついてはいけない。だから、国民みんなで政府を倒さねばならない。
嘘が嘘だとわかったら騙されなくていい。今の政府は国民に嘘をついて税金を取っているのだから、国民は自分の判断で政府に税金を払わなくていい。今の政府は国民に嘘をついて国民にいろんな命令をしているのだから、国民は自分の判断で政府の命令を聞かなくていい。政府は国民から税金が取れなくなって収入がなくなって潰れるしかない。

[16988] 今の政府は詐欺[さぎ]会社である。 h25.3.22
今は民主制の時代である。だから、政府と国民は平等である。
今の政府は国民に民主制をやっていると嘘[うそ]をついて、本当は身分制をやっている。
政府は詐欺会社である。
政府と国民は平等だから、政府は国民に嘘をついてはいけない。
だから、国民は政府の嘘に騙[だま]されないようにして、政府に税金を払ってはいけない。国民は自分が利用した分だけ政府にお金を払えばいい。

[16989] オレオレ詐欺[さぎ] h25.3.22
オレオレのオレとは自分ということである。オレ←自分←ジブン←シブ←川ブ(シ≒川)←川野延夫[かわののぶお](私の名前)←私、オレ←ジブン←ジンブ←神武←神武天皇だから、オレオレとは国家宗教の神のことであり、つまり政府のことである。
つまり、オレオレ詐欺とは、政府が自分が民主制の政治団体だと嘘[うそ]をついて国民から税金を騙[だま]し取っていることである。
今では政府と国民は平等だから、政府は国民に嘘をついてお金を取ってはいけない。
だから、国民は政府に税金を払わなければいいのである。

[16990] 政府制より民主制のほうが面白い。 h25.3.22
幕末には、国民みんながインド文化よりもヨーロッパ文化のほうが面白いと思って、インド文化からヨーロッパ文化に急いで変えた。ついでに上の者も幕府から政府に変えた。
政府は身分制をやる団体である。身分制をやる団体は国民から税金を取って、国民を虐[いじ]めて、国民のためにちょっとだけいいことをやる。政府は国家宗教をやって国の文化を規制して国民にとって面白くない国にする。これまでは私のセンスが面白かったから、わりと面白かっただけである。今後は政府が天皇制を強めるから、再び面白くなくなっていくだろう。戦後のアメリカ制の頃は、アメリカが自由な国だったから、規制がなくて面白かったのである。
一方、民主制では国の文化を規制するものが何もない。江戸時代のように、国民の娯楽が発展して充実して大衆文化が花盛りになって面白い国になる。江戸幕府は国家宗教をやらず国の文化を規制しなかったから、国の文化は国民の自由だったのである。
国民みんなにとっては政府制よりも民主制のほうが面白い。だから、今の国民は政府制から民主制に変えねばならない。
今の政府が国民から税金を取っているのは詐欺[さぎ]である。だから、国民は政府に税金を払わないようにして、政府を潰[つぶ]さねばならない。

[16991] 今の政府は犯罪集団である。 h25.3.22
今は民主制の時代である。今では政府と国民は平等である。
政府は民主制の政治団体のふりをしているが、じつは身分制の政治団体である。政府は身分制で、国民から税金を取ったり国民を国家宗教で虐[いじ]めている。
つまり、政府は嘘つきの上に、強盗や人殺しをやっている。
今は政府と国民が平等だから、政府が悪い。政府は犯罪者である。昔は政府が上の者だったから、政府が国民に嘘をついたり国民から強盗したり国民を殺したりしてもよかったが、今では政府と国民が平等だから、政府は国民に嘘をついたり国民から強盗したり国民を殺したりしてはいけない。
だから、国民は政府を罰しなければならない。
国民は政府に従っている場合ではない。政府の命令で税金を払ったり国家宗教をやっている場合ではない。国民は政府に嘘をついたり政府から強盗したり政府を殺したりして政府に復讐して政府を罰しなければならない。
今の政府は国民みんなに楯突[たてつ]いている。政府は生意気[なまいき]である。
犯罪者もみんなでかかれば怖くない。
国民みんなで政府を倒さねばならない。

[16992] 今では身分制を支持している者が減っている。☆ h25.3.23
昔は身分制を支持している者がいっぱいいたから、政府が上の者をやれた。
今では民主制を支持している者が増えて、身分制を支持している者が減っているから、政府が上の者をやれなくなっている。
今では、民主制を支持している者は、自分勝手に政府と平等にやればいいのである。政府の命令を聞かず、政府に税金を払わず、自分が利用した政府のサービスの分だけ政府にお金を払えばいいのである。
身分制を支持している者だけ、政府の命令を聞いていればいいのである。おとなしく日本国憲法を守っていればいいのである。

[16993] 今ではどうして暴力団が滅んでいるのか?☆ h25.3.23
昔は身分制を支持している者が多かった。身分制を支持している者は暴力団を上の者だと思って、暴力団に従っていた。暴力団は身分制を支持している者に命令してお金を取って儲[もう]けていた。
しかし、今は民主制を支持している者が増えて、身分制を支持している者が減っている。そのために、今では暴力団が国民からお金を取れなくなって儲からなくなって滅んでいる。
つまり、暴力団が悪いのではなく、本当は身分制を支持している者が悪いのである。諸悪[しょあく]の元凶[げんきょう]は「身分制」にあるのである。
宗教団体が滅んでいるのも同じ理屈である。昔は身分制を支持している者が宗教団体を上の者だと思って従っていただけなのである。今では身分制を支持している者が減っているから、宗教団体が滅んでいるのである。宗教団体が悪いのではなく、本当は身分制を支持している者が悪いのである。

[16994] 今は国民みんなが分裂している。☆ h25.3.23
昔は国民みんなが身分制を支持していたから、国民みんなが政府に従っていた。
今は国民みんなが身分制を支持する者と民主制を支持する者の2つのグループに分かれている。
身分制を支持する者は政府に従えばいい。政府の命令を聞いて税金を払ったり国家宗教をやったり、政府に虐待されたりすればいい。
民主制を支持する者は政府に従わなければいい。政府の命令を聞かず税金を払ったり国家宗教をやったりしなければいい。政府に虐待されたりしなければいい。
今は身分制を支持する者が減って、民主制を支持する者が増えているから、政府に従う者がだんだん減って、政府の税収が減って、政府が滅んでいるのである。

[16995] 国民みんなが身分制から民主制に変わっている。 h25.3.23
今では国民みんなが身分制から民主制に変わっている。
昔は国民みんなが身分制をやっていたから、国民みんなが政府に従っていた。
今は国民みんなが民主制をやっているから、国民みんなが政府に従わなくなっている。
今の政府は国民から税金が取れなくなって潰[つぶ]れている。

[16996] 今の政府は上の者をやれなくなっている。 h25.3.23
日本国憲法は大日本帝国憲法と同じである。
だから、政府は前後も戦前も同じである。政府は身分制の政治機関である。政府は上の者をやっている。政府は国民から税金を取って、国民を国家宗教や戦争などで虐待して、民主制をやっているふりをしている。間接民主制は政府が身分制の政治機関である証拠である。政府はもともと裏表のある政治団体だから、最初から表では民主制をやっているふりをしているのである。政府は戦後に民主制の時代になってから急に民主制の政治団体のふりをするようになったのではなく、明治維新からすでに民主制の政治団体のふりをしているのである。戦後にますます民主制のふりをするのに磨[みが]きがかかっただけである。
昔は国民みんなが身分制をやっていたから、政府が上の者をやっていた。国民みんなが政府に従っていた。
しかし、今は国民みんなが民主制をやっているから、政府が上の者をやれなくなっている。国民みんなが政府に従わなくなっている。国民みんなが政府と平等にやるようになっている。

[16997] 政府は国民みんなに従わねばならない。 h25.3.23
国は政府が決めるのではなく、国民みんなが決めるものである。たとえ身分制の時代でもそうである。
今では国民みんなが身分制から民主制に変わっている。
昔は国民みんなが身分制をやっていたから、政府が上の者をやっていた。国民みんなが政府に従っていたので、政府が国民みんなを支配していた。国民みんなが憲法を守って政府に税金を払って政府の命令を聞いていた。そのために、政府が国民を自分の好き放題にしていた。
今は国民みんなが民主制をやっているから、政府が上の者をやれなくなっている。国民みんなが政府と平等にやるようになっているので、政府も国民みんなと平等にしなければならなくなっている。国民みんなが憲法を破って、政府に税金を払わなくなって、政府の命令を聞かなくなっている。そのために、政府は国民みんなから税金を取らなくなって、政府が法律や行政や水道やゴミや学校などの個々の会社に分かれて国民一人一人に対して個別にサービスをするようになっている。政府は鉄道や米や郵便だけでなく、すべての事業を民営化している。

[16998] 「赤信号みんなで渡れば怖くない。」 h25.3.23
北野たけしは30年ぐらい前に「赤信号みんなで渡れば怖くない。」と言っていた。
「赤信号みんなで渡れば怖くない。」とは、国民みんなで民主制をやれば、政府も国民みんなといっしょに民主制をやらねばならなくなるということである。つまり、国民が政府の憲法を破って政府に税金を払わず政府の命令を聞かなければ、政府も国民から税金を取れないし国民に命令できないということである。
北野たけしは「みんな殿様になりたいんだ。」とも言っていた。
「みんな殿様になりたいんだ。」とは、民主制のことである。今は民主制の時代だから、みんなが民主制をやらねばならないということである。みんなが上の者がいないと考えて、上の者に従わないことである。みんなが政府や暴力団や宗教団体を上の者と考えなくなって、政府や暴力団や宗教団体に従わないことである。
芸人は解説を付けなければわからないようなことを言ってはいけない。最初から視聴者にわかりやすく言わねばならない。

[16999] 民主制にも欠点はある。 h25.3.23
昔は国民みんなが身分制をやっていた。国民みんなが政府に従っていた。政府が国民みんなに命令していた。政府が国をまとめていた。
今は国民みんなが民主制をやっている。国民みんなが政府に従わなくなっている。政府が国民みんなに命令できなくなっている。政府が国をまとめられなくなっている。
つまり、今は国民みんなが自分勝手にテンデンバラバラに生きていけばいいのである。法律以外は個人の自由にやればいいのである。
身分制では国家事業がやりやすい。民主制では国家事業がやれない。反面、身分制では国民みんなが上の者に虐[いじ]められて不幸にされる。民主制では国民みんなが上の者に虐められず不幸にされない。
身分制にも民主制にも一長一短はある。それでも今の国民は民主制をやらねばならない。たとえ国の発展が遅れても、国が貧乏になっても民主制をやり抜かねばならない。必ず民主制の中で問題を解決しなければならない。
日本ぐらい小さい国なら、国家事業でも民間事業でも変わりはない。日本は民主制向きの国だ。だから、日本では民主制をやればいいのである。

[17000] 国民みんなは民主制で押していけばいい。 h25.3.23
国民みんなが国を決めるのであって、政府が国を決めるのではない。
政府は国民みんなに合わせているだけである。
今では国民みんなが身分制から民主制に変わっている。
戦前は身分制の時代だった。国民みんなが身分制をやっていた。国民みんなが政府に従っていた。政府は国民みんなに合わせて上の者をやって国民を支配していた。
戦後は民主制の時代になった。国民みんなが民主制をやるようになった。国民みんなが政府と平等にするようになった。政府も国民みんなに合わせて国民と平等にしなければならなくなった。
今では国民は国民みんなといっしょに民主制をやればいいのである。政府と平等にすればいいのである。そうすれば、政府も国民と平等にするだろう。


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